シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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架空の存在だと思っていたからこそ未だに現実味がどこかない主人公。
対して響にとってはこれまでと同じで別世界の住人という感覚です。


FIRST LOVE SONG

 二階建ての古いアパート。その一階部分の一番奥の部屋。そこが男の住家であった。

 特に夢もなく、ただ親元を離れたいだけで一人暮らしを始め、気付けば十年が経過していたが、それでも男は何とか生きていた。

 

 辛い現実から目を背けるようにアニメやゲームへ夢中となりながら。

 

「お家デート、ですか?」

 

 そんな男に転機は突然訪れた。謎の現象で目の前に現れた本来であれば存在しないはずの少女、立花響と出会う事で。

 

「恥ずかしい話だけど、財布に余裕がなくてな。ごめん」

 

 仁志の言葉に響は慌てて両手を振った。

 

「そんなそんな! それに、どんな形でもデートってだけで初めてなんで嬉しいです!」

「そっか。リディアンは女子校だもんな。ナンパとかされた事は?」

「……ないです」

 

 肩を落とす響に仁志は腕を組んで疑問符を浮かべた。彼の目から見れば十分可愛い響が何故男運がないのだろうと。

 だが、そこで彼は思い出すのだ。響には唯一無二とも言える親友にして、ファン達や関係者達さえも嫁と評していた同性がいる事を。

 

「もしかすると小日向さんがいるからかなぁ」

「え? 未来?」

「そう。だって響が一人でいるなんて滅多にないだろ?」

「それは……そうかも」

「で、もし二人でいる時に男に声を掛けられたら響は小日向さんを守るモードにならないか?」

 

 その言い方で響はその状況を想像し、やがて力なく項垂れて頷いて見せる。

 彼女に男運がない訳ではない。ただそれを寄せ付けないような状況や環境になっていると気付いたのである。

 仁志は残念そうに項垂れる響を見て励ましを送る事にした。彼は作品を通して彼女の事を知っている。装者としている時は誰よりも強くあろうとするが、そうでない時は普通の少女である事を。

 

「響、そんなに落ち込まないでもいいって」

「でもぉ……」

「大丈夫。その、リディアンを卒業してからも永遠に小日向さんと生活する訳じゃないだろ? 進路だって異なるかもしれないし、就職先だってそうだ。そのうち、今よりは距離が離れる時はきっと来る」

 

 自身の経験から告げる言葉には響が知らない重みがあった。だからか、彼女も顔をゆっくりと上げて仁志を見つめていた。

 

「世の中に絶対はない。これは俺の親父の言葉だ。これを良い方に使えるようにしていきたいよな、お互い」

「……そうですね」

 

 ちゃんと自分の目を見て返事をした響に仁志はここだと思ってある言葉を放つ。

 

「大体、響はちゃんと可愛いから心配いらないって。その気になれば彼氏もすぐ出来る」

「そ、そんな事言ってくるのは只野さんだけですって!」

「じゃあ何度も言ってやろう。それで自信を得るんだ。響は可愛い。明るくて元気でお嫁さんにしたい子。いいお母さんになりそう」

「だ、だから、そういうの、止めてくださいよぉ」

 

 最初に出会った頃に言われた時から響は素直な褒め言葉に弱かった。しかも、今はそれだけでなく、好意を寄せ始めている年上の男性に言われているのである。

 彼女の乙女心は今や恋愛モード。おそらくだが、仁志がその気になって響を口説けば彼の悲しい記録はすぐにでも終止符を打たれる事だろう。

 

「ははっ、ごめんごめん。でも、君が魅力的な女性だってのは事実だ。それは、ちゃんと自覚しておくべきだよ」

「は、はい……」

 

 顔を赤くして俯く響だが、その心は珍しいぐらいに動揺していた。

 

(み、魅力的?! わ、私が、魅力的な女性……かぁ。只野さん、お世辞じゃないんだよ、ね? で、でも、十歳以上離れてるもんなぁ……)

 

 一回り以上の歳の差はやはり大きい。だが、どこかでだからいいのかもしれないと響は思うのだ。

 彼女が師と呼んで慕う男性に近い年齢の仁志。頼もしさは比べるまでもなく負けているが、それとは別の居心地の良さが響には感じられていた。

 

「とりあえず、じゃあ、えっと、始めようか、デート」

「は、はい。よろしくお願いします」

 

 お互いに緊張感を漂わせ見つめ合う二人だったが、早々に仁志が顔を背けた。

 

「……やっぱり恥ずかしいな。何をどうすればいいかも分からないし」

「あ、あはは……実は私もです」

「あー……よし、なら響からの質問に答えるよ。サンジェルマン達の事とかさ」

 

 デートと考えるから緊張する。そう考えた仁志がそう切り出すと、響は複雑そうな表情を見せて頬を掻いた。

 

