ファントム・バレット編、ラストです。
———最悪だ。
私は今、シノンに教えてもらった住所を頼りに彼女の家に向かってバイクを走らせている。
GGOから帰還してすぐ、私は和人と何故か病室にいた明日奈から
Sterben…ドイツ語で「死」を意味する。ナツキ氏曰く、この言葉は医療用語でもそのままの意味で使われ、主に患者が亡くなった際に使うらしい。
その話を聞いて、私はなりふり構わず病院から飛び出し、そして現在、シノンの家に向かっている。
メッセージで和人に彼女の住所を教えておき、菊岡に事情を説明しておいてくれと伝えた。すぐに警察も動いてくれるだろう。
死銃のSAO時代の名前を知ることに固執しすぎたせいで、シノンが「医者の子供で頼れる友達がいる」と言った際に、Sterbenという名の意味を思い出すことが出来なかった。なんと愚かな事だろうか。
———間に合ってくれ。
私はそう祈りながらスピードを上げた。
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しばらくして辿り着いたのは少々古びたアパートだった。
「……ここk———ドタンッ‼バタバタバタッ‼———ッ⁉」
アパートに近づいたところで、何やら争っている音が聞こえ、まさかと思い私は彼女の部屋へと急ぐ。
『アサダサンアサダサンアサダサン』
目的の部屋の前に着くと、中から狂気じみた声が聞こえてきた。
私が勢いよく扉を開けると、そこには床を這り、今にも少女に襲い掛かろうとする男という異常な光景が広がっていた。
咄嗟に男を蹴り飛ばし、部屋の中に転がり込む。
「逃げろシノン!」
「ペルソナ……」
やはり少女はあのシノンのようだ。取り敢えず彼女は無事だったので私は安堵する。が、その直後、
「お前……おまえだなああああああ‼」
激昂した男に押し返され、大勢が逆転した。
SAOに2年間捕らえられて筋力が落ちているとはいえ、自分より年下であろう男に抑え込まれるとは情けない。
「僕の朝田さんに近づくなああああああッ‼」
男が私の頬を殴りつける。それと同時に男はジャケットから銃型の何かを取りだした。私はすぐにそれが注射器であることに気付いた。
玄関近くにいるシノンの叫ぶのと同時に、男が獣のような咆哮を上げ、注射器を私の胸目掛けて振り下ろす。
その瞬間、時の流れが遅くなる。
スローモーションのようにゆっくりと振り下ろされる注射器。あと1秒もしない内に、それは私の胸に突き刺さり、ゼクシード達を殺した薬品が打ち込まれるだろう。
「フッ!」
私は男の右手首を掴んで捻り、注射器を叩き落す。そして抑え込まれた大勢から、柔道の
振り向くと、男は白目を剝いて気絶していた。この様子だと、すぐには目を覚まさないだろう。
眼前の脅威が消えたところで、私は扉の前で震えているシノンに声を掛ける。
「もう大丈夫だ。怪我はないか?」
「え、ええ大丈夫。あの……彼は?」
「気絶しているだけだ。心配はいらない」
自分のことより、自分を殺そうとした相手の心配をするとはな。
「あの……ペルソナよね?」
「そうだ。嫌な予感がしてな。遅くなって済まない」
「いいえ来てくれてありがとう。助かったわ」
そう言って無理に立とうとする彼女だったが、足に力が入らないのか、立った瞬間に倒れそうになり、私は彼女が床に激突する寸前で彼女を受け止めた。
「ごめん。安心したら力が抜けちゃった。もう少しこのままにさせてくれない?」
「ああ、構わない」
その後、警察が駆けつけるまでの間、私たちは言葉を交わさず、互いに抱きしめ合ったままだった。
▼
2日後———
詩乃が登校の準備をしていたころ、突然のペルソナからの電話で開口一番に「今日の放課後、時間あるか?」と聞かれ、反射的に「うん」と答えたところ、彼女はペルソナ達の依頼主に会うこととなった。
下校する直前、いつものように遠藤たちとひと悶着あったが、何とか乗り越え、校門に向かうと、そこには何人かの女子生徒が足を止め、何か話しているという奇妙な光景に詩乃は首を傾げた。
詩乃が同じクラスの女子生徒に近づくと、その女子生徒も詩乃に気が付いて話しかけてくる。
「朝田さん、今帰り?」
「うん。何かあったの?」
「校門のとこに、大学生くらいのイケメンがバイク停めてるんだけど、ヘルメット2つ持ってるからウチの生徒を誰か待ってるんじゃないかって。悪趣味だけど相手が誰か興味あるじゃない?」
その話を聞いて詩乃は血の気が引くのを感じ、慌てて時計を確認する。
———確かに時間通りだけど、まさか……。
そのまさかだった。
詩乃が人混みを掻き分けながら校門に向かうと、そこには長めの黒髪で、背が高く、缶コーヒーを片手に空を眺める青年がいた。
