シンフォギアの消えた世界で 作:現実の夢想者
あと、今回特撮などのネタがちょっと多いです。分からない方、ごめんなさい。
「それじゃ、全員飲み物は持った?」
俺の確認に響達が頷く。その手には百均の紙コップが握られている。
場所は以前も利用したカラオケ店の一室。そこで天羽さんの歓迎会をする事となったのだ。
「それじゃ、戦姫絶唱シンフォギアチャンネル登録者数十五万突破と天羽さんの合流を祝して、かんぱーいっ!」
「「「「かんぱーい(っ)!」」」」
乾杯と言いつつ中身は全部ソフトドリンクだったりするのはご愛嬌。
それにしても、受付の店員の視線が痛いの何の。
あっ、こいつ前も来たよな。しかもあの時よりも一人美人が増えてやがる。そんな目だった。
あれに優越感を感じられない辺り、俺には縁遠い世界だよな、ハーレムものって。
「さ~てと、まずは何から歌ってくれるんだい?」
そんな事を考えながらカルピスを飲んでいると天羽さんが俺の方を見てそう言った。
え? 俺に歌えって事なの? そう思っていると何故か響も俺を見ている。
ちなみに今回は長椅子に女性達四人が座り、俺は一人掛けに座っていた。
「只野さん、出来ればこの前とは違うのお願いしますっ! あっ、でもグリッドマンの歌はいいですよ!」
「ぐりっどまん?」
「私達がとある事件の際に出会った存在だ」
「ああ。巨大ヒーローって奴だ」
「へぇ、中々面白い事経験してんだね」
この中であの話を唯一知らない天羽さんが二人の説明に興味深そうな反応を見せる。
まぁ言われてもピンとこないか。じゃ、実物……でいいのだろうか? まぁ彼女達が見たのとは少々異なる雰囲気ではあるが天羽さんに見せてあげるとしましょうか。
なので夢のヒーローを入力。その曲名が表示された瞬間、響が嬉しそうに笑った。
「あっ、奏さん! 今から出てきますよ!」
「は? 出てくるって……」
音楽と共に画面に流れ始める電光超人グリッドマンの本編映像。それを見ながら響が天羽さんへ説明開始。
さて、じゃあ歌いましょうか。合いの手、入れてくるだろうか? まぁ自分でも歌うつもりだけどさ。
そう思いながら歌い始めると何と響が合いの手を入れてくれた。で、それを聞いて天羽さんまでやってくれるように。
最終的には翼やクリスもやってくれ意外と盛り上がった。
「いい歌じゃないか。さすがヒーローソングって感じだね」
「誰もがみなヒーローになれる。あの戦いを経験すると意味が分かるな」
「ああ、この歌のような奴らだったもんな、あいつら」
「只野さん、こういう歌いっぱい知ってるんです。知らなくてもサビは途中から歌えるものが多いし」
「まぁ、ヒーローソングは子供向けでもあるからね。一度聞けばサビだけは歌えるようにしてるものが多いんだ」
特に戦隊ものはその傾向が強い。よし、じゃあ今回はそっちをメインに歌ってみようかね。
響達とのカラオケは正直俺にとって気楽でいい。オタクっぽい選曲でも嫌な顔せず聞いてくれ、むしろ興味を持ってくれるんだ。こんな嬉しくて優しい子達はいない。
お次は翼が天羽さんへ甲賀忍法帳を聞かせた。それに天羽さんは驚き、歌手としての気持ちに火が点いたのかならばと同じ歌を唄って返したのだ。
正直言って凄かった。翼のが情感メインなら天羽さんのは盛り上がり方メインだった。
サビからの力強さが凄く、まさしく静と動の落差が如実に出ていた。
「どうだい?」
「凄い……凄いです奏さんっ!」
「ああ、先輩に負けてねぇ」
「私よりもこの歌の持つ情熱を前面に出す感じだね。そんな歌い方もいいと思う」
「でもあたしは翼みたいにこの歌の情念みたいなのを活かした歌い方は出来ないからね。あたしにはこの歌の気持ちはまだちょっと分からないな」
微かに悔しそうな天羽さんに意外な印象を受けた。天羽さんはこの歌がどういう歌かをもう読み取ったのか。
「天羽さん、この歌難しい?」
「ん? 歌う事が? それとも歌いこなすのが?」
「後者」
「……あたしには難しいよ。これ、古い時代の男女愛だろ? それも戦国とかその辺りの。死生観とかが違い過ぎるし、そもそも恋愛の意味合いも違う。それがあたしには読み取り切れないんだよ」
思わず感心してしまった。たった一度聞いて一度歌っただけでこれか。これが、プロか。
俺と同じ事を思ったのか響とクリスも感心するような表情だ。翼だけは天羽さんの言葉に深く頷いていたけど。
「そうなんだ。少し只野さんに教えてもらったけど、これのテーマは愛する者同士で殺し合うしかなくなった男女らしくて」
「うわぁ、そりゃあたしには無理だ。翼、よくあれだけ汲み取れたね」
「う、うん。正直最初は全然だった。でも、今は少しだけ、少しだけこの女性の気持ちが分かる気がして……」
「へぇ……好きな男でも出来た?」
「……分からない。でも、気になる人は出来た」
そう言って照れくさそうに笑う翼が一瞬だけこちらへ視線を向けた気がする。
で、何故かクリスがやや困り顔で響は疑問符を頭の上に浮かべていた。
天羽さんは翼の視線に気付いたらしく、俺を見てきてニヤァっと笑った。正直言おう。怖い。
「よし、次は響、行こうか」
「えっ!? わ、私ですか?」
「大丈夫。ガイドボーカルつけるから。ほら、この前俺が歌って気に入ってたやつ、歌ってごらん」
そう言いながら俺はデンモクで曲名検索からその歌を入力する。
表示されたのはウルトラマンメビウス。この歌詞が響にはかなり刺さったらしく、結構お気に入りみたいなんだよな。
「はい、どうぞ」
「う、歌えるかな?」
「何なら只野、一緒に歌ってやったら?」
「は?」
マイクを手にやや緊張気味な響を見て天羽さんがそんな事を言ってきた。いやいや、これデュエット曲じゃないんだけど……。
でも、こちらを見る響はして欲しそうに見える。まぁ、仕方ないか。
何せ無理矢理空気を変えるために押し付けたんだ。責任取って付き合おうとマイクを手にし電源を入れる。
「おっ、いいね。男はそうでなくっちゃ」
「響、分かるなら全部歌ってくれ。で、サビは任せるからな?」
「はい、サビは大丈夫です!」
こうして俺と響によるウルトラマンメビウスの歌唱が始まる。
最初は俺や響を見てニヤニヤしてた天羽さんも、その歌詞を聞いて段々笑みの質が変わっていった。
そう、遠い光の国からやってきたルーキーの歌は押せ押せなカッコイイ歌じゃないんだ。優しく強くあったかく、みんなを支える歌なんだ。
最後のサビは俺の呼びかけで全員で歌う事にした。すると、何というか妙な感動のようなものが。
「あ~、やっぱりこの歌好きです」
「いいよなぁ。希望に溢れてる感じでさ」
響の感想に俺も応じる。というか、薄々思ってたけど響の考え方や生き方は平成ウルトラマンのコスモスに近いよなぁ。
ま、正確には変身するムサシだろうけど。
「守りたいのはみんなで描く夢、か……」
「奏、少し目が潤んでる」
「いいじゃないか。てか、最後のあれは反則だろ? みんなで歌うとサビの歌詞が胸にくるんだよ」
「絆は途切れやしないやら仲間を信じていたい、だもんなぁ。あたしも若干じーんとしちまった」
おや、珍しくクリスが素直だ。もしこれが歌の効果だとすれば、ウルトラマン恐るべし。
「でもこのちょっとしんみりした空気を変えないとな。て事であたしが歌ってやる」
「おおっ、クリスちゃんが乗り気だ」
「へっ、よく聞いてろよ?」
