シンフォギアの消えた世界で 作:現実の夢想者
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「定期報告に行ったらマリアと会ってさ。妙な顔してたからどうしたんだって聞いたらここの事を教えられたんだよ。何でも翼達の事を詳しく知ってるんだって?」
「まぁ……」
DKでクリスと響が夕食の支度を始める中、俺は四畳半の方で翼と共に天羽さんと相対していた。
ちなみに夕食は“豚しゃぶ”だそう。成程、牛肉程高くなく旨味も栄養価も高い上美味しい。野菜なども用意し、鍋に出汁を張ってそこへ先に野菜を入れて煮ておいてから豚肉を潜らせて巻いて食べる方法との事。
なので今室内には野菜を刻む音や響がスライサーで人参などを千切りにする音が聞こえている。
「じゃあ、あたしの事はどうだい? ほら、翼達の方じゃあたしは、さ」
「えっと、俺が君の事で知ってるのは響達と出会った時からだ」
「成程ね。じゃ、あたしが翼を失ってからの事やその前は知らない?」
これは、どう答えるべき、だろうか。天羽奏の事も一期は多少描かれた。そこには正直言いたくない事もある。
一番は彼女ではなく根幹世界の天羽奏の家族を失う原因がフィーネ、つまり櫻井了子である事。
でもこれははっきり言ってダメージ受けるの響なんだよなぁ。しかもそこにあったのが神獣鏡って言うね。これは言う訳にはいかないな。そもそも必要もないし。
「……一部は知ってるとだけ」
「一部?」
「何故装者になったのか。どうやってなったのか。その辺りだよ」
俺の言葉で天羽さんは納得するように頷いたけど、翼だけは何かに気付いたのか息を呑んでいた。
もしかして俺の言い方で何か隠してるって分かった? 有り得ないと言えないのが俺らしい。
正直心苦しいんだよなぁ。あの頃は創られた物語だと思っていたのが、今や本当にあった事でその人達の人生ですと言われてるんだ。
つまり俺は一気にあのシンフォギアに出て来たキャラクター達の人生を一部とは言え覗き見た事になる。
しかも、本来ならその本人さえ知り得ない情報も得ている事があるんだから。
「じゃ、デュオレリックの事はどうだい?」
「知ってるよ。ブリーシンガメンや天叢雲剣、ミョルニルにネフシュタン。そういう……完全聖遺物、だっけ? それをギアを纏った状態で使用する事だ。それと、そちらの世界ではパヴァリア、アダム率いる錬金術師達と秘密裏に手を組んでいる事も」
そこまで告げると天羽さんの顔から笑みが消えた。
「か、奏、只野さんは敵じゃないから。この人は私達の事を創作物の人物だと思って見てきた人で」
「聞いてる。いや、聞いてた。まさかここまでとはね。本気で嫌になるな、これ。ホントに神様じゃないかって思うよ」
「一つだけ言わせてもらうなら、今でこそ俺しか知らない事だけど本来なら何万人以上の人が知ってる事だったんだよ、今のは。君が力を求める挙句響のギアを盗んで纏おうとした事なんかもね」
絶句。天羽さんはこの短時間で一気に笑みを失い頭を抱えていた。
好奇心は猫をも殺すって言うけど、こういう事なんだろうか。
とにかくこれで分かってもらえただろう。この世界が彼女達にとって異質であった事と、本来関わるべきじゃない事が。
「只野さん、少し言い過ぎです」
「いいんだよ翼。要はあたしへ怒ってるんだ、この人は。安易な気持ちで首を突っ込めば痛い目見るのはこっちだぞって」
「そういう事。響達の時は状況的に仕方ないから俺も色々配慮したし注意もした。だけど君は平行世界の人間なのにわざわざここへ来て、それも興味本位で首を突っ込んだように見えた。そんな相手にまで優しく出来る程俺も人間が出来てない」
はっきり言い切る。もしこれが最初のクリスや翼のような態度なら俺も心を砕いた。だけど天羽さんはどこか観光にも近い印象を受けた。
多分だけど彼女はどこか事の重大さが分かってないんだと思う。おそらく響達の世界を訪れてそのままここへ来た。じゃないとこんな軽薄さはないはずだ。
「ははっ、本当にそっちの言う通りだ。ごめん、謝るよ。あたしはどっかであんたの事を試してた。神様みたいに何でも知ってるはずなんてないって」
