シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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今回はデート回。セレナと翼です。

それと、今回のはもしかしたらR-15相当かもしれません。
いや、正直自分はラインギリギリなんじゃないかと思うんですけど、不安なので必須タグ追加しておきます(汗


恋の桶狭間

「仁志さーん、あとデートしてないのって私とクリスちゃん以外だと誰ですか?」

 

 久しぶりのざるきしを味わっていると響からそんな事を聞かれた。

 残ってる相手かぁ。と、そこで気付く。俺、なんだかんだで装者のみんなとデートをほとんど経験してきたんだって。

 

「……翼とセレナかな」

 

 逆言うともうそれ以外とは一度デートした訳で。

 それも未来とはジョギングだったし、マリアとは買い物の付添、奏とは朝食を一緒しただけだったりするので、実質部屋デートだったのは切歌と調だけだなぁ。

 

「お兄ちゃん、私は明日でもいいよ?」

「私もいつでも構いませんが……」

 

 そう、この二人はフリーなので予定を組むのが楽だからと後回しにしていたのだ。

 

「じゃあ、セレナは明日ここで朝ごはん食べたら一緒に部屋へ行こう」

「うん!」

 

 笑顔で頷くセレナにこっちも笑みが浮かぶ。

 思えば、初めて出会った時はもう少し笑顔に力が無かった気がする。

 それがいつの間にかこんなにも力強く笑う子になったんだな。

 

「あの、仁志さん。私は出来れば仁志さんの休日でお願いしたいのですが……」

「俺が休みの日? 明けでもいいって事?」

「はい」

「知ってると思うけど、明けの俺、結構頭の回転鈍いよ?」

「か、構いません……」

 

 正直明けでデートは頭が鈍いのであまりどうかと思ってるんだが、翼がそれでもいいと言ってくれるなら問題ないか。

 

「じゃ、三日後の月曜だな。えっと、何時頃にするかはこっちが決めても?」

「ええ、そこはお願いします」

 

 ふむ、となると昼寝をしてからがいいか。どうせ休みだし、いっそ翼と二人で夕飯食べるのも悪くないかもなぁ。

 

「それにしても、あのマンガおもしろすぎるデスよ。ししょー、教えて欲しい事がいっぱい出来ました!」

「九人ライダーの本編での話だろ?」

「デス!」

「簡単に話してあげられなくもないけど、それはまた別の機会にしよう。で、切歌、あっちはどうだった?」

 

 そう言って俺は視線を誕生日プレゼントの十六巻セットの傍に置かれた漫画へ向ける。

 それは“仮面ライダーをつくった男たち”という漫画だ。俺が売らずにとっておいた漫画の内の一冊である。

 

 気付かず本気で朗読してたのを見られた後、部屋へ戻って取りに行ってきた物だ。

 みんなへSPIRITSを渡した時に思い出して、元々取りに行こうとしていたのはこれだった。

 

「あれはあれで思う事が多かったデス。作り物のヒーローだけど、その裏では沢山の人達が本気でヒーローみたいな事をしてたんデスね」

「そう。大人達が本気で子供のためにって作ったのがウルトラマンやライダーなどのヒーロー達なんだよ」

「私、あの台詞が好きです。ここにガキ共のための千年王国を造ろうと思うって、あの言葉」

 

 調の言葉は俺も感じ入った言葉だ。あの頃、本気で大人達が子供のために動いた事が今に繋がってる。

 

「あたしは、あのプロデューサーの方がヤバかったな」

「ああ、うん。私もだよクリスちゃん。あれ、泣きそうになるよね」

「私達も歴史で習っただけだけど、本当にああいう事があったんだって思うと……」

 

 未来の言葉で俺は思い出す。彼女達の生きる時代は俺よりももっと未来だったと。

 

「そっか。俺でさえ親世代が戦後生まれだもんな。なら響達は下手すりゃ祖父母でも二次大戦後の生まれか」

「兄様、第二次大戦はやはりそんなに酷かったんですか?」

「……あの戦争は唯一核兵器が使われたものになったからね。特にそう思う人が多くても当然だと思うよ。あれはまだ戦争を経験した人達が珍しくない時代だ。あの漫画で描かれたような事が、本当にあったんだよ」

 

 俺だって想像も出来ない。死体がそれこそ山のようにある光景なんて。

 いや、昨日まであったものが一瞬にして失われる事も、だろうか。

 

「だからこそあの台詞が胸に迫る。ヒーローは、風のように現れて……」

「嵐のように戦って……」

「朝日と共に帰ってくる……ね」

 

 ドライディーヴァの言葉に俺は頷く。

 どうしようもない、誰もが絶望し諦める中、たった一人でもそれへ挑む者。

 人はそれを勇者と呼び、英雄と呼び、ヒーローと呼ぶ。

 だけどそれは、誰にでも出来る事だ。ほんの少し、ほんの少しの勇気を出す事が出来ればいい。

 

「ししょーがヒーローが大好きな理由が今日はとってもよく分かったデスよ。アタシも、今まで以上にヒーロー達が大好きに、そして目指す存在になりました」

「私が頑張る事が、諦めない事が誰かの勇気や希望になるかもしれない。ううん、それさえも関係ないかも。えっと……」

 

 そこで調が俺を見てくる。ああ、多分あの台詞か。少しだけ教えた、新・仮面ライダーSPIRITSの名台詞、だと俺が思ってるやつだ。

 

「例え未来を変えられなくても、見過ごせない今を救えるなら?」

「それを、私も思ってギアを使っていきたい。今を救っていけば、変えていけば、もしかしたら明日が、未来が変わるかもしれないから」

 

 調の言葉に胸が熱くなる。ああ、本当に彼女達はヒーローだ。守られるヒロインじゃない。

 その手にしたギアという力を、みんなの笑顔のために使える心の持ち主なんだ。

 

「調もすっかり仁志に影響され切ったわね」

「うん、だって切ちゃん達も仁志さんみたいだし」

「アタシはししょーの弟子デスからね。とーぜんデス」

「えっと、切歌? 俺から一つだけ忠告しておくと、世間はそんな女の子を少々奇異の目で見るから気を付けて」

「きいのめ?」

「簡単に言えば変な目で見られるって事だよ。変わり者って思われるとか」

 

 未来の言葉に切歌はふむふむとばかりに頷いた。まぁ、例え何があっても素直で純真に生きていけるのが切歌の強さだと俺は思うので、言葉でそれとなく注意を促すだけにしておく。

 

 それにしても、だ。こうしてゲートを閉じて思うのは、どれが悪意の仕業でどれが星の声の仕業か分かり辛いって事だ。

 

 まず、時間停止。これはどちらにも益があるので判断付きかねる。若干星の声かもしれないと思えるのは弦十郎さん達が悪意に操られる危険性を考慮した場合だ。

 だけど悪意がみんなの連携を危険視している可能性もあるので本当に分からない。なので保留。

 

 次はゲートの隠蔽。これは間違いなく悪意だ。何故なら星の声がやる意味がない。

 そしてカオスビーストを倒したら出現した事もあるし、ほぼ確定だろう。

 

 と、そこで思う。悪意の最終目的は、本当にみんなへの復讐と世界蛇の復活そして世界の破滅、でいいのだろうか、と。

 それを使って世界全てを滅ぼすのだとすれば、正直シンフォギアをどうにかしたぐらいじゃ止められないヒーロー達がいるんだが?

 

 例えば、ウルトラマンゼロ。彼はイージスの力で様々な世界を移動出来る上あのウルトラマンノアに認められた戦士だ。

 世界蛇やカルマ・ノイズ相手でも負けるビジョンが浮かばないヒーロー筆頭である。

 

 次にそのウルトラマンノア。何せ彼は神だ。それこそどうやっても悪意が勝てないだろう。

 ただ、彼はよく弱体化した姿であるネクサスでいる事があるからなぁ。その場合は不安が残る。

 

 それと仮面ライダーBLACK RX。どれだけ強力な敵を相手にしても勝利してきたヒーローだ。

 キングストーンの神秘の力と光さえあれば必ず甦る不死性は悪意の天敵だろう。

 ……その時不思議な事が起こったで大抵の事を無効化ないし無力化してしまうし。

 

 そうなると仮面ライダージオウもか。何せ魔王と呼ばれる程のとんでもだ。

 最終回などまさしく最強議論を混乱させるに相応しい強さを見せつけてくれた。

 

 それだけじゃない。クウガやアギトだってカルマ・ノイズに負けない能力持ちだし、世界蛇のような巨大な相手でも戦える最強フォームがある。

 そう、そうなんだ。こう考えると悪意は一度自分を負かしたシンフォギアへこだわってるように思える。

 

「……だからこそ簡単に倒す事はもう考えてないのか」

「何の話ですか?」

 

 隣から聞こえた声に顔を動かせばこっちを不思議そうに覗き込むエルがいた。

 

「えっと、悪意の事を考えてたんだ。あいつは、もしかしたらみんなへの復讐へ固執して目的と手段が入れ替わってるかもしれないって」

「……有り得ないとは言えません。実際、こちらで色んなヒーローを兄様から教えてもらい、悪意が本当に恐れるべきは他にいると感じています」

「ああ。こうなると、だ。あいつは一度自分を倒したみんなへの復讐を考えているんじゃないだろうか? 世界蛇の復活とか世界を破滅させるとか、そういうのは度外視で」

「あたしはその方が納得出来るよ」

 

 その声に俺とエルが揃って顔を動かす。奏は平然とした顔で素麺を啜った。

 

「……悪意は目先の事しか考えてない。負けた悔しさを晴らす事しか考えてない。その方が負の感情の塊ってもんらしいじゃないか」

「そうね。私達はどうしても過去の悪意の行動に囚われているのかもしれない。世界を破滅させようとしていた、かつての姿に」

「うん、もう悪意はベアトリーチェさんじゃない。なら、その目的が違ってもおかしくないよ」

 

 セレナの言葉にふと思う。悪意の目的が本当にみんなへの復讐となっているとすれば、それをもし果たした場合悪意は次に何をするのだろうと。

 

 やはり初心に返って世界を滅ぼす? だが、それを行おうにもさっき挙げたヒーロー達がいるなら阻止されるだろう。

 特にノア辺りは本当の意味で神様だ。悪意がどれ程の力を持とうと太刀打ちできないだろう。

 

 が、そこで俺は思い出す。そもそも悪意はどうして世界に、星の声にアラートを出させた? どうして俺に手を出す事にシフトした?

