お待たせしました。第36話です。
–––なんで、ここにあの銃が……。
それは麻痺弾のバフ効果などという単純なものではなく、シノンが抱える過去のトラウマによるものも大きかった。
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5年前–––––
当時、まだ11歳だったシノン…《朝田詩乃》は母親と共に、とある郵便局で起こった強盗事件に巻き込まれた。
その男は郵便局に入ってすぐに窓口へと向かい、鞄の中から拳銃を取り出して金を全てを鞄に入れるように要求した。
窓口の男性局員が札束を差し出すフリをして、机の裏にある警報ボタンを押そうとしたが、男は警報ボタンを押そうとした男性局員を銃で撃ち、更に客用スペースにいる詩乃の母親までも拳銃で狙った。
その時、詩乃は無意識にもこう考えたのだろう、
–––わたしが、お母さんを、守らないと。
次の瞬間、詩乃は男に飛び掛かり、拳銃を握る男の右手首に噛み付いた。
驚愕した男は詩乃ごと右腕を振り回す。
詩乃はカウンターの側面に叩きつけられるが、目の前に転がってきた黒い拳銃を拾い上げ、それを男の方は向ける。
男は自分に銃を向ける詩乃の両手首をキツく握ったが、逆にそれが悪手となった。
詩乃が反射的に引き金を絞る。男に強く手首を握られていた為、反動エネルギーは男の両手に吸収された。
その後も男が何度も詩乃に掴みかかろうとしたが、その度に詩乃がトリガーを引く。
そして3度目の弾丸が男の頭を貫き、男は生命活動を停止した。
–––守った。
詩乃は母親を守ることが出来たとそう思った。だが、母親が自分へと向けた恐ろしいものを見る眼に詩乃は自らの手に視線を落とす。
その時、ようやく詩乃は自身が取り返しの付かない事をしたことに気が付き、高い悲鳴を上げた。
この時彼女か男を撃った銃こそ、黒星・五十四式。この時から詩乃は《殺人者》のレッテルを貼られたまま生きる事となったのだ。
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現在–––––
死銃の指がトリガーに掛かり、トリガーが軋む音にシノンは瞼を閉じる。
GGOに来て、ペルソナやキリトと言ったプレイヤーと出会い、シノンは彼女が求める《強さ》の意味が解る気がしていた。だからこそ、こんな所で諦めたくない。
そう思った瞬間、
–––ターンッ!!!–––
1発の銃声が轟いた。
シノンは死を覚悟したが、いつまで経っても意識が消える気はせず、目を開けると、死銃が黒星を持っていた筈の右手には、拳銃の代わりにオレンジ色のダメージエフェクトが瞬いていた。
–––誰かが死銃を撃った。でも誰が……、
その思考を遮るように2度目の銃声が轟き、銃弾は死銃の左肩を正確に撃ち抜いた。
その直後、シノンと死銃の近くに灰色の缶ジュースの様な筒状の物が転がってきた。それがグレネードだと気付いた死銃はさっとビルに中に逃げ込み、シノンはグレネードの爆発の直撃による死を覚悟した。
だが、それが発したのは爆炎ではなく、大量の煙を吐き出し、シノンの視界は真っ白な煙に包まれる。
逃げるなら今の内だとシノンは思ったが、スタン効果はまだ消えない。体が動かない中、シノンはヘカートⅡごと誰かに抱えあげられる。
煙が晴れ、視界が回復したシノンは自身を横抱きにして走るプレイヤーの顔を視認した。
「ペルソナ……?」
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---間一髪だったな……。
シノンと別れ、銃士Xの所に向かった私だったが、銃士Xが死銃ではないことはすぐに分かった。何せ、どこからどう見ても銃士Xは女性だったからだ。
そこで私は大きな見落としをしていることに気が付いた。
そして最悪の事態を予測し、銃士Xを瞬殺した後にシノンのもとに向かうと、予測通りシノンが死銃にハンドガンを向けられていた。私は咄嗟に銃士Xから拝借したライフルで死銃を狙撃し、鉄橋の時のお返しと言わんばかりにスモークグレネードを投げつけ、煙幕で目くらましをしている間にシノンを回収して今に至る。
途中でキリトと合流し、廃墟の北側のメインストリートを曲がった所で複数の三輪バギーとロボットホースが停めてある無人のレンタル乗り物屋を見つけた。
馬は扱いが難しいため、私たちはどうにか動いた2台の三輪バギーに乗り込んだ。
「シノン、ライフルであの馬を破壊してくれ」
「わかった、やってみる……」
