シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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戦隊を一気に理解してもらうのにこれ程向いている映画はありません。
以前只野が切歌に借りてきてもらおうと言ったのはこれでした。

シンフォギアは基本この路線かと思います。
次回は本編です。


番外編 スーパー戦隊編(スーパー戦隊199ヒーロー大決戦)

 週に一度の集会。とはいえ、今回はやや特殊である。週の終わりの土曜日、時刻は既に午後七時になろうとしていた。

 

「兄様、今回は一体何ですか?」

「切歌さんが早く見たい早く見たいってずっと言ってたんです」

 

 今回の集まりは休みを合わせてのものではなく、夕勤をしている者達が休みで仁志と奏は勤務という状況でのものだったのだ。

 つまり調や未来はバイトがあった訳であり、仁志と奏はこの後コンビニへ行かねばならない。そんな中でもこういう集まりを無くすつもりはないと仁志は考えていた。

 

「詳しい説明は敢えてしない。一つだけ言うのなら、ライダーやウルトラマンとは違うヒーロー像を見て欲しい。て訳で切歌ちゃん!」

「再生、デース!」

 

 最早仁志の助手のような切歌に誰もが苦笑する中、モニターに映像が映し出され始める。

 切歌はエルと調の間へ座り、仁志は年少組から少し離れた場所へ座るも、すぐにその周囲を響やクリスなどの彼へ想いを寄せる者達が取り囲むように座った。

 

「……素早過ぎやしないか?」

「そんな事ないです」

「そうですよ」

「たまたまここへ座ろうと思っていたところに只野さんがいただけです」

「それとも何か? あ、あたしらが近くは嫌かよ?」

 

 クリスにそう言われてしまえば仁志に反論などあるはずもなく、彼は照れくさそうに後ろ手で頭を掻くのみだった。

 その様子を眺め複雑な表情をするのは奏とマリアである。響達先行居住組は以前から仁志への信頼感が分かっていたから違和感もない。

 だが未来は別だ。密着とはいかないでも接近している響に負けないぐらいの距離感で仁志の傍にいるのだから。

 

(何か気付けば未来が只野の傍にいるようになってる気がする……)

(あの子、只野に惚れる要素あった? ……いえ、それを言ったら私だってそうだったはずよ。なら……)

 

 未だ自分の想いに気付けない奏。想いを自覚しても響達程積極的になれないマリア。そのもやもやとした気持ちを抱えたまま二人もモニターへ目を向ける。

 

 出だしから全員が息を呑んだ。何せヒーロー達が苦戦するところから開始なのだ。状況が理解出来ないまま、それでもそれが危機的状況である事だけは理解した頃には切歌やエルフナインは映画に夢中となっていた。

 

「……凄い」

 

 ポツリと調が呟いた一言。それはズラリと並ぶスーパー戦隊を見たからだ。

 地球を守り抜いてきた色取り取りの戦士達。それが地球の危機に集結し絶望的な状況へと立ち向かう。

 流れる“天装戦隊ゴセイジャー”も相まって否応なく見ている者の気分を高揚させる。まったく知らない響達もその歌と戦いに無言でモニターを見つめ続けた。

 

「これは……どういう事なんだ?」

「ザンギャックっていう全宇宙を支配下に収めるような大組織が地球へ攻めてきた。それを全てのスーパー戦隊が迎撃してるんだよ。通称レジェンド大戦って劇中じゃ呼ばれる戦いさ」

「レジェンド大戦……」

「これだけの人達が……地球を……」

「そう。みんなこの星を、この街を守るために命を賭けて戦い続けてきた戦士達だ。望む望まぬに関わらず手にした力で、ね」

 

 乱戦。そう表現するのが相応しい状況でも、スーパー戦隊はまるでずっと戦ってきたかのように息を合わせて戦う。

 同じモチーフの戦隊同士が連携を見せたり、背中を預け合うのはそれを知る者達が密かに興奮する姿だろう。

 

「に、忍者デスかっ!? 忍者のヒーローもいるデスよっ!」

「空を飛んでいたのは、あれはどういう事なんでしょう!? 翼のようなものを広げていたようにも見えました!」

 

 知らなくても興奮している者達がいるが、それはまさしく仁志の教育の賜物である。

 特に忍者戦隊と忍風戦隊の協力攻撃は忍者を知っている装者達には目を惹くモノがあった。

 

「これだけいるのに、少し見ただけで個性が分かるのが凄いです」

「このままなら勝てるんじゃないか?」

 

 ヴェイグの呟きは見ている者の半数が思っていた事だった。だが、それを嘲笑うかのように状況は悪化する。

 空から現れた戦艦による砲撃がスーパー戦隊を襲ったのだ。それも、その数は空を覆わんばかりのもの。

 

「こ、こんなに沢山……」

「一体どうやって戦えってんだよ?」

 

 そのクリスの疑問へはすぐに答えが見せられる事となる。アカレンジャーを中心とし、全てのスーパー戦隊がその力を結集し解き放ったのだ。

 

「「「「「「お~……」」」」」」

「響まで……」

「あたしらで言うとこのG3FAか?」

「いや、違うだろう。こちらは集束させた後に拡散させているようなものだ」

「人数が違うのもあるけど、圧巻ね……」

「でも、これが原因でスーパー戦隊は変身能力を失ってしまうんだ」

「……あのウルトラマンの映画のウルトラ兄弟と一緒ってわけか」

 

 奏の言葉に全員が複雑そうな表情を浮かべた。自分達に置き換えればギアを失う事だ。しかも今回はその倒すべき相手の先遣隊であった事を仁志が告げると全員が絶句する。

 それでも例え変身能力を失っても地球を、人々を守るという姿はヒーローらしいもの。そして響達が感じ入ったのは能力を失った後の彼らの会話と表情にあった。

 後悔などないとばかりに笑みを浮かべていたのだ。守りたいものを守れた。その事への安堵が漂うその会話はまさしくヒーローであった。

 

「……この人たちは、さっきの相手がまだ本隊じゃないって知らないんですよね?」

「多分ね」

「晴れ晴れとした笑顔だ。やはり彼らも守りし者、か……」

 

 そっと胸を押さえる翼。切歌やエルとは違った意味で彼女はヒーローものにはまっている。防人たらんとする彼女にとって、ヒーロー達はその手本とも言える者達だったのだ。

 そして舞台は劇中での現代。地球へザンギャックの再侵攻が押し寄せている中、35番目のスーパー戦隊である海賊戦隊ゴーカイジャーがそれを阻むように戦っていた。

 

 その様子を観察というか監視している者達がいる中、ゴーカイジャーはその手にしたレンジャーキーを使い姿を変える。

 

「デデッ!? ど、どうなってるデスか!?」

「超変身っ!?」

「うっそだろ? 別のヒーローになりやがったぞ」

「ゴーカイチェンジって言ってましたけど……」

「も、もしかしてさっきの戦いで失われた力がさっきの鍵みたいな奴ですか!?」

「響正解。ちなみに海賊版って表現にもかけてるらしい」

「成程っ!」

 

 仁志の説明を聞きながらも目はモニターから逸らさない響達。物語はようやく動き出したと言うところであった。

 ゴーカイジャーからゴセイジャーが自分達のレンジャーキーを奪ったのである。それがゴセイジャー五人へ天装能力を取り戻させて再び天装戦隊がその姿を地上に表した。

 

「あ、あれ? 何で戦うんですか?」

「ゴセイナイトのレンジャーキーとか言ってますけど……」

「タダノ、ごーかいじゃーは持ってないのか?」

「うん。この時のゴーカイジャーは追加戦士達のレンジャーキーは持ってないんだ」

 

 仁志の言った追加戦士との単語に全員が首を傾げるも、物語はいよいよ起から承へと向かっていく。

 互いの思い込みや元々の考え方の違いで同じスーパー戦隊でありながらぶつかり合うゴーカイジャーとゴセイジャー。

 それはさながら同じ装者でありながらぶつかり合ったかつての響達を彷彿とさせた。

 

「……どうして戦う事しか出来ないかな?」

「響……」

「同じスーパー戦隊なんだよ? なのに……」

「ゴセイジャーは名前の通り星を護る事を使命としてる。それに対しゴーカイジャーは海賊であり地球を守るために戦ってる訳じゃない。彼らはザンギャックと戦ってるだけでゴセイジャー達程地球を守りたいとは強く思ってないってのも一つの要因だ」

