シンフォギアの消えた世界で 作:現実の夢想者
恋する乙女となった装者達にとって、分かってはいてもはっきり突きつけられると思う事はあるもので……。
どうすればいいんだ。それが俺の正直な思いだった。
クリスの投げ込んだ爆弾は俺が思っていたよりも大きな威力を見せて、マリアや奏、翼の三人を動揺させていたんだ。
しかも、翼や奏の言った自分達が先じゃないのかって言葉に響達までが反応したもんだから困った事になった。
「仁志さん、どういう事ですか? あの時のキスが初めてじゃないんですか?」
「先輩! あの時部屋でしてくれたキスが最初じゃないの!? あたしが初めてって言ってよ!」
「仁志、どういう事よ? クリスといつキスしたの? いえ、それよりも翼や奏と一体いつキスをしたのかしら? あの飲み会よりも前なんでしょ?」
今にも顔が近付きそうな程近い三人。普段なら喜ぶところだけど、今回はさすがにそうは思えない。
奏は裏切られたって顔だし、翼は泣きそうだし、マリアなんかは怒り心頭って感じだし。
「ししょーっ! ど、どういう事デスか! もしかしてあの日の前からししょーはキスしてたデスか!?」
「師匠、ちゃんと説明して」
「ね、姉さん達だけズルいっ! 私だって、私だってお兄ちゃんの事大好きなのにっ!」
年少組も若干怖い。特にセレナの声に感情が乗り過ぎていて怖い。
「仁志さぁん……」
そして響なんかは涙目だ。多分だけど俺だけでなくクリスにも裏切られたような気持ちになっているんだろう。
まず謝罪をするべきか? いや、それは状況をおかしな方向へ展開させる気がする。
なら説明をするべきか? だけどそれはそれで厄介な事になるような気も……。
そんな時、パンッと大きな音が聞こえてみんなの意識がその音の出所へ向く。
そこにいたのは未来だった。両手を強く合わせる事でさっきの音を出したんだろう。そのままの姿勢で止まっている。
俯いたままで……。
そしてゆっくりと顔を上げていく。その表情は怒りも憎しみもない。ただ無表情だ。
……逆に怖い。
「みんな、まずは落ち着いて。マリアさん達三人が一番狼狽えてどうするんですか? 只野さんから事情を聞きたいのは分かりますけど、みんなしてそんな風に迫ったら何も言えないです」
「そう、ね。少し焦り過ぎたわ」
「……分かったよ」
「そう、だな……」
納得し切れてないけど、ドライディーヴァがそこで引いてくれた。
「切歌ちゃん達も、今は責め立てるのを待って。只野さんが私達全員へ言ってくれた事を思い出して、それを信じてあげよ?」
「ししょーが言ってくれた言葉、デスか……」
「私達全員の想いを受け止める。一人じゃなくて全員……」
「でも、お兄ちゃんはクリスさんと」
「何にだって初めてはあるものだから。それがたまたまクリスだっただけ。もし只野さんがクリスだけを特別視してるなら、それがもっと明らかに出てるはずだよ。そういう意味で、只野さんは隠し事が下手な人だから」
反論出来ない。あと、未来の振る舞いに感心すると同時に若干の怖さもある。
今の、遠回しにクリスの自慢など自慢にならないと言い切ったようなものだ。
俺のファーストキスがクリスだとしても、それは特別にはならないのだぞと言い切ったからな。
「負け惜しみか」
「……負け惜しみ?」
そこへ聞こえたのはクリスの馬鹿にするような声だった。
対する未来も若干眉が吊り上ってる。
「だってそうだろ? あたしは仁志とキスしてリビルドを手に入れたんだ。しかも」
「もしクリスが、みんなと違う、特別だってそう言うのなら、それはみんなと只野さんがキスしてクリスしかリビルドが手に入らなかった時だよ。でも、現実はどう? ちゃんとキスされてないセレナちゃん以外みんなギアが追加された。クリスは特別じゃないよ。みんなと同じ。ただ順番が最初だっただけ」
「未来……怖いよぉ……」
口には出さないけど俺も心の底から同感。互いに睨み合うようにしているクリスと未来に誰も口を挟めない。
「それとも何? クリスはその時プロポーズでもされた? 俺は本当はクリスしか選ばないって言われた? 違うでしょ?」
「そ、それは……」
本気で恐ろしい……。有無を言わせずクリスの優越感を砕いていく未来に言葉がない。
と、そう思っていたらその未来の顔がこっちへ向いた。
「っ」
「只野さん、全部話してください。ただ、言える範囲でいいです。それと、詳しい内容を言うとまた面倒になるかもしれないので、端的にあった事やした事を教えてくれます?」
「わ、分かった……」
どこか険しい顔でこっちを見つめる未来に、俺はそう返す事しか出来なかった。
でも、せめてこれだけは言っておこう。そう思って話し出す前に小さく深呼吸をしてから……
「未来、場を収めてくれてありがとう。その、俺が不甲斐無いせいですまない」
「……そう思うのなら、ここでキッチリみんなを納得させてくださいね」
少しだけ表情を柔らかくしてくれたものの、まだまだ厳しい雰囲気は消えない。
こうして俺はあの夜、クリスとキスしてからあった異性関係の色々を話す事になった。
ただ、未来が言ったように詳しい話はせず、いつ誰と過ごして、キスをしたのかしてないのかぐらいで留めて。
その結果、当然ながらドライディーヴァへ未来達の不満の矛先が向いた。
でも、切歌と調のした事も告げるとセレナが二人を若干睨む事に。
「よく分かりました。つまり、私や響、セレナちゃん以外はこっそり女の幸せを楽しんでたんですね」
「仁志さぁんっ!」
「お兄ちゃんっ!」
「本当にすまないっ! ……俺がそっちの立場なら悲しくて辛いのは分かるよ。本当に、ごめん……」
頭を深く下げる。誠意が、足りなかった。配慮が、足りなかった。
俺自身がどこかで浮かれたんだと思う。
己の未熟さと至らなさを噛み締めて、ただひたすら頭を下げ続ける。
未来は言ってくれていた。現状を維持したいのなら協力すると。それは、俺が全員を本気で大事に思い、愛するのならという前提だ。
それを、俺は守っていなかった。正確には守っていると思い込んでいた大馬鹿だった。
「仁志さん、私なんてまだデートしてもらってないんですけど……」
響の言葉に身を縮ませる事しか出来ない。
そう、なんだよな。俺、まだ響やクリスとはあれから一度もデートはしてないんだ。
「それで言ったらあたしもだ。そこは、どうなんだよ?」
「クリス、あんたねぇ……」
「止めなさい奏。同じ女なら、理解は、出来るでしょう」
「……ちっ」
聞いていられない。俺のせいとはいえ、みんなが険悪になるのなんて耐えられない。
「全部俺が悪いんだ。俺が、みんなと関係を持った事で調子に乗ったせいだ。こういう事はちゃんと公平に、平等にしないと必ず不満が出るって分かってるのに、俺がちゃんと考えないばっかりに……っ!」
「タダノ……」
「兄様……」
ああ、やっぱり俺にハーレムなんてもんは無理なんだ。
みんなを同じように大切にして、想ってなんて出来なかったんだ。
俺が振られるのならいいけど、俺が嫌われるのなら受け入れられるけど、俺のせいでみんながギスギスするなんて無理だ!
「みんなは、魅力的な女性だ。本来は俺みたいな奴とこうなる事が有り得ないぐらいに。だからどうしても俺は調子に乗ってしまう。自分をちゃんと御し切れないんだ。だからこんなダメな男は見限って」
そこで俺の言葉は途切れた。いきなり頭を上げられて、気付けば顔が横を向いていたんだ。
そしてじわりと左頬が痛くなる。そこで叩かれたのだと分かった。
視線を動かすと、俺を泣きそうな目で睨み付ける未来がいた。
「未来……?」
「どうして、どうしてそういう事言うんですか? 何で自分に自信を持ってくれないんですか? 調子に乗ってくれてもいいです。自分を制御出来ないならそれでもいい。ただ、同じ失敗を繰り返さないでくれれば、反省してくれれば、それでいいです」
「それで、いいのか……?」
「只野さんが私達を相手に欲望の限りを尽くしてるなら無理ですけど、むしろ只野さんはそれを抑えてますから。それとも、いっそ全開にしてみます? その場合、初めての相手は私かセレナちゃんになりますけど」
その苦笑しつつも涙を浮かべての言葉は、思った以上に俺の心へ響いた。
それと、ふと奏の言葉が思い出された。自分の好きな男の悪口を言う事は俺相手でも許せないって言う、あれを。
未来も、そうなんだろう。だからこそ俺の言葉を止めた。そして、それはきっと他のみんなもなんだ、と思う。
俺の魅力だけでこうなった訳じゃない。でも、俺の魅力も現状には関わっているって、俺、自分で気付いたじゃないか。
……本当に成長してないな、俺。下手な自虐や判断はろくな事にならないって分かったはずだったのにな。
「それは、さすがに無理だよ。未来やセレナとそういう事がとかじゃなく、俺自身が今はそう出来ない」
その答えに未来だけでなくみんなも小さく息を吐いた。
呆れを含んだ、でもどこか安堵するような、そんな感じで。
「その、変な話だけど、もう少しだけ自分に自信を持つよ。少なくてもみんなが惚れてくれたのは事実なんだ。なら、俺が俺に愛想を尽かすんじゃなくて、みんながそうなるまで俺は自信を持ってないといけないんだと思うから」
愛想を尽かすなら俺じゃなくてみんな。そうなってから俺は自分に愛想を尽かせばいい。
そう告げると未来が目を閉じて微笑んで頷いてくれた。それでいいと、そう言ってもらえたような気がして、俺も頷いた。
「でも仁志さん、それとデートの件は別ですからね?」
「うん、分かってるよ。その、これまでと今回の分まで含めて埋め合わせする」
「ぁ……はいっ!」
心から詫びるように告げる。それに響が嬉しそうに笑顔を返してくれた。
でも、問題はクリスだな。正直今回の行動は優越感を得たいがためのものにしか思えない。
「クリス、一つ聞きたいんだけどいい?」
「何だよ?」
まったく現状に対し何も感じていないようなクリスに違和感を覚える。
いつもの彼女なら、この事態を招いた事を後悔ないし反省しそうなものなのに……。
「どうして今ここであの事を?」
「リビルドギアを先輩達も手に入れたんだろ?」
「あ、ああ。そうだけど……」
「それは、誰が何をしたからだ? あたしが、あたしが最初に勇気を出して飛び込んだ結果なんだ。それを言っておこうと思っただけだっての」
「それは……そうかもしれないけど……」
クリスも、やっぱり女って事だろうか。これ、どう考えても周囲への自慢だ。
ただ、これを注意するのは違う気がする。でも何もしないのも良くないか。
「その、出来るだけ周囲へ俺とあった事を自慢するような事は控えてくれないか? 俺が言うのも」
「マリアの奴はそうしてたじゃねーか」
言葉を遮ってクリスはそう言ってマリアを見つめた。
その目付きはやや鋭さを持っている。
「わ、私は別に……」
「普段嫁みてぇな事しただろ。で、それを嬉しそうに」
「クリス、そこまでにして。今只野さんが言ったばっかりだよ? それに、意図してる事と意図しない事を同じに捉えちゃダメ」
今度は未来がクリスの言葉を遮った。
クリスを見つめる未来の眼差しはどこか咎めるような雰囲気だ。
「どうやってんなの分かるんだよ?」
「わざわざ言葉にしないと分からない事を言うのは確実に意図的」
「……見せつけるように幸せそうに笑ってるのはどうだよ?」
「普段からそうしてるんだとしたらマリアさんにとってはそれが日常なんだと思う。普段してないのに私達がいる時だけしてたら意図的だけどね」
な、何というか未来の胆の据わり方が凄い。下手したらこの中で一番強いんじゃなかろうか?
