仮面の男と仮想世界   作:オンドゥル暇人

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本来は、もう少し早く投稿する予定だった。


色んな事が度重なってだいぶ遅くなりましたが、第23話です。




第23話 邪神狩り

現在、私たちは巨人型邪神から助けた象クラゲ邪神の背中の上で、ヨツンヘイムを探索していた。

 

 

–––正確には、この邪神が私たちを乗せてどこかへ歩いているだけなのだが。

 

 

ちなみに象クラゲ邪神だと不便なので、リーファから『トンキー』という名が付けられた。

 

 

トンキーは凍った川を沿って北上している。

 

 

その間、何度か他の邪神と遭遇したが、戦闘にはならず、視線を送るだけで、そのまま立ち去っていった。

 

 

その事を隣のリーファも不思議に思っていたらしく、キリトに意見を求めようとしたが、呆れたことに、キリトはこの状況であっても、こっくりと船を漕いでいたのだ。

 

 

–––無理もないか……。

 

 

私の視界端にある時刻表示を見ると、時刻は既に午前三時台を回っている。

 

 

私は慣れているが、キリトや恐らくリーファにもキツい時間帯だろう。

 

 

 

すると、そんな背中のやりとりを気にせずに前進していたトンキーが、急に歩みを止めた。

 

 

 

「うわぁ………」

 

 

トンキーの頭近くまで移動し、前方を覗き込んだリーファが思わず嘆声を洩らす。

 

 

穴だ。

 

 

私たちの視線の先には、尋常でない規模の穴が広がっていた。それも、いくら目を凝らしても底が見えないほど深い大穴が。

 

 

「……落っこちたら、どうなんのかな……」

 

 

「わたしがアクセスできるマップデータには、底部構造は定義されていません」

 

 

緊張した声で言うキリトの肩に乗ったユイちゃんが、真面目な口ぶりでそう答えた。

 

 

「うへぇ、つまり底なしってことか」

 

 

 

危険と判断した私たちが、トンキーの背中の天辺に戻ろうとした時、トンキーの体が動く。

 

 

この穴に放り込む気ではないかっと思ったが、この邪神はそこまで恩知らずではなく、無数にある(あし)も内側に折りたたみなから、器用に背中を水平に保ったまま、ずしんと雪上にその巨体を降ろした。

 

 

ひゅるるっと小さく啼いたトンキーは、その長い鼻までも体の内側に丸め込むと、完全に動きを止めた。

 

 

「……寝ている?」

 

 

取り敢えずトンキーの背中から降りた私は、トンキーの体をノックするようにとんとんっと叩く。

 

 

だが、饅頭(まんじゅう)のように丸くなって鎮座する邪神は、動く気配が全くない。

 

 

それどころか、丸くなったトンキーの体はまるで岩のように硬くなっていた。

 

 

「寝てるだって?俺たちが眠たいのを我慢して徹夜で頑張っているのにか?」

 

 

貴様はさっきまで寝ていただろう。っというツッコミはせずに、私は硬くなったトンキーの体に寄りかかる。そしてふと、静かに上を見上げた。

 

 

見上げた先には、この真上にあるであろう私たちの目的地《アルン》の世界樹の根っこが、天井の巨大な水柱に巻き付いている。

 

 

良く眼を凝らすと、水柱の中に通路やら広場が見える。これはあくまで予想だが、あの水柱が一つのダンジョンだとすると、恐らくアインクラッドの迷宮区一個分、又はそれ以上の規模だろう。

 

 

「どうやって行くのかな………」

 

 

隣で私と同じように上を見上げて、視線の先の水柱に手を伸ばしているリーファがそう呟いた。

 

 

彼女の呟きに、キリトが何かを言おうとした。だがそれよりも早く、彼の肩にのるユイちゃんが叫ぶ。

 

 

「パパ、東から他のプレイヤーが接近中です!1人……いえ、その後ろから……23人!」

 

 

その言葉に息を飲む。

 

 

接近中のプレイヤーは間違いなく邪神狩りを目的としたレイドだろう。

 

 

先刻までは、喉から手が出るほど遭遇するのを待ち望んだ相手ではあるが、今は状況が状況だ。

 

 

と、いきなりリーファが虚空へと手をかざすと、何かの魔法の詠唱を始める。

 

 

