シンフォギアの消えた世界で 作:現実の夢想者
そして申し訳ないですがまた特撮やらアニメネタがちょこちょこ……いや割とあります。
これも意味がない訳ではないのでお許しを……。
「「アルバイトです(デス)か?」」
今、俺の目の前には軽く目を見開く可愛い少女が二人いる。暁切歌さんと月読調さんだ。
寝惚けた頭へ知らされた衝撃の現実からまだ二日しか経過していないが、俺は現状を打破するべくイヴさん達の住む家まで来ていた。
……まぁ飯を食うついでみたいになってしまったけど。
「そう。もうある程度聞いただろうけど、ここじゃ」
「はい、支援してくれる組織はないって」
「で、只野さんはびんぼーさんデス」
暁さんの言葉がざっくりと刺さる。うん、考えてみれば今まではみんな気を遣ってくれていたんだなと分かった。
「切ちゃん、そんな言い方……」
「で、でも事実デスよ?」
「事実でも言っていい事と悪い事があるよ?」
ぐっさりと月読さんの言葉で切り刻まれる。
あれ? もしかしてこの子達言葉さえもザババの刃なのか? 俺の魂が少しずつ削られているような気がしてきたよ?
「あの、お二人共少し失礼かと」
「うん、暁さんも月読さんもお兄ちゃんへ謝って」
そこへ現れる二人の天使。ありがとう二人共。ただ、廃棄のシュークリームを持ってるとまるで俺が買収したみたいに見えるから止めて欲しいなぁ。
「いや、いいんだ。たしかに俺が貧乏なのは事実だし」
「「お兄ちゃん(兄様)……」」
少しだけ悲しそうな目でこちらを見るセレナちゃんとエルだけども、そこであむっとシュークリームを食べないで。悲しくなるから。
ああ、そうそう。エルはあの日から完全に俺の事を兄様呼びになりました。で、セレナちゃんも最近周囲の目を気にしてお兄ちゃんと呼ぶように。
もしかしてザババコンビが俺へ微妙に冷たいのってそれもあるのか? だとすれば完全に俺のせいだ。言い訳できないな、これ。
「とにかく、悪いけど君達には俺はバイトを斡旋してやれない」
「あっせん?」
「紹介するって意味だよ切ちゃん」
「おー、ナルホド」
「えっと、続けていい?」
難しい言葉は使わない方がいいな。そう思いつつ俺は二人へ説明を続けた。
俺が紹介出来るバイト先はこれまで働いたところばかりだ。で、その中で薦められる場所はもう人手が足りている。
薦められないバイト先ならまだあるけど、当然二人をそんな場所へは紹介しない。
まぁ、パチ屋は未成年がそもそも無理だし。
なので現状小日向さんを含めた三人には自力でバイト先を探して決めてもらう必要があるのだ。
ただ、ここで怖いのが彼女達はいずれも正式なバイト経験がないに等しい事。
つまりは何の伝手もなく正規の形で働く事が初めてと言う事だ。
俺がそれを懸念して伝えると、二人は馬鹿にするなとばかりに表情を変えた。
「言われなくても分かってるデスよ」
「私達だって子供じゃありません」
うん、これは不味い。どうやら今まで俺の情報が限定的だった事に加え、ここでいきなりイヴさん達との親しげな距離感を見て二人は俺を敵視しているみたいだ。
だって、俺の知ってる二人はあまり親しくない相手でもここまで露骨に敵対心見せないもの。
これ、もしかしてウェル博士と同等ぐらいの扱い?
「……悪かった。じゃ、履歴書を書いてもらえるかな?」
「「りれきしょ?」」
ここはどうやら響やクリスと同じらしい。そう思って内心で安堵する。
「うん、こういうの」
百均で購入した履歴書を取り出して二人へ見せる。おそらく初めて見ただろうそれに、二人はどこか興味津々だった。
「名前に住所、生年月日……」
「写真がいるんデスか?」
「そう。本人確認みたいなもん」
「あの、学歴って……」
「ああ、そこは大丈夫。俺の卒業したとこ書いてもらうから」
「リディアンじゃダメデスか?」
「切ちゃん、ここにはリディアンなんてないからダメだよ」
「おー、そうでした」
こうやって普通にしてる分には可愛くて癒されるんだけどなぁ。
仕方ない。事務的な対応を心がけよう。ただし嫌味にならないように気を付けて。
「生年月日はそっちの世界のものは絶対合わないから俺の年齢から逆算したもので書いてくれ。それとバイト先にもよるけど基本夕方の時間で探してくれるか? 早朝ならいいけど、朝や昼帯は土日限定で頼む」
「分かってます。マリアにも言われました」
「デスよ」
……これ、事前にイヴさんへ根回ししたのも裏目に出てるかも。
そんなこんなでザババコンビへの説明とお願いは何とか終わった。
でもこれ、俺の場合はまず二人からの敵視を何とかするとこからスタートな気がする。
で、次は運動がてら翼達の部屋を訪問。目的は当然小日向さん。
ダイニングには俺の貸しているCDを聞きながら配信用の歌を覚えている翼がいるが天羽さんはいない。
一人で外を走っているのだ。昨夜はバイトじゃなかったから、もう単なる日課としてのジョギングだろう。
こちらへ目だけ向ける翼へ軽く手を上げて笑みを向けると少しだけ嬉しそうに微笑んでくれた。可愛いな、やっぱり。
で、俺は小日向さんと寝室で向かい合う形で座る。にしても、相変わらず良い匂いがするよな、この部屋。女性四人だった時もだけど、三人になっても変わらずだ。
……独身男彼女なしにはちょっと毒だな、この匂い。
そんな事を考えながら俺は小日向さんへ履歴書を取り出して渡す。
「履歴書、ですか?」
「うん。えっと、学歴や何やらはこっちで用意したものを書いてくれるかな?」
「分かりました。あの、証明写真は?」
「その代金は今渡す。おつりはとっといてくれていい。俺の金は今はみんなの共有財産だし」
「そうなんですか?」
「この世界を守ってもらうんだ。なら、俺に出来る限りの事はさせてくれ。金の事は気にせず……とは言えないが、だからと言って我慢や溜め込むのは止めて欲しい。まずは言ってくれ。そこで相談しよう」
「……分かりました」
ザババコンビと違い小日向さんは俺へまだ好意的だ。おそらくだけど響からの話が良い方向へ働いてるんだと思う。
……こうなると暁さんだけでも呼んでおくべきだったか?
「あの……」
「ん?」
なんて考えてたら小日向さんが何か聞きたそうな声を出した。
「只野さんは、響とどういう関係なんですか?」
「はい?」
「その、響が只野さんの事話す時、どこか嬉しそうなんです」
何というか、答えに困るなこれ。おそらくだけど響は俺を仮想彼氏にしてくれてる。練習台と言ったらなんだけど、俺が彼女を名前で呼ばせてもらってるのはそういう話だったもんなぁ。
ただ、あの時の行動はどういう意味だったんだろうか。キスをして欲しいみたいに目を閉じたけど、あれは本気、だったんだろうか? あるいはそこで俺がどうするか試した、のか?
正直判断が付かない。ああなる前に響はこっちをからかうような事をしてきたしな。
もしそうなら響にとって俺は彼氏って言うよりは……
「多分、近所のお兄さんって辺りが妥当かと思うよ」
「近所のお兄さん、ですか?」
「うん。俺がまだ響と会って間もない頃、向こうから言われたんだ。名前で呼んでくれていいですよって。でも俺が彼女がいた事がないから恥ずかしいって言ったら、じゃあ練習と思ってってね」
「練習……」
響なりに俺と距離を詰めてくれたんだと思う。で、それを俺がやんわりと拒否したからならってもう少し詰めてくれたんだよな、あれ。
「うん、分かりました。その、響ってすぐに人と距離を詰めようとするとこあるんです」
「ああ、よく知ってる。何せ敵対しても手を繋ごうとするぐらいだし」
「はい……。だから不安なんですけど」
「あー、だよねぇ。だって、相手は響を下手すれば殺すかもしれないのに」
「そう、そうなんですっ! なのに響ったら大丈夫の一点張りで……」
そこから俺は小日向さんの愚痴や不満を聞く事になった。何というか、多分だけどこれ、今まで分かってくれる人がいなかったか話せる相手がいなかったんだろうな。
実に一時間ぐらい喋って、小日向さんは幾分すっきりした顔でグラスのお茶を飲み干していた。
「ふぅ……あの、ありがとうございました。私ばっかり喋っちゃって」
「いいんだよ。おかげで俺も響や小日向さんの事が分かった。そういう愚痴や不満、本人には中々言えないもんな」
「……言えるとしても、こんな風には言えません。ケンカ、しちゃうかもしれないし」
顔を伏せる小日向さんを見て俺は気付いた。小日向さんはまだここで寄る辺を持ってないって。
響やクリスと言った親しい友人は今回の住居の事で若干疎遠となった。正確には小日向さんの中で壁や溝が出来てしまったんだろう。
かと言って翼や天羽さんはそこまで親しくないしそもそも年上だ。
ここは今は二人の稼ぎで賄う事になっている。天羽さんのバイト代と二人の動画による広告収入で、だ。
甘えるのが小日向さんは下手そうだし、それもあってどこか気を遣っているんだろうな。
「……いっそケンカしてみればいい」
「え?」
だからこそ、俺ははっきりと告げる事にした。小日向さんが抱えているものを、ぶつけ合う事を。
「ケンカする程仲が良い。あれはちゃんと互いの思った事を言い合う事が出来る事を意味してる。ちょっと揉めたら崩壊するような絆なんて何とか取り繕ってもいつか壊れるさ。なら、早く壊した方がいい」
「そ、そんな……」
「小日向さんはどこかで分かってるだろ? 響はきっと君の抱えている事を感情のままぶつけたって繋がりを断ち切るような子じゃないってさ」
そう言うと小日向さんは言葉を詰まらせた。
やっぱりそうなんだ。まだ彼女も翼と同じでXVでの件を引きずってる。
あのカラオケでの一件から始まる流れ。大切な親友を最後まで傷付け苦しめた一因となった事を悔やんでいるのだろう。
「小日向さん、俺なんかに言われたくないだろうけど、敢えて言うよ。立花響を甘く見るな」
「っ」
「君が絶交だと言っても、きっとその理由を聞くまで諦めず、そして聞き出したのなら何とかそれを解決や克服しようとする子だ。そして、君も逆の事をされたらそうするだろ? なら、ぶつかればいい。言い争って殴り合いをして、互いにもう二度と顔を見たくないって言い合うぐらいまでやり合ってもいい」
「そ、そんな事……」
「それでも、きっと君達はまた顔を合わせるはずだ。それも偶然じゃない。互いに反省や後悔を持って、自分自身の意思で」
実際、この二人の絆はそういうレベルだ。大ゲンカしたってそれで終わりになるようなそんな脆い絆じゃない。
それでも、そう思っていてもどこかで疑い、不安になるのが人間だ。だからこそ、ちゃんと伝えないといけないと思うんだよな。
自分が何を思い、どう考えているのか。それを知って欲しい人には。
小日向さんは俺の言葉を聞いて完全に俯いた。でも、その雰囲気は最初とは違う。
そしてゆっくりと顔を上げると、その表情はどこか笑ってた。
「……もしこれで響と仲直り出来なかったら恨みます」
「いいよ。何だったら好きなだけ殴ってくれたっていい」
「言いましたね? 約束ですよ?」
「いいとも。まぁ、そんな事にならないと思うけどね」
「クスッ、私が無理やり仲直りしないって方法がありますよ?」
「おっと、それは失念してた。でも、それならいいよ。俺が痛い目見る事で君達がもっと互いに気持ちを言い合えるようになるなら」
苦笑する小日向さんを俺は笑顔で見つめる。きっと彼女はそんな事はしないだろう。響もそうだ。
この二人は単なる親友じゃない。心の友と書いての“心友”なのだから。
こうして小日向さんとの話も終わり、俺は翼達の部屋を後にした。
そのまま仕方なくブラブラ歩こうとして、スマホが振動するので取り出した。
「エル?」
着信画面に表示されたのはエルとの文字。
「もしもし?」
『あっ、兄様! すみませんが家まで来てください! 至急聞きたい事が出来たんですっ!』
「分かった。すぐ行く」
よく分からないが何か起きたらしい。若干エルの雰囲気が本来のものになってた気がするし。
とにかく急ごうと走ってイヴさん達の住む家へ。額に汗しながら到着し中へ入って居間へ向かう。
「あっ! 兄様っ!」
「エル、どうしたんだ一体」
「これを、これを見てくださいっ!」
そう言ってエルが差し出したのは依り代と呼ばれるようになって久しい本来の俺のスマホだった。
「これがどうした?」
「これですっ! ここの部分っ!」
エルが指さすのは至って普通のスマホ画面。いくつかのアプリなどのショートカットが表示されているだけで……ん?
