シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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まさかの公式がウルトラマンとコラボ。
(名前だけは)ライダーギア、ウルトラマンギアと来たので後はメタルヒーローギアですかね?
戦隊は……そもそもシンフォギア自体がそれっぽいのでクリアって事で……ダメですか?


Dark Oblivion

「みんな異常なしデスね!」

 

 切歌の言葉通り、未来を除いたその場の全員がギアを展開出来ていた。

 

 まさかの一日二回マリアが悪意に襲われ、しかも二回目など演技さえしてこちらへ迫ってきた日の翌日、俺達は一人を除いて全員で集まっていた。

 実は既に時刻は十時を過ぎていて、昼勤の未来はバイトへと出かけているためにこの場にはいないのである。

 なら夕方にと思ったのだが、そうすると今度は響とクリスに切歌がバイト。故に一番人数が多いこの時間を選んだと言う訳だ。

 

「ヴェイグさん、どうですか?」

「……問題ないと思う。少なくても嫌な匂いはない」

「良かったぁ」

 

 セレナが心から安心するようにそう言ってギアを解除する。そしてみんなも一斉にギアを解除した。

 ちなみに未来はバイトに行く前にギアを展開したそうで、翼と奏曰く雰囲気なども普段と変わらなかったらしい。

 

「それにしても凄いよなぁ」

 

 俺は手に持ったスマホへ目を向けて呟く。

 昨夜の悪意戦で発見した特殊ギアへの強制変化とツインドライブの能力。それを俺はみんながギア展開している間確認していた。

 結果、やはりみんなのアイコンをタッチするとそれぞれの特殊ギアが全て表示されていた。

 ただやはりウェディングギアはなかった。グリッドマンギアやゴジラギアなどはあるのに、だ。

 

 そして何故か響とクリスは未だにツインドライブが発動しない。アイコンは表示されてるのに何故だろうか?

 調は何の問題もなく発動したし、その状態で巫女ギアまで使用出来たって言うのに……。

 

「まさか只野さんが言っていたツインドライブという言葉が正鵠を射ているとは思いませんでした」

「ホントだよ。あたしもまさかバーニングゴジラになるとか思いもしなかったし」

 

 そう、奏のゴジラギアツインドライブバージョンは、何と真紅のバーニングゴジラギアとなったのだ。多分だけどかなりの攻撃力を有していると思う。

 翼はグリッドナイトギアツインドライブバージョンを展開。すると何と若干の禍々しさと共に装甲が増えてより重厚感溢れる姿となったのだ。

 

「私もツインドライブモスラギアがより強そうな感じになってビックリです」

「デスね。ししょー曰く調は鎧モスラっていう戦闘向きの姿らしいデスし、アタシのガイガンギアは最新作仕様らしいデスよ」

 

 調と切歌は本人達も言うようにそれぞれより戦闘向きな感じへギアが変化した。

 いや、本当に不思議だ。心象変化じゃないんだもんなぁ。

 

「こうなると未来はどうなるのかしら?」

「未来さんの心象変化ギアってどういうのがあるんだろう?」

 

 マリアは怪盗ギアツインドライブバージョン。で、まさかの神風怪盗みたいな姿になった。

 セレナも同じく怪盗ギアツインドライブバージョンが似たような姿になってビックリ。

 そこで俺はぼんやりと察した。ツインドライブギアは俺のイメージがかなり影響しているんじゃないかって。

 

「何で私達は出来ないんだろう……」

「アイコンは出てる。なのに反応がないってのが気になるよな」

 

 そして未だにツインドライブ不可な響とクリス。それどころか彼女達に関しては心象変化ギアへのステータス画面からの切り替えも出来なかったのだ。

 ただ、何故か二人にだけイグナイトギアの表示があるんだよなぁ。マリア達には出てこないのに。

 これにも何か意味はあるんだろうか? 失われたはずのイグナイト。それが響とクリスにだけ他の心象変化ギアと共に表示される事に。

 

「でもまずは……なぁ」

 

 どことなく沈む響と推理する事で少しでも気分を切り換えようとしているクリスを見て、俺はどう声をかけるべきかと考える。

 実際俺もそこは気になってるんだ。何で響とクリスだけがツインドライブのアイコンが反応しないのか。

 まるで依り代が二人に強い力を使わせたくないみたいにも思える。もしかして悪意が二人を重点的に狙ってるのか?

 

 あるいは、実はもう悪意が二人に扮してる? いや、ならギアを展開出来ないはずだ。

 そもそも聖詠は本人の心で歌うものだったな。GXで戦いたくないって心がぶれた響は聖詠が歌えなくなったし。

 

「兄様、どうかしましたか?」

 

 考え事をしてるとエルから声をかけられた。どうやらかなり物思いに耽っていたらしい。

 

「ああ、ちょっとな。響とクリスだけツインドライブが出来ない理由について考えてたんだ」

「そうですか。たしかに僕もそこは気になっています。出現したのに機能しないというのは妙だと思うんです」

 

 エルの言葉に俺も頷く。使わせたくないなら表示させなければいいはずだ。なのに表示はさせた。そこに何か意味があるんじゃないだろうか?

 

 そもそもだ。何故ゲージが上がると依り代の欠片の力が上がるんだ?

 欠片は元々俺の使っていたスマホだ。それの一部を砕いた物がみんなのギアへ組み込まれている。それがゲージの上昇で本体と同等の効力を持つ、らしい。

 

「なぁエル。その、凄く身もふたもない事を言うんだけどさ」

「はい」

「何でそもそも俺のスマホが依り代になったんだろう? というか、俺が勝手に依り代って言ってたけど、どうしてそんな力を与えられたんだろう?」

 

 俺がそう告げるとエルは意表を突かれた顔をした。そんなに意外だったのか?

 

「そうでした。そもそもどうしてこれが依り代と呼ばれていたのか気にしていませんでしたけど、兄様が呼び始めたんですね?」

「ああ、うん。響が初めてこっちに来た時に部屋から出られなくなっててさ」

 

 俺が夜勤明けで眠るから一人で調査へ行ってと冷たい対応をした後、響が玄関のドアを開けて外へ出ようと足を上げたところで動きを止めたんだ。

 

 ……ん? 足を上げたところで?

 

「ああっ!?」

「ど、どうしたんですか!?」

「ひ、響! 君が初めて来た時、動きが止まったタイミング、覚えてるか!?」

「え!? ええっと……アパートの玄関を出ようとして足を上げたところで……」

「ちょっと待ちなさい。おかしいでしょ、それ。どうして足を上げたところで止まるの?」

「デスデス。たしかスマホがある場所は動けるんじゃないんデスか?」

 

 どうやらマリア達は気付いたらしい。俺も今の今まで見落としてた。

 あの日、響は部屋を出ようとドアを開けて外へ出ようとした瞬間動けなくなった。

 つまり、片足が部屋の外へ出た瞬間動けなくなった訳だ。体のほとんどを依り代のある部屋の中に入れてるのに、だ。

 

「片足を部屋の外へ出したから、ではないだろうか?」

「そういえば依り代なしの状態をあたしら三人とセレナ以外は経験してなかったか」

 

 クリスの言葉にセレナが懐かしそうな顔をする。俺は知らないけど彼女が初めて来た時は翼が抱き抱えて運んだ事もあったらしい。

 

 そこから切歌が一度経験してみたいと言い出したので、ならばと調とマリアも経験してみる事に。

 三人がギアペンダントを外して家の外へ出ようとするのを俺は後ろから眺めていた。

 

「あっ、そうデス。勢いを付けてジャンプして出たらどうなるデスかね?」

「えっと、普通に考えたら着地した先で動けなくなると思うよ?」

「そうね」

「ふむふむ。ししょ~」

「何となく予想してたよ。向こうで受け止めればいいんだろ?」

「デスっ!」

 

 ニコニコ嬉しそうな切歌に苦笑しつつ、俺は靴を履いて先に外へ出る。

 玄関のドアを全開に開けて、切歌はその場から思いっきり飛んで家から出ようとする。

 

「トオっ!」

 

 両腕を振って勢い良く玄関から飛んだ切歌は、そのまま俺の方へ普通に向かってきた。

 だが、俺はそこで気付いた。切歌の体が明らかに動いてないって。何せこのままじゃその伸びきったままで落下するからだ。

 きっと切歌もそれを感じ取ったのだろう。不安そうな顔でこっちを見てきた。

 

