シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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遂にゲージを上げていくメリットが判明。ただ、上げ方は未だ確証が掴めない?

それと、今後は鑑賞会などのネタは番外編へ回します。それに本編に関わるだろう部分は大体今までの中で入れられましたので。

でも、せめて最初の番外編だけは読んでくださると幸いです。本編に関係するもので。


陽だまりメモリア

 装者のみんながゲートへ消えて三十分程経過した辺りでスマホに通知音。慌ててゲームを起動させれば何とメイン画面に変化が。

 

「アドベントバトルっ!?」

「な、何なんですか?」

 

 アドベントバトル。それはゲーム内でカオスビーストと戦うものだ。これが出現したって事は、もしかして……。

 

「エル、これはな」

 

 そうやって説明を開始しようとした時だった。

 

「っと、戻りましたっ!」

「「響(さん)っ!」」

 

 ゲートから響を皮切りに翼や天羽さん達がぞくぞくと戻ってきたのだ。

 それも全員怪我一つなく帰ってきてくれた。そして何があったのかを教えてくれた。

 ゲートへ入った瞬間、カオスビーストと即戦闘になったらしい。だが、やはりその力が今までと違うと響達も感じ取ったそうだ。

 九人でカオスビーストと戦うのは初めてだったが、セレナちゃんがツインドライブでその動きを早々に封じ込める事に成功。そこから天羽さんはツインドライブで、響達六人はアマルガムで、最後のトドメに小日向さんが神獣鏡の光を収束させて叩き込むという流れで完封に近い勝利を収めたらしい。

 

「あの感じなら復活させられたというのも納得よ。正直同じ個体とは思えなかったもの」

「……そうか」

 

 イヴさんが全員を代表してそう告げるとみんなが頷いた。どうやらそこまで弱体化してるみたいだな。

 

「兄様、皆さんに先程の変化を話しましょう」

「そうだな」

「変化?」

「まさか依り代に、ゲームに何か起きたんですか?」

 

 翼の言葉に頷いて俺はスマホを見せる。そこにやや禍々しいアイコンが表示されているのを見て誰もが俺へ視線を動かした。

 

「アドベントバトル。これはゲームでカオスビーストと戦うモードだ」

「じゃあ……」

「待ってください。何でそれが今になって?」

「通知音が鳴ったのはついさっきなんだ。みんなが戻ってくる直前と言ってもいい。多分だけど、みんながカオスビーストを倒した瞬間だと思う」

 

 言って俺はアドベントバトルをタップする。すると、そこにはゲームの時と同じような表示の仕方で複数のカオスビーストが表されていた。

 そしてその内の一体がバツ印で消されている。それをみんなに見てもらって確認してもらった。倒したのはそれかと。

 

「……間違いないよ。あたしらが倒したのはこいつ、プロトスだ」

「そっか。となると、そういう事なんだろう」

 

 ゲームは悪意が与えた物ではないと思う。もしそうならこれをすぐに表示させてこちらの不安や恐怖を煽ったはずだ。

 だがそうしなかった。それどころか倒された瞬間にアイコンを出現させてきた。それはある意味でこのゲームが出現した時と似てる。

 

 もしかして、ある条件を満たさないと手を加えられないのかもしれない。あるいは、悪意の力が弱まったかみんなの何かが増した時?

 

「これで残るカオスビーストは四体。内の一体は根幹世界のゲート前なんだろ?」

「おそらくですが……」

「じゃ、ゲーム的な発想でいくと残りの三体もどこかへ配置されてるはずだ」

「三体……」

「じゃああれデス! 一体はマムのいる世界のゲートがあった辺りじゃないデスか?」

「そうか! あたしらのデュオレリックを警戒してる可能性があるな!」

「ならもう一体はフィーネさん達の世界のゲート付近です!」

「そうだな。では、残りの一体は?」

「多分あたしの世界、だろうね。了子さんや錬金術師達もいる。きっとあたしらの力になりそうな場所を警戒してるはずさ。それで計算は合う」

 

 挙げられた場所はどこも可能性が高い場所だ。その理由も分かり易い。だが、どうして急に……。

 

「もしかしたら悪意もこのゲームに気付いたのかもしれません」

「マジデスか!?」

「でもそれなら納得出来る。だって、このゲームのおかげで私達はデュオレリックになれない事を思い出した」

「こうなるのだったら、せめて本部に置かれていた我々の完全聖遺物だけでも無理矢理にでも確保しておくべきだったか……」

「過ぎた事を悔やんでも仕方ないぜ先輩」

 

 そう、そうなんだよ。俺もそれを強く勧めなかった。何というか、まるでもう本部へ彼女達が来れなくなるみたいで。

 きっとそれを翼達も感じてたんだと思う。どこかでいつでも来れる。いつだって帰って来れると、そう思っていたし思いたかったんだろう。

 

「とにかく、こうなると奴らの位置を把握しないとね。何せあたしらが最初に行った時はギャラルホルン前以外は姿形がなかったんだ」

「そうだぜ。それが一旦移動して戻ったらここの裂け目にも一体だ。と、なるとだ。もしかすると今はまだ他のところにはいない可能性だってある」

「そうね。悪意もカオスビーストを全て出現させる程の力はないかもしれない」

「で、でも、ゲームには表示されてるんですよね?」

 

 セレナちゃんがこっちを見てくるので頷く。ただ、これはもしかすると元のゲームからのフィードバックかもしれない。

 何せシンフォギアには神様ってのが本当にいた。それに近しい何かが手を貸してくれてるのだとして、その手段にゲームを利用してないとも限らない。

 

「セレナ、俺はげーむとやらがよく分からないが、それはある意味で元々のものとは異なってるはずだ」

「元々のものと……」

 

 そこでヴェイグは俺を見た。

 

「タダノ、そうだろう?」

「ああ、俺が元々やってたゲームに似せてはいるがかなり違う。これは、俺達へ何かを伝えようとしている何かがゲームを利用してると思った方がいい」

「何か……か」

「それは一体?」

「分からない。でも、俺から言わせてもらえばエンキやシェム・ハなんて神がいる時点で君達の世界は相当凄い。しかも、その神様だった存在が君達の世界だとまだ存在してるのは確定なんだ」

「はぁ!? どういう事だよ!?」

「エンキ達カストディアン、あるいはアヌンナキは君達の世界では遥か昔に地球へやってきて、シェム・ハの反乱後に別の星系へ旅立った事が分かってるんだ。つまり、君達の世界にはまだ神の力を使う存在がいるって事」

 

 その言葉に響達が息を呑み、天羽さんとセレナちゃんにヴェイグは理解出来ないまでも絶句していた。

 それはそうだろうな。敵対する事はないと思うが、正直心穏やかにはいられないかもしれない。

 

「で、ここからはこっちの、いやこっちで作られてる創作物の話だ」

「創作物、ですか?」

「ああ。実はな……」

 

 疑問符を浮かべるエル達へ俺は簡単に話をする。地球に限らず宇宙の星々は生きていて、それが助けを求めたりあるいは自分を守ろうと凄まじい力を与えたりする事を。

 

 具体的には“ウルトラマンSTORY0”や“電撃戦隊チェンジマン”とかだ。

 

「もしかすると、今回のこれもそういう事なのかもしれない。悪意は君達の世界だけじゃなく他の世界まで破滅させようとしている。それを察知した星々や世界そのものがSOSを発した結果が今に繋がってる可能性がある」

「世界が……助けを……」

「あの映画と同じって事ですか!?」

 

 響が言ってるのはきっと超ウルトラ8兄弟だ。ああ、そうだ。あのウルトラマンが番組としてあった世界へ本当の侵略者とウルトラマンがやってくる話。それに今の状況は似てる部分がある。

 

「そうかもしれない。ここには君達はいなかったけど、シンフォギアがあった。それを悪意は利用しようとして、それを察知した世界が助けを求めたんだ」

 

 と、そこではたと気付く。響が初めてここへ来た時の話だ。あの時、響はこう言ってた。ギャラルホルンのアラートが鳴って、そこに来ていた自分達が調査に出たって。

 

「なぁエル? たしかギャラルホルンのアラートってしばらく鳴った後に止まって、そこから座標を突き止めないといけなかったよな?」

「は、はい」

「ちょっと待てっ! でもあの時あたしらはすぐに座標を教えられたぞ!?」

「え、エルちゃんどういう事っ!?」

 

 小日向さんが問いかけるとエルは何かを思い出したかのように息を呑んだ。

 

「そ、そうですっ! 僕が発令所へ行った時にはもうアラートの座標が判明してましたっ!」

「まさかっ! ではアラートと同時に座標も送られたのか!?」

「か、可能性はありますっ! 僕はてっきり友里さんや藤尭さんがやってくれたものだとばかり……」

「……ここに来てとんでもない事になってきたわね」

 

 イヴさんの呟きに同意するしかない。まさか本当に世界そのものがSOSを発信してた可能性があるなんて。

 

「みんな、これは確かめた方がいいと思うんだが、どうだろう?」

 

 俺がそういうと全員が凛々しく頷いた。こうなるとスマホを持って行ってもらうしかないな。

 

「じゃあ、これを持って行ってくれ。それで確認して欲しい。これがもしそうならゲームの謎解きはこの異変を解決する世界からのヒントって事になる」

「分かったよ。行こう、みんな」

「エル、ごめんね。少しの間動けないけどお兄ちゃんと留守番してて」

「はい。セレナ姉さんも気を付けて」

「只野、エルをお願い」

「ああ、みんなも気を付けて」

「いってらっしゃいっ!」

 

 エルが笑顔でそう告げると響達が笑顔で振り返った。

 

「「「「「「「「「「いってきます(デス)」」」」」」」」」」

 

 俺はエルと一緒にみんなを見送った。再び残される形になったけど不安や寂しさはなかった。

 それは、みんながいってきますと行ったからだ。あれが“さよなら”や“またね”とかならきっとこんな気持ちではいられない。

 ああ、でも本当に不味い。もし今回の事を世界そのものが防ごうと動いてるとすれば、それはあの世界蛇との戦い以上に他の世界へ波及する事を意味してる。

 

「エル」

「はい?」

 

 だからこの時間も有効活用したい。少しでも今は情報を集めよう。

 

「もし、仮に今回の異変を世界が察知して君達を動かしたとすれば、だ。それはあの世界蛇との一件を超えると言えないか?」

「……僕も同じ事を考えてました。世界そのものが危険だと判断する。僕はその判断を出したのはこの上位世界だと仮定しています」

「どうして?」

「それは、ここがやはり僕らからしても異常だからです。響さん達が遭遇したグリッドマンやゴジラといった存在。それさえもここでは作品として存在しています。これは、もしかするとこの世界にある創作物は全て平行世界という形で存在しているのかもしれません」

 