 

 悪意は、この世界へやってきて知ったのかもしれない。シンフォギアと同等かそれ以上に厄介なヒーロー達が存在する事を。

 だから俺やこの世界の住人へ入り込み、それらさえも消滅させようとしているのかもしれない。

 

「エル、ヴェイグ、みんなも意見を聞かせて欲しいんだが」

 

 俺が真顔でそう切り出すと全員が真剣な面持ちを向けてくれる。

 

 ……ホント、凄いよ。やっぱりその切り換えの早さは俺と経験してきたものが違うって思う。

 

「もしかしたら、なんだけど……」

 

 俺を使って全てのヒーロー達を、それどころか今後生み出されるかもしれないヒーロー達でさえも消滅させようとしているのではないか。

 俺のそんな意見を聞いて誰もが笑う事はしなかった。むしろ全員して深刻な表情を見せたのだ。在り得ると、そう思ったんだろう。

 

「もし、もしも悪意の目的が全ての平行世界の滅びだとすれば、兄様の意見はかなり核心を突いていると思います」

「ああ、カルマ・ノイズや世界蛇さえあたしらは倒せるような存在をここで知った」

「それらと正面切って戦えば勝ち目は薄い。なら、正面から戦わなければいい」

「あのダイナを罠にかけたモネラ星人と一緒ね。戦わずして勝つ……」

「兵法としては間違っていない。むしろそれが上策だ。だが……っ!」

「ああ、虫唾が走るね! あたし達の世界さえも知らず守ってくれたに近いヒーロー達を、人知れず葬り去ろうなんてさ!」

「許せない……。みんなの笑顔のためにって、そう思って戦い続けてきたヒーロー達を、よりにもよってそれを大好きな人達を使って消そうとするなんて」

「響……」

「ししょー、もしかしてヒーロー達だけじゃないんじゃないデスか? 例えば、悪意に対抗するような人達だって消されちゃうんじゃないデスか?」

 

 切歌の言葉で俺は息を呑んだ。そうだ。悪意の弱点が人の心の光だとすれば、例えば人々に希望や夢を見せるアイドルだって狙われる理由にはなる。

 

「かもしれない。アイマスなどのアニメだって、下手したらこの世界にある全ての創作物は悪意の消去対象だ」

「それじゃあ、悪意がどうしてここばかり狙うのかは……ここにある全部の作品を消すため?」

「それだけじゃないぞセレナ。多分だがここに留まり続けて新しい平行世界を、新しいヒーローとかを生み出す度に消していくはずだ。それを世界蛇の餌にして」

 

 無意識に拳を握りしめていた。見ればみんなもだ。誰もが、怒りを抱いていた。

 これを笑い話に出来る状況じゃない。実際悪意は“戦姫絶唱シンフォギア”を消してみせたんだ。

 だが、多分同じ事を今は出来ないんだ。力が足りないのか、あるいはそれを行えば一気に消耗してみんなに倒されてしまうからか。

 

「そういえば兄様、皆さんのゲージはどうなんですか? まだ姉様以外は上限へ到達しないのでしょうか?」

「ああ、そうだな。ちゃんと見てみるよ」

 

 言われて思い出す。そういえば俺、あのプールから今までしっかりゲージを確認してなかった。

 すぐにゲームを起動してステータスをタップ。で、一人ずつゲージをタップして確認していく。

 

「……あれ?」

 

 とっくに全員MAXなんだが……どういう事だ?

 

「どうかしましたか?」

「いや、全員最大値っていうかMAXなんだよ。なのに何も起きてないのかって」

「えっ!? な、何か変化はないんですか?」

 

 驚くエルだけど、俺も声にこそ出さないが同じ事を聞きたい。てっきり全員MAXになれば何か起きると思ってたのになぁ。

 

「……待って。そういえば私のゲージが最大になった時も何も通知や変化はなかったわ」

「そういわれればそうだな。仁志さん、もしかするとそれは最大になった場合依り代の欠片の効果が本体と同一になるだけなのでは?」

「え、エクスドライブ解禁じゃないんデスか?」

「切ちゃん、正直ツインドライブがエクスドライブの代わりかもしれないよ」

「あー、それは否定出来ないよね。アマルガムギアのツインドライブ、凄いもん」

 

 俺も少し見たけど同意するしかない。実際劇中でもアマルガムは強かったのにそれへデュオレリックの力を上乗せだ。

 しかも全てのギアへ適応可能。多分だけど特殊能力特化のギアならその長所をより顕著に伸ばしてくれるはずだ。

 

 ミラーリングギアなんて、ツインドライブにするとアマルガム状態のガングニールそっくりになるし。

 ま、あれは未来の響への気持ちも影響してる気はするけどな。

 

「ね、仁志先輩。もしかしてこれもあって今あたし達はここの空気が澄んでるって感じてる?」

「かもしれない。うん、可能性はある」

 

 奏の意見に俺は一理あると思って頷いた。依り代があらゆる厄介事を無力化する力を持っているとすれば、だ。今のみんなのギアペンダントはそれと同等の効果を発揮しているはず。

 しかもそれが九つ。これはかなりの悪意の影響力を除去出来るんじゃないだろうか?

 

「じゃあ、今私達全員で本部に行けば……」

「時間停止を解除出来る可能性がある、か。どうする?」

「そう、ね……。正直迷うわ。もし時間停止が悪意による司令達乗っ取りを阻止しようとする行為なら、それを解いてもいいのか判断し辛い」

「仁志、どうだ?」

「えっと、昼間は全員で本部へ入らなかったのか?」

「ええ。カオスビーストがゲートを塞いでしまうと出れなくなると思って、私とクリスの二人で入ったの」

「そっか……」

 

 ならばと、最悪の場合はどうだろうかと考える。もし時間停止が悪意の本部乗っ取りを阻止するためなら、それを解除してしまうと恐ろしい事になる。

 響達が帰る場所をなくしてしまうからだ。ギャラルホルンに異常が起きればそれこそ不味い。なら、全員で向かうだけ向かって、本部へ入るのは半分にして様子を見るのがいいか。

 

「九人で向かって、ギャラルホルン前を塞いでいるかもしれないカオスビーストを撃破。その後、半数をその場に残して本部へと帰還。時間停止がどうなるかを探りつつ、発令所まで行って何もなければ撤収。こんなところでどう?」

「いいと思うわ」

「うし、じゃあ早速」

「待った」

 

 今にもゲートを開けて出撃しそうな奏へ俺は待ったをかける。それだけでマリアと調は小さく微笑んだのでどうやら俺の言いたい事を察してくれたらしい。

 

「何?」

「まずはこれを全部食べてからだ。っと、ゴマや生姜入れるか? 結構味が変わって箸が進むよ」

「あっ、じゃあ私ゴマくださーい」

「私ももらえます?」

「あたしは生姜をくれ」

「じゃ、あたしは両方入れるか」

「タダノ、しょうがは辛くないか?」

「わさびとは違うから大丈夫だよ。てか、ヴェイグ、豚の生姜焼きは好きだろ? あの生姜だよ」

 

 そう言いながら俺は生姜のチューブをクリスへ渡す。煎りゴマの袋はマリアから響の手へと渡った。

 

「おおっ、あれか。よし、なら俺もしょうがを少し入れてみる」

「んじゃ、使えよ。ほら」

「ありがとう」

 

 クリスから手渡されて生姜のチューブを受け取るヴェイグ。で、蓋を外してチューブを少し押して生姜を出して……首を傾げた。

 

「タダノ、落ちないぞ?」

「ああ、そういう時はこうして器の縁へっと」

「お~、成程な」

 

 こうやって世話を焼いてる時はヴェイグは子供みたいだ。その愛らしさと無邪気さに心を撃ち抜かれてる女性達がいる。

 主にマリアと翼。いっそ世話になってる礼だって言って、可愛いぬいぐるみでも贈ってあげようかね?

