シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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女は恋をすると綺麗になる。では男は?
悪意は心の闇を狙う。闇は光と表裏一体です……。

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ダイスキスキスギ

「はぁ……」

 

 店内に誰もいない事を確認してため息を吐く。時刻は午前五時半を過ぎたところ。最後の荷物も何とか片付け終わって落ち着いている。

 正直まだ体がだるい。それと心も、だろうか。

 

 あの奏と未来の悪意乗っ取り事件からマリアさんと翼への恥ずかしい告白もどき。そしてそれに関連するだろう引き継ぎの際の響とクリスからの恨めしい視線と言葉。それらのおかげで。

 

――只野さん、私達もああいうの、聞きたいです。

――せ、先輩達だけってのは厄介事になると思うぞ。

 

 あれ、そういう事だよな。うん、俺にだってそれぐらい分かる。マリアさんと翼への言葉は、どこにも愛してるなんて入ってなかったけど十分そういうのに近いもんだったって。

 響やクリス、未来もかな。俺に似たような事を言って欲しいのかもしれない。

 

 ただ、悪意がまさかの未来と奏へ手を出した。その原因が俺にははっきりとは分からないけど、翼達にはちゃんと分かっているらしい。

 しかも以前のザババコンビの比じゃないぐらい深く悪意が根付いてたんだと思う。ヴェイグの反応から察するとそういう事だろう。

 

「……俺がそうなってもヴェイグには分からない、か」

 

 夕飯だと起こされた時、ヴェイグから言われた一言が頭の中に響く。

 そう、この世界の人間相手じゃヴェイグは匂いで善人か悪人か判断出来ない。つまり俺もそうなる。

 もし仮に悪意が俺へ入り込み操ったとしたら、それを判断するのは難しいかもしれない。少なくても確信を早々に抱く事は出来ないだろう。

 

「俺も用心しないとな」

 

 そうは言ってもどう用心すればいいのか。悪意は人の心の闇を利用する。つまり嫉妬や恨み、憎しみと言った負の感情だ。

 それを抱かぬように生きるのは難しい。特に今の俺は常にどこかで負の念を抱いてると言える。

 

 響達からの異性としての好意。それに向き合う事で生まれる葛藤と不安。好きです。その一言を言えない言い出せないもどかしさとある種の安心感。

 きっと今の俺は人生で最大の精神不安定さを見せているだろう。そんな訳のわからない自信が溢れている。

 

 というか、あれだ。モテ期が来たと思ったら一気に来すぎだ。どうしてこれを分割してくれないのか。ああ、でももしそうなってたら俺はこうなれてないわ。

 

「只野君、ちょっといいかい?」

「はい? 何かありました?」

 

 またため息を吐きそうになってるとオーナーから声をかけられた。特に話す事はないと思うんだが?

 

「いや、発注を月読さんと天羽さんに一部任せたじゃないか。それを知ってね、雪音さんが自分も何か引き受けたいって」

「……そうですか」

 

 クリスも俺の負担を減らそうとしてくれてる。でも、今後の事を考えるとどうしたものかと迷う。いずれみんなは帰る。その時、減らした負担はまた俺へ戻ってくるんだ。

 それだけじゃない。店で言えば一気に五人もの人間がいなくなる。勿論そうなってもいいように求人募集はかけるし、その時が見え始めたら少しずつ辞めてもらうつもりではあるけど。

 

 何せ翼とマリアさんがツインドライブが可能となり、しかも奏とセレナも負担を減らした状態でツインドライブが可能。これでカオスビーストとの戦いがかなり楽になる。

 

 で、そうなれば当然残りの装者もってなる。そうなればどうなるかは分かってるんだ、頭では。

 

「でもオーナー、残ってる発注で雪音さんへ任せてもいいやつ、あります?」

「うーん、そうなんだよねぇ。でもやる気を出してくれてるし、雪音さんはしっかりしてるから任せたい気持ちもあるんだ」

「……なら冷凍任せます? あれなら余程がない限り切らす事はないでしょうし」

「あー、それがいいかもしれないね」

「ならオーナーから話をお願い出来ますか? 俺だと居残りになりますから」

「そうだね。分かった」

 

 そう言ってオーナーは嬉しそうに裏へと戻っていく。多分だが安心出来るからだ。

 装者のみんなは、はっきり言って普通のフリーターよりも仕事へのモチベーションが高いし真面目だ。

 そもそも彼女達はバイトなんてやりたくても出来ない立場だった。だからかバイトをどこか楽しんでいる。

 

 俺は、そんな彼女達に支えられている。朝、昼、夕と俺へ情報をくれる存在がいるおかげで色々と考える事や手を打てるからだ。

 

「……悪意の狙いはみんなへの復讐を含めた世界の滅び。それを阻めるとしたら現状はあのゲージを上げる事、か」

 

 みんなのギアに埋め込まれた依り代の欠片。それが持つ力があのゲージと共に上がっているのはほぼ確定。

 なら、九人全員がゲージを上げ切れば本部ぐらいは何とか出来るかもしれない。それがエルの予想だ。

 

 そして、もしかすればゲージが最大まで上がれば切歌ちゃんの言ったようにエクスドライブさえも使用出来る可能性がある。そうなったら世界蛇相手でも有利に戦える。

 

 ……別れも、早く出来る。俺がするべきは、それを少しでも早く迎えられるようにする事なんだ。

 

 落ち込みそうな気分を振り払うように顔を左右に振り、そこからは仕事へ打ち込んだ。

 

「じゃ、後はお願いします」

「「お疲れ様~」」

 

 朝勤の南條さんと高山さんに後を任せて店を出た頃にはもう六時半を過ぎていた。

 いつものようにマリアさん達の家へ向かう。その足が不意に止まった。

 

「……いつか、この日常もなくなるんだよな」

 

 考えないようにしてきた事。それが昨日の出来事から強く頭に浮かぶようになってきた。

 理由は簡単だ。悪意がみんなへ深く根差した。それはこの世界での日々が原因に他ならない。みんなにはここは平和過ぎる。訓練も事件もない。ギアが、必要とされる事がない。

 

 心を強く持つ必要が、ない。だからきっと悪意はみんなの中へ入り込む事が出来るんだろう。

 

 酷い話だと思う。心の底で待ち望んだ平和を経験したら、それが彼女達を苦しめる事になるとか。

 一生戦い続けろと、ずっと戦士の心でいろと、そう言っているに等しいじゃないか、これじゃ。それじゃ、本当にライダーだ。

 

 悪を倒して、倒して、倒し続けて、それでも終わる事のない戦い。変わらない世界。それでもいつか変わると信じて戦い続けろと、そういう事かよ。

 

「……お邪魔します」

 

 やり場のない怒りと悲しみを抱えたまま引き戸を開ける。

 静かに廊下を歩いて居間をチラっと除けばそこには四つの可愛い寝顔。思わず笑みが浮かぶ。

 

 そのまま台所へ行けば漂う味噌の匂い。もういつものとなった、匂い。

 

「おはよう只野」

「……おはようマリアさん」

 

 こっちへ微笑みを見せるマリアさんは、昨日の事があったからか余計綺麗に見える。

 

「えっと、これいつもの」

「ありがとう。今日は私には何?」

「あ、その……」

 

 袋から新商品のお菓子を取り出す。

 

「これ、新商品なんだ。感想、聞かせてくれる?」

「あら、いいの? ありがとう。じゃあ、陽子さんとお昼休みにいただくわ」

 

 心なしかマリアさんの笑顔が幸せそうだ。それが俺の心を騒がせる。止めてくれとは言えないし言いたくない。でも苦しい。

 この笑顔がこの世界でしか出来ないのかもしれないと思うと、俺の中に何とも言えない気持ちが込み上げる。

 

「タダノ、おはよう」

「ヴェイグか。おはよう」

 

 後ろから聞こえた声に振り返ればヴェイグが立っていた。で、その目が俺の持ってる袋へ。

 

「いつものか?」

「そう。それと五人で分け合って食べて欲しいんだけど……ほい」

 

 ヴェイグにもマリアさんへ渡した新商品のお菓子を見せる。

 

「何だこれ? 初めて見るな」

「新商品。みんなの感想を聞かせて欲しい」

「おお、そうか。分かった。おやつに食べる事にする」

「ふふっ、ケンカしないようにね」

「分かってる」

 

 マリアさんとヴェイグの会話はまるで親子だ。つい笑みが浮かぶけど、これもいつか終わるのだと思うと顔が曇る。

 とりあえずシュークリームを冷蔵庫へしまい、俺は洗面台へ向かう。

 手を洗いながらぼんやり考える。いつまでこうしていられるのかと。

 ゲージが上がり切ればみんなは確実に悪意との決戦を迎えるだろう。おそらく悪意はカオスビーストを全滅させてやれば、次の手があればそれを、なければ直接姿を見せるはずだ。

 

 ……みんながそれに負ける事はない。何せ世界蛇を倒した時よりも強くなっているんだ。つまり、ゲージが上がり切った時が別れの時。

 

