私たちは今、噴水前のベンチに座って、今回の事件について思い返している。
「さっきの黒いローブ、本当にグリセルダさんの幽霊なのかな?目の前で二度もあんなの見せられたら、私にもそう思えてくるよ」
「いや、そんな事は絶対にない。そもそも幽霊なら、さっきも転移結晶なんて使わないで……転移結晶?」
「どうしたの?」
「……いや、何でもない」
キリトは自分で言った『転移結晶』という言葉に何か引っかかったようだ。
そして沈黙。
「ほら、二人とも」
その沈黙を破るように、アスナが私とキリトに何か包まれた物体を差し出す。
「くれるのか?」
「この状況でそれ以外何があるの?見せびらかしてるとでも?」
「じゃあ、有り難く」
包みを開けると、そこにはサンドイッチが入っていた。
「そろそろ耐久値が切れて消滅しちゃうから、急いで食べたほうがいいわよ」
アスナにそう言われ、キリトはサンドイッチにかぶりつく。その様子を見て、私も仮面をずらしてサンドイッチを一口、また一口と食べ進める。かなり美味い。
「いつの間に弁当なんか仕入れたんだ?」
「耐久値がもう切れるって言ったでしょ。こういう事もあるかと思って、朝から用意しといたの」
「さすが、血盟騎士団攻略担当責任者様だな。因みにどこの?」
「売ってない」
「へっ?」
キリトが素っ頓狂な声を出す。
「お店のじゃない。私だって料理するわよ」
「え、えっと…それは何と言いますか……いっその事オークションにかければ大儲けだったのにな。ハハハ……」
キリトの言葉に対し、アスナが無言で一歩前に出すと、キリトは怯えてサンドイッチを地面に落としてしまい、そのサンドイッチはポリゴン片となって消滅した。
–––作った本人の前でそんな事言えば怒るに決まってるだろう。馬鹿め。
「? どうしたのよ?」
膝をついたまま、じっと佇んでいるキリトにアスナが話しかけるが、キリトはアスナに静かにするように手で指示し、しばらくして何を思ったのか大きな声を出した。
「俺たちは、何も見えていなかった。見ているつもりで違うものを見ていたんだ。圏内殺人…そんな物を実現する武器もロジックも最初から存在しなかったんだ!」
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「……つまり二人は指輪事件の犯人を炙り出すために、圏内殺人なんて物をでっち上げた訳か」
キリトの推理を聞いた私とアスナは、事件がヨルコ氏たちの自作自演だったという事を理解する。
「シュミットの事は初めから疑っていたんだろうな。なあアスナ、ヨルコさんとフレンド登録したままだろ?」
そう言われたアスナはウィンドウを操作して、ヨルコさんの居場所を確認する。
「今、19層のフィールドにいるわ。主街区からちょっと離れた小さい丘の上」
「そっか。兎に角、あとは彼らに任せよう。俺たちのこの事件での役回りは、もう終わりだ」
▼
事件が終わったということで、私たちは近くの店で食事を取ることにした。
「ねえ、二人はもし超級レアアイテムがドロップしたとき、なんて言ってたの?」
「うーん…俺はそういうトラブルが嫌で、ソロやってるところがあるからな……」
「右に同じだ」
突然のアスナの質問に私とキリトはそう答える。
「
「プレイヤー同士のイザコザも減るからな」
「それに、そういうシステムだからこそ、この世界での結婚に重みが出るのよ。結婚すれば、二人のアイテムストレージは共通化されるでしょ?それまでなら隠そうと思って隠せた物が、結婚した途端に何も隠せなくなる。ストレージ共通化って、すごくプラグマチックなシステムだけど、同時にとてもロマンチックだと私は思うわ」
アスナがそこまで言い終えると、NPC店員が料理を運んでくる。
「なあ」
「何?」
「アスナ、お前結婚したことあるの?」
本当に、店員がNPCで良かったと思う。店員が無反応で立ち去ると、アスナは手元にあるフォークをキリトに向けた。
「違う違う!そうじゃなくて!さっきロマンチックだとかプラスチックだとか……」
「誰もそんな事言って無いわよ!『ロマンチックでプラグマチックだ』って言ったの!プラグマチックって言うのは、実際的って意味ですけどね!」
「実際的?SAOでの結婚が?」
「そうよ。だってある意味身も蓋もないでしょ、ストレージ共通化なんて」
「ストレージ…共通化……」
アスナが言った“ストレージ共通化”という言葉に何かが引っかかる。
「何よ?」
「いや、結婚相手が死んだ時、ストレージに入っているアイテムはどうなるのかと思ってな」
「えっ…?」
私たちはまだ気付いていなかった。この事件はまだ終わっていなかったという事に。