「初めまして。坂田金時さん。ようこそ、死後の世界へ」
真っ白な空間の中、一人の女性が椅子に座りながらそう言った。
柔らかく透き通るその声の主は正に絶世の美女と呼ぶに相応しい容姿だ。
そんな彼女を前に坂田金時と呼ばれた男は、死んだ魚の目をパチクりとさせ一言――
「それ俺じゃないね」
「えっ?」
思わぬ返答に女性は首を傾げる。
「いや、だからそれ俺じゃないね」
「……いやいや。坂田金時さんですよね? あの金髪でゴールデンな俺っちですよね? 聖杯戦争にも参加していましたよね?」
「いやそれどこのグランドオーダー? 銀さんそんな物騒な戦争に参加した覚えねーぞ」
「ええっ!? 参加していないのですか!? ……って銀さん??」
「ああ? 俺の名前は坂田銀時だバカヤロー」
「坂田銀時さん……? ま、まさか……人違い!?」
「はぁ……ったく、んなことだと思ったぜ」
男の――銀時の言葉を聞き女性は驚愕した様子で椅子から立ち上がった。
間違えられた当の本人はさもどうでもよさげに鼻をほじりながら辺りを見回している。
「つーかここどこ? てかおたくは誰? なに、もしかして新手のナンパ? それとも原作の最終回に出そびれたモブキャラが無理やり登場しちゃったっていうアレ?」
「いや、どういうアレ!? ち、違いますよ! 私の名前はエリスです!」
「はあ? なに? ペニス?」
「違いますよ?! なにをどう聞き間違えたらそうなるんですか!? エリスです! 死後の世界の案内人をしている女神ですよ!」
「あーはいはい。アレね。ペニスじゃなくてナニの方ね。そうならそうと早く言ってくれっての……」
そう言って銀時は徐に腰に手をかけゆっくりとズボンを脱いで――
「って、なにしてるんですかァァァァァァァァ!!」
「ぶべらっ!?」
ギリギリの所でエリスを名乗る女性による強烈なビンタが銀時を吹き飛ばした。
うら若き乙女の前で恥部を曝そうとした男に天罰(物理)が下された瞬間である。
「な、なにを見せようとしているのですか!! いえ、言わなくても分かります! ナニですよね!? 分かりますからとりあえずそのナニをしまって下さい! できないならできるまで私は叩くのを止めませんっ!! 悪・即・斬です!」
顔を真っ赤に染めながらもエリスは銀時に馬乗りになると再び強烈なビンタを繰り出した。
「いや、ちょ!?」
「悪・即・斬! 悪・即・斬! 悪・即・斬!」
「ぶばしっ!?」
悪・即・斬!のリズムで銀時を叩くエリス。
悪・即・斬!の斬!の時だけ、力が籠っているのは気のせいか果たして。
「悪・即・斬! 悪・即・斬! 悪・即・斬!」
「ぐぼろっ!?」
「悪・即・斬! 悪・即・斬! 悪・即・斬! 悪・即・斬! 悪・即・斬! 悪・即・斬!悪・即・斬! 悪・即・斬! 悪・即・斬! 斬! 斬!! 斬!!!」
「ごぶろおっ!? ちょ、だれかこの全自動往復ビンタ女を止めてくれ!? このままだと銀さんの顔が小栗旬じゃなくなるから!! いろんな意味で!!」
「悪・即・斬! 悪・即・斬! 悪・即・斬!」
「聞けえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――っ!?」
終わらぬ果てなき往復ビンタ。永遠に頬を叩かれるうちに坂田銀時は考えるのを止めた。
彼はただひたすらに頬を叩かれる生物と化したのだ……。
そうして約数時間後――。
「あの……本当にすみません」
「いや、別に怒ってねえよ? 銀さん別に小娘程度に叩かれて怒るほど心狭くないから。全然痛くなかったし? なんだったら宇宙を漂う究極生物さんの気持ちが分かったくらいだし?」
「……本当にすみません」
そこには顔がパンパンに腫れてしまった銀時と、綺麗に土下座をしているエリスの姿が。
