仮面の男と仮想世界   作:オンドゥル暇人

53 / 89
今回はかなり話を纏めました。


第52話 生きたい

 

ユウキがALOから姿を消して3日。あれ以降ユウキがALOに入った様子はなく、他のスリーピング・ナイツのメンバーもALOにログインしてくることはなかった。

 

 

明日奈もあの日のことを引きずっているようで、今日学校で会ったが、心ここにあらずという感じだったと、和人から聞いた。

 

 

かく言う私も、あの日のことが今でも気になっている。

 

 

――彼女の悲しみに満ちたあの眼が頭から離れない。

 

 

そうしていると、病室の扉がコンコンと叩かれ、倉橋医師が入ってきた。……診察の時間にはまだ早い気がするが。

 

 

「すみません。今から時間ありますか?」

 

 

「問題ありませんが、一体どうしました?」

 

 

「実は……彼女たちが貴方と会って話がしたいと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倉橋医師に連れられて来たのは病院の最上階、窓のない無機質な通路を進んだ先にある【第一特殊計測機器室】という文字が書かれた扉の前だった。

 

 

「以前、彼女たちは特別な施術方法で安定させていると説明したことは覚えていますか?」

 

 

電子ロックの扉を開けながら問いかける倉橋医師に私は頷く。

 

 

「彼女たちが使用しているのは《メディキュボイド》という世界初の医療用フルダイブ機器です」

 

 

「メディキュ……ボイド?」

 

 

「簡単に言えば、アミュスフィアのスペックを大幅に上げ、脳から脊髄全体をカバーできるようにベッドと一体化したものです。見た目はただの白い箱ですが……あとは話を聞くより実際に見てもらったほうが早いでしょう」

 

 

 

彼に続いて部屋に入ると、そこは細長い部屋で、部屋の左の壁は一面黒く染まったガラスになっている。

 

 

「この先はエア・コントロールされた無菌室ですので入ることは出来ません。了承してください」

 

 

医師が黒い窓の下部にあるパネルを操作すると、たちまち窓の色は薄れ、透明になったガラスの向こう側を露わにした。

 

 

「……っ」

 

 

ガラスの先に見える部屋を見て私は戦慄する。

 

 

その部屋は中央のベッドを中心に様々な機械で埋め尽くされていた。

 

 

ベッドには小柄な姿が横たわっており、その体は酷く痩せている。更に喉元や両腕から伸びるチューブが周囲の機械類へと繋がっている。

 

 

そしてベッドと一体化した一際大きな白い直方体の機械――恐らくあれがメディキュボイドだろう――が、頭部のほとんどを飲み込むように覆い被さっていた。

 

 

「これがメディキュボイド試作1号機です。デリケートな機械なので長期間安定したテストを行うために、クリーンルームに設置される事になりました。これは被試験者となっている彼女たちにもメリットがあるのです」

 

 

「どういう事ですか?」

 

 

「……言ってもよろしいですね?藍子くん」

 

 

申し訳なさそうに私の頭越しに機械の方へと問い掛ける倉橋医師。すると、スピーカー越しに落ち着いた女性の声が聞こえてきた。

 

 

『はい、お願いします。倉橋先生』

 

 

倉橋医師は手で眼鏡をくいっと上げ、「分かりました」と短く返した後、私の方を向き直る。

 

 

「彼女たちの病気は《後天性免疫不全症候群》……AIDS(エイズ)です」

 

 

エイズ…その病名を聞いた私は息を呑み、同時に先程、倉橋医師が言っていたメリットという言葉の意味に納得がいった。

 

 

エイズとは正確には病気の名前ではない。ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染により免疫力が低下することで、通常感染することのない病原体に感染しやすくなり、様々な病気を発症しやすくなる状態――これを《日和見感染》と言う――のことだ。性感染症の一部として数えられているが、彼女たちの感染経緯は、帝王切開の際の輸血に使用した血が汚染されていた事による血液感染。非常に稀なケースだが、その事が判明した時点で既に家族全員がウイルスに感染していたという。

