シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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コールドスリープしている間に姉は大人になっていて、お母さんと思っていた人はお祖母ちゃんに近くなっていて。
そんなセレナに足りないのはきっと父性。で、年齢で考えれば只野は下手したらセレナに近い歳の娘いてもおかしくないんですよね(汗

まぁその場合、只野が十八で父親になる計算ですけど(苦笑


此の今を生きて

「あの翼って奴と一緒にゲートを使ってまずはあいつの世界へ行った。そこでお前の考えを教えて、すぐ二人で別の平行世界へ行ったんだ。でも、もうそこへのゲートが消えてて」

「そこで既に?」

「ああ」

 

 今、俺はヴェイグさんからセレナちゃんが経験した事を教えてもらっていた。天羽さんはシャワーを浴びに行っていてここにはいない。

 セレナちゃんはさっきから俯いて寝室の奥でうずくまっている。多分だけど、泣きたいんだと思う。

 でもそうしたら周囲に心配させると思って耐えているんだろう。強い子だ、ホント。

 

「それで、不味いと判断した二人はすぐにセレナの世界へのゲートを見に行ったんだ」

「でも、それも消えていた……」

 

 ヴェイグさんは小さく頷いてセレナちゃんへ目を向けた。

 

「あいつは事態が落ち着くまで姉と一緒に居る方がいいと言ったんだが……」

「セレナちゃんがそれを拒否した?」

「そうだ。どうしてかは分からない。でも、多分姉の傍にいると嫌でも思い出すんだろ」

「……マムの、ナスターシャ教授の事を、か」

 

 納得出来た。セレナちゃんにとってはもう一人の母親だった人だ。多分死んではいないと思うけどどうなってるかが分からない以上不安は尽きないだろう。

 ましてや今回は色々とこれまでの事と違い過ぎる点が多い。でも、正直言ってここよりも姉であるイヴさんのところに身を置くのが一番だと思うんだ。

 ここは貧乏だし色々と制約も多い。S.O.N.G本部の方が色々と便利のはずだ。

 

 それでも、今はナスターシャ教授を思い出すような場所にいたくないって事か。

 

「それで翼は?」

「何でもセレナの宿泊用意が何もないからそれを買ってくると言ってまた出かけていった」

「そっか」

 

 俺は言ってから振り返る。今もセレナちゃんは部屋の隅で小さくなっていた。

 俺を起こしてくれたのは、多分だけど沈み切ってはいないというアピールなんだろうな。

 もしくは天羽さんがいたから彼女へのアピールかもしれない。実際今は完全に落ち込んでいる訳だし。

 

「セレナちゃん」

「っ……何ですか?」

 

 声をかけたら一瞬震えた。でも顔を上げる事はしない。上げたくないのかそれとも……。

 

「きっと俺なんかの言う事じゃ信用できないとは思うけど、それでも言っておくよ。明けない夜がないように、止まない雨がないように、必ず好機は、チャンスは来るから。それまでは体力を保って気持ちを、心を折らないようにした方がいい。じゃないと、いざ助けられるって時に全力の全力を出せなくなっちゃうぞ?」

「全力の、全力……?」

 

 ゆっくりとセレナちゃんが顔を上げた。その目は今にも泣きそうだ。だからこそ俺は笑みを見せる。

 

「そうさ。ゲートがなくなった。でも、それは向こうへ行けなくなっただけだ。君の、セレナちゃんの世界がなくなった訳じゃない」

「本当に、本当にそうなんですか?」

「ああ。もしその世界自体が消えたのなら君がいなくなってるはずだ。ここで起きた事は聞いてる?」

「……少しだけなら」

「そっか。じゃあ簡単に説明するね。ここにはセレナちゃんのお姉さんの世界での出来事が映像などになって存在していたんだ。そして君とお姉さんの出会いとそこでの出来事もね。それがある日突然全て消えたんだ。映像も何も、人々の記憶からさえも」

「……一緒です。今の私と一緒。全部、消えちゃった」

 

 目の涙が少しだけど零れる。まだ慌てない。まだ慌てるような時間じゃない。

 

「そうだね。だからこそ俺は大丈夫だって言いたいんだ」

「え?」

 

 涙が止まる。顔が上向く。ここだ。

 

「だって、俺も君も覚えているじゃないか」

 

 気付いて欲しい。セレナちゃんが今もいてその記憶を失っていない事。これが何よりの答えなんだと。

 

「覚えて、いる?」

「そう。俺が君達の事を覚えていたから君達は消滅しなかった、らしい。じゃあ、逆に考えてごらん。セレナちゃんが自分の世界の事を、ナスターシャ教授たちの事を覚えているって事は?」

「……マム達は、消えてない?」

「そうさ。君が覚えている限り、悪意がどれだけ頑張ろうと君の世界を消滅させる事は出来ない。出来るのは精々帰り道を隠す事ぐらいだ。でも、それが君の心を曇らせ、意思を脆くすると知ってる。だからセレナちゃん、負けちゃ駄目だ。悪意の、悪い奴の思い通りになんてならないと、そう強く心を持って欲しい。君が強く心を持つ事。それが隠されたゲートへの道を切り開く光になるんだ」

「強く心を持つ事が、マム達を助ける道になる……」

 

 セレナちゃんの涙はもう完全に止まっていた。その目には、表情には、さっきまでは失せていた精気が戻っているように見えた。

 

「うん、その通り。だから、この事で泣くのは今日だけだ。明日からは、笑顔で明るいセレナちゃんに戻ってくれると嬉しい」

「え……?」

「悲しい時には泣けばいい。だけど泣き続けるのはいけないよ。その涙を明日の笑顔へ変えるんだ。そして次に泣く時は悲しい涙じゃなくて嬉しい涙にするんだ。そのために、今日で悲しい涙は出し尽くす。もし泣き声を聞かれるのが恥ずかしいなら天羽さんが出たらシャワーを使えばいい」

「……はい。ありがとうございます」

 

 そう言って俺にセレナちゃんが見せたのは、とても可愛い笑みだった……。

 

 

 

「只野さん、優しくていい人です」

「そうだな」

 

 今、私はヴェイグさんと一緒にシャワーを浴びていた。ヴェイグさんはあまり濡れる事が好きじゃないみたいだけど、今日は特別だって言ってこうしてくれてる。

 いつもみたいに私の中にいてくれればいいのに、きっと私の事を思って。

 

「奏さんも、優しかったし」

 

 只野さんがシャワーを貸してあげて欲しいと言った時、奏さんは私の顔を見て頷いてくれた。

 そして横を通り過ぎる時、小さな声でこう言ってくれたんだ。

 

――こっちはそれなりの音量で音楽かけてるから気にしなくて大丈夫だよ。

 

 そこでまた涙が流れそうになったから頷く事しか出来なかった。

 

「セレナ、俺もあいつの、タダノの言う通りだと思う。本当に悪意がセレナの世界を消滅させたのならきっとセレナ自身も消えてるはずだ。もしくは記憶が失われるだろう」

「はい、私もそう思います。ううん、思ってます。私がいる限り、マム達は、私の世界は消えてないって」

「そうだ。信じていれば、諦めなければきっといつかその気持ちは報われる。俺が、そうだったように」

「ヴェイグさん……」

 

 私をじっと見上げるヴェイグさんの目はとっても強くて優しい。

 うん、そうだよね。絶対、絶対諦めない。只野さんの言うように、悲しむのは今日で終わり。明日から、明日からはもうこの事で悲しむ事は止める。

 だから、少しだけ、いいよね? 今だけ、思いっきり泣いても。

 

「っ……マム……っ!」

 

 こんな事ならもっとお話しすれば良かった。ちゃんと出かける時に挨拶すれば良かった。

 もう会えない訳じゃないって思うけど、どうしてもそんな気持ちが浮かんでくる。

 翼さんがもしあの時一緒じゃなかったら、きっと私はあのまま泣き崩れてどこか分からない平行世界に落ちてたかもしれない。

 