それにしてもクリスが何だか若干攻撃的だな。もしかして、それだけ彼女は強く俺へ想いを寄せているんだろうか?
……かもしれない。何せご両親の夢を捨ててまで俺と一緒にいたいと言ってくれたんだ。
「クリス、翼にも言ったけど君にも言わせてくれ。焦らないでいいから」
「焦る? 違うっての。あたしはただ事実をだな」
「それが焦っているんだ雪音。周囲よりも自分が勝っていると思い、それを口に出して誇示するのは焦りからくるものだ。気持ちは分かるが、冷静になった方がいい」
微かに悲しそうな顔で翼がクリスへ言葉をかける。
「ああ、そうかよ。先輩までんな事言い出すのか。そんなにあたし様が仁志の初めての相手だって事が気に入らねぇってか?」
「雪音、それは違う」
「クリス、どうした? 何だか今の君は……」
と、そこで思い出す事があった。それはあの日の事。クリスがやたらとみんなへ攻撃的だった日の事だ。
俺がクリスを探しに行き、彼女が妙にイライラするって言ってきた日に似ている気がする。
……もしかして、あれって今にして考えたら悪意の仕業だったのか?
もしそうだとしたら、それに似てる今のクリスは……。
「何だか? どうしたんだよ?」
「えっと、何でもない。響、ちょっといいか?」
「え? は、はい?」
自分だけではどうかと思うので念のため響にも意見を伺おうと思った。
翼よりも響の方がこういう事は覚えてそうだと思ったのもある。
で、響へ耳打ちすると、彼女も少しの間の後で同意するような意見を言ってくれた。
「じゃ、下手するとあの頃から悪意は俺達へ手を出してたのか……」
「かもしれません。あれって、仁志さんが私と翼さんだけ名前で呼ぶようにした日でしたもんね」
「ああ。そっか。クリスの寂しがり屋な面を刺激したんだ。疎外感を感じたクリスに俺への恨みなんかを増幅させていたんだろうな」
だけど、それだけでは優しいクリスの気持ちを完全に操る事は出来なかった。
だから彼女はあの時俺へこんな気持ちになりたくないと言ってくれたんだ。
「……響、もしもの時はギアを纏ってクリスの身動きを封じてくれないか?」
「え? ギアを、ですか?」
「以前のように悪意がクリスを操ってるとしたら、だ。ヴェイグに感知されてないならそれは本格的になってないって事だ。でも、だからこそどう動かれるか予測がつかない。最悪クリスがここでイグナイトギアなんて纏おうもんなら不味い。だからそうなったら」
「取り押さえて話を聞いてもらう、ですね。分かりました」
俺の頼みを響が引き受けてくれたので、ならばと俺はその場で立ち上がる。
その瞬間、周囲の目が集まるのを利用して俺はクリスの目を響から逸らすように動いた。
「クリス、少しいいか?」
「今度は何だよ?」
「えっと、覚えてるかな? 俺が初めてクリスを名前で呼んだ時の事」
「……忘れる訳ないだろ」
「あの時、クリスは俺へこんな風に言ってたよな? どんどん嫌な気持ちが湧いてくる。自分を除け者にする奴らを許すな。あたしに寂しさを、辛さを与えるような相手へ仕返ししろって言われてる気がするって」
「…………ああ」
俺の言葉に周囲が何かに気付いたように息を呑んだ。そしてクリスも少しだけ答えに詰まった。
悪意に手を出されていたんだと分かったんだろう。そのおかげでクリスの攻撃的な雰囲気も若干弱くなったな。
「今のクリスには、あの時と似たものを感じるよ。だって、クリスには誰を見下して喜ぶなんて部分はないし、そもそも誰かに対して優越感を持ちたがるなんてしてこなかったじゃないか」
「それは……」
「クリス、俺は君が操られてるなんて思いたくないし思わない。だけど、今の君は誘導されてるんじゃないかとは思う」
「誘導……」
「そうデス。クリス先輩はいつも優しくて面倒見が良くて、お姉ちゃんみたいな人デス」
「うん。クリス先輩は誰の事を悪く言ったりする人じゃないはずです」
「お前ら……」
後輩二人の言葉にクリスが胸へ手を動かす。
まるで今の言葉に胸を痛めるかのように。
「クリス、あたしも二人に同意するよ。あんたは口は悪くても人は悪くない。多分だけど、仁志先輩を好きって気持ち、利用されかけてるよ」
「そうね。私もそう思うわ。貴方は弱者の気持ちが正しい意味で分かる女性だもの」
「っ……」
クリスが胸を押さえて表情を歪める。心が痛むのか? あるいは誘導している悪意が苦しんでいるのか?
「クリスさん、兄様の言う通りです。クリスさんは誰かを貶めて自分を強く見せる人じゃありません」
「うん、クリスさんは強くて優しい人です。いつもさり気無く気を配ってくれる、素敵な人です」
「クリス、今のお前はまだ嫌な匂いはないぞ。だから心を強く持て。悪意に負けるな」
エル達の言葉にクリスは辛そうに胸を押さえたまま俯いた。
「雪音、お前は私よりもみなに慕われ頼りにされているんだ。その理由は、今みなが言った通りだ。お前は本当の優しさを持っている。そしてそれでみなへ接しているからだ」
「そうだよクリス。クリスが本当は誰よりも優しい事、私達は知ってるから」
「うん、だから顔を上げてよ、クリスちゃん。ね?」
響がクリスの前へ手を差し出す。その手を見たんだろうクリスは、若干の間の後でその手を掴んだ。
「クリスちゃん……」
「……ホント、揃いも揃って心配し過ぎだっての。でも、ま、あたしもそうかもしれねぇって思ったし、その、色々言い過ぎた。悪い……」
顔を上げたクリスは申し訳なさそうな表情でそう言うと目を伏せた。
やっとそこでみんなから安堵の息が漏れた。俺も最悪は回避出来たと息を吐いた。
悪意の手出しはあったらしいが、完全に操るにはまだ足りない状態だったみたいだな。良かった良かった。
「しかし、さっきの話が本当なら、悪意は奏が来る前から私達へ手を出していた事になるか……」
「クリスちゃんが飛び出した時って、私達がギアに依り代を組み込んでもらったばかりの頃ですし、可能性はありますね」
「そうだな。こうなると一度思い返してみるべきかもしれない。私達が気付いていないだけで、本当は悪意の干渉だった事があるかもしれないし」
「あっ!」
翼の言葉で思い出した。俺があの未来と調とのデート中に思った事を。
たしかあの時翼達にメールを送ったのに揃いも揃って忘れてるとか酷くないか?
そう思ってあの時メールを出した三人へ聞くと……
「いえ、そんなメールは見た覚えがありませんが?」
「あたしもだ」
「私も見覚えないけど……」
「え?」
俺の勘違いかと思って送信メールを確認すると、そこにはたしかに翼、クリス、エルへの同一内容のメールが残っていた。
それを見せると三人が揃って首を傾げ、それでも見た覚えはないと言ったのだ。更に三人が見せてくれた受信ボックスにも本当にメールがない。
「これは……?」
「もしかして、悪意が僕らの方のメールを消去したのでは?」
「ならどうして仁志の方は消えてないんだよ?」
「もしかして、俺のは依り代でもあるから?」
「だと思います。悪意も依り代へは手を出せなかったのでしょう」
「待ってくれ。では、未だに悪意はこの世界に滞在しているのか?」
「今はゲートを閉じてるから逃げられないとか?」
「可能性はあります。いえ、むしろそうだと思うべきです。でなければ僕らの持っているスマホへ干渉出来ないはずです」
ここにきて悪意が確実にこの世界にいる事が判明。いや、今回のゲート解放でいなくなった可能性がない訳じゃないが、おそらく留まっているだろうと思う。
何せ今や悪意がみんなへ執着しているのは明らかだ。なら、みんなが勢揃いしているここから目を離すはずはない。
そこからみんなで話し合う事にした。というのも、俺が思い出した事を話し出したらみんなの表情が険しくなっていったのだ。
俺が忘れていた事の内容がいずれも悪意に関する事だったからだと思う。
まずは、アラートが鳴った原因が悪意ではないかと考えた事。
次に、ベアトリーチェの側近の名前。
そして最後が悪意の種に関する太陽の三撃槍のイベントを忘れていた事。
いや、もうここまで揃うと推理もくそもない。どうやら俺も悪意の影響は少なからず受けていたんだろう。
「……本当に響さん達が一緒にいなかったら危なかったかもしれません」
「ええ。仁志がゆっくりと悪意の影響を受けて記憶を無くしていった可能性が高いわ」
「実際自分に関係してる事をちょこちょこ忘れさせてるみたいだしね」
「正直石屋に関しては本当のド忘れな気もするけどな」
ただ、アラートの原因の件と太陽の三撃槍の件に関しては悪意の仕業な気がする。
「分かりません。それも悪意が優先的に自分に関する情報を消去していたとすれば……」
「うん。仁志さん、今は少しでも疑問に思ったら悪意の仕業って思ってもいいかもしれませんよ」
「あー、そうだなぁ」
響の指摘も一理ある。今は疑わしきは全て悪意の仕業と思う方がいいかもしれない。
そう思って他にも何かなかっただろうかと思い出し始めると、切歌が言い出し辛そうにレンタルの袋をこっちへ見せてきた。
成程、そろそろ見たいって事ね。ま、いいか。気持ちを切り替える上でも、そして悪意への闘志を燃やす意味でもウルトラ銀河伝説はうってつけかもしれないし。
「よし、みんな、一旦気持ちを切り替える意味でも今はウルトラマン達の光の力を借りよう」
「デスデスっ!」
「ふふっ、そうね。元々それを見るつもりだったし」
「うしっ、切歌、再生だ」
「了解デース!」
嬉しそうにDVDを手に取る切歌に誰もが苦笑する。
でも、まぁ、本当にある意味丁度良かったかもしれない。
力を求める事で闇へと堕ちた者と堕ちずに済んだ者。その分かれ目は、悪意に魅入られたか否かだったはずだから……。
楽しい時間はあっという間だって知ってたけど、本当に速いって思う。ついさっきまでお兄ちゃん達がいて、みんなでご飯を食べてたと思ったのに、もう寝る時間になってるんだから。
「エル、今日も楽しかったね」
「はい、とても楽しかったです。まさかダイナが他の宇宙へ旅に出てたなんて驚きました」
「後はXデスよ。ティガだけじゃなくてウルトラマンまで来るとか凄すぎデス」
「防衛隊との協力も良かった。サイバーカード、カッコ良かったし」
「怪獣達とも手を取り合って戦うウルトラマンだからな。響がかなり喜んでいたぞ」
お布団に入ってのいつものお喋り。話題はやっぱり今日見た映画。
二つともウルトラマンだったけど、お兄ちゃんが前に言ってた闇のウルトラマンが今回の映画には出て来た。
「ベリアルも、可哀想です。えっとレイ……?」
「レイブラッド星人だったと思います」
「あっ、ありがとうエル。レイブラッド星人が悪意みたいな存在だからベリアルも悪いウルトラマンにされちゃったのに」
元々は光のウルトラマンだったけど、力を求めて心の隙が出来ちゃったベリアルは闇のウルトラマンになった。
お兄ちゃんが言ってた“強すぎる力は身を滅ぼす”ってああいう事なんだと思った。
私も気を付けないと。ツインドライブはとっても強力だ。普通のデュオレリックだって強いのに、その負担が軽いだけじゃなくて他のギアの力も一緒に使えるんだもん。
「気持ちは分かるけどもう寝なさい。特に調? 貴方、明日はバイトでしょ?」
「おっと、それはいけないデスね」
「はい、早く寝ましょう」
「うん、そうだね」
「調、早起き頑張れ」
「ありがとう、ヴェイグ。じゃあ、みんな、おやすみなさい」
「「「「「おやすみなさい」」」」」
その言葉で姉さんが明かりを消した。
それからすぐにヴェイグさんの寝息が聞こえてきて、次にエル。いつもなら私もそろそろ眠くなって意識が遠のくんだけど、今夜はちょっと無理そう。
その原因は、やっぱりお昼頃のやり取りにある。
お兄ちゃんはやっぱり私以外の装者とはキスしてるんだって、そう知ってしまったから。
クリスさんの言った言葉で私ははっきりと分かった。私は子供としてお兄ちゃんに扱われてるって。
だって、私は額や頬っぺたにしてもらっただけなのに、しかも私はあの時だけしかしてもらってないのに、姉さんは隠れて他の時にもキスしてたって知ったから。
――ズルいよ。何で私はダメなの? 大人じゃないかもしれないけど、子供でもないのに……。
そう思ったけど、そう言い出したら余計子供っぽいと思って黙った。
姉さん達と気持ちや考えを同じにした方が、お兄ちゃんに大人って思ってもらえるかなって思ったし。
――だけど違った。お兄ちゃんに大人と思ってもらうには、私がもっと大人の事を知るしかない。姉さんみたいに、奏さんみたいになるしかないんだ……。
二人みたいに……?