そう言ってクリスが入力したのは……マジか。
「これは……只野さんが最初の時に歌っていたものか」
「合いの手とラップのとこ、あんたに任せるからな?」
「え? あ、うん。いいけど……」
JUST LIVE MORE、か。たしかにこれは合いの手必須の歌だ。
本編映像の流れる中、クリスの愛らしくも力強い歌声が響く。で、途中から入る俺の声。
天羽さんも初めて聞くのに途中からはサビの合いの手で参加出来る上に最後にはノリノリで歌っていた。
「いいねこれっ! テンション上がるしノリいいしっ!」
「だろ? あたしもこういうの嫌いじゃねーんだ」
「絶対これ切歌ちゃん好きそう」
「映像なら暁だけでなく月読も興味を示しそうだがな」
そこで一旦小休憩。何せ今回は歓迎会とツヴァイウィングの動画撮影を兼ねている。
ただ、ここに当然ながら逆光のフリューゲルは入っていない。なので二人が持ち歌を歌うとすれば本来はアカペラとなるのだが……。
「ギアを下着に?」
「そう。その上から服を着て歌うの。そうすれば……」
「成程ね。やってみるか」
こうして一旦ツヴァイウィングは揃ってトイレへ向かった。多分だけど服を脱いで下着姿となってギアを展開するんだろう。
「只野さん、えっとウルトラマンってどんなヒーローなんですか?」
「試しにデンモクで検索かけたらメチャクチャ沢山名前が出てくるし、どうなってんだ?」
「えっと……」
で、俺達は二人が戻ってくるまで雑談。話題はまさかのウルトラマン。
なので響とクリスへ単純にざっくりした説明をする事になった。
基本は宇宙人で、作品によってそこが異なる事があるものの、本質は光である事を教える。
様々な超能力を持っていて、空も自由に飛行可能。体内のエネルギーを使った光線技などもあり、それは防御にも転用可能。
参考資料としてそこで俺はウルトラマン80を入れた。流れてくる映像と歌詞でウルトラマンの基本みたいなのを教えている辺りでお時間。
「待たせたな。やはり奏が少々手間取ってしまって」
「いやぁ、苦労した苦労した」
頭に南国な感じの飾りを付けたツヴァイウィング登場となった。で、俺は演奏を停止する。
「では聞いて欲しい」
「ツヴァイウィングで」
「「逆光のフリューゲル」」
そこからは俺にとっちゃ夢の一時だった。
アニメの一期一話を超えるものがそこにはあった。
響とクリスもテンションを上げてたし、俺も本当に目の前の光景に夢中となったんだ。
本当ならもう揃うはずのないツヴァイウィングが、両翼が、目の前で並び立ち歌っているのだから。
そんな夢のような時間はあっという間に過ぎ、終わった時には以前の翼の時以上に言葉がなかった。
ただ、あの時は言葉にしたくないだったけど、今回は言葉に出来ないという違いがある。この喜びを、興奮を、どう言語化しようと考えても俺の語彙力じゃ思い浮かばない。
「どうだった?」
「これなら登録者数も激増するでしょうか?」
二人が自信満々の笑顔で問いかけてくる。なので、俺はせめて力強く頷く事で感想及び返事とした。
で、響とクリスも同じタイミングで頷いたので目の前の両翼が嬉しそうに笑顔を見せた。
更にここで天羽さん個人の動画も撮影する事にした。曲をどうしようかと思ったけど、そこは翼と同じで若干卑怯な手を使わせてもらう事に。
高山みなみさんがやっていたユニットであるTWO-MIXの曲を聞いてもらって歌ってもらうのだ。
何せ有名ロボットアニメのOPを歌っていたのだ。ならそこを外す事は出来ない。
天羽さんも翼の時と同じくガイドボーカルで聞いてもらい、一度歌って本番となった。
「……カッコイイ」
響の呟きが全てだった。曲調もあるのかもしれないが、天羽さんは全てがカッコイイ傾向が強かった。
翼もカッコイイのだが、彼女は凛としたもので天羽さんは力強さという違いだろうか。
うん、きっと翼が細身の刀なら天羽さんは西洋剣の重厚さだ。同じ剣でも見た目や戦い方が異なっている。だから同じ歌でも違う風に聞こえるのだ。
「ふ~っ……どう?」
「……感想、いる?」
俺はそう言って響達三人を見た。天羽さんも苦笑しつつ俺と同じ事をして首を横に振った。
「何だろうね。新鮮な感覚だよ。新曲を真っ先にスタッフじゃなくて仲間に聞いてもらうってのは」
「ああ、そうか。そういう感覚だったのか、あの時の私も」
翼が納得出来たとばかりに苦笑する。あー、そうかそうか。普通これまでの彼女達は新曲を歌う時はスタッフの前だったはずだ。
それが俺達の前で一種仮歌を聞いてテスト、本番とやってるから妙な感覚に陥ったのだろう。
「奏、今ので満足?」
「満足?」
「翼さんは同じ事やった時、歌い直した事があるんです」
その言葉に納得するように細かに頷き天羽さんは何故か俺へ目を向けた。
「何?」
「あんたはどう聞こえた? 今のあたしの歌はベストだと思う?」
まさかの問いかけが来た。キラーパスにも程がある。
以前の翼は本人に不安や不満のようなものが見えたけど天羽さんにはそれがない。
その上でこう聞いてくる、か。あれ、これってまた試されてない?
……ならこっちは頓智でお返ししてやる。
「ベストだと思うよ」
「へぇ」
「だって、君達プロはその時その時の仕事に全力を出しているはずだ。その瞬間の自分が出来る最大限を。なら、それは失敗だろうと何だろうとその時の天羽さんのベストだ。ただ、今歌ったらさっきを超える事はあるだろうさ。それは、前回がベストじゃなかったって事じゃなくその経験を踏まえて上回るってだけだし」
「……いいね、そういう考え。あたし、嫌いじゃないよその考え方。その時その時がいつもベスト、か。うん、そうだね」
一瞬面食らったような顔をしてた天羽さんだが、すぐに好戦的な笑みを浮かべてそう言った。
で、マイクを再び手にした。これはそういう事だろう。
「なら歌えば歌っただけベストを更新出来るってとこ、見せてやろうじゃないか!」
どうやらアーティストとしての闘志に火が点いたらしい。翼と響が苦笑し、クリスがどこか呆れていた。
「さぁ! やるよっ!」
髪色のようなやる気の炎を燃やすように天羽さんは吼えた。
そして俺は痛感する。翼と同じく天羽さんもその精神状態というかテンションが如実に歌唱に出るのだと。
何であれだけ叫びそうなテンションで始めて普通に歌えるんだ? なのにその熱量みたいなものは明らかに一回目よりも高いんだからもう脱帽である。
“お前を殺す”って台詞が淡々とじゃなく“お前を、殺す……っ!”になりそうだよ、こんなOPじゃ。
「あ~っ! 気持ちいいっ!」
歌い終えた瞬間ライブ中のMCのような事を言う天羽さんである。
すかさず紙コップを手にし中身を一気に呷った。
「っかぁ~……生き返るね、これ!」
「親父くせぇ……」
「く、クリスちゃん……」
いや、同感だよクリス。俺には缶ビールを呷る仕事終わりのOLにしか見えない。
「え、えっと、次は誰が歌うんだ?」
珍しく翼が空気を変えようとしている。いや、これは天羽さんが今の反応に対して何か言い出す前に曲で阻止しようというやつか。
「じゃ、言いだしっぺの法則で」
「わ、私、ですか?」
「おっ、いいね。翼もこの世界だけの歌を何か歌ってよ」
俺の提案に天羽さんが紙コップへスポーツドリンクを注ぎながら乗って来た。
というか、もしかしてもう飲み干しそう? 二リッターサイズなのに?
