シンフォギアの消えた世界で 作:現実の夢想者
恋とは求め続ける事、自分中心な事。
これがバランス良く存在すると“恋愛”になるんでしょうかね?
「見てマリア。この玉ねぎ、スーパーで売ってる物よりも大きいのに安いよ」
「本当ね……」
「それよりも何よりも大根デスよ。何であんなにおっきいのに値段はスーパーと同じぐらいデスか!?」
生鮮食品を眺めてテンションを上げているマリア達を見て、俺は小さく苦笑する。
今日は土曜日。待ちに待った、かもしれない全員での外出日であった。
エルとセレナはヴェイグと共に一種のメインとも言える冷凍食品を眺めている。そちらもそちらで感心するような表情が見えた。
そう、ここは業務用スーパー。扱っている物は基本一般家庭には向かない。
まぁ俺達は一種大家族のようなものなので、その範疇を半分はみ出しているとも言えるけど。
「なぁ仁志。見た感じ魚や肉はなさそうだぞ?」
ぼんやりとマリア達を眺めていると横からクリスがやってきて声をかけてきた。
ま、たしかに生肉や生魚などはここには置いてない。
「冷凍にあるはずだよ。一応見てみてくれないか?」
「冷凍、な。分かった」
そう答えてクリスは来た方へと戻っていく。その先には未来や響がいる。
で、そのまま三人で動き出した。本当にあの三人は仲良くなったよなぁ。
その契機はきっとあの日。響とクリスが俺の横へ引っ越してきた日だろう。
未来はそこで初めて自分の意思で響と別れた。響もそれを止めなかった。
その瞬間、響と未来は依存体質を脱却し始めたんだ。
そして、きっとあのライブ事件以前の関係性に戻ったんだと思う。仲の良い友達としての、関係に。
そこへ共通の親しい関係であるクリス、か。
年齢は一つ違いだけど、ほぼほぼ同い年みたいな感じだしな、あの三人。
ああしていると同級生で通りそうだし、本人達もそんな感覚でいそうだ。
「……ま、共依存が一概に悪いとは言えないけど、な」
それでも、きっと正しくはないのだろう。大体世の中には絶対正しい事なんてほとんどない。
もしあるとすれば、それはみんなが笑顔で暮らせる世の中が一番いいという事ぐらいだ。
「仁志さん」
「ん?」
後ろから聞こえた声に振り向けば、そこには翼の姿があった。その手には大量のパスタが入った大きな袋。
「どうかな? これを買ってみんなで分ければかなりお得だと思うんだけど」
「あー、うん。そうだね」
ニコニコ笑ってかごへパスタを入れる翼だけど、彼女は若干目的を忘れてないだろうか?
今日ここへ来たのはバーベキューのためであり、普段の食生活のためじゃないんだけどなぁ……。
まぁ翼が可愛いので良しとしよう。
あの飲み会以降、俺への口調が奏へのそれと同じになった事で、今の翼はその可愛さを増しているし。
「それで、マリア達はまだ野菜などを見てるの?」
「御覧の通りさ。まっ、気持ちは分かるんだけどね」
特に調とマリアはもう主婦みたいな目線だし。おかげで俺は色々と助かってるので文句はない。
食費折半だけど、もうそろそろ全額払っていいかなぁと思い出してるぐらい、俺はあの家で飯を食ってるから。
カートを押して動き出すと翼もついてくる。何だか奥さんみたいでくすぐったい。
「マリア、野菜はさすがにそこまで使い切れないだろうし、第一鮮度が持たないぞ」
「分かってるわ。だからこれは明日も使う物として買うのよ」
「仁志さん、今夜はカレーでもいい?」
「野菜ゴロゴロカレーデス!」
おー、それは中々いいかもしれない。
と、そんな事を思っていたら三人の視線がかごの中へと向いた。
「「「……何これ?」」」
「パスタだ。三等分、でいいのだろうか? とにかく、みんなで分ければ十分だろう?」
「それはいいけど……」
「あの、翼さん。このパスタはバーベキュー用ですか?」
「それに、分けた後はどうやって保存するんデス?」
その指摘に翼が「ぁ……」と声を漏らした。
そしてマリアと調が同時にため息を吐く。
まぁそうだよな。それと、分けるとすれば保存容器が必要だ。
「そうだった……。たしかに今日の目的はバーベキューの買い出しであり、普段買う物はその袋そのものが保存できるようになっていたな」
「でも、これはたしかに魅力的よ。いくら?」
「値段か? すまないがそこまで覚えていない。売り場へ案内するから見て考えてくれ」
「分かったわ。調、私はちょっと翼と動くから」
「うん。野菜はこっちで選んでおく」
「お願いね。で、どこ?」
「こっちだ。ついてきてくれ」
翼とマリア離脱。ついでに玉ねぎやじゃがいも、人参がかごの中へ。
「本当は大根やナスも欲しいけど……バーベキューだし、カレーには使えない……」
「ナスはいいんじゃないか? 焼き野菜としても使えるし、残ったらカレーに入れればいい。夏野菜カレーなんてどう?」
「でもカレーにナスって、グチャグチャにならない?」
「軽く油で炒めるか焼いて使えばいいはずだよ」
「……うん、それならいける。切ちゃん、おナスも取って」
「ガッテンデス!」
こうしてナスもかごへと入れられ、野菜先行の買い出しとなっている。
「兄様~」
「お兄ちゃーん」
そこへ駆け寄ってくる愛天使二人。
「どうした?」
「「とろろって何(ですか)?」」
聞かれたのはある意味夏の精力メニュー。そうか。二人はとろろ食べた事ないのか。
「山芋っていう物を擦って作るやつだよ。消化が良くて栄養も高いから夏の疲労回復とかによく食べられるんだ」
「「へぇ~」」
「そういえばアタシも食べた事はないデス」
「私も」
そこで聞こえてくる言葉に俺はふむと手を顎に当てる。
とろろご飯とか美味いんだよなぁ。それにマグロの山かけとかも美味い。
とろろを食べた事ないなら一度食べてもらいたい。それで嫌いになるか好きになるかは分からないけど、せめて一度は食べさせてやりたい。
……近いうちに、だな。
今回はバーベキューをやるためとろろの出番はない。なので早くても明日だ。
「じゃ、近い内にとろろを食べよう。昼飯がいいかな。だから調、その時に山芋ときざみのり、あと出来ればマグロかたたきマグロを買ってくれると助かる。とろろを作るのは俺がやるよ」
「分かった」
これでいい。さてさて、では思考をこれからの事へ向けましょうかね。
野菜が使いやすい大きさにカットされている冷凍品を調が真剣な顔で見つめたり、切歌とエル、セレナがそろってコーンの袋を欲しがったりとしているとクリス達が合流。
「ソーセージとかあったけど、そういうのはどうだ?」
「こーんな長い奴を巻いて冷凍してあるんですよ」
「成程なぁ。うーん……」
これまでバーベキューなどした事がないので漠然としたイメージしかないのだが、冷凍食品は解凍して持ち込めばいいのだろうか? それとも凍ったままで持ち込んで調理するべきなんだろうか?
「未来、冷凍のままだと焼くのに時間かかるよな?」
「そうですけど、ここで買ってお店まで持っていくまでにある程度溶けると思いますよ?」
「ああ、そっか」
当たり前の事を指摘され、俺はやっぱりまだボケてると理解した。
そういや奏はどこだ? パッと見た感じ見当たらないんだが……?