――体は無理でも気持ちや行動なら何とかなるはず。お兄ちゃんに教えてもらうんだ。大人の女の人にしてって……。
お兄ちゃんに……教えてもらう……。
――私は大人にどうやってなるのか知らないけど、お兄ちゃんは知ってるはずだから。だって、お兄ちゃんは大人だもん……。
そっか……。うん、そうだよ。お兄ちゃんに教えてもらおう。大人になる方法を。それと、私もキスしたいって言おう。
でも、よく考えたらお兄ちゃんは私と一緒にお風呂は入れないって言ってた。
じゃ、じゃあ、いっそ一緒にお風呂に入ったらお兄ちゃんも私を子供扱い出来なくなるんじゃないかな?
……ちょっと恥ずかしいけど、お兄ちゃんなら平気。ううん、お兄ちゃんだから平気。
――姉さんはお兄ちゃんと時々ケンカするけど、私は絶対お兄ちゃんとケンカなんてしないよ。私は、いつもお兄ちゃんの味方だからね……。
翌日の昼過ぎ、仁志は部屋に珍しい客人達を迎えていた。
「はい、麦茶」
「ありがとデス!」
「ありがとう」
「セレナもおかわりするか?」
「うん! ありがとうお兄ちゃんっ!」
それは切歌達装者年少組である。
これまでも切歌とセレナ、調と切歌、などでの来訪はあったものの、三人が揃ったというのは初めてであった。
そのため、仁志は何かあっただろうかと内心で首を傾げていたのだ。
一体何の用事だろうと、そう思って。
彼は知らないのだが、実は彼女達は何も示し合わせた訳ではない。
まず先に動いたのはセレナだった。
いつものように仁志の部屋の掃除をすると言って出かけ、そこから今まで滞在していたのである。
切歌と調はそのセレナの様子を見てくるとマリアに言って出て来たのであった。
こうして三人が仁志の部屋に揃う事となったという訳だ。
コップに入った麦茶を美味しそうに飲む三人を見つめ、仁志はまるで兄や父のような笑みを浮かべた。
「それで、今日は一体何の用だい?」
「それは……」
「えっと……」
セレナへチラリと目を向ける切歌と調。対するセレナはそんな二人へ小首を傾げる。
「何ですか?」
「「……何でもない(デス)」」
セレナを迎えに来たと言えば即刻帰る事となる。それでは二人の目的は果たせない。
何せ二人の目的は、ある意味セレナと同じく仁志へ少々いかがわしい行為をしてもらうないし教えてもらう事なのだから。
(どうするデスか、調。セレナがいたら面倒デスよぉ)
(って切ちゃんは思ってるはず。でも、私の勘が正しければセレナは……)
(切歌さんと調さんが来るなんて……。で、でも諦めない! お兄ちゃんに大人の授業をしてもらうんだ!)
(チラチラとアイコンタクトしてるけど、あれで意思疎通出来るのかね? だとしたら……凄いな、ザババの二人は。あと、セレナのガッツポーズは可愛いなぁ)
オロオロする切歌。やや鋭い目をする調。気合を入れて小さくガッツポーズをするセレナ。
そんな三人を視界に収めて仁志は一人ほっこりと笑みを浮かべる。
だが、その仁志の平穏な心を壊すように調の一言が炸裂した。
「師匠、私達三人にお嫁さん修行、して。少しエッチな修行」
「へっ?」
「「ええっ?!」」
一瞬理解出来なかった仁志と違い、切歌とセレナは揃って同じような声を上げた。
(ど、どういう事デスか? 調は、一体何を考えてるデスか!?)
(え、エッチな修行って……じゃ、じゃあやっぱり切歌さん達がお兄ちゃんに大人扱いされてるのはそういう事なんだ!)
さて、それに遅れる事数秒で仁志も調の言った言葉を正確に認識、というよりは受け入れた。
「あ、あのな調? 前も言ったと思うけどそういう事は」
「昨日の事、私達忘れた訳じゃないから。師匠、マリア達一部とはキスを何度もしてデートまでしてた。その埋め合わせ、私達にして」
「そ、それは……」
「セレナも気にしてるし」
「そ、そうだよお兄ちゃん。何で私だけ仲間外れなの?」
「セレナ、それはあの時も言ったけど」
「やっぱり装者で私だけ子供扱いなんだ……。私は、今の私はもう守られるだけじゃないのに……」
「っ?!」
その言葉に仁志は己が浅慮を痛感した。
何故ならセレナが述べたそれは、自分が散々危惧していた発想だったからだ。
だからと言ってすぐに扱いを変えると言えば待っているのは複雑でややこしい流れである。
(どうする? どうしたらいい?)
調と切歌の要求を退けつつ、セレナの心の影を払拭する術。そんな都合のいい手段が思いつく程仁志は賢くはない。
ただ、そんな彼でも分かるのは、このままではセレナの心の影は大きく深くなり、闇を呼び込む格好の呼び水となる事だった。
それだけは何としても避けないといけない。その想いで必死に考える仁志だったが、思いつくのはやはり本当のキスをするという事だけ。
俯くセレナとそれを見て悩む仁志。そんな構図を見て調は一計を案じて小さく頷いた。
「切ちゃん、お願いがある」
「何デス?」
「セレナと師匠、キスさせたいから手伝って」
「な、何でデスか?」
「そうすれば、きっと師匠は私達ともキスし易くなる。それに、私がセレナの立場なら凄く悲しくて悔しいだろうから」
「……デス、ね。了解デス」
同じ女だからこそ分かるセレナの気持ち。更に彼女達はセレナがいなければ装者として一番年下となる。
それ故に分かるのだ、セレナの気持ちが、悲しさが、悔しさが。
こうしてザババコンビと呼ばれる二人が動き出した。仁志の両側へ静かに近寄ると、彼へ囁き始めたのである。
「ししょー、ここは男らしく決断する時デス」
「うん、切ちゃんの言う通りだと思う。師匠、セレナを一人前の女性として扱ってあげて」
「い、いや、だけどな?」
「ししょーが言ったじゃないデスか。昔はアタシぐらいでお母さんになってたって」
「それで考えたらセレナは十分大人の入口にはいる」
「あれは昔の話で」
「「じゃ、セレナを泣かせてもいい(デスか)?」」
突きつけられた言葉に仁志は返す言葉がなかった。
チラリと仁志が目をやれば、セレナは静かに沈むように俯いたままだったのだ。
「…………分かった」
このまま自分の妙なこだわりや考えでセレナを悪意の操り人形にしたくない。そう思って仁志は決断を下した。
そこには、セレナの心をこれ以上苦しめたくないという想いもある。かつて仁志自身も味わった未熟者や半人前扱いの悔しさ辛さを自分が誰かに与えるのはダメだと。
「セレナ、本当にすまなかった。許して欲しい。俺は、自分がやられて嫌な事を君にしていた。もっともらしい理由だったかもしれないけど、それを君に納得させられる程の力がない理由で」
「……お兄ちゃん。それに……」
頭を大きく下げている仁志とその両隣を見てセレナは目をゆっくりと見開いていく。
そこでは切歌と調が小さく笑みを浮かべて頷いていたのだ。
「セレナ、ししょーは大人の男の人ですし真面目さんデス。どうしても女の子相手には色々考えちゃうんデスよ」
「だから許してあげて。師匠なりにセレナの事を考えての事だったと思うから」
「……はい。どこかで分かってはいるんです。お兄ちゃんは私を大事にしてくれてるんだって。でも……」
「子供扱いは、ちょっと嫌だよね」
「はい……」
「大丈夫デスよ。もうししょーはセレナを大人扱いしてくれるデスから。ね、ししょー?」
「あ、ああ……うん」
切歌の確認に対しての仁志の返事は歯切れが悪かった。やはりまだ割り切れていないのだろう。
それを感じ取った調は、仁志に気付かれぬよう小さくため息を吐くとセレナへ手招きをする。
その意図が分からずも素直に従ってセレナは調の傍へと移動した。
すると……
「師匠、手を貸して」
「は? 別にいいけど……?」
調のやりたい事が分からず、首を捻りながら片手を差し出す仁志。
調はその手を掴むと、セレナの胸へあっさりと導いたのだ。
微かな膨らみを感じて仁志は慌てて手を引こうとして――
「逃げないで!」
「っ?!」
調の声にその動きを止めた。
「セレナ、嫌がってないから」
「い、いや、だからって」
「セレナ、良かったデスね。ししょーが逃げようとしたって事はセレナを子供って思ってない証拠デス」
「そ、そうなんですか?」
「う……ま、まぁそういう事になる、かな」
歯切れの悪い仁志だが、それもそのはず。彼の片手は未だにセレナの胸へ当てられているのだ。
セレナはその仁志の手を自分の手で押さえるようにしていた。そこに彼女なりの乙女心の発露があるような気がして、仁志は押すも引くも出来なくなっていた。
「な、なぁ、もういい加減放してくれない? さすがにさ」
「セレナ、一旦解放してあげて」
「は、はい」
どこか照れながらも嬉しそうに手を離すセレナを仁志は複雑な心境で見つめた。
だが、そんな気持ちでいられたのもほんの数秒だった。
両手の中に異なる柔らかさが触れたのである。
「へ?」
何事かと思って仁志が反射的に手を動かすと……
「「んっ」」
「っ?! な、何してんだよ二人共っ!」
仁志の両手が掴んでいたのは切歌と調の胸だった。
しかし、二人は仁志の動きを既に読んでいるため自らの手で彼の手を押さえていた。
「えへへっ、お嫁さん修行デス」
「うん、旦那さんが喜んでくれる事を実践中」
「あ、あのなぁ」
「むっ、お兄ちゃん、私もお嫁さん修行したい!」
「いや、これはお嫁さん修行とかじゃ……」
「知らないっ! えいっ!」
仁志へ抱き着いて密着するセレナ。その甘いような匂いに仁志は困りながらも諦めるように苦笑した。
(まぁ、セレナのこれは可愛いからよしとしよう。問題は……)
未だに切歌と調はその未成熟な果実を仁志の手へ委ねている。
それをどうするべきかと考える仁志へ、切歌と調は少しだけ赤い顔で微笑んでみせたのだ。
「ししょー、アタシ、何だか不思議デス。ししょーに触られてると、恥ずかしいのに嬉しいんデスよ」
「切歌……」
「私も切ちゃんと同じ。師匠の手、あったかくて大きくて頼もしい……」
「調……」