「こ、この世界だけの歌……。わ、分かった」
「うんうん、頼むよ」
他ならぬ天羽さんのお願いだ。当然翼が頷かぬはずはなく、デンモクを手にしておそらく奈々さんの曲を入れようとしたんだろう。
歌手名検索を選択し選ぼうとしたところで……
「動画にしてない奴でね」
「っ?!」
梯子を外されたのである。しかもにっこり笑顔で。
「か、奏? それじゃ私が歌えるものが」
「只野が歌ったやつが何曲かあるんだろ? 響達みたいにそれを歌ってよ」
「た、只野さんが?」
「覚えてない? 一曲も?」
「そ、そんな事はないけど……」
チラリとこちらを見る翼。うん、言いたい事は分かる。
何せ俺が一回目と二回目で歌ったのは見事に特撮ばかりなのだ。
翼としては若干恥ずかしさもあるんだろう。覚えやすいのはどうしても子供向け感が強いしな。
「ならあれを歌ってやれよ翼。俺が入れてやるから」
となると俺がフォローするしかあるまい。天羽さんが何のつもりで翼を困らせたいかは……困った翼が可愛いからだろうな、うん。
そこは同意するしかないのだが、口にする事なく俺は翼が恥ずかしく思わず歌えて、しかも覚えているか思い出せそうなものを選ぶ。
「えっと……がろう?」
「
天羽さんの疑問へ答えた瞬間翼があっと言う顔をした。
そう、実は今の質問を彼女もしたのだ。これ、翼が気に入りそうな歌だからと歌ったんだけど、まず名前で反応したんだよなぁ。
「翼、行けるだろ?」
「はい。見事金色になってみせます」
俺と翼のやり取りに首を傾げる天羽さん。響とクリスはもう思い出したのか画面の方を見ていた。
これの本編映像はカッコイイからな。大人向け特撮の凄さと迫力、天羽さんにも見せてやろう。
歌い出しから翼はもう世界に入っていた。
守りし者。これが作品の根幹だと軽く教えたら翼は防人の在り方とそれをすぐ重ね合わせた。
騎士は自分には似合わないが剣を持って弱き者達を守るは同じと、そう目を輝かせたっけ。
「行けっ!
サビに入る頃には翼はノリノリ。で、二度目とはいえその映像に魅入る響とクリス。そして、ぽかーんとする天羽さん。
そりゃそうだろう。あの風鳴翼が特撮ソングを熱唱である。しかもその歌詞がどこか防人状態の翼みたいなのだ。
俺はもう色々な意味で楽しくて堪らなかった。こんな光景、二度と見れないだろう。
「闇に光を……」
見事に歌い切り、翼はまるでマイクを剣のように一度腰近くへ下げ、それからテーブルへ置いた。
「最高だったよ翼っ! 俺、感動したっ!」
「カッコ良かったですっ!」
「さすが先輩だな! 剣士なんてもっともすぎて納得しかねぇ!」
「あ、ありがとう……」
我に返ったのか若干照れが見える翼が可愛い。で、天羽さんと言えば俯くように顔を伏せていた。
「奏……?」
「どうかしたんですか?」
「気分でも悪くなったのかよ?」
傍の三人が一斉に天羽さんへ顔を向けるも、彼女が顔を上げる気配はない。
一体どうしたんだろうと思って見ていると、小さく笑い声が聞こえてきた。
「ふふっ……ははっ……あははははっ! つ、翼が、こういう歌をあんなに楽しそうに歌ってるとか、くくっ……」
「そ、そんなに笑う事?」
「当然だよ。今の翼はあたしの知らない翼だった。歌手でも装者でも防人でさえない。たまに見せてくれた本当の翼なんだろうけど、でも歌ってる時に翼が素を見せる事なんてなかったからさ」
最後には優しい微笑みを見せる天羽さんに誰も言葉がない。
彼女は今喜んでいるんだ。二人の風鳴翼を知っているからこそ、その変化を目の当たりにする事で。
「これがあたしの知らない時間がそうさせたのか、それともここでの経験かは分からない。でも、これだけは言える。今の翼は良い顔してるよ」
「奏……」
「一人でも飛んでいこうって、そうあたしより先に決意しただけあるね。あたしも負けてられないな、これは」
「うん、奏なら大丈夫。今の奏も、良い顔してるから」
「おっ、言うようになったね」
「私もいつまでも子供のままじゃないから」
ファンが聞いたら感動もののやり取りであり、どこか片翼の装者を彷彿とさせる。
例え世界は違えど、この二人は顔を合わせれば両翼なんだろう。
と、そうやって感慨に耽っていると全員の視線がこちらへ向いた。
「な、何?」
「いえ、今の只野さん、とても優しい顔をしていたので」
「そう?」
自覚はない。ただ、目の前のやり取りと光景に心を持って行かれてただけだと思うんだけど。
「とりあえず、次は只野さんの番ですよ」
「俺? というか番って……」
「全員一周したからな。スタートに戻るって事だ」
「そうそう。何ならもっと色々見せてくれよ。さっきの映像、カッコ良かったし」
「歌と共に映像だけとはいえその作品を軽く触れられるのは面白いので」
……美女四人からまさかの許しが特撮オタクへ出たぞ。
本編映像を使った歌、ねぇ。でも、出来ればこれだけ歌う事が上手い子達なんだ。JAMとかを教えて一緒に歌ってくれるようになって欲しい……っ!
迷った挙句、俺はならばと二曲連続で歌う事に。
最初は俺の大好きなヒーローソングを。二番目には知ってる人と行けば否応なくテンションやら何やらが爆上がりなJAMをそれぞれ入れた。
「仮面ライダー……?」
「クリスちゃんが歌った歌に出てきたヒーローです! あのスイカへ入った奴っ!」
「ああ、あれね」
「ただ、デザイン違いが凄まじく沢山あるんだよ」
「これは名前の通り黒が基調になってるヒーローだよ」
一度見てるだけあって軽い説明は出来るのがこの子達の凄いところ。
さて、天羽さんはリボルクラッシュを見てどう思ってくれるだろうか?
