シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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今回は只野の誕生日会(二か月遅れ)です。

コラボストーリーに関しては……ノーコメント。
原作漫画を試し読みでしか読んだ事のない自分には感想を述べる資格はないと思うので。


はっぴーばーすでーのうた

 聞こえてくる誕生日の定番ソング。総勢十一名によるそれは、何というか幸せで、少しくすぐったくて、だけど笑顔になってしまうそんな力を持っていた。

 それにしても、まさか三十にもなって誕生日会なんてものを経験するとは思わなかったなぁ。

 子供の頃両親としていたぐらいで、誰かとやった記憶など欠片もないので新鮮だ。しかも男女比が1:5である。ホント、どうなってんだか。

 

 そうこう考えている内に歌が終わったので俺はケーキの上で揺らめく火を吹き消した。

 大きな蝋燭が三本あるので、一本で十歳計算なのだろう。ちなみにケーキは調とマリアの合作らしい。っと、セレナとエルも手伝ったそうだ。

 切歌とヴェイグはその際に出たあまりの材料の片付け。つまり果物だのクリームだのスポンジだのを食べて協力したらしい。うん、実に適材適所だ。

 

 火が消えると同時にみんなが拍手をしてくれる。

 

「おめでとうございます!」

「おめでとう!」

「おめでとうデスっ!」

「おめでとうっ!」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう!」

「おめでとうございます」

「おめでとうございます!」

「おめでとうございますっ!」

 

 総勢十一名からおめでとうを連呼されると某アニメのTV版最終回みたいだな。

 まぁ、俺は父にも母にも感謝しているし別れを告げるつもりもないけど。

 

「えっと、みんな、ありがとう」

 

 少々照れくさいが素直に感謝を述べる。それだけでみんなが笑顔になるのだから易いものだ。

 そこから料理を食べ始める。ただしケーキは最後の最後。とっておきたいとっておき扱いなのだ。

 食べる時はみんな立ち上がっての一種立食パーティー形式。いや、さすがに女性達を立たせておいて自分は座って食べるなんてしたくない。

 

 そうして料理を平らげて残すはケーキのみとなった辺りで切歌が手を挙げた。

 

「はい! ししょー、そろそろ肝心な物を渡していいデスか?」

「えっと、ああ、そういう事か。うん、お願いするよ」

「では、エルとセレナからプレゼントぞーてーデス!」

「はい」

「分かりました」

 

 そう言って二人が居間の方へ移動する。で、少ししてこちらへリボンをかけられた全巻セットの漫画を持ってくる。多分だけど押入れ辺りに隠してたんだろうな。

 

 きっとリボンは後で買ったんだろう。地味に手が込んでるけど切歌辺りの発案かね? もしくはマリアか調かな?

 

「「はい、どうぞ」」

「ありがとう」

 

 以前持っていた物がこうやって戻ってくるのは不思議な感じだけど、嫌じゃない。何て言うか、うん、悪くない。

 

「只野さん、本当にそれで良かったのですか? 言われた通り古本で探したのですが……」

「新品の方がいいんじゃないの?」

「いや、いいんだよ。ほんの三年前まで俺の手元にあったんだ。なら、それを買い戻したと思えばいい」

 

 でもさすがに全十六巻は重いな。とりあえずこれは足元に置かせてもらうとしよう。

 

 ちなみに俺は主役という事で椅子に座らせてもらっているけど、響達の一部は立っている。座っているのはエル、セレナ、切歌に調。

 ああ、そうそう。今日だけヴェイグもか。テーブルにはケーキ以外にも様々な食べ物が用意されていたので座る場所がなかったためだ。

 全て調とマリアが中心となって作ってくれた物。それとクリスや未来が作って持ってきてくれた物だった。

 

「で、これからどうするの?」

 

 響の問いかけに俺も顔を上げて切歌を見つめた。やはりというか何というか、ほとんど全員が切歌へ顔を向けていた。

 

「えっとデスね。ししょーはプレゼントはマンガでいいって言ってくれたデスけど、それだけじゃあまりにもサビシイじゃないデスかぁ」

「うんうん」

「なので、みんなそれぞれで歌をプレゼントって言うのはどうデスか?」

「「「「「「歌をプレゼント(だぁ)?」」」」」」

 

 切歌の提案に俺を含めたこの家の住人以外が疑問符を浮かべた。

 対するマリア達は笑っているのでやはりもう話し合った後なのだろう。

 

「そう、ギアを使って歌うんです」

「僕とヴェイグさんは姉さんと一緒に歌える歌を歌うつもりです」

「そうなんです。エルとヴェイグさんがゲームの機能で聴いて覚えてくれたから」

「と、言う訳なの。どう?」

「返事をするまでもないよ。世界で俺だけがもらえるプレゼントだ。喜んで受け取らせてもらうさ」

 

 どうも何も俺に拒否する気持ちはない。もらえるなら有難く受け取るだけだ。

 

「私はいいですよ」

「うん、私も」

「ま、この世界じゃギアの役目はそういうものでいいしな」

「あたしもクリスに賛成。平和的なギアの使い方でいいじゃん」

「そうだね。なら、この気持ちをそのまま歌に乗せてみよう。もしかしたら、新しい歌が生まれるかもしれない」

 

 その翼の言葉に俺はテンションが上がる。いや、誰も聞いた事のない、しかも誰かが作詞作曲した訳じゃない“本物”の胸の歌が聴けるかもしれないんだ。

 これ、地味に凄いぞ。と、そこで俺は思い出した。以前のドライディーヴァで感じた事は、これの結果次第で何とか出来るんじゃないか?

