シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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只野の想いは愛。でも装者達の想いは恋。
下心に対して真心で向き合うからこそ……。

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KNOCK OUTッ!

「荷物はこれで全部?」

 

 そう尋ねると最終確認をしていたマリアがこっちへ顔を向けた。

 

「ええ。忘れ物もないわ」

「レンタルした物も全部返却完了デス!」

「ゴミもちゃんと分別してある」

「ヴェイグさんのシャワーも完了しています!」

「はいっ!」

「……どうにも慣れないな、あれには」

 

 そのヴェイグの言葉にみんなして笑った。まだ日は高いけど夕食の事を考えるならそろそろ帰らないと不味いのだ。

 時刻は午後三時ちょい前。道もそこまで混んでないだろうし、帰るには丁度いい頃合いだろう。買い物の時間を考えても、な。

 

「よし、じゃあ総員駐車場まで移動開始!」

「「「「「「「「「「「了解(デス)っ!」」」」」」」」」」」

 

 笑顔で動き出す俺達。ただ、何となく気になってる事はある。

 一つはふとした時にマリアや奏が思い悩んでいるような顔をするようになった事。

 もう一つは調と切歌がちょくちょく密着するようになった事。

 

 そして最後にセレナ、だろうか。

 

「ねぇお兄ちゃん、今度の土曜日にも車でお出かけするんだよね?」

「ああ」

「楽しみだな。エルはぎょうむようスーパーってどういうところか知ってる?」

「いえ、詳しくは知りません。でも、聞いたところによると名前の通り業務用、つまりお店などで使うような大容量の調味料などを置いているそうです」

「お店用?」

「はい。他にも珍しい材料などもあるとか」

「へぇ」

 

 俺の隣を歩くセレナは何も変わったところはない。でも、俺からすると今の位置取りが少々気になる。

 少し前までセレナは大抵前の方をエルと手を繋いで歩いていた。少なくても俺の隣を歩く事はなかったように思う。

 それがあのデートをした翌日ぐらいからスキンシップが増えて、今など俺が荷物を両手で持っていなかったらきっと繋いでるだろう雰囲気だ。

 

 嬉しくない訳じゃないし微笑ましいと思わないでもない。だけど、いきなり過ぎる気がしていた。

 もしかして、あのデートでセレナも年頃の女の子らしい気持ちを俺へ抱いてくれたのだろうか?

 

「なぁセレナ」

「何?」

 

 かと言って直接そんな事を聞く程俺も馬鹿じゃない。なので軽く探りを入れるために多少会話をしてみる。

 

「海、楽しかったか?」

「うんっ! ボートでヴェイグさんに海の上へ連れていけたし、切歌さんには感謝しかないもん」

「セレナ達が喜んでくれたのならアタシも嬉しいデス。ししょーの試練、合格出来そうデスかね?」

「大丈夫だよ切歌。今日の君を見てるとお姉ちゃんらしくて、そしてとても良いお金の使い方をしてた」

「そ、そうデスか。照れちゃうデスね」

「ただ、もう少し物欲を抑える事も覚えよう。あと君は食欲が少し強すぎる」

「あうっ! それを言われるとぐーのねも出ないデス……」

「そうだね。さっきだって帰るって言ってるのに焼きそば買おうとしてたし」

「お前なぁ……」

「だから返却から戻ってくるの遅かったんだ」

 

 何というか思いがけない方向に会話が盛り上がってしまった。まぁそれも仕方ないか。

 俺の知る限り彼女達が揃って海水浴なんてなかったし、それが平和に終わる事もなかったように記憶してる。

 

 平和に終わる、か。考えてみればみんなにとってはそれがイベントで一番珍しい流れなのかもしれない。

 

「これで夏も終わりなんですね」

 

 そんな時、エルが呟いた一言がやけに耳に残った。寂しそうな声だったからだ。

 

「エル、まだだぞ。ギリギリ夏の間にもう一つイベントをねじ込むから」

「そうだよエルちゃん。バーベキューがあるんだから」

 

 響の言葉にエルの表情が明るくなった。よしよし、隠れたみんなのムードメーカーに笑顔が戻ったぞ。

 

「そうでした! まだお楽しみがありましたっ!」

「おう、今週の土曜はそのための買い物も兼ねてるんだからな?」

「行く機会もなかったようなお店だから楽しみだね」

「未来さんもですか? 私もです。どんな物置いてるんだろう?」

「ふふっ、家でも使える物があるといいわね」

 

 おそらくこのメンバーで一番料理をしている二人が業務用スーパーに関心を持ってる気がする。

 そんな風に業務用スーパー関連の会話をしている内に俺達は車まで到着。

 

 で、俺がロックを外すと年少組が着替えようと中へ入って行こうとするので待ったをかける。

 

「少し待ってくれ。エンジンかけて空調を動かすよ。多少はマシになるはずだ。それと、助手席と後部座席のドアを開けてくれ。それで中の熱気を少しでも早く逃がすから」

 

 荷物を置いて運転席へ入る。ドアを開けたままでエンジンをかけて空調を作動させるとすぐに風が急激な勢いで出て来た。

 そうして待つ事数分、中の温度が心持ち下がった気がしたのでエンジンをかけたまま運転席を出てドアを閉める。

 

「よし、これで少しはいいはずだ。可能なら女性陣全員いっぺんに着替えてくれないか? 無理ならいいんだけど」

「可能と言えば可能だけど、どうして?」

「いや、あまり空ぶかしはしたくないんだ。ガソリンの消耗が激しいし」

「けち臭いね仁志先輩は。ま、らしいけどさ」

「へいへい、自覚してますよ。でも、必要となれば俺は金を本気で散財するから。なのでけちではなく倹約家と言ってくれ」

「はいはい。けんやくかけんやくか」

 

 楽しげにそう言って奏は助手席のドアを閉めるとこっちへ顔を向ける。

 

「んじゃ、着替えるか」

「そうね。仁志、分かってると思うけど」

「分かってるよ。ほんの少しの絶景のために人生を終わらせるつもりはない」

「ふふっ、よろしい」

 

 俺の言葉に楽しげに笑ってマリアは車の中へ入っていく。それに続く形でみんなが笑みを浮かべながら、でもどこか恥ずかしそうに車の中へ。

 

 で、最後の奏が俺へ顔を近付けて……

 

――あたしだけでよければ見せてあげなくもないよ。

 

 なんて言って素早く車内へ入ってドアを閉めた。

 それが俺には照れ隠しのように思えた。

 

「……最近のみんなの攻勢は凄いよなぁ」

 

 特にマリアや奏、翼の歌姫組。ある意味で年長組でもあるから当然なのかもしれないけど。

 思えば今日はその三人からそれとなくナンパされたと聞いたな。あれ、今思えばアピールの一つなんだろう。

 

 特に奏はそうだ。俺が意外と独占欲強い事を知ったはずだし。

 

「独占欲、か」

 

 夏の空を見上げて呟く。そんなものが強い癖に世界中にみんなの事を思い出させようとはするんだからおかしな話だ。

 世界中から消えた“戦姫絶唱シンフォギア”を思い出させようとするのはある意味で独占欲とは正反対な気がする。

 

「いや、待てよ? そうとも言い切れないのか」

 

 適合者と呼ばれたファン達が思い出したとしても、俺はその彼らが絶対手に入らないものを持ってると自慢出来る。あるいは思い上がれる訳だ。

 本物の装者達と出会い、過ごし、想いを寄せられたという一点で。これはある意味で独占欲にも似ている感情かもしれない。

 要は、口には出さないが優越感を覚える事が出来る訳だ。コアなファンでもない俺が、全てのシンフォギアのファン達へ。

 

「…………小さい人間だなぁ、俺」

 

 それを否定出来ない事に自己嫌悪。人間らしいと言えば聞こえはいいが、何とも醜いもんだ。

 ホントヴェイグが俺の匂いを分からなくて良かったと今程思う事はない。きっと今の俺からはとんでもなく嫌な匂いが出ている事だろう。

 

 と、そこで後ろからドアの開く音がした。

 

「仁志さん、もう大丈夫ですよ。荷物は私が中へ入れておきますから」

「っと、そういう事。さっ、運転席へ行った行った」

「はいはい」

 

 振り向けば笑顔の響と奏。そしてその奏から押しやられるように俺はその場から歩き出す。

 俺の着替えはとうに終わっている。いや、女性と違って男の着替えは早いから更衣室で着替えたのだ。

 

 助手席へ乗り込む奏と別れて俺は運転席のドアを開ける。すると割と涼しい風が流れてきた。

 

「っと。じゃ、みんなシートベルトはしてるか?」

「「「「「「「「「「はい(うん)(おう)(ああ)(デス)っ!」」」」」」」」」」

「ええ、大丈夫よ」

「奏は?」

「見ての通り」

「よし、じゃあ出発っ!」

 

 行きよりも注意して運転しようと思いながらブレーキを踏んだままギアをドライブへ入れて、サイドブレーキを外してアクセルをゆっくりと踏み込む。

 

「あっと、奏、悪いけど停止したところでナビを操作してくれ。自宅ってとこがこの車を借りた店に設定されてるから」

「了解。そこへの案内をするようにすればいい?」

「そういう事。頼める?」

「任せてよ」

「仁志さーん、このまま帰るだけですか~?」

 

 奏と話していると響からそんな問いかけが。

 ふむ、どうしようかと迷っている事ではある。このまま順調に行けば車を返した時に五時いくかいかないかだ。そこから買い物して料理してとなると面倒と言えば面倒だ。

 

 しかも下手したらスーパーが混雑している可能性が高いし。タイムセールの時間だもんな、五時から六時辺りって。

 

「どこかへ寄って結構早めの夕食を食べるか?」

「でも、そうすると寝る前にお腹空いちゃうデスよ」

「お夜食?」

「太るからダメよ」

 

 すかさずオカンマリアがカットイン。ま、女性はそういうとこを気を付けないといけないもんな。

 

「じゃ、こうしよう。明日の朝ごはんの買い物してあるグループは?」

 

 静寂。どうやら三組全てが今日買い物しないと明日の朝の食事に困るようだ。

 

「行きに寄った場所、覚えてるか? あそこのレストラン街で夕食を食べてから明日の朝ごはんの買い物をするって事でどう? 何なら夕食前に本やCDとかを見てきてもいいし、フードコートにも美味い物を食べさせる店はあるしさ」

「うし、賛成の人間は挙手」

「「「「「「はーい」」」」」」

 

 聞こえてくるのは響達一部の声。多分だけど翼やマリアなどは苦笑しながら挙げているだろう。

 

 いや、下手したら愛らしく手を挙げているヴェイグを見てほっこりしてるかもしれない。

 

「仁志先輩、満場一致で賛成だよ」

「よし、なら進路変更。目的地をジャパレンからイオンモールへ」

「あいあいさー」

 

 俺のノリに奏が合わせてふざけてくれる。こういうとこはマリアよりも奏の方がノリが良いよなぁ。

 

「まるで海賊ね」

「あー、そうデス。どっかで聞いたと思ったら海賊デスよ」

「思い出すな、あの時の出来事を」

「ああ、苦労したもんな、あん時は」

 