「立ち位置がそこまで違うのね。だから想いがすれ違う」

「そっか。ゴセイジャーは本当にスーパー戦隊なんだ。でもゴーカイジャーはまだその在り方がスーパー戦隊になりきってないって感じ?」

「俺も天羽さんのように考えてる。ゴーカイジャーは一年間の時間をかけて、地球と縁もゆかりもない者達が歴代のスーパー戦隊のような存在になっていく、そういう物語だ」

 

 その言葉に切歌が無言で頷き、頭の中のメモへゴーカイジャーの名前をレンタルリストに書き入れたのは言うまでもない。

 

「切歌お姉ちゃん……」

「分かってるデスよエル。一緒に見ようデス」

「はい!」

 

 そして特オタとなりつつある擬似姉妹はしっかりと意思疎通が取れているのだ。

 その様子を横目で見てセレナや調は苦笑。本当に姉妹のように見えたからではない。エルの膝上にいるヴェイグも頷いていたからである。

 

(ヴェイグさん、声も出さなかった)

(それだけ映画に集中してるんだね、ヴェイグも)

 

 海賊と天使の激突の最中、遂に敵が動き出す。ザンギャックへ手を貸すと言って出現した黒十字総統は、その闇の力でスーパー戦隊に恨みを持つ存在を甦らせたのだ。

 

「……やはり闇ってものは同じような事をやるのね」

「だね」

 

 マリアと奏は呆れるようでどこか嫌そうな顔を見せる。仁志の見せるものは基本的にどこか自分達に重なる部分があるためだ。

 だからこそ彼女達も仁志の薦めるものをちゃんと見ている。勿論面白いのもあるが、根底にはそれが現状の打破に繋がるかもしれないという考えがあってのものでもある。

 

 そして海賊と天使はそれぞれ散り散りに異空間へと飛ばされてしまう。互いを敵視している者同士のまま、二つの戦隊は敵へと立ち向かうのだが……

 

「駄目だよ……手を取り合わないと……」

「こ、これは身をつまされる思いだ……」

 

 響の祈るような言葉に翼が若干の居心地の悪さを持って呟く。かつて響の事を気に入らないと思って対峙した事を思い出しているのだ。

 敵が目の前にいるのにまだ互いに手を取り合えない海賊と天使。それでもゆっくりとではあるがその間にあった溝が埋まっていく。

 特に全員が思わず気持ちを一緒にした瞬間があった。それはゴーカイレッドが我が身を呈して動けない家族を守った事を見たゴセイレッドと同じ反応だ。

 

「……ゴーカイジャーも、やっぱりヒーローなんですね」

 

 エルの呟きこそが全てだった。自分達の事しか考えていないように見えるが、ゴーカイジャーにも優しく強い心がある。それを一番如実に示す演出がそのシーンだったのだ。

 これを切っ掛けに二人のレッドは協力を開始。まさしく互いの根底にある想いが同じであると気付いたシーンであった。

 

「地球の人間ではない。なのにそこにいる力無き者を守ろうとする、か……」

「関係ないんデス! ヒーローには、どこの人とかどんな人とか関係ないんデスよっ! そこに助けられる命があるなら、手が届くのなら、いつだってどんな時だって体を動かしちゃうんデスっ!」

「切ちゃん……」

「ゴセイジャーだって天使デス! なのに地球を、みんなを守ってくれます! 種族も生まれも関係ないんデスよぉ!」

「うん、そうだね。切ちゃんの言う通りだと私も思う。はい、ティッシュ」

「調ぇ……ぐすっ、ありがとデス」

 

 感極まった切歌の言葉にエルが無言で力強く何度も頷き、仁志さえも深く頷いていた。

 そしてそれは響達の胸も打つ。目指しているものは、理想としているものはそこにあるのだと思う事で。

 

 手を取り合った海賊と天使は甦った悪を打ち破り元の空間へと帰還する。だがそんな彼らを黒十字総統は卑劣な戦法で攻撃した。

 何とレンジャーキーを実体化させて襲わせたのである。ある意味で先輩であるスーパー戦隊達を相手に戦う事に嫌悪感を抱くゴセイジャーだったが、それでもここで戦わなければその力を悪に利用されてしまうと思って覚悟を決める。

 

「ライダーでもそうだったけど、同じ存在同士で戦わせるのって嫌です……」

「セレナの気持ちは分かるよ。でも、だからこそ悪は、闇はそれを狙うんだ。いつでも闇はヒーローの、みんなの心が嫌がる事を仕掛けてくる。それに惑わされて優しさや勇気を見失っちゃダメなんだ」

「……はい」

 

 仁志の言葉にセレナは凛々しく頷いた。マリアはそのやり取りに無意識に微笑んだ。

 

(本当に只野が父親みたいになってるのね、セレナには)

 

 セレナの精神的支柱となっているだろう仁志。その事に気付き、マリアはそっと目を閉じる。

 

(男女が惚れるのは理屈じゃない、か。でもきっと切っ掛けがあるとすれば、私は只野のセレナ達への接し方だったのかもしれないわね……)

 

 まだ幼いセレナ。それをちゃんと歳相応の存在として扱いながらも、時には装者として厳しい事も突き付ける。

 ナスターシャがやっていた事にどこか近いが、仁志は無理矢理立たせるのではなく倒れてもいいように密かに支えられるように備えている印象だろうか。

 

「「おおっ!」」

 

 聞こえた声にマリアが目を開けると、モニター内では天使と海賊による大立ち回りが展開されていた。

 歴代のスーパー戦隊を相手に一歩も引く事無く立ち向かい、それに勝利していくゴーカイジャーとゴセイジャー。

 それを見ながら仁志は告げる。あれは本物ではないから弱いのだと。本物達には魂が、心がある。それがなく力だけの存在が心を持つヒーローに勝てるはずがないと断言したのだ。

 

「魂……心……。そっか。諦めない気持ちが不可能を可能にする」

「なら、気持ちがない存在はどれだけ力があってもヒーローには勝てませんっ!」

 

 調とセレナの言葉に仁志は微笑みながら頷いた。

 

「そういう事だ。現に、心のないカルマ・ノイズは君達に勝てなかった。世界蛇もそうだ。優しさを弱さだ甘さだと罵る相手こそ、その気持ちに負ける。優しさは強さなんだ。手を差し伸べるだけじゃない。時には相手を想って敢えて突き放す事だってある。強さは愛で、優しさだ。だから強い奴ほど笑顔は優しいんだよ」

「先輩……それって……」

「歌の歌詞、だったな」

 

 ヴェイグの指摘に仁志は照れくさそうに頬を掻いた。

 

「好きな歌なんだよ。影響されてるのは見逃してくれ」

 

 そこで全員が小さく笑う。そして映画もいよいよ終盤へと向かう。レンジャーキーを全て元へ戻したゴーカイジャーとゴセイジャー。そこへ黒十字総統が襲いかかる。

 その力の前に窮地へと追い詰められるものの、諦めない気持ちが奇跡を起こす。何とレンジャーキーが光り輝きゴーカイジャーとゴセイジャーを不思議な空間へと導いたのだ。

 そこで告げられる歴代戦隊のレジェンド達からの想いと願い。それに頷き返すゴセイジャーと神妙な表情を見せるゴーカイジャー。

 

「……託される想いと願い、そして力、か……」

「大いなる力って何ですか?」

「ゴーカイジャー以外の戦隊が有している力。いわばゴーカイジャーを認めた証みたいな感じかな」

 

 響の問いかけにそう返して仁志は画面を見ながら告げる。

 

「長期シリーズだからこそ出来る話だよ。地球の未来を、初めてそこと関わりのない者達へ託す。それしか出来ない無力さを秘めてレジェンド達はもっとも新しい戦隊へ力を託すんだ。想いや願いと一緒に」

「それを受け取るんですね、ゴーカイジャーは」

「こいつらはこいつらなりに正義を貫くんだろうな。そして、それは誰かを傷付けるもんじゃない。それを分かったからこその大いなる力って事か」

 

 丁度モニターには全てのスーパー戦隊が勢揃いして並び立つシーンが流れていた。

 

「圧巻デェス……」

「うん、カラフルで綺麗……」

「これだけの数の戦隊がいて、その想いがゴーカイジャーに受け継がれるんですね」

「我らスーパー戦隊、か……。ライダーもそうだったが、こういう名前が称号みたいに聞こえるのは胸が熱くなるな」

「そうですね。名乗る事で自分だけじゃないって、そう思えそう……」

「なら、名乗ればいいじゃないか」

 

