シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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正真正銘最後の大イベント。厳密には違いますが、決戦前夜のようなものです。


TESTAMENT

「「「「「「「「「「「お~っ(へぇ)……」」」」」」」」」」」

 

 東京方面へ向かうため、俺達は名古屋高速から新東名高速を使って行く事にした。

 で、最初のサービスエリアである岡崎SAへ来たのだが、これが思っていたよりもみんなには驚きだったようだ。

 

 通常上りと下りで別々のSAを作るのだが、ここはその両方から来れるように出来ており、しかもかなり大きいからだろうな。

 

「兄様、この高速道路は全部こういう作りのサービスエリアなんですか?」

「いや、たしか全部ではなかったはずだよ。大抵は上りと下りで別々だったかな?」

 

 俺もここを使うのは初めてだけど、一時ニュースで何度も新東名のSAを取り上げてたから知ってるだけは知ってる。

 

「早く中へ入りましょう!」

「デスデス!」

 

 予想通り響と切歌がテンションを上げていた。でも、どうやら声に出していないだけでみんな多かれ少なかれテンションは高いようだ。

 何せ全員して俺を見つめてる。別に俺の許可なく入ればいいと思うけど……あっ、そういう事か。

 

「待ってくれ。一枚だけ写真を撮らせてくれよ」

「はーい。じゃ、どうしましょうか?」

「エルとセレナを中心にしてくれ。マリアと奏は両端で頼む。後は自由で」

「了解。んじゃ、さっさと並ぼうか」

「そうね」

 

 俺は少しだけ建物から離れて位置取りを決め、ファインダー越しにみんなを見つめる。

 何だか気分は女子校の教師だ。いや、だって見事に女性しかいないからな。

 

「じゃあ撮るぞ~。一足す一は~?」

「「「「「「「「「「「に~」」」」」」」」」」」

 

 こうして見事にみんなの笑ってる写真が撮れた。で、近くにいた人に頼んで俺も入れて一枚撮ってもらって無事撮影終了。

 

「ありがとうございました」

 

 撮影してくれた人へ礼を述べ、デジカメをしまって顔を前へ向けるとそこには待ち切れないと言った顔の響や切歌の姿。

 いや、エルとヴェイグもだろうか。本当に愛らしいマスコットコンビだ。なら入店許可を出しましょうかね。

 

「お待たせ。もう中へ入っていいよ。で、とりあえず自由行動とする。ただし、エルは必ず誰かと一緒」

「はい」

「あと、連絡手段を持ってない人は持ってる相手と一緒にいてくれると助かる。っと、そうだ。調、これを」

「これって……」

 

 俺が彼女へ差し出したのは依り代と呼ばれる方のスマホ。

 まぁいくら何でもここで襲撃はないと思うし、俺も必ず装者の誰かと一緒にいようと思っているので問題はないだろう。

 

「誰に渡そうかと考えたけど、コンビで動く事が多そうな切歌か調だなっておもったんだ。で、それなら調が連絡役には適任だと思ってね」

「適任……」

「うん。ま、さすがに自由自在にノイズを出せるとは思えないし、今の状況でそれをやるならとっくにやってきてると思うから」

「……分かった。師匠の信頼、たしかに受け取った」

「いや、さすがにそこまで重くはないんだけど」

「じゃ、あたし達は行くとするか。翼、マリア、行くよ」

「はいはい」

「ドライディーヴァで行動だな」

 

 率先して動き出す年長組。そうなれば当然……

 

「未来、クリスちゃん、行こう!」

「うん、いいよ。クリスもいい?」

「おう。ま、あたしはこのバカの面倒見るんだろうなって気がしてたし」

「あっ、ひどーい」

 

 仲良しトリオがそれに続いて……

 

「それじゃ、アタシと調はエルと行くデスよ」

「いいんですか?」

「うん。お姉ちゃん達の傍から離れないでね」

「はいっ!」

「レッツゴーデス!」

 

 切歌を先頭に調と手を繋いで歩き出すエル。ヴェイグはすっかりエルの腕の中が定位置になりつつあるな。

 

「えっと、お兄ちゃんは?」

「セレナと一緒がいいんだけどダメかな」

「っ! ううん! そんな事ないよ!」

 

 弾けんばかりの笑顔を見せてくれるセレナに俺も笑顔が浮かぶ。

 そうして二人で並んで歩き出す。普段ならちょっと周囲の目が気になるけど、まぁ街中じゃないし、堂々としていれば変な勘ぐりはされないだろう。

 

 でも、一応対策みたいな事はしておくか。

 

「セレナ、一つお願いがあるんだけど」

「何?」

「お兄ちゃんだけじゃなくて仁志お兄ちゃんって呼んでもらえるか?」

「仁志お兄ちゃん?」

 

 そう、名前を付けて呼ばれる事で、俺達はちゃんとした知り合いなんですよってアピールになる、はずだ。

 ないと思うけどお兄ちゃんだけじゃ迷子を連れていると思われかねないし。

 

 そういう事を耳打ちして伝えるとセレナも理解してくれたようで、小さく苦笑して頷いてくれた。

 

 中は思っていた以上に色んな店が入っていた。

 フードコートもあり、土産物を扱う売店も広く、パン屋や地元で有名な練り物の名店なども出店している。

 コンビニまであり、従来のサービスエリアとは別物と思う程の内容だ。

 

「仁志お兄ちゃん、見て見て。お肉を焼いてるよ」

「お~……」

 

 普通に販売するだけでなく、店内で調理し手軽に食べられる系統の物を出している店も多くあり、正直時間がもっと遅ければ食事を目当てに沢山の人間が訪れるだろうと思えるぐらいだった。

 

「あっ、ししょーとセレナを発見デス」

「本当だ」

「姉さ~ん」

「エル達だ」

 

 嬉しそうに小走りで駆け寄っていくセレナの背中を見つめ、俺は微笑む。

 視線の先ではエルとセレナが顔を合わせて笑みを見せ合っている。

 本当に姉妹のようだなぁ。きっとエルがいなければ、セレナはもっと早く一番年下って事で心へ闇が忍び寄っていたはずだ。

 それを回避出来たのは、エルという妹分がいて、セレナとお互いに本当の姉妹のようになっていったからだろう。

 

「仁志さん、お父さんみたいな顔してる」

「デスね」

 

 聞こえた声に顔を動かすと両隣にザババコンビがいた。

 

「私の旦那さんになる人にも、そういう感じのお父さんになって欲しい」

「デスデス。アタシも旦那さんにはししょーのような人になって欲しいデス」

「……それはいいけど二人共? どうして俺と腕を組んでるのかな?」

 

 気付けば両腕を切歌と調が絡み取っている。

 それに、さり気無く胸へ当ててるし。

 

「「組みたいからだ(デス)けど、ダメ(デス)?」」

「ダメ。気持ちは嬉しいし俺も嫌じゃないけどな」

 

 出来るだけ優しく告げると、二人もそう言われると分かっていたのかちょこっと舌を出して腕を離した。

 本当に可愛い小悪魔だこと。何て言うか、増々魅力が磨かれてる気がするな。

 

「で、何か発見はあったかね、切歌隊員」

「はいデス! シューマイや中華ちまきのお店を見つけましたデス!」

「響さん達が言うにはあのデパ地下にあったお店の系列みたい」

「へぇ、じゃあ味は保証付きだな」

 

 軽く食べ物を買っておこうと思ってたし、丁度いいかもしれない。

 ただ、今日の昼が中華なんだよなぁ。それにパン屋も惹かれないでもない。

 どうしたものかと思っていると、エルとセレナが仲良く手を繋いでこっちへ向かってきた。

 

「兄様」

「仁志お兄ちゃん、向こうに中華のお店があるんだって」

「ああ、今二人からも聞いたよ」

 

 若干迷ったが、ここで変に嫌がると昼のサプライズを気付かれる可能性もあるかもしれない、か。

 

「どうする? 見に行くか?」

「うん」

 

 頷くセレナを見てから俺はエルへ視線を合わせる。さて、こっちはどうするんだろうか?

 

「エル達はどうする?」

「僕達は……お姉ちゃん達、どうしますか?」

「ここはししょーにゴチになるデス」

「可愛い弟子と妹分に美味しい物を買って、師匠」

「はいはい。じゃ、とりあえず見に行くぞ」

「「「「はい(デス)」」」」

 

 年少組は本当に仲が良い。今や本当に姉妹のようだ。

 切歌と調もエルが姉として扱うようになって、より一層年上としての自覚や成長が起きたし、やっぱり呼ばれ方や扱われ方って大事なんだなと実感する。

 

 セレナと手を繋いで歩くエルや、その後ろを並んで歩く切歌と調を眺めながら、俺は四人がこっちへ来たばかりの頃を思い出す。

 あの頃は、まだ四人には互いに壁があった。それは他者としての壁。いわば他人扱いの壁だ。

 それが悪い訳じゃない。何せそれは誰しもが必ず持っているものだから。

 だけど、あの平屋での暮らしがそれを変えていった。同じ家に住み、同じ食事を食べ、同じ時間を過ごす事で他人は家族となったのだ。

 

 夫婦がそうであるように、互いの呼び方を姉妹としたのも大きいだろう。

 

「ここです」

「わぁ、ホントだ。シューマイとか売ってる」

「でっ、でっ、こっちには串に刺さったやつも売ってるんデスよ」

「お団子みたい……」

「これなら一つで色んな味が食べられるんだって」

 

 仲良し四姉妹の会話を聞きながらショーケースの中を眺める。

 豚まんや中華ちまきの他に焼売などが並んでる。時間も時間だからそんなに多く並んではいない。

 それでも販売はしてるんだから頭が下がる。なので感謝と応援も込めて人数分串に刺さった焼売を買わせてもらう事にした。

 

「はい、座って食べるんだぞ」

「「うん」」

「「はい(デス)」」

 

 さり気無くヴェイグも小さく首を動かしている。俺の分はヴェイグの分として渡した。

 いや、俺も食べてみたいけど、見た目は五人なのに六本買うのは気が引けたのだ。

 

「「「「美味しい(デス)!」」」」

 

 笑顔で焼売を食べる四人を眺めながら、俺は手にした串をテーブルの上に乗ってるヴェイグへ差し出して周囲をそれとなく見渡す。

 

「……いいぞ」

「はむっ」

 

 まるでこっそりと動物を飼っているようだ。

 でも、仕方ない。車まで待てなんて言えるはずないし。

 

「……タダノ、美味いぞ」

「そっか。全部食べてくれていいからな。それはヴェイグの分だし」

「そうなのか? 分かった」

 

 モクモクと笑顔で食べるヴェイグ達に癒されつつ、俺はぼんやりと今後の事を考える。

 

 この旅行が終われば、みんなの退職を待って最後のカオスビーストを倒しに行く。

 そこできっとこの日々は終わる。例えどんな結末になろうと、こんな時間はもうないはずだ。

 響達はそれぞれの世界で暮らし、たまに会う事はあっても同じ場所で同じ時間を過ごす事はないんだ。

 

 その時俺はどうしてるんだろうか?