「……何でこれが今更……」
俺の目が見つけたのは一つのアプリ。そう“戦姫絶唱シンフォギアXD UNLIMITED”だった。
あの日たしかに消えたはずのアプリが何故今頃になって? 疑問は尽きないがまずはエルに聞いてみよう。
「エル、これは一体いつ?」
「兄様に連絡する少し前です。それから音がしたので何かなと思って見てみたら……」
話によればエルがいつものように居間の掃除をしていた(イヴさん家は掃除機があるので)ところ、スマホから通知音がしたらしい。
そんな事があるとすれば俺か翼からの連絡ぐらいしかないため、確認しようと首掛け袋から取り出してみれば、見慣れぬアプリの表示と聞き覚えのある名称が載っていた。
で、急いで俺へ連絡を入れたと、こういう訳だ。
「兄様、これはこの世界にあったと言うゲームですよね?」
「ああ。響と出会った時に消えたはずなのに……」
「もしかして僕らの世界の時間停止と何か関係が?」
「あるとしてもだ。タイミングおかしいと思わないか?」
あの事件からもう二日経過している。これは関係してないとは言い切れないけど密接にとは言えない気がする。
「……では、あの事件が直接的な要因ではないにせよ、何らかの形で関わっているとしたらどうでしょう?」
「その場合は……何かあるか?」
「一つは装者の皆さんが全員揃った事です。ですがこれも……」
「タイミングとしてはズレてる、よな。となると……」
「まず、何故このタイミングかと言う事を考える方がいいかもしれません。兄様、何か心当たりはありませんか?」
エルからの問いかけに考える。連絡が来る少し前、か。特に何もしてなかったよなぁ。
強いて言えば小日向さんと話し終わったぐらいか。でも、それぐらいだし……。
「特にはないなぁ。小日向さんとの話し合いが終わったぐらいだし」
「そうですか」
「ごめんな。役に立てなくて」
「いえ。あっ、ならこのゲームをやってみたらどうでしょう?」
言われて思い出す。そうだった。これ、起動出来るんだろうか?
「じゃ、少し貸してもらうな?」
「どうぞ。元々は兄様のですし」
エルにも見えるようにその場へ座って起動する。と、エルが横から覗きこんできた。
と、そこで既に違和感が。本来流れるはずの製作元の名称やロゴがないのだ。
次は音声。一切流れないのだ。声も音さえも。ただ、画面は見慣れたものと言える。響達九人のエクスドライブ姿が表示された、スタート画面だ。
「これは……エクスドライブですか?」
「そ。XDってのはエクスドライブの略なんだ」
「そういう事なんですね」
俺がエルへ説明していると、おそらく日向ぼっこしながら眠ってたであろうヴェイグがフラフラとやってきた。
「タダノ、何をしてるんだ?」
「ヴェイグさん、実は依り代に変化が起きました」
「依り代に?」
「はい。見てください」
エルが場所を移動して反対側へ来て、代わりにそこへヴェイグが顔を出す。
「……なんだこれ?」
「ゲームだよ。正確には消えたはずのゲーム」
「消えたはずの……?」
「何故か復活したんです。今その謎を解明中で」
「そういう事か。よしタダノ、早く何とかしろ」
「はいはい。まずはタップと……」
何か子供二人が新しいゲームを父親へやってやってとねだってるみたいだな、これ。
ま、俺も久しぶりの事にテンション上がってるけども。
「ん?」
タップして響のシルエットが横切ったかと思うと、表示されたのは俺が見慣れたホーム画面じゃなかった。
クエストもアリーナも何もなく、あるのはミュージックボックスと見慣れぬステータスと言うものだけ。
しかもステータスのアイコンは何故かキャラクタールームの扉なのだ。
「「ミュージックボックス?」」
「あっ、うん。ゲーム内で使われた歌や曲を聞ける奴なんだけど……」
二人が興味を示したのでそれを選択。するとちゃんとゲーム内で出て来た歌があった。
……いや、待てよ? 何だか曲数が多い気がする。そう思ってフリックしてみれば、ゲームではまだ実装されていない曲が見つかったのだ。
そう、XVでの最終局面で流れた歌などがそれである。
「これは……」
「聞き慣れない声が混じってるな」
今は“PERFECT SYMPHONY”を流している。どうやらここは音が流れるらしい。
で、エルはきっとおぼろげに覚えているんだろうけど、ヴェイグは初めて聞くキャロルの声に首を傾げている。
というか、何故これが? 一先ずおいておこう。こうなるとステータスも気になる。
もっと聞いていたそうな二人に断ってから俺はステータスを選択する。すると、響達装者九人の顔を模したアイコンが表示され、その横にゲージのようなものが存在していた。
で、響が一番その色が染まっていて、次がクリス。その二人はゲージの半分を超えて色が付いている。
翼は半分は染まってないもののそこに近く、イヴさんも翼より若干下だがそこに近い。天羽さんは三分の一ぐらいでセレナちゃんも同程度。
そして四分の一程度の小日向さんと真っ黒なザババコンビであった。
「これは一体なんだ?」
「分かりません。ステータスと言う事は、この場合は状態を意味しているんでしょうが……」
「このゲージが何を意味してるかだよな。正直トップ3を見ればここの滞在時間って言えたんだけど……」
それなら翼の次はイヴさんじゃなくて天羽さんだ。なのでこの条件は一致しない。
「では、収入でしょうか?」
「いや、それも違う。それも正直イヴさんよりも天羽さんだ」
「ならタダノとの距離か?」
「ああ、たしかに今の響とクリスは近所だけど、それなら二人に差はないはずだぞ?」
「現状の距離では?」
「いやいや、なら余計におかしいって。多分だけど今の俺に物理的に近いの、響達じゃなくてイヴさんだぞ」
時間を見ればもう響達が翼と合流してランニングをする頃だ。なら、おそらくだが缶や瓶などのゴミを捨てに行っているだろうイヴさんの方が近い。
こうなるとやはり理解出来ないな、これ。あと、何故ステータスの割にアイコンがキャラクタールームの扉なのか。それも気になる。
キャラクタールーム……なぁ。もしかして現状の住居への満足度? だとしたら急に信憑性が増す。特にザババの二人。
「もしかしたらなんだけどさ」
で、思った事をエルとヴェイグへ告げると二人揃って納得するような声を出した。
だよなぁ。それしかないよな、これ。
「そうなると、皆さんが住む場所に満足する事で何か起こるのかもしれません」
「うん、ゲームとして考えればそうだな」
エルが謎が少し解明できたとばかりに微笑む。なのでその頭を撫でてやりながら頷いた。
あー、嫁さんは無理でも子供が欲しい。出来れば男の子。そうしたら俺がいくらでも怪人や怪獣やって遊んでやるのに。
……待てよ? エルなら今から教育すればワンチャン……。
「何か妙な事考えてないでしょうね?」
「っ?!」
突然背後から聞こえる声。おそるおそる振り向けばそこには仁王立ちしているイヴさんの姿。
「マリア姉様、おかえりなさい」
「おかえり」
「お、おかえり……」
「ただいま。で? エルの掃除の邪魔までして何をやってるの?」
ゴミ捨てから帰ってきたイヴさんが俺の事を若干冷たい目で見てくる。最初に会った時に近いな、この目。
なので説明しつつスマホを見せる。で、俺の見解を述べるとイヴさんは首を傾げた。
「そうかしら? まぁ、切歌と調が今の状況に満足してないのは同意するけど……」
「何か納得出来ない事でも?」
俺がそう聞くとイヴさんは若干言い辛いのか顔を背けた。もしかして、自分の満足度がこんなに高くないと言いたいのだろうか?
……あり得る。
「イヴさん、もしかして自分の満足度が違ってるって?」
「っ?!」
大当たり。一瞬にしてイヴさんの顔が赤くなった。本当に気遣いの人だ。
「そっか。でも、悔しいけど参考程度だなぁ」
「ですね。もし仮に満足度としても、数値には出来ません」
「そう、そこだよ。人の心なんて数値化出来ないのが定番だし」
俺の好きなアニメの一つにこういう台詞がある。確率は目安だ。後は勇気で補えばいいって。
つまり人の気持ちで可能性やら確率やらは変えられる。となるとこのステータスも曖昧になってくるなぁ。
「なぁタダノ。一ついいか?」
「どうした?」
俺がスマホを見つめて唸っているとヴェイグが俺の袖をくいくいと引っ張った。
何となくだけど父親に気付いて欲しい子供みたいだ。そんな事を思いながら俺はヴェイグの言葉を待った。
「単純な疑問なんだが、何故これに俺やエルはいないんだ?」
言われて気付いた。そうだ。どうして装者だけに限定されてるんだ? もしかしてそれもヒントなんだろうか?
「エル、今のは大事なヒントだと思うんだが……」
「はい、きっとそうです。ここには僕とヴェイグさんもいます。なのに何故かステータスは装者の方達しかない。これは必ず意味があるはずです」
何というかエルが目をキラキラさせている。まるで謎解きを楽しむ子供のようだ。
……出来る事ならそういう風にずっと働けたらいいのにな。
「私達だけと言う事は、共通点はギアがある事……。他に何かある?」
「そうだなぁ……世界蛇と直接相対した」
「それは言うまでもないじゃない」
「いやいや、装者って括りなら平行世界にもいるだろ? ここにいないからってゲームには登場してたんだ。それに今回の事はほぼ間違いなく世界蛇絡みの因縁だ。なら、それも共通点にいれるべきじゃないか?」
俺の意見にイヴさんは腕を組んで手を顎へ当てた。如何にも考えてるって感じだけど、やっぱり美人は何やっても様になるなと実感。
「……そうなるとデュオレリックも当てはまるわね」
「ああ、そっか。ツインドライブ経験者ね」
「「「ツインドライブ?」」」
俺が言った表現に三人揃って疑問符を浮かべた。何というか、本当にここで暮らし出してから家族感凄いな、イヴさん達。
「えっと、俺の好きなアニメから取ってきた言い方。正直デュオレリックだと分かり辛いんだよ。カッコイイのは認めるけどな」
「ツインという事は、二つですね。でもドライブには繋がらないような……?」
「ギアの限界突破がエクスドライブって表現するなら、二つの聖遺物同時使用で変わる姿なんだからツインドライブでもいいじゃないか」
“シンフォギアっ! ツインドライブっ!!”とか言って全身から炎やら雷やらを発生させて欲しい。
欲を言えば出力上げると炎の色が赤から青へ変わるとかも欲しいなぁ。
「……まぁ分かり易いのは認めないでもない。で、他の共通点は無いか?」
おおっと、ヴェイグに軽く流された。ま、今は余談をしている場合じゃないもんな。自重しよう。
「そうね…………エル、何かある?」
「さっきので言うのならエクスドライブになった事がある装者でしょうか?」
「そっか。言われてみればそうかもしれない」
こう考えると意外と共通点多いな。これじゃ結局絞り切れない気がする。
この後も四人で考えたがこれと言った意見が出ず、そうしていると暁さんと月読さんが帰ってきた。
証明写真を撮りに行っていたらしく、帰宅して俺が居間に居るのを見ると露骨に微妙な顔をされたのだ。
正直結構傷付く。俺、ここまで嫌われるような事何かしたかな? そんなにセレナちゃんやエルと仲が良いのは気に障るんだろうか? あるいはイヴさんと親しげなのがいけないのか?
とにかく長居は止めておこう。今は色々複雑だろう心境の二人をそっとしてあげたい。
「イヴさん、とりあえず俺は部屋へ帰るよ。やっぱ怠いしさ」
「只野……ごめんなさい」
俺の行動の意図を察したのかイヴさんがどこか申し訳なさそうに目を伏せる。
いや、いいんだよ。今はいきなりこんな状況へ放り出された二人を優先してやって欲しいし。
「エル、これは返しておくよ。掃除、邪魔してごめんな」
「いえ、僕こそ寝る時間を減らしてしまってごめんなさい」
「「寝る?」」
履歴書を手にテーブルへ行こうとしていた二人が足を止めてこちらへ顔を向けた。
その表情はどういう事だと言う顔をしていた。彼女達は俺の事を何も聞いてないんだろうか? もしくは聞いたけど忘れてるのかもしれないな。
……どうか前者でありますように。
「只野はコンビニで夜勤をやってるのよ。覚えてない?」
「お前達が朝食後に食べたシュークリームは廃棄と言ってタダノの持ってきたものだぞ?」
その瞬間二人が何故か複雑な顔をした。あー、これはあれだ。そうだと知ってたら食べなかったってやつだ。
「別にいいよ。廃棄の品は捨てる物だ。それで喜んでもらえたなら俺が夜勤とか覚えてなくても構わないからさ」
苦笑しながらそう告げて立ち上がる。イヴさんは何故かそんな俺を見て辛そうな顔をするとすぐにザババコンビへ顔を向けた。
「二人共、只野に謝りなさい」
「ちょっ、イヴさん!」
「こっちに来た時から気になっていたの。どうして貴方達はそんなに只野を嫌うの? 彼は私達を」
「っ! アタシ達はその人だけが嫌いじゃないデスっ! 今のマリアも嫌いデスっ! セレナも! エルフナインも! この家で暮らしてる全員が嫌いデスっ!」
暁さんのその言葉に俺だけでなくイヴさん達も言葉を失った。
「マリア、私達はここの事をほとんど知らない。響さん達から聞いたけど、それだって最低限。そこで聞いたのは日々の暮らしが厳しくて、好きな物もろくに買えない。幸せからは程遠いって……」
「なのにいざ来てみたら、何故かマリア達は幸せそうに暮らしてるじゃないデスかっ!」
「私達を向こうに置いて……」
「マリア達はここで幸せで楽しい暮らししてたデスかっ!」
「そ、そんな事は……」
イヴさんがたじろいた。そして俺もやっと分かった。二人は俺を嫌ってるんじゃない。俺を含むこの家の人間を等しく恨んでいるんだ。
自分達が留守を預かって寂しい想いをしている間、イヴさん達が楽しく暮らしていたと、そう思っているんだ、彼女達は。
それをイヴさんは否定出来ないし、エルやセレナちゃんもそうだろう。どれだけこちらが苦しい生活をしてたと言っても駄目だ。
今、この苦しい状況さえも平和であると言う一点でイヴさん達は幸せを感じる事が出来てしまう。それは目の前の二人も同じだ。
「私と切ちゃんはアルバイトが決まってお給料入ったら引っ越すから」
「っ!?」
「もう決めました。二人でやってくデスっ!」
頑なな表情でこちらを見つめる二人に俺は言葉がなかった。まさかの発言だ。
「馬鹿言わないのっ! 貴方達、簡単に暮らすって言うけどどうやって部屋を借りるつもりよっ!」
「そ、そうですよ! ここではお二人は戸籍などもない存在なんです!」
イヴさんとエルが正論で二人を思いとどまらせようとする。だが、それを聞いて二人は表情を苦々しいものへ変えたかと思うと……
「その時は、その時デス!」
「いざとなったらどこかで男の人にお願いする」
「「なっ!?」」
俺とイヴさんの声が重なる。セレナちゃんがいなくて良かった。いたらこんな話聞かせられない。
それにしても男の人に、だって? 自分達の体を売るって、そういう事か?