「俺が、俺がその気になって頑張れば、秋が来る前にすべてが終わるかもしれない」

 

 夏の間に終わらせられるならそうしよう。寂しくなっていく秋や冬に別れなんて迎えたら俺の心が持たない。

 そうだ、それがいい。俺が素直にみんなへの好意を、気持ちを伝えればゲージが大きく増えてくれるならそうしよう。

 

「……俺の夢、やっと出来た俺の夢を叶えてみせるんだ。それがどれだけ辛い結末になるとしても」

 

 夢がなくても夢を守る事は出来ると言ったヒーローがいた。そしてこんなような事も彼は言っていた。夢があると時々切なくなるけど、同じだけ時々熱くもなれるのだと。

 

 俺がまさにそれだ。切なくもあるけど熱くもある。叶えたくないけど叶えなきゃいけない夢。だからこそ俺は叶えてみせるんだ。

 

 手を洗い終えて洗面所を出るとそこでエルと出くわした。

 

「お、おはようございます兄様……」

「? おはようエル。今朝は早起きだね」

「は、はい」

「っと、顔を洗うんだよな。どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 何だか様子がおかしいけど寝起きだからだろうか。そういえばエルとこの時間に喋るなんて初めてかもしれない。

 そんな事を思いながら台所へ。そこでは鼻歌混じりで食事の支度をするマリアさんと、よじよじと椅子を伝ってテーブルへ登ろうとしているヴェイグの姿。思わず和む。

 

「マリアさん、エルが起きたよ」

「え? 珍しいわね」

「何か心当たりある?」

「そうね……一つあるとすれば」

「すれば?」

「えっと、多分貴方にはこう言った方が分かり易いかもしれないわね。昨夜、勇気ある者を見たわ」

 

 おうっ、ガガガ後半の名エピソードじゃないか。そうかぁ……遂にそこまで来たかぁ。

 “勇者、暁に死す”の翌日は、調ちゃんが俺にゾンダーは倒したのに戦いは続くんですか?って聞いてきたぐらい、マリアさん達はガガガを好きになってくれている。

 丁度BLACKの話をした頃だったから調ちゃんが悲しそうなのと言ったらなかった。で、RXの光太郎と同じように、サイボーグ凱にもその戦いを切り抜けた先に希望があるからと言って納得してもらったっけ。

 

「そっか。熱かっただろ?」

「……あれは、私達には涙なくして見れない話だったわよ。死んだと思っていた両親が生きてる、のよね?」

「うん、ザ・パワーの力で精神生命体って形で」

「それだけでも泣きそうなのに、その前には護のお父さんよ? もうエルがボロボロ泣いちゃって」

「あー……」

 

 そうだった。あそこは怒涛の親の愛のターンだ。護の父であるカインと凱の両親である麗雄と絆。その三人の想いと言葉を受け取って大反撃の切っ掛けを作るんだ。

 貴方達の子供の戦いを見守っていてください。あの台詞で前半が終わるのが泣けるんだよなぁ。

 

「前半で泣いて、後半で興奮して、もうエル達は大変だったんだから」

「マリアさんは?」

「……察しなさい」

 

 どこか照れくさそうにそう告げてマリアさんは俺へ背を向けた。ホント、可愛い人だ。

 

「ん?」

 

 そう思って椅子へ座ると俺の事をヴェイグがつんつんと突いてくる。顔を向ければ、ヴェイグがこそこそと近寄ってきた。

 

「タダノ、マリアもかなり泣いてたぞ」

「……そっか」

 

 今や気分は母親なマリアさんだ。親である三人の気持ちへ感情移入したんだろう。

 そして子でもある訳だから凱や護の気持ちへも、か。うん、そりゃ泣くわ。

 

「なぁ、あそこからどう戦うんだ?」

「ふっふっふ、ヴェイグ、それは機界昇華終結を見れば分かる」

「……今夜を待つしかないか」

「そういう事」

 

 すっかりガガガファンのヴェイグである。こうなるとそろそろFINALも貸すか。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

「こっちはヴェイグね」

「すまん」

 

 本当にマリアさんの奥さん感は凄い。これ、もしかしなくても昨日のあれが影響してるよな?

 

「えっと、マリアさん」

「何?」

 

 不思議そうにこちらを見て動きを止めるマリアさん。何というか、本気で嫁さんのような気がしてくる。

 だからか、いつものように食事の礼を言おうと思った口が動かなくなった。それでも何か言おうとして出て来たのは……

 

「……何でもない」

「何よそれ。子供じゃないんだから止めてよね、そういうの」

 

 そう言いながらも表情は笑顔なのだから分からない。でも、うん、それに俺もつられるように笑顔になる。

 今は先の事を考え過ぎても仕方ない。出来る事を懸命に頑張るしかないんだ。そう思っていこう。

 

「マリアさん」

「今度は何よ?」

 

 そう言いながらも笑顔は崩さない。ああ、うん。そういう事だと思おう。きっと彼女も響達と同じ想いを俺へ寄せてくれているんだ。

 

 だったら……俺も……

 

「マリアって、そう呼んでもいいかな?」

 

 夢を叶えるために、俺の心のために、少しだけ、少しだけ踏み込んでみよう。

 

 そう思っての問いかけへの返事は、真っ赤な顔で俯いて小さく頷く可愛い反応でした……。

 

 

 

「いらっしゃいませ。二名様ですか?」

「はい」

「かしこまりました。では、御席へご案内します」

 

 静かな店内。洒落た内装と雰囲気。かかってるのは……ジャズだね。

 今、あたしは只野さんと一緒に初めて見た喫茶店に来ていた。

 バイト終わりの早朝から開いてて食事も出来るところってなると限られる。で、あたしがおそらく只野さん御用達の店を軒並み禁止したからここになったと思う。

 

 何だが大人の雰囲気でいい。テーブルとかが安っぽくないし、何より微かにコーヒー豆の匂いがするのが新鮮だよ。

 

 店員のお姉さんは案内すると一礼して去って行った。で、只野さんは早速メニューを……見ない?

 

「奏、どうぞ。好きな物を頼んでくれ」

「う、うん」

 

 レディーファーストってやつ? 何だか少し照れくさい。でも、うん、悪くないかも。

 

「……モーニングで十分かなぁ」

 

 六種類あるモーニング。あたしも初めて知ったけど、この辺りっていうかこの地方はモーニングって言う形でコーヒー一杯ぐらいの値段で簡単な朝ごはんが食べられる。

 ただここはちょっと違うみたいで、値段で選べるみたいだ。普通に厚切りトーストの奴もいいけど、フレンチトーストも惹かれる。こっちのミニパンケーキも捨てがたいな。でもこの休日限定のもいい。

 

「先輩は?」

「奏は決まったか?」

「正直迷ってる」

 

 そう言うと只野さんは小さく微笑んだ。

 

「なら、一つは俺が頼むよ。何で迷ってるんだ?」

 

 なんて言ってきた。ヤバっ、こんな事で嬉しくなるとかあたし単純過ぎ。

 

「えっと、こっちとこっちで迷ってる」

 

 メニューで指差す。フレンチトーストか休日限定。それを見て只野さんはどこか苦笑した。

 

「そっか。じゃ、俺がホリデーを頼むからフレンチトーストを頼めばいいよ」

「……分かった。ありがと先輩」

「どういたしまして。って言っても、分け合うようなもんだけどさ」

 

 言われて気付く。これ、只野さんには本当にデートなんだって。だからそれらしい事してくれてる。

 店員さんが水を持って来てくれた時に只野さんが注文をしてくれて、それが来るまであたし達は雑談する事に。

 話題はやっぱり仕事――かと思ったら……

 

「あたしの事?」

「うん、奏の事を知りたいと思って」

 

 何でもいいからあたしの話を聞かせて欲しいって、そう只野さんは言ってきた。何か、ちょっとだけ恥ずかしい。だけど、同時に嬉しくもある。この人はあたしの事を知りたがってる。興味があるんだって、そう思うと、さ。

 

「じゃ、何から話そうかな? 何でもいいんだよね?」

「ああ。好きな音楽、好きな場所、嫌いな食べ物や苦手な人とか何でもいい。奏の、君の事を教えてくれ」

 

 真っ直ぐな目でそう言ってくる只野さんはたまに見せる大人の男の顔をしてた。

 

「……じゃ、あたしの好きな人の話をするよ」

 

 だからあたしも女の顔で返す事にした。そこからの話は、まぁ詳しく言う必要もなく只野さんの事を話した。

 多分向こうもすぐにそれが分かったと思う。それでも止める事無く、ただ照れくさそうな、恥ずかしそうな、そんな感じの複雑な表情で聞いてくれた。

 

 あたしが、好きだってそう言ってるの分かってるんだよね? 女として好意寄せてるって伝わってるよね?

 

 あんたに惚れたって、察してくれてるんだよね?