 告げられた言葉の持つ意味は想像よりも重かった。それは、俺が好きなヒーロー達が実在するという喜びよりも、それらが悪意に狙われ消されるかもしれないという不安が強かったからだ。

 

「どうして悪意がここへ手を出したのかは明白です。僕らを、戦姫絶唱シンフォギアを消滅させて邪魔者を一掃すると同時に復讐を果たすためでした。なのに、それ以降はここへの悪意の干渉は少ないです。確認出来たのは切歌お姉ちゃんと調お姉ちゃんを操った事。これ以外に現状確認出来る手出しはありません」

「そうなんだよな。だから俺は当分大丈夫だろうと踏んでるんだけど」

「かもしれません。あるいは、大きな干渉を最初にしたから悪意はその力をまた失ったのかもしれません」

 

 そうか。そういう考え方もあるか。初手にして王手は当然だ。悪意はそれで全て終わると思っていたんだ。なのに、世界のSOSによって響が俺と出会い、それが寸でのところで失敗。

 それを悔しく思いながら力の回復に努め、平行世界との行き来を封じ、根幹世界の時間を停止し、じわじわと響達を追い詰めていく方向へシフトしたんだ。

 

 エルは動けないからかいつも以上に思考する事へ意識を割いていた。それは俺が初めて、そして久しぶりに見るエルフナインの姿だった。

 

 エルフナインは語った。悪意は強かではあるがどこかで装者達へ固執している部分もあると。

 その根拠はあのザババコンビを操った事。正直言えば、今の響達の危険度は高くない。その間に他の世界へ手を出し、少しでも力を得るなりすればいい。

 なのにそれをせず、まだ響達を狙っている。そこに悪意の深い恨みと憎しみが見えると。

 

「やり方や行動を見る限り、悪意は一見効率的です。でも、その根底にはやはり感情にも似たものがあるような気がします」

「そうだよな。悪意っていわば人間の負の感情だ。なら、その塊が理知的な行動を取り続けられる訳ないかぁ」

「そういう事だと思います。実際、今回のカオスビーストもそうです。本当に効率を重視するなら装者に負けない状態で復活させられるまで待ちます」

 

 たしかにと思って頷く。こう考えると悪意の行動は全て感情的だ。出来る事があってそれでこちらが困るとなればすぐさま行ってる気がする。

 

「エル、悪意は思慮深いと思うか?」

「……正直言えば半分半分です。最初の動きは思慮深いと思います。実際響さんが出会った相手が兄様以外であったらその目的が達成される可能性がありました。平行世界のゲートを封鎖し僕らの世界の時間を止めた事もです。特に時間停止に関しては発覚が大きく遅れた可能性もありました」

「そうだった。あれは翼が定期的に決まった時間で動いていればこそだ」

「はい。そこまで考えれば悪意は思慮深いと思えます。ですが、今回のカオスビーストは完全にそう思えません」

「……装者が九人いて、今はその全員で動けるのに以前よりも弱い状態で戦わせたから?」

「そうです。もしこれにも思慮深い面があるのなら別の目的があると見るべきかもしれません」

 

 そのエルの言葉は俺には恐ろしく聞こえた。感情的に見えたはずの相手が本当はその裏で権謀術数を張り巡らせている。そう思うと恐ろしい。

 

「別の目的……」

「僕にも分かりません。でも、もしかしたらこの行動にも何か狙いがあるかもしれません」

「そう、だな……。深読みし過ぎたくはないが、最悪を想定するに越した事ないもんな」

「はい」

 

 そこで一旦会話が途切れたので俺は息を吐いてゲートを見た。相変わらずゲームで見た事のあるものが映し出されている。

 みんなは大丈夫だろうか? さすがに九人いて九人ともやられるなんて思いたくないが……どうなんだろう。

 

「兄様」

 

 そう思ってゲートを見つめているとエルに声をかけられた。視線を戻せばそこにはやや凛々しい顔のエル。

 

「皆さんはきっと大丈夫です。だから今は信じて待ちましょう」

「……そうだな」

 

 どうやらかなり心境が顔に出てたらしい。エルに励まされるとは年上失格だな。

 よし、ならここは気を取り直して再び思索タイムと行こう。

 

「カオスビースト弱体化状態で悪意が狙うとしたら何だ?」

「そうですね……装者の皆さんの分断?」

「ああ、そっか。それを餌に惹き付ける」

「あるいは、油断させるためかもしれません」

「油断?」

 

 どういう意味だと首を傾げるとエルは少しだけ不安そうな表情を見せた。

 

「えっと、皆さんが確認したカオスビーストは二体。一体はギャラルホルンへのゲートを封鎖している個体です」

「ああ」

「残りがここへのゲートを封鎖していたと思われる、プロトス、でしたか? その個体です」

「そうだな。もうみんなが倒してくれた」

「そこなんです。僕らがカオスビーストは弱体化していると判断したのがプロトスとの交戦結果でした。でも、本部へのゲートを封鎖しているカオスビーストは弱いとは限りません」

「……っ!? 必ず交戦するだろうこちらのゲート前にわざと弱い奴を置いた!?」

「可能性があります。それに弱いと言っても皆さんが全員でかかって倒せる相手です。これはあくまで想像ですが、もし奏さん達が五人の状態で本部へのゲート前で戦闘を開始すればその背後からプロトスが襲撃した可能性もあります」

 

 言われて息を呑む。そうだよな。響達はカオスビーストを警戒して一旦退却を選んだ。だから本当なら挟撃させるはずだったプロトスをここのゲート前へ配置した可能性だってあるのか。

 

「じゃ、もしかしたら今頃……」

「可能性はゼロじゃありません。でも、僕は皆さんを信じています」

 

 迷う事無く即答するエルに俺は笑みが浮かんだ。うん、そうだ。俺に出来るのはみんなを信じる事だけだ。

 

「そうだな。うん、そうだ。きっとすぐ帰ってくるか」

「はい!」

 

 そこからは話題を変える事にした。暗くなりそうな気がしたのと、この居間に二人だとやはり寂しい感じがあったからだ。

 前向きになれるようにここは明るくエルが好きな方面の話を。という事でロボット関係の話を。

 

 まずはガガガを見てるので勇者シリーズ関連。地球外生命体で機械へ入り込んで体を得ると言うエクスカイザー達の話をしたら目をキラキラとさせた。

 

「凄いです! しかも強化形態まであるんですか!」

「そう。キングローダーッ! って呼ぶとトレーラー型のサポートメカがやってくるんだ」

「トレーラー型、ですか」

「うん。それが起き上がるようにして巨大な身体になるんだ。その中へエクスカイザーが収納されて合体完了」

「成程。エクスカイザーはコアシステムも兼ねているんですね」

「そうなんだよ。サイボーグ凱と一緒」

「ああっ、すごく分かり易いです!」

 

 既にガガガを知ってるから例えに使えばこの通り。そしてついでにグレート合体まで教えるとエルはもう凄いテンションになった。

 おそらくだけど、これ動けたら身を乗り出してるんじゃないだろうかってぐらい。シンフォギア世界も小型のロボットにAI積んで動かすとかやってるし、鉄腕アトムぐらい作れるかもしれないなぁ。

 

「キングエクスカイザーとドラゴンジェットが合体してグレートエクスカイザー……」

「そう。それがガガガでいうファイナルフュージョン」

「そうなんですね。でも、ガイガーは単機でゾンダーロボを倒した事がありませんよ?」

「そうなんだけどね。ガガガの監督はグレート合体があると終盤その形態ばかり使う事になるのが嫌だったんだ。要は1号ロボや2号ロボはかませみたいになる。だから、ならガオガイガーはグレート合体って扱いにしてやろうって感じらしい」

「そうなんですね。だからあんなに強いんだ……」

 

 すっかりエルフナインモードからエルモードとなったのを見て俺は微笑む。大人顔負けの賢さや頭の回転を見せるエルもいいけど、俺は今のように歳相応な表情を見せるエルも好きだなぁ。

 

 この調子でどんどん話そうとそう思っていた時だった。

 

「っと、戻りましたっ!」

 

 元気で明るい声が室内に響いたのは。俺とエルがその瞬間心からの笑顔になったのは言うまでもない

 

 

 

 全員無事に戻ってきた響達。そしてある情報がもたらされた。

 一つはギャラルホルンへのゲートを塞いでいたカオスビースト。その個体は弱くはなかったが、それでも九人だった事もあり撃退してゲート前からどかす事に成功した事。

 

 そしてもう一つは……

 

「やっぱりアラートと座標はほぼセットだったんですね!」

「うん。師匠達に聞いたから間違いないよ」

「おっさん達も最初は妙だと思わなかったらしい。あたしらから聞かれてそういえばってな」

「藤尭さんは友里さんが、友里さんは藤尭さんがそれぞれ座標を調べたのだろうと思っていたそうだ」

 

 スマートフォンサイズの依り代を持って行った響達だったが、それでも本部全体の時間を動かす事は叶わず、出来たのはそれを持たせた時だけ意識を取り戻す事だけだった。

 それでまず弦十郎から情報を得て、確認のために朔也やあおいへも同様の手段で情報を確認。

 最終的に弦十郎は、自分達の事はしばらく放置し原因究明や時間停止の解除手段を探して欲しいと願いを託して依り代を響達へ持ち帰るように告げたのだった。

 

「司令はアタシ達を信じてるって、そう笑ってくれたデス……」

「うん。必ず悪意の野望を食い止めてくれって」

「暁さん……月読さん……」

 

 今までも託されてきた願いや想い。だが、今回は今までよりもその重みが違っていた。

 時間停止された本部の中で動ける時を待つ。その間は自分がどうなってるのかの自覚も出来ないのだ。

 

「只野さんの歌を、みんなで思い出したんです」

「俺の?」

「ええ。お前を信じ全てを託した願いを見捨てるな。まさしくそれよ」

「旦那の想い、願い。それがあたしらの心に重く響いたよ。だけど、それを思い出してみんなで前を向こうってね」

「ヴェイグさんが、きっとお兄ちゃんならそう言うだろうって」

 

 セレナのその言葉に仁志は軽く驚いてヴェイグへ顔を向けた。彼はどこか笑みを浮かべて仁志を見返した。

 

「何か間違ってるか?」

「……いや、間違ってないよ。きっと、そう言って俺も顔を上げたと思う」

「とにかくエルフナインの言う通り、あのサイズならばあの状態でも意識を取り戻せる事が分かった。ただ、身動きは出来ない」

「そうなんですか。では、それだけあの世界への悪意の影響力は強いんですね……」

 

 仁志は考え込むエルフナインを見てから、視線を彼女から響の持つスマートフォンへ向ける。

 

「響、それ、見せてもらっていい?」

「あ、はい」

「ありがとう」

 

 スマートフォンを受け取ると、仁志はゲームを起動させようとしてある事に気付いて首を傾げる。

 

(あれ? もうバッテリー残量が半分を切ってる?)