「し、ししょー!」

「やってみるさっ!」

 

 大きなグラサンをかけた赤い人のような事を言ってから、俺は中腰になって切歌の体を受け止めるようにして、そのまま後ろへ尻もちをつく形で座って勢いを殺す。

 何とか受け止める事に成功したけど、これ体力作りする前だったらきっともっとヤバい事になってた気がする。

 

「し、ししょー、ありがとデス……」

「どういたしまして。で、どう?」

「えっと……動けないデス」

「そっか」

 

 申し訳なさそうにする切歌に微笑み、俺はならばと調やマリアへ視線を向けた。

 

「二人共、足を玄関から出してみて?」

「は、はい」

「分かったわ」

 

 恐る恐るな調と平然としているマリア。二人は片足を玄関から外へ出そうとして……

 

「う、動けない……」

「こ、こうなるのね……」

 

 見事に片足を少し上げたまま動かなくなる二人を見て、俺はスマホを取り出してエルのスマホへ懐かしのワン切りをした。

 すると少ししてマリアと調が足を動かして外へと踏み出す。そしてその後ろからエルが姿を見せた。

 

「っ!? 動けるデス!」

「おっと……」

 

 で、嬉しそうに抱き着いてくる切歌に思わず笑みが浮かぶ。ホントに人懐っこい子だよ。

 

「切ちゃん、そこまで。只野さんから離れて」

「ふぇ?」

「切歌、貴方も子供じゃないのよ? 只野が困るでしょ」

「あっ……」

 

 マリアの言葉に何かを思い出したかのように切歌が顔を赤くして俺から慌てて離れる。

 ちょっとだけ傷付くけれど、切歌の恥ずかしそうな表情を見たら何とも言えなくなった。

 いや、その、可愛いからね。美少女が恥らう様はホントに絵になるな。

 

「兄様、やはり依り代の効果は建物内の場合その中へ限定されるようです」

「みたいだな。で、その依り代が近くにあるとその効果が建物限定じゃなくなるみたいだ」

「はい。こうなると効果の強弱が距離によってあるかもしれません」

「だな。でも重複はちょっと未知数か」

「ですね。まだデータが少ないのではっきりとした事は分かりませんが」

 

 エルの言葉に頷く。マリアのギアペンダントは今やスマホと同じ効果だ。なのにそれが二つあっても効果範囲に変化はない。

 もしかすればその数が増えれば別かもしれないが、ゲームのアイテムみたいなものだとすればその効果範囲を変える事は難しいかもしれないな。

 

 でも最初の謎は解けてない。何故あのスマホが依り代になったのか。

 響達異世界の住人にとってここが特異点なのは分かった。でも、どうしてそこでは自由に動けないんだろうか?

 

 やはりこちらでは彼女達は二次元として描かれていたのが原因なのかもしれない。

 いや、そうか。そう考えれば理解出来る。

 二次元が三次元へやってきた。そうなれば当然次元が違う事で異変が起きる。昔ゲームで見た場合は、三次元から二次元へ行って奥行きを失うというものだった。

 では、二次元が三次元へ来た場合はどうだろう? 元々ない要素が増える。そうなればその存在は不安定になるだろう。

 

「……それが行動不能って形になるんだろうな」

 

 要するにその次元では存在出来ないか有り得ないとされるんだ。

 これで以前の話と繋がってきた。どうしてみんなの外見が変化しないのか。きっと依り代が出来るのはこの世界でみんなが行動出来るようにするぐらいが精一杯なんだ。

 時間が停止した根幹世界などの響達が本来関わる場所。響達にとっては、そこと似た状態にここは元からなっているんだ。

 

「エル、聞いて欲しい事が出来た」

「僕も兄様や皆さんの意見を聞きたい事があります」

「そっか。じゃ、一旦中へ戻ろう」

「はい」

 

 灯台下暗しじゃないけど、俺は色々な事をおざなりにしてきた気がする。

 足元をしっかり固めるべきだと、思う。悪意がその恐ろしさを増している今、俺達はせめて自分達の味方である事や物をしっかり理解するべきなんだ。

 

 

 

「……って俺は思うんだけど、どうかな?」

「十分理解出来ます。こちらでは僕らは二次元だった。だからこちらへ来ると行動が出来ない。僕はそれにもう一つ考えを付け加えさせてもらいます」

「考え?」

 

 ヴェイグさんが僕を見て首を傾げた。兄様の意見を聞いて思い出した事があったからだ。

 

「はい。哲学兵装を御存じですか?」

「タダノ、知っているか?」

「えっと、たしか人の概念が力を持つみたいなやつだよな?」

「はい、そういう認識で構いません。それがこの世界には働いているんだと思います」

 

 そう、そう考えれば納得出来るんだ。

 何故僕らがこちらへ来ても行動不能だけで済んでいるか。何故兄様のスマートフォンが依り代のような効果を持つに至ったか。

 

「悪意はこの世界から僕らに深く関わる“戦姫絶唱シンフォギア”を消去しました。ですが、それは響さんと兄様が出会った事で完全消滅とはなりませんでした。ここまではいいですか?」

 

 皆さんが頷くのを見て僕はある仮説を語った。

 それは、ここでは僕らは二次元の存在。つまり異次元人という概念が出来上がっていた事。

 それが兄様との触れ合いの中で、唯一僕らの概念を支えている兄様の考えが変化し、僕らを実在の存在と捉えてくれるようになった。

 あのゲージで依り代の力が上がるのはそれを意味しているんじゃないかと、そう思った。

 兄様と時間を過ごせば過ごすだけ、その密度や濃度があればあるだけゲージが上がる。即ち実在性を得ていると考えればいい。

 

「考えてもみてください。僕らの世界でもそこで作られた創作物が目の前に現れたら、一瞬でそれを心の底から実在するって思えるでしょうか?」

「無理ね。そういう意味で言えば私達はここでゴジラやグリッドマンを見せられた。それで彼らがここでは創作物だったと知って驚いたもの」

「マリアの言う通りだ。そう考えれば、ゲージの意味はよく分かる。だが、何故それが上がると私達の力となるんだ?」

「それは、きっとこの依り代に元々あったゲームが理由ではないかと」

「ゲーム、か……」

 

 ヴェイグさんが腕を組んで兄様を見る。兄様は僕の話を聞いて考え込んでいるみたいでさっきから黙りこんでいた。

 

「タダノ、何か気になる事でもあるのか?」

「え? ああ、うん。今思い出してるんだけどさ、ゲームがスマホに復活したのって、悪意が君達へ深く忍び込んだからって線、ないか?」

 

 その言葉に僕や姉様は息を呑んだ。そうだ。たしかにあの日、切歌お姉ちゃんと調お姉ちゃんが悪意に操られた。

 

「もしかして、あの瞬間に切歌と調は悪意に操られ始めていたの!?」

「可能性があると思う」

「ど、どうなんですか?」

「そ、そう言われてもデスねぇ……」

「はっきりとは覚えてないし分からない。でも、私もその可能性があると思う」

「ここにきて一気に色んな事が動いてきたね」

 

 奏さんの言葉に僕は頷いた。もしゲームの復活が悪意の行動とリンクされているとすれば、やはりあのゲームは悪意の行動を阻止しようとする何かの贈り物と考えてもいい。

 

「待てよ? なぁ、悪意がこっちへ手を明確に出し始めたのって、あのゲームが出てきてからだよな?」

 

 クリスさんの言葉に僕は思わず頷いた。そうだ! そういう事なのかもしれない!

