シンフォギアの消えた世界で 作:現実の夢想者
「それで、どうだったの?」
俺の目の前でバイト先でもらってきた廃棄のシュークリームを食べようとしていた少女が動きを止める。
それでもシュークリームから手を離さない辺りが可愛くて非常にらしいと思う。
「えっと、どうもここと私達の世界は時間の流れ方が異なるらしいんです」
そう言って難しい顔をするのは立花響という名の少女。
そう、つい一週間前なら名前で検索をかければウィキに引っかかるぐらいの有名人……と言えるのだろうか。
まぁ、そういう存在だった。
今から一週間前の事、俺はバイト帰りの疲れた頭でオーナーから目こぼし頂いた廃棄のおにぎりを食べながら、スマホとノートPCでゲームをやっていたのだ。
そう、戦姫絶唱シンフォギアXD UNLIMITEDである。
だが、やはり夜勤終わりのボケた頭だったからか、俺は手元を狂わせスマホをノートPCへ落とした。
その瞬間、何故かノートPCの画面が真っ暗になったかと思うとどこかで見たような光景へ変わったのだ。
その光景が、ゲーム中でいう平行世界を行き来出来る聖遺物“ギャラルホルン”の中だと気付いた時にそれは起きた。
「っと……あれ?」
「へ? え?」
ノートPCのモニターから見覚えのある姿の少女が現れたのである。
それが、俺、
軽くパニックになった立花さんを疲れからテンションを上げられない俺が落ち着かせ、まず彼女の事情を聞く事になったのだが、これがまた非現実的だった。
目の前の少女は本当に“あの”立花響であり、とある一件以来静かになったはずのギャラルホルンがアラートを発したために、たまたま本部を訪れていた立花さんを含む三人(残りは雪音さんと小日向さんらしい)でアラートの発信先を見つけたのだが、そこは今までと違って穴ではなく裂け目だったとの事。
「それで、ちょ~っと近付いたら私だけ吸いこまれちゃいまして……」
そう言って立花さんは申し訳なさそうに後ろ手で頭を触った。
「じゃあ、今頃二人は大慌てしてるんじゃない?」
「そうかもしれません。でも……」
後ろを振り返る立花さん。そこには今もギャラルホルン内のような画面のノートPCがある。
「さすがにこんな事初めてなんで、もう少し調べてから戻ろうかなって」
「それはいいけど……」
一部の人達にはある意味有名人な彼女を普通に外に出す訳にはいかない。
そう思った時、俺は彼女への説明材料としてスマホを手に取りゲーム画面を見せようとして――気付いたのだ。
「なくなってる……?」
そう、ついさっきまであったはずのアプリが消えているのだ。
ならばとネットでシンフォギアを検索してみたのだが、有り得ない事にヒットしなかった。
それでダメならと声優さんの名前で検索したのだが、こちらも何とヒットしなかったのである。
それも全員だ。
嘘だろと思いながら他の作品を調べれば、そちらはヒットしたので見てみたところ……
「嘘、だろ……」
声優さんの名前が違っていたのだ。
立花響の声を担当していた悠木碧さんや風鳴翼の声を担当していた水樹奈々さんの他の代表作で、彼女達の代わりに声を担当している人達は悠木碧でも水樹奈々でもなかった。
ただ、サンプルボイスを聞くと声は一緒。
つまり、芸名が変わっているのである。そこでようやく俺は理解したのだ。
この世界からシンフォギアに関する全てが消えたのだ、と。
何せ俺の持っていたシンフォギアライブのパッケージが見た事のないアニメのものへ変更されており、中身の映像も映っている人達は同じ顔でも名前や歌は異なっていたのだ。
「えっと、立花さん。信じられないかもしれないけど聞いて欲しい」
「何ですか?」
そこで俺は自分の知る限りの情報を話した。
さすがに立花さんもビックリしたり恥ずかしがったりと色々な反応を見せたが、絶対に知り得ないはずの事を初めて出会った俺が知ってると言う事で信じてくれたのだ。
「ここは、ノイズもギアもない世界なんだ……」
「そう。で、ついでに言えばここでは君達はアニメの一つ、だったんだけどなぁ……」
それを証明する証拠が全て消えてしまった以上、物的に証明する手立てがない。
「そこは……今でも正直信じられません。だけど、サンジェルマンさんやキャロルちゃん、シェム・ハさんの事も知ってる以上、只野さんの言葉は信じます」
「ありがとう。とりあえず、この辺を歩いてみるか? 何もないとは思うけど……」
「そうですね。じゃあ……」
「おおっ、格好が一瞬で」
