シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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奏の料理話と歌姫達との一時をどうぞ。

サブタイの元ネタは言わずと知れた某有名映画です。
それと、今回の話のネタの一部はWontamさんの絵https://img.syosetu.org/img/user/144709/65442.jpgから頂きました。
本当にありがとうございます。


番外編 明けバカ日誌

「じゃ、上がってよ」

「お邪魔しまーすっと。うわっ、あっつ」

 

 勤務明けの朝、俺は奏と共に部屋へと戻ってきた。

 理由は一つ。勤務中に奏から言われたのだ。

 

――仁志先輩、今日の朝ごはんはあたしが作ってあげるよ。

 

 さすがにそれは作ってくれるだろうマリアに悪いと断ろうとしたら、既に翼を通じてエルからマリアへ連絡は入ってるとの事。

 つまり既に手は打ってあり、あとは俺が頷くだけとなっていたのである。

 なら俺が頷かぬはずはなく、こうして奏を連れて珍しく部屋までストレートに帰ってきたと言う訳だ。

 

「で、食材は?」

「昨日仁志先輩が帰った後、未来から話を聞いてね。スーパーへ急いで行って買ってきたのさ。簡単な物ならあたしも出来るからさ」

 

 そう言って奏が見せるのは未来も持って来ていた買い物袋。成程なぁ。リーチに物を置かせて欲しいって言われた時は何かと思ったけど、冷蔵品が入ってたって訳か。

 

 エアコンの電源を入れながらチラリと視線を動かせば、奏は買い物袋から食材を取り出していた。

 卵にチーズ、レタスやトマトといかにも朝食向きという感じの物が流しに並べられていく。

 

 で、最後に出て来たのは……エプロン?

 

「よっと……ん? どうしたの?」

「い、いや、まさかエプロンまで持参とは思わなかったから」

「この方が感じ出るかと思ってさ。どう? 新妻っぽい?」

 

 からかうようにそう聞いてくる奏へ、俺は躊躇う事無く頷いた。

 

「ああ、本気で新婚になったみたいだ。可愛いよ、奏」

「っ?! ちょ、ちょっと止めてよ。あー、そういうカウンターしてくるとは思わなかった」

 

 照れるように顔を背ける奏がとても愛しい。やっぱり、昨夜のクリスとのキスが影響してるのかね?

 

「さて、じゃあ仁志先輩は皿とかお願いね。あっ、そうだ。トースターとかって……ないか」

「申し訳ない。っと、待てよ? レンジでオーブントースターの機能があるから焼く事は可能だ」

「じゃ、パンよろしく。あたし二枚食べたい」

「はいはい。じゃ、俺の分入れて四枚だな」

 

 こんなやり取りさえも新婚さんな感じがしてくる。

 ヤバいなぁ。奏と結婚したらなんて、そんな事を考えてしまう。

 チラリと見れば上機嫌で野菜を水洗いしている奏の背中。

 

「……美人だよなぁ、やっぱ」

「ありがと」

 

 と、まさかの返事が。少し照れくさそうにだが嬉しそうに笑みを浮かべてこっちへ顔を向けている。

 

「何かさ、昨日店に来るまでにあった?」

 

 その問いかけに俺はすぐ答える事が出来なかった。ただ、俺のそんな反応で奏は何かを察したように苦笑する。

 

「仁志先輩、分かりやす過ぎ」

「……隠し事は苦手なんだよ。俺、単純だからさ」

「ははっ、単純か。でも、うん、そんな貴方だからみんな惚れちゃうんだろうね」

 

 最後の一言がとても嬉しく、照れくさく、誇らしく思えた。

 

「本音と建て前が使い分けられないから?」

「裏がないからだよ。分かってないで言ってるなら許すけど、もし分かってるならちょっとお説教かな?」

 

 即答。しかもこちらに不敵な笑みを見せての追撃もあった。

 なのでごめんなさいと頭を下げる。するとあっさりと許してくれた。

 

「いいよ。ま、あまり自分を卑下しないでって事。あたしの惚れた男を侮辱するのは仁志先輩だって許さないってね」

「奏……」

「何? 惚れ直した? ならどんどん惚れ直してよ。そしてあたしだけが一番って思ってくれてさ、あたしを離したくないって抱き締めて……っ」

 

 奏が息を呑む。当然だ。俺が後ろから抱き締めたのだから。

 

「ひ、仁志先輩? えっと、どうしたのさ?」

「今奏が言ったんだぞ? 離したくないって抱き締めろって」

「そ、それは……言った、けど……」

 

 普段と違ってしおらしい奏に内心興奮してる自分がいる。

 もう少しだけ、いじめてみようか?

 

「ん? 何だって? 聞こえないぞ奏」

「ひゃっ、み、耳元で囁かないでよ……」

 

 ヤバい。可愛い。普段勝気な子が二人きりで特定の状況になると気弱になるとか、本当にヤバいぐらいギャップで可愛い。

 というか、もしかして奏って押せ押せ系が好き? あるいはここぞと言う時に引っ張ってくれる感じが好きなのか?

 

「じゃ、どこならいいんだ? 教えてくれ」

「そ、そんなの決まってるじゃん。普通にさ……顔を少し離して」

「嫌だと言ったら?」

「い、嫌って……」

 

 ここか。そう思って奏の耳元へ口を寄せる。

 

「奏を離したくない」

「っ?!」

 

 紛れもない本音だ。今の俺は、今だけは俺は奏の旦那や彼氏だと思って接する。

 マリアでさえそういう気持ちになる時があったんだ。なら、奏だってそうだ。

 

「好きなんだ。本当に、心から。今だけは、奏が一番だと言える」

「今だけ……か。うん、やっぱり仁志先輩だよ。でも、それだけでもあたしは嬉しい。今だけでも、貴方の一番になれるなら」

 

 俺の背に体を預けて奏は笑みを浮かべてくれた。その瞬間、俺は自然とその唇へ自分のそれを重ねた。

 

「…………仁志先輩」

「ごめん。嫌だったか?」

「ううん、むしろ……」

 

 潤んだ瞳でこっちを見つめる奏。もうそれだけで十分だった。

 何も言わずにもう一度同じ事をする。今度は少しだけそのままの時間を多めに取って。

 

 ゆっくりと奏から顔を離すととても色っぽい表情の美人がこちらを見つめていた。

 

「仁志先輩、いっそこのまま……さ」

「ダメだよ奏。それは、ダメだ」

「もう料理作るなんて気分じゃないよ。このまま、あたしを料理して?」

「っ……」

 

 正直押し倒したい気持ちに駆られそうになる。だけど、踏み止まった。

 朝で良かった。これが夜だったら、夜勤明けじゃなかったら、踏み止まれなかっただろう。

 

「奏、それは無理だって。隣、誰が寝てると思ってる?」

「…………いっそ聞かせてやろうよ。その方が仁志先輩の夢の光景に近い事になるんじゃない?」

「このっ」

「いたっ」

 

 デコピンを喰らわせる。よし、これで朝っぱらからピンクな空気を出して俺を惑わせる淫魔を退散させたぞ。

 

「奏、分かってくれ。そういう事は」

「そうだね。ホテルとかに行かないと無理か」

「ていっ」

「あうっ」

 

 今度はチョップ。だけどデコピンと違って軽い。奏も笑っているのでわざと言ってるな。

 何せニヤニヤ笑いながら言ってきたのだ。ホテルって、まったく……。

 

 そこからは再び朝食準備。奏はサラダを、俺はレンジでトーストをそれぞれ作る。

 それにしても、奏はやっぱりクリスよりも大人の女、なんだな。

 クリスはホテルとは口に出さなかったし、誘い方もストレートでどこか可愛らしいものだった。

 

 奏は、あたしを料理して、だもんなぁ。

 

「ね、仁志」

「……え?」

 

 聞こえた呼び方に違和感を覚えて振り返ると、そこには少しだけ顔を赤くしている、綺麗だけどどこか可愛らしい美女がいた。

 

「仁志って、そう呼んだんだけど、ダメ?」

「えっと……」

「二人きりの時だけ、こう呼びたいんだけど……ダメ、かな?」

 

 本当に、可愛いよな。ああ、本当に可愛い。

 

「いいよ。奏の好きにしてくれ。俺は、どう呼ばれても嬉しいから」

「……分かったよ仁志。それと、愛してる」

 