 

 響達へ託す前はまだ余裕で90%ぐらいはあった。そう思い、仁志はエルへ問いかける。

 

「エル、スマホって今朝バッテリーどれだけ残ってたか覚えてるかい?」

「え? はい。毎日充電してますから100%です」

「……そういう事か」

 

 何故バッテリーが急激に消耗しているのか。その理由が今の状態では一つしかなかったのだ。

 

「エル、これを見てくれ」

「……バッテリー残量が半分を切ってる?」

「そうなんだ。これ、根幹世界で弦十郎さん達を動かしたからじゃないだろうか?」

「そうとしか考えられません……。こうなると皆さんのギアへ欠片を埋め込んだのは正解だったかも……」

「どういう事?」

「ギアへ埋め込んだ欠片は皆さんのフォニックゲインを力に変えて動いていると思われます。それなら皆さんが意識を失ったり心を折らない限り依り代の力は失われません」

 

 その説明に成程と納得する仁志だったが、ふと何を思ったのかゲームを起動させステータスを確認する。

 そこに大きな変化はない。あるのはゲージの色付き具合だけだ。それも、気付けば全員半分近くまでは色が付いているのである。

 

(これは一体何を意味してるんだ? 悪意に勝とうとする意思? もしくは心の中の希望? 響がトップってのはそういう意味じゃ大抵の条件が合致しそうなんだよなぁ)

 

 未だにゲージの色付きは響が一番なのだ。全てに色が付くまでもう残り五分の一あるかないかというところまで染まっている。

 

「……みんなに聞きたいんだけどさ」

 

 分からない時は本人達に聞いてみよう。そんな感じで仁志は響達へ問いかける。

 それは、ゲージの意味について。現在では遂に全員最低でも半分までゲージが染まりそうになっている。そこまでくれば何か心当たりはないだろうかと尋ねたのであった。

 

「私がトップなんですよね?」

「そう。それは変わらない」

「で、次があたしか」

「うん」

「三番目は私ですか?」

「いや、それが今はイヴさんが三番目」

「私?」

 

 マリアが不思議そうに首を傾げると仁志はゲーム画面を彼女へ見せた。

 たしかにマリアのゲージは既に七割近く色付いていて、翼は六割程度なので現状三番手である。

 

「……ごめんなさい。やっぱり心当たりはないわ」

「そっか。まぁ、絶対この世界に関係する事だとは思うんだよ」

「只野さん、ちなみにマリアの次は?」

「君だよ翼。で、暁さんで天羽さん、セレナちゃんと月読さんは大体同じぐらいで一番下が小日向さん」

 

 その言葉に装者達がそれぞれ考え始める。が、ここで閃き力が誰よりも高い人間が手を挙げた。

 

「はいはーい、デスっ!」

「はい、暁さん」

「えっと、急激に伸びた人を中心に考えてみるのはドーデス?」

「つまり、イヴさんや暁さん?」

「デスデス。何か共通点が見つかれば答えが分かるかもしれないデスよ」

「マリアと切ちゃんの共通点?」

「何かあるかな?」

 

 名前が挙がった二人と共に暮らす調とセレナが揃って腕を組むも何か浮かぶ事もなく、それを見てエルはヴェイグへと顔を向けた。

 

「ヴェイグさんは何かありませんか?」

「……一つだけ俺にはある」

 

 その瞬間全員がヴェイグへ顔を向けた。

 

「しかも九人全員だ」

「ま、マジデスか?」

「ん? まじ?」

「ホントかって感じでいいよ。それで、ヴェイグ、どういう事?」

「ああ、今言われた順番に優しい匂いがし易い奴だ」

 

 告げられたのは分かり易いようで分かりにくいヒント。ヴェイグが優しい匂いを感じると言う事は響達は優しい心の持ち主であるという事だ。

 ただ、それでは何の手がかりにもならない。そう誰もが思った時だった。

 

「それもタダノといる時にだ」

「「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」」

 

 まさかの追加条件に全員の頭上に?マークが浮かぶ。一体どういう意味だと。

 それを分かっているのだろう。ヴェイグは解説を始めた。

 

「優しい匂いと言うのは何もそのままの意味じゃない。要は相手の心が嬉しいとか楽しいとかそういう感情で満たされた時も漂ってくる。セレナは普段から心が優しいから余程の事がなくても優しい匂いがするって事だ」

「となると、響達は俺といる時に嬉しいとか楽しいってなり易い?」

 

 その表現に一部を除いた女性達が心当たりがあるとばかりに息を呑んだ。とはいえそれは片手で足りる程であった。

 そしてそれとは別の意味で心当たりがある者達は納得とばかりに笑顔を浮かべていた。

 

「ナルホド! アタシは只野さんと色んなお話し出来るからデスね!」

「私もお料理漫画とか教えてもらって参考にしてる。クッキングパパ、大好きです」

「お兄ちゃんといると嬉しい事や楽しい事多いですからね」

 

 装者年少組はそう言って笑みを見せた。仁志の事を兄のように慕っている三人はヴェイグの言葉に納得するしかなかったのだ。

 

「私が一番下なのも分かるなぁ。私はどうしても只野さんと話が合わないから」

「あー、うん。ごめんね小日向さん」

「あっ、いえ。でも色々と聞いてくれたりするのでそれは助かってます。それに昼勤の事を話せるのは店長ぐらいだし」

 

 そう言って笑う未来に仁志は安堵するように息を吐いて笑みを返した。

 実際未来が共に暮らす翼や奏以外で愚痴や不満を話せる相手は仁志だったのだ。

 特に昼勤としての色々を相談出来るのは店長である仁志だけであり、話が合わないとしてもそれは仁志が趣味全開となったらである。逆を言えばそうならない時は未来も会話が弾むのだ。

 まぁ主に一人暮らしで気を付けるべき事や覚えておいた方がいい事などの生活の知恵話であったが、未来も響と同じく彼との関わりで生きるための勉強をしているという事だった。

 

「兄様、こうなるとそのゲージはどういう事でしょう?」

「俺といると優しい匂いがし易い人、かぁ。じゃ、俺の趣味への理解度?」

「私はそうじゃないと思いますよ?」

「へ?」

 

 未来の言葉に仁志が疑問符を浮かべる。まるで未来は答えが分かったかのような顔をしていたのだ。

 

「じゃあ小日向さん、考えた答え教えてくれないか?」

「それはですね……」

 

 チラリと響を一度だけ見やって未来は小さく微笑んで告げた。

 

「只野さんの事を好きな度合じゃないかなって」

 

 間違いなくその言葉に響やクリスが息を呑んだ。そして言われた仁志はその言葉に……

 

「……成程なぁ」

 

 納得していた。そこで未来は思うのだ。仁志は響の想いに気付いてないのではなく、それを恋愛感情と捉えていないのだろうと。

 

(多分だけど、肝心なところで怖くなったんだね、響)

 

 その推測だけで響の心の動きを読む未来。場合によっては恐怖であるが、ある意味で響は分かり易い性格の乙女である。付き合いの長い未来からすればその心の動きはある程度読めるというものだ。

 

「先輩への好感度って事?」

「かもしれない。イヴさんはどう?」

「……若干気恥ずかしさはあるけど認めるわ。私は貴方の事を信頼しているもの」

「では、私達が只野さんへ強い信頼を抱けばそのゲージは色付いていくと?」

「おそらくね。たださ、仮にこれが染まり切ったとして、何が起こるんだ?」

 

 その疑問へ誰も答えを持っている訳はない――はずだった。

 

「ゲームのタイトル通り、エクスドライブがいつでも使えるようになるとかじゃないデスか?」

 

 切歌の言葉にほとんどが疑問符を浮かべる中、仁志だけが理解を示すように頷く。

 

「そっか。元のゲームでいう所の極めゲージか」

「「「「「「「「「「「きわめげーじ?」」」」」」」」」」」

「うん。えっと、要はゲームでは君達の様々な姿がカード扱いで存在してて、それを使い続けていくと熟練度じゃないけど、極ってものが上昇していくんだ。全部で4レベルまであって、それが上がり切るとカードが初期状態よりも強くなるんだよ」

 

 その説明に誰もが納得。今までの日々で仁志との関わりを多く持つか、彼と深く関わった者が色付き度合が上なのが理解出来たからだ。

 

「じゃ、意識したって何とか出来ない感じかね?」

「だと思うわ。ただ、これを上げ切る事が新しい何かへ繋がる気はしてきた」

「それに切ちゃんの予想通りならどうしてエルやヴェイグがいないかは納得出来る」

「エクスドライブへなれる、か。なら装者のあたしらしか意味ねーな」

「で、でもでも、ツインドライブを示すアイコンはどうなの?」

 

 響の質問にはエルが答えるように口を開いた。

 

「おそらくですが、エクスドライブが任意で使用出来るようになるのは難しいのだと思います。実際、このゲージもどうすれば上がるかが明確ではありません。そして、今の発想で考えればもしかするとこのアイコンが表示されれば聖遺物がなくてもデュオレリック、ツインドライブは使用可能になるかもしれません」

「そうなるとあたしとセレナが最初から表示されてるのは実際持ってるからって事か」

「多分そうだと思います」

 

 そこで室内に明るい雰囲気が流れ始めた。

 

「ヴェイグのヒントを切っ掛けに意外と謎が解けた感じがするな」

「そうですね! ヴェイグさん、ありがとうございます」

「いや、これがまだ正解と決まった訳じゃない」

「そうかもしれない。でも、今はある程度でも正解と思える事が出た事を喜ぶべきよ」

「うんうん。ヴェイグさんのおかげだね!」

 

 響がにっこりと笑顔でそう言うとヴェイグは少しだけ照れくさそうに顔を下へ向けた。

 

「そ、そうか……」

「おおっ、ヴェイグが照れてるデス」

「可愛い……」

「っ!? ほ、ほっとけ!」

 

 照れ隠しに大きな声を出すヴェイグを見て未来がクリスへ目を向けた。それに気付いてクリスが不思議そうに未来を見返す。

 

「何だよ?」

「ん? 昔のクリスもあんな感じだったなって」

「っ! そ、そうだったか? 覚えが」

「え~? クリスちゃん、割とまだあんなあいたぁ!」

「オメーは口は災いの門って言葉をそのポンコツなオツムへいい加減叩き込めっ!」

 

 ニヤニヤしていた響へデコピンを放ち、クリスは両手を腰に当ててそう言い放った。

 

「ううっ……ポンコツじゃないもん。ちょっと抜ける時があるだけだもん」

「それをポンコツって言うんだ!」

「まぁまぁ、落ち着いてクリス」

「誰のせいでこうなったと思ってやがるっ!」

 