「ふざけないでっ! そんな事してどうなるか分かってるの!?」
「大丈夫。部屋に入ったらギアで気絶させる」
「それに、いざとなったらケーサツを呼ぶって脅せばいいだけデス」
おいおいマジかよ。この二人ってこんなに恐ろしい事を考える子だったか?
月読さんはやや物騒なところがあるのはGで知ってるけど、暁さんはまだ常識があったと思うぞ。
イヴさんもさすがに言葉を失っていた。多分だけど精神的にかなりショックを受けてるはずだ。自分のせいで二人が自棄になってると思っているだろうし。
「タダノ……」
と、そこで俺の袖をヴェイグが引っ張ってきた。視線を動かせばヴェイグは俺じゃなくてザババコンビを見つめている。
「どうした?」
「……今のあの二人、とても嫌な匂いがする」
どこか信じられないような声で告げられた言葉に俺は息を呑んだ。
まさか、今のあの二人は悪意に操られてる? もしそうだとすれば遂に直接攻撃に出たか!
だがどうすればいい? 俺に出来る事はないか? と、そこで思い出した。
今、この世界にはそういう良くないものを払える存在がいるって事に。
俺はスマホを取り出すと翼の番号をコールする。
頼む……早く出てくれっ!
『もしもし?』
「っ! 翼か? 今どこだ?」
俺はザババコンビから目を逸らす事なく小声で話す。
『今ですか? そろそろアパートですが……』
「すまないが小日向さんを連れてイヴさん家まで来てくれ。出来るだけ早く」
『っ……分かりました!』
そこで通話は終わる。俺の言い方で緊急事態だと伝わったらしい。なら後は小日向さんを連れて翼が来るまでザババコンビを逃がさないようにするだけだ。
「タダノ、どうするつもりだ?」
「多分だけど今の二人は悪意に操られてる。だからあれだけ攻撃的なんだ」
「……だがそうだとしてどうする?」
「今二人を戻せそうな子を呼んだ。それまであの二人に逃げられないようにしたい」
「足止め、か。分かった。玄関は俺に任せろ」
ヴェイグはそう言うと俺から離れて居間を出て行った。多分だけど玄関の鍵を閉めに行ったんだ。翼達が来るまでは誰も通す必要がないからな。
……後でお礼を言っとかないとな。さて、なら……。
「エル、一つ教えて欲しい事がある」
「……何ですか?」
二人に嫌いと言われた事が堪えたんだろう。若干涙目になってる。あ~、慰めてやりたいけど今はそれも出来ない。ごめんな。
「ギアペンダントって神獣鏡の光線浴びたら不味い?」
「…………はい」
「そっか。じゃ、それを何とかするしかないな。エル、そのまま玄関の外へ行ってくれ。で、翼と小日向さんが来るから、到着次第居間へ来る前にギアを展開するように言ってくれ」
「ギアを……?」
「頼む」
「わ、分かりました」
少しだけ慌て気味にエルが玄関へと移動する。その背中を少しだけ微笑みながら見送った。
にしても、凶払いの攻撃がギアを消滅させるのは知ってたけど、ペンダントでもダメかぁ。
さて、じゃあどうするか。ザババコンビはイヴさんへ突き放すような顔をしている。
でも、どこか悲しそうにも見える。まぁ、そうだろうな。二人にとっちゃイヴさんは姉であり苦楽を共にした仲間だ。そんな相手が悲しみ苦しむ様を見て心が痛まぬはずはない。
まだこれなら何とかなるはずだ。悪意が完全に二人の心を支配していないのなら、きっと。
「とにかく、もう私達のする事に口出ししないで」
「アタシ達はアタシ達の力で幸せになってみせるんデス」
そう言って二人はイヴさんへ背を向けるとテーブルのある台所へ動き出した。その瞬間イヴさんが崩れ落ちそうだったのですかさず駆け寄る。
「イヴさん、大丈夫か?」
「……どう、見える?」
そう言って俺へ顔を向けたイヴさんは、一瞬にして生気を失ったように見えた。
「……リンカーなしでガリィとやりあった時よりはマシ」
「ふふっ、そんな事もあったわね。そう、あの時よりもマシか……」
力なく笑うイヴさんだけど、少しだけ、ほんの少しだけ生気が戻った気がする。
「イヴさん、聞いて欲しい。ヴェイグが言うには今の二人からは嫌な匂いがするって」
「……何ですって?」
目に光が戻り、顔に輝きが戻る。凄いな、思った以上に効果覿面だ。
「静かに聞いてくれ。今、ここへ小日向さんを呼んだ」
「未来を? ……っ、神獣鏡ね」
「そうだ。それがどれ程効果があるか分からない。でも確実に悪意が苦しむはずだ。そのためにも二人のギアペンダントを何とか守らないといけない」
「…………考えがあるなら聞かせて」
本当にこういう時の女性ってのは頼りになる。いや、装者かな。理解力と判断力が高すぎるだろ。
「いいか? まずは……」
俺の話を聞いてイヴさんはどんどんその表情を凛々しくしていく。
「……て事、出来る?」
「誰に言ってるの?」
何とも頼もしい返事を頂きました。と、そこで俺のスマホが震える。
「もしもし?」
『只野さん、今到着しました』
まさかの連絡が入った。さすがはこういう緊急事態に慣れてるだけあるや。
「エルから話は聞いた?」
『はい。ギアを展開して欲しいと』
「そうなんだ。で、可能なら……」
簡単に翼にして欲しい事を告げる。で、小日向さんにもだ。
その説明が終わるか終わらないかでテーブルで履歴書へ写真を貼っていただろう二人が動き出すのが見えた。
不味い。悪意にこちらの動きを気付かれたら厄介になる可能性がある!
「とにかく頼む」
返事を待たずに通話を終えて俺は廊下へ顔を出した。
「ヴェイグ!」
「分かった」
傘立てに乗ったヴェイグが玄関の鍵を開ける。成程、あれで鍵までの高さを埋めたのか。
ヴェイグが鍵を開けると同時に引き戸が動いて翼が土足のまま駈け込んでくる。小日向さんはさすがにって、おいおいあの子も同じ事するつもりか?
――Imyuteus amenohabakiri tron……。
――Rei shen shou jing rei zizzl……。
そしてまさかの土足でイヴさん家へ上がる寸前でのギア展開。
俺は急いで顔を引っ込めると同時にイヴさんへ叫ぶ。
「イヴさんっ!」
――Seilien coffin airgat-lamh tron……。
白銀の輝きが身を包み、一瞬にしてイヴさんは手にした短剣を鞭のようにしならせる。
「ふっ!」
「「えっ!?」」
「お見事っ!」
で、こちらへ向いた二人から首元のペンダントを弾き飛ばした。
そこへ翼が両手に刃を持って現れた。
「翼っ!」
「分かっているっ!」
イヴさんの呼びかけに短く答え、翼は視線をザババコンビへと向ける。
立ち上がった二人は窓を背にしているおかげで影が手前側だ。
それを見て翼は迷う事無く手にした二刀を投げ放つ。
「はっ!」
影縫いっ! そんな墨文字が見える気がした。
「「っ?!」」
「小日向、頼むっ!」
「はいっ!」
影縫いで動けなくなったところを神々しい光が狙う。その光は不思議な事に台所の物を一切壊す事無く二人へと向かって行く。
「ん?」
だが、その光が当たる寸前で二人から黒いもやのような物が逃げ出そうとするのが見えた、気がした。
何せそのすぐ後で神獣鏡の光線が二人の体を包み込むように貫いたからだ。
あれ、悪意なんだろうな。まぁきっと分身か欠片とかのもんだろう。もし本体だとしたら、かなり相手は弱ってる事に違いないし。
「……やったか?」
「翼、それフラグだから口にしちゃダメだ」
「はい?」
お約束の台詞を翼が無意識に言うものだから思わずツッコんだ。
俺のツッコミに翼だけでなくイヴさんや小日向さんも首を傾げてるけど、ホントにこういうのってそうなんだって。
「っと、そうだ。ザババの二人は?」
光が消えた後には気を失うように倒れている暁さんと月読さんの姿があった。
「無事みたいね」
「ヴェイグ、匂いはする?」
「も、もうしないそうですっ!」
聞こえてきたエルの声に全員して安堵の息を吐く。どうやら予想通りだったらしい。
「これで一件落着ね」
「そのようだ。やはり悪意絡みか……」
イヴさんが安心したような笑みを浮かべてギアを解除した。翼もそれを受けてギアを解除しようとしたらしい。でも……
「ストップ! その前に玄関へ戻って。で、靴を脱いできて」
「わ、分かった」
「未来もよ。悪いけどこればっかりはね」
「は、はい」
何というオカン。きっと後で掃除するのが嫌なのだろう。
そう思って眺めていると俺の方へもイヴさんの鋭い視線が飛んできた。
「な、何?」
「只野、貴方の機転のおかげで助かったわ。でも、ちゃんとその事の責任は取ってくれるわよね?」
そう言ってイヴさんが指さしたのは床に刺さった二つの刃。うん、まぁ俺が影縫い使ってって頼んだからな。
「……メジャーってある? 後、せめて床板代は折半してくれ」
どうやら今日は出勤前に大工の真似事しないといけないらしい。とほほ……。
「「ごめんなさい(デス)……」」
意識を取り戻した私と切ちゃんが揃って頭を下げると、どことなくみんなが笑ったような空気が流れてきた。
それでも頭を上げる事はしなかった。だって許されてないから。それに、本当に少しだけ只野さんへ嫌な気持ちを抱いてたのは事実だし。
「こっちこそ申し訳ない」
「「えっ?」」
聞こえた言葉で反射的に二人で頭を上げるとそこにはしっかり頭を下げている只野さんがいた。
「今回のは、君達の抱えてた闇を悪意が増幅させたんだ。その原因は俺にもある。君達だけが悪い訳じゃないよ」
悔やむような声に私は切ちゃんと顔を見合わせる。そして同時に頷いて只野さんの膝に置かれてる手へ手を乗せた。
「頭を上げてくださいデス」
「私達、只野さんに嫉妬してました。本当なら私達がマリア達とそうしていたいのにって」
「切歌……調……」
マリアが少しだけ驚いた顔をする。ごめんなさいマリア。私達はマリア達がここで苦労してるって分かったけど、それでも楽しそうに家族みたいに暮らしてるって分かって嫌な気持ちにもなったんだ。
「そうデスね。でも、だからってアタシ達は只野さんやマリア達に酷い事を……」
「いいのよ。あれも貴方達が本心から言った訳じゃないもの」
「はい。むしろ悪意が言わせたって分かってホッとしました。お二人に嫌われたのかと思ったもので……」
じわっとエルフナインが瞳を潤ませるのを見て私は驚いた。
エルフナインってこんなに涙もろくなかったはずなのに。
「わわっ! な、泣かないで欲しいデスよ!」
「ご、ごめんなさい。安心したら涙が……」
「ごめんねエルフナイン。もう絶対悪意なんかに操られないから」
「デスデス。だから笑って欲しいデスよ」
「……はいっ!」
私と切ちゃんがそう言うとやっとエルフナインが微笑んでくれた。何だろう、以前までのエルフナインよりも笑顔が可愛い気がする……?
