シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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春先に響は上位世界へやってきました。つまり、ワンシーズンを過ごしてしまったのです。
そして未来達でさえ既に二か月近くが経過した事になります。

……悪意の企みも恐ろしいけど、ホントに怖いのはそこではないかもしれません。


花咲く勇気

 俺の暮らす街から電車で移動する事数駅の総合駅。そこにある百貨店に俺は来ていた。正直眠い。夜勤明けで日中出かけるのは割と辛い。

 でもそんな眠気を吹き飛ばす光景が見られると思えばまだ頑張れる。戦える。そう、ここに来ているのは俺だけではない。響達装者全員にエルとヴェイグも来ていたのだ。

 

「なぁタダノ」

 

 フロアに用意されている椅子に座り、ぼんやりとしている俺の腕の中でぼそりとヴェイグが声を出す。

 軽く周囲を確認し誰もいない事を確かめた上で俺は俯いて会話開始。

 

「どうした?」

「一体セレナ達は何を選んでいるんだ?」

 

 その言葉に俺は顔を上げて目の前の光景を眺めた。

 

「……水着だよ」

「みずぎ? ああ、あれか。ギアじゃダメなのか?」

 

 そう、今俺がいるのは水着フェアの会場となっているフロア。そこにはまぁ平日にも関わらずちらほらと女性の姿が見える。

 その中でも一際目を惹くのが俺と共にここへ来た女性達であった。特にイヴさんと天羽さんは凄い。背も高いしスタイルもいいから目立つ目立つ。

 

 クリスや翼は別の意味で目を惹くし、響や切歌ちゃんはその陽気さで目を惹く。だからといって未来や調ちゃんが惹かないかと言えばそんな事もない。

 セレナとエルは二人で可愛らしいワンピースタイプを眺めている。微笑ましくて癒されるなぁ。

 

「俺もそう言おうかと思ったんだけどさ、女性には女性の考えがあるからな」

「……よく分からないがそういうものか」

 

 説明すると長くなると思って端的に告げた言葉にヴェイグも何かを察したのかそう言って黙った。

 それにしても、俺がまさか十人もの美女美少女を連れて水着売り場に来る日がこようとは。

 

 これもひとえに動画投稿による収益が増えた事が大きい。これまでの翼達アーティスト組に加え、切歌ちゃん達年少組の動画も思った以上に再生数を稼いでいるのだ。

 近々残る響達にもやってもらい、戦姫絶唱シンフォギアの認知度を上げてもらおうと考えている。

 それにしても、あのコメントのようなコメント、増えないなぁ。てっきりあれを切っ掛けにポツポツと増えていくと思ってたんだが……うーん。

 

「そう簡単に上手くはいかないか……」

 

 そもそもあのコメントも本当に“戦姫絶唱シンフォギア”を知ってる人だったかも分からない。何かを勘違いして聞き覚えがあると思った可能性もない訳じゃないんだ。

 

 それでもやらないよりはマシと思って動くしかない訳だけども。

 

「兄様~」

 

 そんな事を考えてると俺を呼ぶエルの声。視線を動かせばエルとセレナが揃って手を振っている。来てって事かね?

 

「はいはい。どうしたんだ?」

 

 ヴェイグを抱えたまま答えながら近付くと、二人からそれぞれ水着を見せられた。

 

「これでどうでしょう?」

「可愛いって思うんですけど……」

 

 エルの持ってるのは黄色の可愛い水着でセレナは白が眩しい水着。

 ただ、セレナの兄ちゃん分の俺としては白はちょっとオススメ出来ない。濡れると透けやすいからなぁ。

 でも、今はそうでもないのか? ……分からないから深く考えるのは止めよう。とりあえずはっと。

 

「そうだなぁ……セレナは少し大人の水着にしたらどうかな?」

「「大人?」」

「そう。セパレートタイプ。上下に分かれてる奴だよ」

 

 駄目と言うのではなく別の方向を提示する。しかもセレナぐらいの年齢は大人ってものに憧れるだろうから効果はあると思うんだ。

 

「エルのはそれでいいと思うよ。セレナは少しだけ大人になってみようか」

「少し大人に……」

 

 うん、自分で言っておいてなんだけど今のかなりヤバい台詞だな。ここにいるのがエルやセレナで良かった。

 

「じゃあ、ちょっとだけ向こうを見てきます」

「うん。エルはそれをイヴさんへ渡しておいで」

「はい!」

「じゃ、俺はまたさっきのとこに座ってるから」

 

 妹分二人と分かれて再び椅子へと戻ろうとすると、今度は響達から呼びかけられる。

 

「こ、これとかどうですか?」

「あ、あんたの意見を聞かせてくれ」

「デス」

 

 少し照れが見える響とクリス。切歌ちゃんは恥じらいもなくニコニコしている。

 色はイメージカラーに合わせたんだろう。響が黄色でクリスが赤、切歌ちゃんが緑だ。

 響がオレンジじゃないのは天羽さんとかぶるのを避けたのか?

 

「そ、そうだな……」

 

 響もクリスも中々大胆な感じがする。これ、もしかしなくてもそういう事、か?

 で、切歌ちゃんはそんな二人とは違い無難な感じ。ただ、着てるとこを想像すると不味い事になりそうなので自重する。

 

 本当に、ある種の告白を受けたからか響とクリスを見る目が明らかに不味い。そして向こうのこっちを見る目はより熱を帯びてる。

 

 俺が二人へ密着や過度な接近禁止を告げた事。そこで明らかにされたこちらへの異性としての好意。

 今は答えを出せない俺だけど、この事件が解決したその時には必ず答えを出すと決めた。

 それを響、クリス、翼、未来は受け入れてくれたのだ。今は自分達が恋してる事を知ってくれただけでいいと、そう言って。

 

「えっと、うん、いいと思う、よ?」

「そ、それだけ、ですか?」

「も、もう少し何かないのかよ?」

 

 俺の感想に明らかな不満を見せる二人。くっ、上目でこっちを見上げるなんてズルいぞ。

 

「只野さん、顔赤いデスけどどうしたデスか?」

「あー、うん。こんな経験なかったしあるとも思ってなかったから照れてるんだよ」

 

 素直にそう告げて顔を上へ向ける。今は切歌ちゃんでさえまともに見れないな。

 

「なぁ、や、やっぱ男ってのはああいうのが好みだったりすんのかよ?」

「ああいうの……?」

 

 クリスの質問に顔を戻してみると彼女は顔を別の場所へ向ける。そこへ俺も視線を動かして……っ!?

 

「あ、あれは好みとかじゃないって。その、えっと、少なくても大勢に見られる場所であれを着てくれって言う男は、よっぽどの馬鹿かその相手を大事に思ってない奴だよ」

 

 クリスが見たのは所謂スリングショットだ。その近くにはマイクロビキニまである。あんなもん、俺だってエロ系の物でしか見た事ない。

 

「そ、そっか」

「で、でも、逆に言えばそうじゃないなら着て欲しい、ですか?」

「…………ノーコメント」

 

 言えるか。まぁ、もう言ったようなもんだけど。

 

「あ、あんな紐みたいな水着があるんデスね。初めて知ったデスよ」

「切歌ちゃん、お願いだから見に行かないでくれよ?」

「へ? は、はいデス」

 

 俺の願いに頷く切歌ちゃん。良かった。これ、多分言わなかったら見に行ってたぞ。

 

「只野さん」

「こ、こっちにも意見ください」

 

 後ろから聞こえた声に振り向けば翼と未来が試着室から顔だけ出している。

 

 ……とても嬉しくて嫌な予感がしている。実際響やクリスから恨めしい視線を感じる。

 

「わ、分かった」

 

 進むも地獄戻るも地獄。なら進んでやろうじゃないか。死ぬ時は前のめりでいたいもんだ。

 試着室前に到着するとまず翼がカーテンを開けた。

 

「ど、どうでしょう?」

 

 イメージカラーの青い水着だが、夏らしい感じがしてとてもいいと思う。

 あと、や、やっぱりこうやって目の前で見せられると綺麗だと改めて感じる。俺、こんな女性と短期間とは言え同居してたのか。

 

「え、えっと、只野さん? 出来れば感想を頂きたいのですが……」

「あっ! ご、ごめん。その、とってもいいと思う。翼によく似合ってるよ」

「そ、そうですか……。なら、これにします」

 

 最後に照れくさそうに微笑んで翼はカーテンを閉める。

 うん、最後の笑顔は反則だろ。というか、翼はあの俺へ好意を隠さなくなった瞬間から不器用ながらの素直なアプローチが凄い。

 

――この出会いは無駄にはしませんしするつもりもありません。そして、この想いもです。

 

 あのクウガを初めて見せた鑑賞会。あの時から翼は年長組とは思えない程可愛くアプローチをしてくる。

 今のはそういう意味じゃかなり攻めてきた。そして効果は抜群だ。急所に当たってはいないがもう一気に精神力が減ったし。

 

「た、只野さん、いいですか?」

「え? あ、うん」

 

 で、俺はこの状態で未来の水着姿を拝める訳だ。カーテンが開いて視界に見えた景色は……綺麗な紫色でした。

 

「す、少し迷ったんですけど……」

 

 正直言って、そこはかとなくエロい。デザインがとかじゃなく、単純に紫色の水着を着てる未来からエロさみたいなのが出ている気がする。

 

「……いい。その、それしか言えないけど、いいと思う」

「ほ、本当ですか?」

「うん。褒め言葉に受け取られないかもしれないけど、少しエッチな感じもするし」

「っ!? そ、そうですか。じゃ、これにします」

 

 シャッと言う音でカーテンが閉められる。

 

「タダノ、今のは言っていい言葉なのか?」

 

 小さく問いかけられた言葉で俺は我に返る。言うに事欠いて女の子にエロくていいって何だよ……。

 

「……誰にも言わないでくれ」

「……分かった」

 

 密かに交わされる男と男の約束。いかんな。寝不足なのが駄目な方へ出た気がする。そう思って試着室から離れると今度は天羽さんとイヴさんに出くわす。

 

「おっ、丁度いいとこに。先輩、どっちがいいと思う?」

 

 見せられたのはオレンジと黒のビキニタイプ。きっと詳しい名前があるんだろうけど俺には残念ながら分からない。

 

「……どっちも見たい」

「貴方ねぇ……」

「あははっ、今の先輩は素直だね」

 

 呆れるようにこちらを見るイヴさんの手にも黒のビキニタイプがあった。

 天羽さんのと違って交差するような形だ。

 

