シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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物事が上手くいきすぎる時は、一度状況や状態を客観的に見てみる事ですな。
一つなら偶然でも、それが三つ四つとなると怪しいですから。
ただ、全部が全部そうじゃないから性質が悪いんですけど……。

皆様、感想ありがとうございます。これで終わりまで戦えそうです。
大勢の方達の支援と応援に感謝します。


未熟少女Buttagiri!

「厳しいなぁ……」

 

 店からの帰り道、まだそこまで強くない陽射しを浴びながら呟く。

 今月に入って求人情報を店内掲示だけじゃなくてそういうサイトにも出したのだが、まだ応募さえないとオーナーに言われた。

 

――どこかの時間帯だけでも来てくれるかなって思ったんだけどね……。

 

 オーナーもそう言ってガッカリしてた。厳しいとは思ってたけど、やはり場所が悪いのかもしれない。

 駅前なら通学前か通学後に寄り易いけど、あの店はそういう意味じゃ駅から歩いて五分はかかる。

 それに、この辺は他にも学生がやりそうなバイト先あるもんなぁ。ネカフェにファミレス、ファストフードなんかも駅前だ。

 

「……かと言ってフリーターは基本コンビニは避けるし」

 

 来るとしても夜勤だ。あるいはWワーク狙いで早朝か。

 一番欲しい昼勤と夕勤はやはりフリーターからは敬遠される。安いからな、時給。

 俺だって夜勤やってるのは生活のためだ。もしこれが日中の時給ならとっくに辞めてる。

 

 こうなるとやっぱりみんながいかに助かる存在かって事なんだよな。

 表向きは未来と奏以外は学生で通してるけど、実際は五人ともフリーターだ。

 しかも今までやりたくてもやれなかったとあって、仕事への熱意や情熱も高い。

 はっきり言って、あの感じならもっと時給のいい仕事へ就けると思うぐらいに。

 

「……最悪高山さんにお昼まで勤務してもらう事を考えないといけないかも」

 

 朝勤を俺が兼任すれば調と未来が抜けた穴は何とかなる。

 問題は響とクリスだ。夜勤も問題だけど、奏が抜けて次の人が見つかるまでオーナーが繋ぐ事は出来ると思うし。

 

 割と響とクリスの存在は大きいんだよなぁ。何せ二人は既に働き出して半年近くになる。

 その愛想の良さで人気の響と、仕事の覚えが早く責任感の強いクリスは、今や夕勤の中核をなしてるから。

 

 特にキツイのはクリスだ。夕勤のバイトリーダーとしてオーナーが信頼してるし、発注もこなすし響達他のバイトのフォローも出来る。

 オーナーが時々冗談で学生じゃなかったら店長にしたいと言うぐらいだ。

 俺も正直同感だ。仕事の覚える速度や意欲は完全にクリスの方が上だし。

 

 そうこう考えている間にマリア達の家へ到着。

 

「ただいまぁ……」

 

 静かに引き戸を開けて中へと入って台所へと向かう。途中で居間を覗いて可愛い寝顔を見る事も忘れずに。

 到着した台所ではパジャマでエプロン姿のマリアがお出迎え。見慣れてきたけど、やっぱり新妻っぽいよな。

 

「おかえりなさい」

「あ、うん。ただいま」

「もう出来るわ。シュークリームとかをしまったら手を洗ってきて」

「了解」

「あっ、それといつものも、ね?」

 

 その言葉にため息ではなく若干の喜びを覚える俺はやっぱりダメな気がする。

 冷蔵庫の中へ持ってきたシュークリームなどを入れて閉めると、俺は料理中のマリアを後ろからそっと抱きしめた。

 

「いつもありがとう。その、幸せだよ」

「……私もよ」

 

 それだけのやり取り。でも、きっとこれがマリアにとっては幸せなんだと思う。

 俺は……幸せでもあり苦しさでもありってとこか。

 そっとマリアから離れて洗面所へ行こうとすると、何故か腕を掴まれた。

 

「マリア?」

 

 振り返ればマリアが腕を掴んでた。その表情は、どこか色っぽい。

 

「仁志……その」

 

 何か言いたい。だけど言い出すのはいけない。そんな感じがする表情だ。

 なら、きっと言いたい事は一つ。だけどそれは色々不味いかもしれないので別の場所に替えさせてもらおう。

 

「え?」

 

 俺の腕を掴んでいたマリアの手を優しく引き剥がして、その手の甲へキスをする。

 よくある騎士が姫などにする、アレだ。

 

「これで許して欲しい」

「……十分よ。ええ、私の騎士だもの」

「じゃ、頑張って体を鍛えないとな。今のままじゃその称号に潰される」

 

 言いながら台所を後にして洗面所へと向かう。

 するとそこでヴェイグとでくわした。

 

「タダノ、おはよう」

「おはようさん。いつものは冷蔵庫の中だ」

「そうか。ああ、そうだ。タダノ、一ついいか?」

「ん? どうした?」

 

 冷たい水で手を洗い、ついでに顔も洗うかどうか考えていると……

 

「実はあのクリスの騒ぎの時、微かにだが嫌な匂いがした」

「っ?! く、クリスから?」

「いや、違う。みんなからじゃない」

「へ?」

 

 どういう事だ? そう思いながら俺はヴェイグの言葉を待った。

 

「……ほんの少しの間だが、微かに外からしていた。だけど気が付いたら感じなくなった」

「マジかよ……」

「ああ、まじだ。タダノ、悪意は本当に俺達の近くにいるんじゃないか? もしかすれば、操る時も今なら匂いが分かるかもしれない」

「そっか。ゲートを閉じてしばらく経ったから完全にこの世界自体から悪意の匂いも薄れた……」

「だと思う。ただ、いつかのマリアと同じだ。意識してないと気付けない」

 

 シュンとしょげるヴェイグを見て俺は水を止めて手をタオルで拭いた。

 そしてその前へしゃがみ込んで肩へそっと手を置く。

 

「十分だよヴェイグ。今後、もしみんながらしくない言動を取り始めたら、意識して匂いを探ってくれ。これまで倒してきた悪意は本体じゃなかったけど、今回ヴェイグが感じ取ったのは間違いなく本体の匂いだ。それを神獣鏡とかの悪意へ効果があるギアで攻撃すれば……」

「全てが解決出来る、か?」

「ああ」

 

 ただ、一つだけ疑問がある。もし仮にこの世界で悪意を倒したとして、みんなは自分達の世界へ戻れるんだろうか、と。

 

 もしかして、悪意が未だにこの世界に残っているのは、自分をここで倒す事がみんながそれぞれの世界へ帰れなくなるからかもしれない。

 ゲートを閉じるぞ。俺と会えなくなるぞ。それがゲート内や根幹世界での切り札なら、この世界での切り札は“元の世界に帰れなくなるぞ”かも。

 

 台所へ戻ってマリアを交えながらその話をすると、彼女も真剣な表情で同意してくれた。

 

「有り得るわ。こっちでは仁志に、他では私達に揺さぶりをかける事は十分考えられるもの」

「こうなると、次のカオスビーストとの戦いが本当に悪意との決戦になりそうだな」

「だな。ゲートを解放するのも最後になる以上、悪意もそこでゲートの中へ戻るはずだ」

 

 俺の意見に二人が頷く。最悪悪意の本体だけはここに残ってまた同じ事を引き起こすって事も考えたけど、動画の反応を見るに多分それは不可能だと思う。

 つい最近翼とマリアに“星天ギャラクシィクロス”を歌ってもらってアップしたんだが、これに聞き覚えがあると言う声が最初から割とついたのだ。

 

 おそらくだが、悪意の影響力が落ちた事でゆっくりと“戦姫絶唱シンフォギア”の事を思い出せる環境が整いつつあるんだろう。

 

 こうなるとやっぱり旅行前に何とかドライディーヴァに新曲を歌ってもらってアップしたい。

 

「……マリア、今日バイトだっけ?」

「そうだけど?」

 

 となると日中は無理、か。奏は休みだから問題があるとすれば俺、か。何せ今夜も勤務だ。

 だけど何とかなる。駅前のカラオケじゃなく動画撮影に使う方なら駐車場も多いし、また電車で実家まで行って車を借りてこよう。

 それならギリギリまでカラオケにいられるし、バイト終わりのマリアを歩かせずに済む。

 

「今夜、バイト終わりに翼と奏を連れてドライディーヴァ、頼めるか?」

「いいけど……」

「じゃ、バイト終わったら迎えに行くよ。奏と翼には俺から連絡しておく」

 

 善は急げだ。悪意もおそらく自分のしかけた事がひっくり返されつつあるのを分かってるはず。

 なら、それに対処される前にこっちが手を打たないといけない。

 何せ相手は一度は完全勝利目前までいったんだ。油断ならない相手である事に変わりはない。

 