 そこで俺もだよと、即答出来ない俺はまだまだだなと思った。そしてそう思って凹む俺を見て奏は苦笑してくれた。

 なのでお詫びも兼ねて食べ終わった後の洗い物は俺が引き受ける事にした。奏としてはそんな事より別の方法で詫びを欲しかったらしいが、これが一番だと押し切る事に。

 

 こうして出来上がったのは、オーブントースター機能を使って焼いたトーストが四枚とトマトとレタスのサラダ。そしてスクランブルエッグとカリカリベーコンという洋風朝食だった。

 

「こんなもんだけど、召し上がれ」

「こんなもんなんて言えるか。美味そうだよ。ありがとう奏」

「こ、こんなんで良ければ毎朝作ってもいいよ?」

「じゃ、それはこの一件が片付いた時にでも考えてくれ」

「……うん、そうだね。そうする」

 

 俺の言い方に小さく笑みを見せて、奏はそれ以上何も言わなかった。

 そうして食べていると、不意に奏が呟いた。

 

「ね、次はいつ行く?」

 

 その問いかけが以前のデートとして使った喫茶店の事を言ってると踏んで、俺はトーストを持ったままあっさりと返した。

 

「そっちが早起きする気持ちがあるなら明日でもいいぞ」

「じゃ、毎朝って言ったら?」

 

 こっちをじっと見つめて告げられた言葉に俺は齧ろうとしていたトーストを下げる。

 

「それは、悪い。諦めてくれ」

「どうして?」

「マリアとヴェイグに悪い」

「マリアとヴェイグ、ね。仁志、本音を言ってよ。マリア、だろ?」

 

 どこか寂しそうな表情の奏に俺は真剣な表情で告げる。

 

「本音を言うなら、みんなに俺を理由に揉めて欲しくない。虫の良い事を言ってる自覚はあるけど、俺との付き合いよりもみんなの付き合いは長いし」

「関係ないよ。女、なんだよ、あたし達。惚れた男を取り合うのは、普通さ」

「悪意につけ込まれるって分かっていても?」

「勘違いしないでよ。あたし達が取り合うとすればこの面倒事が終わった後。仁志だってあたし達の中から選んでくれるんだろ?」

「それは……そうしないといけないとは思うけど」

 

 ただ、未来の言葉が頭を過ぎる。俺が現状を望むのなら手を貸しますという、あれを。

 分かってる。ハーレムなんて現実には不可能だって。

 大体、俺達は良くても子供が出来た場合、その子達はどうなる? 周囲の目はきっと好意的には見ないだろう。

 

 と、そこで思った。風鳴訃堂はある意味でそういう事をやっていたんじゃないかと。

 八紘さんや弦十郎さんだけならまだ分かるが、十人もの子供を一人の女性に産ませるなんて難しい。

 なら、おそらくだが複数の女性に子を産ませていたはずだ。それを、彼は自身の強力な力を背景に暗に認めさせていた。

 それどころか自分の息子の妻に子を産ませるなんて非道な事までやってのけたんだ。

 

 俺には、そこまで太い神経はない。期間限定ハーレムでさえ無理だろうなと思うぐらいなんだ。

 

「でも、可能なら今のような時間を過ごしていたい」

 

 それでもと、そう言い続けよう。だとしてもと、叫び続けよう。

 俺が願うのはみんなの笑顔だ。俺が戸惑い、怖気づいたら、それが壊れてしまうのなら、迷う事はあっても恐れず進もう。

 

「今のような、ね」

「ああ。別に俺がみんなから異性として想われてなくてもいい。みんなと時に集まって、騒いだりはしゃいだりしていたいんだ」

 

 俺の本心はそこだ。俺が惚れられてる事はどうでもいい。みんなと、今のように笑っていられる時間が、思い出が欲しいんだ。

 

「……それは、仁志が誰かを選んだら崩壊すると思う?」

「ずっとはないだろうけど、現状だと一時的にはそうなるとは思う」

「でも、選ばないなら選ばないでギスギスするって思わないの?」

「水面下で、か。たしかにそれは否定出来ないけど……」

 

 想像が出来ないんだよな。響達がドロドロの女の戦いをやるなんて。

 

「仁志の考えてる事、当ててやろうか。響や翼がそんな事出来る気がしない」

「……ご明察」

「甘いね。あたしの感覚じゃ、女はみんなその気になったら平気でにっこり笑って敵を刺すよ。それも男には気付かれないように」

「怖い事言わないでくれよ」

「ははっ、冗談だよ。あたしも響や翼はそんな事出来ないと思う。クリスや未来なんかもね」

 

 悪戯を成功させたように楽しげに笑う奏を見ながら、俺は手にしたトーストを齧る。

 本当に、勘弁して欲しい。正直修羅場なんて耐えられないんだ。まぁ原因を作ろうとしてる奴が何を言うって話かもしれないけど。

 

 こうして食べ終わり、後片付けを終えるまで奏は部屋にいた。

 送ろうかと言ったんだが、今日はいいと言われたので玄関先でお別れ。

 

「あ、そうそう」

「ん?」

 

 ドアを開けて外へ出ようとしたところで奏がこっちへ振り返ってニヤっと笑った。

 

「あたしとマリアは出来るかもね」

 

 そう言い残して奏は部屋を出て行った。まったく、最後の最後にとんでもない爆弾を落とさないでくれよ。

 しかも、俺の脳裏で奏とマリアの水面下でのバチバチが想像出来てしまったのだ。

 

「……マリアと奏が、もしかしたら一番奥さんしてるって思ってるかもしれないな」

 

 マリアは家庭で夫を支える妻として、奏は職場で夫を支える妻として。

 意外と笑えない想像に自分で首を大きく横へ振り、意識を切り換える事にする。

 

 さて、今朝は久しぶりにのんびりと散歩でもしますかね。で、マリア達の家でシャワーを借りて昼寝といこう。

 それにしても、奏とキスをしたのに通知音が鳴らなかった。あれは一体どういう事なんだろうか?

 キスだけじゃ、ないって事か? だとすると、足りないものは……俺の言葉だろうな。

 

「……今度は、ちゃんと想いを伝えよう。言葉にしないと、伝わらないもんな」

 

 

 

 蝉が元気よく鳴いている中を歩く。それだけで汗が滝のように流れてきそうだ。

 それでも俺と手を繋いでるエルは元気いっぱいだ。その横にいるマリアは多少辛そうに見えるけど。

 

 自室で昼寝をしていた俺だったが、スマホの振動で目が覚めたのは今から大体十五分前ぐらい。

 寝惚けた頭でスマホを見ればそこにエルの文字。何かあったのかと慌てて出てみれば、聞こえてきたのはエルではなくマリアの声だった。

 

――あのね、落ち着いて聞いて。エルが着てみたい服があるって言ってるの。それで出来れば以前行った繁華街に行きたいんだけど、私じゃ土地勘がないじゃない? それに私だけじゃ、その、お金の方も心もとないでしょ? 悪いとは思うんだけど、一緒についてきてくれない?

 

 ちなみにセレナは珍しくヴェイグと一緒に昼寝してて、調と切歌は料理の練習をするそうだ。

 切歌はあの日俺達へ食事を作った事が切っ掛けでもっと料理を学びたいと思ったらしく、調から色々と教わるようになったとの事。

 

――ししょーにまた美味しいご飯を作ってあげるデスよ!

 

 そう自信満々に言っていたのをよく覚えてる。はてさて一体いつになるやら?