 未来へも食って掛かるクリスだったが、そのやり取りを見て仁志や切歌に調などは気付いたのだ。

 クリスが未来へも響と同じような接し方になっている事を。それは未来の事をあの子と呼んで響とは少々異なる扱いをしていたクリスが、今や未来さえも響と同じく気安い相手へと距離感を変えた事を示していた。

 

「雪音、そこまでにしておけ。気持ちは分かるがそこで騒げば余計自分の心をささくれ立たせるだけだ」

「……まぁ先輩がそう言うなら」

 

 翼の言葉に興奮を抑えてクリスはやや不服そうに告げる。そこで場の雰囲気が若干変わった事を受け、エルフナインが口を開いた。

 

「あの、まずはこのゲージの検証をするのはどうでしょう?」

「検証って、何をどうするって言うんだ?」

「このゲージが兄様への好感度なら、それが上がるか下がるかの行動を個別に経験してもらうんです」

 

 その発言に待ってましたとばかりに未来が手を挙げた。

 

「じゃ、それぞれとデートしてもらうのはどうかな?」

 

 次の瞬間、居間内に複数の大声が響き渡った。間違いなく仁志の部屋だったのなら文句が出たレベルの大声である。

 

「それで増減すれば好感度確定だし、変化なければ別のもの。しかも只野さんに関係ないって分かるんじゃないかな?」

 

 未来はこれを切っ掛けに響と仁志の関係を発展させようと思ったのだ。最後の一押しが出来ていない響の背中を押してやろうと思っていたのである。

 だが、世の中そううまくはいかないもの。この提案を聞いて仁志は苦い顔をして腕を組んだのだ。何せ彼は最近の自分の感情を危険視している。響やクリスなどの一部装者へ恋慕にも近い想いを抱き始めていたのだから。

 

「俺はさすがにそれはどうかと思うなぁ」

「どうしてデスか?」

 

 まさかの疑問は切歌から出た。

 

「いや、その、凄く個人的な話なんだが、俺はつまり九人もの女性ととっかえひっかえデートをする事になるんだよな? それを知り合いや常連さんに見られたら社会的に抹殺されかねないんだよ」

 

 至極もっともな意見であった。何せ仁志達には資金の余裕がそこまでない。であればデートも自然遠出などは出来ず近場で済ます方向となる。

 そうなれば知り合いに見られるあるいは出くわす可能性は極めて高い。しかも響達はバイト先の同僚なのだ。そんな女性達をとっかえひっかえして遊んでいる。そんな店長がいるとなれば店の評判にも関わると言えた。

 

「じゃ、じゃあお家デートにすればいいと思いますっ!」

 

 そこで諦めないのは響。だとしてもとばかりに意見を出し、仁志の不安を封じ込める方向へ切り替えたのだ。

 そこには、彼女なりのこの機会に仁志との距離をもっと縮めたいという乙女心もあった。

 

「それも結局俺の部屋へとっかえひっかえ」

「今もセレナやらあたしやらが出入りしてんだ。今更だろ」

 

 言外に見苦しいぞとクリスは仁志へ告げる。分かったのだ。彼が何かと理由をつけて自分達とのデートを避けようとしているのを。

 以前のクリスであればそれがどういう事かを察したかもしれない。あるいは今も察したのかもしれないが、それでも惚れた男と二人きりで過ごしたいという想いが強くその心を動かしていたのかもしれなかった。

 

「そ、それは……」

「只野さん、アタシ達とデートって言っても二人でお話しとかするだけデスよ?」

「お兄ちゃんは私達とそう過ごすの、嫌ですか?」

 

 純真無垢な二対の眼差しが仁志を突き刺す。さすがの仁志もその眼差しを受けて首を縦には振れなかったらしく、観念するように項垂れて「分かった……」と言うのが精一杯だった。

 

 こうして仁志が休みあるいは空いている時間を使って、装者九人の中から誰かを呼んで自室で過ごす事が決まる。

 この時、誰も思わなかったのだ。これがある意味で自分達を大きく変える切っ掛けになるとは。

 

 

 

 風を切るように走る。この感覚、久しぶりかも。中学時代はよく感じてた感覚。でもリディアンへ進学したのを機に感じる事がなくなった感覚だ。

 

「こ、小日向さん……ぺ、ペース落として……」

「あっ! ご、ごめんなさいっ!」

 

 後ろから聞こえた声に慌てて速度を落とす。そうして少しすると私の横へ只野さんがやってくる。

 

「す、すみません。久しぶりにこういう事やったからつい楽しくなっちゃって」

「そ、それは分かった。俺も少しだけ楽しそうな小日向さんの顔を眺めてたしね……。でも、さすがに元経験者とタメ張るのは無理だったよ……」

 

 そう言って苦笑する只野さんに私は申し訳なく思う事しか出来ない。今、私は只野さんと一緒に走ってる。

 時刻は午前六時半を過ぎた辺り。私はTシャツにスパッツで只野さんはTシャツとジャージ姿。これが私と只野さんのデート姿、って言うとちょっと語弊があるかも。

 

 響の提案でお家デートをみんなでしてみる事になったけど、只野さんは私へはそれだと退屈で辛いだろうからって、早朝のジョギングデートってなった。

 こういうとこ、本当に只野さんは優しくて気を遣う人だなぁって思う。それに、元々陸上をやってたから走るのは嫌いじゃない。

 もしかしてそれも知ってるから? だとしたら、只野さんってその気になったらみんなと簡単にいい仲になれるんじゃないかな?

 

「ちょ、ちょっとあそこの自販機前で休ませてっ!」

「ふふっ、はい」

 

 見えてきた自販機を指さして只野さんが必死な声を出したのが面白くて笑っちゃった。でも、それを只野さんは怒りもせずむしろ疲れた顔で笑ってくれた。

 

 響が好きになった理由は、きっとこういうとこなんだと思う。只野さんは怒らない。ううん、滅多に、かな。一度響が強く怒られたって言ってた。

 

――私が約束を守らなかったからなんだけどさ……。

 

 どんな約束って聞いてもそれは二人だけの秘密だからって教えてくれなかった。でも、きっと響にとって凄く大事な約束なんだと思う。

 で、それを守らなかったって言う事から察すると、二人だけって辺りに答えがあると思ってる。

 

「こ、小日向さんも何か飲むかい?」

「え? いいんですか?」

「も、勿論……っむしろ、何か飲んでくれ。っはぁ……俺だけ飲んで君は飲んでないなんて、デートらしくないだろ?」

「……そうですね。じゃあいただきます」

 

 デートって言われて気付いた。これ、只野さんにとっては本当にデートなんだって。

 そう思うと少しだけ、少しだけドキドキするかも。私はこれをデートって思わないようにしてたから。

 自販機を前にして少し悩む振りをしてチラッと只野さんを見る。只野さんは疲れた顔でスポーツドリンクを飲んでいた。で、美味しそうな顔をして息を吐く。あ、目が合った。

 

「どうしたの?」

「っ……お、美味しそうに飲むなぁって」

 

 いけないいけない。私が挙動不審になりそう。でも、私も同じにしようかな。それぐらい只野さんが美味しそうに飲んでたし。

 

 ガタンって音を立てて青い色のペットボトルが出てくる。おつりを出して只野さんへ手渡す。

 

「御馳走様です」

「どういたしまして」

 

 自販機前で二人並んでスポーツドリンクを飲む。まだ時間が早いからか人や車も少なくて静かだ。

 思えばここはどこなんだろう? 私ってこの街は決まった場所しか行かないから知らない場所多いなぁ。

 

 そのまま飲み切るまで私達はそこにいた。会話はなかったけど、嫌じゃない。何て言うんだろ? 落ち着く、かな。

 

「ふぅ、お待たせ」

「いえ。さっきの事もありますし、次はゆっくり走りますね?」

「……そうしてくれると助かるよ」

「クスッ、はい」

 

 苦い顔をする只野さんへ笑みを見せて私はその場から軽く走り出す。すると只野さんも追い駆けてくる。

 そこからはしばらく並走する形で街を駆けた。そうやってどれぐらい走っただろう。最後は住んでるアパート近くの公園へ到着。

 そこまでの道は二人であちこち迷いながら辿り着いた。正直ちょっとだけ小さい頃を思い出して楽しかった。

 

 終わってみれば時刻は午前八時近く。途中で休憩を何度か入れたけど、それでも結構走っていたみたい。

 

「っはぁ~……天羽さんとやる時よりも疲れたぁ」

「ご、ごめんなさい。つい楽しくて」

「え? あー、小日向さんを責めたい訳じゃないんだ。疲れただけで済むなんて俺も体力付いてきたなぁって思うし」

「そうなんですか?」

 

 そこで私は只野さんがある時から体力作りをしてた事を聞いた。切っ掛けは年齢からくる衰えや太る事を恐れてらしいけど、そんなに言う程只野さんは太ってないと思うなぁ。

 

「お腹とか出て来たんですか?」

「むしろそうならないために始めたんだ。今も何とか中年太りは回避出来てる」

「良かったですね」

「うん。でも油断したらダメだから毎日絶対散歩かジョギングはやってるんだ。天羽さんとバイトが一緒の時はジョギングをしてるんだけど、その時は意外と苦じゃないんだよ。ただ、散歩はどうしても一人だろ? 退屈ではないけど飽きてくるんだ。景色が劇的に変わる事なんてまずないし」

「そうですね」

 

 コンビニへ行く時や帰り道がそれだからよく分かる。

 

「でもさすがに天羽さんを毎日付き合わせるのも気が引けるんだ。で、俺の仕事終わりじゃエルやセレナちゃんも寝てるし」

「切歌ちゃんなんて絶対起きてないですもんね」

「そうそう。月読さんは普段バイトがある時間だから休みの日はゆっくり寝かせてあげたいしさ」

 

 気持ちは分かる。というか、聞いてて分かった。只野さん、あの家のお父さんやお兄さんみたいな気持ちなんだって。

 そう考えればエルちゃんやセレナちゃんが懐くのも分かる。この人はあの二人にはそういう存在なんだ。

 

「マリアさんはお家の事ありますし」

「ヴェイグは起きてるけど、俺が抱えてたら妙だろ?」

「ふふっ、そうですね」

 

 ヴェイグの見た目はとってもファンシーだ。それを只野さんが抱えて歩いてたらさすがにおかしくて笑っちゃう。

 

「で、俺は散歩の時は一人でブラブラしてるんだ」

「翼さんを誘ったらどうです?」

「う~ん……イヴさん家で飯食べた後からだからね。それに翼だって朝は色々とやる事あるんじゃない?」

「って言っても、私が知る限り奏さんを出迎えるぐらいですよ?」

 