 

「それにしても、きしめんって初めて見ましたけど、こんな感じなんですね」

「独特だろ? まぁ、俺もそこまで頻繁に食べる事はないけど」

「僕は好きです。本当に同じ小麦粉でこんなにも変化を出せるんだ……」

「パスタもそうだからなぁ。形状って意外と味に影響するって分かるよ」

「ですね」

 

 お椀と箸を持って笑顔を見せるエル。口の端についてる薬味ネギが可愛い。

 

「エル、ねぎが付いてるよ」

「え? どこですか?」

「取ってあげるね。じっとしてて」

 

 セレナとのやり取りはもう完全に姉妹だ。見ていると癒されるなぁ。

 いや、俺だけじゃないらしい。気付けばみんな二人を見て笑みを浮かべている。

 今の俺達共通の癒しはエルとセレナなんだな。後はヴェイグだろうか。マスコットと言ったら何だが、本当にエル達は悪意が厄介さを増していくにつれて癒しの効果を高くしてくれている。

 

「はい、取れた」

「ありがとう姉さん」

「どういたしまして」

 

 笑みを向け合う二人を見て、俺は改めて誓う。絶対この二人の笑顔を壊させてなるものかと。

 二人の父親的立場をさせてもらっているからこそ、本当に強く思うのだ。

 

 エルとセレナが叶うならばこれからも支え合って笑い合っていけるように、と……。

 

 

 

 昼間に続いて本部へと足を踏み入れたマリア達は発令所まで足を運び、四人ではその時間停止を解除出来ない事を確認するや即座に撤収、無事に上位世界へと帰還を果たした。

 ただ、変化はあった。四人ならば、これまで触れなければ動かせなかったドアなどが自動で動くようになったのだ。

 つまり電力などの生命活動とは関係ない部分は時間が流れるように出来た。この事から九人で乗り込めば本部内の時間を動かす事は可能だろうとエルフナインは結論付けた。

 

 ゲートであるノートPCを普段は閉じる事で悪意の影響を遮断出来るようになり、響達は今まで以上に気持ちを楽にして眠る事が出来るようにもなった。

 ヴェイグは上位世界そのものの匂いは分かるようになったものの、やはり仁志の匂いは分からないためにやや残念そうな反応を見せた。

 

――きっとタダノは優しい匂いのはずだ。今のみんなのように。

 

 ただ、仁志達が帰る前にそう告げて全員を笑顔にしたが。

 

 そして翌日、仁志はマリア達の家を訪れて朝食を共にした後、約束通りセレナを連れて部屋へと戻った。

 ただ、セレナはどこか決意を固めた顔をしていたのだ。仁志とマリアに自分の世界へ来てもらいたいという、願いを告げるために……。

 

 

 

 毎日のように来ているお部屋だけど、何だかちょっとだけドキドキする。

 生まれて初めてのデート。お兄ちゃんみたいな大人の男の人とデートするなんて思わなかったなぁ。

 

「じゃ、好きに座って」

「うん」

 

 お兄ちゃんが私用にって買ったクッションを手にして座る。最初は一つだったけど、私が切歌さんと二人でお掃除する事もあるって知ってすぐにもう一つ増えたクッション。

 こういうところがお兄ちゃんらしい。私達に優しくて、すぐに色々してくれるのはお父さんみたいだねってエルとよく話してる。

 

「さて、じゃあ何を話そうか」

「あ、あのね、お兄ちゃんにお願いがあるの」

 

 早速お兄ちゃんへお願いをしようと思った。こういう事は後にすると言えなくなるって、そう思ったから。

 

「お願い?」

「う、うん。えっと、この事件を解決した後の事」

「解決した後?」

「その、お、お兄ちゃん、姉さんと結婚して一緒に私の世界へ来て欲しいのっ!」

 

 言えたっ!

 

「…………セレナ、悪いけどそれは色んな理由で無理だよ」

 

 なのに、お兄ちゃんはどこか悲しそうな顔でそう言った。そして私の頭を優しく撫でてくれる。

 

「どうして? 姉さんの事、嫌い?」

「大好きだよ。でもな、大好きだけで結婚出来る程、そして一緒に居たいって思ってるだけでいられる程、俺やマリア、セレナの状況は簡単じゃないだろ?」

 

 私へそう話しかけてくれるお兄ちゃんはいつもの優しいお兄ちゃんなのに、その表情は全然いつものお兄ちゃんじゃない。

 辛そうで、苦しそうで、だけどそれを全部飲み込んでるような顔をしてる。

 

「まず、三人それぞれが住む世界が違う。これはいいか?」

「うん」

「次に、俺と二人の住む世界は本当なら繋がるはずのない世界。これもいいかい?」

「うん」

「で、次だ。えっと、俺が例えばセレナの世界で暮らすとする。でもな、俺とマリアがずっと夫婦でいられる保証はどこにもない。もし俺とマリアが別れて夫婦じゃなくなったら、俺はどうすればいい? セレナの世界で暮らす理由はなくなるだろ?」

 

 そのお兄ちゃんの言葉に私は言葉がなかった。結婚したらずっと一緒だって、勝手に思ってたってそこで気付いたからだ。

 姉さんやお兄ちゃんだって怒る事はあるだろうし、もしかしたらお互い許せない事をしてしまうかもしれない。そうなったら、仲直り出来なかったら、一緒に暮らすのは無理だ。

 

――でも、私がいる。私が、姉さんの代わりにお兄ちゃんのお嫁さんになればいい……。

 

 わ、私が、お兄ちゃんのお嫁さん? お兄ちゃんの……お嫁さん……。

 

――エルみたいな可愛い子供を産んで、家族みんなで楽しく過ごせるかも。マムもお祖母ちゃんになってくれて、みんなで仲良く……。

 

 ぼんやりと浮かぶマムやお兄ちゃんの笑顔。でも、でも何だろう? それは姉さんの悲しむ顔が必要だ。

 お兄ちゃんのさっきみたいな顔が、必要だ。なら、なら……

 

「そんなの、そんなの違う」

 

 そう呟いた瞬間、何か胸の奥が軽くなった、気がする。

 

「セレナ? 何が違うんだ?」

「え? あ、その、自分の事なの。えっと、お兄ちゃんの心配事は分かったから」

「そうか。だからな?」

「うん、ごめんなさい。今の、忘れて欲しい。姉さんもお兄ちゃんも大人だもん。その、私のわがままは忘れて?」

 

 ダメなんだ。姉さんには姉さんの、お兄ちゃんにはお兄ちゃんの世界がある。そこを捨てて来て欲しいなんて、ダメに決まってるもん。

 

「……そっか。でも、嬉しいよセレナ」

「え?」

 

 何が嬉しいんだろ? わがままを忘れてって言った事かな?

 

「自分の思ってた事をちゃんと言ってくれた事だよ。こっちに来たばかりのセレナなら、今の事は言わなかっただろ? それが嬉しいんだ。セレナがちゃんと溜め込まずに心の声を言ってくれたってさ」

「お兄ちゃん……」

 

 私を見て笑うお兄ちゃんは、とっても大人の人って感じがした。優しくてちょっとだけごつごつした手が私の頭を撫でる。

 父さんの記憶はあまりないけど、きっとこんな感じだったと思う。本当に、お兄ちゃんになって欲しい。姉さんと結婚しなくてもいい。私のお兄ちゃんでいて欲しいな。

 

「ねぇお兄ちゃん」

「ん?」

 

 前なら黙ってた。言っちゃダメだって思ってた。だけど、今の私は言える。だって、怒られたら謝ればいい。言わないと、それが本当にダメかどうか分からない事もあるって、今の私は教えてもらったから。

 

「ずっと、私のお兄ちゃんでいて欲しいんだけど、ダメかな?」

 

 お兄ちゃんの事を見上げて聞いた。するとお兄ちゃんはとっても優しく嬉しそうに笑って頷いてくれた。

 その瞬間、胸の奥があったかくなる。お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだ。いつでも、私のお兄ちゃんでいてくれるんだ。

 

「お兄ちゃんっ!」

「おっと……ったく、急に甘えん坊になるなぁ」

 

 嬉しくて抱き着くと、お兄ちゃんがそっと抱きしめてくれた。

 

「甘えん坊にもなるよ。だって、普段はお姉ちゃんだもん」

「そうだった。今のセレナは立派なお姉ちゃんだった」

 

 そう、普段の私はお姉ちゃん。エルって言う可愛い妹がいるんだもん。

 血の繋がりなんて関係ない。もうエルは私の妹だ。きっとエルも私をお姉ちゃんだって思ってくれてるはずだし。

 

「ねぇお兄ちゃん」

「ん?」

「はーれむってどういう意味?」

「あー……本来の意味は中東の方の文化と言うか仕組みなんだけど、一般的には一人の男が複数の奥さんをもらう事って感じでいいよ」

 

 言われて納得した。お兄ちゃんは姉さん達を全員お嫁さんにしたいんだ。

 翼さんが言ってた男の人としては正しいって、そういう事なんだ。

 だって、響さんもクリスさんも可愛くて素敵だ。未来さんも翼さんも奏さんだってそう。

 

「お兄ちゃんは欲張りなんだ?」

「……そうだね。まぁ、今まで欲張れなかったから今ぐらいは大目に見て欲しいけどなぁ」

 

