「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」
私は頭を下げるウェイターに連れがいると答え、広い喫茶店を見渡した。
「おーいペルソナくん、こっちこっち!」
すぐに窓際の席から無遠慮な大声が聞こえた。
上品なクラシック音楽が流れる中、如何にも上級階級といったマダムたちは談笑を止め、窓際に座ってる男と私に非難めいた視線を集中させる。
–––全く、場違いな場所に呼び出してくれたな。
心の中で悪態をつきながら私はスーツを着た男の向かいに座る。同時にウェイターからお冷とお絞り、メニューが差し出された。
「あ、すまない。もう少しで私と同じくらいの歳の少年がやってくる筈だから、来たら案内してもらえないだろうか?注文はその時に行う」
「かしこまりました」
ウェイターはそう答えると自分の業務に戻った。
「しっかりしてるね君は」
「貴様のようにマナー知らずではないからな。現実であっちの名前は使うな」
「ハハハ、ごめんごめん」
きっと反省はしてないだろう。私はそう思いながらウェイターに渡されたメニューに目を落とす。
しばらくくして、不機嫌そうな顔をしながら和人がやってきた。
「ここは僕が持つから、何でも好きに頼んでよ」
「言われなくてもそのつもりだ」
彼は私の隣の席に腰を下ろす。そして私の見ていたメニューに目を通すと静かに息を呑んだ。
載っているメニューは4桁の値段のものがほとんどだ。驚くのも無理はない。
和人はすぐに平静を装って注文を行う。
「ええと……パルフェ・オ・ショコラ……と、フランボワズのミルフィーユ……に、ヘーゼルナッツ・カフェ」
和人はどうにか噛まずに注文を言い終えたが、そのぎこちなさから動揺を隠せていない。
「私は……モンブランとコーヒーを頂こう。それと、持ち帰り用にこのショートケーキとガトーショコラ、チーズケーキを」
「かしこまりました」
ウェイターは礼儀良く一礼し、滑らかに退場する。
「容赦ないな君は……」
「母がここのスイーツを食べてみたいと言っていてな、どうせ貴様の給料は私たちの血税なんだ。別に良いだろう」
苦笑いをする男に私はそう返した。
紹介が遅れたが、私たちの前に座って生クリームの乗った巨大プリンを頬張っているこの男は「
今ではその地続きで通信ネットワーク内仮想空間管理課、通称《仮想課》の所属らしい。
–––まあ平たく言えば国家公務員だな。
そんな菊岡は幸せそうにプリンの最後の一片を口に運んでいた。
「2人とも、ご足労願って悪かったね」
「そう思うなら銀座なんぞに呼び出すなよ」
「この店の生クリーム、絶品なんだよねえ。シュークリームも頼もうかな……」
お絞りで手を拭いながら追加注文すべきか否か悩む菊岡に、私はこれ見よがしなため息をつく。
「そろそろ本題に入れ。貴様の注文を待っていられるほど私は暇じゃない」
その時ウェイターが現れ、テーブルに注文した品々置き、注文が完了したことを確認すると、恐ろしい金額が記されているであろう伝票を置いて、歩行音を立てずに立ち去った。
「そうだね。じゃあ早速だけどこれを見てくれ」
菊岡は自身の隣の席に置いてある鞄から取り出したタブレットを操り、こちらに差し出した。
受け取ったタブレットの液晶画面には、少し痩せた男の顔写真と住所等のプロフィールが並んでいた。
「……誰だ?」
和人がそう尋ねる。無論、私も和人も知り合いにこんな男はいない。
「この男は
「「アミュスフィア……か」」
私と和人の声が重なる。
私たちにとって、切っても切れない縁のある機器……と言うより、今やアミュスフィアは国際的に有名なフルダイブ機器だろう。
良い意味でも、悪い意味でも……。
「その通り。すぐに家族に連絡が行き、変死ということで司法解剖が行われた。死因は急性心不全となっている」
「心不全……心臓が弱かったのか?」
私がそう問うと菊岡は首を横に振った。
「死亡してから時間が経ち過ぎていたこともあって精密な解剖は行われなかったが、特別心臓が弱かったという結果は出ていない。ただ、彼はほぼ2日に渡って何も食べずにログインしっぱなしだったらしい」