 

 

メディキュボイドの被試験者として無菌室に入れば、日和見感染のリスクを低下させることができる。倉橋医師がその提案を彼女の家族にし、彼女たち双子もその提案を承諾した。この時のことを倉橋医師は、バーチャル・ワールドに対する憧れが、彼女たちの背中を押したのだろうと語る。

 

 

「それ以来ずっと、彼女たちはメディキュボイドの中で暮らしています」

 

 

「ずっと……というのは、まさか文字通り?」

 

 

「はい。24時間ずっと、もう3年になります」

 

 

「3年…」

 

 

私達SAO生還者よりも長いフルダイブ生活の中、彼女たちは病魔と闘い続けている。その事実に私はそれ以上の言葉が出なかった。

 

 

『先生、ここからはわたしたちが……』

 

 

「そう……ですね。――あの扉の奥に、私がいつも面談に使用しているアミュスフィアがあります。それを使って《セリーンガーデン》へログインしてください」

 

 

「セリーンガーデン?」

 

 

『わたしたちのような境遇の人たち同士で最後の時を豊かに過ごす。その目的のために運営されているヴァーチャル・ホスピスです。そこで妹と一緒に待っています』

 

 

そうして促されるまま、私は奥の部屋に入り、そこに置いてあったアミュスフィアを装着すると、彼女に言われた通りセリーンガーデンへとログインした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眼を開けると、そこに広がっていたのは緑に覆われた緩やかに連なる丘、ALOに似ているがどこか違い、現実とかけ離れたその美しさについ目を奪われてしまう。

 

 

私は暫く目の前の風景を眺めていたが、後ろから聞こえた2つの足音に振り向くと、そこには腰まである長い髪を後ろで1つに纏めた――雰囲気が少しアスナに似ている――少女と、その少女の背に隠れ、チラ、チラ、っと顔を覗かせるカチューシャを付けた短髪の少女が立っていた。

 

 

「初めまして。わたしはランと言います。……ほら、ユウも挨拶」

 

 

「うん……」

 

 

ユウと呼ばれた少女は、ランの背中から離れると少し困ったように、はにかんだ笑顔を見せる。

 

 

その笑顔には見覚えがあった。見間違いようもない。彼女は3日前、私達の前から忽然を姿を消した少女と同じ顔をしていたのだから……。

 

 

 

 

 

 

「ユウキ……なのか?」

 

 

「……うん。3日ぶり、ペルソナ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達は彼女たち行きつけのカフェテリアに移動し、その一角にある机を囲んでいる。

 

 

「いつも話はユウから伺っています。妹とギルドのみんながお世話になりました」

 

 

「もー姉ちゃんそんなに畏まらなくてもいいってー!」

 

 

「駄目よ、ユウ達がお世話になった人なんだから……」

 

 

あーだこーだと繰り広げられる口論が微笑ましく見えた。何も知らない者達が今の彼女たちを見ても、重病を患っているとは思いもしないだろう。

 

 

「あっすみません。話が逸れてしまって」

 

 

「気にするな。それよりも聞きたい事がある」

 

 

恐らくこのままでは話が進まないだろう。私は早速本題に移ることにした。

 

 

「ユウキ、君は何故、手術を受けたくないんだ?」

 

 

「……。」

 

 

私が問い掛けると、ユウキの顔から笑顔が消え、空気が重くなる。

 

 

「……その事について、わたしから説明します」

 

 

俯いて答えないユウキの代わりにランが私の問いに答える。

 

 

「ユウ達に協力してくださった貴方ならもうご存知だと思いますが、わたしたちスリーピング・ナイツは春に解散します」

 

 

「ああ、知っている。皆それぞれ忙しくなるからと聞いたが、本当の理由は何だ?」

 

 

「それは、長くても3ヵ月って告知されているメンバーが、ボクと姉ちゃん。そしてもう1人いるからなんだよ。だからボク達は、どうしてもあの素敵な世界で、最後の思い出を作りたかった。あの大きなモニュメントに、ボク達がここにいたよっていう証を残したかった。でも……」

