シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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人は慣れる生き物です。適応するんですね、色んな事に。
それは良くも悪くもです。そう、良くも悪くも……。


Just Loving X-Edge

「おおっ! 呼ぶと出てくるデスか!」

「指を鳴らすとじゃない?」

「一体どういう仕組みなのでしょう? ギャレオンはGストーンの光でしたが……」

「お花みたい……」

 

 姉さん、事件です。俺の周囲を可愛い女の子が囲んでます。

 なんて某有名ドラマのような事を思うぐらい、中々珍しい状況だ。

 時刻は午後三時半になるかならないかってぐらい。俺はどこか寝惚けた頭でモニターに映るGガンのアニメを眺めていた。

 

「タダノ、どういう原理だ?」

「え? あー……その辺は未来世紀の技術力としか言えないなぁ。多分だけど高感度センサーとかでドモンの声を拾ってるんじゃない?」

「じゃあやはり音声認識なんですね!」

「指を鳴らす意味は?」

「「カッコイイから(デス)」」

「すごーい。お兄ちゃんと切歌さんの言葉が一緒だ」

 

 思わず切歌とハイタッチ。いや、さすがは弟子と自称してくれるだけある。すっかり思考回路が俺に似てきた切歌だ。

 ただ、俺としてはその言葉を聞いて「ですよねっ!」って笑顔を浮かべてるエルに一抹の不安を覚えると共に、マリアから何か言われるのではないかという底知れぬ恐怖が込み上げてくるんだが……。

 

 そんな事を思ってる内に、モニターの中ではドモン操るシャイニングガンダムがミケロ操るネロスガンダムと戦闘を開始していた。

 で、当然のように切歌達はファイティングスーツに興味津々のようだ。エルが興味深いとばかりに目をキラキラさせている。

 

 ……これ、みんなが元の世界へ戻ったら、シミュレーターがモビルトレースシステムみたいに痛みとかをフィードバックするようになったりして。

 

「ぎ、銀色の足って強そう……」

「やっぱりみんな必殺技を持ってるデスか?」

「そうだね。基本登場するガンダムには必殺技みたいなものがあるよ」

「あっ、黄金の指って言ってる」

「いよいよか……」

 

 みんなが見つめる中、シャイニングガンダムのフェイスカバーが展開。バトルモードへと変わる。

 

「「「「「お~っ」」」」」

 

 そしてトドメのシャイニングフィンガー炸裂。その派手さに切歌とエルが興奮し、調とセレナが感嘆していた。

 それとヴェイグは小刻みに頷いていたので、どうやら興奮しているらしい。

 

「カッコイイデス! ガンダムファイト国際条約第一条っ!」

「頭部を破壊された者は失格となる、だな」

「第二条っ!」

「コクピットを攻撃してはならない」

「兄様、さすがです」

「覚えてるんだ……」

 

 尊敬の眼差しを向けてくるエルとセレナに若干照れる。こんなの、本当は褒められるような事じゃないんだがなぁ。

 

「まぁ。ちなみにこの条約、第七条まであるんだよ」

「そうなんだ。じゃ、最後は何?」

「地球がリングだ。それと、さっき二人が掛け合いをしただろ? あれがガンダムファイト開始の国際ルールなんだよ」

「「「「「へぇ……」」」」」

 

 ホント、こんな日が来るとはな。オタ用語やアニメや特撮などの設定を話しただけで周囲から尊敬や感心されるとか考えた事さえなかったよ。

 

 そして続いて二話目。そこで登場するは今後ドモンのライバルとなり、頼もしい仲間でもあるチボデー・クロケットだ。

 

「な、何だか派手なキャラデス……」

「アメリカってものを誇張してる感じ?」

「ま、実際そういう面もあると思うよ。ネオフランス代表は騎士だしね」

「騎士って、あの重たそうな鎧を着てる?」

「この場合は称号の方かな。今も騎士の称号ってのは存在してるんだ。名誉として授けられる事があるぐらいだし」

「そうなんだ」

 

 セレナとそんな会話をしている中でも物語は進んでいく。

 というか、セレナは偉いなぁ。俺と話してる時はちゃんとこっち向くもの。

 これ、俺が同い年の頃だったら絶対モニター見てるわ。まず間違いなく絶対。

 

「ししょー、ドモンさんはあの写真の男の人を探してるんデスか?」

「うん。あの写真の男性は彼の兄なんだけどね」

「お兄さん? じゃあ、家族を探してるんだ。でも何でそれをガンダムファイターに?」

「しかも強制的に表示させていたみたいです。もしかして、それもあって必殺技が接触系なのでしょうか?」

 

 やっぱり俺とは違うなぁと改めて実感。俺はこれを見た時そんな事考えもせず、ただただカッコイイなぁとかしか思わなかった。

 でもみんなはたった一話でそれだけの事を疑問に思って、考えている。この辺りがやっぱり生きてきた環境の差な気がする。

 

 要は、頭をからっぽにして過ごす事が少なかったんだろう。

 そう思うと、俺はからっぽにし過ぎた気もするなぁ。

 

「それもあるだろうけど、さっきも言ったようにガンダムファイトは頭部を破壊すれば失格に出来る。それもあるから確実に頭部だけを狙える攻撃を繰り出してるかもしれない」

「「成程」」

「今度はエルと調さんが一緒だ……」

「仲が良いからな、エル達は」

「デスよ。今のアタシ達は前よりも仲良しデス!」

 

 輝く笑顔の切歌に俺は頷く。実際そう思う。この家で暮らすようになって、マリア達は本当に家族の様になっていると。

 本来の世界では切歌と調は寮生活で、マリアはアーティストとしての仕事があったからずっと一緒とはいかなかったし、エルなんてそもそも本部から外へ出る事も稀だったはずだ。

 何よりセレナは世界が違う。ヴェイグなどは人間嫌いだから常にセレナの中だったはずだ。

 

 それが、ここでは全て関係ない。同じ空間で寝起きを共にし、支え合って寄り添って生きている。

 元々仲が良かっただろうけど、それがより深まったのはやっぱりエルを妹として扱うようになったからじゃないかと思う。

 

「切歌お姉ちゃん、これもガガガと同じ話数ですか?」

「そうデスね……それぐらいありました」

「一日二話。まるでガガガの時みたいだね」

「本当ですね。でも、寝る前じゃないから少しは大きな声出してもいいですよね?」

「はい、いいと思います。それに、今日は姉様がいませんし」

「大丈夫だよエル。仁志さんがいるから、マリアがいても何とかしてくれるはず」

「おいおい」

 

 調の言葉に若干慌てる。正直母親モードのマリアの相手は俺だって苦手だ。

 って、これ完全に父親の扱いだよな。まぁ俺は別に父さんに母さんの相手を頼んだ事はないけど。

 

 ……今日辺り、電話、してみるか。この時間だと……無理だと思うので夕食後だな。

 

 そんな事を考えつつ、俺は膝の上に乗ったエルの頭を撫でながらモニターを見つめる。

 シャイニングガンダムとガンダムマックスターの戦いは熱いよな。

 そしてその再戦がまた熱いんだけど、まだ当分先だからなぁ……。

 

「おおっ! 肩のパーツがグローブになったデス!」

「ボクサーみたい……」

「チボデーさんの専用機らしいガンダムです!」

 

 装甲を外して軽量化すると一気に外見がボクサーらしくなるマックスター。

 その姿に切歌達が反応する。と、そっと俺の腕へ感じる温もりがあった。

 

「師匠? どうかした?」

 

 目を動かせば調がこっそりと俺の腕へ自分の腕を絡めていた。

 何というか、年齢以上に大人の女っぽい行動を取る子だな、この子。

 

「いや、別に」

「……そう」

 

 まぁ今はいいか。そう思って不問に処すと調が小さく驚いた後で嬉しそうに微笑んだ。

 本当にこの子の潜在的色気は凄い。本気で成人したら男を惑わすような女性になるんじゃなかろうか?

 

 そうやってGガンを見終える辺りで調はそっと腕を離して何食わぬ顔で立ち上がった。

 

「じゃ、そろそろご飯の支度を始めるよセレナ」

「はい」

「頑張れよセレナ」

「調お姉ちゃん、僕も手伝います」

「ありがとう。じゃ、まずは手を洗おうか」

「「はーい」」

 

 本当にもう小さなお母さんだ。で、切歌はDVDを取り出してこっちへ振り向く。

 

「ししょー、次はドラゴンガンダムって言ってたデスけど」

「ネオチャイナのガンダムだな」

「強いんデスか?」

「それは次回を見てのお楽しみ」

「ううっ、ししょーらしいデス。じゃ、じゃあじゃあ、別の事を教えてもらうデスよ」

 

 そう言うと切歌はチラリと視線を動かしてからこっちへ目を向けた。

 

「し、ししょー? えっと、デスね。お、大人のキスってどういうのデスか?」

 

 まさかの質問だ。というか、今の視線の動きはエル達への配慮、なんだろうか?

 

「知ってどうするんだ?」

「で、出来れば実戦をしたいデス」

「実践、ね……」

「デス。ししょー、教えてくださいデス。お嫁さん修行デス」

 

 どうしたものかと思って視線を動かせば、既にヴェイグはクッションへ身を委ねて睡眠体勢。

 台所へ目をやれば、調を中心に可愛らしいコックさん達が冷蔵庫から材料を取り出して楽しげに会話中。

 

「し、ししょぉ……ダメ、デスか?」

 

 で、視線を戻せば可愛い弟子が気弱そうな顔。

 さすがにディープキスなんて俺も経験がないし、あったとしても教えるつもりは……ない。

 

 だからと言ってここでデコピンってのも、大人の女性として自覚を持ち始めた切歌の自尊心を傷つけるかもしれない、か。

 

 なのでとりあえず知識だけは教える事に。

 舌を絡めるキスだと言うと、切歌は想像したけど理解出来なかったらしくて、頭の上に?マークを沢山浮かべているような顔で「よく分からないデス」と言ってきた。

 

 仕方ないので指を使って実演……でいいのか? ま、やってみせる事に。

 

 すると切歌の顔がみるみる赤くなっていくではないか。最終的には熟れた林檎みたいになってモジモジとしたので指の動きを停止させる。

 

「し、ししょー? 大人って、そんなキスするデスか?」

「正確には特別な関係や愛し合ってるって言葉がつく人達だろうけどな」

 

 男女と言いたいが、昨今の情勢ではそういうの言うと色々と怖いので自重する。

 と、そこで思い出す。クリスは俺に男らしくないとか言ってたなって。もしかして、みんなの世界じゃ意外とそういう事におおらかなんだろうか?

 

 だとしたら、そっちの世界の方がいいなぁ。男らしさも女らしさも差別だなんだと言われるより数倍マシな世の中だよ。

 

「な、ナルホド……。な、ならアタシとししょーもしていいデスかね?」

 

 赤い顔でこっちへ詰め寄ってくる切歌。何というか、可愛いよな、ホント。

 でも……

 

「ダメ」

「むぎゅ?」

 

 両手で両頬を押さえ付けると、切歌が可愛いマスコットみたいな声を出した。

 さすがにディープキスは、出来る出来ないじゃなくてしてはいけないと思うんだ。

 したいかしたくないかで言えば…………まぁしたくはあるけどさ。

 

「切歌? もう一つ教えておくぞ? 大人のキスは、基本エロいキスだ」

 

 そう言って手を離す。切歌は頬を撫でるように触りながら顔の赤みを増すと……

 

「ば、バッチこいデス……」

 

 と言ったので今度はデコピン。痛みに額をスリスリする切歌へため息を吐きつつ、俺は複雑な心境となる。

 

 切歌がキスに前のめりな感じがするからだ。昨夜会った時はそうでもなかったのに、どうしたんだろうか?