 朝早いと洗濯機を動かすのも気を遣うし、そもそもあの部屋もそこまで壁が厚い訳じゃない。只野さんや響達が暮らしてるとこよりは絶対に厚いけど、それだって何をしてもいいって程じゃない。

 

「……本音を言うとあそこまで呼びに行くのが面倒」

「ぷっ……もうっ、只野さんらしいですけど、正直どうかと思いますよ?」

「仕方ないじゃないか。それに、もし翼と二人で早朝散歩しててさ、そこを知り合いに見られたら……」

「今はどうなんです?」

 

 そう言うと只野さんは一瞬「ぁ……」って顔をしたけど、すぐに何か思いついたみたいに笑った。

 うん、何かイイ言い訳を思い付いたって感じかな。

 

「偶然出会ってジョギングしてたって事で通じるよ」

「成程、たしかにそうですね」

 

 まったく接点の無さそうな翼さんより一応同じ勤務先の私の方が言い訳は出来る。でも只野さん、忘れてないかな、これ。

 

「でも只野さん、私は昼勤ですよ? 普通に考えたら夜勤の只野さんと会わないんですけど?」

「……ひ、響経由で知り合った?」

「私、クリスに誘われてアルバイトしてる設定ですね」

「…………まぁ、俺がナンパしたら同じバイト先だったって事にしてよ」

「その方が問題じゃありません?」

「………………俺が迂闊で抜けてました。なのでもう勘弁してください」

 

 がっくりと項垂れる只野さんを見て私は思わず笑っちゃった。一回り以上離れてるって思えないぐらい今の只野さんは情けなくて、どこか可愛いって思っちゃった。

 私が知ってる只野さんは少年みたいにヒーローとかの話をして、なのに時々司令みたいな大人の顔をしてみんなを励まして、そういう意味じゃ不思議な人だ。

 だけど、この人の本当は今みたいな顔かもしれない。ホントは情けなくて、でも優しくて大人も出来る、そんな男の人かも。

 

 ……響が好きになっちゃう訳だ。大人なのに子供でもあって、こっちが大人でいて欲しい時は絶対大人になってくれるんだもん。

 

 そのまま少しだけ公園のベンチへ座って話をした。話題は卒業後の事。私の不安を聞いた只野さんは自分の事を話してくれた。参考にって、そう言って。

 

「一年間バイトして貯金……」

「一人暮らしのためのね。二十歳までは実家にタダで置いてやるって父さんに言われてさ。ならその期限が終わる前に出ていこうって」

「何をしたんです?」

「稼ぎを最優先して引っ越し屋行って、向いてない事が分かってすぐ辞めて、大人しく近所のスーパーで品出しとかやってた」

 

 その話は何というか笑える事から笑えない事まで色々あった。スーパーの裏側もコンビニと同じで知らない方が良かった事もあるんだって只野さんは笑って話してくれた。

 一年間頑張って働いて貯めたお金で今のアパートへ越してきて、そこからはパチンコ屋さんで凄く稼いでたみたい。一か月で二十万以上稼いでたって。

 

「凄いですね」

「ただ時々力仕事もあるんだよ。それも深夜にさ。女の子はもう少し楽だったから羨ましいと思って見てたなぁ」

「楽?」

「そ。新台入れ替えって言って新しい遊技台が来ると、男は20キロ以上もする重たいそれを店の中へ運ぶ作業をさせられるんだけど、女の子はそういうの免除でね。で、女の子は閉店作業も男より楽なものが基本で……」

 

 只野さんは仕事内容を話しながら、時々その仕事のあるあるや経験した面白い事とかを教えてくれる。で、こっちの反応を見ながらそれをしてくれるから飽きないし面白い。

 

「と、俺の話はこれぐらいにしようか。小日向さんの話を聞かせてくれない?」

「あ、はい。私、今は……」

 

 ちょっと話が長くなる事もあるけど、それでもこうやって気付いてくれる。何というか、良い大人って言うよりは大人であろうとしてる人って感じ。

 

 私が響と二十歳まで離れて暮らす事を話すと只野さんは驚いたみたいに目を見開いたけど、すぐにどこか嬉しそうに笑みを見せた。

 

「そっか。君達は二人三脚を一旦止めてみるんだな」

「はい。今も軽くそうなってますけど、おかげで色々分かった事があるんです」

「良かったら教えてくれない?」

「いいですよ。まずは……」

 

 響と離れて、一緒にいる事がそもそも幸せだったって気付けた。今まで当たり前だと思ってた事は全部当たり前じゃないって事も。

 それと、一人でいる事の寂しさと気楽さも。何でも良い事と悪い事があるんだって分かった。響と常に二人じゃもしかしたらいつか息が詰まってたかもしれない。

 そうなった時、もしかしたら私達はケンカもせずバイバイしてたかもしれない。そんな悲しいお別れは、いやだ。

 

 ここで響と言い合って、ぶつかり合って、前よりも響の事が好きになれた。

 だって、響は本当に私の気持ちを全部受け止めてくれた。受け入れたかは分からないけど、受け止めてくれるんだ。

 

「……って感じで、響とは今も、ううん今はもっと仲良くやってます」

「そっか」

 

 只野さんが言った通り、私と響は気付かない内に遠慮してたのかもしれない。

 一緒にいたいから我慢しよう。一緒にいるから受け入れよう。そんな風に知らず知らずの内に押し込めてたものがあったんだと思う。

 あのカラオケの時には途中で終わった事だけど、あの時は最後まで言い合えた。私の不満、響の不満。私の不安、響の不安。全部、全部出し尽くしてぶつけ合った。

 

「あの時はありがとうございました。只野さんとクリスが来てくれて、私も響も我に返る事が出来たから」

「ああ、あれね。いや、びっくりしたよ。隣でクリスと仕事の事で話し合ってたら、どんどん声量が大きくなってくからさ」

「わ、私も響も気持ちが爆発しちゃったんです。あれ、今だから言いますけど、止める人がいなかったら手を出してたかも」

 

 実際私は響に掴みかかるぐらいの勢いだった。だって、響は私が思ってた不安を大丈夫ってだけで押し切ろうとしたんだから。

 このノイズも錬金術もない世界で過ごす事。これに慣れちゃったら、これが普通になっちゃったら、これから私達は本当の世界で暮らすのが辛くなるって言ったのに。

 

「そうだったのか……」

「はい」

「…………惜しい事したかな?」

「もうっ! 只野さんはそう言うかなって思ったけど、本当に言います!?」

「ごめんごめん。でも、それぐらいやり合っても絶交しようとは思わなかったでしょ?」

「……はい。絶対に分かってもらいたいって思いました。けど……」

「けど?」

 

 あの頃の私はまだ響と同じ立場になれなかった。でも今の私は違う。今の私は響と同じ側だ。

 この世界での暮らしに慣れて、楽しくて幸せで、これが本当だったらいいのにって思い出してる。

 だからこそ、あの時の響の大丈夫がどういう意味か分かっちゃった。

 

 あの大丈夫は、自分へ必死に言い聞かせてた言葉なんだって。大丈夫だって思いたいんだって。

 アルカ・ノイズや錬金術師が現れて、緊急招集や緊急出動になっても憎しみとか恨みとかを抱かないで生きていけるって、そう信じ込みたいんだって。

 

「……何でもありません。というか、男の人には言えません」

「おっと、かなり気になる言い方するなぁ。小日向さんも中々魔性の女になってきたね」

「魔性の女、ですか?」

 

 言われた事もない。でも、何というか大人の響きかもしれない。

 

「妖艶って事ですか?」

「それもあるね。小日向さんは意図せず見せる色気があると思うよ」

「い、色気?」

 

 あるのかな? 正直スタイルにはそこまで自信がない。

 

「あるある。自信持っていい。君は美人だ。きっと成人する頃には男からひっきりなしに声を」

「それ、出来れば避けたいです……」

 

 私の見た目だけで言い寄ってくる男の人は、ちょっとやだな。

 

「そうか。じゃ、趣味で選べる大学のサークルとかかなぁ。って、そう言えば進学するの?」

「そこもまだ。大学や専門学校かも決まってないです」

 

 前までは響と一緒にって思ってた。でも今は本当に自分のやりたい事を考えてるから決まらない。

 響とは意図的に相談してない。したら、きっとお互いが変に意識すると思うから。

 だから私からも話さないし響からも話してこない。これも、きっと変化であり絆の強さ。

 進路が変わっただけで関係性なんて変えないよって、そういう意思表示だから。

 

「うん、じゃあ沢山悩むといい。どうせどれを選んでも多少の後悔と反省がついてくる」

「どれを選んでも、ですか?」

「それが来る時期がずれるだけでね。でも、これは個人的な意見だから」

 

 言われて考える。私って、そういえばそういう話を誰かに聞いた事なかったなって。

 翼さんやクリスに聞いてみるのもいいかもしれない。あるいはお父さんやお母さんでもいい。

 そう、そうだ。私の視界は気付けば狭くなってた。頼れる相手も頼れる場所も少ないって思ってた。

 

「只野さんはそうだったんですか?」

「実際現状を見てごらん。勉強が嫌で大学進学をせず、親元を離れたいだけで何の目的もなく一人暮らしを始めて、つい最近まで週四日コンビニで深夜バイトするだけの生活だった男だ」

 

 どこか自虐的な言い方だったけど、私には分かる。只野さんは自分のようにならないでって私へ言ってくれてるって。目的もなく夢もなく生きるって事がどうなるかを自分を例にして教えてくれてるんだ。

 只野さんも響達と出会って、今のような状況になったから変わろうって頑張ってる。その頑張る時を間違えないでって。

 

「小日向さん、これだけは言える。絶対人間苦労はしないといけなくなる。若い内にしろって言うのは若い頃の方がその苦労がきつくないからなんだ。やってる時は辛いって思うかもしれない。だけど、それを三十や四十、下手したら五十とかでやるってなったらきついで済まないんだよ」

「……はい」

 

 実際只野さんはその最中だ。店長さんになって色々苦労もしてるみたい。

 

「三十になる俺でも思うんだ。だから親達は口を揃えて言うんだよ。勉強をしなさい。嫌な事から逃げ続けないように。これは実体験で分かった事からの助言だってさ」

「そう、ですね。分かりました。私、ここで苦労します。それで戻ってからも苦労します。自分のやりたい事、目指したい事、それを見つけて」

「うん、それがいい。叶う叶わないじゃない。夢を持った方がいい。ないよりマシだ」

「今の只野さんは夢、ないんですか?」

 

 私がそう聞くと只野さんは一瞬だけ驚いた顔をして、しばらく黙り込んだ。

 その表情は何かを考えてるみたいだった。

 

「……あるよ。今の俺の夢」

「何ですか?」

 

 どこか軽い気持ちだった。只野さんは夢も目的もなかったってそう言ってた。だから今はどうなんだろうって、それぐらいの興味。そんな私へ……

 

――君達が本来いるべき場所へ一刻も早く帰れるようにしたい。それが、今の俺の夢だ。

 

 凛々しい表情ではっきり言い切ってくれたんだ。

 

「私達が、本来いるべき場所へ……」

「ああ。だから少しでもあのゲームの謎を解きたい。そして悪意の企みをみんなと一緒に打ち砕きたい」

 

 そう言って只野さんはゆっくりベンチから立ち上がって空を見上げる。

 

「……それがやっと出来た俺の夢だ。ヒーローに憧れてた小さい頃を思い出すよ。誰も知らない中で世界を、平和を守るってらしくて笑えてくるぐらいさ」

 

 そう言いながら只野さんは笑った。その笑みはどこか悲しそうで、でもカッコ良く見える。

 

「俺に出来る事なんて本当の戦いになれば何もないだろう。でも、だからこそそこまで俺は全力で立ち向かう。君達が本当にいるべき場所で笑い合えるようになるために」

「只野さん……」

 

 そこで只野さんはこっちへ振り返って微笑んだ。

 

「フィーネとの決戦で響達を立ち上がらせて逆転させた時の君のように、俺も最後の最後まで自分の出来る事を精一杯やろうと思う。だから、小日向さんは小日向さんにしか出来ない事をやってほしい」

 

 胸が、疼いた。まだ装者じゃなかった頃の無力な私。なのに、目の前の人はそれを目指すって、目標だってそう思えるような事を言ってくれた。

 私へ笑いかける只野さんは、大人のようでどこか子供にも見える。それに顔が熱くなってくる。だ、ダメっ! この人は響の想い人なんだもんっ!

