シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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海水浴ではないけれど、海も見えるような場所にある某所へ遊びにきました。
今回はそれだけです。


裸になって…夏

「あっ、ししょー、バスが来たデスっ!」

 

 切歌の声に眠い目を動かす。あのデート以降俺の事を師匠と呼ぶようになった切歌ちゃん。なので、ならばと俺は彼女の呼び方を変えたのだ。で、調ちゃんからも許可を得て、目出度く俺は全員を呼び捨てで呼べる存在となりましたとさ。

 

 あー、それにしても気怠い。やっぱ一時間弱だけど軽く寝ておこう。アラームで起きれた時は大丈夫と思ったんだけどな。

 

 場所は前回も来た総合駅にあるバスセンター。そこからバスに乗って目的地であるレジャーランドまで移動するのだ。

 年少組は言うに及ばず、マリアや奏さえもどこか楽しみにしているのが見て取れる。響は言うまでもない。未来やクリスも若干浮かれてる感じだし。

 

 そうやって周囲を見ていたら軽く袖を引っ張られた。視線を動かせばそこにはヴェイグを抱えたエルと手を繋いでるセレナがいた。

 

「兄様、到着したら起こしますから安心してください」

「うん、私とエルで起こしてあげる」

「ああ、頼むな」

 

 可愛い妹分二人へ礼を述べ、俺はバスへと乗り込んだ。平日ともあり利用客は俺達を抜けばそこまで多くない。なのできっと比較的静かな車内となるだろう。

 

 とりあえず奥へと進み一番後方の席近くで一旦ストップ。先にエルやセレナを乗せるべきだったと思いながら俺は通路を開ける。

 後ろから来たエルとセレナを先に座らせ、俺は真ん中より若干右側へ座る。エルとセレナが小柄だから二人で1.5人分だからだ。

 

「ししょー、こっちの窓側座っていいデスか?」

「どーぞ」

 

 嬉しそうなエルがヴェイグを抱えて窓から外を見ているのを眺めていると切歌がそんな事を聞いてきた。見れば俺の真横にマリア、窓側切歌の隣に調が座っていた。

 年少組が小柄だから六人でも座る事が出来るんだなぁ。そんな風に思いながら俺は欠伸をかみ殺す。

 

「……タダノ、本当に海が見えるのか?」

「目的地近くになってくれば見えるよ。ああ、そうだ。エル、セレナ。起こすのは海が見えてきたらでいいから。俺も頭をある程度覚まして動きたいしな」

「分かりました」

「うん」

 

 そうやって頼んで俺は持ってきた荷物から使い慣れたアイマスクと耳栓を取り出して装着する。

 バスが動き出すまでまだ若干の時間があるけど、その数分でさえ俺には貴重な時間だ。

 

 本当ならバスの中でもみんなと会話を楽しんでいたいけど、それは帰りにしよう。まぁ下手したらその時は逆にみんなの方が疲れで寝てるかもしれないな。

 

 そんな取り留めもない事を考えていると自然と意識が薄れて行って……

 

「ちゃん……お兄ちゃん……」

 

 聞こえてきた声にゆっくりと目が開き意識が覚醒していく。聞こえてくるのは可愛い女の子の声と……

 

「タダノっ! 海だっ!」

 

 結構珍しいヴェイグの興奮した声だった。

 アイマスクを外して声のする方を見れば、眩しさを感じるけれど綺麗な海原が視界一杯に広がる。

 

「……お~」

「凄いな! これが海か!」

「あー、うん。これは……伊勢湾だよ」

「「「いせわん?」」」

 

 聞こえた声に顔を動かせばエルもこっちを見ていた。軽く後ろを振り返ればマリアやザババコンビがトランプを持っている。三人はトランプで遊んでいたのか。

 そう思って顔を戻すと、よく見ればセレナの手にも握られているので俺を挟んで四人でやっていたようだ。

 いや、意外とセレナはエルと共同かもしれないな。切歌や調がエルだけ仲間外れなんてしないだろうし。

 

「この辺りの名前だよ。どれぐらい寝てた?」

「三十分は経ってるわよ」

「そっか。なら仮眠には十分だ」

 

 そう言ってアイマスクを片付けようとするとセレナがこっちへ手を差し出してきた。

 

「お兄ちゃん、これも」

 

 その手の上には耳栓が二つ。そうか。それを取らないと起こせないか。

 

「ありがとう」

 

 耳栓とアイマスクを一緒にして荷物の中へしまう。で、気付けば俺の前に補助席が展開されていてクリスが座ってた。目が合うなり若干照れくさそうに顔を前へ戻したけど、一体何を見てたんだ?

 

「凄いな……想像してたよりも広いぞ……」

 

 聞こえてきたヴェイグの声に知ってる範囲の知識を教えようと口を開く。

 

「ここは真珠の養殖が有名だ。それと伊勢海老って言う名前のでかい海老が捕れる場所でもある」

「「「いせえび?」」」

「えっと……」

 

 百聞は一見にしかず。スマホで検索し画像を表示させて三人へ見せる。

 

「「「お~……」」」

「見た目が豪勢だからお祝い事とかに使われる事も多いんだ。見た目と違って大味じゃなくてね。活け造りとかも美味しいんだ」

「「「いけづくり?」」」

 

 何だろうな、この可愛い子達は。これが、あれか。保護欲ってやつかな?

 

「生きたまま刺身にするって事なんだけど」

「「「「「生きたままっ!?」」」」」

 

 いきなり切歌と調が反応を見せた。どうやら二人が興味を示す事だったらしい。

 ただ視線を動かせばマリアが苦い顔をしてる。うん、なら俺も言うべき事を言わないとな。

 

「「周りの迷惑になるから声を抑えて」」

「「「「ごめんなさい(デス)……」」」」

「すまん……」

 

 申し訳なさそうにする五人を見て俺とマリアは揃って笑みを零す。

 と、そこで左右の一つ前の座席からこちらを見つめるように顔を出す者達が……。

 

「只野さーん、ホント気を付けてくださいよ?」

「私達もうっかりしてましたけど、ヴェイグの声、他のお客さんに聞かれたら面倒ですから」

「ご、ごめん。俺もまだ頭が寝てたみたいだ」

 

 響と未来から苦笑混じりの声で注意を受ける。ホントだよ。どうやらヴェイグも興奮して我を忘れていたんだなと分かった。

 

「私が言えた事ではないが、マリアも注意しないでどうする?」

「そうだよ。そこまで混んでないって言っても他のお客さんいるんだからさ」

「ご、ごめんなさい。その、つい気が緩んでいたの」

 

 マリアの言葉に俺は頷くしかない。何て言うか、この顔ぶれだとあの家の感じになっちゃうんだよなぁ。

 

「まぁ、もういいじゃねーか。幸い周囲には気付かれてないみたいだしよ」

 

 そこで補助席に座ってるクリスが軽く呆れたようにそう言った事でこの件は終わりとなった。

 そして俺の方の窓から小さく目的地が見え始める。それに響達も気付いたのか軽く感嘆するような声が聞こえてきた。

 

「エル、そろそろ目的地が見えてこないか?」

「目的地、ですか?」

「ああ。ほら観覧車やジェットコースターが見えたら、そこが目的地だよ」

 

 そう言うとエルが窓へ顔をくっつけるようにして外を見つめる。

 

「わぁ……あそこなんですね」

「エル、私も見たい」

「エル、セレナにも見せてあげて」

「はい。姉さん、どうぞ」

「ありがとう」

 

 窓に張り付きそうな感じで景色を眺めるエルとセレナ。本当に微笑ましい。これで本当の姉妹じゃないんだから驚きだ。

 そう思って視線を動かすとマリアと目が合った。なので俺が若干苦笑いをすると彼女が無言で小さく苦笑して頷く。どうやら俺の考えが伝わったらしい。

 

「エル、セレナ、靴を脱いで座席に座った方がいいよ」

「「はーい」」

 

 揃って返事して嬉しそうに二人が靴を脱いで座席へ上がる。本当に愛らしい二人だ。

 