 その言葉に全員の視線が動く。見つめられる事になった仁志はどこか優しい笑顔でセレナを見つめていた。

 

「ヒーローの名乗りは一種の鼓舞、つまり自分を奮い立たせてる意味合いもある。セレナは戦いが苦手で嫌いだろ? だからこそ戦わないといけない時は自分へ言い聞かせるように言えばいい。私はアガートラームの装者、セレナって」

「…………何かカッコイイです」

 

 言っているところを考えたのだろう。セレナはどこか照れながら嬉しそうに呟いた。

 

「名乗り、デスか。ちょっといいかもしれません」

「切ちゃんってば……」

「なら口上も入れましょう! 魂を刈り取る深緑の鎌、なんてどうですか?」

「おおっ! エル、それイタダキデスっ!」

 

 盛り上がる切歌とエルを見つめ、マリアが小さく苦笑しながら仁志へ呟く。

 

「どうしてくれるの? あれ、本気でやるわよ?」

「あ、アルカ・ノイズ相手なら問題ないんじゃない?」

「あのぉ~、マリアさんが問題にしたいのはそれを言う間に攻撃されるかもって事じゃ……」

「と言いつつ響も言ってみたかったり?」

「うえっ!? い、いや、それはないとは言い難いと言うか言えないと言うか……」

 

 今度は響の反応に笑いが起きる。ならばと仁志が映画を一時停止させた。

 

「じゃ、やってもらおう。繋ぐこの手がアームドギア、ガングニールの装者、響って」

 

 その言葉に響は心を鷲掴みにされた。仁志が端的に自分の信念を汲み取った名乗り口上を作ってくれた事で。

 

「……お、お手本をお願いしてもいいですか?」

 

 おずおずと告げた言葉に仁志は一瞬面食らうもならばと頷き、その場で立つと右腕を高々と掲げて拳を握る。

 

「繋ぐこの手がっ! アームドギアっ!」

 

 それはまるで本当にヒーローの名乗りのようであった。言い終わると右腕をゆっくりと下ろしながら握っていた手を開き、さし伸ばすように見せてから微かな悲しみを宿すように柔らかく握る。まるで本当は握り締めたくないと伝えるように。

 

「ガングニールの装者……響っ! ……こんなんでどう?」

「「「「カッコイイ(デス)……」」」」

「さすがタダノだな。それらしいぞ」

 

 年少組が揃って感想を述べ、ヴェイグは楽しそうに頷いていた。仁志は若干照れくさそうにしながら響へ目を向ける。

 

「……やってみます!」

 

 凛々しく表情を変えて響は仁志の動きを見よう見まねでトレースする。

 

「繋ぐこの手がっ! アームドギアっ!」

「そこでゆっくりと右腕をおろして……拳を開いて見せて……優しく握っての台詞っ」

「ガングニールの装者……響っ!」

「「「「「「おおっ……」」」」」」

 

 仁志や年少組から拍手が起きる。翼達などは苦笑しながらどこかでこう思っていた。自分を鼓舞する意味では最適かもしれないと。

 

「こ、こんな感じですか?」

「うん、様になってたよ響。ガオレンやゲキレン感がある」

「が、ガオレン? ゲキレン?」

 

 初めて聞く名称に響が疑問符を頭上に浮かべる。だが、説明はまた今度とばかりに仁志は向き直ってモニターへと目を向けた。

 

「詳しい事は後で。今は映画の続きを見よう」

「あ、はい」

 

 全スーパー戦隊のパワーを浴びた黒十字総統だったが、何とまだ死なぬとばかりに巨大化し黒十字城となって暴れ始めたのだ。

 街を守るために戦うゴーカイオーとゴセイグレート。だが、黒十字城の前に劣勢を強いられ、終いには敗北寸前まで追い詰められてしまう。

 それを見ていた人々にも絶望が漂い始める中、ゴセイジャーの友人である望少年が諦めない事を説き、それを受けて人々の想いが地球最大の大いなる力を発動させたのだ。

 

「こ、これって……」

「やはりいつもヒーローを支え助けるのは守られている人々の想いなのか……」

「そう、ヒーローは一見孤独に戦っているように見えるけど、いつだってその背中には多くの人達の祈りや想いがあるんだ。ゴーカイジャーの時代にはもうこれまでのスーパー戦隊は人々に知られている設定だから、こういう風に光が集まり易いという側面もある」

「人の心の光……」

 

 エルが小さく呟いたのを合図にしたかのように歴代戦隊の巨大メカが出現すると、秘密戦隊ゴレンジャーが流れる中、地球を挙げての大反撃が開始された。

 

「す、凄いデス……感動デス!」

「これ、みんな誰かが持ってたオモチャなんだ……」

「それがこうして本物になって戦う……。奇跡って言うしかありませんっ!」

「ティガの人形もみんなの心の光で本物になりました! 人の心は、想いは無力じゃないんです!」

 

 年少組がヒーロー達の反撃に感動と興奮に包まれる中、マリア達は違う意味で感動を覚えていた。

 

「……こういう事を小さな頃から教えるのは、大事ね」

「そうだね……。諦めなければ、必ず最後に正義は勝つ」

「正義なんて本当は凄く曖昧なのに、ヒーロー達はそれを分かり易く子供達に見せてくれるからね」

「悪い事は許さない。誰かを傷付けたりしない。そして、力は誰かを守るために使おう、ですもん」

「それだけじゃねぇ。戦う力ってのは何も相手を倒せる事だけじゃないって事だ。諦めない気持ちを持つ事。希望を信じ続ける事。それだって立派な戦いだって、小さな頃にこうやって見せられれば……」

「一人一人は小さな力でも、それが集まれば大きな力になる。私達が響達へ歌を届けた時みたいに……」

 

 その胸の歌をあったかくしながら響達も映像へ魅入る。

 

「知ってるかい? スーパー戦隊の始まりは複数の仮面ライダーが手を取り合う展開が人気だった事なんだ。そういう意味では、君達はスーパー戦隊でもあるって言えるな」

「そうなんですか?」

「うん、そうなんだ。ライダーと戦隊は製作会社が一緒でね。もっと言えば、戦隊の始まりであるゴレンジャーの原作者はライダーと同じ人なんだ」

「へぇ、じゃあライダーとスーパー戦隊は同じ人が考えたんだね」

「そうなる。ちなみに製作会社で言ったらメタルヒーローも同じだよ」

「そういえば思い出しましたっ! 只野さんっ! ゴーカイジャーVS宇宙刑事ギャバンなんてものがあったデスけど、あれって何デスか!」

 

 その切歌の言葉へ待ってましたとばかりに笑うと、仁志は一言だけ告げた。

 

「この映画を返却したら借りてきてくれる?」

「了解デスっ!」

「切ちゃん、決めるみたいだよ」

「おおっ!」

 

 ゴレンジャーの大いなる力でゴーカイオーへバリブルーンが合体しゴレンゴーカイオーとなる。そして、黒十字総統の弱点であるカシオペアの力を込めた“ゴーカイハリケーンカシオペア”が炸裂。

 その一撃に無敵を誇っていた黒十字城も遂に滅びた。闇が消えた青空の下、歴代戦隊の巨大メカ達は消えていき元の持ち主達の手へと戻る。

 ゴセイジャーも自分達の力を再度レンジャーキーとしてゴーカイジャーへ託した。今は全てのスーパー戦隊の力を一つに集めておくべきと考えて。

 そこにはゴーカイジャーへの信頼もあった。自分達の分まで星を、人々を護ってくれる。護星の使命は彼らにも受け継がれていると感じ取ったのだ。

 

「タダノ、俺はこのごーかいじゃーが気になる。どうなるんだ?」

「あー、正直ゴーカイジャーは全部通して見て欲しいんだ。仮面ライダージオウとゴーカイジャーにウルトラマンメビウスは、それぞれのシリーズでの記念作品だけあって過去作品を知らない人がそれへ興味を抱ける作りになってるからさ」

「だって切ちゃん」

「ジオウ、デスか? ディケイドじゃないんデスか?」

「……ディケイドはディケイドでいいんだけど、あれは悲しい事に賛否両論あって若干否の方が多い作品になってしまったからね。まぁ、BLACKとRXの同時変身とか見どころも多いんだけど……」

「「「「「「「「「「「同時変身っ!?」」」」」」」」」」」

 