ギアを解除した立花さんは普通に愛らしい少女だった。
俺の暮らす六畳一間には似合わない感じだな。
「じゃ、気を付けて行ってらっしゃい」
「え? 只野さんは一緒に来てくれないんですか?」
「……ごめん。俺、コンビニの夜勤やってるんだ。で、今日もシフト入ってるから寝たい」
「あっ、そうなんですね。分かりました。じゃ、私一人で行ってきます」
「うん、悪い。あっ、これここの鍵だから」
「いいんですか?」
「大丈夫だと思うけどさ。ああ、もし誰かに俺との関係を聞かれたら高校の後輩ですとか誤魔化しておいて」
「はーい。じゃあ、おやすみなさい」
「……うん」
にっこり笑顔で可愛い女の子におやすみって言われるとか、これどんなギャルゲーだよ。
そう思いながら俺は万年床に近い布団へ入り、立花さんは玄関を出ようとして不自然な感じで動きを止めた。
「あ、あれ?」
「どうした?」
「い、いや、あのですね? 何故か急に体が動かなくなったと言いますか、まるで紐か何かで引っ張られてるみたいで」
「は?」
困惑する立花さんを見て俺は布団から起き上がり、そのまま玄関を開けて外へと足を踏み出した。
うん、普通に出れる。
「何もないけど?」
「で、ですよね。でも私は……こ、この通りで……」
何とか足を上げて玄関から先へ行こうとするも、玄関がまるでラインのように立花さんは足を下ろさない。
「……ふざけてるとかじゃ……」
「ないです!」
「だよなぁ」
真剣な表情で断言された。さて、じゃあ何か原因は……あっ。
「もしかして……」
そもそもの切っ掛けを思い出せば、スマホとノートPCの両方でシンフォギアのゲームをやってた事だ。
で、ノートPCはゲートみたいになった。じゃあ、スマホは?
枕元のスマホを拾い上げ、俺はそれを持って玄関から外へ出る。
すると急に立花さんが足を下ろして外へと出れたのだ。
「動いた!?」
「みたいだな。じゃ、やっぱりそういう事か」
ノートPCがこの世界と立花さんの世界を繋ぐゲートなら、スマホはおそらく立花さんをこの世界に固着させている依り代なんだ。
その話をすると立花さんは成程と納得し、こちらを申し訳なさそうに見上げてくる。
うわ、これは中々ズルい。結構心に来るぞ。
「あ、あのぉ……」
「……一回部屋戻っていいか? 着替えるから」
「っ! はいっ!」
まぁ、こんな嬉しそうな笑顔を見せられたら多少睡眠時間を削ってもおつりがくる。
そう思って俺は立花さんと一緒に部屋へと戻った。
で、着替えて二人でアパート近くを歩いてみて、立花さんは明確にここがこれまでと異なる事を理解してくれた。
と言うのも物理的な証拠が出て来たのだ。
「新聞の日付、か……」
忘れてたけどそもそもシンフォギアは近未来の設定だった。
対してこちらはまだ2020年だ。
それが決め手となり、俺は新聞を一部買って立花さんへ渡す事にした。
「あの、何だか色々すみません」
「いいって事さ。もしかしたらこれは俺が見てる夢かもしれないって思ってるんだ」
「夢?」
「だって会えるはずないと思った美少女と会えて会話も出来て、ギアも見せてもらったしデートみたいな事も出来た。この思い出だけで七十億の絶唱を超える事が出来るよ」
「大袈裟だっ!? あとさらっとキャロルちゃんの言葉使ってる!」
そんなやり取りをしてノートPCの中へ吸い込まれていったのが丁度一週間前。
そして今日再び彼女は現れた。で、最初のやり取りに繋がる訳。
「時間の流れが違うって?」
「エルフナインちゃんが言うには、多分ここは平行世界じゃなくてもう一つの根幹世界にあたるんじゃないかって。実は、あの後戻ったらまだクリスちゃんと未来がいて、二人は驚いたんです。私が吸いこまれてすぐって言えるぐらいで戻ってきたからって」
「……はい?」
さらっととんでもない事を言ったな。
「その、どうもあの時ここでの過ごした時間は私達の方だと五分にも満たないみたいで」
「…………つまり、例えばここで一日過ごしても立花さん達の方じゃ半日経ってるかも怪しい?」
「はい」
あの時普通に二時間ぐらいは経ってたよな。
それが五分にも満たないとか怖すぎるだろ。
「そ、そっか。で、どうして今回も一人なの?」
「え、えっと……ここを複数人で通れるのかが不安だからって事が一つと」
「うん」
「もう一つは、尻ごみしちゃってるんです」
「へ?」
言っている事がいまひとつ分からない。一体何を尻込みすると言うのだろう?
