シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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非日常だったはずの日々。それが日常となってしまう事の持つ潜在的恐ろしさ。
それは、その非日常が幸せだからこそ。

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Vitalization

「おはようございます、店長」

 

 聞こえた声に振り向けばそこにはどこか眠そうな月読さん。そうか、もうそんな時間か。

 そう思って時計へ目をやれば時刻は午前六時まであと七分。オーナーにはもう帰ってもらった。

 まぁ、そう言っても帰ったのはほんの十分前だけど。

 

「おはよう月読さん。ちょっと眠そうだけどどうしたの?」

「えっと、寝る時間が遅かったんです。それで、今日は何かありました?」

「特には。ああ、そうそう。あのシールのキャンペーンはもう終わったから」

「あ、そうでしたね。じゃ、もうお皿も?」

「それが見本用の展示品が残ってるんだ。で、オーナーが言うには欲しい人に上げていいって言われたんだけど月読さ」

「欲しいです」

 

 遮るように即答。だろうなぁ。あれを見た時から可愛いって言ってたし。

 

「剥き出しだけどいいかな?」

「構いません」

「ん。じゃ、ここに袋に入れて置いておくからちゃんと持ち帰ってね?」

「はい。ありがとうございます、店長」

 

 にっこりと微笑む姿はまごう事無く美少女である。月読さんもバイトを始めてもうじき一か月になるか。とっくに研修は終わり、南條さん曰くとても素直で物覚えも良くしっかりしたいい子との事。

 

 ……息子さんの嫁にって言ってたけど、あれ、割とマジだったなぁ。

 

 そんな事を思いながら俺はPCからどいた。月読さんはもう制服の上着を着ていて、その名札のバーコードをPCへ読み込ませて出勤処理完了。

 

「じゃ、ノートの確認をよろしく」

「はい」

 

 頷いてカウンターへと出て行くのを見送り、俺は再びPCの前へ。

 使用者のIDが消えているので自分の名札のバーコードを読み込ませて売上データなどを表示させる。

 

「……地味に上がってるんだよなぁ」

 

 月読さんと小日向さんが入ってから朝と昼の売り上げが若干ではあるが伸びているのだ。

 言うまでもなく男性客、と思いきや女性客が伸びている。おそらくだが良くも悪くも慣れてしまっている主婦のおば様達と違い、月読さんや小日向さんはまだまだ慣れない事もあるし根が真面目で一生懸命だ。そこに好感を抱いてもらえてるんだろう。

 

 夕方も相変わらず響やクリスが入っている日は売上が上がってる。これはあの二人に相手してもらおうと思う男性客によるものだと思う。

 

「オーナーが響やクリスによく差し入れするはずだよ」

 

 このところあの二人は毎週一度はオーナーから何かもらっている。ジュースだったりお菓子だったりと様々だが、それをやっているのは二人揃ってのシフトの時だけらしいので間違いなくこれの礼だろう。

 

 ……天羽さんも時々コーヒーもらうって言ってたなぁ。俺、ここで勤務し出して三年近くになるけど、そんな事数える程なんだけど。

 

「おはよう店長。ちょっといい?」

「はい?」

 

 そこへ南條さんがやってきた。慣れた感じで上着を羽織りながら出勤処理をしていく。

 

「ホットスナックなんだけど、アメドあまり売れないじゃない」

「そうですね」

「でも、たまにお昼にかなり売れるんだって」

「らしいですね」

「どうする?」

「あー……」

 

 要は売り上げに繋がる時にそれを逃してるけどいいのかと、そういう事か。

 正直難しいとこではある。ただ、色んな事を考えると……。

 

「普段通りでいいです。いつあるか分からない時のために廃棄や手間を増やすのは馬鹿馬鹿しいんで」

「そう。じゃ、焼き鳥はどうする?」

「あれ、正直売れませんよね」

「そうなのよぉ。でも、やれってオーナーは言うじゃない?」

「やって欲しい、ですよ」

 

 ここが難しいんだよなぁ。こっちがお願いだと思ってる事もいつの間にか命令に捉えられてる時がある。

 

「そう? でも……」

「分かりました。オーナーへは俺から話しておきます。焼き鳥、今よりも在庫減らしていきましょうって」

「そうしてくれる? 大体焼き鳥ならうちよりも」

「他系列の方が美味しいです。でも南條さん、それはオーナーには言わないでくださいね」

「分かってるわよ。店長だから言ってるんだから」

「俺にも言わないで欲しいんですけどねぇ」

 

 何せそれをどうやって売るかを考えないといけない立場なのだ。

 ま、セールになった時だけ力を入れればいいや。通常で売れない物を売れるようにするにはあの焼き鳥はそもそも力不足だし。

 

 そんな会話をして南條さんはカウンターへと向かった。と、そうだ。俺は発注しないと。

 

 発注用の端末を持って店舗へと移動。レジでは月読さんがこれから出勤らしい工場作業員の男性へコーヒーを渡していた。

 

「はい、どうぞ。熱いので気を付けてください」

「ありがと」

「ありがとうございました。お仕事、頑張ってください」

 

 そう言われ男性は小さく片手を上げて店を出て行った。成程、売上が上がる訳だ。

 

「良い子よねぇ調ちゃん」

 

 月読さんを眺めていると南條さんが近付いてきた。その顔はまるで親戚のおばさんだ。

 

「……ですね」

「あれ、自分で言い出してるのよ。良いお嫁さんになるわぁ」

「息子さんの嫁に欲しい、でしたっけ」

「そうそう。うちの子、今年で二十歳なんだけどまだ彼女出来た事ないのよ。紹介されたら調ちゃん、困るかしら?」

「南條さんが高校生の頃に二十歳の男を職場の先輩に紹介されたらどうです?」

 

 俺がそう返すと南條さんはうーんと唸って固まってしまったので、俺は今の内にとカウンターから出ておにぎりなどの米飯を眺める。

 やはり売れ筋は相変わらず、か。新商品は……いまひとつか。美味いんだけど値段だろうか? あるいは認知が甘い?

 

 新入荷もそんなに動いてない。やっぱこの店の客は基本安牌を好むんだよなぁ。新しい物へあまり手を出してくれない。

 だからって諦める訳にはいかないし……どうしたもんか。そんな事を考えながら発注を始める。

 他の発注は既に夜中で終わらせてる。米飯だけは朝の時間でやるようにしているから今やってるけど。

 

「あの、店長」

「ん?」

 

 聞こえた声に顔を動かせばそこには月読さん。

 

「もう時間ですよ?」

「ああ、ありがとう。でもこの発注があるからさ」

「……おにぎりとかですか?」

「そう。興味ある?」

「はい」

 

 どこかキラキラした目で端末を見つめる月読さん。ふむ、発注なんかは教えるつもりもないしやらせるつもりもなかったんだが……。

 

「じゃ、少しやってごらん。まずこれを持って」

「いいんですか?」

「いいよ。俺が言う通りにしてくれればいいから」

「はい」

 

 こうして俺は月読さんにおにぎりを数種類発注してもらう事に。月読さんはちょっと緊張しながら端末を操作してたけど、それを楽しそうにしていたので良かったと思う。

 

「もし良かったらカップめんとかの発注、頼む事があるかもしれない」

「え? 私に?」

「うん。発注は出来れば週四は入ってる人にお願いしたいんだ。でも南條さんはこの後があるからね」

 

 あの人は掛け持ちで働いている。ここが終われば次は駅前のドラッグストアだ。本当に頭が下がる。

 

「……でも、私ここで一番の新人です」

「関係ないよ。やる気があるならね。無理にとは言わない。それと発注は勤務が終わった後でもいいんだ。その場合も時給は発生するから安心して」

「時給が……考えてみます」

「うん。まぁどちらにしろ教えるとしても来月以降だから。ゆっくり考えて」

「はい」

 

 どこか嬉しそうに返事をして月読さんはカウンターへと戻っていく。さて、なら俺もちゃっちゃと終わらせますかね。

 

 そうやって発注を終わらせて退勤した頃には六時半を過ぎていた。

 月読さんと南條さんへ後を託して俺は店を出る。手にした袋の中にはシュークリームが五つに廃棄の小さなつぶあんぱん。

 そう、さすがに四つも五つもシュークリームが廃棄になる訳がない。今では廃棄が二つぐらいで後は俺が買ってる。

 それをある時イヴさんに気付かれたのだ。理由は簡単。彼女は今や母親のような立場だ。で、冷蔵庫内の賞味期限チェックをしてシュークリームにその違いがある事を見つけたらしい。

 

――只野、気持ちは嬉しいけどこれじゃ意味がないわ。廃棄だから私達はもらっているの。

――でも、エルもセレナちゃんもヴェイグも楽しみにしてくれてる。今じゃ暁さんや月読さんもだ。

――……なら、せめて私の分はいいわ。貴方の財産は共有なのでしょ?

――……分かった。じゃ、代わりに菓子パンを持ってくる。疲れてると甘いもの、食べたくなるだろ?

――もう、貴方って人は……。ええ、じゃあお願いするわ。

 

 正直あんなに喜んでもらえるなら200円や300円ぐらいの出費痛くもない。

 って、これ完全に父親の心境だよなぁ。実際エルはもう俺には娘みたいに思えてきてる。

 セレナちゃんは姪っ子だ。暁さんと月読さんは……まだ姪っ子かな。ヴェイグは友人。ただ、どうしてもマスコットに近い扱いを受けてるけど。

 

 天羽さんも俺がシュークリームを持っていくのを知ってるから、最近はそれ以外のスイーツで廃棄が出ると俺が逆に譲ってる。

 代わりにシュークリームは絶対俺へ譲ってくれる。それに最近はパンやパスタを持って帰る事が増えている。

 

――翼と未来が結構羨ましそうに見てくるんだよ。

 

 要するに見せつける訳だ。今の天羽さん達の部屋は朝食を小日向さんが受け持っているらしいが、それだけで足りない天羽さんはその後に持ち帰った廃棄を食べるそう。

 

 で、温めたパスタの香りやパンの香りで二人が苦い顔をするんだそう。いい性格してるよ。

 

 そんな事を考えて歩いていれば見えてくる少々古い作りの平屋。

 

「お邪魔しまーす」

 

 出来るだけ静かに開けて静かに閉める。イヴさんとヴェイグは起きてるだろうけど、残りはまだ夢の中のはずだからだ。

 チラリと居間を覗けば布団の数々と可愛い寝顔の天使たち。で、二組だけ人がいなくなってる。イヴさんと月読さんだ。

 

 そんな事を考えながら漂う味噌の香りに頬が緩む。あ~、これだけでテンション上がるなぁ。

 

「あら、おはよう只野」

「おはようイヴさん。あっ、これいつもの」

「「冷蔵庫に入れておいて」」

 

 俺とイヴさんの声がハモる。で、向こうは呆れ顔。

 

「……気は済んだ?」

「若干。今日はつぶあんぱんだよ」

「そう。じゃ、おやつ代わりに店へ持って行くわ」

「ん。陽子さんによろしく」

「伝えておくわ。じゃ、手を洗ってきて」

「へーい」

 

 そう返して俺は洗面台へ。と、そこには先客が。

 

「ん? タダノか。おはよう」

「おはようヴェイグ。今日はゆっくりなんだな?」

「ああ。切歌達とガオガイガーを見ていたからな。寝るのが遅くなった」

「そういう事か」

 

 これで月読さんが眠そうだった理由が分かった。どうやら五人揃って本当にガガガに夢中みたいだ。

 あの翌日、俺は朝食を御馳走になるついでに早速クウガ全巻とガガガのDVDBOXを貸した。まずはTVシリーズをと思ってそれだけにしたのだ。

 で、その日は俺が休みと言う事もあって何か映画をと思い、部屋からウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟を持って来てたら、天羽さんと翼もエルに呼ばれたらしくならばと朝からみんなで鑑賞会となった。

 

 で、結果はウルトラマン好きが大量発生しました。特にウルトラ兄弟の在り様と戦いにみんな感動したらしい。

 死ぬかもしれない。それでも目の前で苦しんでいる人がいれば立ち上がり、ボロボロの体でも諦める事無く立ち向かう、そんな姿に。

 

 そうそう、エルはメビウスと少年の関係にうるうるしていたっけ。

 メビウスが少年との約束を果たそうとザラブ星人を倒した後でピースサインをしようとして邪魔された時なんて……

 

――ああっ!?

 

 なんて身を乗り出して声を上げてた。おかげでエルの中でガッツ星人とナックル星人が大嫌いな存在となりました。

 

 ……セブンや帰ってきたウルトラマンでの所業を教えたらもっと嫌うかもしれない。特にナックル星人辺りは。

 

「で、今はどこまで?」

「毎晩多くて二話までと言う約束だからな。次回は狙われたGGG(スリージー)だ」

「おおっ、熱い話じゃないか」

 

 マニュアルファイナルフュージョンの回だ。いよいよヘルアンドヘヴンの問題が出てくる辺りだな。

 

「そうなのか? まぁ予告を見た時点でみんな盛り上がり過ぎてマリアに叱られたが」

「あ~……」

 

 でもそんなイヴさんも、ガガガを見て凱と命の関係を羨ましそうに思っているのを俺は知ってる。

 それと、目線が母親なんだよなぁ。護少年の事をどこかハラハラした感じで見てるらしいし。

 

――ね、ねぇ只野? あの護って子、途中で怪我したりしない? まさか死んだりしないわよね?