 既にBLACKとRXの関係性を知っているため、響達は仁志の言葉に大きく反応する。

 予想通りの反応に仁志は満足そうに笑い、切歌を見つめて頷く。それが何を意味するかを瞬時に悟り、切歌は満面の笑みで頷き返した。

 

「切歌ちゃん、そこの話が入ってる巻だけでいいからね」

「マジデスか? 通しで見ないと分からないと思うデスけど……」

「大丈夫。ディケイドのあの話はそういう意味ではBLACKとRXさえ好きなら楽しめる」

 

 こうして鑑賞会は終わり、時刻は九時近くになろうとしていた。

 仁志は奏は後三十分程でコンビニへ向かわねばならないのだが、そんな中で仁志は切歌と響を中心にある事を考えていた。

 

「蒼の一閃! 全てを斬り裂くっ! でどう?」

「じゃあじゃあ、真紅の弾丸、闇を撃つ! とか?」

「おおっ、それじゃ……絶望を薙ぎ払う……ノコギリってどう言ったらカッコイイデスかね?」

「そうだなぁ……回転刃とかは?」

「イタダキデス! 絶望を薙ぎ払う回転刃っ! 調はこれで決まりデスっ!」

 

 三人が考えているのはそれぞれの名乗り口上だった。さながら新番組の会議のようである。

 それを聞きながらエルフナインやヴェイグも腕を組んでいた。二人も二人で考えていたのだ。

 

「はい、思いつきました」

「じゃ、エル。どうぞ」

「はい。えっと、マリア姉様です。全てを守る慈愛の白銀っ!」

「「「「おお~っ」」」」

「だってさ、マリア。どうだい?」

「ど、どうだって……」

 

 エルフナインの告げた口上に仁志達が感心するような声を出す横で奏がマリアへ感想を求めていた。

 今や可愛い義妹にも等しいエルフナインの考えた文章は嬉し恥ずかしなもの。それでもマリアは顔を若干赤くしながらエルフナインへ声をかけた。

 

「エル、その、ありがとう」

「えへへっ、喜んでもらえたようで嬉しいです」

 

 天使の笑顔を見せるエルフナインにマリアは胸を軽く押さえて微笑み返す。

 

「よし、俺も思い付いたぞ」

「おっ、よしいけヴェイグ」

「分かった。セレナのだ。優しく包む癒しの白銀、でどうだ?」

「「「「お~っ」」」」

「セレナ、聞こえた?」

「はい、聞こえました。ヴェイグさん、嬉しいです」

「エルが言った言葉から考えた。姉妹ならどこか似てる方がいいと思ったからな」

 

 そうヴェイグが告げるとセレナは嬉しそうに頷いてマリアへ視線を向ける。

 

「姉さん、いつか一緒にやろうね」

「えっ!? え、ええ……いつかね」

 

 まさかの申し出に驚くも、マリアがセレナの嬉しそうな顔を見て断る事が出来るはずもなく若干微妙な表情でそう返すしかなかった。

 

「残りは奏と小日向に暁か」

「でもよ、後輩の方は軽く言われてなかったか?」

「えっと、たしか魂を刈り取る……深緑の鎌だったかな?」

「未来さん、正解です。よく覚えてますね」

「う、うん。結構物騒な言葉だなぁって思ったから……」

 

 エルの賛辞に未来は若干苦い顔で答える。イガリマの能力を考えればエルの表現は間違っていないのだが、やはり少女が名乗るには少々恐ろしいと言えたのだ。

 

「先輩、あたしの早く考えてよ」

「天羽さんなぁ……。イメージカラーはオレンジ……」

「未来……未来……黒? 紫?」

「お好きな方でどうぞ」

「調っ調っ、決めポーズとかどうするデスかね?」

「うーん……只野さんに教えてもらう方がいいと思う。私達はそういうのあまり知らないし」

「私もそれがいいと思いますよ」

「デスかぁ」

 

 居間の様子を眺め、マリアは一人全員分の飲み物を用意しながら笑みを浮かべていた。

 

(本当に仲が良いわね、みんな。只野がこの時間を無くさないようにしている理由が分かるわ)

 

 そう思うも、その笑みが少し曇る。

 

(だからこそ……只野の事で私達は崩れるかもしれない)

 

 年少の者達からは兄のようにも父のようにも思われ、響達からは異性として意識されている仁志。

 もし今彼が誰かと特別な関係になれば、あるいは倒れたり病気にでもなったら。元々あった不安材料に今は追加されているのだ。

 以前は仁志が死んだり記憶を失ったら。今はそれに彼が誰か一人を異性として強く意識したらという、防ぎようのないものが加わっている。

 

(私はいい。例え響達の誰かが選ばれても受け入れられる。でも、それを他の子達にもしろと言うのは……違う)

 

 そう思ってマリアは息を吐くとお茶を注いでいた手を止める。

 

「みんな、お茶でもどう?」

「「「「「「「「「「「飲む(っ!)」」」」」」」」」」」

 

 即座に返ってきた声にマリアは一瞬だけ呆気に取られ、すぐに楽しそうに笑うのだった。

 

 

 

 荷物が一番少ない土曜はドリップマシンの本格清掃がある。そのやり方はもう教わってるから平気なんだけど、只野は本当にあたしがもう大丈夫と言った日から一切見に来る事もしない。

 逆にあたしの方が不安になるぐらい信頼してくれてる。で、ある時あたしが心配にならないのって聞いたら……

 

――ならないと言ったら嘘になるけど、天羽さんが大丈夫って言っただろ? なら俺はそれを信じるだけ。そこで心配して一々口出しやら何やらされた方が嫌じゃない?

 

 なんて返してきて、あたしとしては納得するしかなかった。只野は信じて任せる事が信頼だと考えてる。それでもあたしが確認を頼めば何も言う事無く見に来てくれるし、不安な部分を聞けば何度でも嫌な顔せず答えてくれる。

 

 あたしはそれに風鳴の旦那を思い出した。何て言うか、もしかして只野の中での理想の大人って旦那?

 

「ねっ、先輩」

 

 無人の店内。やる事も粗方終わり、荷物も今日は終了。客足もないに等しい時間帯だ。あたしの声に只野は不思議そうに顔を向ける。

 

「どうかした?」

「先輩の目指す男ってさ、風鳴の旦那?」

「……目指すのは、ね。なりたいのは違うけど」

 

 その答えにあたしは首を傾げる。

 

「どういう事?」

「……笑わないでくれよ?」

 

 そう言うと只野は真面目な顔でこう言ったんだ。

 

――なれるのなら、滝和也になりたい。

 

 それがあたしにはどういう意味か分からなかった。でも、これだけは分かったんだ。きっと戦う人なんだって。

 ギアが無くても、あたし達と肩を並べて戦えるそんな存在。それに只野はなりたいんだって、伝わった。

 

「って、天羽さんに言っても分からないよな。えっと、滝和也ってのは」

「ヒーロー、なんだろ?」

「え?」

 

 こっちを不思議そうに見つめる只野を見てあたしは微笑む。

 

「先輩の顔見れば分かるよ。男、だもんな、先輩はさ。風鳴の旦那とどこか似た顔してたよ。女のあたしに戦わせて申し訳ないって感じの、さ」

「……そっか。顔に出てたか」

「出てた出てた。でも、うん、ありがと。そうやってもっと先輩の恥ずかしいとこ見せてくれていいから」

「どういう事だよ、それ。というかお礼言う事か、今の」

 

 呆れながらもどこか楽しそうに見える。良かった。どうやら沈んだ感じは消えたらしい。

 やっぱさ、只野には神妙な顔じゃなくて間抜けた感じの顔をしていて欲しいんだよね。てか、そういう顔しててくれないとこっちが妙な感じになるし。

 

 で、そこであたしが休憩になって、只野はその間に発注を始めた。でも売り場に行ってじゃなく裏で。何せ用度品の発注だからだ。

 割り箸とかスプーンみたいなのから始まり、中華まんの包み紙やらストローなんかもそれになる。実はそれを近々あたしが発注する事になりそうなんだよね。いや、押し付けられる訳じゃなく、あたしもそろそろやれる事を増やそうと思ってるんだよね。

 

「ねっ先輩」

「ん?」

「それ、あたしがやりたいって言ったら教えてくれる?」

「……オーナーから天羽さんが用度品の発注を覚えたいって言ってるとは聞いてたけど、本当だったの?」

「そ。ダメ?」

 

 そう聞くと只野は手にした端末を置いてあたしへ向き直った。

 