「気持ちは分かるよ。それと俺だって何でも知ってる訳じゃない。平行世界の天羽奏がどうやって生きてきたかも、響達の世界の天羽奏がどうやって生きてきたかも断片的にしか知らないんだ」
「……みたい、だね。あたしの質問に答えてくれてありがとう。下手に遠慮されるよりも良かったよ。ガツンと言ってくれてさ。これなら翼達を預ける相手として安心出来る」
「奏……」
翼へ優しい笑みを浮かべて天羽さんは頷く。そうか、彼女なりに俺が翼達と共にいるに適してるか確かめたのか。
となると、最初から全て計算して……? うん、あの神算鬼謀な弦十郎さんの部下なだけある。
「その、君の懸念はもっともだ。俺みたいな男が彼女達と一緒に暮らしてるって聞けばそりゃ心配にもなる。大人げない事をしてすまない」
「いいって。マリアの話を聞いてると不安しかなかったもんだからさ。何せ響やクリスをあっという間に懐かせたって」
「「え(は)っ!?」」
その一言でそれまでこちらの様子を眺めていただろう二人が同時に声を出した。
どうでもいいけど、せめて刃物から手を離しなさい。危ないだろう。
「そ、そんな事をマリアが?」
「そうだよ。絶対騙されてる。もしくは本性を隠してるに違いないって」
「あー……」
なんだかんだで響もクリスも優しく良い子だ。俺の年齢と状況だけ聞いてイヴさんはロクでもない男を想像しているんだろう。
ある意味で間違っていないけど、おそらく彼女の場合は人間的な面も最悪な人物のはずだ。
そして、そんな駄目男にまだ学生の二人が欺かれてると思ったのだ。
「あー……って納得しないでくださいよ只野さんっ!」
「そうだぞ! お前はそれでいいのかよ!」
「いや、だって普通に考えればこの状況で何もしない男ってのもどうかと思うだろうなぁっと」
「そうそう。それも言ってた。すぐに手を出すと二人が逃げるから、しばらく我慢してから少しずつエロい事をしてくんじゃないかってさ」
「か、奏ぇっ!」
少しずつエロい事をと言いながら天羽さんが手をいかがわしい感じで動かした。
それに翼が赤面しながら立ち上がり、響とクリスは真っ赤な顔で俯きながら作業へと戻った。
うん、見事なまでに初心な反応だ。おじさんとしてはそのままでいて欲しいような、もう少し成長して欲しいような複雑なところである。
ま、それはそれとして、未だにスケベな顔と手付きをする美人を止めるとしよう。
「天羽さん、そこまで」
「っと」
右の手首を掴む。それで天羽さんの動きが止まり顔が普通に戻った。
「嫁入り前の美人がする事じゃありません」
「嫁入り前の美人って……まぁ嫁入り前はそうだけどさ」
頬を掻いて困惑する天羽さんだけど、彼女ももしかしてあれか? 異性に正面から女性として褒められた経験が少ないんだろうか?
よくよく見ると彼女の私服はやや開放的過ぎる。今日の翼と同じで胸元が少しだらしない。よし、それをまずはとっかかりに行動を大人しくさせよう。
「あのさ天羽さん。一ついいか?」
「何?」
「その格好、結構大胆だぞ。普通の男の前に立つには、だけど」
「そ、そう? 別にそこまででもっ!?」
論より証拠。ならば耐えてみよとばかりに胸元をガン見してやる。まぁ真顔なのである意味で怖いだろうけど、それでもやはり天羽さんは瞬時に胸元を隠して……。
あれ? 何だろうか、この周囲から感じる冷たい視線は。それも三対あるような気がしますけど……。
「「「じー……」」」
視線を動かして見れば、響達がまるで月読調のような行動を取っているではありませんか。
ただ、一様にジト目へ若干の怒りが宿っている。これは、あれか。例え真顔だろうと女性の胸元を凝視するなという事だろう。
「すみません。もう二度とやりませんのでお許しを」
「「「……ならいい(です)」」」
頭を垂れて心の底から己の浅慮を詫びると三人からお許しの言葉が出た。
「あっはっは、何だ何だ? あんた達、結構いいチームじゃないか」
で、そんな俺達を見て天羽さんが楽しげに笑う。
俺がその声に顔を上げると天羽さんと目が合った。
「只野さんって言ったっけ。あたしはあんたを信じるよ。何より翼達がここまで打ち解けてるんだ。なら悪い人じゃないさ」
「まぁ聖人君子ではないだろうけど極悪人でもないとは自負してる」