「な、何? これ、何か変?」

「……いや、イヴさんが黒とかエロいなぁって」

「っ!? た、只野? 本当に大丈夫?」

「あー、こりゃもう大分眠気と疲れで思考能力落ちてるね」

 

 俺を心配そうに見つめるイヴさんとどこか苦笑している天羽さん。そこでやっと俺も自分が何を言ったか理解して申し訳なく思った。

 

「ごめん。その、どこかで俺もこの状況に理性のたがが緩んでるんだと思う」

「まぁ仕方ないって。先輩、女っ気ゼロだったもんね」

「お恥ずかしながら……」

「そ、それは分かってるけど、ま、まぁいいわ。只野、貴方は椅子に座って休んでなさい」

「そうする。すまない二人共。でも二人はスタイルも顔立ちも整ってるから何を着ても似合うよ。だから当日を楽しみにさせてもらう」

 

 そう告げて俺はその場からフラフラと離れたところで調ちゃんとセレナに捕まった。

 

「お揃いにしようと思ったんですけど、どうですか?」

「似合うかな、お兄ちゃん」

 

 天使ですかね。ピンクとホワイトの水着天使だ。色気よりも可愛さ重視なところもいい。今のダメな俺が浄化される感じがする。

 

「うん、とってもいいと思うよ。可愛いし似合うんじゃないかな」

「じゃあこれにしよう」

「うん、ありがとうお兄ちゃん」

 

 最後の最後に癒しをもらい俺は元居た椅子へと帰還。

 

「あ~……幸せだけど辛かったぁ」

「……矛盾してるな。でもみんな優しい匂いをさせてたぞ」

「その一言でかなり救われるよ」

 

 ヴェイグの匂い判定だとさっきの俺はセーフではあったらしい。元気がなかったのが良かったのかもしれないな。

 ただ、間違いなくこれは帰ってから俺は……なぁ。翼と未来のは実物を着てるとこを見せられた訳だし、イヴさんと天羽さんのは体に当てた所を想像出来る訳で、もっと言えば響やクリス、切歌ちゃんなどは体へ当てて見せてきた。

 

 ……うん、これは仕方ないよな。ある意味で早く帰りたい。そう思いながら俺は女性陣が会計を終えて戻るのを待つのだった……。

 

 

 

 こっちに来て初めての都会。兄様は元気がないようですけど、それでも今日は休みだからと姉様達に付き合っています。

 動画配信で少しは収入に余裕が出来たと言って、兄様はそれを僕らへ還元したいと言ってくれました。勿論僕らはそんな事をしなくてもいいと言ったんですが、兄様は自分が稼いだお金じゃないからと言って現在に至ります。

 

 今は兄様は僕やヴェイグさんと一緒に姉様達が買い物を終わるまで待機中です。えっと、下着の買い物なので兄様は必要ありませんし僕も買う必要がないから、ヴェイグさんと三人で自販機のある場所で飲み物を買ってゆったり待ちぼうけしています。

 

「凄い人だなぁ……」

「これでも平日だから少ない方だよ。休日はもっと凄い人が来るんだ」

 

 椅子に座って眺めている景色へ僕がそう呟くと兄様がそう言って遠い目をしました。

 

「そうなんですか?」

「うん。まぁ、俺がよく知ってるのは地下の方だけどさ」

「地下? 何を扱ってるんですか?」

「一番下はスーパーみたいな感じ。その一つ上は土産物とかお惣菜とか。で、俺はその土産物とかのフロアで働いてた事がある」

 

 そう告げる兄様はさっきよりも疲れた顔をしていた。

 

「えっと……」

 

 だから詳しく聞いていいのか判断がつかない。そうしていると兄様がそんな僕に苦笑して頭を撫でてくれた。

 

「ははっ、気を遣わせたかな。まぁ、あまり良い思い出じゃないんだよ」

「そうなんですね……」

「うん。時給は良かったし社食……って言っても伝わらないか。社員食堂なら分かるかな?」

「あっ、はい。似たようなものが本部にもありましたから」

 

 食堂なら僕も使っていたので分かる。

 

「ああ、そっか。じゃ、そういう物がここにもあってさ。安く飯が食えたから重宝してたんだよ」

「やっぱりそういう施設はそうなんですね」

「会社って言うか、まぁ組織から補助が出てるからね」

 

 兄様はずっと僕の事を撫でてくれた。まるで詳しい話を聞かない僕へ感謝するように。

 

「あの、一ついいですか?」

「ん?」

 

 だから、僕は敢えて違う事を聞こうと思った。

 

「ここの地下のおそうざいはスーパーのものとどう違うんですか?」

「あ~、それは実際見せた方がいいなぁ。よし、じゃあ今日はデパ地下でお昼を買って帰ろう」

「でぱちか?」

 

 初めて聞く言葉です。でぱちか……地下を意味する事は分かりますが、でぱって何だろう?

 

 その後は兄様から寝ないように話をして欲しいと頼まれたので、色々お喋りした。

 今日のお出かけを姉様達みんなで楽しみにしていた事。海かプールに行けるのを楽しみにしてる事。

 そうそう、セレナ姉さんと二人でまたソフトクリームを食べた事も話した。季節限定のパインソフトはとっても美味しかったです!

 

 兄様は僕の話を聞いて嬉しそうに笑っていた。気付けば僕がずっと喋ってて、兄様は聞いてるだけになってたけど、それでも笑顔のままだった。

 

「お待たせ」

 

 そこへ姉様の声がして僕が振り向くと皆さんが笑顔で立っていた。

 何だかそれが嬉しくて、僕も笑顔を返した。

 

「じゃ、帰りましょう」

「あー、ちょっと待って。エルにデパ地下を見せてやりたいんだ。で、ついでにそこで昼ごはんを買おう。ちょっとリッチな感じに、さ」

「「「おおっ……」」」

 

 響さんと切歌お姉ちゃんに調お姉ちゃんが驚くような声を出した。どうやら三人はでぱ地下を知っているみたいです。

 

「マジかよ。結構値が張るだろ、こういうとこは」

「先輩、本当に大丈夫?」

「任せてよ。今の俺、ちょっとした小金持ちだから」

「ふふっ、そこで小金って言うところが只野さんらしいなぁ」

「まったくだ。では行きましょう」

 

 翼さんの言葉で動き出そうとした時、セレナ姉さんが小首を傾げた。

 

「お兄ちゃん、でぱちかって何?」

「デパートの地下の略。大抵はそこで惣菜や美味しいお菓子とかの食品を扱ってるんだ」

「「そうなんだ……」」

 

 僕とセレナ姉さんの声が重なると何故か兄様が小さく笑った。いえ、皆さんが笑った。それが嬉しくて僕もセレナ姉さんもヴェイグさんも笑う。

 

「よし、じゃあ行こう。ただこれだけの集団で動くとさすがに迷惑になるだろうから、三つか四つぐらいのグループに分かれてくれる?」

 

 兄様がそう言うと僕らは顔を見合わせる。

 

「じゃあ、エルとセレナは私と一緒ね」

「はい」

「うん」

 

 でもすぐに僕とセレナ姉さんは姉様と一緒に決まりました。

 

「私は……未来とかな?」

「ならクリスもだね」

「ま、そうなるか」

「じゃあアタシ達二人デスね」

「うん」

「じゃ……」

「私達も二人だね」

「え? 俺は?」

 

 その瞬間僕も含めた皆さんが同じ反応をした。

 

「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」

「いや、俺は何? 一人で待ってろって事?」

 

 兄様が若干悲しそうな顔をした次の瞬間、切歌お姉ちゃんが手を挙げた。

 

「はいはい。ならアタシ達と一緒でお願いしたいデス」

「うん、私達は大人がいないから只野さんがいてくれた方が助かります」

「だそうよ?」

「了解。なら俺は切歌ちゃんと調ちゃんの保護者をさせてもらうよ」

 

 こうしてグループ分けが決まり、僕達はデパ地下へと向かう事になりました。

 初めてのデパ地下、楽しみです!

 

 

 

 大勢の人で賑わうフロア。土産物販売の場所と和菓子や洋菓子の場所で構成されたエリアと、惣菜や米飯などの飲食物を販売するエリアの二つがフロアを形成していた。

 仁志は各グループに5000円を支給。大金ではないが、各々の元々の所持金などを合わせれば十分買い物を楽しめるだろうと判断したのだ。

 ただ、翼、エルフナイン、セレナに関しては配慮し、翼へは別途5000円。エルフナインとセレナに関してはマリアへ密かに追加で5000円を渡す事で対処した。

 

 半年前なら考えられない散財であるが、それが可能な程動画による収入が仁志の財政を潤している証拠でもある。

 

「じゃ、待ち合わせは入ってきた時に見た金時計で」

 

 その言葉を合図に響達はグループに分かれて動き出す。初めて見る物や店など、まさしく百貨店らしい光景に心を弾ませながら。

 

 さて、花より団子な響を中心としたクリスと未来は早々に惣菜コーナーから見始めていた。

 

「うわぁ、見て見て。ローストビーフだって」

「おおっ、美味そうな見た目じゃねーか」

「結構な値段だね」

 

 グラム辺りの値段を見て未来が若干苦い顔をする。それでも今日は臨時収入があったようなものなので、彼女も買うのを止めようとは言わなかった。

 

「あっ、こっちには和牛を使ったメンチカツだって!」

「くそっ、こっちもいいな」

「ねっ、向こうはサラダとか扱ってるよ」

 

 どこを見ても目を惹く物が並んでいる。男も女も関係なくデパ地下は楽しいものなのだ。

 ならばと一通り見て回り、印象に残った物を買って行こうと決めて三人は動き出す。

 

 それは、傍から見れば仲良し女学生にしか見えなかっただろう。誰も思うまい。彼女達がその歳にして並の者が体験しないだろう苦労や不幸を味わっているとは。

 

「中華だ! 肉まん美味しそう……」

「あっちは串揚げだって。何があるのかな?」

「おいおい、いくら金があっても足らねーぞ。てか、あれは何だ? 大判焼き?」

 

 女三人寄れば姦しい。更に今や彼女達三人の仲は以前よりも親密になっていると言える。会話を弾ませながら一周した後は、結局もう一度逆に回って最低一品は購入していく事となるのだった。

 

 響達が一周した後、どうしようかと考え出した頃、マリアはセレナとエルフナインにヴェイグを連れて洋菓子店の並びを歩いていた。

 

「「うわぁ……」」

 