 聞こえてくる声に俺も思い出す。たしか海賊ギアの事件か。

 あの船長、メチャクチャ強かったっけ。ただ悲しいかなゲームで戦う時はそこまででもないんだけど。

 まぁ、当然だよな。ゲームはゲームで本編は本当の戦いなんだから。

 

「仁志さんも知ってるんですよね、あの事件」

「知ってるよ。海賊ギアの一件だろ? 切歌と翼が船長へ挑んで負けちゃうやつ」

「そ、そんな事まで知ってるデスか!?」

「ゲームのイベント、でしたか?」

「そう。クリスの海賊ギアが地味に強くて欲しかったんだけど、生憎歌唱石がなくて泣く泣く諦めたんだよ」

 

 巧属性、強いのなかったからなぁ。完凸させたかったけど、ゲームに課金出来る程の余裕がないので諦めたのだ。

 

「「「「「「「「「「「かしょうせき?」」」」」」」」」」」

 

 で、当然のようにみんなから疑問符が出てくる。ま、そうだろうな。だってゲーム内の一種の課金要素筆頭だし。

 

「簡単に言うとゲーム内でキャラクターカードを手に入れるためのアイテム。ゲーム内でも手に入るんだけど、沢山欲しければお金を払って買うしかない」

「成程ね。以前の仁志じゃそんな事へお金を使えなかった?」

「そういう事。なのでみんなの強いカードはほとんど最強に出来ずじまい。デュオレリックなんてないのもあるぐらい」

「ちなみに誰がないんです?」

「調と奏。そもそもこの二人に関しては手に入れる事さえ考えてなかった」

「何でさ?」

 

 すかさず隣の奏から少しだけムッとした声が上がる。

 

「悲しい事にカードを入手するには最低でも歌唱石が20はいる。で、君達の特別ギアを確定で手に入れるには200必要。あとは分かる?」

「200なかったから手に入れる事を考えなかった?」

「そっ」

 

 調の言葉に俺は苦笑して答えた。

 

「ちなみに他のみんなのは持ってはいたけど手に入れようとした訳じゃない。他の目当てがあった時にそれが出て来たってだけ。基本イベント特効としてデュオレリックは出て来たんだけど、なくてもクリアは可能だったし」

 

 無課金の限界というやつだ。なのでコラボギアも基本ない。あっても完凸など夢のまた夢。

 結局残されたのは中途半端に限界突破させたカードばかり。イベントアイテムで交換出来るやつぐらいは完凸出来てるけどな。

 

 と、そんな事を思っていると何となく気まずい空気。

 

「仁志さーん、何となく悲しいでーす」

「デスデス。アタシ達のカードで頑張って手に入れたのとかないデスか?」

「頑張って、かぁ……」

 

 信号が変わりそうなのでブレーキを踏んでゆっくり減速していく。

 さて、頑張って手に入れたとなると、やはり俺にはあれしかないか。

 

「キャロルのラピス姿。あれだけは何とかギリギリ完凸まで出来た」

「キャロルの……ラピス姿?」

 

 聞こえてきた声はエルの声だ。と、そこで思い出す。メモには書いたけど、どういう姿かは当然書いてない。エルにはイメージ出来ないよな。

 

「周囲にガリィ達をイメージした色合いの四つのクリスタルが浮遊しててね。纏ってるファウストローブは白を基調としてるんだ。平行世界のサンジェルマン達がキャロル用にと渡した物なんだよ」

「そうなんですか。見てみたいなぁ」

「見せてもらうといいよ。依り代で会いに行った時にな」

「はいっ!」

 

 エルの元気な声と共に信号が青に変わる。ゆっくりとアクセルを踏んで車体を加速させていくと、ふと気付く。空気が少しだけ変わった事に。

 多分だけど俺が言った言葉が重い感じじゃなかったからだろう。依り代をエルが使える。それは裏を返せば俺の世界との行き来が出来る事を意味してるか。

 

 ……俺もやっぱり根底ではそうであって欲しいと思ってるって事だな。

 

 それにしても、思い返せばあのイベントのキャロルは、以前の俺の考えで言うのなら善の心だったんだろうな。

 対するノインこそがキャロルの悪の心。そう思えば納得しかない展開と結末だった。

 

 そして窮地のキャロルを助けるのがエル。出来過ぎなぐらいの展開だった。あの時は届き切らなかった手が、世界を越えてちゃんと届いて繋がれるという、心に響く演出もあったし。

 

「ししょーはエルが好き過ぎデスよぉ」

「はい?」

 

 聞こえてきた拗ねるような声に疑問符を返す。

 

「だって、キャロルはエルも同然デス。もしここにキャロルがいたら絶対ししょーは可愛がってるはずデスし」

「いやいや、きっと彼女は俺を鬱陶しいって言って避けるはずだよ。俺と接点を持つのは決まった時ぐらいじゃないかな? 錬金術絡みとか、お父さんの、イザークさんの事を聞く時とかさ」

「キャロルちゃんのパパってイザークって名前なんですか?」

「そうだよ。眼鏡の優しそうな顔をした男の人だ。料理が下手でキャロルが代わりに家事をやるぐらいの、そういう意味では不器用な人だった」

 

 俺がするキャロルの話にみんな聴き入っていた。正確には故人であるキャロルのパパさんの、だろうか。

 

「どうもイザークさんは自分のしてる事が当時の世相から危険視される事は薄々気付いていたみたいでね。それでも助けられる人達がいるなら錬金術の知識を使い続けるとアダムに言い切ったんだ。要するに優しく強い人だったんだよ」

「パパ……」

「アダムは忠告したんだけどね。それでもって、イザークさんは自分を曲げなかった。そして、その結果が当時の魔女狩りお決まりの火あぶりだ。おそらくだけど、それを知った時のアダムは自分を責めたと思うよ。何せ忠告したのに助けられなかったんだ。もっと強く言っていれば、いっそ無理矢理にでも協会へ連れてこればってね。その自責の念がキャロルへの支援だったんだと思う。友人の忘れ形見に、せめて好きな事をさせてやろうと」

「信じられないデスけど、あのアダムなら納得出来ます」

「うん。良い人だったもんね」

 

 そう、平行世界のアダムは良い人なのだ。色々と抜けていたりやらかす事はあるけど、それが完璧じゃないと思えるからこそ、あのアダムは良い人なんだと思う。

 人間を見下す事もないのは、あのアダムは自分を完璧な存在と思ってないからじゃなかろうか?

 

「しかし、こうして改めて聞いてると仁志先輩はある意味機密の塊だね」

 

 そんな奏の言葉にみんなが同意するように苦笑した。俺は、まぁそうだろうと思うので何も言わない。

 

「そうね。仁志を尋問したら思いもよらない事が聞けそうだわ」

「例えば何か聞きたい事でもあるのか?」

 

 マリアの言葉へそう尋ねると少しの間があいた後……

 

「マムの食の好み?」

「あの人、ああ見えて偏食なんだっけ? たしか野菜をほとんど食べないとか」

「やっぱり知ってるのね」

「デスデス。マム、かなり好き嫌い激しかったデス」

「今にして思うと、だから病気になった気がする。セレナ、戻ったらマムに注意しておいて。ちゃんと野菜も食べてって」

「は、はい。あっそうだ。なら美味しい野菜の料理を教えてください。私が作ってあげればマムも食べてくれるかも」

「そりゃいい。そうすればきっとナスターシャさんの事だ。逃げる事も出来ずに食べてくれるだろう」

 

 何せ娘のように思ってるセレナの手料理だ。しかも自分の事を考えての物。これを食べずに逃げるナスターシャさんじゃない。

 きっと表情には出さず、内心で汗をだらだら流しながら食べてくれる事だろう。で、そこで美味しければセレナにとって一番の結果となる。

 

「ちょっと仁志。それじゃあマムを苦しめるみたいじゃない」

「実際食べる前はそういう気分のはずだよ。でも、きっと今のセレナならナスターシャさんが思わず驚くような美味しい野菜料理を作れるようになるさ」

「うん! 私、頑張ってお料理覚えて、お兄ちゃんやマムに食べてもらうから!」

 

 明るく元気な声が聞こえてきて、俺は小さく笑みを浮かべる。というか、俺も食べるのかぁ。物にもよるけど、そこまで俺も野菜好きって訳じゃないんだが……。

 

「肉が好きだからそれと一緒に食べれる物が最初はいいかもしれないな。焼肉をサニーレタスやチシャなんかで巻いて食べる奴とかさ」

「それはいいわね。それならセレナでも簡単に出来るわ」

「辛いのが平気ならナムルとかも用意してやるといい。まずは好きな物と一緒に食べさせて苦手意識を減らす。次に、野菜自体の美味しさが分かるような料理を食べさせる。こういう方がいいかもしれない」

「うん、そうする。姉さん、調さん、今度からお料理する時はもっと手伝うね」

「ええ、頼りにするわ」

「うん、一緒に頑張ろう」

 

 聞こえてくるやり取りに笑みが浮かぶ。きっとセレナがナスターシャさんと再会した時、あの人は大きく驚く事だらけだろう。

 小さな少女だと思っていた相手が、いつの間にか自分一人で生きていけるようになろうとしているのだ。

 その精神的な成長と技術的な成長を喜ばない女性じゃない。必ずセレナの事をそれとなく褒めてくれるだろう。

 

 それが、セレナにとって何よりのご褒美であり報酬だ。

 

「ししょー、他にも何か教えて欲しいデス。あっ、でもでも運転の邪魔にならない程度で構わないデスよ」

「分かった。じゃあ……」

 

 そこからは教えるのではなくちょっとした疑問をぶつけてみた。

 ズバリ、風鳴訃堂の子供はやっぱり十人いるんですか、だ。

 

「翼、どう?」

「そうですね。たしかにお爺様の子供は沢山いると聞いています」

「何で十人って思うんですか?」

「えっと、弦十郎さんで十。翼のお父さんの八紘さんで八。で、平行世界の弦十郎さんが作った組織を現在束ねているのが九皐さんで九って必ず名前に数字が入ってて、その人は弦十郎さんの兄らしい」

 

 そう言うと翼以外の全員が感嘆するような声を出した。気付かなかったと言う事だろう。

 俺も九皐さんが出てこなければ思わなかった。まぁXVで弦十郎さんが言った、八紘兄貴が一番怖いって言葉もヒントだったのかもしれないけど。

 

「実際、後継者問題で色々と考えた結果、最終的にお父様と叔父様が有力とされました。ですが……」

「ああ、うん。もういいよ翼。そこからはこの話に関係ない事だ。その、ありがとう。それとごめんな」

 

 失敗したとそこで気付いた。風鳴家の話は翼には嫌な事の方が多いのに。

 

「いえ、いいのです。今ので仁志さんが私の事を本当に知っているとよく分かりました。やはり、私には貴方しか伴侶に出来る相手はいないようです」

「そ、それは言い過ぎだよ」

「いえ、これが言い過ぎではないのは仁志さんはお分かりのはずですよ?」

 

 おそらくにっこりと笑っているだろう翼に俺は返す言葉がない。

 実際、翼の出生を知っていれば大抵の人は色々思うだろう。俺だって知った時は嘘だろと思ったもんだ。

 でも、その時の俺には翼は作られた存在だった。だからそういう設定かぁ、と、これぐらいで飲み込めたのだ。

 