 

「お待たせしました」

 

 そんな事を思ってたら注文の品が届いた。美味しそうな匂いをさせる皿が目の前に置かれていく。

 

「奏、とりあえず一旦食事にしよう」

「ん、そうだね」

「ではごゆっくり」

 

 店員さんが下がったのを確認して、あたしと只野さんは手を合わせた。

 

「「いただきます」」

 

 その瞬間、何だかちょっとだけおかしくて笑った。だってさ、まるで二人で生活してるみたいな感じがしたから。そう思ってたら向かいからも笑う声。

 

「何で笑ってるのさ?」

「ごめんごめん。その、何だか喫茶店に来てるって感覚が一瞬消えてさ」

 

 ……ホント、こういうとこだよ。あたしが只野さんに惚れてったの、こういうとこなんじゃないかなって思う。

 この人は普段は大人じゃない。どっちかっていうと少年だ。でも、大人にならないといけないってなるとそれらしく出来る。この差にきっとあたしは、ううんみんなやられてる。

 

「先輩、そっちのパンケーキとこっちのフレンチトースト、交換していい?」

「はいはい、ご自由に。何ならソーセージかベーコンも食べるか?」

「いいの? じゃ遠慮なく」

「ん。どっち?」

「ん~……ソーセージ」

「了解。っと、ほいパンケーキ」

「ありがと。じゃあお礼」

「どうも」

 

 洒落たジャズを聞きながら静かな時間を好きな人と美味い飯を食べて楽しく過ごす。うん、最高かも。

 これがあたしの初デート、か。ヤバいよね、これ。何て言うか、次のデートいつにするって、そう言いたいぐらい。

 

 食べ終わった後もあたし達は少しだけその場に残ってそれぞれのドリンクをゆっくり飲んだ。

 話もせず、ただ二人でいる時間を噛み締めるみたいに。

 

「なぁ奏」

「何?」

 

 そんな時、只野さんが不意に声をかけてきた。何だろうと思って応じるとあの人はあたしを見つめてこう言ってきた。

 

「これからは毎日一緒に走ってくれないか? 出来ればみんなと一緒にさ」

 

 惜しいよ只野さん。最後のさえなかったらあたしはときめいてたのに。でも、それが貴方だってあたしはもう知ってる。だから、少しだけ残念だけど嬉しく思って頷くとするよ。

 

 だからせめて……

 

――ねっ、また二人でここに来ようよ。

 

 これぐらいは、言わせて欲しい。そんなあたしへ、只野さんはどこか嬉しそうに頷いてくれた……。

 

 

 

「何だか新鮮ですね」

 

 そう私が言うとその場にいる全員が頷いた。普段なら翼さんとクリスちゃんしかいないトレーニング。それが今日は奏さんだけじゃなく切歌ちゃんや調ちゃん、セレナちゃんまでいて……

 

「どうせなら大勢でやった方がいいと思ってさ。これだけいれば妙な勘ぐりしたくても出来ないし」

 

 仁志さんもいるんだ。何でも二人きりとかでやるから見られた時が面倒なんだって。で、これだけいれば見られても逆に何とも思われないみたい。

 

「でもどうして急にこんな事を?」

「デスデス」

「えっと、ゲージが俺と過ごす時間で色が付くなら出来るだけ一緒にいる時間を増やそうと思ったのと、単純に俺がハーレムみたいな気分を味わいたいだけ」

「何だよそれ……」

「先輩らしいような、らしくないような」

 

 呆れるようなクリスちゃんと奏さんだけど、どこか笑ってる。嬉しい、んだよね。

 だって私も嬉しい。仁志さんが、珍しく自分から私達を誘ってくれたから。

 きっと未来やマリアさんもバイトがなかったら参加してた。うん、多分そうだ。

 

「いいだろ。少しぐらい馬鹿な男の夢の一つを見させてくれ」

「ふふっ、お兄ちゃんの夢ってこういうのなの?」

 

 セレナちゃんがそう問いかけると仁志さんは軽く苦い顔をした。

 

「セレナ、さっき言ったろ? 馬鹿な男の夢の一つって」

「って事はもっとエロいのがあるんだろ、先輩?」

「か、奏っ!」

「いいよ。否定しない。つーかな? 三十も過ぎた男がエロに興味ない方が怖いっての」

 

 その瞬間みんなが軽く苦笑してある事に気付いてすぐに黙った。そしてちょっと間を開けて大きな声を出した。勿論私も。

 

「「「「「「「えっ!?」」」」」」」

「な、何? ど、どうした?」

 

 こっちを見て戸惑う仁志さんだけど、むしろこっちがそうなりたいぐらいですからねっ!

 だって、今、私の聞き間違いじゃなきゃ、仁志さんはとんでもない事を言ったもんっ!

 

「た、只野さんっ! 今、何て言いましたっ!?」

「エロに興味が」

「その前だってのっ!」

「さ、三十も過ぎた?」

「もう誕生日を迎えていたんですかっ!?」

「う、うん……」

「お兄ちゃん、いつ!?」

「えっと、六月の」

「先月デスか!?」

「一日……」

「しかも初日……」

「先輩、それはないよ……。うん、ない……」

「えぇ……」

 

 もう仁志さんが誕生日を迎えてたなんて……。しかも一か月以上前だよ……。

 

「こうなったらお出かけ後の集まりは只野さんのお誕生会をやるデスよっ!」

 

 と、切歌ちゃんからそんな提案がっ!

 

「異議なしっ! 私もそれがいいと思うっ!」

 

 だって仁志さんの誕生日だもん。祝いたかったし、おめでとうって言いたかった。

 ど、どうせならプレゼントも渡したいけど……ば、バイト代の残りどれだけあったっけ?

 

「いや、もう一か月以上前だし」

「意図して黙ってたろ」

「そうですね。そんな気がします」

「一か月以上経てば誕生日会なんてやろうなんて普通言わないもんな」

「お兄ちゃん……」

「いや、あのね?」

「只野さん、諦めた方がいいです。マリアや小日向も、それにエルやヴェイグもここにいれば暁や立花のような事を言っています」

 

 その翼さんの言葉に仁志さんが項垂れた。

 

「そうかもしれないけどな? 聞いてくれよ。俺はさ、みんなと特撮やらアニメやらを見るのが幸せなんだ。ところがだ。誕生日会ってなると、そういう訳にもいかないだろ? プレゼントを用意させる事にもなる。でも、俺にとっては君達との時間そのものがプレゼントなんだ」

 

 その言葉に私は胸がキュンってなった。ど、どうしよ? 顔が凄く熱い。い、今のを二人きりで真剣な感じで言われたら絶対に私、仁志さんに抱き着いてた。

 

 そう思って周囲を見渡すとセレナちゃんと切歌ちゃん以外は何となく私に近い感じ。

 

 ん? あれ? 調ちゃんって仁志さんの事そういう目で見てるのかな?

 

「只野さんの気持ちすっごく分かるデス。アタシもみんなと過ごす時間が幸せで大好きデスから」

「はい、私もです。でも、だからってお誕生日を黙ってたのは許せません!」

「はい……反省してます」

 

 セレナちゃんがちょっとだけ怒ったように言うと仁志さんが申し訳なさそうにその場で正座した。

 

「なので、おでかけ後のみんなで集まる時はお誕生日会だからね?」

「デス」

「あ、あのぉ……名目だけで実態はクウガの鑑賞会とかになりませんかね? あの続きから一気に面白くなるんだよ。まずグローイングでグロンギ怪人を倒す話だろ? 次は謎の放電現象にクウガの強化フォームの登場、クウガを意味する古代文字がとある碑文だけ四本角になってるとか、アマダムが警告として見せる黒いクウガとか」

「「……ダメです(デス)!」」

 

 あっ、ちょっと迷った。それが面白くて笑っちゃう。仁志さんまでそうだ。

 

「只野さん、そうやって切ちゃんたちの興味をそそる事を言って逃げようとしないでください」

「そうだぜ。大人しく祝われやがれ」

「先輩、諦めなって」

「今エルへ連絡しました。おそらくすぐにでも返信が……きましたね」

 

 翼さんがスマホを手にして、そして小さく笑って画面を仁志さんへ向けた。

 

「……兄様の誕生日を祝いたかったです、か。うん、これはくるなぁ。しかもちゃっかり顔文字まで使ってるし」

「私にも見せてくださーい」

「はい」

 

 差し出された画面には仁志さんが言った文章と、その終わりに泣いている顔があった。エルちゃんもすっかりこういうのに慣れてきたなぁ。

 

 そうして一先ず仁志さんのお誕生会をプールに行った後の集まりでやる事は決まった。で、プレゼントに関しては仁志さんの希望で、みんなからって形で漫画を全巻買ってきて欲しいとなった。

 

 そのタイトルを聞いてみんなで納得。仮面ライダースピリッツだって。何でも昔は持ってたんだけど、収入が下がってきたから集めるのを諦めて売っちゃったみたい。

 

「新ってついてない方でお願い」

「分かりました!」

 

 話し合いは終了。でも、プレゼントで希望を言われるのって楽だけどちょっとだけ寂しいかも。

 ただ、その理由や仁志さんの気持ちが分かるから何も言わない。こっちじゃ、翼さんやマリアさんさえもお金の余裕はそんなにないから。

 

 私は……向こうでもこっちでも変わらず、かな?

