怖い話   作:夜ノとばり

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2ちゃんねるにありそうな、シンプルで怖い作品を目指しました。


~ラノベ調~
何か


 午前(れい)時くらいの事だったと思う。

 その日は寝返りうっても音楽流してもなかなか寝付けなくて、まあいつもの事なんだけど、リビングのテレビでゲームでもして退屈を紛らわそうと思った。

 最近空き巣の被害も多いらしいし、防犯対策にもちょうどいいと思ってさ。

 起きてるってバレると親が結構な剣幕で怒るもんだから、リビングの電気をつける前に親の部屋をこっそりのぞいてちゃんと寝てるか確認しておく。

 父親と母親は同じ部屋で寝てるんだが、なぜか今日に限って二人の部屋には(かぎ)がかかっていた。中から音はしない。

 なぜか、と言っても理由は明白だよね。年を取ってもまだまだお盛んなことで。

 仲睦(なかむつ)まじいのはいいことだ。うんうん。次は妹がいいぞ。

 ちなみに俺の部屋にも鍵はついてる。でもそれが機能したことはこれまでに一度もなく、あってないようなものである。悔しい、俺、悔しいよ!

 なんてどうでもいいことを考えながら、親はぐっすり眠っているようで安堵し、電気をつけにリビングの端っこまで手探りで、抜き足差し足、敵はいないだろうな……しまった囲まれている! と無能兵隊さんごっこしながら向かった。

 そしたら、リビングの真ん中でさ、二つの目が光ってんの。床から数センチくらいのかなり低い位置に。

 言い忘れてた。うちは一匹猫飼ってて、ビビって名前のペルシャ猫。捨て猫で施設に保護されてたのを父親がもらってきたらしいんだけど、こいつがまた勘の良いやつで。母親の足元でにゃーにゃーうるさく鳴いてると思ったらキッチンでガス漏れしてたとか、違う時はふーふー何かを威嚇(いかく)してたから外を見てみたら変質者が窓から家の中を覗き込んでたとか。この間なんかどこから奪ってきたのか、口に魚くわえて帰ってきやがった。正に「お魚くわえたどら猫」って表現がぴったりだったね。おいおいビビ、お前どら猫なのかよ……。一応血統書つくレベルの毛並みしてるのに……(ついてない) エサの時間も絶対間違えないし……、っていうかそれは勘が良いというより胃袋で生きてるだけじゃないの……。

 とにかく、ビビは勘のいい猫だったんだ。

 午前零時というとビビは猫ハウスの中でじっとしてる時間だから、ビビが消灯状態のリビングの中央にいるというのはちょっと不自然だった。

 しかし俺ともあろうものがそのような些細(ささい)な事柄を気にかけるはずもなく、俺は猫なで声で「おぉ~ビビ、まだ起きてたんかあー」などとのたまいつつ、ビビに駆け寄った。

 いや正確には、駆け寄ろうとした。

 そこで事件は起こった。

 ビビが立ち上がったんだよ。……いや「ビビのような何か」と言った方が正しいか。

 ぬうっ、と伸び上がるみたいに、光を放つ二つの眼光が、床から天井近くまで一気に移動しやがった。一瞬だった。

 真っ暗だったけどある程度目は慣れてたから、ビビの、いやビビらしきものの、輪郭(りんかく)程度は把握できた。

 猫耳はあったよ。ただ、その下で二つの目がらんらんと光って、俺を見下ろしてたんだ。明らかに俺の目線より高い位置から。

 胴体だけが太く伸びたような、そんな感じ。手足はどこにあるのかわからなくて。木の幹くらい太い胴体の先に猫の顔を乗せたみたいだった。

 ほとんど真っ暗な部屋の中心で、両目以外にはシルエットしか分からないそいつはゆっくり、うねうね動いてるんだよ。

 例えるなら、上と下が固定されたカーテンが風に揺れているような。いや少し違うな。そいつはもっと、自分の意思で動いているように見えた。そうまるで、俺に「何かをしろ」とか「近寄るな」だとか命令してるみたいだった。

 そんな光景に俺はすっかり硬直してしまって、どうにか呼吸は保ちながら首筋と膝を震わせていることしかできなかった。

 二つの目が光っている、つまり、こいつは俺の方を向いている。

 こいつはビビなのか? それとも何か別の化け物? それならビビはどこに行った? 憶測が憶測を呼び、頭の中を駆け回った。

 暗すぎて、ちょうどそいつを挟んでリビングの反対側にあるビビの猫ハウスは全く確認できない。

 殺された? ビビが? こいつに? ということは、このままじゃ俺も殺される!?