 

「切歌、その、こんな事は言いたくないけど、キスとかってそう簡単に」

「少しでもししょーとイチャイチャしたいデス。その、アタシも大人の女デスから」

 

 俺の言葉を遮り、切歌はそうはっきりと言い切った。

 その表情には、今まで見てこなかった切歌の女性としての強さや決意みたいなものがあるように感じた。

 

「……そっか」

「デス。あっ、ししょーししょー、こっちに来て欲しいデス」

 

 そう言って切歌は立ち上がると居間の奥へ、押入れの前まで移動した。

 一体なんだろうと思って俺もそちらへ移動する。

 

「何だ? 何か見せてくれるのか?」

「見せると言うかデスね? えっと……」

 

 ちょんと目の前に座り、切歌は腕を俺の首へ回す。これって……

 

「切歌、ダメって言ったよな?」

「ふ、普通のキスも、ダメ、デスか? アタシ、ししょーとキス、したいデス」

 

 ……こっちの理性をガツンと揺るがす一撃だった。ここで普通のならいいかと思う俺は、やっぱりまだ大人になれていないんだろうな。

 

 そう思いながら俺は切歌のおねだりに屈した。

 

 余談だが、切歌とのキスは若干甘かった。多分おやつとして食べたキャラメルコーンの味だと思う。

 

 

 

「じゃ、後はしばらく煮えるまで注意してお鍋を見ててくれる? 大丈夫だとは思うけど」

「「はーい」」

 

 セレナとエルに煮物の番をお願いしたところで私は居間へと視線を向ける。

 やっぱり見えるところに切ちゃんも仁志さんもいない。きっと押入れ前へ切ちゃんが誘導したんだ。

 

 そう思ってると切ちゃんが見えるところへ現れた。で、こっちを見て小さく頷く。

 作戦成功、だね。じゃあ、次は私の番だ。

 

「切ちゃん、どうだった?」

「ど、ドキドキするデスね。お家の中で隠れてするキスは、大人な感じデス」

「そっか。じゃ、二人をお願い」

「了解デスよ」

 

 セレナとエルが私の邪魔をしないようにそれとなく切ちゃんに見張ってもらう。

 さっきまでの私がそうだったように、ね。

 

「師匠」

 

 居間へ移動すると押入れ前で天井を見上げてる仁志さんを発見。

 多分切ちゃんとキスしたからだと思う。

 

「調? どうかした?」

 

 それでもそういう事があったって見せないようにする辺り、本当に仁志さんは大人だと思う。

 でも、駄目。私と切ちゃんは情報を共有しているんだもん。そう、マリアと昨日の夜大事な話って言ってデートしてた事は既に知ってるんだ。

 

「大事な話がある」

「大事な?」

「そう。師匠にしか言えない大事な話」

 

 場所を移動されないように私は少しだけ急いで仁志さんの前へ移動。

 で、そこへ座って向かい合う。

 

「師匠、お嫁さん修行して」

「……それか」

「手始めに大人のき」

「ちょい待った」

 

 何だろう? 切ちゃんとした事のはずなのに仁志さんがストップをかけてきた。

 

「えっと……調? 君、もしかして切歌と示し合わせてないか?」

「クスッ、そうだとしたらどうするの?」

 

 ちょっとだけ仁志さんを脅かすように笑うと、その顔が面白いぐらい変化した。

 最初はギョッとした感じで、次は苦い物を食べたみたいに。そこから困った顔になって、最後はガクッと項垂れた。

 

「怖いから止めてくれないか? 正直君らのコンビは色んな意味で恐ろしいんだ」

「いいよ。大人のキスしてくれたら」

「ていっ」

「いたっ」

 

 余裕ある大人の女性をイメージして喋ってたら仁志さんからチョップされた。

 

「まったく、調子に乗るんじゃない。その、気持ちは嬉しいけど」

「うん」

「そういう事は、そんな頻繁に」

「切ちゃんとしたのに私とはしてくれないんだ」

 

 その瞬間、仁志さんが息を呑んだ。ごめんなさい。でも、私だって好きな人とイチャイチャしたいから。

 こういう言い方をしたら仁志さんがどう思うか分かる。それでも、それでも一緒にいたい。

 

「……調、君はきっと賢いから分かって言ってるとは思うけど」

「ズルいと思う。でも、マリアとデートしてキスしたならこう思って当然だと思って」

 

 はっきり言うと仁志さんが驚いた顔をして、それから観念するみたいに息を吐いた。

 

「……そんな事まで見抜かれるのか。女はいくつになっても女とはよく言ったものだよ。ホント、脱帽だ」

 

 そうどこか疲れた声で言って、仁志さんは私の目をしっかり見つめてきた。

 その表情は真剣で、あのキスをしてくれた時よりも胸が高鳴る。

 

「大人のキスは無理だけど……」

「ぁ……」

 

 仁志さんの腕が私を抱き寄せる。見上げればそこには仁志さんの顔。

 

「んっ……」

 

 優しい、触れるだけのキス。それでも、私にはとっても嬉しい。

 触れ合う事って、こんなに幸せになれるんだって、そう思うぐらいだ。

 

 だから離れる時がとっても寂しい。辛い。

 

「仁志さん、離れたくない」

「調……」

「どうしよう? キスしてもらった時はそれだけで良かったのに、今の私、抱き締め続けてくれないとヤダ」

 

 そう言うと仁志さんが急に苦笑した。

 

「何と言うか、ここまで同じだと感心するよ。切歌もさっき同じような事を言ってくれたから」

「切ちゃんも?」

「ああ。うん、なら同じ答えを返す。俺だって寂しいよ。それに辛いさ。だけど、ずっと抱き合っていたら、キスしてたらそれが当たり前になって嬉しさも幸せもなくなっちゃうんだ。そう思えば、少しだけこの寂しさや辛さを受け入れられないか?」

 

 今のが当たり前になる……。

 ずっとキスして、ずっと抱き合って、それって凄く嬉しくて幸せだ。

 でも、仁志さんの言うように、そう思っていられるのも途中までかもしれない。

 だって、今嬉しかったり寂しかったりするのは当たり前じゃないからだから。

 

「……うん、分かった。師匠の言う通りだと思う」

「ここで師匠呼びに戻るのか……」

「だって、今のとっても師匠みたいだった」

 

 教えって感じがしたし、実際私も納得出来た。やっぱり師匠は凄い。

 

「なら良かったよ。じゃ、そろそろ俺も軽くもう一眠りさせてもらおうかな」

 

 そう言って仁志さんはマリアの布団へと横になると、耳栓とアイマスクを装着した。

 そのまま見つめていると、やがて仁志さんから寝息が聞こえ始める。

 ふふっ、何だか奥さんになった気分。

 

「調、終わったデスか?」

「切ちゃん……」

 

 聞えた声に振り返ればそこには切ちゃん。セレナとエルはいないから、まだお鍋を見てるんだと思う。

 

「……ししょー、寝たデスか」

「うん」

 

 言いながら切ちゃんが隣に座る。二人で眠る仁志さんを少し見つめた。

 

「大人のキス、してくれなかったデス」

「私もダメだった」

「調もデスか。じゃあ、しょうがないデスね」

 

 そう言ってる切ちゃんの顔は笑ってる。私も、笑ってる。

 

「ししょーは、やっぱり大人デスよ」

「そうだね。だから余計大好きになっちゃう」

 

 私達を大事に思ってるからこそ、仁志さんはエッチな事をしないようにしてるんだと思うから。

 

 だけど、そんな仁志さんだから私や切ちゃんはエッチな事をして欲しい。

 だって、私達の事を知ってて、ちゃんと向かい合って、エッチな事をしたいのに我慢してくれるそんな強くて優しい人だから。

 

「……切ちゃん、やっぱりここじゃ無理だと思う」

「デスね。アタシもそう思うデスよ」

「じゃあ……」

「デス」

 

 揃って仁志さんを見つめて私と切ちゃんは呟く。

 

「「師匠(ししょー)の部屋で、お願いしないと……」」

 

 

 

 あのバーベキュー以来久々の日中から夜まで全員で過ごせる集まり。

 九月も半ばが見え始めた頃のそれは、その開催場所をマリア達の家の居間ではなく久々のカラオケとしていた。

 

 ただ、その雰囲気はどこか普段の様子とは違っていたが。

 

「えっと……ホントにやるの?」

 

 仁志だけがマイクを握り、他の誰もがそんな彼を見つめて笑みを浮かべていたのだ。

 

「勿論です! だって、仁志さんが自分で言ったんですからねっ!」

「ソーデスソーデス!」

「仁志、言った事の責任は取りなさい」

「そうだよ。大人で、しかも男、だろ?」

 

 そう、海へ行く際に仁志が口にした言葉。それを果たしてもらおうとしていたのである。

 即ち、仁志によるラブソングの熱唱。ただし、表向きにはそれは熱血系ロボアニメソングだ。

 

「ふふっ、仁志さん、自分で招いた結果だから受け止めた方がいいよ?」

「師匠の歌、楽しみ」

「でも、多分期待してるのとは違うんだよね?」

「ま、あの曲名じゃな」

「ゴーダンナー、ですもんね」

 

 苦笑している翼達。それでも楽しみにしている事には変わりない。

 

「これは本編映像はなさそうです」

「そうか。残念だな」

 

 エルフナインとヴェイグは仁志に言われたようにデンモクで曲を入れるだけである。

 ただ、エルフナインに仁志はある事を頼んでいた。それが意味する事を彼女が気付くはずもなく、画面に“神魂合体ゴーダンナー”の文字が表示される。

 

 流れる音楽を聞きながら仁志は意を決して歌い出す。

 

 歌詞はまさしく王道のスーパーロボットソングであり、途中には技名が入り、最後にはタイトルを歌うという定番中の定番。

 切歌はその技名に反応し、調を小さく苦笑させる。響は仁志のアクションからきっと打撃技と察して、その意見に未来やクリスが呆れながらも笑った。

 

「ラブソング、ね。たしかに歌詞は愛を歌っているけど……」

「甘い感じじゃないよな」

 

 仁志らしさを感じて苦笑するマリアと奏。そんな時、二番を歌い終わった仁志が叫んだ。

 

「ドライブチェンジっ! ゴーッ!」

「ドライブチェンジっ! ゴーッ!」

 

 仁志に続いて声を出したのはエルフナイン。それに全員が驚く中、二人は声を合わせる。

 

「「ダンナー、オンッ!」」

 

 それは仁志が事前にエルフナインへ頼んでおいた仕掛けその一であった。

 切歌でさえ瞬きさせる中で仁志はここぞとばかりに叫ぶ。

 

「リボルバァァァオープンッ! ゴーダンナーッ! ツインドライブッ!!」

 

 そのまま歌へと雪崩れ込む仁志。そして誰もが気付いたのだ。

 彼が散々口にしてきたツインドライブとは、この作品で使われた表現なのだと。

 

「おー、道標は絆さ~」

「道標は絆……」

「ししょーらしい歌デスよ」

「ですね」

 

 年少組の装者三人は仁志を見つめて笑みを浮かべる。

 

「魂込めっ! フルパワーでっ!」

「ダダッ! ダダッ! ダダ~ッ!」

「響ったら……」

「ったく、こういうとこはすーぐ覚えやがる」

 

 ノリノリでサビの一部を歌う響を未来とクリスは微笑ましく見つめる。

 

「ハートブレイカーだっ! ガンガガンッ!」

「……たしかにハートブレイカーね」

「そうだね」

「うん、本当に」

 

 本人に聞こえていないのを良い事に茶化すマリア達ドライディーヴァ。

 

「ゴーダンナァァァァァッ!!」

 

 ゴーダンナーと三回繰り返し、仁志の熱唱は終わりを迎える。

 一曲だけにも関わらず、既に全力を出し切ったと言わんばかりの表情で笑みを浮かべる仁志に、響達はらしさをこれでもかと感じて笑みを浮かべて言葉をかけようとしたところで……

 

「え?」

 

 モニターに次の曲名が表示されたのだ。その曲名は……

 

「「「「「「「「「キングゲイナー・オーバー?」」」」」」」」」

 

 装者全員が疑問符を浮かべる中、仁志はニヤリと笑ってこう言うのだ。

 

「まぁ、聞いてくれよ。で、ノれるとこはノってくれると嬉しい」

 

 どういう事だと思いながらも響達装者九人は仁志の歌を聞く事にする。

 モニターに表示される歌詞を見ながら本編映像であるアニメに感心したり、あるいは笑ったりとしていた。

 

 だが、徐々に彼女達は気付いていく。これも仁志なりのラブソングである事に。

 

「愛と勇気は言葉ぁぁぁっ! 感じられれば力ぁぁぁぁぁっ!」

 

 ストレートに愛を歌うのではなく、熱いメッセージとして歌う事。それが仁志なりのラブソングなのだと、そう響達は思った。

 さて、二曲連続で熱血系の歌を歌った仁志だが、まだ終わりじゃないとばかりに視線をエルフナイン達へと向けて小さく頷く。

 

「えっ!?」

「ま、まだ歌うつもりかよっ!?」

 

 響とクリスの驚きに仁志は笑みを返して頷いた。

 

「当たり前だろ。俺のみんなへの想いは、伝えたい事は、俺が知ってる歌全部を歌ったとしても足りないぐらいなんだからな」

 

 紛れもない本音を告げる仁志。その言葉に九人の乙女は胸を騒がせ、そして心を動かす。

 ただし、それではクリスとセレナに巣食ったままの悪意の種は砕けない。

 

 むしろ……

 

――みんな、か……。分かってるぜ仁志。今はそう言うしかねーもんな。ホントは、あたし様が一番なんだろ? だって、最初に仁志がキスしたのは、したくなったのはあたしなんだ……。

――やっぱりお兄ちゃんは優しいな。私の事をちゃんと女性って扱ってくれてる。私が眠ってなかったら、ちゃんと歳を重ねてたらキスしてもらえたのに……。

 

 仁志への想いを、恋心を栄養として悪意の種は育つのだ。

 

