お待たせしました。第44話です。
氷の居城《スリュムヘイム》に突入してから既に20分経過している。
《湖の女王ウルズ》の言葉通り、ダンジョン内で敵の姿を見ることはほとんどなく、残っていたのはフロアの中ボスが半分と、次層へと降りる階段手前の広間を守るフロアボスだけだ。
第1層の
黒い方は魔法耐性が、金の方は物理耐性が途轍もない高さに設定されている。
しかもこの2体は互いを守るように作られているのか、黒のHPが減ると金が黒を守り、その間に黒は後方で身を丸め、瞑想をしてHPを回復させるのだ。
黒い方が瞑想している間に金色を集中攻撃で倒そうとするも、物理耐性が高すぎてろくにダメージを与えられず、奴が放つ大技の範囲攻撃でこちらのHPがじわじわと削られていく。
「キリト君、今のペースだと、あと150秒でMPが切れる!」
後方でヒーラーとして徹しているアスナが叫ぶ。
このメンバーで唯一のヒーラーであるアスナのMPが尽きれば、待っているのはパーティの壊滅。
そうなれば央都アルンから出直しになるが、
「メダリオン、もう7割以上黒くなってる。《死に戻り》してる時間はなさそう」
そんな時間は残されていないようだ。
「解った。みんな、こうなったら一か八か、金色をソードスキルの集中攻撃で倒し切るしかない!」
今年5月《アインクラッド実装アップデート》で、ALOにソードスキルが導入された。 中でも上級ソードスキルは魔法属性ダメージが付与される。これならば物理耐性の高い金色にもダメージが与えられるはずだ。
だが、この作戦にはリスクがある。ソードスキルは連撃数が多いほど技後の硬直時間も長くなる。もし硬直中に奴の攻撃を受ければ、私たちのHPは完全に削り取られるだろう。キリトの言う通り、一か八かなのだ。
当然、皆もその事を理解したうえでキリトに同意する。
「うっしゃ!その一言を待ってたぜキリの字!」
全員が各々の武器を握り直し、私も両手剣をしまい、代わりに刀と槍に手を伸ばす。
「シリカ、カウントで《泡》頼む!———2、1、今!」
「ピナ、《バブルブレス》!」
シリカの指示を受け、ピナが発射した虹色の泡は、大技を放たんとしていた金牛の鼻先で弾けた。物理耐性が高い代わりに、魔法耐性はそこまでない金牛は一瞬だけ動きを止めた。
「ゴー!!」
キリトの絶叫に合わせ、アスナを除く全員の武器が色とりどりの輝きを放つ。
クライン、リーファ、リズベット、シリカ、更に後方から放たれるシノンの攻撃が、金牛の四肢と鼻の頭にヒットする。
「「うおおおおッ!/はああああッ!」」
続けてキリトと私が同時にソードスキルを放つ。
炎を纏った私たちの剣と刀が金牛の体を抉る。
———今だ。
最後の一撃を放つ寸前、私は右手から意識を切り離し、槍を持つ左手に意識を集中させる。
本来であればここで硬直時間が発生し、私たちは動けなくなる。だが、キリトの剣に青白い光が、私の槍に黄色い光が煌めく。
キリトの剣が金牛の右腹を切り裂き、腹の真ん中に埋まった所で90度回転させ、跳ね上がりながら垂直に金牛の体を斬り、斬られた場所からは氷のエフェクトが噴出した。
キリトの攻撃が終わると同時に私は彼を飛び越え、金牛に電撃を帯びた無数のラッシュを浴びせる。
私たちの攻撃が終わった所でクライン達の硬直が解け、次々と金牛に攻撃を喰らわせていき、最後にキリトの放った直突き攻撃が命中し、金牛のHPが勢いよく減っていく。
誰もが「決まった」と思った矢先、あと少しの所で金牛のHPの減少が止まる。数多の大技を放った直後で、キリトは硬直状態に陥っている。金牛は不敵な笑みを浮かべ、キリトにその凶刃をを振り下ろそうとする。
「やああああああ!!」
一陣の青い閃光が飛び出し、金牛の無防備な胴体に目にも止まらぬ速さの連撃が放たれる。
全くの予想外の攻撃で残り僅かだった金牛のHPは音も無く消滅し、その体はポリゴン片となって四方に爆散した。
HPを全回復させ、勝ち誇ったように大斧を振りかざしていた黒牛も、目の前で自分を守り続けていた仲間が消えた途端、「えっ」とでも言いたそうな表情をしていた。
「おーし牛野郎、そこで正座」
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「おらキリ公、ペル公!オメエら何だよさっきの!」
今までの鬱憤を叩き付けるかのように、大技の乱舞で黒牛にトドメを刺したクラインは、こちらに振り向いて叫んだ。
———何故私までそんな呼び方なんだ。
「……言わなきゃダメか?」