 

――でも、それを響は怒らないよ……。

 

 っ?! い、今のは、私の声? でも、どこか違うような……。

 

――好きって気持ちは止められない。響だってそれは分かってくれるから……。

 

 だ、だけど、響は初恋だもん。私は、それを応援したくて……。

 

――そうやってまた隠すの? それであんなに揉めたのに?

 

 思わず息を呑んだ。そうだ、私は響のためにって思って自分の気持ちを隠してた。それが結果あんな事に繋がった。

 

「小日向さん? どうかした?」

「っ!? な、何でもないです!」

「そう? ならいいけど……」

 

 只野さんの声で我に返る。な、何だったんだろう、さっきの。

 

「時間も時間だし、そろそろお開きにしようか」

 

 そこへ只野さんの声が聞こえた。そっか、只野さんは今日も仕事だもんね。

 

――あの謎を解くためにも何か距離を詰めないと……。

 

 そっか、そうだよ。これの目的は、あのゲージが只野さんへの好感度じゃないかって調べる事だもん。

 

「あ、あの……」

「ん?」

 

 こっちへ振り返る只野さんへ、私は思い切って切り出す。

 

「わ、私の事は、未来って呼んでください。もしそれでゲージが色付いたら分かり易いですし」

「いいの? そんな理由で名前呼びなんて」

「いいんです。その、私も只野さんの夢、応援したいから……」

「……そうか」

 

 そう言って只野さんは嬉しそうな、でもどこか苦しそうな顔を一瞬した、気がした。

 

「ありがとう、未来。絶対この夢、叶えてみせるよ」

「っ?!」

 

 凛々しい大人の男性が、そこにはいた。名前で呼び捨てにされただけなのに顔が熱くなる。

 

「さて、じゃあアパート前まで送っていくよ」

「い、いえ、私はもう少し走りたいからいいです!」

「そう? 分かった。じゃ、えっと、またね」

「は、はい。おやすみなさい」

「ははっ、うん、ありがとう」

 

 そう言って只野さんは私の前から去って行った。その小さくなっていく背中を見送り、私はそっと胸を押さえる。

 

「……響、ごめん。私も、同じ人、好きになったかも……」

 

 ミイラ取りがミイラにじゃないけど、これじゃ響の事応援出来ないかもしれない。

 

「で、でも、もしかしたら響とのデートで両想いになるかもしれないしね」

 

 そうなったら何の問題もない。うん、問題ない。それにまだこれが恋って決まった訳じゃないし。

 きっとそうだ。これはちょっとだけ只野さんがカッコ良かったから、私の事を、何の力もなかった頃の私を褒めてくれたから照れてる熱さだ、うん。

 

 その後部屋に戻った時、翼さんがエルちゃんから連絡があって、私のゲージが一気に色付いたって教えられた私は顔を真っ赤にするしかなかった……。

 

 

 

 未来の結果を受け仁志達はゲージが好感度であるとあたりをつける。ただ、何故それを上げる必要があるのかと言う事に仁志は疑問を抱き続けた。

 エルとヴェイグは彼の疑問を聞いて、本来のゲームに似ていると仁志が表現したものから推測するのはどうだと考えた。つまりゲージを上げれば上げる程響達に何かメリットがあるのだと。

 

「……もしかして、それが私や切ちゃん、未来さんが時間停止に気付かなかった理由?」

「そうデスっ! それならドーデス!」

「有り得るな。実際ステータスが初めて見れた時、切歌と調は真っ黒で未来は四分の一ぐらいしか染まってなかった」

「じゃ、これを上げ切ったら依り代の力が最大になるって事ですか?」

 

 マリア達の家の居間。そこに装者の年少組とエルにヴェイグ、そして仁志の姿があった。

 今日は仁志の休みであるため、恒例の謎解きタイムとなっていた。ただ、仁志は居間の隅でマリアの布団で睡眠中。しかも百均で購入した耳栓とアイマスクをしての完全装備である。

 実はそれを購入したのは仁志ではなくマリアであった。

 

――これ、使いなさい。

――耳栓とアイマスク?

――休みの日、家で謎解きしてる時に仮眠取ってるでしょ。その時にエル達が気を遣ってカーテンを閉めてひそひそ話してるからよ。

 

 表向きは大事な家族のためにと告げたマリアであったが、その本音は当然別である。ただそれを匂わす事もせず、出来ず、彼女は仁志へその二点を手渡すのみだった、

 

 仁志が眠る中、五人はゲーム画面を眺めてうんうんと唸る。真剣かもしれないが、緊張感は欠片としてない。

 

「もし依り代の力が最大になったらスマホと同じって仮定したら、エル、どう?」

「九人の装者の依り代の欠片が持つ力が依り代本体と同等に……」

「それなら本部ぐらい何とか出来ないデスかね?」

「……正直分かりません。でも、きっとうまくすればそれが可能なはずです」

「こうなったらみんなでお兄ちゃんと仲良くなるしかないですね」

「実際アタシは仲良くなってるんデスけど……」

 

 今やトップ5にランクインする切歌であった。ちなみに未だにトップは響で2位がクリスである。

 

「わ、私はあまり変化ないです……」

「私も……」

「やっぱりデートするしかないデス。実際あれから未来さんはぐんぐん伸びてるデスし」

 

 最下位であった未来は、あのデートを契機にそのゲージをどんどん色付けていた。今や奏さえも抜いて翼へ迫ろうという勢いである。

 

「未来さんも兄様と一緒にジョギングをして話をしただけだそうです」

「エル、呼び方を変えてもらったのを忘れてる」

「あっ、そうでした」

「じゃ、アタシ達も呼び方を変えてもらうデスよ。それできっとゲージがぐーんっと上がるはずデス」

「私、もう名前で呼んでもらってます」

 

 セレナが切歌の提案に無理だとばかりに項垂れる。が、それに待ったをかける者がいる。

 

「セレナ、呼び捨てにしてもらうのはどうだ?」

「呼び捨て……」

 

 ヴェイグの意見にセレナは顔を上げて考える。

 

(セレナってお兄ちゃんに呼ばれる……。うん、姉さん達と同じだし、ちょっとお父さんみたいかも)

 

 呼び捨てにされるとなるとより一層家族になった感じが出ると思い、セレナはどこか嬉しそうに笑みを浮かべた。

 それとは正反対なのが調である。彼女は仁志から呼び捨てにされる事へ抵抗感を抱いていたのだ。

 

(只野さんの事は嫌いじゃない。むしろ好き、な方。でも、呼び捨てにされるのは……何か嫌)

 

 とはいえ、ゲージが依り代の力の強弱に関わっていると思われる以上上げない訳にもいかない。

 そう考え、調はどう呼ばれたらいいかを自分の中でシミュレーションし始める。

 

(月読……これは微妙。調ちゃん……子供っぽくて嫌だ。調君……今の月読さんとあまり大差ない)

 

 ならばと最後の候補を思い浮かべる。

 

(調さん……な、何だか年上扱いされてる感じがする)

 

 意外と嫌いじゃない。そう思って調は小さく頷く。呼んでもらうなら“調さん”だと。

 

「起きたらアタシを切歌って呼んでもらうデス」

「それでゲージが伸びれば切歌お姉ちゃんが一番になるかもしれません」

「おおっ、遂に響さんがトップから脱落デスか」

「分からないよ切ちゃん。呼び方を変えないでマリアは凄い位置にいるんだから」

「そうですよね。一体姉さんは何をしてここまで仲良くなれたんだろう?」

「分からない。ただ、これが“こうかんど”とやらかもとなった日から只野といると優しい匂いが余計するようになったぞ」

 

 それはマリアが自分の心と向き合った結果である。ただ、彼女も仁志と同じく大人の女としてそれを押し殺す方向へ動いている事は誰も知らない。

 

 同じ頃、そのマリアは勤務先の弁当屋でため息を吐いていた。

 

「はぁ……」

 

 本日六回目のため息である。その理由は言わずと知れた仁志の事だ。

 

(只野は、多分だけど響達一部の恋心に気付いてるはず。それなのに態度や対応を大きく変える事はせず、ある程度親しくなったらそこで止めているような気がしている。それは……どうして? 異性に正しく興味は持ってるでしょうに)

 

 あの二人きりでの話で仁志がクリスのスキンシップに苦しんでいる事を知ったマリア。だからこそ彼女も己の内にあった想いと向き合い、それが仁志への好意である事を認識したのだ。

 だが、そうしたからといってならばと迫れるマリアではない。むしろ逆だった。意識したが最後、今までのような態度が取れなくなったのである。

 

――い、イヴさん、どうかしたの? 顔、赤いけど風邪?