「ふふっ、何だよそれは。まぁいいよ。うし、あたしからマリアへは言っといてやる。心配し過ぎだ。そこまで疑うのなら自分の目で確かめに行けってね」
「そんな事言うと本当に来るから出来れば止めて欲しいんだけどなぁ」
正直今の状態で精一杯だ。しかも来月からは俺もここで暮らす事になるのだから。
「まぁ、この狭さで四人は厳しいか」
「えっと、その場合は五人だったり……」
「は?」
気まずそうに響がそう言った瞬間、天羽さんが怪訝そうな表情へ変わる。うん、まぁそうだろうなぁ。
そこから翼が説明を開始。それを最初はまだ怪訝な顔で聞いていた天羽さんだが、途中からは呆れ、最後にはやや怒り顔となっていた。
「あのさ、いくらこいつが信頼出来るからってあんた達何考えてんだ」
「「「「ごもっともです(だ)……」」」」
今、俺達は揃って四畳半の部屋へ正座している。その前には仁王立ちの天羽さん。
「いいか? あんた達は互いにもう子供じゃない年齢で、男の方はまだまだ働き盛り、女の方はこれからより女として成熟してく。これで問題が起きないって確信出来る方がどうかしてるんだよ」
「「「「はい……」」」」
「いくら財政的に仕方ないとはいえ、そしてこれまでの事で何もなかったとはいえ、それが今後もそうとは言えないだろ?」
もう、見事なまでの正論であり一般論である。俺はおろかクリスや翼さえも返す言葉がない。
どうやら俺達はこの半月程の共同生活でその辺りの感覚が麻痺していたらしい。そう天羽さんの言葉を聞いて思った。
「で、でも奏。今までと違ってこっちじゃ私達が生活する拠点さえ用意するのが厳しくて」
「それは分かるよ。でも、だからってこんな狭い空間で適齢期の男女が寝泊まりなんて見過ごせない」
「じゃ、じゃあどうすればいいんですか?」
「そ、そうだぜ。言っとくがここ以上の条件はないんだって」
「ま、まぁ俺は最悪今の部屋も借り続けて生活すればいいよ。たまにシャワーを貸してもらって」
「「「それは駄目です(だ)」」」
何故か俺の案は最近却下傾向だ。おかしいなぁ。少し前ならほぼほぼ通ったはずなのに。
「あたしはそれでいいと思うよ。で、ここの家賃はここにいる間翼達で何とかする」
「それは、うん。そうするつもりだけど……」
「で、只野は今暮らしてる部屋で生活を続ける。立ち退きとか取り壊しとかなったらその時はそのアパートから多少便宜を図ってくれるだろ?」
「それは、まぁ……」
多分そうなるはずだ。最低でも何らかの支援はしてもらわないと俺だって黙ってないつもりだし。
「とにかく、只野がヨボヨボのじいさんならともかく働き盛りの男な以上、あたしはこの環境での同棲みたいな事は許さない。これをもし強行しようって言うならマリアやあんた達のとこの旦那へ報告するよ」
「えっと、その辺はそういえばどうなってるの? 引っ越しした事は伝えたんだよね?」
響とクリスが来た際は許可を取っていた。翼が来た時もおそらく許可は出てると思うが、それはあくまであのボロアパートの時。
この部屋はそれと環境などが異なるから判断も変わるかもしれないと思わなくもないんだけど……。
「お、おっさんは許可を出したぞ」
「未来もです!」
「奏、これでも?」
三人の言葉を聞いて天羽さんは目付きを鋭くする。あ、これヤバい流れだ。
「それ、ここへ引っ越す前だろ? そっちの旦那達は今、あんた達がこ~んな狭い部屋で寝食を共にしようとしてるって知ってるかい?」
沈黙。え? 嘘? この前戻った時に報告してないの?
その意味合いで三人へ目を向けると、彼女達は揃って肩身が狭そうに顔を背けた。
「じ、実はぁ……」
「あん時はあんたの予想を報告する事で話題が終始しちまって……」
「お、思えばここへの引っ越しの事を言い忘れていました」
「なん……だと……」
後頭部をハンマーで殴られたような感覚とはこの事だ。
クリスと翼がいながら何やってるの? 響だけなら仕方ないかもしれないけど、せめて君達はちゃんとしてくれないと困るよ。
「やっぱりね。旦那達はあんた達が六畳ってまだそれなりの広さにいると思ってるから許してんだよ。今の状況を聞いたらいくら旦那でも悩むだろうし、あの子なんか絶対許可なんて出さないはずさ」
そこで天羽さんは大きくため息を吐いた。俺も同じ気持ちだ。まさか結果的にとはいえ騙す形になりかけていたなんて。