「じゃ、とりあえずソーセージとかはここで買おうか。同じ量を買うなら市販のよりは安く済むだろうし」
「じゃ、エルちゃん達に選んでもらおうかな」
「こっちだから来てくれる?」
「「はいっ!」」
うん、今のエルやセレナを相手にするとみんなお姉ちゃんっぽくなるんだなぁ。すっかり響と未来が姉っぽい雰囲気だもの。
「な、仁志」
「ん?」
クリスの声に顔を動かせば、彼女は俺を見上げていた。
で、目が合った瞬間真っ直ぐな眼差しが少しだけ照れを宿すのが可愛い。
「そ、そのさ。この後、でかいとこへも買い出しに行くんだろ? そこって肉屋入ってるか? ここの冷凍もんじゃ美味そうに見えねーし、精肉コーナーだと商品がしょぼいぞ」
「あー……ちょっと待ってくれよ」
スマホを出して検索をかける。えっと……ああ、あるある。じゃあ大丈夫だ。
「うん、ちゃんと精肉店が入ってる」
「そっか。んじゃ肉はそこで買えばいいな」
「ししょー、アイス見てきていいデスか?」
「あと、ご飯とかの冷凍食品も見てみたい」
「いいよ、ただし買うのは保留で」
「「了解です(デス)、師匠(ししょー)」」
揃って笑顔でそう言ってザババコンビは動き出す。にしても、調の師匠呼びは中々慣れないな。
まぁ原因は一つだ。いつもそう呼ばれる訳ではないから。だからこそ呼ばれる度に若干驚きというか戸惑いというか嬉しさというかを感じてしまうのだろう。
仲良く離れていく二人の背中を見送っていると、そっとカートの取っ手を握っている手へ可愛い手が乗せられる。
当然それはクリスの手だ。どうしたのだろうと思って顔を向けると、クリスは照れくさそうに顔を背けていた。
「クリス?」
「……少しぐらい、彼女面してもいいだろ?」
あのクリスが素直に甘えてきた。でも、それをいい変化だと俺は思っていた。
元々のクリスは捻くれてた訳じゃない。幼少期の出来事が原因で今の様になったのだ。
その根底には素直で明るく歌う事が大好きな女の子が息づいてる。それを、少しずつだけど出せるようになってきたんだと、そう思えるから。
「ああ、いいよ。ついでに奏を探そうか」
「片翼の先輩? それならフラフラとあっちの方へ行くの見たぞ?」
「あっち?」
クリスが指さす方へ顔を向ける。そこは言うならば店の奥の端とでも言うべき場所だった。
えっと……料理酒とかがあるコーナー、か。
「なら、そっちへ行ってみよう。それに翼とマリアも中々戻ってこないし」
「何となくそっちは色々見てるだけな気がするけどな……」
ゆっくりとカートを動かして歩き出す。
時々二人であちこちの冷凍ケースを眺めては足を止めて。
見てるだけでも意外と楽しい。普段見る事のない商品が結構あるのだ。あとは、見た事はあるけどそのサイズが違うとか。
「ハンバーグだけでこんなにあるのかよ……」
「こうやってみるとファミレスはこういうの使ってるって分かるよなぁ」
「うっ……で、でもよ? 中には手作りを本気で」
「いやいやクリス、見てごらんよこの種類を。見た目で判断出来る?」
「……無理、だろうな。ん? おい、見ろよ仁志。牛丼の素とかあるぞ」
「へぇ、冷凍かぁ。おおっ、中華丼だってさ」
「こりゃいいな。しかも一食分だぜ。使いやすいな」
今回は無理だが、今後を考えると欲しいと思う物ではある。
多分クリスも同じなのだろうな。手軽に済ませたい時には丼程手軽で安心な食い方はないのだ。
「仁志」
と、そこへ現れるは嬉しそうな顔をしたマリア。その横には似た表情の翼もいる。
二人の手には調味料が握られていた。マリアが持ってるのは……
「ステーキしょうゆ?」
「そうなの。今日のメインはお肉でしょ? で、普通のステーキソースじゃ今回は足りないじゃない。そこでこれを見つけたのよ。それに、これなら残っても今後に使えるじゃない? 炒め物とかの味付けとかね」
どこかテンションが高いマリアに苦笑しつつ、俺は翼の持っている物へ目を向けた。
「で、翼のはみそだれ、ね。翼ってそういうの食べた事あるのか?」
「ないけど、仁志さんは慣れ親しんだ味だと思って」
「まぁ、確実に君達よりは食べてると思うけど……」
正直悪くはないと思う。野菜などにつけて食べる事に合わないとは言わない。
ただ、なぁ。全員が全員気に入るとは思えないんだよな、こればっかりは。
「八丁味噌ってかなり濃いんだ。それに甘味も強い。その甘さが苦手って人もいるし、そもそも濃い味噌味が好きじゃないって人もいる。俺も嫌いじゃないけど好んで食べる程じゃないんだよ」
「そうなの?」
「うん、地元の人間でも好きじゃないって層がいる。俺の母親はそうだった。逆に大好きって言う人間もいる。俺の父親がそうだった」
味噌カツとかどて煮とか大好きだもんなぁ、父さん。
「俺のためにって選んでくれたなら、嬉しいけど今回は見送った方がいいかな。バーベキューのためなら余計に。個人的にはたまに食べたくなる味ではあるから買いたいんだけどね。それならここじゃなくても買えるからさ」
「そうなの? 見た事ないんだけど……」
「えっと、多分ここでも売ってるんじゃないかな。翼、それはどこに?」
「あっ、こっち」
カートを押しながら翼の後についていく。気付けばクリスの手が離れていた。多分だけど二人を見た瞬間にそれとなく離したんだろう。
翼の案内で味噌コーナー、でいいのか? 味噌関係の物が置かれた場所へ到着。
と、やっぱりあった。
「これだよ。見た事ない?」
「……言われてみれば」
「私はあるわ。これ、本当に味噌なのね」
「あたしも見覚えはあるな」
俺が手にしたのはこの辺りじゃ有名な味噌ダレだ。つけてもいいしかけてもいい、アレである。
「あー、やっと見つけた」
そこへ聞こえる声に俺だけでなくクリス達も顔を動かす。
そこには奏がいた。その手に何故かマシュマロを持って。
「奏? 何でマシュマロ?」
「あれ? 知らない? 焼きマシュマロ。美味いよ?」
そう言いながらかごへマシュマロを入れようとして、奏はかごの中身を見て小首を捻る。
「肉とか一つもないんだけど?」
「あー、それは」
「ししょー達発見デスっ!」
またこのパターンかと思いつつ、俺は振り返る。
そこには切歌と調だけでなく響達の姿もって、おいおい何だあの荷物の数は。
「お前ら、何だよその手に持ってるもんは」
「えっと、これはソーセージだよ。普通のとハーブ入りなんだって」
「こっちは骨付きなんデスよ。見た目、ワイルドで良くないデスか?」
「エルちゃんが持ってるのは牛タンです。これ、ステーキで食べると美味しいみたいで」
「珍しいと思って持ってきました!」
笑顔で牛タンステーキを見せるように両手で持ちあげるエル。
何というか、ゼルダでアイテムを手に入れた時のSEが聞こえた気がした。
「こっちはラム。多分スーパーじゃ見ないと思って」
「子羊の肉、か。そんな物まで置いてるとはな」
「侮れないわね、業務用スーパー……」
調の見せた物へ目を向け、感心する翼とマリアに俺は小さく苦笑する。
いや、まぁいいんだけどさ。色んな物を焼いて食べるのが極論言えばバーベキューだし。
「セレナのそれは何さ?」
「これはけいちゃん? って言うんだそうです」
「ああ、岐阜の名物の奴か。鶏肉と野菜を味噌味のタレで炒めて食べるんだったかな? そんなもんもあるのか」
まだ実家にいた頃テレビでやってた番組か何かで聞いた事がある。
美味そうだなと思ったけど、そのためだけにわざわざ隣の県まで行くのは面倒なので、そこで俺の中では終わった料理名だ。
「これやるならアルミホイルを買わないといけないな。網じゃ焦げ付く」
「ん。じゃあたしが取ってくるよ」
「は?」
どういう事だと思っていると、奏はこっちへ振り返って笑みを浮かべた。
「さっきブラブラしてた時にそういうのも売ってるって知ったからさ」
言われて気付く。そうか、業務用ってそういうのも扱ってるかと。
やっぱどこかボケてるな、俺。運転前に軽く目を覚ます意味合いも兼ねてコーヒーでも飲もう。
ちなみに支払いに際して一葉女史が御一人、英雄先生が御一人の計御二人が旅立ちました。