 俺に作詞作曲出来なくても、みんなのギアがそれを可能にしてくれる。

 今までは戦うための歌が多かった胸の歌でも、この平和な世界で暮らし、戦いから遠ざかった今のみんなならこれまでにない歌が生み出せるんじゃないだろうかって。

 

「じゃあ期待させてもらうよ。みんなの歌を。俺だけのためのスペシャルライブを、さ」

 

 そう俺が告げるとみんなが笑顔で頷いてくれた。こうして小さな、けれど世界一贅沢なライブが始まった。

 

「一番手はアタシが行くデスよ」

 

 そう言って切歌がギアを纏う。と、そこで彼女が纏ったギアは普段のギア。すると切歌が若干不満そうな表情を見せた。

 

「む~……分かってはいたデスけど、これじゃライブって感じじゃないデスよ」

「まぁ、そりゃ戦闘用の姿だからなぁ」

「デス。ししょー、何かライブ向きな心象変化ギアってないデスか? もしくは見たいギアでもいいデス」

「ふむ……」

 

 言われてエルへ視線を向けると首から下げた袋からスマホを取り出してくれた。

 

「どうぞ兄様」

「ありがとな」

 

 受け取ってゲームを起動。そしてステータスを選択して切歌のアイコンをタップ。

 

「…………うーん」

 

 悩むと言うよりはどれもどれだなってのが素直な感想。いや、結局は戦うための姿なわけだ。ならライブに向いている方がどうかと思う。

 

「いっそアイドルギアとかあればなぁ」

「アイドル、デスか」

「そうそう」

 

 いっそツインドライブギアで色々なパターンを試してみるか? カンフーギア辺りは百烈脚を使えそうな姿とかになってくれそうなんだが……。

 あと、多分その場合奏はクンフーが足りない系の姿になると思う。きっと声繋がりで。

 

「ん?」

 

 とかくだらない事を考えていると何故か切歌の表示ギアの数が変わった。一つ増えたのである。

 どういう事だと思って見てみれば、そこには見慣れぬ白い感じのギアがあった。

 試しにとタップすると……

 

「およ? ギアが変わったデス。って、これはどういう事デスか!?」

 

 切歌の姿が見た事もないギアになっていたのだ。強いて言うなら……アイドルっぽい。

 ただ、俺はどこかで見た気がするんだよな、あれ。

 

「切歌、それに見覚えはない?」

「えっ? ……あっ!」

 

 どうやらあるらしい。

 

「多分デスけど、これ、ししょーに聞いてみようと思ってたアニメの奴デス」

「何てタイトル?」

「あいますって言うやつデス。バイト先の社員さんがオススメしてくれたんデスよ」

「ああっ、アイマスかぁ」

 

 言われて思い出した。これ、たしか765プロのアイドル達が映画ポスターで着てたやつだ。と言う事は、切歌が薦められたのは劇場版?

 

「えっと、もしかして輝きの向こう側ってやつ?」

「おおっ、そうデス。そんなタイトルでした」

「そっかぁ」

 

 切歌の記憶とアイドルと言う単語、そしてライブという状況。それらが合わさった結果出現したのかもしれないな、これ。

 

「えっと……ありました」

 

 と、その間にエルが俺のスマホで検索をかけたらしい。今やエルは分からない事があるとすぐにスマホで検索をかける子になっている。

 お願いだからググレカスなんて言葉を知らないままでいて欲しい。ネットスラングとかの意味を聞かれたら俺は本気で頭を抱えそうだ。

 

「わぁ可愛い」

「ライブ衣装って感じだね」

「アイドルマスター……か。成程、だからアイマスなのね」

「もしかして、仁志さんがライブって言ったから切ちゃんはそれを意識してこれを思い出した?」

「可能性はあります。切歌お姉ちゃんは素直で思い込みが強いですから」

「えへへ、たしかにぼんやりとアイドルらしい格好がいいとは思ったデス」

 

 エルの言葉に本人が照れくさそうにしているけど、これ、言ったのがエルじゃなきゃちょっと馬鹿にしてるやつだぞ?

 

 そう思っている内に響達全員がアイマスの衣装を見ていく。

 で、俺はと言えばこれでツインドライブにした場合はどうなるのかと思って試していた。すると何故か発動しないという事に一瞬恐怖を感じたものの、そこへ表示されたメッセージに苦笑した。

 

――このギアは対応していません。

 

 どうやらアイドルギアは戦うギアではないらしい。本気でただただギアが切歌の願いへ応えただけなんだろう。

 

「切歌、アイドルギアがステータスにも反映されてるよ」

「ホントデスか? じゃあじゃあ、ツインドライブ出来るデスかね?」

「いや、対応してないみたいだ。そうやってメッセージが出た」

「ナント、驚きデス」

「という訳で歌ってもらえるかい? 楽しみなんだよ、これでも」

「ししょーがそこまで言うのなら後はお任せデース! こほんこほん……あ~」

 

 まるで歌手のような事をやって場を和ませる切歌に俺は心の中で拍手を送った。

 本当にみんなを明るくする子だよ。そういう意味じゃ、アイドルの資質は十分だな。

 

「じゃ、歌うデスよ」

 

 そうして切歌が歌い始めた瞬間、誰もが息を呑んだ。

 それは、初めて聞く音だった。それは、初めて聞く詞だった。

 

 それは、初めて聞く歌だった。

 

 楽しげに明るく、いかにも切歌らしいそれは、俺と出会えた奇跡に感謝し、笑い合える時間を大事に思っている、そんな歌だった。

 

「一緒にいるとワクワクするデス。一緒にいるとドキドキするデス。でも、このワクワクも、このドキドキも、きっと貴方と一緒にいる時だけの特別デス!」

 

 惜しむべきはフルサイズ程の長さがない事だろうか。あるいは、それでこの歌は全部なのかもしれない。

 

 歌い終わった切歌はどこか照れくさそうにこちらを見つめて頬を掻いた。

 

「ど、どうでしたかね? ししょーの事を思って歌ってみたデスよ」

「とても良かったよ。その、切歌の気持ちが伝わってきた。ありがとな、切歌。君は俺の最愛の弟子だよ」

「さ、最愛……ぁぅ」

「あっ、ごめんごめん。最高のだった」

 

 一文字違うだけで大分違う。まぁ切歌が嫌じゃないようなので良しとしよう。

 

「じゃあ、次は私がいくから。仁志さん、切ちゃんと同じギア出来ないか見てみて」

 

 切歌とタッチ交代で居間に立つのは調である。で、その言葉に頷き、俺は彼女がギアを纏うの待つ。

 それから調のアイコンをタップすると……おいおいマジか。

 

「いくぞ?」

「うん」

 

 切歌に続いてのアイドルギア。でも、これもある意味でこの世界だから出来るギアかもしれない。

 だって、どう見ても特殊能力なさそうだし。出来てもサイリウムの光が勝手に出現するとかな気がする。あと、コールを入れてくれるとか?