悲惨な話だが、現代ではよくある話だ。
廃人と呼ばれる者たちは仮想世界の食べ物で偽りの満腹感を得て、食費を浮かしてプレイ時間を増やす…という行為を良く行っているらしい。
当然だが、そんな生活を続けていれば体に悪影響を及ぼすのは火を見るより明らかで、一人暮らし故にそのまま……という事も珍しくはないのだ。
「こういう変死はニュースにならないし、家族もゲーム中に急死なんて隠そうとするので統計も取れないしね。ある意味ではこれもVRMMOによる死の侵食だが……」
「一般論を聞かせる為に呼んだわけじゃないんだろ?何があるんだ、そのケースに」
和人の問いに菊岡は端末を一瞥して答えた。
「彼のアミュスフィアにインストールされていたゲームは《ガンゲイル・オンライン》、知ってるかい?」
「……!」
「そりゃもちろん。日本で唯一プロがいるMMOゲームだからな。プレイしたことはないけど」
和人は普通に応えたが、私は菊岡が言ったゲームタイトルを聞いて驚いた。
何故ならガンゲイル・オンラインは今、私がプレイしているゲームの1つだからだ。
「彼はガンゲイル・オンライン……略称《GGO》ではトップに位置するプレイヤーだったらしい。10月に行われた最強者決定イベントで優勝したそうだ。キャラクター名は《ゼクシード》」
その名を聞いて私は再び驚いた。
ゼクシード……奴の話は聞いたことがある。前回の第2回バレット・オブ・バレッツ……通称《BoB》の優勝者。
ただその優勝には裏があるらしく、彼は以前は
–––まさか死んでいたとは。
私が思考を巡らせている間も、和人たちは話を続けていた。
「彼は《MMOストリーム》というネット放送局の番組に、《ゼクシード》の再現アバターで出演中だったようだ」
「ああ……Mストの《今週の勝ち組さん》か。そういや、一度ゲストが落ちて番組中断したって話を聞いたような気もするな……」
「多分それだ。出演中に心臓発作を起こしたんだな。ログで秒に到るまで時間が判っている。で、ここからは未確認情報なんだが……ちょうど彼が発作を起こした時刻に、GGOの中で妙なことが有ったってブログに書いてるユーザーがいるんだ」
「「妙?」」
私も思考を放棄してその「妙なこと」とやらに疑問を持つ。
「GGO世界の首都、《SBCグロッケン》という街のとある酒場で、問題の時刻に1人のプレイヤーがおかなしな行動をしていたらしい。なんでも、テレビに映っているゼクシード氏の映像に向かって『裁きを受けろ』『死ね』等と叫んで銃を発射したということだ。それを見ていたプレイヤーの1人が偶然音声ログを取っていて、それを動画サイトにアップした。ファイルには日本標準時のカウンターも記録されていてね。テレビへの銃撃と茂村君が番組出演中に突如消滅したのがほぼ同時刻なんだ」
「……偶然だろう」
和人はそう言ったが、心のどこかではこの話が偶然では片付けられない何か因果関係があると考えているだろう。そして気を紛らわせるように目の前にあるショコラを食べた。
私も放置していたモンブランを食べた。口の中に広がる栗の味が思考を落ち着かせる。
「確かにそう思うかもしれないが、実はこれと類似したことがもう一件あるんだ」
私はフォークを動かす手を止めた。
「今度のは約10日前、11月28日だな。埼玉県さいたま市大宮区某所、2階建てアパートの一室で死体が発見された。布団の上にアミュスフィアを被った人間が横たわっていて、同じく異臭が……」
とその時、ごほん!とわざとらしい咳の音に菊岡が会話を中断する。隣を見ると、2人組のマダムがこちらを睨んできていた。
しかし菊岡はペコリと会釈しただけです話を続けた。まったくこの男はどういう神経をしているのだろうか。
「詳しい死体の状況は省くとして、今度も死因は心不全。《薄塩たらこ》というプレイヤーだ」
「そいつもテレビに出てたのか?」
「いや、今度はGGO内だね。スコードロン…ギルドの集会に出ていたところを、集会に乱入したプレイヤーに銃撃された。街の中だったからダメージは入らなかったようだが、銃撃者に詰め寄ろうとしたところでいきなり落ちたそうだ」