 そういうのがあってこその、今である。一度受け入れて受け止めた事だからこそ、俺は翼の出生に関して思う事はないのだから。

 

 もしあの事を知らず、こうして出会い、出生の事を知れば絶句して狼狽えただろう。

 

「……一つだけ言わせてくれ。俺も、最初は耳を疑った」

「それでも、私にとって大事なのは今ですから」

 

 即応。さすがは翼だ。こうも見事に言い切られてはもう俺が言うべき事はない。

 

「そっか。まぁ、そうだろうな。でも良かったよ。君が父親に似ず美人で。お母さんの美貌とお父さんの愛情に感謝だ」

「ええ、本当に。容姿が父親に似なかったのは良かったと思います」

 

 俺の言いたい事を察してくれたのか、翼の声は苦笑していた。

 彼女の本当の父親は訃堂。だから俺は敢えて父親とお父さんと二つの表現を使った。その意味が翼にはちゃんと伝わったんだ。

 

「な~んか翼と二人だけの会話って感じだね」

 

 で、何で隣の女性は拗ねてるんですかね。これはあれか。自分がいるんだから話し相手はこっちにしろって事か。

 

「悔しかったら奏も何か話題を振ったら?」

「おっ、言ってくれるじゃないか翼。いいよ。じゃあ、問題。96・64・93、これな~んだ?」

「ナゾナゾ? しかも数字で?」

 

 一体なんだ? 足すと……253? ダメだ、分からん。

 

「ちょっと奏っ!? 貴方、それって!」

「マリア、答えが分かったなら言ってみなよ。当たってたら正解って言ってあげるからさ」

 

 チラリと奏を見るとこっちを見て少しだけ恥ずかしそうに笑った。

 何だろうか。若干嫌な予感がする。いや、この場合はこの問いかけの正解ではなくそれによって起きる事へ、かもしれない。

 

 マリアの慌て方と三つの数字に、奏の表情と雰囲気。おそらくだけど、あまり良い事ではないんだろうな。

 

 はて……三つの、数字? まさか……。

 

「ふふん、その顔は仁志先輩も答えの察しがついたんじゃない? 言ってみなよ」

「いや、奏? もし俺の予想通りなら何て事を君は言ってるんだよ」

「あたしが自発的にこれを教えるのは仁志先輩が最初で最後じゃないかな?」

「も、もしかしてスリーサイズ!?」

 

 はい、翼が言った瞬間に奏が俺に向かってウインクしてきたよ。これ、確定だね。

 

 …………きゅ、96か。大きいだろうと思ってたけど、まさかそこまでとは……。

 

「奏っ! 貴方ね!」

「何? 別に言っちゃダメな事じゃないだろ?」

「それはそうかもしれないけど、仁志がいるでしょう!」

「あたしは仁志先輩なら知られてもいいよ。むしろ、知ってくれた方があたしの事、もっと魅力的に思ってくれるかなって思うし」

 

 実際その通りなので何とも言えない。でも、良かった。これでカップ数まで言われてたらヤバかった。

 数字だけじゃ凄いなぁぐらいにしか思えないからな。

 

「そ、そうなんですか!?」

「答えに困る事を聞かないでくれ」

 

 響の声に即座に返す。頷いても頷かないでも意味がないからだ。

 だって、説得力無いもの。さっきの奏の言葉に何も言わなかった時点でこの件に関して俺の言葉は無力となりました。

 

「あの、前々から思っていたんですが、何故皆さんはその胸周りなどの数字を言ったり聞いたりで反応するのでしょう? 僕には理解出来ないのですが……」

「え、エルちゃんらしい……」

「そ、そうだね」

 

 ただ、そう言われると俺も同意出来ない訳じゃない。言われてみればただの数字の羅列だ。

 カップ数を言われると色々思うが、数字だけではいまいちピンとこないのは事実だし。

 

「兄様はその数字を知って嬉しいんですか?」

 

 まさかのエルからのキラーパス。そしてこういう時に限って信号が変わって赤になる。

 

「……正直嬉しいというよりは自信がつく、かな。ああ、そんな事まで教えてもいいぐらいの存在に俺はなれたんだって」

「成程。誰にでも教える事ではないからこその感情と言う訳ですね」

 

 我ながら上手い逃げ方をしたなと思う。いや、まあ嘘ではないんだけど。

 で、何で奏はどこか嬉しそうに俺を見ているんですかね? いや、今奏を見るつもりはない。正確にはしっかりと見る事はしない。

 

 したら、絶対胸を見る。これは絶対だ。なので、俺は奏を見ないし見れない。

 

 その後、しばらくマリアと奏が言い合い、翼がそれを宥める事となる。

 ちなみに話題は惚れた男にどこまで言えるか。おかげで俺は運転に否応なく集中せざるを得なかった。

 

 だって、間違いなくそっちへ意識を向けたら運転がおろそかになると分かったから。

 すっごく聞きたかったけど、断腸の想いでそちらの会話には耳を塞いだ。おかげで眠くなる事もなかったし、集中力が途切れる事もなかった。

 

 でも、俺が奏に期待したの、こういう事じゃなかったんだけどなぁ……。

 

 

 

 大勢の人で賑わうモール内。そこを仁志達は歩いていた。目指すは三階のフードコート。まずはそこを見てからレストラン街へ行くか決めようとなったのだ。

 何せそこならば全員が同じ店で食べなくても一緒に過ごせる。自由度は格段にフードコートの方が上だったからだ。

 

 そして遂に仁志達が三階にあるフードコートへと到着。そこも平日の夕方前にしては中々の人数が食事や会話を楽しんでいた。

 

「さて、じゃ、まずは席を確保しようか。中央ぐらいがいいと思うので動きの速い数人が悪いけどテーブルを三つ確保してくれ」

「切歌ちゃん、行くよ!」

「了解デス!」

「あたしも行くか」

 

 響、切歌、奏が早足で中央当たりの空きテーブルを確保しに行く。それを見ながら仁志はウォーターサーバーが置いてある場所を指さした。

 

「で、俺達はそこで水を汲んでもっていこうか。エルは持たなくていいから。その分ヴェイグを頼む」

「はい」

「セレナ、自分とヴェイグの分をお願い。私はエルの分を持つから」

「うん、分かった」

「じゃ、切ちゃんの分は私が」

「響は私だね」

「奏の分は私が持って行こう」

「ま、妥当なとこだな」

 

 そうして全員分の水を紙コップへ注いで運び、一先ず仁志達は周囲を見渡した。

 うどんやラーメンなどの麺類だけでなくドーナツやハンバーガーなどのファストフードに、ステーキやピザ・パスタ、更にはクレープなどの店があちこちに存在している。

 どれも目を惹き、丁度空腹を覚え始めた状態には堪らないラインナップではあった。とはいえ、全員が全員同じ物へ心惹かれている訳ではない。

 

「それで、どうする? 何かもう流れとしてはここで決まりみたいにしちゃったけど」

「いや、あたしはここでいいよ。あのローストビーフ丼とかいいじゃん」

「あ~、すっごく分かるデスよ。あのお店、お肉のお店デスから」

「その分値段も中々凄いけどね。私はあの親子丼とかいいかな~って」

「響も? 私もそこが気になってるんだ。美味しそうだよね、あの親子丼」

「私はあのお魚を使った丼のお店が気になってます。どれも美味しそう……」

「おっ、調もか? なら俺もそうしようかな。あそこの味噌汁、ノリの味噌汁なんだけど結構濃いからそこだけ注意してくれ」

「あたしは……ちゃんぽんってどうなんだ?」

「麺類のようだ。たしか長崎の郷土料理だったはずだが……」

「見た目は美味しそうね。ちょっと興味あるわ。セレナは?」

「えっと、ヴェイグさんが奏さん達が見てるお店が気になるみたい」

「文字が読めないが、あの左から二番目の写真のやつは何だ?」

「えっと……牛肉しぐれ煮丼と書いてあります」

 

 あちこちへ目を向けては食欲の赴くままに言葉を発する仁志達。

 結局それぞれに店を見て注文しようという事となり、それそれで動き始めた。

 

「見て見て未来。鶏肉も選べるみたい」

「ホントだ。えっと……名古屋コーチンって方が高いんだね」

「美味しいのかな?」

「高いって事は美味しいんじゃない?」

 

 親子丼の店の前で代表的なメニューの写真を眺め笑顔の響。そんな彼女にらしさを感じて苦笑する未来。

 そうやって少しの間二人はメニューを眺め、半分ずつ分け合う事にして別々の鶏肉での親子丼を注文する。

 

「じゃ、テーブルに戻ろうか」

「ちょっと待って未来。あれっ! あれ見て!」

 

 そう言って響が指さしたのはクレープの店。

 もうそれだけで未来は響が何を言おうとしてるかを察した。

 

「ご飯頼んだでしょ?」

「大丈夫だって。二人で食べればへいき、へっちゃらだよ」

「んもうっ」

 

 そう言いながらも止める事はしない辺りに未来の本音も見えている。

 そうして二人は親子丼の店よりも長い時間クレープ屋の前で悩む事となるのだった。

 

 一方、奏は切歌、セレナ、エルフナイン、ヴェイグと共に肉料理専門店の前に立っていた。

 

「「「「お~……」」」」

 

 そこでは実際の調理風景も見られ、彼女達はその手際と料理に感嘆し、そして匂いと見た目に食欲を刺激されていた。

 

「うし、あたしはローストビーフ丼にする。あんた達は?」

「アタシはアタシは……牛すき焼き丼にするデス!」

「私はヴェイグさんと一緒に食べるので、牛肉しぐれ煮丼にしようかな」

「じゃあ、僕はハンバーグと牛カツ丼にします。姉さん、切歌お姉ちゃん、分け合いましょう」

「うん!」

「デスね!」

 

 仲良し三姉妹のやり取りを聞いて奏はどこか遠い目をした。彼女の小さかった妹を思い出したのである。

 だからだろうか。奏はそっとエルフナインの頭を撫でながら切歌とセレナへ顔を向けた。

 

「その話、あたしも混ぜてくれよ。こっちも一枚ずつ肉をあげるからさ」

「「「はい(デス)っ!」」」

 

 それは、マリアと同じく妹を失った姉だった奏が久しぶりに見せた、お姉ちゃんの顔だった。

 

「奏さん、後で少しだけドーナツを見てもいいですか?」

「いいですか?」

「いいよ。切歌、あんたもいいよね?」

「モチロンデスよっ! どうせならチキンも見たいデスね~」

「こいつめ。買い過ぎるんじゃないよ?」

「えへへ、気を付けるデス」

 

 マリアとは異なる姉気質の奏に切歌が嬉しそうに笑みを浮かべる。

 その裏でエルフナインとセレナはこっそりとヴェイグからある事を言われていた。

 

「「匂いが溢れてて大変?」」

「ああ。おかげでさっきから腹が鳴って仕方ない」

 

 言いながら腹部を軽く押さえるヴェイグにエルフナインとセレナが小さく笑う。

 そんな微笑ましいやり取りの前で奏と切歌が代金を出し合っている頃、仁志は調と二人で水産会社が営業する丼屋にやってきていた。

 

「さて、調? どうする?」

「迷う……。どれも美味しそうだし気になる」

 

 その豊富なメニューを眺め、調は困った表情を浮かべていた。

 