そんな事を思いながら俺は歌い始めた。流れ始める古さを感じる映像。でも、そんな事は俺には関係ない。
分かり易いメッセージを込めた歌詞だけど、これは勧善懲悪を下敷きにそこへ熱さと微かな孤独感を乗せた歌なんだ。
「……どう?」
「え? ああ、うん。きっと古いんだろうなってのは分かった」
まぁこんなもんだよな。どこかで分かっていたけど、それでも若干気落ちするって事は俺はどんだけ期待してたんだよ。
「でも、最後の必殺技? あれはカッコイイって言うか、凄いね。相手の攻撃をあんな風に避けて突き刺すってのもあってちょっと痺れた」
「……ありがとう」
「へ?」
もう今の感想だけで満足です。やはりオタクに差別的な思考や視線を向けないだけで女神や天使なんだよなぁ。
次は“鋼のレジスタンス”を。これはもうド直球の熱血ソングだ。
俺が装者ならエクスドライブはこれやGONGだろう。SKILLも捨てがたいが、あれはどうせなら歌うんじゃなく周囲で歌ってて欲しい。
本当は複数で歌う歌を一人で歌う辛さ。しかも女性もいるグループだからキーもキツイ時がある。それでも歌う事を止めない。止めるつもりはない。
そうして歌い終わった時には俺の喉はもう終了のお知らせである。
「だ、大丈夫ですか?」
「……まぁ何とか」
「あんな風に声を出していればそうもなります」
「喉から出してるもんね。まぁ普通はそうだろうけどさ」
「たしかのど飴買ってたろ? ちゃんと舐めとけ」
「そうする……」
四人から心配されたけどよしとする。だって幸せだもの、色々と。
で、俺がのど飴を舐めている間、四人はデンモクを見ては気になった歌をガイドボーカルで流していた。
おそらくランキング系からのそのチョイスはやはり女の子と思うものばかりだ。と、その途中で響が俺の近くへやってきてのど飴を欲しいと言ってきた。
「龍角散だけど平気?」
「はい」
「そう。じゃ、はい」
「ありがとうございまーす。……只野さんの好きな味かぁ。どんなのだろ?」
最後にやや心配になる事を言ってたけど、まぁ大丈夫だろう。口に合わなければ吐き出せばいいし。
「な、なぁ、あたしにもくれ」
響が席に戻ると同時に今度はクリス登場。まぁカラオケにのど飴は必需品だもんな。
「龍角散だけどいい?」
「……辛いのか?」
「辛くはないし、どちらかといえば優しい方だよ。もし合わないなら吐き出せばいいから」
「そ、そうする。……は、吐き出す、か。見られたくないし、そん時はトイレに行くか」
もしもしクリスさん? 最後の呟き聞こえてますよ? そう思うもあの子も花も恥じらう乙女なのだ。
そりゃ俺みたいなおっさん相手でも男の目の前で口から物を吐き出すなんてしたくないだろう。
「あの、只野さん。私にもくれませんか?」
お次は翼である。こうなると最初からみんなに一つずつ渡しておくべきだったか。
「龍角散だけど?」
「構いません。念のため私も喉を気遣いたいので」
「そっか。じゃあどうぞ」
「ありがとうございます。……意外と渋い味を選んでいるんだな。ふふっ、私と気が合うかもしれない」
渋い、かぁ。まぁハチミツとかカリンとかじゃないもんな。
でも、のど飴のチョイスが渋いからって自分と気が合うかもって、どういう考え?
ま、翼らしいと言えばらしいか。
「なっ、あたしにもくれよ」
で、こうなると最後の一人もこうなるわな。ただ、天羽さんだけ三人と違って手をくいくいと細かに動かしている。
「龍角散でもいいか?」
「平気平気。余程じゃない限り舐めるって」
「さいで。じゃ、どうぞ」
「ん。サンキュ」
掌へ落とすとすかさず握り締めてお礼と共に天羽さんは俺に背を向ける。
と、そこで次の曲が流れ始めた。って、また逢う日まで? ランキングからじゃないだろ、これ。
もしかして、わざわざ探したのか、響辺りが。エルフナインちゃんが熱唱する姿を思い出すなぁ。
「あのさ」
「ん?」
そんな時、天羽さんがこちらへ振り返って笑みを浮かべた。とても可愛らしい、笑みを。
「またこうやって騒ごうよ。出来ればマリア達も一緒にさ」
「……この異変を解決出来たら、な」
俺はそう返して席を立つ。
「どこ行くのさ?」
「雉撃ち」
わざと古い言い回しをして部屋を出てトイレへ向かう。
ただ、顔が熱いのが分かった。原因は明確。天羽さんの最後の笑顔だ。
姉御肌の大人な子だと思っているとこへ、ちゃんと可愛い女の子な顔されたもんだから思いの外いいとこに入った。
「あ~……危ないとこだった」
響とのデートの時から心に決めていた事を破るとこだった。
俺は絶対に彼女達へ男として踏み込み過ぎない。踏み込む時は精一杯大人であろう。それが俺の中での誓い。
そうじゃないと、この一件が解決した時に辛い事になってしまったらキツイんだ。
架空じゃないって分かった今、見事に惚れた挙句に二度と会えないなんてなった時、俺は耐えられないから……。
カラオケが終わり、早速ツヴァイウィングによる逆光のフリューゲルがアップされた事により“戦姫絶唱シンフォギアチャンネル”は急上昇ランキングへ躍り出る事が出来た。
更にその二時間後には奏一人で歌った曲がアップされ、その反応に奏は目を見張る事になる。
「こ、こんなにも生の声が見れるんだね」
「でしょ? 私も驚いたんだ。まぁ、中には厳しいというか心無い言葉もあるけど……」
「でもでも、凄いじゃんこれ。未来のディーヴァ現るだってさ。ある意味アタリだって教えてやりたいよ」
「あはっ、見て見て奏。私達の名前でこんな事書かれてる。
「洒落てるね。うん、こっちでの意味合いはこれでいいんじゃない?」
「新しいツヴァイウィングって事?」
「そうさ。こっちでのファンが創ってくれた、新しい意味」
概ね好評をもらい、登録者数はまた急激な上がり方を見せる中、動画のコメントを読むのに夢中なツヴァイウィング。
そんな二人とは違い、仁志と響はクリスと共にかなり早めの夕食準備へ取り掛かろうとしていた。今日は響とクリスがバイトなため午後五時半には部屋を出るためだ。
「今夜は質素にいくぞ」
「うん」
「で、何を作るんだ?」
仁志の問いかけにクリスは市販の中華シリーズの箱を手にする。
「麻婆豆腐だ」
「「お~」」
「でもこれだけは寂しいからな。スープ、頼んでいいか?」
「了解。じゃ、メインはお嬢さん方に任せた」
みんな大好き麻婆豆腐。辛さを抑えれば子供だって大好物。
今回は無難な中辛をチョイスし、まずクリスがフライパンへ油を引いてひき肉を炒め始める。
響はその間に豆腐の水切りをした上で軽く水道水を入れて再度水切りし、手の上へ豆腐を置いて包丁でおっかなびっくり賽の目状に切っていく。
仁志は鶏ガラスープの素を使って簡単な中華スープを作り始めていた。具はわかめと溶き卵に昨日の残りのネギである。
こうして出来上がった簡易的な麻婆定食を五人は食べ、動画のコメントなどを話題にしながら笑みを見せ合う。
それは一種のサークルのような雰囲気であった。
二人だけでなくクリスや響も歌って動画を上げてみるかと仁志が言えば、翼と奏も面白いとそれに乗って二人を困らせ、逆に響とクリスが仁志を巻き込もうとすると本人は全力で拒否して翼と奏を苦笑させる。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、綺麗に食べ尽くした五人は後片付けを始める。奏と翼が洗い物を担当し、仁志は動画の評価やチャンネル登録者数を確認、響とクリスはそろそろバイトへ向かわねばと準備を始めた。
というのも、今夜は二人のバイト終わりでスーパー銭湯へ行くからである。そのための荷物を持って出るためだった。
「じゃ、行ってくる」