「それにしても、まさか直接行動に出るとはな……」
「そうね。やはり力を取り戻しつつあるのかしら……」
「どう思いますか、只野さん」
「貴方の意見を聞かせてくれる?」
翼さんとマリアが真剣な顔で只野さんを見つめた。どうやらここでの司令は只野さんみたい。
そこでやっと只野さんが頭を上げた。この人は、もしかしたら本当に司令みたいな人なのかもしれない。
もしそうならマリア達がこんなに信頼するのが分かる。そして、私達へ頭を下げてくれたのも。
「……おそらくだけど取り戻してはないと思うよ」
「どうしてですか?」
未来さんの言葉に只野さんは私達の首元を指さした。
「ギア?」
「これがどうしたデスか?」
「もし悪意が二人を完全に操れるのならギアを使うはずだ。でも、そうしなかった。出来たのは精々二人の心の闇を増幅させて操る事。様子見なら分かるけど、だとすればお粗末すぎる」
「どうしてだ?」
「簡単だよ。ヴェイグが匂いを感じ取ったから確信が持てただけで、それがなくても俺やイヴさんは違和感を抱いてたんだから」
「そう、ね。たしかに過激な事を言っていたもの」
思い出すと顔が熱くなる。わ、私、知らない男の人へエッチな事をしませんかって誘いをしようと思ってた。
「これ、様子見ならむしろ誤魔化すだろ?」
「そうですね。些か拙速が過ぎると私も思います」
「きっとこっちの状態を監視しているんだ。で、体制を整えられると不味いから先手先手で潰せそうな事から動いている」
「そうか! 上位世界との行き来ではなく平行世界との行き来を封じたのと一緒ですね!」
エルフナインが言った言葉に只野さんは笑みを浮かべて頷くとその頭を優しく撫でた。で、エルフナインが嬉しそうに笑ってる。まるでお父さんに褒められたみたい。
「そういう事。相手はその時の自分に出来る事で最大の効果を出せる事を優先してる。ベアトリーチェとは真逆だ」
「こうなると、以前只野さんが立花へ言った事は本当だったのですね……」
「翼、どういう事?」
「以前只野さんが私達三人へ教えてくれたのだ。ベアトリーチェの真実を」
凄く気になる。あの世界蛇の巫女の事を私達の中で一番詳しいのは多分この只野さんって人だ。
マリアだけでなく私や切ちゃん、未来さんやエルフナイン、ヴェイグまで只野さんを見つめてる。
見つめられた只野さんはどこか気まずそうに頭を掻いて息を吐いた。
「……えっとな?」
そこからの話を聞いて私達は言葉がなかった。あの子が悪意と戦っていたなんて思いもしなかった。
それに響さんへの事もあの子が頑張った結果と言われたら今の私は納得するしかない。
だって、私は見事に悪意の意のままにされたから。マリアやセレナ、エルフナインまでも嫌いになっていた。
それに完全に抗うなんて無理。だから只野さんの話は凄く納得出来た。
「あの子、すっごく頑張り屋さんだったデスか……」
切ちゃんの呟きがみんなの呟きだった。
未来さんもエルフナインもマリアもヴェイグもみんな同じ顔をしてた。
フィーネの巫女でありながら世界蛇の巫女にもなって、その体を凄まじい悪意に蝕まれても精一杯抗った女の子。それが今の私達の中でのベアトリーチェになった。
「とりあえず、今は不平不満を貯め込まないでくれ。どんなささいな事でもいい。いや、ささいな内に吐き出してくれ」
その只野さんの言葉に何故か翼さんとマリアが微笑んだ。だけど私達はそんな表情は出来ない。
「悪意は君達の心の闇を狙ってる。いつもは、抱え込んで耐え切れなくなりそうならとか、自分じゃどうしようもなくなったらとか、そうしてるかもしれない。でも、今回それをすればそれを悪意に利用される」
そう告げる只野さんはどこか司令に重なる。声を荒げる訳じゃない。だけどズンってお腹の底に、心に響く感じがする。
「いきなり今までと違った行動をと言われても難しいとは思う。でも、して欲しいのは不満や文句を、要は嫌な事や気になった事を口に出して教えて欲しいって事だ。俺じゃなくてもいい。イヴさんでも翼でもクリスでも天羽さんでもいい。響、小日向さん、エルやヴェイグ、セレナちゃんだって構わない。とにかく吐き出してくれ。最初は小さな影も、放置すれば大きな闇になる。響が植え付けられた悪意の種。それと同じだ。芽吹く前に取り除いていこう。みんなで」
そう言って只野さんは笑みを浮かべた。とっても優しい笑みを。
「はいデスっ!」
「はい」
「はいっ!」
「分かった」
「分かっています」
「ええ」
私以外のみんなが返事していく。すると只野さんが私を見て微笑んだ。
「月読さんも、いいかな?」
「っ! は、はい」
いけないいけない。こんなにも真っ直ぐ目を男の人と合わせた事なかったからビックリしちゃった。
「ありがとう。俺もみんなへ愚痴や不満を言う事があると思う。そんな時はケースバイケースで優しくしたり突き放したりしてくれ」
最後にそう言って只野さんはその場から立ち上がった。
「じゃ、俺は台所の床板修理を始めるよ。ヴェイグ、手伝ってくれるか?」
「任せろ。そういう事は得意だ」
「頼もしいな。じゃあ頼む」
揃って台所へ向かう二人を見送る。何て言うか、種族が違うのに全然そんな感じがしない。只野さんとヴェイグって本当に仲が良いんだって分かる。
「は~……只野さんとヴェイグって仲良しさんなんデスね」
切ちゃんがまったく同じ事思ってて笑っちゃう。でも、そう思うよね。
「ええ。これから二人もそうなればいいわ。今のヴェイグは私達に好意的よ」
「「ホント(デスか)?」」
「ああ。実際今も二人が名前で呼んでも気にしていないだろう?」
「ヴェイグさんは言ってました。今の状況はどこか昔を思い出すって」
「昔?」
「はい。ヴェイグさんが誰からも名前で呼ばれていて、嫌な匂いがまったくしない頃だそうです」
その言葉だけで分かった。今のこの環境がヴェイグにはとっても嬉しい事なんだって。
幸せは人それぞれって言うけど、この暮らしでもヴェイグは幸せなんだ……。
ううん、きっとそれは私もだ。だからこそ私は悪意に利用された。こんな幸せな場所でズルいって、そう思ったから。
「そうだっ! イヴさん、ちょっと頼みがあるんだけどいいかな!」
「何よ?」
そんな事を考えていると只野さんがこっちへ顔だけ出してマリアへ話しかける。
何というか、このやり取りもどこか家族みたい。
「実はいつになるか未定だけどここのモニターとゲーム機貸して欲しいんだ! 怪獣映画を響や天羽さんとみる約束をしてさ!」
「怪獣映画?」
「そっ! ゴジラVSスペースゴジラっ!」
「「「ゴジラっ!?」」」
思わずマリアや切ちゃんと声が重なる。一方翼さんと未来さんは首を傾げる。
無理もない。だってあの世界に行ってたのは私達三人と奏さんに響さんだから。
「ご、ゴジラが映画、デスか?」
「そうなんだよ! こっちじゃ君らと一緒でゴジラも創作物の一つ。グリッドマンとかと一緒さっ!」
「タダノ、ちゃんと押さえててくれ。寸法がずれる」
「あ、悪い……」
思わず笑う。すると皆笑ってた。ヴェイグの苦い声と只野さんの申し訳なさそうな声にだ。
でも、本当にここは凄い。上位世界。神様の世界って表現は間違ってない気がしてきた。
「調、調、これは詳しい話を聞かないとデスよ」
「うん、そうだね」
きっと只野さんならモスラの事も知ってるはずだ。私の知らない事も教えてくれると嬉しいな。
そんな事を思いながら私は切ちゃんと一緒に台所へと向かう。ヴェイグの助手として色々と言われて申し訳なさそうな顔をしてる、不思議な人を見つめながら……。
切歌と調が悪意に操られていた。この事はすぐに響達へも伝わると同時に仁志の言葉も伝わる事となった。
どんな小さな不満や愚痴でも溜め込まず吐き出して欲しい。その言葉に響達はらしいと思って微笑んだ。
そして早速愚痴や不満を吐き出した者がいた。誰であろう仁志である。
――オーナー、夕勤から昼勤への不満が、夜勤から夕勤の不満が、朝勤から夜勤への不満が、そして昼勤からは朝勤への不満が出てます。これ、俺が対処してもいいですか? それともオーナーが大鉈振るいます?
その相手は響達ではなくオーナーだったが。
実は夜勤からの不満はないに等しく、実際は他の三つからだけであった。それでも仁志は敢えて夜勤も不満があるとする事でオーナーの逃げ道を塞いだのだ。
夜勤は我慢してくれてるという、そんな逃げ道を。
勿論仁志はオーナーがそんな事を言うはずがないと分かっていたが、全時間帯から不満が上がってるとする事でオーナーの決断を迫ったのである。
結果、オーナーと仁志の話し合いが行われ、仁志が店長としてその不満へ対応する事となった。
要は飴と鞭である。飴をオーナーがこれまで通り担当し、鞭を仁志が受け持つというものだ。
当然仁志のやり方への反発も出たが、それに対して仁志は他の時間帯も不満を持っている以上特別扱いはしないと突っぱねた。
この結果、オーナーが仁志へ文句のある者達と話を行い、結局昼勤が一人辞め、朝勤がシフトを減らしたいと申し出てきたのだ。
が、飴と鞭は主な役割分担であるため……
――なら辞めていただいて構わないですよ。こちらとしても嫌な思いのまま仕事させるのは申し訳ないですし。
そうオーナーがやんわりと朝勤へ譲歩はしないと告げ、結果朝と昼に欠員が出てしまった。
――オーナー、朝と昼の人員についてですが、ご相談があります。
それを受けて仁志はこれ幸いと調と未来を斡旋したのだ。勿論本人達へは相談済みであり、朝勤を調が、昼勤を未来がそれぞれ面接を受ける事となる。
ちなみに今回はクリスが未来を、響が調をそれぞれ誘った形で。それに合わせて調と未来は当初の設定を変更されていた。
調は両親を早くに亡くしたため親戚の響の家へ引き取られた事もあり、高校生になっても小遣いをもらうのが心苦しくバイトを探していた事に。
未来は陸上をやっていた事を利用し、それで怪我をした事で人生の軸としていた陸上を辞める事となったために高校を中退し、とりあえず何か収入をと探していたところを親しいクリスから声をかけられた事にした。
――君が月読調さん、か。よく来てくれたね。
――はい。えっと、よろしくお願いします。
やや物静かな事もあってか調の設定はオーナーにはらしく見えたようで、自分の交遊費などは自分で稼ぎたいというしっかりした想いに合格とし……
――そっか。陸上で怪我をね……。
――は、はい。でも、今はそれで良かったって思ってます。記録も伸び悩んでたのですっぱり諦める事が出来ました。
実体験を踏まえての言葉は説得力があり、加えて未来の強い意志力が宿った瞳にオーナーは大丈夫だろうと判断。こうして見事二人は仕事を得る事になった。
さて、そうなると残る一人が問題である。只野の伝手は全滅。加えてこれと言った技能はない彼女が選んだバイト先は……
――いらっしゃいませデス! えっと、ポイントカードはお持ちデスか?
駅前の本屋兼CD及びDVDレンタル店であった。
そこそこの大きさのそこで、夕方五時から夜十時の五時間で週三の勤務である。
書店側の勤務となった切歌は勤務中は漫画、休憩中はCDやDVDなどに触れられるため天国だった。
あと、切歌と調がそれぞれの勤務場所を異なる場所にしたのは仁志とマリアによる入れ知恵だった。
――同じ職場だと時間帯が同じだから一緒に休むの難しいぞ。
――常にどちらかがバイトをしないといけなくなってもいい?
こうして知らず切歌と調もその距離感を見つめ直すように促され出したのである。
最初こそ互いに相手を心配した二人も、二人でいない時間があるからこそ二人でいられる時間が楽しく嬉しいのだと気付き出す事となるのだ。
そして三人が仕事を得た事で収入面は安定感を増し、加えて翼達歌姫三人の動画も順調に再生数を稼いで広告収入に貢献。
更に“戦姫絶唱シンフォギアチャンネル”も登録者数が二十五万を超えて三十万へと到達。この頃には広告収入もすずめの涙から脱する事に成功していた。
ただ、仁志が期待した事は起きなかった。三人の歌姫によるドライディーヴァが歌う“RADIANT FORCE”はその再生数こそ初の三桁を記録したものの、それによる波及効果などは一切なく肩透かしを受けた結果で終わったのだ。
それを仁志は楽曲の問題かもしれないと考えていたが、作詞作曲など出来る訳もない彼が何か手を打てるはずもなく、結局この件は後回しとなってしまう。
それと並行して仁志の周囲にも小さな、けれど大きな変化が起きる。
――な、なぁちょっと相談があるんだけどいいか?
仕事帰りの仁志を待ち伏せてのクリスの訪問。そこで彼女はこう言ったのだ。
――あ、あんたの事、さ。その……二人きりの時だけ只野って、呼んでもいいか?