「どれが気になってるんだ?」

「……地魚天丼と魚屋の海鮮丼」

「じゃ、俺が天丼を頼むから海鮮丼を頼むといい。で、天麩羅を半分ずつしよう」

「いいの?」

「当然。その代わり、そっちの刺身も少しくれよ?」

「勿論」

 

 そのやり取りを傍から聞けば仲の良い兄妹としか思われなかっただろう。

 髪色や距離感などからそうとしか見えないからだ。

 だが実際には赤の他人であり、しかも一回り以上も離れたカップルのようなものである。

 

「すみません。地魚天丼と魚屋の海鮮丼の普通のを一つください」

 

 仁志の隣へ寄り添うように立ち、調は笑みを浮かべていた。先程のやり取りが実に恋人らしく思えたためだ。

 そっと仁志の腕へ自分の腕を絡ませ、調は自分へ顔を向けた彼へこう小悪魔のように微笑んで告げるのだ。

 

「ご飯、楽しみだね、仁志さん?」

 

 どこから見ても妹ではない雰囲気を漂わせながら……。

 それを見た仁志が、小さくため息を吐いて軽いげんこつを落とした事を追記する。

 

 調が頭を擦りながら仁志へ軽い文句を言っている頃、翼はクリスとマリアを連れて長崎ちゃんぽんを扱う店で注文を始めていた。

 

「では、私は長崎ちゃんぽんを」

「あたしは長崎皿うどんだ」

「冷やしちゃんぽんをお願い」

 

 こちらも既にそれぞれで分け合おうと話し合いが済んでいた。故のバラバラの注文なのである。

 代金を支払い、呼び出し用の機器を受け取った三人はテーブルへと戻ろうとしてある店に気付いた。

 

「ねぇ、あれって何かしら?」

「ん?」

「……ジュースの店だな」

 

 それは果物をその場で絞って提供するジュースの店だった。どうせまだ注文の品も出来上がらないしと、そう思った三人はそちらへフラフラと歩いていく。

 季節の果物を使ったジュースから健康志向の物まで様々な飲み物がメニューに並び、いかにも女性受けを狙っているそれを眺め、三人はどうするかと相談を始めた。

 

「ね、ねぇ、あのグリーンバナナスムージー、惹かれない?」

「そうだな。見た目はともかく体に良さそうだ。パインもあるのか」

「あたしは普通にスイカジュースが気になるんだけどよ。てか、ちょっと濃いめのミックスジュースって名前、ズルいだろ。惹かれるっての」

 

 まさしく女性らしい会話、なのかもしれない。結局三人で話し合った結果、一つを分け合う事にしてクリスの言ったミックスジュースを頼む事に。

 スムージーは食事に影響すると思い、スイカは味が想像出来るとして却下になったのだ。

 目の前で作られるミックスジュースを眺め、三人は視覚的効果が高いと感じていた。しかもそこまで時間を必要としないところも高評価と言える。

 

「お待たせしました」

「ありがとう」

 

 マリアが受け取り、三人はまず誰が飲むかで相談開始。

 その結果じゃんけんで決めようとなり、まずはクリスが、次にマリア、最後がまたもかっこいいチョキで負けた翼となった。

 

 そしてその濃厚な味にクリスが笑みを浮かべ、マリアが頷き、翼が微笑むのだった……。

 

 

 

「今夜どうします? ホントにさっきの食事だけで大丈夫ですか?」

 

 その未来の言葉にマリアさんと調ちゃんが同時に考え込む。今朝来た時とは比べ物にならないぐらい色んな物が並んでいる売り場は、とても活気があって賑わってる。

 私もさっきからお惣菜が気になって気になって。というか、切歌ちゃんとエルちゃんは思いっきり興味津々で見て回ってた。

 

 奏さんは翼さんと二人で果物を見てる。

 何でも今度から朝にフルーツジュースを飲もうって考えてるみたいで、クリスちゃんも野菜ジュースとか自分で作るべきかって悩んでる。

 フードコートで飲んだミックスジュースが美味しかったから、みたい。私が言えた事じゃないけど、結構クリスちゃん達も単純な気がする。

 

「ね、クリスちゃん」

「あ?」

 

 じっと人参を手にして悩んでるクリスちゃんへ声をかけると、その意識がこっちへ向いた。

 

「ジュース作るのはいいけど、ミキサーとかないよ?」

「分かってるっての。そこは、ほら、仁志に相談だ。寝る前に野菜や果物の入ったジュース飲むってのは体に良さそうだろ?」

「ああ、成程」

 

 仁志さんもそれなら一緒に使う用のミキサーを買おうって言うかもしれない。

 で、その仁志さんはマリアさん達の後ろでカートと一緒に待機中だ。

 

「なぁ、スイカ安いから一玉買わないか? この人数なら食べ切れるだろ?」

「スイカかぁ。私は賛成でーす」

 

 言われてみればまだ今年食べてない。夏が終わる前に一度は食べておかないとね。

 

「そうだな。ま、いいんじゃねーか?」

「夜食じゃなくてデザートが決まった……」

「くすっ、そうだね。只野さんらしいかも」

「じゃあ響、良さそうなの選んできてくれ」

「わっかりました!」

 

 ウキウキ気分でスイカ売り場へ。ど~れにしよっかなぁ~?

 軽く叩いて音を聞く。でも分からない。どれも詰まってそうだし……。

 

「何してるのさ?」

「あっ、奏さん」

 

 そこへ奏さんと翼さん登場。その手にはバナナがある。買うのかな?

 

「スイカを選んでいるのか?」

「はい。仁志さんがみんなでなら一玉食べ切れるだろうからって」

「成程ねぇ。夏の風物詩だし、丁度いい機会か」

「で、私に選んできてって仁志さんが言いまして」

「そういう事か」

 

 説明しながら私はそこのスイカをいくつもこんこんと軽く叩いていく。

 うーん、やっぱりどれも同じな気がする。

 すると翼さんがスイカを見つめておもむろに一つ手に取った。

 

「これが良さそうだ」

「えっと、翼さん? どうしてです?」

「立花が叩いた中で一番音が澄んでいたし、縞模様がはっきりしている。これなら大きく外れはないはずだ」

「よし、じゃそれにしよう」

「ですね」

 

 さっすが翼さん。スイカの見分け方まで知ってるなんて凄いなぁ。

 そう思って私は翼さんや奏さんと一緒にカートまで戻る。

 

「おっ、戻ってきた」

「おかえり響」

「ただいま未来」

「翼が持ってるのが選ばれたスイカ?」

「ああ。これなら大外れはないはずだ」

 

 そう言うと翼さんがカゴの中へスイカを置いた。うん、凄い存在感。

 

「何と言うか、こうやってどんとあると美味しそうに見えてくる」

「だね。で、何を悩んでんの?」

「奏、貴方、さっきの量で寝るまで平気?」

 

 マリアさんの問いかけに奏さんはすぐ苦笑して首を横に振る。やっぱりそうだよね。私も正直お腹空くと思う。

 あの親子丼、美味しかったけど量がちょっと少なかった。おかわりしたいぐらいだったけど、さすがにそれは止めておいた。

 

 でも、美味しかったなぁ名古屋コーチン。歯ごたえがあるけど、その分旨味が強くて……。

 

「じゃあ、いっそお手軽に炊き込みご飯とかどうだ? あれなら素買って炊くだけでいいだろ?」

「ご飯だけってのも寂しい気がするんだけど」

「じゃあ、海苔を巻いておにぎり?」

「それもいいけど、汁物でもやるか? お手軽澄ましで良ければ楽だし」

「「「「「「「お手軽すまし?」」」」」」」

 

 仁志さんが近くの串カツを手にしながら言った言葉にみんなで疑問符を浮かべる。

 

「どう作るんですか?」

「鰹節のパック、あるだろ? あれをお椀に出して、醤油を適量かけてお湯をそこへかけるだけ」

「……お手軽」

「でもこれで意外といい味の澄ましっぽくなるんだよ」

「じゃ鰹節のパック取ってくるか。翼、行くよ」

「どうして私も? 一人で十分でしょ」

 

 そう言いながらついていく辺りが翼さんらしい。

 

「じゃあ、マリア、私は炊き込みご飯の素見てくる」

「切歌とエルも連れて行って。あの二人、このままだとお惣菜を買いそうだし」

「分かった」

 

 調ちゃん離脱。だけどすぐに切歌ちゃんとエルちゃんへ声をかけて一緒に移動開始。

 あれ? セレナちゃんはどこ行ったんだろう?

 

「マリアさん、セレナちゃんはどこです?」

「セレナならヴェイグと一緒に甘い物を見てくると言ってたわ」

「スイーツコーナーかぁ」

「じゃスイカ買った事教えてやった方がいいかもな」

「そうだね。じゃ、私が行ってくるよ」

 

 足取りも軽く私はその場から動き出す。

 みんなでこうしてお買い物っていうのも珍しいから楽しくて仕方ない。

 疲れてるはずだけど、心は全然そんな感じしないし。

 

――でも、これも悪意を倒したら終わっちゃうんだ……。

 

 その瞬間、足がピタッと止まる。さっきまでの楽しかった気持ちがしぼんでいく。

 

――そうしたら、また前までの日々が始まる。訓練や出動があって、楽しい事や嬉しい事を中断して動かないといけない時間が……。

 

 嫌だ、止めてよ……。そんな事思い出させないで……。

 

――それだけじゃない。クリスちゃんは留学するし、翼さんとマリアさんはお仕事で外国だ。奏さんとセレナちゃんは一人ぼっちで別々の世界で頑張らないといけないし……。

 

 ああ、そうだ……。クリスちゃんも外国へ行っちゃう。私達は六人でさえいられなくなるんだ。

 

――何より、仁志さんとも会えないかもしれないんだ……。

 

 その瞬間、私の視界が滲む。ぽたぽたと何かが目から流れ落ちる。

 泣いてるんだと、そう気付いたのは前から歩いてきたセレナちゃんが私を見てビックリしながら駆け寄ってきた時だった。

 

「響さん、どうしたんですか? 何で泣いてるんですか?」

 

 その言葉でやっと私は自分が泣いてるって自覚出来た。

 同時に心配させちゃいけないと思って笑顔を無理矢理作った。

 

「あ、あはは、目にゴミが入っちゃったみたいなんだ」

「そうですか。じゃあ、擦らない方がいいですよ」

「う、うん。あっ、そうだ。セレナちゃん、スイカ買う事になったから」

「すいか?」

「うん。見てくるといいよ。甘い果物なんだ」

「分かりました。見てきます。響さんは?」

「私はちょっとトイレ行って目を洗って来るね」

 

 そう言って逃げるようにその場から走り出した。トイレの場所を探しながら移動して、何とか個室へと入った。

 

「……どうしよう、かな? 私、もう……」

 

 この世界から元の世界へ帰れない、かもしれない。そう、思った。

 いつか未来に言われた言葉が頭の中に浮かんでくる。この世界に長くいたら元の世界に帰れなくなるよって、そんな言葉が。

 

――でも仕方ないよ。だって、私だけじゃなくてみんな楽しそうで幸せそうだもん。仁志さんだってそんな私達のために頑張ってくれてる。そんな時間を捨てるなんて出来ないよ……。

 

 それは、本当にそう思う。私達の想いが悪意に利用されないために仁志さんは全員の想いを受け止めるって、そう言った。嫌われるかもしれないのに、それでもって。

 うん、分かってる。仁志さんは自分の心に嘘を吐きたくないって言ってたけど、そういう気持ちがどこかにあるって。

 

――だからみんなで仲良くしないと。仁志さんの想いに応えるためにも、この世界でみんなで支え合わないといけないんだ……。

 

 みんなで、か。だけど、悪意をこのままには出来ない。早くこの事件を解決して、そして師匠達やお父さん達を……

 

――助けて、そしてどうするの? この平和は、幸せは、もうなくなってしまうのに。二度と戻ってこないのに。仁志さんとも、会えなくなっちゃうのに……。

 

「ぁ……だめ……っ!」

 

 ボロボロとまた涙が出てくる。

 初めて好きになった男の人。優しくて、どこか眠そうで、時々抜けてて、だけど不意にカッコ良くて、とても、とてもあったかい人……。

 その人と、もう会えない。声も聞けない。そう思うだけで胸が痛くて、心が痛くて……涙が止まらない。

 

――ねぇ、本当にいいの? 師匠達を助けて、お父さん達を助けて、代わりに仁志さんとお別れする事に耐えられる? また訓練や出動の日々に、私は笑顔でいられるかな?

