シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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状況が危機的だけど……な感じですかね。

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はっぴー すまいる ばけいしょん

「親しい人間、かね?」

 

 新たに出現したステータスについて天羽さんは納得し切ってないみたいな表情で告げる。

 その視線の先には元々の俺のスマホがある。そしてそれを隣の翼へ渡して彼女からイヴさん、セレナちゃんへと渡る。

 

「……私はヴェイグさんなんだ」

「だが、親しいなら俺よりもマムだろう」

「そうですね。何故ヴェイグさんだけなのでしょう?」

 

 エルの言葉に俺は考える。そもそも何故今このタイミングでそれが追加もしくは解禁されたのか。

 

「……セレナちゃんにとってのヴェイグと天羽さんにとっての櫻井了子さんは同じって事だよな。そのステータスの捉え方は」

「そうなるわね。なら……頭脳面での支え?」

「いや、それなら奏もセレナもそれぞれ別の人物でもいいはずだ。奏の世界の叔父様は知略に優れた存在だし」

「そうなんだよねぇ。翼達のとこの旦那だったら頷けたんだけどさ」

 

 苦笑する天羽さんだが、セレナちゃんはスマホから顔を上げてこっちを見てきた。

 

「私もそれならヴェイグさんよりもマムです」

「と、なると別の括り、かぁ」

 

 こういうのってさ、普通謎がある程度解けてきたら増えるもんじゃないのか?

 まだほとんど解明されてないのに増えるとかどうなってんだ。これが現実的って事なのかよ。

 

「というか、もし今の仮説が正しいならあたしら七人はエルフナインじゃないとおかしいぞ?」

「あ~……」

 

 クリスの指摘に思わず声が出る。そうだ、そうだよな。響達七人の頭脳面担当はエルだ。

 

「じゃ、友人とか親友とか?」

「それならセレナがマムじゃないのも納得です」

「デスね。奏さんはどうデス?」

「うーん……了子さんとは親しいけど友人って感じじゃないなぁ」

「そしてもしそうなら響や小日向さん、そしてザババの二人はとっくに表示されてると俺は思うよ」

 

 そう言うと全員が苦笑して頷いた。

 何というか、本当に謎解きだけど焦燥感とか緊迫感がない。この場合はそれが良い方向に働いてると思う。

 正直ゲートを隠されたセレナちゃんぐらい響達も動揺するかと思った。でも、意外とそこまで動揺はなかったんだよな。

 おそらくだけど響達先行組はもうこっちに半分根を張ってたからだと思う。小日向さん達はそんな先行組に支えられて動揺が少なく済んだんじゃないか。そう俺は考えている。

 

 目に見える形では、かもしれないけど。

 

「セレナ姉さんと奏さんだけが表示されている事への共通点なら僕に一つあるんですが……」

 

 そんな中、エルがそう呟いた。

 

「エル、どういう事か教えて?」

「はい。お二人は平行世界の存在と言う事です」

「ああ、そっか。でも翼達もそこには表示されてる訳だしねぇ」

「そうなんです。ただ、何故お二人だけが先に新しい要素が表示されたかはここも関係しているかもと」

「むぅ、ヒントが欲しいデス! 只野さん、ヒント機能はないデスか!?」

「あったらとっくに使ってるよ……」

 

 暁さんはゲーム好きだったな、そういえば。

 

「切ちゃん、こういうのは意外な会話や発想が解決に繋がるものだよ」

「ふむふむ……」

「だから、探せばどこかにヒント機能があるかもしれない」

「おおっ!」

「否定し切れないから困るんだよなぁ」

「只野さん只野さん! こっちに持って来てくださいデス! アタシがズバッと解決してみせるデスよ!」

 

 狙ってないんだろうけど、何気に今のは中々の名台詞だった。俺も詳しく知らないけど有名だもんな、快傑ズバット。

 と、そんな事考えてる俺へスマホが差し出された。目を向ければエルが差し出している。きっとセレナちゃんから受け取ったんだろう。

 

「ありがとな」

「いえ」

 

 なので俺は受け取って立ち上がると暁さんと月読さんの近くへ移動する。

 

「ちょっと失礼するよ」

「「どうぞ(デス)」」

 

 二人の間へ座らせてもらうとあまり嗅ぎ慣れない匂いがした。これがザババコンビの匂いか。

 と、そんな事を考えてると不味い事になると思いすぐに思考を切り換える。

 

「さて、お嬢さん方、どこから探る?」

「えっと……メイン画面に隠しコマンド入力デス」

「むしろ一定時間放置するとか?」

 

 両側から出る意見が実に二人の性格を表してるみたいで面白い。

 暁さんは泣かぬなら泣かせてみせようで、月読さんは泣かぬなら泣くまで待つタイプだ。

 なら俺は泣かぬなら殺してしまえでいくか?

 

「いっそ直球に画面に向かってヒント出さなきゃぶっ壊すぞって脅してみる?」

「斬新……。機械を脅すなんて考えた事もなかったです」

「それ、音声認識してくれるデスかね?」

 

 月読さんが驚いたようにこっちを見て目を見開き、暁さんは小首を傾げていた。本当にこの子達も可愛いよな。

 なんて事を考えていたら暁さんが息を吸い込むのが見えた。まさか……

 

「ヒント出ないとギザギザに叩き斬るデスよ~っ! ……どうデスかね?」

「……出ないね」

「ま、そりゃそうだ」

 

 納得するしかない。ただ暁さんはがっくりと項垂れた。

 

「とほほ、あんまりデェス……」

「クリス先輩、何か意見ありますか?」

「あ? そうだな……」

 

 月読さんって時々ドライだよな。暁さんを放置してクリスへ助言を求めてるし。

 なので俺は元気づけるように暁さんの肩へ手を置いた。

 

「何デス?」

「元気出して暁さん。何でも挑戦してみるのは良い事だよ。挑戦しない成功なんてない」

「挑戦しない成功はない、ですか?」

「そう。何だって最初は無理だとか出来るのかって言われるだろ? それに向かって行く事で人間は先へ進んできたんだ。たしかに冷静にそれが出来るか考える事も必要かもしれないけど、考えるよりも動くんだって方が向いてる人もいる。君はそっちだと俺は思うよ」

「考えるよりも動く……」

 

 完全に顔が上を向いている。良かった良かった。どうやらもう気持ちが切り替わったらしい。この辺りがこの子の良いところだろうな。

 

「分かったデス。アタシは挑戦して成功を掴んでみせるデス」

「うん、その意気だ。じゃ、どんどん意見を出してくれ」

「了解デス! うーんと、そうデスね……」

 

 腕を組んでうんうんと唸り始める暁さんを見て素直でいい子だと思った。

 こう見えてその根っこに凄く強い決意や想いを秘めてるんだもんな。本当に凄いと思う。

 

 俺なんて真似しようと思っても出来ない。周囲のために明るく陽気で居続けるなんて。

 

「只野さん、とりあえず全部タップしてみて反応するかどうかを試してみるのはどうかって」

 

 そこへ月読さんからの意見が。おそらく口振りからしてクリスの意見か。

 

「今アタシも同じ事言おうと思ったデス!」

「よし分かった。やってみよう」

 

 言われるままステータス画面のあちこちをタップしてみる。響達のアイコンは反応なし。ゲージは拡大されただけで特になし。

 で、新しく出て来た枠に関しては空白のものは反応なし。ただ、櫻井了子さんのアイコンをタップすると反応あり。

 

「っ!? これは……」

「「水色の敵……(デスか)?」」

 

 表示されたのはベルゲルミル。これって……。

 

「天羽さん、これを見てくれ。ベルゲルミルじゃないか、これ」

「何だって?」

 

 俺の挙げた名前で天羽さんが少しだけ真剣な顔つきになって立ち上がる。同時に翼もこっちへ向かって動き出した。

 俺はスマホを天羽さんへ渡す。そこで翼も天羽さんの隣へ立った。

 

「……間違いないよ。こいつはベルゲルミルだ」

「うん、見間違えるはずない」

 

 双翼がそう言うなら間違いないだろう。となると……

 

「天羽さん、ちょっと貸してくれ」

「はいよ」

 

 一度タップすると元の状態に戻る。なら次はヴェイグをタップする。

 

「……やっぱりか」

 

 そこで表示されたのはあのベアトリーチェの傍付きの変身した姿。それを俺の両脇からザババコンビが覗き込んだらしい。揃って息を呑んでいた。

 

「こ、こいつは……」

「石屋がカルマ・ノイズの力を使った状態……」

「そう。で、セレナちゃんとヴェイグが協力してツインドライブで撃退した奴だ」

「まだ言ってるのね、それ」

 

 俺の言葉に響達が疑問符を浮かべるとイヴさんが呆れながら突っ込んできた。

 いいじゃないか、分かり易いんだからさ。

 

「でもこれで分かった。これは、君達がデュオレリック、通称ツインドライブを手にした時の相手だ。つまり、この空白にはそれぞれがその力を得る時に一番手を貸してくれた存在が表示されるんじゃないか?」

「成程。それならあたしは了子さんだ」

「はい。私もヴェイグさんです」

「ですが、それなら何故奏とセレナだけ?」

 

 翼の疑問に俺も気付いた。そうだよな。別に二人だけがあの姿になれる訳じゃないのに。

 ここって監視カメラあったっけ? そう思って室内をそれとなく見回してみる。うっ、あった。となると無理か。

 

「もしかしたら今はお二人しかデュオレリック状態になれないからではないでしょうか?」

 

 俺が確かめてもらおうと思った事をエルが言ってくれた。そう、それしか思いつかない。

 

「それしかないわ。ここにいる装者でデュオレリックが現状で可能なのは奏とセレナだもの」

「アタシはマムへ返したデスし……」

「あたしもフィーネに返してるしな」

 

 そうなんだよな。彼女達が使うデュオレリックはいわば平行世界との絆みたいな側面も……っ!?