 飯を食べ終わってマリアへ礼を言ってから外へと出る。

 今週に入ってから俺は朝夕の散歩やジョギングを一人でする事にしていた。

 理由は一つ。みんなと別れた後の喪失感に潰されないためだ。

 要するに少しずつ生活も一人のものへと戻していかないといけないと、そう思った。

 

 みんなへは包み隠さず言ってある。ただし、それはマイナスな表現じゃない。

 

――みんなと再会するまでの間に寂しさや辛さに潰れないために、少しずつ心を鍛えたいんだ。

 

 そう言ったらみんなが納得してくれた。それがやせ我慢や納得させるための方便である事も、どこかで分かっていながら、だ。

 

 やっぱり俺はみんなに支えられて立っている。強い俺でいられるのは、みんながいるからだ。

 

「あっ、只野さん」

 

 そう思って歩いていると前から未来がやってきた。ジョギングウェアなので一人で走っていたんだろう。

 

「やぁ」

「散歩ですか?」

「そんなとこ。未来はジョギング?」

「はい。私も心を鍛えてる最中です」

 

 微笑みと共に告げられた言葉に頬を掻く。

 

「そっか。戻っても走るつもりか」

「せっかく習慣付いたし、走る事は嫌いじゃないからいいかなって」

「じゃあ、出来るだけ早い内に並走出来るようにしないとな」

「……はい、信じてますから。じゃあ」

 

 噛み締めるようにそう言って未来はまた走り出した。

 その背を少しだけ見送り、俺も歩き出す。

 ホント、ハートを磨くっきゃない。普通じゃない経験をして、それを乗り越えてきたみんなに並ぶには、まだ俺のハートは輝きや強さが足りなさ過ぎる。

 

「俺をみんなはヒーローだと言ってくれた。その言葉に、想いに相応しい人でありたいからな」

 

 今の俺は、子供だった俺が少しはカッコイイと言ってくれる大人になれただろうか?

 あの頃の俺が憧れる背中になれてるだろうか?

 

 ああなりたいと、そう思える男に近付いてるだろうか?

 

「……思えば、俺が憧れてる背中って、よくよく考えると父さんなんだよなぁ」

 

 何の力もなくても、自分の大事なものを一生懸命守り抜く。その原点は父さんだ。

 そして、俺がエルやセレナと接してる時に無意識に真似てるのも父さんだ。

 ああ、そっか。翼だけじゃない。俺も同じだ。俺の中にも父さんがいる。

 

「あれ? 何だか視界が……」

 

 そんな事を思ったからか、自然と視界がぼやけてきて大変だ。

 いかんいかん。朝早いとはいえ路上で三十路のおっさんが泣きながら歩いてるなんて気持ち悪いぞ。

 

 そう思いながらも涙は止まるどころか溢れてくる。仕方ないのであの駐車場へと移動し、そこの隅で座って空をしばし見上げた。

 

「…………今日車借りるついでに感謝でも言っておくか」

 

 きっと突然の事に怪訝な顔をするだろう。それでもいい。伝えられる内に伝えておこう。

 

 “親孝行 したい時には 親はなし”なんて、そんな事になる前に……。

 

 

 

「マリアちゃん、今日もお疲れ様」

「お疲れ様です」

 

 時刻は午後七時。私の勤務もこれで終わり。本当はここから九時まで独身のお客さんで忙しくなるんだけど、元々陽子さん一人で切り盛りしてたので問題はないそうだ。

 

「で、お迎え来るんだろ? だから早く上がっていいよ」

「すみません」

 

 ニヤニヤ笑う陽子さんに頭を下げ、私は身に着けていたエプロンなどを外しながら一旦二階へ向かう。

 

「それにしても、どうしてあそこまでニヤニヤしてたのかしら?」

 

 陽子さんは私が仁志と関係を発展させた事を知ってる。まぁ、さすがに真実を知ってる訳じゃないけど、それでも今更仁志が私を迎えに来るぐらいであんな顔するかしら?

 

 そんな事を疑問に思いながら階段を降りて店の外へと出ると、見慣れない車が止まっていた。

 と、その車の運転席の窓が開いて……え?

 

「マリア、お疲れさん。早く乗ってくれ」

「ひ、仁志?」

 

 まさかの展開に驚きを隠せない。レンタカーをわざわざ借りてきたの?

 そう思いながら助手席側へ近付きドアを開けると、微かにタバコの匂いがする。

 で、当然後部座席には翼と奏がいた。

 

「お疲れさん」

「マリア、お疲れ様」

「ええ」

 

 ドアを閉めると同時にシートベルトを締める。それを見てから仁志が車を動かし始めた。

 

「仁志、この車って」

「レンタカーじゃないってさ」

「仁志さんが実家から借りてきたんだ。タバコの匂いは仁志さんのお父様が吸うからだそうだぞ」

「そうなの?」

「ああ。まぁ、この匂いを我慢出来れば、後は借りに行く面倒と返した後の帰りが怠いだけでガソリン代程度で使える車だからさ。便利は便利だよ」

 

 軽く笑いながら仁志はハンドルを握る。心なしか初めて乗った時よりも運転が上手くなってるわね。

 まぁ、あの日から定期的に車を運転してたもの。慣れてきても当然か。

 それにしても、実家の車、ね。いつの間にかご両親と関り合うようになったみたいでちょっとだけ嬉しいわ。

 

「もしかして仁志先輩がタバコ吸わないのって、親父さんの影響?」

「そうだな。小さい頃からタバコの匂いが嫌いで、ある程度したらそれに害しかないって知って余計に。父さんは俺が反面教師になったからだって笑ってたけどな」

 

 そう言って仁志は軽く苦い顔で笑った。

 ふふっ、何となく浮かんでくるわね、仁志のパパさんの顔。

 きっと仁志にどこか似た顔でニヤッと笑ってるんでしょう。

 

「で、急遽ドライディーヴァとして動いてもらう事になってすまない。可能な限り悪意の対応より早く動いておこうと思ってさ」

「悪意の対応……そういう事ね」

 

 要するに一番最初行ったような行動を取られる前に、以前よりも強烈に私達の、シンフォギアの事を世界へ刻み付けようって事か。

 

「残すカオスビーストは一体。そいつを失えば悪意の手駒はないからね」

「故に、その保険として再度この世界から戦姫絶唱シンフォギアを消そうと準備をする可能性があるわ」

「ああ、仁志さんらしい判断だと思う。先手を打つのは大事だし」

「ありがとう。で、今回はテーマを設けてみたいんだ」

「「「テーマ?」」」

 

 前回は好きに歌ってと言って天鳴ノ協奏曲が出来た。だから今回はそれとは違う形にしてみようって事かしら?

 

「ああ、希望を歌って欲しい。もしくは光でもいい。それをイメージして三人のハーモニーを聞かせてくれないか?」

 

 まるでプロデューサーだ。でも、そうかもしれない。ドライディーヴァに関しては仁志のユニットだもの。

 そう考えるとまるでアイマスだわ。私達からすれば、仁志はあの眼鏡の男性なのね。

 

「いいわ。プロデューサーがそう言うなら」

「え? マリア?」

「そうだねぇ。あたしもいいよ。プロデューサーさんに従うさ」

「奏?」

「うん、そうだね。私もいいよ、プロデューサー」

「翼まで……。こういう事に悪乗りしてくれるようになったと喜ぶべきか悲しむべきか……」

 

 そう言って複雑そうな表情のまま仁志は運転を続けた。

 普段だったら十五分以上はかかる道のりがほんの数分で着いた時は、分かってはいたけど車の便利さを実感した。

 

 もう見慣れたカラオケ店の中を歩き、部屋の中へ入るなり奏が口を開いた。

 

「さてと、希望や光って言われたけど、どうする?」

 

 奏の問いかけはテーマを一致させようというものだった。

 なら、私は……

 

「いいじゃない。希望の光って事にすれば」

「ああ、私もそれがいいと思う。何も分ける必要はない。一緒にして歌えばいい」

「……うし、じゃそれで」

 

 そこで揃って仁志へ目を向けると彼は頷いてスマートフォンのゲームを起動させる。

 私達はその間に聖詠を唱えてギアを展開。すると即座にアイドルギアへと姿が変わった。

 

「じゃあ、頼むぞドライディーヴァ」

 

 その言い方が本当にプロデューサーみたいに思えて、私達は苦笑しながら頷いた。

 

 そうして歌った歌は、何というか自分達でも分かったぐらい“アイマス”に影響されていた。

 だけど、仁志は嬉しそうに曲名を考え“貴方ト云ウ 音流レ 満チルナラ”と名付けた。

 そのタイトルに私達は仁志の想いを感じて微笑み、こうして帰るだけとなった――のだけど……

 

「「「知らぬが~仏ほっとけない」」」

 

 仁志の希望により、そのままの格好でドライディーヴァは竜宮小町の代表曲である“Smoky Thrill”を歌う事に。

 格好もあってか仁志が幸せそうな表情でその歌を聴き入ってくれて、私達も笑みを浮かべたまま歌う事が出来た。

 

 仁志は今夜も勤務のため、九時には店を出なければならない。でも逆を言えば九時まではいられる。

 私だけでなく奏も翼もこんな機会を逃すつもりはなかった。三人での歌もそこそこに、残った時間で私達は一人が代わる代わる歌いながら残る二人で仁志へじゃれつく事にした。

 

 だけど、私がある歌を歌ったらそれを翼も奏も歌い出した。

 仁志が一緒に歌ったからだけど、それだけじゃないのは明白。

 何故なら私も翼も奏も不敵な笑みを浮かべたままで歌ったから。

 

 だから最後には同じ歌を三人で歌う事に。一つのマイクを手に揃って視線を仁志へと向けたままで。

 

「三年目の浮気ぐらい大目にみろよ」

「「「開き直るその態度が気に入らないのよ~」」」

 

 終始苦い顔の仁志と終始笑顔の私達。

 でも、分かってるわよ仁志。貴方は浮気と言うよりは全部に本気。

 だって、そんな浮気なんて器用な事が出来る人じゃないもの。

 翼も奏もそれを分かってるから笑ってる。それでも、どこかで自分を見て欲しいと思ってる。

 

 それが女。仁志、貴方が私達の揉め事を嫌がるし、悪意に利用されたくないから私達は大人しいだけで、本来ならとっくに揉めに揉めてるのよ?