 

 …………そんなの、無理。

 

――じゃあさ、もう少しだけ、もう少しだけこっちで過ごそうよ。せめて、仁志さんと会った季節まで。卒業近くの季節まで一緒にいるんだ……。

 

 卒業の……季節まて……?

 

――だって、みんなの時間は止まってるし私達の時間も止まってるようなものだもん。春まで一緒にいて、そこでこの世界を卒業って感じで全てを終わらせよう……。

 

 で、でも、それじゃ手遅れになるかもしれないし。

 

――いいの? 戻ったら、もう仁志さんとは過ごせないんだよ? まだキスもしてもらってないのに、デートもしてもらってないのに、終わらせちゃっていいの?

 

 やだっ! そんなの、そんなの絶対嫌だっ!

 

――ね? だからせめて春まで待つんだよ。大丈夫。師匠達だってそれぐらいは大目に見てくれるよ。それに、仁志さんも言ってくれたじゃない。胸の歌を信じなさいって……。

 

 胸の……歌を……。

 

――私の胸の歌は、この世界とさよならしたいって言ってる?

 

 ううん。

 

――私の胸の歌は、すぐにでも悪意を倒すべきだって言ってる?

 

 ううん……。

 

――じゃあ、私の胸の歌は、仁志さんと離れ離れになってもいいって言ってる?

 

 ううん……そんな事、そんな事、ない……。

 

――そうだよね。さぁ、目を閉じよう? こんな泣き腫らした目じゃ、みんなに心配させちゃう。今は少し目を休めないと……。

 

 そこで私の意識は遠くなった。

 

 次に気付いた時にはドアの外から未来の声がしてた。どうも泣き疲れて寝てたみたい。

 セレナちゃんからトイレに行った事を聞いた未来達が、あまりにも帰ってこないから探してくれたんだって、そう教えられてみんなには誠心誠意謝った。

 

 それにしても、寝る程泣くなんて凄い久しぶりで少し恥ずかしいや。

 

「響、本当に大丈夫か?」

「はい。この通りです。まぁ目はちょ~っと腫れてますけど」

 

 仁志さんにも心配されて、ちょっと心苦しいけど少し嬉しい。

 買い物も終わっていて、車に乗り込むと若干蒸し暑い感じがした。

 あと、妙に気怠い。それに、胸の奥が重たい気がする。

 

「……デート、楽しみだなぁ」

 

 あと残るは私とクリスちゃんだけ。そのデートで、仁志さんはキスしてくれるって言ってくれた。

 本当に、楽しみだ。私の初めて、仁志さんになら全部あげられるもんね。

 

――そう、私の全部、あげないと……。

 

 

 

 涼やかな音を響かせる風鈴。その音楽を聞きながら仁志達は終わりゆく夏を堪能するようにスイカを食べていた。

 

 風が吹いていて日が落ちた事もあり、少しの間扇風機のみで過ごしているのだ。

 暑さはあるが、それでも耐え切れない程ではなく、誰もが汗を流しながらスイカの甘さに笑みを浮かべていた。

 

「初めて食べたが、不思議な味だな。甘いのにどことなくきゅうりの味がする」

「おお、ヴェイグ凄いな。スイカは西瓜と書くんだけど、胡瓜の仲間みたいな物なんだよ」

「そうなのか。だが俺はこれも好きだぞ。ただ、種があってちょっと食べ辛いな」

「これがスイカだからなぁ。まぁ種無しスイカもあるんだけど……」

「あるんだけど……?」

 

 言葉を濁す仁志へセレナが不思議そうに小首を傾げる。

 

「やっぱり味が少し落ちるみたいでね。自然に手を加えすぎると良くないって事さ」

「そうなんだ」

「セレナちゃんは初めてのスイカだけど、どう?」

「美味しいです。とっても甘くて、塩をかけて食べると余計甘いなんて不思議ですし」

「汁粉なんかでも使う手法なんだよ。そうする事で甘味が引き立つんだ」

「僕、知ってます。あまじょっぱいって事ですよね」

 

 エルフナインの言葉に仁志は首を捻る。一体どこでそれを彼女が知ったのかが気になったのだ。

 

「ちょっと違うけど、エル、その言葉をどこで?」

「切歌お姉ちゃんが教えてくれました。甘いお菓子としょっぱいお菓子を交互に食べると手が止まらなくなるって」

「切歌?」

 

 マリアの優しい声に切歌が背筋を伸ばす。そのまま彼女はぎこちなく首を動かした。

 

「な、何デスか?」

「どういう事かしらね? たしか私はお菓子は一日一つと言ってたはずだけど?」

「そ、それはデスね?」

「切ちゃん、これは私も知らないんだけど?」

「ひぃっ!?」

 

 四面楚歌。そんな四字熟語が仁志の頭に浮かんだ。

 このままでは切歌は憐れにもマリアと調の追及を受けて、ボロボロになるまでごめんなさいと言うだけの機械にされてしまうだろう。

 

 そう考えた仁志は小さく苦笑すると切歌へ助言を送る事にした。

 

「切歌、とにかくまず謝るんだ。言い訳を先にするとろくな結果にならないぞ」

「ご、ごめんなさいデス! とにかくアタシが悪かったデス!」

 

 師匠の言う事を素直に受け入れ、切歌は頭を下げる。

 こうなるとマリアと調も一旦退かざるを得なくなる。仁志の助言はまさに正しかったのだ。

 誰しも言い訳をしたくなるものだが、相手が怒っているあるいは怒りなどを抱いている時にそれをするのは良くない方向へ転がる事が往々にしてある。

 それを実体験で知っている仁志は、まず相手の気勢を削ぐ事も兼ねて謝罪する方がいいと告げたのだ。

 

「さて、切歌? これでマリアと調は君の話を聞いてくれるよ。さっ、ちゃんと説明してごらん」

「ううっ、そ、そのデスね? バイト先で甘い物としょっぱい物を交互に食べると永久にお菓子を食べちゃうって聞いたんデス。で、そんなはずないって思って試してみようと思って、自分で塩味のポテチを買ってきて、お家にあったチョコと一緒に食べてみたんデス」

「その結果、本当に止まらなくなったと?」

「デス……」

 

 しょぼんと項垂れる切歌。申し訳なさからなのか情けなさからなのか分からないが、とにかく反省はしてるようだ。

 それを察してマリアと調は呆れるようにため息を吐き、この事はもうこれで終わりにする事にした。

 

「切歌、今後はやらないように」

「はいデス……」

「エルももし見つけたら注意してあげて」

「はい」

「お兄ちゃん、本当にそうなるの?」

「みたいだよ。実際ポテチにチョコかけたやつとかあるし、古くは生ハムメロンとかもそういう組み合わせだしね」

 

 その最後の例えに響達一部の人間が納得するように声を上げる。

 長年の謎だったのだろう。どうしてメロンに生ハムを乗せているのかが。

 そこから話題は奇妙な組み合わせでとある食材の味がする物の話へと変わっていく。

 切っ掛けは調が問いかけた“胡瓜にハチミツをかけるとメロンの味は本当か?”と言うものだった。

 

 そうなれば試してみようと言い出すのが切歌である。胡瓜が好きなヴェイグも乗り気になり、それを聞いて仁志がプリンに醤油でウニの味と告げると切歌達はウニの味を知らないために首を傾げ、知っている翼や奏などが露骨に嫌そうな顔をした。

 

「はいはーい。どうせなら今度のバーベキューでウニを切歌ちゃん達に食べてもらうのはどうでしょう?」

「雲丹って焼いてもいいの?」

「たしか焼き雲丹って食べ方もあるはずだよ。エル、調べてくれ」

「はい」

 

 すっかりスマホでの検索を手慣れたエルフナインである。その手つきは最早最初の頃のぎこちなさなど皆無であった。

 

「ありました。焼きウニのレシピです」

「エル、ちょっと見せて」

 

 調がスマートフォンを受け取り、マリアと一緒になってそれを眺める。

 その一方でクリスがスイカの後片付けを始めていた。

 一玉あったスイカも、十二人で食べればあっという間に綺麗に食べ尽くされてしまったのだ。

 

「これで全部か?」

「そうだね」

「マリア、まさか皮を漬物にするとか言わないよね?」

「さすがにそこまでは言わないわよ。というか、漬物に出来るの?」

「可能だよ。瓜の一種だからね」

「すごーい。そんなところまで食べられるんだ……」

 

 感心するように瞬きするセレナへ仁志は勘違いされてると気付き、苦笑して説明を始めた。

 

「えっと、セレナ? 食べられるのはあの白い部分だ。緑色の部分はさすがに捨てるよ」

「あっ、そうなんだ。でも凄いね。あの白いところ、甘くもなんともなかったのに」

「だから漬物に出来るんだよ。基本は浅漬けだったと思うけど」

「美味しいデスか?」

「人によるんじゃないか? 漬物は漬ける物や漬け方の好みもあるだろうし」

 

 切歌の問いかけへそう返し、仁志はふと思い出すような顔をした。

 

(そういえば、父さんと母さんも漬物の好みで言い争う事多かったっけ……)

 

 一人で暮らし始めて漬物などを食べる機会も減り、元々好きではなかった事もあって今の今まで忘れていた事。

 それを思い出して仁志は小さく笑う。そういう味の好みのケンカもまた夫婦らしさなのかもしれないと。

 

「……そういや、俺ってあんまりみんなの食の好み知らないなぁ」

 

 基本的に好き嫌いがそこまで多くないため、下手をすれば仁志の方が偏食になってしまう程響達は食に関して寛大だった。

 

「し、知りたいんですか?」

 

 ただ、そんな事を聞いて黙っている程響達の想いは弱くはなかった。

 しかもそこで頷いてしまったため、仁志は一気に女性達から矢継ぎ早に情報を教えられる事となる。

 響を皮切りにクリスや翼、最終的にはマリアまでも仁志へ食の好みを教え始め、彼を大いに困らせる事となったのだ。

 

 その後、仁志はちょっと個別に話したい事があると告げ、台所の隅へと移動。そこでまずは響を呼び出した。

 

「話って何ですか?」

「えっと、実はクリスがリビルド、アダム戦の時のギアへなれるようになったんだ」

「え?」

「それで、その、響にもそれが可能になった時と同じ事を再現しようと思って」

「再現?」

 

 理解出来ないまま響は小首を傾げた。そんな彼女へ仁志は小さく頷くと凛々しく表情を変える。

 

(っ?! な、何で仁志さんが急に真剣な感じに!?)