 

 

再びユウキの声が震え、その眼からは大粒の涙が溜まっている。

 

 

「……ですが、なかなか上手く行きませんでした。そんな時、わたしの症状が悪化してしまい、ALOへのログインも禁止されてしまいました。骨髄移植の話を聞いたのも、ちょうどその時期です。リスクが高い手術だと聞いています。ユウは助かるかもしれませんが、症状が悪化したわたしはもしかしたら……だからユウは手術を受けたくないと言ったんだと思います。そうだよね?」

 

 

ユウキは震えながら小さく頷き、そんなユウキの肩をランが支える。

 

 

姉に先立たれて自分1人残るくらいなら、姉と運命を共に……という考えだろう。だが、それでは誰も報われない。2人を救うために私にドナーの話を持ち掛けてきた倉橋医師、突然の別れを受け止められずにいるアスナ、そして何より、当事者であるランとユウキ。

 

 

このまま彼女たちが助からないのは私としても受け入れがたい。

 

 

「ユウキ、君はまだ生きていたいか?」

 

 

「え……」

 

 

「答えてくれ。君はこのままで良いのか?この先もまだ生き続けられる可能性を捨てて、アスナや、スリーピング・ナイツの皆とも会わないまま、最期の時を迎える。本当にそれで後悔しないのか?」

 

 

「それは……」

 

 

意地の悪い質問だという自覚はある。しかし、これは彼女自身が、自分自身の心を見返すためにも必要なことだ。もし彼女が本心から現状を受け入れているというのならば、もう私が言えることは何もない。

 

 

――だが、ユウキが本当に生きる希望を失っていないのなら……。

 

 

「……きたいよ」

 

 

「ユウ?」

 

 

「ボクだって生きたいよ!生きて、みんなと一緒に旅がしたいし、アスナと話したいことが沢山あるよ!それに姉ちゃんともっと一緒に笑っていたい……!」

 

 

涙ながらにそう叫ぶユウキ。彼女は本心を打ち明けてくれた。ならば、私も親身になって彼女たちに応える必要があるだろう。

 

 

「それなら一度、私のことを信じてほしい」

 

 

「ほんとに……信じてもいいの?」

 

 

「勿論だ。ラン、ユウキ、私は君たちを助けたい。……乗り越えよう私達で」

 

 

2人はこれまで我慢していたものが抑えられなくなったのか、互いに大きな声で泣き出し、私は2人が泣き止むまで2人を抱き寄せて頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ログアウト後、倉橋医師に手術を受ける旨を説明すると、彼は私の手を握り、まるで自分の事のように泣きながら何度も私に感謝の言葉を述べてきて、ユウキに「泣きすぎだよー」とまだ少し涙ぐんだ声で笑いながら指摘されていたが、それほど彼女たちの事を大切に思っていたという事だろう。病室を出た後に「どんな魔法を使ったんですか?」と聞かれたが、決意したのは彼女たちだ。私は何もしていない。

 

 

 

 

 

その後、本来であれば検査などに多くの時間を費やすのだが、早めに入院していたことが功を奏し、2人の手術の準備は予定よりも早く進んだ。これに関しては両親の賢明な判断に感服した。

 

 

そして手術当日。私はランとユウキの傍について手術の成功を祈った。否、私だけはない。手術を受けると決めた日の翌日、和人の手引きで病院にやってきて、ユウキとの再会を果たした明日奈。わざわざ有給を取ってまで駆け付けた私の両親。そして誰よりも1番近くで彼女たちを支え、この日が来ることを待ち望み、今、彼女たちの命を左右する最後の処置を行っている倉橋医師。

 

 

様々な者達の思いが交錯し、未だかつてない緊張の中、手術は終わった。

 

 

 

 

 

 

 




47話時点で存在をほのめかしていた紺野藍子(ラン)の登場。

ボス攻略に参加出来なかった分、今後のストーリーには積極的に絡ませていきます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。