「いいけど、用度品は簡単なようで面倒だよ? 多すぎると場所に困るし少ないと営業に関わる」

「うん、知ってる。だけどさ、先輩の仕事を減らしたいんだって」

 

 もう慣れてるみたいだけど、先月ぐらいは時々疲れたような顔見せる時もあった。て言っても、あの朝に会話してから注意深く見て気付いたぐらいだけど。

 今はそうでもないみたい。多分だけど発注の一部を調に託したからだろうね。だからあたしも少しだけ只野の荷物を背負いたい。

 

「……休憩終わったら教えるよ。で、ついでにそのまま発注してもらうから」

「了解。よろしくお願いするよ先輩」

「こちらこそだよ。……ありがとう天羽さん」

 

 噛み締めるように感謝を告げてくる只野に顔が熱くなる。やめてよとは言えない。優しい表情でこっちを見てくる只野の気持ちが分からないでもないからだ、

 只野はそう言った後立ち上がった。どうしたのかと思って見つめてると商品整理してくると言って売り場へ出て行った。

 

「……あ~、これってそういう事なのかな?」

 

 誰もいない事務所で呟く。最近気が付くと只野の事を考えてる自分がいる。勤務中もあいつの事を目で追ってるし、さっきみたいなやり取りで顔が熱くなるし。

 

「惚れた……かな」

 

 好意を抱いてるのは否定しない。こうやって一緒に仕事をしてると嫌でも関わるから余計それが強くなってく。

 こっちが大丈夫と言うと本気で任せてくれるし、なのに何かあるとすぐ手伝ったりフォローしてくれる。一度聞いたら自分がされたい事をしてるだけって返すだけで「お礼はいらない。俺も天羽さんには助けてもらってるから。お互い様だよ」って。

 

 ……ダメだ。思い出すのがそもそもそういう事な気がしてきた。あ~、あたしが只野に惚れたとして、どこで? いつ?

 

「分かる訳ないか……」

 

 明確に惚れたなんて分かり易い時があればあたしはちゃんと自覚出来てたはずだ。つまり、気が付いたらそうなってた、だろうね、これ。

 多分だけど一番大きなのはバイト終わりに一緒に走るようになったからかも。あそこであたしは普段でも仕事中でもない只野を見た。

 あたしと何て事ない話をしながら笑うあいつを見て、その時間が最初は悪くないって思って、段々楽しくなって……。

 

「ああ、なんだ。そう言う事か」

 

 スッと納得出来た。あたしはあのジョギングでみんなが過ごしてない時間を只野と二人きりで過ごしてた。それも定期的に。

 その時間がいつの間にか楽しみになってたってのは、そういう事なんだろうな。ははっ、そっか。あたし、意外と簡単な女なんだ。

 

 優しくて頼りない感じもあるけど、時々頼もしくって一緒にいると笑顔になれる。そんな奴だからな、只野って。

 

「…………先輩って呼ぶようにしてて良かったかも」

 

 今のあたしだときっと只野って呼べない。ああ、うん。認めよう。只野さん、だね。

 でもどうしようかね? 響や翼達がどう見ても只野さんに惚れてる。いや、もうあれはアプローチかけてる真っ最中だ。

 

「天羽さん」

「っ!? な、何?」

 

 どうしたものかと考えようとしてたら只野さんが顔を出してきた。

 

「ドリップマシン、全部お願いしてもいい?」

「う、うん。戻しておく。豆の補充も必要ならしておくから」

「お願い」

 

 そう言ってまた只野さんは店内へと戻っていった。

 

「……うん、考えたって仕方ないか。あたしはあたしのままで動こう」

 

 翼達には悪いけど、折角同じ時間帯に仕事してんだ。その利点を使わせてもらうとしますかね。

 そう思ってあたしは椅子から立ち上がって店内へ。すると只野さんが真面目な顔でお菓子の棚を見つめてた。

 

「先輩」

「ん? 天羽さん?」

 

 只野さんの隣へ立って棚を見る。特に何か問題とかあるようには見えない。

 

「棚をそんな真剣な顔で見つめてどうしたのさ?」

「ああ、そろそろ棚替えをするべきかなって。要は商品の配置とかを変える事」

「そんな事してどうするの?」

「えっと、要は見栄えを変える事でお客さんに新鮮味を与えるって感じ。ただ、これには一つ重大な欠点もあるんだ」

「欠点?」

 

 何だろう? あっ!

 

「新商品がないから本当の新鮮味はない?」

「頓智じゃないんだよ? まぁ嫌いじゃないけどさ、そういう答え」

 

 軽く苦笑して只野さんは答えを教えてくれた。それは配置が変わる事でお客さん達が混乱する事。

 

「常連とかちょくちょく来る人もそうだけど、どこのどの辺に何があるって覚えてる事が多いだろ? それが狂ってしまうから、今まで見つけられた物が見つけられなくなって来なくなるって事もあるんだ」

「あー……」

 

 あたしも経験がある。ただ、そういう時って店員に聞けばいいんだけどって、そういうのを嫌がる人が結構多いんだっけ、そういえば。

 

「だからあまり大きく変えるのは抵抗がある。だけど少しだけだと意味がない。このさじ加減が難しくてね」

「成程ね」

「天羽さん、何か案はない? ここを変えた方がいいんじゃないとか、逆にここは変えないで欲しいとか」

「そうだね……」

 

 そこからあたしと只野さんはああでもないこうでもないと言いながら棚替えの相談をした。で、変える事にしたのはカップ麺とスープの棚。

 売れ筋ランキングみたいにして置いたらとあたしが言ったら、只野さんはそれは面白いけど継続していくのが難しいって返された。

 今はカップ麺の仕入れが調になってるから、そこと相談だって。なら丁度いいから今朝する事に決めた。なのでまずは候補とやり方だけ決めて、次は只野さんに教えてもらいながら用度品の発注を覚える事に。

 

「……これで大丈夫かな?」

「いいと思うよ。不安な物は少し多めに。それぐらいでいい。無くなったら困るけど、早々無くならない物もあるし、それが何かは天羽さんも大体分かると思う。金、土と入るだろ? そこでの減り方が一日の消費量だと仮定すれば大体発注量も分かるようになるさ」

「そっか。ん、了解。今度から気を付けてみる」

 

 金曜と土曜の夜勤は朝にホットスナックをやる必要がないので楽。何でも朝から売れる事が稀だから、らしい。

 タバコの補充を二人でしながら話す。たまに来客があってもすぐに終わる。何て言うか、本当に店番って感じ。

 

「おはようございます、店長、奏さん」

「「おはよう」」

 

 で、そうしていたら気付けば調が来る時間になってた。只野さんと二人でカウンターで棚替えをいつやるかの打ち合わせとかしてたらこれだ。

 それにしても、気付けば調も只野さんへ柔らかい表情を見せるようになったね。てか、そろそろあがりの時間か。

 

「天羽さん、ちょっとだけレジ任せていい? 俺、月読さんに棚替えの事とか相談してくるから」

「あいよ」

 

 スタッフルームへ入ってくのを見送り、あたしはぼんやりと店内を見回す。

 店内ゼロ名。やらないといけない事はない。そう思ってたら自動ドアが動いた。

 

「いらっしゃいませ……なんだ、高山さんか。おはようございます」

「おはようかなちゃん。それと、なんだはないでしょ、なんだは」

 

 そう言って笑うのは朝勤の一人の高山さん。一年前ぐらいに入ったらしくて、只野さん曰く南條さんの紹介だそう。

 つまり、おばさんだ。南條さんと二人だとお喋りに花が咲きすぎるらしい。あと只野さんを南條さんと一緒で店長と前から時々呼んでた人だ。

 

「もうしらちゃん来てる?」

「来てますよ。先輩から棚替えについて相談されてます」

「棚替え? へぇ、店長も本当に精力的になったね。かなちゃんが来た辺りは売上とか赤字にならなきゃそれでいいみたいな考えだったのに」

「店長になったし、何かあったのかもしれませんよ」

「だろうねぇ。……女でも出来たかな?」

 

 正解。ただ、高山さんが考えてる意味じゃないけどね。で、スタッフルームにいた只野さんへ直球に彼女でも出来たと高山さんが問いかけるのが聞こえてドアが閉まると、それを合図にしたかのように調がカウンターへ姿を見せた。

 

「奏さん、棚替えってどういう事か聞きました?」

「まあね。で、どうする? やるの?」

「やりたいです。今後は売り場をいじっていいって言われましたし。なのでちょっと見てきます」

 