 

 数日前にそんな事を聞かれた事を思い出す。浄解モードがあるからそんな簡単に怪我はしないし死ぬ事はないからと言っておいた。

 

 ……嘘は言ってない。死ぬ事はない。ただ、死んだみたいに見えるシーンは最終回にある。俺は、嘘は言ってない。

 

 そう自分に言い訳をして手を洗うと再び台所へ。テーブルの上にはイヴさんお手製の朝食が。

 

「お~」

「いつもそうやって感嘆するのね」

「いや、作ってもらってるからさ。っと、ヴェイグ」

「すまん」

「いいって事……さっと」

 

 テーブルの上にヴェイグを移動させ、俺は椅子へ座る。

 今朝はご飯に味噌汁、大根と人参と鶏肉の煮物は昨日の残りか。それと、大根サラダか、これ。

 

「イヴさん、これって大根サラダ?」

「ええ。煮物に使った残り。もうドレッシングはかかってるから召し上がれ」

「「いただきます」」

 

 ヴェイグと一緒に手を合わせ飯を食べ始める。そんな俺達をイヴさんが微笑みながら向かいで見つめてくるけど、そうされると本気で嫁さんみたいなので止めて欲しい。

 それでなくてもこの時間、俺に擬似結婚感与えてるんだ。ただでさえ普段から色々勘違いしないようにしているのに、このイヴさんの幸せそうな顔は結構くる。

 

「何?」

「えっと……」

 

 さすがに食べる相手見ないでと言うのもな。ここは……

 

「いつも美味い飯をありがとう」

「っ?! な、何を言ってるのよ急に……」

「いや、改めて礼を言っておこうと思ってさ」

「ひ、必要ないから。さ、さてと、そろそろ洗濯物洗わないと」

 

 そう言ってイヴさんが慌てて立ち上がってテーブルから離れていく。結果オーライ、なのかな。でも、お礼を言われるだけで照れるなんてイヴさんも可愛いとこあるよなぁ。

 

「タダノ」

 

 そう思ってイヴさんがいなくなった方を見ているとヴェイグから声をかけられた。

 

「何だ?」

「出来れば毎日礼を言ってやれ。今のマリアからは優しい匂いがしてる」

「……喜んでくれてる?」

「ああ」

 

 そっか。じゃ、そうしよう。何せ本気で思ってる事なのだ。でも、この暮らしをずっと続けるのは無理だ。

 彼女達には彼女達の世界が、暮らしがある。ここは仮住まい。いつか、いつかは帰るんだから……。

 

 

 

「「「「ごちそうさまでした」」」」

 

 ご飯を食べ終わって手を合わせる。そしてみんなで、今朝は月読さんを除いた四人でごちそうさまをする。

 で、後片付けは姉さんを除いた私達が担当。洗いかごを見るともうお兄ちゃんとヴェイグさんの分が洗われてる。

 

「じゃ、アタシが洗っていくデスよ」

「僕は食器棚へ片付けていきます」

「私が拭けばいいんですね」

「そうデス。じゃ、片付け開始デス」

「「はーい」」

 

 暁さんと月読さんが来て、このお家はとても賑やかになった。その前も賑やかだったけど、やっぱり二人も増えるともっと賑やかだ。

 暁さんは私とエルの事を見て自分もお姉ちゃんですって言い出して、エルは時々お姉ちゃんって暁さんを呼ぶべきか迷ってる。

 私は、ちょっと抵抗がある。だって暁さんは友達に近いものだと思ってたから。

 

「あー、早く夜が来ないデスかね。続きが気になるデスよ」

「ヴェイグさんが言うには、次の話は熱い展開だそうです」

「おおっ、只野さん情報デスか」

「でも、ガオガイガーって私が思ってたよりも厳しいんですね。合体とかしても平気だって思ってました」

 

 最初はファイナルフュージョンの成功率が低くて、しかも合体すると凄い負担があるからってサイボーグなのに寝込む事になって。

 正直そんな事は関係ないって思ってた。モゲラだって合体とか分離とかしても平気そうだったし。

 

「でも、あれはかなり現実味があります。ファイナルフュージョンはそもそも当初成功率が1%程度です。あれはそれだけ複雑で高度な工程を経ないとガオガイガーになれない事を意味しています。それを成功させたのは凄いですが、実戦で試した事のないものだったから、その制御時の凱さんへの負担や合体時の各部ダメージなどが想定を超えていたんでしょう」

「えっと?」

「つまりどういう事デス?」

「簡単に言えば、考えていたよりもガイガー及び各ガオーマシンへファイナルフュージョンの与える影響が大き過ぎたんです。だから最初の成功からデータを得て、各ガオーマシンの進入角度や速度などを調整してプログラムを組み直し、次の出撃までに何とか30%まで成功率を上げられたのかと」

「アタシ達で言うとこのイグナイトみたいなものデスか?」

「あれはそういう意味ではディバイディングドライバーの投入ですね。不安は残りますが使わないとどうしようもないと言うところが似ています」

 

 エルの説明で暁さんは頷いていた。私はよく分からないけど、不安があるけど使わないと駄目って言うのは何となく分かる気がする。

 ネフィリムをそういう風に考えて使おうとした人を知ってるから。あの人も、そういう意味では優しい人だったんだと思う。

 

「そうだ。ファイナルフュージョンは切歌さんに分かるように言えばリビルドです」

「ああっ! あの土壇場で響さんがやったやつデスか!」

「はい。理論上は可能ですが、その成功率は極めて低いと言えます。それをあの時の皆さんは成功させました」

「言われてみれば、あの時もアタシ達は勇気とガッツで補った気がするデスよ」

「じゃあ、やっぱり皆さんは勇者なんですね」

 

 詳しい話は分からないけど、きっと凄い事をやってのけたのは分かる。

 勇気とガッツかぁ。私はどうなんだろう? ないとは思わないけど……。

 

「セレナ姉さんもです。今、こうしてここで元の世界のために頑張ってるのも勇者です」

「エル……ありがとう」

 

 そっとしゃがんでエルの頭を撫でる。私はここで姉さんの強さの秘密が分かった気がする。

 エルが、妹みたいな存在が出来て、私は前よりも強くなれたから。エルが見てるって思うとお手伝いや勉強を頑張ろうって思えるし、エルが笑ってくれると私も元気になれる。

 

「すっかりセレナとエルフナインは姉妹デスね」

「「はい」」

「むぅ、やっぱりサビシーデス! エルフナイン、アタシもお姉ちゃんでいいデスよ!」

「えっと……じゃ、じゃあ、僕の事をエルって呼んでくれませんか?」

「エル、デスか?」

「はい。その、その方が僕はここでの僕になれるんです」

 

 その言い方で私は分かった。私がエルに姉さんって呼ばれるのと同じ気持ちだって。

 そっか。エルもエルフナインって呼ばれるよりもエルって呼ばれた方が嬉しそうなのはそういう事なんだ。

 

 多分暁さんもそれが分かったんだと思う。だからちょっとだけ黙った後、元気な笑顔を見せて……

 

「分かったデスよエル」

「ありがとう、切歌お姉ちゃん!」

「っ!? こ、これは思ったよりも嬉しくなるデスね。ナデナデ、デス」

「えへへ、くすぐったいです」

 

 な、何だかエルが暁さんに取られたみたい。髪の色も似てるからとっても悔しい。こ、こうなったら……っ!

 

「およっ!?」

「せ、セレナ姉さん!?」

 

 エルを暁さんから抱き寄せて抱き締める。

 

「あ、暁さん。エルは私の妹です。だって、一緒にお風呂も入るし、一緒のお布団でも寝る事があるんですよ!」

「むっ、それはたしかに負けてるデス。でもでも、エルはアタシとの方が付き合いが長いデス。ね?」

「あ、あの……」

「エル? 姉さんの方がいいよね?」

「エルっエルっ、お姉ちゃんデスよね?」

「え、えっと……」

 

 エルが何故か私と暁さんを交互に見て困ってる。む~っ、そんなに迷う事?

 

「何をしてるの?」

「「っ?!」」

 

 聞こえてきた声は妙に優しい姉さんの声。ここへ来る前ならこの声は大好きだった。でも、ここに来てからは……

 

「ま、マリア姉様……」

「……どうしてエルが若干涙目でセレナが抱き締めてるの? 切歌、説明して」

「え、えっと、これにはふかーいワケがあるんデス」

「ええ、それは分かるわ。そのふかーい訳を教えてって言ってるの」

 

 こ、怖い。姉さんの目が笑ってない。と、そこでエルが腕の中から抜け出して姉さんの前へ。

 

「ま、マリア姉様。セレナ姉さんも切歌お姉ちゃんも悪くないんです。二人は僕を可愛がってくれてただけなんです!」

 

 エルの言葉で私は暁さんを見た。暁さんもこっちを見てた。

 エルは私達が自分を理由に揉めるのを嫌がったんだ。それでどっちかを言ったら余計揉めるって分かってて……。

 

「エル、貴方は本当に優しくていい子ね」

 

 姉さんが本当に嬉しそうに笑ってエルの頭を撫でた。でも私達へ目を向けた瞬間怖い顔に。

 

「それに比べて貴方達は……」

「「ご、ごめんなさい(デス)っ!」」

「いい? エルを大事にするのは分かるけど、無理強いをしちゃ駄目。この子の姉を自称するのならつまらない揉め事を起こさないの。いい?」

「「はい(デス)!」」

 

 そうだった。エルの気持ちを考えてあげないといけなかった。

 

「エルも、はっきり言ってあげて。まだセレナも切歌も姉的な立場は経験値が低いの。エルと同じで、どうやって振舞えばいいかの正解が分からないのよ」

「僕と同じ……」

「だから口に出してあげて。嫌がるかもしれないけど、今の貴方達ならそれでケンカをしてもちゃんと仲直り出来るはずだから」

「「「はい(デス)」」」

 

 姉さんは私達を見て微笑むと台所を出て行った。多分だけどお洗濯物を干しに行くんだと思う。

 

「えっと、ごめんねエル」

「ごめんなさいデスよ」

「いえ、僕も言えば良かったんです。セレナ姉さんも切歌お姉ちゃんも大好きですって」

 

 心がきゅんってなった。エルの笑顔はとっても可愛い。でも、きっとこれが私が笑うのを見てた姉さんの気持ちなんだ。

 

 その後はまた三人で洗い物を再開した。エルはすぐ暁さんの事をお姉ちゃんと呼ぶのが普通になって、暁さんもエルって呼ぶのが普通になってた。

 髪の色が近いから二人の方が姉妹って感じがするけど、もう嫉妬しない。だって、ウルトラマンだって見た目が違っても兄弟だ。大事なのは心の絆だもん。

 

「洗い物が終わったらどうするんですか?」

「そうデスね……」

「私はお兄ちゃんのお部屋の掃除かな」

 

 きっともうすぐここへ来てシャワーを浴びるはず。だからその間にお掃除しないと。

 

「ならアタシもそれにお付き合いするデスよ」

「いいんですか?」

「とーぜんデス。そうだ。セレナもこの際アタシの事を名前で呼んでください」

「名前で?」

 

 思わぬ提案だった。私はずっと暁さんと月読さんってそう呼んでたから。

 

「デスデス。ここでは完全家族デス。さん付けは仕方ないにしてもせめて名前がいいデスよ。きっと調もそう思ってるはずデス」

「……分かりました。じゃあ、一緒にお掃除に行きましょう切歌さん」

「デスよっ!」

 

 何だろう。呼び方を名前にしただけで心があったかくなる。い、いっそ私もお姉ちゃんって呼んでみようかな?

 そんな事を思いながら私は切歌さんと二人でお兄ちゃんの部屋へと向かう。お掃除をして、洗濯物はないか確認して、切歌さんがいるからお布団を持って帰って干してあげよう。

 

 そうと決まればまず姉さんへ相談しないと。お兄ちゃんに私のお布団を貸してあげて居間で寝かせてあげてもいいかって。

 

 

 

「ただいま」

 

 アルバイトが終わって帰ってくると静かだ。エルフナインが居間の掃除を終わってる時間だし当然か。

 ふぅ、少し疲れた。南條さんのお話長いから、気付いたら退勤して十分は経ってて驚いた。

 でも、二十歳の息子さんと会ってみる気ないかって言われてビックリした。だって、私はまだ十六だ。四歳年上って……大体翼さんぐらい。そんな人と私を会わせてどうするんだろう?

 

「あっ、おかえりなさい調お姉ちゃん」

「うん、ただいま」

 

 私が居間の前を通り過ぎるとエルフナインが元気に声をかけてきたので笑顔で返す。

 それと居間の奥に布団が一つ出てそこで誰かが寝てる。布団はマリアのだけど……誰だろ? 切ちゃん?