 この世界でもがき足掻いているだろうか? それともみんなの世界でこっちへ戻れるように無い知恵を捻り出そうとしてるだろうか?

 

 あるいは、もうどこにもいなくなってるだろうか?

 

「タダノ、もういいぞ」

「ん? ああ……」

 

 気付けば手にしていた串から焼売は消えていた。目の前には満足そうに笑みを浮かべるヴェイグがいる。

 で、見ればエル達も食べ終わったようだ。ただ、まだ足りないって顔をしてるな。

 

 無理もない。何せ朝早くから起きてほとんど何も食べてないんだ。普段なら朝飯の時間を過ぎてるし、仕方ない。

 

「……パン屋で車の中で食べる用の物を見ようか」

「「「「やったぁ!」」」」

 

 満面の笑みで喜ぶ四人と小さく頷くヴェイグに微笑みながら俺は椅子から立ち上がる。

 さてさて、他のみんなはどうしたんだろうか。若干視界の隅にあるフードコートに響達の姿が見えるけど、うどんとか食べてるのか?

 まぁいいや。じゃ、そちらへみんなが気付かない内に来た方へ戻るように誘導しましょうかね。

 昼飯に美味い中華を食べさせたいと思っているので、出来るだけここでお腹いっぱいにはしたくないんだよ。

 

 ……響は大食漢だから構わないけどな。

 

「パン屋さんデスか。何がいいデスかね?」

「サンドイッチとかバーガー系があるといいな」

「メロンパンとか好きです!」

「クリームパンとかもいいよね」

「……あんぱんでもいいぞ」

「渋いなぁヴェイグ。じゃ、パンは一人二つまでだからな?」

「「「「はーい」」」」

 

 気分は本当に父親だ。うん、今なら分かるよ父さん。何で父さんがあんなに俺へ色々食べさせてくれたか。

 こんなに嬉しそうに、幸せそうに笑ってくれるなら、そりゃ色々食べさせたくなるよ。

 

 と、そんな事を思ってたらそのパン屋にドライディーヴァがいた。

 

「揚げパン? 奏、知ってる?」

「いや、初めて見るよ。パンを揚げてあるだけじゃないのか?」

「砂糖やきなこをかけてあるみたいだよ。カロリーが高そう……」

 

 何というか、庶民的な会話をする世界の歌姫達である。

 

「おおっ、マリア達もパン屋さんでお買い物デスか?」

「あら、切歌達じゃない」

「あんた達もパンを買うのかい?」

「はい。車の中で食べる用に一人二つまでって師匠が」

「イイにおーい」

「はい、パンの焼ける匂いです」

「ふふっ、エル達もいるならさっきの食パンを買ってもいいんじゃないか、マリア」

 

 どうやら女性らしく美味しそうなパンにテンションを上げているようだ。

 なので俺は大人しくサンドイッチコーナーを眺める事に。

 おっ、カツサンドがあるじゃないか。定番だから買っておこうかなぁ。

 っと、あんぱんがあるじゃないか。ヴェイグ用にこれを買おう。後は……

 

「ちょっと仁志、一人で黙々と選んでないで会話に参加しなさいよ」

 

 クリームパンをどうするかと悩み始めたところでマリアから突っ込みを入れられた。

 いや、だってさ、女性だけで楽しそうだったから邪魔しちゃ悪いと思って気を遣ったんだぞ?

 

「女性だけで賑やかにしてたからさ」

「だからってね……」

「仁志さん、揚げパンってこちらでは普通なの?」

「なの?」

 

 翼の質問にセレナが小さく笑いながら語尾を繰り返す。本当に可愛いな、この子も。

 

「えっと、たしか母さんが子供の頃の給食に出て来た事があるとか」

「「「「「「「給食……」」」」」」」

 

 揃って微妙な顔をする女性達を見て俺は気付いた。多分だけど給食っていう物を体験した事があるのって、下手したら奏だけかもしれないって。

 

「母さんが小学生の頃の話だから……今からざっと半世紀前って思ってくれていいよ」

「半世紀前……」

「そ、そんなに昔の事なの?」

「ああ。しかも聞いた話だと、地域によってはまったく出なかったところもあるから、人によっては懐かしくもなんともないっていう物だよ」

 

 少し聞いただけの知識で喋る。その話の最中にも切歌が俺の持ってたトングを使ってトレイへパンを乗せていき、エル達の言葉を聞いて追加するようにどんどん乗せていく。

 マリア達はそんな光景を見て苦笑しつつ、俺の話へ興味を示して聞き続けてくれた。

 結局会計をしている間も話は続き、気付けば俺の給食の思い出を語ってた。

 青りんごゼリーは中央が凍ったままでそれがまた美味かったとか、若鶏のピーナッツ揚げが大好きだったとか、数年に一度ある非常用のレトルトカレーを食べるのが地味に楽しみだったとか、そういう話だ。

 

 パンを買った後は、切歌たっての希望で地鶏などの肉をメインに扱う店へ向かう事に。

 で、そこには予想通り響がいた。未来とクリスが若干呆れる中、その手に見事な鳥のモモ焼きを受け取ろうとしているところだった。

 

「「「「凄い(デス)……」」」」

 

 そしてそんな物を見た年少組は目を見開いている。

 ふむ、少々値は張るが二本を四人で分けるなら安いもんだ。

 

「あっ、みんないる」

「よっ。そっちは何買ったんだ?」

「パンです」

「はい。ほら」

 

 セレナが未来とクリスへ見せるように袋を広げているのを横目に、俺は焼き場近くのレジへと向かう。

 

「すみません。モモ焼きを二つください」

「ありがとうございます。持ち帰りですか?」

「あ、はい」

「かしこまりました。1400円です」

 

 料金を払おうと財布を出していると横から切歌が顔を出した。

 

「ししょー、何買ったデスか?」

「モモ焼き。二つ買ったから、切歌はエルと、調はセレナと分け合って食べるんだぞ?」

「おおっ、りょーかいデース」

 

 嬉しそうにそう返すと切歌は早速とばかりにエル達の方へ駆けて行く。

 少し見てるとエル達が小さく驚いてこっちへ顔を向けたので、ちょいちょいと手招きしてやった。

 するとトタトタと可愛い義姉妹がやってくるではないか。おっ、ヴェイグが興味深そうに焼いている様を見てる。

 

「兄様、モモ焼きを買ったって聞きました」

「私と調さんで一つ食べていいの?」

「いいよ。ほら、切歌と調じゃ、調があまり食べられそうにない気がするだろ?」

 

 俺がそう言うと二人が揃って苦笑して頷いた。

 

「お待たせしました。モモ焼きです」

「どうも」

 

 差し出された二本のモモ焼きを受け取り、それをエルとセレナへ差し出す。

 

「はい、ちゃんと分け合って食べてくれ」

「「はーい」」

 

 笑顔で切歌達へと駆け寄っていくの眺めつつ財布から代金を出して店員さんへ差し出す。

 一応レシートを受け取って財布へとしまうと後ろへ向き直った。

 

「みんな、飲み物は? 自販機でいいなら外に沢山並んでるところがあるぞ」

 

 その言葉にどうするかと意見を述べ合う女性陣を眺め、俺は一人笑みを浮かべた。

 まだ始まったばかりの旅行だけど、どうやら今のところは楽しんでもらえていると確信して。

 

「……もうこれを超える思い出なんてないって、そう思ってもらえるように頑張らないとな」

 

 みんなのためにも、俺自身のためにも、そして何より、それを超える時間を掴み取るためにも……。

 

 

 

 急がず焦らず、だけどのんびりでもないそんな速度で車は進む。

 俺は今、響の膝上でタダノが買ってくれたあんぱんを食べている。

 

「ヴェイグさん、美味しい?」

「ん? ああ、美味いぞ」

 

 あんぱんにはつぶあんとこしあんがあるが、俺はつぶあんが好きだ。タダノはこしあんが好きらしい。

 何でも皮があるのが嫌だと言ってた。食べられない程じゃないが、選べるならこしあんだと、そう力説してマリア達に呆れられていたな。

 

「響」

「何?」

「つぶあんとこしあんならどっちが好きだ?」

 

 ついでだ。響にも聞いてみよう。

 

「うーん……どっちもじゃダメ?」

「いや、いい。そうか、両方か」

 

 盲点だった。すっかりどちらか選ぶと思っていたが、別に両方と言っても良かったな。

 

「ししょーししょー! 次のサービスエリアはどこですか?」

「え? 当分止まらないぞ?」

「え~っ!? サービスエリア食べ歩きしないデスか!?」

「しません。それは……俺の財布があと二つは必要になるから」

 

 タダノの言い方で俺は察した。本当はまた別の機会にと、そう言おうとしたんだろうと。

 だけど、もうそれは無理だ。この旅行が終わってみんなが仕事を辞めたら、いよいよ悪意との決戦だ。

 タダノの話だと遅くても来月中にはゲートを通ってカオスビーストと戦うと言っていた。

 

 つまり、こうやって全員で遠出するのはこれが最後になる。集まる事はあるかもしれないが、こんなに金を使うのは最後だ。

 

 ……タダノは俺にだけ教えてくれた。タダノが思う、今回の事件解決の結末予想を。

 俺は、それを聞いた時言葉を失った。でも、どこかで納得もしてしまった。

 何故みんなの外見へ事件の経過が大きく影響しないのか。そこからタダノはこう言っていた。

 

――おそらくだけど、あれはこの世界でどれだけ過ごそうとそれぞれの世界の人達に分からなくするためだ。つまり、見た目で何かあった事を察する事が出来ないって事。

 

 そしてそれが何を意味するのか。タダノは時々見せていた表情で俺へこう教えてくれた。

 

――多分だけど、ここでの事がなかった事になるようにだ。

 

 全てが終わった時、おそらく本当に全てがなかった事になる。そうタダノは言っていた。

 誰の記憶にも残らず、下手をすれば事の始まりから全て痕跡が消えるかもしれない。

 そう話してくれた後でタダノは言った。だけど、自分だけは覚えていられるかもしれないと。

 

――俺の世界はみんなにとっての神様の世界だろ? なら、俺だけは覚えていられる可能性がある。悪意が消えて、そのやっていた事の反動が起きたとしても。

 

 真剣な顔でそう告げていたタダノは、今はどこか楽しそうに運転をしている。

 誰も知らないんだ。タダノの苦しみや悲しみは。

 俺だけが見てきた。教えてもらえた。それはきっと、俺がタダノの友達だからだ。

 