 

「凄いです。こんなに簡単に心象変化ギアを成し遂げるなんて……」

「お兄ちゃん、ステータスでやってるんだよね」

「え? あ、うん」

 

 セレナの言葉に頷く。もしそうじゃないとすれば色々腑に落ちない事が多いし。

 だってシンフォギア装者のアイマス衣装だぞ? バンドリ以上のコラボだろ、それは。

 

「……あたしらも出来るか?」

「分からないけど、多分これがライブだって強く思えば出来るんじゃないかな?」

「よし、クリスちゃん、未来、私達も頑張ってあのギアになろう。仁志さん、喜んでくれてるみたいだし」

「あー、うん。それは否定しない」

 

 こうして見ると調のギアは……双子のアイドル風だな。だけど……多分真美? で切歌が亜美だと思う。

 

「それじゃ仁志さん、ちゃんと聞いてて。絶対、初めて歌う歌だから」

 

 そう言って調のギアが演奏し始めたのも初めて聞くものだった。当然歌われる内容も初めてだ。

 切歌が元気系なら調は、ちょっと大人に憧れる系だろうか? 子供を脱したいと思う少女らしさが感じられる歌詞に調の歌声が乗って微かな色気がある。

 

「これが恋なのかな? それとも憧れ? 私には分からない。だけど、きっとこれは大人の始まり。貴方がくれた、大人への鍵だと思うから」

 

 何というか調の眼差しが若干艶っぽい。こうして見ると色気があるんだよな、この子は。

 こちらも切歌と同じで三分もない歌だ。それでもこれが調の胸の歌。今、俺へ向けて歌う歌、なんだろうな。

 

「どう、かな?」

「とても素敵でどことなく色気のある歌だった。ありがとう調。きっと君は立派な大人の女性になれるよ」

「大人の女性……ふふっ、ありがとう、仁志さん」

 

 少しだけ照れながらでも嬉しそうに微笑んで調が居間から動く。

 

「じゃ、私が行きます。マリアさん達が歌った後はさすがに気が引けるので……」

「頑張れ未来~」

 

 まるで響が未来のファンのようだ。まぁ実際二人はそういう間柄って言ってもおかしくないけど。

 そしてさらりと出現するアイドルギアアイコン。うん、もう驚かない。というか、これは多分あれだ。切歌が実際に見せた事と実物を画像で見たのも影響してる。

 トドメに俺が言ったライブって表現だろうな。まぁ、みんななら歌手と言うよりアイドルだろうし。

 

「えっと、聞いてください、でいいのかな? 只野さんへのプレゼント、です」

 

 未来のギアは……雪歩、だろうか。もしそうなら響がどうなるかは読めてくるな、これ。

 

「言いたい事さえ言えなかった。そんな私へ貴方は言ってくれた。誤魔化さないとダメな絆なんて壊してしまえって」

 

 その歌い出しで俺は息を呑んだ。いや、歌詞にじゃない。未来がこっちを見つめて優しく微笑んできたからだ。

 切歌や調と違って俺だけを見て歌われる胸の歌はかなり強烈だった。隠す気もない直球の告白じゃないか。

 

「……み~く~」

「こりゃあたしらへの挑戦だな」

 

 恨み節にも近い感じで呟く響とクリスに乾いた笑いが漏れる。

 まぁ、もうこの二人が俺へどう思ってくれてるのは分かっているし、その、悪意に操られていたとは言え、多分ああいう事をさせてもいいと思ってくれているはずだ。

 

 ……もったいない事をしたと思えるのはあの危機を脱したからだと思おう。何事も命あっての物種だ。

 

「……い、以上です」

 

 歌い終わって恥ずかしくなったのか、未来はそう言うとこそこそと俺の視界から外れる。

 で、入れ替わるように出て来たのは予想通りの少女だった。

 

「はーい、次は私がいきまーす」

 

 元気いっぱい出て来た響がその雰囲気のままにギアを纏う。そしてやはりアイドルギアアイコン出現。それもパンツタイプできっと真、だなこれ。

 

「響、ちょっとお願いがあるんだけど」

「へ?」

「へへっ、やーりぃって言ってもらえる?」

「えっと……」

 

 声は違ってもどこかノリは近い風になるんじゃないか。そう思って俺が言ったキャラの口調を聞いた響は少し考える感じで黙って……

 

「へへっ、やーりぃ! ……こんな感じ、ですかね?」

「うん、ありがとう。今のだけで十分なプレゼントだよ」

 

 僕っ子ではないけど意外と悪くない。というか、響の優しさで胸がいっぱいになる。

 

「こ、これで喜んでもらえるならいくらでも言いますからね?」

「あ、ありがとな。でも、一度でいいよ。その、マジでありがとう」

「あ、あはは……じゃ、じゃあ歌いますね?」

 

 照れていた響だけど、気を取り直すようにそう言って目を閉じた。

 流れ始める音楽。これも、知らないな。静かな始まり方だけどどうなるんだろう?