 恋とは心を下に書く。つまり下心がある。対して愛は心を真ん中に書く。つまり真心である。

 悪意は欲望を刺激するが、真心には、情には手を出せない。故に愛には勝てない。

 響達の中にあった悪意の種や芽。それが砕けたり枯れたりしたのは、別れを最初から意識した上での仁志の強い想いが愛となって送り込まれたためだった。

 

 ただ、クリスがキスされたのは悪意の種が植え付けられる前であり、セレナは額止まり。

 この二人は仁志から強い想いを送られていないのだ。

 蕾を付けたままのクリスと、芽を出して蕾へと近付くセレナ。それに仁志どころかヴェイグさえも気付く事はない。

 

――いいわ。その調子でどんどん欲望を深めなさい。初めて惚れた男なのよ? その手を伸ばし、その体で求めなさいな。心のままに、ね。ふふっ……。

 

 いつでも咲く事が可能なクリスともう蕾が間近なセレナ。それでも表面上はそんな事を気付かれるような事はなく、二人は二人のままで居続ける。

 

「ハートをみ~がくっきゃないっ!」

 

 仁志の三曲目はその名もずばり“ハートを磨くっきゃない”だ。“飛べ!イサミ”というアニメのOPである。

 

 その今までの二曲とは異なる雰囲気の歌に響達は心をときめかせる。

 それは、男が女へ惚れる内容の歌だったのだから。

 

「あいつに届かない光じゃ悔しいから~」

 

 歌われる“あいつ”を自分だと思いながら響達はその歌に聴き入った。

 すると、ここで微かな、だけども確かな反応が起きる。

 

(胸が……あったけぇ……気がする……)

(お兄ちゃんの歌が……心に響くような気がする……)

 

 それまでの二曲は仁志が熱血全開で楽しんで歌っていた。だが、今回はそうではなくその場にいる全員へ届くように歌っていたのだ。

 それはいつかの“鋼のレジスタンス”と似ている心の動き。歌の力を届けるような、そんな気持ちで歌われる一種のラブソングがクリスとセレナの心を揺らす。

 

――ば、馬鹿な……。歌が、歌ごときが悪意の種を破壊するなんてあってたまるものですかっ!

 

 その言葉通り、仁志の歌は悪意の種を砕くどころか弱らせる事さえ出来ない。

 しかし、しっかりとクリスやセレナの心を揺さぶる事は出来たのだ。

 

「初めて一途にこの胸が、熱いよ~っ!」

 

 響に始まり、クリス、翼、奏、セレナ、ヴェイグ、エルフナイン、マリア、未来、切歌に調。

 異世界からの来訪者との出会いが今の仁志を作り、支えている。

 中でもやはり自分へ女性として想いを寄せてくれている九人の装者達へ、仁志は感謝と決意を込めて歌った。

 

「仁志……今の、その……さ」

「お兄ちゃんなりの、ラブソング、だよね?」

 

 その問いかけに仁志は少しだけ気恥ずかしさを見せるも、すぐにそれを消して頷いてみせた。

 

「ああ、そうだよ。今の俺があるのは、そして今の俺を支えてくれているのは、みんなだからさ。だからそんなみんなに少しでも届くように、俺はこれからも心を鍛える。ハートを磨き続ける」

 

 ハートを磨くという言葉に、彼女達は仁志らしさを感じて笑みを浮かべる。

 何故なら彼女達は知っているからだ。仁志が自分達との触れ合いでその在り方を強くしていっている事を。

 

「何て言えばいいのかな? 俺は弱い人間だ。響と出会うまで、勝手に世の中に失望して、俺はこんなもんだと決めつけてた。だけど、違うんだな。その気になって動き出せば、ちゃんと少しは変わっていくんだ。俺は、今まで変えようとしてたと思ってただけで、そこに強い意志も気持ちもなかったんだと分かった。みんなが、俺の中に変える力を与えてくれて、それを支えてくれたんだ。こんな俺でも、誰かの役に立てるんだって、そう実感出来たから」

「仁志さん……」

 

 響の見つめる先には、照れくさそうに笑う一人の男性がいた。

 眠そうな顔をしていた彼は、今やしっかりとした生気あふれる顔をしていた。優しげな眼差しはそのままに、そこへ確かな意思の輝きを宿していた。

 

「俺の世界とみんなの世界は限りなく近く限りなく遠いかもしれない。だけど、それでも俺はもう会えないなんて思わないし思うつもりもない。例えそうなるとしてもだ。だから……エル、頼む」

「はい」

 

 モニターへ曲名が表示される。映し出された文字は“HEAVEN”というもの。

 天国を意味するそれにエルフナインとヴェイグ以外が?マークを浮かべて見守る中、仁志は歌い始める。

 それは“YAT安心宇宙旅行”というアニメのOP。そしてその歌詞に全員が息を呑む。先程仁志が言った言葉の真意がそこにあったからだ。

 

「会える事より会いたい気持ち。それが大事」

 

 歌われる内容がまさしく別れを迎えた後の仁志の心情にしか聞こえない歌。それに誰もが黙って耳を傾ける。

 

 ラブソングであるが、どちらかと言えば決意表明にも近いそれに悪意さえも狼狽え始める。

 

――そんな、この男は、二度と会えなくなっても構わないとでも言うの? ゲートを失おうと、世界の壁に阻まれても受け入れると、そう言うつもりなの!?

 

 強さは愛だと、そう仁志の好きな歌は歌う。ならば、こうも言える。愛は強さだ。

 今の仁志は紛れもなく強くあった。強くなるのではなく強くある。強くなければならない時に強くなれるのが今の彼であった。

 

「せーかいが、終わるとしても、二人の愛だけは残るだろう! マイラ~ブ!」

 

 二人と歌うが、それはそのままの意味で仁志は歌っていないと誰もが分かっていた。

 特に彼を女性として想っている九人は。

 

(仁志さんは、何があっても私との時間は、思い出は消えないって言ってる。そして、絶対に会おうとする気持ちを無くさないって)

(ここまで力強いラブソングなんて……。仁志さん、貴方は本当に環境にその器を適応させていくんだね。……私も、そんな貴方に相応しい心でいたい……)

(何だよ……仁志は、あたしと会えなくなっても諦めないってか? だからあたしにも同じ気持ちでいてくれてって、そういう事かよ? ……どう、しちまったんだろうな、あたし。前だったら一緒の気持ちになれたはずなのに、仁志と同じ視点になれたはずなのに……)

(もうっ! 甘い愛を歌う事なんてないと思ったけど、こんな事ある? 仁志、貴方は今自分が何をしてるか分かってないんでしょうね。貴方は私達にこう言ってるのよ? 何があっても俺はこの絆を終わらせない。必ず私達と再会してみせるって)

(ししょー、カッコイイデスよ……。どんな時も諦めない事がヒーローの条件デスよね? じゃあ、やっぱりししょーはヒーローデス。少なくても、アタシにとっては一番のヒーローなのデスよ!)

(子供のような、だけど大人のようなそんな愛。きっとそれが仁志さん。私も、そんな風になりたい。真っ直ぐ、世界相手にも立ち向かえる、そんな心に……)

(ホント、どうしようかな? 只野さんに私達の世界へ来てくださいって説得しようと思ってたけど、こんな熱くて強い気持ちを聞かされたら、それを信じて待ってもいいかなって、そう思えてきちゃう……)

(迎えに行くって、そういやあの誕生会でも歌ってたっけ。仁志、あんたってホント罪な男だよ。もし仮にあたしは仁志に振られたら次の恋、見つけられる気がしないんだけど? どう責任取ってくれるんだ?)

(お兄ちゃんは、どうあっても私の世界に来てくれないって事? 会いに来てはくれるけど一緒に暮らしてはくれないって事? そんなの、そんなのやだ……)

 

 ほとんどが喜びや嬉しさを抱く中、クリスとセレナだけがそうならず心を沈ませる。

 その心に巣食った悪意の種が本来前向きになるはずの言葉を、想いを歪めてしまっているためだ。

 

 響達が上向く中でクリスとセレナだけが下を向く。

 それに仁志が気付く。彼は彼女達全員をちゃんと見ていたからだ。

 

(クリス? セレナも……何で俯いてるんだ?)

 

 歌い終わった時も二人は顔を上げる事無く沈むように俯いていた。

 それを見た仁志はクリスはともかく、セレナに関しては心当たりがあるためにどうしたものかと内心で考え始めた。

 

(やっぱり、俺がどこかで子供扱いしてるのを気にしてるんだろうか。あとは、自分だけギアの追加がなかった事も尾を引いてるだろうし……。クリスの方は、近くデートをする時に探りを入れよう。多分だけど、クリスは寂しがり屋だし俺のために夢を捨ててまでも一緒にいようと言ってくれたから、その辺りが理由だろうしな)

 

 仁志は考えをまとめると、手にしていたマイクを置いてそれとなくエルフナインとセレナの間へと座った。

 

「さてと、じゃあここからはみんなに歌ってもらおうかな? 切歌を通じて色々と聞いてる事は知ってるんだぞ?」

「なら早速歌いますか。翼、やるよ」

「うん」

 

 奏が何かの曲を入力するやツヴァイウィングが揃ってマイクを手にして立ち上がる。

 表示される曲名は“ウルトラマンガイア”だった。

 

「あっ、ガイアデス!」

「やっぱり迫力あるね、あの着地」

 

 流れる映像にテンションを上げる切歌と調。そんな中、仁志はそっとセレナへ顔を近付けて声を掛け始めた。

 

「セレナ、ちょっといいか?」

「え? 何?」

 

 不思議そうに顔を動かすセレナには、もう先程までの影はないように仁志には見えた。

 それでも、俯いていたのは事実であり現実だった。その理由を何とか探り出そうと仁志は少しだけ直球の問いかけをしてみる事にする。

 

「さっきの俺の歌、下手だったかな?」

「そんな事ないけど……?」

「そっか。ならいいんだ。セレナが俯いてたから聞くに堪えない歌だったのかなって不安になってさ」

 

 やや安堵するような仁志の言葉にセレナは戸惑いと躊躇いを見せる。

 自分の胸の内を打ち明けるべきか否か。抱いている不安や疑問を告げるべきか否かを。

 

「えっと、あのねお兄ちゃん」

「うん」

「その、教えて欲しい事があるんだけど……いい?」

「いいよ。じゃ、ここじゃ何だからドリンクのお代わりを取りに行きがてら外で話そう」

「……うん」

 

 仁志は自分のコップを手に取り、中身の緑茶を飲み干していく。セレナもオレンジジュースを飲み干していき、二人は揃ってコップを手に部屋を出た。

 

「それで、何を教えて欲しいんだ?」

「……私がお兄ちゃんのお嫁さんになったら、一緒に私の世界へ来てくれる?」

 

 その問いかけで仁志はやはりと思って心の中でため息を吐いた。

 セレナが何を考えてあのデートから自分との触れ合い方を変えたのか。その理由を全て察したのである。

 

「セレナは、自分なら俺と別れる事はないって思うのかい?」

「うん。私はお兄ちゃんの事大好きだもん。ケンカしても絶対仲直り出来るよ」

 

 純真無垢に言い切るセレナに仁志はどうしたものかと答えに詰まる。

 何せ否定する事はセレナの事を否定する事にもなるからだ。

 だからと言って否定しない訳にもいかない。何故なら世の中に絶対はない。

 それをセレナを傷付けずにどうやって伝えるべきか。仁志はその方法を考えた。

 

「お兄ちゃん、私が大人になったら、大人だったらあの時、ちゃんとキスしてくれた?」

 

 だが、そんな彼へセレナは更なる質問を重ねるのだ。

 その裏にある想いと理由に仁志は不味いと直感的に感じた。

 セレナは焦っていると、そう察したのである。早く大人になりたいと。

 初めての恋心があまりにも普通ではない状況と相手である事もあり、セレナの精神は不安定になっているのだろうと。

 

 まさかそこに悪意による干渉があるとは仁志も気付けるはずもなく、それでも仁志は今にも泣きそうなセレナの目線の高さへしゃがむと、その細い肩へ優しく手を乗せた。

 

「セレナ、まずは時間をくれないか? 一つずつ丁寧に質問に答えさせて欲しいんだ。その、俺もあっさり答えが出せるものじゃないからさ。な?」

「……うん」

「ありがとう。それと、これだけは分かって欲しい。俺は決してセレナ達と別れる事になっても構わないなんて思ってないって」

「…………分かった。お兄ちゃんは、何があっても会いに来てくれるんだもんね」

「ああ、約束する」

 

 儚いながらも笑みを見せたセレナへ仁志は安堵するように笑みを返す。

 その後二人は互いに飲み物を混ぜて相手へ渡すという遊びをしてから部屋へと戻った。

 

 ちなみにセレナが混ぜたのはオレンジジュースとコーラ。仁志はピーチソーダにカルピスというどちらも不味くはない物で、セレナから少しもらったエルフナインは自分もそれをやると言う程気に入ったぐらいだった。