だが、彼女が詠唱を終わらせるよりも早く、10メートルほど離れたところが水の膜のように歪み、そこから一人のプレイヤーが姿を現した。

 

 

–––水色の髪……水妖精(ウンディーネ)族か。

 

 

一応、キャラ作成の際に全ての種族の特徴は見ておいたから、間違いはない筈だ。

 

 

「あんたら、その邪神、狩るのか狩らないのか」

 

 

水色の長髪をした男は私たちにそう訊ねた。

 

 

『その邪神』とは、間違いなく後ろで丸くなっているトンキーを指しているのだろう。

 

 

「狩るなら早く攻撃してくれ。狩らないなら離れてくれないか。我々の範囲攻撃に巻き込んでしまう」

 

 

そう言う男の後ろから、幾つもの足音と共に多くのプレイヤーが現れた。

 

 

その全員が青系の髪をなびかせている。つまりパーティー全員がウンディーネ。

 

 

そして、邪神狩りに来るという事は、彼らはウンディーネの精鋭部隊といったところだろう。

 

 

「……マナー違反を承知でお願いするわ。この邪神は、あたしたちに譲って」

 

 

「下級狩場ならともかく、ヨツンヘイムに来てまでそんな台詞を聞かされるとはね。『この場所は私の』とか、『そのモンスターは私の』なんて理屈が通らないことくらい、ここに来られるほどのベテランなら解ってるだろう」

 

 

リーファの言葉に対し、男は正論で返す。

 

 

男の言う通り、狩場に占有権を主張するのはマナー違反。私が逆の立場だったら呆れるほどのだ。

 

 

故に、彼らが丸くなっているだけのトンキーを攻撃するのを、妨げることは私たちには出来ない。

 

 

 

 

だが、だからと言ってトンキーを倒される訳にはいかない。

 

 

「私からも頼む。この邪神は見逃してほしい」

 

 

私は、リーファよりも少し前に出て、深く頭を下げる。

 

 

私に続くように、キリトも前に出た。

 

 

「頼む。この邪神は、俺たちの仲間……いや、友達なんだ。最後まで、したいようにさせてやりたいんだ」

 

 

何とかして、ウンディーネのリーダーを説得しようと試みるが、返ってきたのは失笑、そして集団からの遠慮のない笑い声だった。

 

 

「おいおい、あんた、ほんとにプレイヤーだよな?NPCじゃないよな?……悪いけど俺たち、さっき大きめの邪神に壊滅させられかけてね。やっとパーティーを立て直した所なんだよ。狩れそうな獲物はきっちり狩っておきたい。てことで、10秒数える間にそいつから離れてくれ。時間がきたら、あんたたちは見えないことにするからな。–––メイジ隊、支援魔法(バフ)開始」

 

 

リーダーの男がさっと手を振ると、部隊の後方に並ぶメイジ達が一斉に呪文を詠唱し始める。

 

 

「……下がろ、キリト君、ペルソナさん」

 

 

「………ああ」

 

 

「………分かった」

 

 

私とキリトは俯いたまま低い声で応じると、リーファと並んで、底なし穴の縁に沿って歩く。

 

 

背後から聞こえてるカウントダウンは、もう少しで終了する。その時、彼らの一斉攻撃がトンキーを襲うだろう。

 

 

だが、普通に考えても、あれだけの数を相手にまともに戦うなど無謀だ。

 

 

もしここで私たちが彼らの前に立ち塞がったとしても、トンキーごと全滅させられるだろう。

 

 

 

 

 

–––そう、『普通』であればな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「3……2……1……攻撃、か………」

 

 

カウントダウンをしていた男が、仲間に合図を出す瞬間、一本の槍が男の胸を貫き、一瞬でHPを奪い取る。

 

 

突然、仲間がリメインライトになり、唖然としているプレイヤー達。私はその好機を逃さず、地面に刺さった槍を拾い、何かしらの魔法の詠唱を始めたメイジの一人に向かって投げつける。

 

 

「ぐわっ⁉︎」

 

 

槍は見事に対象を貫く。私は再び槍を拾い、背中の大剣を掴むと、回りにいた他のメイジも斬り伏せる。

 

 

 

「しょ……正気かよ⁉︎」

 

 

「悪いがそんなもの……とっくの昔に失くした」

 

 

唖然とした顔で喚く男の体に大剣を突き刺し、そのま横薙ぎに一閃。リメインライトへと変える。

 