 

 これを回避したいのなら、未来が言ったように貴方がもっと強く意思を示して、私達をねじ伏せてみせて。

 力じゃなく、心で。あるいは、愛と欲で。なので店を出る前に私達は共謀して仁志へある事を迫った。

 

「さすがにそれは……」

「仁志、そういうところよ? 貴方の優しいところは好きだし、好感も抱いてるわ。だけど、たまには強気に、ちょっと生意気に生きてもいいの」

「そうだよ先輩。時々見せる素顔な男らしさ、見せてくれない? 本で読んだ男らしさなんて早く飛び越してよ」

「仁志さん、貴方に少し足りないのは押しの強さだよ。今は前だけ見ればいい。信じる事を信じればいいから」

「…………ふ~っ、分かった。要はもっと自分に自信を持って、それとそっちに流されないような意思を見せろって事だもんな」

 

 そう言ってこちらを見つめる仁志は、その、たまに見せる頼もしい表情をしていた。

 

「優しさだけじゃ愛は守り切れないんだもんな。なら……」

「ぁ……」

 

 私を抱き寄せて少しだけ鋭い眼差しで見つめる仁志に胸が高鳴る。

 

「マリア、後悔はさせないよ」

「っ……ええ」

 

 そこからは、その、夢みたいな時間だった。

 ほんの数秒だったけど、彼に、仁志に出会って良かったと心から思えた。

 

 私の次に深く求めるキスをされた奏も、翼も、私と同じでしばらくソファに座って呆然とした。

 

「気持ちは分かるけど、悪いが俺は仕事があるんだ。車へ行こう」

「え、ええ……」

「う、うん、分かったよ……」

「は、はい……」

 

 気付いたらギアが解除されてた。それぐらい精神を乱したんだと分かって、顔が熱くなる。

 車に乗り込むと仁志は平然とシートベルトを締めて発車準備を始めた。

 その横顔には、本当に動揺など見えない。本気でもう覚悟を決めたの?

 

「じゃ、動かすぞ。店の駐車場に止めるから、悪いがそこからは歩いて帰ってくれ」

 

 そこからの数分間はよく覚えていない。

 気付いたら車が仁志の働くコンビニの駐車場に着いていて、私は翼や奏と一緒に道を歩いていたから。

 

「……ね」

 

 そんな中、奏が空を見上げて声をかけてきた。

 

「何?」

「仁志先輩ってさ、ホントに極端だよね」

「うん、そう思う。以前仁志さんが言ってたんだけど、本当に環境で人って変わるんだなって」

「……そう、ね。仁志は環境で変わってると思う」

 

 今夜の行動なんてまさしくそれだ。私達が言った言葉を受けて、腹を括ったかのように動いてみせたもの。

 

 ……このまま帰ったら確実に不味いわ。もう少し気持ちを落ち着けてから帰りましょ。

 

「ねぇ、ちょっとだけ散歩に付き合ってくれない?」

 

 そう二人へ声をかけると、彼女達も同じ事を考えていたのか苦笑して頷いた。

 夜道を女三人で歩きながら話して笑う。話題はさっきのカラオケだ。

 三連続で同じ歌を歌うのもおかしいのに、最後には全員でもう一度歌ったのだから余計だろう。

 

「仁志さん、最後には疲れたように笑ってたね」

「ホントだよ。でも、それもあったから帰りには……さ」

「そうね。男、見せてくれたわ。あの飲み会の時はどこかでお酒の勢いもあったのにしなかったけど、今回は素面のままであんなに情熱的なキスをしてくれた」

「……覚悟、決めたんだろうね」

「だと思うよ。あの時の歌みたいだね」

「「歌?」」

 

 私と奏が揃って疑問符を浮かべると、翼は小さく苦笑して口ずさんだ。

 

「みんな~のために~、覚悟決めるぜ~ウルトラ~マン」

「「ああ……」」

 

 成程、納得だわ。仁志なりにみんなのヒーローであろうとしたのね。

 その方法がああいう方向って言うのはちょっとどうかと思うけど、でも仕方ない。

 何せ私達が求めているのはそういう事だもの。女として、もっと求めて欲しいってそういう事だ。

 

――今の仁志なら、強く求めれば応えてくれるかもしれない。私を、強く深く愛してくれるかもしれない……。

 

 でも、さすがにそれは無理って言われるわ。悪意に利用されるって確信が持てるもの。

 

――だからって諦められない。みんなの前では平気な振りをしてるけど、私だって二度と会えないかもしれない事を恐れてる。せめて、仁志と強く繋がった証が、思い出が欲しい……。

 

 強く繋がった思い出……。

 

――私一人じゃ断られるなら、かなり抵抗感はあるけど複数で頼めばどうかしら? そう、例えばドライディーヴァとして……。

 

 そ、それは……仁志も男性だから嫌とは言わないでしょうけど……。

 

――頼む時は複数で、実際の時は二人きりになるようにすれば奏と翼も賛同してくれると思うし……。

 

 どこかで二人も同じ事を思ってるはず、よね……。

 

 そう思って私は思い切って二人へ持ちかけてみる事に。

 すると丁度二人も似たような事を考えていたらしく、とんとん拍子に話は進んだ。

 

――じゃ、まずねらい目は旅行後の仁志の休みの日ね……。

――そこでドライディーヴァとして相談があるって持ちかけてあたし達の部屋へ呼ぶ……。

――順番は仁志さんに決めてもらおう。それなら文句もないだろうし……。

 

 話が終わった瞬間、私達は同時に同じ笑みを浮かべた。

 その日が待ちどうしくて仕方ないって感じの、笑みを……。

 

 

 

 いつものようにお兄ちゃんの部屋のお掃除を終えた私は、出してもらったお茶を飲んで一息ついてた。

 すると、そんな私を見てお兄ちゃんは大事な話があるって切り出した。

 

「大事な話?」

「ああ。その、今月末の旅行が終われば残るは最後のカオスビーストとの戦いだろ? その時、何が起きるか分からない。そのためにも、セレナにもリビルドギアを手に入れて欲しい」

「でもそれには……」

 

 リビルドってギアは私はなった事がない。奏さんもそうだったみたいだけど、お兄ちゃんとのキスでなれるようになったって聞いた。

 だけどお兄ちゃんは私とはまだキスしてくれていない。そういう状況って言うか、私が喜ぶような時にしたいって事らしい。

 

「そうだ。だからセレナ、まずは聞いて欲しい。俺は、ギアの事がなくても君の事を大切に思っているし、許されるのならキスだってしたかった。でも、ここで許してなかったのは他ならぬ俺自身だったと気付いたんだ」

「お兄ちゃん自身が?」

「そうなんだ。セレナはあの夜にそうされてもいいよって気持ちでいてくれたのに、俺は自分の中で妹のように思ってた相手をいきなり女として見て、扱う事が許せなかった。だけど、それで傷付くのが他ならぬセレナだって分かった」

 

 私から一度も目を逸らさず、お兄ちゃんはそう言って頭を下げた。

 

「本当にごめん。セレナの心を守ろうとして、自分よがりな考えで余計心を傷付けた」

「お兄ちゃん……」

 

 前も聞いたけど、本当にお兄ちゃんは私を妹みたいに思ってくれてたんだ。

 でも、それだけじゃ私が嫌だって言ったから、今はちゃんと女の人としても見てくれてるんだね。

 

「ううん、いいの。私も子供だった。お兄ちゃんが大人として私を大事にしてくれてたのに、それを子供扱いって思って嫌がったんだもん」

 

 それに、今は違う。今は私を一人の女性としてお兄ちゃんは扱ってくれてる。

 

「だから顔を上げて、お兄ちゃん。私、嬉しいんだ。だって、まだ私は子供なのに、こうしてちゃんと向き合ってお話ししてくれるから。大人の姉さん達と同じように接してくれるから」

 

 そこでお兄ちゃんはゆっくりと顔を上げた。その表情は安心するように笑ってた。

 

「ありがとう、セレナ」

「どういたしまして」

 

 お兄ちゃんの笑顔を見てると心があったかくなる。

 それにしても、どうして今日は切歌さん達一緒に来てくれなかったんだろう?