 シャワーを浴びながら泣き続ける私の事をヴェイグさんが触れててくれた。何も言わず、ただ黙ってそうしてくれた。

 一人じゃないって、俺もここにいるって、そう言ってくれるような。それが嬉しくて、あったかくて、余計泣いちゃった。

 

 どれくらい泣いてたか分からないくらい泣いて、指の皮がシワシワになるぐらいまでお湯を浴びた。

 シャワーを出て体を拭いているとヴェイグさんがシャワールームで体を大きく震わせて水を飛ばしてた。それがワンちゃんみたいで思わず笑っちゃった。

 

「セレナ、今何で笑った?」

「ふふっ、ご、ごめんなさい」

「……まぁ今日はいい。やっぱりセレナは笑ってる方がいいしな」

「ヴェイグさん……」

 

 にっこりと笑うヴェイグさんへ私も笑顔を返した。うん、もう大丈夫。

 私、頑張るねマム。絶対そこへ戻るから。

 体を拭いて髪をドライヤーで乾かそうと思って探す。あっ、あった。

 髪を乾かしながら私はヴェイグさんへ目を向ける。そうだ。今日はヴェイグさんも濡れてるから乾かさないと。

 

「ヴェイグさん、乾かすからこっちへ」

「……それも正直好きじゃない」

「文句言わないでください。えいっ」

「ううっ、妙な感じだ。風が温かいのは」

 

 ふふっ、ヴェイグさんは本当にドライヤーが苦手なんだ。でも、こんなにお喋りするのは珍しい。

 私と二人の時もそんなに自分から話す事はないのに。

 

「あの、ヴェイグさん」

「ん?」

 

 だから聞いてみる事にした。どうしてこんなにも喋ってくれるのか。

 私の質問にヴェイグさんは少しだけ目を閉じると、ポツリとこう言った。

 

「多分、あいつが、タダノがどこか昔の俺に似てるからだ」

「昔のヴェイグさんに?」

「ああ。何の力もなくて、知恵もなくて、自分なんか役立たずだってそう思ってた頃の俺に」

 

 言われて思い出す。只野さんはギアもなくてノイズもいない世界の人。で、えっと、何でもばいと? って言う立場らしくてあまりお金に余裕がないらしい。

 でも、思っていたような人とは違った。初めて会った時の只野さんは、少し眠そうな顔でどこか優しい目をした男の人だったから。

 

 それに、私の事を小さくて可愛いって、そう言ってくれた。あれ、姉さんが私を褒める時と同じだった。本当にそう言ってくれてるって、そう思って嬉しかったけど恥ずかしかったから顔を伏せちゃった。

 

「セレナ、ここにいる間だけ俺はこうして過ごしてもいいか?」

 

 そんな事を思い出してたらヴェイグさんがそんな事を聞いてきた。だから答えは決まっていた。

 

「当然じゃないですか。だって、ヴェイグさんは私の友達ですから」

「……そうか。うん、そうだった。ありがとう、セレナ」

「はいっ!」

 

 初めて出来た装者じゃない私の友達。きっとヴェイグさんは只野さんとも友達になりたいんだ。

 だって、ヴェイグさんも昔は人間を嫌ってなかったはずだから。友達だった相手だっているはずだから。

 

 用意してもらったシャツと……ハーフパンツ? それに着替えて戻るとそこには響さん達がいた。代わりに只野さんと奏さんが見当たらない。

 

「おかえりなさい、響さん、クリスさん」

 

 私が声をかけると三人してこっちを向いて、そして笑顔を見せてくれた。

 

「うん、ただいまセレナちゃん」

「もう大丈夫か?」

「はい。ご心配かけました」

「ところでタダノはどこだ?」

 

 ヴェイグさんがキョロキョロと部屋の中を探すけどどこにもいない。

 

「すまない。只野さんは仕事もあるからと既に部屋へ戻ったんだ」

「えっ!? 夜なのに、ですか?」

「ああ。夜勤と言って分かるか?」

「は、はい。夜中に働く事ですよね」

「只野さんと奏さん、それをやってるんだ。コンビニで」

「「こんびに?」」

 

 響さんの言葉に私とヴェイグさんの声が重なる。初めて聞く言葉だ。あっ、違う。見た事や聞いた事はある。

 姉さん達の世界でお出かけした時に入った事もある場所だ。たしかなんでも屋さん、だっけ?

 

「あれ? 知らない?」

「年中無休、二十四時間営業の店だ」

「あ、はい。思い出しました。なんでも屋さんですよね?」

「……まぁそう言えなくもないか」

 

 何故か私の言葉に翼さん達が苦笑した。何か間違った事言ったかな?

 

「そうか。タダノは大変な事をやってるんだな」

「そうですね。奏さんもなんて……」

「まぁ、そっちはここにいると寝そうだからって理由で部屋を出たんだけどな」

 

 そう言ってクリスさんが笑いながら寝室へ目を向けた。

 視線を動かすと寝室にはまだ奏さんが寝てた布団が残ってる。

 

「翼さん、セレナちゃんですけどどうします?」

「そうだな。今夜は私と共に寝てもらうとして……」

「一緒に、ですか?」

 

 姉さんぐらいとしか寝た事ないから何だか変な感じがする。

 で、でも翼さんならいいかな。今日だってお姫様みたいな事してもらったし。

 

「ああ。嫌だろうか?」

「そ、そんな事ないです。よろしくお願いします」

「で、そっちはどうする?」

 

 クリスさんがヴェイグさんを見た。多分ヴェイグさんは寝る時は戻るんじゃないかな?

 

「……俺ならそのクッションで十分だ。それを寝床にする」

「あ、あれ?」

 

 まさかの宣言です。ヴェイグさん、本当にここだとずっとそうしてるんだ。

 

「どうした? 何かあったか?」

「え、えっと、ないと言えばないですし、あると言えばあります」

「セレナちゃんはヴェイグさんと一緒に寝たいんだよ」

「そういう事か。でも俺がいると邪魔だろうし、久しぶりに俺も一人で寝てみたいんだ。ごめん」

「いえ、いいんです。私こそごめんなさい」

「仲が良いなぁ……」

 

 私とヴェイグさんのやり取りを眺めて響さんがそんな風に呟いた。

 思わず笑みが浮かぶ。だって私とヴェイグさんは友達だから。

 

「はい、私達友達ですから」

「……まぁ、そういう事だ」

「何だぁ? お前、照れてるのか?」

「うるさい」

「うわぁ、可愛いなぁ。ねぇねぇ、ヴェイグさん。私とも友達になってくれないかな?」

「……考えといてやる」

「おおっ、思ったよりもイイ返事が来た!」

「ふふっ、そうだな」

 

 何だかヴェイグさんがここだと皆さんへ優しい気がする。もしかしてここだと匂いがしないからかな?