「……タダノ、昼ごはんは美味しい物を期待していいのか?」

 

 だから俺も明るく振舞おう。タダノだけに明るく楽しい時間を作らせる訳にはいかないからな。

 

「ああっ! 旅の楽しみは基本的に食事だからな!」

「仁志さ~んっ! それって、園内のレストランじゃないって事ですか~?」

「当然! 昼飯をゆったり食べて、ホテルにチェックインして荷物を置いて、そこから夜のパレードを見るまでは自由に過ごしていいよっ!」

「おおっ! パレードまで見れるデスか!」

「ガイドブックはどうしますか? 一冊ですから情報を共有するのは難しいかと」

「大丈夫よ。それを持ってる人間へスマートフォンで連絡してもらえばいいわ」

「そうだね。じゃ、いつでも連絡取れてフリーな仁志先輩に決まりって事で」

「「「「「「「「「異議なし」」」」」」」」」

「タダノ、だそうだぞ?」

「へいへい。賛成多数により可決されましたっと。くそっ、これが民主主義ってやつかよ。ただの数の暴力じゃないか~っ!」

 

 そうタダノが言ったらみんなが笑った。何故ならタダノも笑ってるからだ。

 タダノが笑うとみんなが笑い、みんなが笑うとタダノが笑う。

 マリアがタダノをだいこくばしらと呼んでいたが、その意味をエルに調べてもらったら“家の中の一番太い柱”だそうだ。

 そこから転じて集団などの要の存在という意味もあるらしい。まさにタダノの事だ。

 

 悪意がタダノを狙ってるのは、そういう事を理解しているからだと思う。

 正直、今タダノが倒れでもしたらみんな気が気でなくなるはずだ。

 エルはタダノを兄と呼んでいるが、俺から見ればもう父だろう。タダノの好きな事を聞いて笑顔を浮かべるエルを俺は沢山見てきた。

 

 その上でタダノはエルの事もちゃんと聞く。今何に興味があるのか。どういう事をその日したのか。

 そうやってエルが話しているのを最初の頃見たマリアが驚いていたぐらいだ。

 

――あの子があんなに自分の事を話すなんて……。

 

 その時の俺は知らなかったが、元々エルは自分の話をするような事はあまりなかったらしい。

 だが、今なら分かる。その頃のエルはそういう事が仕事の一言で終わっていたんだ。

 

 この世界ではエルの仕事は居間の掃除などの家事の手伝いが精々で、後は俺と一緒に昼寝をしたり、スマホで気になった事を調べたり、調と買い物に行ったり、切歌と借りてきた歌を聞いたり、セレナと遊んだりと、色々とやっている。

 だから自分の事で話せる事が多い。一言では終われないぐらい、沢山の出来事や思い出があるんだろう。

 

「ヴェイグさん、一口どうですか?」

 

 そんな事を考えていたら、エルの声が前から聞こえてきた。

 視線を動かせば、エルがこっちへ顔を出して手に持ってるパンを差し出してきてる。

 

「いいのか?」

「はい」

「なら遠慮なく」

 

 手を伸ばして受け取り、あむっと一口齧る。

 うん、美味い。甘くてサクサクしてるな。で、それと一緒に少しだけ柔らかフワフワな部分もある。メロンパンはやはり美味いぞ。

 

「どうですか?」

「ああ、美味い。やっぱりメロンパンはいいな。外はサクサク、中はフワフワだ」

「ですよね。僕も好きです」

「ジュルっ……エルちゃん、私も一口もらっていい?」

「あっ、はい。どうぞ」

 

 俺とエルの話を聞いて響が物欲しそうな声を出した。

 エルが小さく笑い、俺もらしいと思って笑みを浮かべる。

 俺の手から響へメロンパンが移動し、その大きさをまた変えていく。

 

 ……結構大きく食べるな、響は。

 

「ん~っ! ホントだぁ。美味しいね、これ」

「美味しいね、これ、じゃないでしょ? 響? これはエルちゃんのなんだよ?」

 

 そこへ未来が顔を出した。その顔はやや怒ってるな。

 

「ぁ……ご、ごめんねエルちゃん!」

「いいんです。その代わり、お昼ご飯の時に響さんからお返しをもらいますね」

「ふふっ、エルちゃんも強かになったね。だって?」

「あはは、うん、いいよ。何食べるか分からないけど、私が頼んだ物をエルちゃんに絶対一口あげるね」

「はいっ!」

 

 エルが嬉しそうに笑うと響と未来も笑った。俺も笑った。

 この後未来もメロンパンを少しもらって微笑んだ。たった一つのパンで四人も笑顔にするんだから食べ物は凄い。

 そういえばタダノが言っていたな。ある絵本作家が本当の正義は何かという答えを出していると。

 

――それは一体何だ?

――みんなのお腹をいっぱいにしてくれる事、だって。要するにみんなを笑顔にする事さ。

 

 ライダーは、怖い事をする怪人と戦って、恐ろしい事や悲しい事をなくそうとする。

 ウルトラマンは、暴れる怪獣や侵略者と戦って、傷付く事や苦しむ事を止めようとする。

 スーパー戦隊は、色んな悪と戦って、自由と平和を取り戻そうとする。

 つまりヒーローとは、みんなの笑顔のために戦う奴だ。

 

 だからタダノはヒーローなんだろうな。少なくても、みんなにはヒーローだ。

 だけど、そんなみんながタダノにとってはヒーローなんだ。きっと、誰もが誰かのヒーローなんだな。

 

「俺も、ヒーローになれるだろうか……」

 

 何があっても諦めず、希望を信じ続ける。これが難しい事を俺はよく知ってる。

 俺は、一度諦めかけた。人間を信じる事を止めた。闇に堕ちはしなかったが、光でもなくなってしまった。

 

 光を見てきたはずなのに、闇を嫌っていたはずなのに、気付けば俺は心に影を住まわせてた。

 それを払ってくれたのがセレナだ。光へ目を向けさせてくれたのがタダノだ。

 そして何より、俺をヴェイグに戻してくれたのはここでみんなと過ごす時間だ。

 

 一度光を手放した俺だからこそ、その有難さを知ってる。重みが分かる。

 人間全てを信じる事は出来ないけど、それでも全て信じない事もしない。

 一人一人と向き合って、そして考えていく。

 

 大事なのは希望を捨てない事だと、そう俺もヒーロー達に教えてもらったからな……。

 

 

 

 何度かの休憩をはさみながら仁志達を乗せた車は横浜の街へ入り、俗に言う中華街へ到着していた。

 ここに至ればほとんどの人間が仁志の考えに気付き、普段では食べられない物を食べれると切歌達が盛り上がるのも無理はないと言えた。

 

「ヴェイグ、今から行くとこは個室だから喋っても大丈夫な時が多いんだ」

「本当か?」

「ああ。でも注文した物を運んでくる事とかがあるから注意はしてくれよ?」

「分かった」

 

 今回の旅行の中でヴェイグのために仁志は事前予約に加えて個室を押さえていた。

 食べ歩きでもいいかとも思ったのだが、それではヴェイグが安心して食べる事も意見を言う事も出来ない。

 それはひいてはエル達の心にも若干の影を作りかねないと、そこまで思ったのだ。

 

 駐車場から外へと出た仁志達は、予約した時間まで多少余裕があるため少しの間散策する事にして歩き出す。

 

 昼時前ながら街は観光地でもあるため人で賑わい、あちこちで肉まんなどの食べ歩き可能な物を販売している事もあって活気に溢れていた。

 

「響さん響さんっ! あのシューマイ美味しそうデス!」

「そうだね! あっちの豚まんも美味しそうっ!」

「やれやれ、相変わらず食い気が強いね、この二人」

「無理もないよ。立花も暁も昼食を楽しむために最初以降のサービスエリアでの買い物を押さえていたみたいだし」

「そうだったわね。財布を二人して調と未来へ預けていたぐらいだもの」

 

 呆れ顔の奏に苦笑する翼とマリア。そんな三人の後ろでは、エルフナインとセレナがヴェイグと共に雑貨店らしき店先に飾ってるチャイナ服を眺めていた。

 

「実物を初めて見ました」

「うん、そうだね」

 

 彼女達がそういうものを見たのは切歌のカンフーギアである。それとはまた異なっているのだが、二人にとっては分かり易い中華街らしさと言えた。

 

「仁志も、こういうの好きなのかよ?」

「嫌いじゃないよ。まぁ、可愛い女性が着てれば、だけど」

「ふふっ、只野さんらしい」

「じゃ、私達だとどうなの?」

「調達がチャイナ? うーん……」

 

 言われて想像し始める仁志を見て三人は苦笑する。

 今なら強く望めばカンフーギアならぬチャイナギアが出現するような気がしていたのだ。

 

「兄様、僕らはどうですか?」

「似合うかな?」

「エルとセレナもかぁ。うん、似合うと思うよ」

 

 可愛い二人のチャイナ服姿を想像し、仁志は父親のように微笑む。

 ただ、それを見ていた三人の乙女はやや膨れ顔。

 

「むっ、只野さん? 私達の感想、聞いてないんですけど?」

「師匠、酷い」

「仁志、今のはちょっと酷いんじゃねーか?」

「ご、ごめん。その、似合うとは思うんだけど、スリットがあるもんだから……ね?」

 

 その言い方でクリス達は悟る。若干セクシーな姿を想像したため、仁志はそれ以上おかしな想像をしないために即座にエルフナイン達の方へ切り替えたのだろうと。

 

(もう、只野さんってば……。そう言われると、少し大胆かも……)

(足が見えるのって、そんなにエッチなのかな?)