 

「いーま愛が、止まらない~」

 

 マリアの歌う“愛が止まらない”を聞きながら仁志は一人苦笑する。

 

(マリアまで特撮ソングを、か。何だか感慨深いなぁ)

 

 そしてその選曲はきっと切歌によるものだろうと、そこまで考えて仁志は思うのだ。

 彼女達が元の世界へ帰った時、その心の支えに自分やこの世界で知った事はなれるだろうかと。

 ヒーロー達の心を別のヒーロー達が支える事があるように、自分の存在がシンフォギア装者の心を支えられる一助になれるのか。それをぼんやりと仁志は考える。

 

「兄様、一緒に歌って欲しい歌があります」

「何だ?」

 

 そこへ聞こえてきた可愛い娘のようなエルフナインの言葉に仁志の思考は切り替わる。

 一瞬にして父親モードとなった彼へエルフナインは嬉々としてデンモクの画面を見せたのだ。

 

「これです!」

「……Giant Stepか」

 

 仮面ライダーフォーゼの挿入歌である。それも男女で歌うものだ。

 

「いいよ。男性パートは任せろ」

「お願いします!」

 

 そうして行われたエルフナインとのデュエットは周囲から嫉妬を向けられる事もなく、むしろ微笑ましささえ感じさせる事となる。

 

「立ち止まったら」

「そこからじゃなきゃ」

「「見えない景色~」」

 

 それはまるで父親と一緒に歌う幼い少女。そんな心和ますデュエットの後は奏がマイクを握る。

 

「みんなで盛り上がるよっ!」

 

 流れるは“JUST LIVE MORE”だ。

 仁志達既に知っている者達が入れる合いの手を聞き、切歌達もすぐに覚えて参加する流れは、まさしくこれまでのこの曲定番の流れと言えた。

 

「今と言う!」

「「「「「「「「「「「Wow!」」」」」」」」」」」

「風はっ!」

「「「「「「「「「「「Wow!」」」」」」」」」」」

 

 全員がテンション高くノリノリとなっての一体感に自然と笑みが零れる。

 沈みがちだったクリスやセレナの心も明るくなるそれに悪意は正直舌を巻く思いだった。

 

――たったこれだけで持ち直すの? 歌を歌うだけで? 本当に分からないわ……。

 

 ただもう歌で悪意の種が影響を受ける事はないと分かっているからか、どこか余裕を感じられるような雰囲気ではあったが。

 

 根本的解決にはならないが、仲間と過ごす楽しい時間というものは思った以上にクリスやセレナには大きな力となるのだ。

 何せ、装者達は皆多かれ少なかれその心の内に寂しさを抱えている。特に今などは惚れた男が出来た事もあり、その彼と過ごせない事がそれなりの寂しさとなっているのだから。

 

 その寂しさを埋める、忘れさせてくれるのが全員で過ごす時間であり、楽しい思い出なのだ。

 

 その後も仁志が翼に覚えてもらう事も兼ねて“我が名は牙狼”を歌い、途中から翼も一緒になって歌うという展開があったり……

 

「「朝焼けに勝利の刃をかざせ~」」

「凄いわね、このがろう?」

「へへっ、マリア? これでガロって読むんだよ」

「カッコイイデスよ……」

「うん、金色でグリッターティガみたい」

 

 切歌がエルフナインと“VAMOLA!キョウリュウジャー”を歌い、仁志を中心にすぐ合いの手を大勢でやって盛り上がったり……

 

「「荒れてやるぜ今日もっ!」」

「「「「「「「「ファイヤー!」」」」」」」」

「「行くぜキョウリュウジャーっ!」」

「楽しげだな」

「ホントよ。奏まで……」

 

 セレナがヴェイグと二人で“烈車戦隊トッキュウジャー”を歌い、こちらは切歌が率先して合いの手を入れてエルフナインや調などもそれに参加し盛り上げ……

 

「「指さし確認!」」

「「「「GOGOGOGOっ!」」」」

「ノリの良い曲だな、おい」

「見た目ユニークだけど歌はとっても明るくて希望に溢れてるよねっ!」

 

 響は“ウルトラマンレオ”を歌って仁志を驚かせ、その映像や歌詞に奏達が反応し……

 

「いーまこの平和を壊しちゃいけない~。みんなの未来を壊しちゃいけない~」

「誰かが立たねばならぬ時、か……」

「何だかこれまでのウルトラマンの歌とは雰囲気違うね」

「レオは実は光の国出身じゃないんだ。そして故郷の星をあの片手がサーベルになってるマグマ星人に滅ぼされてるんだよ。この戦いは、レオが第二の故郷と思って住んでいた地球を守るために自主的に参加した最初の戦いなんだ」

 

 更に仁志からの簡単解説を聞いて、レオの設定などに翼や奏は共感する部分もあったため、その後詳しい話をねだる一幕もあった。

 

 クリスは響や未来と三人で“READY!!”を歌ってみせる。仁志がアイマスが好きだと知ったため、仲良しトリオで覚えたのである。

 

「「「スタート始まる今日のステージ」」」

「「「「「ステージ!」」」」」

「「「チェックマイクメイク一緒に、ショータイム! トライチャレンジ!」」」

「しっかりコール入れてるわね、仁志……」

「海の時は運転してたからやってなかったのか。てか切歌達がノリノリだし」

「ふふっ、可愛いね」

 

 その後を受けてマイクを握ったのは何とドライディーヴァ。

 彼女達は“自分REST@RT”を歌ったのだ。仁志が車でリクエストしたのを覚えていたため、三人で密かに覚えたのである。

 

「「「輝いた~ステージに立~てば」」」

「Foo! Foo!」

「おおっ! そうやってコール入れるデスか!」

「覚えておこう」

「お前らなぁ」

「クリスちゃんも覚えようよ。楽しいし」

「響ってば……」

 

 アイマス曲が続いたのを受け、切歌が調とセレナの三人で“SMOKY THRILL”を歌って……

 

「「「女は~天下のまわりもの~」」」

「「「可愛いなぁ……」」」

「兄様、もっと大きな声で言ってあげてください。姉さん達が喜びます」

「エル、多分だがこれは無意識だぞ」

 

 竜宮小町よろしく可愛さと色気のようなものを兼ね備えた三人に、仁志だけでなく響や未来までも思わず感想を漏らしてしまう程の完成度だった。

 

 その流れを変えるように仁志が“Anything Goes!”を歌う。そのオーズの本編映像に誰もが色々と?マークを浮かべる事に。

 

「ま~ける気しないはず~!」

「も、もしかしてこれも最終回なのかな?」

「ウィザードはそうでしたし、有り得ますデスよっ!」

「赤いオーズ、カッコイイ……」

「アンクも一緒に戦ってるんですね」

 

 さすがにオーズは映画を見た事で知っているため、全員が説明をしろとばかりに仁志へ迫った。

 そのため、仁志はきっと切歌達が本編を見たくなるだろうと思いつつ、最終回の流れを簡単に話したのだ。

 

「自分のコアメダルを使って変身させるんだ……」

「最後にはそこまでの信頼関係が出来上がってるんだね」

「熱い話と展開じゃないか」

「しかも、覚えてると思うけどオーズは変身する時にその使用メダルを叫ぶ音声が聞こえるだろ? 最終回のアンクのコアメダルのコンボだけはその声がアンクになるんだ。タカ! クジャク! コンドル! まるでアンクがオーズに宿ったかのように、さ」

 

 それを想像したのだろう。誰もが先程見た映像を思い出してそういう事なのかとばかりに納得し、そして同時に胸を押さえたのだ。

 グリードと人間。それが共に手を取り合って滅びへと立ち向かう。最初はいがみ合う事もあった二人が、最後にはその力だけでなく想いまでも合わせて。

 

「……何だか、ジーンとするなぁ」

 

 響の感想が全員の感想だった。オーズになる映司の事は映画で知っているし、アンクの事もそれである程度知っているからこそ、その結末には感慨深いものがあったのだ。

 

「正直平成ライダーはみんなに全部見て欲しいぐらいだ。クウガからジオウまで、きっと君達の心に刺さって、そして多分支えにしてくれるだろうから」

「ドライブもカッコ良かったデスし、アタシは本当にもっと時間が欲しいデスよっ!」

「それに、可能ならBLACKもちゃんと見たい。映画の変身と当時の違いを見比べたいし」

「あの変身はカッコ良かったな!」

「はい! 本当に一瞬だけバッタ怪人の姿が見えて凄かったです!」

 

 既に見た映画の記憶を思い出して切歌達が意見を述べる。

 あのバーベキューの後、切歌が見ようと思って借りてきていたのだ。

 

 オーズの映画に続いてのお祭り映画にも、やはりストーリーに雑さや粗があるものの最後の逆転劇やRXの変身などを見れた事もあり、誰もが満足していた。

 

「あー、うん。あの変身はカッコ良かったよね」

「ドライブの必殺技もカッコ良かったよな?」

「うん、あのタイヤが周囲を回転する中を高速で動き回ってキックを決めるのは凄かった」

「あたしはやっぱダブルライダーの復活だろ。オーズの時も思ったけどよ、あの二人だけ特別感が凄いっての」

「そうだよね。それと、安心感みたいなのも凄いある」

「だからこそのダブルライダー、なんでしょ?」

「うん、そういう事」

 

 そこで一段落のような空気になり、それぞれがトイレや飲み物の補充などで動き出す。

 残り時間は一時間を切ろうとしていた。

 

「兄様、一ついいですか?」

「何だい?」

「仮面ライダーは改造人間が基本ですよね。では、その寿命はどうなっているんですか?」

 

 エルフナインの疑問はある意味で当然とも言えた。

 人ならざる存在である改造人間。その寿命は、活動限界はどうなっているのかと。

 仁志はその疑問へ微かに悲しげな顔をして首を横に振った。

 

「分からない。内部のメカが老朽化してしまうのか。あるいは耐久限度を迎えてしまうのか。どちらにせよ、彼らの死は自然の生命とは大きく異なる状態になるだろうね」

「そうですか……」

「タダノ、クウガはどうだ?」

「下手をすればクウガは何万年単位で生きる可能性もあるよ」

「「え(な)っ!?」」

 

 エルフナインとヴェイグが揃って目を見開く。

 そこで仁志は話し出すのだ。第0号と呼ばれる存在を封じていた古代のクウガは棺が開けられる瞬間まで生きていた事を。

 

 つまり、そこから逆算すればクウガはアマダムの力を使う事で何千年何万年と生きる事が可能なのではないか。そう仁志は告げたのである。

 

「実は、都市伝説みたいな話なんだけど、クウガのアマダムとBLACKのキングストーンは同一なんじゃないかって考察があるんだ」

「「「「「「「「「「「ええっ!?」」」」」」」」」」」

 

 いつの間にか全員が聞いている事に軽く驚きながら仁志は話す。

 それはクウガのアマダムの色から始まり、意思によってその姿を変える能力などがRXのロボ・バイオの変化に近い事など様々だった。

 

「で、この説がもっとも有力に聞こえる情報は」

「ドキドキ、デス」

「……クウガの話がもう少し進んだら教えるよ。一種ネタバレになるんだ」

「仁志さぁ~ん!」

「ここまで来てそれはないデース!」

 

 まさかのオチに響と切歌が口を尖らせる。そんな二人に申し訳なさそうな顔をしながら、仁志はとある曲を入れた。

 

「時を超えろ! 空を駆けろっ! この星のため~っ!」

 

 “仮面ライダーBLACK”を歌う仁志。だが響達の視線は彼ではなくモニターの映像へと向けられていた。

 

「あれがバトルホッパーデスかっ!」

「思ったよりも可愛い……」

「というか、あの最初の演出何? クールじゃん!」

「イントロもあってたしかに痺れる雰囲気だったわね」

「改めて見ると、他のライダーよりも生物的な要素が多いな」

「だよな。あの腕や足のところとかそんな感じだ」

 

 本編映像は昭和の頃のもの。それは響達にとってはどうしても古さが拭えない映像だ。

 それでも、そこから感じる力のようなものは嫌いではなかった。

 特に彼女達が反応したのはラスサビ付近での初変身シーンだった。

 

「凄い気迫……」

「怒りと悲しみが目に宿ってるみたい……」

「これが初変身、か?」

「おそらくそうでしょうね。状況が仁志の話と近いもの」

 

 そんな風に感想を言い合いながら映像が終わると、仁志が複雑そうにマイクを持ったままでこう言った。

 

「あのぉ……BLACKの映像に反応してくれるのは嬉しいんだけど、何となく俺の歌が邪魔って言われてるかなって思うんで、感想はこそこそ言わないでくれると」

「大声で言った方が傷付くでしょ?」

「いや、それなら俺も歌うよりも開き直って解説に走れるし」

「それなら最初から歌うんじゃねぇ!」

「まぁまぁ、抑えてクリスちゃん」

「只野さんらしいと思って、ね?」

 

