お待たせしました。第73話です。どうぞ。
メルランディア脱走騒動の末、私達は撃退した筈のダークファルス
――キリトも同じ能力を発現させたのは予想外だったが。
とは言え、私もキリトも力を発現させたばかりでエルダーには手も足も出ず、奴に見逃される形で、私達3人はナベリウスから帰還した。
アークスシップに帰還して早々、メルランディアは謹慎という形で上層部の者達に連れて行かれた。帰還前に私からの説明を聞いていたカスラから、彼女に監視を付ける旨を聞いた。カスラ曰く、監視はエルダーが生存している事を知っている彼女自身の身を護るための物であり、私とキリトにも不要な混乱を避けるためにエルダー生存の件は内密にするようにと、何度も釘を刺された。
ついでにメルランディア追跡の為に無断で使用したキャンプシップについては厳重注意という形でお咎めなしにはなったものの、カスラからは「自重して下さい」と嫌みのように言われた。
因みにその後、キリトが剣を折ってしまった事をリズベットに伝えると、小一時間ほどリズベットからの愚痴を聞く羽目になったらしい。
何でも、キリトが今まで使っていた2本の内、白い剣の方は、かつてリズベットが作った一点ものであり、キリトは勿論、リズベットにとっても大切な思い出の品なのだそうだ。キリトは剣を折ってしまった事を何度も謝罪し、今はオラクル側の武器で代用できる物がないか探している。
――あの剣、ヒースクリフとの一騎打ちでも壊れていたな……と無粋な事は言わないでおくか。
それが昨日までの話。
『みんなー!今日は来てくれてあっりがとー‼』
――デジャブを感じる。
今日はラン達と約束したクーナのスペシャルライブの日だ。いつも通りショップエリアのステージではなく、市街地の中で一番大きいドームでのライブだ。
『今日のスペシャルライブ、最初から全身全霊、魂込めて、フルスロットルで駆け抜けるよー‼』
クーナの声に合わせて曲が流れだす。同時に会場のボルテージが上がり、会場内に集まったクーナファンのほとんどが悲鳴のような歓声を上げた。勿論、私の両隣にいる2人も同じで……、
「やっぱり生で見るライブは最高ね!」
「うん!本当に今日のチケット取れて良かったよ!」
私を挟んで興奮しながら会話をするランとユウキ。仮想世界の為、"生"であるかは微妙な所だが、無粋な事は言わない方が良いだろう。
――しかし、何故こうも彼女たちはアイドルという存在に興味を持つのだろうか?
以前もユナとの一件で羨ましがられたりもしたが、彼女たちがアイドル好きである理由を聞いた事は無かった。
――これから先の事を考えると、そういう事もちゃんと知ってないとな。
そんな事を考えている間に一曲目が終わり、次の曲が流れていた。
「この曲は……」
その曲は「明るく!激しく!鮮烈に!」が決まり文句の彼女にしては静かで、何処か儚く、悲し気な雰囲気を漂わせていた。だが曲が始まった直後、ドーム全体の照明が消え、流れていた曲も止まった。
「な、何?何が起きているの?」
「気を付けろ2人共。何か来る」
隣で困惑するランとユウキを尻目に、張り詰めた空気を感じ取った私は――武器は構えてないものの――周囲を警戒する。次の瞬間、ドームの天井が突き破られ、光が差し込む穴からドームの中に巨大な影が入ってきた。所々に赤いラインが入った白い体。青く発光し
「暴走龍だ‼」
「逃げろー‼」
「きゃ⁉ペルソナさん!ユウキ!」
「うわぁああ⁉姉ちゃん!ペルソナー!」
「ラン!ユウキ!」
現れた暴走龍に向けて誰かが叫んだ。一瞬で会場はパニックに陥り、私達は瞬く間に逃げ惑う人の波に飲み込まれ、私は2人と完全に逸れてしまう。
人混みの中を掻き分けながら何とか人の波が少ない所に抜け出すと、私はステージの方に眼を向ける。視線の先では、今にも暴走龍がクーナに襲い掛かる寸前だったが、ほとんどの人間がパニック状態だった為にその事に気付いている者は居なかった。
「チッ!」
暴走龍がクーナに襲い掛かったと同時に、私は彼女に飛びつき、ステージの上を転がった。
「あ、あなた……」
「話は後だ。逃げるぞ」
私は彼女を抱えたまま、ステージ裏まで走る。流石の暴走龍も狭い所まで追っては来れず、ステージの出入り口の所につっかえながら何とかして私達を喰らおうと暴れている。