 見た目も華やかなケーキやパフェ。ゼリーやプリン、カステラやバームクーヘンなど様々な洋菓子がそれに相応しい値段で売られている。

 可愛らしい二人は知らぬ者が見れば普通に姉妹と思う程の仲の良さ。ケースを眺める間も手を繋いだままというそんな二人を見れば店員も笑みが自然と零れると言うものだ。

 

「欲しい物があるなら言いなさい。ただし、沢山は買えないから考えて選ぶのよ?」

「「はーい」」

 

 返事はすれど意識はケースの中。それにマリアは小さく苦笑した。

 

「まったく……。まぁ、気持ちは分かるけどね」

 

 マリアとて一人で見て回っていればきっと目移りしただろう場所だった。最初に見た和菓子店の並びもついつい足を止め、三人で分け合って食べようと言っていくつも購入してしまったのだから。

 

 密かにヴェイグの希望も聞きつつ、満を持しての洋菓子店通りだったのだ。

 

 結局ここでも三人で分け合うという事であれもこれもと買ってしまう事になるのだが、それもまたいい思い出となる。

 

 さて、仲の良い三人組や三姉妹といった様子の二組とは違い、いかにも女友達と言った雰囲気で歩いているのが翼と奏であった。

 

「おっ、おこわだってさ」

「へぇ、珍しいね」

「山菜、五目……どれも美味しそうだね」

「買ってく?」

「うーん……」

 

 腕を組み考え込む奏。それに小さく笑みを浮かべ、翼は視線を動かしてある店を見つけて奏の服の袖を軽く引っ張った。

 

「ねぇねぇ奏。あれ見て」

「ん? ……鰻、か」

「土用の丑の日にはまだ早いけど、買っていこうよ。鰻なんてこっちに来てから食べてないでしょ?」

 

 ある意味では意味合いが周囲と本人で異なる言葉だった。こっちに来てからが周囲にはこの地方に来てと捉える事が出来たためである。

 誰も思わないだろう。それがこの世界に来てと言う意味などとは。

 

「……そうだね。うし、じゃあ今日の昼は鰻だ」

「うんっ!」

 

 足取り軽く二人が地元の鰻の名店へ向かう中、仁志達はと言えば……

 

「「「うーん……」」」

 

 揃って和菓子店の生菓子のディスプレイを眺めて唸っていた。

 そこには見た目も綺麗な練り切りや羽二重などの和菓子が並べられている。

 

「どれも綺麗デス……美味しそうデス……」

「そうだね。でも……」

「一個300円ぐらいするもんなぁ」

「「「うーん……」」」

 

 見た目にはとてもではないが家族などに見えない三人ではあるが、幸いにも仁志と調は同じ黒髪だったため、二人が兄妹と思われ、切歌は調の友人だろうと推察されていた。

 

 人間、分からない事は自分の都合のいい様に勝手な解釈をしてしまうものである。

 

「……よし、ここは五種類三人分買おう」

「ま、マジデスか?」

「太っ腹……」

「普段我慢してる分、こういう時に散財しないとな。て訳で……すみません」

 

 こうして仁志達はまず昼食よりも先にデザートを購入。その次に彼らが向かったのは……

 

「「牛まぶし?」」

「そう。美味いんだよ、これ。結構な値段するけどね」

 

 かつて働いていた事もあり、仁志の案内に導かれるまま切歌と調も弁当を購入。先程の和菓子も仁志のオススメであった。

 

 こうしてそれぞれにデパ地下を楽しんだ彼らは電車に揺られて暮らしている街へと戻り、マリア達の家に着いた時にはもう既に午後一時を過ぎていた。

 

「さて、ではそれぞれに買った物を見ていこうか」

 

 テーブル狭しと並べられていく様々な食べ物。それらを見て「やっぱり気になるよね!」と言う声が上がったり「あー、迷ったんだよそれ」などの意見が上がる。

 まずは甘い物以外の物が並べられる中、やはり注目を集めたのは翼と奏の買った鰻弁当であった。

 

「「じゃーん」」

 

 揃って笑みを浮かべて蓋を外す二人。その見た目と匂いに全員が唾を飲む。

 

「いいないいな。鰻いいな」

「さすがツヴァイウィング、選んだご飯が豪勢……」

「二人して中々高い物いったなぁ」

「まあね。たまの贅沢って思ってさ」

 

 値段を知っているのか仁志が若干感心したような反応を見せる。奏はそれに楽しげな笑みを返しながら視線をある物へ向けた。

 

「で、先輩達が買ったそれは何?」

「切歌ちゃん、調ちゃん、教えてやって」

「はいデス。これは何とっ!」

「牛まぶし弁当です」

 

 蓋を開ければそこには食べやすい大きさに切られた火を通した牛肉がご飯の上に並べられていた。

 

「只野さんオススメのご飯デス」

「とっても美味しいって言われました」

「そうなんだよ。これに備え付けのたれを」

 

 意気揚々と仁志が説明しようとした時だった。可愛らしい音がその場に響き渡り、誰もがその音の出所へ目を向けた。

 

「に、兄様……そろそろ僕は限界です」

 

 恥ずかしそうに俯いてエルがそう告げた瞬間、仁志だけでなくその場の全員が意見を一致させたように頷き合った。

 

 早く食事にしよう。ご飯を食べよう。この可愛い天使の恥じらいを早く消してやりたいと。

 

「「「「「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」」」」」

 

 仁志達は全員が全員メインとなる食べ物を個人用に買って、後は分け合って食べようとしていた。

 結果、多少かぶる事はあったもののほとんどが重なる事はなかった。しかもかぶったものも串揚げというかぶっても問題ないという偶然もあって、少し遅めの昼食は大いに盛り上がる事となる。

 

「この煮っ転がし美味っ! 翼も食べなって!」

「うん。あっ、このパリパリサラダも美味しいからどうぞ?」

「はぁ~……この角煮、トロットロデェス」

「響、チーズの串揚げ美味しいよ。食べる?」

「食べる食べる! じゃ、未来にはこのエビ焼売あげるっ!」

「ローストビーフ……禁断の味……」

「美味しいです……」

「エル、俺にも一口くれ」

「んだよ、どれ食べても美味いとか凄すぎんだろデパ地下」

「その分いい値段してたもの。って、ちょっと只野? 貴方自分のご飯があるでしょ?」

「いいじゃないか。イヴさんだって俺からがっつり持っていったろ?」

 

 楽しく、賑やかに、時間は過ぎる。食事が終わると仁志がマリアへある物を渡した。

 

「これは?」

「食後の甘味。羊羹だよ」

「羊羹……じゃあ緑茶がいいかしら?」

「あー、そうだなぁ。ちょっと濃いめにした方がいいかも」

「濃いめ、ね。ティーパックだけどいいかしら?」

「十分だよ。じゃ、俺が羊羹切っておくからお茶をお願いしても?」

「分かったわ」

 

 まるで夫婦のように会話する二人を見つめ、若干不満げな顔をするのが奏であった。

 

(何だよマリアの奴。すっかり只野さんの嫁さんみたいじゃないか……)

 

 台所で仲良く会話する姿はもう夫婦にしか奏には見えなかった。ある時を切っ掛けに自身の中にあった仁志への恋心を自覚した今、マリアの存在は奏にとって無視できないものである。

 何せ自分がただのバイト仲間として過ごしている間も、無自覚に夫婦の真似事をしていたのだ。エルやセレナという妹分であり娘のような存在もあって、マリアの奥さん感は中々のものであった。

 

 そしてそれはその当の本人も自覚している事である。

 

(ふふっ、何だか信じられないわね。こうして私がお茶くみをしてるなんて……)

 

 チラリと視線を動かせば、そこには羊羹を出来るだけ等分に切り分けようとしている仁志の姿。

 それに無意識に笑みを零し、マリアは人数分の入れ物を用意していく。

 

 こうして食後のお茶とお茶請けに羊羹が出され、響達はならばと同時に口に入れて……

 

「「「「「「「「「「っ?!」」」」」」」」」」

 

 仁志と翼以外が目を見開いたのだ。

 

「た、只野さんっ! な、何ですかこれ!?」

「何って羊羹だけど?」

「い、いやいや……私の知ってるようかんじゃない口当たりなんですけど……」

「美味いだろ? 昔一回だけ食べた事があってさ。いやぁ、その時は俺もみんなみたいな反応になったっけ」

「美味しいデス……口の中でとろけたデスよぉ」

「甘さもすごく上品……美味しい……」

 

 幸せそうな表情で頬を押さえる切歌と調。

 

「俺は初めて食べたが、よーかんはこういう物なのか?」

「いえ、この触感はみずようかんと言う物だそうです。ようかんは僕も初めてですけど……みずようかんも食べてみたいなぁ」

「私も初めて。プリンと同じぐらい好きになりそう……」

 

 羊羹初体験が中々の高級品となったヴェイグ、エルフナイン、セレナの三人。その表情は初めて故に若干驚きが残っていた。

 

「なんつーもん食わせてくれるんだよ……。こんなん食ったら、普通の羊羹食えなくなるぞ……」

「分かるよクリス。一体いくらするんだよ、これ……」

 

 食べた後のつまようじを恨めしそうに見つめるクリスと奏。何故ならこれを買った店が自分達の世界にないと知っているからだ。

 いや、あったとしても買うのが難しいと知っていた。今彼女達が暮らしている場所は本来住んでいる場所から遠く離れているためだ。

 

「つ、翼さんはそんなに驚いてないんですね?」

「ん? ああ、そうだな。美味だとは思うが……」

「つ、翼? もしかしてこれに近い物を食べた事があるの?」

「……だ、ダメだろうか?」

 

 和風のお嬢様であった翼だけはこの羊羹を平然と食べていた。そしてその言葉を聞いて仁志が納得するように頷く。

 

「まぁそうだろうなぁ。古風な家のお嬢様だった翼はそこまで驚かないか。これ、言っても一本1600円程度だし」

「「「「「「「「「「1600円っ!?」」」」」」」」」」

「それでこれですか。ではその店は相当の名店ですね」

 

 値段に驚く周囲と違い微笑みながらお茶を啜る翼。その構図は仁志には庶民とお嬢様という風にしか見えなかった。

 

(何というか、育ちの差と言えばそこまでなんだけどなぁ……)

 

 生まれながらにして旧家の一人娘として育てられた事。そこにおそらくは八紘の見えない愛情があるのだろうと思い、仁志は小さく笑みを浮かべながら羊羹を口へ運ぶ。

 いつか教えてあげよう。その体に身に着いた様々な事に風鳴八紘の愛情が生きているのだと、そう思って。

 