 

「これも狙いかっ!」

「でしょうね。やられたと言わざるを得ないわ。世界蛇と戦えたのはデュオレリックがあったから。それを今の私達は封じられた。本当に厄介よ」

「ちょっと待ってよ。その言い方だとまたあいつと戦うかもしれないって?」

 

 天羽さんの言葉に響達が息を呑むのが分かった。そりゃそうだ。あの時だって文字通り世界を越えた総力戦で辛うじて掴んだ勝利だったんだ。

 

「そう考えておいた方がいいと思うわ。相手は世界蛇の巫女にすくっていた悪意。ならその目的は全ての破滅」

「ただ、一つだけ朗報と言うかほぼ確実な事がある。世界蛇は君達にやられて完全に消滅した。そこから復活させるとしてもすぐにはあの状態に出来ないはずだ。何せあれは小さかった世界蛇を沢山の悪意を食わせる事で成長させたものだから」

「それなら俺とセレナで封じ込める事が出来るはずだ」

「はい!」

 

 自信満々なセレナちゃん。両腕をギュッと締めてるけど可愛い。

 

「そうなると悪意の最終目的は世界蛇の復活でしょうか?」

「我々への復讐ではないのか?」

「待ってください。もしかすると世界蛇を復活させても今だと弱いから私達を消滅させようとしてたのかも」

 

 小日向さんの意見はもっともだ。そうか、これも思い込みだったのかもしれない。

 悪意の本当の目的は世界蛇の復活及び全ての世界の破滅。そのためには装者が邪魔だから存在を抹殺しようとしていた。この方が正しいのかもしれない。

 

「で、でも待って。私達を消滅させたらその世界だって消滅するんじゃ」

「いえ、おそらくですが戦姫絶唱シンフォギアという作品に大きく関わっていた存在だけが消滅していたと思います。つまり、悪意からすれば邪魔者だけが全て消える事になります」

 

 冷静にだけどどこか辛そうなエルの頭をそっと撫でる。ごめんな、嫌な事を言わせて。

 

「俺もそう思うよ。何せ響達が訪れていた世界にはグリッドマンなんて別作品の存在までいた時がある。ゴジラもそうだ。となると、悪意が戦姫絶唱シンフォギアを狙ったのは世界の消滅じゃなくて邪魔者の一掃って事になる」

「で、でもゴジラとかなら世界蛇を倒しちゃいそうデスよ?」

「グリッドマンやその周囲の連中もだ。そこはどうなんだよ?」

「……正直断言はできないけど、これだけは言える。世界蛇だけなら勝ち目はあるかもしれない。でも、今度復活させられるとしたら、それは世界蛇であってあの世界蛇じゃないよ」

「タダノ、どういう意味だ?」

 

 みんなの視線が俺へ集まる。これは色んな作品を見てきたから思う事だ。だけど、だからこそ伝えるべきだろう。

 

「悪意はいわば人の心の闇だ。その集合体だとすれば、そいつが復活させる世界蛇は姿こそそれと同じでもただの闇の塊さ。ヴェイグ、世界蛇だって元々は一つの生命だったんだよな?」

「ああ。そうか、何もないところから悪意が生み出すならそれは別物だ」

「そういう事。で、さっきの答えの続きもある。ゴジラはカルマ・ノイズと相性が良すぎるんだよ。あれも作品によっては人の負の念で生まれた存在だったりするから」

「どういう事だよ?」

 

 真っ先に反応したのは天羽さん。そうか、彼女はゴジラと同調した事があったな。

 

「とある作品のゴジラは第二次大戦の戦没者の怨念って設定なんだ。白目で破壊の限りを尽くすって感じでね。もしそういうゴジラを悪意で出来た世界蛇が取り込んだらどうだ?」

「この上なく厄介な相手の誕生デス……」

「カルマ・ノイズと合体した時だって凄かったのに……」

「あのっ! ゴジラは分かりました! でもグリッドマンなら」

「そう、グリッドマンは光の存在だよ。でも、彼と似ているウルトラマン達でさえ強大な闇に飲み込まれてその身を闇へ落とした事があるんだ」

 

 それに響が絶句する。俺だって辛いさ。でも、そうなんだ。

 

「それに、おそらくだけどカルマ・ノイズを相手にグリッドマンは立ち回るのが難しい。炭化能力がある。あれは常にバリアが張れるヒーローとかじゃないと太刀打ちできない」

「そうか……その事を失念していた」

「思った以上にノイズの能力ってギア以外には恐ろしいんだ……」

「ヒーロー達でさえ炭化させられるかもしれないとか、厄介にも程があるデスよ……」

 

 そう、そうなんだ。ノイズの持つ基本能力が厄介なんだ。世界蛇相手になら戦えても、カルマ・ノイズ相手だと苦戦もしくは敗北ってのが意外と笑えないぐらい可能性がある。

 

「勿論ヒーローの中にはノイズだろうと世界蛇だろうと相手に出来る存在もいる。でも、おそらく悪意はそういう相手がいる場所は極力避けるだろう」

「ベアトリーチェだった頃なら面白がって行ったでしょうけどね」

「ああ。悪意は強かだ。一番自分が敵対する中で不利だろう君達を真っ先に無力化しようとした。次にそれが失敗すると平行世界との連携を断った。最後にギャラルホルン自体を封じる事は出来ないからと、その世界の時間を止めてしまった」

「唯一の救いはこの上位世界へは大きく手出しを出来ない事です」

「そういやエルフナイン、何であたし達はあの時間が止まった世界でドアとかは動かせたのに、依り代があるなしに関わらず人間はまったく動かせなかったんだ?」

 

 その天羽さんの疑問へエルは俺の持つスマホを指さした。

 

「おそらくですが、一つは依り代がないと物質はともかく生命体は動かせないのでしょう。もう一つは、依り代があってもその力が弱いと意味がない事です。多分ですが、このスマートフォンサイズなら行動可能に出来るかもしれません」

「待って欲しい。私と雪音は動けないまでも異変を感じ取る事が出来た。なのに小日向達は無理だったのは何故だ?」

「それはまだ分かりません。もしかするとこちらに長くいた事で依り代の力が強くなっていた可能性もあります」

「どちらにせよ、今は分からない事だらけって事ね……」

 

 イヴさんの言葉が全てだった。そして同時に室内にどんよりとした空気が流れる。

 これは、不味いな。みんなの気持ちが落ち込んでしまう。となれば切っ掛けの俺が変えるしかないっ!

 

 スマホをテーブルへ置いてデンモクを手にする。すると何となくみんなが俺へ視線を向けてきた。

 それに構う事無く俺はある曲を入れてマイクを持って立ち上がる。表示されるのはJAM Projectの“鋼のレジスタンス”だ。

 

 今ほどこの歌が必要な時はない。俺の歌声に力は無くとも、この歌には力がある。なら、それがみんなの気持ちを上向かせる事を願うだけだっ!

 歌い始めると響達は一度聞いた事があると気付いて俺を見た。初めて聞くだろうイヴさん達はモニターの歌詞を見つめていた。

 

「お前を信じ全てを託したっ! ね~が~いを見捨てるなっ!」

 

 叫ぶ。ひたすら叫ぶ。今必要なのはカッコよく歌う事でも、音程を守って歌い切る事でもない。

 この歌に込められた想いを、願いを、力を、みんなに少しでもいいから届ける事っ!

 

「全てを賭けてっ! 戦えぇぇぇぇぇっ!!」

 

 喉が潰れてもいいと思って叫んだ。

 歌い切って肩で息をしていると、目の前に手が差し出される。龍角散ののど飴が

乗った、綺麗な手が。

 

「またそんな歌い方して。喉を大事にしなさい」

「イヴさん……」

「そうだよ。ったく、これだから先輩は」

「天羽さん……」

 

 顔を上げた先には優しく微笑むイヴさんと天羽さん。

 

「只野さんの想い、伝わりました。たしかに今は沈んでいる時ではありません」

「そうだな。あたしらがこうしているんだ。ならまだ希望は残ってる」

「翼……クリス……」

 

 聞こえてくる明るい声に視線を動かせば翼とクリスがこちらへ笑いかけている。

 

「そうデス! 退路なき道でも振り向かずに進むんデスっ!」

「切ちゃん、影響され過ぎ。でも、カッコ良かったです」

「暁さん……月読さんも」

 

 俺の両脇に座ってこっちを見上げて暁さんと月読さんが笑顔を見せる。

 

「きっといつか辿りつける、誰もが夢見る場所へ。私もそう信じたいです」

「絶対そうしてみせます。マム達ともう一度会うために!」

「小日向さん……セレナちゃん……」

 

 俺へ柔らかい笑みを小日向さんとセレナちゃんが向けてくれる。

 

「そうだ。俺達がいる以上悪意の好きにさせるか」

「はい! 僕らはまだ負けていませんっ!」

「ヴェイグ……エル……」

 

 空元気じゃない。本当の元気を見せつけるようにヴェイグとエルが明るい声を出してくれる。

 

「さっすが只野さんっ! 一人で七十億の絶唱を超えましたねっ!」

「響……」

 

 いつかのオマージュのような言葉で響が俺を褒めてくれた。

 ああ、そうか。今みたいな想いや強さで君達は歌い続けて戦ってきたんだな。

 

「何のまだまだっ! 今みたいな決戦ソングは星の数程ここにはあるんだ! 俺が知るだけでも両手で足りないぐらいだぞ?」

「それは凄いですね。出来れば聞かせてもらっても?」

「駄目よ。今のも最後はもう声が裏返っていたじゃない」

「ならガイド出そうよ。それならいいじゃん。で、しばらくみんなでテンション上げようって」

「それがイイデスっ! ゆーうつな空気はバイバイデスっ!」

「うん。今は少しでも前向きになれる歌が聞きたい」

「じゃ、お兄ちゃんに選曲はお願いしましょう」

「そうだな。タダノ、どんどん入れろ」

「でも時々は優しい歌や穏やかな歌もお願いしますね?」

「僕もそうして欲しいです。さっきみたいのばかりだと聞いてるだけで疲れてしまいそうで」

「おーい、のど飴いる奴手ぇ上げろ」

「はーい。それにしても楽しみだなぁ。どんな歌なんだろ?」

 

 すっかりいつもの、いやいつも以上の明るさだ。無理矢理って感じじゃない。本当にそうなってる。

 俺はそんな事を思いながらのど飴を口の中で転がしデンモクを操作する。それにしてものど飴は二種類あるのは何でなんだ? やっぱり女の子に龍角散は好まれないからかな?

 ちなみにクリスが暁さんやセレナちゃんなどへ渡しているのはフルーツのど飴で、響や翼などが舐めてるのが俺と同じ龍角散。

 あ、イヴさんも龍角散舐めてる。エルは……やっぱフルーツだよな。ヴェイグは……俺が舐めてるからと龍角散を選んでいた。

 

 やっぱ龍角散は少数派閥らしい。だって俺以外だと響にクリス、翼と天羽さんでイヴさんとヴェイグだもの。

 

 で、流れ始める一種のJAMタイム。まずは“GONG”でみんなが盛り上がり、次は“未来への咆哮”でその歌詞の悲壮感と熱さに感じ入ってくれて、そこで“DEPARTURE”を流して少しだけ癒しのような時間と明るい気分へリセット。

 その後は“SOUL TAKER”で再びノリノリになってもらい、お次の“Crest of“Z’s”でガツンとテンションMAXまで上がって、若干落ち着いてもらいながら希望を持ってもらうために“Carry on”で絶望なんか否定してやるぜって感じからの“SKILL”で〆。

 

 本当はもっとあるんだけどこれぐらいにしておかないと本気でテンションと体力が続かないと思った。

 いや、だってサビとか歌いたくなるじゃん。せめてってそう思って歌ってると響とかがノってくれて、気付けば全曲サビだけは歌うって流れになってたんだ。

 

 で、案の定みんな最後のSKILLで大盛り上がり。そして全員終わった時にはぐったり。

 

「すっごいテンション上がるね、今の……」

「そうね……。ライブならアンコールかしら……」

「全てを出し切るなら……あれ程向いている歌もないな……」

 

 アーティスト組三人がどこか楽しそうに笑ってる。うん、ライブ終わりって雰囲気だ。

 

「あれ、本人達のライブだと最後のmotto mottoのとこの繰り返し、伸ばしたりするぞ」

「マジデスか……」

「でも、多分ライブだとあれが楽しくてやっちゃいそう……」

「そうですね……実際、やってる時は楽しかったです……」

 

 肩を寄せ合うようにしている装者年少組三人。微笑ましいな。

 

「な? テンション上がって最終決戦感凄いだろ?」

「その言葉の意味は分からんが……たしかに力や勢いは感じるな……」

「は、はい……。楽しいけど疲れました……」

 

 揃ってソファで寝そべるマスコットコンビ。どうでもいいけど寝ないでくれよ?