 

「すみません兄様。僕のせいで」

「いいんだよ。エルが自分から着てみたい服があるなんて珍しいしな。なぁマリア」

「ええ。本当に耳を疑ったもの。しかも見せてもらったのだけど、中々お洒落なのよ。ようやくエルもファッションに目覚めてくれたのね」

 

 嬉しそうに笑うマリアだが、俺はそれに内心首を捻る。

 

 たしかに出会った当初よりもエルは服装に気を配るようになったとは思う。

 あの日俺やマリアの意見を聞いて選んでいた事を皮切りに、夏になってからよく着ているのはセレナと調の意見を参考に決めたらしいスカイブルーのワンピースだ。

 

 そうそう、エルは基本赤・青・緑・黄の四色から選ぶ。言わずと知れたオートスコアラー達の配色だ。

 それと同じぐらい好きなのがライトグリーンとパステルイエローか。前者がエルを、後者がキャロルをイメージすると俺が言ったかららしい。

 

「エル、マリアに見せたのを俺にも見せてくれない?」

「はい、構いません。ですが、兄様は見る必要もなく分かってくれるかと」

「へ?」

 

 どういう事だと思っていると、マリアが前方を見て笑みを浮かべた。

 

「駅が見えてきたわ。仁志、私は先に切符を買ってくるからエルをお願い」

「了解」

 

 先んじて駅へと向かうマリア。どうやらエルが自発的に服を欲しいと言った事が余程嬉しいらしい。

 セレナもそうらしいが、マリアは抑圧された少女時代を送った反動かやたらと買い物が好きなんだよなぁ。

 特に服や装飾品といった物。ただこちらでは時間は出来ても金がないので泣く泣く諦めているようだが。

 

「兄様、先程の話ですが」

「ああ、うん」

「僕、フィリップの格好をしたいんです」

 

 その瞬間、俺は全てを理解しマリアに心の中で詫びた。

 だって、これようするにコスプレしたいって事だもの。少なくてもエルがファッションに目覚めたとかではない、はずだ。

 

「え、えっと、フィリップってWの?」

「はい! スマートフォンで検索して格好を見たら、僕でもおかしくない物だったので」

 

 嬉々として話すエルを見て、俺は最後までマリアにはこの事を黙っておこうと決意した。

 それと、今後エルに話す時は出来るだけ女の子という事を意識しようとも。可愛い格好のヒロインとか、出てくる作品の話でもしようかな。

 そうなるとアイマスがいいかもしれない。アニマスは話しごとに格好変えたりしてたはずだし。

 

「お待たせ。えっと、名駅で良かったわよね?」

「そうそう。っと、代金は後で出すよ」

「これぐらいはいいわ。私だって自分で稼いでるのよ?」

 

 ウインクと共にそう言われてはこちらも無理に食いつく必要もない。

 まぁ代わりにエルのために買う服の代金は俺持ちなのだ。なら、いいか。

 

 改札を通り、乗り場へ向かう。エルを間に入れて歩く俺とマリアは、果たしてどう見えているのだろう?

 やはり夫婦なのだろうか? それとも兄妹? あるいは、彼氏と彼女?

 

 あの日、俺はマリアと自分を夫婦と見るのは想像力が足りないと言ったが、逆に言えば今の俺達を見ただけで関係性が分かる奴は想像力があり過ぎて怖い。

 

「まずはどこへ行くんですか?」

「そうね……仁志、どうする?」

「じゃあ、まずは前回と同じであの百貨店の店を回ろう。そこで集まらなかったら、次は別の百貨店を回ればいい。あの一帯に三つぐらいあるんだ」

「「へぇ、そうなの(なんですね)」」

 

 思わぬところで姉妹らしい感じを出す二人に笑みが零れた。

 言った二人も互いを見合って笑っている。

 本当に、変わったな。エルもマリアも笑顔が増えた。

 

「それにしても、一体どこであの格好を見つけたの?」

 

 と、そんな質問がマリアからエルへされた。このままでは不味いかもしれんと思ってすかさず割って入る。

 

「あの」

「俺が話してた作品で検索したそうだ。で、その中の登場人物がしてた格好なんだよ」

「そうなの?」

「はい」

「エルも変わったよなぁ。ファッションに欠片も興味がなかったのにさ」

「そうね。切っ掛けはどうであれ、この人と同じ格好がしたいと思うようになったのは大きいわ」

 

 内心安堵する。まさかただのコスプレですとは言えないし知られたくない。

 マリアはきっとエルがこれを切っ掛けに色々とファッションへ興味を示すだろうと思ってる。

 だけど、事実は違う。エルは、大好きな作品のキャラだからしてみたいだけなのだ。

 

 なので嬉しそうに笑みを浮かべているマリアに気付かれないようにエルへ耳打ち。

 

「エル、ちなみにフィリップ以外の格好をしてみるつもりは?」

「特にありませんが?」

「……今日、目当ての格好を探すついでにマリアにも数点服を見てもらおうか、中々服屋を沢山回る事も出来ないしさ」

「あ、そうですね。そうします」

「ちょっと、何をこそこそ話してるのよ?」

 

 おっと、少し長く話し込み過ぎたか。

 

「ああ、丁度いいからマリアにも服を選んでもらいなってね」

「はい。沢山の服屋さんを回る事も珍しいので」

「そう。分かったわ。しっかりエルに似合う物を探してあげる」

「あっと、じゃあ悪いけど向こうに到着したら少しATM寄っていいか? 軍資金を調達しておきたい」

「ええ、構わないわ」

 

 こうして俺達は水着を買いに来た時以来に総合駅へやってきた。

 まずATMコーナーで動画収入の方から軍資金を調達し、向かったのは俺が本来足を運ぶ事のないファッション関連のフロア。

 そこをゆっくりと見て回りながら、マリアがああでもないこうでもないと難しい顔をする横で俺とエルはフィリップらしい格好を探した。

 

 だが、これが中々難しく、仕方ないので店員へフィリップの格好を見せて、これに似たような格好でエルが着れる物はないかと尋ねる事に。

 すると、流石は一流百貨店。これは何階のどこどこにという風に調べてくれたのだ。

 

 なのでまずはエルが希望している服を手に入れる事にして店を回る事に。

 その結果、エルが納得出来る服が揃ったのだが、当然のように合計金額が1万では収まらないレベルになった。

 

「思ったよりも結構な値段になったわね」

「だなぁ」

「す、すみません兄様」

「いいよいいよ。エルはみんなの中でも一番お金を使わないからな。たまの事だし、散財したっていいさ」

「そうよ。エルは少しお金を気にし過ぎ。だからこういう時ぐらい金額なんて考えないでいいわ。それは私や仁志が考えるの」

「そういう事」

「はい、分かりました。ありがとうございます、兄様、姉様」

 

 その後はマリアの買い物へとシフト。というのもエルが彼女へこう言ったのだ。

 

――たまには姉様自身の服を選んでください。

 

 実はマリアはこっちに来た時に持ってきた数点の服を着回していたのだ。勿論こちらで買った物も少しはあるが、それらは言うなれば安物であり部屋着レベル。

 俺の財政が厳しい事を受けての、マリアらしい気の遣い方だった訳だ。エルやセレナ、切歌に調へ可愛い服をと、そう思っていたのである。

 

 俺もそう言われるまで思い至らなかった。なので俺が代金は持つからとマリアの背中を後押ししたのだから。

 

「仁志、エル、これなんてどう?」

 

 片手に秋物らしい服を持ってこちらへ問いかけてくるマリア。ただ、それを見ても俺の感想は一つしかない。

 

「うーん……」

「姉様は綺麗ですから何を着ても似合います」

「そうなんだよなぁ。正直マリアは何を着ても似合うんだよ」

 

 そう本音を告げるとマリアが嬉しそうに笑う。美人は何を着ても美人なのだと本気で思うのだ。

 だからと言って、それだけでは満足しないのが女性というもの。それを漫画やアニメで学んだ俺は、マリアが手にしている服へ目を向けてそれを着ている彼女を想像してみた。

 

 似合ってはいると思うが、やっぱりここはこう言うべきか。

 

「でも、俺はそれを着たマリアが見てみたいかな」

「そ、そう。じゃあ、ちょっと試してみるわね」

 

 上機嫌で試着室へと向かうマリアを見送り、俺は隣のエルへ顔を向けた。

 

「正解?」

「おそらくですが」

 

 俺の問いかけにエルが苦笑する。その顔も可愛いと思うのは、親バカならぬ兄バカなのだろうか。

 

 そこからはマリアのファッションショーのような展開となった。

 俺とエルはそれにただただ感嘆するばかり。いや、本当に何を着ても似合うし綺麗だし時々可愛いしで文句も不満もなかったのだ。

 

「これとこれ、どちらがいい?」

「両方買えばいいじゃないか」

「気持ちは嬉しいけど選んで欲しいの。一着ぐらい仁志の選んだ物が欲しいから」

 

 その言葉通り、マリアは結局その一着しか服を買わなかった。俺が別にいいと言ってもキリが無いからと、そう小さく苦笑して。

 