「……幸せだなぁ」

 

 視界に映るのは二つ目の羊羹を口へ運び微笑む十一人の姿。

 その、本当なら有り得ない光景に仁志は笑みを深くしそう呟くのだった……。

 

 

 

 穏やかな午後の陽射し。夕日とまではいかないけど、正午に比べれば勢いは十分落ちていると言えるわね。

 七月になったしその眩しさや熱量は先月よりは増している。それでも真夏程の強さはまだない。

 それを浴びながら只野がやや挙動不審気味に周囲を見回していた。まったく……こういう時は情けないんだから。

 

「何してるのよ? 止めなさいよみっともない」

 

 私がそう言うと只野がやっと視線を動かし続けるのを止める。でもどこか怯えているようにも見えた。

 

「いや、だってさ」

「見られても平気よ。いつかの貴方の言葉じゃないけど、これを見てデートだって思う人間は想像力に欠けてるわ。スーパーでいかにもな食料品の買い物。これのどこに甘い空気があるとでも?」

 

 そう私がジト目で言ってやるとやっと受け入れる気になったのか只野も無言で頭を掻いた。

 まぁ、実際私の中でも半分デートじゃない気持ちだ。自分で言った事だけど、やっぱり考え直すべきだったかもしれない。

 

「イヴさん、いつもこの時間に買い物?」

「まさか。バイトがある時はそもそも来れないでしょ?」

「……そっか」

「そうよ。だから今はそういう日は調にお願いしてるわ」

 

 調がいない頃は開店と同時に入って素早く献立を考えて帰宅すると、後の事をエルやセレナにお願いしてバイトへ行っていた。

 あの頃に比べると今はかなり楽になったわ。人手があるって良い事よね。

 

「あー、成程なぁ。彼女も家事は得意だからうってつけだ」

「ええ。助かってるわ」

 

 只野が呼び方を変えた日から調もより家事へ身を入れるようになった。多分だけど只野にしっかり者扱いされたのが嬉しかったんでしょうね。

 セレナは呼び捨てにされてから只野を本当に兄として想うようになってるみたいで、わ、私に時々聞いてくるのよ……。

 

――ねぇ、お兄ちゃんってどうしたら本当のお兄ちゃんになってくれるかな?

 

 あれ、つまりそういう事よね? 私に只野と結婚してって、そう言ってるのよね?

 返事が怖くて聞いてないけど、多分そういう事だと思う。も、もしかして私の気持ちがバレてる?

 

「イヴさん、どうしたの? そんなに茄子が気になる?」

「え……? っええ、麻婆茄子とかどうかしら?」

「あー、いいと思うよ。夏野菜だしさ。じゃ、あとはどうする?」

「そうね……いっそかに玉?」

「中華で統一かぁ。いいねいいね」

 

 何とか誤魔化せた。今日はお昼があれだけ豪華だったから質素にと思っていたけど……。

 

「他にも何か案はある?」

「ん? ないない。イヴさんの作る料理は何でも美味いので、こちらとしては文句も注文もないよ」

「そ、そう……」

 

 不自然じゃない動かし方で顔を背ける。ああ、もう本当に駄目ね。今の何て事のない言葉でさえ嬉しくなってしまうなんて。

 本当に、私って弱い女だわ。いえ、元々強くなんかなかった。強くあろうとしていただけ。実際、そうじゃなくてもいいとなったら、私はここまで弱く情けない女になってしまうもの。

 

「それにしても、これで本当にゲージ上がるかね?」

 

 そんな時、只野がぼそっと呟いた言葉に私は思わず息を呑んだ。

 そうだ。これの本来の目的はそれの検証。今はあのゲージを上げる事になっている。

 只野はあのゲージの上がり方が最近停滞している響などに関しては、好感度と仮定した場合、熱量みたいなものが最後へ向かうにつれて必要量が多くなっているのではと推察していた。

 そこで私が懸念していた増減する事ではなく増加のみしかない要素なのではと告げると、只野は割と真剣に悩んでくれた。

 

――俺もイヴさんの意見に賛成するよ。好感度よりもそっちの考えの方がしっくりくる。

 

 そう言った只野は時々見せる凛々しい顔をしていた。

 

「ねぇ只野。思うんだけど、あのゲージって貴方と過ごした時間の長さや濃さなんじゃないかしら?」

 

 そう、濃度。それを要素として組み込めば呼び方を変えたり、只野との距離感を縮める事で上がる理由も説明がつく。

 

「……そうかもしれない。時間なら減る事はないし、濃度が関係するなら何か強く思い出に残る事とかあれば大きく上昇するのも納得だ。うん、さすがイヴさん」

「それほどでもないわ。で、そうだとしたら、よ?」

「うん」

 

 ここからよ。こ、ここからが勝負。

 

「いい加減、私をイヴって呼ぶの止めてみない? マリアって、そう呼んでくれていいから」

 

 まずは一歩。この流れなら只野は私の想いに気付かないはず。

 

「いいの?」

「ええ。ゲージを上げないといけないし、妹達が名前で呼ばれてるのに私だけそうじゃないって、距離があるじゃない」

「……まぁそうだけど」

 

 何か煮え切らない態度ね。もしかして気付いてる?

 

「はっきりしなさいよ。何? 私を名前で呼べない理由でもある?」

「いや、何て言えばいいのかな? その、天羽さんが気にしないかなって」

 

 言われて思い出した。そう、そういう事。奏へ気を遣ってるわけね。

 

「ならこれを機に奏へ貴方から切り出して見たら? 意外とあっさり受け入れると思うけど?」

「そうかなぁ? まぁ、じゃあ駄目元で言ってみる。ありがと、マリアさん」

「……さん?」

「え? いけなかった?」

 

 まったく、本当にどこまでも鈍いというかずれてるわね。でも、ここで下手に迫り過ぎると只野が逃げるかもしれないし、ここはこれで我慢、か。

 

「いえ、それでいいわ」

 

 今は、ね。いずれ、いずれマリアと呼ばせてみせる。それも、私からじゃなく向こうからそう自発的に、かしら。

 

 買い物を終えて荷物を只野が持つ。私は手ぶらだ。ふふっ、これも何だか不思議だわ。いつもなら絶対有り得ないもの。

 

「上機嫌だね、マリアさん」

「そう?」

「自覚ない? 基本ずっと笑ってるよ」

「えっ? 嘘?」

「ホントホント。綺麗で可愛いから黙ってたけどさ」

 

 思わず顔を両手で隠す。一瞬で顔が熱を持つのが分かる。

 これは今言われた言葉も影響してる。本当に貴方って人は……。

 

「ち、ちなみにいつから?」

「……買い物を始めてからずっとですが?」

「っ?!」

 

 や、やだっ! 自分ではそんなつもりなかったのに……。

 

「まぁ俺もあまりマリアさんの事言えないけどね」

「え……?」

 

 私が見つめると只野はどこか照れくさそうに顔を下へ向ける。

 

「その、女性と二人きりでスーパーで買い物なんて実家の母さん以外と経験ないからさ。これだけの事なのに年甲斐もなく緊張と感動を」

「そ、そう……」

 

 ああっ! もうっ! 余計顔が熱くなるじゃないっ! 私と同じような感覚でいたって事でしょ、それっ!

 

「と、ともあれ帰ってステータスを確認してみよう、うん。それでマリアさんのゲージが大きく変化してたらさっきの仮定は間違ってないと言える」

「そ、そうね」

 

 そこからしばらく私達に会話はなかった。でも、それでも良かった。家へ着くまでのほんの数分。だけどその間、只野は「これも検証だから」と言って手を繋いでくれたのだから。

 

 ……本当に、ズルいわよ貴方。こんな事されたら、私だって本気になるしかないじゃない。

 

 そのおかげもあってか、私のゲージは一気に響やクリスに迫るぐらいまで染まった。

 ただ、それを聞いて私と只野は何とも言えない表情で互いを見合わせ、赤面して沈黙した……。

 

 

 

「ふ~……どう? 俺も結構体力ついたと思わないか?」

 

 バイト上がりのジョギング終わり。そう言って只野さんはあたしへ笑みを見せる。

 

「まあね。最初の頃は喋る事さえ出来ないぐらいになってた時もあったし」

「あれは奏が俺を無視するようなペースで走ったからだろ?」

「っあ、あれについては謝ったじゃん。それに、なんだかんだで先輩もついてきたし」

 

 名前で呼ばれる度にドキッとする。何でも昨日からマリアの事を名前で呼ぶ事になったらしく、あたしの事も名前で呼んでもいいかって今日のバイトで聞かれたのでOKを出した。

 で、バイト中は天羽さん呼びだったから何とも思わなかったけど、こうして勤務が終わった後から名前で呼び捨てになって正直ドキドキしてる自分がいる。

 

 何でも理由はあたしは先輩って呼んでるから後輩扱いで呼び捨てなんだって。

 

 ……あの時のあたし、ナイスっ! からかってやろうとして正解だよっ!

 今、おかげでドキドキして死にそうになってるけどさっ!

 

「かなりしんどかったけどね。でも、それが今やこれだよ。終わった後でも平気で会話出来る」

「むしろそうじゃないと困るよ。今だから言うけど、あたしが本気でやったら絶対先輩倒れてるから」

「ああ、うん。それは何となく分かってる。未来と走った時にも感じたから」

「ならいいけど……」

 

 そういえば未来はデートがジョギングだったっけ。最初に本気で走って只野さんをバテバテにさせたって聞いた。

 

「っと、そうだ。奏」

「な、何?」

 

 やばっ、今の本気で息が止まるかと思った。好きな男に結構真剣な感じで名前を呼び捨てにされるの、こんなにドキッとするもんなんだ。

 

「今度、バイト終わりに二人で朝食食べないか? その、さすがに奏と二人で部屋は……さ」

「あ、ああ、そういう事。いいよ」

 

 なんてことはない。ただのデート内容の変更だ。ま、あたしと二人きりって今の只野さんにとっては毒にしかならないだろうからね。

 

 ……もしそうなったら今のあたしはどうするんだろう。

 

「何かごめん。その代わりになるか分からないけど、当日の朝食はファストフードじゃない事だけ約束する」

「ははっ、何だいそれ。そんな当然の事約束されても困るよ先輩」

「……やっぱし?」

「当たり前。どうせファミレスとかだろ?」

 

 そう言うと只野さんが露骨に表情を歪めた。やっぱりね。駅前のファミレスじゃないかと思ったんだ。どうせならもっと落ち着いた場所か洒落た感じの店がいいな。

 

「…………分かった。なら、もっとマシなところにする」

「ホント? 期待していい?」

「少なくても失望だけはさせないと約束するよ」

 

 苦笑する只野さんにあたしは笑みを返す。さてさて、なら期待させてもらいましょうか。

 

「そういえば、最近先輩ってどこを散歩してるの?」

 

 このままだと解散の流れになると思って話題を振った。正直そこまで興味はないけど、もう少しだけ只野さんと一緒にいたかったから。

 

「あれ? 聞いてない?」

「へ?」

 

 と思ったら返ってきたのは予想外の一言。聞くって、何を誰に?

