シンフォギアの消えた世界で 作:現実の夢想者
誰かを愛する事さえも、悪意は邪悪に笑って囁くのです。
――ならお前のものにしてしまえ、と……。
「ごめん、みんな。俺は、ここに残るよ……」
心の底から俺は申し訳なく思ってそう言い切った。響が悲しそうな顔を見せるけれど、これだけは、これだけは駄目なんだ。
俺は、君達と一緒に行く事は出来ない。こればっかりはどれだけ君達に泣かれ、叫ばれ、縋られても譲る訳にはいかないんだっ!
「先輩……そこまで?」
「ああ。その、すまない。そっちの気持ちは嬉しいし、俺だって出来る事なら一緒に行きたいよ。でも、駄目なんだ。分かってくれ」
「ししょー……どうしてもデスか?」
「どうしてもだ。切歌、情けない男と笑ってくれていい。それでも、俺はここに残る」
「兄様……」
「お兄ちゃん……」
「エル、そんな顔をしないでくれ。セレナもだ。俺の事は気にせず、二人は自分の行きたい道を歩くんだ」
そっと二人の頭を撫でる。寂しそうな、悲しそうな顔で二人はこちらを見つめてくるけど、それでも俺は彼女達と行動を共にする事は出来ない。
そんな俺を見て、マリアとクリスが大きくため息を吐いて後ろを見上げた。
「大袈裟ね……」
「まったくだ。ただのジェットコースターだろ?」
「だからっ! 俺はこういうの苦手で大っ嫌いなんだよっ!」
そう、そこにあるのはこの園内で一番の存在感を放っている人気アトラクションだった。
響達全員がそれに乗る事を決めたのはいいのだが、俺は子供用の小さなコースターでさえ嫌な人間だ。よってここにあるベンチで待っていると言っているんだが、それをみんなして一緒に乗ろうとしつこいのだ。
ただ、響や切歌みたいに俺と一緒がいいからっていう理由はともかく、明らかに俺が苦手で嫌いなのを知ってからニヤニヤしながら誘う奏みたいなのはどうかと思うぞ。
「みな、諦めよう。只野さんはここでヴェイグと待機してもらうべきだ」
「そうね。それにいつまでも只野に構っていると時間がどんどんなくなるわよ?」
「う~っ、仕方ないデス。ししょー、他の奴は平気デスか?」
「絶叫系は基本ダメ!」
「「た、只野さんが子供になってる……」」
未来と調が揃って驚きを見せるけど、俺だって嫌いなものを強要されればこうもなる。
「ゴーカートやコーヒーカップ、メリーゴーランドなんかはいいけど、コースター系やバイキングやフリーフォールみたいな奴は一切乗らないっ!」
「そ、そこまで力を入れて拒否するんだ……」
「セレナ、今のタダノからは、匂いが無くても嫌な匂いを出してると思うぐらい顔に心が出てるぞ」
遊園地で絶叫系乗らないなんて楽しくないと言われようが俺は絶対に乗らん。
それに、今の俺からすれば響達が楽しく過ごしているのを眺めるだけで十分幸せで楽しいからいいんだ。
「だな。じゃ、先輩? ここで待っててくれよ?」
「分かってるって。その、楽しんできて」
「ヴェイグさん、只野さんの事お願いします」
「ああ」
何となくだが俺の方が今は子供らしい。まぁ否定は出来ないか。だけど、それだけ嫌なんだよ。
こうして俺はヴェイグを抱えてベンチへ座った。
頭上からはジェットコースターに乗ってる人達の声が聞こえてくる。それを聞きながら俺はぼんやりと空を眺めていた。
「タダノ」
そんな中でヴェイグが話しかけてきた。周囲をそれとなく確認し、大丈夫と判断してから口を開く。
「どうした?」
「このままでいいのか?」
その問いかけの意味を俺は分かりたくなかった。一体何を聞かれているのかを、俺は分かりたくなかった。
「えっと……?」
「……あの時、マリアと翼へお前が言った言葉で二人のゲージは一気に染まった。同じ事をみんなにしなくていいのか?」
「ああ、そういう事か」
言って安堵してる自分がいる事に気付いて複雑な心境になる。ホント、矛盾してるよな。踏み込むって決めたじゃないか。で、その結果どうなっても構わないとも。
みんなが、彼女達が本来いるべき場所へ一刻も早く帰れるようにする。そのために、俺は出来る事を精一杯やろうって。
なら、ヴェイグが言う通り響達全員に俺の嘘偽りない想いを伝えるべきだ。
ただし、愛してるなんて言葉は一切使わないで。
頭上から聞こえる声や周囲の音が遠くなった気がする。どうしてこのタイミングでヴェイグが俺へ問いかけてくれたのかと、そう考えたからだろうか。
ヴェイグは、多分だけど俺がみんなへ抱いてる想いを何となく感じ取ってくれてるんだと思う。
それが言い出せないし言っちゃいけない事だってのも、多分感じ取ってくれてる。
「タダノ、俺には“こい”というのがよく分からない。だが、それをすると優しい匂いがするようになる事は何となく分かった」
俺が黙っているとヴェイグが話し始める。周囲はこちらを見る事もなく、また見たとしてもヴェイグが喋ってるとまで分かる程の興味を示していないらしい。
当然だろうな。俺だって遊園地のベンチでおっさんがぬいぐるみ抱えててもチラ見はするけど凝視はしないし。
「だが、タダノはそれをするとそうじゃない、んだろ? それでも、お前はみんなのためにこいを」
「違う。違うんだよヴェイグ。俺は、みんなのためと言いつつ自分のために動いてるんだ」
やんわりと否定する。たしかに俺は恋を、もっと言えば惚れ込む事を恐れてた。ああ、そうだ。恐れてた。
でも今ヴェイグの話を聞いてる内に思い出した。気付いた。俺、そういう意味で言えばとっくに響達に惚れてるんだって。
「みんなが実在しないと思ってた頃から、俺はある意味恋してた。それも一途じゃなく複数だ。もっと言えば響達以外にだって邪な感情を抱いてた。節操なく色んな女性キャラへ欲情やら恋慕やらをしてたんだよ」
「……そうか」
「でも、現金なもんだよな男って。目の前に実際現れた瞬間、それまでの事をすっかりなかった事にしてた。いやらしい目で見た事もいかがわしい事を考えた事も、なかった事にしてさ」
かっこつけ、だよなぁ。本当に俺って単純だ。
「選べないのは当然だ。何せ最初から選ぶ必要のない状況で響達を見て、思っていたんだ。そういう意味では俺は最初からハーレムを、全員を選んでるんだ」
「全員、か」
「そう。だけど、それは彼女達が存在しないと、意思などない存在だと思ってたから許される話だ。実際に会って、話をして、触れ合って、それでも全員俺の嫁なんて言えるわけがない」
そうだ、言えるはずもない。していいはずもない。彼女達は誰かの唯一になりたいのであって、俺の中の一になりたい訳じゃない。
「……どうしてダメだ?」
と、そこでヴェイグから本気で分からないとばかりに尋ねられた。
「いや、どうしても何も、現実問題そういうのを女性は嫌うんだ」
「? みんながそう言ったのか?」
「えっとな? 言わなくても常識って言うか、それが現実って言うか」
「どうして聞きもしないでみんなの気持ちや考えが分かる?」
「ええと……」
何だか子供に聞かれてる親みたいな気分だ。二十歳になったら大人なの?みたいに大人がそうだからってだけで思考停止してる事を問い質すような、そんなヴェイグに俺はどう答えたら納得してもらえるだろうと考える。
ハーレムが駄目な理由は、大体この一言に尽きる。女性がそれを望んでないから。
男は所詮雄猿だ。だから群れを作りたがるしボスになりたがる。
だけど女は違う。女性は猿にはならないのだ。
「人間の増え方ってさ、女性が子を産むんだけど、その間女性は他の男性と子を作る事は出来ないんだ」
「ふんふん」
「でも男は違う。極論言えばどれだけとでも子を作れるんだ」
「そうなのか……」
「だから男はどれだけでも女へ性欲を抱き子を成そうとする。逆に女は一人しか子を宿せないから男に自分以外の女へ目を向けないで欲しいと思う訳だ。守ってくれる存在でもあるから、そういう意味でも不安を覚えるしな」
「……そういう事か」
どうやらヴェイグも理解してくれたらしい。ただ、がっくりと肩を落としたように見える。
「ヴェイグ? どうしたんだよ?」
「…………タダノが全員と一緒にいるって出来れば、悪意がみんなへ手を出す事は出来なくなるんじゃないかと思ったんだ」
「それは……」
ある意味否定出来ない。きっと響達一部の心を不安定にしているのは俺の存在があるからだ。
マリアが今回悪意につけ込まれたのもそこにあるんじゃないかと思う。あのキスはそういう流れからの行動だと思うし。
でも、ふと思った。
あれが悪意がさせた行動だとして、何でキスをする必要があったんだ?