 ならばと、俺は荷物を持っている事を利用し、トイレに行くと告げてマリアとエルに先に下の階へ行ってもらい、その間に最後手にしていて買わなかった方を購入した。

 俺が選んだ物が欲しいのなら、俺が着て欲しい物も受け取ってくれるはずだろうと、そう思って。

 

 そうして二人へ合流し帰路へ就く事に。電車の座席に座り、外の景色を眺めるエルを俺とマリアが揃って笑顔で見つめる。

 

「兄様、あれが新幹線ですよね?」

「そうだな。かつてののぞみで今のひかりだ」

「名前が変わったの?」

「最初の新幹線はこだまで次がひかり。その次に出て来たのがのぞみ。その三つの名称で新幹線は運用されてたんだけど、のぞみ以降は500系とか700系と言う感じで名称が新しく作られなくてさ。で、最初のこだまが引退して、初代ひかりがこだまとなり、初代のぞみがひかりとなり……って感じで名前を譲っていってるんだよ」

 

 初耳なのか、あるいはマリア達の世界では新幹線の歴史が異なるのか、とにかく二人は俺が父親から聞いた話に感心しているようだった。

 そこで俺は期せずして父親の事を話す事になった。乗り物好きな少年みたいなとこがあると言うと、二人して苦笑するなり俺は父親似だと言ってきた。

 

 ……強く否定はしない。実際俺の趣味も父さんの趣味と同じく子供っぽいと言われてもおかしくないし。

 

「模型、ですか?」

「うん、父さんの小さい頃は家が貧しくて、それなのに子供が父さん入れて四人もいたから大変でさ。欲しい物がほとんど買えず、父さんは小さい頃から家の手伝いとして新聞配達とかしてたって聞いた」

「苦労したのね……」

「だから、その反動だと思うけど大人になって自分で稼ぐようになったら趣味へ全力投入だったらしい。一つ笑い話があってさ。初めて車を買った時なんか、ホイールだなんだと色々と手を加えてたら金がなくなって、その時にガソリンを買う金を残してない事に気付いたらしい」

 

 そう言ったら二人して大笑い。電車の中なのですぐに手で口を押さえたけど、顔は笑ったままだった。

 俺もこの話を聞いた時は本当にそんな事ってあるんだなと思ったぐらいだ。

 さすがの俺でもそんな事はしてない。まぁ、逆に言えばそれだけ夢中になってたんだと思う。

 

 そういう意味では、俺は父さんの子なんだなぁ。今も相変わらずヒーロー達を目指して、追っ駆けて、夢中になってる。

 

「エル、今度一緒に模型を、プラモを見よう。今だとライダーのプラモがあるんだ」

「ぷらも?」

「プラモデルの略称。で、そのラインナップにはWもある」

「ホントですか?」

「ああ。エルは細かい作業とか得意だし、フィギュアよりも自作するプラモの方が愛着も余計強くなると思うからさ」

「ちょっと、エルにまた妙な趣味を作るつもり?」

 

 マリアのこっちを見る目が苦笑している。いいじゃないか。今だって家の手伝いが終わると時間の過ごし方に若干困ってるみたいだし。

 そう思うも口にはしない。ただエルの頭を撫でながらこう言った。

 

「趣味になるかどうかはエル次第だよ。俺は、エルが自分では触れない事を教えてみるだけだ」

「それでエルがのめり込んでいきそうだから言ってるのよ」

「兄様の教えてくれる事はどれも興味深いです」

「ほら」

 

 小さく笑みを浮かべながらマリアがそう告げると、エルは嬉しそうにこっちを見上げ、本当に親子になったかのような気分にさせる。

 ああ、本当にそうなれたらどれだけ幸せか。こんな美人の嫁さんに可愛い娘を持てば、俺はきっと生きるのを諦めるななんて言葉を思い出す事さえないだろう。

 

 でも、それはマリアじゃなくてもそうなる。響でも、クリスでも、翼でも、奏でも、未来でもそうだ。

 

「じゃ、いっそエルの趣味を男の子じみたものばかりにしてやるか」

「止めて。そうでなくても今だって女の子らしくないんだから」

「マリアも自分の趣味をエルに教えていけばいいじゃないか」

「わ、私の趣味? そ、そう言われても……」

「姉様は体を動かすのがそれだと思います。ジムに行きたいとよく呟いていますし」

「え、エル!?」

「あー、そっか。そういえば緒川さんとミット打ちしてたもんなぁ」

 

 OPで、だけど。

 

「そ、そんな事まで知ってるの?」

「まぁ。ヨガとかもクリスとダイエットの一環でやってたのもな」

「っ?! わ、忘れなさい」

「無理言うなよ。あのメモリアイベント、中々女性らしいと思って好きなんだから」

「「めもりあイベント?」」

 

 そこから俺はメモリアイベントについて説明を始めた。

 エルとマリアはその間似たような表情で俺の話を聞き、本当に姉妹かと錯覚するぐらいだった。

 やがて最寄駅へ到着し、俺達はまた手を繋いで歩き出す。愛らしいエルと綺麗なマリアと共に歩く俺は、周囲には親子と見られているだろうか。

 

 そう見えていて欲しいと思いつつ、俺はマリア達の暮らす平屋へと向かう。

 そして玄関へエルが先んじて入っていく中、俺はマリアへ彼女の服が入った袋を渡しながらあの事を告げる事にした。

 

「マリア、これ」

「ええ、ありがとう。大事に着るわ」

「そうしてくれると嬉しいよ。それと、中を見てくれ」

「え?」

 

 不思議そうに袋の中を見て、マリアが何かに気付いたらしく顔を弾かれたようにこっちへ動かした。

 

「ひ、仁志、これ……」

「俺が着て欲しい服だ。選んだ服はマリアに似合うだろうと思った物。そっちは、俺が見てみたい物だ。これなら、受け取ってもらえるか?」

「…………もうっ、本当に貴方って人は」

 

 嬉しそうに袋を抱き締めて微笑むマリアに俺も笑みを返す。どうやら喜んでもらえたようだ。

 

「兄様、姉様、早く中へ。冷気が逃げます」

「「今行く(わ)」」

 

 互いに見つめ合ったままそう返して、俺はそっとマリアへ近付き頬へキスをする。

 

「……仁志」

「今はそこで勘弁してくれ。場所も場所だし」

「そう、ね。でも、だからこそ、こ~こ、でも良かったのよ?」

 

 唇を指さしてマリアは妖艶に微笑んだ。本当に奏といいマリアといい、年長の女性は本気で怖い。

 

「今そこへしたら押し倒すから」

「っ……なら、別の機会にしないといけないわね。それとも、今夜?」

「よし、早く中へ入ろうか。お互い熱で思考がおかしくなってきてる」

 

 マリアの手を掴んで玄関へと向かう。すると後ろからクスクスと笑う声が聞こえてきた。

 仕方ないじゃないか。このままだと本気で不味い気がするんだ。

 若干寝不足もあって、さっきのマリアの言葉で本気で色々考えそうになったし。

 

 この後、エルが買ってきた服へ着替えると、マリアがやっとエルがお洒落に目覚めてくれて嬉しいとばかりに笑顔を浮かべる中、切歌達はおそらくエル本人から聞いていたのだろう、全員揃ってフィリップのコスプレだと理解してるようで微妙な顔をしていた。

 

 俺はそんなみんなを眺め、すっかり家族のようになったんだなぁと改めてしみじみ感じる事となる。

 

 

 

 夕方近くとなっても、この時期はまだまだ暑い。そんな中でも俺はぶらぶらと散歩していた。

 何もする事がない訳ではない。運動しようと思って散歩していたのだ。

 しかも、俺の隣には美女が同伴しているのである。

 

「やっぱりまだ暑いですね」

「だなぁ」

 

 翼の言葉に同意を返す。エルとマリアのファッションショーを見た後、俺は自室へ戻りまた軽く寝たのだが、ほんの一時間程度で目が覚めてしまい、それならとこうして散歩を始めた。

 で、一人では何なので翼達のアパートまで行き、奏でも散歩へ誘おうと思ったら彼女はまだ寝ていたらしく、翼が代わりについてきてくれる事になったのだ。

 