 もしそうだとすれば、それだけ人間の出す嫌な匂いがヴェイグさんは嫌いって事だ。

 そっか。それもあって只野さんの事を気に入ってるのかもしれない。

 

 そうやって話してるとふと翼さんが私を見た。

 

「良かったら一度行ってみるか?」

「え?」

 

 どこにだろうと思っていたらヴェイグさんが少しだけ驚いた顔で翼さんを見ていた。

 

「こんびに、へか?」

「ああ。興味があるのだろう?」

「い、いいんですか?」

 

 こんな時間に外出なんて姉さんも許してくれないのに。

 

「ああ。ここから二十分ほどだ。いや、セレナと一緒だともう少しかかるか。寝る前の散歩みたいなものだが、どうする?」

「い、行きます!」

 

 夜のお出かけなんて大人みたいでドキドキする。この機会を逃したら当分出来ないかもしれない。

 

「俺もいいのか?」

「構わない。ただ、分かっていると思うが」

「他の人間の目がある時は動かないし喋らない」

「そうしてくれると助かる。では、行こうか」

「はいっ!」

 

 こうして私とヴェイグさんは、翼さんと一緒に只野さんと奏さんが働くコンビニへ行く事になりました。

 ヴェイグさんは私が抱っこする形で初めて見るこの世界の街に目を見開いてた。

 

 やっぱり匂いがないって、そう言って。

 私は姉さん達の住んでいる場所よりも静かな気がするって思った。

 

「嬉しそうだな」

「はい。だって、こんな時間に外へ出るなんて初めてだから」

「そうか。気持ちは分かる。私も初めて遅い時間に外出した時はワクワクしたものだ」

「そうなんですか?」

 

 何だか意外だ。翼さんはもっと大人な人だと思ってたし。

 

「ああ。これで私も大人へ一歩近付いたと、そんな風に思った」

 

 一緒だ。今の私の気持ちもそうだもん。

 

「セレナ、今は色々と思う事もあると思う。だからこそ、溜め込まないでくれ。今の私達はここで生活を共にする仲間であり家族のようなものだから」

「家族、ですか?」

「そうだ。見て分かったと思うが、ここでは私達を支えてくれる組織などない。あの部屋も立花と雪音がコンビニで働き、得た資金で全てを賄っている。故にこれまでのように何でも手に入れる事は出来ない。それでも、私達はむしろそれを楽しむようにしている」

「楽しむ?」

「どうしてだ?」

 

 ヴェイグさんも疑問を浮かべたみたいでそう言った。翼さんはそんな私達に小さく笑みを見せると足を止めて空を見上げた。

 

「ここには、ギアもなければノイズや錬金術師などもいない。私達が求める平和の一欠けがここにある。ここで暮らしていると思うんだ。これがギアの必要なくなった私達の可能性かもしれないと」

「ギアの、必要がなくなった私達……」

 

 心がドクンっと動くのが分かる。訓練も出動もない。怖い敵や恐ろしい事件がない。そんなの、何て幸せなんだろう。

 

「それ故に苦労しても、多少辛くても楽しむようにしているのだ。セレナも分かるだろう? 訓練や実戦に比べれば、大抵の事は平気なものだ」

「……はい」

「だがそれは皆で支え合うからだ。セレナ、いきなりは無理かもしれないが、少しずつでいい。私達をマリアだと思って甘えてくれ。代わりに私達もセレナへ頼み事や何か仕事をお願いするかもしれない」

「私に仕事、ですか?」

 

 翼さんは小さく頷いて笑みを見せた。

 

「あそこで暮らす以上は何か仕事をしてもらう。テーブル拭きや洗濯物を畳むなど、何でもいい。それに応じて少額だが小遣いも出そう」

「お小遣い?」

「ここで暮らしていくのだから、セレナも自分で物を買ったり食べたりしたいだろう? そのための資金は自分で稼ぐ。そう思えば手伝いにも身が入るというものだ」

 

 そう言って翼さんは歩き出した。その背を見つめて私は思い出す。

 姉さんは欲しい物があるなら何でも言ってみてって、そう言ってくれた。

 でも翼さんはそうじゃなくて、欲しい物があるなら自分で頑張って買いなさいって言ってくれる。

 

 それは、どっちも私の事を思ってくれてる言葉だと、思う。優しさには色んな見せ方があるって、私は姉さんやマムを見て分かったから。

 

 そこから会話はなかった。でも、全然寂しく感じなかった。ううん、むしろ頑張ろうって思えてきたぐらい。

 私の世界へ戻れた時、マムが驚くぐらい色んな事を出来るようになっていたい。そのためにもここで頑張ろうって、そう強く思いだしてる私がいる。

 

「あそこだ」

 

 翼さんが指さした先を見ると明るい光が。近くにはお店の看板みたいな物もある。

 

「ヴェイグさん、少しの間我慢してくださいね」

「ああ」

 

 小声でヴェイグさんへ話しかけると小声で返してくれた。

 

 お店の中へ入ると結構人がいる。あっ、奏さんがこっちに気付いた。で、手を振ってくれる。

 

「軽く店内を見て回ろう」

「はい」

 

 何だかワクワクする。見た事のある物やない物。色んな物がお店の中には溢れてる。

 あれ、今裸の女の人が写ってた本があったような?

 

「あの、翼さん」

「ん? 何か欲しい物でもあったのか?」

 

 そう言って私を見つめる翼さんはどこか姉さんに似てた。

 

「いえ、聞きたい事があるんです。さっき、裸の女の人が表紙の本があった気がして」

「……見間違いだ。さぁセレナ、何か飲み物を選んで欲しい。部屋にはジュースの類はないんだ」

「え? あ、はい」

 

 私の質問に翼さんはさっきまでの優しい表情を消してそう言うと、素早く私の後ろへ回って体を前へとおしやってきた。

 この感じ、答えたくない事を聞かれた時の姉さんそっくり。つまり、さっきの本は私には知られたくない事なんだ。

 

「えっと……?」

 

 飲み物の入ったケースの中を眺めているとヴェイグさんが少しだけ顔を動かした気がした。

 何かあったかなって思ってそっちへ目を向けると……

 

「いらっしゃいませ」

「奏さん!」

 

 そこには奏さんがいた。お店の制服が何だか似合ってる気がする。

 

「奏、油売ってていいの?」

「むしろあたしがそう聞いたぐらい」

 

 その答えでもう分かった。只野さんが奏さんをここへ来させたんだって。

 

「にしてもどうしてここへ?」

「セレナやヴェイグがコンビニへ来てみたいようだったから」

「そっか。何か気になる物はあった?」

「えっと……」

 

 さっき見た本の事を聞こうと思うけど、翼さんの反応を思い出すと止めた方がいい気がするので確認してみる。

 チラっと翼さんへ目を向けると翼さんがちょっとだけ苦い顔をして首を横に振った。うん、じゃあこれは聞かないでおこう。

 

「まだないです。奏さん、何かオススメとかありますか?」

「おっと、さすがにそれは予想外だね。答えてやりたいとこだけど、あたしもここで働き出したの昨日からなんだ」

「そうなんですか」

「っと、じゃごゆっくり」

 

 そう言って奏さんが慌てて動き出した。多分只野さんがお客さんの相手で忙しくなってきたからかな。

 

「レジが混んでいるな」

「みたいですね」

 

 見てると只野さんはそれでも平然としてるけど奏さんはどこか焦ってるようにも見える。

 しばらくすると只野さんがお客さんの相手を全部終えて奏さんの隣へ移動した。

 で、奏さんのお手伝いを始める。奏さんが商品を機械に読み込ませてる間に終わった物を袋に入れていってる。

 

「セレナ、見ていたいのは分かるがそろそろ帰らないとさすがに不味い」

「あっ、すみません」

 

 言われて思い出す。もう遅い時間だったんだ。なので周囲に誰もいない事を確認してヴェイグさんへ聞いてみる事に。

 

「俺の欲しい物?」

「はい。ヴェイグさんと一緒に来たから選んで欲しくて」

「……ならあれがいい」

 

 そう言ってヴェイグさんが指さしたのはコーヒー豆が描かれた飲み物。

 

「これですか?」

「ああ」

「決まったようだな。ならレジへ行こう」

 

 翼さんが紙パックに入った四角いコーヒーを手に取って歩き出す。その後をついて行くと翼さんは只野さんのレジへ立った。

 

「いらっしゃいませ」

「お願いします」

「ストローはお付けしますか?」

「どうする?」

「えっと、お願いします」

「一本でいい?」

「に、二本でお願いします」

「かしこまりました」

 

 最初は翼さんに話しかけてた只野さんが、翼さんが問いかけてきたところから私へ話しかけてきてちょっとだけビックリ。

 でも、優しい声と話し方は朝と一緒。本数はヴェイグさんと飲むからって二本にしてもらった。

 小さな袋へ入れられる紙パックのコーヒー。ストローも二本ちゃんと入れられて、持つところを少しだけねじって差し出された。

 

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

「では帰ろうか」

「はい。お仕事頑張ってください」

 

 最後に只野さんへそう言うと何故か苦笑された。奏さんは手を振ってくれたので振り返してお店を出る。

 

 外は少し寒かった。お店の中が少し温かいんだってそこで気付いた。

 

「あの、お二人はいつまで働くんですか?」

「朝の六時までだ」

「夜通し起きてるんですか?」

「そうなる。客数自体は少ないがその分やる事が多いと聞いたな」

 

 翼さんと並んで歩く。袋はヴェイグさんがそれとなく持ってくれてる。見た目的には私がヴェイグさんを抱えて、そのヴェイグさんが袋を抱えてる感じかな。

 

「……甘い匂いだ。それと香ばしい感じも少しする」

 

 ヴェイグさんはずっと袋の中の匂いを嗅いでる。そんなにコーヒーの匂いが気になるのかな?