 

「今は俺、奏がバイトじゃない日は未来と走ってるんだよ。俺が一人の散歩に飽き始めてるって話したのを覚えててくれてさ。じゃあ一緒に走りますかってね」

「……へぇ」

 

 そんな事一言も聞いた事ない。翼は未来が運動不足解消に走り始めたって教えてくれたけど、只野さんと一緒なんて一言も言ってなかった。

 つまり未来が隠してた。それはどうして? 考えるまでもない。あの子、大人しい顔して結構強かだね。

 

――このままだと只野さんが未来へ傾くかもしれない……。

 

 な、何だ? 今の、あたしの声……? だとしても只野さんが未来を選ぶと決まった訳じゃ……。

 

――バイト終わりの只野さんはどこか危ない時もあるし、そもそも未来は二人で走ってる事を隠してた。つまり完全に狙ってる……。

 

 それは……否定出来ない。あの子がまさかそんな事をするなんて思わなかった。

 

――いくらゲージ上げなんて理由があっても、それはやり過ぎだ。あたしがキツク言っておかないと……。

 

 ……そう、だね。只野さんはきっと未来があたしや翼に黙ってジョギングしてるなんて知らないはずだ。なら、知らないままでいてもらおう。あたしが未来に言っておけばいい。

 

 こそこそとズルい事するんじゃないって。

 

「奏? どうかした?」

 

 只野さんの声で我に返る。何だろ? 何か胸の奥がもやもやする。

 

「何でもない。ちょっと驚いただけ。先輩が毎日走ってるって聞いてさ」

「おいおい、前も散歩してたんだ。それの延長線上みたいなもんだろ?」

「散歩でも結構疲れるって言ってた人が言ってもねぇ」

「このっ、それが年上に向かって言う事か」

「っと、逃っげろ~」

「このっ、待てっ!」

 

 逃げるあたしを只野さんが追い駆ける。そうやってしばらく公園の中を走り回った。何て言うか、子供の頃に戻ったみたいだった。

 最初こそ只野さんも怒り顔だったけど、すぐに笑顔に変わったのも大きいと思う。他愛のない追い駆けっこだったけど、今のあたしには軽く恋人みたいなやり取りに思えたし。

 

 最後には二人して疲れ果てて芝生でぐったり。それが何だかおかしくて二人で笑った。

 

「ねっ、先輩」

「ん?」

「キスしてあげよっか?」

「はぁっ!? な、何だよそれっ! き、キスって」

「頬っぺたに」

 

 そう言ってニヤッと笑うと見事に只野さんが何かを察したみたいに項垂れた。

 

「あっれれ~? どーしたの先輩? そんな風に落ち込んじゃってさ」

「してやられたよ。見事に掌の上で踊らされた」

「口にしてもらえるって思った?」

「……ちょっとだけ」

「ちょっと?」

「…………かなり」

 

 その瞬間、あたしは只野さんが愛おしくなった。だから素早く頬へキスしてやった。

 

「っ?! か、奏っ!?」

「頬ぐらいなら子供だってするよ。先輩、動揺し過ぎ」

 

 言いながらあたしも心臓がバクバクしてる。あー、お願いだからバレないでくれよ?

 

「そ、それはそうかもしれないけど、子供は子供であってな?」

「嫌だった?」

 

 内心のドキドキを隠して問いかける。まだだ……まだ顔に出すな……。

 

「……嫌なもんか。君みたいな女性から頬だろうがキスされれば、浮かれて馬鹿やりそうなのが俺だぞ?」

「何それ。自慢になってないよ」

 

 そう言いながら何となく初めて会った時の会話を思い出す。あの時もこんなようなやり取りしたな。

 でも、あの時と只野さんの顔が違う。あの時は微妙な顔だった。今は、赤くてどこか嬉しそう。

 

 そんな顔、するんだ。そう言ったら、照れくさそうにどんな情けない顔してるって聞かれたから、デレデレになってるって言ったら苦笑した。

 なので反対の頬にもしたらどうなるかなって言ったら、心臓が止まるだろうから止めてくれって割と本気めに言われた。

 

「そんな事じゃ、女と付き合えないよ?」

「それでもいいさ。今のキスだけで一生の思い出になったから」

 

 ……ホント、普段抜けてる感じなのに、こういう時にふと心を触る言葉を投げかけてくるんだからさ。困っちゃうよね、ホントに。

 

 もっと、好きになるしかないじゃん。いつか、本当のお望みのキス、してあげるよ、只野さん……。

 

 

 

「そんな事を奏さんに言われる筋合い、ないと思います」

 

 その未来の冷たい声に翼は思わず耳を疑って後ろを振り返る。

 時刻は朝八時過ぎ。朝食を終えて後片付けを翼が行っている時にそれは寝室で始まった。

 

「あのね未来。あたしは何も恋愛するなって言ってる訳じゃないんだよ。ただ、あたしや翼に黙ってこそこそしてるのが」

「別に言う必要ないですよね? だって、朝のジョギングです。ただ、それに只野さんが並走してくれるってだけですよ?」

「っ……ならどうしてそれを翼に黙ってたのさ?」

「だから、どうしてそこまで細かく言う必要あります?」

 

 そこまで聞いて翼が何かを察したのか、水を止めて洗い物を放置するように慌てて寝室へと向かう。

 

「奏っ! ダメっ!」

 

 奏が未来の事を睨み今にも掴みかかろうとしてるように見えたからだった。

 幸い翼の制止する声に奏も息を吐いて動きを止める。それを見て未来はどこか苦い顔をしていた。

 

「奏、落ち着いて。小日向、お前も言い方が過ぎるぞ」

「ごめん……」

「ごめんなさい……」

 

 気まずい空気が漂う室内。翼は俯いた二人を見てため息を吐くとスマートフォンを手に取った。

 原因は仁志にある。奏はあの仁志の決意のようなものを知らないから未来を叱っているんだと、そう考えたのだ。

 

「……あっ、只野さんですか?」

「「っ」」

 

 聞こえた名前に俯いた二人が小さく息を呑む。

 

「少しご相談したい事が出来ました。……いえ、そういう事ではありません。奏へ以前只野さんが私や小日向達へ言ってくれた言葉を教えてもいいでしょうか?」

(只野さんが翼達に言った言葉?)

 

 聞こえてくる言葉に奏がどういう事だとばかりに顔を上げる。すると視線が翼と合った。

 

「……分かりました。では、失礼します」

 

 通話終了とばかりにスマートフォンを耳から離して翼はため息を吐いた。

 

「奏、よく聞いて欲しい。私や小日向は只野さんへ恋愛感情を抱いている」

「っ!?」

「それを、もう私達はあの人へ伝えている。そして、それを受け只野さんはこう言ってくれた。今は答えを出せないけど、この問題が片付いた時には必ず答えを出すからと」

「そんな……」

「本当です。だから私は……」

 

 そこで未来が黙ったので翼がどこか苦い顔でその後を受けた。

 

「只野さんともっと親密になろうとしたのだろう? やり方は否定しないし分からないでもないが、奏への言い方は棘があり過ぎたぞ」

「……ごめんなさい。その、ついカッとなって……」

「だろうな。奏も、そこまで怒らなくてもいいと思う。小日向の言う通り、人の恋路は関わらない方がいい」

「でもさ、先輩は周囲の目を気にしてるだろ? だから」

 

 食い下がる奏を見て未来は気付く。目の前の相手も自分と同じなのではないかと。

 

「……そういう事ですか?」

「っ?!」

「ん? 何がだ?」

「翼さん。多分奏さんは、只野さんの事、男の人として意識してます」

 

 その一言で奏が真っ赤になって俯き、翼が驚いたように大きく目を見開いた。

 

「つまり嫉妬だったんですよね? 自分が元々一緒にやってた事を、後から来た私がやってるって聞いて嫉妬したんです」

「っ……そうだよ、悪い? 大体ね、先輩と知り合ったのはあたしの方が先なんだ。それにジョギングだって誘ったのはあたし。それを……」

「なら自分でこれから毎日やろうって言えばいいだけじゃないですか。それを……」

「小日向止めろ! 奏もだよっ! どうしてそう相手を煽るのっ!」

 

 悲しそうな表情で二人の間に割って入る翼だが、そんな彼女へ未来と奏のやや鋭い視線が向く。

 

「そう言うけどさ、翼も結構強かだよね」

「え?」

「そうですよね。今だってすぐに只野さんへ連絡してましたし」

「そ、それは……っ!? すまないっ! 少し外の空気を吸って来るっ!」

 

 何か様子がおかしい。そう思って翼はある可能性に気付いてエプロンをつけたまま部屋を出た。

 

(話に聞いた悪意に操られた暁や月読に似ている気がする! まさか、まさか悪意が二人の恋心を利用しているのか!? 愛憎というように、強い好意は強い嫉妬と表裏一体!? だとしたら、だとしたら今の私達は……っ!)