 そう言ってお兄ちゃんは小さく笑った。でも、気持ちは分かる。だって、今の生活はとっても楽しくて幸せだから。

 悪意さえいなかったらってそう思うけど、悪意がいるから今の生活はある。

 

 戻り、たくない……な。マムともここで今みたいに暮らしたい。

 姉さんがいて、エルがいて、切歌さんと調さんがいて、ヴェイグさんがいて、お兄ちゃんがいて、時々響さん達が遊びに来てくれて……。

 

――そうだ。もしかしたら悪意も一回やっつけたらこっちの話を聞いてくれるかもしれない……。

 

 そう、かな? 悪意はみんなを苦しめて困らせる悪い相手なのに。

 

――でも、お兄ちゃんは言ってた。最初は悪い奴でもヒーローに負けたり話し合う事で改心した事もあるって。悪意も、それが出来ないかな? やってみる気持ち、最初から捨てていいのかな……。

 

 悪いから全部やっつける。それは、ダメ、だよね。悪い事をやめさせて、反省してくれるなら、もうしないって約束してくれるなら、許してあげてやり直しをさせてあげないと。

 

「セレナ」

「っ……何?」

 

 気付いたら俯いてた。お兄ちゃんの呼びかけで顔を上げると、そこにはこっちを見つめる不思議そうなお兄ちゃんの顔がある。

 

「どうかした? また悩み事?」

「あ、うん。悪意って、改心してくれないかな?」

 

 そう問いかけるとお兄ちゃんは難しい顔をした。眉が動いて額に皺が出来てる。

 

「不可能、だと思う。それが出来るとすればベアトリーチェの中にいた頃だ。今は、もう人の心でさえなくなってしまって、負の念の塊と化してる。残念だけど出来るとすれば改心じゃなくて浄化だよ」

「浄化……」

「そう。みんなの心の光を浴びせて綺麗にしてあげるんだ。それが、きっと悪意にしてやれる唯一の救いだよ」

 

 お兄ちゃんの言葉に私は頷く。そうだ、悪意は人間の悪い気持ちの塊だもんね。それがごめんなさいって言えるはずない。

 どうして私、そんな事を思っちゃったんだろう? やっぱり、私はまだ装者としてみじゅくなのかな?

 

「それにしても、セレナは本当に優しいな。悪意に対しても何とか共生の道を考えるとか。本当にコスモスみたいだ」

「え? 私、ウルトラマンみたい?」

「ああ。それも、とっても優しく強いウルトラマンだ。セレナ、お願いだからその優しさを失わないでくれ。弱い人を労わり、互いに助け合い、どこの国の人達とも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。例えその気持ちが、何百回裏切られようとも」

 

 そう言ってお兄ちゃんは少しだけ照れくさそうに笑った。そこで分かった。これ、きっとヒーローの言葉だって。

 

「お兄ちゃん、今のはどんなヒーローの言葉?」

「……分かる?」

「うん」

 

 そう言うとお兄ちゃんはまた照れくさそうに笑った。ふふっ、こういう時のお兄ちゃんは子供みたいだ。

 

「ウルトラマンエースの言葉なんだ。これを最後に告げてエースは地球を去る。子供達へ願いを託して」

「そうなんだ……」

 

 映画で見たエースを思い出す。真っ先にメビウスを助けようとした事や、女の子の落としたグラスを見事に掴んで笑いかけた事を。

 そっか。優しさを失わないでってお願いは、エースが自分にも言い聞かせたのかもしれない。だから誰よりも先にメビウスを助けようと動いたんだ。

 

「さっ、これからどうしようかな? セレナ、他に何か聞きたい事はある?」

「え? そうだなぁ……」

 

 言われて考える。今日はお兄ちゃんと姉さんに私の世界へ来てって言う事しか考えてなかった。

 

「じゃあお兄ちゃんの事を聞かせて」

「俺の?」

「うん。お兄ちゃんの事、私あまり知らないから」

「……じゃあ、まずは家族構成とかから話そうか」

 

 そこからお兄ちゃんは色んな事を話してくれた。お父さんの事、お母さんの事、住んでた家の事や小さい頃の思い出。沢山私に話してくれた。

 小さい頃のお兄ちゃんの夢はウルトラマンになるとかライダーになるとかだったって聞いて、お兄ちゃんらしいと思った。

 

 少し大きくなってぎむきょういくっていうものが終わっても、お兄ちゃんはヒーローが大好きなままでいた。

 でも周りはそういうものを子供っぽいとか変なのって思うから言わないで過ごしてたみたい。友達も作らないで、お兄ちゃんは一人でヒーロー達に夢中だったんだ。

 

「そして一人暮らしを始めて、バイトしながら色々見たんだ。レンタルで借りてきたり、映画を見に行ったり、色々な形で俺は好きな物を追い駆け続けた」

「そうなんだ」

「……で、一時期それらから遠ざかった」

「え?」

 

 少しだけ、少しだけお兄ちゃんが天井を見上げた。その眼差しはとても寂しそうで辛そうに見える。

 

「何もかもが嫌になってさ。生きるのが辛くなったんだよ」

「どうして?」

「…………その時に働いてたバイト先でちょっと揉め事を起こしちゃったんだ。一緒に働いてた女の子が軽くミスをしてね。お客さんと揉めたんだけど、そもそもの原因はそのお客さんにあったんだ。でも、相手は自分の事を棚に上げてその子が悪いみたいに責め立てて、よりにもよって店長はその子を守るどころか謝らせた」

「酷い……」

「で、俺はその後裏で泣くその子を見て、店長へ突っかかった。分かってたさ。店長はその場をさっさと収めるためにそうしたのは。でも、だからってそれはない。そう思って俺は店長にその子へ謝ってくださいと詰め寄った」

「お兄ちゃん……」

 

 何となく分かった。きっとお兄ちゃんの意見を店長さんは聞かなかった。それどころか、そんな風に言ってきたお兄ちゃんを嫌がったはずだ。

 

「若かった、んだろうなぁ。今の俺なら、きっと別の言い方をしたよ。店長、あの子がさっきの事で泣いてるんでフォローお願いしますってさ」

 

 そう言ってお兄ちゃんは悲しそうに笑った。何でそう言えなかったんだろうって、そう呟いて。

 

「それでそこで働くのが嫌になってね。嫌がらせを受けた訳じゃないけど、店の長へ食ってかかった派遣なんて居場所がないようなもんさ。だから辞めた。向こうは人手がないからと引きとめてきたけど、断った。俺の代わりはいるってたまに言ってたしさ」

「それで……生きるのが嫌になっちゃったの?」

「……俺じゃヒーローみたいな事は出来ない。ヒーローには逆立ちしたってなれっこない。心を強く持って誰かのためにってやった結果が、ただの勢いだけの独りよがりな言い方で互いの心を傷付けるだけになった。そんな俺に生きてる価値なんてあるのかなって」

 

 だけど、そう言ってお兄ちゃんは私の事をそっと撫でた。

 

「それでも、生きるのを諦めるなって思い直した。でも、もうよく知らない場所での人付き合いに疲れてたから、陽子さんを、行きつけにしてた弁当屋の人の良さそうな人を頼ったんだ」

 

 そっか。それで姉さんもあのお弁当屋さんへ連れていったんだ。姉さんはすぐに働いてお金を稼がないといけなかった。

 だけどお兄ちゃんのお店はもう人が足りてて無理だったから陽子さんに助けてもらったんだね。

 

「コンビニへはいつ行くようになったの?」

「今から大体三年ぐらい前かな。弁当屋で働くのが辛くなってさ」

「そうなんだ……」

「マリアは昼前から七時だろ? 俺は、開店から閉店までだったんだ。だからヘトヘトでね。しかも夏場なんて暑いんだよ、調理場」

「あっ、うん。姉さんも言ってた。軽いサウナだって」

 

 六月になった辺りから姉さんは帰ってくると時々居間へ倒れるようになった。涼しいそこで五分ぐらい横になってから、手を洗ってご飯の支度をする事が増えたんだ。

 

「あれがもう無理になって、歳を取ったなぁって思ったもんだよ」

「おじさんみたいだよ、お兄ちゃん」

「実際おじさんだよ。三十になったらそれぐらいの気持ちでいた方がいい。まだ若いって無茶をするぐらいなら、もう歳だって思って動く方が賢いってもんだ」

 

 何となくだけど、今のお兄ちゃんの言葉を姉さん達が聞いたら叱りそう。もしくは苦笑するかな?

 でも、これだけは言っておこう。

 

「でもね、私にとってはお兄ちゃんはお兄ちゃんだからね?」

「……そっか」

 

 おじさんじゃない。お兄ちゃんはお兄ちゃんだ。お父さんみたいな、お兄ちゃんだもん。

 

「よし、じゃあここからはデートらしい事でもするか」

「デートらしい事?」

「調ともちょっと外出したんだ。だからセレナとも外へ行こう。ただ、髪色が違うからちょっとだけ俺は前を歩く事になるけどな。それでもいいか?」

「うんっ!」

 

 お兄ちゃんと二人でお出かけ。凄く楽しみ。デートらしいって言ってたけど、二人でお出かけって本当にそう思う。

 そこから一緒にお外へ出て歩き出す。私の少し前をお兄ちゃんが歩く。目指すのは多分カラオケ、かな?