 

 キュンと胸がときめくのを覚える響を仁志は少し力強く抱き寄せる。

 

「ふぇっ?!」

「ごめん。あまり大きな声を出さないでもらえるか? その、みんなに気付かれたくない」

「わ、分かりました……」

 

 久々となる抱擁にドギマギしながら響は赤い顔で仁志を見つめた。

 

「響、その、これは再現ではあるんだけど、一つだけ言わせてくれ。それがなくても俺はこういう事を君へしたかったって」

「へ? は、はい」

「それと、これも言わないとな。俺は、君を、立花響を愛してる」

「っ!?」

 

 告げられたのは、紛れもなく愛の言葉。これまで仁志が明言してこなかったものだった。

 その衝撃を脱する事が出来ない響へ仁志は優しく笑みを浮かべた。

 

「目を、閉じてくれるか?」

 

 その言葉に響はおぼろげに思ったのだ。またキスしてくれるのだろうと。

 それも、いつかよりも強く愛してると分かる形で。

 だから嬉しそうに目を閉じて顔を上向けた。

 

 だが、そんな彼女の期待は斜め上に裏切られる事となる。

 

「んっ……」

 

 そっと触れ合う唇と唇。その事が一瞬響には理解出来なかった。

 驚いて目を開ければそこには自分を見つめる仁志の照れを宿した笑顔がある。

 

「ひ、仁志さん……今のって……」

「ああ、そうだよ。約束破る形になっちゃったけど、許してくれ」

「そ、それはいいん、ですけど……ぁぅ」

 

 理解した瞬間、顔の熱が急上昇して響はその場から逃げ出したい衝動に駆られる。それでも、仁志の腕がその気持ちを静めていく。

 このままでいたい。この力強さを感じたまま、もっとあったかさに浸っていたいと。

 夏の熱気とは異なる熱さが響の体を包んでいた。その瞳は潤み、キスをねだるように仁志を見つめていた。

 

「仁志さん……その、えっと」

 

 もう一度キスして。そう言えない響だったが、仁志は一度上を向いて息を吐くと今度は何も言わずにキスをしたのだ。

 

(っ!? ……言わないでも、分かってくれた。嬉しい……。やっぱり、私はこの人といたい。ずっと、もっと、傍にいたいっ!)

 

 その瞬間、響の心に芽生えていた悪意が枯れていくと同時に仁志のズボンのポケットから通知音が鳴る。

 ゆっくりと離れていく二人の顔。その眼差しは両方共に熱を帯びていた。

 

「今、鳴りましたね」

「ああ」

「……見ないん、ですか?」

「見てもいい?」

「…………もう一度だけキスしっ」

 

 その後確認したところ、やはり響もリビルドギアが使用可能となっていた。

 これで仁志はキスだけではなく想いを伝える事が大事なのだと確信し、そしてその理由もおぼろげに思い浮かび始めていた。

 

(ゲージがみんなの実在性なら、ギアの追加は俺とみんなの想いが結びついた結果じゃないだろうか? 想いを同じくし、それを伝え合い、結ぶ。それがアイドルギアであり今回のリビルドギアかもしれない)

 

 ツインドライブに関してもそれに似た事が言えると仁志は思っていた。

 ゲージが上昇するには自分達の関わりが深くなる事が必要だった。その中で言葉を交わし、想いを伝え合ったのだから。

 

「仁志さん、お話とは?」

 

 そこへ現れたのは翼。赤い顔でフワフワしている響から仁志のところへ行くよう言われ、こうして台所の隅へとやってきたのだ。

 

「あ、うん。まずは落ち着いて聞いて欲しいんだけど……」

 

 クリスと響がリビルドギアを発現させた事を聞き翼は驚きはしたものの、それだけで自分が呼び出された背景を察した。

 

「つまり、私も二人と同じ事をすればギアが追加されないかと、そういう事ですね?」

「まぁそういう事。でも、これだけは信じて欲しいんだけど、俺はそのためだけに君へこうする訳じゃない。翼を、君を愛してるからするんだ」

「え? っ!?」

 

 仁志の言葉に疑問符を浮かべた次の瞬間、翼の唇は奪われていた。しかも、その体を逃がさないとばかりに仁志の腕が背中へと回されていたのだ。

 

(こ、これは……キス、されている、の? ……仁志さんっ!)

 

 状況を理解した瞬間に翼は腕を仁志の背中へと回して抱き合う形になっていた。

 あの初めてのキスと違う、愛してるとの言葉を前置いての行為。それに翼は喜びを爆発されるようにそのまま唇を重ねた。

 

「……驚かせてすまない」

「いえ、いいです。嬉し、かったから……」

「……翼」

「仁志さん……」

 

 見つめ合う二人。翼は少しだけ、ほんの少しだけ背中へ回した腕へ力を込めた。それだけで、仁志には彼女の気持ちが伝わった。

 

「んっ……」

 

 再度のキス。今度はより想いを伝えるような、優しい口付け。

 

(ああっ、分かってくれた。やはり私の思った通りだ。この人しか、この方しかいない。私の夫となり、この呪われた血を気にせず愛してくれるのは……)

 

 一生をかけて添い遂げたい。そう強く思って翼が目を閉じると同時に悪意の種が砕けて通知音が鳴った。

 それでも翼は意に介さずキスを続ける。仁志もそんな彼女を嬉しく思ってそっと抱きしめるのだった。

 

 結果、翼もリビルドギアが可能となっており、それが彼女には仁志との愛の絆と思えて幸せそうに微笑みながら居間へと戻って行った。

 

「ねぇ、一体何話したのさ? 響も翼も戻ってきてから上の空なんだけど?」

「えっと、それは今から説明するよ」

 

 翼にしたのと同じ説明を奏へ行い、仁志は彼女へある仮説を述べた。

 

「本来なら、奏にはリビルドギアは存在しない」

「そうだね」

「でも、アイドルギアが出ただろ? もしかしたら、奏にもリビルドギアかそれに似たギアが追加されるかもしれない」

「……可能性はなくはないかも。それで? どうすればいいの?」

「その前に、一ついいかな奏。聞いて欲しい事があるんだ」

 

 奏が不思議そうに仁志を見つめる。一体今更何を話す事があるのだろうと。

 

「俺は、君の事が好きだ。その、あの時は明確に言葉にしなかったけど、今回はちゃんと言うよ。愛してる」

「っ!? っと、仁っ?!」

 

 明確な愛の告白で動揺した瞬間抱き寄せられた事でバランスを崩し、仁志の胸へ飛び込む形となった奏は顔を上げたところでその口を封じられてしまったのだ。

 

(えっ!? 嘘っ?! あたし、今、仁志に、キス、されてる……)

 

 予想もしなかったやや強引なキス。それに奏の乙女心が歓喜に震えた。

 勤務中に時々見せる仁志の強気な姿勢。それを奏は嬉しく思っていたのだ。

 その集大成とも言えるようなキスに、奏は自然と目を閉じて幸せに浸った。

 

(ああっ、もうダメ。やっぱりあたし、この人を離したくないよ。翼達には悪いけど、あたしは、この人と、仁志と一緒に生きて行きたい。ずっと隣にいたい……)

 

 ゆっくりと腕を仁志の背中へ回し、その想いを伝えるように抱き締める奏。

 すると仁志のポケットから通知音が鳴った。

 

「……奏、悪いけど確認させてくれ」

「……うん」

 

 ポケットから依り代を取り出して仁志は奏へギアを纏うよう頼む。

 それに応じて奏はその場でギアを纏った。

 

「……どう?」

「……見慣れないギアがある。タップするぞ?」

「お願い」

 

 そうして奏のギアが変化する。それは仁志も初めて見る奏のガングニールギアのリビルド状態だった。

 

「…………凄いね、これ。これだけで分かるよ。途轍もない力を感じる」

「本当に、出るんだな」

「みたい。ね、仁志」

「何だ?」

「……愛してる」

「俺も愛してる」

 

 あの時はすぐに返せなかった。それを今回仁志は即応した。それに奏は目に涙さえ浮かべて噛み締め、目の前の愛しい男へ感情と共に解放した。

 

「っ……仁志っ!」

「っと」

 

 奏は喜びを爆発させてギアを解除しながら仁志へ抱き着く。その体を優しく受け止め、仁志は微笑むともう一度奏へキスをした。

 

 そのキスの際、奏は軽く舌を入れようとして注意を受ける事となる。

 

 若干拗ねながらも上機嫌な奏が仁志のところへ送り込んだのはマリアだった。

 

「さてと、一体何をしてるのかしら? 響達の様子があまりにもおかしいから切歌やセレナを抑えるの大変なのよ?」

「あー、それはごめん」

 

 やや呆れを滲ませた眼差しに仁志は謝る事しか出来ない。実際何をしているかを考えれば当然の事ではあったのだ。

 クリスは既に理解しているだろうし、響達も事情込みで察している。仁志が呼び出しているのはある意味でキスをするためだと。

 で、そんな事をされれば恋する乙女達がどうなるかは言うまでもない。それぞれ戻ってきてから上機嫌で笑みを浮かべ続け、時には赤い顔で俯いてしまうという行動を取っているのだ。

 それを見て切歌やエルフナイン達が不思議に思わぬはずはない。何をしてるか見てやろうと動き出そうとしてもおかしくはなかった。

 

 だが、それをマリア達が何とか抑えていた。

 待っていればちゃんと説明してくれるはずだと、そう言って。それを仁志も察したのである。

 

「その、実は響達がさ……」

 

 そこで明かされる新しいギアの追加。マリアはそれを聞いて、響達の様子からある程度の察しをつけた。

 

「つまり、何か刺激的な事をしたのね?」

「……まぁ」

「ふぅん……それ、私はまだ経験してない事かしら?」

 

 瞬間、仁志の脳裏にあの飲み会の記憶が甦る。

 アルコールと三人の歌姫の匂いに包まれ続けた、夢のような一時が。

 

「……あるよ。ただ、場の雰囲気や酒に飲まれてだから俺が響達としたのとは違うかな」

「そう。じゃあ……」

 

 全てを察してマリアは少しだけ恥ずかしそうに顔を赤めつつ、仁志の胸の中へと倒れ込む。

 

「期待、させてもらうわ」

「マリア……」

 

 もう自分が何をしようとしているか分かっている。そう仁志は気付くも、だからこそしっかりとマリアの目を見つめて口を開いた。

 

「マリア、俺は君を本気で好きだ。その想いに応えたい。今は、今だけは俺は君だけを見てるよ」

「……分かったわ。なら、私はそれを一生にしてみせればいいのね」

「もし可能ならそうしてくれ」

「ええ、やってみる。だから……」

「ああ。目を閉じて」

 

 静かに重なる唇。それにマリアは幸せを噛み締めるように仁志を抱き締めていた。

 

(何て幸せなの? これが、想いを通じ合わせるという事……。これが、愛し合うという事なのね……。私をただの優しいマリアとして見てくれる人は、この人だけ。私がただの優しいマリアでいられるのは、この人の隣だけなんだわ……)

 

 ずっとこうしていたい。傍にいたい。そう強くマリアが思って抱き締める腕に力を込めるのと同時に依り代から通知音が鳴る。

 

「……マリア、確かめてもいいか?」

「……ええ」

 

 やはりマリアもリビルドギアが追加されていた。それをマリアはこう評した。自分と仁志の愛の成した結果と。

 その表現に仁志は恥ずかしそうに頬を掻いた。まるで赤子の事を表す“愛の結晶”を思い出したからだ。

 当然マリアはそれを意識していた。故に最後にウインクまでしてこう締め括ったのだ。

 

――私は結晶を作るのも吝かじゃないわよ?