「お兄ちゃん、私も凄く幸せだよ? こうやってお兄ちゃんに強く抱き着いてると何にも不安がなくなる気がするんだ」
「セレナ……」
そこで仁志は気付く。この三人はある意味でスキンシップに飢えているのではと。
幼い頃から施設で育ち、誰か大人から抱き締められる事も撫でてもらう事もほとんどなく過ごしてきた三人。
そこへ父性を見せる自分と出会った事で、恋心による乙女の部分とその頼もしさや優しさに甘えたい少女の部分が混在しているのではないかと、そう仁志は考えた。
(そういや、赤ちゃんの頃に満足に抱き締められたりしないと、親の愛情を感じられないとかで後々の人格形成に影響するとかなんとか聞いた気がするなぁ……)
切歌と調がやや過激な接触を求めるのは、おそらく女として見て欲しいという欲求に、兄や父のように思っている相手から愛されたいという欲求が混ざった結果かもしれない。
そう結論付け、仁志は一瞬だけ天井を見上げて息を吐くと苦笑しながら三人へこう告げた。
――三人の気持ちはよく分かったし伝わったよ。だから、少しだけ腕を自由にさせてくれ。その上で俺が自分の意思で君達を抱き締めたいんだ。
外はギラギラ太陽さんのおかげで激熱デス。でも今のアタシ達は涼しいお部屋で激熱になってます。
「ししょー、もっとギュッてして欲しいデス」
「うん、して欲しい」
「お兄ちゃん、ダメ?」
ししょーの腕の中でアタシ達は揃って抱き締めてもらってます。ちょっと暑いデスけど、幸せで勝手に笑顔が浮かんじゃうデス。
ししょーはアタシ達のお願いを聞いて少しだけ困ったように笑うと、無言で背中に回してる腕に力を入れてくれました。
グッて感じで力が入ってもっとししょーにくっつくのがたまらないデス。だ、大好きだよって言われてる気がして、とっても、とっても嬉しくなっちゃうデスよぉ。
「「「ぁ……」」」
嬉しさのあまり声が出ちゃったんデスが、まさかの三人同時とは驚きデス。
それを聞いてししょーは嬉しそうに笑いました。
「ははっ……あー、うん。可愛いよ三人共。ホント、幸せだ」
「ししょー……」
「そうだよな。結局大事なのは俺やそっちの気持ちだもんな。うん、そうだよ。常識なんてのは世間と関わる時に必要であって、その世間が見てない時ならこっちが気にし過ぎても仕方ないか」
そんな事を言ってししょーは、その、カッコイイ顔をしました。
あのキスしてくれた日みたいな、男の人って感じの顔デス。
「セレナ、これだけは分かって欲しいんだ。俺は君を妹や姪のように思ってた。それでずっといたもんだから、いきなり恋愛対象には見れなかったんだ」
「うん、分かったよお兄ちゃん。そうだよね。私もお兄ちゃんって呼んでたもん。ならお兄ちゃんが私の兄さんって思いこんでも不思議じゃないよ」
「あ~、そう言われると何も言えないよ。たしかに思い込みも多少はあっただろうし」
そう言って笑うししょーはいつものししょーデス。さっきのカッコイイししょーじゃないデス。
でも、アタシはそんなししょーも大好きデス!
「ししょー、ここはズバーンと男らしくセレナにもキスしちゃうデスよ」
だからアタシは言うんデス。セレナが期待してて、その心の闇を吹き飛ばせる事を。
ただ、ししょーはそれに複雑そうな顔をしました。何か問題でもあるデスかね?
「ししょー?」
「……セレナ、こんな状況でしたい? あと、切歌と調はそれを見ても気にしないか? 自分もってならない?」
そう聞かれてアタシは正直迷いました。だってセレナがししょーにキスされてるのを見て、アタシもして欲しいデスって言わない自信がなかったんデスよ。
「そう思っちゃダメなの?」
「ダメではないよ。だけど、そうなると俺は延々キスしないといけなくなる。そして、そうなるとキスに対するトキメキみたいなのがすっご~く下がる。俺はそれを危惧してる。危険視してるって言ってもいい」
「どういう事?」
「要は、三人がいっぱいキスしてもらう事でキスを嬉しく思わなくなるんじゃないかって事と、それをする事が特別じゃないって思うんじゃないかって事」
ししょーの言葉に納得デス。キスをいっぱい、しかも同じ日に何回もしたら慣れちゃうデス。
で、慣れちゃったら飽きるかもしれません。アタシ達もししょーもキスに飽きたらどうするデスか?
「大丈夫。その場合、もっと凄い事を師匠にっ……いたい」
調の頭の上にゲンコツが落ちました。ししょーが少しだけ怒った顔をしてます。
「そういう事を言い出すからダメだって言いたくなるんだよ。ちゃんと反省しなさい」
「……でも師匠だってエッチな事したいはず」
「だとしても、俺はちゃんと色々考えたいんだよ。後先考えずスケベな事なんて出来るのは学生の頃ぐらいだっての」
「学生の頃、デスか。ししょーの学生時代ってどんな感じだったデス?」
ふとキョーミがわいたから聞いてみました。するとししょーは軽く苦い顔で笑いました。
「もっと今よりもガキだったよ。周囲は学校に来てるのに、授業中に喋ったり漫画読んだりメールしたりと真面目に授業を聞かないどころか妨げる奴もいてさ。そういうのを見て、俺は完全に見下してた。そんな事したいのなら学校辞めるか休むなりしてこっちに迷惑かけんなって」
「でも、それは当然かも……」
「デスよ。自分だけならともかく他の人に迷惑かかる事するなんてダメダメデス!」
「うん」
「まぁ、そこに関してはそうだけどさ。ま、とにかく俺は真面目だけが取り柄だったからなぁ。授業中じゃない時に喋ったり漫画読んだりは気にしないけど……」
「分かる。リディアンにはそんな人いないけど、もしいたら私も嫌」
「デスね。みんなが勉強してる時に邪魔してくるなんてサイテーデス」
嫌な事から逃げたくなるのは分かりますが、それなら一人で逃げるべきデス。誰かを無理矢理巻き込むなんてダメデスよ。
「だからお友達を作らなかったの?」
「それもある。でも、一番は必要としてなかったってのが大きいかな?」
「「「必要としてなかった?」」」
どういう事デスかね? お友達はいた方がいいデスのに。
「俺の中では、友達ってのは作ろうとしないと出来ないもんじゃない。関わってる内に勝手にそうなるもんだ。で、まずそもそも関わろうと思う相手がいない時点で友達なんて欲しいと思うか?」
「それは……」
「で、でも、友達はいた方が楽しいデスよ?」
アタシは少なくてもそう思うデス。でも、ししょーはそんなアタシに小さく微笑んで首を横に振りました。
「それは切歌だからだよ。世の中には友達は一人いればいいって人もいれば、多ければ多い程いいって人もいる。下手したら友達なんていらないって人もいるかもしれない」
「師匠は違う?」
「俺も正直友達はいなくてもいいかな? 何せ状況が状況だ。この歳で深夜帯勤務だと日中動き回るのが基本辛いし」
「そっか。お兄ちゃん、前はよくお休みの日、寝てばっかりだったもんね」
「そうそう。今はみんながいるし、ある程度体も慣れたから違うけどな」
たしかにししょーはあのゲームに色々起きた日を切っ掛けに、お休みの日はお家に来てエル達とうんうん唸るようになりました。
時々眠って、ご飯を食べて、夜になったらお部屋に帰るって感じで。
それが今じゃみんなと過ごすだけになってます。ししょーがいるとみんな楽しいデス。エルもヴェイグも笑顔が増えるし、何より幸せなんデスよ。
ご飯の時も、映画見てる時も、お話ししてる時も、ししょーがいるだけで笑顔が違うデス。
「ま、とにかくそんな風に学生の頃の俺は生意気で自分は周囲と違うって偉ぶってたガキだった。そんな感じだよ」
「それでもヒーローが大好きだから悪い人にはならなかったんだ?」
「むしろなる気も起きなかったよ。悪事ってのは絶対いつか報いを受ける。多かれ少なかれ、だ。そう思ってたから出来るだけ迷惑をかけないように、ひっそりと生きてたよ」
「それが今じゃ人知れず世界を守るために頑張ってる」
「ししょーは本当にヒーローデスね」
「や、止めてくれよ。改めてそういう風に言われると照れくさいから」
「だってお兄ちゃんはヒーローだもん。私達がこうしていられるの、お兄ちゃんがいたからだよ?」
「デスね」
「うん」
アタシと調が頷くとししょーは照れながら頭を掻きました。
でも、本当にそうデス。ししょーが響さんと出会って、クリス先輩と三人でまずは頑張って動き出して、翼さんが来て、奏さんが来て、セレナとヴェイグが来て、マリアとエルを呼んで、最後にアタシ達が来て、それでも何とか生活出来たのはししょーだったからデス。
マリアやエルから聞きました。ししょーがマリアを呼んだ時の事は全部。
ししょーの持ってるお金全部を賭けてアタシ達とししょーの世界を救いたいって、そう言ってマリアに来て欲しいってお願いした事を。
何て言うか、ホントししょーらしいって思いました。
いざとなったら思い切りがイイのがししょーデス。お金の使い方も、覚悟を決めればどこまでもって感じデスし。
「うーん、ならヒーローはこんな歳の女の子を抱き締めたりしないから止めないと」
「「「そこはいいの(デス)っ」」」
「あははっ! うん、了解ですお嬢様方。で、いつまでこうしてるおつもりで?」
「「「もうちょっと」」」
そこで言葉が重なって、思わず四人で笑っちゃいました。
その笑ってる間もししょーはアタシ達を優しく抱き締めてくれて、おでこにキスしてくれました。
それにセレナが「おでこだけ?」って言ったら、そういうキスはちゃんとしたシチュエーションが欲しいだろって、軽く笑って言うからアタシと調でブーブー文句デス。
アタシや調もそういうシチュエーションでキスして欲しいデスって、そう言ったらししょーがしたのはデコピンでした。
お家の中でキスをねだるような悪い子は一回お休みだそうデス。
だけど、仕方ないじゃないデスか。ししょーともっと一緒にいたいんデス。いっぱい抱き着いたりキスしたりしたいデス。
す、少しだけならエッチな事も興味あるデス。ししょーに胸を触られた時、ドキドキして、だけど全然嫌じゃなかったデスから。