クリスが名前で誰かを呼ぶなど仁志の中ではフィーネのみ。つまりはそれだけ特別な扱いだと瞬時に理解する。ただ、彼はある意味では鈍感だったため……
(そっかぁ。俺、クリスからフィーネぐらい信頼してるって言われたのかぁ)
と、そんな有様である。響が辿った道をクリスも行く。そう思われたのだが、クリスは同じ轍は踏まない女であった。
――で、でさ? バイト終わりは毎朝肩もみさせてくれよ。疲れてる店長さんを慰労したいって訳だ。
そんな事ならむしろ有難くと、仁志が頷いたのを見てクリスは攻勢に出たのである。
まず普通に肩もみをある程度して仁志の警戒心などを薄れさせたクリスは、肩もみを終えた瞬間そっと彼へ抱き着いたのだ。
――く、クリス?!
――だ、ダメか? その、さ、あたしも不安なんだよ。只野といると、安心出来るっていうかさ。
胸を意図的に押し付けながらの甘え。自分の温もりや匂いを仁志に覚え込ませ、異性として強く意識して欲しいという恐ろしい行動であった。
しかもクリスはそれをほんの数秒で終わらせるとさっさと部屋を出て帰ってしまう。残された仁志は当然ながらその性欲を持てあます訳で……
――駄目だ……これをやったら俺はもうクリスと顔を合わせられない……っ!
その性欲を昇華するように運動エネルギーへと変えたのである。まず室内で腕立てなどの筋トレをやって汗を掻き、その後にタオルを水で濡らして汗を軽く拭き取ってから死んだように眠ったのだ。
これに壁に耳を当てて仁志の行動を把握しようとしていたクリスが勘違いをしてしまった。
(あ、荒い息でしばらく何かやってから水を出して……気持ち良かった……だとっ!?)
そこだけで考えれば計画通りではあるのだが、残念ながら真実は彼女の想像とは真逆である。
この結果、むしろクリスの方がより意識する事となり、仁志への抱きつきを継続する事となって彼の健康へ計らずとも貢献する事となった。
その裏で仁志がやはりクリスは寂しがり屋の甘えん坊なのだなと思い出していると気付かずに。
響は響で少しだけ女としての強かさを身に着け始めた。一番はやはり仁志とシフトが重なり別れの挨拶をする時だろう。
周囲を確認し誰も見ておらず、聞いてもいない時を狙って……
――じゃ、お先に失礼しますね仁志さん。
そう照れくさそうに笑って帰るのだ。
まるで本当に彼女となったかのようなそれに仁志も顔をやや熱くしながら応対するも、やはり元々可愛いと思っていた少女が少しだけ大人の女性となり出した色気にあてられ動揺する事が増えていったのだ。
このままでは不味いと判断した仁志は朝のランニングで公園へ向かった響をそこで待ち伏せ、翼やクリスへ彼女を説教したいから二人にして欲しいと頼んだ。
――あ、あの、仁志さん?
――響、俺は言ったよな? 外では駄目だって。約束を守れないならもう練習には付き合えない。
公園の少し大きな木の下で陽射しを避けながらの会話。その発言に響は自分がやり過ぎたと反省するも、仁志へだとしてもとばかりに口を開こうとしたのだ。
が、それは仁志の両手が後ろの木の幹へ突き出された衝撃で出せずに終わる。
響の視界にはやや凛々しい顔の仁志。それを理解したところで……
――呼ぶなとは言わない。むしろ呼んで欲しいぐらいに嬉しいが、時と場所を考えてくれ。いいな、響。
――は、はい……。
(どうしようっ!? い、今の仁志さんすっごくカッコイイよぉ!)
静かにだが強くはっきりと釘を刺された上に少女漫画風の壁ドンまでやられ、響の乙女心はショート寸前となり、より一層ときめいてしまう事となる。
そんなこんながありながら、根幹世界が時間停止されて半月以上が経過したそんなある日から話は始まる……。
「皆様っ! お飲み物はお持ちになられましたでしょうかっ!」
「「「はーい(おう)っ!」」」
場所はいつものルーム料金で利用する安いカラオケ――ではなく時間辺りで料金を支払いドリンクバー代も含まれるような駅前の学生御用達のそれなりの店。
そこのパーティールームと呼ばれる部屋に仁志達の姿があった。誰一人欠ける事なく揃い、その手には受け付けで渡されたプラスチックのコップがある。
一人ヴェイグだけがホット用のカップを持っている理由はお察しというものだ。
根幹世界の時間が止まり、全員に少なからず暗い気持ちが漂っていると思った仁志がマリアと相談した結果、ガス抜きも兼ねて騒ぐ事にしたのだ。
今は気持ちを暗くする方が不味い。そう誰もが思ってその集まりへ反対する事なく今日に至ったのだから。
そして仁志の呼びかけに元気よく笑顔で返すのはセレナ、エルフナイン、ヴェイグである。
「ったく、テンションたけーな」
「仕方ないよクリス。只野さん、今みたいになって初めての連休なんでしょ?」
「うん、オーナーへ頼んで何とかしてもらったって」
まだ始まっていないのにハイテンションの仁志を見て話すクリス、未来、響。
「そのためにオーナーが一日だけ深夜やる事になりましたけど」
「正確には必要ないけど心配なんだよ。荷物の少ない日は週一の作業が多いからね。あたしはまだ先輩程信頼されてないって事さ」
「そうなんデスか……。それにしても深夜のコンビニはホント大変デスね……」
三人の会話を聞いて苦笑する調、奏、切歌。
「よく考えるとこの中でアルバイトしてないのって装者だと貴方だけなのね」
「……言うな。地味に気にしてるんだ、これでも」
聞こえてくる話にニヤリと笑うマリアとそれに苦い顔を返す翼。
そう、今日は仁志が店長を目指し出して初めての連休初日であった。それを利用しバイトのある全員が休みを合わせ、延びに延びた未来達の歓迎会を行う事になっていたのだ。
「それではっ! 小日向さん、暁さん、月読さんの就職と! “戦姫絶唱シンフォギア”チャンネル登録者数三十万人突破、そして俺の連休を祝してっ!」
「そこも含めるのかよ……」
「含めるってのっ! じゃ、かんぱーいっ!」
「「「「「「「「「「「かんぱーい(デース)っ!」」」」」」」」」」」
仁志のテンションに笑う者、苦笑する者、やや呆れる者。様々に反応は分かれるがそれでも嫌悪感などを抱いている者は皆無だった。
本日は八時間のフリータイムであり、テーブルには既に大皿の菓子盛り合わせや揚げ物の盛り合わせなどが置かれている。
それらは全て仁志が手配したものだ。それだけ彼がこの日を楽しみにしていた事が窺えるが、それは他の者達もなので誰も何か言う事はない。
「で、誰が歌う?」
ウーロン茶を飲み干した仁志が周囲を見回して問いかける。
彼にとってはあの奏の歓迎会以来のカラオケだ。
マリア達の歓迎会は話だけ聞いていたが、彼もいっそ一緒に行くだけ行けば良かったと後悔するぐらい盛り上がった事は聞いていた。
「ここは私としては只野さんにお願いしたいですっ!」
「俺?」
響の言葉に仁志は自分を指さす。
「そうですね。只野さん、ここは暁や月読が喜びそうなものを」
「この子はあんたの趣味が刺さらないからな」
「もしくはノリがいい奴でもいいよ。みんなでサビだけは盛り上がれるやつ」
既に仁志とのカラオケを経験済みの三人からの意見に周囲は首を傾げたりあるいは苦笑したりと反応する。
そうなれば仁志としても考える。単なる趣味に走るのか、それとも場の盛り上げに走るのか。
(うーん……この場合は……両方だなっ!)
そして彼が選ぶ答えは一択である。諦める事無く両方を取るのだ。
流れ始めるのは“Life is SHOW TIME”という曲。誰も知らないそれに首を傾げるも、すぐに画面には一人のヒーローが映し出される。
「な、何デスかあれ!?」
「変わった顔……」
そのヒーローの名は仮面ライダーウィザード。そして仁志が歌い始めると彼女達はその映像と歌詞の世界感に息を呑む事となる。
「まるで月とー太陽~」
最初の方で調と切歌を連想させるフレーズが入り……
「昨日今日明日未来! 全ての涙を~!」
映像はヒーローが似たような力を使う存在に苦戦し、強化体のスタイル違いの分身まで出現させるも敗北する場面が流れ、更なる強化体への変化でその相手との再戦を勝利したかと思えば、その姿さえ勝てない最後の敵に追い詰められるも諦めず従来の姿で敵から取り戻した希望の力でトドメを刺すという、そんな王道のストーリーが四分程に圧縮されていたのだ。
「宝石に変え~てやるぜっ!」
最初は聞いていただけの響や奏も、すぐにサビで入れる場所を理解し歌い始めるとそれにクリスや翼、更には切歌やエルにセレナなども参加し、ラスサビでは全員での大合唱。
希望溢れる歌詞とノリの良い曲調。それに何より全員で歌うという楽しさに響達は笑みを浮かべたのだった。
「ふ~っ……どうだった?」
「只野さんっ! これ、凄い好きです! ウルトラマンに負けないぐらい好きですっ!」
「只野さんらしい歌ですね。そしてあのラストのサビ前のフレーズは私達舞台に立つ者は同調するしかありません」
「だけどショーは待ってくれない」
「幕が上がればやり切る終わりまで、だものね」
噛み締めるように奏とマリアが告げる。だが、そんな二人と違ってテンションの高い者は可能ならば仁志へぶつかりそうな程身を乗り出していた。
「只野さんっ! あれっ! さっきの最後はどういう事デスかっ!」
「兄様っ! あの緑の怪物が変化したのは一体どうしてですか!?」
「切ちゃん、どーどー」
「エル、落ち着いて。ね?」
元々男の子寄りなモノが好きな傾向にある切歌と、仁志のせいで少しずつ特オタへの道を知らず歩き出しているエルフナイン。
そんな二人をそれぞれの保護者的立場が宥めていた。ただ、彼女達も気になっていない訳ではない。
「詳しい話をしたいけど、それは時間がかかるので端的に。まずエルの質問の答えは劇中で賢者の石と呼ばれる物を吸収したから。暁さんの質問の答えは、その賢者の石をウィザードが取り返してそれが変化した指輪の魔法で最強の必殺技を使えたってとこ」
「本当に端的に説明したわね……」
それは物語の終盤に関わる大事な事じゃないの? そんな風な表情を見せるマリアだったが、仁志はそれにしたり顔を返した。
「気になるのなら暁さん、いつかレンタルで見てごらん。仮面ライダーウィザードは名前の通り魔法使いのヒーローなんだ」
「仮面ライダーデスね。今度バイトに行ったらチェックしておくデス」
「あと、作品の根幹を表す言葉も教えておく。魔法があるから絶望しないんじゃない。絶望しないから魔法があるんだ」
「おおっ! 意味が分からないデスが凄くカッコイイデス!」
「切ちゃん……」
瞳をキラキラさせる切歌をやや調が呆れた表情で見つめる。
だがそうなっているのは彼女だけではなく……
「絶望しないから魔法がある、かぁ……」
「響……」
「ダメだ。こいつはこういう言葉にバカみてーに弱い」
キラキラではないが感心している響を未来とクリスが呆れた表情で眺めていたのだ。
「うし、じゃあ次は誰?」
「なら俺が歌う」
その瞬間全員がどよめいた。
「ヴェ、ヴェイグさんが?」
「ああ」
「何を歌うんですか?」
「まぁ見てろ。セレナ、その機械を貸してくれ」
「あ、はい」
デンモクを手に操作を始めるヴェイグ。そのどこかほっこりするような光景に誰もが笑みを浮かべる。
やがて入力が終わったのが彼は満足そうに息を吐いてマイクを手にした。
「……特捜エクシードラフトっ!? ヴェイグ、何て渋いチョイスをっ!」