 

「……初めて出会ったその人はどこか眠そうな顔をして、驚き戸惑う私に優しく言葉をかけてくれた」

 

 ……まさかの未来スタイル。俺の目をしっかりと見つめて歌われる静かな出だし。

 何て言うんだろうな。これをラブソングと言わないで何をそう言うんだと言うぐらいの雰囲気だ。

 

 そこから曲調が変わって明るく元気なものへなる。いかにも響らしいそれに安堵しつつ、だけどドキドキは止まらない。

 

「ずっと! (ずっと)傍にいたい! もっと! (もっと)傍にいたい! この気持ちが貴方に届きますようにっ!」

 

 脳内で勝手に“ずっと”と“もっと”コールが入った。いや、うん、響らしい。

 ただ、若干愛が重い。俺、今まで未来がそういう傾向だと思ってたけど、響も意外とそっちらしい。

 そんな風に思う歌はそこから一分かからず終わりを迎える。

 うん、何というか分かった事がある。本当の胸の歌って、やっぱり商品にするとか度外視だから譜割もメチャクチャで韻とか関係ないんだって。

 

「……ふぅ、どうですか?」

「あー、うん。俺の感想はセレナの反応に近いよ」

「へ?」

 

 顔を赤くして両手で頬を押さえているセレナを見て響が何か納得するような顔をした。

 隠す気のないラブソングだよ。愛してるとかは入ってないけど、そうだって全身で叫んでるような歌でした。

 

「んじゃ、次はあたしな」

「う、うん、どうぞ」

 

 響と交代で居間の中央へ立つクリス。そしてギアを展開すると俺の手でアイドルギアへって……おおっ。

 

「へぇ、あたしはこんな感じか」

 

 あれは……多分伊織、だな。同じツンデレって事だろうか? ああ、お嬢様って共通点もあるな。

 ただ、クリスの場合は元がついてしまうけど。ご両親が生きていれば良家のお嬢さんだったろうからなぁ。

 

「じゃ、しっかりとその耳で聞きやがれ。その、仁志のために歌うんだからな?」

「ああ」

 

 クリスのギアが流し始めた音楽は予想に反して穏やかなものだった。アップテンポかあるいは激しいのがくると思ってたんだが……。

 でも歌い始めて気付いた。クリスの素直な思いが出せる一番のものって歌なんだ。だからこそ、俺への気持ちを伝えるのに激しい歌やノリノリな歌にならないんだろうって。

 

「最初はこっちが引っ張ってたのに気付けばそっちが引っ張ってる。それがとても不思議ですっげぇ嬉しい」

 

 照れくさそうに、嬉しそうに、俺を見つめながら歌うクリス。Gで見た放課後モノクロームをどこか思い出す。

 ああ、そうか。あのクリスが心から歌を楽しんでるからか。しかも、自分の想いを俺だけじゃなく響達仲間へも包み隠さず吐露してるんだ。

 

「あたしに恋を教えてくれてありがとう。あたしに、愛を教えてくれて、ありがとう……」

 

 な、何というか響の時以上に照れくさい。あ、愛を教えた事はないんだがなぁ。

 

「じゃあ、次は私達がいくね」

「うん、お願い」

「ヴェイグさん、大丈夫ですか?」

「ああ、歌詞は覚えたからな」

 

 セレナがヴェイグを抱えてエルと手を繋いだまま居間の中央へ立つ。そしてギアを纏ったので、俺は試しにアイドルギアがあるか探す。

 で、結果はありました。セレナの姿もアイドルギアへと変わり、エルとヴェイグがどこか驚いていたのが印象的だ。

 

 多分だけどセレナなのにパンツスタイルだからだろう。きっとあれはやよいだろうな。やっぱりこれ、俺のイメージをどこか反映してるんだ。

 

「じゃあ行くよ?」

「はい」

「ああ」

 

 そして始まる三人での“誰かのためのヒカリ”は、何というか胸にくるものがあった。

 温かいとでも言えばいいんだろうか。こう、知らず笑顔になっていくというか、表情が緩むというか。そんな不思議な力に満ちている歌だった。

 

 歌い終わるとみんなから拍手が出たのも納得の優しい時間だった。その拍手を浴びながら三人は恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「それじゃあ、私がいかせてもらうわね」

 

 セレナと交代で出て来たのはマリア。ギアを展開してこちらを見つめてくる。これ、アイドルギアは出来ないかって事か。

 なのでマリアのアイコンをタップすれば見事アイドルギアがある。ホント、どうなってるんだよ、これ。

 

「……こ、こういう衣装は初めてだから少し恥ずかしいわね」

 

 マリアのは……律子、か。もしかして俺、マリアからダーリンって呼ばれたいのだろうか?

 

 ……否定出来ない。というか、ダーリン呼びのマリアとか新鮮過ぎる。何となくだけど恥ずかしそうに顔を背けながら言って欲しいもんだ。

 

「マリアはアイドルって言うよりアーティストだからねぇ」

「だが似合っているぞ」

「そ、そう? なら、ありがとう。じゃあ、仁志、聞いていて。私の歌を」

 

 スッと空気が変わる。マリアが両手を胸に当てた瞬間雰囲気が変わるのが分かった。

 やがてギアから知らない曲が流れ出す。穏やかに、だけどどこか力強いその音色はマリアにぴったりだと思った。

 

「恋なんて出来ないとどこか諦めていた。私には遠い世界の話だとさえ思っていた……」

 

 聞こえてくるのはマリアの心情。そこで思い出す。あの初めて出会った日のやり取りを。彼女は結婚出来ないと思っているような風に喋っていた事を。

 

 マリアの歌は続く。俺と出会って共に過ごす内に夫婦生活をしているような気持ちになったと、そう彼女は歌う。

 愛らしい妹達と支え合って生きる中で、俺との時間がいつしか愛おしくなっていた。そう、マリアは歌う。

 

「この日々を、この時間を、私は大事にしたい。貴方がくれた居場所と温もりを、いつまでも優しく抱き締めていたいから」

 

 マリアも、最後まで俺の目を見つめて歌い切った。ああ、うん、分かってるよ。君が俺へどう思って、どう心を寄せてくれていたか。

 俺達は、ここで夫婦をしてた。セレナとエルという子供を相手に悪戦苦闘しながら父と母をやっていたんだ。

 それを、君は幸せと感じてくれていた。俺も、それを幸せと思っていた。そして君はそれを現実にしたいと思ってくれているんだろう。

 

 あの時の悪意の演技は、やはり根底にマリアの願望があったんだ。俺の子が欲しい。それは、きっとそういう事なんだと思うから。

 

