事件が発生した翌日、私とキリトとアスナの3人は再びヨルコ氏に話を聞いている。
「ねえヨルコさん。あなたグリムロックって名前に聞き覚えある?」
「はい。昔、私とカインズが所属していたギルドのメンバーです」
アスナが尋ねると、ヨルコ氏は一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに落ち着いて応えてくれた。
「実は、カインズさんの胸に刺さっていた黒い槍、鑑定したら、作成したのは、そのグリムロックさんだったんだ」
キリトがそう言うと、ヨルコ氏は目を見開いて両手で口を覆った。
「何か思い当たる事はないかい?」
「……はい、あります。昨日、お話出来なくてすみませんでした。忘れたい、あまり思い出したくない話だったし……。でも、お話します。そのせいで、私たちのギルドは消滅したんです」
それからヨルコ氏はゆっくり話をしてくれた。
ヨルコ氏とカインズ氏は、かつて《黄金林檎》と言うギルドに所属していた。半年前、偶然倒したレアモンスターから、敏捷力を20上げるレアアイテムの指輪をドロップしたのが、ことの始まりだそうだ。
ギルドは指輪の売却に賛成派と反対派に分かれて、最終的に多数決で指輪を売却することに。
そしてギルドリーダーの《グリセルダ》氏が1人、指輪を売る為に前線に向かったのだが、彼女は謎の死を迎えたとのことだ。
「レアアイテムを持って、自身よりレベルの高いモンスターがいる圏外に出ようとはしないだろう。となると……」
「睡眠PKか」
「半年前なら、まだ手口が広まる直前だわ」
睡眠PK…それは寝ているプレイヤーの手を動かし、デュエルの完全決着を選択させて、あとは一方的に嬲り殺す。というデュエルを使った悪質な犯罪行為だ。
「ただ、偶然とは考え難いな。グリセルダさんを狙ったのは、指輪の事を知っていたプレイヤー、つまり……」
「黄金林檎の、残り7人の誰か……」
「中でも怪しいのは、売却に反対した人間だろうな」
「売却される前に指輪を奪おうとして、グリセルダさんを襲った。ってこと?」
「それ以外、考えられないだろう」
「グリムロックさんというのは?」
ふとキリトがヨルコ氏に尋ねる。
「彼はグリセルダさんの旦那さんでした。勿論このゲーム内での、ですけど。
グリセルダさんはとっても強い剣士で、美人で、頭も良くて…グリムロックさんはいつもニコニコしている優しい人で、とってもお似合いで、仲の良い夫婦でした。
もし昨日の事件の犯人がグリムロックさんなら、あの人は指輪売却に反対した3人を狙っているのでしょうね」
「指輪売却に反対したのは誰ですか?」
気になってヨルコ氏に尋ねてみた。
「3人の内、2人はカインズと私なんです。そして3人目は《シュミット》というタンクです。今は攻略組の、聖竜連合に所属していると聞きました」
「シュミット……聞いた事あるな」
「聖竜連合のディフェンダー体のリーダーよ。でっかいランス使いの人」
「ああ、アイツか」
「シュミットを知っているのですか?」
私たちの話に、ヨルコ氏が食い付いてくる。
「ボス攻略で顔を合わせる程度だがな」
「シュミットに会わせてもらう事は出来ないでしょうか?彼はまだ、今回の事件のことを知らないかも。だとしたら彼も、もしかしたらカインズの様に………」
「シュミットさんを呼んでみましょう。聖竜連合に知り合いがいるから、本部に行けばどうにかなると思うわ」
「だったらまずはヨルコさんを宿屋に送らないと。ヨルコさん、俺たちが戻るまで絶対に宿屋から外に出ないでくれ」
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ヨルコ氏を宿屋に送った後、私たちは聖竜連合本部へと向かっている。
「貴方達は、今回の圏内殺人の手口をどう考えてる?」
歩いている途中、アスナがそう尋ねてきた。