「翼は、朝走る以外に何か運動してるのか?」

「それが特には。多少トレーニングらしい事はしていますが……」

「ああ、部屋じゃ限界があるか」

「はい。マリアや奏とジムへ行きたいと時々話しているぐらいで」

「ふむ、現状なら不可能じゃないけど……」

 

 みんなの協力により動画からの収益は右肩上がりだ。

 更に翼提案の響とクリスでの歌い直した“RADIANT FORCE”もかなりの再生数を稼いでくれているし、“激唱インフィニティ”もそれに負けず劣らずの勢い。

 気付けばチャンネル登録者数も50万へ届きそうなところまできている。多分だが、本来はアニメって事がフィルターとなり見向きもしなかった人達が、そういうフィルターを無くした事でシンフォギアの、みんなの歌の魅力を知ってファンになってくれているのだと思う。

 

「どうする? ここから一番近いジムを探して会員になる?」

「いえ、そこまでは。それに後々の事を考えると……」

 

 そう言って翼は表情を曇らせる。そうか、彼女達がここからいなくなると退会手続きなんかも出来ない。

 

「そう、だな。金をかけずでも出来る事ならそれでいいか」

「はい。それに、その、こうして仁志さんが運動に誘ってくれるのなら、ジムなんかよりも私は継続出来るのですが?」

「……これから夕食前にも軽く散歩しようかな?」

「ぁ……はい、それがいいかと思います」

 

 嬉しそうに微笑む翼にドキッとする。本当に綺麗と可愛いが共存している女性だよな。

 そういえば、翼達も服はどうしているんだろうか。ふと気になったので聞いてみる事に。

 すると、思いがけない答えが返ってきた。

 

「あっちから持ち込んでた?」

「はい。以前から私は時間が自由に使えるので、悪意の動向を探る際についでにと」

「は~、気付かなかった」

「現在ではカオスビーストの事もありますし、そもそもゲートも閉じていますから出来ていませんが」

 

 そうか。だから響達も服に困る事がなかったのか。

 こうして考えると俺は本当に色々と抜けているんだなと実感する。服の事も髪の事もだ。

 

「もう必要ない?」

「そうですね。当分は構わないかと。ですが……」

 

 そう言って翼が少し悪戯っぽく笑う。

 

「貴方に見せたい服が欲しくなったら、別かもしれませんね」

 

 反則だろ。小悪魔な雰囲気の翼なんて、本気で反則だ。

 

「……スケベな下着とかでも?」

「あ、貴方が望むのでしたら」

 

 そこで二人して赤面して顔を背ける。何というか、きっとあれだ。今の俺達は俗に言うバカップルだ。

 

「な、何か悪い」

「い、いえ、私も同じようなものですから」

 

 何というか、これはこれで幸せだ。と、そこで思った。翼って、もう感覚的には成人してるんじゃないかって。

 

「なぁ翼。翼ってもう感覚的には成人だよな?」

「え? え、ええ、そうですね。こちらで過ごした時間を加味すれば成人です」

「……今夜、俺の部屋で飲まないか? マリアと奏も一緒に」

 

 最初は二人きりでと思ったが、そうなった場合確実に事へ及ぶ気がして急遽ドライディーヴァとの飲み会へと変更する。

 

「飲み会、ですか。そう、ですね。いいかもしれません」

「興味はあるんだ?」

「ないと言えば嘘になります。ふふっ、いよいよ私も本格的に大人の仲間入りを果たす訳ですね」

 

 楽しそうに笑う翼を見て、俺も小さく笑みを浮かべた。こうして見ると翼は可愛さが分かり易いなぁ。

 飲み会は夕食後にする事とし、集合時間は午後七時にスーパーとした。酒やつまみの買い出しのためである。

 

 マリアへは俺が、奏へは翼から話をする事となり、そこからは別の話をする事に。

 話題は、翼が以前話した店の事。小料理屋を開いて云々のあれである。

 翼は、本気でこっちか本来の世界で店を出そうと思っているらしく、俺をそこの板前もどきにしたいようだった。

 

「私一人よりも仁志さんがいた方がいいと思うんです」

「まぁ、それはね」

 

 翼一人では酒に酔った勢いで変な事をする奴らが出た場合面倒になる。

 

「自宅兼店舗で、二階が私達の住まいですね」

「そう、なるかなぁ」

「あるいは近くに家が別に?」

「その方がいいとは思うよ」

 

 話しているとぼんやり浮かぶその生活。

 昼近くに目覚め、二人で朝昼兼用の食事を食べ、二人で買い出しに出かける。

 お買い得品などを見ながらその日のメニューを考えつつ買い物を終えて店へ行く。

 二人で仕込みを始め、夕方の開店前に軽く食事をして翼が暖簾を出しにいったら開店。

 

「……割烹着、だなぁ」

「ふふっ、奇遇ですね。私も今想像していたのだと割烹着です」

「着物は歌う時?」

「いいかもしれませんね。もしくは休日の営業?」

「いっそランダムでいいんじゃない? その方が特別感とそれ見たさで通ってくれる人が出来そう」

「そ、そうでしょうか? なら、その、着物の日はそ、そういう事をしてもいいと言う合図に」

 

 その言葉の途中から腕に抱き着かれて、最後にそれだ。はっきり言ってドキドキしない方がおかしい。

 だけど、その、着物姿で布団の上にいる翼を想像すると、正直興奮する事必至だろうと思った。

 

「……翼って以外とスケベ?」

「…………仁志さんを想うようになってから自分でもそうかもしれないと思い出しました」

 

 真っ赤な顔でそう言って翼は上目遣いでこっちを見つめる。

 

「そ、そんなはしたない女はお嫌いですか?」

「むしろ好きだ」

 

 反射的に答えてしまい、俺は思わず足を止める。すると翼はそんな俺に驚き、すぐに恥ずかしそうに俯くと……

 

「そ、それなら良かったです。私は、仁志さんの前でだけそういう女となりますね?」

 

 と、そんな衝撃で強烈で刺激的な発言をしてくれたのである。

 もう散歩って気分じゃなくなった。許されるのならどこかで連れ込んで、そんな事を言ったのを後悔させたいぐらいだ。

 でも、それは出来ない。なのでせめてと翼の体を引き寄せて近くの塀へ背中を向けさせ、両手を顔の横へと勢い良く置いた。

 

「っ……ひ、仁志さん?」

「翼、俺だって男なんだぞ? そんな事を、今の互いの想いを知ってる状態で言えばどうなるか分からないか?」

 

 意識して低い声を出す。目付きも少しだけ鋭くした。

 翼が、息を呑むのが分かった。

 

「……それが、望みだとしたら?」

「…………まだ時期が悪い」

「時期が良くなると時機が悪いのです」

「っ……それは」

 

 翼の言いたい事は分かる。悪意の脅威が消えた時、俺達がこうして過ごせるかは分からないからだ。

 そうなら、今は状況は悪いけれど時機としては間違っていない。でも……

 

「翼、君は俺に君を操り人形にさせるかもしれない事をやれって言うのか?」

「……仁志さんと結ばれるのならそれでも構いません」

「翼……君はそこまで……」

 

 凛々しく、ではなく微笑みと共に告げられた言葉に、俺はそこへ込められた想いを感じ取って返す言葉がなかった。

 

「せめて心から好いた方と。きっと、これも女の本質なのでしょう。一夜だけでもいい。貴方の女だと、そう強く思えたら、と」

「翼……」

「きっと、これは私以外も同じはずです。マリアや奏は言うまでもなく、雪音も立花も小日向とてそうです。みな、仁志さんと出会い、関わり、心は女となりました。あとは、この身のみ」

 

 そこで悲しそうに微笑み、翼はそっと俺の頬へ手を当てた。

 

「貴方は悪意に私達が操られる事を恐れ、選べないと言ってくれた。選べば、今の私達は心に大きな傷か影を作るから。闇を、抱えてしまうから」

 

 ゆっくりと翼は俺へ顔を近付けてそっと頬へキスをした。

 偶然にも、以前奏がしたのとは逆の場所へ。

 

「なら、いっそ傷付けてください。私達に貴方のものだという証を。私達は、貴方になら傷付けられてもいいのです」

「っ?!」

 

 その言葉に、俺はあの夜の事を思い出す。悪意に乗っ取られたマリアが告げた、あの言葉もそうだった。

 俺になら傷付けられてもいい。あれは、やっぱりそういう意味なのか。

 