「バイト終わったらお店の近くで待っててくれるんですよね?」
「ああ、駅前へ向かって歩いてくれればいいよ。ただ俺と一緒ってのは……」
「分かってるっての。あんたの事は出さないって」
「はい。気付かれないようにしてますから」
自分達が仁志と必要以上に親しいと思われると面倒だと二人も理解していた。
それでもそれとなく慕っているぐらいは匂わせている。ただ、それはクリスであり、響は計算してそんな事が出来ないので自然とそうなっているだけであった。
揃って部屋を出て行く二人を見送り、仁志はどうしたものかとスマホを見る。
時刻は午後五時半。二人のバイト終わりが午後十時。つまりまだ四時間半あるのだ。
「さて、どうする?」
「どうって言われてもねぇ」
「そう言えば、奏、履歴書は書いたの?」
「一応ね。確認してもらっていいかい?」
「どれ……」
差し出された履歴書を受け取る仁志とその横へ移動する翼。その目が同じ動きを見せ、同じ場所で止まる。
「「……書き直し」」
「何で!?」
別に誤字や脱字があった訳ではない。ちゃんと仁志の出身高校が書かれていたし、他の記入にも漏れも間違いもない。
だが、ある一点において仁志と翼は見解が一致していた。
「「ちゃんと卒業って書いて」」
そう、何故か奏は高校を卒業ではなく中退と書いていたのである。
だがこれには彼女も文句があった。
「え~? でもあたしの設定ってあちこちのバイト転々としてるってやつだろ? そんな奴が高校はちゃんと卒業っておかしくない?」
仁志の考えた奏の設定は高校卒業後大学受験に失敗し、特にやる事も決まらずあちこちでバイトをしてはある程度で辞めるを繰り返しているというもの。
奏はそれを聞いてそんな事をするような人間が高校を卒業する事が出来るのかと思ったのだ。
「あのな、たしかにそっちの考えも分かるよ。でも、高校なんて最低限やってれば誰だって卒業出来るだろ?」
「そうかなぁ……」
「え、えっと、奏? 高校まではちゃんとしてたけど、受験に失敗したから自信を無くしていい加減になったってしたらどうかな?」
「むっ……それなら、まぁ……」
翼の意見に唸るように腕を組む奏へ仁志は苦笑して息を吐いた。
「要は天羽さんは自分の設定なんだからもっと納得いくようにしたい訳か」
「そう、それ。全部只野の言いなりだからさ」
「い、言いなりって……」
「いや、まぁ否定はしないよ。じゃ、天羽さんに任せていいか?」
「ああ。安心しなよ。ちゃんと深夜バイトしそうな設定考えるからさ」
にっこりと笑顔を見せる奏だが、仁志と翼は互いの顔を見合わせ若干の不安を覗かせるのだった。
さて、その頃響とクリスはコンビニへ向かいながらバイト終わりの事を話していた。
「楽しみだね銭湯」
「だな。久しぶりの広い風呂だもんなぁ」
「うんうん。正直言うともっと早くお風呂行きたかった」
「仕方ないだろ。一回で五百円だぞ? 今なんて五人だから二千五百円だ」
「ううっ、私の三時間分のお給料……」
会話だけ聞けば今時珍しい苦学生である。
「ほぼ、な。て考えたら週一だって厳しいんだっての」
「分かってるけど……」
時期が真冬でなくて良かったと、仁志だけでなく響達も思う程シャワーのみは辛いのだ。特に装者は皆年頃の女性であるから他にも不満が上がっただろう事は言うまでもない。
これも仁志が実家住まいであれば当然風呂はあり部屋も多少余裕はあったのでそういう面での問題点は解消出来ただろう。
ただ、その場合は別の事でもっと面倒な事態になっていたので良し悪しである。
「とにかく、片翼の先輩の事はあたしがオーナーへ話をするから、お前は普段通りに仕事しろ」
「うんっ!」
「手を洗ってからノートへまず目を通せ」
「うん!」
「それが終わったらカウンターフーズの廃棄チェック」
「う、うん」
「で、タバコのストックチェックや箸やスプーンなんかの不足がないかもだな」
「うん……」
「何で段々テンション下がってるんだっ!」
既に夕勤のバイトリーダーな思考になりつつあるクリスであった。
この辺り生真面目な彼女らしい部分である。そして響はそういう意味で言えば……
「な、何だか考えてたらもう仕事してる気分になってきちゃって」
「それで何で気落ちすんだよ?」
「ほら、最初の頃、ピアニッシモをカートンであるかって言われてさ」
「ああ、カートンで置いてない系のやつで後でないって返したら文句言われた時か。お前なぁ……もう忘れろっての」
「でも、あそこで私があると思いますなんて言わなきゃ良かったからさ……」
真面目で優しいが、少々思慮に欠ける事があるアルバイトだろうか。
ちなみにその時はオーナーが対応し事なきを得、響がタバコの中で真っ先にピアニッシモという銘柄を覚えてしまった要因となったのである。
とにかくそんな二人だからこそ一緒にいるといい具合に助け合える。
対人が若干苦手なクリスと得意な響。対業務が苦手な響とお任せなクリス。まさしく仁志の読み通り、この二人は互いに長所と短所が噛み合うのだから。
ただ、お分かりの通りやや響の方がクリスへ助けられる部分は多いのだが、それはまぁご愛嬌と言うものであろう。
そうして二人は店へ到着し勤務を始める。
愛想のいい響は既に常連の中で顔を覚えられており、彼女もよく顔を見る客達は何人か名前を覚え始めていた。
クリスはクリスで、やはりその身体的特徴もあってか男子学生や男性客が若干目当てにしている程である。まぁ、あまりにもスケベな目で見ている野郎達をクリスが快く思うはずもないので、例え連絡先などを手渡そうとバーンっとそのスケベ心を撃ち砕かれるのがオチだが。
「いらっしゃいませ~」
「いらっしゃいませ」
初日は声が大き過ぎたきらいがあった響も既に程よい声量を覚えており、クリスもそれに近い大きさで挨拶を言うようになっていた。
少し前まではどこか気だるげに動く茂部やそこまで愛想のない近藤という時間帯の店内も、テキパキと動くクリスと愛想の塊の響となればその相乗効果で不思議と活気のある店に見えるものなのだ。
「よう嬢ちゃん」
「あっ、いつもありがとうございますっ!」
「おうおう、今日も元気だな」
「はい! で、今日はコーヒーどうします?」
「あ~……どうしようかな」
「たしか、コーヒーのS、フレッシュありでお砂糖一つ、ですよね?」
「……頼んじゃうか」
このように特定の客であればその買う物なども覚えるぐらい響も慣れてきていた。
そして可愛い女性に愛想よくされれば男というのはいくつになっても単純なもので、余程がない限りその愛想に意思を動かされてしまうのである。
買うのは止めておこうと思っていても、愛らしい少女にどうしますと問われるだけで、しかもその砂糖やフレッシュの有無まで覚えられては悪い気はしないと言う物。
「はい、お待たせしました! お仕事、頑張ってくださいね!」
こうして近くの工場勤務の男性がコーヒー分代金を余計に払う事になった。ただ、響がコーヒーを両手で差し出しながらの笑顔のエールを考えれば安いものだろう。
「いらっしゃいませ」
「お、お願いします」
「っと……温かい物と冷たい物分けて良かったですか?」
「い、一緒でいいです。あとすみません。肉まんも一つください」
「肉まんを一つ、と……。他は良かったですか?」
「は、はい」
何か手に握り締めている制服姿の少年。たまに見る顔だが高校生だろうかと、そんな事を思いながらクリスは蒸し器の上段から肉まんを一つトングで掴んで専用の包みへ入れる。
そしてレジへと戻って袋詰めを終えて合計金額を告げた後だった。代金と共に彼女へ差し出されたのは一枚の折り畳まれた手紙。
(これ、もしかするともしかするやつか?)