「天羽さん、悪いけど戻ったらこの事とさっきの案を報告してくれるか?」
「只野さんっ!?」
響が驚いた声を出すけど仕方ない。家賃よりも大事なものがある。
「みんな、俺達は少し勘違いしてたかもしれない。あの部屋は壁も薄いし部屋もそれなりの広さがあった。だから問題も起きにくいし、仮に問題を起こしても周囲にすぐに気付かれるだろうって、そんな気持ちや考えが潜在的にあったんだ。ここは、そう考えると不味い方向だ。壁は多少厚くなってるのに部屋は狭い」
「……只野さんの言う通りですね。私達は少し冷静になるべきかもしれません」
「翼さんまで……。く、クリスちゃんは?」
「あたしも先輩達と同意見だ。でもな、一つだけ言わせてくれ」
そう言ってクリスは天羽さんを見つめる。
「いくら今はあたしやこのバカもバイトして収入があるって言っても、んなもんたかが知れてるんだ。ここの家賃や水道・光熱費、食費。それらを賄うってなると結構苦しいんだよ。しかもだ。こんな事言いたかねーがたまには息抜きだってしたいんだ。そのための交遊費だっている。で、あたしら二人のバイト代より多少色が付くぐらいのこの人だって同じだ。ギリギリなんだよ、色々」
「そうなんですっ! それに、もし只野さんが病気になって倒れたら深夜のシフトが破綻するんですっ!」
「……そうなの?」
天羽さんの軽い驚きに静かに頷く。実は俺はあの店にバイトとして入って一度だけ風邪を引いた事がある。
休もうと思ったけど、俺が休んだらオーナー一人で大量の荷物の処理をして通常業務もやるんだなぁと思うと休めなかった。
結局マスクをして風邪薬を休憩中に飲んで、そんな感じで休まず三連勤した事がある。あの時はマジで死ぬかと思ったなぁ。
「そして、今ならあたしらも一気に厳しくなる。もっと言えばな? その人が死んだらあたしら全員アウトなんだよ」
「は?」
「奏、聞いてないの? 実は……」
そこで翼からこれまでの推測が説明され、天羽さんは顔色を失っていった。
どうやらイヴさんもその推測を伝えていなかったらしい。
で、全てを聞き終えた天羽さんは今度こそ頭を抱えてしまった。
「嘘だろ……。あたし達の存在って、そんな簡単に消せるもんなのか?」
「エルフナインちゃんが言うには、ここは上位世界って言って私達からすれば神様の世界みたいなものなんです」
「で、この人の話だとここじゃあたしらの戦いや何やらが映像になってたんだと」
「映像……」
「アニメだよ。もしくはゲームとか」
俺の説明で天羽さんは響達へ本当かと問う様に顔を向けた。で、返ってきたのは無情な頷き。
「奏もさっき聞いたでしょ? 只野さんは一般人なのに機密に当たる事さえ平然と知ってるの」
「……だよ、な。それに、あの世界蛇との戦いさえも知ってるんだ。これは、あたしも本気で一度帰って旦那や了子さんへ相談しないと」
真剣な表情と声で告げる天羽さんだけど、俺としてはその前に一つお願いしたい事がある。
「天羽さん、もし自分の世界へ戻るならその前にイヴさんと会って話をしてくれないか?」
「……いいよ。さっきの事だろ?」
「それだけじゃない。こうも言っておいて。相手の狙いがこっちだけと思わないで欲しいと」
その瞬間天羽さんだけじゃなく響達も息を呑んだ。
「世界蛇で思い出したんだよ。ウロボロス、だっけ。あの構成員は全滅してないんだ。それとベアトリーチェの傍付きの眼鏡の男。あいつもベアトリーチェと似た事を言い残して死んだ。で、もしあいつも今回の事に関わってるとなるとその残党を組織して連携のような行動を取りかねない」
そう、あの風鳴弦十郎さえもすぐに倒せない相手の眼鏡の男。そんなのが更なる力を得て復活でもしたら、そしてカルマ・ノイズの力を使える奴らが組織立って動き出したら悪意への対応どころじゃない。
「今の君達はスクルドがいない。もし平行世界を移動中に攻撃されたら面倒だ。特に最近は色々落ち着いてるから余計に」
「……そう、だね。分かった。マリア達にも伝えておく」
「そうして。あと、出来れば暁さんと月読さんにセレナちゃんのとこへ行くようにも」
「セレナちゃんの?」
「読めました。彼女は一番年少で戦いに不向き。一番組し易いと思われている」