(ど、どんだけ深いスリット想像してやがるんだ? ……ま、まぁ仁志だけなら構わねーけど……)

(正直チャイナは、分かり易いアピールポイントがあるクリスより未来と調の方がスリットから覗く脚線美とかの威力が高いんだよなぁ……)

 

 それぞれにチャイナ服を見つめ、頬を掻いたり首を傾げたり赤面したりと反応を見せる乙女達と、何とも言えない顔で空を見上げる仁志。

 

 エルフナインとセレナはそんな四人に揃って小首を傾げ、同時にヴェイグへ目を向けた。

 

「ヴェイグさん、兄様達はどうしたんでしょう?」

「何か変な事、ありました?」

「……分からないから俺に聞くな」

 

 目を閉じるやため息混じりにそう告げ、ヴェイグは少しだけ鼻を動かす。

 

(ここも色んな匂いがするな。腹が減ってくる……)

 

 嗅ぎ覚えのない食べ物らしき匂いがあちこちからしてくる中華街。そこはヴェイグにとってはフードコートと同じぐらい食欲を刺激する場所であった。

 

「……エル、何か軽く食べたい」

「軽く?」

「あっ、じゃあ分け合おっか。エル、好きなの選んで。私が買ってあげる」

「ありがとう姉さん」

 

 セレナに手を引かれてエルフナインはヴェイグを抱えて肉まんなどを蒸かしている店先へと向かう。

 その背を見送り、仁志達は微笑みを浮かべた。

 視線の先では肉まんやチャーシューまんを前に目を輝かせて迷うエルフナインと、それを見つめて笑うセレナの姿がある。

 

「いいんですか? これからお昼なのに」

「いいよ。中華まん一つを三人で分け合うなら、より胃袋が動き出すさ」

「そうだな」

「セレナ、お姉ちゃんしてる」

「エルといると誰もがお姉ちゃんになるから当然だよ」

 

 四人の見つめる中、セレナが持っている財布からチャーシューまんの代金を支払い、その間にエルフナインはこっそりヴェイグへ食べさせていた。

 

「クリス達はいいのか?」

「私は響を止めないといけないので」

「私は切ちゃんを」

「あたしはそこまで空腹って訳じゃ」

 

 そこで可愛らしい音が鳴った。仁志達の視線が音の出所へと動く。

 

「……んだよ?」

 

 軽く腹部を押さえながら恥ずかしそうに俯くクリス。その愛らしさに仁志達は小さく笑みを浮かべて、セレナ達がチャーシューまんを買った売店へと歩き出した。

 

「あっ、おい」

「じゃ、俺は軽く豚まんでも食べようかな」

「いいと思いますよ。でも、結構大き目ですから一人で全部食べるのはどうかな?」

「そっか。調、半分食べない?」

「ごめんなさい。切ちゃんがいるから」

「未来は?」

「すみません。私も響が」

「そっかぁ。どうしようかな? さすがに一人で食べるのはなぁ」

 

 そこでチラリと仁志がクリスを見た。

 その意図が分からないクリスではない。それでも、きっとかつての彼女なら無視しただろう。

 だが今のクリスは、仁志達のやり取りがどういう意図で行われていたかを理解していた。

 

「あ、あたしが半分食べてやるよ」

「そうか。じゃ、買おう。すみませーん」

 

 仕方ないとばかりに仁志が望む答えを告げるクリスを未来と調が小さく微笑みながら見つめると、互いの顔を見合わせて笑みを向け合う。

 

「クリスもこっちに来てからかなり素直になってきたね」

「はい。どんどん親しみやすい先輩になってます」

「聞こえてんぞ?」

 

 やや照れくさそうにそう言ったクリスだったが、そんな彼女へ未来と調はにっこりと笑顔を向けて……

 

「「何か問題(ですか)?」」

 

 まったく悪びれもせず、問い返したのだ。

 

「っ……ひ、人の事を話す時はそいつに聞こえないようにやれ、バカ……」

 

 結局そう言う事しか出来ず、クリスは仁志から半分になった豚まんを受け取り、俯き気味に黙々と食べるのだった。

 

 

 

 かなり軽くなった財布の中を眺めながら店を出る。いや、覚悟はしてたけどまさかここまでとは。

 諭吉先生が何人旅立ったのか思い出したくない程だ。いくら全部で十二人とはいえ……なぁ。

 

「仁志、本当に大丈夫? 今のだけでもかなりの出費でしょ?」

 

 店を出て来た俺へ真っ先にそう声をかけてくるマリアに苦笑いを返すしか出来ない。

 だけど、ヴェイグが喜んでいた。エルやセレナ達が楽しんでいた。みんなが笑ってくれた。それを思い出せば何て事ない。

 

「いいんだよ。お金は天下の回り者。みんなの笑顔と思い出が増えて、世の中にも貢献出来るなら安いもんさ」

 

 やせ我慢じゃなく本音だ。それに俺もこんな機会でもなければ北京ダックなんて食べなかったし。

 

「……そう。ならいいけど」

 

 俺の真意が伝わったのか、マリアはどこか微笑むようにそう言って離れていく。

 その先には笑顔でこっちを見つめる響達がいた。そこへ俺もマリアに続くように近付くと全員が笑顔を浮かべて……

 

「「「「「「「「「「「御馳走(ごちそう)様です(デス)」」」」」」」」」」」

 

 なんて、同時に言ってきた。あっ、ヤバい……。これは、地味にくる……。

 

「ま、まぁ美味い飯は旅行の醍醐味だからな! じゃ、車に戻ってホテルへ向かおうかっ!」

 

 慌てて顔を背けて早足でみんなを先導するように歩き出す。

 幸い涙は出てこないでくれたらしい。視界良好、オールクリアだ。

 さっきの光景があと一か月もしたら見れなくなると、そう考えてしまったのがいけなかった。

 もう、さっきのような時間を彼女達が過ごす事が出来ないかもしれないと、そう思ってしまったのが不味かった。

 

「どうしたんデスか、ししょー?」

「ん? いや、まぁ、照れくさくなったんだよ」

 

 切歌が目の前へ回り込んで顔を覗きこんでくるのでそう言って誤魔化す。

 ある種照れくさくなったのは事実だ。だから切歌も納得してくれるだろうと思った。

 

「照れくさく、デスか。ししょーらしいデス」

 

 にっこり笑う切歌は相変わらず可愛い。これが最初出会った時はまったく笑いかけてくれなかったと思うと感慨深い。

 

「仁志さん、そんなに急がないでくださいよ。ちょっと苦しいんでゆっくり歩いて欲しいです」

「響は食べ過ぎ」

「デスデス」

「あっ、切歌ちゃんがそれ言う? 最後に私が片付ける事になった鳥の丸揚げ、誰が追加注文したやつだっけ?」

「ギクッ!? で、でもでも響さんも頼もうって言ったじゃないデスか!」

「はい、そこまで。響も切歌ちゃんも同罪だよ」

 

 必愛コンビの仲裁をするのは未来。鳥の丸揚げなぁ。美味かったもんなぁ。

 皮が香ばしくて、パリッパリで、セレナがフライドチキンと全然違うって目を見開いて、エルがそれに同意するように頷き、ヴェイグなどは無言でムシャムシャ食べていたぐらいだ。

 

「師匠は何が良かった?」

「俺は……感動したのはやっぱフカヒレスープで、長年の夢が叶ったのが北京ダック」

「あれなぁ。まぁ分かってはいたが先輩は食べた事があるってのが……」

 

 俺の言葉を聞いてクリスが翼へ目を向ける。そう、翼はやはり高級中華も食べた事があるらしく、久しぶりに食べましたと言っていたのだ。

 マリアでさえ食べた事がなかったと言ったので、どうやら彼女はまだまだ高級店とは縁が遠いらしい。あるいは中国での公演などをした事がないのか?

 

「あの時も言ったと思うが、食べたと言っても一度きりだ」

「その一度が庶民は人生で一度あるかないかなんだよ」

「あたしも聞いた事はあっても食べた事はなかったからねぇ」

「それぐらいにしましょう。翼は自慢なんてしてないし、何より他のメニューには色々可愛い反応してたじゃない。特にエビマヨなんて頬を押さえて喜んでたし」

「ま、マリア? それはそれで恥ずかしいんだが……」

 

 援護射撃がそのままフレンドリーファイアになってる。

 まぁ実際翼の反応は可愛かった。やはり日本で考案された中華はあまり食べた事がないらしく、前述のエビマヨは可愛い笑顔で美味しいと言っていたのだ。

 

「黒い酢豚なんて初めて食べたなぁ」

「あれ美味しかったです。本当の酢豚ってあれなんですか?」

「あー、たしかそうだったはず。よく見る赤いのは、こっちに来て日本人好みに作られたとか材料が手に入らなかったからケチャップを使ったとか、そういう理由だったはずだよ」

「「そうなんだ」」

 

 未来と調の“絶対いい奥さんになるよコンビ”が感心するような表情を見せる。

 

「炒飯もパラパラで美味かったよな」

「はい! とっても美味しかったです!」

「ヴェイグさんもお家で食べるのと全然違うって驚いてましたし」

「仕方ないのよ。家庭の火力でああしようと思うと色々と難しいの」

「中華は火力が命。それはもう知ってる」

「そうなの?」

「はい。サイ・サイシーが言ってました」

「「「「「さいさいしー?」」」」」

 

 Gガンを見た事のない響達が揃って疑問符を浮かべる。マリアは時々見てるので知ってはいるからな。

 

 エルがサイ・サイシーについて説明するのを聞きながら俺は中華街を歩く。

 今度はいつ来る事が出来るだろうか? もしくは、今度があるのだろうかと、そう思いながら。

 気付けば両隣をザババコンビが陣取ってて手を繋いできていた。まぁ可愛いからいいか。

 

「ししょー、次はいよいよ夢の国デスか?」

「まぁ厳密には違うけど、提携ホテルだからその一部ではあるか」

「ホテルはどういう感じなの、師匠」

「俺からは何も言わないよ。楽しみにしておいて」

「「はい(デス)」」

 

 微笑みと共に頷く二人は本当に可愛い。

 でも、普段の俺の部屋ではセレナとトリオで若干小悪魔なんだよなぁ。

 

 さすがにもう大人しくしてくれるようだ。いや、もしかしたら今は子供な面が強くなってるのかもしれないな。

 今も俺を挟んで楽しげに会話する切歌と調を見つつそんな風に思う。と、俺の前へ現れる二人の少女と、抱えられたヴェイグ。

 

「仁志お兄ちゃん、切歌さん達だけズルい」

「僕と姉さんも手を繋ぎたいです」

「分かった。切歌、調、交代してあげて」

 

 可愛い妹分と友人のためならと二人はあっさり手を離してくれた。

 で、入れ替わるようにセレナとエルが俺の手を掴む。何というか、さっきまでが親戚のおじさん感全開なら今はお父さん感全開だな。

 

「仁志さん、父親みたいだよ」

「実際似たような気分だよ。ただ、俺の子供ならエルのような賢い子には中々育たないだろうけど」

「男の子なら今のエルに近い気もするけどね」

「あ、それ同感です。仁志さんって男の子相手だといいお父さんに絶対なりますよね」

 

 言われて考える。実際エルやヴェイグに趣味の事を教えてるのは楽しかった。

 オモチャはさすがにどうかと思ったから買わなかったけど、本当に男の子がいたら買ってただろうなぁ。

 切歌相手でも若干考えてしまったぐらいだ。小さな男の子がいて、ヒーロー物に興味があったら確実買ってたと断言出来る。

 

「ししょーはエルにとってもお父さんみたいな感じデスよ?」

「うん、それは思う」

「おかげでエルが女の子らしくない趣味を持ちつつあるのが困りものだけどね」

 

 マリアの言葉には何も言う事が出来ない。実際少しだけ罪悪感を抱いてはいる。

 ただ、エルがそれを切っ掛けに趣味と言うものを持ち始めている事だけはマリアも喜んでいるので、多少は大目に見てくれてはいるのだ。

 

「エルちゃん、趣味があるの?」

「はい。今はプラモデル作りです」

 

 意外な答えに響達が揃って軽く驚く声を出すのを聞きながら、俺はあのマリアとエルと出かけた数日後の事を思い出す。

 

――兄様、これは?