「……感想、もらえる?」

「えっと……伝わった」

「伝わった、か……。そう、分かったわ」

 

 噛み締めるようにそう言ってマリアは小さく微笑んでその場から歩き出す。

 

「次は私が。只野さん、もし出来るなら」

「うん、見てみるよ」

「お願いします」

 

 そう言うと翼はギアを展開して少し待つ。俺は翼のアイコンをタップして……うん、あるね。

 そして変わった姿は……予想通りの千早スタイル。髪色、歌への情熱、人付き合いの不器用さ。どれをとっても似てるもんなぁ。

 

「……な、何故か分かりませんが妙な緊張感があります。い、違和感はないですか?」

「翼さん、可愛いですよ」

「似合ってますから大丈夫です」

 

 セレナとエルが翼へ安心させるように声をかける。俺もその意味合いで大きく頷くと、翼が安堵するように笑みを浮かべた。

 

「では、聞いてください。ただの翼の歌を」

「っ……」

 

 小さく笑みを浮かべての言い方に少しだけドキッとする。意図して言ってると、今は分かるからだ。

 流れてくるのはまるでどこまでも続く青空をイメージさせるような、そんな音楽。

 

「この身は剣。そう思っていた私へ、女でいていいのだと貴方は言ってくれた。この身は女。そう言ってくれた貴方へ、私は恋したのだとそう分かってしまった」

 

 真っ直ぐな眼差しと少しだけ照れるような笑み。ここにいるのは防人でも、ましてやアーティストでもない風鳴翼だった。

 きっと、彼女の言い方を借りれば“ただの翼”なんだろう。歌が好きな、ただの女性だ。

 歌詞はそこからここでの暮らしへと移り、今まで気付かなかった事や知らなかった事への感動や喜びを歌う。

 

「私はただの翼でありたい。私はただの翼でいたい。貴方の傍で微笑みながら歌っていられる、ただの翼で居続けたい」

 

 マリアとは違った意味で翼はこの日々を愛おしく思っているんだと伝わった。痛いぐらいに、伝わった。

 本当に翼にとってここはただの翼でいられる場所なんだと、そう分かった。

 

「どうでしたか?」

「うん、嬉しかったよ。翼が、ただの翼として歌うところを間近で観れて」

「そう、ですか。その、私は只野さんさえ望むのならいつでも只野翼になれますからね」

「っ!?」

 

 それはズルいだろ。そう思うも口には出さない。周囲は、多分気付いてない。今の翼の言葉がどういう意味かを。

 ああ、もう。可愛すぎるだろ、今の。少しだけはにかみながらそんな事言われたら……なぁ。ある意味みんながいるところで良かった。じゃなかったら確実抱き締めるぐらいしてたぞ。

 

「じゃ、最後はあたしか。仁志先輩、ちゃんと聞いててよ?」

「勿論。心に刻むぐらい耳を澄ませるよ」

 

 そう返すと奏は嬉しそうにギアを展開する。そして俺の手でその姿がアイドルギアへ変わる。うん、予想通りあずささんか。翼は千早だったから正直予想はしてた。

 それにしても、響達だとフェアリーと春香はいないのか。まぁ、フェアリーはあの三人娘かもしれない。春香は……ある意味シンフォギアの始まりであるフィーネ、なんだろうか?

 

 そんな事を考えながら俺は奏の歌を聞く。勿論初めて聞くメロディーだ。

 

「頼りなくて冴えなくて、なのに気付けば目が追ってる。そんな自分が理解出来(わから)なくて、けれどいつも見つめてた」

 

 ……正直、以前までの俺だったら逃げ出したいぐらいの歌だった。というか、俺へ想いを告げてくれた女性達の胸の歌、反則だろ。

 俺が全員だって決意し全部受け止めるんだって思ってなかったら、これだけで思い悩んで苦しんでたレベルだぞ。

 

 それに奏は顔を赤くしながら歌ってる。あのカラオケでは激しく情熱的な彼女が、恥じらいなどを感じながら想いを俺へ届けようとしてくれているんだ。

 

「ヒーローの話をする貴方が好き。子供みたいに笑う貴方が好き。不意に見せる大人の貴方が、好き……」

 

 許されるなら今すぐにテーブルに突っ伏して顔を隠したい。だけど出来ない。奏が全てを俺へぶつけてくれるのなら、俺もそれを全身で受け止めたいから。

 

 歌い終わると奏は深呼吸を一つした。

 

「どう?」

「……何か嫌な事があったら思い出すぐらいには胸へ刻み込んだよ」

「そ」

 

 ならいいよ。そんな風に聞こえるような顔で返事をし、奏も居間から動いた。さてこれである種終わりなのだろうが、まだ歌い手は残ってる。

 そう思って俺は席を立つと疑問符を浮かべるみんなを後目に居間へと向かう。そしてみんなが立った位置へ到着するとテーブルへと向き直る。

 

「じゃあ、俺からみんなへのお礼だ。その、アカペラだけど許してくれ」

 

 俺に胸の歌なんて気の利いたものは出来ない。だけど、今の俺の心情に近い歌なら知っている。いや、この時間が終わった後の、だろうか。

 歌い始めるとみんなが初めて聞く歌に首を傾げる。それでも歌詞を聞いていく内に表情が変わっていく。驚き、喜び、嬉しさ。そういうものが宿ったものへと。

 

「ゆ~め~でお~わらせないっ」

 

 知る人ぞ知る名曲だ。ただ、使われたゲームの雰囲気には合わないと思われたのか移植版ではなくなってしまったED曲だけど。

 俺は動画で見たんだけど、明るい未来へ繋がっていくような感じがして好きなんだけどな。まぁきっとあれは長期シリーズ化されると思ってなかったんだと思う。

 

 バイオハザード、今じゃロングタイトルだもんなぁ。

 

「レールの上、歩いていこう~っ!」

 

 ふ、フルサイズ歌い切ってしまった。前奏や間奏なんかがないとしても、しっかり歌い切る自分に驚きだ。

 

「……ご静聴、ありがとう」

 