 

「うし、じゃあ走ろうか。辛くなったらいつでも言いなよ」

「特にセレナはこういう事は初めてだろう? だから無理せず、何かある前に教えてくれ」

「うんっ!」

 

 こうして私達は走り出した。先頭は奏さんと私に切歌ちゃん、その後ろに調ちゃんと翼さん、一番後ろにセレナちゃんとクリスちゃんに仁志さんだ。

 何だろう? こうやって全員じゃないけどみんなで走ると前よりもっと部活みたい。心が自然と弾んでくる。笑みが零れる。

 

「こうやって走るのは初めてじゃないデスが、大人数でやると楽しいデスっ!」

「そうだね。一人と複数だと楽しみ方とかも違うしさ」

「そうですよねっ!」

 

 一人で走ってる時は周囲の景色とかを楽しんで、誰かと走る時は会話を楽しむ。

 それに、走り終った後の時間も全然違う。私は一人よりも誰かと走る方が好き、かな。

 

 でももう七月、かぁ。仁志さん、今月中に連休取れるのか心配になってくる。

 ただもうじき夏休みだ。そうなれば夕勤の時間帯は客数が地味に落ちるって聞いた。

 何でも学生さん達がいなくなるかららしい。言われてみれば当然だよね。夕方まで学校にいる必要ないし。

 

「でも、こうやって複数で走ってると持久走を思い出すよ」

「じきゅうそう?」

「っと、セレナは知らないか。要するに距離の短いマラソン」

「どれくらい走るの?」

「男子は1500で女子は1000メートルだったかな?」

「け、結構ある気がする……」

「早く走るんじゃなくて持久力、つまり体力を計るものだから同じ速度で走り続ける事が重要なんだ。クリスはこういうの苦手だろ?」

「……まぁ」

 

 そのクリスちゃんの小さな苦い声に思わず笑っちゃった。私だけじゃない。みんな笑ってた。

 

「わ、笑うんじゃねぇ! 誰にだって苦手な事の一つや二つあるだろっ!」

「そ、その通りなんだけどさ。今のはクリスの言い方もあるよ。だって、凄まじく小さな声だったじゃないか」

「そ、それは……」

「気持ちは分かるぞ雪音。私もかつては家事がそれだった」

「先輩は苦手じゃなくて出来ないレベルだったろっ!」

 

 そこでまたみんなで笑う。翼さんさえも笑ってた。クリスちゃんもそんな周囲に影響されて笑った。

 ホント、楽しい。ここでの時間は、辛い事や苦しい事もあるけど、それだって訓練や出動に比べたら全然だ。

 

 ……いつか未来に言われた言葉が頭をよぎる。こっちで長く暮らしてたら、戻った時に辛くなるよって、あの言葉が。

 

 分かってる。ホントは誰よりも分かってるんだ、そんな事。

 大丈夫ってあの時未来へ言ったけど、あれは全然そうじゃない。そう言ってないとダメになるって思って言い続けたんだ。

 未来が大丈夫じゃないよって言ってくるのがまるでもう一人の私みたいに見えて、意地を張って大丈夫って言い続けた。

 

 あの時でもそうだったのに、今なんてもっとダメかもしれない。

 勿論師匠達は助けたいし友達やお父さん達だってそう。止まった世界を、時間を動かさないといけないんだ。

 

 でも、でも、助けたら私はここを離れないといけない。普通の暮らしと、お別れしなきゃいけない。

 

 そして、もしかしたら仁志さんとも……。

 

「……そんなの、やだ」

 

 呟く。私の初めて好きになった男の人。優しくてあったかくて、時々頼りなくて、たまにカッコ良くて、とっても、とっても大好きな人。

 

 だから絶対お別れなんてしたくない! するもんかっ!

 

――もしそうなるぐらいならこっちに残ってやる……。

 

 っ!? そ、それはさすがに出来ない。で、でも、学院を卒業したら……。

 

――その時にはここへ来れなくなってるかも……。

 

 っ?! そ、そうだ……。その可能性があるんだ……。

 

――そうだ。向こうの時間は止まってるし、私達の経過時間もゆっくりになってるなら、こっちで一年とか過ごしても大丈夫だよ。その間に仁志さんと特別な関係になれるようにすれば……。

 

 そう、すれば……私、只野響になれる、かな? 仁志さんのお嫁さんに、なれるかな?

 

「響さん、どうしたデスか? 何だか暗いデスよ?」

「っ!? ご、ごめんっ! ちょっと考え事してて!」

「デスか。でもそんな顔になるぐらいなら誰かに相談した方がいいかもデスよ」

「う、うん。そうだね」

 

 切歌ちゃんの声で我に返る。いけないいけない。ついマイナスな事ばかり考えてた。

 

「そ、そろそろ休憩にしようぜ」

「セレナ、どう?」

「わ、私もそろそろ……」

「よし、じゃ休憩しよう。セレナ、速度をゆっくり落としていくんだ」

「う、うん」

 

 セレナちゃんはすっかり仁志さんをお兄ちゃんとして扱ってる。最近言葉遣いが砕けてるのがその証拠。

 それだけじゃない。エルちゃんなんてもう“エルちゃん”になってる。エルフナインちゃんって私もいつの間にか呼ばなくなってた。

 こっちの自分はエルフナインじゃなくてエルなんです。そう言ってるから翼さんでさえもエルって呼んでるぐらいだ。

 

 こっちの、かぁ。私は、何だろう? 無理矢理考えるなら……ガングニールの響、とか? 何だかスーパー戦隊の名乗りみたいだ。

 

 ……あの名乗りは、嬉しかった。仁志さんは本当に私の事を分かってくれてるって、そう思ったもん。

 

 みんなで軽く歩いて見慣れない看板のコンビニへ到着。これって、たしか一番大きな系列のコンビニだ。

 

「ちょうどいいか。敵情視察じゃないけど飲み物でも買おう」

 

 そう言って仁志さんはセレナちゃんへ顔を向けた。

 

「セレナの分は俺が出すよ。どれでも好きなの一つだけ選んでくれ」

「いいの?」

「飲み物代ぐらいなら兄ちゃんだって余裕で出せるって。ほらほら行くぞ」

「うんっ!」

 

 仁志さんに背中を押される形でセレナちゃんがコンビニの中へ向かってく。その後ろ姿は仲良し兄妹に見えなくもない。

 

「はっ! しまったデス! 調、アタシ達も妹分としておごってもらうデスよ!」

「切ちゃん、ちょっとせこい」

「いいじゃないデスか。只野さんはアタシ達にはお兄ちゃんみたいなものデス。と、言う訳で……待ってくださいデース!」

「もう……仕方ないな」

 

 急いで仁志さん達を追い駆ける切歌ちゃんとそれに苦笑しながらついていく調ちゃん。仲良しだなぁ。

 

「雪音はこのコンビニを知っているのか?」

「名前ぐらいはな。来た事はねーよ」

「あたしも名前ぐらいかな。こっちまで来る事はあっても入る事はないしね」

「立花もか?」

「はい。そういえば、この系列が業界最大手、らしいです」

 

 仁志さんやオーナーが言ってた言葉を思い出してそう言うと、翼さんはそういうものかって感じで頷いた。

 

 そして私達も切歌ちゃん達に遅れる事少しで店内へ入ると、いきなりうちと違うところを発見。

 

「クリスちゃん、このお店、ゴミ箱がレジと一緒だよ……」

「ああ。レジ下に設置されてるな」

「いいね、これ。色々と面倒な事減るよ」

 

 私がクリスちゃんと話してるとすかさず奏さんも会話に参加。やっぱり目線が店員のそれになってるよね、今の私達。

 見れば調ちゃんもそこを見て羨ましそうな顔してる。うん、分かる。こういう感じならとんでもない量のゴミを捨てられないよね。

 

 そう思いながらまずはお菓子コーナーへ。で、そこで発見。

 

「こんなの見た事ないよ」

「だな。ここの系列限定のやつだろ」

「美味そうだね、これ。一つ買ってく?」

「か、奏? 雪音に立花も雰囲気がいつもと違うぞ?」

 

 で、そんな私達を見て翼さんが困惑してる。あー、やっぱりそうなってるか。

 

「すみません。どうしてもバイト目線になっちゃって」

「そういう事か。まぁ無理もない。私もそういう経験がない訳じゃないからな」

「え?」

 

 翼さん、バイトした事ないと思うんだけど、違うのかな?