 

「ねぇお兄ちゃん」

「ん?」

「切歌さん達、どうして今日来ないか知ってる?」

「まぁ俺が頼んだし」

 

 どこか気まずそうにお兄ちゃんはそう言った。どういう事なんだろう?

 

「その、セレナとキスするために、な」

「っ!?」

 

 ドキッとした。お兄ちゃんは、その、とってもカッコイイ顔をしてたから。

 大人の男の人って感じ。顔が熱くなってくる。でも、でも嬉しい。

 

「こっちにおいで」

「ぁ……うん!」

 

 お兄ちゃんに呼ばれてすぐにお兄ちゃんの前まで行く。

 その次の瞬間、お兄ちゃんが私を抱き締めてくれて胸に顔を埋めた。

 お兄ちゃんの匂いがして胸がキュンってなって、顔も熱くなってくる。でも、幸せ。

 

「セレナ、上を向いてくれ」

 

 聞こえた声に顔を上げれば、そこには優しく笑うお兄ちゃん。

 

「俺の想いが君の力になる事を心から願うよ」

「お兄ちゃん……」

 

 ゆっくりと近付いてくるお兄ちゃんの顔を見て私はそっと目を閉じた。

 

「んっ……」

 

 そのすぐ後、私の唇に何かが触れた。

 あったかくて、ちょっとだけガサガサしてるような、不思議な感じのもの。これがお兄ちゃんの唇なんだって、そう思ってる間にそれは離れてった。

 

「……お兄ちゃん、えっと」

 

 もう一回して? そう言おうと思ったらお兄ちゃんが小さく微笑んだと思うと、すぐにチュッてしてくれた。

 それと同時に抱き締めてくれて、まるでお兄ちゃんの気持ちが伝わってくるみたい。

 

 大好きだよ。大事にするね。そんなお兄ちゃんの気持ちが、心が流れてくるみたい……。

 胸の奥があったかくなって、軽くなっていく感じがする。

 今まで早くお兄ちゃんのお嫁さんになりたいって思ってたけど、そんなに急がなくてもいい気がしてきた。

 だって、お兄ちゃんは待っててくれるもん。私が大人になるのを、ゆっくり待っててくれるから。

 

 私、しっかり大人になりたい。お兄ちゃんがおじさんだってみんなに言われてもいいから、お兄ちゃんが結婚してくださいって言いたくなるような、そんな大人の女性に。

 

 ピコンって音が聞こえて、お兄ちゃんと一緒になって依り代へ顔を向ける。

 

「……見てもいいか?」

「う、うん」

 

 お兄ちゃんが依り代を手に取ってゲームを起動させる。私はギアを展開させてお兄ちゃんを見つめた。

 

「……あった。タップするぞ?」

「うん」

 

 そうして変わったギアは、何だか不思議な輝きのギアだった。それと凄くあったかい力を感じる。

 

「これが、リビルド?」

「ああ、そうだよ。これで九人全員リビルド所持した、か。万が一の場合も、これのツインドライブで何とかなりそうだ」

「万が一?」

「悪意がこっちの想像も出来ない事をしてきても、みんなが危ない事にならずに済む可能性が高く出来るんだ。リビルドはね、簡単に言うと見た目は普段と同じなのに強さがエクスドライブみたいなものなんだ」

 

 その説明に私は何度も瞬きしちゃった。だって、エクスドライブと同じって凄い事だから。

 だからお兄ちゃんは私にもこのギアを持って欲しかったんだ。悪意がカオスビーストを使って恐ろしい事をしても大丈夫なように。

 

 だけどそれだけじゃない。私が大事で、大好きだからキスしてくれたんだって、今なら分かる。

 

 ギアを解除してもう一度お兄ちゃんに抱き着いた。身長差があって、どうしてもまだまだ大人と子供って感じがする。

 でも、もう焦らない。悪意に私の恋を利用されたくないから。だけど、ちゃんと確認はしておこうかな?

 

「ね、お兄ちゃん」

「何だ?」

「私、ちゃんと大人になるから。それまで、待っててくれる?」

「むしろ俺がセレナに幻滅されないようにしないとだよ。どんどんおっさんになってくんだしな」

「お兄ちゃんっ!」

 

 告げられたのは、望んでいたよりも嬉しい言葉。

 向けられたのは、望んでいたよりも優しい笑顔。

 うん、やっぱりお兄ちゃんを好きになって良かった。私、この人のお嫁さんになりたい。なって、支えてあげたい。

 

 思い出すのは初めて会った時のお兄ちゃん。疲れてて、どこか眠そうで、でも優しい目をした、初恋の人。

 

 その人の腕に抱かれながら私は微笑む。一緒に歳を取って、先におじいちゃんになったこの人の隣でおばさんの私が抱き締めてあげたいなって。

 今と逆になれたら、それはそれで素敵かもしれない。そんな風に思いながら私は大好きな人へ笑顔を向けた。

 

「大好きだよ、お兄ちゃん」

 

 その言葉への返事は、優しい触れるだけのキスでした……。

 

 

 

 最近時々バイト終わりに少しだけ意識が遠くなる事がある。

 ま、こんな事言えばあのバカがどう反応するか分かってるから言ってねぇ。

 仁志にも言えるはずもねーし、それにほんの数分だ。疲れてぼ~っとしてたんだと思う。

 ただ、不思議な事にあのバカと組んでる時はねーんだよなぁ。やっぱあのスケベとやる時なんかは気付かねー内に気を張ってんのか?

 

 あっちの方は、あたしへ仁志の事を話題に振ってくるもんだから気が気じゃねぇ。

 とびきり美人って訳じゃねーけど、それなりに容姿は整ってるし、磨けば光るってタイプだと思う。

 

 まさか、仁志の事狙ってないだろうな?

 

「どうかしたか?」

「っ?! な、何でもねぇ。ちょっと考え事してただけだ」

 

 隣から聞こえた声に意識を切り換える。そこには目だけこっちへチラっと向けた仁志がいた。

 

 そう、今日は待ちに待ったデート。しかも仁志のパパから車を借りてきてのドライブデートと来てやがる。

 

 向かう先は聞いてねぇ。それも含めてデートの楽しみだろって、そう言われたらしつこくは聞けねーっての。

 

「考え事、ね。俺で良ければ相談に乗るよ?」

「ん。そ、その、ありがとな。じゃ、話したくなったら話す」

「了解」

 

 小さく苦笑しながら仁志はハンドルを握り続ける。

 何て言うか、今の恋人っぽいな。にしてもちょっと新鮮かもしれねぇ。このタバコの匂いが微かにするっていう感じは。

 

 これが、仁志にとってはパパの匂い、らしい。

 かなりのヘビースモーカーだったって話してくれた。

 牡蠣が大好きらしくて、でも仁志とママさんは嫌いなもんだから食卓に出る事もなく、秋になると一人だけ惣菜のカキフライを買って食べてたって話は、何て言うか家族っぽいと思った。

 

 あたしも、そういう家庭を築きたい。

 仁志と一緒にパパとママになって、あたしがして欲しかった事、やって欲しかった事、それを全部やってあげたい。

 

――でも、だからこそ仁志をパパやママと引き離すなんてダメだ。あたしの場合は平行世界だからまだ割り切れたけど、仁志の場合はそうじゃねぇ……。

 

 ああ、そうだ。だからあたしがこっちに来る方がいい。あたしの世界には、パパもママもいない。

 もう今のあたしには身寄りはねぇ。だからあの世界を離れる事が出来る。捨てる事が、出来る。

 

「仁志」

「ん?」

「やっぱ、仁志はここに残ってないとダメだ。仁志のパパやママが泣いちまう」

 

 あたしの頭の中に、あの平行世界での別れが甦る。パパもママも泣いてた。あたしが本当の娘じゃないのに、それでもクリスだって泣いてくれた。

 あたしも同じだ。あたしのパパとママじゃないって分かってた。それでも、それでも涙が出て来たんだ。

 

 実の親子を、いくら成人してるからって二度と会えなくなるかもしれないなんて事には、させたくねぇ。

 

「……ありがとう。でも、だからこそ俺はみんなと一緒に行くよ。だって、そこで俺が残ったせいでもしもの事になったら、結局父さんも母さんも守れない」

 

 優しいけどはっきりとした口調で言われた言葉にあたしは黙るしかなかった。

 ああ、やっぱ仁志は大人だ。泣かせる事はしたくねぇけど、死なせるよりはマシって事だもんな。

 死なれて絶対会えなくなるよりも、二度と会えないかもしれねぇけど会える可能性を残したいって、そういう事か。

 

「クリス、俺は君のような複雑な経験をしてない。だからきっと、家族って事に関しては納得出来ない意見かもしれないけど、俺は親の死に目に会えなくても構わないって思ってる」

「っ?!」

 

 思わず仁志へ顔を向ける。仁志はどこか遠い目をしながら運転を続けてた。

 

「実際、今回の事がなかったら自発的に連絡を取ったり会いに帰ったりしなかったんだ。それぐらい、もう俺は両親と離れて、関わらないで生きてたからさ。正直どこかで次に会うとしたらどっちかの葬式かもしれないって思ってたくらいに」

「そこまでかよ……」

 

 仲が悪い訳じゃない。でも、多分だけど仁志の場合は早く自由になりたかったのかもしれねぇ。

 その結果、親ってもんがしがらみや枷みたいに思えてたんじゃねーか?