マリアをより自分の意のままにするためだろうか?
でもマリアが俺にキスをしたいと思うとしてもあの状況ではないと思う。ただ、これをマリアに聞いても答えてはくれないだろうし、そもそも本人の自覚があるかも怪しい。
「……ヴェイグ、マリアから嫌な匂いを感じたのは俺へキスしようとした時だったよな?」
「ん? ああ、マリアがタダノへ顔を近付けた時だ」
つまり、あの瞬間はマリアはかなり悪意の支配下にあった。それで……キス?
妙だよな。もし俺の抹殺とかが狙いならキスじゃなくて首を絞めればいい。それに、そういう事を狙うならあんなに人が多くいる時を狙わないはずだ。
じゃあ、俺を殺そうとはしてない? と、そこで昔読んだ漫画のワンシーンが甦る。
あるキャラクターが見張りをしてる時、そこへ別れたはずの仲間が姿を見せる。見張りをしているキャラはその仲間が好きで、普段よりも判断力や集中力が落ちていた。
で、実はそれは敵が化けた偽物で、キスをしようとしたところを狙って毒を流し込んできたんだ。
まさか、悪意はマリアを通じて俺へ手を出そうとしてた? だから粘膜接触をしようとした?
……可能性はある。悪意が何故俺へ手を出してこないか。その理由は未だにはっきりしないけどヒントならある。
ここをエル達は度々こう言っていた。神の世界だと。それが悪意にとってもそうだとすればどうだろうか。
実は俺は悪意が力をどれだけ持っても直接は手を出せない存在なのかもしれない。だからみんなを通じて俺へ手を出そうとしている……のか?
「ヴェイグ、マリアから嫌な匂いをはっきり感じたのはその時だけか?」
「……そうだな。はっきりはその時だけだ」
となると、悪意は行動を起こす時だけ活性化するのかもしれない。あるいは、切歌や調、奏や未来の時の経験から気配を、匂いを消す事を覚えたのかもしれないな。
これはみんなと相談する必要がある。悪意がみんなを使って俺へ手を出そうとしているかもしれないって。
「お化け屋敷、ねぇ」
仁志さんがそう言って目の前の建物を見上げた。正直もっと絶叫系に挑戦していたかったけど、エルちゃんやセレナちゃんは一つだけで疲れちゃったので計画変更。
仁志さんはまたバラバラで動けばいいって言ったけど、私は仁志さんと一緒にいたいんだもん。
「あ、アタシはえんりょしておくデスよ。少し疲れたデスし」
「そ、そうだな。あたしもちょっと休んでおくか」
切歌ちゃんとクリスちゃんは見学というか待機するみたい。
「なら一緒に行こうよ先輩。ね?」
「お化け屋敷を男女二人で、なぁ。ギャルゲーの定番イベントみたいだ」
あっ、意外と仁志さんがノリノリだ。でもこのままじゃ奏さんとイチャイチャされる。
「只野さ~ん、私も一緒に行きたいでーす」
「僕も兄様と一緒がいいです」
「私は……待ってようかな?」
私が手を挙げるとエルちゃんも手を挙げた。で、セレナちゃんは怖いみたい。
「だって?」
「いいじゃん、先輩だけ何度も行けば」
その言葉に仁志さんが目を見開いた。私も驚きだ。でも、それならデートみたいな事が出来る!
「私は奏の案がいいと思います。今の只野さんからは私達と遊ぶつもりがないように感じられますし」
「そ、それは……」
「そうね。ここはみんなに付き合ってあげたら?」
「……まぁお化け屋敷ぐらいなら」
翼さんとマリアさんの言葉で仁志さんが渋々引き受けた。よし、これで後は順番を決めるだけだね。
「なら一番最初は誰と行きますか?」
そう思ってたら未来が切り出した。それと気付いた。もう仁志さんが誰かと行くだけの流れになってるって。
「え? 最初はって……」
「さっき奏さんが言ったじゃないですか。只野さんは何度も周回するんですよ? だって、響もエルちゃんも行きたいって言ってますし」
「いやいや、それならいっぺんに」
「先輩、あの時自分で言ったじゃん。絶叫系は絶対乗らない。それ以外はいいけどって」
「それは……言ったけど……」
「うし、言質取った。じゃ、最初はあたしと行こうか」
「ちょ、マジ? てか何で腕組んでんだって!」
「ほらほら時間が限られてるんだ。さっさと行くよ」
「横暴だぁぁぁぁぁぁっ!」
あっという間に奏さんに引きずられるようにお化け屋敷へと消えていく仁志さん。
何というか、あまりにも電撃的で嫉妬とかそういう感情も起きないや。
それよりも今は次は誰が行くか、だね。
「よし、これで只野さんは中の配置とか覚えてくれるだろうからビックリする事が減るはずだよ」
「未来さん、若干怖いです」
「だってエルちゃんと一緒に行く時に只野さんまでビックリしてたら頼りないでしょ?」
「小日向……」
「言ってる事は分かるけど……」
「それに……」
そこで未来は切歌ちゃんやクリスちゃん達見学組へ目を向けた。
「それに、最後の方になればビックリどころか慣れて飽きてさえくるだろうから安心ですし」
「……そういう事ね」
マリアさんがそう言って苦笑する。要するに怖がってるクリスちゃん達のためでもあるんだ。
私は、いつにしよう? 最後よりも最初の方がいいかな? 一緒に怖がったり驚いたりしてもいいかも。
そう思いながら私はふと気付いた。仁志さん、お化け屋敷って苦手じゃないのかな? 絶叫系が苦手って事はビックリする事とか嫌がりそうなんだけど……?
薄暗い中をゆっくりと歩く一組の男女。男の方は既に疲れが見え、女の方はどこか緊張していた。
その理由の一つが腕を組んでいる事だろうか。男はそれに気疲れし女はそれに気を張っているのだ。
と、突然井戸から生首を模した模型が出現する。
「……キャアっ! って、言うとこ?」
「じゃないか?」
冷めている奏とやや苦い顔の仁志。これをカップルと思う者はおそらくいないだろう空気である。
それでも奏は今しかないと思ってチラリと仁志を見やる。彼はやや疲れた眼差しで上を向いていた。
響の懸念通り仁志はこういうものも苦手である。それなのに奏と、女性と一緒にいるためにあまり騒ぐ訳にはいかないと気を強く持とうとしていた。
その気疲れがもう出始めていたのである。ただ奏はそうとは思わず、仁志がこの後の事を考えて疲れているのだろうと捉えていたが。
「あのさ只野さん」
「何だ?」
呼び方が普段と違う事に気付かない程、今の仁志は疲れていた。
「聞いて欲しい事があるんだ」
「聞いて欲しい事?」
そこで仁志は足を止めて奏を見た。そこには照れくさそうに笑う奏がいた。
「うん。その、さ。あたし、只野さんの事が好きなんだ」
あっさりと告げる。だがそれに反して奏の顔は真っ赤だった。
「返事は、翼達と同じでいいよ。だから、絶対」
「分かってる。必ず、必ず出すよ。それと、俺からもいいか?」
「え? う、うん……」
一体何だろう。そう思って奏は小首を傾げる。
だが、そのすぐ後、彼女は思わずその場から走り去りたくなるような事を仁志から言われるのだ。
「奏、その、俺をさり気無く励ましたりしてくれてありがとう。ジョギングの事も、廃棄の事も、バイトの事もそうだ。君はそうとは見せないように俺の事を気遣ってくれてた。その優しさが今も俺を支えてくれてるよ。本当に、感謝してる」
「っ?!」
「っと、そろそろ歩こうか。他の利用客の迷惑になるし」
「ぇ? あ、ああ……うん」
しかし奏が歩き出そうとした瞬間、組んでいた手へ仁志が自分の手を絡めるように繋いだのだ。
「行こう」
「っ……うんっ!」
最初よりも深く繋がった形で奏は仁志と歩く。そこからの事は彼女も覚えていない。
ただ、繋がれた手の温もりと力強さに胸をときめかせ、微笑み続けていたのだ。
そうやって上機嫌で奏が出て来た後は翼が続く。
再度お化け屋敷へ逆戻りとなった仁志はどうしたものかと思うも、翼が自分から握ってきた手に軽く驚く事に。
「翼?」
「い、いけませんか?」
「い、いや、そんな事ないけど……」
「私だって、女です。初恋の男性とのデートを夢見た事がない訳じゃありません」