いや、飲み物とかも買ったからだけど、やっぱ肉の類は結構いくもんだ。
牛タンとソーセージだけで半分以上を占めている。
しかもこれでまだ買い物が終わった訳ではないのだから恐ろしい。
ただ、これでもあのプールや遊園地の時よりは安く済んでいる。
入場料やアトラクション乗り放題ってのはそれだけ高いんだと噛み締めた。
「……やっぱ夏は出費の時期なんだなぁ」
でもこれで七月八月と連続高額出費だ。せめて九月は控えないとって……ダメだ。
何せ上手くいけば九月中に夢の国へ行く予定だ。そこが俺の人生で最大の出費となる事は確定しているんだし、今更か。
それにしても九月、ねぇ。もう少しで響と出会って半年が経つのか。
今の時間は幸せで、楽しくて、毎日が充実してると断言出来る。
だけど、それは永遠じゃないし長続きさせてはいけない。
そう、分かっているんだ。俺も、みんなも。
それでも、どこかで願っているんだ。この時間が続けばいいのに、と。
せめて、年越し前には何とか決着を着けるべきだろうな。出来る事なら秋が終わる前に。
「どうしたのさ仁志先輩。眠い?」
「ん? ああ、いや。財布の中が少し寂しくなったからな」
ぼんやりしていると段ボール箱に買った物を詰めていた奏が不思議そうに首を傾げる。
ここではそういう風に段ボール箱を使っていいらしく、大き目の段ボール箱に買った物を全部詰め込む事が出来たらしい。
「ったく、相変わらずだね先輩は」
「まっ、そう簡単には変わらないよ」
そう、思ってたんだけどなぁ。意外とあっさり変わったよな、俺。
エルとセレナっていう、妹のような娘のような存在のおかげで。
「まぁそうだね。でも、あたしは知ってるよ」
「へ?」
段ボール箱を抱えるように持ちながら奏はこっちへ笑顔を向けた。
「貴方は変わらないといけない時はすぐ変われるって事を、ね」
……ホント、こういうのは止めて欲しい。俺はどこか上機嫌で歩き出す奏の背中を少し見つめてそう思った。
思えば、最初に俺のやせ我慢を揺るがしたのは奏だったか。不意打ちを意図せずしてやってくる代表格だったな、そう言えば。
「……変わらないといけない時にすぐ変われる、か……」
だとしたら、それは君達が与えてくれた力だ。俺自身が得たものじゃなく、みんなが目覚めさせてくれたものだ。
そう思いながら歩き出す。そしてふと思った。久々に父さんや母さんに連絡でも取ってみるかと。
父さんの誕生日も近いし、顔ぐらい出そう。父さんの好きなタバコでもカートンで買って……いくと母さんが嫌な顔するだろうから考えないとか。
うん、まずは母さんへ連絡取るか。で、今父さんが気に入ってる食べ物や飲み物を聞き出そう。あるいは、欲しがってる物でもいい。
そのついでに母さんへも何か渡そう。何年分かを一気に埋め合わせる訳じゃないが、久しぶりに感謝を込めて。
俺も、いい加減ガキを卒業しないとな。せめて大人の入口には立ったと、そう二人を安心させないと……。
夏の暑さとは違う熱さがある。そんな場所に私はいた。
そこは建物の屋上にあるバーベキュー……テラス、かな? ガーデンかも。とにかく開放的な場所。
仁志さんがお肉や野菜を焼いていて、切ちゃんや響さんが待ち切れないって顔で見つめてる。
「よし、こっちの肉はもういいだろう。少し赤いかもしれないけど、良い肉だから食えるし」
「「お肉(デス)っ!」」
「まずはエル達からよ。切歌も響も待ってなさい」
仁志さんが焼けたお肉をトングで掴んでエルやセレナの持ってるお皿の上へ。
うん、とても美味しそう。というか、下手するとこんな感じのお肉を食べるの、こっちじゃ初めてかも。
「塩コショウはしてあるけど、もし物足りなければ買ってきたステーキしょうゆを使うんだぞ」
「「はーい」」
ふふっ、エルとセレナの間延びした返事でみんなが笑う。で、仁志さんはさすがだ。セレナにはお肉を二つあげていた。
そしてセレナがもらったお肉をまずヴェイグへ食べさせてる。あっ、ヴェイグが目を見開いた。そんなに美味しいのかな?
「……凄いぞセレナ。この肉、噛んだら溶けた」
「えっ!?」
「ほ、ホントです姉さんっ! じゅわってマーガリンみたいに溶けましたっ!」
エルが興奮気味に言った言葉でセレナもお肉を口に入れて……お~、驚いた顔。
「ほ、ホントだ……」
「いやぁ、奮発した甲斐があったよ。清水の舞台から飛び降りた気持ちで買ったからな。でもその肉は一人一つだからな。っと、これもいいか。次は切歌達な?」
「おおっ、アタシ達にも美味しいお肉が来たデスよ」
「そうだね」
やっぱり年齢順みたい。だけど、このお肉かなり高いんだ。だから一人一つずつしかないんだね。
「いい値段したものね、この肉」
「あたしもマジで買うのかって思ったぞ」
「たしかそれだけで1万はしたよね」
その瞬間、私だけじゃなく切ちゃんさえもお肉を口に入れようとした手が止まった。
このちょっと大きなサイコロぐらいで、全員分が1万円以上?
つまりこのお肉だけで今の私達のお夕飯が大体三回は余裕で食べられる。
「な、何て高級品デスか……」
「仁志さん、本当にいいの?」
「勿論。その、実は俺も小さい頃からたまに贅沢させてもらってたんだ。今思うと父さんの幼少期の反動なんだと思うけどな。要は、親って子供に美味しい物を食べさせてやりたいって思うんだよ。さすがにいつもって訳にはいかないけど、こういう特別な時には、さ。時間も味も思い出にしてくれると嬉しいよ」
そう言って笑う仁志さんは、その、お父さんみたいだった。
でもそれは当然だ。だって、今の仁志さんは仁志さんのお父さんの真似をしてるんだと思うから。
そう思って食べたお肉は、とっても柔らかくて美味しかった。噛んだ瞬間溶けてくのが分かる。
旨味、凄い。大きさや形もあってお肉味のバターみたい。
「……幸せデェ~ス」
「うん、とっても幸せな味」
だけどこれは高いからじゃない。みんなで食べてるし、何より仁志さんの気持ちがこれに宿ってるからだと思う。
……でも、ご飯欲しいかも。
「「「ご飯欲しい(デス)」」」
そう思ってたら切ちゃん達が揃って同じ事を言った。やっぱり思う事は一緒なんだね。
「ご飯はないけど野菜ならあるぞ。さぁさ、食べなさい。玉ねぎに人参、ナスもある。肉だけじゃ栄養が偏るからな」
「「「は~い……」」」
露骨に嫌な顔。本当にこうして見てると切ちゃん達は姉妹だ。
「未来ぅ、口の中で溶けるよぉ」
「……そうだね。あっ、喋ると味の余韻が消える。もったいない……」
「マジでうめぇ……」
見れば響さん達もお肉の味で幸せそう。未来さんが響さんとお喋りするより味の余韻を気にするとか凄い。
「うし、これで最後だ」
「きたきた」
「ふふっ、これ一つだけと思うとより貴重な物に見えてくる」
「味わって食べましょ」
最後にマリア達。仁志さんは……次のお肉をもう焼いてる。
そっちは多分だけど庶民的なお値段のお肉のはず。どうしてかと言うと、大きさがさっきのと違って大き目だから。
「仁志、ほら貴方も食べなさい」
「っと、悪い。あー……ん~っ!」
で、気付けばマリアが仁志さんの分のお肉を口へ入れてた。むっ、ラブラブ夫婦みたい。
「マリア、今のはどうかと思うんだけど?」
「あら? だって奏はまず自分が食べる事を優先してたみたいだったから」
「ぐぬっ……」
「奏、マリアもそこまでだ。それと、仁志さん? 食べたい時は言ってくれれば私が代わるから」
「……分かった。その時はお願いするよ」
「うん」
さり気無く翼さんが奥さんっぽい感じに。む~っ、こっちもこっちで夫婦な感じ。
「ししょぉ、もうさっきのお肉終わりデスかぁ?」
「終わり。ただ肉自体はあるから安心していいよ。こっちは食べ応えがあるし」
「むぅ、たしかに中々ボリュームある見た目デス」
「兄様、こっちはどんなお肉ですか?」
「オージービーフ。まっ、オーストラリアの牛肉だ。値段の割に美味いから割と俺は好きだぞ。ただ、こっちはステーキしょうゆ使った方がいいかな?」
言いながら仁志さんはお肉だけでなく野菜なども焼いていく。と、そこで登場のとうもろこし。下のスーパーで買った物だ。