「あの……あれ、わたしの知り合いなの」
消え去りそうなほど小さな声でそう告げると、女子生徒たちは驚愕の声を上げる。
「えっ、朝田さんだったの⁉︎」
「ど、どういう知り合い⁉︎」
問い詰めてくる女子生徒たちから逃げるように、詩乃は小走り気味に駆け出した。
「あの……」
「ん?ああ、詩乃か」
声を掛けると彼は詩乃の方に向き直る。こんな状況なのにも関わらず、彼の表情は少しも変わらない。
「……こんにちは。……お待たせ」
「いや、今来たところだ。問題ない」
そんな一連のやり取りをしながら周囲の視線が集まるのを感じ、詩乃はこの出来事が学校中の噂になることを覚悟していたら、不意に彼からヘルメットを投げ渡され、詩乃は慌ててそれをキャッチする。
彼も持っていたヘルメットを被り、バイクのシートに跨ったところで、ふと何かに気が付いたように振り返って詩乃に声を掛けてきた。
「詩乃、スカートは大丈夫か?」
「大丈夫。体育用のスパッツ穿いているから」
「そうか。じゃあ、しっかり捕まっていろよ」
▼
私たちがやって来たのは例の喫茶店だ。
「いらっしゃいませ。お二人様でしょうか?」
店に入ると、ウェイターがそう言いながら深々と頭を下げてきた。デジャブを感じたのは言うまでもない。
「おーいペルソナくん、こっちこっち!」
「やめろ、こんな所で!」
窓際の席から手を振って大声で私の名を呼ぶ男。その隣では和人が男を抑えていた。
「……あれと待ち合わせだ」
私がそう言うと、ウェイターは「かしこまりました」と一礼して業務に戻った。
「貴様、現実であっちの名前は使うなと前にも言っただろ」
「ハハハ、ごめんごめん」
相変わらず反省の色が見えない謝罪をする菊岡。こいつは一度分からせた方が良いな。
「君が朝田詩乃さんだね?さ、何でも頼んでください」
菊岡に促されるままメニュー目を通した詩乃は、そこに記載されている値段を見て凍り付いていた。
「こいつに気を遣う必要はない。どうせ今回も支払いは私たち国民から巻き上げた血税だろうからな」
「今回は持ち帰りしちゃ駄目だよ」
前回、母への土産としていくつか持ち帰りを頼んだことを根に持っているのだろう。釘を刺された。ま、今日はそんな気分じゃないから別に良いのだが。
そして詩乃と私が注文を済ませた所で、菊岡が現時点で判明している事件の全容を話し始めた。
死銃が誕生したのは、
同時期に晶一の弟で2日前に詩乃を殺そうとした新川恭二は自身のキャラクターの育成に行き詰り、AGI型万能論という偽情報を流したゼクシードへの恨みを兄の晶一に話していたらしい。
その話を聞いた晶一は恭二にゼクシードの現実の情報を教え、2人でどのようにしてゼクシードを粛清しようか話し合っている内に《死銃事件》の骨子が出来上がったそうだと菊岡は話す。
また、逮捕された晶一の供述から、SAOでジョニー・ブラックと名乗っていた金本敦という男も、この事件に関わっていた事が明らかになった。金本はまだ逮捕されておらず、晶一が3つ用意していたという薬品が入った無針高圧注射器が1つ見つからない為、金本が最後の1つを持って逃走している可能性が考えられる。が、金本が捕まるのも時間の問題だそうだ。
話が終わり、喫茶店を出たところで和人が私たちに声を掛けてくる。
「2人とも、この後、時間あるか?」
「すまない。私はこれから大学の方に顔を出さないといけなくてな」
実はここに来るためにもかなり時間を割いている。そろそろ戻らないとまずい。
「そうか。シノンは?」
「別に用事はないけど」
「君に会って欲しい人がいるんだ。一緒に来てくれないか?」
「わかったわ」
「それじゃあここでお別れだな」
「ええ。それじゃあまた」
「またな、ペルソナ」
そうして私は和人と詩乃と別れ、私は大学に戻った。
これはあとで聞いた話だが、私と別れた後、詩乃はダイシ―カフェに向かい、そこで明日奈と里香の2人と親睦を深めたそうだ。
だが、和人が真に合わせたい人とは2人の事ではなく、彼女が5年前に巻き込まれた事件が起きた郵便局で働いていた女性職員だった。
彼女は事件の時、お腹に子を身籠っていたらしく、自分の命だけでなく、当時お腹の中にいた娘の命を救ってくれた詩乃にどうしても礼がしたかったのだそうだ。
この出会いが、詩乃にとってどれほどの救いになったのかは私には計り知れない。だが、きっと彼女は少しずつ自身の過去を受け入れ、未来へと歩むことが出来るだろう。
ラストは原作通りにペルソナは関わらない形にしました。
次はキャリバー編……他の章と比べてもかなり話数が少なくなる気がするなあ。
次回も頑張ります。