 どこか嬉しそうな顔で調はそう言って担当の売り場を見に行った。その背中が新しい事を任された事への嬉しさや楽しさで満ちてる感じだ。

 あたしも気持ちは分かる。新しい仕事を任されると成長したって感じ、するもんな。

 

「かなちゃん、ありがと。もういいよ」

 

 調が棚の商品を動かして首を傾げたりするのを眺めていたら声をかけられた。時間を見ればまだあがりまで三分ある。

 

「まだ三分ぐらいあるんで」

「いいよいいよ。まぁ、とりあえずレジはあたしに任せておきな。しらちゃんもいるしさ」

 

 ま、そういう事ならとあたしはカウンターを出て調の傍へ。

 

「あっ、奏さん。やっぱりアイラインは定番がいいと思いますか?」

「どっちかだよね。先輩とも話したけどさ、定番は見やすい位置になくても売れるから、アイラインは新商品とか売り切りたい物にするべきじゃないかって」

「……そういう考えもありですね。そっか……」

 

 うーんと悩むように棚を見つめる調に思わず笑みが零れる。ホント、こんな一面もあるんだね、この子。

 

「あ、先輩から聞いた? あたしがさ、いっそ売上順に並べてみたらって言ったんだけど」

「そうなんですか? あっ、そういえば店長が奏さんにアイディアがあるから聞いてごらんって言ってました」

 

 ……どうやらあたしの口から直接説明させるべきと思ったみたいだ。こういうとこしっかりしてるよ只野さん。

 なのでそこで軽く調と相談。アイラインは新商品とかの売りたい物を並べてランキングはいっそ一番上段で展開するってのがいいかもとか、いっそ逆にしてみるとか色々と話した。

 

「天羽さん、そろそろ上がってくれないと残業代付いちゃうんでその辺に」

 

 そうしたら只野さんが若干苦笑して話しかけてきた。見ればもう上着を脱いでる。

 

「っと、ホントだ。ごめん先輩。すぐ退勤してくる」

「お願い」

 

 ちょっとだけ慌ててスタッフルームへと向かう。入る寸前に店内へ目を向ければ只野さんが調と何か話してるのが見えた。その笑顔の横顔にあたしは小さく笑みを浮かべてドアを閉めた。

 

「……うし、お茶買って走るとしますか」

 

 まだ只野さんとの時間は終わらない。そう思うと頬が緩むのを感じて、あたしは確信する。

 

――やっぱり惚れてるんだ、あたし。

 

 

 

「じゃ、後お願いします」

「お先に失礼しまーす」

 

 仁志と奏が揃って店を出て行くのを見送った後も調はその目で二人の姿を追っていた。

 並んで歩きながら話している姿は、知らぬ者が見ればただの同僚とは思わない雰囲気だ。

 

「そんなに気になる?」

「っ」

 

 かけられた声に調が振り返るとそこには楽しげに微笑む高山の姿があった。

 

「べ、別に気にはしてないです」

「そう? 最近のしらちゃん、店長と仲が良いからてっきり」

「奏さんとも仲良しです」

「そうだね。あとはみくちゃんか」

 

 みくちゃんとは当然未来の事である。高山は自分よりも後輩の同僚を名前に“ちゃん”か“くん”を付けて呼ぶのだ。

 

「はい。未来さんとも仲良しです」

「同じ高校出身なんだよね。で、そこは店長も卒業、と」

「そうですね。何か?」

 

 真剣な表情で調を見つめる高山。その雰囲気から調は自分達の学歴詐称がバレたのかと内心で息を呑む。

 

「……やっぱ同じ高校ってだけで仲良くなるもんなの? おばさんはそういうのあまり経験なくてさ」

 

 告げられたのは調の心配の斜め下。それに調は小さく苦笑してこう返した。

 

「会話のとっかかりにはなりました」

「ああ、そういう事ね」

 

 納得したとばかりに高山が頷くと背を向けたので調は安堵するように息を吐いた。

 

(良かった……。てっきりいくら何でも同じ学校が集中し過ぎって言われるかと思った)

 

 実際そう思う者もいたが、彼女達は年齢がバラバラだった事やその来た経緯が紹介にも近いために疑問視される事はなかったのだ。

 仁志が紹介したのは響とクリス。ただ、彼女達とは関わり合いがまったく見えなかったのも大きい。年齢差が一回り以上ある上性別も異なるとくれば、まさか彼らが水面下で繋がりを持っているなど普通は勘ぐらないもの。

 

「しらちゃん」

「はい?」

 

 だが、恐ろしきは女の勘だろうか。

 

「店長なら大丈夫だと思うけど、それでも一回り以上離れてるってのは思ってる以上に色々問題だから気をつけるんだよ?」

「え?」

「恋愛で止めるならいいかもしれないけど、結婚ってなったら結構大変だよって事」

「…………っ?!」

 

 あっさりと調の中に芽生え出している淡い恋心は見抜いてみせたのだから。

 

 調が高山の指摘にアワアワしながら否定して、その様子を彼女に微笑ましく思われている頃、仁志は奏と二人でマリア達の家の前に到着していた。

 仁志が毎度のように廃棄の菓子パンやシュークリームなどを冷蔵庫に入れてきて戻ってくると、その後ろからヴェイグが付いてきて玄関で止まった。そこから二人を見送ろうというのである。

 

 ちなみに仁志は朝食を走って戻ってきてからとマリアへ告げている。それを聞いてヴェイグも仁志合わせにしようとしていた。

 

「今日はどう行くの?」

「そうだねぇ……久々に遠くの公園までどう?」

「了解。じゃ、行こう。また後でなヴェイグ」

「じゃあな」

「ああ。気を付けて行ってこい」

 

 走り出す二人を見送り、ヴェイグは小さく笑う。

 

(最近の奏もよく優しい匂いがするな。やっぱりタダノはみんなを優しい心にするらしい)

 

 色恋の感情を知らないヴェイグは周囲の女性達の変化を良い事としか受け取れない。笑顔のままヴェイグは家の中へと戻ると、事前に用意しておいた足拭き用の濡れタオルを手に取った。

 

「……こうなると俺の足に合った靴が欲しいな」

 

 ヴェイグは基本外へ出ない。当然彼が一人で行動するには依り代が必要であるからなのだが、もう一つ大きな理由がある。その一つが靴であった。

 基本素足のヴェイグが一人で動くと当然その足は土などで汚れる。そうなれば家の中へは上がれない。

 今回のように事前に足拭き用の何かを用意していればいいのだが、それがなければ彼は自分で足を風呂場で洗った後で掃除をしなければならないのだ。

 

 足を綺麗に拭き終え、ヴェイグは台所へと向かう。

 

「マリア、タダノ達が走り出したぞ」

「そう。で、どうする? 只野が帰ってくるまで食べるのを待つ?」

「ああ、そうする。マリアはどうする?」

「私も待つわ。久しぶりにエルやセレナも只野と朝食を食べたいって言うだろうしね」

 

 笑みを浮かべるマリアだが、それを見てヴェイグは小さく鼻を動かして微笑む。

 

(やっぱりマリアもだ。最近みんな優しい匂いをさせる事が多くなってるぞ)

 

 嬉しそうに笑みを浮かべてヴェイグはマリアの傍へと近付いた。

 

「それで、今朝は何を作るんだ?」

「今朝は質素よ。なめことワカメの味噌汁にベーコンエッグと昨日の残りの肉じゃが」

「なめこ? まぁいいか。なら俺はタダノが帰ってくるまで日を浴びてる」

「ふふっ、寝ないようにね?」

「……その場合は起こしてくれ」

 

 そう言い残してヴェイグは居間へと向かう。その背中を見送りながらマリアは小さく笑い、すぐにある事に気付いて顔を赤くする。

 

(何さらりと帰ってくるって表現を使ってるのよ、私もヴェイグも……)

 

 既に仁志がこの家の住人のように思い出している自分に気付き、マリアは頭を抱えた。実は最近ヴェイグを中心に仁志をこの家で住まわせるべきと言う意見が上がっているのだ。

 同調者は切歌とセレナ。反対しているのはマリアとエル。調は中立を保っている。エルが反対している理由は以前ヴェイグが告げた仁志の潜在的な不安を聞いたためであった。

 

 切歌とセレナは兄のように慕っている仁志が一緒に暮らしてくれた方が色々嬉しく楽しいと言って譲らず、マリアは周囲の目を意識してとそれを何とか宥めている。

 エルは仁志本人がその考えをやんわりと拒否した事を理由に無理強いはしたくないとセレナと切歌へ告げていて、調は女だらけの家で暮らすのは仁志も自分達も大変な事が多いのではと、受け入れても入れなくても互いに良い事と悪い事があると思いを述べていた。

 

「……あのゲージも既に私の上がる速度は停滞気味だし、響でさえもう動かなくなってるに等しい。もしあれが本当に好感度なんてものだとしたら、そもそも数値化出来るの?」

 

 愛情が数値化されるとしたら、これ程酷い話はないだろう。そう思ってマリアは息を吐くと一人考え始める。

 

(あれは只野に関係しているのは間違いないとして、それは本当に好感度なの? それだと下がる事もないとおかしいのにそれは今のところ発生していない。なら増減ではなく増加するのみと考えた方がいい。そうなった場合好感度では下がる事もあり得る。では絶対下がらず上がるのみの只野に関係する要素は何?)