 逃げろ。逃げろ。逃げろ。

 体の芯が悲鳴を上げているのに後ろに踏み出そうとした足は震えてまともに動かず、俺は暗闇の中をじりじりと自室側に後ずさるのが精一杯だった。 

 いつ(おそ)()かってくるか分からない恐怖と戦いながら、一センチ、一ミリずつ、そいつと距離を取っていく。

 そいつは太く長いシルエットををゆっくりと不気味に揺らし、二つの眼光は完全に俺を見据えている。

 今のところ襲い掛かってはこないものの、心なしか揺れ方が激しくなってきている。

 気のせいかな、気のせいであってくれ。

 俺の勘も捨てたものではなかったらしい、俺が後ずされば後ずさるほど、あいつはその大木みたいなシルエットをより一層激しく動かし、俺が自室まであと一歩のところに辿り着き、開きっぱなしの扉に手をかけるまでには、あいつはちぎれんばかりにその体をくねらせていた。

 あいつは元居た位置から少しも移動していなかったけれど、それがまた恐怖だった。

 そいつの目以外に、風も光も音もない。

 二つの眼光が右に傾き左に傾き、また右に、左に、右、左、右、左右左右左右左右左右。網膜(もうまく)に残る残像がだんだん濃くなる。

 それは俺に何かを急かすようで、俺自身もこのままではやばい、と思わざるを得なかった。

 あと一歩下がれば部屋に飛び込める。痙攣(けいれん)する両脚に鞭打って後ろに進む。

 カーペットを引きずるような音が聞こえたのはその時だ。

 反射的に音のする方を向いてしまったのが運の尽きだった。

 フー、フー、と警戒するような吐息が耳に入り、視線を戻す。

 俺の目の前にそいつはいた。

 俺の腰より太い胴体が程近い場所にうねうねと高速で揺れ動いていて、見上げれば、天井から俺を見下ろす目が赤く獰猛(どうもう)に光り、荒く生臭い吐息が俺の顔にかかった。

 のけぞり、倒れるままに、俺はどうにか真っ暗な自室に転がり入ることができ、マッハの速さで扉を閉め、鍵をかけた。

 まもなくリビングの窓ガラスが割れる音がし、耳を押さえた。おそらく出て行ったのだろう。

 あいつはまだ家の周りにいるかもしれない。窓の鍵を厳重に閉めて、暗闇の中で額の冷や汗を拭った。何だったんだ、あの目が光る化け物は……。

 ……ちょっと待て。

 俺は眠れない退屈を紛らわすためにリビングに向かったはずだ。リビングでゲームしようとして、親に見つかると叱られるから、部屋から出てすぐに親が寝ているかどうかを確かめようとした。両親の寝室には鍵がかかっていて、中から音は無かった。

 その時俺の部屋の明かりはどうだった?

 ……そうだ。消えていたはずだ。親にバレるとまずいからな。その後、二つの目を見たんだ。

 猫などの夜行性の動物は目に特殊な器官を持ち、瞳が暗闇で光る。

 だがそれは、()()()()()場合の話。猫の瞳は光を反射する。瞳に当たった光を跳ね返しているから、光って見えるのだ。瞳自体が光るわけではない。

 俺の部屋の明かりは消えていたじゃないか。寝ようとした時から消しっぱなしだ。親の部屋はもちろん、リビングは言わずもがな。

 光源なんてなかった。

 あの状況で、猫の目が光るはずがないんだ。

 あれはビビじゃない―――

 俺は布団にくるまって震え、眠れぬ一夜を過ごした。

 

 翌朝、皿やガラスの破片が散乱し、惨状(さんじょう)と化したリビングに俺と両親は愕然(がくぜん)とした。

 明らかに荒らされた形跡があったのだ。

 両親は「空き巣に入られた」と慌てふためき、すぐさま警察を呼んだ。が、俺はどうしても納得がいかなかった。

 どうしてビビが死なないといけない。

 俺が自室のドアを開けて最初に見たのは、リビングの中央に横たわるビビの亡骸(なきがら)だった。背中に大きな刺し傷があり、リビングの中央、昨夜「あいつ」がいたちょうどその場所に、黒ずんだ小さな血だまりができていた。