 

 翼が向かったのはマリア達の家だった。すると丁度その玄関先に朝食を食べ終えただろう仁志が立っていたのだ。

 

「あれ? 翼……?」

「っ! 只野さんっ!」

 

 エプロン姿の翼に目を瞬きさせる仁志だったが、彼女の様子からただ事ではないと察したのかすぐに表情を険しくする。

 

「どうかしたのか?」

「こ、小日向と奏が、二人が悪意に操られているかもしれないんです!」

「っ!? 何だって!?」

「どうしたのよ? 家の前で大声出さないで頂戴」

 

 そこへマリアが姿を見せて仁志と同じく翼の格好を見て不思議そうに小首を傾げた。

 

「翼? どうしてエプロンなんか……」

「マリアさん、非常事態だ。鏡と槍が以前のザババ状態になった可能性がある」

 

 周囲に聞かれている事も考慮したのか仁志は奏と未来の名前を伏せた。その言葉に翼も真剣な表情で頷いた事でマリアも表情を険しくする。

 

「……どうするの?」

「とりあえずまずは確認だ。ヴェイグを連れてきてくれないか?」

「分かったわ」

「あと、セレナにも来てもらって」

「「セレナ?」」

 

 思わぬ人選にマリアと翼の声が重なる。だが仁志にはちゃんと理由があった。

 

「彼女は、ゲームだと初めてステータス異常の全回復が実装された子なんだ。もしかしたら、悪意にも効果を出せるかもしれない」

 

 そう言いつつ、仁志は内心で不安も抱いていた。何故ならセレナのその能力はゲーム上エクスドライブでのものだったのだ。

 普通の状態で果たしてそんな事が可能なのか。そう思いつつも、神獣鏡が使えない今、可能性があるのはセレナのアガートラームだけだと信じて仁志は息を吐く。

 

 マリアが家の中へ戻って少しするとセレナがヴェイグを抱えて現れた。その後ろにはマリアもいる。

 

「翼、二人は部屋にいるんだな?」

「た、多分ですが……」

「外出していない事を願いましょう」

「セレナ、無茶な事を言ってるとは思うけど、よろしく頼むな」

「は、はい」

 

 こうして仁志達は急いで翼達の部屋へと向かった。幸いにして二人はまだ部屋にいた。何故それが分かったかと言うと……

 

「な、何だこの嫌な匂いは!? こんなの、久しぶりだ!」

 

 ヴェイグがアパート前で露骨に嫌な顔をしたのだ。その声と言い方で全員が確信する。二人は悪意に操られているのだと。

 

「マリアさんはここで待機しててくれ。で、俺達に何かあったらこれでエルに連絡を。その場合は切歌ちゃんに響とクリスを呼びに行ってくれって頼んでくれ」

「……分かったわ」

「ヴェイグさん、お願いします」

「ああ」

 

 持っていたスマートフォンをマリアへ託し、仁志は翼とセレナを連れて部屋へと向かう。

 ヴェイグは久しぶりにセレナの中へと戻り、有事に備えていた。

 階段を上がり、慎重にドアを翼が開けた。中は、何故かカーテンが閉められていて暗くなっていた。

 翼に続いて仁志とセレナが入り、三人は寝室を見つめた。そこに奏と未来がいたのだ。ただ……

 

「……奏さん? 未来さん?」

 

 暗い寝室で奏と未来が体を縮こませるように三角座りをしているのを見て、セレナがどこか怖そうに二人の名を呼んだ。

 すると、二人はゆっくりと顔を上げる。その顔を見て思わず仁志とセレナは息を呑んだ。

 

「わぁ、只野さんだぁ。私に会いに来てくれたんですね?」

「あははっ、先輩だぁ。何? また一緒に寝たいの?」

 

 二人の顔は血の気が失せていて、まるで死人のように見えた。なのに不気味に笑っているのだ。

 それに仁志は翼へ目を向けると小さく頷く。それに翼も頷き返し、二人は同時に動いた。

 仁志が奏を、翼が未来を押さえつけるように組み伏せ、すぐにセレナへ顔を向ける。

 

「「セレナっ!」」

――Seilien coffin airgat-lamh tron……。

 

 ギアを纏い、即座にデュオレリック状態となったセレナは、そのまま自分達をミレニアムパズル内へと閉じ込めた。

 以前悪意が切歌と調を操った際、最後に逃げ出した事を思い出して仁志が逃走できないようにと考えたためである。

 

「こ、これならもう逃げられません!」

「翼、ギアを!」

――Imyuteus amenohabakiri tron……。

 

 翼がギアを纏ったのを見て仁志は奏から離れる。翼もそれとほぼ同時に未来から離れてすかさず刃を二つ出現させるや二人の影目掛けて投げ放った。

 

「はっ!」

 

 最早定番となっている足止めの影縫い。しかもミレニアムパズル内は陰る事がないため余程がない限りその束縛を破る事は出来ない。

 

「それで、これからどうすればいいんでしょうか?」

「そうだな……とりあえずセレナ、歌ってくれないか? 二人の中の悪意よ出て行けって気持ちで」

「歌、ですか? わ、分かりました」

 

 言われるままにセレナが初めての気持ちで“誰かのためのヒカリ”を歌う。その勇ましくも凛々しくもない、優しく祈るような歌声がミレニアムパズル内に響く。

 それを聞いて翼は自身の内側から力が込み上げてくるのと同時に、心が穏やかになっていくのを感じていた。

 

「これは……」

「ううっ……あ、頭が……」

「胸が……苦しい……」

 

 セレナの優しさが宿った歌声が、フォニックゲインが悪意に支配された二人の体を浄化するように注ぎ込まれていく。

 

「効いてる……」

 

 それに驚いているのは仁志であった。そんな彼の目の前で二人の体から黒いもやのようなものが滲み出るように出現する。

 

「あれは……」

「悪意、だろうね」

「……攻撃が通じるでしょうか?」

「実体がないだろうから難しいかもしれない。翼がグリッター化出来るならいけるとは思うけど」

「グリッター化……あの金色に輝く姿ですか?」

 

 以前見た映画を思い出しての翼の言葉に仁志は頷く。人の心の闇とも言える悪意を払うには光をぶつけるしかないと思っていたのだ。

 

「神獣鏡が使えない今、悪意の弱点は強い心の光しかないと思うんだ。ただ、それは言う程簡単じゃないだろ?」

「そうですね……。では、どうすれば?」

「ヒーロー物のお約束が通じるなら……本人の心の光」

「本人の……心の光……」

 

 セレナの歌によって悪意は二人の体から分離しつつある。それでも完全には分離出来ていない。それを見て翼は意を決してセレナの隣へと移動した。

 

「セレナ、手を繋いでくれ」

「え?」

「私も、一緒に歌おう。そして奏と小日向の心に訴えかけるんだ。心を強くもって悪意に負けないでと」

「……はい。でも、何を歌えば?」

「マリアと君の思い出の歌でどうだ? あれなら私も歌える」

「分かりました」

 

 そうして二人が紡ぐ“Apple”が奏と未来の心へ響き渡る。負けないで。悪意を追い出して。そんな想いが歌声を通じて二人へと届く。

 

「ううっ……ああっ!」

「嫌ぁ……こんな気持ち、嫌ぁ……」

「奏……未来……」

 

 苦しむ二人を見て仁志は意を決してその場から動くと、二人の影を隠さぬように大回りで彼女達の背後へ回り込み、その手を握った。

 

「頑張れっ! 悪意なんかの好きにさせるなっ!」

「せ、先輩……っ!」

「只野さん……っ!」

「翼もセレナもヴェイグもいる。悪意なんかに負けるなっ! 自分達の心を勝手に踏み躙られて、自由にさせて平気かっ! 俺もこうして一緒に戦うからっ! だからいつもの二人に戻ってくれっ!」

 

 強く、だけど痛く感じないぐらいに加減して奏と未来の手を握る仁志。それに二人は彼らしい優しさを感じ取り笑みを浮かべる。

 

――セレナっ! タダノに伝えてくれ! 二人の嫌な匂いがかなり薄れてきた!

「お兄ちゃんっ! お二人の嫌な匂いがかなり薄れたってヴェイグさんがっ!」

「もう一押しか。だが、その一押しが……分からない」

 

 悔しげに顔を伏せる翼。だが、そこで仁志は彼女へ問いかけたのだ。

 

「翼っ! そもそも二人は何が原因でこうなったか分からないか! もし原因の一つでも分かればそこをとっかかりに何とか出来るかもしれないんだっ!」

 

 その言葉に翼が顔を赤くする。原因は一つしかない。それを言えば仁志はどうするのかと思ったのだ。

 そしてそれを他者の口から伝えられてしまう奏の気持ちを考え、翼は言葉に詰まる。

 

「翼さん?」

「……只野さん、小日向も奏も同じ気持ちを悪意に利用されています」

「同じ?」

「はい。それを言う前に一つだけ言わせてください」

「何?」

「…………奏っ! ごめんっ!」

 

 その大声の謝罪に仁志とセレナは疑問符を浮かべるしかない。が、それが思わぬ効果を生んだ。

 

「つ、翼……それ、必要ないから……っ!」

「っ?! 奏っ!?」

「せ、先輩も気にしなくていいよ……っ! あたしの体だ。あたし自身の力で取り返すってのっ!」

「奏……」

 

 顔を凛々しくし、奏は隣の未来へと視線を向ける。

 

「未来っ! あんたもだよっ! 女の底力、見せてやろうじゃないかっ!」

「……はいっ!」

 

 そこで二人は一瞬だけ仁志と繋がれた自分の手を見る。その瞬間笑みを浮かべ、二人は目を閉じて聖詠を唱えた。

 

(あたしの恋心を利用するとか……)

(人を好きになる気持ちにつけ込むなんて……)

((絶対許せないっ!!))

 

 二人のギアが展開されるのと合わせて完全に悪意が二人の体から分離する。ギアに埋め込まれた依り代の力が増したからだ。

 

「翼っ!」

「分かったっ!」

 

 奏の声が本来のものに戻った事へ気付き、翼は弾かれるように二人の影を貫いている刃を抜き取った。

 

「未来さんっ! 悪意が逃げますっ!」

「逃がすもんかっ!」

 

 体の自由を取り戻した未来が神獣鏡の光で逃げようとする悪意を見事に撃ち貫いてみせる。

 

「セレナ、ヴェイグは何だって?」

「……もう大丈夫だそうです!」

 

 笑顔でそう告げてセレナがギアを解除する。それに合わせて周囲の風景も戻り、薄暗い室内へと変わった。

 

「……やれやれ、一時はどうなるかと思ったよ」

 

 そう告げて仁志は二人から手を離して座り込む。

 

「「ぁ……」」

「へ?」

 

 その手の温もりが消えた事に思わず奏と未来が声を出すも、仁志はそれがどうしてかを気付けないように不思議そうに二人を見上げるのみ。

 

 と、そこで翼のスマートフォンが鳴る。

 

「もしもし?」

『翼さんっ! 兄様に伝えてください! ステータスに変化がありました!』

「ステータスに?」

 

 その言葉で仁志は気だるげに立ち上がると疲れた顔でこう言うしかなかった。

 

「一旦マリアさん達の家へ行こうか」

 

 

 

「一体何なんだろうね? 全員集合って」

「知るか。呼びに来たこいつさえも知らないって言うんだからよっぽどだろ」

「アタシも教えてもらってないんデスよ。エルがスマホを見つめて一人で驚いたり首を傾げたりと忙しかった事は知ってるデスけど」

 