 俺がそんな事を考えていると翼の手は頬から離れ、俺の背中へと回された。

 

「なんて、そんな事を言えば貴方が困ってしまう。だけど、それでも言いたくなるのです。少しでも貴方の気を、心を、自分へ向けていたくて」

「そっか……」

 

 やっと分かった。どうして最近のみんなが少しエッチな方向なのか。

 俺の関心を少しでも惹きたいからなんだ。例え一瞬でも自分の事だけを考えて欲しいという、そんな女心なんだ。

 

「分かったよ翼。その、ありがとう。だけど、やっぱりそういう事はまだ、さ」

「ええ、分かっています。ですが、それぐらいの想いはあるとだけ分かってください」

 

 その言葉であのクリスの言葉が甦る。そう、だな。それぐらい、みんな俺へ想いを抱いてくれているんだ。

 なら、それに対して俺も真摯に向き合わないとな。せめて、彼女達が好きになって良かったと、そう思ってくれるような男であるために。

 

「翼、ちょっといいか?」

「はい? っ?!」

 

 壁ドン体勢のまま翼へキスをした。そっと顔を離すと翼が潤んだ瞳を向けてくる。

 

「仁志さん……」

「今だけは君だけを、翼だけを見てる。なら、これぐらいは俺だってしたくなるさ」

 

 勿論それ以上も。そう言いたかったけど、言わずにおいた。きっと言えば、俺も翼も自分を止められなくなると思って。

 だけど、翼はそれを察したのか嬉しそうに微笑んで俺の腕へと自分の腕を絡めてきた。

 

「仁志さんって、本当に今まで交際経験ないんですか?」

「そうだよ。いや、本当に環境が人を作るんだな」

「だとすれば、私は立花や雪音に感謝しなければなりませんね。おかげで、女としてまた一つ成長出来ました」

「それは良かったよ。ところで翼?」

「はい?」

「いつまで、その、当ててるつもりだ?」

 

 俺の腕に感じる柔らかな感触。それを阻む何かの感触も含めて、これは意図的だろう。

 

「そ、その、せめてこの時間が終わるまでは、貴方の意識を私の事だけでいっぱいにしたくて」

 

 ……反則だろ、こんなの。あの風鳴翼だぞ?

 それが真っ赤な顔で可愛らしい気持ちと声でそんな事を言ってきたら、もう何も言う事が出来ないに決まってる。

 

 結局この後十分以上はあてもなく二人で歩き続けた。アパートまで翼を送り、俺は急いで部屋へ帰って邪念を吐き出す事にした。

 そうじゃないと不味いと思ったのだ。酒が入って暴走しないためにもと、そう思って。

 まさか、それが後であんな事に繋がるなんてこの時の俺は思わなかった……。

 

 

 

「結構買ったなぁ」

 

 俺達の目の前にあるテーブルには、アルコールの類がごろごろしている。

 カクテル系が多いのは女性ならではだろうか。それとハイボール系もある。こちらは俺が選んだものだ。

 

「いいじゃん。翼の初めてのお酒だしさ」

「でも本当に少し買い過ぎじゃない? 私もあまり言えないけど」

「私はそれよりもこちらの方が驚きだ」

 

 そう言って翼が手にしたのは生パスタ。俺が買った物である。それとミニトマトと生ハム、海老に鷹の爪、そしてオリーブオイルにガーリックチップもだ。

 

「本当に貴方が作るの?」

「そうだよ。たまには男の手料理ってのもいいだろ? それに、こう言うのはズルいかもしれないけど、俺が女性に料理をふるまうのは初めてだぞ?」

 

 その言葉だけで三人が黙って、そして嬉しそうに微笑んだ。

 

「ま、軽く飲んで待っててくれよ。あっ、乾杯だけしとくか」

「そうね。翼、どれから飲む?」

「そ、そうだな……。じゃあ……これを」

 

 翼が手にしたのはホワイトサワー。

 

「じゃあたしはこれ」

 

 奏のは、定番と言えるかもしれない梅酒系。

 

「なら私はこれにするわ」

 

 マリアは王道の缶ビール。

 

「俺はハイボールを。じゃ、翼の大人の仲間入りを祝してぇ」

「「「「乾杯」」」」

 

 缶を軽く重ねてプルタブを開けると、その音がほぼほぼ同時に聞こえる。

 ちょっとだけ缶を呷り、久々の味に表情を歪める。何だろうか。今までで飲んだ酒で一番美味い気がする。

 

「あ~っ、最高!」

「大袈裟、とは言えないかしら。翼、どう?」

「美味しい、な。その、ジュースみたいだ」

「カクテル系は飲み易いけど、意外と度数高いから飲み過ぎないようにな。さて、なら俺は作り始めるか」

「期待してるよ仁志先輩」

 

 奏はそう言って手にした缶チューハイをごくごくと飲んでいく。おーおー、凄いな。

 

「か、奏? そんな速度で飲んで大丈夫?」

「っかぁ~……平気平気。あたし、意外と強いんだ」

「誰も弱いなんて思ってないけど、ペース考えなさいよ? 酔い潰れたら面倒だし」

「分かってるって。でも、どうせならここで泊まっていきたいなぁ。ねっ、仁志先輩。ダメ?」

「「「ダメ」」」

 

 見事に俺達の意見が一致した。一度泊めた事はあるけど、あれは事情が事情だったからだ。

 それに、今の奏だと酔った状態で泊めるなんてある意味怖くて出来ない。

 

「チェッ、何だよ。仁志先輩だけじゃなくて翼とマリアまでさ」

「当然でしょ?」

「奏、何があっても私が連れて帰るから」

「せんぱ~い、ダメぇ?」

「……ダメ」

 

 可愛いと思ってしまった俺はダメかもしれない。てか、もう軽く酔ってないか?

 

「ケチ。あっ、ならこの三人で泊まるのは?」

「もっとダメだっての。響達と同居してた時だって、仕方なくだったんだ。現状では絶対に許可出来ません」

 

 酔っ払いの相手はこれぐらいにして、そろそろやりますか。

 

 そう、ある漫画で読んで美味そうだなと思って試しにやってみたら、本当に簡単だったので一時期バカみたいに食べてた料理を。

 その名も、生ハムと海老にミニトマトのペペロンチーノもどき。

 酒のつまみにはちょっと豪勢だけど、ドライディーヴァと飲むならこれぐらいなんてことない。

 

 どれぐらい振りかにフライパンを手に取って見て、微かに苦笑してからパスタ作りの準備開始。

 まずはミニトマトのヘタを取って洗い、それが終わったら次は海老の殻むき。

 

「何かさ、こういうのいいよね」

「何が?」

 

 後ろから聞こえてくる会話へ耳を傾けつつ、俺は下準備を進めていく。

 どうやらもう泊まるのは諦めたらしい。良かった良かった。

 っと、背ワタ取るための串とかないな。仕方ない。包丁で少し切れ目作って洗い流そう。

 

「ん? 何か旦那が自分のために作ってくれてるみたいじゃん?」

 

 その瞬間、間違いなく空気が変わった。何というか、こう、若干張り詰めるような何かが走った、気がした。

 

「そうね。たしかにわ・た・しのために作ってくれてる感じがあるわ」

「ははっ、もしかしてマリア、もう酔ってる? あたし、自分のためにって言ったよね?」

「聞こえてたわ。だから、私自身のためにって思ったんだけど?」

 

 ちょっと待ってくださいよぉ! 何でもう酔ってるんですか!?

 ていうか、奏、自分でさっき言ったよね? あたし、意外と強いって。

 

「ひ、仁志さん」

 

 気付けば翼が俺の後ろにいた。怯えるような表情とその手に握られた缶チューハイのギャップがちょっと可愛い。

 

「奏とマリアを、止めるべきでしょうか?」

 

 チラリと後ろを見やれば、それぞれ不敵に笑みを浮かべながら酒を口にしている二人の美女。

 うん、怖い。酔ってても酔ってなくても、怖い。

 

「……翼、手伝ってくれる?」

「ぁ……はいっ!」

 

 止めるのは本当にヤバくなったらにしよう。それまでは翼をこっちで保護するべきだ。

 なので翼には切れ目を入れた海老から背ワタを取ってもらう事に。

 その間に俺は鷹の爪を処理する。種を取って小さく輪切りにしていく。それが終われば次は生ハムへ取り掛かろうとして、それは翼に任せようと考え直す。

 

「翼、それが終わったら生ハムを食べやすい大きさに切ってくれるか? でもあまり小さくし過ぎないでくれ」

「分かりました」

 

 さて、ではフライパンを温めますか。それと、二人はどうだ?