「大まかに三通りだな。まず一つ目は正当なデュエルによるもの。二つ目は既知の手段の組み合わせによる、システム上の抜け道」
「まあそんな所だよね。三つ目は?」
「圏内の保護を無効化する未知のスキル、あるいはアイテムの存在」
「それは無い」
キリトが出した三つ目の考えに対し、私はそう断言する。
「どうして、そう断言できるの?」
「茅場晶彦ならそんなフェアじゃない事はしない。そうだろペルソナ」
「ああ」
アスナが私にした問いに、キリトが代わりに答えた。
「SAOは基本的にフェアネスを貫いている。圏内殺人が可能になるアイテムやスキルなんて……私が茅場晶彦なら、絶対にそんなものは作らない」
私の考えにアスナは「なるほど」と納得した。
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シュミットを呼び出し、ヨルコ氏がいる宿屋に戻った私たちは、話し合いを再開する。
「グリムロックの武器で、カインズが殺されたというのは本当なのか?」
「本当よ…」
白い毛布を肩に掛けているヨルコ氏は、シュミットの問いに答える。
「なんで今更カインズが殺されるんだ⁉︎アイツが…アイツが指輪を奪ったのか?グリセルダを殺したのはアイツだったのか?グリムロックは、売却に反対した三人を全員殺す気なのか?俺やお前も狙われているのか?」
「グリムロックさんに槍を作ってもらった他のメンバーの仕業かもしれないし、もしかしたら、グリセルダさん自身の復讐なのかもしれない。だって、圏内で人を殺すなんてこと、幽霊でもない限りは不可能だもの」
その言葉にシュミットは絶句する。
「私、昨夜寝ないで考えた。結局の所、グリセルダさんを殺したのは、メンバー全員でもあるのよ!あの指輪がドロップした時、投票なんかしないで、グリセルダさんの指示に従えばよかったんだわ‼︎」
ヨルコ氏は、まるで気が狂ったかのように叫び出した。
「ただ一人、グリムロックさんだけはグリセルダさんに任せると言った」
すぐに落ち着きを取り戻したヨルコ氏は、窓枠に腰掛けて言葉を繋げる。
「あの人には私たち全員に復讐して、グリセルダさんの仇を取る権利があるんだわ」
「冗談じゃねえ……冗談じゃねえぞ!今更、半年も経ってから何を今更⁉︎お前はそれで良いのかよヨルコ!訳の分からない方法で殺されていいのか⁉︎」
ヨルコ氏の言葉で冷静さを失いかけているシュミットをキリトが抑えて落ち着かせる。
暫時、沈黙が場を支配するが、
–––ザクッ
そんな音が聞こえたかと思うと、窓枠に座っていたヨルコ氏の背中に、短剣が刺さっていた。
「ヨルコさん!」
私とキリトはヨルコ氏を救出しようと彼女の元に駆け寄るが、あと一歩の所でヨルコ氏が外に落ち、ポリゴン片となって消滅。彼女の背中に刺さっていた短剣だけが、その場に残った。
「っ!アスナ、ペルソナ、あとは頼む!」
「駄目よ!」
アスナの静止も聞かず、何かを見つけたキリトは窓から外へ飛び出した。
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数分経って、扉からキリトが戻ってきた。
「馬鹿!無茶しないでよ!…で、どうなったの?」
細剣を鞘にしまいながらアスナはキリトに問う。
「駄目だ。テレポートで逃げられた。
宿屋の中は、システム的に保護されている。ここなら危険は無いと思っていた。クソッ!」
そう言ってキリトは部屋の壁を殴った。
「あのローブはグリセルダの物だ……あれは、グリセルダの幽霊だ!俺たち全員に復讐しに来たんだ!ハハッ、幽霊なら圏内でPKするくらい楽勝だよな。アハハハハハ!」
シュミットは頭を抱えて震えながらそう言っている。完全に冷静さを失ったみたいだ。
「幽霊じゃない。二件の圏内殺人には、絶対にシステム的なロジックが存在する筈だ。絶対に……!」