仮面の男と仮想世界   作:オンドゥル暇人

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第43話 女王からの依頼

 

私たちは今、ヨツンヘイムへと繋がるトンネルの下り階段を駆け降りている。

 

 

「いったい何段あるのこれ〜」

 

 

「うーん、新アインクラッドの迷宮区タワーまるまる1個分くらいはあったかなー」

 

 

階段を降りながらリズベットが発した言葉にリーファが答える。

 

 

「あのなぁ、通常ルートならヨツンヘイムまで最速でも2時間はかかるとこを、ここを降りれば5分だぞ!文句を言わずに、一段一段感謝の心を込めながら諸君」

 

 

「アンタが造ったわけじゃないでしょ」

 

 

「突っ込みありがと」

 

 

このトンネルの有り難みを力説するキリト。それに対し、シノンが冷静に突っ込みを入れ、キリトは礼を言いながら目の前で揺れる彼女の水色の尻尾をギュッと掴んだ。

 

 

「フギャア⁉︎」

 

 

シノンは悲鳴を上げて飛び上がり、器用に後ろ走りしながらまさしく猫のように、キリトを両手で引っ掻こうとするが、キリトは飄々(ひょうひょう)と彼女の引っ掻き攻撃を避ける。

 

 

「アンタ、次やったら鼻の穴に火矢ブッコムからね!」

 

 

そう言って直ぐに行動に移さないのが、彼女の優しいところだろう。私だったら即座に首を吹き飛ばしていただろうな。

 

 

後ろから「怖れを知らねぇなおめぇ」と突っ込むクラインに同意しながら、「あいつは一度痛い目に遭った方が良いな」っと私は心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、予定通り私たちはヨツンヘイムに到着した。

 

 

見渡す限りの雪景色に、天蓋から突き出て煌めいている無数の氷柱。相変わらずの光景は少し懐かしく思える。ここにきたのは、アスナ救出の為に世界樹を目指していた時以来だ。

 

 

リーファが口笛を吹くと、風の音に混じって懐かしい啼き声が遠くから聞こえてくる。

 

 

眼を凝らしてよく見ると、遠くの方から白い影が羽化した象クラゲ邪神、トンキーがこちらへ飛んできているのが見えた。

 

 

「トンキーさーーーん‼︎」

 

 

ユイちゃんが精一杯の声で呼びかけると、トンキーは再び甲高い啼き声を上げる。どうやら、以前会った時と変わらず元気にやってそうだ。

 

 

たちまち私たちの目の前までやって来たトンキー。久しく会ってなかったからか、その体躯は以前よりも大きくなっている様にも見え、彼(?)と初対面のクライン、シリカ、リズベット、シノンの4人は、階段の所まで後退りする。

 

 

トンキーは私たちを一瞥した後、長い鼻を伸ばして何時かのように鼻の先端を私の頭の上に置いた。

 

 

「久しぶりだなトンキー。少し大きくなったか?」

 

 

鼻をさすりながら私がそう問いかけると、トンキーは嬉しそうに喉を震わせ、今度はその鼻で私を巻き取り、背中に乗せてくれた。

 

 

「ふふっ。やっぱりペルソナさんはトンキーに気に入られてますね」

 

 

少し羨ましそうに言いながら、リーファかトンキーの背中に飛び乗る。

 

 

それに続いてアスナ、シリカ、リズベット、シノンと次々とトンキーに乗っていく。そんな中、中々トンキーに乗ろうとしない刀使いが1人。

 

 

「ほら、早く乗れよ」

 

 

「そ、そう言ってもよぉ、俺、アメ車と空飛ぶ象には乗るなって爺ちゃんの遺言でよぉ……」

 

 

「貴様の爺さんまだ生きてるだろ。いい大人が怖がってないで早く来い」

 

 

「そうそう。それにこの間、爺ちゃんの手作りって干し柿くれただろ。美味かったからまた下さい!」

 

 

キリトにそう言われながら背中を押され、ようやくクラインがトンキーに乗り、最後にキリトが飛び移る。

 

 

「よぉーしトンキー、ダンジョンの入口までお願い!」

 

 

トンキーの顔の近くに座るリーファがそう叫ぶと、トンキーは一啼きして、8枚の翼をゆっくりと羽ばたかせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、これ落っこちたらどうなるの?」

 

 

空中ダンジョンに向かう途中、トンキーの背中から下の方を見下ろしていたリズベットがそう呟いた。

 

 

彼女が言いたい事は分からないでもない。

 

 

ヨツンヘイムではどの種族の妖精も飛行不可能で、落下ダメージも適用される。今、飛行中のトンキーから落ちれば……など、考えるまでもないが、もしかしたらトンキーがその長い触手で捕まえてくれるかもしれない。

 

 

–––勿論、試す気はないが。

 

 