そう思って顔を上げたクリスを貫くのは、真っ直ぐで強い眼差しとやや緊張した表情の少年。
「こ、これ、良かったら読んでくださいっ」
自分の予想が間違ってなかったと気付いた瞬間、クリスは反射的に顔を下げてしまった。
若干の間が開き、クリスはその手紙へ手を伸ばして――そっと押し返した。
少年の表情が喜びから悲しみへと変わる。それを顔を上げたクリスはしっかりと見つめて口を開いた。
「……ありがとな。でもあたし、好きな奴いるんだ。気持ちは嬉しいけど、これは受け取れねぇ」
スケベ心全開ではなく純粋な好意からの行動だと分かったクリスは、目の前の彼にだけ聞こえる少し優しい声で話す。
しかもそれは業務用の言葉遣いではなく彼女の普段のもの。それが意味する事を感じ取ったのか、少年はがっかりしながら手紙を引っ込めた。
「……十三円のお返しです。ありがとうございました」
肩を落として去っていく背中を見送り、クリスは小さくため息を吐いた。
(ああいうの、あたし弱いんだな。一瞬顔が熱くなっちまった……)
多少はスケベな気持ちもあるだろうが、それよりも自分を好きになった好意からの強い眼差しと行動。
それにぐらついた事にクリスは意外なものを覚え、同時に理解したのだ。
きっとそれは自分が恋をして相手の気持ちに共感出来るようになったからだろうと。
そんな事もありつつこの日も多少の忙しさはあったものの、大きな問題もなくバイトは無事終了。
クリスは退勤の際にオーナーへ奏の事を相談し悪くない返事をもらう事に成功すると、二人は夜勤の人間やオーナーへ挨拶して揃って店を出た。
「ううっ、まだ夜は冷えるね」
「だな」
上着なしでも過ごせるようになってきたとはいえ、まだまだ夜は寒い。
そんな中を二人は歩く。店から駅方面へ向かうとすぐに仁志達の姿が見えた。
「只野さーんっ!」
「ははっ、お疲れさま。何も問題なかった?」
「はい!」
真っ先に仁志の下へと駆け寄り笑みを見せる響。
そんな彼女へ苦笑しながら労いの言葉をかける仁志を翼と奏が微笑みながら見つめる。
そこへ少し遅れてクリスが合流し、やや呆れ気味に響を見つめた。
「ったく、時間を考えて声出せってんだ」
「そう言うな雪音。この辺りはまだ静まり返っていないんだ。大目に見てやれ」
「そうそう。それに、この子は誰よりも只野に懐いてるから仕方ないって」
「ま、それは分かってるけど……」
仁志への恋心を自覚したクリスからすれば若干面白くないのも事実である。
それでも響への不満ではなく自分への不満を抱くのが雪音クリスという少女だ。
(いっそあたしもあいつぐらい……いや、無理だ。で、でも、そのうち、そのうちにはもう少しぐらい……)
仁志をあんたやあの人ではなく“只野”と呼べるようになりたい。それが今のクリスの密かな目標であった。
「じゃ、とりあえず行こう。あまり遅くなると物騒だし」
「はい」
仁志が先導するように歩き出し、そのすぐ横を響が歩き出す。するとクリスがさり気無く仁志の空いている側の隣へ移動する。
「オーナーへ話は通しておいた。少し考えてみるってよ」
「そっか。ありがとうクリス」
「礼を言われる程じゃねーよ。ま、これぐらいはな」
相変わらず自分の目をしっかり見て話す仁志に、嬉しいような少しだけ悔しいような気持ちとなりながらクリスは顔を少しだけ背けた。
「そういえば今日はもう中華まんが肉まんしか残ってなかったです」
「ああ、それは俺とオーナーで昨日話し合ったんだ。そろそろカレーやピザは売れ残る確率が跳ね上がるから仕込むのは朝に二個だけ。売れても補充は一個にしようって」
「成程な。道理で」
「そ、そんな事もあんたがオーナーと話し合って決めてるの?」
それまで黙って会話を聞いていた奏がそこで口を挟んだ。
彼女からすればただの一バイトに過ぎないだろう仁志が店の事へ口出ししている事が驚きだったのだ。
「決めてるんじゃないよ。俺はオーナーから意見を求められたら答えるだけ。今の話だって毎年の事だからそろそろじゃないですかって俺が話を振ったら、オーナーがそうだねってそういう感じ。俺がもう減らしましょうって言った訳じゃないよ。ただそれも考えた方が良くないですかって言うだけ」
「いや、それでもさ……」
「奏、只野さんはどうやらオーナーの方から店長扱いをされてるんだって」
「正確には勝手に店長って言われてるだけの古参バイトだけどな」
若干苦い顔で告げ、仁志はため息を吐いた。未だ店長を引き受けるか否かを迷っているためである。
今後の、それも現状を考えればなるべきだと分かっている。だが、どうしても不安が尽きないのだ。
年齢もあって体力が落ちてきている事だけではなく、今だと週のほとんどを仕事で埋められ、その拘束時間も長い事が予想されるためだった。
(店長になっても給料が安定する訳じゃない。いや、安定はするのか。だけど状況は今より確実に悪化する。まぁ、俺が何かしないといけない訳じゃないからそこが唯一の救いと言えば救いだけど……)
店長となるからと言って社員になる訳ではない。それはつまり保険などは任意で入る事となる。
要は今と労働条件はそこまで改善されず、ただ責任と仕事の負担が大きく増え、給料が多少上がる程度であった。
これもあって仁志は踏ん切りが付けられずいたのである。
「でも大したもんじゃないか。そこまで信頼されてるとか、あたしのとこで言う了子さんみたいだよ」
「そんないい扱いじゃないって。まぁ信頼はしてくれてるだろうけどさ。真面目に二年以上も働いていれば誰でもこれぐらいにはなれるよ」
そう告げて仁志はふと彼女達に自分の悩みを相談してみる事にした。とはいえ、素直に話すのではなく例え話としてではあったが。
「なぁ、もし俺が店長になれるとしたらなった方がいいと思うか?」
ほんの思いつきの冗談。そんな感じの切り出し方に響達は小さく苦笑し頷きを返す。ただ一人、奏だけは首を縦に振らなかった。
「天羽さんは止めた方がいいって?」
「というより判断出来ないってとこ。何せあたしはコンビニの内情とか知らないし、店長ってのがどういう扱いでどういう待遇なのかも知らない。それで判断は出来ないよ」
「か、奏、意外と真剣に考えてるんだね」
「驚きです」
「ああ、同感だぜ」
意外そうな表情を見せる響達だったが、奏は小さく苦笑してから仁志を見た。
「いや、さ。今のが冗談じゃなくてマジだったらって思ってね」
そう告げる奏の表情は笑みを浮かべていたが、仁志は何となく彼女が今の質問の意図を見抜いたような気がしていた。
その後も会話は続き、話題は仁志の趣味である特撮絡みへと変わっていた。
「私の友達にアニメとか好きな子がいるんですけど」
「板場弓美さん、か」
「はい。その子と只野さん、話合いそうだなって」
「どうだろう? 見ている作品が噛み合わないからなぁ」
「なら、あんたが持ってる奴を貸してやるとかだな」
「オススメとかありますか?」
「えぇ? こういうのはその人の傾向が分からないとって、あっ……」
「どうしたのさ?」
急に足を止める仁志に全員が足を止める。するとそれを見て仁志は困ったように笑って……
「俺、少しだけど知ってたわ」
とうっかりしてたように告げて思わず四人を苦笑させる一幕もあった。
そんな風に会話していれば店から数分のスーパー銭湯などあっという間である。
受付で料金を支払い、休憩が出来る場所で待ち合わせる事にし彼らは男女で別れた。
「おっふろ、おっふろ~」
「こんな時間でも意外と客がいるもんだな」
「ああ、私もそう思った。まぁ、それでも数える程だが」
「だね。この状況を見ればほぼ貸切みたいなもんだよ」