 でもちょっと可愛いので黙って見つめる事にした。翼さんもそんなヴェイグさんを見て微笑んでる。

 

「ふふっ、帰ったら飲んでみればいい。ただし、飲み過ぎないようにな。寝れなくなるかもしれない」

「そうなのか?」

「コーヒーは眠気覚ましに飲まれるからな。まぁそれは子供でも飲めるように作られているからそこまで心配はないと思うが」

「そうなんだ。良かったぁ」

 

 でも飲んだら歯磨きしないと。それに明日からは新しい生活が始まる。

 お手伝いをいっぱいしてお小遣いをもらって、ヴェイグさんと色んなところへ行って……。

 

 あれ? そう思うとちょっとだけ楽しくなってきたかも……。

 

「とにかく、セレナ、明日からよろしく頼む」

「はい」

「俺もいるぞ」

「クスッ、そうだったな。ヴェイグもよろしく頼む」

 

 袋から顔を上げたヴェイグさんだけど、それがとっても可愛かった。翼さんが思わず笑っちゃうぐらいに。

 

――マム、待っててね。必ずそっちに帰れるようにしてみせるから。

 

 

 

「それじゃ、後はお願いします」

「はい、お疲れ様です」

「お先に失礼します」

「お先に失礼しまーす」

 

 朝勤の一人へ後を託して天羽さんと一緒に事務所を出る。カウンターにいる南條さんへも挨拶をしようと近付くと、向こうがこっちを見て笑みを見せた。

 

「お疲れ様。もう帰り?」

「ええ。さっさと帰って運動しないといけないんで」

「運動?」

「先輩、歳もあって太りそうだって」

「あー、成程ねぇ。只野君、もう三十だっけ?」

「ま、立派なおっさんですから」

 

 天羽さんの言葉で南條さんが理解したとばかりに笑うので俺も苦笑で応じる。

 それにしても天羽さんは凄いな。もう南條さんと親しくなり出してる感じがある。

 

「とにかく後お願いしますね」

「はいはい。店長も早く帰って休んでちょうだい」

「それ、止めてくださいって。たまに本気でお客様にも言われるんですから」

「いいじゃない。それぐらいみんな只野君の事頼りにしてんのよ」

「俺以外に二年以上やってる夜勤がいないだけですよ。じゃお先に失礼します」

「失礼します」

「はーい。気を付けて帰ってね」

 

 あまり長居するとあの人の長話が始まるので適度なところで切り上げる。

 店を出れば見事な晴れ晴れとした空が広がっていた。

 

「ん~……南條さん、だっけ。あの人、長いの?」

「朝勤としては古参だよ。俺より少し前に入った人らしい」

「そうなんだ。気の良いおばちゃんだよね」

「ああ見えて三人の子供を育てた人だからな」

「そりゃ凄い」

 

 天羽さんと並んで歩く。二日目だけどさすがは若いだけある。昨日言った事はほとんど覚えてるし、荷物の来る時間を考えて補充や掃除も率先してやってくれる。

 はっきり言って仕事がはかどるはかどる。オーナーがいれば間違いなく言われたはずだ。俺と天羽さんがずっといれば夜勤は安心だって。

 

 それにしても困ったもんだ。何と天羽さんは外でも先輩呼びをする事にしたらしい。

 それが分かったのは昨夜の勤務前。俺は部屋にあった朝飯用のおにぎりを食べるために響達の部屋を出たのだが、天羽さんもそれについてきたのだ。

 

――あのままいるときっと寝る。

 

 そう眠そうな顔で言われた時は思わず苦笑してしまった。

 やはり慣れないリズムの生活は天羽さんといえど若干疲れるものらしい。で、俺の部屋なら寝る事はないからとついてきたのだ。

 そこからの方が近いというのもあったけど、元々響達が暮らしてた部屋を見てみたいという気持ちもあったんだと思う。

 

 で、俺がおにぎりを食べてる間天羽さんは俺の布団をちゃっかり敷いて横になってた。

 

――あー、先輩こんなんじゃ疲れ取れないって。悪い事言わないからもう少しマシな布団買いなよ。

 

 そこで言われた先輩との呼び方に俺は思わず食べていたおにぎりを詰まらせるかと思ったのだ。

 

 あと、今にして思えばあれってかなり問題行動だったよな。何せ夜に女性を部屋へ連れ込んだんだから。

 それと、多分天羽さんもやっぱりどこか頭が回ってなかったんだと思う。俺の布団で寝転がるぐらい眠かったんだろう。

 

「どうしたのさ。そんな風に笑って」

「天羽さんの昨夜の行動を思い返してた」

「……忘れてって言ったじゃん。あたしもどうかしてたんだって、あの時はさ」

 

 若干恥ずかしそうに俯いて頬を掻く天羽さんが可愛い。ま、だろうなと思う。

 

「無理無理。俺の布団を散々けなしておいてちょっと目を離した隙に軽く寝てたんだから」

「だからあれは……」

 

 色々と言い訳を繰り返す天羽さんだが、残念ながら俺の耳には届かない。

 あの天羽さんは多分だけど誰にも見せてない天羽さんだ。何て言うか子供っぽかった。なのでそっと心のアルバムに綴じておく。

 

「ちょっとっ、聞いてるの先輩!」

「聞いてる聞いてる」

「絶対聞いてないやつだ、それ」

「んな事ないない。しっかり聞いてる」

「白々しい……」

「天羽さんは赤のイメージだから紅白で縁起が良いな」

「このぉ……どこまでふざけるつもりだ、この先輩は」

 

 そうこうしているとあっという間に分かれ道へ到着。

 

「じゃ、今度は土曜に」

「ん。じゃあね先輩」

 

 少しだけくすぐったいが少しは慣れてきた。それと、ちょっとだけテンションが上がっている自分がいる。まぁ、可愛い女性に先輩と親しみを込めて呼ばれて悪い気はしないし。

 

 足取りも軽く見慣れたアパートへ到着し鍵を開けて部屋の中へ入る。もらってきた大盛りペペロンチーノを冷蔵庫へしまって運動着へ着替え、スマホとタオルを持って再び部屋を出て鍵を閉めて歩き出す。

 この間、わずか一分程だ。さてさてでは散歩を開始しますかね。

 

 まず目指すはあの公園。ゆったりとのんびりと歩く。

 それにしても、こうやって散歩するようになって気付いた事がある。

 この辺ってこの時間意外と静かって事と、思ったよりも散歩って気分がいいって事。

 

「ま、一番は俺の心境の変化かもしれないな」

 

 響と出会って変わり出した俺の日常。それまではただ漠然と働いて暮らしていただけだった。

 それが彼女達と出会って、このままじゃいけないと強く思うようになった。とはいえ、だからと言っていきなり正社員になんて不可能だし、今の職場での出世なんてもんも難しい。