「ししょー、ちょっと教えて欲しいデス」
「ん?」
アタシを見つめるししょーの目はとっても優しいデス。いつも、この優しい目で見てくれるから、アタシはししょーが大好きデス。
「ししょーって、エッチな事がしたくなる事あるデスか?」
そう聞いた瞬間、ししょーが見た事ないぐらい困った顔をしました。
「私も気になる。師匠、教えて」
「お兄ちゃん、私も知りたい」
「ないとは言えないよ」
「じゃあじゃあ、そういう時どうするデス?」
「他の事で発散するか、我慢する」
「発散? どうするの?」
「運動とか」
「「「運動?」」」
何故かそこでししょーが目を逸らしました。これはアレデス。これ以上は言いたくないって事デスね。
ふっふっふ……甘いデスししょー。今のアタシ達はししょーと密着してます。なら、ちょ、ちょっとだけ恥ずかしいデスがエッチな攻撃が可能なんデスよ。
「ししょー、どういう運動デスか?」
「教えて?」
「運動は運動。読んで字の如し」
「どういう事をやってるのか知りたい。師匠、教えて」
「教えてくれないとお、おっぱい押し付けるデスよ?」
「脅し方として斬新過ぎるだろ。あと、それは人によっては脅しじゃなくてご褒美だからな?」
「今のししょーはどっちデス?」
するとししょーはすっごく困った顔で黙りました。しばらくアタシの耳にはエアコンの動いてる音しか聞こえません。
「…………脅し4のご褒美4で勘弁して欲しいが2」
「「「複雑(デス)……」」」
「そうだよ。複雑だ。男としては脅しだよ。人としては勘弁願いたい」
「あれ? ごほうびは?」
「……雄として、かな」
「「「おす?」」」
ししょーが言った事がちょっと分からなくて首を傾げたら、セレナだけじゃなくて調も分からなかったみたいでした。
だからししょーに説明を求めたら、苦い顔で教えてくれたデス。
おすっていうのは、つまり動物の性別の事で、本能的な感覚ではって意味らしいデス。
……おっぱい、押し付けて欲しいって事デスよね、これ。
そう思いながらアタシはししょーを見つめました。
えへへっ、ししょーがオスならアタシはメスデスね。
「ししょー、じゃあオスで構わないデス。アタシはメスデスから」
「っ?! き、切歌?」
「ほえ? 何か間違ってるデスか?」
動物だと男の人がオスで、女の人がメスのはずデス。
「あ~……うん、何でもない。そうだよな。切歌はそういう子だった」
「何で呆れられてるデスかっ!?」
納得いかないデース!
「ふふっ、師匠? 私達がメスだと何か困るの?」
「し、調は何となく分かってるだろ」
「お兄ちゃん、私、まだおっぱい大きくないけどそれでも嬉しい?」
「えっと、それはどう答えてもダメなんだよセレナ」
「ししょー、アタシはこの中で一番大きいデスから安心してくださいデス」
「うん、むしろ一番安心出来ないんだよそれが」
そんな風に三人でししょーにくっついて、おっぱいを押し付けてたら揃ってゲンコツを落とされました。
で、もう寝るからってししょーに強引に追い出されて、仕方ないから三人揃って帰る事に。
でも、アタシ達は気付いてました。ししょーの、その、男の人の部分が大きくなってたって。
「私達、十分師匠に大人の女って思われてる事は確信出来た。この調子で頑張ろう」
「はい。お兄ちゃんが喜んでくれてるって事ですもんね」
「デスデス。三人で頑張ればいつか必ずオスの気持ちだけになってくれますよ」
そうなったら、きっとお嫁さん修行も一気にしてくれるはずデス。
――調やセレナと三人でししょーのお嫁さんにしてもらえるのも時間の問題デスね。楽しみデス……。
「……あと二分か」
何度も時計を見つめちゃう。気が付くと目が勝手にそこを見てる。
クリスちゃんはそんな私を見て呆れ顔。ううっ、分かってるけど露骨にため息を吐かれると地味に傷付く。
「あのなぁ、待ち合わせ時刻を過ぎたらお前の行動は理解出来るけど、まだなってもいないんだ。ちったぁ落ち着きやがれ」
「で、でもぉ」
「ったく、昨日の夜はやっとデートだってはしゃいでた癖に、今になって色々と慌てやがって」
そう、今日はやっと仁志さんとデート。しかも、仁志さんからクリスちゃんのスマホへメールがあって、今回のデートは時間指定だったりする。
隣同士なのにって思ってたら、どうやら仁志さんは現在外出中。何か考えがあるんだろうなってクリスちゃんは言ってたけど、一体何をするんだろう?
「っと、メールだ」
「っ!?」
スマホを弄ってクリスちゃんが少し黙ってからこっちを見た。
「アパート前に来てくれだと。そこで待ってるんじゃねーか?」
「分かった。じゃ、行ってきまーす」
「おう、行ってこい」
ウキウキ気分で靴を履く。ドアを開けて外へ出ると熱気が一気に襲い掛かってくる。
まだ暑いなぁ。と、そこで気付いた。アパート前に車が止まってるって。
で、見つめてると運転席側の窓が開いて……え?
「仁志さん?」
「お待たせ。さぁ、早く乗ってくれ。あまり長い時間は迷惑になる」
「は、はい」
言われたように急いで助手席側のドアを開けて乗り込む。するとゆっくりと車が動き出した。
でも、この車ちょっとタバコの匂いがする。仁志さんはタバコを吸わないから……元々するのかな?
シートベルトを締め終えた辺りで、仁志さんがちらっとこっちを見て微笑んだ。
私の、好きな顔だ。
「やっぱ驚いた?」
「え? あ、はい。まさか車で来るなんて」
「まぁ、響とクリスは待たせたってのもあるからさ。さすがに今暮らしてるのとほぼ同じ部屋で過ごすってのもどうかと思ってな。これ、実は実家の車なんだ」
「実家の?」
「そ。ちょっと前に久々に連絡取って、まぁ俺の現状を少し話したんだよ。あっと、みんなの事じゃなくて俺の仕事とかの方な? で、この前の日曜に父さんの誕生日祝いやら何やらを持って会ってきたんだ」
「そうだったんですね」
この前の日曜日は仁志さんがお休みだったのに、みんなで集まるのを夕方からにして欲しいって言ってたけど、その理由はそういう事だったんだ。
「そして、今回は車を借りてきた」
「い、いいんですか?」
車、使う事ないのかな?
「どうせ休日の買い物ぐらいにしか乗ってないから好きにしろって言われたよ。ああ、そうだ。タバコ臭くないか? 一応消臭剤で少しはマシにしたけど」
「あ、大丈夫です。多少しますけど気になる程じゃないから」
「そっか。ごめんな。父さん、かなりのヘビースモーカーなんだよ。最近は歳のせいもあって減ったらしいんだけど」
「そうなんですか。いくつなんです?」
「今年で63だか4だか。定年近いんだよ。昔ならとっくにだけどさ」
何だか不思議な感じ。そういえば仁志さんが自分のお父さんの事話すの初めてだ。
そう思って聞いてるといつの間にか車が見た事のない道を走ってる。
一体どこへ行くんだろう? も、もしかしてこのままホテル、とか?
なんて、そんなバカな事を思いながら仁志さんとの会話を続けた。
今はこれから行こうとしてる場所の話。仁志さんが言うには、中学生時代に一度行った事のあるボーリング場らしい。
「響、ボーリングは得意?」
「得意って程じゃないですけど、多少は。仁志さんは?」
「俺は全然。狙ってないのにガーターが取れる男だ」
「ぷっ……何ですかそれぇ」
「言ったままの意味。真っ直ぐ投げてるのに何故か曲がるんだよ」
想像すると面白い。仁志さんが真剣な顔でボールを投げてるのもそうだけど、それがギュンって感じで曲がってガーターへ落ちるのも。
「まぁ響も得意じゃないならいい勝負になるかな?」
「え~? さすがに私、仁志さんには勝てると思うなぁ」
何だろう。今、私、すっごく彼女っぽい。
「おっ、言ったな? じゃあ勝負しよう。2ゲームやって、合計スコアが高い方が勝ち」
「いいですよ」
本当に楽しい。何だろう? いつかのお部屋デートよりも恋人っぽいから、かな?
あと、車で二人きりっていうのも大きいかも。今の仁志さん、あの頃よりも大人の男の人って感じ強いし。
車はそのまま何事もなく進んだ。仁志さんは時々「懐かしいなぁ」って言いながら運転してた。
私はどうせなら仁志さんの育ったお家に行きたいなって、そう思って言ってみたら……
――今の家は俺が高校を卒業した辺りで引っ越した場所だからそこまで思い出ないぞ。
って、そんな風な悲しい事を言われてしまった。
「その前はどこに住んでたんですか?」
「え? あー、バーベキューやった店覚えるよな?」
「はい」
「あそこから歩いて五分ぐらいの、まぁ古い作りの借家」
「えっ? あのお店近くなんですか?」
言われてみれば、仁志さんはあの日、業務用スーパーもあのお店もナビを見ないで行ってた。
そっか。知ってる場所だったからなんだ。
「そうそう。俺が五歳ぐらいから高校卒業まで暮らした街だ」
「へぇ……」
そう思うとあの辺りを一緒に歩いてみたい、かも。仁志さんの育った街を、二人で。
そんな事を思っている内に車は目的地に到着。そのボーリング場はこの辺りじゃそれなりに歴史があるみたいで、仁志さん曰く物心つく前にも家族で来た事があるんだそう。
でも、その時はボーリングじゃなくてゲームセンターがメインだったらしいって笑ってた。キャラクターものの乗り物ではしゃいでたみたい。
見たかったなぁ、仁志さんの子供の頃。
「えっと、仁志さん」
「ん?」
「小さい頃のアルバムとかって、あります?」
「どうだろう? あるとは思うけど……母さんに聞いてみないとなぁ」
「あ、あったら見せて欲しいなぁって。ダメ、ですか?」
仁志さんが若干嫌そうな顔をしてるのを見ながらお願いしてみる。
で、ちょっとだけ見つめ合って、仁志さんがため息を吐いて項垂れた。
「分かったよ。じゃ、この後実家へ行くか。この時間は父さんも母さんも仕事で家にいないし、軽く探してみるよ」
「ほ、ホントですか?」
ど、どうしよ? 衝撃の展開だ!