 

「でも、君達と関わって、エルなんて言う娘みたいな存在が出来て、俺はようやく気付けたんだ。やっぱり親ってのは凄いんだと、偉いんだと。俺みたいな奴でも父親らしい事が出来るのは、真似事が出来るのは、ちゃんとそうしてくれてた人達がいるからなんだってさ」

 

 たしかに仁志のエルへの接し方はパパって感じだ。その根底は仁志が小さい頃から見てきたパパの姿なんだろう。

 

 ……あたしも、今ならあのママの姿を参考にするかもしれねぇ。

 

「この前、響とのデートのために借りたこいつを返した時に少しだけ会話したんだけど」

「ああ」

「そこでそれとなく二人へ言ったんだ。もしかしたら長い間外国へ行くかもしれない。連絡も出来ない可能性が高いような、そんなとこへって」

「……それで?」

 

 ある意味直球だ。ったく、こういうとこが仁志らしさだぜ。良くも悪くも、な。

 

「そしたら、父さんはたった一言、そうかで終わり。母さんなんかは、頼むから死ぬなら自分達が死んだ後にしてくれ、だってさ」

「ま、マジかよ……」

「それが本音かは分からない。でも、要は好きにしろって事なんだと思う。あと、母さんのは歳も歳だし、海外渡航なんて嫌だって言うある種の本音だろうなぁ。で、深読みすれば、だから自分達より先に死ぬなって事だと思うよ」

 

 そう言う仁志はどこか優しい顔で笑ってた。

 

「と、言う訳で、最悪の場合に備えて最低限の根回しはした。問題があるとすれば店だけど、まぁこれは決戦前にオーナーへ辞表を書いて渡すしかないかな?」

「あたしらの抜ける分の人材はどうすんだ?」

「それが、どうも茂部が自分の知り合いを数人紹介したいって言ってきたらしい。まだ面談はしてないそうだけど、希望時間は深夜と夕方だ。で、近藤さんも妹さんが大学生になって半年近く経ったらしくて、やっとバイトを解禁するんだって。それで最初はお姉さんと一緒の方がいいって言ってるみたいでね」

「上手くすりゃ三人増える?」

「茂部の紹介する人数がはっきりしてないから何とも。でも、最低でも近藤さんの妹さんを入れて三人増えるなら人数だけは何とかなる。発注とかは……まぁ調の発注を高山さんに覚えてもらって、近藤さんに用度品を覚えてもらうしかないかなぁ。このままじゃオーナーが寝る時間を削って発注って事になりかねない」

 

 そういえば仁志も結構発注やってるよな。それはどうするつもりだ?

 

「仁志のやってる仕事はどうすんだ?」

 

 そう聞くと仁志は凄まじく苦い顔をした。って事は……。

 

「このままだとオーナーに丸投げになる」

「……そっか」

 

 考えてみりゃ当然だ。仁志はもう二年以上やってて、店長になったような存在だ。

 その仕事をいきなり他の奴にやれってのが無理な話だぜ。

 

「何とか一部だけでも他の人達へ覚えてもらうなり、やってもらうなりする。無理そうなら……最後の手段を講じるよ」

「最後の手段?」

「まぁ、まだ半月は時間があるんだ。たった半月、されど半月。もしかしたら近藤さんの妹さんがクリス並に優秀かもしれないし」

「だといいけどな……」

 

 ここであの野郎の知り合いと言わない辺り、仁志も期待はしてないってとこか。

 ま、あたしも同感だけど。あいつの知り合いなんて多分ロクなもんじゃねぇ。

 それでも頼らないといけないぐらい、喜ぶぐらい、あの店はあたしらが支え過ぎてる。

 

 車はそのまま走って、着いた場所は海に行く時寄ったショッピングモール。

 そこの裏側へ回ったとこから駐車場に入った。映画館側……ってあったな。

 

「なぁ、映画でも見るのか?」

「ベタだけど、そういう事の方が良くないか?」

 

 どうやら当たりらしい。にしても、ベタ、か。まぁデートで映画ってのは定番っちゃ定番だ。

 ただ、どういう映画がこっちじゃ公開されてんのか全然知らねーぞ?

 

 車を降りて仁志と腕を組んで歩く。正直これだけでもあたしは嬉しくなっちまう。

 エスカレーターを上がった先を少し歩けばもうそこは受付だった。

 

「クリス、どれか気になるものはあるかい?」

「そうだな……」

 

 上映してる作品のポスターとかを眺めて考える。

 まぁありきたりな系統が多い。アクションにホラー、ラブストーリーにヒューマンドラマ。ただ、時代劇っぽいのもあるのがらしいかもしれねぇ。

 あとは、まぁ子供向けのもんか。それと、ライダーやらスーパー戦隊もある。ただ、こっちはもう終わりが近いせいか上映回数が少ない。

 

「……仁志はどうせこれとか見たいんだろ?」

「あー、まぁ見たくはあるけどさすがにクリスとのデートでは選ばないよ。切歌なら選択肢に入るけどな」

 

 たしかにあいつなら喜んで見ると言い出すな。

 

「それに、現行作品は俺も現状追えてないんだ。今俺にはPCがないし」

「ああ、そういう事な」

 

 つまりこれまではネットで見てたんだろうな。そりゃ追い駆ける事も出来ないか。

 にしても、今のライダーはこんな感じか。カッコ悪くはねーけど……。

 

「どうした?」

「ん? ああ、今のライダーってこんなのかって」

「ゼロワンは結構いいと思うよ。少なくてもエグゼイドよりはライダーって見た目だし」

「エグゼイド?」

「あ~……クリス達にはまだ見せた事なかったか。歌は歌った事あるよ。サビでエキサイ~エキサイ~……って繰り返すやつ」

「……あのMVのダンスがすげぇやつか?」

「そうそう」

 

 たしかに二回目に行ったカラオケで歌ってたな。ちょっと気になるな。エグゼイド、か……。

 

「っと、ライダー談義は今は止めておくか。それで、何見る?」

「う~ん……」

 

 悩んだ結果、アクションものを選んだ。

 若干ラブストーリーも迷ったけど、後で感想を言い合うならこっちだろうって思ってアクションにした。

 

 飲み物を買って、ポップコーンを買って、上映時間まで少し時間があるからって売店を眺めて、そんな事初めてだった。

 普段なら気にもしないパンフやグッズなんかを見ては、仁志とああだこうだと言い合って笑う。それだけで幸せだ。

 

 映画は……まぁ悪くなかった。銃撃戦は派手だったけど、それだけだ。

 仁志が隣で「クリスがやった実際の攻撃を知ってると見劣りしちゃうなぁ……」って苦笑してたのが印象的だった。

 

 見終わった後は、モールの中にある喫茶店へ入って軽く飯を食いながらさっき見た映画の感想を言い合う事にした。

 あのシーンが最高だった。あの役者はカッコ良かった。あそこの演出はいまいちだった。

 そんな事を言い合ってると頼んだ物がやってきて、そこからはそれを食べながらこれからの事を話し合った。

 

 間違いなく今まで一番幸せを噛み締める事が出来る時間だった。

 仁志があたししか見てない。あたしの事しか考えてないって、そう確信出来たし。

 

「それで、クリスはこの後行きたいところはない? あるなら言ってくれれば予定を少し変えて連れて行くよ」

「行きたいところ、か……」

 

 正直あたしはこっちの事をほとんど知らないに近い。行動範囲もあの街が精々だ。

 あっちにあるものがこっちにあるとは限らないし……。

 

――いっそ、思い切って言ってみるか? ああいうとこを見学してみたいって、そう言って……。

 

 …………見学、なら仁志も構わないって言う、かもしれねぇか。

 

「あるって言えばある。その、中を見てみたいってぐらいだけど」

「中を見てみたい?」

「ああ。その、女一人で入るにはハードルが高ぇんだよ」

「…………まさか」

 

 さすが仁志も男だよな。それだけで察しやがった。

 だからその後の言葉を出す前にあたしは問いかける。

 

「興味、ねーのかよ? その、ああいうとこの中」

「それは……ないとは言えないけど……」

 