 出来たのは彼女達への衣食住の不完全な提供とこちらでの収入源の提供ぐらい。他には役に立てていないのが現状だ。

 

 でも、今後はそれじゃ不味いかもしれない。セレナちゃんは帰る道を隠されてしまい、他の平行世界のゲートも同じようにされたらしい。

 天羽さんも境遇だけならセレナちゃんと同じ訳だ。ただ、彼女はセレナちゃん程は堪えてないらしい。

 

「……いや、そう見せてるだけかもしれない」

 

 実際そういう思い込みで俺はクリスの心を傷付けた。なら天羽さんの事も考えないといけない。

 さすがに彼女は呼び方で不満などはないはずだ。俺の敬称を外したぐらいだしな。

 

「……とりあえず、住宅情報誌をまた立ち読みしないとな」

 

 セレナちゃんも来た以上あの1DKも手狭だ。せめて1LDKか2DKを探そう。それと天羽さんから言われたここでの連絡手段の確保。

 ただスマホを人数分となるとさすがにキツイ。となるとせめて二台か一台。二台の場合は天羽さんとクリスに持ってもらう事になるかな。

 

 でも、今考えるべきはそれじゃない。どうして平行世界のゲートが隠されてしまったかだ。

 そう、隠されただ。消滅したなんて思いたくない。あのセレナちゃんへの言葉は俺自身への言葉でもある。

 

「もうこんなとこまで来てたか」

 

 気付けばもう公園が見えてきた。さて、なら公園内をグルグル歩きながら考えるか。

 

 まず、セレナちゃんがここへ来た時から既に異変の兆候は出ていた。時間のズレがそれだけど、今まではこっちで一週間が他では一日にも満たないとかのズレだった。

 これは要するに時間の流れがここ以外がゆっくりなんだと思ってた。かと思えば、あっちで数時間がこっちでは数分だった事もあった。

 こうなると時間の流れに関しては確たる事が言えなくなる。ただ、これがもし悪意のやっている事かあるいはそれに付随する事だとすれば、だ。

 

「……その目的は絶対響達へ良くない事のはずだ」

 

 そう、悪意の目的はあくまでも装者達への復讐。その第一段階は初手にして王手だった。

 間一髪響が俺と出会ったおかげで何とか詰みは避けられたけど、未だに苦しい展開が続いていると言える。

 そんな中、俺が期せずして反撃の一手を打った。それが“戦姫絶唱シンフォギアチャンネル”というものだ。そこで風鳴翼や天羽奏、ツヴァイウィングがその歌を上げた。

 しかもツヴァイウィングは“逆光のフリューゲル”だ。これ程強烈なものはなかったんじゃないだろうか。

 あのシンフォギアの始まりを告げた歌だ。きっとそれが悪意を焦らせた。このままだと今までの苦労が徒労に終わると。

 

「それで平行世界へのゲートを閉じた」

 

 そうする事で装者達の心や気持ちを乱そうと思ったのだろう。実際セレナちゃんはかなり参っていた。

 もし彼女にヴェイグさんがいなかったら、そしてここに響達がいなかったらどうなっていたか。

 イヴさんはきっと複雑な想いをしているだろう。そしてそれはザババの二人もだ。あの世界にはマムが、ナスターシャ教授がいる。

 

 天羽さんはセレナちゃん程依存している相手がいないからまだ軽傷で済んでいるが、それでもダメージがない訳じゃないだろう。

 そして、このままで行くと最悪根幹世界へのゲートも閉ざされる可能性がある。もしそうなったら終わりだ。

 

 一つは九人の装者が揃わない事であの世界蛇を倒した時よりも戦力が落ちる事。

 ただ、これを回避すると今度は別の意味で不味いのだ。

 何故なら俺の許容量を超える数の女性の人生を一時的とはいえ預かる事になるからだ。今だって響達には半分以上自分達で何とかしてもらう方向で対処している。

 幸い彼女達は年齢やその技能でそれぞれに収入を得る事が出来ている。ただセレナちゃんは無理だ。どう逆立ちしたってバイトが出来る子じゃない。

 イヴさん達四人はまだマシかもしれないがもう店へ紹介は無理だ。人手が足りている。

 

「……もし仮にここへ残る四人の装者を呼ばないといけなくなったらどうするか」

 

 総勢九人もの女性。それを一か所で生活は難しいと言わざるを得ない。可能ならば三か所ぐらいに分散だろう。

 響に小日向さんとクリス、翼と天羽さん、そして残りの四人か。そうなった時、俺の少ない蓄えでは支えきれないのは明白。

 

「待てよ? 今の最悪が実際に起きるとして、装者だけで事を解決出来るのか?」

 

 言っては何だがみんなで出来るのは力で何とかする時だけだろう。となると、今回には向かないかもしれない。

 頭脳方面で何とか出来る存在がいる。錬金術とか聖遺物とかの知識がある存在が、フィーネや櫻井了子やキャロルとかの知識人が。

 

 だがそんな存在との協力は既に断たれた。そうか、平行世界との連携で世界蛇は負けた。そこを踏まえてまず連携を断ってきたのか!

 となると最低でも頭脳担当の人間を確保しないといけない。ただ、響達の世界でそういう方面となると……

 

「……エルフナインちゃんかっ!」

 

 俺は善は急げとばかりにみんなの部屋を目指した。何があるか分からない今、俺はもしかしたらと思っている事を試そうと思った。

 階段を可能な範囲で静かに上がり、すぐそばのドアをノックする。

 

「翼、起きていたら開けてくれ。頼みたい事がある」

 

 少し待つとドアがゆっくり開いた。

 

「只野さん、どうしました?」

「翼、何も言わずにこれを持って行ってエルフナインちゃんへ聞いてくれ。これがあれば君はこの世界へ来れるかって」

「これとは……只野さんのスマートフォン?」

「ああ。以前君達は言ったな? これはデュプリケーターに近い、と。あれは生身の人間がギャラルホルンの中を行き来出来る物だったはずだ。なら、もしかしたら」

「……これがあればエルフナインもギャラルホルンを通過出来る、かもしれない。分かりました。聞いてきます」

「頼む。それともう一つ。下手をすると君達の世界へのゲートも危ない可能性がある」

「何ですって?」

「思い出してくれ。世界蛇は君達だけじゃなくいくつもの平行世界が連携する事で敗れた。それを悪意は覚えていた。だからまずその連携を断ってきた可能性がある」

「……っ! こちらの要を潰そうとしてる?」

「可能性がある。実際この件に関して有力な意見をくれそうなフィーネに櫻井了子、キャロル達錬金術師達とはもう手を組めない」

 

 そう言った瞬間翼が息を呑んだ。そう、そうなんだ。相手は本気で敗戦を糧にしてきている。

 スクルドもいない今、こことの行き来を可能とするのはこのスマホぐらいかもしれない。だが、これの欠片で何とか出来るのは多分装者だけだ。

 とてもではないがこちらに何人も送り込む事は出来ない。経済的な面でも住環境的な面でも、だ。

 

「翼、急いでくれ。悪意は多分力を取り戻し切る前に動いたはずだ。奴は恐ろしく用心深い。現状で出来る最大の効果を発揮する行動を適宜とって来てる気がする」

「ええ、同じ気持ちです。なら今すぐ行ってきます」

「天羽さんはもう寝た? そうじゃないなら一緒に行った方が……」

「奏は運動のために外出中です。連絡などは出来ないので難しいかと」

 

 天羽さんの声がしないからと思ったらそんな答えが返ってきた。

 どうやら彼女は彼女なりに体型などへ気を配っているみたいだ。

 とにかくもう俺に出来る事はない。スマホを翼へ託し、一縷の望みに賭けるだけだ。

 

「分かった。気を付けて」

「はい」

 

 ドアを閉めて俺は部屋へと戻る事にした。さすがにこんな気持ちでは散歩どころじゃない。

 

 そうして部屋へ戻った俺は冷蔵庫からパスタを出してレンジで温め、それを食べながらまた考えた。

 悪意が恐れている事がもし仮に“戦姫絶唱シンフォギア”の認知度の上昇だとするなら、何故平行世界との行き来を封じたのか?