 

「あのな、先輩が言ってるのは職業病の事だ。要は、他の歌手の歌とかが気になるとかって事だろ。ですよね先輩」

「ああ」

「なるほど」

「っと、そうだ。あたしらは飲み物買いに来たんだった]

 

 そう言って奏さんがチルド飲料の方へ。そこでまずそっちって辺りが夜勤やってる人って感じ。

 

「うーん……悩むデス」

 

 そこには切歌ちゃんの姿があった。調ちゃんは……カップ麺のコーナー見てる。仕事熱心だなぁ。

 

「スイカかぁ。美味いのかね?」

「そうなんデスよぉ。さっきから気になって仕方ないデス」

「変わりモンは覚悟して手ぇ出せよ? あたしは普通に向こうのペットボトルにする」

「じゃ、私もそっちにしようかな」

「奏はこっち?」

「どうしようかな?」

 

 悩む切歌ちゃんと奏さんを置いて私はクリスちゃんとガラスケースの方へ。

 うん、きっちり補充されてる。プライスカードも……全部入ってる。

 

「さすが最大手だな。抜けがねぇ」

「うん。こっちも最近はなくなったけど……」

「あの人が店長になる前はちょこちょこ抜けがあったもんなぁ」

「しかもそういうのに限ってバーコードが通らない奴で」

「マジあれは殺意湧くよな」

「うんうん。で、よりにもよって沢山買う人だったりしてさ」

 

 あるあるトークをしながら物色する。ちなみに今だと未来がいてもこうなる。三人でお店での不満や文句を言いながら服を見たり本を選んだりして、何て言うかちょっとだけ大人の仲間入りした感じで。

 

 結局選んだのは私がミルクティーでクリスちゃんがストレートティー。

 

「んじゃ、会計すっか」

「そうだね」

 

 二人でレジへ向かうともう仁志さんがセレナちゃんとお会計してた。

 

「30円のお返しです」

「どうも。セレナ、落とさないようにな」

「うん」

 

 シールだけ貼ってもらったんだ。まぁその方がいいよね。正直袋があると邪魔になるし。

 

「お願いしまーす」

「いらっしゃいませ。一緒でもいいですか?」

「ああ、構わない」

 

 お財布から小銭を出そうとしてると、ふとお店の外でセレナちゃんが仁志さんと何か話してるのが見えた。

 楽しそうに笑うセレナちゃんとそれに苦笑する仁志さん。何となくだけど、親子に見えない事もないかも。

 仁志さん、いいお父さんになるだろうな。男の子が出来たらそれこそヴェイグさんとみたいに一緒になって遊んでくれるだろうし、女の子ならエルちゃん……は、ちょっと特殊かも。とにかく子供と同じ目線で遊んでくれるはず。

 

「おい、お前も自分の代金出せって」

「あっ、ごめん!」

 

 クリスちゃんに言われて慌ててお金を出す。あー、これ自分がレジだったらちょっと困るやつだよぉ。

 ちゃんと代金を払って私とクリスちゃんはそれぞれの手に飲み物を持ってお店を出た。

 

「ぼけっとすんなよ」

「ごめん」

「ったく。で、何を考えてやがった? ん?」

「あ、あはは……内緒」

 

 言えるはずがない。仁志さんと結婚した後の事を考えたなんて……ね。

 

「じゃ、Jさん達は生きてるんですね?」

「うん。ちゃんと生きてるから。ただ、今は再会出来ないけどね」

 

 そう思いながらチラリと見た仁志さんはセレナちゃんと何かを話題にしてた。よく分からないけど多分ガオガイガー、だっけ。それだと思う。

 仁志さんが大好きなアニメで、ファンの人達はガガガって呼ぶって教えてもらった。

 

 そう、私だけが仁志さんの好きな物を全部知ってる。教えてもらったから。聞いたから。

 

――これだけは誰にも負けない私だけの強み。仁志さんの事、一番知ってるのは私だから……。

 

 

 

「お邪魔するデス」

「いらっしゃい。何もないとこだけどって、もう切歌ちゃんは知ってるか」

「はいデス!」

 

 今日は只野さんのお部屋でデートデス。

 生まれて初めてのデートが年上の男の人の部屋とかドキドキデスよ。

 そう思うと見慣れたはずの部屋も少し変わって……あれ?

 

「ホントに見慣れない物があるデスね?」

「ん? 何が?」

「あ、いえいえこっちの話デス」

「そう? ああ、そのクッションを使って。お客様用だ」

「了解デス」

 

 見慣れない物の正体はまさかのお客さん用の物でしたか。言われるままに座るとまるで沈むような感覚。こ、これは凄いデス。

 

「は~……これ凄いデスねぇ」

「人呼んで人をダメにするクッションだそうだ」

「ダメにするデスか……納得しかないデスよぉ……」

 

 もっと大きかったら本気でダメになってたデス。

 

「本当はもっとでかいの買おうかなって思ったんだけどさ。残念ながらとっても高いので止めたんだ」

「高い、デスか。いくらぐらいデス?」

「10000円オーバー」

「贅沢クッションデスっ!?」

 

 い、10000円なんてアタシがどれだけ働けばいいデスか。装者としてのお給料ならすぐかもしれませんが、へーぼんなバイト店員じゃ5000円だって稼ぐの大変なんデスよ?

 

「しかも20000円を超える物もあってね」

「トンデモデス!」

「だからそのサイズ。それなら2000円もしない」

「ナルホド」

 

 それならアタシもバイト代で買えそうデス。ヴェイグなら喜んでくれそうデスね。

 

「只野さん只野さん。これ、アタシも欲しいデス」

「じゃ、ネットで注文しておくよ。同じのでいい?」

「デスっ!」

 

 でヴェイグにあげるんデス。はっ! そうなったらこれは人をダメにするクッションからヴェイグをダメにするベッドになっちゃうデスかね?

 

 ……ちょっとだけ羨ましいデス。こんなベッドで寝てみたいデスよぉ。

 

 そこから只野さんはアタシのための注文をスマホでちょちょいとやってくれました。

 それが終わると只野さんは畳んである布団へ座りました。

 

「まだそれ使ってるデスか?」

「いまじゃでかい座布団だけどね」

 

 そう、実はもう只野さんは新しい布団を買ってます。そういえば、それがこの部屋に来たの、六月になってからでした。まさか……。

 

「只野さん、あの新しいお布団って自分への誕生日プレゼントじゃないデスよね?」

「……偶然そうなってしまっただけで買い替えるつもりは前からあったから」

 

 やっぱり真っ黒デスっ! 真っ黒過ぎてまっくろくろすけが出てくるレベルデスよっ!

 

「ギルティデスっ! これはお誕生日会でみんなと一緒にお仕置きデス!」

「えぇ……俺、誕生日会の主役なのにお仕置きされるのかよぉ……」

 

 がっくりと項垂れる只野さんデスが、仕方ないのデス。こっそり自分だけでお誕生日を祝ってたなんてダメのダメでダメダメデス。

 アタシは本当の誕生日が分かりません。だから人のお誕生日は盛大にお祝いしたいんデス。それを知ってるはずデスのに……。

 

 と、そこで気付きました。もしかしてそれを知ってるからこそ黙ってたんじゃないかって。

 

「只野さん、お誕生日黙ってたのってアタシも関係してるデスか?」

「あー……なかったと言えば嘘になるけど、本音はこの前のジョギングで言った通りだよ。俺は誕生日を祝われるよりもみんなと特撮とかを」

「それは分かるデス。でも、みんな只野さんを誕生日当日にお祝いしたかったんデスよ。もし只野さんが逆の立場ならどうデスか?」

 

 アタシがそう言うと只野さんが一気に申し訳なさそうな顔になりました。どうやら分かってくれたらしいデス。

 

「……そう、だよな。ごめん。俺、やっぱこういうとこガキだなぁ」

「ガキ、デスか? 只野さんは大人だと思うデスけど?」

 

 実際アタシから見れば只野さんは立派な大人デス。ずっと一人で暮らしてるデスし、色んな仕事をやってきてます。アタシと違って支えてくれる人が傍にいないのに、ちゃんと生きてます。

 

「えっと、切歌ちゃん? これから言うのは俺の個人的な考えだから正解と思わないで欲しいんだけど」

「はいデス」

「世の中に、本当の意味での大人なんて一人もいないと俺は思ってるんだ」

「……デス?」

「大人って言うのはさ、いつでも正しくて、立派で、強くて、賢くて、そんな完璧な存在だと思うんだよ」

 

 言われてアタシが思い出すのは司令やマムデス。今只野さんが言った言葉にピッタリデス。

 

「只野さん、マムや司令は」

「えっと、それは切歌ちゃんが見てる時や見えているところでは大人をしてるだけだと思う。実際、ナスターシャ教授は君達に見えないところで決起を後悔してたし」

 

 言われた言葉に息を呑む。マムが、決起を後悔してた、デスか? でもきっとそうなんデス。只野さんはアタシ達の知らないはずのところまでアニメとして見てた人デスから。

 

「弦十郎さんだって、常に君達のような年若い少女達を戦地へ送り出す事に悔しさや無念を抱いてた。俺の言いたい事、分かってくれるかな?」

「……はいデス。司令もマムも大人をやろうとしてる時だけをアタシ達に見せてるって事デスね?」

「そう言う事。だから世の中に本当の意味での大人なんていないって俺は思ってる」

 

 そこで只野さんは一旦深呼吸をしました。で、どこか優しい目でアタシを見てきます。

 