 

 ……ってあれ? 今何かエルフナインの呼び方がいつもと違った気が……。

 

「ねぇエルフナイン?」

「はい? 何か?」

「えっと、何かいつもと違った気がしたんだけど」

「あ、はい。実は切歌さんをお姉ちゃんと呼ぶ事にしたんです。なので、調さんもお姉ちゃんと呼んでみようかなと」

「……もう一度ちゃんと呼んでもらっていい?」

 

 ちょっと眠い頭じゃ理解出来ない。でも、切ちゃんが切っ掛けなのは分かった。

 

「はい。えっと、調お姉ちゃん」

 

 その瞬間、何かで頭をガツンって殴られたみたいな感じになった。でも痛いとか嫌だとかじゃない。これは、嬉しさの衝撃だ。

 エルフナインの事は前から可愛いって思ってたけど、本当にここではそれがもっと上になってる気がする。

 

「…………何?」

「あ、あの、呼んでみただけですので」

「そっか。うん、そうだよね」

 

 何だろう? 何だか嬉しいけど恥ずかしい。お姉ちゃん、か。呼ばれる事なんてないと思ってた。だからかな、嬉しいし恥ずかしいのは。

 

「あの、それで僕から調お姉ちゃんにお願いが」

「何?」

「その、僕の事をここにいる間はエルって呼んでください」

「エル?」

 

 愛称で呼ばれたいのかな?

 

「はい。その方がここでの僕って感じがするんです」

「……分かった。エル、ご飯食べ終わったらお散歩行こうね」

「はい」

 

 嬉しそうに返事をするエルを見つめて私も小さく笑みを浮かべた。

 台所には一人分のご飯の用意。ちょっと寂しいけど仕方ない。その分私は晩ご飯を絶対にみんなと食べてる。切ちゃんは時々食べられないから今の私と一緒。

 そう思えば辛くないしちょっと大人な感じもする。お仕事帰りでご飯の時間がみんなと合わないって大人みたい。

 

「あら、調。帰ってたのね」

「うん。ただいまマリア」

 

 ご飯をよそってるとマリアが顔を出した。多分だけど庭にいたんだ。疲れてたし眠かったから気付かなかったけど、きっとお洗濯物を干してたはず。

 

「おかえりなさい、お疲れ様。いつものが冷蔵庫にあるわ。セレナ達が帰ってきたら一緒に食べなさい」

「うん、分かった。そういえば切ちゃんは?」

「切歌ならセレナと一緒に只野の部屋へ行ったわ。掃除を一緒にするんだそうよ。で、セレナはついでに只野の布団を持ってくるって」

「そうなんだ。あれ? でもそうすると只野さんが寝れないんじゃ?」

 

 只野さんは布団を一組しか持ってないって聞いた。しかも凄く長く使ってるからペラペラだって。

 

「そうよ、だから今日はここで寝るのを許可してる。ああ、使ってる布団は私のだから心配いらないわ」

「え? マリアの布団貸したの?」

 

 ちょっと意外だ。マリア、そういうの嫌がりそうなのに。と言う事はさっき見たのは只野さんなんだ。

 

「むしろ私以外の布団を貸せないわ。加齢臭もする可能性があるし」

「カレー臭?」

 

 何だろう。スパイシーな匂いって事? でも別に只野さんからそんな匂いした事ないけど……?

 

「調、カレーじゃなくて加齢。要するに年齢を重ねた人からする匂いよ」

「成程」

 

 一つ勉強になった。だけどそうなるとマリアの布団から加齢臭がするようになっちゃうのに。

 

「ああ、心配しなくても私は明日布団を干すから平気よ。まぁ、加齢臭の心配は正直してないけど、念のためにね」

「そっか」

 

 ご飯とお味噌汁を持ってテーブルへ戻る。今日のお味噌汁はワカメとお豆腐。深緑と白が茶色のお味噌汁から時々顔を出してて美味しそう。

 

「いただきます」

「どうぞ」

 

 私が食べ始めるとマリアが向かいに座る。これもいつもの事。多分だけど食べないでも一人にしないようにしてくれてると思う。

 昨日の残りの煮物は味が染みてて夜に食べた時とはまた違う美味しさ。鶏肉がほろほろだ。大根は中まで煮汁の色になっててじゅわ~って美味しい味が広がるし、人参も煮汁の味に人参自体の甘さが加わっててご飯がすすむ。

 

「お代わりする?」

「うん」

 

 私がお茶碗を差し出すとマリアがそれを受け取ってご飯をよそってくれる。

 

「どれくらい?」

「えっと、半分でいい」

「そう……はい」

「ありがとう」

 

 私へお茶碗を差し出すマリアは本当にお母さんみたい。只野さんが言ってた母親モードってこういう事も言うのかな?

 さぁ、ご飯のお代わりも来た事だし、美味しい食べ方をして朝ごはんを〆よう。お味噌汁を少し啜る。うん、いい味。さすがマリア。

 次に具を食べていく。お豆腐もワカメも美味しい。私も結構料理は上手だと思ってたけど、ここでマリアが凄いお料理をしてるのが分かって負けられないと時々晩ご飯を作るようにしてる。

 

 マリアがお仕事の日の晩と、アルバイトがお休みの日の朝は私が作ってる。

 それでも何故かマリアのお料理には勝てない。ううん、美味しいって感じるのはマリアの方だ。

 

「調? どうしたの?」

 

 気付けばお箸が止まってた。それでマリアが不思議そうに首を傾げる。

 

「えっと、どうして私のお料理とマリアのお料理じゃマリアの方が美味しいんだろうって」

 

 そう言ったらマリアは一瞬だけキョトンとすると、すぐに小さく苦笑した。

 

「ああ、そんな事? それはね、誰かが作ってくれたものだからそう感じるだけよ」

「誰かが作ってくれた?」

「ええ。私だって調の料理の方が美味しいと感じるもの。要するに気持ちよ。特に料理を作る人間はそれがどれだけの手間と時間をかけたか分かるでしょ? それへの感謝もあるんでしょうね」

「……納得」

 

 そっか。だから切ちゃん達はいつも美味しいって言ってくれるんだ。

 そう納得出来たところでお味噌汁をご飯へかける。

 

「し、調?」

「何?」

 

 只野さんがよくやる食べ方のねこまんま。お行儀が悪いけどとっても美味しい。

 マリアがお仕事でいない時の晩ご飯だけ只野さんがやってて、みんなで真似して美味しいって……あっ。

 

「一体どこでそんな事を教わったの? いえ、間違いなく只野ね」

 

 マリアには秘密だって言われてたのを今思い出した。疲れててちょっと眠いから忘れてた。ごめんなさい、只野さん。

 

「さてと、只野を起こすのは気が引けるから明日の朝になるわね。朝食を食べた後にちょっと話をしないと」

 

 ああっ、マリアが静かに怒ってる。でも、仕方ない。だってマリアの作ったお味噌汁でこれをやった事ないんだもん。

 

「ずずっ……美味しい」

「まったく……嬉しいけど複雑だわ」

 

 そう言いながら私を見つめるマリアは笑みを浮かべてた。本当に子供を見つめるお母さんみたいに。

 

 

 

「お掃除完了デース!」

「はいっ!」

 

 二人して片手に掃除用の小型ローラーを持って笑う切歌とセレナ。

 仁志の部屋はそれなりに広くローラーで綺麗にするのは面倒なのだが、掃除機を買ってもそんなに頻繁に掃除などしないと思って彼は購入を渋っていた。

 だがセレナが来てから掃除はほぼ毎日の頻度となり、さすがにそろそろ仁志の良心がセレナのためにも小さな掃除機を買うべきかと思い始めてはいる。

 

「それにしても、ホントに物がないデス」

「そうなんです。冷蔵庫もあんなに可愛いのですし」

「デスねぇ。後はレンジぐらいデスか」

「あれ、響さんの話だと一度翼さん達のお部屋へ移動させたそうです」

「何でデスか?」

「あの、一度お兄ちゃんはあのお部屋で暮らす事になったみたいで」

「ああ、そういえばそんな話を聞いたデス。奏さんがお説教してダメってなったんデスよね?」

「はい」

 

 そこで二人して仁志の使っている布団を見つめてやや悲しそうな顔を見せた。

 

「お布団があんなになるまで使うとか、只野さん物持ち良過ぎデスよ」

「というか、本当はもう買い換えたいって言ってました」

「そうなんデスか? じゃ、どうして買い換えないデス?」

「そんな暇がないって言ってました」

「それは嘘デス。だって、只野さんはお休みになると一日中エルと一緒に謎解きしてます」

 

 最近の仁志の休みは、朝マリア達の家で食事をして散歩やジョギングを終えるとシャワーを浴び、そこから時々仮眠を取りながら終日ゲームの謎解きをしていた。

 エルやヴェイグ、時には調や切歌も巻き込んでの謎解きは本気半分遊び半分な雰囲気である。

 それを思い出して切歌は仁志が布団を買い替えない訳を考えた。

 

(きっと何か理由があるデスよ。このペラペラお布団には只野さんの秘密が……)

 

 探偵のような目付きで布団を見つめる切歌だったが、そんな彼女へセレナがあっさりと仁志の隠している考えへ辿り着く。

 

「多分、私達のためにお金を使わないようにしてるんじゃないですか?」

「デデッ、せ、セレナぁ」

 

 折角推理などをしながら楽しもうと思ったのに。そんな恨めしい目でセレナを見つめる切歌だったが、相手はそんな事が分かるはずもなく小首を傾げるのみ。

 

「な、何か間違ってました?」

「いえ、多分そうだとアタシも思うデスよ。只野さん、あのカラオケからお休みの日は絶対謎解きデス」

「ですね。その前は結構お部屋で寝てる事多かったんですけど……」

 

 セレナが思い出すのはまだ未来達が来る前の事。仁志からは休みの日は手伝いなどをしなくていいと言われていたが、それでも夕方には訪れて彼を食事に誘うようにマリアに言われていたのだ。

 

――只野さん、起きてください。もう六時です。姉さんが家でご飯を食べてって。

――…………ありがとうセレナちゃん。じゃ、顔洗ってすぐ行くよ。

――ならドアの前で待ってます。二度寝しないでくださいね?

 

 そう言われ苦笑して眠そうに頷く仁志の顔を思い出すセレナ。

 まだ体が週五の勤務へ慣れていない頃の、少しだけ前の思い出である。

 

「多分お兄ちゃんなりに何とかしたいんだと思います」

「デスね。きっと誰よりもこの異変を何とかしようと思ってるの只野さんデス」

 

 装者達やエルフナインさえどこかでこのままでもいいかもしれないと思い出している部分がある中、仁志はその気持ちを押し殺すように復活したゲームの謎へ挑んでいたのだ。

 そこには、響達一部の装者へ男として心惹かれている事への危機感もある。

 彼はいわば自分のためにも彼女達の世界を何とかしたかった。異変を解決しても会えるのか否か。それだけを知りたくて。

 

「切歌さん、私時々思うんです。ここで幸せになってていいのかなって」

「どうしてデスか?」

「……もしかしたらマムは今、とっても大変なのかもしれないのにって」

 

 今が幸せであればある程感じる罪悪感。セレナはそれを隠す事無く打ち明けた。

 その言葉を聞いて切歌はセレナの体をそっと抱きしめる。

 

「大丈夫デスよ。むしろそんな風に気持ちを暗くしちゃダメデス」

「切歌さん……」

「心の強さが大事って、そうウルトラマン達も言ってたデス。どんな時も諦めず、不可能を可能にする。そのためには希望を捨てない事デス。闇に心を飲まれない事デスよ。幸せは心をあったかく明るくしてくれます。今、アタシ達が明るくないとマム達だって明るく出来ないデスし助けられないデス」

 

 装者の中で誰よりも仁志の趣味からの影響を受けているのが切歌であった。

 ヒーロー達の生き方や在り方は、周囲のために能天気であろうとしている彼女にとって心の支えになったのだ。

 特に仁志から教えられたある名言は切歌の心に非常に強く刻まれた。

 

――いつでも誰かの笑顔のために頑張れるって、とても素敵な事だと思わないか?