女四人で脱衣所で服を脱ぎながらの会話。思えばこんな時間は今までなかったと思い、彼女達は小さく笑みを見せ合う。
「何だか楽しくなってきました」
「そうだね。あたしもだ」
「ふふっ、まるで旅行に来たみたいだ」
「そうだな。そんな感じだ」
それぞれギアペンダントを首にかけたまま、タオルを手にして浴場へと向かう。
ちなみに奏のギアにはまだスマホの欠片が組み込まれていないが、仁志からスマホそのものを預かって脱衣所に持ち込んでいた。
浴場内の女性客は時間もあってか片手で足りる程。そのため洗い場が混雑していて使えないと言う事もなく、四人はそれぞれ体などを洗い始めたのだが……
「やっぱりクリスちゃんのおっぱい大きいよね」
「じ、ジロジロ見んな」
「奏さんも見事なもので……」
「まぁね」
「翼さんは……」
「な、何だ?」
「……とってもスレンダーで綺麗だと思います」
「…………何故だろうか。今、私は無性にここへ小日向を呼びたい」
「きっとあの子がいれば叱ってくれただろうな、これ」
と、若干翼がブルーになっていた。
それでも久しぶりの広い湯船や大きな洗い場という状況に響達三人は気分を高揚させていた。
奏も親しい仲間達との入浴と言う初めての経験に笑みを浮かべ、四人の雰囲気は穏やかで楽しげなものであった。
体の泡を流し、次は髪を洗い始めると、如実にその洗髪時間に差が出始める。
「っは……終わったぁ」
「だな」
短めの響とクリスが早々に洗い終わり……
「うーん、やっぱもっと短くしようかな?」
「こういう時だけは立花達が羨ましい……」
長い奏と翼が中々洗い終わらず苦戦する事となったのだ。
「翼さん、奏さん、私達先にお風呂入ってますね?」
「ああ、分かった。すぐに……後を追う」
「先輩達、あんま急がなくていいぞ」
「分かってるって。そっちもこっちを気にせずゆっくり浸かってな」
こうして二手に別れて動き出す女性陣。
響とクリスはまず普通の湯船へ入った。少し熱めのお湯が二人の体を包む。
仕事の疲れが全て溶けだしていくような感覚に、二人は思わず目を閉じて息を吐いた。
「「はぁ~……」」
極楽極楽と続けそうな響とそう言いたそうなクリスであったが、そこで言葉にしない辺りにクリスの乙女心と響の変化が見える。
「いやぁ、幸せだねぇ」
「そうだな……」
ゆったりと湯に浸かる。しかも気心の知れた仲間であり友人と。これが響とクリスには大きい。
中学時代の一件で心に大きく傷を負った少女と、幼少期の一件で心に大きく傷を負った少女。共に共通するのは人への恐怖を刻み付けられた事だ。
それでも、今こうして裸の付き合いさえ出来る相手が出来た。しかも共に暮らしている。更に言えば、それはこれまでのような守られた生活ではない。
自分達で稼ぎ、考え、助け合うものだ。まさしく共同生活なのである。これは二人が未来とさえもした事のなかったものだった。
「ね、クリスちゃん」
「何だ?」
二人揃って天井を見上げ言葉を交わす。思えばこの世界で初めに支え合った二人は彼女達である。
三日間程であるが共に仁志の部屋へ身を置き、苦しい事も辛い事も楽しい事も嬉しい事も分かち合ったのだ。
その密度だけなら響にとっては未来に次ぐ濃さと言える。クリスからすれば、生まれて初めてのものだった。
「ここでの暮らしは大変な事多いけどさ」
「おう」
「でも、私ね、今とっても楽しいんだ」
「おう」
「ずっと、こうしていられたらなぁって思っちゃうぐらい……」
「……おう」
「……これが、本当の世界だったなぁって願っちゃうんだ」
「……おう」
「ねぇ、これって……さ。やっぱり、駄目な考え……かな?」
「駄目な訳あるか」
その即答に俯きかけていた響は思わず顔を上げて横を見た。
そこには今も天井を見つめるクリスがいた。ただ、その顔は響が初めて見るぐらいに優しく笑っている。
「戻ったってこうしていきゃいいんだよ。あたしらが諦めずに手を伸ばし続ければ、いつか届く。今日歌っただろ。夢を諦めたくないって」
「クリスちゃん……」
「どんな希望も積み上げてくんだ。だろ?」
そこで響へ顔を向けクリスは照れくさそうに笑みを見せた。
「……うん、そうだね。俯かずに顔を上げて、どこまでも曲がる事なく、信じた道を行くんだもん」
「おう、そういうこった」
互いに今日相手が歌った歌から引用しての言葉を送り合う二人。その浮かべる表情は綺麗な笑みであった。
一方、やっと髪を洗い終わってタオルでその髪が湯に入らないようにとしていた翼は、似たような事をしている奏へ目を向ける。
彼女は小さく苦笑しながら翼を見つめていた。若干ではあるが自分の方が遅くなってしまった事もあり、申し訳なさそうに翼は目を伏せた。
「お、お待たせ……」
「別にいいよ。にしても、翼が髪洗うのに時間かかるのは知ってたけど大変だね。それを毎日だろ?」
「う、うん。やっぱり短くするべきかな?」
「翼がしたいんならすればいいんじゃない? ただ、その場合はマネージャーと相談だ」
「うっ……そ、そうだね」
と、そこで翼はある事に気付いて笑みを浮かべた。
「ねぇ奏。こっちにいる間なら構わないんじゃないかな?」
「あー……たしかにね。でも、こっちにいつまでいるか分からないのに切れる?」
一瞬で翼は撃沈させられ、項垂れたままトボトボと浴場内を歩き出す。その姿に奏は小さく苦笑しながらその後を追う。
「翼、一気にバッサリはどうかと思うけど少しなら平気じゃない?」
「それじゃ意味ないんだってば。いっそショートぐらい思い切らないと」
脳裏に浮かぶのはもう一人の自分。あれぐらい短くすれば手入れも楽だろうと思ったのだ。
「まぁ言いたい事は分かるけどって……」
「どうしたの?」
突然言葉を切った奏に翼が足を止めて振り返ると、奏の視線はある物を見つめていた。
翼もその視線を追って目を向け、そこに書いてある説明文を読み上げる。
「えっと……シルキーバス?」
「美肌の湯だってさ。翼、あれに入ろうよ」
「で、でも立花達は向こうで」
「きっと向こうもその内こっち来るって。それにここから見てると二人の世界って感じで邪魔しちゃ悪いし」
「ちょ、ちょっと奏……。もうっ!」
マイペースな奏に頬を膨らませながらも結局ついて行く辺り、翼も美肌が気になる年頃らしい。
美肌効果のある成分が溶けているせいか若干湯も普通とは異なる感触をしている。
そんな真っ白な湯の中へ二人はその体を沈めるとその温かさに息を吐いた。
「「ふ~……」」
多少温い気もするがそれ故にじっくり入っていられると思い、二人は笑みを浮かべる。これなら長湯してものぼせる事はなさそうだと考えたのだ。
「で、どうかな? こっちの生活は?」
「そうだねぇ……思ってた以上に楽しい、かな」
「楽しい、か」
「そう、楽しい。金銭的な面や居住環境で言えば不満や不安はあるよ? でも、何だろうね。女だけの共同生活時々親戚のお兄さんって感じでさ、楽しい事が多いんだ」
「ふふっ、何それ」
そう言いつつ翼も奏の言いたい事は理解出来ていた。
地元を離れて親しい友人達だけで暮らそうとしたが、それでは住まいを借りられず仕方なく近くに住む親戚が部屋を代わりに借りてくれ、そこに四人で住んでいるところへ、時折様子を見にその親戚がやってきているようなものだと奏は言いたいのだろうと。
「だって只野ってそんな感じじゃない」
「えっと、奏? 気になってたんだけど、どうして只野さんを呼び捨てに? たしか最初はさん付けしてたよね?」
「いい大人なのにあたしが言うまで自分のしようとしてた事の意味に気付けないんだ。なら、そんな奴は呼び捨てでいい。あたしがちゃんと敬意を払えるようなとこ見せてくれたら戻すよ」
「そういう事か……」