「そういう事。あと、眼鏡の奴はミレニアムパズルでセレナちゃんとヴェイグさんに痛い目に遭わされてる。復讐に現れてもおかしくない」
俺がそう言うと天羽さんは凛々しく頷いてくれた。
「ならあたしとマリアですぐに行ってくるよ。こういうのは早い方がいい」
「そうして欲しい。あの子は姉や同じ装者の友人や仲間と会うのが楽しみのはずだ。あの年齢じゃそんな時に警戒しているはずがない」
「しかも今は世界蛇を倒した後、ですもんね」
「そうだね。うし、じゃああたしはこれで帰るよ」
ギアを纏う天羽さんを見て俺は最後にもう一つ頼み事をする事にした。
その内容に天羽さんは首を傾げていたが、もしそうなったらそうすると返してゲートの中へと消えて行った。
で、それを聞いていた響達はどこか苦い顔だ。
「只野さん、本当にさっきのような事になると思います?」
「可能性は高いと思うよ」
「まぁ、あたしらも否定はしないけどなぁ」
「そうなったら、奏、きっと思いっきり驚いた顔で来ると思う……」
そう言って三人共ゲートへと目を向けた。
そこでは、いつものようにあの光景が映し出されているのだった……。
あいつ、只野に言われたようにあたしは急いでまずマリア達のとこへと向かった。
で、まず発令所に行こうとしたら何故かギャラルホルンから少し歩いたところをマリアが歩いてるじゃないか。
運が良いね。そう思ってあたしは見えてる背中へ声をかけた。
「マリアっ!」
「……奏? 何よ、忘れ物?」
「は?」
声をかけたらのほほんとそんな返しをしやがった。おいおい、あたしがここを出てどんだけ時間が経ったと思ってるんだ。
「何言ってんだ。もうあれから十分以上経ってるんだぞ?」
「は? 貴方こそ何言ってるのよ。ついさっきそこから出て行ったばかりじゃない」
「はぁ!?」
理解出来ないあたしへマリアはため息混じりに腕時計を見せてきた。そこの時刻はあたしが向こうで見た時間と大きく違っている。
「どう? からかうならもう少しマシな」
「マリア、落ち着いて聞いてくれ」
「もうっ、忙しいわね。今度は何?」
只野が言ってた内容を話すとマリアの顔がみるみる真剣なものへ変わっていく。
で、まず二人で発令所へ向かう事にした。ここの風鳴の旦那へ報告をしないと不味い内容だしね。
「……分かった。確かにその可能性は考慮すべきだ。実際俺達も今回の事が起きるまでどこか平和ボケしていたようなものだしな」
「すぐに戻ってくるわ」
「あたしらで行けば余程があっても大丈夫だし」
「頼む。それとあちらには今後は定期連絡に来ないように依頼しておいてくれ。代わりにこちらから定期的に連絡を取りに行くと」
「ええ」
こうしてあたしとマリアは急いであの子の世界へ向かった。
幸い何事もなく到着し、あたしは初めてあの子の世界へ足を踏み入れる事になる。
マリアに案内されて進むと立派な研究所が見えてくる。そこでマリアが責任者の名前を出して中へ通された。
案内された部屋にはあの子とやや険しい雰囲気の女性が一人。あれがナスターシャ教授、か。
「姉さんっ!」
「セレナ、久しぶりね」
「よく来てくれました。それと……」
「あ、はじめまして。天羽奏と言います」
「ようこそ天羽さん。私はナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ。ナスターシャで結構です」
「分かりました、ナスターシャさん」
聞いてた通り若干おっかない感じだね。ま、これも表向きの顔って奴なんだろうけど。
そこであたしとマリアから今回起きてる事を話すとさすがのナスターシャさんの表情も変わった。
セレナは最初こそ理解出来ない顔をしてたけど、最後には怯えた顔をしてた。まぁ、自分達の存在を知らない内に勝手に消滅させられそうだったなんて聞いて平然としてる方がどうかしてる。
「……信じられない内容ですがマリアだけでなく他の世界の装者も来た以上は事実なのでしょう」
「マム……」
「セレナ、辛いかもしれませんが今は耐えるのです。幸いこちらはノイズの出現さえもまったくないと言ってもいいです。おそらくですが、その悪意とやらの影響でしょう」
まさかの意見に耳を疑う。どうしてノイズが出ない事があのむかつくチビの残滓の影響だって言うんだ?