 俺なら真っ先にここへの裂け目を封鎖する。でも何故かそれをしていない。それは……何故だ?

 

「出来ない理由がある……のか?」

 

 天羽さん経由で聞いたナスターシャ教授の話じゃ、何でも悪意はその力を世界蛇との戦いで大きく失っていて、それを取り戻すため様々な世界から悪意などの負のエネルギーを吸い取っているのではないかとの事。

 その結果として各平行世界が平和になっているというのは皮肉なものだが、今回の事から察するにその力がある程度戻ったと見るべきかもしれない。

 

「あるいは、そのなけなしの力を使ってでも動かないといけなくなったか」

 

 よくある展開だ。敵の幹部クラスがヒーローを弱体化させるための手段として仲間との連携を断ち切るのは。

 その方法は様々だが、今回は物理的に行ったって事か。精神的じゃなくて良かった。多分だけど装者のみんなはそっちの方が弱い。

 

 あのアルゴスイベントなんかそれだった。信じてるけどそれでもって、かなり揺らいでいた。

 もしあれがイヴさんの意識を改変してのものだったらヤバかった。あるいは、翼も洗脳とかだったら話が変わっていた可能性が高い。

 

 もしくは意識は本人のままだけど体だけが操られてるとかだな。

 

「……悪意がそういう事をしてこないといいけど」

 

 装者の誰かの中へ入り込み、その闇を増幅して手先にするなんて特撮じゃ珍しくない展開だし。

 

「その場合、狙われるのは主人公に一番近い存在だよなぁ」

 

 つまり小日向さん。この上なくピッタリな人選である。何せ彼女の場合は前科というか似たような事をされた事があるからなぁ。

 しまいにはXVではラスボスに体を乗っ取られるという事までされた。そう考えると響というシンフォギアを代表する人間を狙うにこれだけ向いている存在はいない。

 それに、小日向さんって本人は自覚ないけど響への友情が既に愛情レベルまで行ってる気がするんだよ。あれ、本人が自覚したら本気で嫁になるんじゃないだろうか?

 

「……とまぁ、くだらない事はおいといて」

 

 食べ終わった容器を口を拭いたティッシュである程度拭いてから水洗い。後は乾くまで流しへ立てかけて放置。

 

「悪意の目的が装者達への復讐なら俺がするべきは彼女達の保護及び支援。何の力もない人間だって、諦めなければ英雄に、ヒーローになれるって俺は教えてもらってるんだからな」

 

 そう、変身出来るから、ギアがあるからヒーローじゃない。諦めない心を持つからこそヒーローなんだ。

 彼女達はそうだった。俺だってギアがないだけで同じだ。同じ人間だ。

 

「生まれた世界は違っても、言葉や見た目が違っても、夢は繋ぎ合える。俺は、そう信じてるし信じて行きたい」

 

 人生に必要な事は特撮やアニメ、ゲームが教えてくれた。オタクで結構。何も熱中出来るものが、夢中になれるものがないよりマシだ。

 

「……とりあえず寝るか」

 

 そう呟いて布団へと横になる。若干香るのは、もしかして天羽さんの匂いか?

 

「…………食べたばかりで寝るのは良くないよな、うん」

 

 もう少しばかり起きていよう。いや、別に天羽さんの残り香が影響したとかじゃなくてやっぱり食べてすぐ横になるのはいけないと思っただけだ。

 とりあえず鍵は閉めてある事を確認。カーテンも閉めてある。うん、寝る準備は完璧だな。後は消化するまで待つだけだ。

 そうそう、燃えるゴミの日近いけど捨てないといけない量か確認しないと。ティッシュの残量は大丈夫かな?

 

 そうだそうだ。今日は中途半端なところで運動を切り上げたし、筋トレでもしようかな。うん、それがいい。

 

 こうして俺が寝たのはそれからしばらく後になった。

 布団、買い換えよう。そう思いながら俺は目を閉じるのだった……。

 

 

 

「結論から言えば可能だと思います」

 

 エルフナインの言葉に翼だけでなく発令所にいた全員が安堵するように息を吐いた。

 

「以前も言ったと思いますが、これはスクルドの方達が使っていたデュプリケーターに非常に似ています。ここで似ているのはその仕組みではなく効果です。上位世界という本来であれば訪れる事の出来ない場所へ響さん達を固定化させて行動を可能にしている時点で、その性能はデュプリケーターを超えていると言っていいでしょう」

「では、その欠片を持てば我々も世界を越えられるのか?」

「いえ、それは無理です。装者の皆さんはギアという聖遺物の欠片から生まれたプロテクターでこの依り代の力を増幅している状態です。何もない状態ではこのサイズで持っていなければ世界の壁を越える事などは不可能でしょう」

「つまり行き来は何とか出来ても現地での行動に差し支えると、そういう訳か……」

 

 弦十郎の呟きにエルフナインは頷く。スマホを持って世界を越えて仁志の世界へ行き、またそれを装者が運んでとすれば行き来だけは可能だ。

 だが、行った先で自由に行動出来ないのであれば意味がない。特に最悪の場合自分が行って力仕事で稼ぐ事を考えていた弦十郎にとっては死活問題である。

 

「こうなると、やはりその只野さんと言う方の希望通りエルフナインちゃんを送る方がいいと思います」

「そうですね。俺達じゃ色んな面で面倒事が多いですし」

 

 あおいと朔也も仁志の世界では役立てない事が多すぎると言えた。二人は後方支援のプロフェッショナルだが、それは雇ってくれる組織や会社を見つける必要があり、加えて常にスマホを持ち歩かないと行動が出来ない以上、勤務先によっては行動出来なくなる可能性もあるのだ。

 

 そもそも朔也に至っては男性であるが仁志と同じ生活は送れない都会っ子である。

 

「そうだな。それに、彼の言う様に最悪ここと上位世界との行き来を封じられる可能性もある。そうなった時、装者達だけでは対処出来ない事も起きる可能性がないとは言い切れない。だが、やはり不安は残る。翼、エルフナイン君とギャラルホルンを通過する際は彼女の体を抱えて行ってくれ」

「分かりました」

「待って頂戴。なら私も一緒に行くわ。護衛は必要でしょ?」

「ならばついでにセレナとも会って欲しい。一晩でかなり気持ちを上向きに出来たようだ」

「嘘でしょ? だってあの時は……」

「それも含めてマリアには見て欲しいんだ。あの世界や、只野さんを」

 

 その言葉でマリアは悟る。翼が自分の抱いている只野仁志という人物像を変えたいと思っている事を。

 

(そう、それだけ貴方が言うと言う事は私の想像通りではないんでしょうね。でも、きっとその男は何か企んでる。だって、響は仕方ないにしてもクリスまでいるのよ? しかもあのクリスが信頼するって、一般人にそんな男いるはずないわ。少なからずいやらしい目であの子の事を見るはずだもの!)