 話しながら歩く響達。向かうは当然集会所のようになってきているマリア達の暮らす家だ。

 まだ三人は知らないのだ。未来と奏が悪意に操られていた事を。

 切歌はマリアに言われて留守番しながらエルフナインの指示があるまで待機と告げられていたのだから。

 

「また何かゲームに変化でもあったのかな?」

「現状それが一番有力だろうな」

「楽しみデスねぇ」

 

 どこか気楽な雰囲気のまま目的地へ到着し靴を脱ぐ三人。向かった居間では疲弊したような奏と未来がおり、スマートフォンの画面を真剣な面持ちで見つめる仁志とその両隣にエルフナインとヴェイグがいた。セレナはやや疲れた顔で畳の上に横になっている。

 視線を動かせば翼とマリアが深刻な表情で何事かを交わしていて、とてもではないが三人が想像していたような良い雰囲気ではなかったのだ。

 

「タダノ、切歌が戻ってきたぞ」

 

 その声にその場の全員が反応した。翼とマリアは椅子から立ち上がり居間へと移動し、仁志とエルはスマートフォンから顔を上げた。

 

「え、えっと……」

「一体何があったってんだ?」

「その説明をするのはもう少しだけ待ってくれ。もうじき調ちゃんが」

「ただいま」

「……帰ってきたね。じゃ、全員揃ったら話を始めるよ」

 

 そう告げた仁志の複雑な表情に、響達はただ事ではない事があったのだとおぼろげに察して息を呑む。

 そこへ調がやってきて居間にいる顔ぶれに小首を傾げた。

 

「どうしてみんな揃ってるんですか?」

「実は奏と未来が悪意に操られたんだ」

「「「「奏っ!?」」」」

「あっ、まず驚くのそこなんだ……」

 

 仁志の口から出た奏という呼び方に響達四人が驚く。その反応に仁志だけでなく他の者達も若干苦笑した。

 

「えっと、まぁおかげで少し重たい空気が軽くなったかな? えっと、俺がマリアさんって呼ぶようになったから、一人だけ天羽さんってのもどうかと思ってさ。だから奏って呼んでもいいかって勤務中にね」

「そういう事。だから、ま、あんまり気にしなくていいよ」

 

 仁志と奏の言葉に理解したとばかりに頷く響達。となると今度は……

 

「「「「操られたっ!?」」」」

「時間差かぁ……」

「まるでコントか漫才だよ、これじゃ」

「ふふっ、本当ですね」

 

 呆れる奏と苦笑する未来。翼とマリアも小さく笑みを零すが、それもすぐ消える。

 

「とりあえず、セレナと翼の歌の力と奏と未来自身の心の強さで悪意は排除出来た。ただ、どうも翼曰く不安が残るらしいんだ」

「そのために、立花と雪音にはこちらへ来て欲しい」

「切歌と調は私の方へいらっしゃい」

 

 そして翼から響とクリスが告げられるのは予想外の言葉だった。

 

「悪意は、小日向と奏の恋心を利用して操ってきた。今後、似たような方向で私達へも忍び込んでくる可能性がある」

 

 それは、防ぎようがない事だった。もし防げるとすれば恋を捨てる事。想いを、気持ちを捨てる事だ。

 

「そ、そんな……」

「先輩、どういう事でそう分かったんだ?」

「……小日向は密かに只野さんとジョギングをしていたらしい。それを只野さんから聞いた奏が小日向に詰め寄ったのだ」

 

 それだけでもう響とクリスは理解した。理解出来てしまったのだ。奏が仁志へ特別な感情を抱いていなければ詰め寄る必要などない。ただ、周囲の目に気を付けるようにと助言や注意するだけで終わるのだ。

 

「悪意は、私達の中にある嫉妬や憎悪をいとも容易く増大させる。それが、今回の事でよく分かった。あの小日向が最初から棘のある言葉を奏へ返した。奏も、すぐに小日向への怒りを抱き手を上げようとしていた。最後には止めに入った私を二人して恨めしそうに見てきたのだ。すぐに只野さんと連絡が取れるからと」

 

 もう言葉がなかった。響とクリスはそれだけで十分異常さが伝わったのだ。

 

 同様に切歌と調はマリアからこんな注意を受けていた。

 

「只野さんと……」

「仲良くなりすぎるなって、どういう事デス?」

「悪意は今回奏と未来の只野への好意を利用したの。もっと一緒にいたい。もっと仲良くなりたい。そんな気持ちをね」

 

 マリアの説明に切歌と調は成程と頷くも、すぐにその表情を困ったものへと変えた。

 

「でも、そうは言ってもデスね……」

「難しい……」

 

 切歌は仁志の趣味にハマり、色々教えてもらったりそれを話題に盛り上がる関係。調はそもそもコンビニでの上司であり、色々と教えてくれて自分を大人として扱ってもらっている関係。どちらも仁志への好意は弱くはない。

 

「別に嫌いになれって事じゃないの。ただ、只野と強く一緒にいたいとか思わないようにして」

「「……頑張ってみる(デス)」」

 

 実際切歌も調もそんな事を思った事はない。ただ、この事で二人は自分へ問いかける事となる。

 

(アタシは只野さんと一緒にいたいってそんなに強く思ってるデスかね? まぁいれたらとっても楽しいデスけど!)

(只野さんと……強く一緒にいたい? ……私には分からない。でも、店長さんの時の只野さんといる時は楽しいかも。売り場の事相談してると時間が早いし)

 

 浮かぶのは恋愛とは程遠い想い。

 当然だ。仁志は彼女達へは兄や親類のような気持ちで接しているのだから。

 それでも、彼女達も十六を迎えて所謂お年頃という時期に入っている。

 特に今までろくに異性と接点を持たなかった二人だ。そこへ仁志という、これまで見た中でもっとも一般人であり頼りなさと頼もしさが同居する存在と出会った。

 子供のようで大人でもある。そんな身近にいなかった異性に、それまで異性耐性のなかった二人の乙女が平気であるはずもなく……

 

((一緒にいたいって、強く思わないならいいんだよ(デスか)ね?))

 

 男女関係で一番大事な事はなんだろうと言われると色々あるだろうが、仮に人生を共に歩む際に必要な要素と言えば金銭面を除けばやはり性格などの人格面だろう。

 そういう意味で言えば仁志はもう響達装者全員のそれをある程度知っている。そして彼女達もその異変への対処や上位世界での暮らしで仁志の人となりをある程度知ってきている。

 

 そういう意味では仁志は彼女達装者にとって一種の理想と言えた。何せ隠さねばならない色々を既に知っている。その上で自分達へ好意を寄せているのだから。

 

「それにしても、これはどういう事なんでしょうか?」

 

 一方で仁志はエルフナインやヴェイグなどとゲームに起きた変化について、正確にはステータスの変化について考えていた。

 ただ、画面上は大きく変化はしていない。そう、実はエルが見た変化とはセレナがデュオレリック使用中に出現していたのだ。

 

――こ、これは……っ!?

 

 マリアの言い付け通り万が一のための連絡員として待機していたエルフナインだったが、ふとステータス画面を見れば悪意が操っているか分かるかもしれないとゲームを起動させたのである。

 残念ながら悪意が操っている事を示すような事はなかったが、セレナのアイコンが変化している事に気付いたのだ。

 

 しかもそれに加えてデュオレリックを示すと思われるヴェイグのアイコンの周囲が点滅するというおまけ付き。

 

「……ツインドライブ状態の時にアイコン周囲が点滅してたんなら……」

 

 仁志はぼんやりと頭に浮かんだ仮説を確かめるべく視線を奏へと向けた。

 

「奏、ギアを展開してくれないか?」

「へ? 別にいいけど……」

「お願い」

 

 言われるままにギアを展開する奏。すると当然周囲がそれに気付いて視線を向ける。

 

「これでいい?」

「ああ。……俺の予想が正しければこれで……」

 

 ステータス画面の奏のアイコンがギアを纏ったのを確認し、仁志はある種の確信を抱いて頷くと櫻井了子のアイコンをタップする。

 

「奏っ! ツインドライブ、起動っ!」

「へ? っ!?」

 

 その瞬間、奏のギアがデュオレリック状態へ変化したのである。それを見て全員が呆気に取られていた。

 

「……凄い。本当に、本当にそうなんですね。これは、デュオレリックを、ツインドライブを可能にするんだっ!」

 

 エルフナインが感動するように告げた言葉に全員が我に返る。

 

「じゃ、もう一度押せば……」

「っ!? も、戻った?」

「みたいだな。やっぱり予想は間違ってなさそうだ。これが出現すればツインドライブがいつでも可能になるらしい」

「はい! ゲージを上げれば依り代の力が上がり、もしかすると今のように聖遺物なしでのツインドライブを可能にするかもしれませんっ!」

「エル、もうデュオレリックじゃなくてツインドライブって言い始めてる……」

「デスね……」

 

 見事に仁志から誘導されているエルフナインに驚きと感心を覚え、調と切歌は小さく頷く。

 翼とマリアはゲージが本当に自分達の利点になる事を確認し、そこで悪意が何を狙って動いているかを察して息を呑んだ。

 

「……マリア、もしかすると」

「ええ、多分同じ事を考えているわ」

「以前エルは言った。悪意もこのゲームを知ったかもしれない」

「あれは、きっと正しくはこうね。私達の誰かを経由して知った」

「ああ。となれば、やはりあのゲージを上げられると悪意は困ると言う事だ」

 

 現に今回悪意は遂に仲間内での内輪もめをやろうとしてきた。それも女特有の嫉妬と言う感情を利用して。

 これまで恋愛経験のない自分達には効果的と言わざるを得ない。何せ誰もが初恋なのだ。それも同じ男を見つめている。これ程までに付け込み易い状況はない。

 

 だがそれも仕方ないのだ。何故か依り代の力を増すには仁志と関わらなければならない。その根本の理由は分からないが、彼だけが“戦姫絶唱シンフォギア”を覚えている事に関わっているのは言うまでもないだろう。

 

 結局悪意が狙っているとしても、自分達は仁志と距離を取るのは不可能だ。そう翼もマリアも理解した上で息を吐いた。

 

「……早くゲージを最大まで上げましょう」

「だがどうやって?」

 

 当然の翼の疑問へマリアは若干の躊躇いを見せるも、すぐに意を決した表情で告げる。

 

「只野に、彼に一度嘘でもいい。私達を好きだと、そう言ってもらうの」

「っ!?」

(な、何だとっ!? 私達と言う事は……マリアもなのかっ!?)