「マム、どういう事?」
「予想ですが、きっとその悪意は今力を失っているはずです。あの世界蛇との決戦。それで悪意はその力のほとんどを貴方達に砕かれました。今はその力を取り戻している途中なのでしょう」
「なら余計ノイズでみんなを苦しめるんじゃ?」
「セレナ、忘れてはいけません。そもそもノイズとは通常出現するのが天文学的な確率なのです。それを無理矢理出現させるにはそれなりの労力が必要です」
「そっか。今の力じゃそれをやっても消耗の方が激しい……」
「きっとそういう事でしょう。天羽さんの世界ではどうです?」
「言われてみれば錬金術師やアルカ・ノイズも大人しいよ。そっか。悪意を、負の感情を吸い取られてるって考えれば分からなくもない、か……」
納得出来た。要はあたしの世界やここが平和であればある程悪意って奴は力を取り戻していってるって事だ。
逆に言えば、まだそいつの力は万全に程遠い。マリアを見れば同じ事を考えてるんだろう、目がこっちへ向いた。
「素直に喜べないわね」
「同感だよ。でも、逆に言えば、だ」
「ええ。面倒事が起きれば不味い」
「そういう事です。悪意の力が戻ればこれまでと同じか、それ以上の災厄をもたらす可能性があります」
「そうはさせないわ。何とかその前にこの事件を解決してみせる」
「でも、どうやるの? 今度は倒す敵も分からないんでしょ?」
セレナのもっともな指摘にマリアが苦い顔をする。ったく、締まらないね。折角妹の前でカッコつけたってのにさ。
「……何よ?」
「別に?」
「っ……言いたい事があるなら言えばいいでしょう」
そうやって拗ねてる顔も中々可愛いじゃないか。でも無視する事にした。
「セレナ、今度からしばらくここへ直接マリア達が会いに来てくれるからな」
「はい。ちょっと寂しいけど、それまではヴェイグさんとお話ししてます」
「ごめんなさいね」
本当はちょっとじゃないだろうに、強い子だね、ホント。
そこであたしとマリアは帰ろうと思ってたんだけど、まさかの引き留めにあった。
「あ、あの、姉さん達にヴェイグさんが聞きたい事があるって」
「私達に?」
「一体何だってんだい?」
「えっと……その只野さんって人はどんな人かって」
「私は直接会った事はないの。奏、お願い出来る?」
「そうだねぇ。まぁ、悪い奴じゃないよ。どこか抜けてる感じはしたけどね」
「……優しいかって」
「翼達が信頼するぐらいには、って言えば分かると思うよ」
一体そんな事を聞いてどうするんだろうね。まぁ、あたしに分かるはずもないか。
「……え、ええっと……いつか会わせて欲しいって言ってます」
「彼が?」
「珍しいね。たしか人間嫌いだろ、そいつ」
「は、はい。でも、興味が沸いたって。神の世界に住む人間を見てみたいって」
気持ちは分からないでもないけど、それってあたしが怒られた動機に近い。
ま、いいか。あの人は、只野はヴェイグの事も知ってるみたいだし。
こうしてあたしとマリアはセレナ達に別れを告げ戻る事に。ただ、あたしは途中で別行動。元の世界へ帰らないといけないからだ。
「じゃあな」
「奏、貴方も気を付けてね。今回の事、下手をしたらあの世界蛇絡みよりも厄介だわ」
「かもね。ちゃんと用心するよ」
マリアと別れてあたしは自分の世界へ戻って急いで風鳴の旦那へ会いに行った。
「ん? 奏か。ご苦労だった」
「旦那、聞いて欲しい事がある。出来れば了子さんにも」
「……分かった。少し待っててくれ」
あたしの雰囲気で察してくれる辺りさすがは風鳴の旦那だ。程なくして発令所に了子さんが顔を出した。
「なぁに?」
「奏、頼めるか?」
「ああ。実は……」
あたしは自分が見聞きした事と経験した事の全てを話した。
当然風鳴の旦那や了子さんでさえ信じられないって顔をしてた。それでも、あたしの話を最後まで聞いてくれた。
しかも、あたしと違って顔色を失う事なく、だ。ホント、この二人は凄いよ。
「……上位世界、か」
「私達の事や根幹世界の事がアニメやゲームになんて、ねぇ」
「でも本当なんだよ。ただの一般人然とした奴が世界蛇との戦いまで知ってたんだ。例のスクルドって連中の事やミレニアムパズルってとこの出来事まで」
「うむ、そうなるとその彼を世界蛇の巫女の悪意とやらが狙うのは当然か」
「しかも、そこには支援出来る組織どころかギアや錬金術もない世界。で、頼りになるのが深夜バイトの一般人」
「……厳しいとしか言えないな」
風鳴の旦那が真っ先に弱音を吐くとか相当だ。まぁ、あたしも正直どうかと思う。
何て言うか力付くでどうにか出来る事じゃないんだよね、今回。
で、知恵を使ってどうにか出来るかって言うと、それも無理。
本気で打つ手がないに近いんだよなぁ。
「了子君、何かあるか?」
「無理よぉ。だって西暦さえも違うんでしょ? 下手な技術介入したらそれこそ何を引き起こすか」
「ううむ……」
さすがの了子さんでも出来ない事があるって事か。
にしても、そこで翼は暮らしてるんだよな。
それも、たしか動画配信で収入を得ようとしてるとか。それも歌ってるって言ってたっけ。
ん? 歌ってる……?
「っ!? 旦那っ! 頼みがあるっ!」
さっきのナスターシャさんの話が本当なら、今のこの世界はあたしが離れても当分大丈夫のはずだ。
それに、早めに何とかしないと不味いなら、あたしに出来る事をしたい。
待ってろよ翼。何のしがらみもない場所で両翼を羽ばたかせるために、あたしもそっちに行くからなっ!