 

 それは仮面ライダークウガの名言の一部。切歌はその全文を聞いて強く頷いたのだ。それこそ自分が思っている事だと。

 

(調が、マリアが、みんなが悲しくなってる時こそみんなの笑顔のためにアタシは頑張るんデス。そんな人にアタシはなりたいんデスから)

 

 その台詞が出てくる話のサブタイトルは“恩師”。そういう意味では仁志は切歌の恩師になるかもしれない可能性を秘めていると言えた。

 

「……そうですね。今は暗い考えをしない事が大事なんですよね」

「デスデス。悪意に利用されないためにも、アタシ達はハッピーになれるならどんどんなってくデスよ」

「はい!」

 

 笑顔を見せ合う二人。そしてやる事もないので帰ろうとした時だった。

 

「っと、そうデス。ちょっとだけいいデスか?」

「何かありました?」

「押入れにDVDが入ったクリアBOXがあるんデスよ。前ゴジラの映画取りに行く時に只野さんが気になるのがあればいつでも貸すって言ってくれたんデス」

「へぇ、そうなんですね」

「なので少しだけ物色デス」

「い、いいんですか?」

 

 とたとたと押入れへ近付き、切歌は躊躇なく襖を開ける。

 そこには彼女の言う通りクリアBOXがあったのだが……

 

「あったデス。ん?」

「どうかしました?」

「いや、反対側にゴミ袋があるんデスよ」

「え?」

 

 言われてセレナも切歌と同じように押入れへ顔を入れた。たしかにBOXが置いてあるのと逆側に燃えるゴミの袋が置いてあったのだ。

 それも丸めたティッシュだけが入った物が口を軽く縛って。

 

「何デスかね?」

「捨て忘れたんでしょうか?」

「燃えるゴミっていつデス?」

「えっと、この辺りは昨日だったと」

「じゃあ、きっとそうデス。セレナに見られたら恥ずかしかったから隠したんデスかね?」

「そういえばお兄ちゃんはゴミだけは自分でやるって言ってました」

「じゃ、確定デスね」

「そうですね」

 

 こうして二人はBOXの中を見て“大決戦! 超ウルトラ8兄弟”というDVDを発見する。裏側の簡単なあらすじを見た二人は興奮し、それを近いうちにみんなで見ようと相談するために切歌は隣の響達の部屋へ、セレナは鍵を閉めるとそのまま翼達の部屋へと向かった。

 

 この時、二人は気付かなかったのだ。そのゴミ袋の裏側に消臭用の炭が置かれていたのを。

 

 全ては響とクリスによる仁志への女性としてのアピールによる結果であった。何とか筋トレなどで昇華させていた仁志も、毎日のように可愛い女性と過ごしているのだ。

 それも、一部など自分へ気があるのではと思わせる時もあり、彼も健常な男性である以上どうしてもそういう行為を行いたくなってしまうもの。

 

 その際、彼は決して装者達で邪な欲求を吐き出そうとはしない。しないのだが、その脳内に浮かべる女体は、どこかでよく見ているもしくは見ていた人物達なのであまり意味はないのかもしれない。

 

 そんな彼は、マリア達の家の居間の隅で静かに眠っていた。

 

「やっぱり疲れてるんですね、兄様……」

 

 その寝顔を眺めてエルフナインはどこか浮かない顔をしていた。

 何せあのゲームの謎は解き明かされる事がないまま謎だけが増えたのだ。

 デュオレリックを意味する枠の出現。あれが本当にそれが現時点で出来る装者だけに表示されているのか。それがどうしてもエルフナインには引っかかっていたのだ。

 

(たしかに奏さんとセレナ姉さんは今の時点でデュオレリックが使用可能です。でも、そうなら響さんや翼さん、マリア姉様に調お姉ちゃんは本部へ行けば使用可能です。手元にないから表示されないのでしょうか? そんなに簡単な話なのでしょうか?)

 

 何せクリスはフィーネ達の世界に、切歌はセレナの世界にそれぞれの適合した完全聖遺物があるのだ。そことはゲートが消えた今行き来が出来ない。

 そこへ行く事が出来るようになると言う事なのか、それともホントはデュオレリックを意味していないのではないのか。

 考えれば考えただけ思考が袋小路へと入っていく。それを知るからこそエルフナインは一人で考えるのはある程度で止めるようにしていた。

 

「一人で考え込んでしまう癖は直していかないと」

 

 三人寄らば文殊の知恵。その言葉の意味をエルフナインはこの暮らしで実感していた。仁志やヴェイグと話す時、セレナやマリアと話す時、あるいはクリスや響と話す時など、複数で話す事で自分にはない着眼点や発想を知る事が出来るからだ。

 

(兄様、兄様の視点と知識が僕は必要です。僕が見れなかった戦いや知る事の出来なかった考え。それを知っている兄様がこの異変を解決するために一番向いているんですから……)

 

 だがその言葉をエルフナインが仁志へ言う事はない。言えば仁志が無理するのが見えているからだ。

 だからエルフナインに出来るのは休みの日の謎解きで思った事を全て口にする事だった。

 

「エル……? 何故ここにタダノが?」

「ヴェイグさん……」

 

 そこで現れるのは日向ぼっこしながら二度寝をしていたヴェイグだった。

 

「実は……」

 

 仁志がどうして居間で寝ているかを聞き、ヴェイグは納得すると同時に常々思っていた事を口にした。

 

「いっそタダノもここで暮らせばいいだろ」

「そ、それは……」

 

 エルフナインは知っているのだ。仁志が全て解決した後、自分だけでも生きていけるように考えている事を。

 だからこそ仁志は頑なに一人暮らしを続けている。そこには他人との暮らしで得られる温もりへ溺れてしまわぬようにと言う気持ちもあるのだが、そこまではさすがにエルフナインも知りはしない。

 

「タダノが色々心配してるのは分かる。だが、せめてこの面倒事が解決するまではここで暮らした方がいい」

「僕もそう思います。でも、兄様はやんわりとそれを拒否してますから」

「……もしかしたらタダノは怖いのかもしれないな」

「怖い、ですか?」

「ああ。俺は長い間一人だった。一人で長い間いるとな、誰かといる事が嬉しいが怖くなるんだ」

「え?」

 

 理解出来ないというような表情のエルフナインへヴェイグは仁志の寝顔を見つめながら語った。

 孤独に慣れると孤独から逃れる事を焦がれる反面恐れるようにもなるのだと。一度孤独を抜け出すと、そこへ今度戻った時により一層苦しく辛くなってしまうために。

 

「この異変が解決出来た後、俺達はここへ来る事が出来るのか? あるいは来れたとしても、だ。もうタダノと一緒に暮らす事は出来ない」

「……そうか。兄様はもう終わった時の事を考えているのですね」

「そういう事だろう。大体ここへのゲートは普通とは違った」

「裂け目、でした。そうか……あれが閉じてしまう事は十分に考えられます」

 

 装者ではない二人。だからこそこの世界への想いは装者である女性達とは少々異なる。

 彼女達にはどこまでいっても望む事の出来ない世界が上位世界であるが、エルフナインとヴェイグにとってここは親しい者達が心の底から笑顔になれる場所なのだ。

 

「……僕、こことのゲートが閉じて欲しくないです」

「俺もだ。セレナが、あいつらがここまで幸せそうなのは見た事がない」

「ヴェイグさん、何とか、何とか出来ないでしょうか?」

「…………そもそもあの裂け目がどうやって出来たかも分からない。悪意がやったのか、それともすまほを依り代に変えた力がやったのかも見当がつかない」

 

 そこで沈黙が二人を包む。これまで誰も触れてこなかったが、そもそも誰がこの上位世界へのゲートとも言える裂け目を作ったのか。

 それが悪意とすれば何故閉じないのかが納得出来ない。それが謎の力だとすれば解決すれば閉じる可能性が高い。

 

 どちらに転んでもあまり面白くない結末となる。そう考えて二人は息を吐いた。

 

「どうしたの? 二人して」

「調お姉ちゃん……」

「調か。いや、何でもない。二人で只野がどうしてここで暮らしてくれないのかと話をしていたぐらいだ」

 

 ヴェイグは真実を隠して事実を伝えた。今、装者達に裂け目の事を考えさせるのは時期尚早だと思ったのである。

 

「只野さんが、ここに?」

「ああ。正直そうなれば只野は一々部屋とここを行き来する必要がなくなる」

「それはそうだけど……」

 

 仁志と一緒の部屋で寝る。それはまだ調には若干抵抗を覚える状況であった。ただその抵抗感がどこからくるものかは彼女自身にも分からなかった。

 

「そうだ。ヴェイグさん、一緒に散歩しませんか? 僕、これから調お姉ちゃんと散歩へ行くんです」

「そうなのか?」

「うん。ヴェイグも来る?」

 

 チラリと仁志を見たヴェイグだが、すぐに視線を調へ戻すと頷いた。

 

(タダノが静かに寝れるようにしてやろう)

 

 こうしてヴェイグはエルフナインの腕に抱かれて外へ出る。

 残ったのは死んだように眠る仁志。そして……

 

「ふぅ、やっと干し終わったわ」

 

 洗濯物を全て干し終えたマリアだけであった。

 彼女は静かに居間へ足を踏み入れるとそこで眠る仁志へ目を向ける。

 

「…………こうして見ると変わってないみたいだけど」

 

 静かに仁志のすぐ傍へ移動し、マリアはそこへ正座するように腰を下ろす。

 

「……やっぱり顔が疲れてる。奏から聞いたけど、絶対布団が悪いのよ。買い替えを強く勧めるべきかしら」

 

 呟いてマリアはいっそ自分が使ってる布団を仁志へ渡してしまおうかと考え始める。何せ仁志の存在こそが自分達の存在を保っているのだ。

 

(私の布団が無くなってもエルと一緒に寝れば平気だし……)

 

 実際今も時々マリアの布団へエルフナインがやってくる事はあるのだ。その場合はセレナの布団にはヴェイグがいるのが常である。

 

「只野、貴方が言ったのよ? 何でもささいな内に吐き出してって。貴方、私達に何か言ってきた? 少しでもワガママや文句、言った?」

 

 囁くように、噛み締めるように、マリアは眠る仁志へ問いかける。

 彼女は分かっていたのだ。仁志が何も言わない理由を。ああ言っても、やはり愚痴や不満を言う相手へ響達はそれを漏らす事が出来ないと。

 それは相手の心や状態を慮ってしまうからだ。今相手は弱っている、疲れていると思われると言いたい事を言えなくなってしまう。

 だから仁志は誰にも弱音やワガママを言わないのだ。マリアもそれを分かっているからこそ響達の誰にもそれらしい事を言っていない。

 

 間違いなくこの世界で仁志とマリアは父と母、もしくは兄と姉をやっていたのだ。

 意図した訳ではない。狙った訳でもない。自然年長だからそうなってしまったのである。

 

「私は、貴方だけには弱音も愚痴も言える。あの子達には聞かせられない事もよ。なのに、どうして貴方は私へ吐き出してくれないの? 気を遣ってる? かっこつけ? それとも、貴方の弱さは誰にも見せたくない?」

「……強いて言えば最初と二つ目の合いの子かな」

「っ?!」

 

 聞こえてきた返事にマリアが顔を上げる。そこには目をぼんやりと開けて苦笑する仁志がいた。

 

「お、起こしちゃったのね。ごめんなさい」

「いや、いいよ。多分だけど俺もこの布団の匂いに緊張してるんだと思う」

「匂いって……」

「良い匂いだけど、だからこそ妙な気分。イヴさんに添い寝されてるみたいでさ」

「添い寝、ね。何ならしてあげましょうか? 一時間程度しか一緒にいられないけど」

「余計寝れなくなるよ。嬉しいけど……さ」

 

 言いながら仁志はゆっくりと体を起こすとマリアへ体を向けた。

 

「あれ? イヴさんだけ?」

「え、ええ……。エルは調とヴェイグを連れて散歩へ行ったわ。切歌とセレナはまだ帰ってきてない」

「そっか。ん……じゃあ、少しだけ話を聞いてもらっても?」

「構わないわ」

 

 ゆっくり頷くマリアへ仁志は小さくありがとうと告げて話し始めた。

 

「何も俺は弱さを見せたくないとかじゃない。そこまで馬鹿な男じゃないよ。弱さを認めて受け入れる事が強さの始まりって俺は教えてもらってるから」

「ヒーロー達に?」

「そう。で、勿論本当に言いたい事は言うようにしてる。ただ、自分で言っておいてなんだけど、悪意に関して俺が抱いてる一つの仮説があるんだ」

「何?」

「確証はない。でも、直感的に真実に近いんじゃないかと思う。それは、悪意は俺にまだ手を出せないって事」

 

 言われた意味にマリアは少し考えて息を呑んだ。仁志が告げた内容はそれだけ重たい意味を持っていたからだ。

 

「待って。つまり、貴方はこう言いたいの? 悪意が力を取り戻したら自分が狙われるって」

「正直ね。だから出来るだけ溜め込まないようにしてるんだ。仕事の不満とかはオーナーへ可能な限り吐き出してる。生活の色々には正直嫌な事なんてない」

「本当に?」

「本当だ。だって、出会えるはずがないと思っていた存在達に会えて、しかもこうやって喋ったり遊んだり、しまいには風呂やら寝床やらを一緒に出来たんだ」

「一緒にって、まぁ広義ではそうでしょうけど……」

 

 スーパー銭湯ではきっちり仁志だけが男湯だった。彼はヴェイグとさえもいっしょに入浴していないのである。

 

「イヴさん、今朝も言ったけど、俺は本当に感謝してるんだ。君だけじゃなくみんなに。俺の人生は君達のおかげで大きく変わった。きっと君達と出会わなければ、今も俺は週四の夜勤で満足するように思い込んで、それで限界まで生きてただろうから」

「只野……」

「歌が力になるという、この事実だけは信じて欲しい、だっけ。俺は、それを信じてなかった。あれは所詮物語の中だけだって。でも、違った。子供の頃から色んなヒーローソングに触れて、俺はそれを知ってたはずなのに、君達と出会ってこうして関わり合うまで忘れてた」

 

 そう言って天井を見上げる仁志。マリアは彼が口にしたかつての自分の発言に複雑な表情を浮かべていた。

 

「イヴさん、その、若干聞くに堪えない話かもしれないけど、聞いてくれるか?」

「ええ、どうぞ?」

 

 優しい表情で仁志を見つめるマリア。今、彼は自分へ心情を吐露しようとしてくれている。そう分かったからだ。

 だから受け止めよう、少しでも癒しになろうと、そう思っていたのである。そんな彼女へ仁志は意を決して深呼吸を一つすると重々しく口を開いた。

 