 

 マリアの言葉が意味する事に翼は驚きを隠せなかった。何故ならマリアも仁志へ強く心を惹かれていると告げたようなものだからだ。

 驚きから抜け出せない翼を見てマリアはそれに構う事なく話を続ける事にした。今は勢いのまま喋らないと自分も様々な感情で黙ってしまいそうだと思ったのである。

 

「おそらく、あれは只野と過ごした時間の長さと濃度で出来ている。なら、嘘でもいい。惚れた男にそう言ってもらえれば私達の心は動くでしょう。それなら」

「ま、待て。マリア、本当にそれでいいと」

「いいわけない。いいわけないでしょ。だけど、今はそんな余裕はないの。少しでも早くゲージを上げ切り、悪意の干渉を抑えないといけない。違う?」

 

 その静かな、だけど無念や悔しさを押し殺すような声に翼は何も言えなかった。

 

「…………いや、マリアの言う通りだ。私達は、装者だ。個人よりも優先しなければならない事など、当たり前のように存在するのだから」

 

 一瞬だけ仁志から出会った日に言われた言葉が頭をよぎり、翼の心を小さく締め付ける。ここではただの歌が好きな女性でいいという、あの言葉が。

 

「なら、試してみましょう」

「そう、だな」

 

 互いに真剣な面持ちで立ち上がり、二人は仁志の前へと向かう。彼は大きく欠伸をしていた。緊張などが解け眠気が襲ってきたのである。

 

「ふわぁ~……ん? マリアさんに翼? どうしたの?」

 

 眠そうな顔で柔らかく笑う仁志に二人は思わず赤面する。

 

(な、何て優しい顔するのよ……。お願いだからこのタイミングでそれは止めて!)

(只野さんらしいが、い、今の心境的には若干止めて欲しいものだ。決意や覚悟が鈍る……っ!)

 

 何故か黙ったまま立ち尽くす二人に仁志は疑問符を浮かべるも、何か用があるのだろうと思ってその言葉を待った。

 

「……あの、只野さんにご相談があります」

「俺に?」

「ええ。その、検証の一環よ」

「検証の……?」

「ゲージの上げ方がある程度判明した今、それを利用してゲージを上げ切りたいと思いました」

「はぁ……」

「だから、嘘でいい。私か翼に好きだと言ってくれる?」

 

 間違いなくその瞬間、一部の者達が息を呑む。そうならなかったのはエルフナイン達少数だった。

 

「……えっと、それはさすがに」

「只野、よく聞いて。悪意はそのゲージを上げられる事を恐れている。だから奏と未来を使って内輪揉めを企てたのよ」

「私まで巻き込もうとした辺りにもそれが見えます。もっと言えば、今回は私達三人の部屋です。半数が悪意によって操られれば、崩壊するのは当然と言えます」

「最大まで行かなくてもいい。もし本当にそれが上がる事でデュオレリックが使用出来るのなら、それだけでも確保したいの。そうすれば、カオスビーストとの戦いがもっと楽になる」

「只野さん、お願いします。事態は一刻を争うんです」

 

 真剣な表情で迫る二人に仁志は表情を大きく歪める。嫌だったのだ。例えどんな理由があろうと嘘を、しかも愛を告げる言葉で吐く形になるのが。

 だが二人の考えと言っている事も分かる。しかしそれでも譲れない事があるとばかりに仁志は静かに立ち上がると首を横に振った。

 

「駄目だ。例えどんな状況だろうと想いを伝える時に嘘を混ぜちゃいけない」

「「っ」」

 

 凛々しくも悲しそうな表情でそう告げ、仁志は手にしていたスマートフォンへ目を落とす。

 

「世界を、平和を守るためには時に心を欺いて、人を欺かないといけない時もあるんだろう。でも、ごめん。俺はそんな大人にはなれないらしい……」

「只野さん……」

 

 仁志の言葉に響がそっと胸を抑える。仁志はスマートフォンをエルフナインへと手渡していた。

 

「だから、今から言うのは本当だ。ただしそっちの望むものじゃないとは思う。けど、これが今の俺の精一杯だ」

「「え?」」

 

 理解出来ないという顔をするマリアへ仁志はしっかり目を合わせると深呼吸を一つする。

 

「マリアさん、俺は君へ強い感謝の念を抱いてる。毎日のように朝飯を作ってもらっていたし、今だって晩飯を用意してもらう事が多い。本当に、ありがとう。いつも美味い飯と笑顔で俺は今日を生きる活力をもらえてる」

「っ!?」

 

 それは、ある意味で愛の告白よりも強い言葉だった。嘘偽りない気持ち。異性愛とは言い切れないが深い愛情にも近い想いがこもっていたのだから。

 マリアが赤面するのを見て仁志は翼へと顔を向けた。翼はマリアが言われた言葉に若干驚きと恥ずかしさを感じていたのか少しだけ頬に朱が混ざっていた。

 

「翼、俺は君の歌が好きだ。歌っている時の君は本当に綺麗だし凛々しい。だけど歌っていない時は不器用で可愛い。そんな二面性を持ってる事も魅力的だと思ってる。君の持つ歌手としての顔と個人としての顔を知れた事は、俺の中での自慢の一つだよ」

「只野さん……」

 

 そこまで言って仁志は照れくさそうに頭を掻いて俯いた。

 

「こ、これで勘弁してくれないか? 少なくても嘘は言ってない」

 

 本音を言えば今すぐにでも叫び出すか転がりたい程の恥ずかしさを感じている仁志であったが、さすがにここでそう出来る程彼は良くも悪くも強くなかった。

 

「……っ!? ね、姉様のゲージと翼さんのゲージが上がりました!」

「……おおっ! 二人の後ろに何か出たぞ!」

「「っ!?」」

 

 そのヴェイグの言葉にマリアと翼がすぐさまエルフナインの傍へと駆け寄った。

 見事にマリアと翼も空白だった部分にメルと緒川慎次のアイコンが表示されていた。

 

「……本当に、これで使えるのかしら?」

「試して、みるか。エル、頼む」

「は、はい」

 

 マリアと翼がギアを纏うのを確認し、エルフナインはまずメルのアイコンをタップする。

 

「……あれ?」

 

 だが何故か変化が起きなかった。エルは何度もメルや緒川のアイコンをタップするも、マリアも翼も変化が起きなかったのだ。

 

「ど、どういう事だ? やはり完全聖遺物がなければダメだと?」

「そんな……じゃあこのアイコンは何のために?」

「ど、どうしてでしょう? 反応はしてるようなのですが……」

「エル、ちょっと貸してくれ」

「え? は、はい」

 

 困惑する三人を見つめ、ヴェイグがエルの手からスマートフォンを優しく奪うと仁志へとそれを差し出した。

 

「タダノ、これは元々お前のだ。もしかしたらお前じゃないと変身させられないんじゃないか?」

「…………そう、なのか?」

「実際あたしは先輩がやって成功したしね。やってみたら?」

 

 その言葉に仁志はならばとスマートフォンを見つめ、小さく頷く。

 

「マリアさん、行くよ?」

「え、ええ……」

「ツインドライブ、起動っ!」

 

 仁志がメルのアイコンをタップした次の瞬間、マリアのギアがデュオレリック状態へと変化した。

 その光景に誰もが驚き、そして確信する。本当にステータス画面にアイコンが表示されればデュオレリックが使用可能になるのだと。

 

「ほ、本当になった。しかも、体への負荷が恐ろしく軽い……」

「ほ、本当か?」

「ええ。只野、翼の方も試してみて」

「分かった! ドライブチェンジっ! ゴーッ!」

 

 眠気が強くなりすぎたのか、はたまた先程の告白もどきで何かが壊れたのか。もうテンションがおかしい事になっている仁志はどこか自棄になっていた。

 

「……本当だ。デュオレリックなのに体が思いの外楽だ」

「お、おそらくですが、完全聖遺物を制御している訳ではないからでしょう。その制御をしなくていい分、体への負担が軽くなっているんだと思われます」

「では、能力も落ちているのか?」

「分かりません。ですが、もしその姿が完全コピーだとすれば、負荷だけが下がって能力はそのままの可能性も十分あり得ます」

「マジかよ……」

「それって、凄く戦力アップなんじゃ……」

 

 エルフナインの推察にクリスと響が信じられないとばかりにマリアと翼を見る。

 二人は軽くその場でギアの調子を確かめるように動き、やがて頷き合ってセレナへと顔を向けた。

 

「え?」

「セレナ、申し訳ないのだけどミレニアムパズルを展開してもらえる?」

「そこでなら今の状態の全力を確かめられる」

「わ、分かりました」

「あっ、なら姉さんも兄様の方でツインドライブを」

「そうだな。俺がどういう風にされるか見てみたい」

「よし」

 

 その結果、セレナの場合ヴェイグは分離したままでデュオレリック成功となった。そして奏も再度デュオレリック状態となり、四人はミレニアムパズルの中でそのギア性能を確かめる事に。

 そこから戻った時には全員が笑みを浮かべていた。性能差はないと言えたのである。つまり実際のデュオレリックよりも使用時間などが大幅に伸びた事を意味していた。

 

 そうなれば色々な意味で響やクリス、未来もと思うところであったが、仁志が遂に疲労と眠気のピークを迎えダウンしてしまう。

 

「ごめん……もう、寝かせてくれ」

 

 もう半分彼の布団となりつつあるマリアの布団を使い、アイマスクと耳栓を使って眠る仁志。

 そして少ししてマリアがアルバイトへと出かけ、奏も眠るために帰る事にし翼と未来と共に部屋へ戻っていく。

 

 響とクリスもこれ以上いる理由はないと退出し、残されたのは年少組とヴェイグとなった。

 

「それにしてもさっきの只野さんの告白は凄かったデスねぇ」

「うん、ドラマとかみたいだった」

「姉さんも翼さんも本当に嬉しそうでした」

「ゲージもお二人して九割を超えました。これはゲージ最大も間近かもしれません」

 

 明るい雰囲気で話す四人だが、それを聞きながらヴェイグは声に出さず仁志へと目を向ける。

 

(タダノしかあのげーむの力は使えない。つまりタダノが依り代を持っていないといざとなった時困るかもしれないのか……)

 

 そう考えてヴェイグはある事を思い出して小さく呟く。

 

――もし悪意がタダノを操ったら、俺でもきっと分からない……。




嘘でもいいから好きだと言って。女心全開の提案でした。
それに対してそういう事で嘘は吐けないと大人になり切れない答えで余計女心を掴むという男。
いつだってシンフォギアで道を、未来を切り開くのは愛。そういう話でした。
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