「あ~……それは嬉しいですけど、止めておきます。誰だって知られたくない事とかあるだろうし」

 

 以前キャロルの情報を書き出したメモを読んで響は思ったのだ。それがどれだけ相手の心を踏み躙る行為かを。

 そう、仁志にとってはそれは架空の存在の、しかも創られた物語だという認識で読んでいるが、それが響達にとっては現実であり、時には大切な思い出なのだ。

 それを許可なく晒され、あるいは教えられる。それを自分に当てはめた時、彼女はメモを読んだ事を後悔したのだから。

 

「そっか。ごめん、無神経だった」

 

 その気持ちを仁志も響の反応から察した。彼にとってはどこかでまだ響以外の存在は架空の物に近い。それでも、目の前の少女がいて、その口から名前が出る以上正しく認識を改める事が出来るぐらいには仁志にも良識や常識があった。

 

「いえ、いいんです。只野さんなりに私を喜ばせようとしたって、そういう事ですから」

「ありがとう。そう言ってくれると助かる」

 

 そこで少しの間だけ沈黙が流れる。互いに何か話題をと考えるものの、異性との付き合いが皆無に等しい二人に気の利いた話題が浮かぶはずもなく、ただ時間だけが過ぎていく。

 

 そこで、響は周囲へ目を動かして何か話題に出来そうなものはないかと考え、自分が通ってきたノートPCを見た。

 

「……あの、一ついいですか?」

「何?」

 

 仁志のノートPCはあの一件以来響の記憶の中では常に電源が点いた状態である。それはつまり電力を消費している事で、もっと言えばゲートとして機能している以上本来の用途には使用出来ていないのではないか。そう響は考えたのである。

 

 仁志は響の考えを聞いて苦い顔をして頷き、こう告げるしかなかった。

 

「今から電気代の請求が不安なんだよ……」

「あ、その、ごめんなさい……」

 

 これまでの平行世界では協力者は組織だったりあるいは資金に困っている事がない者達であった。

 その違いに気付いて響は戻ったら弦十郎へ相談しなければならないと痛感していた。

 

(このままじゃ只野さんが生活出来なくなっちゃう。ただでさえ余裕なさそうな感じだもんね)

 

 学生の響でさえ感じられる仁志の生活の困窮具合。言い方は悪いが三十が見えてきているのに定職に就けずコンビニの深夜アルバイトで生計を立てているのは、やはり苦しい人生と言うほかない。

 そこに常時稼働するノートPCと常に充電を強いられるスマホ。その電気料金がそんな脆い収入の人間を襲えばどうなるか。

 

「でも、仕方ないさ。その、逆を言えば俺のPCがゲートになって良かったよ。もしこれがシンフォギアをまったく知らない人の家やら、もしくはどこかの公園とかならこの世界で君達は孤立無援で動く事になってたんだ」

「それは……きっとそうですね」

 

 仁志の世界は平行世界ではない。つまりこれまでギャラルホルン関連で得た動き方や考え方が一切通用しない事になる。

 何せここには風鳴家もなければ、錬金術師もフィーネもギアや聖遺物さえもない。もっと言えばノイズがいない以上、ギアを持つ事がメリットではなくデメリットになる可能性が高いのだ。

 

「だから、まぁ、あまりそこは気にしないでくれ。この世界を守るためなら安いもんだ」

「只野さん……」

 

 安心させるように笑みを見せる仁志が響には強がる大人のそれにしか見えなかった。だからこそ、彼女は何も言わず、心から感謝するように微笑みを返して頷いた。

 

「はい……」

「うん。さてと、じゃあ気を取り直して……」

 

 言いながら立ち上がると仁志はスマホと財布をズボンのポケットへ入れる。それに小首を傾げる響だったが、そんな彼女へ彼は笑いかけてこう告げた。

 

「やっぱり少し外に出よう。このままここにいると気が滅入る感じがするしさ」

 

 

 

 平日の昼間だからか、あるいは元々アパート近くが閑散しているのかとにかく道行く人が少なかった。

 そんな道を仁志と響は隣り合って歩いていた。最初に来た時も歩いた道ではあるが、その時とは大きく異なる事がある。

 

「い、意外とこれだけでも照れるもんだな」

「そ、そうですね……。でも、ほら、これだけでそれらしく見えません? ね?」

「……そうだな」

 

 その手を繋ぎ、歩いていたのである。恋人らしい事の筆頭として響が挙げたもので、仁志もそれぐらいなら出来ると頷いての現状なのだが、やはり恋愛初心者の二人はまるで中学生の恋愛のような状態となっていた。

 

「いやぁ、でも不思議ですよね。未来と手を繋ぐ時はこんなにドキドキしないんですよ。お母さんやお祖母ちゃんもかな。あーそうそう、お父さんともです。何でしょうね、この感じ」

「……まぁ、他人の、しかも男だから、じゃないか?」

「や、やっぱりそうですかね? あっ、でもでも、私は只野さんの事好きですから。そ、それもやっぱり関係……してるのかな、なんて」

 

 視線は基本前かやや上。あるいは下や相手とは逆の方へ向けるだけ。仁志は口数が減り、響は逆に増えるという何とも微笑ましいものである。

 

(うわっ、ど、どうしよ? ただ男の人と手を繋ぐだけでこんなに私ってアワアワするんだ!?)