 最後に恥ずかしさを隠す意味合いも込めて頭を下げる。いや、いっそカラオケにでも行けば良かったと思う程の内容だな、この誕生日会。

 

「兄様、今のはなんて歌ですか?」

 

 聞こえてきたエルの声に顔を上げる。そこには優しく微笑む俺の守りたい人達がいた。

 

「夢で終わらせないって歌だよ。結構古いゲームのトゥルーエンド限定の曲なんだ」

「へぇ、じゃあ人によっては聞けないんだね」

「そうだね」

 

 そう俺が答えた時だった。ある意味で当然の質問が切歌から出た。

 

「ししょー、それってどんなゲームデスか?」

「バイオハザード。生物災害って意味の和製英語、かな? 要はとあるウイルスが切っ掛けで生物が化物になっちゃうやつだ。そんな化物だらけの建物や街を舞台に生き残るサバイバルホラー……」

「ほ、ホラーデスか」

「だった」

「へ?」

 

 怯えが一転して“どういう事?”みたいな顔をする切歌。うん、本当にこっちの予想通りのリアクションをしてくれるな、切歌は。

 

「VRって言うものを使った最新作はともかく、今じゃホラー要素は薄れに薄れて初期の頃の怖さは失せてる。敵の化物の怖さ自体は増してるけどね」

「えっと……?」

「つまり、こちらを不意打ちで怯えさせる要素は薄れている?」

「そんな感じでいいよ。最早ほとんどが単なるウイルスで狂暴化したり凶悪化した生物兵器と戦うだけのゲームだから」

 

 嫌いではないけど、俺が見たあのゲームの怖さみたいなのは操作性を一新した辺りで完全に消えた気がする。

 まぁそこまでファンじゃないのでいいんだけど、1や2が好きだった人は5や6をどう見てたんだろう?

 俺は最初別ゲームだと思ったぐらいだ。内容も弾を買えたりするって聞いた瞬間耳を疑ったし。

 

「それにしても、お兄ちゃんの歌、いい歌だったよ」

「そうか。それなら良かったよ」

「夢で終わらせない。僕も同じ気持ちです、兄様。この時間を、出会いを夢になんてさせません」

「エル……ああ、そうだな」

 

 割とラブソングっぽいけど、どうやら二人にはそれよりも夢で終わらせないという部分が強く刺さったらしい。

 それに内心安堵する。まぁこの二人にはそういう風に受け取ってもらいたいと思っていたので良かった。

 

 問題は……

 

「仁志先輩、今のって……」

「そう言う事、でいいのよね?」

 

 奏とマリアの言葉に深く頷く。響とクリスには直接伝えたけど、まだ彼女達には言っていない事を言うために。

 

「ああ。俺は、俺にはこの時間を終わらせるつもりはないよ。君達に手酷く別れを告げられていなければね。まぁそうじゃなかったとしても、全てが片付いた後どうなるか分からないからな。でも例えゲートが閉じるとしても、俺は諦めないで迎えに……いや、会いに行くよ」

 

 少なくても気持ちだけはそのつもりだ。世界が俺と彼女達を阻むとしても諦める事はしたくない。

 まぁ、全員に平手打ちされていたら話は別だけども。

 

「マリア、奏、翼と未来も聞いて欲しい。俺へ好意を抱いてくれてありがとう。だけど、俺は君達の中から誰か一人を選ぶ事はしない。いや、出来ない。それをふざけるなと思うなら思ってくれていいし、今後事務的な事以外では接したくないと思っても構わない。俺は君達全員の想いを受け止めたいし受け入れたいんだ。この一件が片付いて君達がそれぞれの世界へ帰るまで、俺は馬鹿な男の夢を目指したいから」

 

 そう告げると四人が小さく苦笑した。

 

「ったく、聞いてはいたけどここまでとはね。仁志先輩、それってさ、普通口に出さないもんだよ」

「そうね。しかもよりにもよってその当事者が揃っている場所でなんて、ね」

「だからこそ、只野さんらしいと思います。隠し事、苦手だし」

「どちらかと言えば、私達にそういう事をしたくない、だろうな。違いますか?」

「違わない。出来る限り君達には誠実でありたいと思ってるから。まぁだからってハーレムを目指すってのは違うとは分かってはいるんだけどな」

 

 本当の誠実とは周囲からの目を考え、世間体を考え、悩みに悩んで、苦しみに苦しんで誰か一人に決める事なんだろう。

 だから俺はそういう意味では不誠実だ。でも、それ故に隠す事なく打ち明けたんだ。

 

「あたしがこっちに初めて来た時、仁志先輩は自分や周囲をちゃんと見れてなかった。でも、今回はそうじゃなくてそう言ってるんだよね?」

「ああ」

 

 懐かしいな。奏と初めて会った日の事は今でもはっきり覚えてる。何せ最初は俺をさん付けで呼んでたのに、気付けば只野と呼び捨てになっていたんだから。

 

「……覚悟の上、か。あの時は説教だったけど、今回はどうしてやろうか」

「好きにしてくれていい。引っ叩くなり罵るなり怒鳴るなり、さ」

「…………やめとく。だって、どうしたってあたしだけをなんて言ってくれないって分かるから」

 

 どこか悲しげで、でも嬉しそうな顔で微笑む奏に胸が痛む。

 すまない。口には出さないけど君しかここに来ていなければって、これは全員に言えるか。

 

「でも、さ。仁志先輩の事だから全員って言いつつ一人に決めないとってどこかで思ってるだろ?」

「否定はしないよ。まぁ、決められる気はしてないけどな」

 

 もうそうなら最初から全員なんて言うものか。

 

「あのね、そういう事を平然と言わないの」

「良くも悪くも開き直ったんだ。マリア、前に君は聞いてただろ? 例え世間から見れば間違いでも、俺の中で正解なら正解だって」

「誰かに迷惑をかけないならという注釈が付くんじゃないの?」

「だから迷惑かけないように口に出して表明したよ。俺はこういう考えを出しました。それを聞いて呆れるなり嫌うなり離れるなり好きにしてくれって」

「……つまり、もうこの答えは変わらない?」

「変えるぐらいなら口に出してない」

 