それへ仁志さんがこれもこの下で買った刷毛を使ってお醤油を塗っていく。
次の瞬間、じゅ~って音と一緒にお醤油の焦げる匂いが広がった。
「ああっ、この匂い大好きデス!」
「美味しそうな匂いですもんね」
「兄様、これは何を?」
「焼きモロコシを作ってるんだよ。醤油を塗らないでも食べられるんだけど、こうした方が香ばしくて俺は好きでさ」
「この匂いがたまんねーな」
「ホントホント。お祭りとかの匂いだよね」
「そういえばこっちじゃお祭りとか行けなかったなぁ。只野さん、この辺りってお祭りとかないんですか?」
響さんの言葉にぼんやりとお祭りの事を考えていたけど、未来さんの質問で意識を切り換える。
見ればみんなも同じみたいで、仁志さんへ顔を向けていた。
「祭りかぁ。この辺りじゃもう小さな祭りはなくなっちゃったからなぁ。俺が小学生の頃とかはあったんだけどね。いつ頃か不況のせいなのか何なのか終わっちゃってさ。今だと大きい祭りしかなくて……」
「それももう終わったって事ですか?」
「夏祭りはさすがにかな? 秋祭りは……翼、ちょっと代わってくれるか?」
「あ、うん」
仁志さんから刷毛やトングを受け取って翼さんがバーベキュー奉行に。
その間仁志さんはスマホで多分お祭りを検索中。
「翼、いっそさ、野菜にも刷毛で醤油塗ってよ。玉ねぎとかナスとか」
「それいいわね」
「よし分かった。なら早速……」
翼さんが刷毛で玉ねぎやナス、人参へお醤油を塗っていく。
白い玉ねぎは少しお醤油色になって美味しそうだし、ナスもそんな感じ。人参は大きく変わった感じしないけど、香りが凄くいい。
「翼、トング貸して。肉はあたしがやっとくから」
「じゃあお願いするね」
遂にツヴァイウィングがバーベキューの番をする事に。これって地味に凄い事な気がする……。
「あー、うん。やっぱりもうこの辺りじゃないなぁ。別の市まで行けばあるけど」
「そうなんだ。残念だなぁ」
「ごめんな。俺自身がそういうのに全然興味ないもんだからさ」
「お兄ちゃん、お祭り好きじゃないの?」
私もセレナと同じ事を言おうとしてた。仁志さん、そういうの好きそうなのに。
「好きだよ。でも、それは子供の頃の話さ。自分の稼ぎで色々しないといけないってなると、祭りの出店の値段設定は高く見えてさ。ま、後はさ、男一人で、電車使って行っても、懐も心も虚しいだけってのもあったから自然と疎遠になったって訳だ」
その言葉にみんなが納得してた。仁志さんが私達とこうなるまで貧乏だった事はよく知ってる。
それに、今もそうだけど、お金の使い方も基本節約傾向なのに使おうと思うとどんどん使う。
ならお祭りなんてどうなるかは簡単に分かる。きっとあれもこれもと買って、切ちゃんみたいな使い方をしてしまうんだ。
そう思ってたら仁志さんが切ちゃんを見た。
「何せ子供の頃は切歌のような使い方で小遣いを使ってたもんだからさ」
「どーしてそこでアタシを引き合いに出すデスかぁ!」
そこでみんなが笑う。本当に仁志さんと切ちゃんはこういうところがそっくりだ。
みんなを明るくさせたり、楽しくさせたり、とにかく笑顔にさせようとするところがよく似てる。
だから切ちゃんは仁志さんを師匠って呼び続けてるんだろうな。
師匠、か……。私も切ちゃんの真似をしてそう呼ぶ時があるけど、呼ばれてる時の仁志さん、どこか嬉しそうなんだよね。
何でだろうって思うけど、今の仁志さんを見てると何となく分かった。師匠って呼び方は、特別だ。只野さんとか仁志さんって呼ぶ人は複数いるだろうけど、師匠って呼ぶのは切ちゃんと私だけ。
それが、仁志さんには特別感を感じさせてるんじゃないかな? 仁志さんはどう呼ばれても嬉しいって言ってたけど、無意識にそういう事を感じてもおかしくないし。
「まぁまぁ、だから俺は切歌の師匠なんだろうさ。俺のようにはさせたくないし」
「でも、今では切歌ちゃん、すっかり只野さんと似てきてますよ?」
「デスデス。ししょーの責任は大きいデス」
「どうしてそこで俺が悪いみたいになるのっ!?」
さっきの切ちゃんみたいに仁志さんが言ってまたみんなが笑う。
本当に、楽しい。もうみんなでこうしていると家族みたいだ。
仁志さんが中心にいると、本当にそう思う。
この後も楽しく時間は過ぎていった。ラムは初めて食べたけど、あっさりしてて割と好きな味だった。
牛タンステーキも柔らかくて美味しくて、勿論野菜も美味しかった。
お醤油塗ったナスとか玉ねぎは大人気だったし、ステーキしょうゆはおろし玉ねぎがとっても美味しくてビックリした。あれだけをご飯に乗せて食べたいって切ちゃんや響さんが言い出すぐらい美味しかった。
でもそんな時間もいつかは終わる。食べ終えてみんなで手分けして片付けを始めると、不意にこんな声が聞こえてきた。
「今度こそ夏も終わりですね」
そのエルの声は海の時とは違ってた。あの時は寂しそうだった声が、今はどこか前向きな感じだったから。
「そうだね。次は、夢の国だもん」
「はいっ!」
そう、それだ。しかも何と泊まり。仁志さんが色々考えて計画中らしい。
マリアや奏さんに翼さんの年上三人と相談して、可能なら九月に、最悪だと十月になるかもしれないって仁志さんは言ってた。
「仁志さーん、それってどうなりそうですか?」
「とりあえず移動は車。そうしないと交通費だけでかなりの出費だからな」
あっさり返す仁志さん。こういうとこを隠さない辺りがらしい気がする。
「じゃ、車中泊かよ?」
「それはさすがにしないよ。男だけならありだけどさ。ちゃんと宿は取る」
「ビジネスホテルですか?」
「それは……ないようにはしたい。出来るだけ、だけど」
これも仁志さんらしい。
「みんな、今は片付けが先よ。その話は帰ってからすればいいわ」
「そうそう。この話はまだ決まってる事の方が少ないしさ。決まったらちゃんと教えてくれるって」
「「はーい」」
マリアと奏さんがまるでお母さんみたいにそう言うと、それに返事をしてエルやセレナが動き出す。
それを見てると、本当に二人がお母さんなんじゃないかって思えてくる。二人共、いいお母さんになるだろうな。
「仁志さん、こっちはもう終わったよ。どうすればいい?」
「えっと、そうだな」
それにしても、翼さんは気付いたら仁志さんへの言葉遣いが変化してる。
奏さんにしかしてなかった、砕けた喋り方だ。それだけ仁志さんと仲良くなったって事なんだろうけど、何だかちょっとだけもやもやする。
「師匠、私にも指示をください」
なのでちょっとだけ邪魔する。もう翼さんの時間は終わりです。
「ん? そうだなぁ……じゃあ、調には相棒の事をお願いするよ」
「え?」
言われて視線を動かすと、切ちゃんは名残惜しそうに骨付きソーセージの骨を口に咥えてた。
「ううっ、楽しい時間が終わっちゃうデス。もっとみんなで騒いでいたいデース……」
切ちゃん、気持ちは分かるけど骨を咥えてたらみっともないよ。
「切ちゃん、それ捨てて。エルやセレナだってもう帰り支度してるんだから」
「調も冷たいデス……。う~っ、バイバイデス、バーベキューの思い出」
「大袈裟……」
そう言いつつ私もどこかで同じ事を思った。でも大丈夫。
だって、仁志さんはまたこういう事を企画してくれるから。
「……そうですよね、師匠?」
今もみんなの中心になって色々と動く仁志さんへ顔を向けて小さく呟く。
気付けば私達の中心的存在になってる、大好きな男の人を。
「ん? 調? 何か言ったデスか?」
「何でもない」
また、デートしたい。今度は出来れば二人きりで。
その時、また私を大人の女性として扱ってくれるかな? また、優しくキスしてくれるかな?
そう思うだけで心があったかくなる。幸せになれる。
「そうデス。調、近い内にししょーのとこへ行かないといけないデスね」
「え?」
「その、お嫁さん修行デス」
「……うん、そうだね」
そうだった。私、仁志さんにエッチな事教えてもらおうと思ってたんだった。
……デートでなら、教えてくれるかな? 師匠って呼んで、ちょっとだけ大人の勉強させてってお願いしたら、してくれないかな?