 

「兄様っ! 姉様は操られるじゃなくて乗っ取られていたんですよね!?」

「あ、ああ……」

「ゲージが上がり切ると、ここでの存在が完全なものになるんじゃないでしょうか? でもこの世界の住人ではないから悪意は容易に入り込めるようになる。こう考えれば、姉様を乗っ取った悪意の言葉の意味が通りますっ!」

 

 やっと簡単に入り込める体を手に入れたと思えば。それはそういう意味だったんだ。

 

「って事は何? あたし達もゲージを上げ切ると悪意の好きなようにされ易くなる?」

「可能性は高いかもしれないわ。実際私はそうだったもの」

「もしそうだとすると……」

「依り代がなかった時の私やクリスちゃんが何もされなかったの、納得出来ます」

「だな」

 

 その言葉を聞いて気付いた。もしかして、依り代の欠片をギアへ埋め込んだのは悪手だったのではないかと。

 だって、それがなければおそらく悪意は皆さんへ手を出せなかったはずだ。

 

「で、でもアタシ達はゲージがないに等しい時に操られたって聞きました!」

「そうです。それはどう説明するんですか?」

「簡単だよ。ギアペンダントに依り代の欠片が組み込まれた瞬間から、君達の存在はこの世界で不安定ながらも実在する事になった。スマホの依り代じゃ安定性がないけど、肌身離さず着けているギアペンダントなら安定性もある」

「もしくは、欠片だから依り代としての安定性が弱くて付け込まれているかもしれない」

「難しいとこだが、俺はこう思うぞ。欠片を組み込んだ事は悪い事よりも良い事が多いと」

 

 ヴェイグさんがそう言って僕を見つめて笑みを浮かべた。

 

「悪意はきっと欠片がなくてもどうにかして俺達へ手を出してきたはずだ。エル、だから気にするな。お前のした事はツインドライブや悪意の企みを阻止する事に繋がってるんだ」

「ヴェイグさん……」

 

 僕の膝へ手を置いて優しく笑いかけてくれるヴェイグさんは、とてもあったかい。

 

「そうだな。ヴェイグの言う通りだよエル。それに、だ。これはまだ確証がない事だし、そこまで重く受け止める事はないさ」

「ええ、そうね。エル、今はっきりしてるのは貴方がやってくれた事が良い事へ繋がっている事よ。ツインドライブもこの世界で私達が独自に動ける事もね」

「兄様……姉様……」

 

 二つの手がそれぞれ優しく僕の頭を撫でてくれる。その温もりで視界が滲む。

 それに皆さんが驚くけど、すぐに優しく微笑んでくれる。

 

「マリア、今後はあんたが一番気を付けないといけないね」

「……そうなるわね。でも、もしゲージの染まり方が高い程悪意につけ込まれるとすれば、よ? もう全員似たような危険度と言えるわ」

「そうだね。私も気を付けないと」

 

 姉さんがそう言って僕の手を握る。

 

「エル、私、悪意に負けないように頑張るから。だから今までみたいに支えてね?」

「姉さん……はいっ!」

 

 もう涙は止まってた。エルである僕にとって兄様達は家族になってるからかもしれない。

 

「そうだ。あの、只野さん。ちょっといいですか?」

「ん?」

「明日、あんた勤務だろ? で、あたしらは揃って休みだ。だから明日のあんたの晩飯はこっちで引き受けてやるよ」

「なので明日はゆっくりお昼寝してください!」

 

 響さんとクリスさんがそう言うと兄様は若干迷ってるみたいだった。

 その視線を姉さんや僕へ少しだけ向けて、最後にチラっとだけ姉様へ向けた。

 

「いいんじゃない? 実際疲れてるように見えるわよ」

「……そっか。じゃ、明日は晩飯をクリス達に甘えさせてもらうよ」

「おう」

「はい」

 

 兄様がそう言った時のお二人はとても嬉しそうに見えた。

 そこで僕は気付いた。僕らが兄様と一緒にご飯を食べるのが楽しいように、響さんとクリスさんもそれを楽しんでいたんだって。

 僕が姉様達とここで暮らす前、兄様は翼さん達が暮らしている部屋で夕食を共にしていたし。

 

「響さん達も今度から一緒に食べられたらいいのに……」

 

 僕が思った事を姉さんがぼそっと呟いた。それに僕が顔を動かすと姉さんと目が合って二人で困り顔をする。

 テーブルに座れる人数は限度があるし、そもそも響さん達は切歌お姉ちゃんと同じような時間帯に働いているから。

 それに調お姉ちゃんや姉様がしているご飯の支度風景を思い出すと、二人分増えるとなると大変さが増す事もある。

 

「もっと大きな家が必要ですね」

「そうだね」

 

 いっそみんなで暮らせるような広い家なら。

 そんな風に思って僕が姉さんと話し始める中、ヴェイグさんは欠伸をして切歌お姉ちゃんからもらったベッド専用クッションへと横になっていた。

 

「ヴェイグ、昼寝かい?」

「ああ、切歌がくれたこれはとても寝心地がいい」

「奏、私も調べたけど大きい物は中々の値段がするんだよ、それ」

「へぇ、これぐらいなら安いの?」

「2千円しないデスよ」

 

 そこから切歌お姉ちゃんが翼さんと奏さんと話を始めて、ヴェイグさんはそれを聞きながら目を閉じる。

 姉様は買い物へ行こうとしていて、調お姉ちゃんがそれについて行こうとしてた。

 それを見た姉さんが兄様の部屋の掃除に行こうと準備していて、響さんとクリスさんと一緒に出て行こうとしてるみたいだ。

 

 って、あれ?

 

「兄様も部屋へ帰るんですか?」

「ん? いや、セレナが部屋の掃除をしてくれるからそれが終わるまでは寝れないだろ? で、考えたい事もあるから散歩でもしようかなってね」

「僕も一緒に行ってもいいですか?」

 

 何となくもっと兄様と話をしたい。色々と聞きたい事もある。

 

「うーん……気持ちは嬉しいけどエルと二人で歩いてるとなぁ」

「ならあたしや翼も同行するよ」

「そうですね。それなら問題ないかと」

「じゃあお願いするか。切歌も来るか?」

「モチのロンデスよっ!」

 

 こうして僕は兄様達と散歩に行く事に。ヴェイグさんは既に寝ていたので姉様達が鍵を持ってみんな揃って外へ出た。

 僕は兄様に肩車してもらう事になり、あのプールでしてもらった事を思い出して嬉しくなった。

 あの時、一瞬だけど頭の中に思い出が浮かんだんだ。キャロルがパパに肩車されてるような、そんな光景が。

 

「それで、何か俺に聞きたい事があるんじゃないか?」

 

 歩き始めてすぐに兄様がそう言ってきた。本当に兄様は優しい。だからその優しさに甘えようと思う。

 

「えっと……悪意は何故時間を止めたのでしょうか? 不安や恐怖を煽るならそうしない方がいいはずです」

 

 そう、ここが僕には気になってる。キャロル達はそうじゃないかもしれないけど、普通の人々なら悪意がノイズを出現させたりするだけでかなりの恐怖や不安を感じるはずだ。

 

「ああ、それか。根幹世界はゲートの関係で納得出来るけどって事だな?」

「はい」

「多分だけど、自分の力を増す事よりもこちらへの協力を容易にさせない事を重視してると思うよ」

「有り得ますね。何せ世界蛇を倒す切っ掛けは奏の世界のブースターでした」

「そっか。あいつ、あたし達の連携をそこまで警戒してるんだ」

 

 そうか。悪意は優先順位の第一に僕らへの妨害及び孤立があるのか。

 

「じゃあじゃあ、何でゲートを隠したんデスか? 時間を止められるならそれを隠す必要はない気がします」

「それはこっちへの心理的影響を考えたんじゃないか? 実際セレナも君達もナスターシャ教授の事を考えて気持ちを乱しただろ?」

「あうっ、そ、そう言われればそうデス」

「で、カオスビーストを倒してゲートを復活させたと思えば……」

「そこは時間が停止されていてぬか喜び、か。本当に底意地の悪い相手です」

 

 翼さんの言葉に僕は頷いた。本当に悪意はその名の通り皆さんの心を狙って来る。

 兄様がヤプールと同じだと言ってたけど、本当にそうだと思う。悪意は本物の悪魔だ。こちらの心を弄び、踏み躙り、嘲笑ってくる。

 

「それにしても、どうやって悪意は時間を止めてるんデスかね? そんな力使ってたらアタシならヘトヘトになりそうデスよ」

「ぁ……」

 

 その切歌お姉ちゃんの言葉に兄様が足を止めた。僕も思わず声を漏らしてしまった。

 

「に、兄様っ!」

「ああ、すっかり失念してたよ。悪意がどうして大きな動きを見せないか。それは現状の維持コストが高いからかもしれない」

「はい! 僕らと関わりのある平行世界全ての時間停止とゲートの封鎖。これに相当な力を注いでるはずです」

 

 そして、それから逆算すると……

 

「待ってよ。じゃあ何? あたし達がゲートを解放していけばいくだけ、悪意はその力を使う部分が減るって事?」

「何と言う厄介さだ……」

「アタシ達が頑張ったら悪意にも有利になるって事デスか?」

「そうなるかもしれないって事だ。思えば俺が響と出会った頃から既に互いの世界は時間の流れがおかしかった。あれも、もしかしたら悪意がゆっくりと今のようにする準備をしていたのかもしれない」