――し、心配いらないわ。これは、その、そうっ、暑いの。

――暑い? ああ、まぁたしかに若干蒸し暑いね。

 

 これを見聞きしているのがヴェイグだから何も言われないだけで、セレナが見ていればすぐにでも気付いたはずだ。マリアが仁志の事を意識し過ぎている事に。

 

(未来の結果を受けて、あのゲージが只野との親密度や好感度である事がほぼ決まった。現状あのゲームはこちらへ有利にする世界の意思と考えている以上、そのゲージを上げない訳にはいかない。でも……)

 

 マリアは気付いているのだ。いや、気付いてしまったと言うべきだろう。

 自分が仁志へ心惹かれていると自覚した瞬間から、周囲の仲間達の一部が自分と同じ状態もしくはそれよりも酷い状態だと。

 

(翼はまだ自覚が薄いようだけど時間の問題でしょうし、クリスと響は言うまでもなく惚れ込んでる。でも、それに気付いているのはクリスだけかしら。響がそれに気付いたら今の只野の環境は大問題しかなくなるわ)

 

 今まで自分達は強い結束をもって強敵に当たって来れた。それが厳しい戦いを勝利へと導いてきたのはマリアもよく分かっている。

 それが、もしかすれば根底から揺るぎかねないと彼女は心配していた。女の友情は男で壊れる事が往々にしてあると知っているのだ。

 

「どうしたの、マリアちゃん。最近ため息多いけど」

「……陽子さん」

 

 見てられないとばかりに声をかけてきた陽子へマリアはどう返したものかと言葉が出ない。

 まさか親しい仲間達が仁志を理由に揉めるかもしれないとは言えないのだ。

 

「陽子さんって、もし同性の親友と好きな相手が同じだったらどうします?」

 

 それでも年上の意見を聞きたいとマリアは直球の問いかけをぶつけた。その内容に陽子は一瞬瞬きをするぐらい驚き、すぐに苦笑して全てを察したように息を吐いた。

 

「成程ね。そういう事か……」

 

 マリアの表情を見て陽子はただ一言こう告げた。

 

「マリアちゃん、ちょっと自惚れてやしないかい?」

「え?」

 

 どういう意味だとマリアは耳を疑う。そんな彼女へ陽子はさらりと告げるのだ。

 

「その相手の男がどっちも選ばないって事もあるんだよ?」

「っ!?」

「なのにどちらかは絶対選ばれるみたいに思って悩んでる。まぁ実際マリアちゃんぐらいの美人なら大抵の男は選ぶさ。でも、意外と男って時々女には分からない思考をするんだよ」

「女には分からない?」

「そ。何でも、男と女が心に描いてる幸せの形は、同じじゃないんだって」

「もしかして……」

 

 陽子の言い方で何かを察してマリアは陽子の事を見つめた。今の意見は陽子の意見ではないと分かったからだ。

 そして彼女へそんな事を言う人間がいるとして、今のマリアへ陽子が告げるとすればその人物は一人しかいない。

 

「仁志君はそう言ってたよ。具体的にはって聞いたら、あの子はこう言った。女は好きな男と笑い合っていたいと思うけど、男は好きな女が笑っていてくれればそれでいいんだって。例えその横にいるのが自分じゃないとしても、ね」

「……あのバカ」

 

 マリアの中で全てが繋がった瞬間だった。仁志は響やクリスの想いにどこか気付きながらもそれを敢えて見ないふりをしているのだろうと。

 住む世界が違う自分とはどうあっても幸せになれない。なら、一時の恋として自分の事を忘れ、本来の世界で別の相手を見つけて欲しいと、そう考えているのではないか。

 

 マリアはそう仁志の考えを読んだのである。

 

(あの子達は貴方に想いを寄せてるのよ。それを見ないふりしてやり過ごそうなんて、ダメに決まってるじゃない!)

 

 そしてそれはそのまま自分へも当てはまるとマリアは分かっていた。自分も見て見ぬふりをして終わらせようとしていたのだと。

 

「マリアちゃん、仁志君に惚れた?」

「…………非常に認めたくないですけど」

「あははっ! 何だいそれ!」

「本心です。何であんなのに……」

「ふふっ、意外とそんなもんだよ。惚れたなんだは理屈じゃないのさ」

「理屈じゃない……か」

 

 その一言が妙にすんなりとマリアの心へ落ちた。それと共にその顔から影のようなものが消える。

 陽子はそれを見て安堵するように頷いた。

 

(やれやれ、やっとあの子にも春が来たね。それにしても、一体マリアちゃんとあの子を取り合ってるのは誰なんだろうね? もしかしてマリアちゃんと仁志君と引き合わせたって言う翼って子? てことは、きっとその子もかなり男を見る目があるようでないねぇ)

 

 丁度その頃、翼は買い物から帰宅し冷蔵庫へと買った物をしまい終わったところだった。

 

「よし、これで……くしゅんっ!」

「風邪ですか?」

「いや、埃でも入ったのだろう。掃除に手抜かりがあったか……」

 

 やや苦い顔でそう告げ翼は寝室へ目を向けた。そこでは寝息を立てて静かに眠る奏の姿がある。

 

「小日向、最近の奏はバイト終わりに機嫌がいいと思わないか?」

「そうですね。多分ですけど只野さんと走ってくるからじゃないですか?」

「やはりそうか。奏も一時期の立花のようになりつつある気がするな」

「一時期の……」

 

 翼の表現に未来は何かを察して奏へ目を向けた。もしや彼女も仁志に好意を寄せているのかと思ったのだ。

 

「今はどうか分からないが、ここで共に暮らしていた時は只野さんとバイトで会う日は嬉しそうにしていたし、帰ってきた時もそうだった」

「……そうなんですね」

 

 もう響の恋心を知っているに近い未来にとって、その情報はどこか微笑ましく思いつつも羨むもの。

 

(そっか、響やクリスは引き継ぎで会うんだよね……)

 

 コンビニで仁志と未来が会う事はないに等しい。それを今までは何とも思わなかった未来であったが、あのジョギングデート以来胸に燻る想いが彼女の様々なものへ影響を与えるようになっていた。

 

「翼さん、そういえば配信の方はどうですか?」

「ん? ああ、只野さんの助言に従って、私に声が似ている歌手であり声優の方の歌を主に上げている。それと、たまに只野さんの好む歌やギアを纏っての歌なども」

「そうなんですね。でも、ギアの歌って……」

「ああ、私としても妙な気分だった。まさかギアをただ歌うためだけに展開し、戦場で歌うはずの歌を平場で歌う事になるとはな」

 

 翼の個人曲はどれも高再生数を記録しているが、中でも群を抜いているのがギアを纏って歌った、本来は戦闘曲であった歌達だ。

 奏も個人曲で人気なのはギアを纏って歌った戦闘曲。マリアさえも同様だ。これを知って仁志は三人での歌唱が起こす力に期待したのだが、結果は再生数だけは百万を突破したものの、そこから何かが起きると言う事はなかった。

 

 あれから一月が経過したが、そこへ仁志の意識は向いていなかった。今はゲームの謎解きへ意識を向けていたからだ。

 

「そういえば、翼さんはもうデートしたんですか?」

「……まだだ。私はいつでも空いているからな。どうやら只野さんはバイトのある者を優先しているようだ」

 

 どこかがっかりするように告げ、翼はスマートフォンを操作し始める。

 すぐに開くのは毎日のように眺めている投稿した動画。そのコメントを眺めるのが今の翼の日課であった。

 

「また嬉しくなるコメントありました?」

「そうだな。基本的には好意的な意見が多いから……」

 

 翼の隣へクッションを置いて未来が座る。二人で画面を覗き込むようにしてコメントを読んでいく。

 と、その時だ。二人の目がまったく同じコメントを見て止まった。

 

「つ、翼さんっ! これっ!」

「……ああ。只野さんへ連絡しよう」

 

 二人が見つけたコメント。そこにはこう書かれていた。

 

――何かこの歌聞いた覚えがあるんだよなぁ。

 

 

 

 寝惚けた頭が一瞬で覚醒する。寝ていたところを起こされて、エルに見せられた文字の羅列に息を呑む。

 

「……マジかよ」

 

 それが意味するのは俺の予想が正しいという可能性を上げるもの。まだ確定ではない。ただ、これで一つだけ試してみるべき事が出来た。

 

「エル、ありがとう。えっと、とりあえず翼には他にも似たコメントがないか探してみてって伝えてくれるか?」

「分かりました!」

 

 いそいそと翼へメッセージを送信しようと操作を始めるエルを見てから、俺はこの場にいる三人の装者へ目を向けた。

 

「今日は暁さんがバイトだっけ」

「はいデス」

「そっか。今の時刻は……午後一時半ぐらい、か」

 

 暁さんのバイト開始が五時。なら二時間ぐらいは余裕がある。

 

「ちょっといいかな? 装者の三人に相談がある」

「相談? お兄ちゃんが?」

「一体何デスか?」

「うん、ちょっと歌って欲しいんだ。水着ギアかギアインナーでもいい。その上に服を着て、それぞれの戦闘曲というか、戦う時に歌ってる歌を」

 

 そう告げると三人だけでなくエルやヴェイグも驚いていた。

 

「ど、どういう事ですか?」

「うん、まだ三人には話してなかったかもしれないな。実は……」

 

 俺の考えを教えると既に聞いているエル以外がそういう事かと納得してくれた。なのでみんなでルーム料金の方のカラオケへ行く事に。一時間か二時間だけど三人に可能な限り歌ってもらうためだ。

 特にザババの二人はそれぞれで歌った後にユニゾンをやってもらいたい。というのも翼の動画にあったあのコメントは最近のものだった。

 これはおそらくだけど依り代の力が強くなってきたからだと思う。未来との短時間でのやり取りで絆ゲージが上昇したから、あれはやはり何故か俺との結びつきが強くなると上がるものだと推測出来た。

 

 ただ、俺は少しそれで困ってる。もしあのゲージが本当に俺との関わりが深くなる事で上がるのだとしたら、響やクリスの関わり方が今以上に凄い事になるかもしれないからだ。

 だからあの二人はデートを最後へ回そうと思ってる。いや、正直あの二人と二人きりになるのは若干不安だし。

 

 そんな事を考えながら俺はエル達と一緒に家を出る。鍵は月読さんが閉めポケットへ。

 

「何だか不思議な気分なのデスよ。お昼からカラオケって言うのは」

「前は朝だったね」

「あの時はみんな一緒だったからもっと賑やかでした」

「それだけじゃありません。カラオケ前で集合でした」

「タダノも一緒に家からというのは初めてだな」

「そうだな」

 

 先頭をセレナちゃんとエルが手を繋ぎ、その後ろをザババコンビが歩く。ヴェイグはいつものようにエルの腕の中だ。俺は最後尾を歩いて親戚のおじさん感を全開。

 

 道中は少女四人が本当の家族みたいに他愛ない事で会話するのを俺は黙って聞くだけだった。

 ヴェイグは周囲の目もあるためカラオケの部屋へ入るまでだんまりだ。

 

「只野さん只野さんっ!」

「どうかした?」

 

 そんな時、暁さんがこちらへ振り向いて笑いかけてきた。

 

「アタシの順番はまだデスが、先にこれだけは言っておくデス。これからは名前で呼んで欲しいデスよ」

「名前で?」

「デス」

「お兄ちゃん、私も呼び捨てにして欲しいな」

「セレナちゃんも?」

 