「ああ。さてと、じゃあとりあえずは楽しもうか?」
「はいっ!」
そこからはボーリングを二人で楽しんだ。一回目は私が圧勝。ただ、スコアはそこまででもなかった。
仁志さんがガーターを連発して、でもたまにストライクを取ったりしてっていう、何というか荒い感じの展開だったけど。
「この感じなら私の勝ちですね」
「そうはいくか。二回目は俺が勝つ」
そう言って始まった二回目は、何と仁志さんが安定したスコアを取れるようになった。
理由は簡単。投げ方を変えたから。今までは力強い感じで投げてたのを、二回目からは勢いを付けないで投げるようになった。
すると、今まで曲がってたボールが急に安定して真っ直ぐ転がるようになって、ストライクは皆無だったけどスペアを時々取れるようになったから私よりも上のスコアに。
「な、何でこんなに変わるんですか?」
「まぁ、時には力や勢いより冷静さが必要って事だろうな」
「むぅ、でも負けませんから!」
「それでこそ響だ。うし、じゃあ負けた方はジュース奢りってのはどう?」
「いいですよ!」
そうして出た結果は、若干の差で私の勝ち。
で、今は仁志さんが悔しそうに自販機でお金を入れてるのを聞きながら、私はどれにしようか悩み中。
ジュース系がいいかな? 紅茶系も捨てがたい。でもでも、ちょ~っと変わり種っぽいのもいいかも。
こっちの自販機は私達の方とはまた違うから楽しいんだよね。あっ、この自販機限定ってやつにしよ。
「えいっ」
ガコンって音と共に缶が落ちてきた。手に取れば鮮やかな葡萄色。
「それにしたのか」
「はい。自販機限定ってあったから」
「あー、限定って言葉に人は弱いからなぁ」
言いながら仁志さんが選んだのも自販機限定のものだ。私は炭酸で仁志さんは紅茶。ただし、自販機が違うけど。
「じゃ、車に戻ろう」
「はい!」
そして、いよいよ仁志さんのお家へ行くんだ。どんなとこだろう? たしかマンションみたいなアパートって言ってたけど……。
移動する事十数分で車は駐車場に止まった。そこのすぐ横の三階建てが仁志さんのご両親が暮らしてる場所みたい。
階段を上がって一番上へ。右と左にドアがあるけど仁志さんは向かって右のドアへ近付いてく。
「っと、どうぞ」
「お邪魔しまーす」
中へ入ると左手側にドアがあって、右手側は部屋、かな? 正面はドアが開いてて広そうな部屋が見えるから、きっとリビングだね。
「そこは母さんの部屋。で、閉まってるドアはトイレ。リビングは正面だからそこにあるソファに座ってくれ」
「はーい」
靴を脱いでリビングへ入って軽く中を見回す。
広さは……今暮らしてる部屋よりちょっと狭いぐらい。でもダイニングがあるから合計はこっちの方が広いね。
「あの、仁志さんが暮らしてた部屋は?」
「……見たい?」
「はいっ! ダメですか?」
このままじゃ絶対見せてもらえないと思ってお願いしてみる。やっぱり気になるもん。
でも、思ってたよりあっさり仁志さんはいいよって言ってくれた。
「こっち。ついてきて」
「はーい」
リビングから見えてるドア。そこが仁志さんの部屋だった。
中は……狭い。翼さん達が暮らしてるとこよりも狭い。
「何もないに近いだろ?」
「はい。ベッドと机しかないですね」
「今のとこに引っ越す時に粗方運び出したんだ」
「そっか」
そう言いつつベッドへ座る。で、仁志さんを見つめた。
「何だか、あのお部屋よりも彼氏の部屋に来た感じ、します」
「…………まっ、実家だしな」
恥ずかしそうに顔を背けて仁志さんが鼻の頭を掻いた。
な、何だか私も照れてきちゃう。と、その時だった。
「あれ? 仁志? 来てるの?」
離れたところから聞こえてくる女の人の声。きっと仁志さんのお母さんだ。
「……マジかよ。母さんだ。嘘だろ? まだ帰ってくるような時間じゃないぞ」
不味いって顔をして仁志さんが振り返って部屋を出ようとして――
「ちょっとここにいてくれ。窓開けてくれていいから」
って言ってドアを閉めた。
でも、薄っすらとリビングの声が聞こえてくる。
「母さん、どうしてこの時間に?」
「体調悪くなったから人もいるし早上りさせてもらったの。明日夜勤だから、悪化したら私も病院も困るしね。というか、どうして来たの? 何か用事?」
「え、えっと、俺の小さい頃の写真とかってあるかなって」
「あるけど……そんなもんいきなりどうしたの?」
「いいだろ別に。で、どこ?」
「何その言い方。久々の親子の会話なのに……」
「あーはいはい。ごめんごめん。というか調子悪いんだろ? 部屋で寝てろよ。こっちは勝手に探すから。場所だけ教えてくれって」
「その私の部屋にあるんだわっ! ホントにこの子は相変わらずだね! 手を洗ったら出してあげるから待ってなさい!」
「自分で探すっての! てか、元気じゃないか! どこが体調悪いんだよ!?」
「吐き気がするの! あと、帰れないぐらい体調悪かったら病院で休んでるわっ!」
聞こえてくる会話で何となく仁志さんの子供時代が浮かんでくる気がした。
仁志さん、お母さん相手だと割と短気なんだ。それと、仁志さんのお母さんは結構短気かも。もしくは、仁志さんと一緒で家族の前だけそうなるのかな?
どたどたと歩く音がして、水が流れる音が聞こえてきた。
多分だけどこの部屋の近くに洗面所があるんだと思う。
そういえば、ダイニング近くに洗面所らしい場所があった気がする。
「ったく。気分が悪くて帰ってくれば、久々の息子は優しくないし……」
「この前も会っただろ」
「あの時はほとんどお父さんと喋ってたでしょうが。私は男同士の話だし邪魔しちゃ悪いと思って部屋にいたでしょ」
「よく言うよ。思いっきり部屋からDVDの音聞こえてたっての。また新しい海外ドラマ買ったんじゃないのか?」
「だから何? 私が自分で働いて稼いだお金で何買おうと自由でしょうが」
「別にそこに文句は……」
声が段々遠ざかる。多分だけど仁志さんのお母さんの部屋へ行ったんだ。
何というか、ちょっとだけ、ちょっとだけだけど家の事を思い出した。
お父さんとお母さんがこんなやり取りしてた事もないし、私とだってない。でも、何となく家族って感じがして、少しだけ心が切ない。
だからかな。仁志さんが昔使ってたベッドへ横になった。
埃とか舞うかなって思ったけど、意外とそんな事もなかった。
「……これ、時々掃除とかしてるんじゃないかな?」
いつ帰ってきてもいいように。きっとお休みとかの日に、仁志さんのお母さんがやってるんだ。
そう思うと、何だか胸があったかくなる。やっぱりどこの家でもお母さんはお母さんなんだなぁって。
私の家でも、お母さんは私が帰ってきてもいいようにしててくれる。母の愛って、こういう事なんじゃないかな?
窓を開けてベッドに横になってると割と涼しい。三階だからかな? 風が入ってくる感じする。
「何だか、思いがけない事になっちゃったなぁ」
ちょっとだけ興味本位で仁志さんのお部屋を覗きたかっただけなのに、まさかそこに隠れる事になるなんて。
「……これって、何か漫画みたい」
そう思ってると足音が近付いてくる。で、ドアが開いて仁志さんが入ってくるなりまたドアを閉めた。
「ふぅ、やれやれ。とりあえずご希望の物だよ」
「あ、ありがとうございます。お母さん、大丈夫ですか?」
「ん? ああ、聞こえてたよな、やっぱ。うん、大丈夫。吐き気が強くて、仕事をするのは難しいってだけみたいだ。今は部屋着というか寝間着に着替えてるはずだよ。隣、いいか?」
「あ、はい」
差し出されたアルバムを受け取った私の横へ仁志さんが座る。な、何だか今までで一番近いかも。
「さて、一体いつここを出れるか……」
「あっ、そうですよね」
このままだと私を連れて仁志さんは外へ出れない。仁志さんのお母さんが寝てくれれば問題ないんだけど……。
「とりあえず響はここでアルバムを見てくれていいよ。俺はリビングで母さんの様子を窺う。で、出られそうになったら呼びに来るから」
「は、はい」
そう言って仁志さんはまた部屋を出て行った。残された私はアルバムへ意識を向ける事にした。
「……仁志さんの小さい頃ってこんな感じなんだ……」
まず目に入った赤ちゃんの頃はよくある赤ちゃんって感じだったので飛ばしていって、目が留まったのは多分三歳ぐらいの仁志さん。
三輪車に乗って家の前、かな? そこで撮影した感じの写真だ。
次はお父さんと一緒にテレビを見てるとこ。後ろ姿のお父さんと、カメラに、多分お母さんに気付いて振り返ってる仁志さんが可愛い。
誕生日らしく蝋燭の明かりとケーキだけしかない室内で撮った写真もあった。
見てるだけで胸があったかくなる。その理由もすぐ分かった。
写真が笑顔ばかりだからだ。仁志さんが、時々仁志さんのお父さんやお母さんも笑ってる。
勿論笑顔じゃないのもあるけど、それはそれであったかい思い出の写真だもんね。
「響、母さんが自分の部屋へ入ったから今の内に。空調入れてるから開ける事はまずない」
「あ、はい」
気付いたら仁志さんがドアから顔だけ出してた。
なのでアルバム片手に、出来るだけ音を立てずに玄関まで移動する。
靴を履いてドアを開けると仁志さんが鍵を差し出してきた。
「これ、車の鍵。先に行って待っててくれ」
「分かりました」
鍵を片手に階段を降りて少ししたところではたと思い出す。
「仁志さんの部屋、窓開けっ放しだ……」
仁志さんに教えようと思って階段を上がった。でもそこに仁志さんがいなくて小首を傾げる。
「あれ? すぐ来ると思ったんだけど……」
とりあえず窓の事を教えないと。そう思ってこっそりドアを開けると、聞こえてくる声があった。
「仁志、あんたの人生だからどう生きてもいいけど、私達はいくつになってもあんたの親だから。もし困った事や助けて欲しい時は遠慮なく頼りなさい。いい?」
「……分かった。その、また夜に車返しに来るから。その時にまた話をする」
「そう。ああ、それと一つだけ」
「何?」
「いつでもいいから彼女、紹介しなさいよ? 来てたんでしょ?」
「「っ!?」」
思わず息を呑んだ。ど、どうして気付かれたんだろ?