「……只野さんが私達の事、かなり詳しく知ってるから」
「………………あ~」
言い辛そうに立花さんが告げた言葉で理解した。
そりゃそうだ。誰だって見も知らない相手が自分の隠してるはずの秘密や過去を知ってるとなれば怖いし嫌がるだろう。
立花さんはもう俺と出会ったからその辺りを開き直るしかなくなったけど、他の装者達はそうはいかないよな。
「可能なら僕が行きたいってエルフナインちゃんは言ってましたけど……」
「あの子は知られて困る事がないからなぁ」
「はい。逆にキャロルちゃんの事を詳しく聞きたいって」
「あー、そうか。キャロルの思い出を集めたいんだろうな。何なら紙に覚えてる事、書き出そうか?」
「あっ、それは喜んでくれそう! お願いしてもいいですか?」
「お安い御用だよ。じゃ、待ってて」
「はい!」
元気な笑顔で返事をする立花さんは本当に太陽みたいだと思う。
ただ、シュークリームの中身が口の端についてる。
「立花さん、クリームが口の端についてる」
「え? どこですか?」
「じっとして。……取れたよ」
指についたカスタードクリームを見せると何故か立花さんが顔を赤くする。
「あ、あはは……只野さんって」
「あむ……ん?」
指についたクリームを口へ入れて綺麗に舐め取る。
するとこっちを見ていた立花さんが顔を真っ赤にして固まってしまった。
一体どうしたって言うんだ?
「立花さん? どうかした?」
「……っ?! え? あ? え、えっと……」
しどろもどろになりながらあたふたする立花さんを眺め、俺は疑問符を浮かべるしかない。
とりあえず俺は布団へと入って横になりながらキャロル情報をメモ用紙へ書いていく。
そんな俺を見て立花さんも次第に落ち着いてきたらしく、気付けば俺の書いている事を読もうと隣へ移動し覗き込んできていた。
「……え? アダムさんとキャロルちゃんのお父さんって友達なんですか?」
「らしいよ。ただし、それはあの平行世界の話で立花さん達の世界では分からない」
「あ~……って、ええっ!? キャロルちゃんが子供のためにサンタさんの真似をっ!? そんなファウストローブがあったんだっ!?」
「…………立花さん、これ書き終わったら渡すだろ? その時、帰る前にここで読んでからゲート通るといいよ」
「え? あっ……そ、そうします」
気が散る訳じゃないけど、このままじゃその内俺へ直接詳しい話をって言い出すのが読めた。
なのでそれを避けるために終わった後で読む事を勧めた。
立花さんも恥ずかしそうに身を縮めて俺の隣から移動する。
若干していた甘い匂いが遠くになって、俺はそれがやっぱり立花さんの匂いだと分かって内心惜しい事をしたなと思いつつ手を動かす。
何とか書き終えて、俺はメモを立花さんへ渡すとそのまま目を閉じる事に。
「あっ、おやすみなさい只野さん」
「ああ、おやすみ……」
最後に見た立花さんの笑顔を瞼に焼き付け俺は眠りに落ちる。
目覚めた時にはもうそこに彼女の姿はなく、メモ用紙を使った置き手紙があった。
――また来ます。バイト、頑張ってくださいね。シュークリーム、ごちそうさまでした! 立花響
それを読んで俺は彼女が出来たみたいな気持ちになって、寝起きながらテンションがMAXになったのは言うまでもない。
そして心に誓った。またいつ彼女が来てもいい様に、廃棄のシュークリームをバイトの度にもらっておこうと。
読んでいただきありがとうございます。
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