 仁志の言葉にクリスが突っかかろうとするのを両隣の響と未来が止める。

 その様子に仁志は苦笑して頬を掻いた。

 

「実際BLACKは話だけで終わらせたからさ。タマムシ怪人にバトルホッパーが操られてしまう話とか、カニ怪人に負けてライダーが特訓する話とか、ちゃんと見てもらいたい話がいくつもあるんだ」

「でも、仁志さん? それはあの映像にはないよね?」

 

 翼の苦笑交じりの指摘に仁志は無言で頷いて項垂れた。

 

「はい、私が悪うございました」

「ふふっ、だそうだぞ雪音。怒りを鎮めてくれないか?」

「別に怒ってなんかねーよ。ただ、仁志が自分の歌に自信を持たないのがちょっとな」

「うんうん。仁志さん、仁志さんの歌、私大好きですよ。ね、未来?」

「うん。只野さんって、何て言うか好きな歌を歌ってる時が分かり易いんです。楽しそうに、あるいは自分の気持ちを込めてるって感じがするから」

「そ、そう?」

「そうね。そういう意味じゃハートを磨く歌は逆に自分じゃなく私達へ届けって感じがしたわ」

「そうだね。仁志先輩ってさ、歌う時に全力なんだよな。ほら、鋼のレジスタンス、だっけ。あれの時なんか凄かったし」

 

 奏の言葉に誰もが納得するように頷いた。仁志だけがそれに照れくさそうに頭を掻く。

 何せあの時は本気で響達を奮い立たせたいと思って歌ったのだ。

 故に歌う時に上手くなど考えず、歌の力と自分の想いが伝われとばかりに叫ぶように歌ったのだから。

 

「そう言われるとちょっと自信がつくな。うん、じゃあ連続でいかせてもらっていいか?」

 

 その問いかけに全員が笑顔で頷き、ならばと仁志はみんなが気に入るだろうという理由で“GEEDの証”と“オーブの祈り”を歌った。

 

「僕が、僕らしくいるために。誰の、笑顔も曇らせない」

 

 まず最初に歌われた“GEEDの証”は、その歌詞からこれまでのウルトラマンらしくないものを感じ取った響達が首を傾げるものの、全てを歌い終わったところで仁志が簡単に告げた説明で興味を覚えた。

 それは、このジードが作られたウルトラマンという部分だ。詳しい事は避けたが、むしろ故に興味を覚えるというこれまでの流れとなったのである。

 

「せ~かいじゅうが~君をみ~つめてる~」

「「「「「二つのパワーで! 戦えウルトラマン! オ~ブ~っ!」」」」」

 

 続いての“オーブの祈り”は一転してウルトラマンらしさに溢れる歌であり、当然のように最後には響、切歌、エルフナイン、セレナまで参加。

 

 ここでも歌詞の内容から疑問を感じた響達が終わった後に仁志へ説明を求めた。

 その全員の表情に仁志は残り時間を確認し、多少はいいかと簡単に話す。

 

「えっと、オーブは色々あって自分本来の姿で戦えなくなったウルトラマンなんだ」

「自分本来の?」

「そう。で、彼はそのために他の先輩ウルトラマン達の力が封じられたカードを使って変身するんだ」

「カードを使って、デスか?」

「うん。基本形はウルトラマンとティガのカードを使って変わるスペシウムゼペリオン。光の力を借りる姿だ」

 

 言いながらスマートフォンで検索をかけ、仁志は変身シーンの動画を再生する。

 その音声を聞いて何となく理解した切歌は、当然こう仁志へ問いかけた。

 

「ししょー、それもクウガみたいに長いデスか?」

「オーブはTVも比較的短い話数で終わるよ。あっ、でもその前に見ておいた方がいい映画が最低二本ある」

 

 ここで仁志はオーブを見る前にと“ウルトラ銀河伝説”と”劇場版ウルトラマンX~きたぞ!われらのウルトラマン~”を見ておく事を勧めた。

 そうなると鑑賞会をしたいと切歌が言い出すのは当然である。ならばと、この後に見る事になったのは流れとしては必然だったのかもしれない。

 

 そうしてカラオケでの賑やかで楽しい時間は終わりを迎え、そこからは三つに分かれて動き出す事に。

 

 一つはマリア達スーパーへの買い物チーム。当然ではあるが昼食及び夕食の買い出しである。

 一つは切歌達彼女のバイト先へのレンタルチーム。これから見るための映画を借りに行くのだ。

 そして最後の一つは仁志達平屋への帰宅チーム。彼らは空調の切れた室内へ入り、速やかに冷房を作動させるという過酷な任務が課せられていた。

 

「じゃ、空調よろしく」

「分かったよ」

「ししょー、よろしくデス」

「はいはい」

 

 マリアと切歌の言葉に微妙な表情を返して仁志は歩き出すと、その後を響とクリスがついて行く。

 彼女達も帰宅組なのである。そこには乙女らしいちょっとした打算もあった。

 

「仁志さん、待ってくださいよ」

「一人で行くなっての」

「こんなに暑いんだ。なら、嫌な事はさっさと終わらせておきたいんだよ」

 

 九月へ入ってもまだ炎天下の続く世の中である。

 残暑と言うよりはむしろ猛暑と言っても差し支えない程の熱量を太陽は放ち、それが容赦なく仁志達を襲う。

 

 あの夜は腕を組んだ二人も、さすがに日中はそういう事はしない。

 それでも、その距離感は単なる知り合いではないと思わせる程近くはあったが。

 

「何だかこっちは暑さがキツイな……」

「まぁ、こっちは典型的な夏暑く冬寒いからなぁ。あと、湿度が基本的に高いからジメジメするんだ」

「あー……たしかに梅雨時期酷かったです」

「そういやそうだった。成程な、そういう事かよ」

 

 汗を流しながら歩く仁志達。だがその表情はどこか明るい。

 仁志はある意味で自分の意思を響達へ伝える事が出来たからであり、響とクリスは好きな男と一緒にいられるからである。

 

 今のような他愛ない時間さえも、終わりがちらつき始めた現在では大事な時間。その想いは三人共通であった。

 ただ、仁志はともかく響とクリスにとっては若干異なる想いも含んでいたが。

 

 平屋に到着しても辛い状況に変わりはなく、むしろ室内にこもっている熱気に三人は表情を歪める。

 窓を開けたまま空調を入れ、扇風機で中の熱気を逃がすようにしながら三人はしばし暑さの中へ身を置いた。

 

 しばらくそうして、窓を閉め切り今度は室内が冷えるのを待っていると、響の額から流れた汗が顔を伝い胸元へと落ちる。

 

「……シャワー借りてもいいですよね?」

「構わないと思うよ」

「クリスちゃん一緒に浴びる?」

「シャワーは一つだろ」

「じゃ、お湯張る?」

「「時間かかるぞ」」

 

 仁志とクリスの声が重なり、思わず響が笑い出して、それに仁志も笑いクリスも笑い出す。

 結局まず響がシャワーを浴びる事になり、次にクリス、仁志が最後となった。

 

「仁志さん」

「ん?」

「えっと、の、覗いてもいいですいたぁ!」

「馬鹿な事言ってないでさっさと汗流してきやがれっ!」

「ううっ、お尻蹴らないでよぉ……」

 

 響の尻を蹴ってクリスが風呂場へと彼女を追いやった。

 その光景に仁志は小さく苦笑する。響とクリスの仲の良さが最初に出会った頃より格段に上がっていると感じたためだ。

 

(以前だったらもっと加減してただろうな。それがないって事は逆にそれぐらいやってもいいって事だもんなぁ)

 

 そう思っている仁志の横へクリスが座る。そのまま彼女は密着するように体を彼へ押し付けた。

 クリスの大きな乳房が仁志の腕へ押し付けられて形を変える。

 

「クリス?」

「いいだろ、今ぐらい」

「い、いや、さすがに」

「好きな男にくっつくぐらい普通だろ」

 

 やや照れを浮かべた表情でそう言われてしまうと仁志としても強く出られない。

 それに嫌ではないのもあって、仁志は若干赤い顔のままクリスを受け入れる事にした。

 無言で涼しくなり始めた部屋で過ごす仁志とクリス。言葉はないものの、クリスはその体で仁志の劣情を煽る様にしている。

 

「……クリス?」

「何だよ?」

「前、俺言ったよな? そういう事されると」

「お、押し倒せばいいだろ? あたしは、そうされても構わないって言ったぞ」

 

 ぶつかる視線。嗜めようとしていた仁志と熱っぽく見上げるクリスの眼差しが絡み合う。

 やがて仁志が少しだけ眼差しを和らげてクリスへ軽くキスをした。

 

「仁志……」

「クリス、場所が悪いよ。そういう事はホテルでやれ、だな」

「っ?! そ、そこならいいのかよ?」

「まぁ。ただ行く事があるとしても当分先だけどさ」

 

 苦笑して仁志はクリスの事を見つめた。

 

「どうなるにしろ、邪魔をしてくる悪意を退治しないとエッチなんて出来ないって」

「っ……そ、そうだな」

 

 自分で誘っておいて言葉として出されると恥ずかしくなってしまう。

 そういうクリスの反応に仁志は微笑ましいものを感じて笑った。

 

「「「「ただいま(デス)っ!」」」」

「「おかえり」」

 

 まず帰宅したのは切歌率いるレンタルチーム。エルフナイン、セレナ、ヴェイグと共に切歌がレンタル用の袋を手に笑顔で帰ってきたのだ。

 

「「「「すずし~」」」」

 

 彼女達は冷房の効いた居間に入ると帽子を取って緩んだ顔を見せた。

 その様子に仁志とクリスが苦笑する。切歌達三人が完全に姉妹にしか見えなかったためだ。

 

「今響がシャワーを浴びてる。何なら切歌達は少し温い温度で風呂に入るか?」

「「「ぬるい?」」」

「その方がいいかもしれねーな。あたしがシャワー使う時に準備しといてやるよ」

「お願い。熱い湯よりはぬるま湯の方が温水プールみたいでいいと思うし」

「おう」

「温水プールデスか……。何だかあの時の水着で入ったお風呂みたいデスね」

「そうですね。何だか懐かしいなぁ」

「まだ一か月ぐらい前の事なのに、僕も懐かしいって思います」

「そういえば、前にセレナはタダノと風呂に入るのを却下されていたが、エルはどうなんだ?」

 

 扇風機の風が来る場所へクッションを移動させたヴェイグがそう問いかける。

 名前の出た二人が仁志へ顔を向けると、彼は意外と思い悩むように腕を組んでいた。

 

「うーん……エルは微妙なラインだなぁ。セレナはもう異性に裸を見せちゃいけないだろうけど、エルはまだそういう意味じゃ子供って言えるし……」

「僕は兄様なら気にしませんよ?」

「あー、うん。それは分かるんだ。でも、それはセレナも言ってたからさ」

「うん、私もお兄ちゃんなら構わないもん」

「セレナは構わないとダメデス」

「そうそう。まぁ、エルも女の子だし、止めた方がいいかなとは思う」

「残念です。でも、兄様は僕を女性として扱ってくれたと思って喜びます」

「あはは、それなら良かった」

 

 そう言ってエルフナインの頭を撫でる仁志は完全に父親のそれだった。

 そこでさっぱりした顔で響が現れる。その頭に南国風の飾りがあるので水着ギアを展開しているのだろう。

 

「あ、切歌ちゃん達だ。おかえり」

「「「「ただいま(デス)」」」」

「じゃ、次はあたしだな」

「うん、行ってらっしゃい」

 

 響と入れ替わりでクリスが居間を後にすると、仁志の膝の上へエルフナインが移動した。

 

「あっ、エル、ズルい」

「はいはい。じゃあセレナは撫でてあげるから」

「ししょー、そうなるとアタシがさびしーデス」

「仁志さーん、私も~」

「いや、響はダメでしょ」

「タダノは人気だな……」

 

 膝にエルフナイン、両側にセレナと切歌、更に響が背中にくっつき、身動きがとり辛くなる仁志を眺め、ヴェイグは扇風機の風を浴びながらのんびりとそう呟く。

 

「ヴェイグ、上に何かかけて寝た方がいいぞ。これだけ冷房が効いてる中で扇風機の風を直に浴びると風邪を引くかもしれないし」

「あっ、じゃあ僕がタオルをかけます」

 

 トタトタと動いて引き出しの中からハンドタオルを取り出すと、エルフナインはそれをヴェイグの体へとかけた。

 そのタオルを押さえるように腕を動かし、ヴェイグはエルフナインへ笑みを見せる。

 

「エル、ありがとう」

「いえ。あっ、お昼ご飯になったら起こしますね」

「おお、助かる」

 

 そんなやり取りを眺めて仁志達は笑顔を浮かべていた。

 

「和むなぁ」

「デスデス」

「ヴェイグさん、今じゃ私よりもエルと仲良しなんですよ」

「そうなんだ。でも、ちょっと分かるかも。エルちゃん、とっても素直で優しい子だもんね」

「はい。私の自慢の妹です」

 