 

「これ、実は大勢のスーパーロボットが協力して地球や全宇宙を守って戦うゲームで使われたやつなんだ」

「成程な……納得だ……」

「鋼って何度か出て来たもんね……」

「あと、壮大な感じだなぁって思いました……」

 

 テーブルに突っ伏すクリスと響に背もたれへ全身を預けている小日向さん。とってもお疲れである。

 

「でも、君達の戦いだってそうだった。世界を、下手したら宇宙を守り、名も知らぬ、顔も知らぬ人達の未来さえも背負って胸の歌を信じて戦った。だから、ここにいる間は少しぐらいそれから解放されてもいいと思うよ」

 

 俺がそう告げるとみんながこっちを見た。その眼差しはそれぞれ異なっているけど、共通してるのは驚きだろうな。

 

「戦姫の休息ってとこかな。ヒーローや戦士だって生きてるんだ。なら、たまには心や体を休めないと。まぁ、完全な休息といかないのがお粗末だけどさ」

「ううん、そんな事ないです。私達にはバイトとかだって楽しい事になりますから」

「おう、そうだぜ。あっちじゃ、んな事したくても出来ねーんだ」

「うん、そうだったね。訓練もあるし、いつ出動要請来るか分からなかったもん」

 

 小日向さんの言葉に全員が頷いた。エルもヴェイグも見てきたからだろうな、急に呼び出しを受けるところを、何度も。

 やっぱり、この世界は彼女達からすれば平和なんだろうな。特にこの国は、かも。

 銃社会じゃないし、ギャングやマフィアがいる訳でもない。政治は腐敗してるだろうけど、それでも最底辺よりはマシ……だと思いたい。

 

「いつかあたしの世界もここみたいになって欲しいもんさ」

「私もそう思います。ノイズも、アルカ・ノイズだっていない世界に」

 

 天羽さんとセレナちゃんの言葉が胸に刺さる。きっと二人も分かってるんだ。それがどれだけ不可能に近いかを。

 

「そうだね。いっそそれぞれの世界のいいところだけが融合でもしてくれればいいのにな」

 

 俺がそう告げると予想していた反応とは異なる反応が返ってきた。

 いや、てっきり怒られるとか嫌がられるかと思ったんだ。でも、みんな一様にどういう意味だみたいな顔で見てくる。

 

「えっと、要は響達の世界はもうノイズは出ないだろ? で、天羽さんの世界では櫻井了子さんが、セレナちゃんの世界ではナスターシャ教授が生存してる」

「……つまりそれぞれの世界が融合して悪影響だけを排した結果になるって事ね」

 

 イヴさんの呆れつつもどこか納得するような声に頷く。有り得ない事だけど、そうなったらかなり情勢が変わると思うんだよなぁ。

 櫻井了子さんがいて、ナスターシャ教授がいて、風鳴弦十郎さんが双子みたいになって武勇と知略に特化し、良い人となったアダム率いるパヴァリアと秘密裏に手を組んで動けるんだ。

 

 そして、もしかすると風鳴八紘さんや雪音夫妻なんかも……。

 

「でも、きっとこれはダメだ。みんなが乗り越えた悲しみや苦しみをなかった事にするかもしれないし」

 

 そう、そうなんだ。これが有り得てはいけないのはそういう意味もある。

 

「乗り越えた悲しみや苦しみ……」

 

 噛み締めるように天羽さんが呟いた。そうだろうな。彼女は片翼を失って以来一人きりだ。翼は響達という仲間を得たけど、彼女は基本一人なんだ。

 

「ああ、俺の好きなアニメに復讐ものがあってさ、こういうやり取りがあるんだ。主人公の結婚相手を殺した敵の親玉が自分を犠牲にしてその星の人間を全員優しい善人にすると言い出す。しかも死んだ人間まで生き返るって。それを聞いて主人公は叫ぶんだ」

「何て言うんだ?」

 

 興味が強そうな雰囲気でヴェイグが問いかけてきた。俺はその台詞を思い出して目を閉じる。

 

「俺からエレナの死まで奪うつもりかって」

 

 その瞬間みんなが息を呑んだのが分かった。空気でも伝わった。

 

「主人公は続けて叫ぶ。エレナは死んだ。お前が殺した。死んだ奴は生き返らない。だから俺はお前を殺す。そんな感じでね。俺はさ、それを見て衝撃を受けたんだ。結構そういう展開ってあるんだよ、アニメでもゲームでも創作物の世界じゃ死者の蘇生ってやつは。それに対してその作品は真っ向から言い切ったんだ。死まで奪うのかって」

「……私がセレナを失った事で受けた悲しみや苦しみ。マムを失った事で受けた悲しみや苦しみ。それらをなかった事にするのは、私から二人の死を奪う事、か」

「……重い、ね。でも、うん、その人の気持ちは分かる気がするよ。あたしもあたしが失った翼を生き返らせてやるって神様に言われても、きっと受け入れない。そんな事をするぐらいなら最初から死なせないでくれって文句さえ言うだろうね」

「只野さん、先程復讐ものと言いましたが、やはり陰鬱なのですか?」

「その作品は痛快娯楽復讐劇って謳ってた。俺もそう思うよ。復讐ってものをマイナスなイメージだけじゃない捉え方で描いた作品だ。復讐する事に絶対の正しさはいらないしある訳がない。そして、相手を殺すだけが復讐じゃないとも」

 

 誰かを殺すもしくは相手の夢を殺す。それは良くない事かもしれない。でも、時にはそうしたくなるような感情や状況に陥る事もある。

 そうなった時、果たして人は正論で止まるのだろうか。あるいは止めていいのか。

 それとも、復讐しない事が実は巡り巡って間違ってるとしたら。色々と考える事はあった。結果的に主人公が復讐しようと動いた事が知らず世界を守った訳だし。

 

「兄様、その作品は何て言うヒーローものですか?」

「ガンソードはヒーローものじゃないよ。ああ、あれはヒーローじゃない。結果的にヒーローになっただけで、本人はそんなつもりは欠片もない。最初から最後まで結婚式の日に殺された花嫁の仇を討つ。それだけが目的なんだからさ」

 

 そう、ヒーローじゃない。復讐を動機としてヒーローとなっていくのはヒーローものかもしれないが、最後まで復讐だけを目的にするのは絶対にそう呼んではいけない。

 彼も、本当にいるとすればきっとそう呼ばれるのを嫌がるだろうし。

 

「ガンソード、デスか。覚えておく物がいっぱいデスよ」

「切ちゃんのバイト代、全部レンタルで消えそうだね」

「ホントデスよぉ! それもこれも只野さんが面白そうな話を教えるからデスっ!」

「何ならもっとあるよ。特撮だけじゃなくてアニメやゲーム、漫画まであるから」

「あ~っ! 聞きたいけど聞いたらお金が足らなくなるデスよっ!」

 

 暁さんは本当に明るくていい子だ。

 きっと今の空気がまた良くない感じになりかけたから空気を変えてくれたんだ。

 なら、そのお礼も兼ねて俺もお返しをしますか。

 

「全部は無理だけど、ある程度は俺も見返したりもう一回見たい奴もあるから半分出そう」

「ホントデスかっ!?」

「ホントホント。俺としても身近にそういうの話せる相手がいなくてさびしかったんだ。最近はエルが割と聞いてくれるから嬉しいんだけど」

「はい、兄様との話は時々ギアの改良や考察に役立つ事もあるので面白いです」

「へぇ、ちなみにどんなの?」

「この前は心象変化について面白い考察を聞きました。装者の方達が最初にギアの変化を起こしたのは水着じゃなくてエクスドライブじゃないかって」

 

 その言葉で全員が疑問符を浮かべ、一瞬の間の後で何かに気付いたように声を漏らした。

 

「水着とかのギア変化ってさ、要は状況適応だろ? なら、フィーネやネフィリム、カルマ・ノイズなんて言うその時のとんでもなく強い相手と戦うってなった時、響達は負けたくないって思ったはずなんだ。で、それを受けてギアが変化したのがエクスドライブ。そう考えるとあれも心象変化の一つじゃないかって」

「納得しかないです……」

「言われてみればたしかに……」

 

 響と翼が感心するように言ってくれるけど、他のみんなも同じ心境らしい。

 

「あと、兄様はエクスドライブを経験しないと心象変化は起こせないんじゃないかって」

「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」

「いや、こうは言いたくないけどエクスドライブってギア単体でなれる最強形態だろ? じゃ、おそらくだけどどんな環境や相手にも適応してると思うんだよ。で、水着ギアだのメイドギアだの巫女さんギアだのは局地型ギアだ。でも、その能力はエクスドライブより下か多分いいとこいって同等。つまりさ、最初のエクスドライブでギアの能力や性能がかなり解放されたから、その中ならパラメータや特殊能力付与も調整出来るよってしてくれてるんじゃないかなぁっと」

 

 そう考えると色々腑に落ちるんだよな。何せ映画を見る事で変化する事だってあったんだ。

 これが生命の危機に瀕するとか、大量のフォニックゲインがいるとかなら話は別なんだが、現状そういう事じゃないみたいだし。

 

「……言われて目から鱗だぜ」

「つまり、心象変化って私達の気持ちでギアが能力を調整してるだけ?」

「で、ついでに見た目も本人が望むものへ変えてくれるって感じデスか?」

「そうそう。ゲーム的に言うなら条件を満たしたって事。適合者じゃないとギアを起動出来ないように、エクスドライブになった事がないとギアの他の形態は使えませんよって感じ」

「そ、そんな風に考えた事なかったです」

「まったくだ。先輩はあたしらの戦いをちゃんと見てるから了子さん達よりも色んな事に気付くのかもな」

「帰ったらマムに教えてあげないと」

「あー、これは一つの考え方だよ。正解じゃない」

「はい、分かってます。でもきっとマムは喜んでくれると思いますよ」

 

 そう言って微笑むセレナちゃんはすっかり強い女の子になっていた。

 本当に女の子の成長は早い。特に精神的なものが。そりゃ男はいつまでもガキっぽいって言われるよ、これは。

 

 それにしても暁さんの言葉から気付けば話が変わり、空気や雰囲気がかなり変わった。

 俺、幸せだよなぁ。なんたってシンフォギアの話を他ならぬ本人達と出来ているんだから。

 

 そこからの残り時間はみんなが覚えたい歌を流す時間にした。俺はその間、暁さんから質問攻め。

 でも、熱血系が好きな子だとは思わなかった。嫌いじゃないだろうとは思ってたけど、まさかGガンまでも食いついてくれるとは。

 

 その流れで一緒に行動を共にする事に。とはいえドリンクバーへ行くだけだけど。

 

「只野さん只野さんっ! じゃんけんで負けたら勝った方にドリンク混ぜられるってどうデスかっ!」

 

 ……これも可愛いと思ってしまう辺り、俺も本当におっさんになったんだなと実感する。

 ま、いいか。付き合ってあげよう。俺が勝ったら、無難な奴にしてあげればいいしな。

 

 

 

「ううっ、まさか負けてしまうなんて……ショボーンデス」

 

 がっくりと項垂れると只野さんはアタシを見て笑いました。でも、それはバカにしたりするようなのじゃなくて、優しくてあったかい笑顔デス。

 

「暁さんは真っ直ぐ過ぎるんだよ。俺がグーを出すよって言ったらすっごい悩むんだもんなぁ」

「あ、あれはズルいデス! ひきょーデス! てっきりグーを出すって言うデスからぁ……」

 

 そう言えばアタシは勝とうと思ってパーを出すデス。だからそれを読んで只野さんはチョキを出すはずデス! って、そう読んでグーを出したらパーを出してきたんデスよ、この人はぁ。

 

「暁さん、逆に考えるんだ。負けちゃってもいいさって。そうすれば勝てたんだよ」

「そんな風に考えられないデス! どんな時も負けちゃダメなんデスよ!」

「成程、つまり君は勝てばよかろうなのだぁって事か。で、はいどうぞ」

 