「俺、もう性欲が限界なんだ……」

「……は?」

「実はさ、クリスに毎朝のように甘えられてて。嫌じゃないんだ。むしろ嬉しく思うんだけど、彼女は、ほら、胸が大きいだろ? 肩もみをしてもらった後、数秒だけ背中へ抱き着かれるんだ。そうしてると落ち着くって」

「そ、それで?」

「俺は生殺しだよ。でもクリスで処理なんてしたらもう俺は彼女と顔を合わせられない」

「そ、そうね……」

 

 そこからも仁志はクリスの行動からくる不満を淡々と語った。その内容を聞いてマリアはどう自分が答えたかを覚えていなかった。

 気付いた時には仁志は幾分すっきりとした表情をしていて、マリアの事をしっかりと見つめて微笑んでいたのだから。

 

「ありがとうイヴさん。正直こんな事はイヴさん達年長三人の誰かにしか言えないと思ってたんだ」

「そ、そう。そう、でしょうね……」

「でも、やっぱイヴさんだな。天羽さんって事も考えたんだけど、彼女も結構そういうとこは乙女だと思うんだよ」

「……私は乙女じゃないって?」

 

 微かに怒りを滲ませた声だが、それに仁志は慌てなかった。いつものノリと捉えたのである。

 

「違うよ。イヴさんだって乙女さ。だけど、大人の女をやってくれるだろ? 俺がエロい事を言い出しても騒がず、ちゃんと最後まで聞いてくれるじゃないか。こんな風にさ」

「……きっとそれは貴方が時々私を大人じゃなくしてくれるからよ」

 

 その言葉に仁志が顔をマリアへ向ける。マリアはどこか苦笑するように笑っていた。

 

「只野、貴方の小さな影、たしかに取り除いたわ。要するに魅力的な女性が周囲にいて、しかもその中で自分へ性的なアピールをしてくる相手がいると」

「い、いや、あれはクリスとしては寂しいから」

「それでもよ。あの子だってそんな事ぐらい分からないはずないわ。いくら貴方はこれまで性欲を抑えてきたからって限度もあるもの。一度しっかり言うべきよ。自分も男で、何かの拍子に間違う事もあるって」

「…………やっぱりそうだよな。正直、仕事終わりだから我慢出来てる部分もあるんだ。あれがもしそうじゃない時だったら」

「押し倒す?」

「……多分」

 

 そう答える仁志は苦笑いを浮かべていた。それにマリアはため息を吐いて仁志へ告げる。

 

「理性が飛んでそうなる前にクリスへ忠告。それか、あ、貴方も大人なんだからそういう欲求を溜め込まないようにしなさいよ」

「イヴさん、お言葉はもっともなんですが、一つ忘れてません?」

「何を?」

「俺の隣、今誰がいる? 壁、薄いんだよ、あそこ。あと、意外と男ってそういう欲求毎日吐き出したいもんなんだ」

 

 その瞬間マリアは「ぁ……」と声を漏らして赤面した。彼女は分かってしまったのだ。仁志がそういう事の処理をするには二人揃っていない時ぐらいしかないと。

 そうなると否応なく溜め込むしかない。そこまで考え、マリアは頭を押さえた。このままでは最悪悪意が仁志の性欲絡みの攻撃を行うかもしれないと思って。

 

(只野が普通の男性と分かったのはいいけどこうなるとそれはそれで問題よね。そういう店などへ行けと言っても彼は私達のために散財は避けてるしかと言ってクリスへ手を出しても問題だし……)

 

 真面目に考えているマリアであったが、その顔はずっと赤いままだ。そう、彼女が今仁志の性欲処理について考えているのはある事を考えないようにしているためでもあったからだ。

 

「まぁ、何というか聞いてくれて少しだけ楽になったよ。イヴさん、ありがとう」

「えっ!? え、ええ……」

「で、悪いんだけどもう少しここで寝かせてもらってもいい?」

「か、構わないわ。夕食まで起きなかったら起こすから」

「ありがとう。じゃ、申し訳ないけど……」

 

 もぞもぞと布団の中へと戻る仁志。そんな彼へ顔を向ける事をせず、マリアは他所を向いていた。

 

「おやすみイヴさん」

「……おやすみなさい」

 

 そのやり取りをして五分と経たない内に再び仁志から寝息が聞こえ始める。それを聞いて本当に疲れているのだろうと思ってマリアは息を吐いた。

 そして静かに立ち上がると仁志に近い側のカーテンを閉める。彼へ日の光が当たらないようにだ。が、何故かそのままマリアは動かなくなる。

 

(ど、どういう事!? 只野はノーマルだったのっ!? で、でも、それならどうして彼は私へ一切性的な目を…………ぁ)

 

 混乱する頭で考えて思い出した一つの事実。それは仁志がクリスの行動からくる不満を述べていた時に聞いたもの。

 

「頑張っていやらしい目を向けないようにしてるのにって、そう言ってたわね……」

 

 それは自分にもだと気付き、マリアはそっと仁志へ目を向けた。心なしか最初に見た時よりも疲れが取れているような気がして、マリアは小さく微笑んだ。

 

「……貴方の気持ちは分かったわ。でも、それで貴方の心が濁ったり苦しむなら止めてって、そういうべきかもしれないわね」

 

 仁志が言わなかったクリスの発言を知れば、マリアはどう思っただろうか。

 即座にクリスが彼へ惚れている事を見抜いて手を打っただろうか。あるいはならば私もと言い出しただろうか。

 ただ、眠る仁志を見る目には今までにない優しさが宿っていた。

 

 

 

 チラリと時計を見ればもう六時になりそう。本当に働いてると時間が過ぎるのはあっという間だね。

 

「って事だから気を付けてね。詳しくはノートに書いてあるから」

「分かった」

「おう、後で目を通しておく」

 

 響とクリスへ注意事項を教えて少しすると時刻は午後六時になって退勤しないといけない時間。

 まず裏へ下がって退勤処理をして、オーナーへ挨拶をして上着を脱いでロッカーへとしまう。事務所からカウンター横へと出ると二人が見える。

 響はノートを読んでてクリスはカウンターフーズの廃棄時間の確認かな? 本当にもう慣れてるって感じがする。さすが夕勤のバイトリーダーさんだね、クリス。

 

「響、クリス、お先に失礼するね」

「うん、お疲れ様」

「お疲れさん」

「じゃあね」

 

 自動ドアを通ってお店の外へ出る。少し歩いたところで止まって振り返った。

 窓越しにはレジをする響やクリスが見えた。ちょっと前まで私も同じ格好で同じ事をしていたと思うと不思議な気分。

 

「……何だかやっぱり変な感じ」

 

 言って小さく笑って歩き出す。今の生活を始めて一月近くが経とうとしているけど、未だに慣れない事もある。

 それでも日々は順調であり楽しい。何より響と同じ街にいるのに一緒にいない事がいつもとなりつつある事が私には大きい。

 

 なのにその絆は途切れるどころか強くなっていると分かるんだ。それだけじゃない。これまで関わりの浅かった翼さんや奏さんとは互いに知らなかった面や気付かなかった面などを知り合い、女三人の暮らしも悪くないと思っているぐらい。

 

「学校がないのはちょっと寂しいけど、こうやってお仕事して一日が終わる日って何だか大人になった気分だなぁ……」

 

 微笑みながら思い出す。半月程度分の給料が初めて振り込まれた時、その額は微々たる金額だったけど嬉しく思った事を。

 聞けば響やクリスもそうだったみたいで、装者としての給料とは額が違うのに何故かそれより下手をすれば重たく思えたって言ってたっけ。

 

 で、私達はその理由をこう推察している。きっと、装者と違って定期的に働いてるからだろうなって。

 装者のお仕事は突発的な事が多いし、やってもコンビニのバイトよりも拘束時間短いのがほとんどだもん。だからそれだけ今の方が働いた感じが強いんだね。

 

 あとは対面で実際にお金が動く事を見ているのもあるかも。

 自分がやっている事が自分達の給料に繋がっているんだと、そう実感出来るし。

 

 もう見慣れた道を歩き、私は今の自分が暮らすアパートを目指す。夕日を浴びながら一人歩く事も慣れて、それからくる寂しさもかなり薄れてきた。

 アパートへ到着すると階段を上がって一番手前のドアの前へ。ノックをするとドアの向こうから奏さんの声が聞こえた。

 

「どちらさま?」

「私です」

 

 その瞬間ドアが開いて奏さんが顔を出した。で、にっこりと笑った。

 

「おかえり。おつかれさん」

「ただいまです」

 

 響ではなく奏さんや翼さんに出迎えられる。それも今の私の日常。

 部屋へ入れば翼さんが夕食の支度をしていて、キャベツを細かく刻んでいた。

 何に使うんだろう? サラダ、かな?

 

「今日は何ですか?」

「それは後で教えるよ。とりあえず手を洗ってきて」

「はい」

 

 今のこの部屋では私は末っ子扱い。奏さんが長女で翼さんが次女。でも二人は家事は得意じゃないからそこは私が主に受け持ってる。

 ただ今日のように私がバイトだと主に翼さんが料理を担当する事になっている。ちなみに奏さんは掃除を受け持ってるけど主にシャワールームや洗面台の清掃ばっかりで、他の掃除は翼さんがやる事が多い。

 

 そのせいか、翼さんが自分も何かバイトをしたいって言い出してる。で、それに対しての只野さんの意見は新聞配達っていうもの。

 結局部屋にいる時間が長いからお掃除やお洗濯を頑張らないといけないって気付いて、翼さんはちょっとだけふて腐れたっけ。

 

「洗ってきました」

「よし、じゃあ晩飯を教えるよ。何と今夜は餃子」

「餃子?」

「そ。豚ひき肉にキャベツとニラ。これだけのシンプルなやつ」

「既に皮も購入してある。基本は焼き餃子にするつもりだが、多少は水餃子にするつもりだ」

「ここにさ、餅粉入りってやつあるだろ? これは水餃子にしようって翼がさ」

「わぁ美味しそう」

 

 寮生活ではあまり出来なかったけど、こうやって誰かと一緒にご飯を作るのって楽しい。調理実習とは違うけど、それにどこか似たものを感じるから。

 餃子の餡を翼さんが作って、皮で包むのを奏さんと私が担当。翼さんも練り終った後で皮包みに参加したんだけど、上手くヒダをつくる事が出来ずに断念。

 仕方ないので餃子を茹でたり焼いたりする方に専念するそう。包むのは私達に任せたって。

 

「はい、水餃子分は終わりました」

「分かった。後は引き受けよう」

「これ、皮足りるかな?」

「ちょっと餡が余りそうですね」

「なら残った餡は肉団子のようにしてスープにでもしよう」

「「ナイスアイディア!」」

 

 賑やかに楽しく時間は流れる。今の私達は家族じゃないけどルームメイトとしては十分に仲が良いと言えるね。

 

「奏さん、それちょっと不格好じゃないですか?」

「いいんだって。焼いたらみんな同じだから」

「どの口がそれを言うの? 私が失敗した時は指差して笑ったのに」

「いやいや、翼のはあたしのよりも酷かったじゃん」

「五十歩百歩だよ。奏のも失敗と言う意味では同じ」

「むっ、そう言われると否定は出来ないけど……」

「ふふっ、いっそ三人で包み方変えてやっても良かったかも」

「「それだ」」

 

 姦しくも華やかに過ごす時間。本当に、少し前の私なら信じられない事だ。

 翼さんや奏さんとこうやって過ごして、関わって、色々な事が見えてくる。響が言ってたように、私も二人の知らなかった事を沢山知った。

 そして多分私の事を二人も知ってくれた。時々口論する事もあるし、つまらない事で意見が食い違う事はある。でも、それが余計私達の絆を強くしてくれる。

 思い出してみれば響とだってそうだった。最初から今みたいになれた訳じゃない。只野さんが言ったように、気を遣って遣い過ぎないと壊れる絆なら早く壊した方がいいんだって、そう開き直ったから私は二人と今のようになれた気がする。

 

 そうして出来上がった焼き餃子と水餃子に肉団子スープ。とても美味しそうなそれを前にしたら三人揃って腹の音が鳴った。

 

「あははっ、同時って」

「は、恥ずかしい……」

「し、仕方ないですよ。こんなに美味しそうな見た目と匂いですし」

「だね。じゃ、食べようか」

「「はい(うん)」」

 

 笑顔を見せ合い、手を合わせて食事を始める。で、その味に感想を言い合う。

 水餃子の口当たりに喜び、焼き餃子の熱さに驚き、肉団子スープの思わぬ美味しさに笑みを零して。

 最初は多いかなって思った餃子も三人で食べ始めればあっと言う間。順調に数を減らして、残り一つとなっちゃった。

 

「……どうする?」

「あたしはもういいよ。どっちか食べな」

「わ、私もいいです」

「ふむ、私が食べてもいいのだが……」

 

 そこで翼さんは小さく笑みを浮かべて手を出した。

 

「ここはじゃんけんで負けた者が食べる事にしないか?」

「「え?」」

 

 罰ゲームのような表現をする翼さんに奏と二人で疑問符を浮かべると、翼さんは立ち上がって冷蔵庫から何を取り出すと悪戯っぽく微笑んだ。

 