「で、でも急に変なことをしようとしたのは坂田銀時さんの方ですし……」
「ああ? だってここはそういう場所だろ?」
「あの、なにを勘違いしているかは分かりませんが少なくても男性のアレを露出する場所ではありませんよ。というか逆にここをどこだと思っているのですか?」
「どこって、そりゃアレだろ。ナニをする場所だろ? つーか姉ちゃんもそう言ってただろ。死後の世界って。いやあ、しかし随分と変わった店の名前だな」
この男どうやらあらぬ方向に誤解している様子だ。
それを察したエリスは少しばかりため息を吐くと土下座を止め、真剣な顔つきで銀時を見据えた。
「いいですか、坂田銀時さん。ここは死後の世界。お店とかそういうのではなく、死んだ人々の魂が行き着く言わば――あの世です」
「おいおい姉ちゃんよぉ、真剣な顔で何言いだすかと思えば随分と下らねぇ。だいたいそういったネタは既にオワコンなの。テコ入れどころかペニスも入れられない中二男子の恋愛話並みにオワコンなの。分かったらさっさとあの夏の日を思い出してラピュタの再放送を見直してきなさい」
「いや、なに言っているんですか。全然意味が分かりませんよ。あとサラッと下ネタ発言は止めてください」
どこまでも自由な発言に翻弄されるエリス。
しかし、ここで折れては女神の名が泣いてしまうぞ、とどうにかして気を取り直して話を続けた。
「コホン。どうやら信じてはいただけないようですね」
「当たり前だろ。こちとらさっきまで長谷川さんと二人で飲み歩いてたんだぞ。それがどうしてこんな場所に……ん?」
「どうかされましたか?」
ふと、銀時は違和感を覚えた。よくよく思い返してみれば、自分がなぜここにいるのか分からないのだ。
覚えているのは長谷川というマダオと飲み歩いていた記憶のみ。それ以降はどういうわけかさっぱり思い出せない。
「そういえば俺、長谷川さんといつの間に解散したんだ?」
「その様子……どうやら記憶が断片的に抜けてしまっているようですね」
そう言うとエリスは懐から僅かばかりに大きな水晶を取り出した。
「なんだソレ?」
「これはただの水晶ではありませんよ。死者たちの最後の記憶を呼び起こす魔法の水晶です」
「へえー」
「……信じていませんね?」
「いや、信じるもへったくれもねーよ。うさん臭さしかねーよ。なんだよ魔法の水晶って。なにそういうプレイなの? 銀さんも魔法の液体とか出せばいいわけ?」
「出したらまた悪・即・斬!ですよ。まあ、見ていてください。今からあなたの最後の記憶を呼び起こします。おそらくその記憶こそ抜け落ちた記憶でしょうね」
徐々に光を纏い始める水晶はやがて激しい閃光を周囲に放った。
「――ッ!? これは……?」
まばゆい光に飲み込まれたのは一瞬。気が付けば銀時の目の前には一つの巨大なモニターが展開されていた。
「こちらに銀時さんの消えた記憶の断片が映像として映し出されます。とはいってもかなり掻い摘んで流れる概要の様な物なのであまり使い物になりませんが……」
「いや、せめて使い物になるのを使ってくれない!? なにもしかして怒ってる? さっきの悪・即・斬!の流れまだ引きずっていらっしゃる!?」
「それではスタート」
銀時の言葉を無視してエリスはどこからか取り出したリモコンで再生ボタンを押した。
『――侍の国。僕らの国がそう呼ばれたのは、今は昔の話……』
「ちょと待てえェェェェェェェェ!?」
「どうかしましたか?」
急なストップにエリスが不思議そうに首を傾げた。
「どうしましたかじゃねぇよ! どんだけ遡ってんだよ!! 抜け落ちた記憶どころかしつこいくらいに聞き飽きたナレーションから始まってんですけど!?」
「す、すみません。いかんせんあまり使い物にならないものなので……」