 

「前々から思ってたけど、奏、貴方ちょっと仁志に近過ぎない?」

「何言ってんのさ。それを言うならマリアだろ? 食事を作ってるからか、奥さん気取りじゃん」

「なら貴方が代わってくれてもいいのよ? あっ、ごめんなさい。貴方は一緒に勤務があるものね。それじゃあ仁志がお腹を空かせてしまうわ」

「……いい度胸じゃん。なら、そっちも弁当屋辞めて夜勤やる? あっと、ごめんごめん。そっちは妹達の食事の支度あるもんな。それじゃセレナ達が困るか」

 

 ……バチバチにも程がある。やっぱり止めに入るべきか。

 

「仁志さん、切り終わりました。次は何をすれば?」

 

 そこへ聞こえる翼の声。心なしか普段よりも笑顔が明るい。そう思って見ていると、翼は傍に置いていた缶チューハイを手にして一口クピッと呷る。

 

「ふぅ……美味しい」

 

 何だろうか。もしかして翼も少し酔ってきてる?

 

「つ、翼?」

「何ですか?」

「その、体の方はどう? 動悸が激しいとかない?」

「はい、ありません。強いて言えば体が多少熱いぐらいです」

「ああ、そう」

 

 どうやら翼は酒に弱い訳ではないようだ。楽しそうに缶チューハイを呑む姿はとても可愛らしい。

 ……て、あれ? よく考えるとさっきまで怯えてたはずなのにもう笑ってる?

 

「仁志さん、仁志さんの飲んでた物も飲んでみてもいいですか?」

 

 俺が考え事をしていると翼からそんな事を言われた。

 

「えっと、もうそれは飲んだの?」

「はい。とても飲み易かったので」

 

 これ、止めといた方がいい気がする。でも、ここで止めて泣き出したりとかしないだろうか?

 

「翼、その……」

「ダメですか? 仁志さんの飲んでいる味を、知りたいんです」

 

 にっこりと笑ってこう言われてしまっては弱い。

 

「ゆっくり飲むんだぞ?」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 ルンルン気分でテーブルへと向かう翼を見送り、俺は確信した。うん、あれは酔ってる。

 じゃなければ奏とマリアが視線でバチバチ火花散らしてるところへ平然と戻っていけない。

 

「……とりあえず作って強制的に空気を変えるか」

 

 そう呟いて俺は飲んでいたハイボールを飲もうと思って、テーブルに置いてきた事を思い出す。

 酒でも飲んでなきゃやってられないと思ったらこれだ。やれやれ、仕方ないから取りに行こう。

 

「あっ、仁志さん。これも中々美味しいですね」

「そっか。それは良かったよ」

 

 ニコニコ笑顔でハイボールを飲む翼に若干癒される。いや、だって奏とマリアは無言で睨み合うようにしながら缶を呷ってるもの。

 

「……あれ?」

 

 恐ろしい光景から目を背けるようにテーブルを眺めれば、そこにあるはずの俺の飲みかけハイボールが見当たらない。

 たしかに置いたはずなんだが……? もしかして流しに置いたか?

 

 そう思って流しへ目をやっても、そこにはそれらしい物は見当たらない。

 

「っかしいなぁ」

 

 どこに置いたと、そう思ってテーブルを再度探すも未開封の物しかない。

 

「……ん? 未開封?」

 

 俺が買ったハイボールは三つ。一つは翼が飲んでいる。では、未開封はあっても一つでなければおかしい。

 

「…………翼、それって俺の飲みかけ?」

「はいっ! 新しく開けるのもどうかと思って!」

 

 あー、完全に酔ってる。だって気付いたらこの子、声大きくなってるもの。

 陽気に笑う翼って新鮮だけど、どうやら笑い上戸の気があるようだ。

 

「ちょっと翼、それはズルいよ。あたしにもちょーだい」

「あら、それなら私も欲しいわ」

 

 で、俺の飲みかけと聞いた瞬間意識をこっちへ向ける歌姫二人。

 

「いいよ! じゃあ、まず奏!」

「ありがと」

「飲み干したら怒るわよ」

 

 うん、もうこれはダメだ。大人しくパスタ作ってこよう。で、それを食べさせて少し落ち着かせよう。

 決して目の前の事から逃げた訳じゃない。うん、逃げてない。これは、あれだ。戦略的撤退ってやつだ。

 

「仁志先輩の味がする」

「そんな訳ないだろ」

「嘘? ちょっと貸しなさい。私が確かめるから」

「いや、だからさ?」

「えっ!? あれ、仁志さんの味なの!?」

「翼、声押さえて」

「あははっ、翼酔ってるね」

「うん、それ君が言う?」

「これが仁志の味? でも、そう言われると普通のお酒と味が違うわね……」

「ハイボールだからだろ。てか、もしかしてマリア、君も酔ってるの!?」

 

 気付いたら俺以外酔っ払いと化していたでござるの巻。

 というか、これどうしよう? 酔っ払い二人を未来の待つ部屋へ返すのすっごい忍びないんだけど?

 あと、まさか缶チューハイ一本で三人して酔うとかどうなってるの。俺もそこまで強い方じゃないけど、さすがにそれじゃ酔わないぞ?

 

「仁志先輩、そんな事どうでもいいからさ。早くパスタ作ってよ~」

「あっ、私手伝いますよっ!」

「翼はもういいから。とりあえずゆっくり飲みなさい。奏は今飲んでるので終わりな」

「え~?」

「仁志、これ美味しかったわ。ごちそうさま」

「あ、うん……」

 

 俺の飲みかけはマリアによって飲み干されました。一口しか飲んでなかったんだけどなぁ。

 そう思ってしょぼんとした気持ちで空き缶を眺め、俺は仕方ないので未開封の一つを手にして流しへと戻る。

 

 とりあえずパスタを作ろう。で、早くあの混沌とした場所を制御しなくては。

 

 後にして思えば、ここで馬鹿正直にパスタを作ろうとしていた俺もどうかしてたんだと分かる。

 でも、この時はそうするべきだと思ったんだ。多分だけど俺は俺で予想外の状況にテンパってたんだと思う。

 

 で、パスタを作って大皿に盛ってテーブルへ戻ると、三人が一斉にこっちへ顔を向けて嬉しそうな顔をした。

 

「おー……」

「凄いじゃない」

「美味しそう……」

「普段なら均等に取り分けるとこだけど、今日は飲みの席だしそれぞれで好きなように食べていってくれ。はい、フォーク」

「「「ありがとう(ございます)」」」

 

 多少落ち着いたのか翼の声量が落ちていた。だけど笑顔はそのまま。何というか可愛い。

 で、奏も普段の調子に戻ってる感じがあるし、マリアもそんな雰囲気だ。酒が抜けた、なんて事はこんな短時間じゃないから、おそらく少しだけ落ち着いたのだろう。

 

 そして、俺が作った贅沢ペペロンチーノを食べた三人の感想は……

 

「「「美味しいっ!」」」

「そっか。良かった」

「これ、お酒に合うわね。ガーリックがいい感じよ」

「海老がプリップリで、トマトは熱入ったからか甘酸っぱくて、もう最高だよっ! 酒に合う~」

「この辛味が……んくっ……はぁ~。ふふっ、お酒が進んでしまいますね」

「そうだろ? 今日はいつもより心持ち鷹の爪を、唐辛子を増やしたんだ」

「仁志、後で作り方教えて。唐辛子を減らせばエルやセレナも食べられるだろうし」

「あたしも教えて欲しいな。これ、普通に食べたい」

「私も知りたいです。小日向も気に入ると思うので」

「いいよ。じゃ、後で教えるな」

 

 良かった。やっと俺が思い描いた飲み会になった。一時はどうなるかと思った。

 パスタがなくなると、次は買ってきたチーズやピーナッツをツマミに飲む。

 その間の話題はドライディーヴァの今後だった。

 

 出来るだけドライディーヴァにはオリジナルをと、そう言っているために動画配信の速度が犠牲になっている現状を三人はどうにかしたいらしい。

 何せ現状ではRADIANT FORCEと天鳴ノ協奏曲だけだ。次はいつやるかと、そう三人は俺へ聞いてきた。

 というのも、どうも俺が聞いてくれると思わないと歌えないんだそうだ。ドライディーヴァは俺のためのユニットだと、そう三人は暗に言ってくれたのである。

 

 嬉しかった。同時に多少の申し訳なさもあった。本当なら俺だけのためじゃなく、大勢のファンのためにあって欲しいから。

 

「じゃ、また近い内にこの四人でカラオケか」

「何ならここで歌ってもいいよ?」

「近所迷惑よ」

「そうだよ奏。仁志さんが追い出されちゃう」

「いいじゃん。そうなったらあたし達の部屋においでよ」

「おい」

 

 一体どこの誰だ? 似たような状況で俺達をお説教したのは?