うん、試しに聞いてみよう。まずは切ちゃんと一緒に、だね。
車を返却した仁志が向かったのは自分の部屋ではなくマリア達の家だった。
というのも、今夜彼と奏は勤務があり、少しでも食事や寝る時間などで利便性の高い場所で過ごすためである。
何せ彼の部屋も奏達の部屋も、今は空調を停止していてとてもではないがすぐ寝られる状態ではない。それらも踏まえて仁志はマリア達の家へと向かったのだ。
仁志が家の中へ入ると、既に居間の隅には彼用にマリアの布団が敷かれていた。
その横には奏用にもう一組布団が敷かれている。
「あ~、助かるよぉ」
フラフラと布団に導かれるように歩く仁志を見て誰もが小さく苦笑する。
ちなみに奏用の仮眠布団は切歌の物が選ばれていた。
「仁志先輩、もう寝るの?」
「むしろ奏はまだ寝ないのかよ?」
「……ま、寝られる時に寝ておくか」
「それがいいわ。心配しなくても食事が出来たら起こしてあげるから」
「「よろしく~」」
揃って声を出して布団へと入り込む夜勤二人。その姿が兄妹のように見えて誰もが笑った。
さてそうして夜勤二人が眠るのを合図にしたかのように夕食の準備へ取り掛かる者達がいた。
だがそれはマリアでも調でもない。ましてや未来やクリスでもなかった。
「さて、ではやるぞ」
「了解デス」
「はい」
翼をリーダーとし、切歌、セレナの三人だったのだ。
何せ今夜はカレー。余程がない限り失敗しないメニューと言えた。
故に最近料理へ励み出した二人を助手に、やっと助手を脱した翼が主体となって料理をする運びとなったのである。
「ふふっ、頑張ってね三人共」
「切ちゃん、何か分からない事があったら聞いて」
「姉さん、何か手伝って欲しい事があったら言ってくださいね」
眺めるマリア達は笑みを浮かべ……
「だから、ここはさっきやり方教えてやったろ?」
「悪いけど、もう一度お願い出来るかなクリス」
「ご、ごめんなさい」
クリスと未来は久しぶりとなる響の勉強に付き合い……
「ふぁ~…………俺も眠くなってきたな」
ヴェイグは一人、眠る仁志と奏を見つめて大あくびをしているのだった。
穏やかな昼下がり、平和で穏やかな時間が仁志達に流れる。
翼達のカレー作りは大きな失敗こそないものの、ところどころで危なっかしい事がありマリア達が若干不安を覚える事もあった。
響の復習はクリスと未来という二人の指導員による飴と鞭(主に鞭が多かった)が功を奏して上々の結果を収めた。
「むにゃ……」
そしてヴェイグは仁志や奏と共に夢の住人となっていたのだった。
やがて室内にカレーの香りが漂い始め、響達の食欲を刺激し始める。
「あー、良いにおーい」
「お腹空いてきちゃうね」
「ホント香辛料の香りってのはやべぇよな」
「ホントデスよ。作ってる側は余計デス」
「今日のはお野菜が大きくて美味しそうですもんね」
「辛いのが好きな者達には悪いが、今日のは中辛と甘口を半分ずつ入れてある。これならエル達も一緒のものを食べられるんだろう?」
「「「はい(デス)っ!」」」
「何で切ちゃんも答えるの?」
「寝てるヴェイグの分デス」
その切歌らしい気の回し方に誰もが笑う。
「っ?! いかん! 米をしかけていない!」
が、そこでご飯をセットしていない事を翼が思い出し、慌てて準備を始める事に。
その騒ぎの中、奏が目を覚まして翼達の事を横目にシャワーを借りるため風呂場へと消えた。
熱い湯を頭から浴びながら、奏はじんわりと意識や体が目覚めていくのを感じていく。
「……起きて最初に見るのが仁志ってヤバいぐらい幸せかも」
目覚めた瞬間の事を思い出して、そんな事を呟いて幸せそうに笑みを浮かべる奏。
誰にも気付かれないようにそっとキスをした事まで思い出し、その笑みは深くなる一方であった。
一方その頃仁志もようやく目覚め、布団の中でゴロゴロしながらエルフナインの質問に答える形で会話していた。
「えっ? ライジングフォームは電気ショックが原因じゃないんですか?」
「本来はね。ただ、脚本と演出が設定や展開に上手く合致しちゃってさ、じゃあそういう事でいいかってなったんだよ」
「そうなんですね。では、元々はどうして?」
「えっと、それはまたクウガを見て話が進んだら教えるよ。それと、切歌~?」
「呼びましたデスか?」
「うん、呼んだ呼んだ。借りてきて欲しい物があるんだけど」
「何デスか?」
「ゴジラVSデストロイア、借りてきて。そろそろいいかなと思うし」
その言葉にその場の全員が小首を傾げる。何がそろそろなのかと。
「お兄ちゃん、そろそろいいかなってどういう意味?」
「えっと、デストロイアはスペゴジの次のVSシリーズで、これでゴジラはしばらく映画が止まってしまうんだよ。それだけにこの映画は何て言うか、ゴジラ映画の終わりって感じが色んな意味で強くて、さ」
どこか遠い目をする仁志を見てエルフナインとヴェイグは察するのだ。きっと何か悲しい事があるのだろうと。
仁志を見れない翼達も声からその雰囲気を感じ取り、これまで見てきた映画のような明るいだけではない結末なのだろうと予想した。
「ただまぁ、それだからこそラストシーンは感動するんだよ。特にセレナやエルは泣くかもしれないな」
「そ、そんなに辛いんですか?」
「エル、涙にも種類があるのは知ってるだろ? 悲しい時だけじゃなく嬉しい時にも人は涙を流す。ちなみに俺はラストシーンで嬉しい涙を流した。ただ、色々考えると複雑になるシーンではあるんだけど」
いつものお約束である仁志の気になる説明であった。
「ししょぉ、どうしてくれるデスかぁ」
「何が?」
「今度の鑑賞会はクウガの続きって思ってたデスのに、今のですっごくゴジラが気になるデスよぉ」
「そっか。なら、もっと気になる作品の話をしてやろうか?」
「ああっ! ししょーが悪魔デース! でっ? でっ? どんなやつデスかね?」
嬉しそうに、楽しそうに切歌がそう言うと周囲も笑う。仁志も笑った。
そこへシャワーから上がったTシャツ姿の奏が現れたのだ。
バスタオルで髪を拭きながらの彼女の登場に仁志は思わず見惚れた。
「何々? 何の話してんの?」
「あっ、奏さん。仁志さんがまた気になる話をしてきて」
「切ちゃんがそれが何なのか気になっちゃってるんです」
「へぇ、仁志先輩、あたしにも教えてよ」
「へ……? っ! あ、ああ……」
仁志が奏に見惚れたのは何も彼女が湯上りだからだけではない。今仁志は布団に横になっている。つまり、視点が低いのだ。
そこへ奏が現れたのだが、この時の彼女は替えの下着を持っていなかったため水着ギアを展開していた。よって、それを見られる事をさして問題と思っていなかった。
結果、一種下着姿でうろついているようにも思え、うつ伏せだった仁志はそのまま布団から出る事が難しい状態となってしまっていたのである。
「というか、いつまで布団の中にいるのさ? 目を覚ましたならちゃんと起きなよ」
「あー、うん。分かってるんだけどな。もう少しだけこのままでいさせて欲しい」
「奏、仁志さんは今日運転をして疲れてるんだよ? 少しぐらい自堕落にさせてあげよう?」
「……ま、そう言われると仕方ないか。でも、程々にね?」