奏らしい理由に翼は小さく苦笑した。敬意は失っても認めてはいる。
それがそこから伝わったのだ。
そしてきっと仁志もそうなのだろうと思い翼は息を吐いた。
(只野さんが受け入れてるのはそういう事だ。あの人らしい……)
自分にも非があれば認めて詫びる。それが例え他人の行動からの失態であろうとも。
仁志のそういうところを翼は好ましく思っていた。ただ、どこかでそれが行き過ぎなければいいなとも思っていたが。
「でも、本当に大丈夫? 奏、夜勤なんてやった事ないよね?」
「大丈夫だって。あいつに出来るんだから若いあたしに出来ない事ないよ。それに、今のあたしは嬉しいんだ」
「嬉しい?」
「そ。ここではあたし達は本当のツヴァイウィングだ。風鳴翼を失った天羽奏と、天羽奏を失った風鳴翼じゃない。ここでは、あたし達こそがツヴァイウィングなんだよ」
「……奏」
「ここでのツヴァイウィングは最初からあたし達。ここでの成果は全部あたし達のもの。だからさ、思いっきり飛び回ってやろうよ。お互いに止まっていた時間なんか忘れるぐらいにさ」
「……うんっ!」
新たに結ばれる両翼の誓い。
この世界ならば自分達は片翼を失った者同士ではない。そんな想いを胸に二人は笑みを見せ合うのだった。
午後十時半をとうに過ぎ、仁志は一人休憩所で待ちぼうけをくらっていた。
店内も閑散とし、もう彼以外はいないようなものだ。時折通り過ぎる店員の憐れむような視線が仁志にはやや痛い。
「……女は長風呂って聞いてたけど、ここまでとはなぁ」
彼は心持ちゆっくりと浸かって二十分程で風呂から上がり、ここで十分以上待たされていたのだ。
上がった直後は精々三十分程で出てくるだろうと思っていたのだが、まさかそれさえも超えるとは予想外としか言いようがない。
実は彼女達は一旦風呂から出て無料の給水器を利用した上でサウナへと入っていたのだ。
何せ響達は実に半月以上湯に浸かる事が出来なかった。そのため、その間の老廃物をここで全て綺麗に洗い流しておこうとしていたのである。
それを知らず仁志は何するでもなくだらだらとテーブルに突っ伏していた。
そこで考え始めたのは何と住居の事であった。彼も冬場のシャワーの厳しさは知っている。まだまだ春先の今から考えれば先の話だが、男の自分と違い女性達は可能なら風呂が欲しいと分かっていたのだ。
「…………いっそ風呂付の部屋を探すか。で、それでいいとこ見つかったら俺があっちへ移動して、響達にはその新居へ移動してもらえばいい」
もしそうなれば、下手をするとゲートは彼の方へ置かれる事となり、有耶無耶となっていた性欲処理問題が再燃するのだがそれに彼は気付いているのだろうか。
いや、気付いてはいないのだ。何せ湯上りの疲労と気怠さ、そこへきての待ちぼうけで仁志の思考は大分停止気味になっていたために。
「響とクリスの収入に天羽さんの分も入れば家賃は結構上限あげられるし、翼との動画収入も割と期待出来るレベルになりそうだもんなぁ。なら、彼女達だけでも1LDKか2DKとかを視野に入れて……」
ゆっくりと下がってくる瞼。それに抗う力もなく仁志はそのまま眠ってしまう。
だが、その眠りは長く続かない。
「只野さん、寝ちゃ駄目ですよ」
「風邪引くぞ」
「んあ?」
意識を手放して五分もしない内にそこへ四人がやってきたのである。
「おっ、起きた」
「すみません只野さん。少し長湯してしまいました」
「……お~」
寝惚け眼で見た光景は湯上り美人四姉妹とでも呼べるものだった。
格好こそ来た時と同じだが、その頭に見える南国風の髪飾りで仁志は気付いたのだ。
(今の四人はあの水着状態かぁ……)
この中で唯一自分だけ服の下を知っている。そんな妙な優越感を覚え、仁志は起き上がって目を擦るとテーブルの上へ何枚かの硬貨を出した。
「これは?」
「ほら、あそこ」
そう言って仁志が指さしたのは一台の自動販売機。ただし、売っているのは瓶の牛乳などだ。
響達が自動販売機の前へと移動し、その販売物を見るや嬉しそうな表情を見せる。
「牛乳だっ!」
「コーヒーやフルーツもあるな」
「イチゴなんてもんもありやがる。マジかよ」
「お好きなものをどうぞ。おっさんの奢り。あるいは眼福な光景の代金」
「やったぁ」
予想通りだったのか響が笑みを浮かべて拳を握る。それを見てクリスと翼が苦笑し、奏はテーブル近くへ戻るとそこにある小銭を拾いながらどこか眠そうな仁志へ笑みを見せた。
「サンキュ、只野。風呂上りといえばやっぱこれだよねぇ。で、何飲む?」
「はいはーい、私はフルーツがいいでーす」
「クリスは?」
「イチゴにしとく」
「ん。翼はコーヒー?」
「それも惹かれるけど普通の牛乳にしておく」
「じゃあたしはコーヒーに」
その会話を聞きながら仁志はどこか楽しげに笑って翼へ疑問をぶつけた。
「夜八時以降の食事は控えるようにしてるんじゃないの?」
「っ?! の、飲み物はいいんです!」
「ははっ、そうだね。それに、ここじゃあたしらはただの女だ。体型維持を厳しくする必要はないもんな?」
「そ、そういう事」
若干照れくさそうに答えて翼は奏から小銭を受け取ると牛乳を購入した。
「どうせなら分け合いたいですね」
「回し飲み? まぁあたしは抵抗ないけど」
「あたしも特にないぞ」
「わ、私もないが……」
「へ?」
翼の視線が自分へ向いている事に気付き、仁志は首を傾げた。
「そういやあんたはどうするんだよ?」
「まさかとは思いますけど、只野さんだけ飲まないなんてないですよね?」
「……ああ、そういう事か」
そこでやっと彼は理解する。要は女性達だけ飲み物を飲む中、自分だけ我慢するんじゃないかと思われていると。
「なら心配いらないよ。俺はもう飲んでるから」
「「え~……」」
その言葉を聞いた瞬間、響と奏が声を揃えて不満を見せた。クリスと翼も似た心境なのか表情は苦い。
「えっと、ちなみに何を?」
「ラムネ」
「おいっ! 何てイイモン飲んでやがる!」
「いいないいな」
「ちょっと、それは分け合うレベルだろ?」
「えぇ……」
四人中三人から明らかな文句を言われ仁志は困惑していた。彼としては男の自分と回し飲みなど彼女達が嫌がると思っていたのだ。
クリスと牛乳を回し飲みした事は、彼からすれば様々な要因があっての事と捉えているという証拠である。
ただ、一つだけ彼の名誉を守ると言うか擁護をするのなら、ここで奏の代わりにいるのがマリアか調、未来などであればその配慮は正解だった。
たまたま奏のノリがやや体育会系だった事と、残る三人が仁志へ好意を抱いているが故に気遣いが逆の結果になってしまっただけなのだ。
結局女性達はそれぞれの物を一口ずつ分け合い、残りを一気に飲み干す事で決着となった。
だが、そこで仁志は一つの約束を彼女達と交わす事となる。
次は必ずラムネも一緒に買って分け合おうという、そんな約束を……。
正直回し飲みに関しては中学時代の女友達曰く、体育会系の部活をやってる女子なら割と平気らしいとの事です。
でも結局好きな男や特に意識もしてない相手なら平気で、嫌いもしくは苦手な相手がいれば嫌がるのが道理でしょう。
なので今回は奏もそこまで仁志を嫌っていないという事でご理解くだされば。
小ネタなどしかない番外編などが欲しいですか?
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はい
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いいえ
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メインでやってくれてもいい