その口調で仁志は悟る。今、翼が自分の前で素を見せてくれていると。
そんな二人を見て受付が若干訝しむ表情を見せる。ついさっき来たはずの仁志が別の女性と再度入場するからだ。
その受付の視線に気付かぬ振りをして仁志は翼と共にお化け屋敷へと入っていく。
その中で唐突に出現する脅かしに動揺する事もなく、ただ無言で自分の手を握り締める翼に仁志は小さく苦笑した。
「翼って、もしかして若干怖がり?」
「ち、違います。これは、その……」
「その?」
「……ど、どうやって甘えたらいいのか分からないだけです」
その言葉に仁志は思わず顔を赤くし、こう言うのが精一杯だった。
「し、したいようにすればいいよ」
するとその言葉に翼は大きく目を見開いて、そしてどこかはにかむように笑みを零すと「後悔しないでください」と告げて仁志と繋いでいた手を離すと、指を絡ませるようにして繋ぎ直したのだ。
「……どう、ですか?」
「あー……やっぱり翼は可愛いなって」
「ふふっ、そうですか。でも、こんな私は貴方しか、ううん、貴方だけにしか見せませんから」
顔を赤くしながら告げる本音。その言葉の威力に仁志は見事心を射抜かれるも、抱きしめたくなる気持ちをぐっと堪えて歩き出すのだった。
ただ、その握られた手をそっと握り返すようにして。
翼の次はエルフナインとセレナ。というのも、エルが行こうとしてるのに姉である自分が行かない訳にはとセレナが立候補したのである。
「暗くてひんやりしています」
「そ、そうだね……」
揃って仁志と手を繋いでいる二人。仁志はそんな中で怯えるセレナを見て心を和ませていた。
何せ奏も翼も欠片として怯えも怖がりもしていなかったためだ。そこへ来てのセレナの反応である。その初々しさと愛らしさに仁志はやっとお化け屋敷に来ている感覚を味わっていた。
「セレナ、勇気の始まりは怖い事を認める事だよ」
「怖い事を、認める……」
「そう。恐怖を認めて、その上でそれを乗り越えていく。それが勇気だ」
某有名人間賛歌漫画のような事を言い、仁志はセレナを励ました。エルフナインもその言葉に成程とばかりに頷いている。
そしてセレナは言われた通り恐怖を認めて仁志へと抱き着いた。
「お兄ちゃん、ここからどうすればいいかな?」
「大丈夫。心を強く持つんだ。相手はこっちを驚かす事しか出来ないって。ノイズみたいに炭化させる事とかは出来ないって」
そう言われればもうセレナは平気だった。ノイズと違って触ってもこないし驚かせるしか出来ない相手を恐れる必要などない。
そこからはセレナは多少ビックリする事はあっても、怯える事はなくなった。エルフナインと二人で大きな声を出すけど、すぐに二人で楽しげに笑う事が出来るようになったのである。
出口の外へ出ると、一気に暑さが戻ってきてセレナとエルフナインは嫌そうな表情を浮かべた。
「「暑~い……」」
「ははっ、そうだな。じゃ、あそこの自販機で何か買っておいで」
「え?」
「いいんですか?」
小首を傾げる二人へ仁志は財布を取り出すと小銭をそれぞれの手へ握らせる。
「いいよ。っと、その前にいいか?」
「「えっ?」」
その場でしゃがみ込むと仁志はエルフナインとセレナの頭へそっと手を置いた。
「セレナ、エル、いつも明るく元気でいてくれてありがとう。そして俺の趣味を受け入れてくれて、楽しんでくれてとても嬉しいよ」
「お兄ちゃん……」
「兄様……」
「これからも悪意なんかに負けないでいられるように俺を支えて欲しい。俺も二人が苦しい時や辛い時に助けられるように頑張るから」
「「うんっ!」」
輝くばかりの笑顔を返し、セレナとエルフナインは力強く頷いた。その頷きに仁志も優しく笑みを返して頷いて二人を自販機へと送り出す。
そんな二人の後は何と切歌。セレナが行き、しかも笑顔で戻ってきたのを見て妙な負けん気を見せたのである。
「し、ししょー、絶対手を離さないでくださいデス……」
「はいはい」
下手をすればセレナ以上に怯えているなと思いながら仁志はもう見慣れてしまった道を歩く。
「ひぃっ!? だ、誰デスか?!」
「切歌の足音だよ」
「ひょわぁぁぁっ!? お、オバケデスっ! じょーぶつして欲しいデスよぉ!」
「よく見てごらん。人魂じゃないから。ちゃんと釣り糸見えるから」
「にゃぁぁぁっ!? く、く、首デスっ! 人の首デスよぉっ!」
「うん、よく出来てるな。てか本物だったら大問題だからな?」
自分の足音に怯え、見え見えの人魂に驚き、定番の井戸関係で飛び上がりと、まさしく向こうの思うつぼな反応を続けた切歌は、繋がれた手のおかげもあってか何とか逃げ出す事なく出口を目指して歩き続ける事が出来ていた。
「し、ししょぉ、アタシはもう限界デェス……」
「まぁまぁ、もうすぐ出口だから」
「ううっ、何でセレナはあんなに余裕だったんデスかね?」
入口では手を繋ぐだけだったのが、もう既に仁志へ密着する形となっている切歌である。
それに仁志は苦笑しながら最後の仕掛けを思い出して切歌をチラと見た。彼女はもう終わりだと思って完全に油断している。
そしてもう出口まで5メートルもないとなった時、切歌は早くその場から脱出したい一心で仁志から離れ小走りで外を目指した。
「あっ、切歌ダメだって」
「やっとゴールデースっ!」
が、それを狙って最後の仕掛けは用意されていた。出口まで3メートルを切った辺りで逆さまの落ち武者が出現したのである。
「~~~~~~っ?!」
声さえ上げれず、切歌はその場で急停止するや仁志へと飛び付いたのだ。
が、そんな事をすれば当然仁志は尻もちをつく。さすがに切歌が全力で飛び付いて支えられる程の筋力は彼にはないからだ。
それでも仁志は慌てるでもなく涙を浮かべる切歌に小さく微笑み、優しく宥めるように頭へ手を乗せる。
「だからダメって言ったろ?」
「ぐすっ、ししょーはイジワルデス。あそこにあんなのがあるって知ってて黙ってたデスっ!」
「黙ってはないぞ。まぁはっきり言う事もしなかったのは事実だけどさ。それにしても……ホントに向こうからすると最高のお客さんだと思うよ、切歌は」
「嬉しくないデスっ! 今のでもう立てなくなったデスよっ! どーしてくれるデスかぁ!」
涙目で抱き着きながら睨む切歌を可愛いと思い、仁志はならばとその体を両腕で抱え上げた。
「ふぇ?」
「じゃ、これで外まで運ぶよ」
俗に言うお姫様抱っこをされ、切歌は外へと到着する。
照り付ける太陽が眩しく思えたが、それとは違う熱を切歌は顔から感じていた。
「切歌、もう立てそうか?」
「え? っ?! は、はいデスっ!」
赤い顔で返事をする切歌を見て、仁志は微笑ましいものを見るような目で頷いてそっと彼女の体を下ろす。
「切歌、一つだけ聞いて欲しい事があるんだ」
「な、何デスか?」
「その、俺の趣味に理解を示してくれて、好きになってくれてありがとう。君みたいな可愛い子と特撮やアニメの話を出来る日が来るなんて思ってもいなかった。それに、俺がお願いしたとはいえ師匠なんて呼んでくれてさ。本気で嬉しいよ。本当に、ありがとう」
「ししょー……」
「もし良かったら、これからも俺と今までみたいな話題で盛り上がってくれるか?」
「モチロンデスっ! アタシはししょーの弟子デスからっ!」
心からの笑顔と、不思議にときめいた心で切歌は仁志へそう返した。
その返事に仁志が心から嬉しそうに笑顔を見せて、余計切歌の笑顔が熱を帯びるのだった。
切歌が暑い暑いと言いながら戻ってくるのと入れ替わりに調が挑戦する事に。
薄暗い中を隣り合って歩きながら仁志は調へとある事件を話題に挙げる。
「ツタンカーメンの事件、ですか?」
「うん。あれって君達の中では珍しく若干ホラーじみてただろ?」
「……そうですね」
懐かしい。そんな風に聞こえる答えに仁志はさらりとある事実を告げた。
「実は、あの時にサンジェルマン達がティキの動力である歯車みたいな聖遺物を手に入れたんだ」