 そういえば、昨日行った切歌さんの働いてるお店の二階は凄かった。見た事のない作品がいっぱいあって、エルと二人で少しだけはしゃいだぐらい。

 

「お兄ちゃん、どこへ行くの?」

「ほら、前に動画撮影をしたカラオケを覚えてるか? あっちの方に色んな店が集中してる場所があっただろ?」

 

 言われて思い出す。えっと、たしかチキンを買ったところだ。うん、たしかに色んなお店があった気がする。

 

「うん。そこに行くの?」

「そう。お昼をそこで食べよう」

「チキン?」

「ははっ、それでもいいけど、出来ればもう少しセレナには驚いてもらいたいから別の店」

「驚く?」

 

 一体何だろう? あそこにあったお店で食べ物屋さんは……チキンとピザに……カレーだったかな?

 じゃあ……カレー? でもそれなら驚く事ないけど……。

 

 そう思いながらお兄ちゃんと歩く。歩きながら話すのはクウガの事。

 昨日の集まりは結局ゼアスを見て終わったけど、クウガの続きは今度の集まりで見る事になったから。

 やっぱり響さん達も気になってるみたい。だってクウガが強くなるんだもん。

 ただ、私はちょっとだけ嫌だなって思う。クウガが強くなるって事は、それだけ怪人も強くなるって事だ。

 五代さん、きっとそんな力を持つ事を嫌がるはずだから心配。お兄ちゃんが見せてくれたマンガで分かった仮面ライダーの心。それは、クウガも同じだった。

 

 戦いたくない。傷付けたくない。だけど、それをしないと誰かが傷付いて、血を流して、死んでしまうかもしれない。それをお兄ちゃんはこう言ってた。

 

――争う悲しみを仮面に隠して戦う。だから1号の顔には涙のようなデザインがあるんだ。

 

 言われてみんなで改めてライダーの顔を見て黙ったのをよく覚えてる。あの仮面の下でみんな泣いてるんだって、そう思うと心が痛い。

 だけど、それでも拳を握る。他の誰かにそれをさせたくないからだ。戦う痛み、苦しみを自分だけで終わらせるために。

 

「……ライダーはウルトラマンとは違った意味で辛いんだね」

「そうだなぁ。こういう言い方はなんだけど、ウルトラマンには帰れる場所と本来の姿でいられる居場所がある。でも、ライダーにはそれがないんだ」

「本来の姿でいられない……」

 

 そうだ。クウガ達よりも前のライダーはみんな変身した姿が本当の姿になっちゃった。でも、それでいていい場所なんて世界のどこにもない。

 ああ、本当だ。ウルトラマンよりも辛いよ。光の国みたいな場所が、ライダーにはない。みんなと同じ姿がある意味で嘘の姿だからだ。

 

「人間であって人間ではない。そんな苦しみは自分達だけでたくさんだ。これがダブルライダーが風見志郎へ、後の仮面ライダーV3へ言った言葉だよ」

「人間であって人間ではない……」

「悲哀って言って分かるかな? ウルトラマンになくてライダーにあるものがそれだと思う。人ならざる悲しみと苦しみ。同じ地球人なのに、もうその枠組みからは外れてしまった。戻りたくても戻れないってね」

 

 軽く言ってるけど、お兄ちゃんがどう思ってるかは分かる気がする。

 お兄ちゃんが好きなライダーは、ブラックはとっても悲しい事を経験した。最後には仲間が出来て、先輩ライダー達を知って笑顔になれたけど、それがなかったら凄く辛い。

 でも、そんな辛く悲しい事を経験して乗り越えて、それでも笑顔を見せる事が出来るからお兄ちゃんはヒーローが好きなんだ。

 

「平成ライダーはそれとは違った悲哀を背負う。言うならば、人間なのに人間でなくなっていく、かな。あるいは人間なのに人間でなくなった悲しみかもしれない」

「どういう事?」

「クウガも軽く言われてただろ? ベルトが体へ神経系を伸ばしてるって。一種五代雄介も怪人になっているんだよ」

「……そういう事なんだ」

 

 段々怪人になっていく。それって逆に怖い。なのにそれでもみんなの笑顔のために戦うんだ。凄い……。

 最初五代さんは優しいだけの人だって奏さんは言ってた。でも、あの変身する回の後はそんな事言わなくなってた。

 むしろあの話でみんな五代さんの覚悟が分かった。お兄ちゃんが教えてくれた白いクウガ、グローイングフォームの説明で余計それが分かった。

 

――あれは戦士の覚悟が弱い時や力が落ちてる時になる姿なんだ。

 

 だから覚悟を決めた五代さんは赤いクウガになった。響さんは特に共感してた。

 

「時間があればファイズやブレイドなんかも見て欲しいんだけどなぁ。主人公が両方共に熱いんだ。ヒーローになんかなるつもりはない青年が、段々そうなっていくんだよ。多くの戦いと出会いや別れを経験しながら」

「ヒーローになっていく……」

 

 私からすればお兄ちゃんがそれだった。最初会った時は優しい男の人って思うぐらいだった。でもゲートを隠された私へかけてくれた言葉でそれだけじゃないって思った。

 お兄ちゃんは優しいけど強い人だって。私へ泣くなって言わなかった。代わりに泣くのは今日だけって言った。あれは、今思うと厳しい。

 だって、マムの事で泣いていいのは今日だけだよって事だから。だけど、その厳しくて優しい言葉に私は立ち直るきっかけをもらったんだ。

 

「おっ、見えてきた」

「本当だ」

「よし、じゃああの黄色の看板の店、分かるか? そこまで競争だ」

「うんっ!」

「じゃ、よーい……どんっ!」

 

 そうやって二人で走ってお店の前まで行ったら揃って汗がダラダラ出てきて大変だった。

 だけどお店の中は涼しくて、汗を掻いた場所がひんやりして気持ちいい。

 そして私はメニューを見て驚いた。カレーしかメニューがないけど、色んなカレーがあって、しかも辛さを変えられるんだって教えてもらって、色んな物を乗せて食べる事も出来るんだって。

 

「俺はチーズカレーにパリパリチキン乗せるか。セレナはどうする?」

「えっとねえっとね……」

 

 色々あって迷っちゃう。カレーでこんなに迷うなんて思わなかった。

 メニューとにらめっこしてる間、お兄ちゃんはニコニコして私を待っててくれた。

 だからお兄ちゃんへお願いする事に。

 

「あのね、お兄ちゃんにお願いがあるんだけど」

「よしきた。何を追加で乗せればいいんだ?」

「お兄ちゃん大好きっ! えっとね」

 

 言わなくても分かってくれた! こういう時のお兄ちゃんは本当に凄いと思う。

 そして私は甘口にしてハンバーグとほうれん草を乗せてもらう事にした。

 で、お兄ちゃんにはチキンカツをお願いした。

 

「セレナは辛いのダメだっけ?」

「えっと、食べられない事ないけど苦手」

 

 だからお家でカレーを食べる時は私とエルにヴェイグさんが甘口で姉さん達が中辛。

 早く辛いのが平気になりたいなって思うんだけど、エルが僕を一人にしないでくださいって言うからいまのままでもいいかなって思ってもいる。

 どうせなら一緒に辛いのが平気になりたい。ヴェイグさんも一緒に中辛へ挑戦できるように。

 

 そんな風にお兄ちゃんとお話ししてたらカレーが到着。凄い見た目で美味しそうなのがお兄ちゃん。二種類のチキンにチーズがかかって美味しそう。

 私のも二つのハンバーグにほうれん草の緑がキレイ。そう思って見つめていると私のお皿へ二種類のチキンが少しだけお引越し。

 

「これ、セレナの分な」

「ありがとう。じゃ、ハンバーグを一つどーぞ」

「おお、ありがとう。じゃ、遠慮なく」

 

 こうして食べたカレーはとっても美味しかった。これからお家でカレー食べる時に色々乗せたくなっちゃうかもって言ったら、お兄ちゃんがスーパーでトンカツを買ってカツカレーにすればいいって言ってくれた。

 その時はカツを半分こしようってお兄ちゃんに言ったら、エルとしてあげてってそう言ってくれた。

 うん、そうだ。エルにも教えてあげよう。カツカレーって凄く美味しいって。

 

 私のデートはそこからお家に帰って汗を流した事で終わった。お兄ちゃんと一緒に入ろうかなって思ったけど、さすがにもうそこまで子供じゃないから言えなかった。

 

――でもお兄ちゃんならいいかな? だって、お父さんみたいなものだもん。

 

 お兄ちゃんが出て来た時にそう言ったら、お兄ちゃんだけじゃなく調さんや切歌さんからもダメって言われちゃった。

 

 それが何だか残念で、でも少しだけ大人だよって言われたみたいで嬉しかった。そんな私の初デートでした。

 

――そうだ。姉さんとじゃなくて私と結婚ならいいんじゃないかな? 私はお兄ちゃんを何があってもずっと大好きでいられるから……。

 

 

 

 真夏の日差しがジリジリとアスファルトを照り付ける中、私は一時期暮らしていた部屋の前に立っていた。

 