「クーナさん!ひっ……!」
まだ避難していなかったのか、舞台裏のスタッフがこちらに向かって来たが、私達の背後に見えた暴走龍の姿に怯え足が止まる。私は代わりに彼女の元にクーナを連れて行く。
「私が喰い止める間に彼女を連れて早く避難するんだ」
「は、はい!」
「待って!あなたは⁉」
「心配するな。死にはしない」
心配するクーナにそう返し、暴走龍に一撃与えながら私はその上を飛び越えてステージに上がる。幸いな事に、暴走龍がこちらに釘付けになっている間にギャラリーは全員避難しており、会場はガランとしていた。これなら好きなだけ暴れられそうだ。
当の暴走龍はというと、私に一撃喰らった事に腹が立ったのか、私の方に向き直り咆哮を上げた。
ビリビリと空気が震える中、私は暴走龍の後ろでクーナとスタッフ達が音を立てないように足早に避難するのが見えた。
「これで互いに周りを気にせず戦えそうだな。ハドレッド」
暴走龍……もといハドレッドからの返答は、咆哮と長い尻尾を活かした薙ぎ払い攻撃だった。
――当然だが、意思疎通はできないか。
飛ばされた先で受け身を取りつつ、私はすぐに飛び込んできたハドレッドの突進を避ける。
穴の開いた壁から顔を出したハドレッドの口には突進の際に巻き込んだ観客席が咥えられていた。
――バキッ!ボキッ!ゴキゴキッ!――
「お、おい」
龍だから問題ないだろうが、口の中の椅子を食い潰す光景に思わず顔を引きつる。追撃は何が来るか構えていると、私とハドレッドの間に見えない誰かが割って入る。
「まさかあなたの方から来るとはね。ハドレッド……!」
「……」
姿を見せたのは何時の日か、コハナの命を狙った少女だった。黄色いぴっちりとしたスーツで全身を纏い、綺麗な青い髪をなびかせた彼女は両手に装着した歪な形の刃をハドレッドへ向ける。
現れた少女を見てハドレッドの動きが止まった。まるで目の前の敵を殺せという命令に対し、それを本能で拒む自分自身に戸惑っているような感じだ。
「「ペルソナ(さん)!」」
互いに動かないままの睨み合いが続く中、ライブ会場に戻ってきたランとユウキの声が響き、私と少女の視線が出入り口の方へ向く。私達の注意が逸れた一瞬の隙にハドレッドは転移で逃亡した。
「っ待て!逃げるなハドレッド‼」
少女の言葉にハドレッドは耳を貸さず、暴走龍が消えた会場内は先程までの騒ぎが嘘のような静寂に包まれた。
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「酷い……これじゃあライブの再開は難しそうですね」
荒らされたライブ会場を見てランは悲し気にそう言い、ユウキもその隣で残念そうに肩を落としている。彼女たちがこの日をどれだけ楽しみしていたかは良く知っている為に、こんな結果になってしまったのは私としても心苦しいものだ。
「いつかリベンジしよう。機会はいくらでもある筈だ。その時はまた私も同行する」
肩を落とす2人の頭を撫でながら、せめてもの慰めになればと私はそう語りかける。2人は顔を俯かせたままだったが、表情は少しだけ明るくなったように見えた。
――しかし、何故ハドレッドがこの場所に……。
私の記憶違いでなければ、彼がライブ中に襲撃する事は無かった筈だ。だがハドレッドはこうしてこの場に来た。ライブ中にも拘らずだ。考えられる可能性は……、
「彼女の歌に導かれたのか、それとも……」
「それ以上の詮索はしないように」
思考を巡らせる中、不意に背中に刃を押し当てられ、私は背筋が凍るような感覚に襲われた。
――姿が無かったからもう去ったものだと思っていたが、気配を消していたのか。
彼女が本気で気配を消せば流石の私でも感知は難しい。しかも背後を取られたこの状況は最悪だ。下手に動けばランとユウキの安全は保障できない。
「ご安心を。わたしの問いに答えていただければそちらのお二人には手を出さないと約束しましょう。それと、今わたしと貴方はわたしの能力で周囲に存在を認知されないようになっています。あまり大きな声を出さなければ気付かれる事はありません」