 はっきりと言い切る。ただ力み過ぎないように心掛けた。

 するとマリアがこれみよがしにため息を吐いてこちらを見つめる。

 

「この日々が終わるまでは?」

「最低でもね」

「只野さんはもうあのゲージが好感度とは思っていないんですね?」

 

 翼の確認に深く頷く。エルの仮説を俺も信じる。あれは俺がみんなを実在の存在だと思っていくと増えるんだと。

 なら彼女達の想いは影響しない。いや、多少はするかもしれないがマイナスに働く事はないだろう。

 

「というか、もし好感度だとすればだ。俺はこれも悪意のプレゼントだと思うぞ。これだけの女性達を相手に俺みたいな奴が事務的な付き合いを出来るか」

 

 間違いなく誰かへ惚れるっての。いや、惚れ込むっての。実際そうなってるし。

 

「そういえばタダノ、一つ聞いてもいいか?」

「ん? どうした?」

 

 エルやセレナと一緒になってケーキを見つめていたヴェイグが突然思い出したようにこっちへ声をかけてきた。

 というか、あれだ。まずはケーキを切り分けるべきか。正直切歌や響もチラチラと気にしてるからなぁ。

 そう思ってケーキを切り分けてもらおうとマリアへ声をかけようとした時だった。

 

「どうていとは一体なんだ?」

 

 間違いなく、一部の人間の空気が凍った。平然としているというか小首を傾げているのはエルとセレナに切歌と調に響。

 残りは見事に顔を赤くしていた。俺? 俺はむしろ青いと思う。いや、何せヴェイグがそんな言葉を知るとしたら俺からしかない訳で、でもそうなると普通説明しているはずなのだ。

 

 では、どうしてヴェイグが言葉は知っていて意味を知らないのか。それは俺が一方的に発言したからだ。それもヴェイグが説明を求められない時に。

 それは一つしかない。あのマリアが乗っ取られた時だ。そういえばヴェイグはあの時俺と悪意のやり取りを聞いていたっけ。完全に失念していた。

 

「ヴェ、ヴェイグ、道程ってのは道のりって事で」

「ぜってぇ違うだろ!」

「ひ、仁志? 貴方、いつそんな言葉を使ったのよ?」

 

 クリスのツッコミに顔を背け、マリアの疑問にだんまりを決め込む。だが、そんな事をしてもすぐ分かる人には分かるもので……

 

「多分例のマリアが乗っ取られた時だね」

「うん、その時しかないと思う。只野さん、どうしてそんな表現を……」

「多分ですけど勢いで言ったんだと思います……」

 

 赤い顔で俺を見てくる未来。うん、その通りだけど仕方ないじゃないか。俺もあのマリアの行動に動揺してなかった訳じゃないんだから。

 

「あの、兄様、どうていとはどういう」

「マリア、これ、教えた方がいい? 正直今の俺には判断出来ない」

 

 知的好奇心の塊なエルが案の定僕も教えて欲しいみたいな感じで尋ねてきた。なのでマリアへパス。

 

「ええっ!? え、えっと……」

「もしかして、あまり知らない方がいい言葉デスかね?」

「雰囲気的には知らない方がいいって言うよりは知らなくてもいい感じだよ、切ちゃん」

「仁志さーん、どーてーってエッチな言葉ですか?」

 

 言いよどむマリアを見て切歌と調が察しを付け始め、響はズバリな聞き方をしてくる。

 

「エロい言葉ではないよ。むしろそういうものとは遠い存在って意味だし」

「クスッ、只野さんらしい……」

 

 翼がやや苦笑するように俺を見る。間違ってないだろ? エロから遠い場所にいるからこその童貞だ。

 

「まっ、えっと、簡単に言えば女と深い仲になった事のない男って事」

 

 俺とマリアが何も言えないし言わないと見た奏が何とも見事な表現で説明してみせる。嘘は言ってないな、うん。

 

「そうなんだ。でも、今のお兄ちゃんは姉さん達と凄く仲良くなってると思いますよ?」

「うん、それではダメなのかな?」

「お付き合いしてないからじゃないデスかね?」

「それが有力じゃないかな?」

「ねぇ未来、知ってるなら教えてよ」

「えっ?! え、ええっと……」

 

 あー、未来が言い辛そうな反応を見せた瞬間に響達年上三人が何となく察した顔をした。

 セレナとエルは小首を傾げて不思議顔。癒されるなぁ、あの二人。

 

「えっと、マリア、申し訳ないけどケーキ切り分けてくれるか? エル達がそろそろ食べたいみたいだし」

「そ、そうね。今切るわ」

「タダノ」

「ん?」

 

 で、気付けば俺の近くにヴェイグがいた。

 

「もしかして、俺は聞いてはいけない事を聞いたのか?」

「あー、そんな事はないよ。えっとな……」

 

 こっそりとヴェイグにだけ意味を教えると、理解出来ないとばかりに首を傾げられた。

 

「どうしてそんな事を意味する言葉がある?」

「え? そう言われると……どうしてだろうな?」

 

 言われて思う。たしかに必要ない気がする。未経験って言い方で済ませればいい話だ。

 

「……人間の考える事は分からない事が多い」

「返す言葉がないよ」

「別にそれが悪い事ではないんだろう?」

「うん、まぁそうだな」

 

 童貞や処女が悪いなんて事はどこにもない。だって、ある意味じゃ穢れてない状態って事だし。

 

「なら、きっとそれはそうじゃなくなった者達が考えた言葉なんだろう」

「へ?」

 

 どういう意味だと、そう思ってヴェイグを見つめる。

 

「多分だが、そうじゃなくなった者達を指し示す言葉はないんじゃないか? もしそうならおかしいだろ。子供と大人と変化前と変化後に別々の名称があるなら、それにも変化前と変化後それぞれに言葉を作るべきだ。だがそれがないとすればだ。変化した者達が自分達の方が正しいとするために考えた言葉じゃないか?」

