「25層と26層でボク達が全滅した後、すぐにボスが攻略されたのは偶然じゃなかったのか!」
「恐らくな。ボスの手の内が分かったからこそ、奴らも攻略に踏み切れたのだろう」
「という事はつまり……今回も噛ませ犬役を演じてしまったという事ですか?」
「なんてこった……」
眉をひそめて呟くシウネ―。ノリが嘆くと仲間の5人も肩を落とした。
「ううん、まだそうと決まったわけじゃないわ!」
「アスナの言う通りだ。諦めるにはまだ早い」
「どういうこと?」
不思議そうに聞き返すユウキ。私とアスナは互いに顔を見合わせ、6人に今後の動きを説明する。
「いま現実の時間は午後の2時半。いくら大規模ギルドと言えど、こんな時間に何十人も集めるには時間が掛かるはずだ」
「だからその間隙を突くのよ。あと5分でミーティングを終えて30分でボス部屋まで戻る!」
『ええーっ⁉』
流石の彼らもアスナの言葉に揃って驚愕の声を上げ、そんな一同を見回し、キリト譲りの不敵な笑みを浮かべる。
「わたしたちならできるわ。それにこの人数でも、きっとボスは倒せる」
「ほ、ほんと⁉」
鼻がぶつかるくらい身を乗り出すユウキにアスナは深く頷き返す。
「冷静に弱点を突ければね。ボスは巨人型、多腕なのは厄介だけど正面をキッチリ作れる分、非定型クリーチャータイプよりマシだわ。攻撃パターンは、ハンマーの振り下ろし、鎖の薙ぎ払い、突進。HPが半減してからは、加えて広範囲のブレス攻撃。更にHPが減ると武器4つでの8連撃ソードスキル――」
その後もアスナは、血盟騎士団の副団長だった頃のように作戦を説明し続けた。その後、買い込んでいたポーションを皆に配分し、着々と再戦の準備を済ませていく。
「もう一度言うけど、わたしたちならあのボスに勝てる。ずっと前からここで戦ってるわたしが保証する」
「やっぱり、ボクの勘は間違ってなかったよ。2人に頼んでよかった。もし攻略がうまくいかなくても、ボクの気持ちは変わらないからね。――ありがとう。アスナ、ペルソナ」
アスナの言葉に天真爛漫な笑みを浮かべ、そう返すユウキ。すかさず他の5人も頷き、シウネ―が言葉を繋げる。
「本当にありがとうございます。ユウキが連れてきたあなたたちこそ、私たち全員が待ち望んでいた人だと、今改めて確信しています」
「……その言葉はボスを倒すまで取っておけ」
「そうそう。それじゃ、もう一度頑張ろっか!」
▼
再びロンバールの街を飛び出し、迷宮区まで最短距離で進む。
道中、フィールドのMobに何度がターゲットにされたが、ノリの幻惑魔法で眼を眩ませて切り抜け、ダンジョン内ではユウキが敵のリーダー個体を切り倒したお陰で、予想よりも早くボス部屋のある最上階まで駆け抜けた。
この調子なら大ギルドよりも先にボス部屋に辿り着ける。そう思った矢先――
「……っ」
ボス部屋の扉の前に広がる光景に私は息を呑み、急停止する。
「な……なんだい、これ……⁉」
アスナの近くにいたノリが呆然と囁く。
ボス部屋の扉へと続く回廊には、20人近くのプレイヤーでぎっしりと埋まっていた。
種族はバラバラだが、全員のカーソル横のギルドエンブレム――扉の前でハイドしていた3人組のものと同じものだ――が唯一共通していた。
まさか間に合わなかったっと内心焦ったが、ボス攻略にしては人数が足りない。20人はレイド上限である6パーティー48人の半分以下だ。つまりまだメンバーが集まりきった訳ではないのだ。
その事に気付いたアスナはユウキの隣に歩み寄り、耳打ちする。
「大丈夫、一回は挑戦できる余裕はありそうだわ」
「……ほんと?」
ほっとした顔を見せるユウキの肩を叩き、アスナは集団の近くまで行き、集団の先頭に立つノームの男に話しかけた。
「ごめんなさい、わたしたちボスに挑戦したいの。そこを通してくれる?」
成るべく相手を刺激しないように話すアスナだが、ノームの男は彼女が予想だにしない一言を口にする。
「悪いな、ここは閉鎖中だ」
「閉鎖……って、どういうこと?」
アスナが聞き返すと、ノームは何気ない口調で続けた。