 

 言われてハッとした。そうだ。いきなり時間を停止するなんて難しいはずだ。

 悪意はもう響さんが兄様と出会った時には動き出していた。いや、もしかすると出会った事を知って時間停止へと動き出したのかもしれない。

 本来であれば消滅させられたはずの僕らがそうできなかった事を知り、早々に次の手を打ったとすれば納得出来る。

 

「こうなると次の悪意が打つ手を考える必要がありますね」

 

 翼さんのその一言に僕は思考を巡らせる。悪意が狙う事は僕らへの復讐。そうなると一番適切なのは兄様をどうにかして排除ないし記憶を消去しての僕らの消滅。

 

 と、そこで思い直す。僕は効率ばかり考えてる。悪意は負の感情の塊だ。その行動指針は効率ばかりじゃない。

 あのヤプールは自分が復活するために侵略者の心を利用した。モネラ星人は地球人の技術を利用して絶望や恐怖を見せつけた。

 

 なら、悪意もそれと似たような事をするはずだ。僕らの心を折ったり、あるいは希望を目の前で奪ってしまうような、そんな事を。

 

「次の手、ねぇ」

「あ、あのっ!」

 

 僕が声を出すと皆さんが顔を向けてくれた。

 

「おそらくですが、悪意は僕らの心を折るような事をするのではないでしょうか?」

「心を、折る……」

「ダイナが死ぬところを見せたみたいに、デスか?」

「はい。悪意は一見効率的にも見えますが、その根底にはおぞましい怨念が息づいています。なら、あっさりと僕らを消滅させて満足するとは思えないんです」

「今は特にそうだろうな。何せここまで抗ってるんだ。忌々しく思ってるに違いないよ」

 

 兄様の意見に切歌お姉ちゃん達が納得するように頷いて考え込み始めた。

 

「今は歩こう。で、翼達の部屋近くの公園で話そうか」

 

 その言葉で兄様が歩き出して切歌お姉ちゃん達も動き出す。

 僕は普段とは違う視点で前を向きながら考える。悪意が狙う僕らの心を折る方法。きっと一人一人へ手を出してなんてしない。一気に全員が絶望したりあるいは心を折る事をやろうとするはずだ。

 

 そう考えると昨夜の姉様の一件はそれに近いかもしれない。一番の年長者である姉様は悪意に乗っ取られた。これが持つ意味は重い。

 もし悪意が姉様の振りをして僕らと接し続けたら、今頃どうなっていたか分からない。

 

 見破れたのは兄様の機転によるものだってヴェイグさんから聞いた。

 その話だと兄様が機転を利かせて姉様らしからぬ言葉を引き出したみたいだけど、それが出来たのも僕らの事をある程度深く知る兄様だからだと思う。

 そう考えると例え悪意が皆さんを乗っ取ったとしても互いの事を深く知り合っている相手がいるなら何とか見破れるかもしれない。

 

 でも、そこでふと思った。もし、もしも悪意が兄様へ入り込んだとして、それを見抜く事が僕らに出来るだろうかって。

 

「兄様」

「おっ、何か思いついた?」

 

 どこか軽い感じの言い方の兄様だけど、これはきっと僕らの雰囲気が重くならないようにとしてるんだと思う。

 

「はい。その、兄様の事を教えてください」

「俺の事? どうして?」

「その、ないと思いたいですしさせるつもりもありませんが、もし悪意が兄様を操った時に見破るために」

「……成程なぁ」

 

 そう言って兄様はどこか複雑な表情をした、と思う。僕からは残念ながら見えなかった。

 

「…………とりあえず、今は公園へ行こう。あと、エルの質問への答えはみんないる時にするよ」

 

 どこか明るさが減った声で兄様はそう言った。そこからしばらく僕らに会話はなかった……。

 

 

 

 公園へ到着し、ベンチにエルフナインと切歌に挟まれる形で仁志が座り、その近くに奏と翼が立って会話は始まった。

 

「悪意は俺を利用してみんなを操るか言う事を聞かせる気かもしれない」

 

 仁志が語った悪意のやりそうな手口。その内容こそ詳しく語る事をしなかったか、四人はそれぞれに察しを付けていた。

 

(只野さんを殺されたくなければ……って感じか)

(防人である私の手で守りたい者を斬ってみろと、そう迫るのだろうな)

(あの映画のダブルライダーと同じデス。したくない事を無理矢理させられるデスよ……)

(意識を残したまま、体だけ操るかもしれない。あるいは、一時的に思考さえも操作してから戻すかもしれません)

 

 浮かぶ気持ちは揃って嫌悪。悪意のやり口はこれまでの事で分かっているからこそ予想も出来るし気分も悪くなる。

 仁志がそれを表現したのなら吐き気を催す程の邪悪と言っただろう。それほどまでに悪意のやり方は怒りを覚えるものだった。

 

「で、これは俺の推測なんだけど……」

 

 そこで一旦仁志は言葉を切った。迷ったのだ。これを言う事がどういう意味を奏達へ与えるかと。

 

(自惚れじゃなければ奏と翼は俺へ異性としての好意を持ってくれてる。特に奏は頬にだけどキスをしてくれた。マリアの言葉を借りるならふざけてやる事じゃない。なら……)

 

 悪意に操られたはずのマリアが正気に戻っての言葉を思い出して、仁志は奏を見ないようにこう告げた。

 

「悪意はみんなの体を操るか乗っ取るかして俺へ侵入しようとしてる。おそらくキスという形で」

「「っ!?」」

 

 奏と翼が息を呑む。それは自分がそうしたいと思う気持ちさえも、下手をすれば悪意の仕業かもしれないと言う可能性が生まれた瞬間だったからだ。

 

「き、キス、デスか?」

「ああ」

「粘膜的接触、ですか。有り得ます」

「実際悪意が乗っ取ったマリアは俺へそれらしい事を迫ってきた。だから間違いないと思う」

「デスか……」

 

 一方切歌はやや顔を赤くし、エルフナインは平然とそれぞれに納得していた。

 

「じゃ、じゃあアタシがここでししょーにキスしたいって思ったら、それは悪意の仕業って事デスか?」

 

 どこかドキドキしながらの切歌の疑問は奏や翼が聞きたくても聞けないものだった。

 だからか二人はそれを聞いた仁志の表情へ目を向ける。彼は、どこか苦しそうな顔をしていた。

 

「難しいけど、ないと言い切れないのが厄介なところだよ。実は奏達には黙ってたんだけど、一度マリアは遊園地へ入る前に神獣鏡で浄化されてるんだ」

「「「「えっ!?」」」」

「なのに帰宅して少ししたらまた悪意に操られた。しかも今度は完全に乗っ取られるレベルで。要は悪意は少しでも入り込める隙を見つけたらすぐにでも忍び込んでくるって事だ」

 

 そのまとめに四人は沈黙するしかなかった。どこかで分かっていた事ではある。それでも、同じ日に二度も悪意が動いた事は衝撃だった。

 しかもそれがゲージを最大値まで上げたマリアである事。そこから居間での会話を思い出せばマリアの不安は現実味を増した。

 

「だから、そうだな……。エルの質問の答えの一つは、俺がキスをねだったら悪意に操られてるんじゃないか?」

 

 どこか遠い目をしてのその言葉に四人は返す言葉を失った。

 理解したのだ。それがどういう想いから告げられたものか。彼は、仁志は自分から響達へキスを迫る事は決してしないと言外に言い放ったのだ。

 

「し、ししょー……」

「何だい?」

「そんな、そんな悲しい顔しないで欲しいデス。ししょーが何を思ってそう言ったのかはアタシには分からないデスけど、絶対良くない考えからだって分かります」

「切歌……」

 

 今にも泣きそうな顔で切歌は仁志の顔を見つめる。その悲しそうな表情に仁志は申し訳なさそうに笑みを返してそっと切歌の髪を撫でた。

 

「アタシ、ししょーがそんな顔するの嫌デス。ししょーがニコニコ笑ってるのがアタシは大好きなんデス」

「……そっか。俺もそうだよ。切歌がニコニコしててくれるのが好きだ」

「なら、一緒にニコニコするデスよ。アタシはここに来てししょーから色々な事を教えてもらいました。そのおかげでアタシは前よりも明るく元気になれました。だから今度はアタシがししょーの笑顔を増やす番デス」

「笑顔を増やす、か」

「デス。なので……」

 

 キョロキョロと周囲を見回して人がいない事を確かめるや切歌はベンチから立ち上がり、トタトタとその場から少しだけ離れる。

 そして仁志達の前へ移動すると深呼吸を一つして……歌い始めたのだ。アカペラで歌われるのは“ウルトラマンゼアス”だった。

 

「元気だったらきっとあるはず!」

 

 エルフナインもコールを入れて切歌の歌を盛り上げる。それを見て仁志も途中からコールに参加、翼と奏はそんな三人を微笑ましく見守る中切歌は歌い終えた。

 

「どうデスかししょー。勇気と元気、出て来たデスか?」

「ああ、ありがとう切歌。そうだな。愛の力が今はいまいち弱いかもしれないけど、信じてみる事にするよ」

「デスっ!」

 

 満面の笑みを浮かべる切歌に仁志も同じように笑顔を返した。実はこの時仁志の中で一つの自問が浮かび上がっていた。

 

(俺は自分のためにとゲージ上げを考えていたけど、それは間違ってるんじゃないだろうか? 本当にするべきは、考えるべきは、逃げる事じゃなく立ち向かう事じゃないのか?)