――例のWのプラモ。それとニッパーにやすり。本格的にやるならまだまだ用意する物はあるけど、まずはこれぐらいでいいかなってな。

 

 その渡した物を受け取ったエルは、毎日少しずつ組み上げていき、今やその完成した物は埃を被らぬように元々の箱の中へしまわれ、今は俺の部屋の押し入れに眠っている。

 エル曰く、今まで俺にもらってばかりだからそのお返しだそうだ。だから俺もそれを大事にしようと思ってとりあえず押入れへ安置しているんだが……。

 

 やっぱり保管用のケース、買おうかな?

 

「ガンプラも興味があります。むしろギアへの応用や改良に役立ちそうなので、僕としてはそちらの方が気になっていますし」

「え、エルちゃんが模型作りかぁ……」

「仁志の影響、ガンガンに受けてやがるな」

「エル程じゃないですけど切歌さんもかなりです。この前もスマホでライダーの変身ベルトを眺めてました」

「み、見るだけデスよ? さすがに買おうとは……」

「バイト代で買えるからどうしようってウンウン唸ってたのに……」

「調ぇ……」

 

 聞こえてくる前や後ろから聞こえてくる会話に笑みを浮かべながら歩く。

 いつの間にか俺の前を響と未来が歩き、切歌と調がセレナの近くを歩いている。

 エルの近くにはマリアがいるし、俺の後ろにはクリスと奏に翼がいた。

 いつかも思ったけど、今の俺達は周囲にどういう風に見られているんだろうか?

 家族……はちょっと無理か。なら……何かのサークル? でもエルやセレナがいるからそれも難しいか。

 

「……ま、どうでもいいか」

 

 周囲の目を気にし過ぎても仕方ない。まったく気にしないってのも問題かもしれないけど、意識し過ぎるのも問題だろうし。

 

 俺達は歩く。時に揉め、時に呆れながら、それでも最後には笑みを浮かべて。

 

 神様ってのがいるのなら、お願いだから彼女達に少しでも早く普通の女性としての日々を与えてやって欲しい。

 こんな本来いるべき場所じゃないとそうなれないなんて、創作物ならともかく現実として考えた場合酷いとしか言いようがないんだ。

 もう彼女達は十分戦ったし、世界を守っただろ。生まれながらの戦士じゃないんだ。戦う事は使命かもしれないけど宿命じゃないはずだ。

 

 だから頼む。彼女達がギアなんて物と関わる必要がなくなるようにしてやって欲しい。

 

「兄様、肩車してもらってもいいですか?」

 

 ふと横から聞こえた声に顔を動かせばエルの腕からヴェイグがいなくなっている。で、よく見れば隣のマリアの腕の中。

 

「いいぞ。じゃあ……」

 

 しゃがんでエルの体を持ち上げる。そんな俺を見る周囲の目はどれも優しさに満ちていた。

 

「っと、ちゃんと掴まっててくれよ?」

「はいっ!」

 

 思い返せば俺も小さい頃こうやって父さんにねだったもんだ。視点が一気に高くなって大人になれたような気持ちになったんだよな。

 

「良かったね、エルちゃん」

「はい!」

「視界はどう?」

「とっても良好です!」

 

 響と未来へそう返すエルは、本当にどこにでもいそうな女の子だ。

 これが錬金術やら科学やらを研究してた才女とは誰も思わないだろう。

 

 それにしてもエルはあの初めて肩車した時から肩車がお気に入りらしい。

 何でも一瞬キャロルがお父さんにされている光景が浮かんだからだそうだ。

 それを聞いた時、一枚のメモリアカードが思い出されたのは言うまでもない。

 

「う~、ちょっとだけ羨ましいデス」

「切ちゃんがされると仁志さんが捕まるからダメ」

「そうだなぁ。可能性がゼロじゃないから何とも言えない」

「じゃ、じゃあホテルの中ならどうデス?」

「そこまでしてもらいたいの?」

 

 マリアに同感だ。切歌ってそこまで肩車とかが好きだと思えないんだが……?

 

「な、何だかエルがされてるのを見るとししょーがお父さんみたいに見えるデス。だから……」

 

 そこで理解した。要は父性を肩車に感じてるんだろう。

 チラと見ればマリアもそれを察したらしく複雑そうな顔でこっちを見ていた。

 

「そういう事ならいいよ。切歌にとって俺はマスターアジアだもんな」

「さすがししょーデスっ!」

「「「「「マスターアジア?」」」」」

 

 俺の表現で響達Gガンを知らない五人が再び?マーク。ただ、今回説明役になるエルは俺の頭上なのでそれには適さない。

 それを察したのかセレナが困った顔を見せていた。頑張れセレナ。お姉ちゃんとしてエルの代わりをしてあげるんだ。

 

「え、えっと、調さん、どう説明したらいいかな?」

 

 と思ったら即行で調を頼っていた。うん、ある意味で賢いな。

 で、頼られた調は少しの間考え込み……

 

「……素手でロボットを倒せるおじいさん?」

 

 なんて、正解だけど最初に聞かせるにはあまりにもな表現をしたのであった。

 

「どういうじいさんだよ!?」

 

 同感だよクリス。普通なら誰だってそう思う。俺だってそう思う。

 

「あ、あのっ、布で大きな砲弾を受け止めて弾き返せる人です」

 

 うん、セレナ? 正解だけど説明って言うならもっと簡単なものがあるだろう?

 

「セレナちゃん、それ余計混乱するから。他の情報はないかな? どういう性格の人とかね」

 

 未来は本当にお母さんだ。苦笑しつつセレナへもっと具体的な情報提示の方向性を示しているし。

 

「ふふっ、仁志の言葉を借りるなら司令よりも強いのは確実だそうよ?」

「何と……」

「翼達のとこの旦那より、ね。そんなじいさんがいるなら会ってみたいもんだ」

「師匠よりも強いおじいさんかぁ。ちょっとジーガン? それも興味出て来たなぁ」

 

 マリアなど分かっていてより面倒な表現をしてる始末。ま、正直Gガンは響には刺さるかもしれない。

 駐車場を目指しながらあちこちで会話が始まる。

 Gガンについて聞き出す響へ切歌が応じれば、クリスや未来は調やセレナとさっき食べた昼食を話題に話し始め、マリア達ドライディーヴァはさっきの店で出されたお茶について意見を交わし出していた。

 

 で、ヴェイグはお腹いっぱいになったからか目を閉じていた。あれって、もしかして寝てないか?

 

「兄様、どうかしましたか?」

「ん? ああ、ヴェイグが寝てるように見えてさ」

「…………僕からだと見辛いです」

「じゃ、車に着いたら確認してくれ」

「はい」

 

 エルの明るい声を聞きながら俺は歩く。次はいよいよ今回のメインだ。

 今まで以上の安全運転で行こうと改めて心に誓い、俺は笑みを消す事なく歩いた。

 終わりが近付きつつある幸せを噛み締めるように、一歩一歩を踏みしめながら……。

 

 

 

 大勢の人々で賑わうテーマパーク内。その中に仁志達の姿があった。

 

「ありがとうございました」

 

 二人組の女性に礼を述べ、仁志は頭を下げた。

 テーマパークのランドマークである城をバックに全員での写真を撮ってもらったのである。

 撮影された集合写真は見事なもので、また一枚旅の思い出が出来たと仁志は笑みを浮かべていた。

 

「じゃ、ここからはグループ行動だ。ただし、必ず一人はスマホ持ちを入れてくれ。エルは絶対に一人にならない事。トイレの場合は仕方ないけどね」

「はい」

「夕食は多分全員で食べるのが難しいと思う。混雑するからさ」

「時間をずらしたらどう?」

「正直早くする以外は効果が薄いと思うよ。みんなパレード前にって動くからね」

「つまり、それぞれのグループ毎で食事は済ませておけって事?」

「そうして欲しいかな。何せ総勢十名以上だ。団体、とは言えないけど、普通の利用数じゃないから」

 

 そうしてそこからは夜のパレードが始まるまで分散行動となった。

 どうせなら部屋割りのグループで行動しようとなり、三つに分かれて仁志達は動き出す。

 

「まずどこから行こうか?」

「当然西部劇のとこ!」

「ま、だろうな」

 

 響、未来、クリスの三人は西部開拓時代をイメージしたエリアへ……。

 

「よし、あんた達、どこへ行きたい?」

「えっと……」

「キャラクター達の街デス!」

「そうなると……向こうか」

 

 奏、翼、切歌、調の四人はトゥーンの名を冠したエリアへ……。

 

「エルはあのお城へ行きたいんだよね?」

「はい!」

「じゃあ行きましょうか」

「ヴェイグ、よっぽど大きな声を出さなきゃ喋ってもいいからな?」

「分かった」

 

 仁志を伴いマリア、セレナ、エルフナイン、ヴェイグは中央の城へとそれぞれ向かう事になった。

 

 さて、まずは響達から見ていこう。園内は広く、彼女達の向かおうとしているエリアまでそれなりに距離があった。

 それでも普段から定期的に走っている事もあり、三人はそれを苦とも思わず初めて訪れたテーマパークにテンションを上げていた。

 

「あっ、見て見て。やっぱり耳付けてる」

「見てると大抵あれ付けてるよな」

「うーん、記念に買う?」

「そうしようよ! クリスちゃん、いいよね?」

「そう、だな。記念品みたいなもんだし、仕方ねぇか」

 

 可愛い物が好きなクリスは、いかにも渋々という風を装って響と未来と共にテーマパークの顔とも言えるキャラクターを模したカチューシャを買おうと動き出す。

 程なくして露店として展開しているワゴンを見つけ、そこで三人は売り子から女性ならとリボンをあしらった可愛らしいカチューシャを勧められた。

 

「どうする?」

「じゃ、響だけ男の子の方で」

「だな」

「ええっ!?」

「うそうそ。じゃあそっちを三つください」

「未来~……」

「ほらさっさと財布出せ。ファストパスがあるって言っても時間は貴重だぞ。全部が全部ファストパスがある訳じゃねーんだ」

 

 そうして仲良く同じカチューシャを付け、三人は更にテンションを上げて歩き出す。目的のアトラクションまでの道のりさえも楽しい時間として。

 元々の世界でも過ごす事がなかった訳ではないがどうしても響は未来との割合が高く、クリスはそれを理解し二人へ距離を取っていた。

 それがこの上位世界での出来事や時間で変化し、今や三人での行動は珍しい物ではなくなっていたのだ。

 何せコンビニで引き継ぎなどを行う仲であり、未来さえ休みなら三人での短時間の外出など気軽に出来るためである。

 