「これからウチのギルドがボスに挑戦するんでね。今その準備中なんだ。しばらくそこで待っててくれ」
「しばらくって……どのくらい?」
「ま、1時間てとこだな」
そこまで話を聞いて、私は奴らの意図を理解した。奴らはボス部屋の前に偵察隊を配置して情報収集を行うだけに飽き足らず、攻略に成功しそうな集団が現れた際には、多人数の部隊でダンジョンを物理的に封鎖するという違反行為に等しい作戦を取っているのだ。
――それが大規模ギルドのすることか。
そうは考えたが、ALOは元々PK推奨だ。SAOとは違い、ギルドを大きくするには他のギルドを蹴落とす必要がある。それがこの世界の常識なのだと許容していたが、ここまで露骨な占領行為を目の前でされると流石に看過できない。
アスナがノームにどうにかして道を開けてもらおうと交渉している間に、私はウインドウを操作し、装備を入れ替える。
アスナには悪いが、この交渉は何の意味も持たない。私たちが奴らに何を提供しようと、奴らは道を開けるつもりは無いだろう。ならば、最後に残った道はひとつだ。
「ね、君」
身を翻し、仲間の元に戻ろうとしたノームにユウキが尋ねる。
「つまり、ボク達がこれ以上どうお願いしても、そこをどいてくれる気はないってことなんだね?」
「――ぶっちゃければ、そういうことだな」
ユウキの直接的すぎる物言いに、ノームも流石に一度瞬きしたが、すぐに開き直るようにそう頷いた。
そんなノームにユウキは笑みを浮かべ、短く言い放った。
「そっか。じゃあ仕方ないね、戦おう」
「な……なにィ⁉」
「ええっ⁉」
ユウキが放った言葉に、ノームだけでなくアスナも驚愕の声を漏らす。
「ゆ……ユウキ、それは……」
「アスナ」
アスナはユウキに何か言おうとしたが、それを遮るようにユウキが言葉を続ける。
「ぶつからなきゃ伝わらないことだってあるよ。例えば、自分がどれくらい真剣なのか、とかね」
「ま、そういうことだな」
ジュンが相槌を打ち、5人とも平然とした態度で各々の武器を握り直している。
「みんな……」
「……ユウキの言う通りだアスナ。それに奴らも覚悟しているはずだ。例え最後の1人になろうとも、ここを守り続けると。そうだろ?貴様」
私は一歩前に出てノームの男に問い掛ける。
「お、俺たちは……」
いまだ驚きから醒めぬ様子のノーム。だが敵が準備を整えるのを待つほど私は優しくはない。
私は腰に装備した刀を素早く抜刀し、立ち塞がるノームの体を斬り刻む。
「ぐはっ……!」
短い悲鳴とともに巨漢は数メートル吹き飛ばされ、床に倒れ込んだ。そして自身のHPがレッドゾーンに達している事に気付くと、眼を見開き、再び私の方へと視線を戻すと、驚愕の表情を憤激に変えていく。
「きっ……たねぇ不意打ちしやがって……!」
――どの口が言うか。
的外れなノームの男の罵声に心の中で反論する。ノームが立ち上がると、その後ろに控えていた約20人の仲間達もようやく武器を構え始めた。
それと同時にアスナとユウキが私の両隣に並ぶ。先程まで大規模ギルドとの抗争を避けようとしていたアスナだったが、今では腫物が落ちたような表情をしている。
ジュンとシウネ―がアスナの隣に、テッチ・ノリ・タルケンがユウキの隣に並び立つと、たった8人のパーティーが放つ何かを感じたのか、3倍の敵勢が一歩下がった。
だがその直後、緊迫した空気を破るように、背後から殺到してくる無数の靴音が聞こえ、回廊の後方を見たノームは勝ち誇った笑みを浮かべる。
振り向いた視線の先には、無数のカーソルが重なって表示されており、ギルドタグは大半が目新しいものだったが、一部には目の前の奴らと同じものも混じっている。
――正に絶体絶命だな。私がスキルコネクトでOSSを連続発動させれば……いやしかし、リスクが高すぎる。
私が葛藤していると、私を含めこの場に集うプレイヤー全員の想像を絶する事象が発生した。
「あっ……あれは……⁉」
最初に異変に気付いたのは暗視能力に長けたノリだった。その直後、私もそれを視認する。
回廊を駆ける敵増援部隊の更に後方、誰かが横の壁を疾走している。軽量級妖精の共通スキル《