「ししょー、一緒にトランプやるデスよ」

「でも切ちゃん、六人でやるにはトランプは不向きだよ?」

 

 調の言う通りさすがに六人は厳しい。ふむ、大人数で出来る車内遊び、か……。

 

「なら数取り団でもやる?」

「「「「「「「「「「かずとりだん?」」」」」」」」」」

 

 その瞬間、俺はみんなに伝わる訳ないと思い出して頭を掻いた。そうだよな。あれはこっちでも放送終了した番組の昔のコーナーだし。

 

「えっと……」

 

 でも罰ゲームなしでやるなら十分ゲームとしても楽しいだろうと思って説明開始。

 それを聞いて苦い顔をするのが響や切歌だった。うん、分かり易い。これって知識量と頭の回転が必要だからな。

 

「って、こんな感じ。どう?」

「面白そうだとは思うわ。瞬発力と判断力と知識力が問われるのね」

「中々いいじゃねーか。一度やってみようぜ」

 

 マリアとクリスは乗り気だ。

 

「そうだね。折角だしこういうのやっとこうか。修学旅行とかみたいじゃん」

「修学旅行か……。うん、そうかもしれない」

 

 奏と翼も満更でもないようだ。

 

「僕もやってみたいです」

「うん、みんなで遊ぶなんて初めてだし」

「俺はみんなのを聞いて楽しむとする」

 

 エルにセレナ、ヴェイグも反対ではない。

 

「切ちゃん、どうする?」

「響、みんなはやるみたいだよ?」

「あ、アタシは何か始まる前から負けが見えてる気がするデスよ……」

「私も……」

 

 で、知力不安組だけが若干渋るという普段とは逆の現象。いつもなら全員でのゲームなんて真っ先に参加しそうなのに。

 

「まぁまぁ、そんなに難しい御題をポンポン出せる訳じゃないから。それに大事なのは分からなくても一応単位を言ってみる事だ。合ってる可能性がゼロじゃないからね」

「そ、それはそうデスけどぉ……」

「せ、せめて私は切歌ちゃんの後の順番に……」

「よし、じゃあやってみよう。時計回りでいこうか」

 

 ここで俺の無情な判断を下す。切歌と響から「「え~っ!?」」と言う声が上がるも即座に横の親友兼相方に窘められていた。

 

 こうして始まった数取り団は、何と意外と盛り上がったのだ。やはり答えて御題を振る事が中々出来ず、誰かがブッコムつまり難しい御題を振ると呆気なく間違える事が多発。

 もしくは何とかそれに答えても御題を振る事を忘れるなど、響達が下手な訓練より難しいと言ってきた。

 

 そうこうしている内にバスは目的地に到着。外へ出ると一気に微かに潮を含んだ風が吹き抜ける。

 

「わぁ、良い風~」

「やっぱり大きいよね、あのジェットコースター」

「デスね。凄そうデス」

 

 伸びをしてると聞こえる声に視線を動かす。響と未来に切歌が“スチールドラゴン”と呼ばれる物を見つめていた。

 俺は絶叫系苦手だから遠慮したいが、女性はああいうの好きな事多いもんなぁ。

 

「只野、入場券は?」

「ご心配なく。俺が一括して買ってくる。大人十人の小学生一人でいいよな?」

「エルが小学生?」

「中学生には見えないだろ?」

「……何とか園児で通らない?」

 

 意外とせこいなマリア。いや、これは俺の財布を心配してるんだろう。

 

「大丈夫だよ。貯金は君へあの封筒を差し出した時から減ってはないから」

「……安心すればいいのか不安になればいいのか分からないわよ、それだと」

 

 そう言って苦笑するマリアは本気で綺麗だ。でもこれ以上見てると不味いので顔を動かしてチケット売り場へ向かう事に。

 遊園地側の入場券とプール側の入場券にアトラクション乗り放題をセットにした物を購入する。正直人生でこんな額をこういう場所で使うとはって思いながら支払いを済ませてみんなの下へ。

 

「お待たせ。で、先に遊園地からでいいか?」

「そうね……どうする?」

「はいっ!」

 

 マリアがそうみんなへ声をかけると勢い良く響が手を挙げた。

 

「はい、響」

「あのっ! プールが先が良いと思いますっ!」

「理由はあるの?」

「えっと、先にプールで遊んで、ご飯食べがてら休憩して、午後は遊園地の方がいいかなって」

「そうだな。後にプールじゃ時間の使い方も難しいぞ」

 

 クリスの言い方にそれもそうかと納得。なら、先にプールとしますか。

 

「分かった。言われてみればそうだな。みんなもそれでいい?」

「「「「「「「「「「「はい(ええ)(おう)」」」」」」」」」」」

「なら行こうか」

 

 遂に、遂にみんなの水着姿を見る事になる訳か。期待で色々膨らみそうで怖い。

 

 ……きっと大丈夫だ、うん。それにいざとなったらエルやセレナと遊んで過ごせばいいし。

 

 

 

 平日とはいえ夏も本格化してきている時期ともあり、プールの人手は中々のものがあった。

 そんな中、仁志は若干落ち着きなくプールの方を向いている。何も水着姿の女性を眺めているのではない。響達が来るのを待っているのである。

 

 ただ、いきなり彼女達の水着姿をまじまじと見て少々不味い反応を起こさないようにと、そんなどこかおかしい発想で利用客の女性達の姿を見て耐性をつけようとしていたのだ。

 

「兄様~っ!」

「お兄ちゃ~んっ!」

 

 そこへ聞こえた声に仁志は振り向いた。すると、可愛らしいレモンイエローの水着を着たエルフナインと白が眩しいセパレートの水着を着たセレナが彼へ手を振りながら小走りで向かってきたのだ。

 ヴェイグはセレナが抱えている。彼はその視線をウォータースライダーへ向けたいようで、何とか不自然でない程度に顔を動かしているのが見え、仁志は小さく苦笑した。

 

「どうですか?」

「似合ってるかな?」

「ああ、とっても。二人共可愛いよ」

 

 そう言って二人の頭を優しく撫でる仁志はもう完全に父親の表情であった。

 周囲で彼らを少し訝しむように見る者もいたが、納得は出来ずともそういう事もあるかと自分で自分を納得させていた。

 

「他のみんなは?」

「もうすぐ来ます」

「はい。ただ、姉様がなんぱが怖いって」

「ああ、そういう事ね」

 

 言われて仁志は軽くプールを見回す。当然ながら全員が全員男女のペアという訳でもなく、中には男性だけの者達もいる。

 彼らの全てがそうとは思わないが、マリア達のような美女を見て声をかけるだろう者もいるはずと、そう仁志も思って若干表情を曇らせた。

 

(俺が傍にいれば早々声をかけられる事はないと思うが……)

 

 常に集団行動とはいかない。そう思って仁志はどうしたものかと考える。

 基本的に単独行動を避けてもらう事。最低でも二人か三人で行動してもらう事。そんな風に仁志が考えている間、エルフナインとセレナはヴェイグと一緒に初めて見る流れるプールなどへキラキラした目を向けていた。

 

「姉さんっ! 向こうのプールは波が出てます!」

「うん! プールなのに凄いねっ!」

「あっちのは……何でしょうか?」

「滑り台みたい……」

「ん? ああ、あれはウォータースライダーって言うものだよ。今セレナが言った通り、水を使った滑り台みたいなものさ」

「成程。流しそうめんみたいなものですね」

「ながしそうめん?」

 

 エルフナインの口から出た単語に首を傾げるセレナだったが、仁志はそれに思わず笑った。

 

「え、エル、ある意味で間違ってないけどな? あれはそんな風流なもんじゃないぞ?」

「ですが水の流れを利用する点は一緒だと」

「おっまたせ~っ!」

 

 そこへ聞こえる声に仁志達の顔が動く。そして、仁志は思わず放心する事となる。

 

「思ったよりも人がいるな。さすがは夏場のプールといったところか」

「だね。てか、若い奴多いな」

「こういうところに来るんだもの。基本は若者でしょ」

 