「これをたっぷり乗せて食べてもらうんだ」

「「あ~……」」

 

 翼さんが取り出したのはわさび。しかもスーパーなどで無料でもらえるタイプの物だ。

 今日買い物に行った際にお醤油と共に一つもらってきたんだろうな。

 実は、この生活を始めてから翼さんは少々貧乏性が身に付きつつあるみたいで、その最たるものがこのわさびやお醤油。

 

 翼さんがわさびを焼き餃子の上に全部乗せていく。うっ、さ、さすがに凄い見た目かも。

 

「うわぁ、見た目が美味しくなさそうになったね」

「これぐらいじゃないと面白くないから」

「つ、翼さんってこういう事嫌いだと思ってました」

「食べ物で遊ぶのは好きではない。だが、これはちゃんと食べるのだ。なら構わない。私が嫌いなのはそれを食べずに使う事だ」

「いいけど翼、これ、自分も食べるかもしれないって分かってるだろうね?」

「当然。さぁ、では始めよう。最初は……」

「「「グー!」」」

「「「じゃんけん、ポンッ!」」」

 

 結果、見事かっこいいチョキを出した翼さんが即座に敗北。わさびが山と乗った最後の一個である焼き餃子を苦渋の表情で食べる事となるのでした。

 

 その後、口直しに三つで100円のプリンを三人で食べた。

 これもきっと良い思い出になる。そう思いながら私は翼さんと奏さんと笑みを見せ合うのでした……。

 

 

 

「暁さん、休憩行っていいよ」

「はいデス。なら休憩頂きますデス!」

「うん、いってらっしゃい」

 

 店長さんへ休憩宣言して他の人達へも同じ事を言っていく中で時計を見ればもう八時デスか。一生懸命働いてると時間があっと言う間デスよ。

 二階へ上がってレンタルの受付を素通りしてすぐ横のスタッフルームへ入ると、手近な椅子へ座ってだるんとテーブルへ突っ伏しました。

 

「はぁ~……結構疲れるデスね」

 

 訓練も大変でしたが本屋さんも大変デス。まだアタシはそんなに出来る事が多くないからマシデスが、返本作業とか大変そうデスよ。

 それにしてもここはアタシの知らない漫画がいっぱいデス。調も言ってたデスがアタシ達の世界にはない漫画が多いデスし、何より当然ながらうたずきんはないからちょっとそれは残念デス。

 

「う~、もう三分経ったデスか」

 

 残りの休憩は十二分デス。っと、そうでした。

 

「えっと、ウルトラマンウルトラマン……」

 

 スタッフルームを出てフラフラとレンタルDVDコーナーへ。もう既に特撮コーナーは把握済みデス。

 

「ありましたありました」

 

 只野さんオススメの作品がずらりと並ぶ魅惑のコーナーデス。仮面ライダーも初めて見た時こんなにいっぱいいるんデスかと驚いたものデスが、もう今では見慣れたものデス。

 ウィザードも気になるデスが、アタシ的にディケイドが気になるデスよ。だって色んなライダーが出てくるみたいデスし、どうも姿とかまで他のライダーになれるらしいデス。

 

「っと、目的はライダーじゃないデス」

 

 気付けばパッケージを手にして裏を眺めてる自分に気付く。ううっ、どうしてパッケージ裏のあらすじはあんなに気になるデスかね。おかげで休憩だけじゃ時間が足りないデス!

 

「えっとえっと……ウルトラマンダイナの辺りにあるはずって只野さんは言ってたデスね」

 

 今探してるのは只野さんオススメの映画デス。今日お掃除した後に見つけたウルトラ8兄弟の事を話したら、それもいいけどって只野さんが教えてくれた映画があるデス。

 ウルトラマンもTVシリーズをじっくり見てみたいですが、みんなで鑑賞会するには映画が一番だと只野さんが言ってましたし、アタシも同感デス。

 

 あっ、ありました! ウルトラマンダイナって作品がずらりデス。

 

「…………これデスね!」

 

 見つけたのはウルトラマンティガ&ウルトラマンダイナ~光の星の戦士達~って映画デス。

 アタシ達はこのウルトラマンティガやダイナってウルトラマンをほとんど知らないデスが、何でも8兄弟より前にこっちを見た方がいいと只野さんが教えてくれたデス。

 それともう一本。それがダイナの近くにあったティガのコーナーにありました。

 

「ザ・ファイナルオデッセイ……これデース」

 

 みんなでウルトラマンの映画を見て、アタシはもう大ファンになりました。遠い星から来たのに地球のために命がけで戦ってくれるウルトラマン。その目的は全宇宙の平和なんてすっごく大きな事デス。

 色んな超能力を持ってて体の大きさも変えられる。そんな凄いヒーローデスのに、映画の中で言った言葉がアタシの胸を打ちました。

 

――我々ウルトラマンは決して神ではない。どんなに頑張ろうと救えない命もあれば、届かない想いもある。

 

 あの瞬間、アタシはどうしてウルトラマンがヒーローなのかを知りました。あの人達も悔しい想いを、悲しい想いを、涙を、知ってるんデス。

 アタシ達が味わった事と同じかそれ以上の苦しみを知っても、それでも自分の出来る事を精一杯やってる。そう思ったら、そして映画でその意味と凄さを知ったから、アタシはウルトラマンが大好きになりました。

 

「ティガやダイナはちょっと違うらしいデスけど……」

 

 それでも同じウルトラマンデス。それはアタシ達で言うとこの平行世界みたいな感じデスから、きっと大丈夫デス!

 

 パッケージからDVDを抜き取ってレジへ向かいます。で、会員証をおサイフから取り出してっと……。

 

「お願いするデス!」

「はーい」

 

 アタシの渡したDVDケースと会員証を受け取って笑顔を見せてくれるのは愛衣さんデス。年齢はマリアぐらいの可愛い感じのお姉さんで、何と社員さんなんデス。

 

「切歌ちゃんって弟さんでもいる?」

「ほえ? いないデスけどどうしてデスか?」

「ああ、ごめんね。こういうのあまり女の子は借りないから」

 

 まさかの質問に答えたら愛衣さんがそう言って苦笑してました。そういえば只野さんもアタシの事を珍しいって言ってたデスね。

 

「そうなんデスか。アタシはウルトラマンとか大好きデスから」

「そうなんだ。まぁ最近のこういうのって俳優さんもカッコイイ人多いし、ありって言えばありかな」

「俳優さん?」

「あれ、違うの? はい、二本一週間で200円」

「はいデス」

 

 只野さんから半分代金を出してもらえるので安心安全のレンタルデス。……いつかTVシリーズのウルトラマンに手を出してみたいデスね。

 ああっ、でも今はガガガもありますしクウガもあるデス。本当に時間がいくらあっても足りないデスよぉ。

 

 

 

 上位世界で全ての装者達が暮らし出し、それぞれがその生活を受け入れ、日々に追われるようになりながらも明るく楽しく生きていた。

 時折根幹世界へ行き何か異常や変化が起きていないかと探る事も翼主体で行われていたが、一向に悪意の痕跡や何か企んでいるような形跡も見つからなかった。

 ただ、本部内で保管していた完全聖遺物は、その厳重な管理体制のために時間が停止している状態では手に入れる事が出来ず、響達のデュオレリックは出来ないままだった。

 

 未来達もアルバイトに慣れ、まるでそれが本当の日常だったかのような錯覚を起こしそうな程平和で穏やかな時間が流れる。

 仁志も唯一マリアへ溜め込みそうな事を吐き出す事によって精神面の安定が保たれ、マリアはマリアで仁志へ不満や愚痴を吐き出す事で溜め込まないようにしていた。

 

 そして週に一度は必ず全員でマリア達の家へ集まり、食事だったり鑑賞会だったりと行う事で情報交換や交流を途切れさせないようにしていたのだ。

 三人の歌姫による動画配信も順調であり、その収入が遂に仁志の収入を大きく超える事になった時には全員で祝勝会のような事を行った。

 

 そして梅雨の時期を迎えたこの日は、もう何度目か数えないといけない程恒例の映画鑑賞会。何とウルトラマンではなく仮面ライダーの映画であった。

 

「楽しみデース。只野さんがお祭り映画であまり情報がない方が楽しいって言ったデスからアタシは裏側のあらすじさえ読まずに借りてきたんデスよ?」

「ごめんごめん。でもこれは仮面ライダー生誕四十周年記念作品だからさ。それだけ気合入ってるんだ」

「四十周年……」

「本当に人気なんですね!」

 

 聞こえた単語に驚く調とワクワクから笑顔のエルフナイン。もう仁志との触れ合いで見事な特オタ予備軍となった少女に仁志は深く頷いた。

 

「四十年もやってるのに数は合わねーのは何でだ?」

「多分だけど毎年やってた訳じゃないんじゃないかな?」

「そういう事。ライダーシリーズやウルトラシリーズは何回か休止してた頃がある」

「そうなのね。じゃ、そういうのなく続いてる物はない?」

「それがあるんだ。毎年毎年途切れる事無く続くヒーロー物が」

 

 そう言って仁志は切歌へ顔を向けて問いかけた。

 

「暁さん、その答えをどうぞ」

「ピンポーン! 正解は、スーパー戦隊デスっ!」

「「「「「「「「「スーパー戦隊?」」」」」」」」」

 

 響と切歌以外が揃って同じ反応を見せた。既に彼から教えてもらっている二人だけがニコニコと笑っている。

 

「今度はその映画を借りてきてもらおう。とりあえずまずはレッツゴー仮面ライダーを見てもらいたいし」

 

 そうして始まる映画鑑賞会。これまでは最初のゴジラを除いて全てウルトラマンであったため、正しい形で仮面ライダーの動くところを見るのは仁志以外誰もが初めてであった。

 

 物語の始まりはやや唐突に。仮面ライダーオーズと呼ばれるヒーローが謎の怪人を相手に戦っているところから始まったのだ。だが、それらは本来彼が戦うヤミーと呼ばれる存在ではなかった。

 その怪人達はイマジンと呼ばれる存在であり、よりにもよって逃げた先にいた少年の記憶を使ってその時代から四十年前へとタイムスリップしてしまう。

 途方にくれるオーズの前に別の仮面ライダーであるNEW電王が現れ、時を駆ける列車であるデンライナーでオーズは彼と共にイマジン達を追う事に。

 

「何だか話が壮大だな……」

「ウィザードとはデザインがかなり異なるな、この二人は」

「時間移動出来るなんて……イマジンは恐ろしい存在です」

「それを倒すためにデンライナーがあるんだろうね」

 

 過去に介入してはいけないというデンライナーオーナーの言葉に従い、オーズである火野映司は大人しくデンライナーの中で待つ事にするが、相棒であるグリードのアンクは腕だけになって密かにデンライナーを抜け出してしまう。

 

 NEW電王はイマジン達をしっかり仕留め役目を果たすものの、自分以外のグリード達が目覚めていない時代でメダルを回収しようとアンクが抜け出していた。だがそのせいでセルメダルと呼ばれる物がその場へ事故により一枚残されてしまう。

 全てが終わったと思ってその場を立ち去るNEW電王達だったが、その落ちていたセルメダルがその時代の悪であるショッカーの手へ渡る事となってしまったのだ。

 元の時代へ戻った映司とアンクだったが、その様子が明らかに違う事に気付いて疑問符を浮かべる。様々な事を経て四十年前に滅ぶはずだったショッカーが生き残り、歴史が変わってしまった事を知る映司達。

 

 それでも映司は仮面ライダーとして一人でも戦う事を決意し変身、強大な悪の組織と化したショッカーへと単身戦いを挑むのだった。

 

「カッコイイなぁ、映司さん」

「仮面ライダーという名の意味と重み。それを彼は知っているのだろう」

「お人よしだけどいざとなればその身を傷付けるのを厭わない、か。まさしくヒーローだわ」

 

 子供達を守るために一人ショッカーと戦う映司。だがそんな彼の耳にバイクのエンジン音が響き渡る。

 現れたのは二人の仮面ライダー。始まりの男達、仮面ライダー1号と2号だった。

 最初は味方かと思ったオーズだったが、ダブルライダーはあろう事かオーズを攻撃。その強さの前にオーズは窮地に立たされるもコンボの力で何とかその場から離脱する。

 

「同じ仮面ライダーが敵だなんて……」

「これじゃオーズが可哀想デスよ」

 

 ダメージを負いながらも二人の少年と共に逃避行を続ける映司。そこへジェネラルシャドウと名乗る改造魔人が立ちはだかる。

 少年達を守るために変身し戦う映司。だが万全の状態でもない彼が幹部怪人を相手に勝てるはずもなく、次第に劣勢へと追い込まれていく。

 

 そこへデンライナーが現れ危ないところを救われる映司達だったが、歴史が何故大きく変わったのかを知る事となった。

 ショッカーは独自に作り上げていたショッカーメダルへセルメダルを加える事で強力なショッカーグリードを誕生させ、何とダブルライダーを倒してしまった。その後、彼らを洗脳処理で手先とする事でショッカーは今日までの繁栄を築き上げる、そんな歴史が出来上がってしまったのである。

 ダブルライダーが悪となった事で本来続くはずだった歴代ライダーも存在が消えてしまい、映司達の時代も大きく様子が変わる事となったのだった。

 