 

 仁志はその言葉に何も言えず、ただ困った表情を浮かべる事しか出来なかった。

 

 マリアの次は未来が仁志の前に現れた。ただ、もう未来は何かを察しているかのように苦笑していたが。

 

「只野さんって、本当に極端ですね」

「自分でもそう思うよ」

 

 大人であろうとしていた時は可能な限り大人を貫き、踏み込もうとすれば踏み込み続け、一度キスを解禁すればどこまでも。

 仁志はそんな自分のこれまでを思い返して反省するような顔をするしかない。

 

「それで、私にも、その、してくれるんですよね?」

「……もうさすがに分かるか」

「はい。だって、響なんかしきりに唇触ってますよ?」

「あ~……」

 

 らしい行動だと思って仁志は苦笑する。そんな彼へ未来はトコトコと近付いてその胸へと身を委ねた。

 

「店長?」

「えっ? 未来……?」

 

 どうして今ここで役職名で呼ぶのかと、そう思った仁志へ未来は赤い顔で悪戯っぽく笑ってみせる。

 

「こう呼んだ方が興奮、しませんか?」

 

 その発想に仁志は思わず息を呑んだ。以前仕事中に奏が言っていた言葉を思い出したのだ。

 

「……小日向さん?」

「だ、ダメ、ですか? 喜んでもらえるかなって、そう、思ったん、ですけど……」

 

 段々小さくなる声に仁志は内心で苦笑していた。可愛らしいと、そう思って。

 だが不用意に成人男性を挑発するとどうなるかを教えておかねばと、そんな妙な使命感に突き動かされて仁志は未来の顎を軽く持ち上げる。

 

「この状況で喜ぶって意味、分かってるのか?」

「っ……教えて、ください」

「…………目を閉じて」

「はい……閉じました」

「じゃあ、教えてあげるよ。……愛しいって気持ちが爆発するんだ」

「ふぇ? っ?!」

 

 それまでの低い声から一転、告げられた優しい声に未来が小さく疑問符を浮かべた次の瞬間、その唇は仁志の唇で塞がれた。

 

(キス、されてるんだ、私。これが……キス、なんだ。あったかくて、ちょっとだけ荒れてる。男の人の唇って、こんな感じなんだ……)

 

 ゆっくりと離れる仁志の顔を惚けた表情で見つめる未来だったが、すぐに何かに気付いたように彼へ強く抱き着いた。

 

「未来?」

「あ、あのっ、も、もう一回だけ、してください。私も、好きって気持ち、只野さんへ、貴方へ届けたいんです」

「俺へ……」

「はい。その、ダメ、ですか?」

 

 可愛らしい申し出に仁志が嫌がるはずもなく、彼はそっと未来へ二度目のキスをする。

 

(やっぱり、そうなんだ……。私は、只野さんが、この人が好き。大好きっ! 響の大好きな人だけど、私だって同じぐらい大好きになっちゃったんだ! 可能なら、響と二人で仲良くこの人を支えて行きたいっ! ずっと笑い合っていたいっ!)

 

 悪意が根付かせ芽まで出させていた種が枯れていく。

 それを示すかのように聞こえてくる通知音。その音を合図に離れようとする仁志を未来が抱き締めるようにして止めた。

 

 もっとキスしていたい。もっとこの幸せに浸っていたいとばかりに。

 

(何だ? 何か、頭の中を誰に覗かれてたような気がする……)

 

 一方仁志は、二度目のキスの際に感じた奇妙な感覚に内心首を捻っていた。

 それでも未来を引き剥がす事はしない辺りに彼らしさが滲んでいた。

 そうしてたっぷり一分は経過したところで未来は仁志を解放した。

 

「……情熱的だね、未来は」

「っ?!」

 

 かぁっと顔を真っ赤にし、未来は恥ずかしそうに俯いた。そんな姿にも愛おしさを感じながら仁志は依り代を手にゲームを起動させる。

 この結果、未来も本来有り得ないリビルドギアを獲得する事に成功。だが仁志にとってはここからがある意味で難関であった。

 

「仁志さん、教えてください。マリア達と何をしたんですか?」

 

 やってきた調は開口一番仁志へ詰め寄った。明らかに上機嫌な響達を見て、調はある程度察しを付けていたのだ。

 

 ずばり大人な行為をしていると。それが調には怒りを抱く事であった。

 何せ彼女は仁志へ想いを伝えた。自分も一人の女として仁志を想っているのだと言ったのだから。

 

「うん、それを話すためにも、まずは調に聞いて欲しい事がある」

「何ですか?」

 

 やや苛立ちを残したまま、調は仁志を見つめた。

 そんな彼女へ仁志は優しく笑みを向けるとその華奢な身体をそっと抱き寄せる。

 

「え……?」

「あの時は受け返せなかったけど、君の気持ちはとても嬉しかった。本当に、ありがとう」

 

 強く感じるこれまで覚えのない匂い。それが男の匂いだと、調はその仁志の匂いに胸を騒がせた。

 正確には汗の匂いなのだが、広義ではその人の匂いに分類されるので間違ってもいないだろう。

 

(これが……男の人の匂い、なんだ)

 

 嫌いじゃないと思い、調は目を閉じて仁志の胸へ顔を埋める。そんな彼女へ仁志は感謝するように笑みを零すと、その耳元へ囁いた。

 

「許されるなら、調の想いに応えたい。ただ、もう知ってると思うけど」

「分かってる。仁志さんは、選べない。悪意がいなくなるまでは、私達全員大好きを貫くって」

「調……」

 

 顔を静かに上げ、微笑みと共に見つめてくる調に仁志は小さく驚きを見せた。

 いくら分かっているとはいえ、すんなり受け入れられると思っていなかったのだろう。

 実際、調もこれが自分の見も知らぬ女性達であればそうだった。だが、マリア達は調にとっても大事な者達である。

 

(もし仁志さんが誰かを選んでたら、きっとみんなどことなくぎこちなくなってた)

 

 自分達でさえもそうだったと調は思い、それを回避するにはどうすればいいのかを仁志は考えた結果が選ばないし選べないという結論だと理解したのだ。

 

「仁志さんの答えを、私は尊重します。きっとそれは、みんなの笑顔のために今一番いい答えだと思うから」

「…………すまない。そしてありがとう。やっぱり調は、大人の女性だね……」

「んっ……」

 

 そっと触れ合うキス。そんなファーストキスに調の心は大きく反応していた。

 彼女が思い描いていたような、そんな優しいキスだったからだ。

 

(あったかい……。こうしてるだけで全身から力が抜けるみたい。仁志さんに私の全て預けたいな……)

 

 寄りかかれる存在。それは調がこれまでもつ事が出来なかった存在である。

 マリアは自分達のために頑張っているし、切歌は大切な存在故に支え合うのが精一杯。

 そこへ初めて寄りかかってもいい相手が現れた。それが仁志だったのだ。

 

 成人であり男性の仁志は、調からすれば立派に大人であった。一人で暮らし、生きている事は十分そう思えるだけの資格として調には映っていたのだから。

 

 ゆっくりと離れる仁志の温もりを、調は離したくないとばかりに腕を伸ばした。

 

「調?」

「もっと、もっと仁志さんを感じていたい。もっと、キス、して?」

「っ?!」

 

 まだ未成年とは思えないような色香を見せて調はキスをねだる。

 潤んだ瞳と艶やかな眼差し。そして、色っぽい声。そんな見た目との差に仁志は息を呑み、キスしたい衝動を何とか堪えつつ、調を強い眼差しで見つめた。

 

「……調」

「何?」

「大好き、いや愛してるよ」

「ぁ……んっ!」

 

 全力で受け止める。悪意を恐れるものか。

 そんな気持ちで告げた決意の言葉は調の心を見事に撃ち抜いただけでなく、悪意の種さえも撃ち抜いた。

 強く優しい愛が調の中に根付こうとしていた悪意の種を砕いたのだ。

 

(凄く力強い……。うん、やっぱりそうだ。仁志さんなら、私を受け止めても平気。私が、寄りかかっても笑って受け止めてくれる人だっ! みんな一緒に幸せにしてくれる人なんだっ!)

 

 普通ではない環境で育ち、普通ではない状況を送った調にとって、響達はクリスと同じく失いたくない存在だった。

 特にこの平屋で過ごしている者達は特別だ。調にとって、家族というものを本当に味わう事が出来た場所と時間なのだから。

 

 それを守るためなら複数の妻がいる事ぐらい調は気にしない。むしろ喜びと言えたのだ。

 みんな一緒にいられる。みんなが家族になれる。この言葉は身寄りのない彼女にとって、何とも甘く、弱い言葉だったからだ。

 

(ずっと、ずっとこの温もりに寄りかかっていたい。甘えていたい……)

 

 依り代から通知音が鳴ったのはその時だった。

 それを合図に仁志はそっと調から顔を離していく。

 

「あの、今のは?」

「ああ、実は……」

 

 キスを切っ掛けにクリス達がリビルドギアを発現させている。そう聞いても調は何とも思わなかった。

 むしろ自分の中で確信を得たのだ。仁志は自分達全員を受け止められる存在だと。

 

 それを仁志が聞けばそんな事はないとやんわりと否定しただろうが、残念ながら彼は調の心を読める訳ではない。

 

「じゃあ、このギアは私と仁志さんの気持ちが通じ合った証?」

「そう、かもしれない」

「……嬉しい。思えば、このギアはあの三人が残してくれた輝きを宿したギアだった。きっと、だから想いを通じ合わせる事で追加されたのかも」

「そうだな。そう思うと理解出来る」

 

 何故リビルドギアなのか。その理由を教えてもらえたような気持ちとなり、仁志は視線を依り代の画面へ落とした。

 

(切歌も調と同じで俺を異性として見てくれている。だから、その、俺も男として想いを向ける事が出来る。でも……)

 

 セレナは、どうなのだろうかと仁志は思った。彼女は十代前半だ。そんな年齢の少女へ三十の自分がキスなどやはりどうだろうと。

 

(俺、固い考えの人間なのかなぁ……)

 

 住む世界が異なる上、状況が状況である。

 そういう事を背景に従来の常識で考えないようにする事も出来るが、どうしても仁志はセレナと例え両想いであり彼女が自分を異性として見ていたとしても、それでもキス出来る気はしなかった。

 

 そんな中で仁志の前へやってきたのはやや赤い顔で落ち着きのない切歌であった。

 

「し、ししょー? えっと、ここでみんなと何してた、デス?」

「……その顔はある程度思い付いてるんじゃないか?」

「デデっ!? そ、そんな事はないデスよ?」

 

 嘘だった。切歌はここへ来る前に調から耳打ちされていたのである。

 

――切ちゃん、えっとね、仁志さんがキスしてくれると思うよ?