「あっ、見えてきた!」

「わぁ、ホントに西部劇の世界みたい……」

「へぇ、割と凝ってるじゃねーか」

「ねぇ、あれじゃないかな? ほら、向こうで何かが降下してたよ」

 

 未来の指差す方へ顔を向けた響とクリスは水が流れる滝のような場所を見つけ、目的の一つである事を察して頷いた。

 

「じゃ、あれがスプラッシュの方だね」

「もう一つは……あれじゃねーか?」

 

 トロッコを模したコースターがかなりの速度で通過していくのを見て、クリスは二人へ分かるように指さした。

 

「お~……」

「うん、きっとそうだね」

「うし、じゃあどっちから先に乗る?」

「「濡れると困るから先にあっち」」

「そうか? むしろ濡れてもあっちに乗ったら乾くの早く出来そうじゃねーか」

 

 思わぬ発想に響と未来は少し黙った後で……

 

「「じゃ、そうしよう」」

 

 と、あっさり意見を変えたのである。

 その後、三人はファストパスを利用し目当てのアトラクションへ短時間で乗れ、長い行列を作っている光景を見て、バケーションパッケージと呼ばれるものを選んだ仁志の配慮に感謝しながらアトラクションを楽しむのだった。

 

 今度は視点を変えて仲良しコンビでのグループを見てみよう。

 

「凄い人気だね……」

「うん、どこも行列だよ」

「う~……お家入ってみたいデス。はっ! そうデス! このファストパスを」

「切ちゃん、それ使えるものと使えないものがあるから」

「がっかりデス……」

 

 冷静な指摘にガックリと肩を落として項垂れる切歌を横目に、調はキャラクター達の住む街と言う設定の現在地を見回していく。

 トゥーンとの名の通り、全体的に可愛らしい印象が強いため客層も子供の方が多いそこは、きっとセレナやエルフナインの方が楽しめるだろうと調には映った。

 

「で、どうするんだい? 並ぶ?」

「もし並ぶのなら付き合うぞ」

「ホントデスか!?」

 

 ツヴァイウィングの思わぬ申し出に切歌が勢いよく顔を上げる。

 その反応の速さに二人は苦笑しながらも頷いた。

 今の奏と翼は気分的には先輩と言うよりは姉に近かった。定期的に顔を合わせ、しかも食事だけでなく同じ物を見たり遊んだりと、そうやって切歌達と過ごしていた事もあって気分がすっかり単なる先輩後輩から変わっていたのである。

 

「じゃ、どこに並ぶの?」

「とーぜん一番人気デス!」

「じゃ、並ぼうか」

「暁、並んでいる間にがおがいがー、だったか。その話をしてくれないか?」

「了解デス。調、間違ってるとこや抜けてるとこがあったらよろしくデス」

「いいけど、正直私よりもそういうのは師匠やエルにお願いしたい……」

 

 そんな調の愚痴に気付くはずもなく、切歌は翼の要望へ応えるようにガオガイガーの話を始めた。

 それを聞きながら調は覚えている範囲で補足や説明を入れ、それは見事なものだった。

 奏と翼は楽しそうに話す切歌に笑みを浮かべつつも、耳に入ってくる内容に驚いたり息を呑んだりとしていった。

 

「それで、ゴルディオンハンマーは何でも光に変えちゃうんデスよ」

「そういやそんな事をカラオケで言ってたね」

「何でも、か……。例えば?」

「えっと、竜巻とかデス」

「風も?」

「凄いねそりゃ」

「天候を操るソンダーロボ相手にやってました。あとは木星にある衛星とかも」

「「衛星……」」

 

 スケールの大きな話に奏と翼が感心するように呟く。

 何せそもそもの話が宇宙規模なのだから当然ではある。だが、切歌と調からすれば今話している事はまだ序の口であった。

 

 何せ彼女達はその後に待つ宇宙収縮現象というとんでもない規模の展開を知っているのだ。

 それに比べればまだまだ現在の段階は規模がマシと言えた。何せ表向きは太陽系だけで済む話だからである。

 

 が、そんな風に話している間に彼女達が家の中へ入れる時がきた。

 その中々洒落た家の中へ入ると、そこにはネズミをモチーフとしたテーマパークの主役がいた。

 

「おおっ! やっと会えたデース!」

 

 抱き着きに行く切歌を嬉しそうに受け止め、そこから動きで気持ちを表す姿を見て、調達は感心するように目を見開いていた。

 

「動きが凄い。喋ってるみたい……」

「言葉を使わずにこれ程感情を伝えてくるとは……」

「やるね。さすがはプロって事か」

 

 横にいるアテンドの女性が通訳をする中でも動きで感情を見せる様はまさしくエンターティナー。

 その仕事に違う分野のプロであるツヴァイウィングは感嘆し、調はただただ驚くのみ。

 最後には四人で彼を中心に写真を撮影し、最後まで手を振って見送られてその場を後にする事に。

 

「バイバイデース!」

「あれは中々重労働だな」

「だね。うん、若干舐めてたかも。凄いよ、ここのスタッフ」

「あの、そういえば師匠から言われてた事を思い出しました」

「「言われてた事?」」

「はい。ここのキャラクター達は実在している。中の人などいない」

「「………そういう事ね(か)」」

 

 仁志の言いたい事を理解し、ツヴァイウィングは小さく苦笑する。

 まるで遠回しに彼が二人へ注意したようにも思えたのだ。

 

「じゃ、次はどこ行く?」

「アタシは今ので希望を聞いてもらったので少しお休みするデス」

「だってさ。翼は何かある?」

「私よりも月読を先にしてあげて」

「じゃあ調は?」

「私は……ハニーハントって言うのが気になってます」

「よし、じゃあそれへ行くよ」

「レッツゴーデスっ!」

 

 奏と切歌を先頭に歩き出す四人。陽気でノリのいい二人を見ながら翼と調が小さくため息を吐きつつ笑みを見せ合う。

 ある意味で似た者コンビ同士であるグループは賑やかに会話へ花を咲かせながら次の目的地目指して歩くのだった。

 

 そうなれば最後は仁志が同行中のグループだろう。

 

「「楽しかった~」」

 

 お城探検ツアーを終えた仁志達。彼とマリアは満足そうに笑うエルフナインとセレナを見つめて微笑んでいた。

 それはどこから見ても子供達の事を見つめる父と母でしかない。ヴェイグもエルフナインの腕の中で笑みを見せている。

 

「それは何よりだよ」

「ふふっ、でもたしかに楽しかったわ。中々お城の中を見て回るなんて出来ないもの」

「シャトーの中は……まぁそんな余裕なかったか」

「そうね。エルはどう?」

「シャトー、ですか? その、あまりあの頃はそういう事に興味がなかったもので」

 

 そのらしい発言に仁志は笑い、マリアも苦笑する。セレナは二人と違って小首を傾げていたが、上位世界で共同生活を始めたばかりの頃を思い出したのか、最後には納得するように頷いていた。

 そしてヴェイグは一人それとなく周囲を見回してとある物を目にして小さく頷くと、エルフナインの手を軽く叩いて意識を向けさせた。

 

「どうしました?」

「エル、あの細長い物は何だ?」

「細長い物?」

 

 ヴェイグの視線を追ってエルフナインが顔を動かすと、小さな子供がその手にチュロスと言う食べ物を持っているのが見えた。

 

「……食べ物でしょうか?」

「ここに来る前には色が付いているのも見た」

「色が……」

「ねぇ、それってチュロスじゃないかな?」

 

 二人の会話を聞いていたセレナがそう言うと、ガイドブックで見たからと仁志からそれを受け取ってその場で読み始めた。

 

「やっぱり女の子って甘い物に目がない?」

「どうかしら? ただ、ここに関してはセレナもエルもご執心だったからかも」

「成程ね」

 

 マリアの言葉に頷くと、仁志はデジタルカメラを構えてガイドブックを眺めて笑みを浮かべるセレナ達を撮影した。

 すると当然彼女達が気付いて顔をカメラへと向ける。それさえもシャッターチャンスとばかりに仁志は写真に収めた。

 

「兄様、撮る時は教えてください」

「うん、出来れば教えて欲しいな」

「ごめんごめん。自然な感じの写真も欲しいんだよ」

「仁志、ちょっと見せてもらってもいい?」

「どうぞ」

 

 ベンチ付近を舞台に展開される家族なやり取り。誰も思わないだろう。彼らが赤の他人の集まりなどとは。

 それ程までに仁志達の雰囲気は家族のようであり、その構成さえもらしさに溢れていたのだから。

 

 ただ、呼び方を聞くと疑問符が浮かぶだろうが。

 

 こうして次の目的地はヴェイグが気になったチュロスを買いに行く事となり、仁志はそこで一旦別のグループへ合流するために別れる事を決める。

 

 手を繋いで歩くエルフナインとセレナを見つめ、仁志とマリアは微笑み合う。

 

「ねぇ仁志」

「ん?」

「今だから言うけど、正直ここへ来る事はないと思ってた」

「……俺もだよ。あれからここまで変わるなんてなぁ」

 

 エルフナインが夢の国と呼ばれる場所へ興味を抱いたのはまだ切歌達が上位世界を訪れる前だ。

 その時は仁志も自分がここまで状況が変わるとは思っていなかった。マリアも、まさか自分が仁志へ好意を寄せて夫にしたいと思うなど考えもしなかった頃だった。

 

 それを思い出して二人は揃って少しだけ遠い目をする。その先には仲良く手を繋いで話す義姉妹となった二人の少女がいた。

 

「今だけ、年長らしくない事を言ってもいい?」

「俺の前ではいつだってそんな事抜きでいいさ」

「……このまま時が止まればいいのにって、心の底から思うわ」

「そうか。なら俺はこう返すよ。このまま一緒の時間を生きていけるようにしたいって」

 

 思わぬ返しにマリアが思わず足を止めた。仁志は半歩だけ前へ出て後ろへと振り返る。

 

「止めてしまうなんて虚しいだろ? 動かし続けて今の状態を維持していきたくないか?」

「…………貴方って人は」

 

 噛み締めるようなマリアの言葉に小さく微笑み、仁志はその場から歩き出した。

 その背を見つめて、マリアは小さく微笑むとすぐに小走りでその後を追う。

 そして仁志の腕へ軽く抱き着くと小さく耳元へ囁くのだ。

 

――絶対逃がさないから。

 

 それに対する仁志の反応は困ったようで嬉しそうな笑みと頬を掻く動きだった。

 

 

 

「ししょー! 早く撮って欲しいデース!」

「師匠、お願い」

「はいはい」

 