 

 切歌の歌ってくれた歌の力。それが仁志の中の焦りや弱さへ訴えかけたのだ。今のままでいいのか、と。

 いくら好意を寄せてくれているからと、それを望んでいるからと自分の気持ちを誤魔化して動くのは駄目なのではないか。そう仁志は思い始めていたのである。

 

「今の歌もウルトラマン?」

「え? ああ、うん」

「ゼアスって言うんデスよ。で、真っ赤な顔の駄目駄目ウルトラマンなんデス」

「「駄目駄目ウルトラマン?」」

 

 そこから話はゼアスの事へと変わり、仁志が簡単にあらすじを語ると奏と翼も興味を惹かれた。

 何せこれまで見てきたウルトラマンは誰もが立派なヒーローをしていた。そこへきての潔癖で光線技さえも満足に撃てないとくれば逆に興味がわくと言うもの。

 

「じゃあ切歌、お金は出すから1と2、借りてきて」

「りょーかいデスっ!」

「でも切歌お姉ちゃん。今度の集まりは兄様のお誕生日会じゃ?」

「あっ!?」

 

 その瞬間しまったと言う顔をする切歌と違う意味でしまったと言う顔をする仁志。そしてその反応をしっかり奏と翼が見ていた。

 

「成程……暁だけでなく私達まで使って会の内容を変えようとするとは……」

「考えたね先輩。危うく乗せられるとこだったよ」

「い、いや、別に俺はそんなつもりは……」

「しかもアタシの場合は延滞料が倍額デス! 返却を理由にごーいんに誕生日会をゼアス鑑賞会に変えるつもりでした!」

「な、何の事かな?」

「兄様ぁ……」

 

 恨めしそうなエルフナインの顔を見て仁志は顔を背ける。

 だが誰もがどこかで気付いていた。これは仁志なりの場の空気の変え方なのだと。

 

(一気に場の雰囲気がいつもの感じになったね。ったく、只野さんは……)

(ふふっ、やはり今の私達にとっては只野さんが一番のムードメーカーだね)

(ししょーはホントに仕方ないデス。こうなったら盛大にお誕生日会を盛り上げるデスよっ!)

(兄様が笑うと皆さんが笑う気がする。逆に兄様が沈むと皆さんが沈む。そうか。響さんと同じだ。その場の空気を作る存在なんだ)

 

 内心では微笑みを浮かべつつ、表情は文句を言いたそうなものへと変えて仁志へ迫る四人。

 そんな四人に囲まれて仁志は困ったような、でもどこかで嬉しそうな顔を浮かべるのだった。

 

 

 

「それじゃ、これ預けますね」

「うん、明日返しに来るから」

 

 そう言ってセレナちゃんから私は仁志さんの部屋の鍵を受け取る。

 今日はセレナちゃんのお手伝いはお休み。仁志さんはもう部屋で寝ている。そして私とクリスちゃんはお休みだ。

 

 セレナちゃんへ手を振って私は来た道を戻る。心なしか心が弾む。

 だって、いよいよだからだ。私とクリスちゃんが、あの時仁志さんと初めて生活した状態に戻る日。それが今日だから。

 

――今日、仁志さんと結ばれるんだ。告白して、抱き締めてもらって、キスをして……。

 

 そう、そうだ。今夜私のもやもやを無くす。仁志さんへハートの全部でぶつかってみせるんだ。

 

――きっと仁志さんは困るだろうけど、嫌なはずはないもん。だって男の人、だし……。

 

 うん、あのプールで見た。仁志さん、私達を男の人の目で見てた。見て、くれた。

 

――エッチな事も許してあげないと。だって、仁志さんへそういう事は彼女を作ってしてくださいって言ったの、私だし……。

 

 思い出す。あの日、仁志さんは言ってくれた。今は私達の事で精一杯で彼女なんか作る暇なんてないって。

 だから私がなってあげればいいんだ。そうすれば仁志さんの心配も不安もなくせる。

 

 エッチな事だって、してあげる。彼女になるんだもん。だったらそういう事もしてあげないと。

 

「そ、そうなったら場所は仁志さんの部屋かな? クリスちゃんがバイトの時に、とか」

 

 考えると顔が熱くなる。あー、早く夜にならないかな?

 そんな風に考えてるともうアパートが見えてきた。もう見慣れた場所になったんだなぁって、そう思いながら私はクリスちゃんが待ってる部屋へと向かう。

 

「ただいま~」

「おう、帰ってきたか」

「うん」

「で、もらってきたか?」

「当然。ほら」

 

 私が合鍵を見せるとクリスちゃんが小さく頷いた。これで準備はバッチリだ。

 

「うし、じゃ買い物行くぞ。あの人に美味いもん食わせてやりたいしな」

「うん!」

 

 そう、今夜は私達二人でご飯を作る。メインはクリスちゃんだけど私も一品は作るんだ。

 仁志さんへ手料理食べてもらいたいし、美味しいって言って欲しい。

 

 二人揃って外へ出て向かうのは近くのスーパー。こうやって二人で行くのは結構珍しい。

 いつもはクリスちゃんが一人で行くからなぁ。たまに私も行くけど一人でだし。

 何故なら私達は同じお店の同じ時間帯で働いてる。だからお休みが重ならない時の方が多い。まぁ買い物に行くのは朝やお昼だから二人で行く事が出来ない訳じゃないんだけど、お掃除とかもあるからそれを分担するとどうしても買い物は一人で行く事になる。

 

「今夜はどうするの?」

「匂いのキツイもんは使えねーからなぁ。そういや、あの人ってレバーはどうだ?」

「ん~……どうだろう? そういえば只野さんのそういう話あまり聞かないなぁ。あっ、でも好きな物なら知ってるよ」

 

 あのお家デートで話した事の中で聞いたもん。

 

「そりゃいい。何だ?」

「えっと、海老でしょ。カニと」

「待て待て。材料じゃなくて料理とかはねーのかよ?」

「料理だと……カレーにハンバーグって言ってた。作るの簡単だからって」

「かぁ~……っんとにあの人は」

 

 クリスちゃんが呆れた顔で下を向いた。私も初めて聞いた時は同じ事思った。

 仁志さん、味が好きとかじゃなくて自分で作れてしかも簡単かどうかが理由だったもんなぁ。

 

「まぁいい。なら海老と一緒に適当な野菜をカレー粉で炒めてやるか」

「おおっ、美味しそう!」

「で、お前はどうする?」

「そうだなぁ……ならハンバーグ?」

「ん。決まりだな。どうせなら山芋も買って短冊に切って食わせてやるか」

「うん」

 

 私達は今夜仁志さんに精の付く物を食べてもらう。それで性欲を刺激して、二人で迫るんだ。

 

――私達じゃダメですか?