 

仲間がやられて流石に黙っていられないのだろう、剣士が二人、私の背後から飛びかかってくる。

 

 

だが、二人の剣士が私に剣を振り下ろすよりも早く、キリトとリーファがその二人を切り倒した。

 

 

「まさか、君が最初に動くなんてな」

 

 

「例えモンスターでも、仲間が死ぬのは耐えられないからな」

 

 

「ははっ、君らしいな!」

 

 

「来るよ‼︎」

 

 

リーファの警告と同時に、3人の剣士が一斉に私たちに襲いかかってくる。

 

 

一対一で応戦し、善戦はしているものの、一向に相手のHPが減らない。

 

 

いや、正確には相手のHPは減っている。ただ、すぐに後方に控えているメイジが回復魔法で支援する為、減ったそばからすぐに回復してしまうのだ。

 

 

ウンディーネは九つの種族の中で唯一、上位の回復魔法を扱うことができる。言わば回復のプロだ。

 

 

–––流石に部が悪かったか……。

 

 

戦闘が始まってから、まだ1分ほどしか経過していないが、それでも三人でこの数の相手に対し善戦できたのだから十分すぎる戦績だろう。

 

 

 

ふと視界の隅に、大技の攻撃魔法であろうものの詠唱を始めたメイジの姿が映った。

 

 

更にトンキーを取り囲んでいた重装備の戦士たちが、こちらに殺到している。

 

 

–––ここまでか。だが……!

 

 

最後に何人か道連れにする。そう覚悟し、敵陣に特攻したその時だった。

 

 

明らかにトンキーのものであろう甲高い啼き声が、冷たい空気を強烈に震わせた。

 

 

私はトンキーの方へ顔を向ける。

 

 

楕円形のようになった胴体には、幾つもの深いひび割れが刻まれており、それらは時間が経つごとに長くなり、互いに繋がっていく。

 

 

そして再び甲高い共鳴音が響き、無数の亀裂から環状に放射された眩い光が、ウンディーネ達を包み込んだ。

 

 

するとどうだろう。彼らの体を覆っていた支援魔法のオーラや、詠唱途中だった魔法のエフェクトが煙のように蒸発して消滅したのだ。

 

 

「あれは……範囲解呪能力(フィールド・ディスペル)⁉︎」

 

 

「フィールド…なんだって⁉︎」

 

 

「一部の高レベルモンスターだけが持ってる特殊能力だよ!あれの前じゃどんな魔法も無力化されるの!」

 

 

–––そんな強力なものをあの邪神が⁉︎

 

 

リーファの口から発せられた言葉と、先程起きた出来事を思い出し、私は背筋が凍るような恐怖を感じた。

 

 

未だ白い輝きが亀裂から漏れるトンキーの胴体は、硬く分厚い殻となり、音もなく四散する。

 

 

そして光の塊から伸び上がった真っ白な輝きを帯びている四対八枚の翼が、放射状に広げられた。

 

 

「……トンキー………」

 

 

突如として進化したトンキーの姿を見て、私はそっと呟いた。

 

 

ひゅるるるぅ!と再度高らかな声を放ったトンキーは、翼を大きく羽ばたかせて垂直に舞い上がる。

 

 

10メートル程で停止すると、トンキーの羽が何の前触れもなく青い輝きに満たされた。

 

 

–––嫌な予感がする。

 

 

「あっ……やばっ……」

 

 

キリトも本能的に危険を察知したのだろう。彼はリーファの体を抱え込み、雪の上へと伏せさせた。

 

 

私もキリトに続いて身を伏せる。

 

 

直後、雷撃が次々と地上へと降り注ぎ、轟音と共にウンディーネ達が吹き飛ばされ、水色のリメインライトへと変わっていく。

 

 

 

回復及び支援魔法を使おうとする者もいたが、再びトンキーの羽が白く光り、詠唱が途中で無効化された。

 

 

「撤退、撤退‼︎」

 

 

堪らずウンディーネのリーダーがそう叫び、彼らは一目散に走り去っていっていき、たちまちその姿は雪の稜線の彼方へと消えた。

 

 

トンキーは走り去るウンディーネ達を追おうとはせず、代わりに勝利の声を響かせる。

 

 

 

「………で、これからどうすんの?」

 

 

頭上から6個の目玉で私たちを見下ろす邪神を見て、キリトが先程と同じ台詞を呟いた。

 