 翼、奏、マリアの歌姫三人は、まるで美の女神の寵愛を受けたかのような色気を……

 

「見て見て未来、クリスちゃん。あのスライダー凄そうだよ!」

「ふふっ、響ったら。もう目の色が変わってる」

「まったくだ。バスを降りた時は自分の情けなさに項垂れてたってのに」

 

 響、未来、クリスの仲良し三人は、それぞれに異なった可愛さを……

 

「おおっ! これはいつかのアダムが造った場所を思い出すデスよ!」

「あの時と違って暴走する事はないから安心だね、切ちゃん」

 

 切歌と調の二人は未成熟な魅力を見せるような水着姿だったのだ。

 

(や、ヤバいなこれ。思った以上にエロく感じる……)

 

 そういう目で見ないようにしようとしても、こんな姿を見られるのは今だけという邪念も生まれ、また普段は見えていない部分が露わになっているというのは心理的に大きな要素である。

 更に言えば、仁志は三十歳。まだまだ性欲は減退するはずもなく、むしろ働き盛りの肉体であった。

 しかも普段はしっかりと理性を保つ事が出来ても、現在の彼は夜勤明けの状態で万全ではない。

 結果、その男としての本能を抑え切る事が難しかったのだ。

 

「さ、さて、じゃあ準備運動をしてプールへ入るんだぞみんな。それと、面倒事を避けるために最低でも二人か三人で行動してくれ。で、俺はまだ体力が全快じゃないから休んでるよ」

「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」

 

 女性達へ背を向け、仁志はややぎこちない動きでそそくさと移動開始。首を傾げる切歌達年少組であったが、残りの者達は何となくその理由を察して頬を赤めた。

 

(あ、あれって仁志さん、私達の事をエッチな目で見たって事、だよね?)

(いやらしい目で見てしまうから背を向ける、か。貴方らしくない反応ですが、今の私は嬉しく思ってしまいます)

(や、やっぱギアに似てない水着にして正解だったな。見慣れてない方が効果は高いと思ってたぜ)

(も、もうっ……あんな態度したらどういう事か分かるに決まってるでしょ!)

(あー、顔が若干熱いね。それと、笑みが止まんないかも……)

(い、一度試着で見せたのにダメなんだ? ふふっ、ちょっと自信付いちゃうなぁ)

 

 もう思考を女にしている六人は仁志の反応に照れながらも喜びを感じていた。

 

「ししょー、どうしたデスかね?」

「やっぱりバスの中で少し寝ただけじゃ泳ぐだけの元気、ないのかも」

「で、でもきっとその内遊んでくれるはずです」

「そうだね。それまでは私達だけで遊ぼう」

「「「はい(デスね)っ!」」」

 

 それに対して年少組は仁志の事を心配しつつもまずは目の前の楽しい事を優先した。

 

 ここでは大人数でも基本問題ないのでまずは全員で行動する事に。

 なんだかんだで真面目な彼女達はちゃんと準備運動を行い、まずは流水プールへと入ったのだが……

 

「うひゃあっ! 気持ちいいねっ!」

「暑さを忘れられるデスよっ!」

「さいっこうだね!」

 

 響、切歌、奏のムードメーカー達が真っ先にプールへと入るや笑顔を浮かべる。夏の日差しを浴びながらのプールなど気分が良いに決まっているとばかりの笑顔を。

 

「ねぇ! 超激流プールって言うのがあるみたいだよ!」

「他にはアトラクションみたいな物もあるそうです!」

「スライダーも凄い数あるって書いてあったな!」

「ふふっ、はしゃぐのはいいが、昼食後の遊園地分の体力は残して置けよ?」

 

 珍しく未来や調にクリスまではしゃぎ、それを見て翼が笑う。以前であればその頭の片隅にあったはずの“いつ呼び出しがあるか分からない”という認識が消えているからだ。

 

「ものによってはエルやセレナが駄目な物もあるかもしれないから、その場合は別行動かしら」

「仕方ないですが、そうするしかありません……」

「ううっ、もっと身長が伸びてたら安心なのに……」

 

 全員の母親的立場のマリアは愛しい妹達を思って若干の苦い顔をする。エルフナインとセレナも少しだけ寂しそうな顔をするも、そんな二人へヴェイグがこう言って慰める。

 

「気にするな。そうなったら、きっとタダノは二人と一緒に動いてくれる」

「「兄様(お兄ちゃん)が?」」

「そうでしょうね。この中で一番只野が心配するのはエルとセレナでしょうから」

 

 マリアがヴェイグの意見を肯定すると沈んでいた二人の表情が一気に明るくなった。

 大好きな仁志が自分達を優先してくれるならと、そう思ったのだ。さすがの響達もエルフナインとセレナ相手に嫉妬などするはずもなく、むしろ微笑ましいと思って笑みを浮かべた。

 

 そして数分後、彼女達は三つのグループに分かれて動き出す事にした。

 マリアはエルフナインやヴェイグと共に仁志の下へ一旦向かい、翼と奏は超激流プールへ、残りの響達は一先ず各種スライダーを楽しむ事にしたのだ。

 

「それじゃあ、一時までにここに集合ね」

 

 待ち合わせ場所と時刻を設定し、響達はそれぞれで動き出した。

 

「多分スライダーも凄いのじゃない限りセレナちゃんも出来るはずだから」

「だな。まぁ、さすがにエルの身長だと引っかかるかもしれねーけど」

「それだけが残念デスよ。エルも一緒に遊びたいデス」

「でも、中にはエルも出来るやつがあるかもしれない。もしあったら誘ってあげよ?」

「それがいいね。きっと小さな子でも出来るものはあるはずだから」

「はい。ちゃんと見つけてエルを誘ってあげなくちゃ!」

 

 肉感的なエロスのクリスを筆頭に健康的なエロスを見せる響に切歌、潜在的なエロスを醸し出す未来と調、そして純真無垢故にある種の劣情を掻きたてるセレナと、男が声をかけてもおかしくない響達であったが、やはりその人数がそれを阻んでいた。

 しかもその集団構成もクリスが指示して中心をセレナと調に未来とし、その周囲を響や切歌に自分と言ういざとなれば強く出られる者を配していたのだ。

 

「ねぇ、ちょっといいかな?」

 

 それでも完全にガード出来る訳ではない。一人では気おくれするだろう数でも、声をかける側も複数であれば障害とはなり得ないためだ。ただ……

 

「あ? 何の用だよ?」

「ナンパならお断りですっ!」

「デスデスっ!」

 

 既に想い人がいる上に口調の荒いクリスが先制で睨みを効かせ、それで相手が若干怯んだり戸惑った瞬間には響が相手の思惑を断固拒否し、切歌がそれを強く肯定する事で撃退するのである。

 

 もしそこで力付くなどに出る者がいれば、躊躇う事無く響が弦十郎仕込みの護身術を披露する事になるだろう。

 まぁ、その前に……

 

「金髪の日本人男性って、軽薄そうで嫌いです」

「何だか遊んでそう……」

「お兄ちゃんとは真逆で……感じ悪いです」

 

 調、未来、セレナの言葉の刃でも十分な威力を発揮しているので問題はない。

 まさかの総攻撃に金色に染めた長髪男がすごすごと引き下がり、それを仲間だろう男達が茶化したり冷やかしたりするのを一瞥する事もなくクリス達は歩き出した。

 

 一方、数が二人と一番誘いやすい上に揃って美人の翼と奏と言えば……

 

「これは……凄いね」

「だね。楽しそうじゃん」

 

 相手にするから面倒になると思い、男性からの声掛けを基本無視してここまで来ていた。

 それでもしつこく声をかけてくる者へは二人揃って冷たい眼差しを向けてこう一言。

 

――しつこい男は嫌いだよ(です)。

 

 こちらの二人はそれぞれに護身術が出来るため、男が力付くでどうにかしようとしてもかなり酷い目に遭うのは間違いない。まぁ幸いにして、ここへ来ている男性は未だ誰も二人の腕前を知る事なくいられている。