 仁志の顔はやや渋い。多分だけど、行ってしまったらそういう事をする可能性が高いって思ってるんだろうな。

 

――つまり、仁志もあたしとスケベな事をしたいって事だよな。なら、させてやりたい。あたしも、仁志と繋がりたい……。

 

 そうすれば今よりも仁志があたしを見てくれる。悪意を倒した後の仁志があたしを選ぶ可能性が上げられる。

 

「ダメ、か?」

 

 あたしの女が疼き出す。ここを逃すなって、そう囁いてる。

 そんな気持ちを出来るだけ出さないように仁志を見つめた。

 仁志は、考え込んでるみたいだった。きっと仁志の中で大人と男が戦ってるんだと思う。

 だからあたしは男が勝ってくれる事を願った。そうすれば、そうすればきっと……

 

――この人をあたしのものに出来る……。

 

 それだけがあたしの目標だ。あたしには、このあったけぇ人が必要なんだ。

 

「…………分かった」

「ほ、ホントか?」

 

 今すぐにでも叫び出したい気持ちだった。それを何とか押し留めてあたしは確認を取った。すると……

 

「こんな事で嘘なんてついても男に得はないよ」

 

 若干苦い顔で仁志はそう言った。言ってくれた。

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 今すぐ行こう。そう言おうとしたあたしへ仁志は小さく微笑んで口を開いた。

 

「ああ、ちゃんと連れて行くよ。悪意を倒した後のデートで」

「……は?」

 

 心が急速に冷めていく。何でだよ? どうしてだ? 仁志だってスケベな事したいんだろ?

 あたしを押し倒したいって、メチャクチャにしたいって思ってんだろ?

 この無駄にでけぇ胸を揉みしだいたりしたいんだろ!?

 

――あのスケベ野郎はそういう下心ばっかりだったのに……。

 

 ……何だ、今の。一瞬だけ、あたしをスケベな顔で見つめるあのスケベ野郎が頭ん中に浮かんできた。

 あんな顔、見た事ねーぞ? てか、初めて会った時よりもその、ムカつく顔だったな、さっきの。

 

 混乱するあたしの目の前で、仁志は静かに会計の紙を掴むと立ち上がった。

 

「やっぱり焦ってるよクリス。その、気持ちは嬉しいけどさ。悪いけど、今の俺は最悪を想定して動かないといけないんだ」

「最悪を……」

 

 言ってる事は、分かる。仁志の意見は正論で、あたしとしても反論はねぇ。

 なのに、どうしてこんなにも胸が、心が、寂しいんだ? 辛いんだよ?

 涙が出そうなぐらい、冷たくなってく。

 

 と、そんな時、あたしの手をあったけぇ手が優しく掴んだ。

 

「とりあえずここを出よう。早く二人きりになりたい」

 

 その言葉と少しだけ照れくさそうな笑顔に、あたしは少しだけ心があったかくなるのを覚えた。

 

 手を繋いだまま店を出てそのまま車へと戻ると、当然あたしは助手席に座る。で、仁志が運転席に座ったかと思うとシートベルトもせずにこっちへ身を乗り出してきて……

 

「……い、いきなり何すんだよ」

「嫌だった?」

 

 キスしてきやがった。その、一瞬に近いやつだけど、凄くあったかいキスを。

 

 ……正直嬉しい。

 

「い、嫌じゃねーけど……」

「そっか。なら良かった。じゃあ、車を出すよ」

 

 あたしの答えに嬉しそうに微笑んで仁志はシートベルトを締める。

 それを見ながらあたしはそっと唇へ手を当てた。

 

「…………前なら、これで十分だったのにな」

 

 あの夜、仁志からキスされた時、あたしはもうこれ以上の幸せはないって思うぐらい心が高鳴ってた。

 なのに、今はそこまでは無理だとしても、あの時の半分も心が弾んでくれねぇ。

 嬉しいはずなのに、幸せなはずなのに、あったけぇはずなのに。

 

 ゆっくりと加速していく車とは逆に、あたしの心は停止したまま加速する事はない。

 何で、なんだろうな。仁志と二人きりでデートしてるってのに、キスまでされたのに、こんなにも気持ちが沈むもんか?

 

――だとしたら、やっぱりさっきの提案を先延ばしにされたから、だろうな。あたしが恥ずかしい気持ちを抑えて頑張って口に出したってのに……。

 

 イラッとする気持ちよりも悲しい気持ちが強くなる。あたしの恥ずかしさを仁志は考えてくれねーんだって、そう思って。

 

「クリス、何か俺に言いたい事があるなら構わず言ってくれ」

 

 そんな時、隣からそんな言葉が聞こえてきた。顔を向ければ、仁志が真剣な表情で前を向きながらハンドルを握ってる。

 

「不満、文句、愚痴。何でもいい。報連相だよ。俺は肝心なところで君の気持ちを見誤った事があるだろ? だから教えて欲しい。言って欲しい。このバカ野郎って言いながらでもいいし、鈍感野郎でもいい。君の気持ちを知りたいんだ」

「仁志……」

「出来るだけ同じ失敗はしないように心掛けているつもりだけど、それでもないとは言い切れない。だから、もし愛想が尽きたなら容赦なく捨ててくれていい。でも、もし愛想が残ってるのなら、少しでも希望を持ってくれるのなら、やり直しや再起の機会をくれないか?」

 

 あたしの耳を打つ声は、優しくて、強くて、あったかいものだった。

 少しだけ、ほんの少しだけ胸の奥が軽くなった、気がした。

 

「……愛想を尽かすなんてねーよ。てか、それがあるとすれば、簡単に性欲へ走る事じゃねーか?」

 

 ああ、そうだった。あたしは、あたしは仁志が最初から胸を見ないで目を見つめてくるところに好感を持ったんだ。

 そんな風にスケベな心を抑えようとしてる奴に、あたしは何を言ってたんだろうな。

 仁志だってそういう事はしたいに決まってる。なのに、しないって事はどういう事かって言えば、こいつはあたしの事を思ってるんだ。

 

 悪意に操られないように、またみんなと揉めるような事にならないようにって。

 

「それ酷くないか? さっき自分から誘っておいて」

「あたしは中を見たいって言っただけだろ。何もす、スケベな事したいなんて言ってねぇ」

「ほー、じゃあ今から行こうか? それで本当に中を見ただけで帰ろうってなるんだよな?」

「ったりまえだっての! そっちこそやっぱムラムラして押し倒すんじゃねーのか?」

「ないない。今の俺はヒーローの心だから。性欲とかスケベ心とか無縁だから」

「言ったな? じゃあ、行こうぜ。そこでお互いに言った事を守れるって証明しようじゃねーか」

 

 そうあたしが言い切って少しすると車が信号で停止する。で、仁志がこっちへ向いた。

 

「……何だよ?」

 

 なのにずっと無言であたしの目をジッと見つめてくるだけ。

 何だかこっぱずかしくなって口を開くと、仁志の顔が一瞬にして申し訳なさそうなものに変わった。

 

「ごめん。ああは言ったけど自信がないので勘弁してもらえない?」

「へ……?」

「いや、冷静に考えたらクリスとラブホなんて絶対ダメな展開にしかならないと気付いたんだ。だから、俺の負けでいいので勘弁してください」

 

 そこでようやくあたしは理解した。仁志はあたしとそういうとこへ行ったら手を出すしかないんだって。

 

「ぷっ……あははははっ! わ、分かった……そ、そういう事にしてやるよ……っ!」

「本当にすまない。出来ない事を言うもんじゃないな」

 

 情けない顔と声でそう言って仁志は前を向いた。信号が気付けば青へ変わっている。

 仁志がブレーキから足を離してアクセルをゆっくりと踏み込んでいく。今度は車とあたしの気持ちが同じように加速を始めた。

 

「にしても情けねぇな。三十路になった男だろ? もうちったぁ見栄を張れっての」

「返す言葉もない……」

「しょげるなよ。ま、仕方ねぇよな。あ、あたし様の体は魅力的、なんだろ?」

「はい……」

「そ、そうかそうか。じゃ、まぁ、勘弁してやるよ。それに、スケベな目で見てもいいって許可も出してたしな」

 

 車は走る。仁志をからかうあたしのどこか楽しげな声と共に。

 そう、だよな。やっぱあたしどこかで焦ってたんだ。心配しなくても仁志はあたしを意識してくれてる。

 

「……ま、そりゃそうだよな」

 

 考えてみりゃ、仁志はその気になればあたしらの誰でもキス出来た。それが最初に選んだのはあたしなんだ。

 その事を密かに自信に思ってりゃいい。この分なら、あ、ああいう事の初めてもあたしかもしれねーし。

 

――でも、やっぱそれでもあたしだけの思い出は欲しい。だから、今度の旅行が終わったら……。

 

 そう、だよな。うし、あたし様の決意と覚悟を見せる意味でも、仁志へ報連相してやるか。

 出来れば、それに対して先延ばししないでくれよ?