シノンは肩から降ろしたヘカートを構え、ロボットホースに狙いを定める。距離は20m程度。あとは彼女が引き金を引けば、機械の馬達は確実に破壊されるだろう。だが……、
「え、何で……?」
「どうした?」
シノンはヘカートの引き金を引こうと手に力を入れる。が、何度やってもその銃口から弾丸が放たれることはなかった。
「トリガーが引けない。何でよ……」
そうしている間にも、死銃がこちらへ近づいてきている。
「掴まってろシノン!」
私はシノンの左腕を握り、自分の胴体を抱かせる様な形をとらせた所で、バギーを急発進させた。
速度を維持したまま、廃墟の中を疾走するバギー。このまま行けば、逃げ切れるだろう。だが、
「来たぞ‼︎」
「……やはり来たか」
現実はそこまで甘くはないらしい。
キリトの声に反射的にバギーのミラーを確認したすると、そこには先程破壊しそびれたロボットホースに跨る死銃の姿があった。
「追いつかれる……!もっと速く、逃げて……!逃げて‼︎」
悲鳴混じりの声で叫ぶシノン。私は彼女に応えらようにバギーの速度を更に上げようとするも、廃車両などの障害物が多すぎるため、中々思うようにいかない。
追ってくる死銃の方は、機械馬の四足歩行を駆使して廃車両を回避しながら追い上げてくる。
と不意に、死銃が右手を手綱から離したと思ったら、そこには黒い拳銃が握られていた。
そして赤い弾道予測線がシノンの眉間を捉える。
私は咄嗟に彼女の頭を倒した。その直後、銃声と共に発射された弾丸はそのまま前方の廃車に命中した。
「嫌ああぁっ‼︎」
悲鳴を上げたシノンは、死銃から目を背けるように背中に顔を押し付けてくる。
続け様に死銃は2発目を発射し、その弾丸はバギーのリアフェンダーに命中した。
「ペルソナ!……くそっ!」
キリトが《FN・ファイブセブン》で応戦するも、彼が放った銃弾はあらぬ方向へ飛んでいく。
「よせキリト、弾の無駄だ」
「でもこのままじゃ……!」
「わかっている。だが今は逃げる事に集中しろ」
とは言ったものの、相手は小回りが効く機械馬でこちらはバギー。更にこっちは2人乗りで奴は1人だけでの騎乗。このまま逃げ続けても追いつかれるのは火を見るより明らかだ。
–––ここは、賭けるしかない……!
「聞こえるかシノン!このままではいずれ追いつかれる。だから君がその銃で奴を撃て!」
「む、無理だよ……」
シノンは弱々しくそう答えた。
死銃に銃口を向けられてからシノンの様子がおかしいのは目に見えていた。何が彼女をここまで追い詰めているのか気になるが、今はその理由を考えている余裕はない。
「当てる必要はない。牽制だけで十分だ!」
「無理よ!だって……あいつ、あいつは……!」
「しっかりしろ!シノン‼︎」
気づけば私は彼女に怒鳴っていた。
「貴様は私を倒すんじゃなかったのか?ダイン達のスコードロンと組んでベヒモスと戦ったとき貴様は言ったな、『せめてゲームの中でくらい、銃口に向かって死んでみせろ!』っと。あの時の貴様は……《シノン》はどこへ行った‼︎」
私がそう叫ぶと、弱々しく縮こまっていたシノンは意を決した顔をしてヘカートの銃口を死銃に向けた。しかし、
「駄目、撃てない……指が動かない。わたし……もう、戦えない……」
シノンの指は震えており、とてもトリガーを引ける状態ではなかった。
「大丈夫だ、まだ君は戦える」
私は片手でハンドルを持ち、もう片方の手をヘカートのグリップを握るシノンの手に重ねた。
「私も一緒に撃つ。だから頼む、シノン」
「駄目、こんなに揺れてたら照準が合わない!」
シノンの言う通り、走行中のバギーは道の
「ペルソナ!」
ふと、隣を走るキリトが何やら前の方を指差しながら声をかけてきた。……そういう事か。
「シノン、5秒後に揺れが止まる。---3、2、1、行くぞ!」
カウントダウンが終わるのと同時に、私たちの乗るバギーは横転していた車に乗り上げ、勢いよく飛びあがる。
シノンはバギーが飛んだことに一瞬驚いていたが、すぐに冷静になり、スコープを覗く。そして私たちはトリガーを引いた。
轟音と共に放たれた弾丸は死銃から大きく逸れたが、代わりに近くで横転していた大型トラックの腹に命中。タンクにガソリンが残っていたのだろう、死銃がトラックの真横を通り過ぎようとした瞬間、巨大な爆炎が死銃と奴が乗る機械馬を包み込んだ。
バギーが着地し後ろを振り向くと、死銃が乗っていた機械馬がバラバラに千切れ飛んでいるのを確認できたが、この程度で奴が倒れたとは考えづらい。
私とキリトは再び前に向き直り、都市廃墟を抜けて砂漠地帯へと向かった。
今回はここまで。
次回もまた遅くなるかもしれませんが、なるべく早めに投稿できるように頑張ります。