 

「見て。ライフジャケットを着てる……」

「嘘……そこまで凄いのか、これ」

「……楽しみになってきた」

「あたしも。よし、行こうっ!」

「うんっ!」

 

 意気揚々と歩き出す二人。心はもうリゾートへと奪われていた。

 

 一方、仁志はマリアとエル、ヴェイグと共に温泉プールと言う場所へ来ていた。その名の通り“温水”ではなく“温泉”のプールである。

 

 その温かい場所で入浴するように体を沈めて仁志達は寛いでいた。

 

「兄様、大丈夫ですか?」

「ああ、もう大丈夫。心配させてごめんな?」

「あっ……えへへ」

 

 頭を撫でられて微笑むエルフナイン。その腕の中でヴェイグは密かに笑みを浮かべた。

 

(エルもセレナに負けないぐらい優しい匂いがするようになった。最初に会った時は匂いがあまりなかったが、こっちに来てからどんどん匂いがするようになったし、良い事だ)

 

 それはエルフナインが以前よりも心を弾ませている事を意味している。どうしても研究員としている時の彼女は何かに心を動かす事はあっても、優しい想いや嬉しい想いなどを抱く事は少ない。

 それがここでは子供らしくいる。仕事などは家事の手伝いだけであり、姉と慕うようになったセレナと可愛らしいヴェイグ、そして姉的存在となった切歌や調と触れ合う事でその心はよく弾むようになったのだ。

 

「それにしても、ここだけで時間がかなり潰されそうね」

 

 仁志の横でエルフナインを見つめて微笑みながらマリアはそう呟いた。

 実際、今仁志達がいる場所は単なるプールではなくウォーターパークと呼ばれる大型施設だ。そこを簡単に回るだけでも一時間では足りない程の作りだった。

 

「実際そうだと思うよ。俺も詳しく知らなかったけど、ここまでの規模だったとはなぁ」

「来た事ないの?」

「あるけど、それはプールじゃなくて遊園地側なんだよ。しかも来たのは十年以上前」

「そう。一人で?」

「ある意味一人。高校の時の遠足みたいなもんさ」

 

 エルフナインを撫でながらマリアと話す仁志。エルフナインを間に挟んでのその光景は、周囲からはおそらく親子にしか見えなかっただろう。

 ただ、エルフナインの外見から考えるとマリアの容姿はとても若く見られて驚かれそうではあるが。

 

「さて、とりあえず程々にエルと遊ぶか。マリア、君はどうする?」

「あら? ここで私がいなくなったら貴方は不審な目で見られない?」

「……いてくれると助かる。もしくはいなくなるならエルとヴェイグも連れて行ってくれ」

「ふふっ、冗談よ。こんな機会を逃してなるものですか」

「機会? ああ、そういう事か」

 

 マリアがかつて夏のバカンスを楽しみにしていた事を知っている仁志は、彼女が現状を楽しもうとしていると捉えた。

 だが、本当は違う。マリアは仁志とプールにいると言う事を好機と捉えていたのだから。

 

(エルとヴェイグがいるけど、むしろこの場合は好都合だわ。おかげで只野が変な意識をし過ぎないで済んでるし)

 

 黒の水着はその豊かな胸元を強調するようにも見え、仁志が先程から決してそこを見ないように目を見て話している事は、マリアには好ましくもあり悩ましくもある事だった。

 

 だからマリアは仁志の耳元へ顔を寄せて囁くのだ。

 

「今日ぐらいは私をそういう目で見ても許してあげる」

 

 その一言に仁志が動揺するように顔をマリアへ向けると、彼女は少しだけ頬を赤くしながら微笑んでみせるのだった。

 

 

 

「「「「「「きゃああああっ!」」」」」」

 

 私達六人で乗ったゴムボートが凄い勢いで水の上へと滑り落ちる。

 その瞬間大量の水しぶきが上がって私達の体へと雨のように降ってきた。

 それを浴びながら誰もが笑みを浮かべていた。楽しいって、そう心から叫ぶような笑顔だ。

 

「すっごいデス! サイコーデスっ!」

「うん、楽しかった!」

「人数も丁度良かったですねっ!」

 

 ボートから降りて一息吐くと切歌ちゃん達が楽しそうに感想を言い始めた。私も同じ事を思った。何て言うか、あのアダムさんが造った場所にも似たようなものはあったけど、あの時は途中から楽しむって感じじゃなくなったしなぁ。

 

「次は何やる?」

「トルネードってやつ行こうぜ」

「賛成っ! どうせなら全種類制覇したいよねっ!」

 

 私がそう言うとみんなが笑顔で頷いた。ああ、本当に幸せ。みんなで何の心配もなく遊べるって、こんなに幸せだったんだ。

 

 切歌ちゃんとクリスちゃんを先頭に歩く。私は一番後ろ。でも寂しくない。だってすぐ近くに未来がいるから。

 

「未来」

「何?」

「幸せってさ、意外と近くにあるんだね」

「……うん、そうなんだよね。私も、こっちに来てそう思えるようになった」

 

 笑顔を向け合う。未来と離れてみて、こうして時々近付いて、私は手を繋ぐ事の本質を思い出した。

 常に繋ぐ必要はない。だけど、繋げる時はしっかり繋ぐ。繋いでない時は心を繋ぐ。繋がないって事は手だけじゃない。心まで離しちゃう事なんだって。

 

「でも、只野さんと一緒に遊びたかったなぁ」

 

 その未来の一言に胸が騒いだ。何で? 何でそこで未来が仁志さんの事を言うの?

 

――仁志さんは私が最初に出会ったのに……。

 

 そうだよ。みんな、みんなあの時仁志さんと会うのを嫌がった。

 そうだ……。私だけ、私だけが最初から仁志さんを見つめてた。なのに……。

 

「仕方ないデス。ししょーはお疲れデスから」

「うん。でもお昼ご飯の後はきっと元気になってる」

「そういえばお昼はどこで食べるんでしょう?」

「そういえばその辺は何も話してねーな」

「えっと、今は十時半だから集合まで二時間以上あるけど……響、どうする?」

 

 そこで未来が私へ問いかけてきた。その瞬間意識が切り替わる。わ、私、今未来達の事を嫌おうとしてた!?

 

「い、今はまだ遊んでいようよ! せめて十二時過ぎてからどうするか考えない?」

「そうデスね。お昼までは遊んでたいデス」

「まっ、それがいいか。うし、そうと決まれば次だ次」

 

 上機嫌のクリスちゃん達を見つめて私も笑みが零れる。でも、何だろうな? 何だか胸の奥が重たい。

 

「……もう疲れたのかな?」

 

 そんなはずないと思い直して私は歩く。でも、心はちょっと疲れたかもしれない。何で私、未来達を嫌おうとしてたんだろ? きっとそんな事をしたら仁志さんは悲しむ。

 

――そうだよ……。今だと仁志さんが悲しんじゃう。だから悲しまないようにしないと。未来達よりも私が大事って、そう思ってくれるようにすればいいんだもんね……。

 

 

 

 濡れて冷えた体に夏の日差しが心地良いね。いつもなら暑い日差しも今だけは嬉しく思える。

 

「凄かったね、奏」

「ああ。これ、響や切歌は大好きだろうね」

 

 浮き輪から手を離すなってそう書いてあったからどんなもんだろうと思えば、いやぁ、正直舐めてた。

 もう何度も水が襲ってきて、あれじゃ離したくても離せないっての。

 

「名前に偽りなし。超激流の名の通り、一瞬たりとも気が抜けなかった」

「ホントホント。でも楽しかったよ。もう一回やってもいいかな」

「ふふっ、奏らしい。でも、私ももう一回やってもいいよ」

「じゃ、行く?」

「……行っちゃおうか?」

 