 

 そんな事を思いながら、あたしは隣で笑みを浮かべる大好きな男の顔を見つめた。

 昼に食べたい物はあるか? お詫びに奢るよ、なんて言って笑う、年上らしくない彼氏を……。

 

 

 

「はい、みんなで読んでおいて」

 

 その日は皆さんで集まる日でした。ただ、兄様は明けだったので夕方近くまでぐっすり眠っていたけど。

 それでも響さん達が来る頃には目を覚まして、一度部屋へ帰ってから戻ってきた時にはその手に本屋さんの袋を持っていた。

 

 そこから一冊の本を出して、兄様は僕らへ笑顔で差し出して最初の言葉を言ってくれた。

 

「これは……」

「ガイドブックですっ!」

 

 それは今度の旅行で行くテーマパークの事が載った本でした!

 すぐにヴェイグさんがクッションから起き上がってこちらへ駆け寄ってきます。

 

「エル、俺にも見せてくれ!」

「いいですよ」

「ヴェイグさん、私の膝にきてください。一緒に見ましょう」

「分かった」

 

 ガイドブックを囲むように僕らは座りました。

 本の正面に僕、両隣に姉さんと切歌お姉ちゃん。調お姉ちゃんは切歌お姉ちゃんと寄り添って見ています。

 

「仁志、あれ、高くなかった?」

「まぁそれなり。でも、予備知識なしじゃあそこは楽しめないんだよ。園内が広い上に、人気のアトラクションは一時間待ち二時間待ちとか当たり前だから」

「うげっ、マジかよ……」

「ただ、一部はファストパスってのが使える」

「へぇ、そんなもんがあるのかよ」

 

 台所の方から聞こえてくる話へ耳を傾けたいけど視覚から入ってくる情報も気になるので難しい。

 ううっ、体が二つ欲しい。

 

「こんなにあるデスか……」

「一日じゃ回り切れない……」

「いくつかのエリアに分かれてるみたいです」

「だな。乗り物に乗らないで見て回るだけでも時間がかかりそうだぞ」

 

 姉さん達の会話に頷きながら、僕は本に書かれている情報を得る事に必死だった。

 今まで色んな書物を読んできたけど、この世界に来てから読んだ中でもっとも情報量に溢れていたからだ。

 写真や文字、それらを追いながら得られた情報を頭の中で整理して記憶していく。

 以前の生活では考えられない事かもしれないけど、今の僕にとって今度の旅行は、エルとして過ごせる最後の大きなイベントだからだ。

 

「キャラクター達の街があるんだ……」

「面白そうデスね」

「うん、可愛い感じだしね」

「エルは何が気になる?」

「そうですね……」

 

 姉さんの言葉に考える。色々気になるものはあるけど、やっぱり一番はこれかな。

 

「僕はこのシンデレラ城が気になります」

 

 一番目立つ建造物で、おそらくランドマークでもあるだろう場所。

 チフォージュ・シャトーとは違い建築物としての外観も考えられた物に、僕は何故かそれを重ねてしまう。

 

 キャロル、今も僕の中で眠っている君に見せたいんだ。誰かに夢や希望を与える錬金術を。

 兄様は全ての技術は誰かの笑顔のために生まれたんじゃないかって、そう教えてくれた。

 僕もそう思う。そしてそれは、言い換えれば笑顔を作り出す術。笑顔の錬金術だ。

 

 パパが思い描いていたものは、理想としていたものは、そういう事なんじゃないかなって思うんだ。

 きっと君は、何を馬鹿げた事をって笑うかもしれない。でも、かつてならそこに有り得ないという否定や拒絶の言葉がついたはずだ。

 それが、今の君からは聞こえないような気がしてる。受け入れないだけで否定はしないんじゃないかって、そんな淡い期待を僕はしているんだ。

 

「ここもアトラクション?」

「……みたいデスね」

「お城探検、楽しそう」

 

 姉さん達は僕の意見に好反応。でも、僕は自分の意見だけを通すつもりはない。

 

「あのっ、姉さん達は何が気になるんですか?」

 

 みんなの意見を聞きたい。僕が思わない事や気付かない事、ない視点や思考。それらを知る事はとても楽しくて、そして僕を成長させてくれるから。

 

「私は西部劇のところかな!」

 

 と、そこで聞こえてきた声に振り返る。そこには笑顔の響さんがいた。

 

「えっと、ジェットコースターがあるから、ですか?」

「そうなんだけど、仁志さんが言うにはそこには二つもそういうのがあるんだって」

「だから響としては絶対それには乗りたいんだって」

 

 未来さんもその横から顔を出して苦笑してる。

 そうなんだ。ここにはコースター系が二つもあるんだ。

 

「じゃ、またししょーは来ない感じデスね」

「俺は向こうじゃカメラマンをするつもりだしな」

「「「「「カメラマン?」」」」」

 

 どういう事だろう?

 

「デジカメを買うんだってさ。今回の旅行の思い出を残すんだって」

「仁志さんらしいよ。使うと決めたらどこまでも、なんだから」

「だってなぁ。スパーランドもバーベキューも写真が数えるだけだ。これだけじゃ寂しいだろ。なので今回は俺はあちこちのグループにお邪魔して撮影してくから」

 

 苦笑する翼さんに兄様がしみじみと言いながらスマートフォンを取り出した。

 それは僕が持っているのと同じ機種のスマートフォン。正確には僕が兄様と同じ物にしてもらった。

 そこに入っている写真は、僕も持っているもの。プールで撮ってもらった写真と、遊園地で撮ってもらった写真の計二枚にバーベキューの最中に撮った数枚だ。

 

「で、悪いんだけど俺がいない時はそれぞれのグループのスマホ持ちが撮影してもらうか、園内のスタッフさんに頼んで撮ってもらってくれ」

 

 そう言う兄様の視線は僕を見つめていた。

 きっと姉さん達と一緒に行動するからだろうな。僕も姉さんやヴェイグさんは絶対一緒だと思ってる。

 姉様は……一緒かな? あるいは切歌お姉ちゃんと調お姉ちゃんかもしれない。

 

「スマホを持ってるのって、翼にクリスだろ。あとはエルに……仁志先輩だけか」

「だから当日は俺のスマホを、依り代の方を誰かに貸すよ。さすがにゲートもないところへノイズを出すなんて事をやるような悪意じゃないさ。もしやれるのだとすれば、とっくに俺は店の中で炭化してるだろうし」

 

 縁起でもない事だけど、実際僕も兄様の意見に同意だった。

 今、悪意は最後の戦いに向けて色々と画策しているはずだ。そんな中でかなりの力を使うだろう事をやるとは思えない。

 何せゲートを利用しても出来たのはノイズを一体出現させる事だけ。つまり、あれがあの時点で悪意が問題なく出来る限界だった。

 

 今はゲートを閉じているし、ここは上位世界。そこへ世界の壁を越えて無理矢理ノイズを出現させる事がどれ程の労力か。

 だから兄様も分かってるんだ。悪意が現時点でノイズや何らかの妨害をしてくるなんて有り得ないと。

 もしそんな事をしてくるのなら、とっくにこれまでも何度も機会はあったはずだ。なら、きっともう悪意が直接的な手出しをするのは可能性が極めて低い。

 

「ま、今はこんな話はやめやめ。悪意の事を考えるのは旅行の後嫌って程やらないといけないんだ。今は旅行の事だけ考えよう。な?」

 

 その兄様の言葉に皆さんが苦笑して、同時に頷いた。

 

 そこからは場所を居間から台所へ変えて、テーブル上に本を置いてみんなで眺めた。

 響さんや切歌お姉ちゃんが積極的に意見を出すのはいつも通りだけど、意外にも姉さんやヴェイグさんも行きたい場所や乗りたい物を口に出していた。

 ただ、ヴェイグさんはぬいぐるみ扱いになるからコースターのような物には乗れない。でも、どうやらヴェイグさんも兄様と同じで絶叫系は興味がないみたいだ。

 

「当日俺はセレナと一緒にいればいいのか?」

「エルでもいいよ。何ならクリスでもいい。そこはヴェイグが選んでくれ」

「仁志は最初どうするの?」

「あー……まずは最初に全員で城を背景に一枚撮ろうと思ってる。で、その後はとりあえずエルと一緒に動こうかな」

「僕と?」

 

 兄様は小さく頷いた。

 

「多分ここに来て一番変化したのはエルだと思うからな。その姿を一枚でも多く形に残しておきたいんだよ」

「そうね。たしかにエルが私達の中で一番変化成長したわ。あとはセレナもかしらね」

 

 姉様はそう言って僕へ微笑んだ。思わず僕は姉さんへ顔を向けると、姉さんもこっちを向いていた。

 

「エル、私達が一番変化したって」

「は、はい。僕も姉さんはそうだと思います」

「それなら私はエルだって思うよ」

 

 顔を見合わせて言い合うのはある意味同じ内容だ。

 けど、それを聞いて周囲の皆さんは笑ってた。

 