「使い物にならなさすぎだろ!! 何話目だ! このナレーションはいったい、いつの時に使われたやつだ!?」
「えっと、一話目ですね」
「ふざけんな!? なに? 鑑賞会でもするの!? アニメ銀魂鑑賞会でもしちゃうわけ!?」
「だ、大丈夫ですよ! 早送り機能もスキップ機能もありますので!」
「もうただのDVDだよねそれ!? ただ普通にアニメ銀魂再生してるだけだよねコレ!? だって銀さんの人生に早送りもスキップ機能もないもの!! あるのは自動モザイク削除機能だけだもの!!」
「モザイク削除機能ってなんですか。あ、そうこう言っているうちに……」
『それ俺じゃないね』
「銀時さん、死にました」
「早すぎだろオイ!? どんだけ早送り!?」
「おかしいですね……叩けば治りますかね?」
「叩くってなに!? なにを叩くの!?」
「悪・即・斬!」
「いや、水晶割ったァァァァ!?」
エリスの力加減のない一撃が水晶を砕き割る。
「ふう……」
「ふう、じゃないよね!? なに一息ついてんの!? つーか結局何がしたかったんだテメーは!?」
「あ、すみません! 私としたことがうっかり……!」
「うっかりで水晶粉々にする女とか見たことねえよ! つーか男でも見ねえよ!!」
「しかし困りましたね。これでは銀時さんの記憶が見れません」
「困るのはテメーのバカさ具合だバカヤロー」
ハア、とめんどくさげにため息を吐く銀時。
「つーか、いい加減帰っていい? 元々人違いだったんだろう?」
「あの、非常に申仕上げ難いのですが……」
「なんだ改まって」
妙に歯切れの悪いエリスに銀時は訝し気に問いかける。
「先ほども言いましたがここは死後の世界。人違いとは関係なく、ここに貴方がいる、ということは既に現世で坂田銀時という男は亡くなっている、ということになります。つまり、分かりやすく言えば貴方は死んだ、ということです」
「……え? マジで?」
「マジです」
冗談を言っているようには思えないエリスの真剣な姿を前に、銀時はようやく事の重大さを理解したのか大量の冷や汗をかき始めた。
「いやいやいやホワイ? 死ぬってなに? 確かに銀魂本編では何度も死にかけたよ? でもこれでもジャンプの主人公だからね銀さん。最終回でも元気にしてる姿を読者にお届けしてたわけだし、なによりジャンプの主人公だから」
「いや、ジャンプの主人公ってだけではあまり説得力ないです……。それに主人公でも死んでしまった方はいますし」
「つーかそもそも銀さん不老不死だし? ズルズルボールでズルズルの不死になったし?」
「ズルズルボールってなんですか!? といいますかズルズルの不死って嫌がらせですよね!?」
未だに現実を受け入れない――受け入れられない銀時、と思いきや不意に彼は神妙な顔つきでエリスを見据えた。
「……本当に俺は死んだのか?」
「残念ながら」
「――そうか」
たったそれだけ。僅かなやり取りで男は――坂田銀時は自身の死を受け入れた。
諦めにも悟りにも安堵にも見える銀時の表情を見て、エリスは心を痛めた。
彼女は死後の魂を導く女神であれど、死を喜ぶ神ではない故に。
「で、俺はこれからどうなる? 地獄へ行って鬼のパシリでもすりゃあいいのか?」
「そうですね……」
銀時は自分が天国に行けるとは微塵も思っていない。
寧ろ、坂田銀時という鬼は地獄へ落ちなければならない、それが道理だと思っている。
彼は殺した。殺しすぎた。誰かを守るため。なにかを救うため。血を浴び続けた。
その最後の行き場が地獄というのは銀時にとっては当たり前すぎて――だからこそエリスの放った言葉に彼は耳を疑った。
「坂田銀時さん、貴方には異世界へ行っていただきます」
「……え?」
唖然とする銀時とは対照的に満面の笑みを浮かべたエリス。
―――これが二人の出会だった。