 満面の笑顔で言い切るセレナ。もう彼女の中ではエルフナインは完全に妹なのだ。

 この数か月の生活はセレナの中で最早一時的なものではなくなりつつある。

 平和な時間。穏やかな暮らし。幸せな世界。

 これが持つ見えない毒性が元来争い事が好きではないセレナの心をすっかり染め切ってしまっていた。

 

 それに誰も気付けない。気付くはずがない。何故なら、それは多かれ少なかれ装者達全員が犯されている毒なのだから。

 

「っと、そうだ。えっと、マリア達が帰ってきたらみんなに相談したい事がある」

「「「相談?」」」

「そう。そんなに難しい事じゃないよ。それに、これは避けては通れない事だし」

 

 仁志のその言い方に響達は首を傾げる。

 やがてクリスがシャワーから出てきて、入れ替わりに切歌達三人が動き出した辺りでマリア達が帰宅。

 マリアと未来による昼食の準備が始まる中、調と翼が夕食の食材を冷蔵庫へとしまい、仁志は奏から渡されたレシートを眺めて財布から何枚かの紙幣を取り出した。

 

「これ、マリアへ渡しておいて」

「了解。マリア~」

「何?」

「これ、仁志先輩から」

「そう。悪いけどお財布にしまっておいてもらえる?」

「はいはい」

 

 やり取りだけなら完全に家族だろう。

 奏がマリアの財布へ千円札をしまっている横では、翼が調へ仁志から教わった贅沢ペペロンチーノの作り方を教えていた。

 

「と、こんな感じだ。私でも初めてで出来たから月読ならばまず失敗しないだろう」

「でも、結構材料費かかりそう……」

「何、人数分で考えればそこまででもない。何なら生パスタではなく乾麺の方を使えば手間はかかるが安く済む」

「成程。じゃあ、今度のお昼に切ちゃん達へ作ってみよう」

 

 良い事を教わったとばかりに笑う調だったが、その会話を聞いていた奏が得意満面の翼へニヤッと笑って声をかける。

 

「翼? あたしと未来、それ食べさせてもらってないんだけど?」

「っ?!」

「だよね?」

「そうですね。いつ食べたんです?」

「そ、それは……」

「そういや、いつだったか起きたらにんにくの良い匂いがしてた事あったっけ」

「じゃあ私がバイトの時に一人でお昼に食べたんですね?」

「翼、貴方ね。気持ちは分かるけどあれ結構匂うんだから」

「い、いや、失敗したらいけないと思って自分だけで試したんだ。決して独り占めしようと思った訳ではなくてだな?」

 

 しどろもどろになる翼をマリア達が苦笑しながら見つめる。

 一方、仁志達と言えば寝ているヴェイグを見つめて微笑んでいた。

 

「可愛いなぁ……」

「ま、そうだな」

「こうなるとヴェイグの一族が沢山いた頃を見てみたかったよ」

「「あ~……」」

 

 愛らしい光景が展開されていただろうと思い、響とクリスが思わず声を出した。

 二人は女性らしく可愛いものに弱い。すやすやと寝息を立てて眠るヴェイグを見て、それが沢山いる様を想像して表情を緩ませても仕方ないと言える。

 

「どこかの平行世界にヴェイグの仲間がいるといいなぁ」

「どうしてです?」

「いや、それならヴェイグが嫁さんもらえるかもしれないかなって」

「「ヴェイグ(さん)が結婚……」」

 

 響とクリスの脳裏に浮かぶのはヴェイグとそっくりな存在が白い花嫁衣装を着ているもの。

 そしてヴェイグは若干照れながら黒いタキシードを着てその横に立っているという光景だった。

 その微笑ましい想像図に二人は揃って笑みを浮かべる。

 

((どうせなら……))

 

 そしてそのままヴェイグ達が自分と仁志へと置き換わるのはある意味で当然と言えただろう。

 恋する乙女の二人。しかも今や両想いと言えなくもないのだ。

 

(只野響、かぁ……)

(た、只野クリス……か……)

 

 少しだけ赤くなった頬で二人は隣の男を見上げる。

 

「ん? どうかした?」

「「…………何でもない(です)」」

 

 以前であれば照れくささと恥ずかしさで顔を背けた二人も、今回はどこか嬉しそうに笑みを返してそう告げた。

 仁志はそんな二人に何か言う事なく、ただ何かを察して苦笑するしかない。

 

(多分自分が花嫁になる想像でもしたな?)

 

 ただ思っても口には出さない。言えば面倒な事になると思っただけではない。望まぬ方向へ話が転がるだろうと思ったのだ。

 

「上がったデース」

「あっ、姉さん達だ。おかえりなさい」

「おかえりなさい」

 

 そこへ現れる湯上り三姉妹。揃って寛ぐ格好となり、それに若干マリアが苦い顔を浮かべた。

 何せ三人揃ってもう寝間着姿だったのだ。時刻はまだ午後一時を過ぎた辺りでそういう格好には早いと思ったのである。

 

「ただいま。それで三人共? もう寝る格好なのはどうして?」

「「「この方が楽だからです(デス)(だよ)」」」

「……せめて夜まではちゃんとした格好で」

「まぁまぁ、いいじゃないかマリア。外へ出るとしたら切歌達だって着替えるよ。な?」

 

 マリアの視線を塞ぐように動き、仁志はチラリと三人へ顔を向けて表情を頷いてくれとばかりの必死なものへ変える。

 

「「「……うん(はい)(デス)」」」

「ほら、こう言ってる事だし」

「……まぁいいわ。それで許しましょう」

 

 何が裏で行われていたかをおぼろげに察しながらもマリアはため息だけで不問に処した。

 それに安堵の息を吐く仁志達と、それを見て微妙な表情を浮かべる奏や未来。

 

(何だよ、今の。完全に家族じゃん……)

(困るなぁ只野さん。こうやって無意識にマリアさん達と家族らしい事されると、私達が複雑な気持ちになるんだけど……)

 

 女として不満を覚える奏とこの状況を何とか継続しようと考える未来にとって仁志の父親的振る舞いはあまり歓迎出来るものではない。

 だが、マリアは違う。顔には出さないがどうしても仁志の父親的振る舞いは嬉しく思ってしまうのだ。

 

(ふふっ、もう本当にエル達の父親気分なのね。年齢もあるんでしょうけど、本当にらしく見えるわ)

 

 ただ、それは優越感ではなく幸福感だった。仁志を夫として捉えての感情ではなく、一人の人としての感情である。

 

 しかもそう感じているのはマリアだけではなかった。

 

(仁志さん、お父さんになったらこういう感じだって本当によく分かる。うん、やっぱり子供に優しく出来て、時々厳しく出来る仁志さんは旦那さん向き)

 

 調は小さく笑みを浮かべて仁志達を見つめていた。

 親というものと触れ合った事がないため、調にとっては仁志の在り方や振る舞いはどこか理想とする父親像である。

 それは仁志が物心ついた時から両親に育てられ、その愛情や躾を覚えているからこそのものだった。

 

「そういえば仁志さん、みんな揃ったら何か相談したい事があるって」

「ああ、そうだった。えっと、残りのカオスビーストは二体だ。だから、近い内に一体倒しておきたいと思ってるんだけど、どうかな?」

 

 間違いなくその問いかけに空気が変わった。響を始めとする数人はやや消極的な雰囲気を漂わせ、マリアを始めとする数人は構わないという雰囲気を出したからだ。

 

「いいと思うわ。あまり時間を与えると厄介になるだろうし」

「ああ、私も同感だ。今の私達にはツインドライブがある。それが切り札として機能する内に相手の戦力を削っておくべきだ」

「だね。うし、じゃあ昼飯前に一仕事?」

「アタシはそれでも構わないデス」

「私も構わないです。師匠、怪獣ギアの力を試してみたいから鎧モスラギア、お願い」

「そうだな。アマルガムはもうその力が分かったし、なら他の戦闘向きなギアでのツインドライブを試しておく方がいいか」

 

 調の意見に同意するように頷き、仁志は顔を響達へ向ける。

 そこには今まで見た事のないぐらいに気乗りしていない響達がいた。

 

「えっと、そっちはどうした?」

「え、えっと……」

「残り二体、だろ。下手すると挟撃されるかもしれねぇ」

「そ、そうかも。実際最初にカオスビーストが出た時はそうされそうだった訳ですし」

 

 響、クリス、未来の三人が揃って難色を示す。それに内心で疑問符を浮かべつつ仁志は彼女達の不安を何とかするべく頭を巡らせた。

 挟み撃ちが怖いと言うのであれば、九人いる装者で前衛と後衛を決めておき、更に後衛の一人は後方への警戒を主とすれば何とかなるだろうと考えた。

 

「じゃ、こうしよう。みんなの中で一番防御力に秀でてる未来が最後衛になって後方への警戒をする。ミラーリングギアツインドライブなら攻防のバランスもいいし」

「そ、それは……」

「お兄ちゃん、もし二体出て来たらどうするの?」

 

 反論出来ないような意見にクリスが何とか意見をと口を開くも言葉に詰まった瞬間、セレナが不安そうにそう切り出した。

 

「二体同時に、か……」

「うん。悪意も私達がカオスビーストを簡単に倒した事を知ってる。だから、今度は一体じゃなくて二体で攻撃するって事、ない?」

「有り得ない、とは言えないなぁ。うーん……」

「そ、そうだぜ仁志。もしカオスビーストが二体同時に現れて、そいつらを倒したらそのまま悪意と決戦ってなりでもしたら……」

 

 セレナの意見へ更に考えられる最悪の状況を重ねるクリス。それはこれまでのような前向きな気持ちではない。どうしても戦いを避けたいという後ろ向きな気持ちからの意見であった。

 

「成程なぁ。相手も長期戦を捨てて一気に消耗したところを狙う、か。エル、どうだ?」

「ないとは言い切れません。悪意も既に皆さんが得た力の凄さは知っています。時間をかければ自分だけでなくこちらにも有利に働くと考えてもおかしくはないかと」

「そっか。でも、せめて残り一体にはしておきたいんだ。もしカオスビーストが時間と共に強化されていくかもしれないなら、出来るだけ早く倒すべきだと思うし」

「ど、どうしてですか? ツインドライブを使えばそう簡単には」

 

 仁志の不安は分からないでもないが今の自分達にはそれを感じさせない力がある。そんな気持ちが響の言葉には滲んでいた。

 

 だからこそ、仁志はやや厳しい表情でそんな響へこう言い返したのだ。

 

「かつてのイグナイトと同じなんだよ。切り札は一度見せれば以降はただの強い札だ。それに、相手がそれへ対処してこないとも限らない。なら、まだ強い札である内に切るべきなんだ。対策されて切れない札や切っても意味のない札になってからじゃ遅い」

「一理あります。実際悪意は二度ツインドライブに敗れています。いえ、正確には三度ですね」

「そうか。セレナが巫女ギアを初めて展開した時……」

「となると、だ。何らかの手を打ってきても変じゃないね」

 

 防人モードへ切り替えた翼の意見にマリアが反応し、奏がそれを受けて仁志の意見を肯定する。

 

 更に仁志は響達へこう続けた。

 

「現状ツインドライブの弱点があるとすれば、それは柔軟性のなさだ。正確には状況適応力か」

「そっか。師匠じゃないと他のギアのツインドライブへ切り替え出来ない」

「じゃあ、アタシ達が使いたいギアのツインドライブは出来ないって事デスか」

「出来ない事はないよ。例えば戦闘中このギアのツインドライブがいいと思ったなら、みんなが俺へ教えてもらえば」

「ちょっと待ってください。まさか仁志さん、我々と共に来るつもりですか?」

「ああ。最低でも最後のカオスビースト戦には、な」

 

 そのはっきりとした言葉に誰もが息を呑んだ。

 仁志は気負う風でもなく、ただ少しだけ真剣な表情でそう言い切った。

 思わぬ発言に誰もが声を失う中で仁志は依り代を取り出して告げる。

 

「悪意が最悪の場合、こう言い出すかもしれないんだ。自分を倒せばゲートが消えるぞ。それでもいいのかって」

「「「「「「「「「っ?!」」」」」」」」」

 

 仁志の言葉にマリアとヴェイグ以外が息を呑んだ。それ程にその言葉は衝撃的で、彼女達がどこかで考えないようにしていた事だった。

 

「俺がそこにいなければみんなはどうする? 迷うんじゃないか? 悩むんじゃないか? だけど俺がいれば、その可能性はなくなるだろ?」

「ま、待って仁志。それじゃあ、貴方は最悪の場合」

「まぁ、この世界とお別れになるかもな」

「い、いいんですか?」

「どこかで考えてはいたんだ。悪意との最終決戦じゃツインドライブを使い分けたりする必要もあるんじゃないかって。その場合、俺もみんなと一緒に戦わないといけないだろう? ここに残ったところで遠隔でドライブチェンジ出来るとは限らないし」