 

 浮かんでくるものは共に過ごした時間だったが、それでは未来の急上昇は説明出来ても呼び方を変えただけで上がった切歌やセレナの説明がつかない。

 

 結局マリアは現実逃避にも近い思考へ没頭する事になる。その裏で居間では目を覚ましたエルとセレナが布団から出る事無くもぞもぞとしていた。

 

「ヴェイグさんがここにいるって事は、お兄ちゃんは奏さんとジョギングかな?」

「だと思います」

「じゃ、今日はお兄ちゃんと一緒に朝ごはんかな?」

「僕らが待ってればそうなると思いますよ?」

 

 布団から顔を出しての小声の会話。切歌はまだすやすやと眠っているからだ。

 

「どれくらいで帰ってくるかな?」

「多分遅くても七時半には帰ってくると思います」

「……じゃ、顔だけ洗いに行こっか?」

「はい」

 

 揃って布団から出ると二人はそのまま揃って洗面所へ。唯一眠ったままの切歌を見てヴェイグは呟いた。

 

「タダノがここで暮らすとなったら切歌の起床時間が早くなりそうだな」

 

 どこか面白そうにそう呟き、ヴェイグはクッションへ仰向けで寝そべると目を閉じる。やがて寝息が二つになった。そんな平和な居間の光景である。

 

 その頃翼達の部屋では未来が着替えを終えて翼と二人で朝食をどうするかと相談を始めていた。

 

「今何が残っている?」

「えっと……」

 

 冷蔵庫の中を眺め、未来は使えそうな物を記憶したのか頷いて扉を閉じた。

 

「使えそうなのは卵にハムとチーズ、野菜はジャガイモが二つと玉ねぎが一つです」

「……ハムエッグとジャガイモに玉ねぎのコンソメスープ、それとパンがあるからチーズトーストでどうだ?」

「うん、いいと思います。じゃ、私はスープの準備しますから野菜切ってもらっても?」

「引き受けた」

 

 こうして始まる朝食準備。もう翼も未来も互いがこうしている事が日常となって久しい。

 一人暮らしで朝から誰かがいるというのに慣れていなかった翼も今や昔。今など奏を出迎え、未来を見送る立場であり、買い物などの家事を受け持つ事で、未だ不安は残るもののようやく一人暮らしをしても大丈夫と思われるぐらいには成長していた。

 未来は未来で響以外とこんな暮らしをする事になるなど思ってもいなかったが、翼や奏は響とは違い規則正しい面を持っているためこうして家事を共にする事も多く、それが未来には共同生活の良さを再確認出来ていた。

 

「トーストはどうします?」

「冷めてしまっては美味しくないからな。奏が帰ってきたら焼き始めるでいいだろう」

「そうですね。あ~、どうせならトマトソース欲しいかも」

「……ピザトーストか。よし、今後のために今日買って来よう」

「わぁ、お願いします。ついでにチーズは板じゃない奴を」

「分かっている。サラミなども欲しいところだな」

「ピーマンもですか?」

「ふふっ、そうだな。ならついでに今夜はピーマンを使った……青椒肉絲にでもするか」

 

 会話だけ聞けば立派な女性同士の生活だろうか。それぞれ作業の手を止める事無く会話を続ける中で笑みを浮かべ続けた。

 話題は尽きない。今夜の献立から日用品の必要な物の話へ変わり、そこから派生して自分達が使っていたシャンプーやリンスがこちらではないのが困るなどの話題となっていく。

 

「あっ、そういえば駅前のドラッグストアで働いてる人が朝勤にいるんですけど……」

 

 雑談とは気付いた時にはどうしてその話をしていたかを忘れる程に話題が変化していくもの。朝食の支度を終えて、後は食パンを焼いてチーズを乗せるだけとなった頃には、二人の話題は昨夜の名乗り口上となっていたのだ。

 

「只野さんと奏さんが仕事に行った後も響達がうんうん唸ってましたね」

「中々小日向の口上が思いつかないと言ってな」

 

 揃って苦笑する二人。参考資料として響達は仁志の言っていた“ガオレン”と“ゲキレン”で検索をかけ、その名乗りを見る事になり……

 

「何と言うか、凄かったですよね、あれ」

「ああ。一種の様式美と只野さんが言っていたが、それがよく分かるものだった」

「でも、切歌ちゃんにはすっごく刺さってました」

「そうだったな。命あるところ、正義の雄叫びあり、だったか?」

「そんな感じでしたね」

「そこからは小日向の口上よりも全員で言う言葉の方へ意識を取られていたな」

 

 その時の事を思い出して翼は笑う。参考に見た二つの戦隊は個人の名乗りの後、全員での言葉があった。それを見て切歌が九人全員で言う言葉をと考え始め、響もそれに賛同して二人が中心となってああでもないこうでもないと言い出したのだ。

 それを聞いてクリスや調なども修正案やアイディアを出し始め、結局十一時までマリア達の家に残ってしまったのである。

 

「本当は十一時前に帰るつもりだったのだがな」

「ちょっと物騒な時間になっちゃいましたね」

 

 慌てて響達はマリア達に就寝の挨拶をしてそれぞれの部屋へと帰った。十一時を過ぎていた事もあり、部屋に帰った翼と未来は寝間着へと着替えてすぐに床へ就いたのだ。

 

「いざとなればギアを展開出来るとはいえ、あまり深夜に出歩くものではないし……」

「女二人、ですから」

「っと、そろそろスープは出来たか?」

「はい、とっくに。もう火を止めてます」

 

 話をしていれば十分二十分などあっという間。気付けば時刻は七時半になろうとしていた。

 普段であれば奏が帰ってくる時間である。それに気付いて二人は小首を傾げた。

 

「何かあったのだろうか?」

「さぁ? もしかして、今日は遠出してる、とか?」

「…………かもしれないが、心配だな」

「もし何かあれば只野さんがエルちゃんか翼さんへ連絡しますよ」

 

 心配いらないと暗に告げる未来に翼はそうかと納得するように頷き、二人は奏の帰りを待つのだった。

 

 その奏は今まさにアパート前へ姿を見せようとしていた。

 

(へへっ、只野さん、驚いてたな……)

 

 ジョギング終わりの別れ際、奏は仁志へ若干の照れを乗せて“只野さん”と呼んだのだ。

 初めて会った時に少し呼んで以来の久々の呼び方に奏だけでなく仁志も気恥ずかしさを覚え、二人して僅かな間固まってしまった程である。

 

――あ、天羽さん? 今の……

――な~んてさ。どう? ちょっとドキっとした? 先輩はからかい甲斐があるよ。じゃあねっ!