「あの時に?」
「積み荷の中にあったんだ。これもゲームからの情報」
「……でも納得です。全ては私達の目を逸らすためだったんだ」
こうして会話している間にも様々な仕掛けが作動し脅かし役が現れているが、それらを意に介さないように仁志も調も歩いていた。
ただ、調も仁志と手だけは繋いでいた。それも彼女の提案である。ゲージを少しでも上げるためにと、そういう理由で。
「そういえば、切ちゃんが顔赤かったですけど何があったんですか?」
「あー、うん。出口の外で教えるよ」
結局最後まで調は大きく怖がる事も驚く事もなく出口まで到着。そこで彼女は切歌が赤くなっていた理由を体験する事となる。
「調、君には色々負担をかけてしまって申し訳ない。早起き、発注、マリアがいない時の食事の世話まで多岐に渡ってる。だからこそ、俺はマリアと同じぐらい君に感謝してるんだ。美味い飯や丁寧な仕事、ありがとう」
「只野さん……」
「もうしばらく君の力を貸して欲しい。仕事だけじゃなく、心の支えとしても」
「……はい」
真剣な眼差し。温かい言葉。何よりも最後に見せられた優しい笑顔に調は心が騒ぐのを覚えていた。
それは仁志が意図せず植えて芽吹かせた恋の種。それが今しっかりと蕾を付けたのだ。
少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべて戻った調の次は未来。
もうこの頃になると仁志も感覚が麻痺してきたのか中々大胆というか思考が開き直ったため……
「嫌だったら言ってくれよ?」
そう言って未来と腕を絡めて恋人繋ぎという事をあっさりとやってのけたのだ。
「こ、これって……」
「うん、まぁ未来は俺に想いを告げてくれただろ? で、響達程時間を過ごした訳じゃないしさ。だから、その、実益を兼ねたゲージ上げ?」
「クスッ、なら抱き着いてもいいんですか?」
「……中にいる間ならお好きなだけどうぞ?」
「っ?!」
一度でも腹を括れば男らしくあれる仁志である。未来も動揺を見せず、むしろどこか不敵な笑みさえ見せる仁志に軽く胸を騒がせる程だ。
そうして歩き出した二人だったが……
「あっ、そこにはドクロがあるよ」
「っ?!」
「っと、そこは後方注意」
「え? きゃあっ!?」
「井戸から生首が出てくるけど、本命はその少し後の草むら」
「いやぁぁぁぁっ!」
未来が気付かぬものや見落とす事へ意識を向けさせ、仁志は彼女をとことん驚かせたのだ。平時であれば平気な未来も若干気を抜いた時に気付けば驚くと言うもの。
出口へ到着する頃には未来はやや目を吊り上げて仁志を睨んでいた。それさえも仁志には可愛いと思ってしまうものではあったが。
「もうっ! 只野さんってホントにこういう時子供みたいですねっ!」
「ごめんごめん。怯える未来が可愛くってついね」
「っ……そ、そうやって言えば誤魔化せるとか思ってません?」
「そんな事ない……とは言い切れないけど」
「む~っ」
どこからどう見てもカップルのそれだろうやり取り。そして未来は気付いていた。仁志は本当に今だけはそういう気分でいるのだろうと。
「未来、一つだけ聞いて欲しい事がある」
「え?」
そんな事を思って内心喜んでいる未来へ、仁志は少しだけ表情を凛々しくして話し出す。
「俺の言った事を覚えてくれてジョギングに誘ってくれた事、嬉しかった。響との関係へ口出しした事もあったけど、それさえも君は持ち前の優しさや慈愛で受け入れてくれた。本当に未来の献身さには助けられてる」
「そんな事……」
「きっと今後も仕事では君と直接関わる事はないと思うけど、それでもいつでも頼ってくれていいから。だから俺も、未来を頼らせてもらっていいか?」
「……はい」
プロポーズのようだなと、そう思いながら未来は笑みを返した。愛してるという言葉を使わず、それに近しい事を伝えたい。そんなような感じさえ受け、未来は少しだけ大胆な行動に出た。
「み、未来?」
仁志の体へ抱き着いたのである。
「少しだけ、少しだけこうさせてください。初めての、好きな男の人とのデートなんです」
そう言われてしまえば仁志も何も出来ない。ただ、照れくさそうに上を見上げ頬を掻くのが精一杯だった。
そんな彼の様子を見やり、未来は密かに笑みを零す。好きになって良かった。そう心から思って。
未来の次はやはり響。ただ、彼女は中に入る前から仁志と腕を組み、指を絡めて体をやや密着させるようにしていた。
「早く行きましょうっ!」
「わ、分かったから急かさないでくれよ」
最早受付も仁志の事を見て何とも思わなくなっていた。とっかえひっかえ美人や美少女を連れてきてお化け屋敷を楽しむなど普通有り得ないためだ。
つまり、受付の人間はもうこう思い出している。これは何かの撮影で、仁志は撮影役兼相手のダミーなのだろうと。
中に入るや響は仁志へ少しだけ女の顔を見せるとこう告げた。
「ここから出るまでは仁志さんって呼んでいいですか?」
ここは住んでいる場所から遠く離れているしアトラクションの中だ。それでもダメなのかと、そう思っての響の問いかけに仁志は迷う事なく苦笑して頷いた。
「ああ、いいよ。じゃ、ゆっくり歩こうか?」
「はい、ゆっくりがいいです」
「ん。えっと、それじゃ……行くぞ、響」
「っ!? はい、仁志さんっ!」
いつかねだった事。自分を見て恋人らしく名前を呼ぶ。それを今仁志がやってくれた事に響は胸をときめかせて歩き出す。
要所要所で驚かせにくる仕掛けやスタッフに怯えたりはしゃいだりしながら、響は仁志との恋人らしくいられる時間を愛おしく思っていた。
このまま時間が止まればいいのに。そう思いながら両腕から感じる温もりを大事そうに噛み締めて歩く。
「もう終わりだな」
そう聞こえた声に響が目を開ければ、出口はすぐそこまで迫っていた。
「……仁志さん」
「ん?」
「あの、お願いが一つあるんです」
出口ギリギリで足を止め、響は仁志を見上げる。その目はそこはかとない決意を宿して潤んでいた。
「キス、してくれませんか?」
告げられた言葉に微かに込められた色香。それが仁志には驚きだった。
まさか響にそんな色気があるとは思っていなかったのである。女性の成長は本当に凄いと思いつつも、仁志はさすがにキスはと、そう思ったのだがある事を思い出して息を吐いた。
「……分かった。目を閉じて?」
まさか了承を得られると思っていなかったのか、響は大きく目を見開くもすぐに嬉しそうに微笑んで目を閉じた。
一瞬にも永遠にも感じられる沈黙。ふと、そこで響は自分へ近付いてくる気配に気付いた。仁志が本当に顔を近付けてきている。そう思って胸の鼓動が早鐘のように響く中、これまで感じた事のない温もりがそっと額へ触れた。
「……え?」
目を開けた響が見たのは気恥ずかしそうに俯く仁志の姿。
「ひ、額で勘弁してくれないか? これが答えを出してない俺の精一杯だ」
この時、仁志も響も知らなかった。額へのキスが何を意味するのか。それは、無償の愛。
それを知らぬでも、響にとっては初めて仁志からしてくれた明確な好意を示す行動。
だからだろう。今にも走り出しそうな程に喜び、満面の笑顔を彼へ向けたのだ。
響への想いの吐露はこれもあったためになくなった。仁志もやはりどこかで舞い上がっていたのだろう。
目に見えて上機嫌となって戻ってきた響を見て、ならばとクリスが動き出す。
「なぁ、只野」
「何?」
中へ入るなりクリスは仁志の事をそう呼んで、そして真っ赤な顔でこう告げたのだ。
「ひ、仁志って、そう呼ばれるの、嫌か?」
クリスとしては、ある意味でキスするよりもハードルの高い内容である。何せキスは一度すればそこで終わりだが、名前で呼ぶ事はその状況がくれば何度も起きる事だからだ。
「嫌じゃ、ないけど……?」
「そ、そうか。じゃ、こ、これから二人きりはそう呼ぶ」
「え? あ、うん」