「でも依り代があるからって戦いになんて」

「じゃあ、俺がここに残っていても悪意の揺さぶりに動揺せず意思を貫いてくれるか?」

 

 あくまでも冷静に、淡々と仁志は響へ尋ねた。その目は優しく、けれど返事をしない事を許さない力が宿っていた。

 その眼差しを前に響は答える事が出来なかった。仁志が傍にいない時にその繋がりを断つと言われたら、彼が懸念するように迷い、悩み、意思を曲げてしまうと思って。

 

「響、俺は言ったはずだよ? 何があったって俺はみんなへ会いに行く。ゲートがなくなったって関係ない。いつか必ず会いに行くって。そんなに俺の言葉は信じられない?」

「そ、そういう訳じゃ……」

「クリスは?」

「あ、あたしは……」

「未来、どう?」

「それは……」

「セレナはどうかな?」

「えっと……」

 

 消極的な四人へ仁志は優しく問いかけ、その答えを待った。

 マリア達も何も言わずに響達の言葉を待つ。今は急かしてはいけないとそう思って。

 しばらく静寂が居間を包む。時計の時を刻む音だけがその場に響いた。

 

「……なんです」

「え?」

 

 そんな中、響の小さな呟きが仁志達の耳に聞こえてきた。

 ただ、全てが聞こえた訳ではない。何を言ったのかと、そう思って仁志が尋ねようとした瞬間だった。

 

「嫌なんですっ! 仁志さんと、大好きな人ともう二度と会えなくなるかもしれないって事がっ!」

 

 響の感情が爆発したのだ。泣きそうな顔で仁志へ己が思いの丈をぶちまけるように声を放ったのだ。

 

「ただ会えなくなるかもなら何とか耐えられます! でも、でも二度となんてついたら無理なんですっ! 初恋なんですっ! ファーストキスの相手なんですっ! 結婚して欲しいって思う人なんですっ!」

「響……」

「ずっと一緒にいたいって……もっと傍にいたいって……っく……仁志さんは、私の、私のお日様なんです……ヒーローなんです……っ」

 

 ぐしゃぐしゃに泣き崩れた顔で仁志へゆっくりと歩み寄る響。

 そんな彼女を仁志は目を逸らす事なく静かに腕を広げて受け止めるように抱き締めた。

 

「そっか。ありがとう響。嬉しいよ、君の大きな支えに俺はなっていたんだな」

「仁志さぁん……」

「そうだよな。俺みたいに君と出会った時から別れを意識してたなら別だけど、そっちはこれまで平行世界とは行き来出来る結末ばかりで来たもんな。ここだけ意識を切り換えろなんて無理な話だ」

 

 泣いた子供をあやすように優しく背中を擦り、仁志は柔らかい声で響達の心境を慮った。

 今までは訪れた世界と繋がりを持ち、それが当然としてきた響達。

 だからこそ訪れた世界と二度と行き来出来ないかもしれないという状況は初めてたった。

 しかも、よりにもよってそこで初めて恋をし、想いを結び、添い遂げたいと思う相手と出会ってしまったのだから。

 

「クリスも未来も、セレナもそういう事でいいのかな? 俺と二度と会えないってなるのが嫌だからカオスビーストと戦いたくないって。悪意と決着を着けたくないって」

「……ああ」

「はい……」

「うん……」

「そうか。うん、そうだよな。普通に恋愛をしたり出来るならともかく、君達はそう簡単に出来ないもんな。割り切れって、いつか上書き保存すればいいって簡単に言えないか」

「上書き保存って……仁志、貴方ね」

 

 仁志の告げた表現にマリアが苦い顔をする。

 彼女とて本来男女の恋愛がどういうものかをある程度知っている。

 その破局後の動きも知らない訳ではなかったのだ。

 一般的に男は名前を付けて保存で女は上書き保存と、そう言われている事を。

 

「仁志さんらしい言い方だ。だが、そうですね。私達が普通に恋愛をするのは難しいと言わざるを得ません」

「出来たとしても装者の事は秘密。急な呼び出しがあればデートだろうか何だろうが出動しないといけない、だもんな。これを理解してもらうには話すしかない訳だけど……」

「下手に私達の事を知れば、狙われる可能性も出てくる。いえ、そもそも交際を始めただけでもそうなるかもしれないわ」

「そうやって聞いてると、君らの彼氏になるには忍者か変身ヒーローにでもなるしかなさそうだなぁ」

 

 遠い目でそう言いながら仁志は響の頭をそっと撫でた。

 

「あ、あの、仁志さん。もういいです」

「そう? なら良かった」

 

 安堵するように響を放す仁志。その離れていく温もりに響は若干寂しそうな顔をするが、それでも振り払うように目を閉じてその場から立ち上がった。

 

「一緒に、来てくれるんですよね?」

「ああ、こいつがあれば俺もゲートの中へ入れる。可能なら今回のカオスビーストとの戦いで感じも掴んでおきたいし、本気で最後の決戦時は何があっても俺も参加するつもりだから」

「仁志……」

「クリス、以前君が俺へ言ってくれた言葉は嬉しかった。だから、俺もこう言おうか。俺はこの世界を捨てるつもりはないけど、悪意を倒すために離れないといけないなら受け入れるさ」

「ほ、本当にいいのかよ? 仁志のパパとママ、置いてく事になるんだぞ?」

「何も永遠の別れって訳じゃないさ。皆と別れても両親と別れても同じだよ。俺は必ず会いに行く。双方の行き来を確立させてみせるんだから」

 

 その言葉にクリスは心が騒ぐのを覚えた。なのにも関わらず、彼女の気持ちは上向きにはならない。

 むしろどんどん俯きたくなるような気持ちばかりが浮かんでくるのだ。

 

(仁志はこう言ってるけどそれが可能な根拠なんてどこにもねぇ。むしろ本当に悪意を倒したらゲートが閉じて二度と会えないに決まってる……)

 

 最後の戦いは仁志も同行すると言っているのを忘れ、クリスはどんどん俯いていく。

 それとは逆に顔を上向かせて笑みさえ見せているのはセレナだった。

 

「お兄ちゃん、一緒に来てくれるんだね?」

「最後の戦いはね」

「そっか。じゃ、私が絶対守ってみせるから!」

「ありがとうな。うん、頼りにさせてもらうよ」

「うんっ!」

 

 表面上はセレナらしい反応だと誰もが思っていた。だがその内心では……

 

(お兄ちゃんが一緒に来てくれる。なら、そのまま私と一緒にマム達のいる世界へ来てもらおう! お兄ちゃんがここへ戻ってこられるようにマムにも協力してもらって、その間に私が大人になって、お兄ちゃんが戻る時にはお嫁さんになってあげないと)

 

 悪意に負けるものか。絶対にマムを助けるんだ。そんな風に思っていた少女はもういなかった。

 そこにいるのは、初めての恋心と大人への焦りを利用されて欲望に塗れている一人の少女がいるだけだった。

 

「未来、ダメか?」

「……只野さんって本当に大人みたいな子供ですね。もしくは子供みたいな大人なのかな? 悪意との決戦に一緒に来るって、下手をしたら死んじゃうかもしれないんですよ?」

「君達が悪意の揺さぶりに心を乱されてしまっても同じさ。それが早いか遅いかの違いしかない」

「それは……」

「大丈夫。それに、これは俺の長年に渡る特撮やアニメ知識から考えるに、悪意を倒しても少しの間ぐらいはゲートが維持されるはずだ。その、別れを告げるぐらいは」

「……それ、根拠ないですよね?」

「だとしても、だよ」

 

 仁志の言葉に響達一部の者が顔を動かす。

 

「今まで見てきたヒーロー達はどんな時だって希望を捨てなかった。俺もそうありたいし、何より君達がそうしてきたじゃないか。フィーネとの戦いも、ネフィリムとの戦いも、キャロルとの戦いも、アダムとの戦いも、シェム・ハの時も、カルマ・ノイズの時も、世界蛇の時も、いつだって君達は、絶望せず胸の歌を協奏して音楽とし、希望を鳴り響かせながら未来を掴むための小夜曲(セレナーデ)を調べ歌ってきただろう」

 

 それは、仁志がこれまで見てきたからこそ言える言葉。アニメやゲームではあったが、しかとその目で見てきた彼女達の、シンフォギアの戦いの記憶。

 そこでの彼女達は誰一人として諦めなかった。希望を信じて抗い続けた。その強さを、在り方を知っているから、仁志は言い切ったのだ。

 

 君達に自分は並びたいのだと。

 

「この時間を、日々を終わらせたくないっていう気持ちは分かるし嬉しい。だけど、今のこの状況は悪意なんていう奴の監視下にあるようなものだ。それじゃ、いつまで経っても俺達は奴に怯えながら暮らさなきゃいけない。そんなのはごめんだ」

「仁志さん……」

「折角彼女が、嫁さんが持てるかもしれないんだ。父さんや母さんに孫を見せてやれるかもしれないんだ。何より、君達が全てをぶちまけられる相手になれるかもしれないんだ。だから、俺は今を変えたい。それで明日を、未来を変えていきたい。そして、可能ならみんなと、君達と生きていきたいんだ」

 

 凛々しい表情でそう言い切り、仁志はふっと表情を優しいものへと緩めてこう締め括った。

 

「まだ、夢の国にも連れて行ってないんだぞ?」

 

 その最後の仁志らしい言葉に響達は揃って笑みを浮かべた。クリスもその言葉には顔を上げる事が出来た。

 

 その後、少しの打ち合わせをして久しぶりにゲートが開放された。

 そこへ飛び込んでいく響達。最後には、未来と共にヴェイグと一体化したエルフナインを抱えた仁志が飛び込む。

 

「……こうなってるのか」

 

 初めて見るゲートの内部に仁志は視線を彷徨わす。と、一度だけ後ろを見やった。

 

「本当に裂け目だ……」

 

 自分が通ってきたゲートを確認し、仁志は顔を前へと向ける。

 そこには響達九人の装者がいた。その視線が全て自分を見ている事に気付き、仁志は静かに頷いた。

 

「ヴェイグならカオスビーストの匂いを感じ取れるかもしれない。エル、聞いてみてくれ」

「は、はい」

 

 ちなみにヴェイグがエルフナインの中にいるのは、いざと言う時ヴェイグ自身がミレニアムパズルを展開する事でエルフナインを守れるからだった。

 

――ヴェイグさん、どうでしょうか?

――……微かに匂うぞ。しかも一つだけだ。

――どちらか分かります?

――…………ちゃわんを持つ方だ!

 

 エルフナインの中で行われた会話は以上だった。こうしてヴェイグの嗅覚を頼りにエルフナインが案内し、響達は残り二体の内の一体であるカオスビースト・ペンプトスを発見する事に成功する。

 

 簡単な相談の後、未来が後方を注意する中で先制攻撃を任されたのは、ソルブライトギアツインドライブとなった光槍トリオだった。

 仁志の提案で特殊条件のギアを試しておこうとなったのだが、ここで予想外の事が起きた。

 何と三人揃ったソルブライトギアが共鳴し、戦いながらゆっくりとそのギアを金色へ染めていったのである。

 戦闘開始からおよそ一分で三人のギアは金色となり、まるで本当に太陽光を放つような状態となった。

 

「見なよ、カオスビーストが……」

「ええ、震えてるわ……」

「やっぱりこのギアは悪意に、闇に強いんですね」

 

 若干良心が咎めるが、それでもと三人は意を決してカオスビーストへと立ち向かう。

 だがこのままでは不味いと思ったペンプトスは、自分の体から子蜘蛛のような分身体を出現させて三人を妨害する。

 

 そんな三人を支援するように動くのは翼と調の二人。ただし、その姿は少々変わっていた。

 

「まさかライダーギアのツインドライブがこうなるとは……」

「やっぱり師匠や私達のイメージに影響されてるんですね」

 

 翼の姿は、あろう事かライダースーツはライダースーツでも2号ライダーを模した物となっていたのである。

 調は調で1号ライダーを模した物となっていて、ツインドライブとなった事でライダーという意味合いが変化を起こしたとしか思えない状態だった。

 

「故にアームドギアが……」

「武器じゃなくてバイクになった」

「不思議だ。初めて乗るのに初めてではない感じがする」

「私もバイクなんか乗った事ないのに動かし方が分かります」

「そうか。ならば月読っ、共に駆けるぞ! ついてこられるか!」

「はい! 今の私達は、風より速い存在ですから!」

 

 二台の新サイクロン号がゲートの中を駆け巡る。ただ、翼のバイクはその先端に刃が、調のバイクはその両側に刃がそれぞれ出現し、それを使ってペンプトスの出した子蜘蛛を蹴散らしていく。

 

 その刃の嵐を何とか逃れた子蜘蛛は、銃弾や鎌によってとどめを刺される。

 