「了解」
こうして仁志は最大の危機を何とか乗り切った。
更に彼は己の思考をスケベなものから脱却するべく話へと集中する。
そこで彼が話したのは“聖闘士星矢”だった。何せシンフォギアがこれに似ている部分があるため、聞いている響達もギアとの類似性に気付いて関心を寄せたのだ。
特に彼女達が興味を引いたのは
「あたしらで言うフォニックゲインみてぇだな」
「ああ、しかも誰しもが内に秘めている力とは……」
「本当に似てますね。しかもしかも、着てるギアみたいな……クロスでしたっけ?」
「そう。聖に衣と書いて
「土壇場でコスモを高めればブロンズがゴールドを越える事もある、だろ? いいじゃん、そういうの。あたし好きだよ」
一世を風靡した大人気漫画だけあり、その話は響達の興味を惹いた。
もっと言えば、自分達の使っているギアに近しいところもあるのも大きい。
「星座をモチーフにしているのよね。それも中々ロマンティックじゃない」
「最強のゴールドは黄道十二星座ですし、相手も神話の神だったりするのなら、人対神でもある訳ですね」
エルフナインの言葉に仁志は頷き、ゆっくりと布団から起き出して伸びをした。
ようやく彼女達の前に姿を見せても大丈夫となったのである。
「ん~……っはぁ。もし興味があるなら切歌に頼んでアニメを借りて見るといいよ。漫画でもいいけど……」
「全員が見るのには適してないものね」
「そういう事。俺の話だけでもそれなりに分かるし面白いと思ってくれるだろうけど、実際に絵や映像で見て欲しいな。聖衣のカッコよさとか技の派手さなんかは」
「ししょーは見た事あるデスか?」
「あるよ。ジャンプ漫画の名作は男だったら多少なりとも触れるものだと思うし」
「「「「「「「「「「「じゃんぷまんが?」」」」」」」」」」」
全員の反応に仁志は小さく苦笑する。最早お決まりの流れとも言えるものだったからだ。
(ホント、こういうのが平和って言うんだろうな……)
自分の発言の説明をしながら仁志は思う。こういう日々をいつまでも送れたらいいのに、と。
叶ってはいけない願いを胸に彼は笑う。守り続けたい十一もの笑顔を見つめながら……。
八月も終わりが近付き、深夜の人の動きもどことなく普段のそれに近付いてきてる気がする。
そんな中であたしは仁志と二人で店の外にいた。何もサボりじゃない。仁志は灰皿の掃除であたしは倉庫というか物置の整理と確認作業をしてる。
カップ麺とか袋菓子とかで発注が多すぎた時はここへ入れてるらしいんだけど、最近はそういう事も減ってきててこの倉庫って呼ばれてる物置の使用頻度は減少傾向らしい。
「調、頑張ってるね」
「ホント助かってるよ。ちょっとギリギリな発注だけど、定番はきっちり切らさないようにしてるしね」
仁志の口調は店長としてじゃなくて個人としてのものだと思う。
「あたしの方はどう?」
「バッチリ。この調子でよろしく」
「あいよ」
ふふっ、これだけで笑みが浮かぶ。あー、いっそ仁志と二人で何か店やるのいいかも。
そうなると……喫茶店? もしくはカラオケスナックとか?
「ね、仁志」
「……何?」
若干の間と帰ってきた声で分かった。今仁志は迷ったって。勤務中だからと注意しようか否か。
でも、そこで注意しなかったって事は……ヤバッ、これだけであたし嬉しくなってくるんだけど。
「喫茶店とカラオケスナック、どっちがいい?」
そう何となしに尋ねる。けれど仁志の答えはない。ただ、小さく息を呑んだのが聞こえた。
「仁志?」
「…………出来れば喫茶店、かな。酒があるとトラブルに繋がる可能性がある」
聞こえてきた声はどこか真剣なものだった。
それがちょっと気になって、あたしは物置の扉を閉めて施錠するとそこから歩き出して仁志のいる水道へと顔を出した。
「結構本気で考えてくれてる?」
「まあ、な。冗談じゃなくて本気だったらと思ってさ」
その瞬間、あたしは思わず息を呑んだ。だってそれは、いつだったか店長になった方がいいか聞いてきた仁志へあたしが返した言葉と同じだったから。
「……そういうの、女は喜ぶって知っててやってる?」
「こういうの喜ぶのに男も女も関係ないだろ? 嬉しかったよ、あの時の奏の答えは」
そう言って仁志はこっちへ顔を向けて微笑んできた。その瞬間、あたしは抱き着きたい衝動に駆られる。
だってさ、これってあたしに言われて嬉しかったから自分もそうしたって事だろ?
そんなの、ときめかないでどうするって言うのさ!
でもそれは不味いので一旦落ち着く。で周囲をチェック。人影も人目もない、ね。
「どうした? 急に周囲を見回したりし……」
そこで仁志の言葉は途切れる。当然だ。だってあたしが口を塞いだから。
顔を離すと視界の中には仁志の驚く顔があった。意表を突かれたって顔してる。
「何やってんだよ……」
「仕方ないじゃん。したくなったんだから」
そこで仁志が大きくため息。
「……あのなぁ」
「だって、仁志があんな事言うから」
「店の中でも不味いのに外でやる奴がいるか?」
「したくなったんだからしょうがないじゃん」
あたしの目の前には呆れた顔の仁志。だけど、その顔が大きくため息を吐くとジト目でこっちを見つめてきた。
「誰かに見られたらどうするつもりだ?」
「だから確認したんじゃん」
外でキスって何だかテンション上がる。恋人って感じ、凄いからかな?
「それでか……ったく」
言って仁志は呆れながら立ち上がった。そしてあたしへ若干鋭い目を向けてきた。
「そういう事をしたかったら場所を考えてくれ。俺だって色々我慢や配慮してんだからな」
「っ……うん」
嬉しかった。仁志もあたしと同じ気持ちになる時があるんだって分かって。
「さてと、じゃあ中へ戻るぞ。ああ、それと奏、仕事終わったらちょっと付き合ってくれ」
「付き合う? ジョギング?」
店へと歩きながら問いかけると仁志は自動ドアを開けながら……
「違うよ。あの喫茶店だ。今夜はみんなでカレーだったろ? それが朝も残ってるけど、それならマリアは作る必要ないからさ。だから出かけに言っておいたんだ。俺の分の朝食はいいからって」
それが若干あたしの心をざわつかせる。何だか仁志がマリアの旦那みたい。
そのまま二人して店の中へ入って事務所へ向かう。
「だから久々にって……どうした?」
「別に」
事務所に入るとこっちへ仁志が振り向いた。そこであたしの顔を見て不思議そうに小首を傾げたので若干の苛立ちを込めて言葉を返す。
いいよいいよ。どうせあたしは愛人側さ。でも、それならそれでいい。マリアはエルやセレナっていう妹分であり子供みたいな存在がいる。
それがあんたの強みであり弱点さ。あたしは母親の顔しなくてもいいからね。女全開で仁志と接してやる。
「あのさ、一ついい?」
「何?」
「それってデート?」
あたしにとってはそこが大事。すると仁志はその問いかけに驚く事もなく苦笑した。
「そうじゃないと思うなら、今度は俺からキスしないといけないな」
そのはっきりとした言葉にあたしは思った。ああ、本当にこの人は強くなっていくんだなって。
あたしが初めて会った時と今じゃ、別人ってぐらいこの人は強くなっている。