 切歌達に言われて仁志がデジカメを構える。ホント、ああしてると二人の兄貴って感じだね。

 

「ふふっ、暁も月読も楽しんでいるようで何よりだ」

「ホントだよ。まぁ切歌の方は心配してなかったけどね」

 

 何せどこでも楽しもうとする子だ。良い意味で子供になれる奴だしさ。

 ただ、相棒の調はちょっと分からなかった。大人びたとこがあるし、こういう子供っぽいところは好みじゃないかと思ってたしな。

 

 けど、ちゃんと楽しんでるみたいで良かった。どうやら調は初めて乗ったアトラクションのキャラがお気に入りみたいだ。

 帰りにぬいぐるみを買おうかどうか迷ってたし、後で仁志に教えてやるか。

 

「奏と翼もおいでよ。彼も結構人気のキャラなんだぞ」

「だって?」

「じゃ、お言葉に甘えて」

「もう一枚お願い出来るデスか?」

「……いいよって言ってます」

 

 大きく頷くアヒルのキャラに思わず苦笑する。当たり前だけどリアクションがオーバーだね、こいつは。

 でも、まぁ、可愛くないとは思わないし、あたしも意外とこういうのが嫌いじゃないみたいだ。

 翼とアヒルの右側に陣取り、切歌達が左側。で、全員で笑顔を向けると仁志がパシャリ。

 

「ありがとな!」

「ありがとデース!」

「バイバイ」

「ありがとう」

 

 あたし達の言葉に両手を振って去っていくアヒル。

 いや、ホントに見事なもんだ。この暑いのにしっかりなり切ってるよ。

 で、切歌と調は見送り終るや仁志へ駆け寄る。

 

「ししょー、どんな感じデス?」

「見せて」

「どうぞ」

 

 差し出されたデジカメを受け取り、二人は写真の確認を始める。ははっ、可愛いもんじゃないか。

 

「仁志さん、私達とはいつまで居てくれるの?」

「そうだなぁ。とりあえずどこかのアトラクションへ行って終わるか、もう何枚か写真を撮ったら響達と合流しようと思ってる」

「じゃ、どっか行くべきだね。仁志先輩の希望はあるかい?」

 

 時間経過でさよならなんて嫌だ。どうせマリア達とは家族みたいに過ごしてたに決まってるし。

 ならこっちでは男女な感じで過ごしてもらうさ。そういう意味じゃ翼達は結構女してくれるしね。

 

「俺? じゃあ……お化け屋敷的なものでもいい?」

「あたしはいいよ」

「私も構いません」

「あ、アタシは……」

「師匠、そこは二人で行くの?」

「いや、この五人で行くつもり」

「だって」

「さぁ! 時間がもったいないデスっ! 早く行くデスよっ!」

 

 現金な奴だね。ま、そこが可愛いとこでもあるんだけど。

 見れば仁志も苦笑してる。その優しい笑顔に胸がときめく。本当にドンドン魅力的になってくよね。

 

「切ちゃん、単純……」

「言ってやるな。あれでこそ暁だ」

「そういう事さ。だろ?」

「ははっ、そうそう。切歌はそうでなくっちゃな」

「師匠も割と酷い」

 

 その調の言葉に仁志は苦笑して歩き出す。そしてすぐに切歌の隣へと並んでやる辺りにあの人らしさが見える。

 

「さて、私達も後を追うぞ月読。このままでは置いて行かれる」

「はい」

「奏も」

「ああ」

 

 見れば仁志と切歌が足を止めて振り返って手を振ってる。そうしてるとまるで兄妹だ。

 実際切歌の慕い方は妹にも近い。ただその奥底には女がいる事をあたし達はもう知ってる。

 ま、マリアや調の隠し方に比べれば可愛いもんだ。そういう意味じゃ切歌は響に似てるよ。

 翼もそっち側、かな。あたしは……どうなんだろうね。自分としてはそこまで隠してないし。

 

 ……この旅行が終わった後こそがあたし達ドライディーヴァには大勝負だしね。

 マリアから持ちかけられた仁志との特別な時間。未来には、その日響達と一緒になってマリア達の平屋で泊まってもらうつもりだ。

 ただ、素直にあの子へその理由を打ち明けると確実邪魔される。いや、きっと仁志へバラされるから無理。

 

――あたしはマリア達と違って一人だ。だから、せめて仁志の赤ちゃんぐらい望んだっていいじゃないか。それに、そもそも本当に妊娠出来るか分かったもんじゃないし……。

 

 そう、今のあたし達は普通の状態じゃない。依り代なんてもんでここへ存在出来てるようなものだ。

 

「そういえば四人は夕食をどうするんだ?」

 

 聞こえた声に意識を切り換える。顔を上げれば仁志がこっちへ顔を向けていた。

 

「まだ決めてないデス」

「うん。師匠、ガイドブック後で見せて」

「いいよ」

「どうせならあたし達と食べるとかどう?」

 

 そうしてくれたら嬉しいんだけど……。

 

「私もそれがいいと思うな。仁志さん、どう?」

「うーん……正直そこは迷ってるんだよ。ただ、金銭面でマリアしか収入がないエル達と一緒がいいかなと思ってはいてさ」

 

 瞬間、あたしの中で強烈な嫉妬が沸き上がる。ズルいと、そう思って。

 

――またエルをだしに使ってマリアが仁志を連れて行くの? 悔しい……。

 

 ああ……本気で嫌になる。エルさえいなければあたしが仁志の嫁さんみたいになれるのに。

 あの子が仁志にとって娘みたいになってるから、親子みたいになってるから必然的にマリアが奥さん顔してるんだ!

 

「そっか。エルとセレナはバイトしてないから」

「デスね。セレナはお小遣いデスし」

「そうだな。なら仁志さんはそちらと一緒がいいか」

「ごめんな。出来れば全員一緒がいいんだけど、ここじゃ……」

「分かってるって。見ただけでも分かるよ。いつかのプールとかよりも圧倒的に人が多いし広いからね。仁志先輩はエル達の方へ行ってやんな」

「……悪い」

「いいって事さ」

 

 本当に申し訳なさそうな仁志にあたしは物わかりがいい女を演じる。

 必死に、本音を隠して。

 

――憎い……。マリアが、エルが憎い……。あの二人さえいなかったら、仁志はあたしを嫁さんみたいに扱ってくれるはずなのに。じゃなかったらあんなにキスしてくれない……。

 

 そうだよ。バイトの度に一度はしてくれるんだ。それも軽くする時もあればしっかりとしてくれる事もある。

 

――そうだ。マリアの提案を逆に利用してやろう。三人で順番を決めるだろうから、あたしは最後になってやるんだ。そうすれば時間を朝まで使える……。

 

 朝まで……仁志と……。

 

――そうだよ。マリアと翼には持ち時間を決めておいて、あたしはそれを破ればいい。それぐらいは許されるはずだ。今までどれだけマリアに仁志を譲ってやった? その分を少し返してもらうんだ……。

 

 …………そうだね。それぐらいは、当然の権利だ。

 あたしは仕事でしかほとんど関われないのにあいつは日常で関わって、しかもあたしの見てる前で奥さん面してきたんだっ!

 

「ははっ、そうだよ……。どうして気付かなかったんだろう……」

 

――あたしは今までマリアに大分遠慮してやったんだ。だからその分をお返ししてもらうのは当然だって事に……。

 

「奏? どうしたの?」

 

 そう思ってたら翼が不思議そうな顔でこっちを覗き込んできた。

 

「ん? ああ、何でもないよ。独り言」

「そう? ならいいけど……」

 

 そう、何でもないのさ。もうマリアなんて何でもない。

 いくら嫁さん面したっていいのさ。仁志の性格上、子供さえ、子供さえ出来ればあたしの勝ちだ。

 あははっ、そう思うと気分がすっごく良くなってきた。うん、いいよ。この旅行中ぐらいは、いやこの旅行まではマリア達に仁志を譲ってやるさ。

 

――だけど、そこから先はあたしのもんだ。仁志は、この人はあたしがもらう。絶対、誰にも譲るもんか……。

 

 

 

 さすがにちょっと疲れたかも。響は元気だけどクリスと私は若干バテてるし。

 園内にあるコースター系は全部乗りたいっていう響の希望を叶えてたら、広い園内を結構な距離歩く事になって地味に疲れちゃった。

 

「お疲れ様」

「……おう」

「はい……」

「あ、あはは……何かごめんね」

 

 そして今は只野さんが出迎えてくれた。

 ここの宇宙をイメージしたコースターへ乗る前にクリスのスマホへ連絡が入って、只野さんが合流したいって分かったから場所を教えてからアトラクションへと乗ったからだ。

 

 申し訳なさそうな響を見て只野さんはデジカメを取り出して構えた。

 

「今の三人、ある意味いい感じだから一枚いい?」

「「「ダメだ(です)」」」

 

 声が揃った。でも当然だよ。こんな疲れた顔、写真になんて残されたくない。しかも、それを初恋の人の手元に残されるんだから。

 

「ダメかぁ。じゃ、いいよ。こっそり撮るか」

「仁志さん、それ盗撮って言うんですよ?」

「いやいや、今こうして時々撮るからって宣言したから。予告撮影だから」

「ずっと気を張ってろってか?」

「そうは言わないよ。むしろ気を抜いた可愛い表情を撮りたいなぁ」

「只野さん? それを私達は嫌がってるんですけど?」

 

 屁理屈を述べる只野さんへ私達はやや睨むような視線を向ける。

 それを受けても只野さんは苦笑するだけで堪えてない。ううん、むしろ嬉しそうに見える。

 

「正直そういう顔でもいいんだよ。普段見れない表情って意味じゃ同じだし」

「「「むぅ……」」」

 

 どこか喜ぶ只野さんを見てると強く文句を言えなくなる。

 この人は本当に私達の事が好きなんだろうなって思えるからだ。

 じゃないとこんなムスッとした顔なんて写真に撮りたいなんて思わないもん。

 

「あははっ、仲が良いなぁ。ま、この話は置いといて」

 

 置いておくんだ……。

 

「何枚かは三人の写真を撮りたいんだ。それは、構わない?」

「まぁ、撮る時に言ってくれれば……」

「おう、今みたいにな」

「でも、ダメって言ったらダメですからね?」

「了解。じゃ、普通に一枚いいか? カチューシャしてる姿が可愛いからさ」

 

 ズルいなぁ。こう言われたらダメって言えない。

 まだちょっと疲れてるけど、チラッと見ればクリスも仕方ないって感じで息を吐いてるし。

 

「はい、チーズ」

 

 三人で並んで撮ってもらった写真は、何て言うか普通に仲良しトリオって感じだった。

 初めて来たテーマパークではしゃぐ三人って風で、クリスの少しはにかむような笑顔も、響の心から嬉しそうな笑顔も、私の微笑みも、とってもあったかくなるような写真だったから。