 差し出されるのは最低でも二種類以上が混ぜられたジュースデス。色は……

 

「白と黄色が混ざってる感じデスね……」

「さて、じゃ部屋へ戻ろうか」

「ううっ、はいデス……」

 

 あの一件でアタシ達は只野さんをマリア達を奪う人なんて見なくなりました。

 調とも話しましたが、只野さんはとっても普通の人デス。でも、優しい人デス。

 バイトがあった日は必ずシュークリームを差し入れてくれるデスし、たまに新商品のお菓子や菓子パンをおやつにってくれたりもしてくれるデス。

 

 でも、そんなにシュークリームって捨てられる事があるんデスね。アタシと調にエルフナインとセレナやヴェイグで五つ。そこにマリアの分があると六つデス。

 あっ、そういえばいつ頃からかマリアの分はなくなりましたね。その代わりマリアはパンをもらう事が増えました。

 

 部屋の中へ戻って只野さんの後にソファに座ると調がアタシのコップを見て首を傾げました。やっぱり調は何をしても可愛いデス。

 

「切ちゃん、それは何?」

「えっと、実は……」

 

 じゃんけんで負けて只野さんにドリングまぜまぜをされた事を教えると調から冷たい目が。

 あうっ、ち、違うんデスよ調。本当ならこれを受けていたのは只野さんだったんデス。アタシへ只野さんがひれつな罠を仕掛けたからこうなっただけで……。

 

「只野さん、一体何を混ぜたんですか?」

「それは暁さんが一口飲んだら言うよ」

「うっ……ど、どうしても飲まないとダメデスか?」

「当然。さぁ、ずずいと一口」

「切ちゃん、自分から言い出したんだからせめて一口」

「し、調まで……ええいままよ! デス!」

 

 クピッと一口。甘いけどしゅわっとした感じが口の中に。あれ? 意外と美味しいデス。

 でも、この味はあまり飲んだ事がないやつと飲んだ事がある物が混ざってる気がするデスね……?

 

「切ちゃん、普通に飲んでる……」

「美味しいかい?」

「……はいデス。一体何を混ぜたデスか?」

「カルピスとリアルゴールド。乳酸飲料と栄養ドリンクってとこかな」

「お~……」

 

 納得デス。だから色が白と黄色が混ざった感じだったんデスね。

 

「只野さん、それってあの機械に書いてあった奴ですよね?」

「へ?」

 

 初耳デス。てか、何デスか? 機械に書いてあったって。

 

「さすが月読さん、もうそんなとこまで見てるんだ。そう、あのドリンクサーバーに載ってるやつ。だから不味いはずはないってね」

「お、美味しい奴を作ってくれたデスか?」

 

 アタシは適当に混ぜようと思ってたデスのに……。

 

「俺が学生の頃ならふざけて色々混ぜただろうけどね。さすがに今年で三十になるおっさんが学生のノリでそんな事出来ないよ。しかも相手は可愛い女子高生だ」

「可愛い、デスか?」

 

 男の人に面と向かって言われるのは中々ないデス。

 

「あれ? 可愛いが嫌なら可憐でもいいけど?」

「か、可憐っ!?」

「これも駄目? じゃ、愛らしい?」

「あ、あう……」

 

 な、何デスかこの人は。恥ずかしげもなくどうしてこんなにポンポン褒め言葉が出てくるデスか?

 そ、それに可憐とか愛らしいはアタシよりも調の方が似合ってますデス!

 

 でも顔が熱いからミックスジュースを飲むデス。ん? ミックスジュースって言っていいデスかね?

 ま、いいデス。混ぜて作ったジュースならミックスジュースのはずデス。

 

「あの只野さん、切ちゃんそういう言葉に慣れてないんです」

「え? でも響達からよく言われてない?」

「えっと、男の人に言われるのは別なんだと……」

 

 アタシがミックスジュースを飲んでると調が只野さんへそんな事を言ってました。

 何でそんな恥ずかしい事教えるデスか! あ、ほら、また只野さんがこっち見てるデス。絶対またからかってくるデスよぉ。

 

「うん、暁さんも響タイプか」

「「響さんタイプ?」」

「要は自分の容姿を異性に褒められた事が少なくて耐性が低い事」

「「あ~……」」

 

 納得しかないデス。リディアンは女子校デスし、司令達はそういう事をあまり言わないデスし、そもそも言うような会話をしないデス。

 

「月読さんは平気?」

「……分からないです」

「そっか。二人は学生になったのがリディアンからだもんな」

「「はい(デス)」」

 

 そう、アタシ達は最初の学校がリディアンデス。そっか。普通は小学校とか中学校へ行くんデスよね。そこなら男の子と一緒に勉強したりするはずデス。

 

「じゃ、あまり同年代の異性との関わりそのものが少ないか。ナスターシャ教授が怪我する前は幼い子供だもんな」

「「怪我する前……」」

 

 思い出せるのはやっぱり車椅子に乗った頃のマムばかりデス。でも、たしかにそうじゃなかった頃もあった気がします。

 

「ん? もしかしてあまり記憶にない?」

「そんな事ないデスけど……」

「どうしても車椅子の頃が印象に残ってます」

「ああ、そうだよな。その頃の方が長いんだもんな」

 

 只野さんと話してると時々不思議な気持ちになります。まるで、アタシ達の事を小さい時から見てきた人とお話してる気分になるんデスよ。

 

「うーん、今はいいけど卒業してからもそれじゃちょっと怖いな」

「何でデスか?」

「二人共に異性への耐性が低いからだよ。おだてなら見破りそうだけど、幸か不幸か二人は本気で可愛いからね。そうなるとナンパの声掛けが嘘じゃなくなるんだよ。そうなると、二人は悪い気しないだろ?」

 

 言われて想像してみます。えっと、男の人がアタシへ本気で可愛いとか一緒にお茶でもとか言ってくるデスか……。

 おごりとか言われて、お茶なんかじゃアタシは行かないデス! と返して、そうしたらケーキとかご飯もいいって言ってくれて……。

 

 …………ど、どうすればいいデスか!? アタシ、意外とついていきそうデスっ!

 

「あの、あまりイメージ沸かないのでやってもらってもいいですか?」

「俺が?」

「はい」

 

 そう思ってたら調がとんでもない事をお願いしてるデス!

 只野さんはそれに困った顔をしてたデスけど、小さくこれも調のためって呟いて息を吐きました。

 

「ちょっといいかな?」

「はい、何ですか?」

「その、もし時間あったら一緒にカフェでも付き合ってくれない?」

「すみません。知らない人とはそういうの行きたくないんです」

「あの、本当にカフェだけでいいんだ。その、君みたいな可愛い子とデートみたいな事させてくれないか? 頼むっ! 連絡先とか聞かないし飲み終わったら先に帰ってくれて構わないからっ!」

「…………カフェだけですよ?」

「調ぇぇぇぇっ!?」

 

 あっさりと調が折れたデス! 途中まではちゃんと冷たい感じでしたのに、只野さんが必死な感じになってきたら調が辛そうな顔になって、最後に手を合わせて頭下げられた瞬間ため息を吐いてたデス。

 

「はっ!? 只野さんが途中から可哀想になって、お茶ぐらいならいいかなって思ってた」

「調ぇ……」

 

 つまりそういう相手だったら弱いって事じゃないデスかぁ。

 

「な、何だか複雑な気分だよ。同情かぁ。でも、それで月読さんみたいな子とカフェとか行けるならやる意味はあるなぁ」

「只野さんまで何言ってるデスか」

「いや、生まれてこの方ナンパなんてした事もするつもりもなかったから。どうせ成功しないならやるだけ無駄だって」

「ナルホド……」

 

 言ってる事は分かります。アタシも勉強はやっても無駄と思うとやりたくなくなるデスから。

 

「只野? 今の意見は昔の貴方、よね?」

「っ?!」

 

 と、そこへマリアが声をかけてきました。で、只野さんがまるでつまみ食いを見つかったアタシみたいな顔してます。

 

「ね? だって挑戦しない成功なんてないもの」

「そ、そうなんだよっ! いやぁ、本当に昔の俺はガキだった! 世の中に無駄な事なんてないんだよ、うんっ!」

「只野さん……」

「明らかにマリアに言わされてるデス……」

 

 只野さんの背中へ突き刺さるマリアの鋭い視線が怖いデス。それと、密かにエルフナインとセレナも怖がってるデスね。

 アタシも今のマリアは見慣れてないから怖いデスし。時々晩ご飯時になってるデスけど、その時も大抵只野さんが標的デス。

 

「そうよ。世の中に無駄な事なんてないの。だから勉強はちゃんとするのよ」

「……やっぱりこっちにきた」

「デスデス」

 

 調と小さな声で話す。きっとマリアは今のを言いたくて只野さんを動かしたんデスね。

 

「切歌、調、返事っ!」

「「はい(デス)っ!」」

「よろしい」

 

 な、何だかマリアが向こうにいた時よりも怖いデス! も、もしかして悪意に操られてるデスか?

 

「し、調、もしかしてマリアは……」

「悪意に操られてる?」

「可能性は」

「「ないから」」

 

 アタシの言葉を遮るようにマリアと只野さんが同時にそう言ったデス。

 

「き、聞こえてたデスか?」

「うん、見事に」

「切歌、調、今夜のご飯、覚悟しておきなさい」

「デェェェェスっ?!」

「ま、マリアっ! さすがにご飯はズルい!」

「何とでもいいなさい。いい? 家では食事を作る者が一番強いの。それを今夜はしっかり教えてあげるわ」

 

 不敵な顔のマリアに震えしかないデス。こ、こんなにも恐ろしいのはシェム・ハと戦った時以来デス。

 

「あー、イヴさん? さすがに許してあげようよ。二人はまだ母親モードの君に慣れてないんだから」

「「母親モード?」」

「ちょっとっ! その表現止めてって言ったでしょ!」

「いいじゃないか。あたしもその言い方合ってると思うよ? なぁセレナ」

「はい。今の姉さんはママって感じです」

「セレナァァァァッ!?」

 

 い、一瞬にしてマリアが追い詰められてるデス。恐るべし只野さん、デス。

 

 でも、母親モード、デスか。何となく納得デス。ここのマリアは、お仕事が向こうと違って決まった時間に行って決まった時間に帰ってきます。

 しかもお休みも事前に分かってるし、いつ休みたいって言えば休みに出来ます。それと、毎朝毎晩一緒にご飯を食べられます。

 エルフナインやセレナ、ヴェイグも一緒デス。時々只野さんもデス。本当に、家族みたいで楽しくってあったかくって、寝る時もみんなで居間にお布団敷いて寝ます。

 

 ……寝る前のみんなでする話、アタシ大好きデス。たまに響さんとクリス先輩がお泊りにくるともっと楽しいデス。

 本当に、楽しいデス。このままこっちで暮らしていきたいぐらい、楽しいんデスよ。

 

 帰りたいって思わないでもないデス。司令達を助けたいって思うデス!

 だけど、だけど……

 

 その後は、またみんなでこっちで暮らしたい。そんな風に思っちゃ、ダメデスか?