「過去が変わって未来が変わる、か……」

「本来いた存在が消えるのは、どこか私達に近いですね……」

 

 映司は一人現代へ残り戦う事を決意し、過去を正しい流れに戻す事をNEW電王である野上幸太郎へ託す。

 二人の仮面ライダーによる時代を超えた共同戦線が張られた瞬間であった。

 

「相手は強大。だけどそこで苦しんでいる人がいるのなら……」

「やっぱりヒーローはそうなんだよ。目の前で助けを求める人を見捨てられない。そんな優しくて強い人達なんだっ!」

 

 再び四十年前へやってきた幸太郎達は、セルメダルを手に入れようとするショッカーのブラック将軍や少年仮面ライダー隊を名乗る子供達と知り合い、更に洗脳前のダブルライダーとも合流。争奪戦の結果ブラック将軍に奪われたセルメダルもダブルライダーがすり替えた偽物であり、その発信機の反応を追って三人の仮面ライダーはショッカー基地へと向かう。

 

「いつの間にすり替えたんだよ……」

「クリス、そういうのはこういう特撮ではいいっこなし」

「ライダーキック、カッコイイデス!」

「武器も何も使わないで戦うって響さんみたいですね」

「私も思った。ダブルライダーってどうして素手なんですか?」

「ダブルライダー達昭和ライダーは改造人間、つまり生物兵器だ。その全身が武器なんだよ。まぁ、平成ライダーは武器を持つ事多いけど、それはほとんどが君達と同じで強化服を着てるに近い状態だからだし」

 

 物語は中盤の山場を迎える。何とショッカーはセルメダルを既に最初の時点ですり替えており、結局ショッカーグリードは誕生してしまう。

 その強さはダブルライダーでさえやはり敵わず、更にはデンライナーもカメバズーカによって破壊されようとしていた。一時撤退を余儀なくされた幸太郎達だったが、その行く手をショッカーグリードが阻む。

 それを見てダブルライダーは自分達が囮となる事で幸太郎達を逃がす事に。死ぬかもしれないと分かっていても、幼い二つの命を守るために二人はショッカーグリードへと挑んでいく。

 

 火の手が上がるデンライナー。その乗車口から遠くなっていく自分達の姿を見つめる幸太郎達へダブルライダーは叫ぶ。

 決して正義は負けない。俺達は悪には屈しないと。その言葉を嘲笑うかのようにショッカーグリードがダブルライダーを蹂躙し、足蹴にする。それを見て少年の一人がデンライナーを下りてしまう。

 それを助けるため、幸太郎の相棒であるイマジンのテディが後を追い駆けた。もう引き返せないデンライナーは、そのままその時代から離脱する事しか出来なかったのだ。

 

「……ナオキ君、どうなったんだろう」

「だ、大丈夫デス。テディもいますし、ダブルライダーは絶対死なないって言ったデス」

「悪には屈しない。そう言ってた二人を悪の手先にするなんて、ショッカーは酷い」

 

 現代ではオーズが一人ショッカーを相手に奮戦を続けていたが、それも多勢に無勢。遂に追い詰められ映司は捕まってしまう。

 一方で幸太郎達は現代へ帰還するも、そこであの後起きた事を知り愕然となる。

 ダブルライダーは捕えられ、ナオキはテディと共に少年ライダー隊と抵抗を続けたものの、力及ばずテディが息絶え、その彼を目印として隊員の証であるバッチと手紙を埋めたのだ。

 過去を戻す事も出来ず、むしろ悪化してしまった事に絶望しかける幸太郎をモモタロスがアンクの体へ憑依する事で奮起を促したのも束の間、そこへ現れたショッカー怪人達から幸太郎達を逃がすためにモモタロスはアンクと共に殿を務める事に。

 

 だが幸太郎も結局捕えられ、映司達三人が見せしめとして公開処刑される事となる。

 

「そんな……もう、もうどうしようもないんですか?」

「タダノ、どうなんだ?」

「セレナちゃんもヴェイグも思い出してくれ。ウルトラマンでもゴジラでも、最後まで諦めなきゃ必ず希望は輝くって見てきただろ?」

 

 大勢の人々が見つめる中、十字架に張り付けられた映司、幸太郎、モモタロスとアンクの姿があった。

 ショッカーへ刃向う者はもう誰もいないと、そう高らかにジェネラルシャドウが宣言する中、そこへダブルライダーが現れる。

 その出現を喜ぶショッカーだったが、ダブルライダーはそんなショッカーへ毅然とした態度で反論を始めた。

 そう、二人はもう洗脳から解き放たれていたのだ。それでも千載一遇の機会を窺い、敢えて悪とのそしりを受けながら虎視眈々と反撃の時を待っていたのである。

 

 更にその隙を突いてオーズドライバーをショッカーからミツルが奪い返すもすぐに取り押さえられ、オーズドライバーが地面へと転がってしまう。その時、彼が叫んだ言葉が奇跡への幕開けとなる。

 

――ライダーに渡してっ!

 

 その声を受け、今まで何も出来なかった人々が一丸となってオーズドライバーをショッカーへ渡すまいと処刑広場へ殺到、戦闘員や怪人を恐れずオーズドライバーを受け渡し合っていく。

 最後に白衣の男性がそれを受け取り、無事映司の手へオーズドライバーが戻る。更に幸太郎も助け出され、二人はその場で変身。

 オーズとNEW電王がダブルライダーと並び立つ。その姿にショッカー怪人達が驚き、人々から歓声が上がる。

 

「「「やったぁ!」」」

「やべぇな。ちょっとだけウルッときちまった」

「力無き人々の応援と声援。それをもたらしたのは最後まで諦めない心、か」

 

 しかしそれでも戦力差は大きい。四人のライダーだけでは大勢のショッカー怪人達を相手にするには厳しい。

 そこへ響き渡る声。力強い叫びと共に現れたのは赤い仮面のV3だった。それに驚くショッカーへ、まだまだいるぞと次々と飛び込んでくるライダー達。

 

 それは、人々の中にあったライダーへの想いが起こした奇跡。存在は消せても想いまでは消せず、それが消滅させられたはずの歴代ライダー達を復活させたのである。

 デンライナーのオーナーによるその説明に人々が賛同するように歓声を上げるのを聞きながら、オーズ達は大反撃へと移っていく。

 

「存在は消せても想いまでは消せない……。クリスちゃん、これって」

「ああ。何であの人があたしらへ見せたか分かった」

「これを、これを只野さんは私達へ伝えたいんだ。悪意がショッカーならば、我々は仮面ライダー。だが、そんな我々を繋ぎ止めてくれたのが只野さん」

「でも、そんな只野が想いを消さなかったのは響がいたから、か」

 

 昭和ライダーだけでなく平成ライダー達さえも姿を見せて戦う。Wなどは変身まで披露しての参戦だ。

 こうしてオーズまでの仮面ライダーが勢揃いした。強大な悪に立ち向かうため、人々の祈りを、想いを受け、人類の自由のために戦うヒーロー達が。

 

「おおっ……」

「圧巻……」

「敵なしって感じです……」

「そうさ。君達が勢揃いした時のように、こうなったらもう負けはない。そう見てる人達に強く思わせてくれる何かがあるんだよ」

 

 次々とショッカー怪人達を蹴散らしていく仮面ライダー達。そんな中、ショッカーグリードと戦うオーズの前にダブルライダーが姿を見せる。

 ショッカーグリードは自分達に任せろと告げるダブルライダー。それに対して心配するオーズだが、彼へ二人は力強く心配するなと告げる。その声に込められた想いと決意にオーズは後を託してその場を離れる。

 始まる因縁の再戦。一度はショッカーグリードに負けたダブルライダーだったが、二度目の敗戦はないとばかりにその連携を以ってショッカーグリードを追い詰めていく。

 大きく吹き飛ばされてショッカーグリードが弱ったのを見て、ダブルライダーはここが勝機だと頷き合って大地を蹴った。

 

――ライダァァァァダブルキィィィィクッ!!

 

 必殺のライダーダブルキックがショッカーグリードを大きく蹴り飛ばし、岩山の壁面へ叩き付けるや爆発四散させる。見事に勝利をもぎ取ったのだ。

 

「「今の技、私(アタシ)達みたいです(デス)……」」

「実際暁さんと月読さんはダブルライダーに近いかも。技の1号と力の2号って異名があるけど、二人も力と技って感じだし」

「間違いなくアタシが力デスね」

「なら私が技?」

 

 ダブルライダーが勝利した頃、オーズ達はショッカー首領の力の前に苦戦を強いられていた。

 そこへショッカーグリードから手に入れたショッカーメダルを持ってアンクが現れる。そしてモモタロスからイマジンメダルを入手し、それを使ったコンボをオーズへ使えと指示した。

 見知らぬメダル二枚を使った“タカ”“イマジン”“ショッカー”の“タマシーコンボ”となったオーズは、その強力な能力を使いショッカー首領を大きく吹き飛ばす事に成功する。

 だが、戦いはそこで終わりではなかった。ショッカー首領は本当の姿である岩石大首領となって復活。その巨大な姿と力で仮面ライダー達を窮地へ追い詰めていく。

 

「う、ウルトラマンデス! ウルトラマンを呼んでくださいデスよぉっ!」

「まさかの巨大化」

「反則もいいとこじゃねーかっ!」

「初めて巨大ノイズを見た時の我々と同じだろうか?」

「いや、ただの巨大じゃなくて超がつくやつだよ、これ」

「こ、こんな大きい相手に勝てるんですか?」

「セレナ、きっと大丈夫だ。こいつらもヒーローだ。不可能を可能に変えてみせるだろう」

 

 もうダメかと思ったその時、オーズ達を助けるように更なる仮面ライダー達が姿を見せる。彼らの援護により、体勢を立て直す事が出来たオーズ達は全員での一斉攻撃を仕掛ける事にする。

 それぞれがそれぞれの愛機であるバイクへ乗り込み、崖をカタパルトのようにして空中へと駆けて行く。

 

――オールライダーブレイクっ!!

 

 40の形を取りながら岩石大首領へと突撃していく仮面ライダー達。そのエネルギーと威力に岩石大首領は爆発四散。

 戦いが終わった後で少年の前へ現れる白衣の男性。彼こそショッカーに捕まっていた少年の父親であり、四十年前に別れたナオキ少年の姿だったのだ。

 

 こうして全ては終わった。歴史が正しく修正された事で間違った未来がなくなり、元々の日々が戻ってきたのであった。

 

「って、こんな感じ。お祭り映画だから粗は目立つかもしれないけど」

「アタシは面白かったデス! 仮面ライダーのカッコよさはウルトラマンとは違うってのもよく分かりました!」

「そうだね。仮面ライダーはどこまでも人なんだって分かった。だからこそ、その力を正しい事、みんなのために使う事を選ぶんだって」

 

 仁志の趣味への理解が深い切歌と響がまずそう告げる。二人はすっかり仁志の好きなヒーローものへはまっていたのだ。

 

「私はあのダブルライダーの在り方に防人の在り方を、守りし者の在り方を見ました。耐えがたきを耐え忍びがたきを忍び、人々のためにその力を振るう事。異形となりながらも人の強く優しい心を持ち続ける事。只野さんが好きなのも納得です」

「あたしはやっとダブルライダーってのがどういうのか分かって嬉しかったよ。それに、うん、翼が言うようにカッコイイ生き方だよ」

「子供の味方というのも私は好印象ね」

「イヴさんとしては、終盤のダブルライダーの台詞は少し昔を思い出させられなかった?」

「っ……ええ、若干思い出したわよ。でも私と彼らは違う。彼らは守るべき人達さえも悪として欺かなければならなかった。そのためにしたくもない暴力も使ったのでしょう。私よりも辛いはずよ」

 

 自分へ置き換えて考えれば、あのアルゴスの眼を入れられた際の状態に近いと分かる。しかも、力を振るう相手は同じような力を持つ者達ではなく力を持たぬ相手なのだ。

 しかもその相手達からある意味で恐れられ、嫌がられる。そう考えればマリアは耐えられるだろうかと思ってしまうのだ。しかも、それを四十年近くもの間に渡って。

 

「兄様、あの途中で出て来た四人は何ですか?」

「ああ、イナズマン、キカイダー兄弟にズバットだ」

「兄弟? そっか。だから兄さんって言ってたんだ」

「彼らは仮面ライダーの生みの親が考えたヒーロー達なんだ。お祭り作品でもあるからああいう形で登場って訳」

「成程な。道理で唐突だった訳だ」

 

 ヴェイグが納得するように他の者達も頷いていた。

 そして映画を観終わったからこそ仁志への質問が続発する事となり、その結果仮面ライダー講座が開かれる事となった。

 

「まず、ウルトラ8兄弟でも軽く話をしたけど、仮面ライダーとウルトラマンは昭和と平成で大きく雰囲気が異なる。これはいい?」

 

 全員が頷くのを見て仁志はならばと話し始めた。

 ウルトラマンの中での違いと言っても、大きな違いは宇宙人か人間かという程度で済む。だがライダーは基本設定そのものから変わってしまう。

 元々は改造人間と言って普通に暮らしていた者を捕まえ改造し、人間であって人間ではない存在となったのが仮面ライダーだった。

 それが平成に入り、人体改造が少々問題視されるようになると考えた製作会社が“古代から存在する謎の輝石の力”や“光の神が与えた進化の力”などの改造ではない手段で変身する事にしてしまった。