 

 それでも戸惑う仁志へ茶化すようにそう告げて、逃げるように奏はここまで走ってきたのだ。

 自覚さえしてしまえば奏は誰よりも積極的ではある。響やクリスとは違い、普段とどこか異なる可愛さを見せる事で仁志の心を大いに乱す事になっていた。

 

 ただ、幸か不幸か奏自身はそれを知りようがないのだが……。

 

 驚きながらもどこか嬉しそうな風にも見えた仁志の顔を思い出し、奏は上機嫌なままでアパートの階段を上っていく。

 

「っと」

 

 ドアをノックし奏は反応を待った。

 

「はい、どちら様ですか?」

「未来? あたしだよ」

 

 そう声をかけるとドアがゆっくりと開いた。

 

「おかえりなさい奏さん」

「ただいま」

「朝ご飯すぐ用意しますから汗流してきてください」

「了解。ありがと」

 

 奏が帰宅したのを受け、翼がハムを三枚焼き始めて卵を三つ割り始める。その食欲を刺激する音と匂いに笑みを浮かべながら奏はシャワーへと消える。

 

「わぁ……」

 

 器用に卵を片手で割る翼を見て未来が小さく感心するような声を出す。そんな事は彼女も出来ないからだ。

 

「ん? どうした?」

「いえ、翼さんって卵片手で割れるんですね」

「ああ、そういう事か。まぁこれも最初は出来なかったが、その、味付けなどと違って体調や気温などに左右されない事なのでいつの間にか……な」

「ふふっ、そういう事ですか。納得です」

 

 要は積み重ねとコツさえ掴めば出来る事なら自分も上達が速いのだ、と、そう翼は言っていた。

 未来はそこに翼ならではの不器用さを感じ取り笑みを浮かべるのだった。

 

 翼がハムエッグを作り、未来がチーズトーストの準備を始めた頃、クリスと響は布団を畳み朝食をどうするかと相談をしていた。

 

「冷蔵庫は空っぽ。スーパーはまだ開かない」

「となると……食べに行く?」

「ま、それが一番いいだろ。問題は、だ」

「どこで食べるか、だね」

「駅前のファストフードは確定だが、選択肢は二つ」

「ハンバーガーショップか牛丼屋さん……」

「どっちだ?」

 

 正直に本音を言えば二人はハンバーガーがいい。ただ、料金と内容量を考えると牛丼や定食の方がいいと言えるのだ。

 この辺りも二人がこの暮らしを始めて身に着けてしまった発想であった。その根底には仁志との暮らしがある意味で息づいているとも言える。

 

「……ちゃんと食べるなら牛丼屋さんで定食じゃない?」

「だな。で、安く済ませるならハンバーガーか」

「じゃ、その場合はお昼をしっかり食べよう」

「……その方がいっか」

「決まり、だね!」

「おう。着替えて持ち帰りだ」

 

 仁志への想いを知り合った二人であったが、それで揉める事などはなかった。

 そもそも腹芸が出来ない響と苦手なクリスである。それにこの世界での暮らしでその関係性は以前とは大きく変化していた。故に同じ男を好きになったからと言って今更険悪になるような絆ではなかったのだ。

 

 着替え終えて二人は部屋を出てドアを施錠すると、一瞬だけ仁志の部屋へ目を向ける。

 

(まだ帰ってきてない……かぁ)

(こりゃ今日はあっちで仮眠してくるな……)

 

 仁志から過度なスキンシップを禁止された二人ではあったが、それでも彼へのアプローチを止めるつもりはなかった。

 今は触るのではなく仁志へ女性としての魅力を見せる方向へ切り替えていたのだ。つまりは色仕掛けである。

 

 響もクリスも仁志と会う時だけ若干ではあるがセクシーを意識した服装を心がけているのだ。

 響はヒップラインが出るパンツスタイルを好んでするようにし、クリスは胸元が緩めのシャツを好んで着ている。

 そもそも仁志に会う時というのは基本仲間内の集まりだ。故に二人も少々大胆な事が出来るという訳だった。

 

 だからこそ今の格好は言うなればガード最大である。惚れた男以外に少しでも好意など見せるものかと言う雰囲気さえ漂っていた。

 

「クリスちゃん」

「ん?」

「もうすぐ七月だね」

「……だな。まさかお前とこうして夏を迎えるなんて思いもしなかったぜ」

 

 本来であれば留学しているクリスは、今年の夏は長期休暇にならない限り響達と会う事はないだろうと思っていた。

 それがまさかの事態によって一種の学生時代の延長戦である。しかもバイトしながらの共同生活というおまけ付きで。

 

「だよねぇ。私も予想さえしてなかったよ」

「てか出来る訳ないだろ。こんな展開をな」

「あ~……うん。そうだよね」

「ま、でも、おかげで本当なら出来ない経験も出来てる。悪い事ばかりじゃないって事だ」

「クリスちゃん……うんっ!」

 

 出会いは敵として。それが仲間となって、友人となった。そして今やルームメイトである。その変遷だけ抜き取れば、クリスは響がもっとも理想とする関係性の変化と言えるだろう。

 以前であれば未来がいた場所にクリスがいる。だがそれは未来とは違い全てを優しく包む訳ではない相手だ。

 時には突き放され、あるいは叩かれる事もある。しかしそれが優しさだと響は知っている。

 響が抱き締めて欲しいと思っていても、それがためにならないと分かるとクリスは決してそれをしようとしないのだから。それが以前までの未来には出来ない事だろうか。

 

「今日はクリスちゃんだけバイトかぁ。晩ご飯どうしよ?」

「あたしはバイトの休憩中に廃棄で何とかするつもりだ。ま、出来るならおにぎりでも握っといてくれ」

「いいよ。塩むすびでいい?」

「おう」

「分かった。じゃ、夜はご飯炊くとしてぇ……」

 

 このある意味平和な世界で暮らし、慣れてしまった響とクリス。その思考は最早かつてのようなものではなく、本当にバイトで生計を立てながら生きるフリーターとなりつつある。

 

 だがそれは彼女達だけではない。翼達やエルフナインにヴェイグでさえ元々の暮らしの事を忘れ始める程に、この上位世界は平和で幸せだった。

 緊急招集や訓練もなければ任務もない。アルバイトに追われる事はあるが、それも命のやり取りをするかもしれない事に比べれば幸せだ。

 それに、それぞれの帰る場所には常に誰かがいる。時には仲間全員で集まり、楽しく騒ぐ事も出来る。世界の壁も何も考えず、まるで最初からそうだったかのように過ごせる時間。

 優しく甘い毒。そう分かっていてもそこに浸かるしかない以上どうしようもないと言えた。

 

 そしてその毒は響達だけを蝕んでいる訳ではない。

 

「お待たせ」

 

 バスタオルで頭を拭きながら仁志は台所へ現れる。それを見てマリアは内心で複雑な思いを抱いていた。

 

(完全に父親だわ……)

 

 汗を流しただけで現れた仁志を誰もが笑顔で出迎えていたのだ。それはもう父親が席に着くまで食事をしないという古い家のようにも思える。

 

「兄様、早く座ってください」

「もうお腹ペコペコです」

「只野さん早く早くデス」

「はいはい」

 

 三人の少女に急かされ、仁志はどこか苦笑しながら椅子へ座る。それを見てヴェイグが満足そうに頷いた。

 

「じゃあ、手を合わせて……」

「「「「「「いただきます(デス)」」」」」」

 

 最早家族と言っていいだろう雰囲気。それにマリアは思わず笑みを浮かべてしまう。視界に映る顔は誰もが笑っていたからだ。

 

「ずずっ……あ~、旨い。イヴさん、本当にありがとう」

「どういたしまして」

「今朝のお味噌汁は……きのこ?」

「なめこだよ。セレナは初めてじゃないかな?」

「ヌルヌルしてて掴み辛いです」

「でもそのヌルヌルが体にいいのよ」

「ワカメとなめこでダブルヌルヌルデス。二倍体にいいデスよ」

「俺はこれよりもえのきの方が好きだな。まぁ、美味いからいいが」

 

 楽しく賑やかな食卓。それはいつもの事なのだが、やはり仁志とヴェイグも一緒の方が切歌達の笑顔も増えるとマリアは感じていた。

 

(そしてそれはきっと私もね……)

 

 仁志が夫で、切歌とセレナが妹、エルフナインが娘でヴェイグはペットだろう。そう思えばこの光景は自分の一種の理想になる。

 装者や研究者などと言う外見に合わない仕事から離れ、家の手伝いをするだけのエルフナインとセレナ、切歌は学業やアルバイトに精を出し義兄の仁志と趣味で盛り上がる。

 調もきっと仁志を義兄として慕い、アルバイト先では上司と部下として上手くやるだろう。そこまで考え、マリアは自分が昨夜思った言葉を撤回しようとしていた。

 

(きっと、私はこれを失うと言われたら受け入れられないでしょうね。本当に、厄介な存在だわ、貴方って)

 

 見つめる先では仁志が切歌達から全員での決め台詞についての意見を求められ、嬉しそうに話している。

 その光景を眺め、マリアは一人微笑むのだ。笑顔の中心となっている仁志の事を見つめながら……。




番外編は基本読んでなくても本編で困らないようにしていくつもりですが、読んでもらった方はより楽しめるようにしていこうと思ってこうなりました。

でもこれをメインでやったら長い。何せストーリーとしては何も進んでいませんから(汗
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