仮面の男と仮想世界   作:オンドゥル暇人

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第22話 ヨツンヘイム

見渡す限りの雪景色。上を見上げれば、天蓋から垂れ下がっている無数の氷柱が薄闇に煌めいている。

 

 

邪神級モンスターが跋扈(ばっこ)する闇と氷に覆われた地底世界、《ヨツンヘイム》私たちはいる。

 

 

まずは、何故このような場所に私たちがいるのか、その経緯から説明するとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちは最寄りの宿屋でログアウトしようと、森の中の小村に着地した。

 

 

着地する前、私はどこにも村人NPCがいない事に違和感を感じていたが、建物の中にいるのだろうと思い、特に気にはしなかった。

 

 

–––今思えば、これがいけなかった。

 

 

村で最も大きな建物に入ろうとした瞬間、何かいやな予感がしたと同時に、建物が全て崩れさり、足下がぱっくりと割れ、村に擬態していた巨大なミミズ型モンスターに私たちは仲良く丸呑みにされた。

 

 

そして粘液まみれになりながらミミズの体から放り出され、私は翅で浮上しようとしたが、一、二メートルほど飛んだところで急に翅が動かなくなり、結果的にキリトとリーファより少し遅れて、深い雪の中へとダイブし、今は近くにあった洞窟で休息を取っている。

 

 

 

「まさか、あの村が丸ごとモンスターの擬態だったなんてなあ……」

 

 

「ほんとよねぇ……誰よ、アルン高原にはモンスター出ないなんて言ったの」

 

 

「リーファだけどね」

 

 

「記憶にございません」

 

 

キリトとリーファの漫才じみた会話を聞き流しながら、私は地上に脱出する方法を模索していた。

 

 

模索していたと言っても、キリトもそうだが、私はこのALOに来てからまだ2、3日の初心者だ。当然、ヨツンヘイムに関する知識など全く持ち合わせていない。

 

 

「リーファ、ここには地上と行き来できる場所は無いのか?」

 

 

「あるにはあるみたいです。央都アルンの東西南北に一つずつ大型ダンジョンが配置されてて、そこの最深部にヨツンヘイムと繋がる階段があります。ただ……階段のあるダンジョンには、そこを守護する邪神がいるんです」

 

 

リーファ曰く、その邪神とらは恐ろしく強いらしく、少し前に私が戦ったあのユージーンが10秒も持たなかったそうだ。

 

 

「それは厄介だな」

 

 

「となると、最後の望みは邪神狩りの大規模パーティーに合流させてもらって、一緒に地上に戻る手ぐらいだな……おーいユイ、起きてくれー」

 

 

キリトは膝の上で眠るユイちゃんの頭をつつく。

 

 

「ふわ……おはようございます、パパ、リーファさん、ペルソナさん」

 

 

するとユイちゃんは、可愛らしく大きなあくびをしながら、ゆっくりと起き上がった。

 

 

「おはよう、ユイ。悪いけど、近くに他のプレイヤーがいないか、検索してくれないか?」

 

 

「はい、了解です」

 

 

彼女は頷くと、一度目を閉じる。

 

 

しばらくして目を開けたユイちゃんは、申し訳なさそうに首を横に振った。

 

 

「すみません、わたしがデータを参照できる範囲内に他のプレイヤーの反応はありませんでした」

 

 

「ううん、ユイちゃんのせいじゃないよ。こうなったら、あたしたちだけで地上への階段に到達できるか試してみるよ。このままここで座ってても、時間が過ぎてくだけだもん」

 

 

「この際、当たって砕けるしかないな!」

 

 

「いや、砕けたら駄目だろ」

 

 

キリトの言葉に私がツッコミをした瞬間、地面が揺れ、異質な大音響とモンスターの咆哮が聞こえてくる。

 

 

私たちは急いで洞窟を出た。

 

 

 

 

 

 

 

外に出た私たちが見たものは、三つの顔と四本の腕を持つ巨人と、長い鼻と大量の(あし)を持った象クラゲの邪神級モンスター二体が、互いに争っている姿だった。

 

 

「ど……どうなってるの……」

 

 

リーファは目の前の光景に驚き、絶句している。通常であれば、モンスター同士が戦うことはない。リーファが驚くのも無理はないだろう。

 

 

「ここにいたらやばそうじゃないか……?」

 

 

「そうだな。プレイヤーならまだしも、モンスター同士の戦闘に巻き込まれるのは御免だ」

 

 

私とキリトはそう呟き、急いでその場を離れようとしたが、リーファが辛そうな表情をしたまま、その場に留まっている。

 

 