「何だか不思議デスよ」

「だな」

 

 切歌とクリスのギアは、それぞれ強化服と呼ぶに相応しい見た目に変わっていた。

 ただし、クリスは真紅、切歌は深緑にそれぞれ染め上げられていて、更にその装飾などは二人が見た事のあるヒーローの物とよく似ていたのである。

 

「これ、やっぱりゴーカイジャーデスよね?」

「海賊ギアツインドライブ、だからな。ま、いいんじゃねぇか?」

「デスね。正直強くなったかはびみょーデスけど、動きやすくてイイカンジデス」

「おう、本来のも悪かねーが、こっちの方があたし好みだ」

「ゴーカイチェンジやファイナルウェーブが使えないのは残念デスが……っ!」

「んなもんいらねぇぐらい強ぇからいいだろっ!」

 

 普段よりも強化された身体能力で跳び回りながら翼と調から逃れた子蜘蛛を残さず撃ち、切って、二人は見事に雑魚掃討を完璧なものへと仕上げていく。

 

 その光景を眺めて目を見開いている者がいた。セレナである。

 

「凄い……姉さん達だけじゃなくて調さんや切歌さんもヒーローみたい……」

「はい! おそらくですが、兄様の知識と皆さんの想いが作用して一種の哲学兵装の要素をギアが発現しているんだと思いますっ!」

「エルちゃん、どういう事?」

「えっと、簡単に言えば、兄様がライダーや海賊という言葉でイメージするヒーローと、翼さん達がライダーや海賊でイメージする強い姿が一致しているからこそああなったのかと」

「ライダーで強い姿ってのが俺と翼や調が仮面ライダーで一致したから、か……」

「そっか。だからクリスさんと切歌さんもゴーカイジャーなんだ……」

 

 そう言っているセレナのギアは怪盗ギアツインドライブ。周囲の気配や音などに敏感になるのではと仁志が期待してそうなっている。

 実際にそういう能力があるかは未知数だが、今のセレナは切歌とクリスだけでなく翼や調のやり取りさえも聞こえているのでその可能性は大いにあると言えた。

 

 一方、未来は前方へ注意を向けつつ後方の警戒も怠らないようにしているので、密かに疲労が溜まりつつあった。

 

(正直前は大丈夫だと思う。だけど、カオスビーストの攻撃が流れてきたらと思うと意識を向けない訳にもいかない……)

 

 そういう意味ではミラーリングギアは未来の性格に適していないと言える。

 未来は本来守勢の人間なので攻撃へやや重きを置くギアは向いていないのだ。

 

「未来さん、もしかして疲れてますか?」

「え? 大丈夫だよ。心配しないで」

「もし何でしたらヴェイグさんが匂いである程度は索敵に近い事が可能です。なのでヴェイグさんにも協力してもらいますか?」

「未来、もし辛いならそう言ってくれ。俺からもヴェイグに頼むし、何なら守りに強そうなジュエルギアへ変えるよ」

「……じゃあ、お願いします」

 

 かつてならば言えなかった弱音。だがそれを言わない方が弱さであると、そう今の未来は知っていた。

 エルと仁志の頼みを受けるまでもなくヴェイグはカオスビーストの察知へ全神経を向け、未来はミラーリングギアからジュエルギアへとドライブチェンジを行った。

 

 その姿は従来の物よりも鎧のイメージが強くなり、その手には武器ではなく防具である盾が出現していた。

 

「まるで鏡の盾だな……」

「鏡の……盾……」

「もしかしたら、それで攻撃を跳ね返せるのでは?」

 

 エルフナインの意見に未来は一瞬だけ前方を見つめた。

 ソルブライトギアの三人はカオスビーストを追い詰めつつあるが、まだ決め手に欠けているように見える。

 

「……セレナちゃん、少しだけ只野さん達をお願いしてもいい?」

「はい!」

「よろしくね」

 

 そう告げるや未来はその場から動き出して最前線へと向かう。

 前方から流れてくるカオスビーストの攻撃を手にした盾で悉く跳ね返しながら。

 しかもその跳ね返された攻撃は威力を増幅されているだけでなく、神獣鏡の凶払いの力まで付与されているためにカオスビーストが苦しみ出したのだ。

 

「これなら……響っ! 三人の光を私の盾にっ!」

「分かったっ! 奏さんっ! マリアさんっ!」

「あいよっ!」

「ええっ!」

 

 以心伝心ではないが多くの言葉は今の彼女達に必要なかった。数か月に渡る上位世界での日々。そこで培ってきた絆や時間が装者としての信頼を強くしていたのだから。

 

 響達三人の太陽のような輝きが未来の手にする盾へと放たれる。それをしっかり受け止め、未来はそのまま正面へその温かく眩しい陽光に凶払いの力を付与して解き放ったのだ。

 

「闇を打ち払ってっ!」

 

 強化増幅された光がカオスビーストへと直撃するやその体を消滅させていく。

 跡形もなく消し去るそれは、まるで周囲を祓い清めるように消えていった。

 その光景を仁志とエルフナインは呆然と見つめていた。

 

「……すげぇ」

「はい……凄いです……」

 

 巨大なカオスビーストが抵抗も出来ずに消滅する。そんな光景が与えた衝撃は凄まじかった。

 心配された二体目の襲撃や合流もなく、それを仁志達はこう読んだ。

 最後の一体はギャラルホルンの前、つまり根幹世界へのゲート前から動かすつもりはないのだろうと。

 それと、おそらくその一体を倒せば奏やセレナの世界のゲートが開放されるだろうとも。

 

 何故ならペンプトスを倒して出現したゲートの先は、あの捻くれてしまった響の世界だったのだ。

 調査隊として向かったツヴァイウィングと未来が旧二課の本部へ到着、そこであの響ともう一人の翼を発見したのである。

 

「こうなると悪意も最終決戦へ向けて動き出してる可能性がある」

「どういう事ですか?」

 

 居間へ戻ってきてゲートを再び閉じ、仁志達は話し合いを始めていた。

 マリアや調は昼食の仕上げに取りかかり、セレナや切歌がその手伝いに動いている中、仁志はエルフナインやヴェイグを中心に今後の事を予想しようとしていたのだ。

 

「カオスビーストもこれで残り一体。悪意はこっちの動きをある程度は監視できているはずだ。なのにそれを合流または動かさなかった」

「はい」

「これって、おかしいだろ? もし悪意の目的がみんなへの復讐なら少しでも勝率を上げる行動を取るべきだ」

「……そうか。それで逆に決戦準備をしてると思った訳ですね、兄様」

「ああ。あいつは最後の一体に何かするんだろうさ」

「あの、何かってどういう事ですか?」

 

 質問とばかりに片手を挙げて問いかける響。それを見て未来やクリスが苦笑し、翼と奏が笑みを見せる。

 

「悪意がその最後の一体と同化。結果凄まじく強化されるとか、あるいは……」

「「「「「「あるいは?」」」」」」

「……カオスビーストが一種の負の念の集合体と仮定すると、今まで倒してきた奴らの特徴を併せ持った合体カオスビーストになるかもしれない」

「そんな……」

「で、でもよ、逆に言えばそれで終わりに出来るんだろ?」

「これも俺の特撮やアニメからの想像でしかないよ。もしかしたら、それ以上の厄介で恐ろしい事をやってくるかもしれない」

 

 仁志がそう言うと響達が沈黙する。これまで様々な事を経験してきた響達だが、それでも仁志の知っている情報の方が圧倒的に上なのは理解していた。

 多くのヒーロー達が経験してきた事を仁志は情報として知っている。言うなれば考えられる限りの悪のやり口を見てきているのだ。

 

「もしかして、悪意がタダノを狙っていたのはその時のためかもしれないな」

 

 ポツリと呟いたヴェイグの言葉にその場の全員が意識を向ける。

 どういう事だと言うようにヴェイグを見つめたのだ。

 それを受け、ヴェイグは小さく息を吐いて話し出した。自分が考えた悪意のやろうとしていた事を。

 

「悪意はタダノとセレナ達を戦わせようとしたんじゃないか? さっきタダノの言ったカオスビーストと同化というのをタダノとさせて」

「そうか。俺をカオスビーストの核に据えてみんなを殺させようってか。いかにも悪のやりそうな事だ。俺がみんなを殺せば俺だけでなくみんなも心が苦しむし、それを防ごうと戦えばきっとカオスビーストが受けたダメージが俺へくるってそういう魂胆だ」

「ピアデケムの戒道少年と同じですねっ!」

 

 エルフナインの挙げた名前に響達が疑問符を浮かべるも仁志とヴェイグは深く頷いた。

 

「もしそうだとすれば、悪意が動き出す切っ掛けになりえるのは俺、か」

「仁志さんを乗っ取って……」

「カオスビーストと同化する……」

「阻止しなくてはならないな」

「だね。絶対そんな事させるか」

 

 奏の言葉に頷く響達。だが、そんな彼女達を見つめ悪意はほくそ笑む。

 

――ふふっ、中々色々考えるわね。でも、ざぁんねん。そんな分かり易い事、するものですか……。

 

 悪意の見つめる先には、クリスがいた。そう、いつでも咲ける悪意の蕾をその身に宿した、悪意の駒が……。

 

 

 

 昼飯を食べ終えたあたしらは、いつものように後輩が借りてきた仁志オススメの映画を見る事になっていた。

 

 今回はカラオケで仁志が言ってたウルトラマンの映画を二本。一本目はウルトラ銀河伝説、だっけか。

 その映画の事をどこか楽しそうに話す仁志がらしくて笑みが浮かぶ。あの笑顔があたしは好きだ。

 

――ずっとあれをあたしに見せてて欲しい。ずっとあたしを見てて欲しい。あたしだけの仁志でいて欲しい……。

 

 そう出来たら……でも、今は無理だ。悪意がいる以上仁志をあたしだけで独占なんて出来ねぇ。

 

――そういや、仁志はあたし以外ともキスしたんだよな……。

 

 ズキっと心が痛い。ああ、分かってるさ。でも、でもきっとあたしが仁志の初めてのキス相手だ。

 

――そうだ。少しだけ、少しだけあたしが仁志の特別だってこいつらに言っておくか。あのキスだってあたし様がいなかったら出来なかったんだってな……。

 

 ……そうだ、よな。あたしが勇気を出して、素直になって、仁志はそれに応えてくれたんだ。

 

 あのキスは、あのギアは、あたしと仁志の絆なんだっ!

 

「なぁ仁志」

「ん? どうかした?」

「仁志が初めてしたキスはあたしと、だよな?」

 

 そう尋ねると仁志がギョッとした顔をして、先輩達年上連中が一斉に仁志を見た。

 

「え、えっと……」

「女とちゃんとしたキスしたの、あたしが最初だよな?」

 

 言ってくれよ。あたしが最初だって、特別だったって。

 

「お兄ちゃん、そうなの?」

「っ……まぁ、うん……」

 

 その瞬間、胸の奥で何かが疼いた。何て言えばいいのか分からねぇ。だけど、初めて、そうだ、初めて……

 

――勝ち誇るような笑みが浮かんできやがる……。

 

 あたしはそう思いながら仁志へ詰め寄る先輩達を眺めた。

 はっ、今更何を驚いてるんだか。リビルドをあたしが最初に手に入れたんなら、どういう事かは分かるだろうに。

 

 まったくめでてぇ連中だ。おうおう、嫁気取りの奴も両翼の先輩も狼狽えやがって。

 しまいにはあのバカ達まで騒ぎ出した。まっ、そうだろうな。何せよりにもよって両翼の先輩が自分達が先じゃないのかって言ったからな。

 

 へっ、慌てろ慌てろ。どれだけ騒ごうが仁志が初めてキスしたのはあたし様だ。そうだ、あたし様なんだ。

 

 あぁ、すげぇ気分がいいな。こうなったら後は仁志と一線越えるだけだ。

 そうだ。どうせならデートは最後そういう事で締め括ってやんねーとな。

 

 そう思ってあたしは一人笑みを浮かべ続けた。仁志へ群がる負け犬達を見つめながら……。

 

 

 そうやってクリスが一人ほくそ笑んでいるのを見つめ、黒い霧のようなものが楽しげに嗤っていた。

 

――ふふっ、はははっ、あははははっ! これがお前達が言う絆とやらの限界よ! 恋だの愛だの馬鹿馬鹿しい……。一人の雄に複数の雌が群がればこうなるのが人間という生き物なの。精々醜く揉めてしまえばいいわ。その男を取り合いなさい。奪い合いなさい。表は笑顔で裏で憎み合えっ!




キスを切っ掛けに強くなったはずの絆。ただしそれは全員との絆ではなく仁志との絆。言い換えれば男女の絆です。
故に女同士の絆は脆くなり、悪意が少しでも入り込めば壊れ始めるもの。

もし彼女達が生きた時代が戦国などの昔であれば、あるいは一夫多妻制などが文化として存在する世界ならば違った展開もあったでしょうが……。
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