「……時刻は……午後四時、か」

 

 約束の時刻になったのを確認し、私はドアをノックする。

 

「はーい」

「仁志さん、私です。翼です」

「ああ、はいはい」

 

 このやり取りは初めてだな。な、何というか恋人の部屋を訪問したようだ。

 と、そう考えて思い直す。ある意味でその通りなのだと。

 仁志さんは私達全員の想いを受け止めたいと言った。なら、もう私は仁志さんの彼女と言えなくもない。

 

「時間ピッタリだね」

「は、はい。その、五分前にはここへ来ていましたから」

 

 そう言った瞬間、仁志さんが苦い顔をする。

 

「翼? 気持ちは嬉しいけど、ならそこでノックしてくれていいからな? この時期だ。ないと思うけど熱中症や日射病になるかもしれないから」

「あっ、す、すみません」

 

 心配されてしまった。たしかに私が今回は抜けていた。仁志さんとのデートだと思って落ち着きを失っているようだ。

 

「まぁ、とりあえずどうぞ?」

「お邪魔します」

 

 こうして訪れるのはどれぐらい振りだろうか。ちゃんとした訪問はそれこそあの……卑猥な動画を仁志さんが見ていた日以来かもしれない。

 

「あそこのクッションを好きなように」

「仁志さん」

「え?」

 

 仁志さんの言葉を遮り、私は思い切ってその体へ抱き着いた。

 

「……つ、翼?」

「あの時、私は言いました。その、そういう事でも構いませんと」

「そ、それはたしかに聞いたけど……」

「私では、この体では貴方の劣情を誘えませんか?」

 

 奏やマリアなど言うに及ばず、立花にさえ女性としての象徴は負けている私だ。思い返せば仁志さんが見ていた動画の女性も胸は大きかった気がする。

 

 そう思っていると私の体を優しく抱き締めてくれる腕がある。顔を上げればそこには困ったような、でも嬉しそうな仁志さんの顔。

 

「そんな事ない、でいいのかな? とにかく、翼は魅力的だよ。多分胸の事を言ってるんだと思うけど、関係ないから。君は、その、十二分に美しいんだ」

「仁志さん……」

 

 ああ、やはりこの人しかいない。私が結ばれ、妻に、母になれるとしたら、この人しかないっ!

 

――お父様もきっと生きてらしたら仁志さんを認めてくれたに違いない……。

 

 そうだ。そうに決まっている。私を色眼鏡で見ない人なんだ。一人の、ただの女として見て受け止めてくれる方なんだ。

 

「だからこそ、そういう事はさすがに無理だよ。ここ、隣が……さ」

「ぁ……」

 

 そうだった。ここの隣は今は立花と雪音がいる。事を致せば確実に気付かれて邪魔をされてしまう。

 な、ならば連れ込み宿しかないか? で、でもさすがにそこへ私から誘うのは品が無いと思われないだろうか?

 

――ならば、せめてキスだけでも……。

 

 キス、か。だが、悪意の事もある。仁志さんはきっと拒否するだろう……。

 そう思うと急に寂しさと悲しさが押し寄せてくる。どれだけ私が求めても、きっと仁志さんはこの事が終わるまではと受け入れてくれないのだと思うと。

 

「翼? どうした?」

「ぇ……?」

「涙が浮かんでるけど……痛かったか?」

「い、いえ、これは、その……」

 

 言ってもいいのだろうか。言えば、この人を苦しめてしまうのに。

 

――だが、そうやって今まで言わずにきて、どれだけ後悔した? お父様へ言いたい事、伝えたい事、山ほどあったのに……。

 

「っ!?」

「翼?」

 

 思い出すあの記憶。目の前で失われていく命の鼓動、その温もり。私を影ながら支え、包んでくれていた温かさが消えていく瞬間を。

 

「仁志さん、お願いがあります」

「何?」

「キス、して頂けませんか? 深く繋がる事は無理でも、貴方と、好きな方と想いを通じ合わせたという実感が欲しいのです」

 

 真っ直ぐ仁志さんを見つめて言い切る。

 

「実感、か……」

「はい。その、ダメ、でしょうか?」

 

 不安が口から漏れる。今の私は、貴方と二人だとここまで弱くなれるんです。

 昔であれば自分を叱咤したところでしょう。でも今は違う。それをどこかで喜んでいる自分がいる。

 これも、仁志さんが私をただの翼にしてくれているからですよ? 私は、貴方の前でだけ弱くいられる。作られた強さを捨てて、本当の強さを、弱さを見せる事が出来る。

 

「……分かった。じゃあ」

「あっ……」

 

 仁志さんが少しだけ私の体を離す。だけどその眼差しは真剣だ。

 

「翼、大好きだ」

「っ……私も、私もお慕いしています」

 

 目を閉じて少しだけ顔を上げる。鼓動が高鳴る。頬が熱くなる。

 ああっ、何という心境だろうか。こんな気持ちになったのは初めてかもしれない。

 ふと、温もりが頬へ触れた。軽く荒れているような、そんな感触だった。

 

「……仁志さん?」

 

 目を開ければそこには少しだけ申し訳なさそうな仁志さんがいる。

 

「すまない。今は、そこが精一杯なんだ。いや、違うな。まだ覚悟が足りないんだと思う」

 

 そう言って仁志さんは一度深呼吸をした。

 

「……翼、やっぱりそこじゃダメか?」

「…………正直に言えば」

 

 でも、嬉しかった。頬へのキスでも、嬉しかった。それに、今の言葉でも嬉しさを覚えた。仁志さんは、私とキスをしたいと思ってはくれているのだから。

 

「だよな……」

「ふふっ、何ですかその反応は」

「いや、俺が逆でもそう思うからさ。男らしくないなぁ、俺」

「そんな事ありません。普通の男性は複数の女性を選べないからと言って全員選ぶと直接言えませんから」

「……それって、男らしいって事でいいのか?」

「少なくても普通の男性よりは度胸があるかと」

 

 そう笑いながら言うと仁志さんは苦笑した。

 

「そうとも言えるか。さてと、じゃあせめて少しはらしい事するか」

「らしい事?」

 

 不思議そうに首を傾げる私へ。仁志さんは悪戯っぽく笑みを見せると、私の手を引いて部屋の奥へと向かう。

 そして私の手を離すと二つのクッションをそこへ置いた。何をするのだろうと思っていると、仁志さんは手前側のクッションへ私を座らせようとしてきた。

 

「あ、あの……これは?」

「いいからいいから」

 

 戸惑いながらクッションへと腰を下ろす。沈むような感触だ。

 

「よっと、じゃあ失礼するよ」

「え? っ!?」

 

 背後に座った仁志さんが私の体を後ろから抱き締めてきたのだ。

 こ、これって、ドラマなどである行為だよ! 恋人同士がやる事だっ!

 

「ひ、仁志さん?」

「嫌?」

 

 その聞き方はズルいです。だって、仁志さんの声もどこか照れてるんだもの。

 

「……いつまでこうしてくれるんですか?」

「せめて六時ぐらいには止めたいかな。今夜、俺はマリア達と食事しないからさ」

 

 思わず顔が熱くなった。この人はこういう事をするから性質が悪い。

 要は、私と二人で食事したいからと断ったという事だ。本当に、貴方と言う人は……。

 

「外食ですか?」

「それでもいいよ」

「作るのなら、買い物しないといけません」

「そうなるな」

 

 と、そこで思い出す。六時になれば立花と雪音はバイトの時間だ。もしや、今日あの二人は勤務ではないだろうか?

 

「立花と雪音は本日勤務ですか?」

「どうだったかな? ちょっと待ってくれよ」

 

 すっと腕が離れる。若干の寂しさを感じるが、すぐに戻ってくると思って我慢する。

 

「……あー、うん。今日は二人勤務だね」

「そ、そうですか」

 

 なら、その、ああいう事が可能とも言えるな。またそっと抱きしめる温もりを感じながら、私はその腕へ自分の手を置いた。

 

「ひ、仁志さん」

「ん?」

 

 慎みがないと言われてもいい。それでも、私の気持ちをもう一度はっきりと言っておこうと思う。

 

「わ、私を食べる事も可能……です……よ?」

 

 言っちゃったっ!