「…………まぁ童貞に関してはそうかも」

 

 自慢するために生み出された言葉かもしれないと、言われて思った。

 ただ、今はともかく昔は貞操に関して厳しい面もあったからなぁ。なので何とも言えない。

 まぁ、現代では童貞は確実差別用語な一面を持ってるけど。

 

 でも、童貞の変化後の名称かぁ。考えてみるのも面白そうだ。

 未経験が童って付くから、経験後は童に非ずって事で非童だな。

 うん、いいんじゃないか? 童貞をバカにする奴にはこの非童者って言い返してやると響き的に非道と似てて割と良くないイメージになるし。

 

「只野さん」

「ん? 翼?」

 

 そんなくだらない事を考えていると、いつの間にか近くにいた翼に声をかけられた。

 

「少し耳を貸してください」

「いいよ。何?」

 

 言われるままに翼へ耳を寄せると小さな、だけどたしかな声でこう言われた。

 

――私ならいつでも構いませんよ。

 

 弾かれるように顔を動かすと、そこには少しだけ赤い顔で俯く翼の姿。

 

「つ、翼、今の……」

「わ、私のデートはそういう事でも構いませんからっ」

「あっ……」

 

 とんでもない事を言って翼はその場から立ち去る。向かう先は……洗面所かトイレだろうな。

 

「タダノ、翼はどうしたんだ? さっき、一瞬だが以前のぷーるで出した不思議な匂いをさせていたぞ?」

「不思議、か……」

 

 どうやら悪意に操られてって事じゃないらしい。いや、演技している?

 

「……嫌なもんだな、こういうの」

 

 みんなからの好意をどこかで疑わないといけないってのは、思った以上に心にくる。

 本当に嫌なもんだよ、悪意のおかげで色々と疑わないといけなくなりつつあるし。

 

 いや、だからこそ俺は疑心に囚われないようにしないと。悪意がなんだ。怯えてるだけじゃ始まらないんだ。

 これが正しいって言える勇気があればいい。俺は、みんなのために強くありたいし強くなりたいんだから。

 

「仁志、ケーキ切り分けたわよ。主役の貴方が食べないとエル達が食べられないから早く来て」

「分かった」

 

 とりあえず、今はこの時間を楽しむとしよう。そう思って苦笑しつつテーブルへ近付く。

 

「兄様、早く早く」

「切歌さんが限界です」

「ししょぉ……」

「はいはい、今食べるから」

「はい、どうぞ」

 

 ケーキの乗った紙皿を手にして俺が食べるのを待つエル達。その急かすような顔を見ながら俺は差し出された紙皿を受け取る。

 

「ありがとう。じゃ、食べようか」

 

 調が中心となって作ってくれた合作ケーキは美味しかった。店のケーキにも負けてないと言うと調は嬉しそうに笑ってくれ、エルとセレナに切歌は胸を張っていた。

 

「切歌は余った材料を俺と食べただけだろう」

「い、いいじゃないデスか。それも立派な手伝いデス」

 

 そんな切歌にみんなで笑う。その笑い声を聞きながら、俺は一人密かに思うのだ。

 

 可能なら来年はちゃんと誕生日当日にこうして過ごしたいと。せめて、一緒の時間を生きられないとしても、そういう時ぐらいは共に過ごしたいな。

 そう心から願いながら俺はケーキを頬張る。甘くて優しい味なのに、時々微かな酸味が走る。それがまるで自分の気持ちのように思えて、俺は少しだけ複雑な心境のままケーキを食べるのだった……。

 

 

 

 ケーキを食べ終えテーブルの上にあった大皿なども片付いた後、誕生日会を仁志は閉めるべきだろうと思って周囲を見回した。

 

「みんな、今日はありがとう。初めて誕生日を家族以外にこうして祝ってもらったよ。本当に、嬉しかった」

 

 そう告げて仁志は切歌とセレナへ顔を向ける。

 

「切歌、セレナ、本当にありがとう。俺の独断で誕生日をスルーさせたのに、こうしてみんなを動かしてくれて……感謝してる」

「ししょー……」

「お兄ちゃん……」

「響達も、そのありがとう。三十男の馬鹿なワガママをこうして笑顔で許してくれて」

「これに懲りたら来年はちゃんと当日かその周辺で祝われなさい」

「そうですよ仁志さん」

「反省してくださいね、兄様」

「ああ、分かった」

 

 和やかな空気が流れる中、仁志が会の終わりを告げようとした瞬間だった。

 

「えっ!?」

 

 エルフナインの首掛け袋が大きく振動したのである。スマートフォンが原因である事は明らかなので慌てて取り出すエルフナインだが、それと同時に居間に置いてあるゲートから何かが出現しようとしていた。

 最初は実体を持たない影のようなそれは、ほんの数秒で形を持った力ある存在へと変化する。

 

「っ!? ノイズっ!」

 

 それはアルカ・ノイズではなく普通のノイズ。仁志が初めて肉眼で見るノイズであり、響達にとっては久しぶりの遭遇であった。

 そのノイズは迷う事なく仁志――ではなくヴェイグを狙って動き出す。

 

「こいつ、俺を狙ってるのか!?」

「ヴェイグっ!」

「仁志さんっ! ダメっ!」

 

 ヴェイグの一番近くにいる仁志が彼を庇うようにノイズの前へと立ちはだかる。それにノイズの動きが一瞬止まりかけるも、若干速度を落としながら動き続けた。

 響達がそれぞれギアを展開しようとするも間に合いそうにない距離。

 

――ギアが間に合わない……っ!

 

 九人の心が最悪を想像して微かに軋む。そしてそんな彼女達の目の前でノイズの手が仁志へ向けて放たれようとした。

 

「兄様ぁっ!」

 

 依り代を首掛け袋から取り出したエルフナインの悲痛な叫びが室内に響き渡る。

 

 果たして仁志はどうなってしまうのか。依り代が震えた理由とは。

 答えを告げられる者はなく、無情にも悪意の牙が仁志を貫こうとしていた……。




次回へつづく。
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