「何だか悪いね」
そう言いながら奏は鍋の中に浮かぶ豚肩ロースを割り箸で掴んで沈ませる。
そのままゆっくりと左右に動かして出汁の中で泳がせていると肉の色が綺麗に変化していく。
「まぁいいっての。多めに肉も買ったし」
やや諦め顔でクリスは肉で人参や白菜を巻いて口へと運ぶ。
野菜に染み込んだ出汁がそれらの旨味を吸って極上のスープとなって肉の旨味と混ざり合い、その味に彼女は頬を緩ませた。
「そうそう。鍋は大人数で囲むもんだし」
「立花、この肉はもういいぞ」
「じゃ、もらいまーす」
片手に肉のパックを持って鍋へ投下していく仁志。既に鍋奉行のような状態だが、彼はただ肉を適宜投入するだけの存在と化していた。
そんな中、翼は食べごろになった肉を見つけては響やクリスへ教えてる事を続けている。そうしているのは理由があり……
「た、只野さん、どうぞ」
「え? あ、うん。ありがとう」
「あ、あーん」
給仕役になっている仁志へ食べさせる役割を引き受けるためだった。
両手を塞がらせながらも常に肉を投入する裏方へ徹する仁志を見て翼が自発的に行っている事なのだが、クリスも響もそれに文句を言う事はなかった。
何故なら、そんな事を続けていれば必ず彼女へストップをかける存在が今のこの場にはいるからだ。
「翼、それぐらいにしな。どうせ只野は後で自分の箸で食べるんだから。な?」
「まぁ……」
「あ、あったかい内に食べてもらいたいって思ったの! それに、みんなが食べ終わった後に一人だけなんて悲しいし」
「ご心配なく翼さん。私、まだまだ食べられますからっ!」
「あたしもだ。そこまでガツガツ食べてないしな」
しれっと二人してこの中では小食な部類の翼が食べ終わった後も食事を続ける宣言をする。
要は三人なりの仁志へのアピールが始まっていたのだ。
ただ、明確に恋心を自覚したクリス、淡く恋心を抱き出した翼、まったく自覚のない響という違いはあったが。
「野菜、そろそろ追加するか?」
「そうだね。もう残りも少ないし」
「じゃ、持ってきまーす」
立ち上がって残る野菜の入ったボールを取りに行く響の背中を見送り、翼は視線を向かいの奏へ戻す。
「それで、本気なの奏」
「ああ。もう旦那の許可は取った」
「でもなぁ。いくら何でも強引過ぎやしないか?」
「俺は有難いよ。正直天羽さんなら適任だし」
実は奏もここでしばらく暮らす事になったのだ。悪意が力を取り戻す前にこの世界を元に戻すために。
そのため、彼女は仁志に最後頼まれた事を果たすついでに宿泊用意をしてきたのだ。
――あんたの言った通り、あたしの世界も時間の流れが停止してたみたいになってたよ。
そう、仁志が頼んだのは、もしも奏の世界でも経過時間に大きな差があったら戻ってきて教えて欲しいと言うものだったのだ。
ただ、まさかその報告と同時に奏から自分もしばらくここで暮らすと言われた時は仁志も言葉を失っていたが。
そして奏はただ暮らすだけではない。翼と二人でツヴァイウィングとして歌い、動画での収益へ役立とうとしていた。
更にもう一つ、彼女の協力する事が仁志の言った適任との言葉へ繋がるのだ。
「あたしも興味あったんだよ。コンビニの夜勤ってやつにさ」
翼が却下された仁志と同じ時間帯のバイト。それを奏がやる事になったのである。
勝気で一般家庭で育った奏なら翼と違っていい意味で緩さも持っている。
酔っ払いなどのあしらいも翼よりも穏便に出来るだろうと仁志は思っていたのだ。
「これでオーナーが夜勤せずに済むよ。俺以外の夜勤は一人で週三だからさ」
「あたしも週三でいいんだろ? それなら何とかなるさ」
「十分だよ。若い女性だからオーナーも渋るだろうけど、そこはクリスから口添えしてくれ。高校でお世話になった先輩だからお願いしますって」
「分かった。で、それとなく夜勤に向いてるって言っとく」
「頼むな。俺からもそれとなく言っておく。きっと俺へ相談が来るはずだから、その時にオーナー働き過ぎですから少し休めるように人増やしましょうって」
「あの、疑問なのですが、人件費がかかるから夜勤を増やすのは嫌がるのでは?」
翼の疑問に響も頷いた。だが、クリスはそんな二人へ苦い顔をしてこう告げた。
「だけど社員とか責任者いなくても構わない時間はどこだ?」
ぐうの音も出ない正論であった。早朝では意味がないのだ。何故ならそこはそもそもオーナーの出勤しない時間なのだから。