 そこで二人して笑顔を見せ合って頷いた。ああ、何だろう。本当に幸せだ。翼とこうやって遊んでいられるなんて、あっちじゃ考えられなかった。

 勿論遊んだ事がない訳じゃない。だけど、あの頃はいつ出動がかかるか分からなかった。二人して無邪気に遊ぶなんて出来なかった。

 

「奏、早く早く」

「分かってるって」

 

 こんな笑顔の翼も、見る事はなかった気がする。これがあたしの世界の翼じゃないからなのか、こっちの世界だからなのかは分からない。

 

 ……ううん、分かりたくないんだ。分かったら、あたしはきっと戻れない。いや違うね。もう分かってるんだ、どっかで。

 だからこそ明確に分かりたくない。それだって翼に言われたら、あたしも翼も、きっとここから離れられなくなるから。

 

「これやったら次はどうするの?」

「そうだね……スライダーの方へ行こうか。響達と上手くしたら合流するかもしれないし」

「分かった。じゃ、今はとりあえず……」

「目の前の激流へ再挑戦だっ!」

「うんっ!」

 

 そうしてまた激流に揉まれたあたしと翼は、心地良い疲労感を感じながら場所を移動した。

 向かう先には見るからに楽しそうないくつものスライダーがある。目ぼしい物を回るだけで時間がなくなりそうだね、こりゃ。

 

「どれから行く?」

「やっぱ凄そうな奴じゃない?」

「じゃあ……」

 

 二人で案内図を眺めて振り返る。目に飛び込んでくる中で凄そうな奴はそこまで多くない。

 

「……トルネード?」

「か、フリーフォールじゃない?」

「もしくは……」

「「ブーメランツイスト……」」

 

 迷うね。どれもそれぞれに楽しいだろうし。でも、ここは見た目的に一番複雑そうなやつにしよう。

 

「翼、トルネードにしようよ。あれが一番複雑そうだし」

「うん、いいよ。その後はフリーフォールだね」

「あれは最後のお楽しみ?」

「そういう事」

 

 そう思ってあたし達は歩き出す。それにしても、欲を言えばここに只野さんがいて欲しい。あたしと翼の二人はあの人が抱えてる苦しみや悲しみを何となくだけど知っている。

 あの人は、いつか別れがくるからこっちへ必要以上の想いを向けようとしないようにしてるって。例えこことの繋がりが切れなくても、こんな風な時間を過ごす事は出来ないんだって。

 

 あの夜見せた悲しそうな横顔。あれはきっとそういう事だ。

 多分だけど、あの人は響と出会った時から何となくこうなるかもしれないって思ったんだろうね。

 それなのに、最近はこっちへ歩み寄ってくれてる。きっとそれはゲージを上げるためなんだと、分かる。分かってるけど、喜んでるあたしがいる。

 

「ねぇ翼」

「何?」

 

 だから、あたしも躊躇わない。あの人が意を決して一歩前へ足を踏み出したならあたしも踏み出そうって。

 

「あたしも、先輩に、只野さんに言うよ。好きだって」

「……そう。うん、いいと思う。良い顔してるよ、今の奏」

 

 それがいつかのカラオケでの意趣返しだと察してあたしは笑う。

 

「そういう翼も良い顔してるよ。若干憎たらしいぐらい」

「クスッ、そうだよ? 私は奏より先に告白してるんだもん」

 

 そう言って笑う翼は女のあたしから見ても可愛くて綺麗だった。成程ね、どうやら女としては幾分先を歩かれてる。でもいいよ。すぐに追いついて追い抜いてみせるさ。

 ツヴァイウィングだからこそ両翼じゃなく双翼でありたいしね。二人でしか飛べないんじゃない。二人それぞれで飛べるからこそ、二人になった時にもっと高く遠くまで飛べるって!

 

 

 

「これで一種夢が叶ったなぁ」

 

 温泉のプールに浸かって何をするでもなく目の前の景色を眺めていると、ふと横から聞こえた声に顔を動かす。

 そこには幸せそうな表情で笑みを浮かべる只野がいた。いつの間にかエルはそんな彼の膝上に座っている。ヴェイグは温泉の温かさに緩んだ顔をしていた。

 

「夢?」

「そう。美人と一緒の風呂に入る」

「……そう」

 

 水着着用だけど、たしかにそう言われればこれは温泉だもの。なら入浴と言えなくもないか。

 

「兄様、そろそろ出ませんか? 僕、別の場所も行きたいです」

「そっか。よし、なら次はエルの希望を叶えよう。マリア、いい?」

 

 エルが自分の願望を優先させるような事を言った事に軽く驚いていると、只野がそう言いながら私へ問いかけてきた。呼び捨てなのもあって、何となく夫のように思えてしまう。

 

「え、ええ」

「お許しが出たぞエル。さっ、どこへ行きたい?」

「あ、あのっ、大きなバケツがあったあれに行きたいです!」

 

 大きなバケツ? ……ああ、そう言われればあったわね。只野はエルの言葉に嬉しそうに笑ってその体を持ち上げた。

 

「えっ?」

「そこまで肩車してあげるよ。きっとあれはアスレチックを兼ねてるから疲れるだろうし」

「い、いいんですか?」

「勿論。ただ、念のためヴェイグはマリアへ預けてくれ」

「分かりました」

 

 そう言ってエルはヴェイグへ顔を近付けて小声で何かを囁いていた。きっと本人と何か話してるんでしょう。我が家だと今やセレナよりエルの方がヴェイグと仲良しだもの。

 

「姉様、お願いします」

「分かったわ」

 

 ヴェイグを受け取ると当然だけど濡れている。

 

「なぁ、乾かさないでいいのか?」

「まだいいわ。お昼ご飯の前には乾かしてもらうけどね」

「……分かった」

 

 若干苦い顔のヴェイグに苦笑しながら私は只野を見る。

 

「うわぁ……高いです」

「ちゃんと掴まっててくれよ?」

「はいっ!」

 

 完全に親子だわ。だけど、それが私には微笑ましくて堪らない。

 

「マリア、行こう」

「ええ」

 

 隣り合って歩き出す。今の私達は、やっぱり周囲には家族に見えてるのかしら?

 実際にはまったく血の繋がりなんてない他人の集まりなのに。結婚どころか付き合ってさえいないのに。

 

――でも、している生活は一番夫婦らしいわ……。

 

 そう、ね。私が一番只野の妻みたいな事をしている。

 

――年齢だって私が一番近い。エルやセレナだって只野を兄というより父のように慕ってる。私の理想は、彼しかいない……。

 

 理想……。

 

――私を世界の歌姫でも救世主でもない、ただのマリアとして見てくれる男性だもの。あの時の告白だって、そんな事へ一度も触れなかった……。

 

 ああ、そうだったわ。只野はここに来てからの私を見てくれていた。あの言葉は、そういう意味だ。

 

――だから、私には只野しかいない。翼達は他の出会いがある。でも、私には、血塗られた道を歩くしかない私には、只野しかいない……。

 

 そう、そうよ……。私をただの優しいマリアとして受け止め、また見てくれる男なんて只野しかいない。

 

――渡せない……。渡したくない……。他の誰にも、彼は渡したくない……。渡せば、この時間が、あの時間が、全部失われてしまう。エルも、セレナも、切歌や調にヴェイグまで、笑顔を失ってしまうのだから……。

 

 いや……そんなのは絶対嫌っ! 私の家族を、団欒を、幸せを、壊させてなるものですかっ!