 

 きっと普段の仁志さんならダメって言うかもしれないけど、エッチな気持ちが強くなってたらいけるはず。

 そのためにご飯を仁志さんの部屋で作って食べてもらうんだから。そう、それなら隣の部屋は空っぽだ。

 あの日、クリスちゃんが教えてくれた計画。最近仁志さんとの時間が減ってる私達。それを少しだけ前みたいに戻そう。それがクリスちゃんの言い分だった。

 

 実際私も思った。特にマリアさんと奏さんが仁志さんと時間を共有してるって。

 最初に仁志さんと生活を始めたの、私達なのに。一緒にご飯食べて、笑い合ってたの、私達なのに。

 

――だから取り戻すんだ。あの時間を、笑顔を、あの人を……。

 

 

 

 合鍵を使って久しぶりのあの部屋へと足を踏み入れる。ああ、ホント久しぶりだぜ。

 

「まだ寝てる、ね」

「ああ。耳栓をしてるだろうし、こっちが起こすまで寝てるだろう」

 

 見慣れない布団で眠る仁志を見てあたしはイラッとするのが分かった。

 それだけじゃねぇ。あたしの知らないものが色々増えてやがる。あの二つのクッションは何だ? その布団は何だ?

 

 そもそもそのアイマスクと耳栓は“誰”からもらった?

 

――気に入らねぇ。すっかり妻気取りだ。あたしの仁志だってのに……。

 

 ホント胸糞悪いぜ。でもあたしも悪い。もっと早く気付いてやるべきだった。

 アイツが仁志へ渡す前にあたしが贈ってやるべきだったんだ。世話になってる礼だって、そんな感じで。

 

――まぁいいさ。どうせ今夜で仁志は誰が一番嫁さんに相応しいかを気付くんだ。アイツでも、あのバカでもなく、あたし様だってな……。

 

 へへっ、あのバカは何も疑う事無く信じてるみてぇだけど、最後に仁志に選んでもらうのはあたしだ。

 あのプールで確信した。仁志はスケベな心を必死に抑えてる。でもそれがそろそろ限界だ。

 そんな調子じゃ悪意にそれを利用されかねない。だからあたしがしっかり、その、処理してやるんだ。

 

「じゃ、飯は頼むな」

「うん」

 

 この部屋にある炊飯器はあたしが元々使ってたやつのままだった。それがあたしを忘れてないって感じで妙に嬉しくなっちまう。

 

 さて、じゃあ始めるとすっか。今夜の目的は仁志があたしらにスケベな事をされる事。そうすれば今後そういう気分になった時、あたしらへ甘えるか思い出す。

 そうなれば自然と仁志はあたしらを意識する。そこまでくれば後は、その、本番までさせりゃいいだけだ。

 

「クリスちゃん、一ついい?」

「あ?」

「しゃ、シャワーとか浴びなくて良かったかな?」

 

 あたしが海老の殻を向いてると米を研いでたあいつがんなバカな事を言ってきた。

 

「ひ、必要ねぇっての。こ、今夜はそこまで絶対ならねーから」

「そ、そっか。うん、そうだよね」

 

 ったく、普段バカな癖にこういう時だけは妙に聡いな。

 と、そこで思い出した。そういやこいつはこっそり自分だけ二人きりの時の呼び方をやってたやつだった。

 

「……なら、あたしのやる事もいいよな」

 

 小さく呟く。そうだ。最初に仁志との二人だけの秘密をやったのはこいつだ。ならあたしが似た事をやっても文句は言えないはずだ。

 

――最低でもキスだけはしてやるんだ。あたし様の想いのこもったキスを……。

 

 そうだ。絶対それだけは済ませてやる。それでしっかりと意識してもらうんだ、仁志に。

 

 背に切れ目を入れて、背ワタを取って、塩水でちゃっちゃと洗って水気を拭けば海老の支度はほぼ完了。

 野菜の支度へ取り掛かるとすっか。っと、その前に一応あのバカの確認をしとく。

 

「よし、これでお米はOKだね」

 

 どうやらさすがに米研ぎは出来るらしい。んじゃ、続きをやるとしますか。

 用意したブロッコリーやしめじにしいたけをそれぞれに合わせて下準備。茹でたり、切ったりとしている間に気付けばあいつはハンバーグの準備を始めてた。

 

 この分なら大丈夫か。そう思ってあたしは自分の事へ集中する。

 また美味いって言ってくれっかな? 笑ってくれっかな?

 

――アイツの飯よりも美味いって言ってくれねーかな? いや、言わせてみせる……。

 

 一瞬マリアの顔が思い浮かんだ。どこか勝ち誇るような、そんな顔をしたアイツが。

 ああ、ムカつく。こんなに胸の中がムカムカするのはあの時以来だ。

 仁志が先輩を名前で呼んで、あたし以外の二人と仲良くしてやがった時と同じぐらい気分が悪い。

 いや、下手したらあの時以上だ。それにあの時は仁志にイラついてたけど、今はマリアの奴にイラついてるし。

 

――本気で腹立つぜ。あいつらはあたしがあのバカと一緒になって話をしても、どこか疑うような目をしてたってのに。それがどうだ? 今じゃ仲良くして、そんな事はなかったみたいに振舞ってやがる……。

 

 ホントだ。本気で苛立つ。あたしだって最初はそうだった。けどあいつにだけ面倒事を押し付けるみたいで気が引けて、仁志と出会った。

 そこで仁志が思ってたような奴じゃないって分かって、あたしとバカの二人でバイトをして暮らしを助ける事になって……。

 

「なぁ」

「ん? どうしたの?」

「三人でさ、初めてここで食った飯、覚えてるか?」

 

 あの初めてのバイト終わりで買った弁当。三人で同じもんを囲んで食べた記憶。あったけぇ時間。

 それを思い出してのあたしの言葉にあいつはすぐに笑顔で頷いた。

 

「勿論。美味しかったよね、只野さんスペシャル」

「おう。あの頃はさ、今よりもキツイ状況だったし辛い事や面倒な事もあったけど、楽しかった」

「……そうだね。あの頃は私とクリスちゃんに只野さんの三人で支え合ってた」

 

 そこであたしとあいつは手を止めた。

 

――なのに、今じゃそのあたし(私)達が一番遠ざけられてる……。

 

 苛立ちが生まれる。憎しみや怒りが沸いてくる。くそっ、なんだってんだよこの感覚は。

 

「でも、それも今日までだ。今夜、あたしらは取り戻す」

「そうだよ。今夜で取り戻すんだ」

「「あの頃の時間を、あったかさを、もう一度」」

 

 そこであたしらは笑った。声もなく笑った。ああ、そうか。やっぱあたしとこいつは同じだ。同じ気持ちなんだ。

 後からやってきた癖に、最初は拒絶してた癖に、今じゃそんな事はなかったみたいにしてる奴が一番でかい顔してるのが気に入らねーんだ。

 

 何がゲージMAXだ。てめぇがエル達と一緒にいなきゃあたしかこいつが真っ先にそうなってたっての。

 

――ここらで見せてやるんだ。本当に仁志と深い絆を作ってたのが誰かを……。

 

 

 

「ん……?」

 

 仁志が目を覚ましたのはスパイシーなカレーの香りがしてきた時だった。

 耳栓のためにぼんやりとしか音が聞こえない事に気付き、彼は耳栓を取ってアイマスクを外す。

 

「お~……」

 

 まだ若干寝惚けている目が見たのは、エプロンを付けて台所で料理をしている二つの背中。

 まるで若妻か新妻のようなその背中に何とも言えない気分となりながら仁志は大きく体を伸ばす。

 

「ん~……っはぁ」

 

 まだ気怠さが残っていない訳ではないが、それでも自然と起きたに近い事に仁志は満足そうに笑みを浮かべるとスマートフォンを手に取った。

 

「……七時過ぎか」

 

 普段であればまだ食事とはなっていない時間であった。ただ昨日のこの時刻はマリア達と食事をしていたが。

 

「この匂いがするって事はカレー、か?」

 

 ポツリとそう呟いて仁志は布団から出るとフラフラと二つの背中へ近付いていく。

 するとその気配に気付いたのか二人が揃って振り返った。

 

「「起きたんですね(のかよ)」」

「あ、うん。おはよう」

「「おはよう(ございます)」」

 

 にこりと微笑む二人の反応に、仁志は一瞬ではあるがまるで夫婦のようだなと感じて頬を掻いた。

 マリアとのやり取りに似ているがやはりどこか違うそれは、言うなれば夫婦よりは同棲カップルという雰囲気だろう。

 ただ仁志はそこまで思わず、ただただ愛らしい美少女二人が自分のために食事を作っているという事実に喜びを覚えていた。

 

(響まで料理してる……。おいおい、遂に四人目の手料理だぞ。九人の装者の内半分から飯作ってもらえたとか、本当に俺死ぬんじゃないの?)

