お待たせしました。第76話どうぞ。
数年前――――
ナベリウスで最も巨大な樹の下、青髪の少女と一匹の小竜が仲良く寄り添っていた。
『ぐぅ』
「なにハドレッド、また歌のおねだり?」
『ぐるる』
「ふふっ、どうしよっかなー。ちゃんと言ってくれないと、お姉ちゃん分かんなーい」
意地悪っぽく言う少女に、ハドレッドは口を動かしてみるものの、その声は言葉と呼ぶにはとても程遠いもので、少女の方も少し悪いと思ったのか、優しくハドレッドの頭を撫でる。
「アムドゥスキアの龍族は言葉を話すって聞いたけど、あなたは苦手みたいね。いいわ、無理しなくても。じゃあ、ちょっとだけよ」
そう言って少女は歌い始める。その歌はたどたどしく、お世辞にも上手とは言えないが、ハドレッドにとってはとても心安らぐもののようで、彼は歌を聞きながら大きな瞼をそっと閉じた。
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現代――――
「ごめん!遅くなった!」
「随分遅かったな」
「スグに怒られててな。今日、朝食当番なの忘れてた」
仮想世界にも拘わらず、ゲッソリとしているキリト。リーファには、私からもキリトを遅くまで付き合わせた事を謝っておこう。そう考えながら私達は施設の外へ出る。
「やれやれ。ペルソナさん、キリトさん、貴方達は生まれつき、トラブルに巻き込まれる才能でもお持ちなのですか?」
「カスラか……トラブルに巻き込まれるのは、私ではなくキリトの十八番だ」
「おや、そうでしたか」
「違!……うとは言いづらいけど、君も変な事言わないでくれよ!」
言いづらいほど自覚があるのならもう少し自重して欲しいものだがな。そんなやり取りをしている私達の後ろで、クーナが怪訝な表情をカスラに向けていた。
「こんな時間からストーカーなんて、《三英雄》というのはよっぽど暇なんですね?」
「まあまあ、そんな邪険にしないで下さいよクーナさん。それにしても、貴女が彼らと手を組むとは、意外でした。つい先日まで、ご自身で全て解決すると仰っていたので」
「別に良いでしょう。彼らと行動を共にしたお陰でここまで辿り着けたので……それよりも」
嫌味を嫌味で返すカスラに対し、クーナは素っ気なく返すものの、内にある怒りを抑えられなかったのか、カスラと彼女の間に立つ私を押し退けて、カスラに詰め寄った。
「貴方は、ここで何が行われていたのか、知っていたのでしょう?」
「汚れ仕事は、何も貴女だけの専売特許では無いんですよ」
「なあ、もしかしてこの2人って知り合いなのか?さっきしれっと彼女の名前呼んでたけど」
「そんな所だ。見ての通り仲はさほど良くは無いようだが」
そんな私達の会話を聞こえてるのか、少し苦笑い気味に私達の方を見てくるカスラ。それでも気にしている様子もなく言葉を続ける。
「時にクーナさん。こちらでハドレッドの反応を捉えました」
カスラのその言葉にクーナの表情が変わった。
「わたしが従うかどうか、確かめに来たんですか?」
「そう受け取って貰って結構です」
「ご心配なく。指令に背く気はありません。使い捨ての道具らしく、本分は全うしてみせます。今のところは」
「それで充分です」
「それでは不測の事態を防ぐため、ハドレッドの始末が終わるまでは全アークス並びに、プレイヤーのナベリウス上陸を禁止してください」
「良いでしょう」
クーナの言う通りにカスラは管制に通信を入れ、私達以外のアークスとプレイヤー達を強制撤退させる。それと同時に私達の前にナベリウス一帯のマップを表示させた。そのマップ情報に次々とマーカーが置かれていく。
「これは、ハドレッドがアークスを襲った場所を可視化したものです。そして……」
先程マーカーが置かれた場所に上乗せする形で、新たなマーカーが置かれていった。
「こちらはクーナさんが始末する筈だったアークスの推定回収予定地です」
「時間がズレてるだけで、パターンが同じだ。ハドレッドの方が僅かに先行してる」
「クーナさん達は驚かないようですね?」
昨晩の爺さんの話から薄々と勘づいていたクーナはともかく、前世の経験から元々知っていた私の表情が変わっていない事に気付いたカスラは、意外という顔で話を続けた。