話は終わったとばかりに歩き出すクリス。その背中を見つめ、仁志は何かに気付いて慌てて後を追い駆けた。
「クリス、ちょっと待って」
「あ?」
「ここ、お化け屋敷なんだよ? 一人で先に行ったら君の場合……」
かつての豪華客船での一件で発覚しているクリスのホラー嫌い。それを心配しての呼び止めだったが、今回はそれが悪手となった。
仁志へ顔を向ける事を避けている最中のクリスが呼びとめられて振り返るはずもなく、むしろ照れや恥ずかしさで閉じていた目を開けたのだ。
「んひゃあっ?!」
そこへ出現するは他愛のない提灯お化けの仕掛け。それにクリスは大きく驚きバランスを崩して後ろ向きに倒れそうになった。
「やばっ!?」
「クリスっ!」
間一髪仁志がその体を受け止めるように支え、二人の目が合う。
「っ?!」
目の前に見える惚れた男の真剣な表情。それが自分の無事を確かめて柔らかな笑みへと変わる瞬間を見て、クリスは思わず口を動かした。
「仁志……」
無意識の一言。ただ愛しい相手の名を呼ぶと言う、それだけの行為。そこへクリスが込めたのは紛れもない愛情だった。
「……何だい?」
だから仁志も同じように親愛の情を込めて言葉を返す。
「あたし、やっぱもうダメかもしれねぇ」
「ダメって、何が?」
「……仁志に捨てられたら、生きていけない気がすんだ」
「大袈裟、でもないのかもしれないな」
実際クリスの気持ちは仁志も同じなのだ。ただし、彼の場合は選ぼうが選ばなかろうが心が死んでしまう可能性が高い。
何せどうあっても彼女達と同じ世界で生きてはいけないのだ。住む世界が文字通り違う以上、例え想いを通じ合わせたとしても共に歩む事は出来ないのだから。
「なぁ、もう知ってるだろうけどさ。あたしは、パパやママを失って一人になった」
「うん、知ってる。色々あって日本へ戻った後でフィーネに拾われた」
「ああ、だからかな? あたしは、一人になるのがどこかで怖い。ううん、今のあたしは仁志に捨てられる方が怖いかも、しれないな」
そう言ってクリスはゆっくりと体勢を立て直す。そして仁志の手を掴むと軽く引っ張った。
「とりあえず歩こうぜ。その、このままじゃ迷惑になるかもしれねーだろ?」
「……そうだな」
「あっ……」
素早くクリスの隣へ並ぶと仁志はそのまま少しだけ前へ出る。そしてそこで振り返ったのだ。
「クリス、これだけは約束するよ。その、何があろうと俺からは絶対にこの手を離す事はしないって」
「……ったく、あのバカみてぇな事言いやがって」
「そうじゃないと君と手は繋げないだろ?」
その即答にクリスは一瞬呆気に取られ、すぐに嬉しそうに微笑んで頷いた。
ただ、その後はお化け屋敷の洗礼をこれでもかこれでもかと浴び、出口に到着した時には疲れ切ってぐったりとしていた。
「クリス」
「……んだよ?」
仁志にもたれるようになりながら顔を上げたクリスが見たのは、自分を優しく見つめる男の顔。
「これからはもう、一歩引いたりしないから。君の手を、ちゃんと引いて歩けるような男であるよ」
その瞬間、クリスは二度目の恋をした。
さて、そうなれば残るはただ一人。最後のトリを飾るのはマリアであった。
「大丈夫?」
「うん、まぁ何とか」
何せ十回近くもお化け屋敷を往復しているのだ。これは意外とバカにならない運動量である。
ただある時期から欠かさず続けていた運動によって仁志の体力は上向いていた事もあり、彼はそれを何とかこなせていた。
受付のどこか憐れむような視線を受けつつ、仁志はマリアと共にお化け屋敷の中へと入っていく。
「で、どうなの?」
「どうって?」
「ゲージ上げ。意識してるんでしょ?」
その言葉に仁志は足を止めて俯いた。
「正直言えば、そんな理由で動いてる自分が少し嫌だ」
「でも、それでもみんなは喜んでるわ。只野、これだけは言わせて。私達はたしかにこれまで異性との関わりは少なかったと思う。だけど、それだけで貴方へ」
「分かってるよ。うん、分かってる。君達がそんな簡単な女性じゃないって事は」
「だったら」
「だからこそ、だからこそ俺は君達に申し訳なさを抱えてるんだよ。俺が傍にずっといられるのなら迷う事なく動いたさ。その結果どちらかの心が、あるいは両方の心が傷だらけになるとしても」
それは、仁志がこれまで胸に秘めていた本音。男としての本心であった。
「スケベな事だってしたいさ。イチャイチャだってしたい。だけど、それを望むままにしたら後で苦しむだけになるんだ。この問題を解決しても、上手くすればいつでも会えるかもしれない。でも、同じ家では暮らせないから」
「それは……」
「単身赴任とかじゃないんだ。自分のいる世界に、愛する人がいない。お互いそれを自覚しながら生きるんだ。しかも、選んだら、選ばれたら、他の相手へ、同じ世界にいる別の相手へ想いを寄せる事なんて出来ないままに」
良心の呵責に耐えられないからだ。あるいは、もし想いを寄せてしまえば、それが逆に自分の心を責め続ける。遠距離恋愛なんて生ぬるい。異世界恋愛だ。会うどころか連絡さえも取れないのだから。
「マリア、君にだけは言っておく。俺は答えを出すと響達へ約束した。だけど、それは絶対に彼女達の望むものじゃない」
「只野……貴方……」
「出しちゃいけないんだ。彼女達の望む答えは、予想している答えは。いっそ嫌われてもいいから、俺は自分の馬鹿を貫く。俺は、俺の心を守る事を優先する」
「…………それでも、いいわ」
告げられた声には、一種の安心感があった。ある意味での、感謝が宿っていた。
仁志が見たのは、優しくだけど微かな悲しみを湛える微笑み。
「答えを出さずに終わらせる訳じゃないのなら、それでもいいと思う。只野、貴方が自分の心を守るように動いても、私も、きっとみんなも怒らないわ」
「マリア……」
「ただ、ないと思うけど嫌われるような事を意図してやるのは止めて。だって、そんな事しなくてもここまできて全員選ばないなんてやれば嫌でも嫌われるわよ」
最後にはそう正論を告げ、マリアは小さく苦笑する。だがすぐにこう続けた。
「でも、私だけは嫌わないであげる。只野の、貴方の決断を尊重するわ」
「マリア……」
優しい声と微笑みに仁志は感謝するように彼女の名を呼ぶ。それにマリアは少しだけ照れたように笑って歩き出す。
「っと、ちょっと待ってくれよ」
「何?」
「一人で行かないでくれよ。その、一種デートの延長だろ?」
そう言いながら仁志はマリアの手をそっと掴む。感じる温もりにあの買い物帰りを思い出してマリアは顔を赤めた。
「べ、別にいいじゃない。もう私はゲージを上げる必要がない」
「俺がしたいんだ」
言葉を遮っての仁志の台詞にマリアは思わず息を呑んだ。
「ゲージとか関係ない。みんなとのこれは、俺がしたくてやってる事でもあるから。それにマリアには相談したい事もある」
「相談? 一体何を?」
先程の事がそれではないのか。そう思ったマリアだったが、仁志は意を決して真剣な表情で彼女へ告げるのだ。
――悪意は、もしかすると君達を使って俺へ手を出そうとしてるかもしれない。
只野の推理は否定出来ないものだった。私が何故かキスしようとした事。あの時、たしかに私は只野と唇を重ねようとしていた。
その根底には、たしかに彼への気持ちがあったのは認める。でもいきなりキスはない。なのに、あの時の私はそんな風に思わず、ただ只野へ想いを、何かを届けたいってそんな考えになっていた。
「マリア、俺が以前言った事覚えてるか? 悪意は俺へ手出し出来ないんじゃないかって」
「ええ」
「今は、それに修正を加えたい。悪意は基本俺やこの世界の住人へ手を出せない。だから君達を使って虎視眈々と手を出せる機会を狙ってるんじゃないかって」
「……まさか、あの時の調と切歌の言動って」
二人で暮らす。部屋などは道行く男性を誘って何とかする。もしあれを実行していたら、二人の悪意はその相手へ入り込んでいた可能性もあるって事?