「……銃撃したプレイヤーの名前は分かるか?」
私の質問に菊岡はタブレットを眺めて眉をひそめた。
「《シジュウ》……それに《デス・ガン》」
「その2人の死因は心不全で、脳には損傷は無かったのか?」
「僕もそれが気になって司法解剖した医師に問い合わせたが、脳に異常は見つからなかったそうだ」
アミュスフィアは頭に装着して脳に直接、視覚や聴覚といった五感の情報送り込む機器だ。ゲーム内で死んだとなると真っ先に脳に何か起きたと考えられる。
だが、先代機のナーブギアほどの力はアミュスフィアにはない。
ゲーム内の銃撃が現実世界に飛び出し、プレイヤー本人の心臓を止めた……一瞬、本気でそう思いそうになったが、そんな非現実的な事、この世界の最先端技術をいくら突き詰めても不可能だ。
「なあ菊岡さん、総務省のエリート連中様が頭を絞った後なら、もうこの結論に達してるんじゃないのか?『ゲーム内の銃撃でプレイヤーの心臓を止めるのは不可能』って」
和人の言葉に菊岡はニヤリと笑った。
「そう。僕も同じ結論に達したよ。そこで本題の本題なんだが、ガンゲイル・オンラインにログインして、この《死銃》なる男と接触してくれないかな?」
その言葉に今度が和人が笑った。
「接触ねえ?はっきり言ったらどうだ菊岡さん、『撃たれてこい』って事だろ。その《死銃》に」
「いや、まあ」
「やだよ!何かあったらどうするんだよ!アンタが撃たれろ!心臓止まれ‼︎」
ハハハと他人事のように菊岡が笑い、堪忍袋の緒が切れた和人はそう吐き捨てながら勢いよく立ち上がる。
「さっきその可能性はないって合意に達したじゃないか!それにこの《死銃》氏がターゲットにした2人はGGOじゃ名の通ったトッププレイヤーだ。つまり、強くないと撃ってくれないんだよ!だから、かの茅場先生が最強と認めた君たちなら……」
菊岡は椅子から転げ落ちながら、和人の服の袖を掴んで引き留めようとする。良い大人が子供相手に泣きすがるという奇妙な光景が出来上がった。
それにしても……
–––GGOのトッププレイヤーか。
私の名がどこまで知れ渡っているかは知らないが、このまま放置しても、いずれは対峙する時が来るかもしれないな。その《死銃》とやらに……。
「良いだろう。その依頼受けてやる」
私がそう言うと2人は組み合うのを止めて私の方を向いた。
「本当かい!ペルソナくん‼︎」
「ペルソナ⁉︎危険なことかもしれないんだぞ!」
「分かっているさ。だが、話を聞く限り他人事ではなさそうだったのでな」
「それってどういう……?」
「私もGGOをプレイしていてな。妙な二つ名まで付くぐらいの実力もある。今回の件でターゲットにされる可能性が高い。それに、元からどんな手を使ってでも、この依頼を受けさせるつもりだったんだろ?
モンブランを刺したフォークを向けると、菊岡は図星を突かれたように苦笑いする。
「もちろん万が一の事を考えて最大限の措置を取る。2人にはこちらが用意する部屋からダイブしてもらって、モニターしているアミュスフィアの出力に異常があった場合はすぐに切断する。銃撃されろとは言わない。君たちの眼から見た印象で判断してくれればいい。報酬もこれくらい出す。行ってくれるよね?」
菊岡は指を三本出して見せる。その指を見て和人は少し悩んだ後、深くため息をついた。
「アンタにまんまと乗せられるのは癪だが、君が行くなら俺も行かない訳にもいかないしな」
「ありがとう2人とも」
菊岡は邪気のない笑顔で礼を言ってきた。
「でも、うまくその《死銃》と出くわすかどうかはわからないぞ。そもそも、存在さえ疑わしいんだからな」
「ああ……それだけどね」
菊岡はワイヤレスイヤホンをこちらに差し出す。
「最初の銃撃事件のときの音声ログを圧縮して持ってきている。《死銃》の声だよ。どうぞ聴いてくれたまえ」
私たちは受け取ったイヤホンをそれぞれ片方の耳に入れる。菊岡がタブレットの画面を突っつくと、男の声が聞こえてきた。
『これが本当の力、本当の強さだ!愚か者どもよ、この名を恐怖とともに刻め!俺と、この銃の名は
……《