「ハドレッドはここで受けた実験により、ダーカー因子を嗅ぎ分ける能力が強化されたのでしょう。そして始末屋である貴女に先んじて、ダーカー化したアークスを喰っていた。貴女はそれに気づいていたのではありませんか?」
「……」
「ハドレッドが、彼女がアークスを手に掛けないように、先回りしていたって事か?」
カスラからの問いに黙ったままのクーナの代わりに、キリトはそう問い返した。
「否定はできません。しかし、今のハドレッドにそれだけの理性が残っているかどうか……クーナさんにしてみれば、裏切り者だと思っていた方が気が楽だったのでしょうね」
「ハドレッドの真意を確かめる術は無いのか?」
「ハドレッドの真意?それを知ってどうするんです?仮にクーナさんの為だとしても、ハドレッドはダーカー化する前のアークスも襲っている。我々としては看過できません」
キリトに続いて私からの問いに、カスラは稀に見る冷たい表情で答える。
「ですが、私達は道具ではありません。自分の行動は自分で決める権利があります。どうするか決めるのは、貴女です」
そう言い残して去っていくカスラ。残された私達だが、やがてクーナが決意を固めた表情で歩き出し、私とキリトは彼女の後を追った。
▼
「ここは……」
「わたしとハドレッドの思い出だった場所……ですがあの日以来、ここに来るのは初めてです」
クーナの後を追って辿り着いた場所は、ナベリウスで一番の巨大樹の下だった。
――思い出の場所……か。
私の運命もこの場所から始まった。あの日この場所でマトイを保護した時から。そしてこの場所は、私とマトイにとっても大切な場所だ。……きっと色んな人物にとって特別な場所なのだろう。
「ペルソナさん。貴方は以前、
クーナは森林一帯を見渡せる場所に立つと、森全体に響かせるように歌い出す。
クーナが歌い出してすぐに、大樹の根元から空間を割くようにしてハドレッドが現れた。
「クーナ!」
「やはり現れたわね。ハドレッド」
歌うのを止め、飛び降りたクーナはハドレッドに歩み寄る。
「この場所、覚えてる?わたし達が一番好きだった場所。あの日、あなたはわたしの身代わりになったの、何も知らなかった。ごめんなさいハドレッド。あなたは知ってたよね?わたしがどんな気持ちで任務を果たしてたのかを、知ってたんだよね?」
歩み寄るクーナを拒絶するように、ハドレッドは少しずつ後退る。それでもクーナはハドレッドとの対話を試みる。
「答えて、ハドレッド」
クーナの手がハドレッドの手に触れる寸前、ハドレッドが突然暴れ出す。理性を保つためか、ダーカー因子による浸食の影響か分からないが、ハドレッドは何度も地面に自身の頭を打ち付けた。
「ハドレッド⁉」
「(これ以上はまずい)クーナ‼」
ハドレッドがクーナに襲い掛かった瞬間、私はクーナに覆い被さる。あと一歩遅ければ、私もクーナもただじゃ済まなかっただろう。ハドレッドの方を振り返ると、彼は先程よりも強く頭を打っている。
「大丈夫か2人共⁉このっ!」
駆け寄ってきたキリトがハドレッドに対して臨戦態勢を取る。
「ハドレッド……苦しいんだね。分かったよ。今お姉ちゃんが、楽にしてあげる」
こちらに容赦なく凶爪を振り下ろすハドレッド。キリトが反応するよりも早く、前に出たクーナが自身の武器でハドレッドの攻撃を弾く。
「クーナ⁉」
「ありがとう2人共。ここから先は手出し無用です。わたしが、1人でやります!」
「でも……!」
「弟だから、わたしの手で終わらせたいんです」
瞳に涙を浮かべながらこちらを振り返るクーナを見て、私達は彼女の意志を尊重した。
「ハドレッド!お姉ちゃんが終わりにしてあげる。だから、最後の最後はびっくりするくらい大暴れしてみなさい!」
叫ぶクーナに応えるようにハドレッドが大きく咆哮する。
「記録は抹消され、何処にも残されない。だから、見てくれた人の記憶に残るように、明るく、激しく、鮮烈に!あんたはこのクーナの弟なんだから、記憶に残して見せなさい!始末しきれない程の記憶を!」
「我が名は六芒均衡の零クーナ。これより、目標を抹殺します!」
▼
――声が無くても、わたしには分かる。
――思えばわたし達は、姉弟みたいに育ってきたのに喧嘩らしい喧嘩もした事が無かった。
――嬉しい時も、悲しい時も一緒で、
――お互い足りない部分を補って、ずっと、ずっと……!