 

「マリア、どうかした?」

「え?」

 

 気付けば私より少し前に只野がいる。エルと揃ってこちらへ振り向いて不思議そうな顔を向けていた。

 

「ご、ごめんなさい。考え事をしていたの」

「そっか。気付けずにごめん」

「ううん、いいのよ」

「姉様、一体何を考えていたんですか?」

 

 少しだけ急いで歩いて只野の横にいくとエルがそう聞いてきた。でも答える訳にはいかない。

 

「お昼ご飯の出費よ。一体どれだけかかるのかしらって」

「気持ちは分からないでもないけど止めようよ。行楽地の食事なんて高くつくのが基本なんだからさ」

「そうは言うけど、どうしても色々考えるのよ」

 

 上手く誤魔化せた。そう思って私は歩く。只野やエルとお昼の事を相談しながら歩く。ふふっ、本当に幸せだわ。もういっそこのまま彼の妻になり、エルの姉かあるいは母になってもいいぐらいに。

 

「ね、只野」

「ん? 何?」

 

 だからか、無性に彼へキスしたくなった。私の想いを彼へ流し込みたいって。

 

――彼へ私の想いを、不安も恐怖も何もかもを受け取らせるのよ……。

 

 そう思って只野へ密着して顔を近付けたところで彼が私のしようとした事に気付いて顔を動かした。

 

「……どうして避けたのよ?」

「い、いやいや、場所と状況考えてくれよマリア」

「え?」

 

 只野の照れくさそうな顔と目の動きで私は一瞬にして我に返る。

 こ、ここっ! プールサイドだったわ!

 

「……気付いてくれた? その、嬉しくない訳じゃないけどさ」

「ご、ごめんなさいっ! どうかしてたわ!」

「あ~、からかいじゃないんだ? てっきりそういうのかと」

「か、からかいでキスなんて出来る訳ないでしょ?」

 

 そう言うと只野が何故か大きく驚いた顔をして、それから複雑そうに笑った。

 

「そうか。そりゃそうだよな」

「な、何よ?」

「ん? いや、言われてみればもっともだと思ったんだ。で、何故衆人観衆の前でキスを?」

「っ!? 知らないわよっ!」

 

 ニヤニヤしながら問いかけてくる只野に何とも言えない憎らしさと恥ずかしさを覚え、私はそう吐き捨てて歩き出すしか出来なかった。

 

 ただ、私の腕の中のヴェイグがずっと静かだったのが気になった。人目を気にしてるのでしょうけど、それがなくても黙り込んでいたから。

 かと思えば私がトイレへ行って戻ってきた時には只野と話をしていたし。男同士の話でもあったのかしら?

 

 

 

「せー……のっ!」

「「「「「「「「「「ゴ~ッ!」」」」」」」」」」

 

 響の合図で一斉にスライダーへ体を滑らせる女性達。装者達だけでなくエルまでも同時に滑る事が出来るそれを見つけた響達は偶然合流出来た翼と奏と共に仁志達を捜索。

 すると丁度響達と合流しようと動いていた彼らと合流、現状へと至っていた。ちなみに仁志は合流するや未来やセレナへ何事かを頼んでいる。

 

「楽しそうだなぁ」

「ああ……」

 

 十人が楽しげにスライダーを滑り降りるのを眺め、仁志とヴェイグは周囲の人がいない事を把握して呟く。

 実際今の十人からは優しい匂いがしている。だが、ヴェイグは感じ取っていた。その中に紛れる微かな嫌な匂いを。

 しかしそれははっきりと感じ取れるものではない。ヴェイグでさえも意識していなければ感じ取れない程度の、微かな匂いだった。

 

「……やっぱりする?」

「……ああ」

 

 二人の視線の先には笑顔を向け合う響達がいる。その中に嫌な匂いを微かにさせている者がいると、そうヴェイグは言うのである。

 しかもそれが誰かを既に彼は仁志へ告げていた。だがヴェイグはまだ確証が持てないでいたのだ。それが悪意によるものか、それともその者が何か嫌な感情を抱いているだけなのか。

 

「そっか。最悪の可能性じゃないといいんだけど……」

「まったくだ」

「兄様~っ!」

「お兄ちゃ~んっ!」

 

 呼びかける二人の少女へ手を挙げて仁志はその場からゆっくりと歩き出す。

 

「一応最悪の場合への手は打った。昼飯前に念のための行動をしてもらう」

「そうか……」

 

 それだけ交わして仁志とヴェイグの会話は終わった。ヴェイグはエルの腕へと戻り、仁志はセレナとエルと手を繋いで歩き出す。

 

「みんな、まだ遊びたいかもしれないけどちょっと相談したい。昼飯なんだけど、こっちで食べてから移動する? それとも遊園地へ移動してから食べる?」

「えっと、どっちがいいんですか?」

「デスか?」

「ええっと、一応どちらにもレストランがあるけど、遊園地側には中華料理の店がある、ぐらいだったかな?」

 

 仁志のパンフレットを思い出しながらの説明に調と切歌が頷き、視線をマリアへ向けた。

 

「何?」

「マリアがこの中でお財布握ってるから」

「判断を聞こうと思ったデス」

「ははっ、完全母親じゃん」

「うるさいわね。否定し辛いから止めてくれる?」

「今の姉さんはみんなのママみたいだもんね」

「うふふっ、セレナ? 私も怒る時は怒るわよ?」

「っ!?」

「「「「「「「「怖っ!?」」」」」」」」

「ね、姉様落ち着いてください!」

 

 にっこり笑顔で凄むマリアにセレナが息を呑み、仁志達が恐怖し、エルだけが何とか怒りを宥めようと声を出す。そんなこれまでと変わらないような時間。その中でヴェイグはずっと微妙な表情を浮かべていた。

 

(優しい匂いばかりなのに、やっぱり嫌な匂いが微かにする。それも……)

 

 チラリとエルの腕の中でヴェイグは視線を動かす。

 

(……マリアから、するな)

 

 マリアが仁志へキスしようとした時、ヴェイグは感じ取ったのだ。こちらへ来てから嗅ぐ事のあまりなかった嫌な匂いをマリアが発している事を。

 それを仁志へ伝えて万が一に備えてもらったと言う訳である。ただどこかでヴェイグも仁志と同じく考え過ぎで終わって欲しいと思っていた。

 

 結局話し合いの結果昼食は遊園地側へ移動して食べる事となり、そのためにここからは全員で行動する事になる。

 

「うわぁぁぁぁぁ…………」

 

 そしてそれまで保護者として見ているだけだった仁志が強制的に遊びへと駆り出される事に。

 彼がやらされたのはフリーフォールスライダーというもの。名前の通りな代物だ。その情けない姿と声に見ている響達全員が笑い、それに仁志は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「ししょー、次はあれとかドーデス?」

「只野さん、一緒にやりましょうよ!」

「よ、四人乗りだからいっそ未来や調とやったら?」

「そうですね。じゃあ、私と響とクリスで一回で?」

「私と切ちゃんとセレナで一回……?」

「ならあたしと翼とマリアで一回だね」

「えっ!?」

「あ、あの、僕も乗りたいです」

「じゃ、じゃあエルをどこかに……」

「なら、エルと私にヴェイグで一回ね」

「デスヨネ~」

 

 こうして計四回ものスライダーを経験し、仁志がヘトヘトになったのを見て誰もが苦笑する。

 一生分スライダーを楽しんだ気がすると、そう言って仁志は疲れながらも嬉しそうに笑った。

 その笑顔に響達も微笑む。

 

 途中で利用客に頼んでの記念撮影も行った。仁志のスマートフォンで撮影されたそれは、翼やエルフナインのスマートフォンへも転送される事となる。

 

 そして最後は仁志たっての希望で全員で温泉プールへ。

 

「あったか~い」

「はぅ~……癒されるデスよぉ~」

 

 響・切歌コンビが温泉に手足を伸ばせば……

 

「何だか不思議ですね。水着でお風呂に入ってる気分です」

「まったくだな」

 

 翼・調コンビは苦笑し……

 

「まったく、只野らしいわ。これで全員と混浴したって思うつもりね」

「そういう事かよ。ったく、あの人らしいな」

 

 マリア・クリスコンビなどは呆れ……

 

「お兄ちゃんとお風呂入るなんて不思議な感じ」

「ですよね。僕も最初はそうでした」

「何だかみんなで温泉に入りに来たみたいですけど?」

「先輩、これで満足かい?」

「うん、死んでもいいぐらいだ。ここが天国かぁ」

「タダノ、今の一言でみんなが一瞬嫌な匂いを出したぞ。気を付けろ」

 

