2022年11月6日
「そろそろか………」
今日は《ソードアート・オンライン》の正式サービスの日である。 時刻は午後0時55分。
βテストは中々のものだった。普段はゲームをしない私だが、このゲームは大分楽しめた。
ナーヴギアを被り、静かにその時を待つ。
「リンクスタート」
この時の私はまだ、SAOが命を掛けたデスゲームに変わるとは知る由もなかった。
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「ふっ!」
勢いよく振った両手剣が青いイノシシ、正式名《フレンジーボア》を切り裂く。
イノシシは断末魔をあげ、その体はガラスのように砕け散った。
「かなり時間が経ったな」
時刻は既に17時25分をまわっていた。初めは1時間ほどしたらログアウトするつもりだったのだが、久しぶりの戦闘で興奮状態になっていたのか、時間を忘れていたらしい。
「そろそろログアウトしないと不味いな」
だがここである事に気がつく。
「ログアウトボタンが無い……」
その事に気がついた時には既に、私の体は青白い光に飲まれていた。
光が収まるとゲームのスタート地点《はじまりの街》の中央広場に立っており、私以外のプレイヤーが次々と転移させられている。
「強制転移………」
不意に誰かが「上を見ろ‼︎」と叫び、私は反射的に視線を上に向けた。
そこには真っ赤な文字で《WARNING》の文字が点滅しており、一瞬の内に空を紅く染め上げていく。
そこから血のように紅い液体がどろりと垂れ下がり、その液体はフード付きローブをまとった巨大な人の姿に変化した。
私はβの時、あのようなローブを纏って
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ。
私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
驚くべきことに、あのローブの正体はナーヴギアを開発した天才、茅場晶彦だと言うのだ。
『プレイヤー諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。 しかし、これはゲームの不具合ではない。繰り返す。 不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』
「仕様……?」
『諸君は今後、ゲームから自発的にログアウトすることはできない。また、外部の人間によるナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。 もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号阻止が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
脳を破壊…つまり殺すと奴は言ったのだ。
周りの馬鹿なプレイヤー共は虚言だと思っているが、私にはわかる。奴は…茅場晶彦は本気だ。
『残念ながら、現時点でプレイヤーの家族、友人などが警告を無視し、ナーヴギアを強制的に解除しようと試みた例が少なからずあり、その結果213名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』
茅場はそこまで言うと、ウインドウを操作した。すると奴の周りにナーヴギアに関するニュースが表示される。
213人……もうそんなに人が死んでいるのか。
『ご覧の通り、多数の死者が出たことを含め、この状況をあらゆるメディアが繰り返し報道している。
よって、既にナーヴギアが強制的に解除される危険は低くなっていると言ってよかろう。 諸君らは、安心してゲーム攻略に励んでほしい』
こんな状況に置かれてるんだ。まともな精神状態でゲームができる奴は限られてくるだろうな。
『しかし、充分に留意してもらいたい。今後、ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。
プレイヤー達はその言葉に対して何も言えず、ただ呆然としていた。茅場の言っている事を理解できていないのか、あるいは理解して現実を受け止めきれていないのか、どちらにせよ考えてもわからないが…。
『諸君らが解放される条件はただ1つ。このゲームをクリアすれば良い』
茅場が再びウィンドウを操作すると、奴の周りのニュースは消え、替わりにアインクラッド全体の見取図が表示された。
『現在君達が居るのは、アインクラッドの最下層…第1層である。各フロアの迷宮区を攻略し、フロアボスを倒せば上の階に進める。第100層にいる最終ボスを倒せばクリアだ』
この言葉には流石の私も少し腹が立った。死んではいけないという条件を課せられ、もしやられれば次々とプレイヤーが減っていく。そんな中、第100層まで登ってこいなんて、どの口が言うのやら。
βテストでは2ヶ月の間に千人で6層が限界だったわけだ。仮に1万人のプレイヤーが全員無事に100層まで辿りつけたとして、それまでに何ヶ月、いや何年掛かるか分かったもんじゃない。
周りのプレイヤーもその理不尽に対して、怒りを露わにしている。
『それでは最後に、諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントを用意してある。確認してくれたまえ』
私は茅場の指示に従い、メインメニューからアイテムストレージを開く。そこには《手鏡》というアイテムがあった。
早速オブジェクト化し、手に持ってみる。
見た目はただの手鏡。鏡に映っているのは私の現実世界の顔とほとんど変わらないアバターの顔だ。
すると、周りのプレイヤー達が転移させられた時と同じように白い光に飲まれていく。
その現象は私にも例外なく起こり、視界が完全にホワイトアウトする。
「くっ!」
ほんの2、3秒で光は消え、そこには先程とは全く違う風景が広がっていた。
アバターの顔が変わっていたのだ。
さっきまで男に媚びを売っていた女の子は細長い体の男に、媚びを売られていた男は太った男になっている。
私も急いで手鏡を見た。そこにはさっきのアバターと対して変わらないが、眉の濃さや若干の髪色の違いまで、精細に再現された現実世界の顔があった。
『諸君は今、“何故”、と思っているだろう。何故、ソードアート・オンライン及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんな事をしたのか?と。
私の目的は既に達せられている。この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はソードアート・オンラインを造った。 そして今、全ては達成せしめられた。…以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。 プレイヤー諸君の健闘を祈る』
最後にそう言い残した茅場のアバターは、今もなお空を埋め尽くしているシステムメッセージに溶け込むかのようにして消えた。
全てのプレイヤーがフリーズしたかのように、口をぽかんと開けて唖然としている。
長く静かな時の中、誰かの手鏡が割れる音がした。
その音が引き金となってか、プレイヤーは自分が置かれている状況を理解し、各々の反応を見せ始める。
泣き叫ぶ者。激怒する者。絶望する者。来るはずもない助けを求める者。
だが、今更何をしても遅い。全て茅場の言う通りなら、私達プレイヤーがこの世界に来た時から、これは決まっていたことなのだろう。
私は急いで広場から抜け出し、フィールドに出る。
「安全なルートを使って次の村を狩場の拠点にする。なに、死ななければ良いだけだ。昔と何も変わらない」
私はこれから始まる長い長い戦いの第一歩を、力強く踏みしめ、走り出した。
アバター名・Persona《ペルソナ》(17)
CV:小野大輔
アッシュでも良かったのですが、敢えてペルソナにしました。 外見はアッシュと対して変わりません。
性格・転生して肩の荷が落ち、少し丸くなった。
余談
βテスト期間中、死亡例なし