 

 

 

 終了時間までまだ数時間残して仁志達がカラオケから出ると、既に日は落ち始めていた。弱くなった陽射しを浴びながら誰もが心地良い疲労感を覚えていた。

 この後は一部を除きスーパーへ行き夕食の買い物をする事になっている。この全員で食べる食事の買い物である。

 実はそのための準備として今マリア達の家では炊飯器が三つ稼働していた。マリア達の家に元からある物、クリスが持ってきて仁志用に貸し出した物、翼が上位世界用に新しく購入した物だ。

 

 何故そんなに米を炊いているのかは、この後の夕食準備が始まれば嫌でも分かるので敢えて言わないでおく。

 

 総勢十二人の集団が道を行く。先頭を切歌と調が歩き、そのすぐ後ろを仁志が歩く。彼の両脇近くを響とクリスが陣取り、未来は二人の間を歩く。

 そんな彼女の後方をエルフナインがヴェイグを抱えながら片手をセレナと繋いで歩いていく。その二人を後ろから優しく見守るマリア。その隣を翼と奏が歩いていた。

 

 それはどう見えたのだろうか。大家族だろうか。あるいは何かの女子サークルか部活の集まりだろうか。

 一つだけ言えるのは、皆揃って笑顔を浮かべている事だ。微笑み、苦笑、いろいろあれど笑みが絶える事はない。

 それを支えるのは一人の男。ただのひとである、この世界の人間だった。

 

「この後は奏さんを除いたマリア達年長組に調と未来さんが買い物で、それ以外がお家デスよね?」

「そうだよ。酢飯作りとVSシリーズ一番のお祭り映画が待ってる」

「モスラも出るんですよね?」

「正確には小美人(コスモス)が出る。モスラも出ない訳じゃないけどほんの少し」

「ガイガンが出てるやつはないデスか?」

「昭和の頃とファイナルウォーズだけだからなぁ。カッコイイガイガンはファイナルの方だけど、暁さん達が見たのは昭和の奴だからキングギドラと一緒に出たやつだなぁ」

「キングギドラも出たんですか?」

「というか、むしろだからこそあの二匹はコンビを組まされたんだと思うよ」

 

 会話だけ聞いていればその愛らしい外見に似合わない濃い話をしていると思われた事だろう。

 それも仕方ないのだ。彼女達は特撮ではなく現実に宇宙怪獣などを見ている。対して周囲はやはり特撮としか見れないし思えない事なのだ。

 

「それにキングギドラはゴジラのライバル怪獣な位置づけだ。色んな作品に出てる」

「そうなんですね!」

「メカゴジラも色んなバリエーションがある。みんなが見たのは三式機龍だ。他に昭和メカゴジラと平成メカゴジラがある」

「どう違うんだよ?」

「簡単に言えば製作者とその背景。昭和は宇宙人の侵略兵器。平成は海に沈んだメカキングギドラの技術でGフォースが創った対ゴジラ兵器。三式機龍は君達も知っての通り特生自衛隊が初代ゴジラの骨格を利用した対ゴジラ兵器」

「あの、すっごく気になる単語が聞こえたんですけど……」

「メカキングギドラって何デスか!?」

「凄く気になる」

 

 ……彼女達は特撮オタクでもゴジラオタクでもない。ただ自分達が知った存在への興味が強いだけである。

 

「分かった分かった。どうせしようと思ってたけど、見る前に軽く平成ゴジラシリーズについて話すよ。詳しい事を知りたかったら、暁さん、いい?」

「ガッテンデス! バイトの休憩中に借りてみるデスよ!」

 

 楽しげに話す仁志周りの少女達を眺め、マリアは小さく苦笑する。まるで生徒に人気の男子教師に仁志が見えたからだろう。

 

「何がおかしいんだい?」

「ん? ああ、只野達よ。まるで学校の一場面みたいじゃない?」

「……そういう事か。たしかにね」

「只野さんは実際立花達にはそういう捉え方をされてるかもしれないな。まぁ、授業内容は些かどうかと思わないでもないが」

 

 翼の言葉にマリアと奏は揃って苦笑して頷いた。だが自分達もその授業を楽しみにしている事がない訳ではないと思うからこそ呆れる事はしないのだ。

 

(只野さんが楽しそうにしている事。それが今の私達に出来る数少ない恩返しだもの)

(ああやって話してる時が一番あいつがイキイキしてるからね。可能な限りそうさせてやりたいよ)

(あれだけ年頃の女性に囲まれても平然とあんなディープな話題をしている、か。もしかして只野は女性よりもそういうものの方が好き?)

 

 仁志の表情から読み取る事が大きく異なる歌姫三人。仁志の笑顔や弾む声に笑みを見せる翼と奏。大なり小なり彼へ心惹かれているからなのだが、やはり根底には彼女達の持つ優しさがある。

 

 一方、まだまだ仁志への疑惑というか疑念が晴れないマリアであるが、彼女は気付いているのだろうか? もうそれだけ気にしている事が既に恋の始まりだと言う事に。

 

「楽しかったね、エル」

「はい。ヴェイグさんはどうでした?」

「言わなくても分かるだろ」

「「楽しかったですよね?」」

「……まぁな」

 

 セレナとエルフナインの確認に照れくさそうに答えるヴェイグ。最近エルフナインにも甘くなってきている辺り、ヴェイグも順調にマリア達との共同生活で絆されていると言える。

 

 そしてセレナとエルフナインの関係性もまた、本当の姉妹のようになりつつある。

 元々の世界ではそれぞれ年齢に合っていると言えない立場であった二人。それがこの上位世界では年齢相応の暮らしと振る舞いを余儀なくされた。

 片や装者としての訓練など出来ず、片や研究なども出来ない。そしてそれを誰に責められる事もなく過ごせるのだ。

 

 それに、上はいても下がいなかったセレナと、一人っ子のようなものであったエルフナインはその希望する存在が一致していたのも大きい。

 人は思い込みの生き物でもある。誰かに姉と呼ばれる事で姉と思い込んでいくように、誰かを姉と呼ぶ事で妹と思い込んでいくのだ。

 

 彼女達が身の丈に合わぬ役目を背負う必要がない世界、居場所。手に入らないと諦めていた普通の時間、生活。

 それらがゆっくりと戦姫やその仲間を癒していく。だがそれはある意味でもっと辛い事を彼女達へ迫る。

 

 ここは、自分達が本来いるべき場所ではない。この一点が遠からず彼女達へ重荷としてのしかかるだろう。

 その時、彼女達を支える男はどうするのだろうか。今はまだ誰もその事へ目を向けるはずもなく、ただ平和で穏やかな時間を歩くのみだった……。

 

 

 

 この家は結構広いと思っていたが、それでも全員揃うとなると狭い事が分かった。

 いつもは余裕がある家の中が、かなり狭い印象だ。だが、それでも全員が楽しそうに笑ってる。

 

 俺も、その中の一人だ。

 

「て感じがVSシリーズのゴジラの流れと設定」

「モスラに仲間がいたなんて……」

「しかも黒いモスラとか、カッコ良さそうデス」

 

 いつもはテーブルの上に座って食べる俺だが、今夜は居間にあるタダノが元々使っていたテーブル近くに座って食事をしている。今夜は贅沢にと言う事で“すし”と言う食べ物だ。

 

 で、今回のは“手巻きすし”と言うものらしい。

 大量の米にすしずと言うものを混ぜ、それをうちわで扇いでかき混ぜて作った“すめし”を用意して、それをのりへ乗せて色んな物を乗せて巻いて食べるそうだ。

 

 俺はタダノやセレナにエルと一緒にやった。響は奏や切歌とだ。大変だったがそれに見合うだけの美味さがあると言われたので我慢した。

 そして実際俺はそれを使った手巻きすしを食べている。思っていたより美味かった。

 

 買い物から帰ってきたマリアはのりを切ったりさしみを用意したりと色々していた。

 セレナやエルも手伝いをしていて、調や未来も手を貸していた。

 奏と翼はここのテーブルだけでは置き場所が足りないとなり、自分達の部屋からテーブルを持ってきていた。

 

 すめし作りが終わったから響や切歌はタダノの部屋から食後に見るという“でぃーぶいでぃー”とかを取りに行っていたな。

 

 そんな事を思い出している間もタダノは話を続けていた。

 

「実際黒いモスラ、バトラは結構凶悪な見た目だよ。バトラも正式にはバトルモスラの略でね。本来は地球に危機が訪れた時に目覚める守護神なんだ」

「モスラとは違うんですか?」

「モスラは言うなれば人類の守護神。バトラは地球の守護神ってとこかな。だから最初は敵対するんだ。ゴジラとモスラとバトラって感じ」

「三つ巴か」

「それでそれで?」

 

 みんなして手には手巻きすしを持ってる。中身は好きに変えられるから分からない。

 俺はこの赤いやつが気に入った。まぐろ、だったか。これに赤黒い液体のしょーゆを付けてタダノに教えてもらったおおばという葉を入れて巻くと美味い。わさびは少し使ってみたが俺には合わない。

 

 だがそろそろ別の組み合わせもやってみたい。しかしどれが美味いのかよく分からないな。よし、またタダノに教えてもらおう。

 

「タダノ」

「横浜って、ヴェイグどうした?」

 

 むっ、話の腰を折ってしまったか。まぁいい。謝っておくか。

 

「すまん。その、他の組み合わせを知りたい」

「いいよ。ごめん、ちょっと待ってて」

「はーい」

「響、海苔どーぞ」

「ありがと」

「調、次は何を巻くデスか?」

「うーん……イカ納豆?」

「渋いのを食べるのだな、月読は。では私はイカキュウでも……」

 

 タダノがのりを手にしてすめしを乗せる間、俺は周囲を見回した。どこも楽しそうだ。タダノの話が始まるまでに食べたりあるいは次の手巻きすしを作ったり、みんなタダノの話を楽しみにしているようだ。

 もしくは、話が終わった後に見るという“えいが”かもしれない。どちらにしろ今夜は今までにないぐらい楽しくなるな。

 

「マリア姉様、上手く巻けません……」

「ご飯が多すぎるのよ。もう少し減らして……これぐらいかしら?」

「クリスさん、わさびは使わないんですか?」

「こ、これは必要な時だけ使えばいいんだって」

「セレナ、クリスはわさびが苦手なんだって。ほら、サーモンとキュウリにマヨネーズだ。どうだい、綺麗だろ?」

「わぁ、本当だ」

「良かったら食べてみな。美味いから」

「はい!」

 

 セレナも楽しそうだ。今のこの家は、とても優しい匂いがしてる。それと、すの匂いもだな。ちょっと苦手な匂いかもしれないが、これだけ美味いなら許してやる。

 

「と、出来た。エビキュウマヨ巻だ」

「綺麗だな」

「エビの赤、キュウリの緑にマヨの白だ。エビの尻尾は取ってあるから気にせずかぶりついてくれ」

「なら……あむっ」

 

 ……うん、俺はやっぱりきゅうりの歯ごたえが好きだ。ボリボリとしてて食い応えがある。

 ん? それと違う歯ごたえがある。甘みを感じるが旨味もある。これが……えびか。

 この味はマヨネーズだ。サラダとかに使われているから知ってるぞ。ふんふん、すめしにも合うんだな。

 

「どう?」

「……美味い」

「そっか。マヨネーズに少しだけ醤油を垂らすともっと美味いんだ。次やる時試してみてよ」

「分かった。ありがとうタダノ」

「いいって事さ」

 

 そう言ってタダノは素早くのりへすめしを乗せて伸ばすと、ひょいひょいと具材を選んで巻いてしまう。

 あの速さは今の俺には無理だ。そしてその手巻きすしを持ってタダノはまたさっきの位置へ。

 それだけで全員がタダノへ目を向けた。みんなタダノの話が気になってるんだと分かる。

 

「えっと、それで最終的に三体は横浜みなとみらいで決戦となるんだ。でも、当然ゴジラの力に成虫となったモスラもバトラも歯が立たない。そこでモスラはバトラへ協力しようと持ちかける。今までバトラに痛い目に遭わされたのに手を取り合おうとするモスラの優しさにバトラも折れ、遂に二体がタッグを組んだ」