 仁志の両側をエルフナインとセレナが占拠し、それを見て未来と奏が微笑みながら彼を見つめていた。

 そんな中で仁志が放った一言にその場の全員が悲しみを抱くも……

 

「え? ああっ! その、今のは言葉の綾で、天にも昇る気持ちって言いかえた方がいいかな!」

「分かってますよ、只野さん。みんな、分かってますから」

 

 慌てて立ち上がって仁志が言った言葉にすぐに笑みが戻る。が、そこで安堵して下を向いたのがいけなかった。

 

「……っ」

 

 温泉は無色透明である。そのためしっかりと彼の視界には響達の体が見えた。しかも、自然その見えているのは全身であって、つい無意識に仁志は八つの女体を見回してしまい……

 

「っ?! ちょ、ちょっとトイレ行ってくるっ!」

 

 体の異変に気付いた仁志はその場から逃げ出した。ただ、彼の両側以外の者達は、つまりエルフナインとセレナにヴェイグ以外は見てしまったのだ。

 

「姉さん達、どうしたの?」

「皆さん、顔が赤いですけど……」

「のぼせたのか?」

「そ、そんな事ないから……」

「そ、そうそう。心配しなくてもいいよ」

 

 年長であるマリアと奏が三人の心配を無くすように言葉を返し、響達へ顔を向けた。

 

「「ね(な)?」」

 

 その確認に六人は無言で頷いた。ただその脳内は先程見た映像で埋め尽くされていたが……。

 

(おっきくなってたおっきくなってたおっきくなってたっ!)

(い、以前見た時よりも大きくなっていた気が……と言う事はやはり……ああっ! 忘れろ! 忘れるんだっ!)

(は、反応させてやがった……。あ、あの人も、やっぱ男なんだ……)

(……気が緩んだんでしょうね。それにしてもこのタイミングで? もうっ! 間が悪いにも程があるでしょ!?)

(さ、さっきのはえっと、ししょーがエッチな事考えたって事デスよね? あ、アタシ達で、デスよね? ぁぅ……)

(わ、私も只野さんから見れば魅力的、なんだ。大人の女性って、そう見てくれてるのかな?)

(ど、どうしよっ!? は、はっきり見ちゃったっ!)

(め、珍しいよね只野さんがあんな風になるとか、さ。……さっきの、しばらく忘れられそうにないなぁ)

((どうして姉さん(姉様)達は俯いてるんだろう?))

(何だ? 珍しくあの八人がまったく同じ匂いをさせてるぞ?)

 

 結局仁志がその場へ戻ってきたのはたっぷり十分は経過してからだった。

 その手にお詫びを兼ねた飲み物が入った袋を持ち、申し訳なさそうな顔で「お見苦しいものを見せて大変申し訳ない」と響達八人へ告げて好きな物を飲んでくれと差し出したのだ。

 

 エルフナインとセレナにも水分補給をした方がいいと声をかけて。

 

「ヴェイグにはこれな」

「おおっ、コーヒーか。ありがとうタダノ」

 

 ヴェイグには紙パックのコーヒー飲料が手渡された。あの初めてコンビニへ来たヴェイグが選んだコーヒー。あの味をヴェイグは気に入った事を仁志はセレナ経由で知っていたのである。

 

 こうして仁志はエルとセレナへ向かい合うように位置を変え、ヴェイグを周囲から隠すと同時に響達から顔を隠す事に成功する。

 

 ただ、何故彼がそうしているかを理解している八人は揃って苦笑していたが。

 

 その後は男女で分かれて外で待ち合わせる事になり、仁志は先に一人出入り口付近で佇んでいた。

 

「はぁ~……」

 

 ただし、その雰囲気はどこか暗い。

 

(やっちまったよなぁ。まさかよりにもよって響達の見てる前で……なぁ)

 

 これまで気を付けて気を付けて誤魔化してきた事。注意に注意を重ねて見ないようにしてきたもの。それらが最悪のタイミングで重なった。

 不幸中の幸いはエルフナインとセレナに見られなかった事ぐらいであり、後は精神的には自殺したも同然の状態である。

 

 それでも響達のために強く生きなければならない。何せ彼がいなくなれば下手をすれば彼女達は消滅してしまうかもしれないからだ。

 

(……ホント、あの光景は忘れられないな、ある意味)

 

 目に入ってきた八人の戦姫の姿。その水着姿を自然と脳裏に焼き付けてしまった仁志は、複雑な気持ちになりながらも顔を上げて空を見つめた。

 

「大人、出来なくなったんだなぁ」

 

 ゲージを上げるためにと、仁志は響達へ踏み込む事を決めた。それはあの響とのデートの際に心に誓った“踏み込む時は大人を演じる”を破る事である。

 今の仁志は男として彼女達へ接していた。そのせいで先程のような事態を招いたのだと彼は思っていたのだ。

 

 実際には、彼が自分に素直になっただけであり、男としてだけではなく人としての反応でもあった。

 

「兄様~っ!」

「お兄ちゃ~んっ!」

 

 そこへ聞こえてきたのは可愛い妹分二人の声。仁志がゆっくりと声のする方へ顔を向けると、そこには当然ながら服を着た女性達。

 ただ、どこか艶めいている気がして仁志は思わず唾を飲んだ。そしてその理由にすぐ気が付いて人知れず息を吐く。

 

(あれだな。水着姿を覚えてるからだ)

 

 いつかもスーパー銭湯で起こった事だ。その服の下を想像出来てしまうために興奮してしまっている。そう理解し仁志は諦めるように頭を掻いた。

 

(これは、長い戦いになるなぁ……)

 

 少なくても今日一日は続くだろうと判断し、仁志は気を取り直して歩き出した。

 

「エル、ヴェイグは?」

「ちゃんと乾いてます」

「うん、私も一緒になって乾かしたから大丈夫だよ」

「……放っておけば乾くと言ったんだが」

「「ダメです」」

 

 周囲に人がいない事を確認しての呟きにエルフナインとセレナが揃ってダメ出しを行う。それに楽しげに笑ってから仁志は顔を上げた。

 

「じゃ、その、行こうか」

 

 そこにいる八人の女性達へ少しだけ照れを見せながら……。

 

 

 

「姉さん、ちょっといい?」

「え?」

 

 こっちへ振り向く姉さんはいつもと何も変わらないように見える。でも、お兄ちゃんやヴェイグさんが言うには悪意に操られてる可能性があるらしい。

 

「お手洗いに行きたいんだけど一人だと……」

「ああ、そういう事。分かったわ。ちょっと待ってね。只野……」

 

 よし、姉さんがこっちから目を離した。なのですぐに未来さんへ近付いた。

 

「未来さん、作戦開始します」

「分かった。後で追うから」

 

 その言葉に頷いて私は元居た場所へ戻る。丁度姉さんがお兄ちゃんへ離れる事を言ったみたいでこっちへ振り向いた。

 

「じゃ、行きましょう」

「うん」

 

 姉さんと隣り合って歩き出す。一度だけチラッと後ろを振り向けば未来さんが小さく手を振ってくれた。よし、大丈夫。

 お兄ちゃんから頼まれたのは、私と未来さんで姉さんへ神獣鏡の光線を浴びせる事。もし悪意が操っているならそれで解決だし、そうじゃないならそれでいいから。

 私が姉さんをみんなから引き離す役を任されたのは、妹だからだけじゃなくミレニアムパズルで周囲から見えなく出来るからってのもあるみたい。

 

――対悪意に関しては現状セレナが一番向いてるんだ。

 

 お兄ちゃんからそう言われて私は嬉しかった。戦う事は嫌いだけど、悪意をみんなから守る事はそうじゃない。それに戦いは、何も誰かを傷付けるだけじゃないって私は知った。

 大切な人が笑っていられるように働く事も戦いなんだって。そして時に誰かを傷付けるとしても、そうしないと流れる血が、失われる命や笑顔があるからなんだ。

 みんなの笑顔のために。五代さんはその想いで戦う事を選んだ。私も一緒だ。嫌だけど、それをやれるのが私しかいないならやるしかない。

 

「ここで待ってるわ」

 

 気付いたらトイレの前まで来てた。周囲をそれとなく確認。うん、人はいるけどこっちを向いている人はいない。

 

「マリアさん」

「え? あら、未来。貴方もトイレ?」

 

 よし、姉さんの注意が未来さんへ向いた。なのでギアを纏う。すると当然姉さんがこっちを向いた。その瞬間ギアがツインドライブ状態になる。お兄ちゃんが依り代でステータスをずっと確認しててくれているからだ。

 

「せ、セレナ?」

 

 戸惑う姉さんに構わずミレニアムパズル展開っ! 一瞬で周囲の光景が変わる。これでもう見られる事はありません。

 

「未来さん、お願いします」

「うん。マリアさん、ちょっとじっとしててくださいね」

 

 未来さんもギアを纏って姉さんの目の前に立った。

 

「ど、どういう事?」

 

 まだ状況が分からない姉さん。これ、やっぱり悪意は操ってないんじゃないかな?