 

 確信レベルでそう思っているマリアだが、だからこそ仁志はクリスの目を見つめて話す事を義務付けているのである。

 そしてマリアが考える事は仁志も考える訳で、それもあって彼は出来る限り紳士的に振舞おうとしているのだ。

 

「あ、あのっ!」

「未来君か。どうした?」

 

 話も終わり、このままだと翼はエルフナインを連れてマリアと共に仁志の世界へ戻ってしまうと思ったのだろう。未来は意を決して声を上げた。

 

「わ、私も一緒に行っていいですか?」

「未来君もか……」

 

 響が未来の傍を離れて一週間以上が経過しようとしているが、未だ連絡も顔を合わせる事もない。

 一度クリスと共に戻ってきた際に少し話をしたきり、未来は響の顔を見ていないのだ。

 思いもしないだろう。あの響が未来と会えない事を寂しく思うよりも仁志と過ごせる時間へ想いを馳せているとは。

 

「行ってくるといいデスよ未来さん」

「うん。こっちは少しぐらい私と切ちゃんで大丈夫だから」

「二人共……」

「依り代とやらも組み込み済みデスし、今なら失われたユニゾンが復活出来るかもしれないって言われました」

「私達は元々不安はないけど、より一層ユニゾンの精度が上がるかもしれない。なら、余程の敵がこない限り負けません」

 

 二人してギアペンダントを見せる切歌と調。そう、かつてイグナイトモジュールがあった頃に磨いたユニゾン。それはダインスレイフの欠片を失った事で手放す事となったのだが、依り代と言う新たな欠片を組み込む事でまさかの共鳴を確認。

 まだ検証はしていないが、上手くすればあの頃よりも凄いユニゾンが可能かもしれないと、そうエルフナインは考えていたのだ。

 

「よし、未来君の同行を許可しよう」

「ありがとうございますっ!」

「ただし、まだマリア君と未来君の滞在は時期尚早として認めない。用件を済ませたら素早く帰還してくれ。向こうの住宅及び財政事情はひっ迫している。資金の余裕が出来ない限り、向こうが望むエルフナイン君以外にこちらから新しく住人を増やす訳にはいかない」

「は、はい」

「分かっているわ。セレナと会って、只野と言う人と話をしたら戻ってくる」

「うむ。それと翼、また食料を持って行け。食堂へは俺から話を通しておく」

「ありがとうございます。そろそろもやしやキャベツの頻度を増やす事になりそうで困っていたので」

 

 その翼の一言でエルフナイン以外が戦慄した。

 

――風鳴翼がもやしやキャベツを使って飢えを凌いでいるという事に……。

 

 

 

 何だろう? 遠くで何かを叩く音が聞こえる。工事……? いや、そんなはずはない。

 

「只野さん、只野さん。すみませんが起きてください」

「っ!?」

 

 聞こえた声に目を開けて勢い良く体を起こす。時間を確認しようとして枕元を見て……スマホがない事に気付く。

 

「と、とりあえず今は開けるか」

 

 四つん這いで布団から這い出して玄関へと向かう。鍵を外しドアを開けるとそこには翼が立っていた。

 

「すみません。寝ていたいでしょうが緊急を要すると思いまして」

「いや、いいよ。で、どうだった?」

「その前に中へ入れてもらってもいいでしょうか?」

「ああ、そうだね。どうぞ」

 

 そう言って俺は玄関から離れて部屋へと戻る。すると翼が入ってきて……え?

 

「お邪魔します」

「し、失礼します」

「失礼するわ」

 

 翼に続いて見慣れない、いやある意味見慣れた二人が現れたのだ。

 

「え、エルフナインちゃんにマリア・カデンツァヴナ・イヴさん?」

「は、はい。僕がエルフナインです。よろしくお願いします」

「ご丁寧にフルネームでありがとう。そう、私がマリア・カデンツァヴナ・イヴよ。よろしく」

「あっ、はい。こちらこそよろしくお願いします。只野仁志と言います」

 

 ぺこりと頭を下げるエルフナインちゃんへ合わせて俺も頭を下げる。イヴさんは会釈さえもないけど、無理もないと思うので何も言わない。

 

「只野さん、見ての通りエルフナインはあのスマートフォンでこちらへ来れました」

「みたいだね。良かった。これで少しセレナちゃんの支えが増えたよ」

 

 俺がそう言うと三人が揃って疑問符を浮かべた。まぁ無理もないだろうな。これはエルフナインちゃんが来れたら話そうと思ってたし。

 

「セレナちゃんは最年少だろ? つまりは末っ子だ。どこへ行っても自分が一番年下。これ、意外とストレスになる事もあるんだ」

 

 常に年下扱いを受け、時には未熟者扱い。俺も最初にバイトした時がそうだった。最初の内はいい。でも、ある程度して仕事なんかも覚えてきたのにそれでも子供扱いみたいなのが気に障った時もある。

 甘えてもいいとかミスしてもいいんだとか、とにかくそういう扱いを前向きに捉えられる人ならいい。でも、きっとセレナちゃんはそうじゃない。

 

「エルフナインちゃんはきっとそういう扱いをされても気にしないだろ? だから、セレナちゃんがエルフナインちゃんを妹分として見られるし扱えるんだ。翼とイヴさんなら分かるんじゃないか? 自分よりも年下がいるって、守らなきゃしっかりしなきゃって支えにならない?」

「そうですね。私も立花や雪音を得てそういう気持ちは強くなりました」

「否定はしないわ。そう、セレナの心の支えをね……」

「僕としても僕がいる事でセレナさんの支えになれるのなら嬉しいです」

 

 イイ子だなぁ。でも、やっぱり格好がちょっと問題だ。幼い外見で白衣だもんなぁ。せめて外出する時は歳相応と言うか外見相応な格好をしてもらいたい。

 

「それで、イヴさんはどうして?」

「翼にここを、そして貴方を見てみろと言われたの」

 

 やや冷たい口調のイヴさん。翼は苦笑している。エルフナインちゃんはどうしてイヴさんがそんな感じなのか理解出来ないように小首を傾げていた。

 多分、イヴさんはここに来る前にセレナちゃんと会ったはずだ。で、彼女が前向きになっている事に気付いたんだろう。それをやったのが俺だって、そう言われたか聞いたかしたんだ。

 

 ……これ、若干嫉妬してない? 最愛の妹を姉を差し置いて他人の男が立ち直らせたって。

 

「えっと、それは何というか、わざわざご足労をおかけしまして申し訳ない」

「別にいいわ。セレナやヴェイグから貴方の事は聞いたし、奏達からも色々聞いた。随分慕われているのね」

「マリア……」

「いいよ。イヴさんの気持ちも分かる。なんたってこんなとこに住むしかないような奴が、こぞって好印象を述べられるんだ。人間の表と裏を色んな意味で見てきてるイヴさんからすれば、色々勘ぐりたくなるのも無理ないよ」

「っ……そういう事よ」

 

 一瞬だけど表情が動いた。でもすぐに無表情へ戻る。どうやらかなり警戒されてるらしい。

 

「それで、エルフナインちゃんは今後こっちにいてくれるのかい?」

「はい。只野さんの予想された事態になっても対処出来るよう、僕はこちらで分かっている情報を分析し推理していこうと思います」

「そっか。イヴさんは?」

「私は一旦帰るわ。こっちで暮らそうにもあの部屋じゃ無理よ。エルフナインでギリギリじゃない」

 

 もっともな答えだ。でも、そうか。今のセレナちゃんとならイヴさんも一緒に居られるはずだ。

 いや、下手したらイヴさんの方が参ってるかもしれないな。なんだかんだで抱え込んでしまう女性だし、彼女も。

 

 …………決断の時か。イヴさんも来てくれれば悪意の恐れる事も加速出来るだろうし。

 

「イヴさん、なら戻って司令に、風鳴弦十郎さんに尋ねて欲しい。装者全員をこっちで預かってもいいですかって」

「「「えっ?!」」」

「少ないけど俺には蓄えがある。それを使えば他の部屋を探して二か月ぐらい君達の生活を支える事は出来るさ。その間にイヴさん達にもバイトや収入を得る手伝いをしてもらいたいんだ。俺の予想が正しければ、これが上手くいけば悪意は次の行動へ出る」

「ど、どういう事ですか?」

 

 意を決して告げた言葉に真っ先にエルフナインちゃんが反応してくれた。まだ翼とイヴさんは驚きで戸惑っているようだ。

 