 

 縁起でもないので口には出さないが、仁志はそれぐらい感動していた。何せ三十年生きてきて肉親以外の女性に料理を作ってもらったのがこの半年に集中しているのだ。

 それも、クリスを筆頭にマリア、調、響である。自分のためだけに女性から食事を作ってもらえるなど、一年前には信じられなかったと言っていいのだから。

 

「で、今夜はカレー?」

「いや、違うぜ」

「もうすぐ出来ますから待っててください」

「分かった」

 

 そこで仁志は後ろを振り返って見慣れぬ物に気付いた。それは折り畳み式のテーブル。かつて彼が使っていた物に似ている物だった。

 

「これは?」

「あたしらの部屋から持ってきたんだよ」

「さすがに今日はちゃんとした状態で食べてもらおうと思ったんで」

「そういう事か。色々すまないな。ありがとう」

 

 仁志は気付かなかった。それが二人の根底にある“あの頃”への強い想いから選ばれた事を。

 ただ、偶然それを選んだのではないだろうなぐらいには思ってはいた。

 

(普通のテーブルよりもこっちの方が色々都合がいいからなぁ)

 

 そんな風に思いつつ、仁志は布団を静かに畳むとまずテーブルを移動させる。

 それから来客用のクッション二つを配置し、自分は大きな座布団代わりに使っている古布団を移動させて座った。

 

 やがて良い匂いと共にテーブルの上に皿が三つ置かれる。

 

「おおっ!」

 

 一つは響お手製ハンバーグ。かかっているソースも焼いた後のフライパンへケチャップなどを入れて作ったものなので全て響によるものだ。

 もう一つはクリス製作の海老と野菜のカレー炒め。シンプル故に香りなどが食欲をそそる一品となっている。

 

 最後の一つは山芋を短冊切りにした物へ醤油がかけられた物だった。刻み海苔が乗せられていて、白と黒のコントラストが仁志の食欲をそそった。

 

「ハンバーグは私が作って……」

「こっちの炒め物はあたしだ」

「で、山芋は二人で、かな?」

「ま、それでいいだろ」

「感激だよ二人共。まさか美少女二人のお手製飯とか……」

「「び、美少女って……」」

 

 言いながら嬉しそうにする響と照れくさそうなクリスであったが、二人が喜んでいる事は間違いなく、それを見て仁志は小さく微笑む。

 白飯とキャベツ・人参・ベーコンが入ったコンソメスープも三人分並べられ、響とクリスがクッションへ座ると部屋から持ってきた箸を手にした。

 

「あれ? それって……」

 

 二人が持っている箸は百均で仁志と一緒に買った物だった。それに気付いたと察して二人は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「気付きました? これ、あの時只野さんと買ったやつです」

「やっぱりそうか。まだ使ってるんだ」

「当たり前だろ。ここでのあたしらの生活はここから始まったんだからな」

「ここから……? ああ、そういう事か」

 

 そこまで言われれば仁志も気付く。今の状況がもっとも初期の自分達の状態を再現していると。

 

「じゃ、食べましょう」

「冷めたら不味いしな」

「そうだな。じゃ、手を合わせて……」

 

 そこで三人は互いの顔を見合わせて笑みを浮かべる。

 

「「「いただきます」」」

 

 その瞬間、三人が思い出す事があった。あの夜、初めての三人での食事だ。

 それでも仁志は何も言う事なくまずは炒め物へと箸を伸ばした。

 

「……ど、どうだ?」

 

 やや緊張の面持ちでクリスが問いかける。すると……

 

「うん、美味いよクリス。カレー味にするだけで印象って変わるもんだな」

「そ、そっか。美味いか」

「只野さーん、私のハンバーグも食べてくださーい」

「分かってるって。というか、こっちは食べなくても美味いのが確定してると思ったから後にしたんだよ」

 

 その言葉に響は心から嬉しそうな笑顔を見せた。

 

「そ、そうなんだぁ! も、もうっ、そうならそう言ってくださいよぉ!」

「……別に羨ましくなんかねぇぞ。あたしの方を先に食べたかったって事だからな」

 

 多少拗ねるようなクリスの言葉に仁志は苦笑しながら響の作ったハンバーグを一口分に箸で切り分ける。

 食べるのを今か今かと待ちわびる響に微笑ましいものを感じながら仁志はハンバーグを口へ運び……

 

「………………」

「ど、どうですか?」

 

 沈黙する。その反応に先程までと打って変わって不安を覗かせる表情で響が尋ねた。

 

「美味いっ!」

「良かったぁ~……」

「無意味に溜めるんじゃねーよ。ったく」

「あはは、ごめんごめん。いや、でも本当に美味いよ二人共。その、俺のためにわざわざありがとう。俺、きっとこの飯の味忘れないよ」

 

 噛み締めるようにそう告げる仁志に響とクリスは胸をときめかせて笑みを返す。

 

「どういたしまして。でも、そこまで言われると照れちゃいます」

「だな。でも、ま、悪い気はしねぇ」

「うん。只野さん、どんどん食べてください」

「あたしらへの遠慮はなしでいいぞ。こっちはあんたが美味そうに食べるのが一番見たいんだ」

「そっか。じゃあ遠慮なく」

 

 二人の言葉に嬉しそうに答え、仁志は食事を進めていく。

 勿論響とクリスもまったく食べない訳ではないが、惚れた男が自分の作った物を美味しそうに、嬉しそうに、喜びを噛み締めるように食べる姿に胸がいっぱいになるのを覚えていたのだ。

 そして響がこんな動きを見せた。

 

「た、只野さん、あーん……」

「えっ!?」

「んなっ! い、いい度胸じゃねーか。ならあたしだって……」

「ちょ、ちょっとクリス?」

「ほ、ほら、あーん……」

 

 顔を赤くして二人の乙女から箸を差し出されるという状況に仁志はさすがに慌てた。

 それでも止めろとは言えない。何故なら二人が自分へどういう想いを寄せてくれているかを知っているからだ。

 

(……俺が逆だったらどうされたい?)

 

 答えは一つ。受け入れて欲しい。そう考えた仁志は迷う事なく二つの箸へ口を開けた。

 

「あー……」

「「ぁ……」」

 

 顔は赤いがどこか嬉しそうな雰囲気の仁志を見て、響とクリスが笑みを零して箸で掴んでいた自分達の料理をそっと差し入れる。

 二つの異なる味を咀嚼しながら仁志は思った。あの外出時の自分は受け入れたようで受け入れていなかったと。

 自分の事ばかり考え、それが響達のためになると思い込もうとしていた。そう気付いて仁志は考え直した。

 

(受け入れて、受け止めて、向き合うんだ。俺は、みんなの想いから逃げない。目を逸らさない)

 

 カレー味のハンバーグを食べたような気分になりながら、それはそれで美味いと思って仁志は笑みを見せる。

 だが、そこで思い出すのだ。今、二人には知っておいて欲しい事を。

 

「響、クリス、その、聞いて欲しい事がある」

「え? 聞いた欲しい事、ですか?」

「一体何だよ?」

 

 真剣な仁志の様子に二人は不思議そうに小首を傾げる。

 

「実は……」

 

 仁志が語った悪意がキスという形で自分へ侵入しようとしているという事に、当然ではあるが響もクリスも言葉を失った。

 何せ今夜最低でもそれをしようと思っていたのだ。それが下手をすれば悪意の影響かもしれないと言われてしまったのである。

 

(そんな……私の気持ちが、想いが、悪意に操られてるかもしれないの?)

(そんな事って、そんな事ってあるかよ! あたし様の気持ちは、想いは、んなもんに操られる程やわじゃねぇっ!)

 

 沈む響と憤るクリス。それがその後の行動を決めた。

 

 微妙な雰囲気となった後、三人はとりあえず食事を終えると後片付けを響とクリスが始めた。

 時刻は午後七時半を過ぎた辺り。まだ出勤まで二時間近く余裕があるため、仁志はどうしたものかと思って考え始めた。

 

(これで俺へ想いを抱いてくれてる女性達の半数以上にキスの危険性は伝えた。あとは未来だけか)

 

 マリア、奏、翼に続いて響とクリスにも伝え、残る悪意が利用しそうな相手は未来のみ。そう仁志は考えていた。

 

 と、そこへ洗い物を終えたクリスと響が戻ってくる。そしてエプロンを外してそれを無造作に置くと、二人は仁志の両脇へと移動して密着したのだ。

 

「え?」

「仁志さん……」

「仁志……」

「ひ、響? クリスもどうしたんだよ? というか、その呼び方は……」

「仁志さんが、仁志さんがいけないんですよ? 私達の気持ちを、想いを、覚悟を悪意のせいかもしれないなんて言うから」

「そうだぞ。どれだけあたしらが考えたと思ってやがる。どれだけ待ったと思ってるんだよ」

「待ったって……」

 

 話が見えない。そう思うも両側から感じる女性らしい柔らかな感触と温もり、そして匂いに仁志は理性がぐらついているのが分かった。

 

(ま、不味いっ!? クリスだけじゃなく響も結構あるから……っ!)