「可能性があるってだけだ。そして、今は幸いみんなの心が比較的落ち着いていて、しかもこの世界の住人で感情を向けるのは主に俺だ」
「そうか。もう不特定多数へ入り込む事は出来ない」
「だからみんなの俺への好意を利用する方へ切り替えた。切歌達には俺への敵意を煽ったけど、奏と未来には俺への好意を使って嫉妬を煽ってた。そういう風に、まず内輪揉めをさせて内部から君達の絆を引き裂こうとしてるんじゃないか?」
未来と奏がいがみ合い、そこで翼まで巻き込まれていたらと考えれば笑えない話ね。三人揃って悪意の支配下になれば私達へも波及する。
未来は調やクリスに響とコンビニで会う事があるし、奏は只野と同じ時間帯だ。翼は基本フリー故にエル達への接触が容易。
……改めて考えるととんでもなく恐ろしいわね。翼の機転と只野の知識と勘がなかったら全滅させられていた。
只野と手を繋ぎながら歩いていると、途中で当然だけどこちらを驚かすようなギミックなどが出現する。
それを歯牙にもかけないで私と只野は歩き続けた。きっとスタッフからすれば何で来たんだって思うぐらいに。
「ねぇ只野? もし悪意の狙いが私達を利用した貴方への手出しだとして、それが叶ったらどうすると思う?」
そう、これが私には分からない。だって私達を消すつもりなら只野を支配下に置く必要なんてない。極論言えば私達の手で彼を○○すればいいだけだもの。
だけど、そんな私の問いかけに只野は黙り込んだまま歩き続けた。その横顔は見た事がない程に険しい。
私は何も言わず彼が口を開くのを待った。やがて出口が見えてきて外へと出る。
眩しい太陽の光が照り付け、夏らしさを一瞬で思い出させてくれた。
「あの映画のショッカーと同じだと思うよ」
そんな中、只野がそうたしかに告げた。
「映画ってライダーの? それのショッカーって……」
「俺を操って君達全員へ手を出す。そして、君達を装者のままで操ってそれぞれの世界を破滅へと追い込む」
そこまで言って只野は私へゆっくりと顔を向けた。
「ただ消滅させるだけじゃ気が済まない。どうせならその手を守るべき者達の鮮血で染めさせてやれ。そんな風に考え直したのかもしれない」
どこか嫌そうにそう告げて只野は息を吐いた。私も息を吐く。重たくなった気持ちを吐き出すように。
「嫌になるよ。まさか本当にここまでヒーロー物みたいな状況になってくるなんて」
「そう、ね。でも、希望は常にそこにある。私達が諦めない限り……でしょ?」
彼の好きなヒーロー物らしさを意識して言ってあげると、只野が少しだけ嬉しそうに笑みを見せてくれた。
そう、それでいいのよ。貴方は誰よりも笑っていて。今私達の共通の支えは貴方なんだから。
「ああ、そうだな。泣いてもいいよ。また笑えればいい。ただそれだけ出来れば英雄さ」
「良い言葉ね。何の歌?」
ここですぐこう思うのは貴方の影響よ?
「ウルトラマンネクサスってヒーローのOP」
「ネクサス……。絆……?」
「そう、絆の名を冠したウルトラマンさ。光は絆だ。誰かに受け継がれ、再び輝く。これもまたウルトラマンの持つ一つの形」
「……気になるわね。それ、みんなで見ないの?」
そう言うと只野が複雑そうな顔をした。珍しいわね。この手の話題はいつも嬉しそうにするのに。
「これ、基本的に暗いんだ。エルやセレナ辺りは途中で見れなくなるかもしれないくらいむごいシーンや辛い話が多くて」
「そ、そう。それはたしかに厳しいわね」
「そっちに分かるような例えにするなら、ウルトラマンになれる人間は変身していくと融合症例状態が酷くなっていく。で、もう戦えなくなったら別の人間へその光を受け継いでもらう」
「分かり易い例えをありがとう。絶対にあの子達には見せられないわ」
変身するだけで死へと近付いていくって事でしょ、それ。
しかも融合症例って事は解決策は普通はないって事じゃない。
と、そこで私は思い出す。只野が以前BLACKというライダーの話をした時に言っていた事を。
――その結末に希望など、光などないとしても、みんなが平和で笑顔で暮らせるならそれでいい。そんな古いヒーロー像が、このBLACKには流れてるんだよ。
もしかして、そのネクサスと言うウルトラマンもそういう存在なのかもしれない。それ故に只野は今まで黙っていたのかも。
「とにかく、みんなのところへ戻ろう」
「そうね」
繋いでいた手をそっと離す。寂しいけれど仕方がない。それでも、私は構わない。だって、もう私はもらっているもの。
彼からの信頼という、強い絆を。唯一愚痴や弱音を吐ける相手という、繋がりを。だから、これぐらいで心を乱したりしないわ。
――そう、私だけが只野から甘えられる。彼を、受け止めてあげられるの……。
あの後も響達は遊び回った。時間よ止まれと思いながら様々なアトラクションへ乗り、騒ぎ、楽しんだのだ。
途中で今度は園内のスタッフに頼み、全員での記念撮影を行った。それは早速仁志のスマートフォンから翼やエルフナインのスマートフォンへと送られる事となる。
最後は三つのグループに分かれて観覧車へ乗り、楽しい時間の終わりを惜しむように過ごした。
「「うわぁ……」」
「海が一望できるな……」
「これで夕日が見えたら最高ね」
「だろうね」
一つは、マリアにセレナ、エルフナインやヴェイグと仁志の疑似家族組。
「ああっ、もうすぐこの時間が終わっちゃうデス。帰りたくないデス」
「もっと遊んでたかったなぁ」
「切ちゃん……」
「響ったら……」
「まっ、気持ちは分かるけどな」
一つは、クリス、響、未来、切歌、調の学生組(去年までも含む)。
「いっそさ、只野さんはここで良かったんじゃない?」
「そしたら絶対立花達が自分達もって言い出してたと思うよ?」
一つは、奏と翼のツヴァイウィングだった。
観覧車を降りて仁志達はバス停へと向かう。この時点でエルフナインが舟を漕ぎ始め、セレナも眠そうに目を擦り始めていた。切歌と調も疲れが出て来たらしく、その目は半分閉じかかっていたぐらいである。
こうして乗り込んだ帰りのバスの中でセレナとエルフナインにヴェイグは早々に眠り、切歌や調さえも動き出して十分としない内に目を閉じて寝息を立てる。
響や未来はさすがに眠る事はなかったものの行きと違って静かに体を休め、クリスさえも静かに外の景色を眺めていた。
奏と翼は動画のコメントをチェックし、マリアは仁志と二人で可愛い寝顔を見せる左右に笑みを浮かべていた。
「……セレナは俺が背負うからエルを頼める?」
「ええ。ヴェイグは?」
「……翼にでもお願いしよう」
「ふふっ、それがいいわね」
交わした会話はそれで終わり。後はバスセンターへ着くまで黙り続けた。
バスから降りて、寝惚けた顔の切歌と調をクリスや未来が面倒を見る中、仁志とマリアはその背にセレナとエルフナインを乗せて歩き出す。
翼はヴェイグを抱えてどこか嬉しそうに歩き、奏と響はそんな彼女を見て苦笑しながら歩き出した。
電車に揺られてまた切歌と調が寝落ちするのを見て仁志達が苦笑する。そんな事もありつつ、住んでいる街の最寄駅へ着いた時にはすっかり陽射しが夕日のそれへ変わっていた。
「やっと着いたぁ」
「響、まだだよ」
「そうだぞ。晩飯どうするって言ってたろ?」
その瞬間響がお腹を押さえた。鳴ったのだ、盛大に。
「あ、あはは……恥ずかしい」
「晩飯の一言で胃袋が反応するとか、さすがだな」
「ううっ、褒めてないよクリスちゃーん」
「もう今夜は外食しかないだろうね」
「あるいは持ち帰ってそれぞれの家で、でしょうか」
「私は翼の案に賛成よ。エルにセレナは、起こしてもすぐにはメニューを決められないでしょうし」
言ってマリアは背中のエルフナインへ目を向けた。そこでは静かに寝息を立てる可愛い天使がいた。
「だよな。あるいは簡単にざるうどんとか」
「それならあたしはスーパーで天麩羅買いたいね」
「だって。どうする?」
仁志の問いかけに寝惚けたままの切歌が手を挙げた。
「アタシは……エビフライがいいデス……」
「切ちゃん……エビフライよりコロッケの方がいいと思うよ……」
「寝惚けてんな、こいつら……」
「クスッ、ズレてるよね……」
クリスと未来が呆れるように苦笑するが、仁志はそんな切歌と調を見てとりあえず今は体を休める場所へ行く事だろうと判断した。
「よし、立ち話も今は無理だと思うから悪いけどここで解散しよう。で、それぞれで飯は考えるって事で」
「そうね。エルとセレナを布団で寝かせてあげたいし」
「それに切歌と調もな。っと、ヴェイグどうする?」
そこでヴェイグを抱えていた翼が苦笑した。
「なら、私が暁や月読を見ながら家まで届けます」
「助かるわ。じゃあみんな、また明日」
「切歌、調も、みんなへ挨拶した方がいいよ」
「また明日……」
「バイバイデース……」
「奏、小日向、そういう事だから私は一先ずマリア達と一緒に行く」
「分かった。じゃ、あたしらはスーパーに行ってるよ」
「はい。そこで待ってます」
「了解した。ならそこで合流する」
こうして翼を連れて仁志はマリア達と共にその場から去っていく。その背中を見送り、クリスは響へ顔を向けた。
「あたしらはどうする?」
「そうだねぇ……お弁当にする?」
「……そうだな。たまにはそれでもいいか」
話は決まったとばかりに二人は頷き合い、奏と未来へ別れを告げて歩き出した。
残される形となった奏と未来は若干の寂しさを感じつつ顔を見合わせた。
「あたし達も行こうか?」
「そう、ですね」
最後に二人もその場を離れて夏のイベントと呼ぶべき外出は終わりを迎える。
祭りの後の寂しさにも似たものを感じながら……。
居間へ目を向けて笑みを浮かべる。エルとセレナだけじゃなく切歌や調までも布団の中で眠っているからだ。
ヴェイグはさすがにもう眠気がなくなったのかクッションに座って夕焼け空を眺めてる。
夕飯は日が落ちるまでお預けになった。何せ食べ盛りの四人が眠っているんだ。せめて四人の内半分が起きるかしないと用意する訳にはいかないとマリアと二人で結論付けた。
「何だかさ、本気で父親になった気分だよ」
そう素直に思った事を告げると向かいに座ったマリアが顔を赤くした。
「そ、そう……。じゃ、私はとっくに母親の気分よ」
「おいおい、エルは妹分だろ?」
セレナは実妹だしエルは義妹のはずだ。どうしてそれで母親に。
「でも、ここでのあの子はもう子供じゃない?」
その笑みと共に告げられた言葉に俺は頷くしかない。たしかにエルはもう見た目相応の子供だ。
元々好奇心の塊だった子だし、こっちでは研究も思い出見学も出来ないからその興味が色んな事へ向いている。
まぁその結果が俺の影響を受けての特オタでロボアニメオタ予備軍な訳だが……。
「だから私は姉でもあり母でもあるのよ」
「じゃあエルが俺との子って?」
言って若干後悔した。だって……
「そうだと言ったら?」
まるで、そう言って欲しかったみたいな顔でマリアが俺を見てきたから。
「……止めよう。この話題はお互いに心に傷を作る」
「構わないわ。いえ、むしろ作ってくれていい」
「えっ?」
「ふふっ……貴方になら、傷付けられてもいいの。他の誰でもない、貴方になら」
こちらを見つめて妖艶に微笑むマリアに息を呑む。初めて見る表情だった。これが、マリアの女としての顔、なんだろうか?