 

 その言葉を聞いて切歌は一人で舞い上がっていた。

 

(し、ししょーとキスなんて……ど、どうすればいいデスかね? 目を閉じて、少し顔を上へ向けていればいいカンジデスか? そ、それともししょーにご、ゴーインに奪ってもらうカンジデスかね?)

 

 嬉しそうに想像している切歌を見つめ、仁志は呆れつつも微笑ましく笑みを浮かべていた。

 

(分かり易いな、切歌は。きっと調が教えたんだろ)

 

 キスされる。それを知って乙女らしく両手を頬に当てて妄想に浸れる切歌を、仁志は男としてではなく師匠目線で見つめていたのだ。

 

「それで、切歌に聞いて欲しい事があるんだ」

「っ!? は、はいデス!」

「うん、まずは声量を少し落としてくれるか? で、もう少しこっちに来てくれ」

「はいデス。さささっ、デス」

 

 まるで忍者のような動きで仁志の前へと近寄る切歌。その動きに仁志は苦笑し、目の前へやってきた愛らしい弟子を優しく抱き寄せた。

 

「っ?! し、ししょー?」

「切歌、今日、俺へ言ってくれた事、忘れてないよ。俺のお嫁さんになってもいいって、そう言ってくれた事を」

「ししょー……」

「あの時言えなかった事を、ここで言うな? 俺は、暁切歌が大好きだ」

「っ?!」

 

 大好き。これが切歌へどういう意味を持つかを仁志は知っていた。かつて調とぶつかり合った際に切歌が言うなと返した表現だからだ。

 

「愛してるよりも、切歌はこっちの方が響くと思った。こっちの方が、伝わると思った」

「……はいデス。ししょーの気持ち、ちゃんと、ちゃんと伝わったデス。アタシの心に、しっかり届いたデス」

 

 伝わる温もりに混じる少し早い鼓動の音。それが切歌に笑みを零させる。

 目の前の男性は緊張しているのだと、そう分かるからだ。

 

「それなら良かった。それで、切歌」

「デス?」

「目を閉じてくれるか?」

「っ!? は、はいデス……」

 

 遂に来たと思って目を閉じる切歌を微笑ましく思って、仁志はその額へキスをした。

 

「えっと、おでこデスっ?!」

 

 思っていた場所ではなかった事で切歌が目を開けて、その事で疑問を投げかけようとしたところで仁志がキスをした。

 

 その不意打ちのキスに切歌の頭と心がパニックを起こした。

 

(なななっ!? えっ!? えっ!? こ、これはどーゆー事デスかっ?! し、ししょーとキス、しちゃってるデスよっ!?)

 

 目を開けたまま切歌は動揺していた。そんな気持ちが治まる前に仁志の顔がそっと離れていく。

 

「し、ししょぉ……」

「えっ?」

 

 仁志が見たのは目に涙を浮かべた切歌の今にも泣きそうな顔。

 動揺したまま終わったファーストキス。しかも目の前で仁志が離れていくのを見ながら唇から温もりが失せていった事で、切歌の中に強烈な寂しさが押し寄せたのである。

 

「も、もう一回、もう一回キスして欲しいデス……。さっきの、いきなり過ぎて訳が分からないまま終わっちゃったんデスよぉ」

「切歌……」

 

 まるで子供のような切歌に仁志は優しく笑みを浮かべ、その目元をそっと指で拭った。

 

「分かった。ごめんな。俺のせいで大事な切歌の思い出を悲しいものにするところだった」

「ししょー……」

「やり直しじゃないけど、仕切り直しだな。切歌、大好きだよ」

「ぁ……アタシも、アタシも大好きデス!」

 

 そうして笑顔のままで交わしたキスは、切歌の心を温め優しく包む愛に満ちていた。

 

(これがキス、なんデスね。さっきは分からなかったデスけど、あったかくて幸せデス……。ぁ……ししょーが抱き締めてくれてるデス。力強くて頼もしいデスね。アタシ、やっぱりししょーのお嫁さんになりたいデス。ししょーの傍でお嫁さん修行して立派なお嫁さんに、奥さんになりたいデスっ!)

 

 依り代から通知音が鳴っても仁志は切歌を抱き締め続けた。キスを終えても切歌の事を愛おしく思うようにだ。

 

「ししょー、さっきの音、調べないでもいいんデスか?」

「もう大丈夫か?」

「あはは、ご心配かけましたデスが、この通りいつものアタシなのデスよ」

「そっか。じゃ、ちょっと見せてもらうな」

 

 最後に軽く切歌の頭を撫でて仁志は依り代へ目を向け、ゲームを起動させる。

 そして切歌へギアを展開してくれるよう頼み、ステータス画面からリビルドギアが追加されているかを確認。

 結果、切歌も無事リビルドギアを獲得。それも相まって嬉しそうに切歌は居間へ戻ろうとしたところで、ふとある事を思い出して仁志へこう耳打ちした。

 

――ししょー、エッチな修行も、アタシは大丈夫デスからね。

 

 赤い顔で照れくさそうにそう告げて切歌は居間へと戻って行った。

 その発言が仁志の心を大いにかき乱すと知らぬままに。

 

「……ホント、狙ってないからこそ性質が悪いよなぁ」

 

 無知にも近い切歌へ男の欲望をぶつける。そんな事を想像してしまい、仁志は必死に首を横へ振るのだった。

 

 そうして最後に現れるのは当然セレナ。

 

「お兄ちゃん、一体何を話してるの? 姉さん達がとっても嬉しそうなんだけど?」

「えっと……」

 

 どう話そうか。そう思った仁志は、ふとこれまでの自分のした事からもっとも適してると思われる行動を思い出した。

 それは、あのお化け屋敷での一幕。響と過ごした際の、最後の出来事だ。

 

(セレナなら、あれが一番だな。さすがにファーストキスは、もう少し年齢が上がってからセレナ本人が本当に恋した時に考えてもらおう)

 

 セレナ相手には兄のような気持ちとなる仁志には額へのキスが最適と思えた。

 そんな事を知る由もなく、セレナは仁志を見つめて首を傾げるのみ。

 

「実は、みんなに新しいギアが追加されたんだ」

「え? そうなの?」

「ああ。それで、その時と同じ事を再現してたんだ。セレナも、それでギアが出てくるかどうかやってみてもいいか?」

「もちろんいいよ。それで、何をするの?」

 

 素直に応じるセレナに仁志は微笑みながら耳打ちをする。その内容にセレナは驚くも、どこか期待するような表情で頷き仁志へ顔を向けて目を閉じた。

 

「お、お兄ちゃん、いつでもいいよ?」

 

 目を閉じてキスを待つ姿は、まさしく恋に恋する年頃らしい可愛さだった。

 それを見ていた仁志もあまりの愛らしさに思わず笑みを零す程に。

 そして仁志はセレナの両肩へ手を置き、そのやや緊張している表情を見てから額へと口付けた。

 

「……え?」

 

 額に感じた温もりでセレナが目を開けて仁志を見上げる。

 仁志はそんなセレナに申し訳なさそうな顔で頬を掻いた。

 

「今はそれで我慢してくれるかい? セレナがもう少しだけ大きくなって、その時に俺の事を今よりも好きだって言ってくれるなら、俺もちゃんと覚悟を決めるからさ」

「……それって、私が切歌さんや調さんぐらいになったらって事?」

 

 その声には、微かな悔しさが滲んでいた。その俯いた顔には、確かな悲しさが宿っていた。

 それらを感じ取りながらも、仁志は噛み締めるように頷いて告げる。

 

「そうだね」

「っ……分かった。なら、せめてほっぺたにもして欲しいな?」

 

 可愛らしいおねだりに仁志もそれぐらいならとしゃがみ、セレナの頬へそっとキスをした。

 すると、そこを狙ってセレナが仁志の頬へお返しとばかりにキスをしたのだ。

 

「せ、セレナ?」

「ど、どうかな? ドキッとした?」

 

 小悪魔のような行為に仁志は小さく苦笑すると参りましたとばかりに頷いてみせる。

 

「ああ、見事にドキッとさせられたよ。セレナもすっかり女性らしくなったんだな」

「そうだよ? もう私は立派なレディだもん」

 

 そう言って微笑むセレナに仁志も笑みを返す。ただ、やはりセレナにはギアの追加は起きなかった。

 

 それを受け、仁志はセレナともちゃんとしたキスをしないといけないのかと思い悩む事となり、セレナはセレナで自分だけがギアの追加が出来なかった事を気にするようになる。

 

 こうしてこの日は終わりを迎え、シャワーを借りた仁志は響とクリスを連れ立ってアパートへと帰る事に。

 

「ひ~っとしっさん」

「ひ、仁志」

「何?」

 

 両腕にくっつく響とクリスに動じる事なく、仁志はむしろ微笑みさえ浮かべて歩く。

 その堂々とした振る舞いに二人は一瞬驚くも、すぐに笑みと共に尋ねた。

 

――今夜、泊まってもいい(です)か?

 

 勿論返答は却下。だけどアパートへ到着しドアの前で別れる際、仁志は二人へ少しだけ不敵に笑ってこう告げるのだ。

 

――そういう事はしかるべき場所じゃないとな。じゃ、おやすみ。

 

 その意味を察して真っ赤になるクリスと理解が及ばない響という状況を作り出して、仁志は自分の部屋の中へと消える。

 

「く、クリスちゃん、今のってどういう意味?」

「し、しかるべき場所ってのはな、その……耳貸せ」

 

 クリスの口から説明を受け、響も仁志の言いたい事を理解して赤面した。

 そういう意味ではまだこの二人は可愛らしいと言えるだろう。

 

――本当に厄介ねあの男っ! 本気で現状維持が望みっ?! しかも下心もほとんどないとか、有り得ないわっ! それに乗っ取るどころかこちらの仕掛けをほとんど壊してしまうなんてっ! 一体何がどうなってるのよ!? ……こうなれば残った種だけで何とかするしかないか……。

 

 薄っすらとした黒いもやのような物が自分達を見つめているとも知らず、仁志と同じようにクリスと響も自分達の部屋へと入る。

 

「リビルドが手に入ったからには、もうカオスビーストなんて怖くないね」

「ああ、そうだな」

 

 普段であれば、そこで二人揃って近い内に倒しに行こうと言い出していた。それが、この日はなかった。

 

「……だ、だけど油断は禁物だもんね。もう少し、もう少しだけ様子見、しよう」

「……だな。焦ってとんでもない事になったら不味いしよ」

 

 出て来たのは消極的な言葉。そんなやり取りを聞いて悪意は嗤う。

 

――ふふっ、だけど心に刻まれた細工は上々。残る装者達もきっとそこまでは消えていないはず……。ふふふ……はははっ……あははははっ!




セレナ以外リビルドギア獲得。本来有り得ない奏と未来さえも手に入りました。
ただし、セレナは獲得ならず。その心に影を落とす結果となりました。
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