「ッ……ハドレッド‼」
▼
始まった最初で最後の姉弟喧嘩は、瞬く間もなく終わった。
クーナに付けられた傷から大量の血を流すハドレッド。最後に首を深く斬られたのが致命傷となり、ハドレッドは弱々しく倒れた。
「クーナ、その……」
クーナとすれ違う際に、何か言おうとしたが私もキリトも何も言えず、そのまま彼女と入れ替わる形で横たわるハドレッドに近寄る。
「なあペルソナ、最後の」
「ああ。貴様の考えてる通りだ」
最後の一撃を躊躇ったクーナにハドレッドが牙を向いた。だがそれは、彼女に自分を殺してもらうために、彼女が任務を遂行できるように故意的に行動したのだ。
『ぐぅ……がぁ』
「これは?」
「彼女を呼んでる。クーナ!」
こちらに目を背けているクーナを呼び戻す。彼女は涙目のまま、ハドレッドの目の前で屈んだ。
「なあに?ハドレッド。何を伝えたいの?」
『……もう、一度、あの、歌、を……』
それは今にも消えてしまいそうな小さな声だったが、この場にいる全員がハドレッドの発した言葉を聞き逃しはしなかった。
「ハドレッド、やっと覚えた言葉が、それなの?」
その問いにハドレッドが答える事は無く、涙を溢れさせながらクーナはハドレッドに抱き着いた。
「ばか!ばかよ、あんたは本当に……本当に……っ!」
「いいよ、ハドレッド。一曲と言わず、いくらでも歌ってあげる。もう嫌だって言っても許さないんだから!いい、ハドレッド、寝ちゃダメよ。この歌は、この歌だけは、あなただけの為に……」
彼女が歌い始めると、ハドレッドの体が光の粒子に変わり、少しずつ天に上がっていく。歌っているクーナも彼女の歌を聞いているハドレッドも表情は穏やかで、本物の姉弟そのものだった。
▼
数日後――
「……ハドレッドの始末完了報告は問題なく受理されたよ」
「そうか……」
アークスシップショップエリア。いつも彼女のライブが行われている場所で、私はその後のことについてクーナから報告を受けている。……因みにキリトは、朝食当番を忘れていた罰として、直葉から一週間ログイン禁止令と家事全般の担当をさせられているそうだ。
「君はこれからどうするつもりだ?」
「これから?変わらないよ、いつも通り。アイドルを続けていくよ。裏の仕事もね」
「そうか、少し安心した」
「へぇー心配してくれるんだ?……ああ、妹さん達が悲しむのは嫌だから?」
「それもある。ただ……友として、君の事を心配していた」
きっとクーナは私を揶揄ってくるだろう。そんな考えで素直な言葉を紡いだため、目の前で驚愕の表情を浮かべ、頬を赤らめる彼女の反応には、流石に困惑した。
「大丈夫か?」
「へっ⁉あ、大丈夫大丈夫!いやぁびっくりしたなぁ。貴方って意外と素直な所あるんだね。捻くれてるイメージが強かったから」
「放っておけ、この性格は生まれつきだ」
「あはは、また捻くれた。ごめんって」
謝罪の後、耐え切れなかったクーナは噴き出すように笑い出し、釣られて私も笑みがこぼれる。
そうして暫く笑い合った後、クーナが再び口を開く。
「改めて、ありがとう。あいつを、ハドレッドを一緒に送ってくれて。キリトにも伝えておいて」
「分かった。必ず伝えておく」
「ありがとう。……残念、もう時間みたい」
「任務か?」
名残惜しそうな顔でそう口にするクーナに問い掛けると、首を横に振りながら笑い返してきた。
「次のライブの打ち合わせだよ。アイドルを続けるって言ったでしょ?」
「ああ、そうだったな」
「それじゃあ、そろそろ行くね。マネージャー待たせて怒らせると怖いから」
「……ちょっと待ってくれ」
「どうしたの?」
背を向けようとする彼女を止め、私はストレージからあるものを取り出す。それは真新しい写真立てに入った幼いクーナとハドレッドが写った写真だ。
「そ、それ!どうして⁉」
クーナは取り出した写真を見て、驚きと困惑の表情を私に向ける。
「これは私のエゴだが、思い出は覚えておいた方が良い。例えそれがどんなに辛い過去だとしても、時にはそれが心の支えにもなる」
私は半ば押し付ける形で、クーナに写真を手渡す。
「一応写真立ては、元の物となるべく同じ物を選んだつもりだ」
クーナは初めこそ困惑した様子で写真と私と視線を交互させていたが、やがて写真を自身の胸に抱いて、瞳を潤ませながらも屈託のない笑顔をこちらに向けた。
「ありがとう。これ、大切にするよ。だって、あたしとハドレッドの大事な思い出だから!」
▼
『みんなー!今日はあっりがとー‼』
ショップエリアではクーナのライブ中継が流れている。今回は残念ながら私の分のチケットは当選しなかったので、私は3階のテラスから、ステージを眺めている。
「やあ、何とかアンコールには間に合った感じかな?」
そこに一週間ぶりにログインしたキリトが遅れてやって来た。