マリアは俺が何も言えないと分かるや静かに席を立って俺の隣へ座る。
「只野、私は選ばれなくてもいい。ただ、ただ貴方の子が欲しいと、そう言ったらどうする?」
「こ、子が欲しいって……」
「分かってるんでしょ? 私も貴方も成人してるんだもの。ね?」
そう言ってマリアの細くて綺麗な指が俺の胸を触る。
「あ、あのな? それはさすがに」
「したくない?」
反論に詰まる。正直言ってマリアとエッチなんて考えた事がないなんて嘘になる。しかもあの頃は単なる妄想でしかなかったものが、今は現実として触感からも訴えてくるのだ。
「ま、マリア、俺に選ばれないのに子供って、父無し子にするつもりかよ?」
「以外にある?」
俺の胸を触っていた指がゆっくりと下がっていく。腹を触り、そのままズボンへと届こうとして……
「……どうして止めるの?」
俺の手がその動きを止めた。
「ヴェイグ、起きてるか? 起きてるならちょっと来てくれ」
その問いかけに答えず俺は居間へと声をかける。するとヴェイグがこっちへ歩いてきてくれた。
「どうした?」
「悪いがセレナ達を起こして欲しい」
「只野? 寝てるあの子達を起こすのはどうかと思うわ」
「タダノ、俺もマリアと同じ意見だ」
「それでも頼む。それと、今のマリアの意見に従う必要はない」
「「え?」」
揃ってこちらへ疑問符を浮かべる二人だが、俺は目の前の女性を若干睨み付けるように眼差しを強くする。
「それはこいつがマリアであってマリアじゃないからだ」
「何を言っているの?」
どこか苦笑するマリアだが、俺には分かる。彼女がもし俺との子供が欲しいと思ってくれているとして、それを求める状況は今じゃない。
そして、もしそうなら絶対口が裂けても父無し子でもいいなんて言うはずがないっ!
「マリアは幼い頃に両親を失ってる。そして妹のセレナまでも目の前で失った。そんな彼女が父親がいない子供の気持ちを考えないはずがない」
マリアの目が細くなる。いや、マリアを操る奴が目を細めた。
「どうやったのか知らないが、お前は所詮みんなの上辺を真似るだけが精一杯なんだよっ!」
「ふふっ……あははっ……あははははっ!」
高笑いを始めるマリアを見て俺は自分の直感が間違ってなかったと確信した。
「な、何だこの匂いっ!?」
「ヴェイグっ! 頼むっ!」
「っ!? 分かったっ!」
「くくっ、やっと簡単に入り込める体を手に入れたと思えば、まさかこんな事で気付かれるなんてね。人間の男なんて性欲の塊だとばかり思っていたのだけど」
「生憎だったな。童貞はそういう方面に臆病で疑り深いんだよっ!」
自分なんかが女性に好かれるはずがないとどこかで思うから自信が無い。自信が無いから魅力がない。魅力がないから好かれない。その無限ループを思春期から経験してる俺を舐めるなっ!
「まぁいい。なら無理矢理にでもお前に入り込んでこいつら装者をメチャクチャにしてやるっ!」
「そうは……いくかっ!」
「っ?!」
ガタンと大きな音を立てて椅子と共に俺は後ろへ倒れる。その勢いでマリアの体も倒れ込んでくるので腕を引っ張って受け身を取れないようにする。
「がっ!?」
「ぐっ! ヴェイグっ! みんなはっ!」
「とりあえず調は起きたっ! 他もすぐ起こすっ!」
「只野さんっ!」
目を向ければ寝癖で髪が跳ねている調の姿。丁度いい。ならここは調に頼もうっ!
「調っ! 邪悪を払うギアをっ!」
「っ!? 分かりましたっ!」
そう、彼女には巫女ギアがある。しかもちゃんと神楽を習い、それを習得した本物にも近い存在だ。
調がギアを展開する間に、何とか起き上がった俺は彼女の邪魔をしようとするマリアの体を背後から羽交い絞めにする。
「くっ、放せぇ!」
「やなこったっ!」
直感的にキスされると不味いと察して背後からにして正解だな。そうこうしている内に調が巫女ギアを展開完了。
「マリアを操る悪意、払ってみせるっ!」
「ぐっ……これは……っ!」
厳かな雰囲気で動く調。俺も初めて見るけどこれが神楽か。
その神聖な踊りが俺の腕の中でもがくマリアを、正確にはその中の悪意を弱らせていく。
それにしても見事なもんだ。ここまで見事だと、やっぱりあの神主さんは調のお祖父さんなのかもしれないって思えてくる。
ただ、これは言う訳にはいかない。
あの神主さんは何となくそれらしく見えるだけで名乗り出てはいないし、探りを入れる事さえもしていないんだ。それを俺が勝手な解釈や考えで口出しするのは間違ってる。確証の無い事は極力言わない方がいい。
特に、調みたいな境遇の子には。
「ううっ……胸が……苦しい……」
「マリアっ! 意思をしっかり持てっ!」
マリアの体から黒いものが滲み出してきた。以前の奏や未来と同じだ。なら、マリアもギアを展開させる事が出来れば……っ!