「俺達がこっちで“戦姫絶唱シンフォギア”って名前の動画チャンネルを開設したのは知ってる?」

「はい。それは聞きました。その知名度が上がった事が今回のゲート封鎖の要因じゃないかって」

「そう。だからその知名度をもっと上げるんだ。忘れられてしまった戦姫絶唱シンフォギアをみんなに、世界に思い出してもらえるように。それにはマリア・カデンツァヴナ・イヴの協力が必要不可欠なんだよ」

「私の?」

「そうだ。ツヴァイウィングが逆光のフリューゲルを歌ってアップした事。これが悪意が動いた一番の原因だと思う。なら、次は君達の世界で七十億の人達を繋いだ際に歌われた歌や、ツヴァイウィングにイヴさんを加えた……言うならばドライディーヴァか。その歌声を世界中に向けて配信する。はっきり言おう。これはここでもまだ実現してなかったものなんだ」

「こちらでも実現していない……。じゃあ、それだけ衝撃度は高いんですね?」

 

 エルフナインちゃんは本当に賢い。俺が何を狙い何を企んでいるかを読んでくれている。

 

「そうなんだよ。もしかしたら、それで以前知っていた人達が何か思い出してくれるかもしれない。実は俺達ファンが見たいものの一つでもあるんだ、歌姫三人の曲ってのは。その姿だけならゲームでカード化されたんだけどさ」

「ゲームでカード化、ね。本当に不思議な言葉だわ」

「ああ、だけどそれがここでは真実だったんだ」

 

 やっとイヴさんの表情に感情が乗った。微妙な顔だけど無表情よりはいい。でも、やっぱ美人だよなぁ。

 

「何? 人の顔をジロジロと」

「あっ、すまない。こうして直接会ってみるとアニメやゲームで見てたよりも美人だなってさ」

「……それはありがとう。でも、本当に大丈夫なんでしょうね? 女十人も貴方が背負えるの?」

 

 当然の疑問だ。正直言えば背負えないだろう。だから、ここは包み隠さず全てを伝える。

 

「ずっとは無理だ。さっきも言った通り、精々二か月ぐらいがやっとだよ。でも、もうじっくり動ける状況じゃない。悪意は平行世界との連携を断ち、これまでの君達の利点を潰しにかかっている。次にこことの行き来を封じれば、双方に待っているのはジリジリと追い詰められ、嬲られ、殺されるだけだろう」

 

 根幹世界との行き来が封じられるとすれば、その時はどちらかしかないと思う。

 それだけ向こうが追い詰められたか。あるいは悪意がその力を完全に取り戻したか、だ。

 

「……マリア、ここが勝負どころだと私は思う」

「翼……」

 

 俺の顔を見つめ翼が凛々しい表情を見せる。その眼差しは俺の決意や覚悟を見極めようとしている風にも見えた。

 

「只野さんは本気だ。本気で自分の今持てる全てを使って勝負を仕掛けに出てくれた。私はその勝負に乗りたい。乗って見事に勝ちを収めたい」

「気持ちは分かるわ。でも、ここにはS.O.N.Gも二課もF.I.Sさえもないのよ?」

「だからこそだ。マリア、只野さんは一般人で見ての通り生活はとてもではないが裕福ではない。そんな人でさえ、この世界を、そして私達の世界を守ろうとしてくれている。ここで失う財産の補填など、誰もしてくれないと分かっていてもだ」

「そ、それは……」

「イヴさん、最悪君だけでもいい。何とかこちらへ来てくれないか? ゲートが消えた以上、それを他の平行世界の関係者達が知れば不安や恐怖を抱く可能性が高い。それを悪意は狙ってるとも考えられるんだ」

「十分にあり得ます。きっと失った力を取り戻すために不安や恐怖を煽るはずです」

 

 エルフナインちゃんの言葉にイヴさんが息を呑んだ。そうか。ナスターシャ教授だ。いくら平行世界とはいえ、マムはマムだろうしな。

 

「マリア、頼む。あちらの暮らしに慣れた今、こちらでの暮らしは不便で不快かもしれない。それでも、どうか首を縦に振ってはくれないだろうか?」

「イヴさん、頼む。俺が信頼出来ないのはいい。だけど、セレナちゃんのためにもこっちに来てくれ。今のあの子は元居た世界へ戻る事を目指して頑張り始めてる。それを傍でちゃんと見てやって欲しい。ここでは、君達は誰に憚る事なく姉妹でいられるんだ」

「……誰に憚る事なく、姉妹で……」

 

 そう呟いてイヴさんは俯いた。俺はそれを見て時間を与えるべきだと思って立ち上がる。

 

「少し出てくる。翼達はここで待っていてくれ」

「どちらへ?」

「ちょっと確認をね」

 

 そう言って俺は部屋を出た。向かうのは駅前の銀行。俺の口座を作った銀行の支店だ。

 走って向かえば十分もかからない。到着したら運良く待つ事もなくATMを使えた。

 まずは残高照会。キャッシュカードを入れ、暗証番号を入力する。

 

「……これだけか」

 

 表示されたのは46万円弱。なので次は引き出しを選び、暗証番号を入力して出せるだけ全てを引き出す。

 残ったのは1000円にも満たない金額。キャッシュカードを回収し、近くに置いてある銀行の封筒を手に取ってそこへ出て来た札をしまってその場を後にする。

 生まれて初めて持つ大金にどこか緊張しつつ、俺は急いで部屋へと戻る。ドアを開けるともうイヴさんは顔を上げていた。

 

「お、お待たせ……」

「走って来たのですか?」

「あ、ああ……」

 

 靴を乱雑に脱いで彼女達の前へ移動する。そして持っていた封筒を目の前へ置いた。

 

「ここに46万1000円ある。これが俺の引き出せる全ての金だ。これで君達の世界と、この世界の未来を守りたい。賭け金としては不足かもしれないが、どうかこの賭けに乗ってくれないか?」

 

 俺はイヴさんの目を見つめてそう尋ねた。彼女は一度も俺から目を逸らす事無く見つめ返してきた。

 

「……46万1000円、ね。随分安く見られたものだわ」

「っ!? マリアっ!」

「落ち着きなさい翼」

 

 そうはっきりとした口調で告げ、イヴさんは封筒を手にした。

 

「でも、きっとこれだけ重いお金もないでしょう」

 

 言いながらイヴさんはゆっくりと封筒を持ち上げる。その表情はどこか凛々しい。

 

「二つの世界の未来を賭けた46万1000円、たしかに受け取ったわ。私もこの賭けに参加してあげる」

「……ありがとう」

「礼はいい。それはこの賭けが成功したら言って頂戴」

 

 封筒を見つめ、イヴさんは噛み締めるように俺へこう言った。

 

「それにしても、嘘が付けないのね。これはまだ一部だとか言っても分からないでしょうに」

「嘘を吐いていい時といけない時ぐらい分かってるさ。今は俺を少しでも君に信じてもらわないといけなかった。俺の覚悟と気持ちを、伝えないといけなかった」

「……そう。じゃあ、これは一旦返すわ。私が来るまでにセレナと暮らす部屋を見つけておいて」

「分かった。ただ、そこまで良い物件は」

「了承してる。ただ、こんなとこみたいなのは止めて」

「分かってるさ。最低でもトイレとシャワーがあって、それが別になってるとこを探すよ。ああ、部屋はワンルームでもいいかな? 広さの要望はない? 三畳一間でも構わないとかなら助かるんだけど」

「…………相当苦労してるのね、貴方」

 

 最後にそう言ってくれた時、イヴさんは初めて笑ってくれた。呆れながらの笑みだったけど、それはとても可愛い笑みに俺には見えた……。




まさかのエルフナイン来訪。そしてマリアと未来も来訪。

え? 未来はどこだって? 嫌だなぁ。彼女は只野にそこまで興味ないですもん。当然響といるに決まってるじゃないですか。

次回はこの裏側というか翼が帰還したところからを予定。それとまだ全員集合は無理です。

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