曲名が出た瞬間仁志がテンションを一気に上げる。響達一部の者も知ってはいるため若干の驚きを浮かべていた。まぁ、半数以上が知らないため首を傾げてもいたが。
「これで歌われてる事が俺は好きだ。タダノ、良かったら一緒に歌うか?」
「ならサビのエ~クシ~ドラァ~フト、だけ」
「分かった」
「ふ、二人が何を言ってるのか全然分からない……」
「セレナ姉さん、僕もです……」
そうして始まる本編映像と曲。ヴェイグが気に入ったという意味はそれからすぐにセレナ達にも分かった。
優しい歌詞に希望や夢、願いと言ったものが込められ、それはヒーロー自身の事だけではなく見ている子供達へ向けられたものもあると分かったのだ。
何よりレスキュー、つまりは救命を歌ったものである。それは戦う事ではなく救う事へ重きを置いたヒーローだと分かったためだった。
「作ってくれよ。優しい未来」
ヴェイグの歌声は朴訥としながらもどこか優しいもの。その歌声に誰もが驚き、そして笑みを浮かべた。
サビのヒーローの名を歌うところだけに仁志が参加していたが、最後には響なども歌いヴェイグはそれに嬉しそうに目を細めて歌は終わった。
「ヴェイグさん、歌上手です」
「うん、驚きました」
「そ、そうか」
一緒に暮らしている少女二人から褒められ照れながらヴェイグはマイクを置いた。
その姿を見て誰もが微笑む。何せここにいる者達はヴェイグがシリウスへ取った態度を知っている。それから考えればかなり丸くなったと分かるためだ。
「ならここらであたしがいくか」
「よっ! 待ってました!」
囃し立てる仁志の言葉に誰もが苦笑する。何故なら奏は満更でもないように笑みを返していたのだ。
「ヴェイグがそれを歌うならあたしはこれだ!」
流れ出すのは“特警ウインスペクター”という所謂レスキューポリスと呼ばれる三部作の一作目OPである。
ちなみにヴェイグの歌った“特捜エクシードラフト”は三作目にあたり、どちらも仁志が貸したメタルヒーローベストに収められていた。
「心を突き刺す必死の悲鳴」
ヴェイグの歌ったものよりもヒーローらしさが強い歌ではあるが、やはりそれにも強いメッセージが込められており、何よりも途中のある歌詞が装者である女性達の胸を打った。
「戦いの痛み、苦しみは、俺達だけが知ればいい、か。おっさん達が言いそうな言葉だぜ」
クリスの言葉に誰もが共感していたのだ。それは本来自分達の想いではなく弦十郎達大人の想いだろうと。
実際ギアを弦十郎が使えれば彼が自分で戦い人々を、世界を守り抜く事を彼女達は知っていたのだから。
「何だか心に沢山響く歌なのデスよ」
「うん、でもあったかくて強くなれそうな歌」
「クピッ……それがヒーローソングってものらしい」
噛み締めるような調の言葉へアイスココアを飲みながらヴェイグが告げる言葉。それに響が強く頷いた。
「そうなんだよ。ここには沢山のあったかい歌があるんだ。私達は只野さんからそれを教えてもらってる」
「教えてるなんて烏滸がましいよ。ただ俺は自分の趣味をそっちに渡しただけ。聞く聞かないは自由だ」
若干照れくさそうにそう言って仁志はデンモクをエルフナインへ手渡した。
「えっと?」
「エルに是非歌って欲しい歌があるんだ。でも今は無理だろうからガイドボーカルっての流すからそれで覚えてくれ」
「はい、分かりました」
そうして流れるのは“Beat on Dream on”という歌だった。その歌詞にエルフナインは仁志が込めた意味を察した。
(これは、僕とキャロルの事だ……)
同じものを目指していたはずの二人がすれ違う。その内容にエルフナインは瞬きさえ忘れたかのようにモニターへ魅入る。
同じようにその歌詞は装者達にも刺さるものである。特に響達旧二課勢とマリア達旧F.I.S勢はそのファーストコンタクトから始まる出来事がそれに近いものがあったために。
「只野さぁんっ! これ、ぜっ…………ったいウルトラマンですよねっ!」
「ご明察。しかもガイアのEDだ」
「ガイアって言うと……あのピンチが何度もくる歌のやつか」
クリスの表現にマリア達が揃って疑問符を浮かべる。ただ知っているのだろう翼と奏は苦笑していた。
「そ。実はガイアには青いウルトラマンのアグルってのが出てくるんだけど、それが地球を守るって目的は一緒なのにガイアと違って人間を守ろうとはしないんだ。それで衝突を何度か繰り返してね」
「おおっ、何だか熱い展開デス!」
「どうして人間を守ろうとしないんですか?」
セレナの当然の質問に仁志は答えようとしてはたと気付く。このままでは絶対長話をすると。
「えっと、詳しい事は避けるけど、彼は地球環境を破壊し死へ追いやろうとしているのが人類だと思っているんだ」
その言葉に誰もが返す言葉に詰まる。
「でもそれは地球を狙う侵略者の策略による扇動だと分かる。で、それで自分のしてきた事を悔いてヤケになったアグルはその光をガイアへ託して姿を消す。それが一つのターニングポイントだ」
「タダノ、話が気になるぞ」
「なら暁さんのバイト先で是非ウルトラマンガイアをレンタルしてもらって。かなりの名作だ。人間の優しさ、強さ、美しさ、醜さ、弱さ、酷さ。それらをちゃんと描いて、でも最後には地球に生きる全てが手を取り合って闇を払う。そんな作品だから」
「そう、教育にも役立つ?」
「あー、どうだろ? でも下手に人の良さだけを伝えるよりはいいかもな。誰にだって良い顔と悪い顔がある。だけど出来るだけみんな優しく強く生きていこうよって、そういうのが平成以降は基本だからなぁ」
暗に昭和のヒーローはそれとは異なると言うような仁志。だがそれを分かる人間は残念ながらここにはいない。
奏の次はマリアが歌う事に。しかもその曲は仁志以外は見た事もない曲名だった
その名も“この星を この街を”である。“救急戦隊ゴーゴーファイブ”という作品のEDだ。
「ちょっと待てっ! 何でイヴさんがこの歌を!」
「貴方が時々家でシャワー浴びながら歌ってるから覚えちゃったのよ。で歌詞検索したら出てきたの。結構聞こえてるんだから気を付けなさい?」
「マジか……」
若干恥ずかしさと驚きを抱く仁志だが、それを聞いていた周囲はこう思ったのだ。
――まるでカップルか夫婦の会話だ、と。
ともあれマリアの歌うそれは明るく元気で希望溢れる歌であった。
「明日の青空、追い駆けながら~」
世界の歌姫が歌うヒーローソング。それに仁志は静かな感動を覚えていた。本来男性が歌っているものだが、マリアが歌うと力強さよりも優しさが増すと感じていたからだ。
(何て言うかこれはこれでいいもんだ。原曲はゴーゴーファイブ自身が歌ってるみたいだけど、これはそれを見守る人達が彼らを歌ってるみたいだし……)
作品に寄せるのならグリーンの先輩である女性か、あるいは五人の母だろうかと思いながら仁志はマリアの歌声を聴き入る。
この辺りになってくると響達先行居住組は歌う方向で曲を考え始め、セレナ達後行居住組は興味のある歌をガイドボーカルで聞いて覚える方向で曲を考え始めていた。
だが、中にはこんなやり方をする者もいるもので……
「只野さんっ! これ、歌えますかデス!」
「へ?」
本編映像というものを知った切歌が興味のある歌を片っ端から仁志へ歌わせるという行動に出たのである。
ただ、ここで性質が悪いのは切歌自身も二番のサビなどから歌い始める事だ。もしこれがなければ仁志もさすがにと二回目以降は断っただろうが、こうされると可愛い女の子とヒーローソングをデュエットと言う彼にすれば人生で絶対にないと思っていた状況となる。
故に彼も切歌のお願いを断れなくなり、次々と歌う事となっていく。そうなれば喉で歌っている彼に待っているのは……
「ごめん暁さん、ちょっと休ませて」
「ご、ごめんなさいデス。入れ過ぎたデス」
声が枯れてノックダウンという結果だった。
何せまだまだ響達もこの世界の歌をそこまで多く知っている訳ではない。その選曲速度はゆっくりめであった。
対して切歌は興味のあるものを片っ端からである。だが歌うのは基本仁志。のど飴を舐める暇さえ与えられず、彼は手を抜いて歌う事をせずに付き合った結果カラオケ開始一時間でその歌唱力を使い切らされてしまったのだ。
「切ちゃん、さすがに連続三曲はやり過ぎ」
「ううっ、反省してるデスよぉ……」
「只野、貴方も貴方よ。全力で声を出すからそうなるんだから」
「イヴさん、男には駄目だと分かっていてもやらなきゃいけない時があるんだ」
「はぁ~……かっこいい事言ってるけど、使い所がカラオケじゃあね」
呆れるように息を吐き、マリアはテーブルの上に置かれたのど飴の袋から飴を一つ取り出して指で掴むと、それをそっと仁志へ差し出した。
「ほら、舐めなさい」
「えっと……なら、ま、遠慮なく。ありがとイヴさん」
そのやり取りを見てもやもやする乙女が二人。
(む~っ、仁志さん、マリアさんとイチャイチャしてる!)
(気が付けばなぁにやってんだあの二人! てか、何であんなに自然なんだよ!)
仁志への恋心を自覚している響とクリスは、それぞれの手でデンモクを掴んだまま仁志とマリアへ視線を向ける。
「えっと……曲探さないなら貸して欲しいなぁ」
そんな二人を見て未来がやや困り顔で声をかけると、二人は一瞬で我に返ってデンモクを差し出した。
「「どうぞ」」
「あ、ありがとう……」
未来が受け取るや二人はまた揃って視線を動かした。その様子を見て未来はチラリと視線を追った。
「……只野さんとマリアさん、か」
今はマリアが発声法を教えているようで、それをのど飴を舐めながら仁志が聞いている状態だった。
更にそれをセレナとエルフナイン、何とヴェイグまで熱心に聞き入っており、さながら小さなボイストレーニング教室となっていたのだ。
(年齢で考えてもこの中で一番お似合いの二人だよね。ただ、只野さんとは住む世界が……)
文字通り住む世界が違う。それを思い未来は複雑な表情を浮かべた。彼女もここで暮らすようになり、響の言っていた事がよく分かってきたのだ。
ノイズどころか錬金術師さえもいない世界。ギアが必要になる事はなく、求められる事もない。呼び出しも訓練もなければ緊急事態さえも有り得ない。
まさしく平和だ。最近正式に装者となった未来でさえそう感じるのなら以前から装者であった響達がどう思うかなど考えるまでもなかった。
そして暮らしは色々と制約もあるが、貧乏なら貧乏ならではの楽しみ方や幸せがある事を今の未来は知っている。
今夜全員でスーパー銭湯へ行く事になっているのもそれだ。広い風呂で気心知れた者達と楽しく過ごす時間。普段はシャワーのみ故の、風呂に入れるという喜びと贅沢感。それはこれまでの暮らしでは感じる事の出来なかったものだったのだから。
そして仁志に言われた通り二人はその想っている事を全て伝え合った。
さすがに取っ組み合いにはならなかったが、あのカラオケを超える程の激しい言い合いにはなり、近所迷惑の可能性を考えて部屋を貸していた仁志がクリスと共に隣の部屋から駆け付けた程であった。
それらを踏まえて未来は思うのだ。ここへ初めて来た時に響が語った話の意味を、その意図を。
(響の言ってた事はきっとこういう事だ。ずっとお風呂やシャワーが当たり前できたけど、それがどれだけ幸せだったかがここで分かった。当たり前が当たり前じゃないんだって、幸せを幸せに思わなくなってたって、私はここで知る事が出来た)
響と離れて暮らし、たまにアルバイト先のコンビニで会って話す事はあるが基本的にはすれ違い。だけども、だからその数分が幸せで楽しみになる。