「「おおっ!」」

「さしものゴジラもモスラとバトラのコンビには苦戦する。遂には二体の協力攻撃でゴジラはその熱線を封じられてしまい、大地へ倒れ込んだ」

「「「「「ごくり……」」」」」

 

 調や切歌だけじゃなくエルやセレナも聴き入ってるな。

 

「そこで二体はゴジラを海へ封印しようと運び始める。だが、その途中でゴジラが目を覚ましてバトラへと噛み付いた。首から血を流しながらも放すものかと懸命にバトラは耐える。でも、傷口から放射熱線を浴びせられ遂にバトラは力尽きてゴジラと共に海へと落下してしまった」

 

 ……想像すると悲しいな。やっと手を取り合えたと思えば死に別れる、か。

 

「モスラはそこで仲間であるバトラとの別れを悼むように儀式のような行動を取った。そしてそれからモスラはバトラの遺志を継いで宇宙へと飛び立つ」

「宇宙?」

「さっき言っただろ? バトラは地球の脅威へ対処するんだ。実は、その時地球へは巨大隕石が接近しつつあり、それを感じ取ってバトラは目覚めたんだ。で、力尽きる最後の瞬間、モスラへバトラはそれを教えて使命を託したって訳」

「感動デス……モスラを信じてバトラはゴジラを海へ封じたんデスね」

「モスラ、きっと悲しかったはず。でも、大事なお友達からの願いだから宇宙へ行ったんだ」

「これがVSモスラのラスト。詳しく知りたいならレンタルして。家族愛や環境問題なんかも取り上げてるし、必ずゴジラが悪とは言えないって分かるよ」

 

 これだ。タダノはごじらと言う存在を悪と言い切らない。聞いていると人間に害しか与えないのにだ。

 

「タダノ、どうしてごじらを悪と言わない?」

 

 なので聞いてみた。するとタダノは真面目な顔でこう言ったんだ。

 

――ゴジラは人間が生み出した核被害者だからだよ。

 

 そこからタダノは教えてくれた。ごじらとは核兵器という恐ろしいものの結果誕生した生き物だと。

 人間が科学を万能と思い込んで好き勝手した結果、地球の怒りとしてごじらは生まれたようなものだ。だからごじらは悪じゃない。悪がいるのならそれは科学を過信する人間だろう。それがタダノの意見だった。

 

「ゴジラの生みの親である人は暴力を否定し、それがまかり通る事を嫌った。そしてその人はウルトラマンの生みの親でもある」

「ウルトラマンのっ!?」

「そうだよ。ウルトラマンが人間の守護神ならゴジラはその逆。だけど、込められた想いは似てるんだ。どちらも人間への警告なんだよ。科学を過信すれば必ず痛い目を見る。地球は人間だけのものじゃないって。両者は人の善と悪みたいに表裏一体だと思うんだよ。人の心の光の象徴がウルトラマンで、人の心の闇の象徴がゴジラかな」

 

 俺はそれを聞いて思った。世界蛇もそうかもしれないと。あいつはごじらなんだ。本当はうるとらまんにもなれたはずなのに、ごじらにされてしまったんだ。

 

「さて、話を戻そうか」

 

 その言葉で俺は顔を上げる。タダノはもう明るい顔に戻っていた。

 

「モスラとの戦いで海へ沈んだゴジラだったが、その復活に備え国連はゴジラ対策の組織であるGフォースを設立。その戦力として当時最先端の技術を結集して飛行メカであるガルーダを製作する。でも、それは飛行能力だけは優れていたが攻撃力などでゴジラへの対策となり得ないと判断されてしまった」

「駄目じゃねーか」

「そこでGフォースはゴジラとの戦いで海へ沈んだメカキングギドラの首を回収。二十三世紀の技術をそこから分析しそれを基に対ゴジラ兵器であるメカゴジラを作り上げた」

「出たデスっ!」

「未来の技術……」

「あの世界のドクターが聞いたら絶叫しそうね」

 

 マリアの言葉に切歌と調が頷いた。それと響と奏もか。

 

「物語はアドノア島で恐竜の卵と思われる物が発見され、そこへ調査チームが派遣されるところから始まる。詳しい調査のために卵を日本へ持ち帰る事になった夜、何故かその卵が赤く点滅を始め翼竜の怪獣ラドンが出現、調査チームを襲った」

 

 誰も何も言わない。タダノの話に引き込まれてるんだ。

 

「慌てて逃げ出す調査チームだが、今度は海から青白い熱線と共にゴジラが姿を見せる。ゴジラはそのままラドンと戦闘を開始。その隙を突いて調査チームは卵と共に日本へと帰国する」

「あの、その卵はラドンって怪獣の卵なんですか?」

「最初はそう思われた。実はその卵の近くにもう孵化した卵の破片があったんだよ」

「じゃ、ラドンはそこから?」

「でもゴジラが現れたのなら卵が無関係とは思えないわ」

「だよねぇ。だって思わせぶりに赤く光ったんだろ?」

 

 その言葉にタダノは嬉しそうに笑って続きを話した。

 卵には植物が付着してたらしく、それを調べると音楽のようなものが流れていたそうだ。

 で、それを流すと卵が急に反応を強めて孵化。だが出て来たのはらどんとか言う鳥のようなものじゃなかった。

 

「出て来たのはゴジラザウルスの幼体。通称ベビーゴジラだ」

「「「「「「「「「「ベビーゴジラ?」」」」」」」」」」

「そう。覚えてる? VSキングギドラの時に言ったと思うけど、元々ゴジラザウルスは草食の大人しい恐竜だ。だからベビーも大人しくて、放射能で変化したゴジラとは違って可愛らしい生き物なんだよ」

 

 聞いていると本当に俺にはあいつを思い出す話だ。もしかして、それもあるからタダノは悪意が復活させる世界蛇はまったくの別物と言ってくれたのか?

 

 で、そこで話をタダノは切り上げた。何でもここまで話す事が当初の目的だったらしい。

 

「とりあえず覚えてて欲しいのは、Gフォースは未来の技術で巨大兵器を作れるようになったって事と、ベビーはゴジラとは違う大人しい生き物。それらを踏まえた上でVSスペゴジをどうぞ!」

 

 こうして俺達は初めてこの世界でえいがというものを見る。

 居間にみんなで座って見るんだが、そのままじゃ俺は見えないので翼の膝へ乗せてもらう事になった。

 

「すまん」

「別にいい。気にしないでくれ」

 

 翼からも以前より優しい匂いがする。タダノといるとそうなるのは、何でだ?

 とにかく今は楽しもう。タダノが面白いと言ったんだ。きっと色々感じる事があるはずだ。

 

 

 

「わぁ……」

 

 僕は目の前の光景に感嘆の声を出した。初めて来たスーパー銭湯は広くて大きいお風呂がありました。あと、ジャグジーだったと思う。泡が出続けているお風呂や寝そべるように入るお風呂も見えます!

 

「凄いね!」

「はいっ!」

 

 セレナ姉さんも僕みたいにワクワクしてる。他のお客さんもいるようだけど、本当に数えるぐらいだ。

 

「二人共、まずは体を洗いなさい」

「「はーい」」

 

 マリア姉様の言葉に返事をして洗い場へ。そこも凄い。大勢の人が体を洗えるようになっている。

 でも僕らが来ただけで半分近くが埋まってしまう。入口で兄様が団体ですって言ってたのを思い出した。

 それで少しだけ安くなったんだっけ。それを聞いてマリア姉様達が少し相談していたのを見た。

 

「ヴェイグさん、私と一緒に洗いましょう」

「……仕方ないか」

 

 セレナ姉さんの腕の中でヴェイグさんが少しだけ嫌そうな顔をする。お風呂を張る時は僕はいつもセレナ姉さんと入る事になってた。だからヴェイグさんも一緒に入るんだけど、お風呂に入るのは嫌がらなくなったのにいつも体を洗う事は嫌がるんだ。

 

 洗い場の空いている場所へ座る。ひ、一人でこんなに場所を使っていいんでしょうか? そう思ってると隣の調さんがこっちを向いた。

 

「エル、どうしたの?」

「え、えっと、僕一人でこんなに場所を取っていいのかなって」

「ふふっ、いいんだよ。早く体を洗ってお風呂入ろ?」

「ぁ……はいっ!」

 

 僕へ優しく微笑む調さん。基本調さんと切歌さんは僕をエルフナインと呼びます。でも外にいる時はエルって愛称で呼ぶようにしてくれてます。周囲に聞かれた時のためらしいです。

 でも、今の僕はエルと呼ばれる方が嬉しくなってしまうんです。だって、その方がここでの僕って思えるから。

 

 錬金術も聖遺物も知らない、ただの少女。それがここでの僕、エルなんだって。

 

「調、髪洗うの手伝うデスよ」

「ありがとう切ちゃん」

 

 隣から聞こえる会話に思わず笑みが浮かぶ。やっぱり調さんと切歌さんは仲良しです。

 僕もセレナ姉さんと似た事をします。僕が髪を洗ってもらって、お返しに僕がセレナ姉さんの髪を洗う事を手伝う。長い髪は洗うのが大変ですから。

 

「いやぁ、それにしてもすごかったね、映画」

 

 僕が首へ泡立てたボディーソープを塗り始めるとどこからか響さんの声がした。

 

「だな。最後の盛り上がりはヤバいの何のって」

「モゲラ、カッコ良かったデス!」

「スペースゴジラもちょっと可哀想だったけどね」

「私はリトルが最後放射熱線の練習してるのが可愛かったな」

 

 皆さんで話すのは家で見ていた映画の事。兄様が細かい事は考えず見て欲しいと言ったように、あっという間の一時だった。

 最後の決戦はとてもすごかった。あれがどこかの世界で本当にあった事だと思うと恐ろしい。だけど、同時に人の持つ強さと弱さを再認識出来た。

 

「何ていってもゴジラが最後に見せた熱線だろ。すっごい迫力だったしね」

「奏はずっとゴジラを応援してたもんね」

 

 翼さんが苦笑しながら髪を洗い始めてた。実際奏さんは最初から最後までゴジラを応援してた。モゲラに負けるなとか、スペゴジなんてぶっ飛ばせとか言ってましたし。

 

「お兄ちゃんなんて結末知ってるのに拳を握ってました」

「タダノらしい」

「でも、色々考えさせられるわね。あのゴジラの行動理由を考えると」

「リトルを、自分の仲間を助けるために一度負けた相手へ戦いを挑みに行く。僕、ゴジラを悪と言わない兄様の気持ちが分かりました」

 

 地球を守るとかスペースゴジラが許せないとかじゃない。あの時のゴジラは唯一の仲間であるリトルを助けたいから戦いに赴いた。それは僕ら人間と何ら変わらない心です。

 ううん、本能で生きてるはずのゴジラが仲間のために勝てない相手へ挑むのは心があるからだ。ゴジラも心があって生きてる。だから兄様は悪なんて言わないんだ。

 

「最後は人間とゴジラの共闘だったしね!」

「何ていうか、あれは熱かったよな。ゴジラを憎んでたはずのおっさんが援護するってのは」

「地球を我が物としようとするスペースゴジラに対抗するには個々では駄目だった。ゴジラは共闘するつもりはなかったが、人間側がゴジラを援護して共闘へ展開していく。あれは、まさに地球に生きる者同士の生存を賭けた連携だった」

「あの、翼さん、手が止まってます」

「っ!? す、すまない」

 

 どうやら翼さんもかなり気に入ったみたいです。

 

「只野さんは言ってたデス。王道の展開はどれだけやっても廃れる事はない。何故なら、誰もが好きで盛り上がるからこそ王道なんだって。あの映画はまさしく王道でした!」

「全部に見どころがあったもんね。ゴジラにも、モゲラにも、スペースゴジラにも」

「出てくる人達にもです。人の愛、絆、想い。怪獣映画ってお兄ちゃん言ってたけど、人間の映画でもあった気がします」

「そうだな。それに怪獣と言ってもリトルは可愛かった。ゴジラの後ろに隠れた時などは父親の背に隠れる子供にしか」

「翼、手が止まってるよ」

「ご、ごめん」

 

 奏さんがどこか苦笑しながら翼さんを見つめてる。翼さん、リトルを見て可愛いって言ってましたし、ヴェイグさんの事も映画を見ながら時々撫でてたそうだし、もしかして可愛いものが好きなんでしょうか?