 

すると、トンキーは無造作に伸ばした長い鼻で、私たちをぐるりと巻き取ると、再び背中に乗せてくれた。

 

 

私たちが背中に乗ったことを確認したトンキーは、ひゅるると一声啼いて、頭上にある世界樹の根を目指してゆっくりと上昇する。

 

 

「………何はともあれ、生きててよかったね、トンキー」

 

 

「ほんとに良かったです!生きてればいいことあります!」

 

 

「だといいな……」

 

 

そんなやり取りをするキリトたちを尻目に、私はトンキーの背中から地上を見下ろす。

 

 

そこには、美しく幻想的で、残酷な氷雪の世界が私の視界いっぱいに広がっていた。

 

 

–––壮観だな。

 

 

その景色の率直な感想を心の内で呟いている中、トンキーは上へ上へと上昇している。

 

 

 

途中、地上から見えた逆円錐形の氷塊の近くをトンキーが旋回した際、氷柱の鋭く尖った突端に、強く瞬く金色の光が見えた。

 

 

 

その光の正体は黄金の刀身を持つ長剣。

 

 

それもサーバー最強の伝説武器(レジェンダリイ・ウエポン)

 

 

《聖剣エクスキャリバー》だった。

 

 

 

キリトはもちろん、この私も息を呑んだ。

 

 

最強の剣……そんな物が目の前にあるのだ。1プレイヤーとしては手に入れたくなるのは当然だ。

 

 

 

 

だが、今は危険を犯してまであの剣を取りにいく余裕はない。

 

 

私たちは名残惜しい気持ちを堪え、聖剣が刺さっていた氷柱よりも上にある階段付きの根っこに降り立つ。

 

 

「……また来るからね、トンキー。それまで元気でね。もう他の邪神に苛められたらだめだよ」

 

 

「またいっぱいお話しましょうね、トンキーさん」

 

 

リーファとユイちゃんが別れを告げると、突然、トンキーが鼻の先端を私の頭の上に置いた。

 

 

「何だこれは?」

 

 

「きっとトンキーさんは、一番に助けに来てくれたペルソナさんに感謝してるんですよ!」

 

 

ユイちゃんがそう言ったのを聞き、一直線に私の方を見つめる邪神を見る。

 

 

「私はしたいようにしただけだ」

 

 

そう言いながらも、私はトンキーの鼻をさする。

 

 

トンキーは満足げにふるるっと喉を震わせた後、翼を折りたたむ。そのまま物凄い勢いで降下した。

 

 

邪神の姿はみるみる小さくなり、あっという間にヨツンヘイムの薄闇へと消えた。

 

 

 

「さ、行こ!多分この上はもうアルンだよ!」

 

 

しばらくの間、トンキーが消えた方を見ていたリーファが、元気な声で言った。

 

 

キリトと私も大きく伸びながら応じる。

 

 

「よし、最後のひとっ走りと行くか。……なあ二人とも、上に戻っても、聖剣のことはナイショにしとこうぜ」

 

 

「あーもう、いまの発言で色んなものが台無しになったよ……」

 

 

「貴様は少し空気を読め」

 

 

そう言ってキリトの肩を軽く小突き、地上へ続いてるであろう螺旋階段を駆け上がった。

 

 

 

 

 

 

 

さて、一体どれほど時間が経過しただろうか。

 

 

ひたすらに螺旋階段を登り続け、ついにひと筋の細い光を目の当たりにした私たちは、その光目掛けて二段飛ばしで突進。

 

 

すぽん!という効果音が合いそうな勢いで飛び出した先に、夜空に映る巨大な影が一つ。

 

 

「………世界樹……」

 

 

「……ようやく着いたようだな」

 

 

「わたし、こんなに大きな街に来たの、初めてです!」

 

 

「あたしも……!」

 

 

目の前に広がる景色に感嘆していると、定期メンテナンスのため、ログアウトを促す運営アナウンスが流れた。

 

 

明日(正確には今日の午後3時)にまた集合する事にし、今日は解散する事にした。

 

 

キリトが宿代が無いとほざいていたが、まあ、ユイちゃんが激安の宿屋を見つけたようだし、問題ないか。

 

 

さて、久しぶりに恐ろしいほどの眠気を感じる。早くログアウトして、休むとしよう。

 

 

 

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