(やばいやばいやばい。響の手あったかくて柔らかくてどうにかなりそう。てか、俺、全然駄目だろ! 年下の女の子に気を遣わせてどうすんだ!)

 

 互いに相手へ顔を見せないように背いて歩きながらその顔の熱を冷ます。

 

((……よし、しっかりしよう!))

 

 同時に同じ決意を抱き、男女は相手へと顔を向ける。

 

「「っ?!」」

 

 そして見事に向き合う事となり、その視線がぶつかった。

 仁志の少し疲れた顔を見つめる響と、響の赤くなった顔を見つめる仁志。たっぷり一分以上見つめ合い、横の車道を通るトラックの音で二人は同時に我に返ると弾かれるように逆方向を向いた。

 

「な、何か用か?」

「さ、先に只野さんからどうぞ……」

「いや、響からで」

「い、いえいえ、只野さんからで……」

 

 互いに相手へ会話の切っ掛けを譲り合う二人。このままではそれが続くと思ったのだろう。ならばと彼らは口を開いた。

 

「「あの……」」

 

 声が重なる。心もある意味で重なる。

 

「「っ?!」」

 

 そしてすぐさま心が少し離れる。それでも手は離さない。そこで仁志は思い切って行動を起こした。

 

「響、一旦手を離してもらっていいか?」

「ぇ……は、はい……」

 

 戸惑いながらも少しだけ悲しさを声に乗せる響だが、仁志はそれにも関わらず手を離した。

 

(あったかさ、なくなっちゃった……)

 

 二人を繋いでいたものが切れたように思えて視線を落とす響だったが、その目がすぐに驚きに満ちる事となる。

 

「嫌だったら言って欲しい」

 

 その言葉と共に仁志が響の手の指へ自分の手の指を絡ませたのだ。

 俗に言う恋人繋ぎとなり、響は弾かれたように顔を上げて仁志を見た。

 

「ど、どっかの自販機で飲み物でも買おう。何だか、今日は暑いから……さ」

「……はいっ!」

 

 そう元気よく答える響の視線の先には、真っ赤な顔の大人のような少年の顔をした仁志の照れくさそうな笑顔があった……。

 

 

 

 仁志と響が飲み物の自動販売機を前にどれを買うかで迷っている頃、仁志の部屋に来訪者が現れようとしていた。

 

「っと、うわっ、本当に狭い部屋だな……」

 

 ゲートを通って出て来た少女は部屋の様子をその場で一通り見回して把握すると、誰もいない事に首を傾げた。

 

「っかしーな。只野って奴がいるはずだろ? あのバカの言葉じゃ日中はほとんど寝てるって話だったし……」

 

 当てが外れた事に後ろ手で髪を掻くと、少女は身に纏っていた赤いギアを消して息を吐く。

 

「いつまでもあのバカだけに押し付ける訳にもいかねーよな」

 

 呟く声は何かを噛み締めるようなもの。が、そこで彼女は気付いた。

 

「な、何だ? 体が……動かねえ……っ!?」

 

 とりあえず外へ探しにと思って足を動かそうとしても動かず、少女は持てる力を振り絞るように奮闘するが、まるで床に張り付いたように足は動かない。

 ならばと座ろうとするのだが、それさえも叶わない。出来る事は、考える事と首や腕を動かすぐらいだった。

 

「ち、ちくしょう……何だよ、これは……っ」

 

 響から仁志の事を聞いた他の装者達は、全員が少なからず彼と会う事に拒否感を抱いた。

 あの響でさえ最初の突発的な出会いとその後のやり取りがなければ同じ事を思ったので、そうなってもおかしくはない。

 問題は、それを感じ取った響は仁志のスマホの説明を忘れてしまったのである。きっと自分以外が彼に会いに行く事はなく、また自分がいない時に会いに行く事もないだろうと思って。

 

 こうして少女、雪音クリスは二人が帰ってくるまでの間、その場で直立不動で待つ事となってしまうのである。

 

 余談ではあるが、二人がアパートのドア前に着いた時にその場で座る事が可能になり、帰宅した仁志を見た時にはクリスは涙目で彼を睨み付ける事となるのだが、それはまた別のお話……。




普段情けないのにいざとなると決める。こんな男はビッキーには強い。
そして遂に二人目の来訪者。賢い担当のキネクリ先輩です。
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