 

「でも、最後にゴジラと人間が手を取り合えたのは良かったなぁ」

「響はスペースゴジラとも手を取り合って欲しかったんじゃないの?」

「それは……うん。でも、ゴジラと違ってスペースゴジラは最後まで全てを壊す事しか考えてなかった。ゴジラは心があるように見えたけどスペースゴジラは心はなくて本能しかないように見えた。言葉も通じないし在り方も違う。やっぱり怪獣、なんだよ」

「そうだね。あいつはゴジラじゃない。多分だけど心がなかったんじゃないかな。ただ本能しかない、怪獣。ゴジラは本能と心がある。それがあるからあんな存在なのに愛されてるんだよ、きっとさ」

 

 奏さんの言葉に僕は頷いた。兄様は教えてくれました。ゴジラはこの世界では世界中で愛されてる存在だって。怪獣で人間へ牙を剥くのに愛されるのは、人々の中にゴジラの生い立ちと意味がしっかりと理解されているからだろうって。

 

「それにしても、只野さんのオススメが気になるデスよぉ」

「クウガ、だっけ?」

「そうだよ。仮面ライダークウガだって」

「簡単に導入を聞いたが、何というかヒーローらしからぬ感じの人物だったな」

「冒険家で青空が好きな奴、だもんなぁ。おっさんの方がよっぽどヒーローっぽいぜ」

「タダノと同じようなものじゃないのか?」

 

 そのヴェイグさんの言葉で皆さんが一瞬黙って、揃って納得するように声を上げました。響さん、翼さん、クリスさん、マリア姉様、切歌さんに調さん、奏さんとセレナ姉さん、そして僕も。

 その後は会話が途切れてみんなで洗う事に集中しました。僕はセレナ姉さんの髪を洗う手伝いをしてヴェイグさんと三人で一番大きなお風呂へ入る事に。

 

「「「はぁ~……」」」

 

 思わず声が出てしまう。でも、これが普通だと兄様へ相談した時に言われました。マリア姉様も油断していると声を出してしまうそうですし、きっとこれは条件反射なのだと思います。

 

「エルちゃ~ん、セレナちゃ~ん、私達も入っていい?」

「「どうぞ」」

「一々聞かなくてもいいだろうが」

「響らしいよね」

 

 そこへ響さん達が入ってきました。そういえば響さん達はここへ来るのが二度目だそうです。お風呂上がりには楽しい事があるって言ってました。

 

「あの、響さん」

「ん?」

「お風呂上がりの楽しい事って何ですか?」

「あー、それはお風呂を出てからのお楽しみだよ」

「未来さんは知ってるんですか?」

「私も知らない。でも、響の雰囲気から何とな~く予想はついてるけどね」

 

 そう言って笑う未来さんに響さんも笑った。何でしょうか。こちらに来てから響さんと未来さんは以前よりも以心伝心な感じがします。

 

「クリスは知ってるのか?」

「ん? まあな。でも教えねーぞ?」

「タダノも?」

「むしろあの人があたしらへ教えてくれたんだよ。ここにそんな楽しみがあるってな」

 

 どういう事なんだろう? 僕は分からないのでセレナ姉さんを見る。すると目が合いました。で、二人で笑ってしまった。こんな事でも今の僕は幸せです。

 

 思えば、こっちに来てから僕はよく笑うようになりました。

 研究するものもなく、家の手伝いを終えたらやる事がないのでヴェイグさんと日向ぼっこをしたり、時には兄様の部屋の掃除を終えたセレナ姉さんと二人で遊んだり、マリア姉様が休みの日は一緒に買い物へ行ったり、向こうでは考えられない時間を過ごしています。

 

 最近では切歌さんとこの街の探検へ出かけたり、調さんとはお昼の散歩をする事もあります。

 

 僕は、もしかしたらこういう生き方をしたかったのかもしれない。そう思うようになってきました。

 錬金術の知識を使ってS.O.N.Gの一員として役立ちたい気持ちはある。でも、それと同じぐらい、こんな風に皆さんと、ううんみんなと家族として、子供として生きていたいって。

 

――キャロル、もし今の僕を君が見たら何て言うのかな?

 

 

 

 休憩スペースで待つ事十五分。そろそろ誰か出てきてもいいんじゃないか?

 そうは思うもやはり誰も来ない。エルとヴェイグ辺りはさっさと来てくれると思ったんだけどなぁ。

 

「眠くはない……とは言い切れないなぁ」

 

 やっぱカラオケではしゃぎ過ぎた。三十近い男が何やってんだか。カラオケではしゃぎ過ぎて眠いとか高校生でも中々ないぞ。

 いや、これはあれだな。カラオケだけじゃない。今日一日が楽しすぎたんだ。久々の連休ってだけじゃなく、みんなで一日中過ごせたって事が。

 

「……原作でも装者七人が平和な時間を一日中過ごすってなかったし」

 

 それぞれ別々の場所で、ならあったかもしれないが、一緒にってなると途端に思い浮かばない。精々がGXの一話で翼とイヴさんがロンドンでライブやってるのをクリスの部屋で響達が見てたぐらいか?

 でも、あれも結局平和なままで終わらなかったもんな。当然だよな、一話だし。そこから物語が始まるってのに平和なままで終われるかよ。

 

「兄様~」

 

 と、そんな事を思い出していたらこっちへ駆けてくる可愛い子。両腕でヴェイグを抱えてやってきたのは金髪天使のエルフナインことエルであります。

 

「エル、危ないよ。あまり走らないように」

「あっ、ご、ごめんなさい」

 

 しゅんとしょげるけど、反省をすぐ出来るのがこの子のいいところだ。

 

「分かってくれればいい。ヴェイグを乾かしてた?」

「はい」

「エルが風の温度を上げ過ぎてビックリした」

「ヴェ、ヴェイグさん、それは言わないって約束したのに」

「ははっ、そうか。これからは気を付けるんだぞエル」

「はい、気を付けます……」

 

 頭を軽く撫でると、髪はちゃんと乾いてた。そうしているとセレナちゃんとザババコンビが現れる。

 

「お兄ちゃん、お待たせしました」

「およ? 只野さん、眠そうな顔してるデスね」

「疲れたんですか?」

「うん、楽しすぎてはしゃぎ疲れ」

 

 力なく笑うと三人が揃って苦笑した。

 

「実はアタシ達もデス」

「うん。凄く眠い」

「お風呂で揃って寝ちゃいそうになって、姉さんに怒られました」

「あらら、元気な君らでそれか」

 

 俺が三人と話している内にエルがいつの間にか膝の上へ移動していた。で、ヴェイグは俺の横でちゃっかり座ってる。

 で、何故かセレナちゃんがエルの事をいいなぁって感じで見つめてる。撫でて欲しいのだろうか? もしくは俺の膝上に来たい? 前者ならしてあげたいし、後者なら……さすがにごめんなさいだな。

 

「そういえば残りの女性達は?」

「もう来ると思います」

「今は翼さんやマリアの髪を乾かすのに時間を取られてますデス」

「姉さんもいっそ髪を切ろうかなって言ってました」

「そういえば似たような事を翼が言ってるって天羽さんから以前聞いたなぁ」

 

 その時、翼からもどう思いますかと聞かれたっけ。なのであの平行世界のオレっ子を思い出していいと思うと返した。

 でも、結局切ってないところを見るに色々と思う事もあるんだろうな。

 

「ん……? 髪の毛……?」

 

 寝惚けた頭がその事に引っ掛かりを覚えた。俺、そういえば響達に散髪代を渡した覚えがないし、彼女達が美容室とかへ行ったの聞いた事がない。

 

「っ?! 月読さん、頼みがあるんだけど」

「何ですか?」

 

 俺は月読さんに脱衣所へ行ってイヴさんか天羽さん、翼の誰かにここへ来てから一度でも髪を切りに行ったか聞いてくれるよう頼んだ。

 月読さんは俺の雰囲気からそれが大事な事だと分かってくれたらしく、すぐに脱衣所へと戻って行った。

 つい失念してたけど、女性は俺みたいに伸ばしに伸ばして鬱陶しくなったら切るとかじゃない。なら、イヴさんはともかく翼はもう二か月近く経つんだ。一度は散髪に行ってないとおかしい。

 

「あの、お兄ちゃん、今のは?」

「何か分かったんデスか?」

「もしかしてってぐらいだ。これが当たってると、また考えないといけない事が増えるかもしれない」

 

 そう俺が告げるとセレナちゃんと暁さんが揃って息を呑んだ。って、さっきからエルもヴェイグも静かだな。

 そう思って視線を動かすとエルは俺にもたれるように寝てるし、ヴェイグも同じくだ。何というか、愛らしい二人である。

 俺は起こさないようにそっとエルとヴェイグを一緒の座布団の上へ寝かせた。こうして見てるだけで色んな疲れだのなんだのが飛んでいく気がするな。気分はもう父親だ。

 

「只野さん」

「月読さん、どうだった?」

「えっと、マリアも奏さんも翼さんもまだ一度も行ってないって」

「そっか。それに関して三人は何か言ってた? 伸ばしてるからとか暇がなかったとか……」

「いえ。翼さんと奏さんはそれで息を呑んでました」

「イヴさんは?」

「マリアは……そんな二人を見て息を呑んでました」

 

 成程、どうやら三人には俺の気付いた厄介事が分かったらしい。でもこれでほぼ間違いない。

 俺の予想は外れてないと思う。二か月近く経過しても切らなくていいぐらい伸びない髪。これはきっと……

 

「先輩っ!」

 

 と、そこへ現れる残りの女性達。って、そこで気付いた。九人が九人共南国的な髪飾りがあるって。

 つまり九人の女性達はあの水着な訳で、俺はそれを知ってる訳で、湯上り美人と湯上り美少女が隠してる姿を想像出来る訳で……。

 ヤバいなぁ。眠気が飛んだのはいいけど、俺は今ここで立ち上がれないぞ。エル、寝かしておいて良かった。

 

「うん、言いたい事は分かるけど、ここで話すのは止めておこうか。とりあえず、まずは約束を果たすよ」

 

 言いながら俺はエルとヴェイグを起こす事に。いや、寝かせてあげたいけどここで仲間外れになる方が嫌がりそうだからな。

 

「エル、起きてくれ。ヴェイグもだ」

「んっ……ぱぱ……?」

「はい?」

 

 寝惚けたエルが俺をパパと呼んできた。いや、まぁ、状況的にはそんな感じだけども……。

 

「タダノ……? どうした?」

「ヴェイグ、エルも風呂上りだから飲み物を飲んだ方がいい。水分補給だ」

「「すいぶんほきゅう……?」」

「「「「「「「「「可愛い(デス)……」」」」」」」」」

 