 

「……とても魅力的な提案だけど、そうなったら奏や未来が気付いてここへ来るまで食べるだろうから止めておく」

「っ!?」

 

 返されたのはとても恥ずかしく、嬉しい本音。奏や小日向に気付かれる。それはつまり部屋へ帰してもらえない事だ。

 だからと言って外泊するなど言えるはずもない。それに、十時を過ぎれば立花と雪音も帰宅する。どちらにせよ時間の問題になる。

 

――何か、何か方法はないだろうか? 少しでもいい。仁志さんを女として慰める事は出来ないだろうか……。

 

 女として……。

 

「仁志さん」

「何だ?」

「その、私に何か出来ないですか? 何でもいいんです。何か貴方の溜め込んでいるものを受け止めたいんです」

 

 そう言った瞬間、仁志さんが息を呑むのが分かった。

 

「……押し倒せって言ってるのと同義だぞ、それ」

 

 初めて聞く、仁志さんの男としての声。少しだけ低くて、思わず胸が高鳴る。

 

「……そうだと言ったら?」

 

 だから気付けばそう返していた。

 

「胸とか触るぞ?」

「どうぞ」

「服の上からじゃなくじ、直だぞ?」

「お好きなように」

「ぶ、ブラを……ずらす、ぞ?」

「クスッ……ご自由に?」

 

 自然と笑みが浮かんでくる。仁志さんの声が段々いつものものへ戻っていくからだ。

 

「何で笑ってるんだよ?」

「仁志さんもご自分で分かっているでしょう?」

「…………まぁ」

「ぷっ……ふふっ、あははははっ」

 

 限界だった。仁志さんがガクッと肩を落とした感じが声で分かったから。

 本当に、不思議な人だ。大人かと思えば子供でもあり、子供だと思えば大人にもなる。

 

 お父様とは違うのに、どこか近いものを感じる事も不思議だ。だからこそ、どんどん好きになってしまう。

 

 そこから二人でしばらく笑い合った。それが恋人みたいで嬉しかった。誰かの温もりを感じながら笑い合うってこんなにも温かく幸せな事なんだって初めて知った。

 

「……ふぅ、疲れました」

「かなり笑ってたからな、お互い」

 

 笑い疲れて仁志さんへもたれるように身を預けると、頭上から少し疲れた声が聞こえてまた笑みが浮かぶ。

 

「仁志さん」

「何だ?」

「触らないんですか?」

「勘弁してくれよ。触ったが最後、俺は翼に溺れる自信がある」

「クスッ、何ですかその自信は」

「絶対をつけてもいいぐらいだ」

「ですから、意味が分かりません」

「分かってるくせに」

「いーえ、分かりません」

 

 こんなやり取りが堪らなく幸せだ。もっとこうしていたい。もっと触れ合っていたい。

 

――もっと仁志さんを感じていたい……。

 

「仁志さん……」

「今度は何だ?」

 

 そっと仁志さんの手を取って私はそれを胸へ当てる。

 

「っ!? つ、翼っ!?」

「お嫌、ですか?」

 

 小ぶりではあるが、それでも動揺してくれるのだと思って嬉しくなる。

 私の体でも、貴方には女として意識してもらえるのだと喜びが込み上げる。

 

「あ、あのな? さっきのは」

「冗談半分本気半分、ですよね?」

 

 勝手に口が動く。意識が、少しだけ遠くなっていく。

 

「いや、それは……」

「いいんです。言ったはずですよ? 私は、構いませんと」

 

 仁志さんが唾を飲んだ……。そして私はもう片方の手を仁志さんの下半身へと伸ばした。

 

「あぁ、こんなに硬く」

「つつつ翼っ!?」

 

 自分が何を言っているのか分からない……。仁志さんの声も……遠く聞こえる……。

 

――仁志さんが私で喜んでくれている。興奮してくれている。もっと、もっとそうしてあげたい。私に夢中にさせたい……。

 

 ホント? 本当にそうなの? そうなら、そうしたい……。仁志さんを、私の、私だけの仁志さんに……。

 

「さすがにこれ以上は不味いからっ。翼、気持ちは分かったからっ」

「ダメです。それに、仁志さんは言ってくれたじゃないですか。私達の想いを受け止める。誰かじゃなくて全員だと。なら私の想いを受け止めてください」

「翼……」

 

 耳にかかる仁志さんの吐息が熱い……。それがまるで私の何かを溶かしていくようだ。

 片手に感じる熱を持った硬さも、胸から伝わる温もりも、全て私を溶かしていく……。

 

 なのに、ふとその温もりが離れた。私から全て離れていった。

 思わず振り返れば、そこには辛そうな仁志さん。

 

「言ったはずだよ翼。焦らない方がいいって。今の君は、焦ってる。その、嬉しい事に俺の事で」

「仁志さん……」

「心配しなくても、この一件が終わるまでは俺は誰かに決めないから。というか、終わった後でも決められないだろうから。だから、焦るならその時にお願いするよ」

 

 そう言って仁志さんは深呼吸を一つすると素早く先程キスしなかった方の頬へキスをした。

 

「今は、これで許して欲しい。それと、君の心を焦らせてごめん。えっと、エロい事は俺もしたいけどもう少し待ってくれ。悪意がいる以上、翼を乗っ取る可能性がある。俺は君をもう誰かの人形にさせたくないんだ」

「っ!?」

 

 その言葉に私は目が覚めた。この人が私とキスしたくないのは、そういう意味でもあったんだと気付いて。

 

「仁志さんっ!」

「っと!?」

「ごめんなさいっ! 私は、私はまた同じ事を繰り返しそうでした! 貴方の想いを、優しさを、酌む事が出来ませんでしたっ!」

 

 ああっ! 本当に私は成長していない! この人は一度教えてくれたのに、焦ってはいけないと言ってくれたのに……。

 

「そんな事ないよ。翼は俺の気持ちを酌んでくれたさ。ただ、それがちょっと間違っただけだって」

 

 なのに、この人は私を撥ね退ける事もせず、こうして優しく受け止めてくれる。

 その強さに、温もりに甘えてしまう。

 あぁ、そうか。あの時、この人の胸に甘えた時から、もう私はそうなっていたんだ。

 

「だからそんなに気にしないでくれ。こう言ったらなんだけど、嬉しくもあったんだから」

「仁志さん……」

「悪意の事が片付いても、まだ翼が俺とそういう事を望んでくれるなら、その時に今日の続きは考えよう。な?」

「……はい。私が自分の気持ちで、周囲や状況に流される事なく決めて」

「ああ、そうして欲しい」

 

 そう言い終えると仁志さんは今度は額にキスをした。

 

「俺の気持ちは変わらないと思うよ。まぁ、この場合は変わった方がいいのかもしれないけどさ」

「ふふっ、そうですね。出来れば、私だけを見つめてくれる人になってくれると嬉しいです」

 

 私の言葉に仁志さんは困ったように笑って頬を掻く。それがとても可愛らしく見え、私は笑った。

 

――いつか、きっといつか私だけを見てくれるようにしてみせる……。

 

 

 

 ゲートを閉じるようになってから、些細な変化が仁志の世界に起き始めた。

 それはずばり動画のコメント欄だ。そこへ書き込まれる内容の中に、かつてあった覚えがあるというような内容のコメントが散見されるようになったのである。

 

 それを受け、仁志は翼達ドライディーヴァと名付けた三人にアイドルギアを使っての三人曲を頼む事にした。

 そこで三人へ与えた指示はたった一つ。好きに歌ってというものだ。だがその言葉に歌姫達は笑みを返して頷いたのだ。

 

 仁志を、惚れた男を驚かせるような歌を歌ってやろうと心を一つにして。

 

――楽しんで歌を歌おうか。それできっと仁志先輩の顔を驚きに染められるだろうし。

――そうね。これは仕事でもなければ強制でもないもの。誰かが作った歌じゃなく、私達で作る歌だから。

――ああ。きっとこの世界でしか歌えない歌だ。だからこそ、今を思いっきり楽しんで歌おう。

 

 そうして歌われた歌を聞いた仁志へ三人は曲名を決めて欲しいと告げる。

 その結果、仁志は悩みに悩んで絞り出すようにして“天鳴ノ協奏曲(カデンツァ)”と名付けた。

 そこに込められた意味を感じ取り、ドライディーヴァは全員一致でその名を承認する。

 

 “天鳴ノ協奏曲(カデンツァ)”は何と初日で百万を超える再生数を叩き出し、仁志だけでなくマリア達をも驚かせる事となる。

 チャンネル登録者数も更に増え、仁志はある種の手応えを感じていた。ただし、それは動画に関係する事ではなくゲートを閉じた事へのある確信だった。

 

「ゲートから悪意はその影響力を行使してたと見て間違いない」

 

 その言葉にエルフナインとヴェイグは小さく頷く。あの誕生日会以降ゲートは閉じられたままになっている。やはりあのノイズ襲撃は仁志達にとって大きな出来事であったためだ。

 ないと思うが就寝時に差し向けられては対応が間に合わない事もあり、ゲートはあの日以降はカオスビーストと戦うため以外には解放しない事に決まったのである。

 

「と言う事は、ゲートを通じて悪意はこの世界へ影響を与えていたと見て間違いなさそうです」

「だろうな。タダノ、動画のコメントはどうだ?」

「そうそう、みんなのギアを使った個人曲へ聞いた覚えがあるって感じのコメントが増え始めてるんだ。これもゲートを閉じた影響かもしれない」

「なら、このままいけば兄様の考えた事も実現するかもしれませんね」

 

 嬉しそうに笑みを見せるエルフナイン。その格好はここへ来た頃とは変わり、涼しげな黄色のワンピースとなっている。

 マリアやセレナの影響もあり、女の子らしく服装へも気を遣うようになった結果であった。ちなみに衣服代は仁志とマリアで出し合っている。

 

「でもぉ、ししょーの考えてる通りにみんなが思い出してくれたら、アタシ達、ここで暮らす事が難しくなっちゃわないデスかぁ?」

「それは私も思った。だって、そうなったら私達は一部の人達に有名人……」

「姉さん達みたいになっちゃいますね~」

「あー、そこは正直分からないなぁ。あと、三人共少しだらしないぞ。胸元が見えそうになってる。女の子なんだから気を付けなさい」

「「「はーい(デス)」」」

 