どちらかが休みなら二人で、時にはクリスなども入れた三人で駅前へ行き、服を眺めたり切歌の勤めている店で本を見たり、そんな時間を過ごす事もあった。
それらは本来の世界でも出来た事だろうし実際した事がない訳ではない。だが、普段一緒だった頃は気付けなかった“そう出来る事の喜び”は響と距離を取ったからこそ分かる事が出来たのだ。
しかし、それは自分達が装者ではない場所だから感じていられると、未来は痛い程分かっていた。
――私も、ここでずっと暮らしたいかもしれない……。
そんな未来の呟きは流れる曲と翼の力強い歌声に搔き消されて誰の耳にも入らなかった……。
カラオケでの熱唱タイムもしばしの休憩となり、昼時となった事もあってか仁志達は冷え切ってた揚げ物の残りなどを食べながら追加注文をどうするかで話し合っていた。
何せこういう店の食べ物は基本冷凍など。それに意外と高い料金を支払わなければならないのである。しかも人数が人数だ。故に当然だがマリアや調の目は厳しく光っていた。
「ピザにすればいいんじゃないか? それに、今満腹にする必要ないだろ。晩飯を少し早くすればいいだけだって」
そんな中、奏の出した案に誰もがそれだとばかりに同意し、意外と呆気なく昼食問題は片付く事となる。
四種類あるピザを頼み、それらをシェアし合うように食べ始める仁志達だったが、当然無言で食べ続ける訳もなく……
「結局今も分からないままなんだよなぁ」
「ですが、ステータスに変化はあったのですよね?」
話題は依り代に復活したゲームであった。あれからも時々調べてはいるものの、これといった大きな変化はないまま今に至るのだ。
「うん、多少ね。きっとみんなの居住環境かあるいは生活への満足度だと思うんだけど……」
「それならどうしてエルフナインちゃんやヴェイグさんがいないか、ですもんね」
「そうそう」
「装者しか関係ない理由が……はむっ……もぐもぐ……ごくんっ。いまひとつ分からないんです」
喋りながらピザを齧るエルフナインに誰もが苦笑する。かつての彼女であれば決してしなかっただろうそれにエルフナインの子供らしさを感じ取ったためだ。
「エル、喋っている途中で食べるのは駄目だよ?」
「あっ、ごめんなさいセレナ姉さん」
「そういうセレナもたまにやっているぞ?」
「ヴェ、ヴェイグさんは黙っててくださいっ!」
恥ずかしそうに声を上げるセレナに全員が声を出して笑う。
「でも、たしかに気になります。そもそもどうしてそのゲームが復活したのかも分からないし」
「デスデス。何かないんデスか?」
「それも考えてはいるんだけどなぁ……」
「悪意が後輩二人を操ったから、とか?」
「だとしたらゲームでそれが分かるようにするはずだ。あるいはそれらしい事を教えてくれるものでは?」
「翼の言う通りだね。あとクリスの意見が正しいってなると、そのゲームは悪意の与えたものってなりかねないし」
その言葉にクリスは頷き、手にしたピザの残りを全て口へと放り込んだ。
「あの、もう一度情報を整理してみるのはどうかな?」
「うん、小日向さんの言う通りだ。こういう推理ものの定番は、ある程度情報が出たらそれを見直す事だし」
「では、僕が列挙していきます」
依り代にゲームが復活した事を教える通知音がくる。それはタイミング的に仁志が未来との話し合いを終えた頃である。
ゲームには本来あるべきゲーム的要素が排されていて、可能なのは音楽を聞く事とステータスと呼ばれる何かを示したものを見る事のみ。
それは装者九人のものしか表示されておらず、また何を示したものかは分からない。しかもそのステータスは日々僅かであるがゲージが変化を起こしている。
「……と、こんなところでしょうか」
「こうなるとやっぱ鍵は通知が来たタイミングだね」
「うん、きっとそう。只野さんが小日向と話し終わった時にゲームは依り代に復活してると考えれば……」
「俺がここへ来た装者全員とちゃんとした話し合いを終えたって事?」
「そうなると筋は通るな。あんたがあたしら全員とちゃんと関わり合った。それが切っ掛けでゲームが出現した」
「では、まずゲーム出現に関してはその仮説でいいわ。次はこのステータスの意味よ」
「えっと……お兄ちゃんはこれがみんなの住んでいる場所への満足度って思ってるんだっけ?」
「あるいは暮らしそのものへのだな。ただ……」
「それだとエルフナイン達がいないのが引っかかる……」
「デスねぇ」
「……あっ!」
そこで急に響が大きな声を出した。当然全員の視線が彼女へ集中する。
「ど、どうしたの響?」
「トイレか? 出て右手だぞ?」
「違うし知ってるよっ! えっと、年齢とかどうでしょう!」
「「「「「「「「「「「年齢?」」」」」」」」」」」
「はい! そのステータスが関係するのは一定の年齢からって」
「あー、そういう事か。たしかにそれなら分からないでもない」
「でもよ、だとしたら余計分からねーぞ。何で年齢で表示するかしないか決めるんだ?」
「あっ……」
「響らしい突発的な思いつきでした」
「ごめん……」
がっくりと肩を落とす響。それを見てヴェイグは言おうと思っていた事を言うのを止めた。
(俺は年齢だけならここにいる誰よりも上なんだが……まぁいいか)
今や響達は友人とは呼ばないが仲間ではある。その心へいらぬダメージを与える必要はないとヴェイグは大人の対応を取った。
「まぁまぁ、今は何でもいいから考える材料が増えるのは良い事だよ」
「そうね。でも、年齢か。悪くないとは思うわ」
「どういう事だマリア」
「一定年齢以上の女性、という括りよ。それならエルとヴェイグがいない理由にもなる」
「お~っ、でも一定年齢ってどれぐらいデスか?」
「そ、それは……何て言えばいいのかしら……」
途端に言い辛そうに顔を赤くするマリアを見て半分の人間が察した。おそらくだがマリアは本当は年齢ではなく別の表現で言いたかったのだろうと。
故に仁志が助け舟を出す事にした。若干言い辛い言葉などを使わずマリアの伝えたい事を表現するために。
「あ~……第二次性徴期を迎えているかいないか?」
「っ、そ、そうよそれ!」
「だいにじせいちょうき……?」
「切ちゃん……」
「お前な、それぐらいは覚えておけよ」
呆れた目を向ける調と盛大なため息を吐くクリス。さしもの響もその言葉はしっかり理解しているのか若干憐れむような目を切歌へ向けていた。
「切歌ちゃん……それはさすがに……」
「ま、まさかの響さんにバカな子を見る目をされてますデスっ!?」
「第二次性徴期って言うのは、男の子は大人の男の人らしく、女の子は大人の女の人らしく変わり出す時期の事」
「あ~、何となく聞いた事がある気がします」
「「「何となくかよ……」」」
仁志、クリス、奏の呆れたような声が重なる。それに切歌は照れくさそうに後ろ手で頭を掻いて笑うのみ。
「あはは……申し訳ないデス」
「で、それで言えばセレナはその時期だもの。一応説明はつくわ」
「そっか」
「兄様、どうでしょう?」
「いや、良い線じゃないかと思うよ。少なくてもどうして九人かの理由にはなる」
「ですが結局そのゲージの意味は……」
「分かんないよなぁ」
言って仁志はソファへ持たれるように倒れた。ボフッと言う音を立てソファから少しだけ埃が舞い、仁志は自分の行動を内心で恥じると同時にピザを食べている周囲へも迷惑になると気付き、気まずそうな表情で申し訳なさそうに手を前へ出して謝罪の意を伝える。
それを見て誰も文句などは言わなかった。ただただ彼らしいと感じて微笑むのみ。それでもすぐに誰もが意識を謎解きへと切り返した。
だが、やはりこれと言った意見は出ず、ピザが全て食べ終わる事で謎解きタイムも終了となる。
そうなればまた熱唱タイムとなるところだが、一旦小休憩を仁志が提案、ならばとトイレへ行く者や飲み物を注ぎに行く者などそれぞれが動き出す。
「タダノ」
「ん? どうしたヴェイグ」
そんな中、ヴェイグがソファ伝いに仁志の傍まで近付いてきた。
依り代がルームのテーブルに首掛け袋ごと置いてあるために彼はこのカラオケ店全てで行動可能なのである。
「今夜の事だが、本当にいいのか?」
「えっと……ああ、ヴェイグも銭湯に連れてくって話か」
「そうだ。さすがに止められないか? 俺は普通の人間達にはぬいぐるみとやらにしか見えないんだろう?」
今夜行く事になっているスーパー銭湯。そこへ自分を連れて行くのはさすがに問題になるではないか。そうヴェイグは考えていたのだ。
その考えに仁志は苦笑して己の考えを説明し始めた。たしかにヴェイグは何も知らない人間にはぬいぐるみのようなものだと思われるだろう。だからこそエルフナインが抱えて持って行けば受付で止められる事もない。
そして脱衣所へ持ち込む事までは可能だ。問題があるとすれば浴室内だろうが……
「結構遅い時間だから男湯はともかく女湯はガラガラなんだよ。それは以前から響達の証言で間違いない。万が一見つかったらセレナちゃんの中へ隠れてしまえばいいしさ」
「だが……」
「大丈夫だって。まぁ、もしそんなに気になるなら俺と二人でイヴさん家の風呂借りて入るか?」
「タダノ……そうだな。それもいいかもしれない」
その言葉にヴェイグは嬉しそうに仁志へ微笑みかける。男同士の友情。そう呼ぶに相応しいやり取りである。
だが、それを聞いて一人の女性が若干微妙な顔をしていた。
(えっ!? も、もしかして只野はあれなの? ヴェイグみたいなのが好きなの? 同性愛者じゃなくてそっち?)
マリアは横から聞こえた会話に所謂腐女子もビックリの発想力を発揮していた。
あの仁志同性愛者疑惑を抱いてからと言うもの、マリアはそれとなく彼へ性的アピールにも見える行動を時折取ってきたのだが、その全てを仁志は若干の戸惑いだけで対処し切っていたのである。
だが、だからと言って彼が同性へ熱視線を送る事もないしそんな話を聞いた事もなかったため、おそらく強い意志で自身の欲望を抑えているのだろうと判断しかかっていたところで先程の会話だった。
(ま、まぁたしかに、ヴェイグはモフモフしてて可愛いとは思うわ。瞳もつぶらでキュートだし、ぶっきらぼうなところもあるけど優しくて面倒見がいいし……)
最近では仕事終わりで疲れているマリアを、ヴェイグ主導であの家で暮らす五人がマッサージしているのだ。
寝そべったマリアの背中をヴェイグが、両手をセレナとエルフナインが、両足を切歌と調が、それぞれ優しく揉んでやっているのである。
今のマリアにとっての一番の幸せを感じられる一時であり、それがあるからこそ明日も頑張ろうと思える活力の源であった。
うんうんと唸るようなマリアを眺め首を傾げるのは、彼女がもう娘と思う程に大事にしている擬似姉妹二人である。
「マリア姉様、どうしたんでしょう?」
「さぁ? また家計簿の事でも考えてるのかな?」
マリアが頭を抱える=家計簿。そうなるぐらいにセレナもすっかりここでの生活に染まっていた。
ちなみに彼女は彼女で小遣い帳を仁志からプレゼントされている。何をしていくらもらったか。何に使っていくら減ったか。そういうのをこまめにつけながら、それぞれの出来事の思い出も記しているのだ。
最近使ったのはエルフナインと二人で食べたソフトクリーム220円。仁志達が働いているコンビニとは別系列の駅前店で買った物だ。
――どう? 美味しい?
――はい、とっても美味しいです! ありがとうございます、セレナ姉さん!