「きっと、昔アインクラッドの外周の柱から次の層に上ろうとして落っこちた人が、いつか実験してくれるよ」

 

 

ニッコリと笑って、アスナはキリトの方を見ながらリズベットの問いに答えた。

 

 

–––というかキリト、そんな事してたのか。

 

 

「………高いところから落ちるなら、ネコ科動物の方が向いてるんじゃないかな」

 

 

キリトがそんな事を言いながらケットシー2人(シリカとシノン)の方を見ると、2人は真顔でぶんぶんと首を横に振る。

 

 

背中でそんなやり取りが行われてる間も、トンキーは翼をゆっくりと羽ばたかせ、空中ダンジョンの入口に向かって飛行している。

 

 

だが次の瞬間、トンキーは全ての翼を折りたたみ、突然、急降下を始めた。

 

 

「「うわぁぁああ⁉︎」」

 

「「「「「きゃあああああ!」」」」」

 

「やっほーーーーう!」

 

 

一部違うのがあったが、皆絶叫しながら急降下するトンキーの背中を掴んで、振り落とされるのを必死に耐える。

 

 

暫くして、トンキーがブレーキを掛けて、再び穏やかな飛行に戻る。

 

 

「あっ……⁉︎」

 

 

トンキーの頭に乗り上げるように体を伸ばしていたリーファが、突然鋭い声を上げながら地上の一点を指した。

 

 

私たちは言われるがまま、リーファが指差した方に眼を向ける。途端に私の目に映ったのは、羽化する前のトンキーに似た象クラゲ邪神を大規模なレイドパーティが攻撃している光景だった。

 

 

トンキーもその光景を見て悲しそうに啼いている。

 

 

だが、私たちが驚かされたのはそれではない。

 

 

象クラゲ邪神を攻撃しているのがプレイヤーだけではなく、トンキーと初めて出会った時、トンキーを殺そうとしていた人型邪神と同じ種族の邪神もそこにいたという事だ。

 

 

「どうなってるの?あの人型邪神を誰かがテイムしたの?」

 

 

「有り得ません!邪神級モンスターのテイム成功率は、最大スキル値に専用装備でフルブーストしても0%です!」

 

 

アスナの問いにシリカが首を激しく振って否定する。

 

 

「ってことは、便乗してるって訳か?四つ腕巨人が象クラゲを攻撃してるとこに乗っかって、追い討ちを掛けてるみてぇな」

 

 

「でも、そんな都合良くヘイトを管理できるものかしら?」

 

 

シノンとクラインがそんな会話をしている間に、象クラゲ邪神が断末魔を上げながら、その体はポリゴン片となって四散した。

 

 

そして次の瞬間、巨人型邪神が勝利の雄叫びを上げる足下で、数十人のプレイヤー達もガッツポーズを決めた後に、両者が移動を始めた様子に、私たちは再度驚かされた。

 

 

「な、何で戦闘にならないんだ⁉︎」

 

 

驚きの声を上げるキリトの隣で、アスナが何かに気づいたように遠くの丘の上を指差す。そちらの方をよく見てみると、そちらでもプレイヤー集団と、今度は2体の人型邪神が協力して、ワニのような邪神を狩っている光景が広がっていた。

 

 

「こりゃあ……ここで一体何が起きてんだよ……」

 

 

「もしかしてさっきアスナが言ってた、ヨツンヘイムで新しく見つかったスローター系クエストって、この事じゃないの?人型邪神と協力して動物型邪神を殲滅する……みたいな」

 

 

リズベットの呟きを聞いた皆が揃って息を呑む。

 

 

彼女の予想は間違いないだろう。クエスト進行中であれば、特定のモンスターと共闘状態になることがある。だが、クエストの報酬が《聖剣エクスキャリバー》というのが、どうにも腑に落ちない。

 

 

そう思いながら、聖剣が封印されているであろう空中ダンジョンを見ようとした時、トンキーの背中の1番後ろに、音もなく光の粒が凝縮し、金髪の美しい女性が現れた。

 

 

「「でっ……けえ!」」

 

 

反射的に振り向いたキリトとクラインが、女性に投げ掛かるにはかなり失礼な言葉を発していたが、突如現れた彼女は少なくとも3m以上はあった為、仕方ないだろう。

 

 

「私は《湖の女王》ウルズ。我らが眷属と絆を結びし妖精たちよ、そなたらに、私と2人の妹から1つの請願があります。どうかこの国を《霜の巨人族》の攻撃から救ってほしい」

 

 

流暢に話しかけてくるウルズは、他のNPCとは何処か違うようにも感じられた。

 

 

「かつてこのヨツンヘイムは、そなたたちのアルヴヘイムと同じように世界樹イグドラシルの恩寵を受け、美しい水と緑に覆われていました。我々《丘の巨人族》とその眷属たる獣たちが穏やかに暮らしていたのです」

 

 