「で、ここからが肝心なんだけど、ガキってのは大人でも子供でもない状態って事」

「大人でも子供でも?」

「うん。大人みたいに強く賢くあろうともせず、かと言って子供みたいに素直で無垢にもなれない。そんな中途半端がガキって俺は思ってる」

 

 言われて考えます。えっと……何で真っ先にクリス先輩が浮かんでくるんデスかね? 多分デスけど素直になれないって事が引っかかるからデスね……。

 

「それと、ガキは俺の中じゃ自覚してない場合。クリスは自分が素直じゃないって自覚してるから対象外だよ」

「おおっ! どうしてアタシがクリス先輩の事を考えてるって分かったデスか!」

「いや、切歌ちゃんは素直だからそうじゃない相手って考えるだろうなって」

 

 お見事デス。やっぱり只野さんは凄いデスよ。

 

「そうだ。切歌ちゃん、ガガガはどうだった? もう最終回近いだろ?」

 

 そう言われて思い出しました。只野さんに貸してもらってたガガガのDVDはもう終わりが見えてます。

 

「最高デス! 熱くて、優しくて、あったかくて、時々泣けるデス」

「そっか。後は最終回だけって聞いてるけど、何でまだ見てないの?」

「そ、その、あまりにも絶望が凄くてデスね。あと、これを見たら終わっちゃうって思うと辛いんデスよぉ」

 

 Zマスターとの決戦はすっごく燃えたデス! EI-01との決戦も良かったデスが、もうあれはそれとは別の意味で凄かったデス!

 特にZマスターへ凱さんが言った言葉は胸にきました。勇気や愛をマイナス思念って呼ぶのなら、滅ぶべきはZマスター達の方だって言葉はホントに思わず頷いちゃったデス。

 

 なのに、全部終わったと思ったデスのに、まさか命さんがゾンダーみたいになっちゃうとか酷いデス……。

 

「そっか。でも大丈夫。GGG(スリージー)憲章、第五条、百二十五項!」

 

 その言葉にアタシはハッとしました。只野さんを見ればこっちを見て小さく頷きます。そうデス。アタシは、すっかり忘れてました!

 

「「GGG隊員は、いかに困難な状況に陥ろう(おちいろう)とも、決して諦めてはならないっ!」」

 

 この勇気ある誓いが、GGGのみんなにはあるんデス。アタシも、それを思い出して決めました。今夜、みんなで最終回を見る事を!

 

「これで切歌ちゃんの勇気も復活したかな」

「はいデス! ちゃんと最終回をみんなで見るデスよ!」

「そっか。じゃ、そんな勇気ある者な切歌ちゃんに俺からプレゼントだ」

「へ?」

 

 そう言って只野さんは立ち上がると押入れへと近付いていきます。で、そこからクリアケースを取り出して金色の何かを渡してきました。

 

「こ、これは……」

「ガガガFINALを再編集したやつなんだ。勇者王ガオガイガーFINAL GRAND GLORIOUS GATHERRING。通称GGGって感じ」

「おおっ! ガガガGGGデスか!」

 

 何という覚えやすい名前デスか。それにしても、あの後ってもう敵はいない気がするデスのに……。

 

「舞台は最初こそ地球だけど、最後は三重連太陽系に移動する」

「さんじゅうれんたいようけい……」

「護君の生まれ故郷だよ。ゾンダーによって機界昇華された」

「えっ!? な、何でそこへ行くんデスか?」

「そうだね。TVシリーズはいわば護の物語だとすれば、FINALは凱の物語かもしれない」

「よ、余計分からないデス!」

 

 でもTVが護の物語って事には同感デス。お父さんとお母さんが二人いて、どっちからも愛情を注がれて育った護。アタシ達施設育ちにとってはどこか似てる境遇でした。

 だから護のお父さんとお母さんのやり取りに涙が出て来たんデスよねぇ。護が自分は本当は二人の子じゃないって言った時のシーンは、マリアまでボロボロ泣いてたデスし。

 

――護ちゃんは間違いなくママとパパの子よっ!

――そうとも。ただ、授かり方が他の子と違っただけさ。

 

 あの台詞にアタシ達はみんなでボロボロ泣いたんデス。マムは、マムはきっとこういう気持ちだったんだって、そう思ったら涙が止まらなくなったんデスよ。

 

「き、切歌ちゃん? ど、どうしたの?」

「ふぇ?」

「いや、急に涙を浮かべたからさ」

 

 言われて気付きました。アタシ、視界がぼやけてます。

 

「大丈夫? どこか痛い?」

「ち、違います。こ、これは……」

 

 な、何だか恥ずかしいデスよ。泣いてるとこ只野さんに見られちゃったデス。

 と、そこで只野さんがそっとティッシュで優しく涙を拭ってくれました。

 

「これでよしっと」

 

 そう言ってニッコリ笑う只野さん。そんな只野さんがアタシには顔も知らないお父さんに見えました。

 

「切歌ちゃん、もう平気?」

「……はいデス」

 

 やっぱり只野さんが本当にアタシのお兄ちゃんだったらいいデスのに。そうしたら二人で特撮とかロボットアニメとか、色んなものをいっぱいい~っぱいお話しできるデス。

 一緒に映画を見に行ったり、時々美味しいご飯を御馳走してもらったり、学院祭にも来てもらってみんなにアタシのお兄ちゃんデスって自慢したり。

 

「そっか。よし、じゃあ何を話そうかな? 切歌ちゃんが好みそうなのって言うと……」

「え、えっと、出来れば前カラオケで話してくれたじーがん? その話が聞きたいデス」

「Gガン? よし、なら切歌ちゃんが好きそうなところから教えてあげよう」

 

 そう言って只野さんは笑って話してくれました。まずカラオケで軽く聞いた事のおさらいデス。

 ほとんどの人間が宇宙にあるコロニーで暮らすようになった世界。そこで戦争を避けるために始まった四年に一度の代理戦争っていう扱いの“ガンダムファイト”。

 戦って、戦って、戦い抜いて、最後に残ったガンダムがガンダム・ザ・ガンダムの称号を掴み取れる。で、そのガンダムが所属する国が四年間全部の国のトップになれるんデス。

 

「物語はガンダムファイト第13回大会にドモン・カッシュがネオジャパン代表として出場する事で幕を上げる」

「ふんふん」

「ドモンはコロニー格闘技界の覇者たる称号、キングオブハートを有している実力者だ」

「き、キングオブハート……強そうデス」

「彼の乗るガンダムはシャイニングガンダム。必殺技は右手へエネルギーを集束させて相手へ叩き込むシャイニングフィンガー」

「おおっ!」

「俺のこの手が光って唸る! お前を倒せと輝き叫ぶっ! 砕け! 必殺っ! シャァァァァァイニングゥ! フィンガァァァァァァッ!!」

「か、カッコイイデスっ!」

「って、こんな感じの決め口上があるんだ。これにも色々パターンがあってね。全部教えてあげようか?」

「是非お願いするデスっ!」

 

 やっぱり只野さんとの時間は楽しいデス。アタシの好きな事は調とちょっとずれてるデスから、こういうお話出来る人って響さんのお友達さんぐらいなんデスよ。

 

 そこからアタシは只野さんと二人で決め口上の練習デス。ホントに沢山の言い方があってビックリしました。でも、全部カッコイイデス。

 特にアタシは途中でキングオブハートって言うやつが気に入りました。そう言ったら只野さんがニヤリと笑って……

 

「実は、ドモンは決勝大会用に機体を途中で乗り換えるんだ。その機体も決め口上があってね」

 

 なんてとんでもなく気になる事を言ってきたんデスよっ! しかもそれだけじゃなくて、シャイニングガンダムにはシャイニングフィンガー以外の必殺技もあるなんて言い出したんデス!

 もうっ! ホントに只野さんは最高デス! 

 そこからまた決め口上の練習デス! シャイニングフィンガーソードはテンション上がりまくりデスし、ゴッドフィンガーなんて決め台詞まであって燃えるしかないデスっ!

