朦朧とした五感を聴き慣れない警報音が揺らした。俺は俯いていた頭を上げてぼやけた視界には分厚い扉が映った。身体は満身創痍。薬剤のせいで頭は回らない。しかしそんな状態でも今がここを抜け出すには最高のタイミングだと分かった。俺は無い力を振り絞って腕を動かしたが情けない鎖の音が独房に反響するだけだった。俺はもう一度俯いた。結局の所ここで処分を待つしか無いのだろうか。まだ外を見たい。目を瞑ると妹の姿が浮かんだ。まだ死ねない。目を開いた。視界はまだぼやけてる。意識も半分寝ているようで半分起きているようで気持ち悪い。おまけに空腹だ。俺は意志を固めて手錠に繋がれた自分の腕を一心不乱に喰らった。そしてなけなしの力を振り絞って足枷を引きちぎり、ふらふらと立ち上がって分厚い扉に何度も攻撃して破った。まだ警報音は鳴り止まない。看守達は焦っているようで俺が出ても駆けつけてくることは無かった。俺は身体を引き摺るようにして上へ上へと進んでいき、遂に久しぶりの東京の街を目にした。
しかし身体は満身創痍なのには変わらない。外を出てしばらくすると俺は立っていられず倒れ込んだ。そんな俺に近づいてくる影が一つ。
「大丈夫ですか?」
それは青年の声だった。
「あなたもあそこから逃げて来たんですよね?」
「ああ」
彼に手を貸して俺を起こすと肩で支えて歩き出した。
「なぜ、俺を助ける?」
「あそこから逃げてる仲間同士です。助け合いましょう」
「、、、。」
「それに兄に似ていた、、ので」
「、、、。そうか。お前、名前は?」
「リオです。あなたは?」
「イブキだ」
イブキとリオはお互い疲れ果てながらゆっくりと暗い東京の路地裏を進む。その時後ろから声が聞こえた。
「ジェイルーー!!」
「マズい!」
「追われてるのか!?俺を放せ!お前一人で逃げろ!」
「イブキさん!駄目です!」
「いいから行け!まだ見つかっていない。本気で走れば行ける!」
「でも!!」
すると先の路地裏からさっきとは違う声が聞こえた。
「来い。こっちだ」
リオと俺は顔を見合わせた。声の主が仲間とは限らない。でもこのままだと捕まってしまう。一か八か信じるしかない。お互い顔を見合わせたまま頷くと路地裏の奥へと向かった。
どこか懐かしさを感じる匂いが鼻腔を満たした。背中には何か柔らかい感触。それにひそひそと話す声。そう言えばリオは無事なんだろうか。目を開くと目の前には少女と女性がいた。
「!?ごめんなさい!」
「無理に起きなくていいよ。私達はあなたの敵じゃないわ。君は喰種だね」
どうしようもない空腹感で俺の目は真っ赤に染まっていた。
「安心して」
彼女達の目が奥から真っ赤に染まっていく。
「、、、仲間か。」
2人はゆっくり頷いた。
「、、、そういえば芳村さんが珈琲を差し上げなさいって、、」
「そうね」
少女と女性は少し話すと一度席を外した。そして数分後に戻ってきた。
「珈琲はいかが?」
「済まない。、、、頂きます」
俺は差し出された珈琲を啜る。
「、、、美味い」
「ええ。そうでしょう?それじゃあ色々聞きたいこともあるでしょうから答えていきましょう」
「貴方達は?それにあの青年は?」
「私は入見、そしてこの子は雛美。私達も喰種で私はこの喫茶店の店員、この子はお手伝いさん。青年ってあなたと一緒にいた人ね。無事よ」
「そうか。ここは?」
「ここは20区にある喫茶店、あんていくよ。喰種が集まる場所でもあるわ。でも一階には人間のお客さんも沢山いるから気をつけて」
俺は頷いた。そして珈琲を飲み干した。すると今度は入見が質問をしてきた。
「君はなんて呼べば良い?」
「イブキだ」
「じゃあイブキくんは何処から来たの?」
「、、、」
「大丈夫。私達は敵ではないわ」
「、、、収容所だ」
「だからあんなに傷だらけだったのね」
「助けてくれてありがとう」
「何をしに来たの?」
すると入見の影に隠れていた雛美が口を開いた。
「妹を探しているんだ。丁度雛美ちゃんくらいの奴だ」
「それなら住む場所と収入源がないとね」
入見が口を挟む。
「ああ。そうだな」
「私達が協力しましょう」
「いや。助けてもらってそれまでしてもらうのは悪い」
「誰もタダとは言っていないわ。ここで働くことが条件よ。これはもう決定事項よ」
「、、、」
何も言うことが出来なかった。そしてただ頭を下げた。
空腹感は相変わらずだが薬剤は抜けきったようで立ち上がって歩くことは出来るだろう。入見と雛美に案内され一階のフロアへ行くと既にリオは居た。そしてリオと一緒に店員が並んでいる。確かに全員喰種だ。そして一番手間に老人の喰種が居た。
「私は芳村。ここの店長をしている。それじゃあ君も挨拶してくれるかな?」
「イブキという。苗字はない。よろしくお願いします」
そういう店員達は顔を見合わせあった。
「店長。一度に二人も拾ってきたの?」
「流石に二人は想像していなかったけどまぁ芳村さんは昔からそんな感じだからね」
「イブキ君。こちらはトーカちゃん」
俺は紹介された方に目を向ける。少しキツい印象の自分より年下くらいの少女が居た。
「年も近いだろうから色々教えてくれるよ」
「よろしくお願いします」
「ん」
するとつれない反応から打って変わって賑やかな声が響いた。
「店のことなら僕にお任せあれ。なんでも聞いてくれよ?イブキくん?」
「、、、。よろしくお願いします」
「彼は古間くん。店の中でも一番の古株だ。彼の言う通りわからないことがあればなんでも聞くと良い」
「手始めにコーヒーの淹れ方、掃除のワンポイント、それに、、、」
長く続きそうだと思った時、入見が古間を遮った。
「イブキくん。よろしくね」
「僕が話していたところなんだけど?」
「もう知っているだろうが彼女は入見カヤ。カヤちゃんも経験豊富だから色々教えてもらってね」
「そしてこちらはニシキくん」
「ッス」
喰種には珍しく知的な青年だ。しかし言葉遣いは悪い。年齢は同じくらいだろう。
「イブキくんの歳は同じくらいだろうから親しくしてくれるかもね」
「はぁ?だれがそんなクソめんどくせぇことすっかよ」
「ニシキくん飲食店でクソは良くないよ」
「新人二人が真似すんだろクソニシキ」
「トーカちゃんもね」
古間さんとトーカとニシキの賑やかな光景を見て、横にいるリオと目を合わせる。
「安全なところに来れてよかったですね」
「ああ。そうだな」
「イブキさんはこれからどうするんですか?」
「取り敢えずここで働いて金をもらったら身なりを整えてマスクを買う。そして暫く働いたらあとはずっと厄介になるわけにはいかないから何処か行く」
「そうですか、、」
そう話していると芳村さんが俺らを呼ぶ声が聞こえた。これからすることを聞いて俺は仕事をし始めた。