 あいつがやったんだと直感するも、両親が俺の話を信じるとは思えず、俺はやるせなさの中、膝をついた。

 

 数日後、突如飛び込んできたニュースに俺は再び愕然とすることになる。

 空き巣の犯人が捕まったのだ。

 俺があいつを見た夜、予めこの家に目をつけていた犯人は、俺達が寝静まった頃合いを見計って家に侵入、金品を漁り、逃走したのだと言う。

 ならばあいつは何だったんだと頭を抱える俺を怪訝(けげん)そうに見つめ、報告に訪れた警官は続けた。

 犯人の男は近所でもたびたび窃盗事件を起こしていた。ナイフを使用したのは一度きりで、犯行に及ぶ際に邪魔をしてきた猫を刺殺したことがあったそうだ。残念ながらそれがビビだった。

「この男です」警官は一枚の写真を差し出した。「男は計画的犯行を認めています。下見に来たのを目撃されたため、決行を先延ばしにした、とも」

 見覚えのある男が写っていた。以前、窓から家を覗いていた変質者だ。ビビが異常に警戒(けいかい)していた―――

 ピンと音が鳴り、つながった。あの夜に起こった不可解な出来事が、絡み合い、一本の線となる。

「いつ、男は家に忍び込んだんですか」恐る恐る、尋ねた。

「深夜零時頃だそうです」警官はさらりと答えた。

 思った通りだ。

 あの夜、リビングのテレビでゲームしようと考えた俺は両親の部屋を偵察(ていさつ)し、リビングの明かりをつける前にあいつを目撃した。あいつの不気味なくねりが最高潮に達したとき、不審な物音に振り向き、あいつの吐息を聞いた。視線を戻すとあいつは目の前にいて、俺が部屋に飛び込んで鍵をかけると、窓ガラスが割れる音がした。

 その時はあいつが窓を割って出て行ったのだと思っていた。

 逆だ。入ってきたのだ。

 誰が?

 空き巣がだ。

 俺があのままリビングに滞在していたら、侵入してきた犯人と顔を合わせていたかもしれない。

 男は刃物を持っていた。一歩間違えば、俺も殺されていた可能性だってある。

 父さんと母さんの部屋はなぜか施錠されていたからよかったが、俺は普段部屋の鍵を閉めない。あの夜だってあいつを目撃しなければ鍵などかけなかっただろう。施錠されていない部屋に空き巣が忍び込まないとは考えられない。

 俺はその時起きていた。犯人と鉢合わせたが最後、命はなかっただろう。

 そう、あいつを目撃したから俺は今、生きている。

 あいつが、結果的に俺を空き巣から守ってくれたということになる。

 今思えば、フーフーと威嚇する声は、どう考えてもビビのものだった。猫は犬よりいい耳を持っていると聞く。勘の良いビビのことだ。自宅周りを徘徊する不審人物の存在くらい、難なく察知できただろう。不気味な姿で現れ、左右に体を揺らしながら「早く逃げろ」と必死で訴えかけていたのだ。

 ビビが俺の命を救ってくれたのだ。自分の命を犠牲にしてまで……。

 身を(てい)して主人を守ったビビを思うと、柄にもなく、涙が浮かんだ。

「あら、どうして泣いているの?」

 母が横から俺の顔を覗き込んでくる。警官が帰ったらこの感動秘話をたっぷりと聞かせてやろう……。

「犯人は窓を割って侵入したんですよね?」

 深刻そうに母が尋ねるのを横目に、俺はさりげなく目尻を拭う。

「いえ、玄関からです」

「え?」

「男の自供によりますと、……男はピッキングで玄関をこじ開けて侵入し、居間で金品を物色していたところ、背後で扉が開き人が出てきたため、音を立てないようゆっくりと近づきました。するとその人物は男の気配を察したかのように部屋に逃げこみ、素早く鍵をかけたそうです。通報されると思い、男は窓ガラスを割り、そこから逃走した、とのことです」

 警官が報告書を読み上げるうちに、俺の顔面からさあっと血の気が引いていく。

 ……あの時、空き巣はリビングにいたのだ。

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