そんな事が出来るのは私が知る限り1人しかいない。
人影はそのまま壁走りで増援部隊を追い越し悠々と床に跳び降りると、私達と敵主力の中間地点で背中を見せて停止した。
黒のレザーパンツに、同じく黒のロングコート。短い黒髪に、背にはやや大振りな片手剣。それを仕舞う黒革の鞘には《リズベット武具店》のエンブレムが箔押している。
黒衣の剣士が足下の石畳に剣を突き立てると、その気迫に30人の手練れたちは立ち止まる。
「悪いな、ここは通行止めだ」
先程ノームのものと酷似した台詞を言い放つキリトの振る舞いに、最初に反応したのは増援部隊の先頭に立つ瘦身のサラマンダーだった。
「おいおい《ブラッキー》先生よ。幾らアンタでもこの人数をソロで食うのは無理じゃね?」
全身黒で統一されたことが由来であろうあだ名を持つ剣士は、その問いに肩をすくめる。
「どうかな、試したことないから解らないな」
その答えにリーダー格らしきサラマンダーは苦笑しながら右手を軽く持ち上げた。
「そりゃそうだ。ほんじゃ、たっぷり味わってくれ。……メイジ隊、焼いてやんな」
パチン!と指が鳴らされると、集団の高速詠唱が聞こえてくる。
「キリト君!」
咄嗟にキリトの元へと駆け寄ろうとするアスナだったが、その瞬間、キリトがアスナの方を振り向き、不敵な笑みを浮かべた。
直後、発射された7発の攻撃魔法がキリトに迫る。
キリトはそれを見ても一切動じず、代わりに床から引き抜いた剣を肩に担いで構え、刃身に青色のライトエフェクトを宿す。
次の瞬間、色とりどりの閃光と轟音と共に大きな爆炎が上がる。
煙が晴れると、そこには無傷のキリトが不敵な笑みを浮かべたまま立っていた。彼は自らに飛んできた攻撃魔法を
「うっ……そぉ……」
ユウキも信じられないとでも言いたそうにで小さく呟く。
――まあ、気持ちは分からなくもないが。
だが、キリトと共に行動する以上、こんな事でいちいち驚いていてはいられない。
あれはキリトが編み出したシステム外スキル《
端的に言えば、攻撃魔法をソードスキルで斬るというものだが、実際に魔法を斬るというのは口で説明するよりも難しい。そもそも攻撃魔法というのは、実体を持たないライトエフェクトの集合体であり、唯一スペルの中心に当たり判定があるのだが、システムアシストでコントロールされた斬撃で高速で迫りくる魔法の中心を捉えるのは、ほぼ不可能と言ってもいいのだ。
前に皆でキリトと共に魔法破壊の練習に付き合ったのだが、成功したのは私のみ。他の皆は三日でギブアップした。
回廊の前後から魔法を斬ったことに驚きの声を上げる。
しかし流石に攻略ギルドを名乗るだけあり、反応が早く。サラマンダーの指示で前衛が武器を抜き、遊撃が弓矢や長柄を構え、後衛が再び詠唱を始めた。
「3分間だけ時間を稼ぐ!その間にアスナたちはボス部屋へ!」
キリトは左手を背に回し、そこに出現した黄金の剣《エクスキャリバー》を抜き放つ。
エクスキャリバーが放つ圧力に増援隊が後ずさり、その動揺を狙い撃つように威勢のいい雄叫びが隊列の最後方から上がった。
「うおりゃあああああ!オレもいるぜぇ、見えねーだろうけどな‼」
声の主はサラマンダーの刀使いクラインのものだ。集団の向こう側で、大規模ギルドのプレイヤー達を次々と斬り捨てている。
「遅いよ、何やってたんだよ!」
「悪い、道に迷った!」
その言葉に私は呆れ、アスナはゆらりっと体が傾きそうになる。
そしてキリトの肩に乗る小さな妖精ユイちゃんがこちらにサムズアップをしているのを見て、アスナはその場で身を翻して隣のユウキに声を掛けた。
「あっちは任せておいて大丈夫。わたしたちは前の20人を突破してボス部屋へ入ろう!」
「うん、解った!」
すぐに歯切れのいい返事をしたユウキは早速ソードスキルを発動させ、彼女の剣から放たれる紫のライトエフェクトを受けながら私達は武器を構え直す。
状況を把握しきれてなかった20人も、私達の行動に気付き、迎撃態勢を整える。
「……行くよ!」
背後で魔法とソードスキルが衝突した大音響を合図にアスナが叫び、私達は一斉に地を蹴った。