それがあたし達のためだと思うと、正直嬉しくて心が騒ぐ。
出来る事ならあたしだけを見て欲しいって女としてのあたしは思うけど、人としてのあたしは今のように全員を笑顔にしようと頑張って欲しいって思う。
本当にもどかしい。だってどっちも本心だ。仁志には、あたしだけの仁志であって欲しくもあるし、みんなの仁志であって欲しくもあるんだから。
「……してくれてもいいよ?」
「よし、奏、仕事終わりにデートしないか? 美味い朝飯、食べに行こう」
こっちの言葉を無視するようにそう言って仁志は息を吐いた。
いいじゃん。事務所でキスしたって。あっと、監視カメラに映ってるかもしれないか。
「いいよ。勿論仁志の奢りね」
「そこは割り勘だろ」
「キスしてあげるから」
「ぐっ……な、何という交渉だ。だが俺は負けない。キスなどに負けるものか」
正直あたしも結構はずかしいけど、そう言われるなら仕方ない。もっと刺激的なの出すか。
「じゃ、食事終わりにどっかで休憩してもいいよ?」
「ていっ」
「いたっ」
思い切って誘ったらこれだよ。でもいいんだ。今のあたしは知ってるから。
仁志は本当はそういうのしたいって。あたしともっと深い関係になりたいって。
だから今はいい。でも、いつか、いつかはせめてそういう事をしたい。
あたしの中に仁志を刻んでもらって、仁志の中にあたしを刻み付けるために。
――そして、出来る事ならあたしの世界へ来てもらいたいな。旦那として、可能なら父親として、ね……。
「そうか。それで今朝はタダノが来ないんだな」
テーブルに座って昨日の残りのカレーを食べるヴェイグに私は小さく頷いた。
時刻は午前六時半を過ぎた辺り。普段ならそろそろ仁志が来るって、そう思って私も動いてる。
だけど今朝は来ない。正確には来るけどご飯はいらない。今頃奏と二人で食べてるんでしょうね。
「……ねぇヴェイグ。私って、もしかして今嫌な匂い出してる?」
何となく聞いてみた。奏へ嫉妬していると自覚しているから。
「? いや、そんな事はないぞ。まぁ優しい匂いもしてないが」
「そう……」
どうやら軽い嫉妬ぐらいではヴェイグが嫌がるような事にならないらしい。
……逆に言えば悪意がどれ程強く深い負の念か分かるわね。
「マリア、俺は最近思ってる事があるんだが」
「思ってる事?」
「ああ。その、悪意を倒した後の事だ」
その言葉に私は目を背けていた事を見せつけられたような気分になった。
「以前エルとは少し話をしたんだ。ここへのゲートは裂け目だ。あれを作ったのが悪意ならあいつを倒せばきっとなくなる。そうじゃなく依り代を与えた奴が作ったとしても、きっとなくなる可能性が高いと思う」
「そう、ね。そうだと思うわ」
ズキリと胸が痛い。だけどヴェイグが私にこれを話してくれているのは信頼しているからだ。
私なら、これを話してもいいと。受け止めて考えてくれると。
「それで、俺は思ったんだ。もしゲートを作ったのが悪意だとすれば、あいつはみんなへこう言い出すんじゃないかと。自分を倒せばゲートは消える。それでもいいのか、と」
「っ!?」
それはもっとも私が、いえ私達が目を背けている可能性だ。
倒さねばならない相手。それが切れるかもしれない最強にして最悪のカード。
それはこの世界との繋がり。もっと言えば仁志との、繋がり。
二度と会えないかもしれない。こんな事を土壇場で突きつけられて平気なのかと、私は自分へ問いかける。
「俺は正直こう言われて迷う事無く構わないとは言えない。きっとエルもだ。いや、誰も言えないんじゃないか? タダノ以外は」
「っ……仁志は言えると思うの?」
「ああ。タダノは最初から俺達と別れる事を考えてたはずだ。それに、あいつはヒーローのようになりたいと思ってる。なら、自分と俺達の世界を守り、元に戻せる事を選ぶはずだ。例え、それが自分の不幸へ繋がるとしても、みんなが笑顔になれるならそれでいいって」
「ヴェイグ……」
そうだ。仁志の好きなヒーローは、自分の手で助けたかった相手を倒して世界を平和にしたのよね。
それを大好きだと言った仁志なら、私達との別れをちらつかされてもきっと選ぶ道は一つ。
問題は、それを私達が出来るか否か。そういう意味では、私達は今や装者ではなく一人の女になっているから。
そこからヴェイグは無言でカレーを食べる事を再開した。私はそれを見つめながら言葉に困るしかない。
「……タダノは、きっとヒーローに憧れ続けているんだ。それでも、あいつはただ憧れだけで決断は下さないだろう」
スプーンをそっと置いてヴェイグはそう言いながら私を見つめた。
「あいつは、タダノはタダノとして決断を下すと思う。悪意なんかに負けるかと、そう思って」
「……そう、ね」
悪意が私達へ揺さぶりをかけても、きっと仁志はその迷いを断ち切ってくれる。
今の彼は、間違いなく私達の支えでありヒーローだから。
でも、そんな彼にしたのはきっと私達なんだと思う。私達の支えになれるようにと、そう仁志が頑張った結果が今のはずだ。
「ヴェイグ、この話は他にも?」
「いやしてない。まずはマリアにするべきだと思った」
「そう。ありがとう。出来ればまだセレナ達には」
「黙っておく。ただ、その時になるまで考えさせないのは不味いと思うぞ」
「ええ、それは分かってるわ。よく、分かってる……」
悪意を追い詰めた時にこれを言われたら確実にセレナ達は躊躇する。それが下手をすれば命取りになりかねない。
まずは翼達と話し合うべきね。全員で話してもいいけど、まずは私達年長が意見を揃えておかないと不味い気がするし。
……仁志も、その場には居てもらうべきね。
――その前に私が仁志の意見を確かめておくべきじゃないかしら? もし仁志にも迷いが見えたらみんなへも波及してしまうもの……。
うん、そうね。それは必要だわ。
――そういう理由で二人きりで会うべきよ。二回目のデートも兼ねて、ね……。
デート……か。
――聞かれたら不味いし、二人きりでカラオケとかならいいんじゃないかしら。そこで、歌ってもらいましょ。仁志に、あの歌を……。
二人きりで……仁志からラブソング……。
「マリア、どうした?」
「っ……ごめんなさい。ちょっと考え事をね」
顔が少し熱い。ダメだわ。私が浮かれてどうするのよ。
だけど、だけど仕方ないじゃない。私も、女なのよ。
惚れた男がいて、しかもその男が旦那のように思えるんだから少しぐらい女の気になってもいいじゃない。
そう私は装者の私へ言い訳する。強くも弱い私へ弱くも強い私が言葉をぶつける。
装者のマリアは強くあろうとしないといられないけど、母であり女の私はそんな事を思わないでも強くいられる。
エルやセレナ達、それに仁志がいるからだ。こうは言いたくないけれど、世界を背負っている時よりも今の方が心強くいられるもの。
「とりあえず、まずは仁志と相談してみるわ」
「ああ、それがいいと思う。タダノがはっきりと意見を決めてくれればみんなも意見を言いやすい」
「そうね」
仁志は自分の意見を押し付けない。そして他者の意見を聞こうとする。
当たり前だけど、これが意外と難しい。この辺りはやっぱり年齢なのかしら?