それまでも食べた事のある味だったが、何故かマリアと分け合った時よりも美味しく楽しかった事を鮮明にセレナは覚えている。
今度はもう少しお小遣いを貯めて季節限定味を二人分買おうと決めているお姉ちゃんなセレナであった。
さて、室内から視点を動かしてみれば、ドリンクバーの機械の前で翼と奏が何やら揉めている。
「いいじゃんか。やろうって」
「や、やだよ。どうしてもやりたいなら奏だけでやって!」
実は奏が複数の飲み物を混ぜようと提案しているのだ。翼はそれを拒否しコップを守るように体で隠している。
そんな両翼のやり取りを眺め響と未来は苦笑していた。まるで学生のようだと思ったのだ。
「あはは、あれって私達が一年生の頃とかにやったやつだよ」
「そうだね。でも、多分だけど翼さんと奏さん、学年が離れてたし二人でこういう事出来なかったんじゃないかな?」
「そっか。それにツヴァイウィングだったしね」
学生の頃から装者としても歌手としても動いていた二人。その学生生活は確実に普通とは大きく異なっているだろうと思い、響と未来は揃って視線を翼と奏へ向けた。
「ほら翼、貸しなって。美味しいやつ作ってやるからさ」
「いーやーだ。ならまず奏が自分で作って飲んでみてよ。それで美味しいって言ったら考えてあげるから」
完全に翼が本来の姿となっているのを見て響と未来は小さく微笑みを向け合う。
「私達もきっとああなんだろうね」
「そうだね。二人でいるときっとそう」
向け合う笑みはこれまでと同じようで異なっていた。それは一度手を離して歩いているからこその輝き。
例え歩いている道が違っていても心が繋がっていればいつだってこうして笑い合えるのだと、そう互いに思っているからこその噛み締めるような笑顔だった。
そこから視点を更に移動させよう。女性用の化粧室では切歌と調が洗面台に立っていた。クリスはそんな二人を待つように入口付近でドアを背にしている。
「いやぁ、何て言えばいいんデスかね。みんなでカラオケなんてあっちじゃ考えた事もなかったから楽しいデス!」
「うん、凄く楽しい。それに、知らないけどみんなで歌ったり映像に盛り上がったり……」
「デスデスっ!」
「ま、だからって総勢七曲もの歌攻めはどうかと思うけどな」
「はうっ!」
「クリス先輩……それで許してあげてください」
「反省してますデース……」
がっくりと項垂れるように手を洗い終えた切歌はとなりのジェットタオルへと両手を差し込む。
ゴーッと言う音と共に冷風が流れ出して両手の水分を弾き飛ばしていく。それを感じながらゆっくりと切歌は両手を機械から引き抜いた。
「ほら、これ使え」
「おおっ、アリガトデスクリス先輩」
差し出されたハンカチをニコニコ笑顔で受け取り、切歌は残った水気を拭き取っていく。
その後ろでは調がジェットタオルからその小さくて綺麗な両手を抜き取っていた。
「よし、完璧」
「ナンデストォ!?」
「切ちゃん、こういうのは両手をしっかり開いてやった方がいいよ」
「ほうほう。今度から意識してみるデス」
「ほら、さっさと部屋戻るぞ」
まるで引率の教師のように切歌と調を引き連れクリスは歩き出す。そんな小休憩であった。
「ガガガッ! ガガガッ! ガオガイガーッ!」
小休憩後のスタートは仁志から始まった。ロボットアニメというこれまでと異なるジャンルからである。
だが、これはある意味で知らない者でも歌える歌の典型であった。最初の繰り返しを聞けば後からくる同じフレーズは歌えるためだ。
「くぅ~かぁ~んわぁ~んきょ~くっ! ディバイディングドライバァァァァァッ!!」
そして何より必殺技の如く劇中のツール名を叫ぶ場所もあり、それに切歌は目をキラキラとさせた。
更にラスサビ前の間奏部分で仁志が自発的に劇中での必殺技台詞を再現し、そこに全員が疑問符を浮かべる事となる。
「光にぃ……なれぇぇぇぇぇっ!」
一体光になれとはどういう意味だ。響以外はそう思いながらは仁志が歌い終わるのを待った。
「っかぁ~、やっぱガガガはテンション上がるなぁ!」
「タダノ、一ついいか?」
「ん? 何? ヘルアンドヘヴンって何だって?」
「いや、それも気にならないでもないが……」
「光になれってどういう意味ですか?」
ヴェイグとエルの質問にほとんど全員が無言で頷きを見せる。それに仁志は嬉しそうに話し出すのだ。彼のアニメに置いての根底を支える一つである作品に関して。
「って理屈らしい。エル、どう?」
「たしかに理論上はそうです。重力を制御する事で物質へ無限の加速を与えて光に変える。凄いです!」
「ま、これも外宇宙のテクノロジーっていうとんでもがあっての作品だから。実際には中々……な?」
「はい。でも、考え方としては分かります。相手が物質である以上その攻撃に耐えられるものは存在しません」
研究者としての顔が前面に出ているエルフナインだが、周囲は難しい事はともかくシンプルにどんな物でも光に出来るという一点において感心していた。
「決め台詞としてカッコイイデス! 光になれ~っ!」
「だよねぇ。ノイズも光に出来るのかな?」
「難しいだろうな。ノイズはそもそも位相空間が異なっているようなものだ」
「でもよ。ほとんど効果がねーけど通常攻撃も通るんだ。なら、もしかしたら……」
「いやいや、その前にそのゴルディオンハンマーってのが炭化するんじゃない?」
「あっ、俺は天羽さんの意見を推すよ。実際ゴルディオンハンマーは物質昇華って攻撃には負けたんだ」
その発言に全員が同じ疑問を浮かべた。物質昇華って何だ、と。
それを仁志も感じ取ったものの、これはまた別の機会に話すべきと判断しデンモクを手に取ってこう締め括った。
「詳しい話はまた今度にでも。気になってる暁さんには俺の持ってるガガガのDVDを貸すよ」
「ホントデスか!?」
「それでTVシリーズとOVAまで見れる。はっきり言ってちょ~おもしろカッコイイぜ」
「ありがとうございますデスっ! バイト先でも安くレンタル出来るデスが、それでも出来るだけ節約したいんデスよぉ」
切実な声であった。何せ彼女のバイト代が入るのはまだ先である。しかも入ってきたとしてもそれは全部自分で使える訳ではない。
そうなれば装者の給料よりも支給額が大幅に下がった現在、彼女が使える金額などたかが知れる。下手をすればセレナ以上に素早くお金を使い切ってしまう可能性さえあるのだ。
そんな切歌の切ない言葉の後は響が歌う事に。
「可能ならみんなで歌って欲しいです!」
曲名は“ウルトラマンメビウス”。もう響のテーマソングのようであった。
初めて聞く未来達でさえその歌詞には響に通じるものを感じ取り、ラスサビからはいつかの時と同じく大合唱となった。
全員の胸の歌があったかくなる、そんな時間。自然と笑みが浮かび、希望がわき出るような気持ちのまま響の歌唱は終わる。
「立花がそう来るのであれば、私はこれだ」
動画でも歌った“ETERNAL BLAZE”を熱唱する翼。最早完全に自分の物としているかのそれは否応なく周囲のテンションを上げていく。
特に同じアーティスト二人が黙ってはいなかった。スイッチが入ったかのように獰猛な目付きで翼を見つめていたのだ。
「マリア、ここは二人でどう?」
「あら、いいわね」
まさかの組み合わせに響達が驚く中、奏とマリアがひそひそと話し合って選曲したのは何と仁志が貸したり歌った歌ではないもの。
「愛しさと?」
「切なさと……?」
「心強さと、だとぉ!?」
エルフナインとセレナに仁志の連携で曲紹介となったが、それぞれ互いのバイト先で流れている懐メロの有線からの選曲だった。
歌姫二人によるそれは、仁志からすればまさしく最強タッグが魅せる究極のバトルのようなものだ。それがとある格闘ゲーム原作の映画で使われていた事を知らぬ二人だが、歌姫にとっては大事なのは歌そのものの出来であった。
「うし、あたしも歌うとするか」
元々装者達は歌う事が好きな者達だ。クリスもこの世界での色々で歌う事への抵抗など完全に吹っ切り、幼い頃のように歌う事を楽しめるようになっていた。
勿論そこには学院での同級生達や響達との時間という下地があればこそという事を忘れてはいけない。
「重い荷物を~」
クリスが歌うのは“青空になる”。仮面ライダークウガのEDだ。初めてクリスはこの歌詞を見た時、何故かその中に両親を見たのだ。
悲しみのない未来や争いのない未来。そこを目指す歌に、世界中の争いや悲しみを歌や音楽で何とかしたいと願っていた両親の在り様を見たのである。
君を連れて行こう。この歌詞がクリスには両親に手を引かれる幼い自分を連想させ、一度聞いただけで一人トイレへ逃げ込み泣いていたのだから。
「クリスちゃん、すっ……ごく良いよ」
「そ、そうか」
「うん、とっても優しくて良い歌だった。秋桜祭の時のクリスを思い出しちゃった」
「や、止めろって。恥ずかしくなるだろ。でも、ま、ありがとな……」
響と未来からの感想に照れながらクリスは少しだけ嬉しそうに笑みを見せた。
「次は私とヴェイグさんで歌います」
「セレナ姉さんとヴェイグさんが、ですか?」
「ああ。俺が主に歌う事になるけどな」
「ふふっ、楽しみね」
二人が歌うのは“心つなぐ愛”。仮面ライダーJの主題歌だ。これは実は依り代である仁志のスマホをヴェイグが操作して動画サイトで聞いたものだった。
勿論仁志がいい歌だと言っていたのを覚えていたヴェイグがエルからスマホを借りて聞いていたのだが、それをセレナも一緒に聞いていたのだ。
「「壊さないで~。離さないで」」
仲良く歌う二人が作り出す雰囲気はまさしくその歌のメッセージを表すかのようだった。
人は誰も傷付けあうために出会ったんじゃない。それをセレナとヴェイグが歌うからこそ歌詞が深く響く。
「ぼ、僕も歌います!」
「という事はあれ?」
「いえ、さっきの歌を」
こうしてエルフナインが“Beat on Dream on”を歌う。その際に本編映像が流れる事となり、全員が仁志の説明を思い出して納得しつつ、エルフナインの歌声に聴き入った。
(キャロル、僕達はきっと同じだったんだ。パパの命題を、願いを果たそうとしていた。でも、すれ違ってしまった。だけど、今の僕らならきっと……)
「き~みと見~つけよ~」
一度聞いただけなのに詰まる事なく歌い切った事にエルフナインは軽く息を吐いた。
時々譜割を思い出せなくなったのだが、歌い出す直前で思い出せたのである。
彼女は知らない。それは眠ったはずのキャロルがそれとなく支えてくれたおかげだと。
仁志から教えてもらった平行世界関係の情報。それが眠ったはずのキャロルにも作用し多少ではあるが活力となったのだろう。
――ったく、相変わらず世話の焼ける……。しっかり覚えてから歌え。
それでもどこか嬉しそうな声なき声は誰に知られる事なく消える。
「それじゃあ、私も歌ってみるね」
「やった! 未来の歌声大好きなんだよね~」
「あまりハードル上げないで。知ってる歌、ほとんどなかったんだから」
そう言って未来が入れた曲は“卒業写真”。ユーミンこと松任谷由実の名曲であった。
未来自身は当然その世代ではない。だが彼女の母親達は何度か歌番組や音楽番組で流れていたのを聞いていた世代である。その中で気に入り、ベストなどを持っていたのだろう。
「ひとごみ~に流されて~」
本来は男女を歌ったものだろうそれも、今の未来が歌えば意味合いが少し変わる。
まるで響と距離が開いてしまい、もう会う事さえも出来なくなった未来の歌にも聞こえたのだ。
ただ、そう感じていない者がいた。響と仁志である。
(未来はきっとそうなってもいつか声をかけてくれる。もしくは私が見つけて声をかけに行くから)
(何て言うか、ちゃんと一人で立てるようになるまで待っててって感じだなぁ)
しんみりとした曲調だからか若干室内のテンションが下がる。そうなれば盛り上げるのが彼女と言うもの。
「ここで真打ちの登場デースっ!」
「切ちゃん、それはいいけど何を歌うの?」
「……ツヴァイウィングとかないデスかね?」
「いっそアカペラでもいいじゃん」
あっけらかんと笑って言い放つ奏だが、そんな彼女を翼とマリアがややジト目で見つめる。
「奏……」
「いくら何でもそれはどうなのよ……」
「いいと思うんだけどねぇ」
「只野さん、何か良い案をくださいデス!」
「他人頼りかよ……」
切歌のらしい行動に苦笑しつつクリスは視線を仁志へ向けた。
彼はデンモクとにらめっこしながら腕を組んでいる。
「う~ん……ギアで歌うのとはわけが違うからなぁ。あれは君達の心情の発露だけど、これは作られた歌だし……」
「あっ、そういえば只野さんって私達がギアを纏ってる時の歌、知ってるんですよ!」
その響の言葉がある意味で切っ掛けだった。それを聞いてエルフナインとヴェイグが思い出したのである。
そう、それはキャラクターソングなどが今の依り代なら聞けると言う事を。
ならば早速とばかりに室内を静かにしてスマートフォンで歌を聞いてみようとなったのは言うまでもない。
曲を選ぶのは仁志に一任された。そこで彼は気付くのだ。
(……手紙やおきてがみとか流したら、暁さん恥ずかしさで死んじゃうかね?)
ここでそれを流さない辺り仁志はやはり優しいのだろう。彼が流したのはこの場にいないサンジェルマン達の歌である“死灯―エイヴィヒカイト―”だ。
その歌で奏とセレナにヴェイグ以外は少しだけ切ない表情を見せる。思い出すのだろう。その生命を賭して燃やし尽くして消えていった三人の錬金術師達の最期を。
「彼女達はまだ死んでないよ」
そんな中、ポツリと仁志が呟く。
「人の死は二つある。肉体の死と記憶の死。それを利用して悪意は君達を消滅させようとしたように、人は二度死を迎えるんだ。そういう意味で言えば彼女達の肉体はたしかに滅んだかもしれない。だけど、その魂は、意思は、まだ生きてる」
そう告げて彼はゆっくりと響、翼、クリス、マリア、切歌、調と六人の装者を順々に見てこう言った。
「あるだろう。君達のギアには、彼女達の残したものが、その輝きが。イグナイトの闇をアマルガムの光に変えて、さ」
最後に微笑み、仁志は歌を変えた。流れ出すのは“永輝―エイヴィガーブント―”だ。
「そして平行世界の彼女達はその胸の歌で死を灯すだけじゃない可能性を見出した。だから死んでいないさ。俺達が覚えていれば、例え肉体を失ったとしてもその魂は、意思は、生き続けるんだ」
「はいっ!」
仁志らしい締め括りに響は笑顔で力強く頷く。それに続くようにクリスが、翼が、マリアが、切歌が、調が頷いていく。
それを見て奏は一人そっとギアペンダントを握る。
(翼も、生きてるんだ。そう、あたしの中で生きてる。覚えている限り、生き続ける……っ!)
そんな奏と同じくセレナもまたギアペンダントを握っていた。
(そうだ。私が覚えていればマム達は死なない。絶対、絶対に再会するんだ!)
そして未来も。
(私はみんなと違ってこのギアで何も受け取ってないのかもしれない。でも、だからこそ今度は一緒に並び立つんだ。私も、私も装者だからっ!)
その瞬間、スマートフォンから何かの通知音が流れて歌が止まる。
「あれ? 何だ?」
画面がミュージックボックスからホーム画面へ戻っている事に首を傾げ、仁志はある事に気付いた。
本来なら運営からのお知らせの有無を示すアイコンが出現しているのだ。どういう事だと思いつつそこをタップすると……
――ステータスが更新されました。
その一文だけが表示され、ホーム画面へと勝手に戻されたのである。理解が追いつかないまま仁志はならばとステータスをタップすると……
「……どういう事だ?」
画面に表示されたのは相変わらず装者九人のアイコンと何かのゲージ。だがそのゲージの後ろに新しく空白の枠が出現していたのだ。
ただし、セレナと奏のだけはそこは埋まっていた。セレナはヴェイグ、奏は櫻井了子のキャラアイコンで。
仁志の言葉に想いを新たにした響達装者九人。その直後変化を起こすステータス。
果たしてこれは何を意味するのか。ゲージの意味とは? 新しく出現したものの意味は一体?
謎を増やしてゲームは沈黙する。後はお前達で解き明かせとばかりに……。
ネタが多い……(汗
すみません。どうしても書きたい事を書いてると暴走気味です。
おそらく今回の全員集合を最後にもうカラオケ描写はないと思いますのでお許しを。
……代わりに鑑賞会描写が出てくるかもしれませんが(汗
小ネタなどしかない番外編などが欲しいですか?
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はい
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いいえ
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メインでやってくれてもいい