「な、何言って」
「見慣れない靴、あったからね。スニーカーだったからあんたの友達か知り合いだろうと思ったけど、紹介もしないしピーンときたわ」
そ、そっか。靴か……。
「絶対結婚しろとは言わないし、孫の顔見せろとも言わないけど、そういう相手が出来て、長い付き合いになりそうなら会わせなさいよ? 私よりもお父さんの方が喜ぶだろうしね。お父さん、娘欲しがってたから」
「……そこまでの段階になったらな」
「それでいいから。そうそう、体に気を付けるんだよ。深夜業は負担大きいからね」
「母さんこそ、明日夜勤だろ。そっちこそ気を付けてな」
「ありがと。じゃ、彼女さん待たせちゃなんだから早く行きなさい」
「ああ。また顔見せるよ。ゆっくり体休めてくれ」
そこで私はドアを静かに閉めた。
ちょっと、ジーンとしちゃった。やっぱり家族っていいなぁ。
もし私も将来お母さんになったら、さっきみたいな事を子供に言うのかな?
「ん? あれ? 響? どうしたんだ?」
ドアを閉めた仁志さんが私を見て不思議そうな顔をする。
「実は、部屋の窓、閉め忘れたんですけど」
「あ~……いいよ。後で母さんにメールしとく。今日は雨も降らないだろうし、心配いらないって」
言いながら仁志さんが鍵を閉めた。多分だけどさっきの後だから戻りたくないんだろうな。
そう思いながら仁志さんと腕を組んで歩きながら笑顔になる。
いつか、私を紹介してくれるのかな? 俺の彼女って、そう言ってくれるのかな?
――でもそれは無理だ。だって、仁志さんは一人に決められない。ううん、それだけじゃない。このままだと二度と会えなくなるんだもん……。
思わず胸が痛んだ。心をギュって掴まれたみたいで、凄く苦しい。
さっきまでのあったかさや幸せが一瞬で消えた気がする。
「響? どうかしたか?」
「え? な、何でもないです……」
足が止まったから仁志さんが不思議そうに顔を覗きこんでくれた。
それだけでちょっとだけ心が軽くなる。胸の痛みが和らぐ。
「……そっか」
何か言いたそうな顔だけど、仁志さんは何も聞かないでくれた。
そのまま車へ戻ると中は灼熱地獄。
「そのままちょっとドアを開けておいてくれ。空調を入れるから」
「はい」
凄い勢いでエアコンから風が吹き出してくる。でも涼しい。
「響」
「へ? 何でっ?!」
呼ばれたから振り返った瞬間、キスされた。
驚いてる私の視線の先で仁志さんが少しだけ照れくさそうに頬を掻いている。
「その、これで少しは元気になれる?」
「ぁ……はい」
それだけで分かった。仁志さんは階段で私が気分を沈ませたって分かったから、それを何とかしようとしてくれたんだって。
「そっか……。よし、じゃあドアを閉めてくれ。昼飯を食べる店、探そう」
「はいっ!」
やっぱり私、この人が好き! ちゃんと私が見て欲しい時に見てくれるこの人が!
車は動き出すとゆったりとした速度で道を進む。
まるで私と仁志さんの関係みたいに、ゆったりと、進む。
「昼は何食べたい?」
「えっと……美味しい物がいいです!」
「それは俺も同感だけど、具体的には?」
「うーん……お、お寿司、とか?」
「回るやつでいい?」
「むしろそうじゃないと心苦しいです!」
「ははっ、違いない。じゃ、回転ずしにするか」
「はいっ!」
本当に、仁志さんと会えて良かった。私の初恋の相手が、ファーストキスの相手が、仁志さんで良かった。
――なのに、このままじゃ世界が私達を引き裂いちゃう。この幸せを、あったかさを壊しちゃう。そんなの、そんなの絶対許せない。させたくない……。
そうだ。それは、絶対そうだよ。
――悪意がゲートを作ってるなら、何とかしてその方法を聞き出せないかな? 維持する方法でもいい。何か、何か聞き出せないかな?
ゲートに関係する事を……悪意から……。
――もしそれが出来れば、また仁志さんと会える。一緒に過ごせる。キスも、それ以上の事だって出来る……。
仁志さんと……初めての夜を……?
――そのためにも悪意から聞き出さなきゃ。ゲートを作った方法や、それを維持している方法を……。
……そう、だね。聞き出そう。仁志さんとの出会いを悲しい結末で終わらせないために。
そして何よりも……
――只野響になるために……。
分かっていたさ、こうなる事は。それでも、置いていけとは言えなかった。
その後にあったチャンスさえも、俺の甘さのためにふいにしてしまったし。
だけど、実際こうなるのを目の当たりにすると自分の判断を後悔してしまう……。
「「「「可愛い~(デス)」」」」
切歌達年少組が見て可愛いと言っているのは響が実家から持ち出したアルバムである。
あの日の夜、車と共に返そうと思ったんだが……
――クリスちゃんに知られちゃって……。
そう言われてしまっては諦めるしかなかったのだ。チラリと見せてもらった室内では、クリスが布団に寝転がってアルバムを読んでいたもんなぁ。
顔は見えなかったけど、あれ、絶対笑顔だったと思う。だって足が時々パタパタと動いてたもの。
「なぁ、マリア? あのアルバム、たしか響達の部屋にあるはずなんだが?」
「今日の集まりのために持ってきたみたいよ? 何でも自分とクリスだけじゃ不公平だからって」
いや、そう言われたらそうかもしれないけど、むしろそこは独占欲を発揮して欲しいというか何というか。
なんて、そんな事を言おうものならどうなるやら。今のみんなはちょっと危ない感じがする。
あのクリスが見せた本来ならやらないはずの行動。あれは完全に悪意によるものだ。
つまり、みんなを乗っ取るのではなく、あくまで本人のままらしからぬ方向へ誘導してるんだろう。
……俺が言った事、意識してるとかないよな? 本人らしく振舞えないから、本人のまま狂わせていこうとかしてるんだとしたら、ちょっと不味い。
疑心暗鬼に陥りかねないからなぁ。もしもそれが狙いだとしたら厄介だし、悪辣にも程がある。
何せギアを展開出来ていても乗っ取られる事はある訳だし、神獣鏡で悪意を払ってもその日の内に乗っ取られた事もあるんだ。これをしておけば大丈夫という方法がない以上、完全に安心は出来ない。
「エル、見終わったら次はあたし達に貸しておくれ」
「分かりました」
「仁志さんの小さな頃か……。どんな感じかな?」
「今とそんなに変わらない?」
「さすがに変わってるよ。学生時代とかならともかく、な」
と、そこへ……
「いえいえ、結構面影ありますよ」
「おう、仁志の顔だったぜ」
既に見終えている二人が俺の意見を否定する。
そりゃまぁ、完全に違うとは言わないけど、今の方が大人っぽくなってる分違うはずだろ?
「よし、この話はここまでだ。それよりもまずは聞いて欲しい事がある。はい、ちゅ~も~く!」
手をパンパンと叩きながらそう言うとみんなが俺の方を見た。ただし、年少組以外は苦笑している。まぁいいさ。
「夢の国ニュースの時間です。未定だった内容の一部が、つい最近の有識者会議にて決定され、出発時刻は朝七時半となりました」
「七時半、デスか……」
「切ちゃん、また最悪起こしてあげるから」
「私達は平気だね、エル」
「はい」
年少組の反応に笑みが浮かぶ。予想通りであり、故に心あったまるやり取りだ。
「更に、行動開始は29日と決まりました。翌日の30日の夕方頃には帰宅する予定です」
「休み予定出しておかないといけないデスね」
「私達はもう出してるようなものだから平気」
「こういう時店長が一緒だと便利だよね」
調と未来の会話に苦笑する。まぁ今はシフト作ってるのたしかに俺だから、五人の休み希望は受理してるようなもんだけども。
「そして、気になる宿泊施設ですが夢の国提携のホテルに決まりました」
「提携の……」
「ホテル、デスか……」
「じゃあ遅い時間まで遊んでいられるんですね!」
「出来なくはないよ」
「「「「お~……」」」」
エルの言葉に笑みを浮かべるのはヴェイグを含めた装者年少組。本当に愛らしい子達だよ。
「はいはーい。ホテルの部屋割りってどうなってますか? やっぱり四人ずつぐらいで三部屋ですか?」
「そうなる。で、悪いけどメンバーはこっちで決めさせてもらった。まず、響・未来・クリスで一部屋」
「妥当だな」
「だね」
「うん」
仲良しトリオは元々同じ部屋で暮らしてもらう予定だったし、そういう意味では予想の範疇だろう。
「次が、奏・翼・切歌・調」
「ここも予想通り」
「だな」
「コンビ同士って感じですね」
「ツヴァイウィングと一緒なんて楽しみデスよ」
ここも不安はない。切歌は奏と相性がいいみたいだし、調と翼は風月コンビだからな。
「最後は俺・マリア・セレナ・エルにヴェイグ」
「ま、仕方ないわね。仁志だけシングルは費用がかさむし」
「それに、そうしたら兄様だけ寂しいです」
「うん、そうだね」
「タダノ、それぞれの部屋は遠いのか?」
「そこまでは分からないけど、多分同じ階で近くにしてくれるとは思う。あと、エルは申し訳ないけどセレナと一緒に寝てもらう事になるからよろしく」
「「はーい」」
仲良し姉妹の返事も聞けたところで響が少しだけ遠い目をするのが見えた。
「今月末、かぁ。遠いようで早いよね」
「そうだね。もう秋がすぐそこまで見えてるし」
「そういえば、朝の常連さんの中に混じって見慣れない人がちらほら増えてきました」
「ああ、うん。九月って転勤とかの時期なんだって。夕方に来てくれるおじさんの会社でも……」
調を中心に始まるコンビニトーク。ただし、そこに混ざれない人間が俺の他にもう一人。
「ん? 何?」
「いや、俺達夜勤はそういう話滅多に聞かないからな」
「まぁ時間が時間だしさ。でも、仁志先輩も思い切ったよね。泊まりで、しかもホテルなんてさ」
「聞いた時は驚いたわよ。ただ、詳しい話を聞くと貴方らしいとは思ったけど」
「そうだな。私も仁志さんらしいと思った」
既にある程度の内容を知っているドライディーヴァが苦笑する。
彼女達は、ホテルやアトラクションのファストパスなどがセットのプランと知っているのだ。
だが、まだ三人にも教えていない事がある。それは初日の昼飯をどこで食べるかと言う事。
実は、何と途中横浜中華街で美味しい中華を食べようという訳である。
しかし、これは当日中華街へ着くまでのお楽しみなのだ。
そう、これがヴェイグに言った“夢の国以外のお楽しみ”と言う訳だ。
……この際金は気にしない。みんなの配信による稼ぎもあるし、下手をしたらこっちでの最後の思い出になるかもしれないから。
「はいはい。この話もここまで。あまりすると切歌や響が気になっちゃうからな」
「もうなってますデス」
「だよね。だってもう二週間もしたら……」
「旅行デスっ!」
そうなんだよなぁ。気付けばもう九月も半ば。
あのバーベキューは半月前で、響とのデートさえも一週間近く前。光陰矢のごとしとはよく言ったもんだ。
残るクリスとのデートも今度の俺の休みにする事が決まっている。
まぁ、響が半分本気でホテルに行ってみたいと言い出した時には危うく事故になるところだった。
あれと同じ事をクリスも言いそうで怖い。何が怖いって俺がそれを最後まで却下出来るかどうかが不安だからだ。
何せ、最近切歌達三人が毎日のようにちょっとエッチな攻撃を仕掛けてくるわ、夕食前の散歩で翼は必ず腕を組んで胸を押し付けてくるわ、奏など勤務中に一度はキスをしてくるわ、マリアは朝食前に抱き締めて欲しいとお願いしてくるわ、響とクリスは引き継ぎの際に着けてるブラをこっそり見せてくるわ、未来は毎朝のジョギングの途中で“上手くみんなを受け止めて、時には受け流してくださいね”なんて言ってくる始末。
ん? 未来だけお色気がないじゃないかって? むしろないから怖いんだよ。
だって“私までみんなと同じになったら、只野さん、心休まらないですもんね”ってニッコリ笑顔で言ってきたんだぞ?