 扇風機の周囲でクッションを枕にするように寝転がりながら仮面ライダーSPIRITSやウルトラマンSTORY0を読む三人。共に仁志の私物である。

 そして、だらしないと仁志が言ったのには訳がある。仁志からはTシャツ姿の三人の胸元が若干覗いているのだ。

 

 それを注意する仁志への三人の返事は生返事。そんな夏休みの学生らしい三人に苦笑し仁志は顔を前へ戻す。

 

「あの、兄様。僕も姉さん達の疑問は気になります」

「えっと、エル、例えばなんだがな? 創作物だと思ってた作品の存在とよく似た、それこそ本人じゃないかと思うような相手がいたとする」

「はい」

「でも、果たしてそれだけで人はそれをその作品の存在と断言出来ると思う?」

 

 仁志の頭の中に浮かんでいたのはウルトラマンガイアの映画の描写だった。あれは、ガイアである我夢が隊員服で現れたからこそみんなが本物だと思ったのだ。

 だが、残念ながら響達はギア姿でもない限り本物と断言出来る要素がない。私服姿では、良く似た別人と思うのが普通なのである。

 

「……皆さんしか有り得ない何かがなければ無理です」

「そう。そのためには話をするとの接触を図るしかない訳だけど……」

「姉様もそうですが、基本皆さんこの世界の人と知り合いはいません。そして見も知らぬ人へは警戒しています」

「そういう事。まぁ、多分そこまで心配する必要はないと思う。エルには話したと思うけど、悪意は戦姫絶唱シンフォギアをこの世界から消そうとした。それをほぼほぼ成し遂げた中で思い出させるんだ。その反動というか無理矢理なかった事にした報いは確実にあると思うよ」

「そうだな。上位世界のほぼ全てからセレナ達を消したんだ。その使った分以上の力が跳ね返るはずだ」

 

 ヴェイグの言葉に仁志とエルフナインが同時に頷く。それ程悪意のした行為は凄まじい力を必要としていると思われた。

 何せ世界に存在していた全ての“戦姫絶唱シンフォギア”に関する情報を消去してみせたのだ。それはアカシックレコードと呼ばれるものへ干渉したのではないかと思われる程の、とんでもない行為だろう。

 

 以前話した悪意の力の使い方。それは時間停止ではなくそちらへ注がれているのではというのが最近のエルフナインの出した考えであった。

 

「あっ、そういえば兄様に聞きたい事があったんです」

「おっ、何だ何だ?」

 

 首掛け袋から真新しいライトグリーンのスマートフォンを取り出してエルフナインは何か操作をすると、それを仁志へと差し出した。

 

「これについて教えて欲しいんです」

「どれどれ……あー……これかぁ」

 

 画面に表示されていたのは“ガンダムビルドファイターズトライ”で出てくる“すーぱーふみな”と呼ばれるプラモデルであった。

 

「切歌お姉ちゃんからガンダムというものを聞いて、兄様オススメのビルドファイターズで検索をかけたらそんな物が出て来たんですが、これはアンドロイドという事でしょうか?」

「え~と、何て言えばいいのかなぁ」

「切歌お姉ちゃんはギアを纏っているようなものだと言うんですが」

「あ~……」

 

 ガンプラは自由だ。そう言っても分からないどころか変な誤解を招きそうだと判断し、仁志は仕方なくしっかりと説明をする事にした。

 その説明はビルドファイターズトライの登場人物にも触れる事となり、気付けば切歌達もテーブル近くへ集まっていた。

 

 今やこの家では仁志は家長と言えた。本人にそんな気はないが、マリアが夫のように思い、セレナやエルフナインが兄や父のように慕い、切歌と調も頼りになる存在として考えているためだ。

 

 これまで彼女達はどうしても家族という枠組みから外れた世界で生きていた。

 親しい友人や仲間はいても、それはあくまで点の繋がりであり、部屋へ戻れば狭い関係性でしか支え合う事はなかった。

 

 それを意図せずして仁志は壊したのだ。三つの住家でそれぞれ支え合い、助け合い、関わっていくように。

 更には定期的に全員で集まり、これまでよりも濃密な関わりを持たせ、築かせ、その絆をより一層強くさせたのだ。

 

 その中で仁志は、父の、兄の、男の役割を果たして彼女達を支えた。

 これまでの平行世界と違い、寄る辺のない自分達を必死に支える彼の姿に好感を抱かぬ女性達ではない。

 結果、彼らは互いに影響し合い、成長を遂げる事となったのだ。

 

「ししょー、今度の集まりはクウガデスよね?」

「そうなるな」

「クウガを見終わったら何がいいかな、お兄ちゃん」

「うーん……アイマスでも見る?」

「あっ、私興味ある。切ちゃんがバイト先でCDを見てその量に驚いたって聞いたし」

「あれはホントに圧巻デェス……」

「まぁ歴史が長いからねぇ。十年以上経ったんじゃなかったかな?」

「「「「「十年っ!?」」」」」

 

 最早家族と言ってもおかしくない程に仁志はエルフナイン達から慕われていた。

 かつてはこの家での同居を反対していたマリアやエルフナイン、中立だった調でさえも容認へと傾きつつあるぐらい、仁志といる時間は楽しく幸せなのだから。

 

「そうなんだよ。アイドルものとしては結構な古典作品であり先頭を走り続けるコンテンツでもある。俺もそこまで熱心なプロデューサーじゃないけどそれぐらいは知ってるし」

「「「「「ぷろでゅーさー?」」」」」

 

 そしてまた、仁志にとっても彼女達との時間は安らぎ癒される至福の時間だった。

 装者達の中でも年少組は特に素直だ。彼の趣味への偏見などもなく、純粋に受け止め考えてくれる。

 更にエルフナインやヴェイグという彼にとって擬似子育てを経験させる存在も大きかった。

 結婚など無理と諦めていた仁志の中で、せめて子供だけでもと思わせるには二人の存在は十分過ぎる程の影響力を持っていたのだ。

 

 仁志の話を興味津々と言った顔で聞く切歌達五人。ここにマリアがいればきっとその様子を見て苦笑した事だろう。

 それほどに彼らの関係性は他人という線引きを越えているのだ。血は繋がらぬでも家族である。そう言うのがもっとも適していると言えたのだから。

 

「よし、じゃあ今からみんなで切歌のバイト先、行くかっ!」

「「「「「はい(うん)(ああ)(デス)っ!」」」」」

 

 セレナがヴェイグを抱え、切歌と調が仁志の両側を陣取り、エルフナインは肩車されて笑みを浮かべる。

 見た目はとても家族とは思えない一行であるが、その雰囲気や距離感はそうとしか言えないものだ。

 

「そういえば調お姉ちゃん、今日の晩御飯は何ですか?」

「今夜は仁志さんのリクエストで少し辛めのシーフードカレー」

「か、辛いんですか?」

「大丈夫。中辛と甘口を半分ずつ入れる」

「「ほっ……」」

「シーフードカレーデスか。楽しみデスよぉ」

「エビ、イカ、ホタテ?」

「うん。足りなかった?」

「十分だよ。ルーは言った奴、買ってくれたか?」

「勿論抜かりない」

「さすが調だ」

「それほどでも」

 

 気付いているのだろうか。切歌も調も、その位置取りは以前と大きく異なっている事を。

 前回のカラオケでは、仁志は一人後方を歩き、その前を彼女達が歩いていた。

 それが、今回は仁志の両側を切歌と調が歩いているのだ。そこには、乙女らしい無自覚な恋心がある。

 かつて翼と未来が響とクリスの想いを聞いて動いたのと同じ行動を二人は取っているのだから。

 

((手、繋いでみたい(デス)けど、エルを肩車してるから無理だ(デス)ね……))

 

 チラリと仁志の方へ目をやり、本来あるはずの物がない事に小さくため息を吐く二人。

 そんな二人に気付く事なく、セレナはヴェイグへ微笑みかけていた。

 

「カレー、楽しみですね」

「ああっ!」

 

 返す声には隠しきれない喜びが宿っている。実は、ヴェイグの好物の一つがカレーなのだ。

 初めて食べた時、その味に驚き、汗を掻きながらハフハフと食べて以来、ヴェイグはマリアへこうねだっていた。

 

――なぁ、次にカレーはいつ出てくる?

――一週間の間に同じメニューは出さないから。大人しく来週まで待ちなさい。

 

 と、このような返しを受けるという、まさしくよくある家庭の一ページ。そう、この世界へ来てすっかりカレーが好物となったヴェイグであった。

 

 そんな風に幸せそうに歩く仁志達を見下ろす黒いもやのようなものがある。

 

――種まきは今のところ順調。残る奴らにも種をまいて、根付いてくれるのを待つだけね……。




嫉妬を煽るのではなく、寂しさや焦燥感と言った只野への想いを刺激する方向へ悪意はシフト。
結果、ギスギスはしないもののこれまでと違って異常性が出難くなってしまいました。

……既に根が存在している響とクリス。そこに他の装者達が仲間入りする時も近いかもしれません。
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