「ったりめぇだ!見たことねぇぞあんなの!」
ずずいとキリトに詰め寄るクライン。そんなクラインの無精髭面を押し返し、キリトはやむなく彼の問いに答える。
「システム外スキルだよ。
「私のはその応用だ」
周りから「おー」という感嘆の声が上がる中、不意にアスナがこめかみに指を当てて唸った。
「なんかわたし、今すごいデジャブったよ……」
–––確かに、昔あったなこんな会話。
思い出話に花を咲かせたい所だが、今は一刻の猶予もない。私たちはHP・MPを全回復させてすぐに第3層へと続く階段を駆け降りた。
▼
ユイちゃんの分析によると、第3層は上2層に比べても狭い。
その分道も細く入り組んでいたが、ユイちゃんの的確なナビのおかげで十数分程で第3層のフロアボスの部屋までたどり着いた。
ボスは百足のように10本近くの足を生やして気持ち悪かったが、物理耐性は低い代わりに攻撃が高く、私とキリトとクラインが何度もHPが赤くなったが、最終的に全ての足を切り落とした後にキリトと私が《スキルコネクト》の多重ソードスキルで仕留めた。
そして第4層に降り、あとは王スリュムが鎮座しているであろうボス部屋に向かうだけとなった私たちの前に、壁際に作られた氷の檻に幽閉された女性の姿が見えた。
予想外の光景に思わず足を止めてしまった私たちに気が付いたのか、その女性は手足に繋がっている氷の枷の鎖を鳴らしながら顔を上げる。
金色の髪と金茶色の瞳。思わず見惚れてしまいそうなほど圧倒的な美貌の持ち主はか細い声でこちらに話しかけてくる。
「お願い……私を……ここから出して……」
ふらり、とその声に吸い寄せられたクラインのバンダナをキリトが掴んで引き戻す。
「罠だ」
「罠だな」
「罠よ」
「罠だね」
キリト、私、シノン、リズベットから指摘され、クラインは微妙な表情をしながら自らの頭を掻き、罠だよなっと自分に言い聞かせた。
ユイちゃんに聞いてみたところ、どうやら目の前にいる女性はウルズと同じ言語エンジンモジュールに接続したNPCらしい。ただ1つ、HPが存在することを除いては……。
通常、NPCにはHPは無い。例外として、護衛クエストの対象か或いは、
「罠だよ」
「罠ですね」
「罠だと思う」
アスナ、シリカ、リーファも同時に指摘する。
もちろん100%罠だと言い切るわけではないし、私にも助けたいと思う気持ちが無いわけではない。だが今は1秒でも時間が惜しい。リスクは成るべく最小限にしたいのだ。
キリトに諭され、小さく頷いたクラインは檻から眼を逸らす。
そして奥に見える階段に向かって数歩走ったところで、
「お願い……誰か……」
再び背後から声が聞こえ、クラインが俯きながらその場に立ち止まった。
「……罠だよな。罠だ、解ってる。でも、それでもオレはここであの人を置いていけねえんだよ!たとえそれでクエが失敗して、アルンが崩壊しちまっても、それでもここで助けるのがオレの生き様…武士道ってヤツなんだよォ!」
そんな青臭い台詞を吐きながら、クラインは勢いよく振り向き、「今助けてやっかんな!」と叫び、愛刀で氷の檻を薙ぎ払った。
檻が破壊され、自由の身となった美女が怪物に変貌し、私たちに襲い掛かる……という最悪のシナリオにならなかったのは幸いだったが、
「……ありがとう、妖精の剣士様」
「立てるかい?怪我ねえか?」
完全に『入り込んでいる』刀使いに、どうしても一歩引いてしまう。
———いや、昔の私なら同じことをしただろう。
そう自分に言い聞かせいると、謎の美女は立ち上がったが、すぐによろけてしまい、その背中をクラインが紳士的な手つきで支えた。
「出口までちょと遠いけど、1人で帰れるかい、姉さん?」
「……」
その問いに対し、美女は目を伏せる。
そしてしばしの沈黙の後、顔を上げ、話し出す。
「……私は、このまま城から逃げる訳にはいかないのです。巨人のを王スリュムに奪われた一族の宝を取り戻すため城に忍び込んだのですが、三番目の門番に見つかり捕らえられてしまいました。宝を取り返さずして戻ることはできません。どうか、私を一緒にスリュムの部屋に連れて行ってくれませんか」
流石のクラインもこの頼みには即答できず、離れた場所で見ていた私たちもこの展開にキナくささを感じていた。
とはいえ、既に乗り掛かった舟。いずれにせよ、檻から美女を助け出した時点で、もし罠だった場合は最後に後ろから強襲されるのだ。私たちは残り1%の可能性に掛け、この美女———《フレイヤ》をパーティに加え、最後のボス部屋へと向かった。