 

 それとドモンさんの流派同士でのやり取りも教えてもらいました。難しい言葉ばかりでしたけど、何度もやってく内に覚える事は出来ました。本当に楽しいデス。

 

「で、最後に流派東方不敗最終奥義ってのがあって」

「さ、最終奥義……デスか……」

 

 ゴクリと喉が鳴ります。きっと絶唱ぐらい凄いのがくるデス。

 

「その名も、石破天驚拳」

「せ、せきはてんきょうけん……デスか」

 

 な、何だか凄そうデス……。

 

「まず、今までと違って俺の……から始まらない」

「ふんふん」

「いい? まずは……いくぞっ! 流派っ! 東方不敗の名の下にっ!」

「おおっ!」

「ここからはゴッドフィンガーと一緒。俺のこの手が真っ赤に燃える! 勝利を掴めと轟き叫ぶっ!」

「「ぶぁぁぁぁぁくねつっ!」」

 

 “ば”じゃなくて“ぶぁ”って言うのがいいって教えてもらったデス。

 

「ここまではいい?」

「はいデスししょーっ!」

 

 いや、只野さんが今だけはそう呼んで欲しいって言ったデスから。何でもドモンさんのおししょー様がいるらしいんデスけど、その人が司令と同じぐらいかそれ以上に強い人らしいんデス。

 

 生身で巨大ロボットを砕けるとか、その銃撃を布で受け止めて跳ね返すとか人間業じゃないデス。是非一度司令と戦ってみて欲しいデスね。

 

 で、気分だけでもその人みたいにって事らしいデス。

 

「この石破天驚拳の場合はゴッドフィンガーの言い方が少し違う。今からそれをやるからちゃんと覚えてくれ」

「はいデスっ!」

「ゴッドフィンガァァァァ……」

 

 おおっ、語尾が下がるんデスね。

 

「石破っ! 天きょぉぉぉぉけぇぇぇぇぇんっ!!」

「ふぁ~……か、カッコイイデス……」

 

 只野さんがポーズまでやってくれたおかげでどんな感じの技か分かりました。

 

「じゃ、一度一緒にやってみよう」

「はいデス!」

「じゃあ、切歌ちゃん、俺の横に立って」

「横に、デスか? 分かったデス」

 

 只野さんの横へ移動して同じように足を肩幅に開きます。そして二人で頷き合って両腕を腰につけます。

 

「「行くぞっ! 流派っ! 東方不敗の名の下にっ!」」

 

 不思議デス。こうしてると本当に出来る気がしてくるデスよ。

 

「「俺(アタシ)のこの手が真っ赤に燃えるっ! 勝利を掴めと轟き叫ぶっ!」」

 

 心なしかアタシの右手にキングオブハートの紋章が浮かんでくる気がします。

 

「「ぶぁぁぁぁぁくねつっ! ゴッドフィンガァァァァァ……」」

 

 チラッと横へ目を向ければ只野さんと目が合いました。そして同時に頷き合います。

 

「「石破(せきは)っ! 天(てん)きょぉぉぉぉけぇぇぇぇぇんっ!!」」

 

 最後に両手を前へ押し出すように動かしてフィニッシュデスっ!

 

「……うん、見事だ切歌ちゃん。もう君に教える事は何もない」

「そんな……ししょー、まだアタシは未熟デス! もっとししょーに教えて欲しいデス!」

「切歌ちゃん……」

「一緒にGガン見たいデス! もっと一緒に決め台詞とか決めポーズとかやりたいデスっ! これでお別れとか嫌デスっ!」

「でも……」

「ししょーっ! アタシは、アタシはもっとししょーと一緒に遊んでいたいデスっ!」

 

 言ってたらまた涙が出て来ました。多分デスけど、これで本当に只野さんとお別れみたいな気持ちになってきたからデス。

 

「切歌ちゃん、そこまでか……」

「はいデスっ!」

「分かった。ならば……答えよ切歌っ! 流派っ! 東方不敗はっ!」

「王者の風よっ!」

「全新っ!」

「けーれつっ!」

「「天破侠乱(てんぱきょうらん)っ!」」

 

 そこでアタシは只野さんと、いえししょーと拳を合わせますっ!

 

「「見よっ! 東方はぁ、紅く(あかく)燃えているぅぅぅぅぅっ!!」」

「うるせぇぞっ! いい加減にしやがれっ!」

 

 見事に決まった瞬間クリス先輩がドアを開けて怒鳴ってきたデス。で、よく見れば後ろには響さんもいます。

 

「ご、ごめん。つい盛り上がって……」

「ご、ごめんなさいデスっ!」

「ったく……少しは周囲の事も考えろよな」

「た、只野さんっ!? 何で切歌ちゃんが師匠って呼んでるんですかっ!?」

「おめぇはそこかっ!?」

「あいたぁ!」

「「お~……」」

 

 クリス先輩の見事なツッコミが響さんへさくれつデス。あまりの見事さに思わずししょーと一緒に声を上げました。

 で、ししょーが響さんへアタシのししょー呼びについて説明して、何故か若干響さんがアタシを羨ましそうに見て来ました。

 

 ……ししょーって呼びたいんデスかね?

 

 とりあえずそこで一旦落ち着く事になって、アタシはししょーと一つの約束をしました。

 

「じゃ、約束デスよ?」

「ああ、いいよ」

 

 それは、今度カラオケに行った時に一緒にGガンのOPを歌う事デス。そのためにアタシはししょーから二枚のCDと、ついでにってさんとら、デスか。そんな物まで借りました。五枚もあって中々のボリュームデス。

 

「燃え上がれ闘志~忌まわしき宿命を越えて~って曲と、我が心明鏡止水~されどこの掌は烈火の如く~って曲がそれぞれシャイニングフィンガーとゴッドフィンガーの専用BGMなんだ」

「そうなんデスか」

「どっちも燃える曲だから是非聞いてみて。っと、そうだ。もし良かったらガガガのサントラもあるよ?」

「あっ! ならそっちも貸して欲しいデス!」

「分かった。ついでにガ王も貸しておくよ」

「がおう?」

「端的に言えば全ての勇者王誕生!が収められたCD。ただしFINALで使われるやつもあるから聞く場合は注意して」

「分かりましたデスししょー!」

 

 こうしてアタシのデート……でいいんデスよね? デートは終わりました。ししょーから借りたCDを早速お家で聞いてたら、調達が「「「「ガガガだっ!」」」」って反応したりして楽しかったデス。

 

 は~、早くGガンも借りて見たいデスよ。出来ればししょーも一緒がいいデスね。うん、そうデス。きっとししょーも見返したいって言ってくれるはずデスし、お願いしてみるデス!

 

 

 

 静かに部屋を出て鍵を閉める。あのバカは何もなけりゃ七時過ぎまでぐっすりだ。

 

「……行くか」

 

 ちょっとだけ恥ずかしいけど仕方ねぇ。この時間に出歩いてる奴はあまりいないから大丈夫のはずだ。

 今、あたしは上だけ下着を着けてない。何も洗濯中って訳じゃなく、敢えてそうしてる。

 あたしの一番の性的魅力はこのでかい胸だ。只野だって見ないようにしてるって事は、そういう事なんだし。

 

 店へ向かう道を歩く。そこを歩く人はそこまで多くねぇし、そもそも駅へ向かってるからあたしの方を見てる奴はいない。なのにちょっとだけ挙動不審になる。

 く、くそ、やっぱ止めておくべきだったか? でもこれぐらいしないとあの人は、只野はあたしの気持ちをしっかり受け止めてくれないんだ。

 抱き着く事が駄目になって、あたしは意識して胸を強調したりアピールするようにした。それでも只野はあたしの胸を見ようとしない。それが、まるであたしの気持ちを受け取りたくないみたいに思えて、辛くて寂しい。

 

「いた……」

 

 こっちへ向かって歩いてくる只野を見つけ、あたしは少しだけ小走りで近付いた。

 

「あれ? クリス?」

「よ、よぉ……」

 

 当然だけど向こうはあたしの目を見てる。いつもはここで動きやら何やらで注意を引こうとしてたけど、今朝は違うんだ。あ、あたし様の本気を見せてやる!

 

 ……ま、周りには誰もいねぇな? よ、よし……

 

「あ、あのさ、ちょっと耳貸してくれねーか?」

「耳? いいけど……?」

 

 少しだけ身をかがめてこっちへ耳を向ける只野へ、あたしは顔を近付けて囁いた。

 

「今、ノーブラだ」

 

 その次の瞬間、只野が弾かれたように離れて、一瞬だけどあたしの胸を見た。で、真っ赤になって背を向ける。

 

「な、何考えてるんだよ?」

「わ、分からねーか?」

「…………嬉しいけど止めてくれ。その、他の男がもし見たら俺は人生を棒に振る」

「っ!?」

 

 な、何つー事をさらっと言うんだよ、この人は。でも、嬉しい。あたしの事を、それだけ思ってくれるんだな、やっぱ。

 

「な、なら、部屋まで送ってくれねーか? それと、その間は背中に隠れる事を許してくれよ。その、少しくっつくかもしれねーけどさ」

「…………アパート前までなら」

「ん。それでもいい。その、ありがと」

 

 こうしてあたしは只野に久々に甘える事が出来た。何だろうな。スケベな事してるはずなのに心があったかくなる。この頼もしさを増した背中に、あたしは安心してるんだ。

 ずっとこうしていたい。この人に守ってもらいたい。もっとあたしの事を女として見て欲しい。

 

――いっそあのバカだけバイトの時に相談があるって持ちかけてやるか……。

 

 そ、そうしたら、あたしの事、もっと見てくれるかな? す、スケベな目で見てくれるかな?

 

――少しぐらい見せてやってもいいかもな。何なら触らせたって……。

 

 さ、触らせる……。で、でも、そこまですりゃ只野だってあたしの気持ちが本気だって確実に分かるはずだ。

 

――前準備に只野がバイトしてる時に店行って、あれを買ってみるか?