 でも油断は禁物。お兄ちゃんからも言われた。悪意は、闇はこっちの心が嫌がる事をするって。なら姉さんらしく振舞って私達を騙す事だってやるかもしれない。

 

「姉さんごめんねっ! えいっ!」

「え? ちょ、ちょっと? 何で私の周囲をブロックで?」

 

 姉さんが身動き出来ないようにして未来さんを見る。未来さんは小さく頷いて姉さんの背中へ回ってペンダントを外した。

 

「セレナちゃん、お願いっ」

「っと、はい」

 

 未来さんから投げられたペンダントを預かり、これで準備は完了。

 

「行きます!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいっ! 何で私へ攻撃を!?」

「姉さんから嫌な匂いがするってヴェイグさんが言ってたんです」

「私から?」

「はい。なので只野さんが念には念をって」

「…………そう。分かったわ。じゃあやって頂戴」

 

 そう言って姉さんが大人しくなった。そして目を閉じて俯いて大きくため息を吐く。

 

「……悲しいわね。まさか少し負の感情を抱き続けただけでここまでされるなんて。セレナ、私はそれほどまでに弱い姉と思っていたのね?」

「そ、そういう訳じゃ……」

 

 姉さんの悲しそうな声に胸が痛む。だけど未来さんはそんな姉さんに鋭い目を向けた。

 

「騙されないでセレナちゃん。マリアさんはそんな事を妹のセレナちゃんへ言う人じゃないからっ!」

 

 そう言って未来さんは迷う事無くアームドギアを展開した。

 

「これで確信出来ましたっ! 悪意よ、マリアさんから出て行けっ!」

 

 放たれた閃光は姉さんを包むように貫いた。

 

「み、未来さん……」

「セレナちゃん、マリアさんがああいう事を言うとしたら、それはセレナちゃんじゃなくて只野さんに言うはずだよ。この事を考えて実行して欲しいって頼んだ人へ、ね」

「……はい」

 

 未来さんの見てる先には気を失っている姉さんがいた。もし悪意がいなければこうはなってない。

 やっぱり、悪意は姉さんを操ろうとしてた。でも、これで分かった。何で今まで悪意が切歌さんや調さん達を操っても簡単に気付かれなかったか。

 多分だけど、悪意が強くみんなを操らないとヴェイグさんにも匂いが分かりにくいんだ。そして、そうなるまでは私達にも分からないように眠ってるんじゃないかな?

 

「未来さん、私、怖いです」

「セレナちゃん……」

「姉さんは、心の強い人です。なのに、悪意は姉さんさえも操ろうとしてました。それだけじゃないです。私からしたら奏さんだってそう。でも……」

「うん、私も操られたから分かるよ。悪意はね、私の中の嫌な部分を上手に大きくしてくるの。好きな人への気持ちを利用して、それ以外の人を嫌うように」

「好きな人への気持ち……」

 

 私だったら姉さんやエルかな? あるいはヴェイグさんやマム?

 

「とにかく、今はマリアさんを起こそう」

「あっ、はい!」

 

 ブロックを消して姉さんのペンダントを付け直す。そして未来さんと二人で姉さんを揺さぶった。

 

「姉さん。起きて姉さん」

「マリアさん、起きてください」

「ん……」

 

 ぼんやりと目を開けて姉さんは私と未来さんを交互に見た。

 

「……そう、どうやら本当にそうだったのね」

 

 どこか辛そうな声で姉さんはそう言うとゆっくり体を起こした。

 

「自覚は……正直なかったわ。未来、貴方もそうだったの?」

「はい。でも、よくよく考え直してみると妙だなって思う事はありました」

「…………そう、ね。私も、あるわ」

 

 そこで姉さんは少しだけ顔を赤くした。一体何があったんだろう?

 

「とにかく、ありがとう。未来、ギアを解除した方がいいわ。それを確認してからセレナがギアを解除して。周囲の状況が元に戻った時に面倒な事にならないように」

 

 その指示の出し方で私は姉さんが元に戻ったって確信出来た。優しく微笑みながら私や未来さんを見ていたからだ。

 言われた通り未来さんがギアを解除したのを見てから私もギアを解除した。周囲の光景が戻ってさっきまではなかった音や声が聞こえてきた。

 

「どうやら運良く人はいなかったみたいね。じゃあセレナ、早くトイレをすませてきなさい」

「え? あ、うん」

 

 ホントは必要ないけど済ませておいた方がいいかなって思ってトイレへ向かう。

 それにしても本当に悪意は怖い。姉さんはペンダントがスマホと同じ状態になったのに関係なく入り込んだ。それって、依り代があっても悪意は防げないって事だ。

 でも、あの時、奏さんと未来さんはギアを展開する事で悪意を追い出した。そこで思った。もしかしたら、ギアを展開してる時は悪意は操れないか入り込めないんじゃないかって。

 

「……後でエルやお兄ちゃん達へ言ってみよう」

 

 きっと私一人で考えるよりもその方がいい。エルは私の可愛い妹だけど頭の良い賢い子だから。

 

 

 

 セレナからの指摘に仁志は切歌と調が操られた時の事を思い出して息を呑んだ。

 

「そうか……あの時悪意はギアを使わなかったんじゃない。使えなかったんだ。展開させたら影響力が下がるって」

「そうか……あの本部で私や奏さんが動けたみたいに」

「成程ね……。じゃ、セレナの言う通りギアを常に展開していれば悪意はあたしらへ手を出せない?」

「いえ、分かりません。依り代の力はギアとして展開すると強くなるのはもうはっきりしています。ただ、依り代の力を風船に例えますが、普段は萎んだ状態の依り代の力がギアを展開すると一気に膨れ上がるみたいなものだと思うんです。で、悪意はその勢いで弾き飛ばされてるのではと」

「……そうだと仮定すればギアを展開し続けていて入り込まれると面倒ね」

「ああ。しかも、だ。その場合は神獣鏡が使えねーぞ」

 

 ギアを展開している以上、神獣鏡の攻撃を受ける事はギアを消滅させるに等しい。そうなれば依り代の力を失う事でもある。

 

「どちらにせよ、ギアの常時展開は避けるべき、か」

「そうなりますね。でも、簡易的な悪意対策にはなりませんか?」

「そうデスね。定期的にギアを展開してみればいいんデスよ」

「出来れば全員いる時が望ましいわね」

「ヴェイグでも本格的に悪意が動き出さないと判断がし辛いみたいだし、それがいいかもしれないな」

「じゃあ、週に一度全員で集まる時にそれをやるって事で」

 

 こうして今後の全員での定例行事が増える事となった。当面の問題は片付いたと思って仁志達は昼食を食べるべく歩き出す。

 だが、まだ悪意の魔の手は忍び寄っていた。ヴェイグにも気付かれず、密かに仁志を狙うように拳と銃の中に身を潜めて……。




遂にマリア、操られる。ただし本格化する前にヴェイグによって気付かれました。
そして現状悪意対策最強コンビはセレナ&未来です。
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