「……助けようよ、キリト君、ペルソナさん」

 

 

「ど、どっちを?」

 

 

リーファの突然の言葉に戸惑いながら、キリトは二体の邪神を交互に見た後、短く訊ねた。

 

 

「もちろん、苛められてるほうよ」

 

 

「ど、どうやって」

 

 

即答したリーファにキリトは再び訊ねる。

 

 

–––苛められている方とは、十中八九あの象クラゲのことだろう。さて、どうしたものか……。

 

 

私はしばらく二体の邪神を観察して、脳に電気が走ったように作戦を思いついた。

 

 

「ユイちゃん、この近くに湖とか無いか?最悪、川でも良い」

 

 

「はい!北に約200メートル移動した場所に、氷結した湖が存在します!」

 

 

「よし。キリト、リーファ、私が合図したらユイちゃんの後を追って走れ。いいな?」

 

 

「わかった!」

 

 

「え………え?」

 

 

リーファは私の言ってる事の意味が分からないようだがら私は気にせず、コートの裏から投げナイフを取り出し、それを流れるように投げ飛ばす。

 

 

放たれた投げナイフは巨人型邪神に向かって一直線に飛んでいき、見事に巨人の眼に命中した。

 

 

「ぼぼぼるるるるううう!」

 

 

巨人型邪神は怒りの雄叫びをあげ、標的目の前の象クラゲから私たちへと切り替えた。

 

 

–––上手くいったようだ。なら後は………

 

 

「走れ!」

 

 

私は二人に向かって叫び、北へと向かって全速力で走り出す。二人はしばらくの間ぽかんっとしていたが、背後から迫り来る邪神の姿を見て、絶叫しながら慌てて追いかけてきた。

 

 

「ペルソナっ、お前何考えてんだ⁉︎」

 

 

「何と言われても、ただあの象クラゲを助けることができる手段の一つを、試そうとしているだけだ」

 

 

少し開けた場所に到着したところで、私が急停止すると、キリトも雪を蹴散らしながら停止した。

 

 

そして彼は自分の足下を見て、私の意図を全て理解した顔をする。

 

 

「なるほど、君の作戦が分かったよ。でも、上手くいく保証はあるのか?」

 

 

「さあな、その辺は神…いや、システム頼りだ」

 

 

そんな風にキリトと話している所に、数秒遅れてリーファが邪神を連れてやって来た。

 

 

巨人型邪神は、バキバキッと雪の下にあった氷を踏み抜き、湖へと沈んでいく。

 

 

「そ、そのまま沈んでぇぇ……」

 

 

リーファは震えた声で懇願するが、彼女の願いを裏切るように、巨人型邪神は水面から顔を出し、湖をざぶりざぶりと泳いで近寄ってくる。

 

 

その様子を見て、リーファは再び走り出そうとするが、それよりも早くひゅるるるる!と雄叫びを轟かせながら、私たちの後を追って来たのだろう象クラゲ邪神が湖へと飛び込んだ。

 

 

象クラゲ邪神は、まるで水を得た魚…いやクラゲのような勢いで巨人型邪神を圧倒している。

 

 

象クラゲ邪神の体から青白い光が瞬くと、巨人型邪神に巻きつけた(あし)から電流がスパークし、巨人型邪神のHPが物凄い勢いで減少していく。

 

 

 

そして巨人型邪神はポリゴン片となり爆散した。

 

 

「……で、これからどうするんだ?」

 

 

湖から上がってきた象クラゲを見て、そう呟いたのはキリトだった。

 

 

私もちょうど同じことを思っていたところだ。見たところ敵意は無さそうだが、もしもこの象クラゲが私たちを攻撃してこようものなら、私たちは先程の巨人型邪神のように瞬殺されてしまうだろう。

 

 

と、その時、目の前の象クラゲ邪神が、長い鼻を私たちの方へと伸ばしてきた。

 

 

その行動に私たちは飛び退こうとすると、ユイちゃんが私たちに向かって言った。

 

 

「大丈夫です、パパ。この子、怒ってません」

 

 

–––敵意が無いのは確かだが、本当に大丈夫なのか?

 

 

象クラゲ邪神を見て、心の中でそんな事を考えていると、象クラゲ邪神の長い鼻に巻き取られ、そのまま背中へと放り投げられた。

 

 

そして満足したように啼くと、まるで何事もなかったかのように移動を開始する。

 

 

 

 

私たちは状況を理解するのを諦め、今後の事は、本物の象のようにゆっくりと歩く彼(?)に全て委ねることにした。

 

 

 

 

 

 




今回はここら辺で終わりとなります。


また次回もよろしくお願いします。

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