 

 引き離そうとするも意外と力がある響は仁志では振りほどくのが難しく、またクリスはクリスで必死にしがみつく形になっているためこちらも難しいと言えた。

 

 結果、仁志は両腕を完全に押さえられてしまったのである。

 

「仁志さん、私の気持ち、信じてくれませんか?」

「仁志、あたしの想い、信じてくれねーのか?」

「い、いや、そういう訳じゃないんだ。ただ、今は色々と不味い要素が多すぎるんだよ。俺だって悪意さえ関係なければこんな機会を逃すもんか」

 

 その言葉に二人の目が妖しく光る。そして同時にその手を動かした。

 

「なっ!?」

 

 触ったのは仁志の胸。優しく触り、二人はより体を仁志へと密着させる。

 

「仁志さぁん、私、本当の本当に好きなんです。初恋なんです。こんな気持ちになったのは、仁志さんだけなんですよ?」

「響……」

「仁志ぃ、あたしもだ。もうあたしには仁志しかいないんだっての。ここで拒絶されたら、あたしはまた一人ぼっちになっちまう。あったけぇ場所を、失うんだ」

「クリス……」

 

 泣きそうな顔で仁志を見上げる二人の乙女。その吸い込まれそうな瞳に仁志は意を決して息を吐いた。

 

「二人共、一旦離れてくれ。その、このままじゃ抱き締める事も出来ない」

 

 そう言われたら恋する乙女としては心を動かしてつい拘束を緩めてしまうもの。

 響とクリスは言われるままに仁志の腕を一旦解放して彼の動きを待った。

 仁志は動かせるようになった腕を動かしてスマートフォンを取り出す。

 

「その、邪魔が入らないようにマナーモードにして遠くに置いておくよ。ほら、クウガの時の一条さんみたいになるかもしれないし」

 

 やや苦笑気味に告げられた言葉に二人も小さく苦笑して仁志の行動を止める事はしなかった。

 少しの間の後、仁志はスマートフォンを玄関近くへ置くと布団を敷き直したのだ。

 

「えっと、こっちに来てくれるか? 毎日のようにセレナが掃除してくれてるけど、カーペット自体が古いからさ」

 

 思わぬ展開に響とクリスの鼓動が早くなる。布団の上に座って抱き締められるなど想像もしていなかったからだ。

 

(も、もしかして仁志さん、え、エッチな事までしようと思ってる……?)

(き、気が早すぎるだろ。でも、あ、あたしは構わねーけど……な)

 

 まだそこまでの覚悟が出来上がり切ってない響と、もうそこまでの覚悟が出来上がり切っているクリス。

 それでも仁志の招きに応じて、二人はその広げられた腕の中へと吸い寄せられるように近付いていく。

 

「痛かったら言ってくれ」

 

 そう告げて仁志は二人の華奢な身体をそっと抱き寄せた。

 

「「あっ……」」

 

 生まれて初めての肉親以外の異性との抱擁。その不思議な感覚に響もクリスも目を閉じて浸るように甘えた。

 

(あったかい……。仁志さんって、こんなにあったかいんだ……)

(思ってた以上に、これはやべぇ……。こんなあったけぇの知ったら、あたしはもう離れられないぞ……)

 

 頭のどこかで囁く淫らな誘いが聞こえなくなる程の優しくあったかい温もり。

 その幸福感に包まれ、響とクリスは微笑みを浮かべながら仁志の胸に顔を埋める。

 まだ色欲よりも愛情が強い二人には、仁志の向かい合おうとする行動が功を奏したのだ。

 

――こんなはずじゃ、こんなはずじゃなかったのに……。

 

 悔しげに蠢く悪意はアパートの上空から忌々しげに仁志の事を見下ろしていた。

 じっくりと育ててきたはずの負の感情。それを何かが沈静化していると察し、悪意は理解出来ないとばかりに呟く。

 

――一体何だっていうのよ? 何が私の邪魔をするの?

 

 それを誰かが聞けばこう断言しただろう。“愛”だと。

 奪うのが恋なら与え続けるのが愛。そう、仁志は開き直ったのだ。恋は欲から生まれるが、愛は情から生まれる。

 情ならば悪意につけ込まれる事はない。情は情けとも言うからだ。

 

(俺は、みんなの想いに応えよう。応え続けよう。例えそれで嫌われるとしても構わない。誰かを選べないなら全員だ。馬鹿な事を選ぶ大馬鹿野郎の誕生だな。けどそれでいい。嫌われたくないけど、嫌われるよりも嫌なのは自分の気持ちに嘘を吐く事だから)

 

 最後には全員から平手打ちを喰らってもいい。最低と罵られても構わない。それに全員と思いながらも誰か一人を特別な存在と思う時が来るかもしれないのだ。

 だからその時まで自分は全てを受け止めて、せめてこの有り得ないような日々が終わりを迎えるまでは馬鹿な男の夢を目指してみようと、そう思って仁志は口を開く。

 

「響、クリス、もしも悪意が二人を操ってキスを迫る事があったら、俺はそれを逆に使って二人を元に戻してみせるよ。それぐらいの気持ちでいるようにする」

「「仁志(さん)……」」

「もう逃げないって、今決めた。もう逸らさないって、今決めた。ちゃんと君達の方を見て、そして生きていくよ。例えそれがどんなに厳しい結末や辛い結末になるとしても、俺はもう振り向かないから」

 

 そう優しく笑って告げると、仁志は二人の額へキスをした。

 

「これが、その、証みたいなものだ。愛想尽かして別の男を探すなら今だからな?」

 

 真顔でそう告げ、仁志は二人の反応を待った。

 一瞬とも、永遠とも感じられる静寂が室内を包む。その間仁志は少しも目を逸らす事無く響とクリスを見つめた。

 

「仁志さんって、みんなの前で呼んでもいいんですか?」

 

 その静寂を破ったのは、どこか弱々しい響の声。

 

「仁志って、これから呼んでもいいのかよ?」

 

 続くのもどこか弱々しいクリスの声。

 

「ああ」

 

 その声へ返されたのは優しくも力強い肯定。その瞬間二つの笑顔が花咲いた。

 

「「仁志(さん)っ!」」

「っと……」

 

 強く抱き着く二人を受け止め、仁志は笑みを零してその体をそっと抱きしめる。

 

「ただ、店では止めてくれよ? 最悪店へ迷惑をかける事になるかもしれないから」

「はい!」

「分かってるっての!」

 

 喜色満面と言った表情で答える二人。ここで二人は仁志の宣言を勘違いしていた。

 仁志は君達に響達全員という意味を込めていたが、二人は文字通り自分達だと思ったのだ。

 

(仁志さんは私とクリスちゃんを選んだんだ! なら後はここからクリスちゃんとの勝負だね!)

(へへっ、あたしかこのバカって事か。仁志もやっと男らしく答えをだしやがったぜ!)

 

 恋は盲目と誰かが言った。まさしくその通りに恋をしている二人の心は曇っていた。

 よく考えればそんな事を言うはずがないと分かるのに。こんなにも大事な事を簡単に決めるような相手であれば自分達が惚れるはずはないのに。

 この時の二人は、仁志の言葉を自分の都合よく受け取っていた。いや、受け取りたかったのだろう。

 初めての恋。初めての抱擁。そして額とはいえ異性からの想いのこもったキスに舞い上がって。

 

「あ、あの、仁志さん」

「ん?」

 

 だから愛が薄れる。恋が、欲が戻る。

 

「しょ、正直言って欲しいんだけどさ」

「何だ?」

 

 悪意が、笑い出す。

 

――エッチな事、したくない(です)か?

 

 そう問いかける声には、仁志が初めて聞く程の妖艶な色気が宿っていた……。




男としてバカな夢を見てやろうと開き直った只野の真っ直ぐさが道を切り開く、かに思いきや……な感じです。
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