で、夜勤に関しては仁志が週四で入っている。その彼をオーナーは店長のようなものと信頼している。ならばそこへ奏が入って二人で深夜を回せばオーナーが三日休める日が出来るという訳だ。
「口には出さないけどオーナーも結構疲れてると思う。何せ俺が入ったばかりの頃は早朝からいたんだ。とはいえ、朝のピークがくる少し前の七時からだけど」
「それで深夜まで?」
「昼のピークが過ぎたら一旦帰って仮眠取って、夕勤が来る頃にまた来てた」
「よく体を壊しませんでしたね……」
「本人曰く、倒れたら終わりだと思ってたってさ。で、俺が夜勤に慣れてきて一人でもある程度出来るようになったらオーナーも少し気が抜けるようになって、深夜は短時間だけど事務所で眠るようになってね。で、去年あたりから早朝は出るのを止めたんだ。というのも本人曰く起きれなくなったらしい。で、以前から朝の時間帯は責任者がいなくても問題なかったから、昼前から来てくれれば問題ないからって朝勤や昼勤がね」
そこで女性達は言葉を失っていた。下手をすれば装者の自分達よりも過酷な事をしている一般人がいるのかと、そう思って。
「本当は休ませてあげたいんだけど、さすがにそれは無理なんだ。いや、正確には不安が強いらしくてさ。夕勤の時間はどうしても自分がいないとって」
「そうなのか?」
翼が夕勤として働いている二人へ視線を向けると、彼女達は揃って頷いた。
「はい、そういう事を言ってます」
「あたしはこうも言われたぞ。あたしが二人いれば夕方もゆっくり出来るんだけどって」
その言葉を聞いて仁志は何か思い出すような目をした。
「……それ、最近になって言い出してない?」
「ああ。どうして分かっ……そういう事か」
「えっ? えっ? どういう事?」
仁志の言い方で何かを悟るクリスとまったく分からない響。翼と奏は何となくだが察しているのか苦笑していた。
つまり、仁志も似たような事を過去言われた事があるのだ。只野君が二人いれば深夜を任せられるんだけどなぁ、とこういう訳である。
「簡単に言うと、もうクリスはオーナーからは一人前扱いって事」
「そ、そうなんだ……」
「お前は言われた事ないのかよ?」
「私? う~ん……立花さんみたいにみんなが挨拶出来たら、うちはもっと売上上がるのにって言われた事なら」
「「「「あ~……」」」」
その言葉に仁志とクリスだけでなく翼と奏までも同意するように声を出した。
容易に想像が出来たのだろう。響が元気よく挨拶をしている様が、である。
「な、何だかそうやって納得されると複雑です……」
「いや、実際俺も響と引き継ぎの時に会うと元気もらえるからなぁ。正直響と店で会うのはこことかで会うのとはまた別の元気をもらえるし」
「ほ、ホント、ですか?」
「うん、ホントホント」
優しく微笑む仁志に響は胸がときめくのを覚え、嬉しそうに笑みを見せた。
(えへへ、そっかぁ。只野さん、私と同じ事思ってくれてるんだぁ)
つい数時間前まで一緒にいたのに店で会うと嬉しくなる。それは響が感じていた事だったのだ。
会話だけ聞けば付き合いたての恋人のようであるが、悲しいかな仁志は男女愛と言うより兄妹愛に近く、響とは大きな隔たりがある。
だがそれを本人達が気付くはずもない。周囲は、クリスがそれを感じ取るぐらいであった。
その後も、話題は動画配信の次の歌は何にするから始まり、明日仁志が休みなため初めてスーパー銭湯へ行く事に移り変わり、夕食の片付けを終えて仁志が店へ向かうまで会話は尽きる事はなかった。
「じゃ、そろそろ行くよ」
「はい、気を付けて」
「頑張ってください」
「廃棄を食うのもいいけど体の事考えて選べよ?」
「響オススメのシュークリーム、期待してるよ」
「はいはい。じゃ、行ってきます」
「「「「行ってらっしゃい」」」」
美女四人に見送られ仁志はコンビニへと向かって歩き出す。
その彼の顔はやや赤くなっていた。
(ヤバいなぁ。さっきの、まるでハーレムギャルゲーだったよ)
緩む頬をどうしても止める事出来ないまま、仁志は一人夜道を歩く。
そんな彼を見つめるように月明かりの中、黒いもやが不気味に浮かんでいた。
――あれに手を出せれば話は早いんだけど……まだ無理、ね。
その声にならぬ声には明確な苛立ちが宿っているのだった……。
仁志は新居で寝泊まり出来ず。まぁ当然と言えば当然です。
つまり彼は今後も一人六畳間で寝泊まり。
あれ? これって逆に言えば連れ込めるフラ……(文字はここで途絶えている)