「何とかな。まったく、貴様はもう少し時間を守る事の大切さを学習したらどうだ?」
「あっはは……善処します」
「まあ、今回は彼女の歌に免じて許しておこう」
私はキリトと談笑しながら、ステージの方に目を向ける。ステージ上ではクーナが胸の前で手を重ねており、それに気づいたクーナファンが、静まり返っていた。
『次の曲は、世界で最初にあたしのファンになってくれた、弟の為に歌います。弟は、とてもやんちゃで、優しくて、あたしの歌が大好きでした。みんなもどうか、家族や友人、好きな人……あなたの大切な人を想いながら聞いてください。明るく、激しく、鮮烈に!いつまでも消えない記憶になるくらいに‼』
「彼女、もう大丈夫そうだな」
「ああ……彼女から伝言だ。『一緒に弟を見送ってくれてありがとう』だそうだ」
「俺は何もしてないよ」
「それを言うなら私もだ」
そんな会話を交わしながら、私達はクーナの歌に聞き入っていた。
「幾重にも重なった事象が折り重なり、1つの終息を見せた」
完全に油断していた所で背後から聞こえた声に私達は一斉に振り返る。声の主はシオンだった。
「ペルソナ、キリト、これからこの時軸上で起こる改変事項について、貴方達に話が……!」
話の途中、珍しくシオンの表情が怪訝な物に変わった。その理由はすぐに分かった。
「僕の分析によると、この辺りかな?」
そんな声と共に、シオンの背後に薄水色の髪で、白を基調としたコスチュームに身を包むニューマンの男が現れた。
「聞こえているかなシオン?ようやく僕もここまで理解できたよ。流石にまだ君の姿を見るに至らない……か」
男はシオンに用があるようだが、シオンの姿が見えている訳ではないらしい。シオンも男の言葉に応える気はないようで、かく言う私も、男に対して胸の内で煮え滾る感情を悟られないように、必死に抑えていた。
「僕は君の理解者でありたいだけなんだけど、君はそうでもないようだ。あまり君の機嫌を損ねたくないから、今日はこれで失礼するよ。……どうだろう?彼女は聞いてくれたかな?君達にも感謝しなくてはいけないね。君達のお陰で、僕は彼女をここまで理解できたのだから」
「アンタ、何者だ?」
「僕の名前はルーサー。君達が研究所と呼んでいる、
警戒するキリトの質問に、ルーサーと名乗る男はそう答えた。この男こそ、クーナとハドレッドの悲劇の原因となった人物である。
ルーサーは空間転移にも似た方法でこの場から消えた。前世と同様に、今はまだ、私達に手を出す気はないらしい。ルーサーが消えるのを確認したシオンは念のため、静かに口を開いた。
「彼には、私の姿は見えていない。私の声すら届いていない。しかし、彼は私を認識している」
「あいつは何者なんだ?只者じゃないってのは何となく気付いたけど」
「アレの存在こそが私が貴方達に全てを託す理由だ。彼との因縁にケリを付けなければならない」
「因縁?それってどういう意味なんだ?」
「しかし彼が歪んでしまったのも、私が存在したからだ」
シオンはキリトの問いに答える事は無く、後悔とも読み取れる表情で1人語りを続ける。
「原初の好奇を私は後悔する。そして、貴方達に依存しなければならない事を……」
「待ってくれシオン!まだ聞きたい事が……!」
シオンはキリトの制止を聞き入れず、そのまま姿を消した。
「俺達に全てを託す?ペルソナ、一体、これから何が起きるんだ?」
「……今まで以上に面倒な事が起こる。今はこれしか言えない。だがキリト、いずれ貴様の選択が鍵になるはずだ。それを忘れるな」
私の言葉に更に混乱するキリト。彼には悪いが、ルーサーとの戦いに勝利するには、これまで以上に監視の目に気を付ける必要がある。たった一つのミスが最悪の結果に繋がってしまうからだ。
――今までどの世界でも、奴に負けた事は無い。大丈夫だと思いたいが。
……だがこの時、私は知らなかった。
「あの子には暫くの間、
「アンタがちゃんと俺の要求を呑んでくれるなら、期待以上の仕事をしてやるよ」
「その件は心配には及ばないよ。君達の仕事ぶり次第では、報酬も上乗せするつもりさ」
「へっ!そいつは気前がいい。アンタの依頼、受けてやるよ」
「It's show time……!」
この世界に降り立っていた事に……。
今回はここまで。個人的に一、二位を争うほど好きな回。クーナに焦点を当ててるので、主役含め他のキャラが影薄くなってしまうので、キリトを物語に関わらせるには無理矢理感があるので、正直どうしようと悩みました……。
クーナとハドレッドの姉弟喧嘩は、初めから戦闘描写は無しでやるつもりでした。アニメでは1分にも満たないほど圧倒的で、ほぼクーナの回想がメインだったのもありますが、何よりこのシーンはクーナの強さよりも、心境をちゃんと表現した方が良いと感じたからです。(伝わったかどうかは別ですけど)
それでは、また次回もよろしくお願いします。