「マリアっ! 聖詠を! ギアを展開するんだ! 自分の中の悪意を追い出せっ!」
「た、只野……っ!」
「マリアっ! 君なら出来るはずだ! 優しい君なら、悪意なんかに最後まで乗っ取られたりしないだろ! 優しさは強さだ! 強さは、愛だっ!」
「強さは……愛……っ!」
そう言ってマリアが目を閉じる。そして聞こえ始めるアガートラームの聖詠。
眩しい光が目の前で起きると同時に俺は手を離す。次の瞬間には白銀を纏う聖母と同じ名を持つ女性がいた。
「マリア……」
「心配かけたわね。もう大丈夫よ。あとは……っ!」
「姉さんっ! お兄ちゃん! 大丈夫!?」
「ええ。それよりセレナ、ギアを!」
「兄様っ! これをっ!」
「よしっ!」
エルが投げ渡したスマホを受け取り、即座に俺はゲームを起動。ステータスを表示させ、セレナの後ろにあるヴェイグをタップする。
「セレナ、ミレニアムパズルだっ!」
「うんっ! ミレニアムパズル、展開っ!」
瞬時に視界が変わる。そして逃げようとしていた悪意が逃げ場を失って動揺するように動きを止めた。
「な、何がどうなってるデスかっ!?」
で、どうやら今頃起きたらしい切歌が寝癖全開の頭で叫ぶ。何というか、やっぱり大物かもしれないな、あの子。
「マリア、君も巫女ギアを展開してくれ」
「分かったわ」
可能ならセレナにも展開して欲しいところだけど、あれはガチャだけのものだと思うしなぁ。
そう思いながら俺はステータスを見る。ちゃんと調とマリアのアイコンが巫女ギアへ変わっていた。
芸が細かい。そう普段なら思うとこだけど、これはゲームのようでゲームじゃないからな。
にしても、気付けばみんなのゲージがかなり色付いてる。てか、全員ツインドライブアイコンが出てるぞ!
「……待てよ?」
エルが以前発見して発覚したステータスの秘密。それはギアを展開してる時にヴェイグなどのアイコンをタップするとツインドライブが可能だと言う事。
そして今明らかになったように、ギアに応じてみんなのアイコンも変化する事だ。なら、もしかして今の状態でみんなのアイコンをタップしたら……っ!?
「マジかよ……」
セレナのアイコンをタップしたら、そこにはゲーム内で彼女の姿として実装されたギアが全て存在していた。
なった事のないはずのものまで、だ。これは……もしかするか?
確認のため次はマリアをタップ。そこにもライダーや晴着などの心象変化ギアが表示される。ただウェディングギアはない。
だけど、メカゴジラギアはある、か。これはひょっとするとひょっとするかもしれない。
「これなら……切歌っ!」
「な、何デスか!?」
「ギアを! 君も巫女ギアを展開するんだ!」
「りょ、了解デス、ししょーっ!」
切歌が巫女ギアを展開するのを見て、俺はここだとばかりにセレナのアイコンを選択。
「セレナ、今からギアが変わるかもしれないけど、気にせず四人で力を合わせて悪意を祓い清めてくれっ!」
「え?」
セレナのアイコンを巫女ギアへ変える。するとセレナのギアが瞬時に変化した。
「えっ!?」
「「「セレナも巫女ギアに(デスか)っ?!」」」
驚くマリア達だけど俺も驚きだ。何故ならそれは俺の知ってる巫女ギアのセレナじゃない。
いや、面影はある。だけど異なってるんだ。それに何故かミレニアムパズルも展開されたままだ。
……もしかしてこれ、ツインドライブ状態の巫女ギア!?
「姉様達、今はそれよりもっ!」
「っ! そうね!」
「悪意を祓い清める時っ!」
「デスデス!」
「みんなでお揃いのギアなら、やれますっ!」
そう言って四人は手を繋いだ。何をするつもりなんだろうか?
と、そこで聞こえてくるのは何と絶唱。マジか……。どうやら本気で怒ってるらしい。
厳かにも聞こえる絶唱の旋律。それを聞き悪意が怯えているような気がした。
だけど、あの悪意、前に見た時よりも大きくなってる。どうやら着実に悪意も力を増しているようだ。
マリアを操るだけじゃなく乗っ取ったのも多分それが関係しているんだろう。
「「今です(だ)っ!」」
エルとヴェイグの声と共に解き放たれる絶唱のフォニックゲイン。その奔流が悪意を飲み込み、見事に消し去ってみせた。
巫女ギア四つによる絶唱だ。神獣鏡とは違った意味で魔を払う力に満ちていた事だろう。それにしても、悪意が遂に操るだけじゃなく乗っ取りまで可能になったとか怖すぎる。
「お兄ちゃんっ!」
俺が悪意の成長に恐怖や不安を覚えているとセレナが巫女ギア(ツインドライブモード)で駆け寄ってくる。で、その後ろからマリア達も近付いてきた。
「これ、どういう事なの?」
「只野、説明して。セレナは巫女ギアを展開出来るはずないのに」
「まさかの事にビックリデスよ」
「もしかして、これもそのゲームで?」
「うん、そういう事」
「じゃあ、もしかしてミレニアムパズルが展開されたままなのは……」
「ツインドライブのままギアを変化させたのか?」
「あー、うん。みたい」
「「「「「ええっ!?」」」」」
ヴェイグの質問へ答えると五人が揃って驚きを見せた。驚きたいのはこっちも同じだけど仕方ない。まずは話をしようかな。とはいえ、俺が言えるのは以前エルが気付いた事から推理しての思いつきだって事だけなんだが、なぁ。
その後、少しだけエルやヴェイグと共に仁志が検証した結果、デュオレリック状態での心象変化ギアはステータスからしか実行出来ず、例えばマリアが自分の意思で特殊ギアを展開してもデュオレリックへ変化させるアイコンをタップされると強制的にギアが従来のそれへ変わってしまうのだ。
「……文字通りツインドライブって事かよ」
「そうなります。そうなると、これで展開した場合はデュオレリックではないと言う事です」
「エル、何を言ってるデスか?」
「うん、意味が分からない」
「えっと、つまりですね? 本来デュオレリックとは二つの聖遺物を制御する事を意味します」
「「「「ふんふん」」」」
「何で只野まで頷いてるのよ……」
年少組と共に首を動かす仁志に苦笑するマリア。それに構う事無くエルフナインの説明は続いた。
「ですが、このステータスからのデュオレリック状態は聖遺物が二つありません。本当のデュオレリックではないという事です」
「やっぱそういう事か」
仁志はさすがに成人だけあり、それでエルフナインの言いたい事に気付いた。
「どういう事デスかししょー」
「お兄ちゃん、教えて?」
「エル、答え合わせをして欲しいんだが」
「はい、構いません。僕もまだ仮説段階ですし」
「えっと、俺が冗談で言ってたツインドライブ。それがこの場合は本当に当たってたって事でいいんだよな?」
「僕はそう考えてます」
「そうか。切歌、調やセレナもよく聞いてくれ。要するに、このツインドライブアイコンはデュオレリックを再現するのと同時に、その力を持ったまま別のギア能力を使用出来るって事なんだと思う」
「「「えっ!?」」」
「……そう、そういう事。二つのギアを両立出来る。たしかにツインドライブだわ」
マリアはそう言って何故悪意がここまで仁志を狙うかを理解した。悪意はこの事をどこかで感じ取っていたのだ。仁志が自分達と絆を深める事で様々な力を使用出来るようになる事を。
「巫女ギアが今回の事で悪意へも有効だと分かった。こうなってくると、だ。悪意は神獣鏡だけでなく巫女ギアまでも警戒する必要が出てくる。これで少しはこちらへの手出しを控えてくれるといいんだが……」
「そうですね。ただ、部屋だと神楽をやるには狭いです」
「デスよねぇ。でもでも、巫女ギアでツインドライブが出来るなら悪意も怖くないデス!」
「じゃ、未来さんはどれも凄い事になりそう……」
「いやいや、多分だけど君達も凄い事になるよ。心象変化ギアが単純に強化出来るんだ。下手したらデュオレリックの力を乗せたままで」
その言葉にマリアがふと思い出したように仁志へ尋ねた。
「ねぇ、もしかして私はガングニールにもなれるのかしら?」
「いや、それは無理だった。多分、響のギアを貸してもらえば似た事が可能かもしれないけど」
「もしそうならその場合はツインドライブはどうなるデスかね?」
「おそらくですが使用出来ないでしょう。姉様はガングニールギアでデュオレリックを使用した事はありませんから」
「お兄ちゃん、ゲームでもないの?」
「さすがにそれはなかったなぁ。でも、さっきの巫女ギアツインドライブみたいな事を可能にするなら、可能性はゼロじゃない」
「とにかく話はここまでにしましょう。興味深い話だけど、そろそろ食事を済ませて、早く汗を流して寝るべきよ」
このままだと仁志達がスマートフォンを囲んで話し込むと思ってのマリアの発言に、仁志はおろかエルフナインさえも反論する事無く従った。
彼らもマリアと同じ想像をしたのである。そして、そうなれば翌日自分達がどうなるかも。それに年少組全員が揃って空腹を訴える体の声を発したのだ。
それを聞いて仁志とマリアにヴェイグが笑い、すぐ後にセレナ達も笑い出す。
それはまさしく家族のようであった……。
闇が深く濃くなる時、光もまた強く鮮やかに輝く。
それでも遂に“操る”ではなく“乗っ取り”まで可能となりました。
ただし、それは現状マリアだけのようですが……?