まるで私の心を見透かしたかのようにそう話す少女。普通の者であればそんな事を言われても警戒を解くことはしないだろう。だが私は彼女の事を良く知っている。その言葉に偽りはないと信じ、私は少し肩の力を抜いて、振り返りはせずに彼女との対話を始めた。
「……問いというのは」
「貴方はあの暴走龍……ハドレッドについて、何かご存知ですか?」
「……噂は聞いた事はあるが、対峙したのは初めてだ」
「そうですか」
「期待外れで悪かった。だが、何故貴様はあの龍を狙っている?」
声のトーンが少し下がった彼女に対し、私がそう返すと背中に当たる刃の先端が少し押し込まれる感じがした。
「言った筈です。それ以上の詮索はしないようにと。あと、わたしの問いはまだ終わってません」
凛とした声に戻り、脅すように返してくる彼女。分かっていたことだが、私は大人しく従うしかないようだ。
「先程、貴方は何やら面白いことをおっしゃっていましたね。『彼女の歌に導かれた』っと。あれはどういう意味ですか?」
「……状況把握からの考察だ。あの暴走龍、ハドレッドだったな。奴がこの場に現れた際、ここではクーナのライブが行われていた。奴が現れたのは2曲目のイントロが流れ出した時。まるで導かれたようだったという考えになるのはおかしな話か?」
「成程。理解しました……まさかあの子はまだ……」
「何か言ったか?」
「!いえ、聞きたい事は以上です。ここでわたしと話をした事は他言無用でお願いします。まあ、どうせ忘れるので、忠告するだけ無駄でしょうけど」
背中に当たっていた刃の感覚と共に彼女の気配が消える。振り向いてもそこに居たであろう少女の姿は無かった。
「ペルソナ?どうしたの?」
「……何でもない。帰ろう。いつまでもここに居ても仕方ないからな」
「そうですね」
▼
「クーナさん!姿が見えなかったので心配したんですよ!」
「あ、ごめんなさいマネージャーさん。予想外の事態だったとはいえ、ライブ中止になっちゃったでしょ。ファンのみんなも残念がってたし、元気づけに行ってたんだ」
声を荒げながら駆け寄ってきたマネージャーに対し、クーナは少々押され気味にそう返す。
「それじゃあ、あたしは先に戻ってますね。お疲れさまでしたー」
「あ、クーナさん!……本当は彼女が一番残念な筈なのに」
そんなマネージャーの言葉は去っていくクーナの耳には届かず、クーナを乗せたキャンプシップは飛び去って行く。
「……ふぅ」
ようやく1人になった所でクーナは一息つくと彼女の姿が変化する。オレンジ色の髪は青く変色し、アイドルの衣装も黄色のぴっちりスーツに変わった。そう、
「突然の連絡失礼します」
『おや、貴女の方から連絡してくるとは、珍しい事もあるものですね』
相手は通信に出るなり、クーナを煽るようにそう返してきた。
「うるさいですよ陰険眼鏡。やはり貴方に連絡したのは間違いでした」
『まあまあ待ってください。貴女が聞きたいのは暴走龍のライブ会場襲撃の事でしょう?いやはや、災難でしたね』
「その情報収集の早さは流石と言っておきましょう。それなら話が早いです。早急に原因の究明とハドレッドの追跡をお願いします」
『最善を尽くします。しかし貴女のライブ中もトランスジャマ―は問題なく作動していました。彼が何故アークスシップに侵入できたか、転移先はどこなのか、特定は困難だと思われます』
「確証が無くても構いません。情報が入り次第わたしに連絡してください」
『分かりました。しかしクーナさん、貴女はペルソナさんと接触したのでしょう?どうせなら彼の力を借りるのもありだと私は思いますが?』
男の話を聞いて一体そんな情報いつ仕入れたのかとも考えたが、言葉にするのも面倒くさかったのでそのままにした。
「その必要はありません。ハドレッドはわたしが始末します」
『そうですか……分かりました。それではクーナさん、くれぐれも無茶はしないで下さいね』
「分かっています。貴方も勝手な真似はしないように。では……」
通信を終えたクーナは再び大きく息を吐く。
「ハドレッド……貴方は絶対わたしが……!」
彼女は歯をギリッと鳴らし、怒りで顔を滲ませながら宇宙に浮かぶ星々を見つめていた。
今回はここまで。また次回もよろしくお願いします。