 目を擦りながら二人揃って小首を傾げるもんだから、九人の装者が全員同じ感想を述べた。うん、たしかに可愛い。

 

「イヴさん、エルの事お願い」

「ええ。さっ、エル。こっちに来なさい」

「は~い……」

 

 フラフラとイヴさんの下へ移動するエル。うん、まだ寝惚けてるなあれ。

 そう思いながら俺はヴェイグを持ち上げる。

 

「よっと、セレナちゃんはヴェイグを頼んでいい?」

「はい。ヴェイグさん、掴まってください」

「ああ……」

 

 こっちはこっちで寝惚けてる。さて、俺もさっきの二人のおかげで熱が冷めたし、じゃあ移動しますかね。

 

「さぁ、お嬢さん方も行った行った。ラムネでも牛乳でも好きな物を選んでくれ。おっさんが御代は持つからさ」

 

 その言葉に九つの笑顔の花が咲いて、俺はそれを何があっても守りたいと改めて思うのだった……。

 

 

 

 再びマリア達の家へ集まった仁志達。時刻は午後十時を過ぎ、エルやセレナは普段ならそろそろ寝る時間であった。

 それでも彼女達はパジャマに着替えて起きていた。仁志が気付いたある事を聞くために。

 

「多分だけどみんなの体の成長というか経過時間が著しく遅くなってると思う」

 

 仁志が気付いたのは髪の毛の伸びる速度。響達はこちらに来てもう二か月以上が経過したのに散髪が必要になっていない事を証拠として挙げた。

 実際クリスも妙に伸びが遅いと感じており、響などは気付かなかったと言う程だった。おそらくだがこの上位世界では響達は存在が不安定で、依り代が何とかそれを支えているものの完全に安定されている訳ではないのだろうと仁志は予想した。

 

「で、でも、お腹は空きますよ?」

「うん、多分だけど生命活動はちゃんと行ってるからエネルギーは消費してるんだと思う。でも、それは体内の事だから影響を受け辛いんじゃないだろうか?」

「多分ですが……髪の伸び方が遅いとなると……単なる時間の経過速度の違いではなく……」

「エル、もう寝た方がいいわ。また明日聞くから」

「そうします。……皆さん、すみません。おやすみなさい……」

 

 そう言ってエルフナインは自分の布団へと潜り込んだ。その姿に誰もが笑みを浮かべるも、それをすぐに消して少しだけ思案顔をする。

 

「要は、体の外側程時間の流れが遅くなってるって事?」

「分からない。エルは多分そうじゃないって言おうとした気がするし」

「体重は変化してますかね?」

「分からない。今は体重計ないから」

「だが、そうか。これで納得がいった。これ程訓練をしていないのに何故筋力などがそこまで衰えないのか疑問には感じていたのだ」

 

 翼の言葉に心当たりがあるためか仁志以外の全員が一斉に納得した。

 何せ響とクリスはもう三か月近くこの上位世界で過ごし、訓練などをしなくなっている。

 それでも響は体力が落ちていないため、翼の意見は事実なのだろう。

 まぁ、クリスの体力も増していないので良し悪しではあるだろうが、それは残念ながら彼女しか気付かない話である。

 

「じゃ、もしかしたらどれだけ食べても太らない?」

「それも分からない。摂取したカロリーの影響が体へ出るのが遅くなってるかもしれないし」

「そうね。というか、そうじゃないと納得出来ないわ。どうしてコンビニの揚げ物とかを食べてる奏と私の体型が大きく変わらないのよっ!」

 

 不満そうに奏を睨むマリアだが、それを聞いて仁志は女性らしい怒り方だなと思って苦笑していた。

 

(あれ、俺だったらそこまで思わないなぁ。精々羨ましいって言うぐらいか)

 

 体重一つでそこまでムキになるマリアを若干可愛いと思い、仁志は彼女を見つめる。

 そんな彼の視線に気付き、マリアはやや鋭い眼差しを仁志へ向けた。

 

「何よ?」

「え? ああ、うん。イヴさんもそういう顔をするんだなぁって」

「そういう顔?」

「ムキになって怒る顔。今のイヴさんは大人の女性じゃなくて可愛い少女だよ」

「っ?! か、からかわないで!」

「そういうつもりじゃないんだけどなぁ」

 

 照れくさそうに顔を背けるマリアに仁志は苦笑しながら頬を掻いた。

 そんなやり取りをすれば黙っていられないのがこの場にはいる訳で……

 

「只野さん、今はマリアさんとイチャイチャしてる場合じゃないですっ!」

「え? いや、俺は別にいちゃ」

「そうだぞ。そ、そういう事は、やるんじゃねぇ!」

「あ、はい」

「先輩、マリアってそういうのあまり経験してないんだからさ。そっとしといてやりな」

「わ、分かった」

 

 響、クリス、奏の三人に強く、やや強く、それなりにと、それぞれから注意され、仁志は戸惑いながらも頷いてその場を収めた。

 

 それを見て残る女性達は女性達で思う事があった。

 

(立花はともかく、雪音と奏まで只野さんへ注意を? 嫉妬、ではないと思うが……)

(やっぱり響は只野さんが好きなんだね。……伝わってない辺りが響らしいかも)

((クリス先輩が家でやれって言わなかった(デス)……))

(姉さん、いっそお兄ちゃんとお付き合いすればいいのに……)

 

 首を傾げる翼、疑念が確信に変わる未来、定番が外れて驚く切歌と調、そして最愛の姉と兄と呼んでいる相手の接近を願うセレナ。

 

 そんな中、女性達の中で一番の年長であるマリアはと言えば……

 

(狼狽えるなっ! さ、さっきのは只野のいつものやつよ。異性としての意識など欠片もなくただ素直に感想を…………素直な感想、なのよね。私を人として見て可愛いとか綺麗だって言ってくれてるのよ、只野は。あちらの男によくある下心を滲ませたような世辞や口説きじゃなくて)

 

 狼狽えはしないでも思い切り揺れ動いてはいた。やはり自分を特別視しない相手というのはマリアがもっとも求める存在なのだろう。

 

 ともあれ場の空気が和んだ事を受け、仁志は時計へ目をやった。

 

「じゃ、今日はこれでお開きにしよう。翼、天羽さん、一応部屋まで送るよ」

「ではお言葉に甘えます。みんな、おやすみ」

「おやすみ。良い夢見ろよ」

「また明日。おやすみ」

「「「「「「おやすみ(なさい)(デス)」」」」」」」

 

 今夜は響とクリスに未来がマリア達の家へ泊まる事となっている。

 仁志達を見送り、セレナはすやすやと眠るエルフナインと同じ布団へと入るなりすぐに寝息を立て始めた。

 ヴェイグは既に隅の定位置でもあるクッションで眠っている。その姿に響達は笑みを浮かべた。

 

「マリア、今夜はマッサージしなくていい?」

「ええ。今夜は大丈夫」

「じゃおやすみデス」

 

 揃って同じ布団へ潜り込む切歌と調。彼女達も疲れからかすぐに寝息を立てる。

 

「な、何だか妙な感じだな」

「うん、そうだね。私もクリスとこうやって寝るなんて思わなかった」

 

 何とクリスは未来と一つの布団を使う事に。残った響はと言えば……。

 

「……若干寂しい」

「ふふっ、いいじゃない。こっちに来てからずっと誰かと寝てたんでしょ?」

「まぁ……」

「どうしてもって言うなら私と寝る?」

「そ、それは遠慮しておきます……。おやすみなさい」

「ふふっ、おやすみ」

 

 マリアの隣で一人布団を使う事になっていた。

 たった一人で寝る事が久しぶりのためか、響は微かな寂しさを感じていた。

 それでも彼女は一人寝を選ぶ、それはひとえに自分のためだ。

 

(でもたまにはいいかも。将来のためにもなるし)

 

 一人で寝る事も卒業後は当たり前になるかもしれない。そう思い直して響は目を閉じる。聞こえてくる複数の寝息に小さく笑みを浮かべながら。

 

 その頃、仁志は翼と奏を両側に連れて夜道を歩いていた。

 

「この組み合わせって何気に初めてだな」

「そうですね。それぞれと二人はあるかもしれませんが」

「両手に花だけど、気分はどう?」

「最高だよ。というか、もう今日が最高だ。人生で最良の日かもしれない」

「「それは大袈裟(です)」」

「いやいや本気だって。ホント、もうこんな幸せはないかもしれないな……」

 

 噛み締めるように呟き空を見上げる仁志。その横顔を見て翼と奏は息を呑む。

 

(只野さん、なんて悲しい目を……)

(只野、もしかしてあんたって……)

(こんな時間が長く続いちゃいけないんだ。彼女達が一刻も早く自分達の居場所へ帰れるようにしないと。俺だけが幸せになったって仕方ないんだ)

 

 こんな時間がずっと続けばいいのに。響達が抱いているそれを、誰よりも抱いているのが他ならぬ仁志である。

 それを彼は口に出さず、顔にも出さないようにしてきたつもりだった。それでも、この瞬間だけ、この時だけはそれが出てしまった。

 

 男のやせ我慢や強がり。それが消えた一瞬の無防備な心の表情を見て、翼と奏は胸が騒ぐのを覚えていた。

 

「なんて、あと十年もすると思うんだろうな。若かった頃のみんなを思い出してさ」

「っ……このっ、それはどういう意味だ?」

「十年後の私達では今よりも劣ると言いたいのですね?」

「そうは言わないけど可愛さは……なぁ」

「ねぇ奏。只野さんに送ってもらったらせめてお茶ぐらい出そうと思うんだけど、どうかな?」

「いいと思うよ。ちゃんとおもてなししてやろうじゃないか」

「あ、あの、お二人共? 目が怖いんですけど……」

 

 仁志が場の空気を変えようとした事を受け、奏と翼もそれに乗るように会話を交わす。

 こうして仁志はその両腕を彼女達に絡められ二人の暮らす部屋と連行される事に。

 

――只野さん、今夜は立花達が隣にいませんからここへ泊まるべきです。

――そうそう。あたしと翼がいれば安心だろ?

――あのぉ、エロい事をされるとは思わないんで?

――出来るものならご自由に。

――というか、そんな事したらあたしか翼は気付くから。後は分かるよね?

――すみません。謝るので帰してください。二人が傍にいたら今夜は手を出さない自信がありません。強姦魔やら最低男とみんなに言われたら心が死にます。

 

 と、そんなやり取りをして仁志は一人夜道を行く。

 

「やれやれ、翼も天羽さんも胆が据わってきたよ。天羽さんなんてあれだけ俺があの部屋で響達と寝泊りするの反対したのになぁ」

 

 女の成長はやはり早い。そう思いながら仁志は帰路へ就く。

 

(た、只野さんが私達へ面と向かっていやらしい事をするかもと言った……。なのに、どうして私は嫌がるどころかむしろどこかで期待してしまったのだろうか……)

(あたし、もしかして惚れてるのかな? いや、違うね。前もここで一緒に寝た事あるから気を許してるだけだ)

 

 女の成長は早い。それはきっとその想いにも……。




こんな幸せな時間をずっと過ごしていい訳がない。
そう思うのは装者達だけではないという〆です。

そして、もし装者達の髪の毛が本来の速度で伸びていればその費用でかなり苦しめられたでしょう。
そうなると、場合によっては一時的に見た目だけ翼とクリスはアナザー状態になったかもしれませんね。

小ネタなどしかない番外編などが欲しいですか?

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