それとも、過去の経験……? 陽子さんを仁志が頼った事はかなり辛い出来事だったように感じたし。
――その辺りも可能だったら聞いてみよう。もっと私は仁志の事を知りたいから……。
時刻は午後九時になろうとしていた。そんな時刻に仁志はマリアと二人で駅前のカラオケの一室にいた。
夕食を食べていた時、マリアから大事な話があり誰かに聞かれる心配のない場所がいいと言われたため、ならばと仁志がここを選んだのだ。
「とりあえず適当に歌を流しておくよ」
「ええ」
ランキングを上から順番に入力するだけして仁志はマリアへと向き直る。
女性と二人きりでカラオケなど仁志の人生で初めての経験であり、若干彼は微妙な気分になっていた。
(どうせならデートとかで来たかったなぁ……)
利用時間は二時間。だがそれも話し合いが終われば終了とするためだった。
仁志は知らないのだ。マリアがこの時間をデートでもあると考えているとは。
「それで、話って?」
「その、ヴェイグが今朝……」
悪意が追い詰められた際にゲートの事をちらつかせるのではないか。その不安を聞き、仁志は深いため息を吐いた。
「やっぱりヴェイグもそこに気付いたか……」
「そう……。じゃあ、貴方も?」
「定番だからな。しかも、それが嘘かホントか誰にも分からないだろ? 余計躊躇するんだよ」
さすがに幾多もの特撮やアニメなどを見ている仁志からすればヴェイグの不安は予想の範疇だった。
彼もどこかで悪意がそういう事を言い出すのではないかと考えてはいたのである。
「じゃあ……」
「マリア、それが本当か嘘かはこの際どっちでもいい。悪意がもしそう言って君達を揺さぶるのなら、迷う事無く倒すんだ」
「でも……」
「落ち着いて考えてくれよマリア。仮に悪意がゲートを作って維持してるとする。でも、そいつがいる以上俺達はいつまで経っても前に進めないんだ。なら、悪意を倒し、その上で俺達がまた出会える方法や可能性を探す方がいい」
「分かってる。分かってるわ。それが一番いいのは。でも、惚れた男と二度と会えなくなるかもしれないというのは、思っているよりも心にくるのよ」
ヴェイグに言えなかった本音を告げるマリア。仁志にしか言えない事だったのだ。
マリアが弱さを隠す事なく見せられる相手は、今や仁志が筆頭だった。
翼や奏ではなく仁志なのは、やはり彼がマリアの隠しておきたい色々をある程度とはいえ知っているからだ。
「マリア……」
そんな弱々しいマリアの肩へ仁志はそっと手を伸ばした。置かれた手を嬉しく思ってマリアは手を重ねる。
「はっきり言うよ。俺は、今だって許されるのなら君達の誰かともっと進んだ関係になりたい。だがそれはきっと悪意に利用されると思うから踏み出さないんだ」
「私とも?」
「むしろ真っ先にそういう対象になるよ。俺だって男だぞ?」
「そ、そうね……。あの夜の貴方は、とっても、その、男だったわ」
マリアの脳内に甦る飲み会の記憶。酔った事にして行った、歌姫三人による仁志への行動。それに対して仁志は開き直ったかのように対処し、しっかりとドライディーヴァへ教えたのである。
自分は男であり、そういう欲求がない訳ではない事を。その時の力強さなどを思い返し、マリアは頬を赤らめた。
「あ、あの時だって本当はもっと過激な事をしたかったんだ」
「そう、でしょうね。だって、何度か私達の事、触ったもの」
「……事故って事にしてくれ」
「ふふっ、そうね。そうしておくわ」
少しだけ空気がピンクになった事を察知して仁志は大きくため息を吐いた。このままでは良くないと思ったのだ。
「マリア、この事はまだみんなには話してないんだろ?」
「ええ。貴方の意見を聞いてから、まず翼達としようと思って」
「…………いや、全員いっぺんにするべきだと思う」
「え?」
意外な意見だ。そう思ってマリアは仁志を見つめる。彼は真剣な表情でマリアを見つめ返した。
「出来るだけこの事は情報を知るタイミングに差を付けるべきじゃないと思うんだ。もし先に翼達だけが聞かされていて、後から自分達がとセレナ達が知れば、それは自分達が未熟で一人前として扱われていないと捉えられかねない。そこを悪意に突かれて乗っ取られる可能性がある」
「……出来る限りセレナ達も子供扱いしない?」
「それがいいと思うんだ。特に今のセレナ達はエルという妹分が出来た事で姉としての自覚を持ってる。そこには自分達は守られるだけじゃないって気持ちも少なからずあるはずだ。その自尊心を傷付けない方がいい」
仁志の意見にマリアは一理あると思って頷いた。ここはかつてバイト先で年下扱いを受けた事のある仁志ならではの気付きであった。
こうしてゲートとそれを利用した悪意からの揺さぶりに対しての対応は全員で話し合う事に決まった。
その時期もカオスビーストが最後の一体となったらと決め、ならばと仁志は帰ろうとしたのだが……
――じ、時間はあるのだし、少しだけダメかしら? その、デート、したいの。
そんな風にマリアに上目で言われてしまえば無碍にも出来ず、自分の中にあった想いとも合致するために仁志はある程度まで過ごす事に決めたのだ。
そして、そうなればマリアが仁志へこれをせがむのは当然と言えた。
「愛しているよ。上手く言えないけれど~」
“君の中の永遠”をリクエストしたのだ。たった一人で仁志のラブソングを聞く事。それにマリアは胸がいっぱいになるのを覚えていた。
(分かっているわ。これが、これが私だけへの想いじゃない事は。でも、でも今だけは、今だけはそう思ってもいいわよね? 仁志が愛しているのは私だけって、そう思ってもいいのよね?)
そうやってマリアが瞳を潤ませて自分の歌へ聴き入るのを見た仁志は……
「なっ、これ一緒に歌ってみてくれないか?」
「え?」
とある歌をガイドボーカルで流してマリアへ聞かせたのだ。その歌詞にマリアは若干呆れつつも、最後には苦笑してマイクを手にした。
「三年目の浮気ぐらい大目に見ろよ」
「開き直るその態度が気に入らないのよ~」
歌ったのはズバリ“三年目の浮気”である。直球のラブソングを歌った後でこれというその流れにマリアは呆れたものの、ある意味で自分が仁志と結婚したとも思えるからと彼の頼みを引き受けたのだった。
そうやって二曲目を歌い終わった仁志へマリアが密着する。その距離感はまさしく恋人や夫婦といったそれだ。
「マリア?」
「ダメ?」
普段であればダメと言う仁志も、今はデートでカラオケだと思って小さく苦笑すると首を横に振った。
「いや、いいよ。その、俺も嬉しいからさ」
「仁志……」
「それに、俺の場合は三年目どころか最初から浮気ばかりみたいなもんだし」
「本当ね。しかも、それが全部本気なんだから」
「馬鹿な男と笑うか?」
「笑えるものですか。だって、そんな男に恋した私も馬鹿だもの」
そこで軽くキスをするマリア。仁志はそれに照れくさそうに頬を掻いた。
その行動がマリアには少年のように見え、可愛く思って再度キスをする。と、そんな彼女を仁志は抱き締めたのだ。
「……ズルいわよ、そういうの」
「よく言うよ。逃げるどころか嫌がる素振りさえしなかったじゃないか」
「したら放してくれた?」
「放して欲しいんだとこっちが思うぐらい抵抗されればな」
「意地悪ね」
「そんな俺は嫌いか?」
「…………そこで嫌いと言えない時点で私の負けか」
「残念ながらそんな君に惚れてるから引き分けって事でどう?」
「ふふっ、いいわね」
抱き合って顔を合わせて話す二人。互いの吐息がかかる距離でのやり取りは完全に特別な男女のそれである。
この後、マリアは仁志から一曲の歌を贈られる。それは“Trust You Forever”。機動武闘伝Gガンダムの後期OPであった。
「諦めない明日を。そして振り向かない昨日を~」
ある意味で仁志の心情とも取れるそれにマリアは嬉しそうに微笑み、こうして密かなデートは終わりを迎える。
隣り合って夜の街を歩き、マリア達が暮らす平屋前まで来たところで仁志はマリアへ別れを告げようとして、その口を彼女の唇で塞がれた。
「……おやすみなさい」
「……おやすみ、マリア」
最後に優しく微笑み、マリアは家の中へと入っていく。
それを見届け、仁志は来た道を戻り始める。すると少し歩いたところで思いがけない相手と出くわす。
「あれ? ししょー?」
「切歌……」
それはバイト終わりの切歌であった。仁志もそこで時間がそういう時間だった事を思い出した。
「これから帰りデスか?」
「うん、そんなとこ。切歌もバイトお疲れ様。ゆっくり休むんだぞ?」
「はいデス。あっ、ししょーししょー、Gガン一緒に見たいデスけど、どうすればいいデスかね?」
「え? あー……」
仁志は夜勤で切歌は夕勤。互いの活動時間は通常ずれているため一緒に行動するのが難しい。
そう思った仁志は、ならばとある提案をした。それは全員で集まる日以外は毎日二話ずつ見る事。
一巻に収録されている話数が四話なのでDVD一枚を二日で見る計算になる。しかもそれなら時間にして一日一時間弱なので仁志や切歌の負担にもなり難いだろうと判断したのだ。
「見る時間は……三時からおやつでも食べながらって感じでどうだ?」
「了解デス。じゃ、さっそく今度レンタルしてくるデスよ」
「頼むな。料金は半分出すから」
「お願いするデス。じゃ、ししょー、おやすみなさいデース」
「おやすみ切歌」
元気よく手を振って仁志を見送る切歌だが、その背中が遠くなった時にふと呟く。
――それにしても、何でししょーからマリアの匂いがしたデスかね?
疑問符を浮かべながら帰宅した切歌は、いつものように一人で遅い食事を食べて気付くのだ。
(マリアからはししょーの匂いがするデス……)
仁志とマリアが密着した事を察し、切歌は一人密かに思った。
――マリア、ししょーとこっそりキスしてるデスか……。なら、アタシもししょーにお嫁さん修行してもらわないといけないデスね。調と相談して早めに行動開始デス……。
明るく能天気な切歌。その心に微かな影が出来る。恋心から始まるその影に、悪意が嬉しそうに嗤い出す。
――あははっ! いい感じに色に狂い出したわね。これなら再び種を植え付けるのも容易だわ……。
現在女としてもっとも火花を散らすマリアと奏。スタイル良し、性格良しとまさに申し分ない二人ですが、共通点は攻められると弱い事(意味深
そして悪意がやるであろう奥の手への対策会議も近く開催予定。
ただ、その前に色々とまた動きがありそうな感じですが……さて。