「うん、両方の事を同じぐらいにしか知らないあたしが断言するよ。今のあんた達は本気で姉妹にしか見えないってさ」

「そうだね。今の二人は、本当の姉妹のようだ。勿論マリアを長女とする三姉妹に」

「じゃあじゃあ、アタシと調はどうなるデスか?」

「私達もエルにお姉ちゃんって呼ばれてます」

「二人は……親戚?」

「それが無難かな」

 

 響さんと未来さんの結論にクリスさんが頷いてお姉ちゃん達を見た。

 

「ま、それでいいだろ。大事なのは周囲からどう見られるかよりお前らがどう思ってるかだ」

「「アタシ(私)たちがどう思ってるか……」」

「そうだよ。それに、きっとエルは切歌も調も本当にお姉ちゃんって思って呼んでたと思う。だからこそエルって呼んで欲しいって頼んだんだろうしさ」

 

 兄様がそう言うとお姉ちゃん達がこっちを見たので力強く頷いてみせる。

 

「はい! 今の僕にとって、切歌お姉ちゃんも調お姉ちゃんも本当のお姉ちゃんだって思ってます!」

「「エル……」」

「つーわけだ。だから胸張ってお姉ちゃんやってろ。お前らも、その、こっち来てから成長してると思うからよ」

「「クリス先輩……」」

「……こっち見るんじゃねぇ」

 

 ちょっとだけ照れくさそうに顔を背けてクリスさんがそう言ったら、お姉ちゃん達が嬉しそうに微笑んだから余計クリスさんが顔を背けてしまった。

 だけど、それがクリスさんらしさだと思う。うん、今なら分かります。あの頃は、エルフナインだった頃は分からなかった色々な事が、エルになった僕には分かるんだ。

 

 感情の機微や愛や希望と言った抽象的なものの意味。それを僕はここで教わり、学び、感じたから。

 

 世界を識るって、こういう事なんだね、パパ。

 色んな事や人と出会い、触れて、感じ、思う。それが僕の中で様々な反応を起こして新しい発見や気付きに繋がるんだ。

 

 世界はひとつじゃない。みんなそれぞれに世界を持ってる。

 それを見せ合ったり、教え合ったりして、影響させ合って世界を大きくしていく。

 

 キャロル、僕は今、君の世界が知りたい。世界を分解再構築しようとしていた君の世界でもいい。それが阻止された後の、僕と一緒にシェム・ハに抗った時の世界でも構わない。

 僕は、君の世界を見たい。そして今の僕の世界を見せたい。どちらが正しいとかじゃなく、きっと同じものを目指しているはずの、もう一人の自分の世界を識りたいんだ。

 

「でも、きっと今回の事で変化成長してない人なんていないよ。俺だってそうだ。みんな、必ず変わってる。まぁ一部は良くも悪くも、だけど」

「そうね。特にエルは本当に誰かさんの影響を濃く受けたものね」

「アタシもししょーの影響でこうなりましたし」

「切ちゃんは望んでなった気がする」

「うんうん。私もそう思うよ」

「響もそっち側だもんね」

「さて、そろそろ話題を変えようか」

「仁志さんが変えたのに……」

「まっ、いいけどね。先輩らしいよ」

「話題を変えるって、何を話すの?」

「旅行に関する事か?」

「それともまたヒーローの話ですか、兄様」

「おっ、よくぞ聞いてくれたエル。実はな?」

「「「「「「「「「そういうとこ(デス)」」」」」」」」」

 

 僕へ意気揚々と話し始めようとした兄様へ、皆さんが苦笑しながらそう声を揃えた。

 

「……ですね。反省します」

 

 しょんぼりと肩を落として小さな声で兄様がそう言うと、みんなが笑った。

 僕も笑って、すぐに兄様も笑った。

 少しの間、笑い声だけが耳に聞こえてた。こんな時間がずっと続けばいいのにな。

 

 そんな事を思いながら僕は笑う。目の中に映る、沢山の笑顔を思い出として記憶しながら……。

 

 

 

 旅行まであと十日と迫ったその日、仁志はオーナーから見慣れぬ顔を紹介される。

 それは茂部が紹介した新しい夜勤スタッフの男だった。

 

「どーも、脇谷一っす。よろしくお願いします」

「はじめまして。店長の只野仁志です。分からない事や疑問に思った事は何でも聞いてくれていいから。これからよろしく」

 

 見た目は軽薄そうに見える“今時の若者”と言われそうな彼は、予想に反して真面目であり、仕事も多少手を抜くところはあるがそれも許容できる範囲であったため、仁志としては意外に思いつつ内心で安堵した。

 

(これで奏に辞めてもらえるな)

 

 希望日数も週3で、奏の代わりになると思えたのも大きいと言える。

 更にその翌日、仁志は一人の女性をオーナーから紹介される事となる。

 

「はじめまして。近藤ふみと言います」

「はじめまして。只野仁志です。お姉さんから話は聞いていたよ。何かあったら俺かオーナーへ遠慮なく言って欲しい」

 

 それは近藤の妹であった。姉と同じ夕勤として週4を希望していて、これによって響がバイトを辞める理由が出来たと仁志は考えた。

 

(クリスはともかく響ならまだ痛手にはならない、か……)

 

 そして更に仁志はオーナーから報告を受ける。それは茂部の紹介するもう一人の人間について。

 何と女性であり、しかも夕勤が無理なら昼勤でもいいと言っているとの事だったのだ。

 希望勤務日数は週3~4であり、オーナーとしては面談をした感じでは悪くはないと思うとの感想を抱いた。

 

「それで、どうかな?」

「オーナーが大丈夫だろうと思ったのなら俺から言う事はありませんよ」

「そうか。じゃ、昼勤で採用って形で話をしてみるよ」

「分かりました。休み希望等は後で教えてください」

 

 思わぬ展開に仁志は内心で息を吐いていた。何せこれで未来の辞職も可能となったからである。

 

(働いてもらわないと分からないけど、未来も辞められるかもしれない……)

 

 旅行を目前に控えた中で迎えた予想外の状況に、仁志は懸念していた事のほとんどが片付きそうだと安心していた。

 

 まず旅行前に奏からオーナーへ十月中旬で辞めたいと持ちかけてもらい、響はシフトを週1~2へ減らしたいと相談してもらう事とし、未来は旅行後に別の仕事もやってみたいという理由で十月中の辞職を申し出る事になった。

 

 オーナーは、夢を追い駆ける事へもう一度全力をと語る奏を応援する形でそれを承諾、響に関しても構わないと許可を出した。

 

 その後、出勤した昼勤の女性も、茂部の知り合いのフリーターとは思えない程しっかりしており、一緒に勤務した未来からも真面目だと思うという評価が出る程だった。

 

 こうして仁志の懸念していた事の一つである、事件解決後の店のシフト破綻は一先ず回避された。

 残る調だが、こちらは上手くすれば南條にあてがあるらしいと仁志は知る。

 というのも、南條がWワーク先として働いているドラッグストアの同僚で、彼女と同じように働きたいと考えている相手がいるのだがと相談されたのだ。

 

「正直難しいって言ったのよ。ほら、今朝の時間、人が足りてるでしょ?」

「その人は週どれくらいを希望してるんです?」

「そうねぇ。出来れば3か4って」

「……今話が出てるって事は、今すぐにって事じゃないですよね?」

「そうそう。何でも来年から娘さんが大学受験でね。予備校へ通わせるための足しにWワークって事みたい」

 

 この話を逃すと調を辞めさせる事が難しい。そう考えた仁志は、オーナーと相談してみるので十月半ばまで待って欲しいとの伝言を頼んだ。

 そしてすぐにその日の夕方前にオーナーへ報告等を行い、調が最近成績が落ち始めた事でバイトを続けるか否かで悩んでいると伝え、この機会に学生の本分へ戻してやりたいと告げたのである。

 

「……月読さんがねぇ」

「責任感の強い子ですから、発注もあって辞めるとは言えないのかもしれません」

「そうだなぁ。彼女、歳に似合わずしっかりしてるしね。うん、じゃあその南條さんの紹介する人が問題なさそうなら、月読さんと相談かな」

「なら、俺がやりますよ。オーナーは朝はゆっくり寝ててください」

 

 最終決戦前にクリスを除いた四人の装者がアルバイトから解放される可能性が出て来た。

 それをこの時の仁志はただ運がいいとしか思っていなかった。

 その裏に関与する闇の気配など、微塵も感じていなかったのである。

 

――思わぬ事もあったけど、こちらに有利に働いてくれたわ。これで装者共があの場所からほとんどいなくなる。残るのはいつでも咲ける蕾のみ。ふふふ……。

 

 誰にも聞こえぬ悪意の嗤いがこだまする中、いよいよ仁志達の最後のイベントが幕を上げようとしていた。

 

 国内最大のテーマパークである通称“夢の国”への一泊二日の旅行へと……。




夢の国に関しては陸か海かと思われる方もいらっしゃるかと思いますが、最初に尋ねたのがエルなので、只野がどっちへ連れて行くかはお察しください。
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