ただ、それが事実だったので感謝してもいるんだけど。
これ、本当に学生の頃じゃなくて良かった。二十代前半の頃じゃなくて良かった。そして夜勤じゃない頃じゃなくて良かった。
そうだったらきっと今頃、この世界は悪意によって滅ぼされたか支配されていただろう。
「そうだな。それと、分かってるとは思うけど」
「旅行が終わったら、最後のカオスビーストとの戦い、ですよね?」
無言で頷く。それできっと悪意が動くはずだ。
おそらくだけど、その戦いが最後の戦いになる。相当厳しいものになると思った方がいいかもしれない。
可能ならリビルドのツインドライブを使わず済むといいんだけど。
っと、そうだ。セレナとも、その戦い前にちゃんと向き合って、俺の真剣な想いを伝えよう。繰り返しになるかもしれないけど、それが大事なんだから。
「それで全てが終わる……いや、終わらせないといけない」
「そうね。この事件の原因である悪意を浄化して、終わらせてみせる」
「そうそう。で、その後は仁志先輩が撃破対象の戦いだからさ」
「そういう言い方は止めてくれよ。俺、ボロボロになるイメージしか湧かないんだけど……」
ドライディーヴァが揃って笑うのを見て俺は苦笑するしかない。本当にこの三人は頼もしいし綺麗でどこか可愛い。
「正直そっちの方が今までで一番激しい戦いかもしれねぇな」
「で、出来れば拳を握るような事はないといいなぁ」
「只野さんの覚悟や決意次第じゃないかな? それで私達がどうするか、だと思うし」
仲良しトリオの意見に俺は何も言えず苦い顔。というか、未来の言葉が何気に重い。
ハーレムなんて俺には無理だと思う反面ここまできたら実現したいと思わないでもないから。
「事実婚、なら問題ないらしいデスよ?」
「切ちゃん、それどこで聞いたの?」
「この前エルが調べてましたよ。ね、エル?」
「はい。婚姻届を出さず、同居生活を十年以上継続する事で事実上夫婦という形になれば、妻が複数いても構わないそうです」
「タダノ、知っていたか?」
「え? あー、事実婚ならな。それなら重婚状態はいいなんて知らなかった。ま、どっちも自分には縁のない言葉だと思ってたけど」
事実婚ならハーレムも合法なんて考えた事もなかった。
でも、たしか昔何かの事件でそういう状況を作ってたとかいう話を聞いた気がする……。
「これなら悪意がみんなへ入り込む事を防げるんじゃないか?」
「あー、残念だけどヴェイグ、そうはならないと思うよ」
俺がそういうと年長者組とエルは理解したような顔をし、響と未来は若干苦笑い。
で、年少組はどうしてと小首を傾げた。
ああ、あとヴェイグもか。本当に癒し効果の高い存在だよな、今のヴェイグ。
「えっと、響達の世界と奏の世界とセレナの世界。みんなの住まう場所はそもそも分かれてる」
「ああ」
「つまりな、こうやってみんな揃って暮らすのは無理に近いんだよ」
「……そうか」
どうやらヴェイグも分かったらしい。悲しいかな、俺の体は一つ。なのにみんなの世界は三つ。
どう考えても俺が決意したところで現状のような暮らしは無理。
「それでも、だとしてもの気持ちを俺は持ち続けたいとは思うけどな」
不可能だとしても、諦めず信じ続けていればいつか叶うかもしれない。
その希望を捨てず、俺は生きていく。この世界で、たった一人になるとしても。
「みんな、きっと気持ちは同じだよ。このまま暮らしていきたいって。だけど、君達には待ってる人が、場所がある。その人達や世界を見捨てて個人として生きるのは、止めた方がいい。せめて、その場所での役目や仕事を片付けてから旅立つべきだよ」
「んな事が出来ると思ってんのかよ?」
「出来るさ。雨はいつか止むし、明けない夜はない。ノイズや錬金術師が問題を起こさない時だって、シンフォギア装者の代替わりだって必ず来る。何なら、ここがみんなの世界にとっての神様の世界って言うなら、俺が書いてやるよ。何度でも何度でも平和になってみんながシンフォギア装者じゃなくてもいい世界の話を。ただの女性としての物語を」
「兄様……」
「それで君達の世界へ影響させてみせる。いっそ前に言った夢物語も書いてやるさ。根幹世界をベースに、奏とセレナの世界が融合したような、そんな有り得ない話を」
悪意がやった事の逆をやってやる。ああ、そうだ。俺が書いた物なんて大した影響力はないかもしれないけど、それでもだ。
もしかしたらがあるかもしれない。塵も積もればじゃないけど、俺の書く拙い二次創作がみんなの世界を変えるかもしれないんだ。
「俺はただの人だ。それでも、君達の世界からすれば神みたいなもんだって言うのなら、描いてみせようじゃないか。奇跡ってやつを、さ」
「仁志さん……」
こっちを驚きの表情で見つめるみんなへ笑顔を向ける。そうだ。俺が知ってる物語が響達がもがき足掻いた結果なのか、それともこっちで考えられた結果なのかは分からない。
だけど、今こうしてみんながここにいて、俺と一緒に俺の知らない時間を生きている以上、もう答えは一つだ。
もうこれからの彼女達の物語は、彼女達自身と俺で作っていくものだって。
そこからはみんなで切歌が借りてきてくれたアイマスの劇場版を見た。
詳しくは知らないみんなも、翼やマリアの繋がりで多少知っている芸能界と近しいそれに、感心したり驚いたりと楽しんでるようだった。
奏達三人もアイドルというものの厳しさなどを見て、自分達に似たものを感じたのか途中からは真剣な表情で見つめていた。
そして最後のライブシーンではみんな揃って感嘆の声を上げてくれた。
綺麗だもんな、ここのライブ。本当にそこにいるかのような臨場感もあるし、カメラワークがえぐいの何のって。
「マスターピース、いい歌デス!」
「うん、心に沁みる……」
「サビの歌詞、ウルウルしました……」
「僕はアイドルという物をほとんど知りませんけど、あんなに大変なんですね」
「だからこそ、笑顔が眩しいんだろう。辛い事や苦しい事を乗り越えた先の輝きだ」
ヴェイグの言葉が胸に響く。そっかぁ。それもあっての輝きの向こう側かもしれないなぁ。
「私、春香ちゃんの決断、凄く分かるな。手を差し伸べ続けるのって、強さだよね」
「響みたいだったよね、春香ちゃん。あっ、この響はアイマスの響じゃなくって」
「分かってるっての。でも何て言うか、あれだ。優柔不断って言われるけどよ、優しさを貫くってのは強さなんだよなぁ」
クリスが言うと説得力がある。彼女はその強さに二度も助けられてるからな。
無印は響でGで翼。年下と年上から伸ばされた手を掴んでクリスはここにいる。
「アイドルというのも、何ら私達と変わらないのね……」
「人前にて歌い踊る。そこに差などないのだな」
「あのバックダンサーの子達それぞれの意見はどれも分かるよね」
「チャンスを無駄にしたくないって気持ちも分かるし、せっかくだからみんなでやりたいって気持ちもな。プロとしての意識をって言うけど、プロだろうがアマチュアだろうが、自分がまず楽しめないと意味がないのがエンターテイメントの基本だし」
俺の意見に歌姫三人が頷いてくれた。世界を相手にしている彼女達が賛同してくれるのなら、やっぱりこれは一つの真理なんだろう。
で、時間を見ればそろそろ店へ向かわないといけない時間だ。
「じゃ、俺はそろそろ仕事に向かおうかな。みんな、おやすみ。それと、行ってきます」
「「「「「「「「「「「いってらっしゃい」」」」」」」」」」」
みんなに送り出されて玄関へ向かう。靴を履いて振り返れば、そこにはエル達年少組の顔がある。
小さく手を振ると四つの笑顔が手を振ってくれた。うん、これで何があっても頑張れる。
外へ出れば蒸し暑さが体を襲う。だけど、へいき、へっちゃら。
「あとは求人募集でみんなの後任が見つかる事を祈るだけだなぁ」
目下のところ、それだけが唯一の不安だ。せめて各時間帯に一人ずつ応募があればいいんだけど……。
夜道を歩く仁志を見下ろす黒い雲のようなもの。それが仁志から視線を彼の向かう先のコンビニへ向けた。
――あの場所に何とか潜り込めれば……。
仁志だけでなく響達装者の半数が働くコンビニ。そこへ影響力を及ぼせれば一気にその生活を脅かす事が可能。
それだけではない。上手くすれば彼らの絆も引き裂く一手が打てるかもしれないと、そこまで考え、悪意はほくそ笑んだ。
――あはは、そうか。何でこんな事に気付かなかったのかしら。あの小娘を使えば……ふふっ、ははっ、はははははっ!
いつも感想をくれる方、ありがとうございます。支えであり、励みです。
時々感想をくれる方、ありがとうございます。モチベーションが上がります。
まだ感想を書いた事のない方、読んでくれているだけでいいです。ありがとうございます。
……でも“面白かった”だけの感想でも頂けると喜びます。テンションが急上昇します。なので、頭の片隅にでも入れておいてやってくださいな。