 まさかの、って程でもないか。この二人は無邪気で人懐っこい。俺に名前で呼ばれる事を気にもしないだろう。

 だけど、これは誰にだって許す事じゃないと思う。特に異性には。なので有難く受け取ろう。

 

「ありがとう、切歌ちゃん、セレナ」

「お~っ、ちゃん付けになったデス」

「やりました。お兄ちゃんがもっとお兄ちゃんって感じです」

 

 可愛い反応を見せてくれるよ、本当に。

 

「あ、あの……」

 

 と、くれば当然そうなるよな。クリスの時の教訓を生かす時は今だ。

 

「えっと、月読さんも出来れば名前で」

「は、はい。それはいいんですけど、お願いが」

「へ?」

 

 予想外の展開だ。呼び方を名前でいいと言ってくれたのにお願いがあるらしい。

 

「私の事は、調さんって呼んでくれませんか?」

「…………え?」

「し、調さん? どういう事デスか?」

「調さんって、私が呼んでるみたい……」

「どうしてそう呼んで欲しいんですか、調お姉ちゃん」

 

 俺以外からも疑問を投げかけられる月読さんならぬ調、さんにしておこう。調さんはそんな疑問へ俺をチラリと見やってからこう返した。

 

「その方が大人みたいだから」

「「「「……あ~」」」」

 

 だんまりのヴェイグ以外の声が重なる。うん、言いたい事は分かる。

 でも、俺はこの結末が見えたなぁ。ただ本人が望む事だ。ならそれに従おう。

 

「分かったよ調さん。じゃあ、これからそうやって呼ぶよ」

「はい、お願いします」

「エル、カラオケ着いたらまずステータスの確認しようね?」

「はい!」

「大人っぽい、デスかぁ。う~ん、その発想はなかったデス」

 

 さてさてどうなるかな? 願わくばカラオケから帰るまでに何とかなるといいんだけど……。

 

 

 

 切ちゃんやセレナは呼び方を変えてもらう事でゲージの色付きが増えていた。なのに私は変わらなかった。

 ううん、少しだけ色付いた。でも二人程分かり易くない。呼び方を変えるだけじゃダメなのかな? やっぱり呼び捨てとか親しげな感じじゃないとダメ?

 

 ……分からない。

 

 そんな気持ちでもカラオケは楽しいと言えば楽しい。何よりギアを使って歌う歌をこんな気持ちで歌うのは初めてだ。

 戦うためじゃなく、誰かへ届けるように歌う。ううん、見えない悪意と戦うために歌ってるのかもしれない。

 

 切ちゃんとのユニゾンは何となくだけど今までと少し感覚が違った。これまでがユニゾンなら、今回のはユニゾン+って感じ。何かが違う。しかもそれは変わったって言うよりは何かが加えられた感じ。

 

 歌い終わった時、思わず切ちゃんと顔を見合わせたぐらい。

 

「し、調……何デスかね、今の」

「分からない。でも、えっと……楽しかった」

「おおっ! そうデスっ! 楽しかったデス!」

 

 これまでは戦う時に歌ってきたから楽しいなんて思った事ない。でも、こうやって戦いながら歌わないとこんな気持ちで歌えるんだって、そう分かった。

 歌ってる事は結構物騒だなって思うけど、元々はそういう時に歌う歌だから仕方ない。それに、何というか不思議だった。

 フロンティアの頃に歌ってた歌でも歌おうと思えば歌えるんだって、そう分かったから。懐かしいって言うには早いかもしれないけど、やっぱりあれから色々あったから思う事も多い。

 

「よし、これでユニゾンも全曲だな」

「お姉ちゃん達、喉は大丈夫ですか?」

「勿論デス!」

「うん、まだまだいける」

 

 ギアで歌ってる時は喉が辛いなんてなった事ない。やっぱりフォニックゲインのおかげなのかな?

 

「欲を言えばイグナイトアレンジメントも欲しいが、仕方ないか……」

 

 只野さんはどこか悔しそうにそう言って撮影した動画をアップしていく。これで私達も歌い手系配信者の仲間入りだ。

 

「……よし、とりあえず帰ろう。長居は無用だ」

「ええっ!? まだ時間あるデスよ!?」

「いや、でもバイトがあるだろ? それに準備や食事だって」

「そんな事よりもっと歌って」

「途中にあったケンタでチキンを買ってあげるから」

「さぁみんな帰る準備をするデスよ。ここでの用事は終わったデス」

 

 分かり易いぐらい目がチキンになってるよ切ちゃん。ほら、後ろで只野さんが笑ってる。

 

「切ちゃん……」

「切歌お姉ちゃんらしいです……」

「うん、私もそう思う」

「“ふらいどちきん”か。美味そうな匂いがしてたからな。ワクワクするぞ」

 

 悔しいけどヴェイグの言葉には同意。チキンなんて久しぶりに食べる。でも、あまり食べすぎると晩ご飯に差し障る。きっと只野さんもそこを考えてくれるとは思うけど……。

 

「じゃ、帰ろうか。エル」

「はい!」

「セレナ」

「うんっ!」

「切歌ちゃん」

「デスっ!」

「ヴェイグ」

「おう」

「調さん」

「はい」

 

 あれ、何だろう? 望んだはずなのに、これがいいって思ったはずなのに、こうやって呼ばれると何だか寂しい。

 

 自分でも何故か分からないままお店を出て歩き出す。先頭は切ちゃんとエルにセレナ。私は少しだけ後ろだ。

 

「調さん、ちょっといいかな?」

「何ですか?」

 

 また少しだけ寂しい感じがする。大人扱いって寂しいのかな。

 

「呼び方なんだけど、本当にこれでいい?」

 

 思わずドキってした。そう問いかける只野さんはどこか苦笑してた。

 

「……どうしてそう聞くんですか?」

「いや、一人の時はいいかもしれないけどさ。こうやって大勢いる時に、しかも自分と近い年齢といる時に自分だけ敬称で呼ばれるのって疎外感感じないかなって」

 

 何となく私が抱いてる事を見抜かれた気がして、私は只野さんを軽く睨む。

 

「分かってて呼んでたんですか?」

「うん、まぁ」

 

 む~っ、優しい人だと思ってたけど、若干修正が必要。只野さんは優しいけど時々意地悪だ。

 

「だからさ、調さんってのは二人の時だけ呼ぶな」

「え……?」

「普段は……そうだなぁ……馴れ馴れしいのが嫌なんだよね?」

「え、えっと……」

 

 そうだったはずだけど、こう言われると急に恥ずかしくなってきた。いっそ、呼んでみてもらおう。

 

「あの、調君って呼んでみてくれませんか?」

「……調君」

「次は呼び捨てで」

「……調。どう? どっちがマシ?」

 

 やっぱり君付けされると司令みたい。うん、じゃあ君付けでお願いしよう。

 

「君付けで」

「よし分かった。なら普段は君付けで呼ばせてもらおう。それでいいだろうか、調君」

「ふふっ、はい、それでいいです、店長」

「むっ、そうくるか」

「はい、そうきます」

 

 お互いに笑顔を見せ合う。只野さんは、やっぱり大人だって思った。そしてそれが間違ってないって私はこのすぐ後実感する事になる。

 切ちゃん達がこっちを見ずに見えてきたお店へ意識を取られてるのを見て、只野さんが私の耳元へこう言ってきたからだ。

 

――切歌ちゃん達の手綱は任せたよ、調さん。

 

 大人扱いされて私は知らず笑顔になってた。うん、只野さんはやっぱり時々意地悪だ。こんな事されたら私が喜ぶって分かっててやるんだから。

 

 結局チキンは基本一人一本だけで、切ちゃんだけハンバーガーを単品で購入してもらった。でも、八本入りのバケツサイズがお得だったからそうしちゃったけど。

 お家に帰って切ちゃんは結構早い夕飯。私達は少し早いおやつとしてチキンを食べるんだけど、切ちゃんの食べてる和風チキンカツサンドから凄く良い匂いがしてきてみんなの視線がそっちへ吸い寄せられる。

 

「美味しいデスっ! サイコーデス! ソースの味が堪らないデスよぉ!」

「切歌さん、一口だけください!」

「ぼ、僕も欲しいです、切歌お姉ちゃん!」

「俺にもくれ!」

「ふっふっふ、仕方ないデスね。ありがたく食べるといいデース!」

 

 切ちゃんが調子に乗ってるので冷たい視線を送る。じー……。

 

「うっ!? し、調?」

「じー……」

「切ちゃん、そのお金は誰のお金? そう調君は言いたいようだ」

「そ、それは……で、でも只野さんのお金はみんなのお金で」

「じー……」

「じゃあどうしてそれを自分の物のように振舞ってるの。そう調君は言いたいようだ」

「ううっ! た、只野さんの言葉に調が黙って頷いてるデス。い、いつの間に調の気持ちを読めるように!?」

 

 そう、実は只野さんが私の代わりに切ちゃんへ伝える気持ちは結構合ってるから頷いてる。

 なのでチラっと只野さんへ目を向けた。すると向こうもこっちを見てるみたいで目が合う。

 

「読めてるかは分からないけど、出来るだけ分かろうとはしてるから、かな?」

「……そういう事」

 

 こっちへ微笑みかけてくれた只野さんに私も自然と笑みを返す。

 只野さんは私達の事を知ってる。でも、心や考えまでは読めない。だから読み取ろうとしてくれてるって分かった。

 うん、そっか。私は呼び捨てにされる事が嫌だった訳じゃない。この人に距離を詰められるのがちょっとだけ怖かったんだ。

 

「只野さん」

「ん?」

 

 だから言っておこう。

 

「やっぱり調でいいです」

「いいのか?」

「はい。だって、そうしないと只野さんがずっと司令の真似で遊ぶから」

「おっと、気付かれた」

 

 そう言って楽しげに笑う只野さんに私は苦笑する。うん、もうこの人への怖さはない。私達の事を知ってるけどこの人はそれを悪用出来ないしするつもりもない人だ。

 

「とにかく切ちゃん、みんなへは一口だからね。エル達は晩ご飯もあるんだし」

「りょーかいデスよ」

「みんなも食べ過ぎないでね」

「「「はーい(分かった)」」」

「さすが調ちゃん、イヴさんがいない時は見事なお母さん代理だ」

「ありがとうございます。でも只野さんもいつも立派なお兄ちゃんしてますよ」

 

 そう言うと只野さんは少しだけ照れくさそうに頭を掻いた。その姿は大人のようでどこか少年みたいに私には見えた……。




応援しようとしていたら、気付かぬ内に自分も……なんてベタと言えばベタですね。
というか、響が惚れる時点で未来にも刺さる可能性がないはずない(汗
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