話しながらウルズが手を振ると、周囲の景色に重なるようにウルズの言葉通り豊かな世界……嘗てのヨツンヘイムの幻影が現れた。

 

 

多くの町が存在し、栄えていたであろうその風景は、央都アルンととてもよく似ていた。

 

 

「–––ヨツンヘイムの更に下層には、氷の国《ニブルヘイム》が存在します。彼の地を支配する霜の巨人族の王《スリュム》は、ある時オオカミに姿を変えてこの国に忍び込み、鍛治の神ヴェランドが鍛えた《全ての鉄と木を断つ剣》エクスキャリバーを、世界の中心たる《ウルズの泉》に投げ入れました。剣は世界樹の最も大切な根を断ち切り、その瞬間、ヨツンヘイムからイグドラシルの恩寵は失われました」

 

 

幻影の世界では《ウルズの泉》とやらの全面に伸びていた世界樹の根が浮き上がり、町は崩壊し、草木は枯れ、吹雪が荒れ狂う。そして《ウルズの泉》の水も一瞬で氷結し、その巨大な氷塊は世界樹の根に絡めとられ、ヨツンヘイムの天蓋に突き刺さった。

 

 

———これが、あのダンジョンが出来たきっかけか。

 

 

「王スリュムの配下《霜の巨人族》はニブルヘイムからヨツンヘイムに攻め込み、多くの砦や城を築いては、我々《丘の巨人族》を捕らえ幽閉しました。王はかつて《ウルズの泉》だった大氷塊に居城《スリュムヘイム》を築いてこの世界を支配したのです。しかし霜の巨人族はそれに飽き足らず、今もこの地に生きる我が眷属たちをも皆殺しにしようとしています。そうすれば、私の力は完全に消滅し、スリュムヘイムを上層のアルヴヘイムにまで浮き上がらせることが出来るからです」

 

 

「んな⁉そんなことしたら、アルンの街がぶっ壊れちまうだろうが!」

 

 

クラインが叫ぶと、ウルズはその言葉に頷き、話を続けた。

 

 

「スリュムの目的はそなたらのアルヴヘイムをも氷雪に閉ざし、世界樹イグドラシルの梢に攻め上がることなのです。そこに実るという《黄金の林檎》を手に入れるために。そして、我が眷属達を中々滅ぼせないことに苛立ったスリュムと霜巨人の将軍達は、遂にそなた達妖精の力をも利用し始めました。エクスキャリバーを報酬に与えると誘いかけ、我が眷属を狩り尽くさせようとしているのです。しかし、スリュムがかの剣を余人に与えることなどありえません。スリュムヘイムからエクスキャリバーが失われるとき、再びイグドラシルの恩寵はこの地に戻りあの城は溶け落ちてしまうのですから」

 

 

「え……じゃあ、エクスキャリバーが報酬だってのは全部嘘だったてこと⁉そんなクエストありぃ⁉」

 

 

「恐らく、鍛冶の神ヴェルンドがかの剣を鍛えたときに鎚を一回打ち損じたために投げ捨てた、見た目はエクスキャリバーとそっくりな《偽剣カリバーン》を与えるつもりでしょう。十分に強力ですが真の力は持たない剣を」

 

 

「ずっるい……王様がそんなことしていいの……」

 

 

リーファの呟きにウルズは深く息を吐いく。

 

 

「その狡さがスリュムの持つ最も強力な武器なのです。しかし彼は我が眷属を滅ぼすのを焦るあまり、ひとつの過ちを犯しました。配下の巨人のほとんどを、巧言によって集めた妖精の戦士達に協力させるため、スリュムヘイムから地上に降ろしたのです。今、あの城の護りはかつてないほど薄くなっています」

 

 

そこまで言うと、ウルズはその手で天蓋の空中ダンジョン……否、スリュムヘイムを指し、私たちに依頼した。

 

 

「妖精たちよ、スリュムヘイムに侵入し、エクスキャリバーを《要の台座》より引き抜いてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウルズが消えた後、私たちはどうするかを話し合ったが、ユイちゃん曰く、ALOの元となった北欧神話には、最終戦争…《神々の黄昏(ラグナロク)》というものがあるらしい。カーディナル・システムが作成したこのクエストの展開次第では、そのラグナロクが起きても不思議ではないのだという。

 

 

元々、エクスキャリバーを求めて集まった私たちの答えは決まっており、護りが手薄になっているのなら好都合だった。

 

 

「オッシャ!今年最後の大クエストだ!ばしーんと決めて、明日のMトモの一面載ったろうぜ!」

 

 

『おおー!』

 

 

クラインの叫びに皆が唱和し、足下のトンキーまでも啼いた。

 

 

そして辿り着いた氷のテラスの上でフォーメーションを組み、私たちは巨城《スリュムヘイム》へと突入する。

 

 

こうして、世界の命運を掛けた大クエストが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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