 そういう設定が進んだ結果、ライダーはアイテムがなければ変身出来ない事となり、しかも場合によっては誰でも変身可能となってしまったのだ。

 

「……ま、そんな感じがライダーとウルトラマンの違い。平成ウルトラマンも道具がないと変身出来ないのは一緒だけど、彼らは道具さえあれば誰でもはさすがにやってないから」

「つまり、最近のライダーはそれだけ身近って事?」

「そういう見方も出来るね。ただ、君達のギアと同じで起動出来るとしても元の持ち主みたいに扱えるとは限らないってとこ」

 

 そう表現すると全員から納得するような声が上がった。やはり分かり易い物で例えられると理解が早いのだろう。

 そしていよいよ仁志的には一番大きな違いを説明する事に。

 

「ライダーには見て分かったと思うけど変身ポーズってのがある。これは昭和平成問わず存在するんだが、昭和は道具なしでやってる分、カッコイイ。って、訳で今からざっとやるから見てて」

 

 どこかテンション高く仁志はモニターの前へ立つと、表情を凛々しくして構える。

 

「ライダァァァ……変身っ!」

 

 まずは1号。その単純だが力強い動きに全員がふむふむと頷く。

 

「変身っ!」

 

 続いて2号。力こぶを作るような構えで終わるそれに、誰もが力の2号という異名を思い出していた。

 

「ぬんっ! 変身……ブイスリャァ!」

 

 そして3号、V3。1号と2号のポーズを融合させたそれに気付いた何人かが感心するような声を上げる。

 

「と、まぁまずはこのトリプルライダーかな。本当はこのポーズをしてからジャンプするんだけど、それは割愛させてもらった」

「飛ぶんですか?」

「うん。この三人のライダーは風力をエネルギーにしてるんだ。ベルトの風車に風を受ける事で力へ変えるんだよ。ライダーキックが必殺技になるのは、あの凄い跳躍で受けた風力エネルギーを攻撃へ転用して叩き込むからなんだ」

「成程ねぇ。ただ単に飛んでるんじゃないんだ」

「1号と2号はバッタ。V3はトンボがモチーフらしい」

「バッタとトンボですか?」

「そう。その能力を持つ改造人間。彼らは人間の姿こそが仮の姿で、ライダーの姿が本当の姿になってしまったんだ。ウルトラマンと異なるのはそこもある」

 

 その言葉で誰もが息を呑んだ。ある一定の年齢まで普通に生きていたのに、ある日突然それを奪われ怪物とされてしまう。

 それを聞いて響達一部の者が思い出す者達がいた。当然仁志もその悲しい者達を思い出さないはずがない。

 

「ノーブルレッドの三人に言ってあげたかったよ。例え体は怪物にされても、魂さえ、魂さえ人間であろうとすれば人間なんだと」

「只野さん……」

「実際、昭和ライダー達はそう思って戦っていたんだ。人でありながら人でない。そんな悲しみは自分達だけでたくさんだって」

「あいつらは、そこまでの強さはなかっただろうな……」

「仕方ない。彼女達の方が辛い部分もある。少なくても見た目は人間らしかったが、その命を保つには稀血が必要だったのだから」

「実は、それと同じような設定のライダーもいるんだ。一定期間で体中の血液を入れ替えないと拒絶反応が出ていずれ死んでしまうって感じの」

 

 今度こそ響達は言葉がなかった。それでもその話をして欲しいと促すように強い眼差しを仁志へ向けた。

 

「彼は惚れた女と認めた男のために組織を裏切り反旗を翻す。結果、その血液を入れ替える事が出来なくなり、ゆっくりと弱っていくんだ。それでもその事を隠して彼は戦い続ける」

「……死んでしまうんですか?」

「俺は死んでないと思いたいけどね。きっと、彼は誰かの飼い犬として生き長らえるなら人として死ぬ事を選んだんだと思うよ」

 

 そしてそれはノーブルレッドの三人もかもしれない。その言葉を飲み込み、仁志は息を吐いた。

 気付いたのだ。響達が戦ってきた相手はそういう意味ではヒーローになれなかった者達だと。

 与えられた力、技術。それらを闇の方向へ使ってしまった。それが彼らには光だと思ったのだ。

 サンジェルマン達もヴァネッサ達も、その心は優しく強いはずだったのに。

 

「ただ、彼女達は体を元に戻したいってのが願いだ。だから奇跡に縋るしかなかった。神の力なんていう、得体の知れないものに」

「只野さんでも分からないのですか?」

「君達の戦いとかであの力の凄さとかは分かったけど、あれが本当はどんなものかは明かされたようで明かされてないからね。Gストーンの方が分かり易いよ」

「デスデス。あれは勇気をエネルギーに変えてくれるデスからね」

「そう。要は生命力だ。強い生命力を持つ者に力を与える。でも神の力は違う。あれは強い心を持っていないと飲み込む力だ。だから神の力じゃない。あれは神にも悪魔にもなる力だと思うよ」

 

 その表現に響達神の力を知る者達が頷いた。実際響でさえ飲み込まれ破壊を行った事があるのだ。

 

「あの力があればエルザ達は戻せたと思いますか?」

「難しいね。シェム・ハのやった事から逆算すれば可能だったとは思うけど、それには完全にあの力を制御出来る事が前提条件だ」

「つまり彼女達があの力を手にしたとしても……」

「願いは叶わなかった、か……」

「だとしてもっ! 私は、それを夢見て頑張ったヴァネッサさん達を可哀想なんて思いません!」

「響……」

 

 立ち上がって拳を握る響を未来は見上げて笑みを浮かべていた。

 それでこそ立花響と思ったのだ。

 

「そうデスっ! エルザ達は最後に見せてくれました! 自分達は人間だって!」

「うん、強く優しい人間の心。それをちゃんと私達に見せてくれた」

「人の本質は追い詰められた際や今際の際に出ると言う。そういう意味で言えば、彼女達はたしかに人間だった。美しく気高い人の魂を持つ、な」

「ええ、そうね。彼女達がいなければ私達はあの時、間に合わなかった」

「最後の最期にヒーローになったんだよな、あいつらは。世界を、地球を救う、ヒーローに」

「闇に飲み込まれる事に最後は抗ったんだよ。誰もがみんなヒーローになれる。うん、今分かった。ヴァネッサさん達もやっぱり仲間だったんだって!」

 

 その響らしい締め括りに誰もが笑みを浮かべて頷いた。

 奏やセレナ、ヴェイグさえもだ。知らない相手だろうと響がそういうのならそういう者達だったのだろうと思って。

 

 と、そこでどこからか音が聞こえて全員が同じ場所を見た。それは依り代が入った首掛け袋。

 

「エル、見てくれないか?」

「は、はいっ!」

 

 少し慌て気味に首掛け袋を手にし、エルフナインがその中からスマートフォンを取り出すと、もう慣れた手付きでアプリゲームを起動させて仁志へと差し出した。

 

「兄様どうぞ」

「ありがとう。えっと、中央に移動するな?」

 

 出来るだけ全員に見えるようにと仁志が居間の中心へ座り、彼の周囲を取り囲むように響達が動いた。

 

「……まずはメイン画面に変化なし」

「ですね」

 

 相変わらずステータスとミュージックボックスのみの表示。そして前回のような通知のアイコンもなかった。

 ならばと仁志はステータスをタップする。すると、一つ地味な変化が起きていたのだ。

 

「お~、遂に月読さんもゲージの三分の一が色付いた」

「デスデス」

「でも、どうしてそれで通知音が?」

「分からない。でも、きっと何か意味があるんだろう」

「待って。さっきの通知音は本当にそれを伝えるため?」

 

 そのマリアの発言に誰もがたしかにと疑問を抱いた。

 

「……もしかしてさ、今のはこっちじゃなくてゲートの方にあるとか?」

 

 どこか不安そうに仁志が告げた一言で響達が動き出そうとする。

 

「待ちなさいっ!」

「「「「「「「「っ?!」」」」」」」」

 

 それをマリアの一喝が止めた。彼女は足を止めた八人の装者へ凛々しい表情を見せる。

 

「相手の狙いが分からない以上戦力を一極集中は出来ないわ。翼と奏、クリスに……響と未来。その五人で行って。残りはここで待機。悪意が只野を狙った場合、私だけじゃ守れないわ」

「分かった。だが、それなら小日向をこちらに」

「悪意が入り込んで何とかするなら同じ場所にいる私達より隙が出来そうなそちらよ。未来がいざとなったら払えるなら調査班へ組み込むべきだと思う」

「うし、じゃあ行くよ」

「「「「はい(ああ)っ!」」」」

「五人共気を付けて」

 

 こうして響達が急いでゲートがある翼達の部屋を目指して走り出す。

 それを見送って仁志はマリアと顔を合わせた。

 

「な、ゲートをここへ移動させないか?」

「奇遇ね。私も今そう言おうと思ってたの」

「……じゃ、翼へ連絡するよ」

「そうして」

 

 この数十分後、響達は再びマリア達の部屋へ戻ってきた。ゲートとなっているノートPCを持って。

 ゲートは居間のモニター横が定位置に決まり、その設置を終えたところで響達からの報告が始まった。

 ゲート内に大きな変化はなかったものの、とりあえず根幹世界のゲートを見に行こうとなり、五人でそこへ向かうと何とゲートを塞ぐように巨大な生物、カオスビーストが居座っていたのだ。

 

 交戦して撃退しても同じ事の繰り返しになると踏んだ五人は撤退を行った。だが、今度は裂け目を塞ぐ形で別のカオスビーストが配置されていたのだと言う。

 それと交戦して何とか撃退しこうして帰ってきた。その話を聞いて仁志は不安そうな表情を浮かべた。

 

「つまり、罠?」

「いえ、おそらくですがゲートが封鎖された事を教えてくれたと私は思います」

「あるいはあのとんでも共を悪意が支配下に置いたって教えてくれたのかもな」

 

 仁志も失念していたカオスビーストの存在。だが、それが彼に一つの疑問を浮かばせた。

 

「なぁ、カオスビーストってたしか世界蛇が生み出した存在だったよな?」

「ええ、そう言っていたわね」

「それがどうしたデス?」

「……なのにどうして今まで悪意は支配下に出来てなかったんだ?」

 

 世界蛇を使役していたはずの悪意がその分身や生み出したものを何故今まで利用しなかったのか。その疑問に誰もが失念していたとばかりに考え込む。

 

 やがてヴェイグが静かに告げた。

 

「おそらくだが、あれも一度滅んだんじゃないか?」

「滅んだ?」

「そうか。悪意は利用しなかったんじゃなく利用出来なかったのか」

 

 奏はそう言って翼達へ悔しげな顔を見せた。

 

「そう思えば妙だと思ったんだ。いくらツインドライブだからって手応えないって感じたし、いっそ倒せばよかったか……」

「ちょ、ちょっと待って奏。ツインドライブって……」

「言いやすいんだよ、こっちの方がさ」

「デュオレリック……ツインドライブ……たしかに言いやすいデス!」

「切歌まで……」

 

 呆れるようにそう言ってマリアはジト目で仁志を見た。見られた方はその視線から目を逸らして考えている振りをしている。

 そんな仁志に小さく苛立つも、そこに彼らしさも感じてマリアはため息を吐くだけで許す事にした。

 

「それよりもカオスビーストです。今の話が本当なら、倒すなら早い方がいいです!」

「だな。俺もそう思うよ。実際以前の状態は倒せないレベルだったんだ。そこまで成長されたら手に負えない」

「よし、今度は俺もセレナと一緒に行ってやる。それなら一体は仕留められるはずだ」

「マリア、どうするデスか?」

「只野さんはああ言ってるけど、倒すとなると……」

 

 切歌と調の眼差しにマリアは一度だけ仁志を見た。カオスビーストを倒すとなれば少数精鋭とはいかない。弱体化していても強敵である事に変わりはないのだ。

 つまり、総力戦。装者九人をゲートの中へと向かわせる事を意味する。その間仁志やエルを守る者は一人もいない。

 

「いいのね?」

「エルと二人で待ってる。総力戦でまず一体。戻ってきた時には祝杯を挙げよう」

「……ゲート近くにいなければ即帰還。深追いはしない。失敗したら即退却。いい?」

「「「「「「「「了解(デス)っ!」」」」」」」」

 

 こうして九人の戦姫達がゲートへと入っていく。それも今までで初めての事だった。

 

「凄かったな、さっきの」

「はい……」

 

 残された仁志とエルフナインはゲートを見つめる事しか出来ない。

 それでも二人は響達の無事を願い、ただただゲートを見つめていた。

 

 そんな二人を見つめるように、黒い雲のようなものがそこから少し離れた位置に浮かんでいた。

 

――やっとここまできたわね……。

 

 どこか不敵な笑みを浮かべるような声なき声を発しながら……。




久々登場の悪意。装者達の心の闇を狙っているかと思えばやはり本命は只野のようです。
ただ、上位世界は悪意にとっても簡単に手を出せる場所ではないので……。

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