 

 あ、あれって……やっぱ、アレ、だよな。初めて見た時は赤面するかと思ったけど。そ、そうだな。それぐらいすれば只野だって……。

 

「クリス、着いたよ」

「ぁ……あ、ああ」

「ごめんな。俺、セレナ達へのシュークリームとかあるから」

「わ、分かってる。その、もうこんな事しねーから」

「そうしてくれ。その、俺のためにってやったのは分かるけど、もっと自分を大切にして欲しい」

 

 そう言って只野は来た道を戻ってく。その背中を見送ってあたしは思わず笑みを浮かべた。だってさ、あたしの事を大切にしてくれだって。

 へへっ、そっか。嬉しかったんだな。喜んでくれたんだな。なら、今度からはちゃんと気をつけて只野にしか見えないし見せない時にやるからな?

 

――どっかの誰かさんが嫁さん気取りでいるみたいだけど、只野が最初に食った女の手料理はあたし様のなんだからな……。

 

 

 

 仁志が覚悟と決意を持って踏み込んだ結果、マリアのゲージが最初に最大値まで到達。ただ、予想されていたエクスドライブは出来ず、全員が落胆する事となった。

 だがゲージが最大になった事の恩恵はもう一つ予想されていた。依り代の欠片の効果増大である。それを実証するべくマリア以外の全員がギアペンダントを外し、それと依り代であるスマートフォンを持ってエルが仁志と共に彼の部屋まで移動したのだ。

 

「兄様っ! 姉様達全員が動けるそうです!」

「そっか」

 

 それでも見事にマリアのギアペンダントだけで依り代と同等の効果を発揮した。

 これを受け、ゲージを最大まで上げる事が急務となる。

 それと並行しゲート内のカオスビースト探索及び討伐も開始。切歌も遂にデュオレリックが可能となり、戦力は増強の一途を辿っていたのだが……

 

「どうして私やクリスちゃんはツインドライブが出来ないんだろ……」

「……知らねーよ。こっちが聞きたいぐらいだ」

 

 ゲージがようやく九割を突破した響とクリスであったが、何故か二人はデュオレリック使用可能を示すはずのアイコンが効果を発揮しなかったのだ。

 その理由が分からず、仁志達が首を傾げるしかない中でも二体目のカオスビーストであるテタルトスの撃破に成功する。

 

 それを倒した場所は、フィーネ達先覚の協力者達がいる世界へのゲート付近。何故分かったかと言えば撃破と同時にゲートが出現したからだ。

 ただ、中は根幹世界と同じく時間が停止した状態となっており、結果的に得るものはなかった。それでも予想が一つ当たった事は大きく、特に奏とセレナは自分達の世界へのゲートを自らの手で取り戻してみせると意気込む事となる。

 

 そんな中で遂に仁志が連休を取得した。既に全員が休みを取っていた日へ初日を合わせ、いよいよ全員での夏のイベントへ出かける事が決まる。

 

 彼女達は知らない。それに男が密かな想いを抱いているとは。いつか訪れるだろう別れ。その前の最後の大きなイベントにしようと、そう考えている事を……。

 

 それを知るはずもなく、いよいよ翌日に迫った夏の一大イベントへそれぞれが胸を期待で膨らませていた。

 

「楽しみデスなぁ」

「ホントです。海じゃないけどおっきなプールに遊園地ですから!」

「兄様が夢の国は無理だけどって、そう思って考えてくれたみたいです、あっ、でも途中で海は見えるそうですよ」

「切ちゃん、明日はいつもみたいにゆっくり寝てちゃダメだからね?」

「分かってるデスよ。だから泣く泣くガガガを諦めたんデス」

「キングジェイダー対最強勇者ロボ軍団、だったのにな」

 

 年少組とヴェイグがそれぞれ布団の中へ入りながら会話を交わす。話題は当然翌日に迫った外出だ。

 それを聞きながらマリアは小さく苦笑するとガスの元栓などを確認して居間へと向かう。そして何も言わずに明かりを消したのだ。

 

「「「「「あっ……」」」」」

「楽しみなのは分かるけど、だからこそ早く寝なさい。じゃないと肝心の時間に寝不足で遊べなくなるわよ?」

「「「「「おやすみなさい(デス)っ!」」」」」

「はい、おやすみ。……ふふっ」

 

 子供らしい反応につい笑みを零し、マリアも布団へと入る。ただ……

 

(……やっぱり只野の匂いが残ってる気がするわね)

 

 定期的に干しているが、それと同じぐらい定期的に仁志も使用して寝ているためにマリアの布団は若干ではあるが彼の匂いが染み付いてしまったのだろう。

 かつて仁志がマリアの布団を初めて使った時に感じた、マリアと一緒にいるような気がするを、今は彼女自身が体験していたのだ。

 

 それでも嫌な顔せず、むしろどこか嬉しそうに微笑んでマリアは眠りにつく。

 

 同じ頃翼達の部屋でも……

 

「いよいよですね」

「そうだな。年甲斐もなく心が弾んでいる」

 

 布団に入って未来と翼が暗い部屋の中で言葉を交わしていた。奏はいない。彼女は仁志と共に勤務しているのである。

 

「それにしても、只野さんも奏さんも凄いですよね」

「そうだな。夜勤をやってその状態で遊びに行こうと言うのだから」

「奏さんは自分は若いから平気って言ってましたけど……」

「只野さんはすぐ帰って二時間程眠って、更に行きのバスの中でも仮眠を取ると言っていたな」

 

 言われて未来は事前に聞いた情報を思い出し……

 

「前行った駅にあるバスセンターから一時間弱、ですっけ」

「たしかそう記憶しているが……」

「それで大体三時間弱、かぁ。足りるんでしょうか?」

「だからこそ連休の初日なのだろう。明後日は久々に寝て過ごすのではないか?」

「ふふっ、そうかもしれませんね」

 

 一日中布団の住人となるだろう仁志の姿を想像し未来は笑う。翼も同じ姿を想像いや彼女の場合は思い出しただろうか。とにかく二人は苦笑し目を閉じる。

 

「では、また明日。おやすみ小日向」

「はい、おやすみなさい、翼さん」

 

 そんな二人とは逆にむしろ目をギラギラとさせるように動いている者達もいる。仁志と奏であった。

 

「今日は冷凍がないからパンが終わったら休憩取ってくれ」

「了解。でも、本当に良かったの?」

「何が?」

「出かける日。いっそ今日明日の連休にすれば」

「それだと天羽さんだけ夜勤明けになるだろ? それなら俺と二人で同じ状態の方が疎外感ないだろうなって思って」

「ははっ、何それ? そういうとこ、先輩らしいよ」

 

 楽しそうに笑う奏。それを見て仁志は一瞬だけ遠い目をしてすぐに苦い顔をした。

 

「笑う事はないだろ。そっちを仲間外れしないように考えたってのに」

「あははっ、うん、ありがと先輩。感謝してます」

「うむ、それならよし」

「ぷっ、何それ。先輩には偉ぶるの似合わないって」

「一言余計だな、天羽さん」

「大丈夫。こういう態度は先輩にだけだから」

「全然大丈夫じゃないね、それ」

 

 レジに客が来ないかどうかを見ながらの仁志と洗い物を片付ける奏。その声量は客を考えて小さいものの、互いの事を考えれば十分な大きさだった。

 

 そうやって仁志と奏が夜勤として本格的に動き始める頃、響とクリスはと言えば……

 

「なぁ、一ついいか?」

「何?」

「……明後日、きっとあの人は死んだように眠ると思う」

「うん、だろうね」

「で、その翌日はまた仕事だ」

「そうだね。それで?」

 

 そこでクリスは小さく笑みを浮かべた。どこか邪悪な感じのする、笑みを。

 

「あたしら、その日は休みだろ? だから、ギリギリまで寝てられるように晩飯をこっちで引き受けるのはどうだ?」

「……そう、だね。うん、それがいいと思う。只野さんの疲れ、少しでもなくしてあげたいし」

「おう。で、だ。いっそ……」

 

 クリスの企てを聞いて響は顔を少しだけ赤くするも、そこで告げられた“最初にあの人と一緒に暮らし出したのはあたしらだ”との言葉に頷き、それを受け入れる事にした。

 

――クリスちゃん、二人で頑張ろうね?

――ああ、頑張ろうな。

 

 そこで二人は同じ言葉を呟く。

 

――あの人を、手に入れるんだ……。

 

 重なる声は二人のものであって二人のものではない。そう、響もクリスと同じ笑みを浮かべていたのだ。

 

 そんな二人を見下ろすように黒い雲のようなものが闇夜に不気味に存在していた。

 

――やっと根付けるようになってきたわね……。それに、この分ならあっちも……あはははっ。

 

 見えない悪意の糸が、緩やかに仁志へと迫りつつあった……。




切歌は只野を恋愛対象として見るのか否か。で、出た答えはその感情を抱いても出し方感じ方が若干ずれてる、かなぁっと。

そして悪意も馬鹿ではありませんでした。数回の失敗を経てようやく埋伏の計を習得したようです。
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