 そんな気持ちで見つめると奏が拗ねたように口を尖らせた。

 

「だってぇ、あの時の仁志先輩も翼達もお互いをそういう相手って見てなかったじゃん。でも、今のあたし達は三人共仁志先輩なら手を出されてもいいって」

「ストップっ! そこまでよ。そんな事、私が許さないわ」

「何でマリアに許されないといけないのさ?」

「そ、そうだよ。これは私達の問題だよ、マリア」

「翼、君まで……」

 

 酒が入ってるせいか、全体的にヒートアップし易い。これ、どうするべきか。

 あと、地味に翼が口調を使い分けられなくなってきてる。酔ってるって事だろうな。

 

「仁志、貴方はどうなの? ここを出て行く事になったら奏達の方へ行くの? それとも私達のところへ来るの? どっち?」

「えぇ……」

 

 何故か選択肢にさらりとマリア達の家が追加されてる。もしかして、マリアも俺と一緒に暮らしたいんだろうか?

 

 ……有り得る。最近エルやセレナからも一緒に暮らそうと言われているし、ヴェイグや切歌など前からそういう事を言ってくれていた。

 

「私達の家ならセックスなんかも出来ないわ。どう? 安全でしょ?」

「どーだか? みんなが寝付いた後にこっそり風呂場でとかさ」

「……いやらしい」

「そ、そんな事する訳ないじゃないっ!」

 

 すみません。若干想像して、それもいいなと思ってしまった馬鹿野郎がここにいます。

 あとさらっとマリアがセックスって言ったのはヤバい。おかげで半分立ち上がったぞ。どこがとは言わないけど。

 

「それで言ったらあたし達は三人して牽制し合うから逆に安全だよ。な、翼」

「うん」

「何を言ってるのかしら? だからこそ三人結託してしまうんでしょう。女三人を好きに出来るなんて男にとっては猛毒よ」

 

 仰る通りです。メチャクチャ頭の中で想像して、今俺は立ち上がれません。完全に立ち上がっちゃったんだよ。

 

「あ、あのさ? そもそも俺がここを出て行く前提なのはおかしいだろ」

 

 正論を告げたのだが、何故かそれには三人揃ってスルー。

 

「そもそも私達の家は仁志にとってもっともいい条件が揃ってるの。職場は近いしシャワーもお風呂もある。居間には最新型のエアコンもあるし、エルやヴェイグが常にいるから寂しくないわ」

「それならこっちだって似たようなものだよ。私が常にいる。私が仁志さんを癒してあげるんだから」

「どうだか? 癒しじゃなくていやらしじゃないの? いかがわしい……」

「そ、そんな事する訳ないでしょっ!」

 

 何だろうか。デジャブかね? さっき似たようなやり取りを聞いた気がするんだけど……。

 

「大体マリアは前も言ったけど仁志さんとの距離感を見直すべきだよ。夫婦みたいに過ごす事多いし」

「あら、ちゃんと見直したわよ? それでも仁志が私にしか言えない事があるの。そして私も仁志にしか言えない事がある。これは甘えじゃないわ」

「仁志さん、そんな事を言ったんですか?」

「仁志、言ってくれたわよね?」

「えぇ……」

 

 やだ、めんどくさいこの酔っ払い二人。どう返しても厄介な事になるの見えてるもんな。

 と、そこで気付いた。奏が静かだって。視線を動かせばいたはずの場所に奏がいない。トイレかと思ったけどそれなら視界の隅を横切るはずだ。

 

「翼~、マリア~、ちょっとこれ見てよ」

 

 そんな時聞こえた声に視線を上げれば奏が押入れに顔を突っ込んで手招きしてた。

 瞬間、一気に酔いが醒める。いや、そもそもそんなに酔ってなかったけどそれでもだ。

 全身の血の気が引いていくのが分かった。そう、実は三人を招くにあたり俺はゴミ箱を空にした。理由はお察しだが、当然ゴミの回収などとっくに終わっている。

 なのでそれは以前のように消臭剤を置いてある押入れの隅へ隠したのだが、それをどうやら奏に見つけられたらしい。

 

「どうしたの?」

「何よ?」

 

 二人がそう言った瞬間、赤ら顔の奏がニヤニヤ笑ってゴミ袋を手にして振り返った。

 

「「ゴミ袋?」」

「そっ。しかも、丸めたティッシュだけの」

 

 終わった。色々と終わったぁ……。

 なので開き直るように俺はハイボールを呷る。今は何でもいいから現実逃避したい。

 

 あ~、生きるの諦めようかな。だって、今、俺殺されたもの。よりにもよってこの三人にとんでもない物見られましたもの。

 もう何も怖くない。あっ、これ死亡フラグだ。まぁいいや。だってもう死んだようなもんだし。

 

 気付けば翼とマリアが奏の傍へ移動していた。で、三人揃ってゴミ袋を見ながらひそひそ話してる。

 公開処刑だよね、これ。酒でも飲んでないとやってられない。

 と、そこで何故か三人がこっちへ振り返って赤い顔を見せる。でも、それはどことなく酔ってるとかじゃない感じがした。

 

「仁志、えっと……」

「や、やはりそういう欲求は増していく一方ですか?」

「そんな事聞いてどうすんだよぉ……」

 

 もう死にたい気分だってのに、死体蹴りまでするのかよぉ。

 

「その、さ。もしそうなら、責任取ろうかなって」

「…………はい?」

 

 奏の言葉に思考が止まる。えっと、どういう意味だ?

 俺が責任取れとか言われるなら分かるけど、向こうが責任を取るってどういう事?

 そんな風に考えているといつの間にか三人が俺の傍へ戻ってきていた。いや、俺の周囲に侍るように陣取っている。

 

「ごめんなさい。そう、よね。あの時だって貴方は性欲が限界と言ってたもの」

「ま、マリア?」

「思えば、ここへ私が来たばかりの頃、貴方は下着を片付けてもいいと言っていました」

「えっと、翼?」

「そうだよね。だって、貴方は働き盛りの男だし。あたし達を、そういう風に見てるのはあのプールで分かったしさ」

「奏?」

 

 状況が今一つ理解出来ない。ただ、何となくヤバいような、だけど嬉しいような感覚がする。

 すると三人揃って俺へ体を寄せてきた。ふわりと香るそれぞれの匂いに紛れて微かに漂うアルコール。

 

「少しだけ、大人の時間を過ごしましょ?」

「交わる事は出来なくても触れ合うぐらいなら」

「もし望むなら、もう少しだけエッチな事も出来るけど?」

「そ、それはさすがにダメだって。というか、三人共酔ってないだろ?」

 

 潤んだ瞳でこっちへ迫る表情と声にはさっきまでの雰囲気が微塵も感じられない。

 だが、俺がそう尋ねると……

 

「「「酔ってるって、そういう事にして?」」」

 

 と返してきて、俺の記憶はそこで途切れた。

 

 ……そういう事にした。ただ、酒は怖いと思った。悪意とは違った意味で人の本心を引き出すんだなと、改めて痛感した。

 

 そんな俺の休日だった。クリスの事といい、ホント一晩で色々起こり過ぎだよ。




一線は越えていません。いや、何がと聞かれると答えに困るのですが(汗

何故キスしたのに奏や翼にギアが追加されないかは、半分只野の推理が当たりです。
キスしたからギアが追加されたのではなく、それを引き鉄にクリスが心を強く動かして想った事が重要なのです。
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