 

 で、そこから少しの間只野さんとツーショット撮影みたいになった。

 だってこうでもしないと恋人みたいな事が出来ないと思ったからだ。

 まずは響と撮ってもらって、二番目がクリス、次が私で、最後は園内のスタッフさんにお願いして四人で撮った。

 

「只野さん、これ、みんなと撮ってくださいね。エルちゃんともです」

「エルとも?」

「そうです。記念になりますし、それに、そう言えばエルちゃんが遠慮する事はないですから」

 

 あの子は気が利く。時に利きすぎるぐらいに。

 只野さんをお父さんのように思ってるし、あまり声に出してないけど、今のあの子はマリアさんをお母さんのように慕ってる。

 それは、不味い。セレナちゃんが少し落ち着いてくれたけど、エルちゃんがマリアさんをお母さん、セレナちゃんをお姉ちゃんとして扱い出したらまた暴走しかねないし。

 

「エルが遠慮、かぁ。ありえるかも」

「ですね。エルちゃん、子供らしくない時ありますから」

「まぁ、ちょっと配慮し過ぎな時あるよな。最近は結構減ったけどよ」

「うん。それでもエルちゃんは私達に遠慮するかもしれないから。だから、これは只野さんとの記念写真なんだって言ってあげないと」

 

 只野さんとの思い出が欲しいのはエルちゃんも一緒だ。

 みんな仲良くが願いの只野さんだけど、若干エルちゃんへは配慮がずれてる時がある。

 エルちゃんは私達と違って只野さんを異性として思っていないけど、代わりにお父さんみたいに思ってる。

 だからこそ、只野さんはエルちゃんを子供として扱って可愛がってるんだけど、正直デートをエルちゃんともしてもらうべきだったかなって思わないでもない。

 

 だって、このままじゃ私達だけ只野さんと二人きりの思い出があって、エルちゃんだけないって事になっちゃう。

 

「あと、もし出来たらエルちゃんともデートしてあげてください」

「エルとデート?」

「はい。このままだとあの子だけ只野さんと二人きりの思い出、ないんです」

 

 そう言うと只野さんがしまったって顔をした。やっぱり気付いてなかったですよね。

 

「そっか……。どこかでデートってそういう相手とするもんだって思いこんでた」

「あー、私もです」

「仕方ねーよ。あたしだってそういうもんだって思ったぜ」

「エルちゃんはきっと気にしないと思いますけど、出来れば」

「ああ、うん。分かった。ありがとう未来。出来るだけ早くエルやヴェイグと二人だけで過ごす時を作らないとな」

「「「ヴェイグ(さん)も?」」」

 

 私達の疑問に只野さんは笑顔で頷いて話してくれた。

 エルちゃんと二人きりの思い出を作るなら、ヴェイグとも作らないといけない。どちらも大事な存在だからって。

 

 そういう風に言い切って笑う只野さんを見て私は改めて思った。

 こういう人だから私は好きになっちゃったんだなぁって。

 

「でも、とりあえず今は三人との思い出作りをしないといけないな。と、言う訳で……どこ行く?」

 

 言いながらガイドブックを取り出す只野さんに私達は揃って苦笑した。

 本当にこの人は大人のようで子供みたいだ。

 だから、どんどん好きになる。だって、この人はギアもなかった頃の私を目指すと言ってくれた人だから。

 

――何の力もない人なのに、只野さんは私達を支えてくれようとしてる。みんなで仲良く出来るように心を砕こうとしてる。それなのに、最近のみんなはどこかそれを壊そうとしてるとしか思えない……。

 

 不意にそんな事を思った。只野さんからそれとなく話は聞いてる。

 響達がそれぞれに女性として迫ってる事を。

 私はそれをしなかった。すればきっと只野さんは疲れ果てちゃうと思ったからだ

 

――でも、本当は違う。そうすれば只野さんが私を安らげる場所として選んでくれると分かってたからだ……。

 

 ズキっと胸が痛む。実際そうだ。私は、只野さんの逃げ場所になる事であの人の傍にいようとした。

 

――どうしてみんな只野さんの願いを忘れたように動くんだろう。この人は、ただみんなで仲良くしてて欲しい人なのに。本当はハーレムなんて望んでた訳じゃないのに……。

 

 ……そう、なんだよね。只野さんはただ私達を元の生活に戻したいと頑張ってくれてただけだ。

 その中で私達がこのままだと恋心を悪意に利用されかねないと思ったから、全員受け止めるって言う事で何とかしようとした。

 それで自分が嫌われてもいいって、そう思ってたはずだ。ううん、むしろその方がいいとさえ思ってたかもしれない。

 

 そうなれば、恋心さえ無くなれば、悪意が私達へ入り込む隙はそこまで沢山ないはずだから。

 

――みんなへ只野さんのいないところで一度はっきり言うべきかもしれない。もう一度只野さんの願いを、理想を思い出してって。みんなで仲良くする事だけが只野さんの望みなんだって……。

 

 もう一度……みんなへ……。

 

――マリアさんや奏さんでさえ女性として動いてるなら、私しかいない。私だけが、私だけが只野さんの願いを分かってあげられる。叶えてあげられる……。

 

 私だけが……。

 

「未来、どう?」

「っ?!」

 

 聞こえた声にハッとなって意識を切り換える。顔を動かせば響がこっちを見て首を傾げてた。

 

「ご、ごめん。ちょっと聞いてなかった」

「珍しいな。どうかしたのかよ?」

「え、えっと考え事をしてて……」

「そっか。じゃ、もう一回言うね」

「うん、お願い」

 

 響が言うには、クリスがカリブの海賊をイメージしたアトラクションに乗ってみたいって言ってるのでそれへ行くのと同時に、出た後どこかでご飯を食べようって事らしい。

 

 只野さんはアトラクションまでは一緒だけど、ご飯は食べずにエルちゃん達とまた合流しに行くみたい。

 

「うん、それでいいよ」

「じゃあ早速移動しよう。早くしないと日が暮れ始める」

 

 そう言って歩き出す只野さんを追う形で私達も歩き出す。

 すぐに只野さんの横を響とクリスが押さえるのを見て、私は呆れるように息を吐いた。

 それ、絶対本来はダメな事だからね。そう言いたいけど、普段は出来ないからこそやっているんだろうなとも思うので何も言えない。

 

 ただ、私だってそういう事がしたくない訳じゃないんだから。

 

――私だけ、私だけが我慢させられてる。本当は只野さんに甘えたいのに。もっとイチャイチャしたいのに。みんな、ワガママ過ぎるよ。もっと只野さんの事を考えないと……。

 

 本当にそうだ。せめて二人きりの時にして欲しい。

 響もクリスも私が何も感じないって思ってるの? 只野さんの事が好きなのは、二人だけじゃないんだよ?

 

――私だって、私だって好きなんだからっ!

 

 そう思った瞬間、何だか胸の奥にドクンって脈打つような感覚が走った。

 まるで何かが心に宿ったような、そんな不思議な感覚が。

 

「未来、どうかした?」

 

 気付けば只野さんがこっちへ振り返ってた。

 

「え?」

「いや、何だか笑ってたから」

 

 言われて気付いた。私、今笑ってるって。

 じゃあ、きっとそれは……

 

――とっても今、気分がいいからですね……。

 

 そう答えた私に只野さんは笑顔を返してくれた。

 その笑顔、出来ればずっと私に向けて欲しい。響やクリスじゃなく、私に向けて欲しい。

 だけど、そう言ったらきっと只野さんは困っちゃう。ふふっ、分かってますからね、只野さん。

 私は、私だけは分かってます。只野さんはみんなを大事にしたいんだから。

 

――だから、それを壊そうとするみんなは、私が只野さんの代わりに注意しないと……。

 

 

 

「本当に凄い人の数ね……」

 

 姉さんの言葉に私とエルは頷く事しか出来ない。

 時刻は、えっと午後五時半ぐらい。さっきエルがスマホで見てたから間違いないはず。

 私達は今、園内にあるレストランに来てる。あまりにも値段が高くて姉さんとお兄ちゃんが一瞬固まってたぐらいだ。

 

「外食は初めてじゃないですけど、ここまで賑やかなのは今日のお昼以上です」

「うん、そうだね」

 

 今日のお昼も沢山のお客さんがいるお店だった。でも、そこではみんなでお部屋に入って回るテーブルでご飯を食べたからここまでガヤガヤしてなかった。

 

「……俺が喋っても気付かれないか?」

「かもしれないなぁ」

 

 こそっとヴェイグさんが呟くと、お兄ちゃんがカレーをスプーンですくってヴェイグさんのお口へ入れる。

 あ、ヴェイグさんが笑った。良かった、美味しいんだね。

 

「でも、どこもこうだとすると、切歌お姉ちゃん達は大丈夫でしょうか?」

「切歌の場合は値段が高くて困ってるかもしれないわ」

「あー、ありそうだ」

 

 私も頭に浮かぶ。お腹いっぱい食べようとするとお金が全然足りなくて、調さん達に泣き付いてる切歌さんが。

 

「ねぇ仁志お兄ちゃん。どうしてこんなに高いの?」

「ストレートに聞くなぁ。えっと、要は需要と供給のバランスなんだけど……分かる?」

「じゅようときょうきゅう?」

 

 何だろう? 初めて聞く言葉かも。

 

「つまりね、何かを欲しいって人と何かを与える人ってところかしら」

「この場合はこの中でご飯を食べたいって人達の数が多いから、店側は強気な値段設定を出来るってとこ」

「う~ん……」

 

 姉さんの説明もお兄ちゃんの説明もよく分からない。

 

「姉さん、ここは遊園地です。基本的にここに来てる人達は遊びたい人達なのは分かりますか?」

「うん」

「だから基本的にご飯を食べに行くために外へは行きたくないんです。だからこの中で食べようとします。あとは海の家と同じ発想です」

「海の家と……?」

「はい。だから、余程割高な値段ではない限り、皆さんそういうものかとお金を支払うんです」

「……ああ、そういう事なんだ」

 

 簡単に言うと、みんな手早く近くでご飯を食べたいからこの中のレストランを使いたい気持ちを利用して値段を高くしてるんだね。

 

「エルは賢いな」

「ホントだ。俺よりも説明上手いし」

「でもセレナもそういう事に疑問を持つのはいい事よ。勉強の始まりは疑問を抱く事だから」

「そうなんだ……」

 

 言われてみればエルは色んな事へ疑問を抱いてお兄ちゃん達へよく聞いてる。

 そっか。だからエルは賢いんだね。

 で、そのエルは何だか照れてる。可愛いなぁ。

 格好が例のフィリップをイメージした物だから余計かも。

 エルが言うには「この服装は僕の一番お洒落な格好なので旅行はこれで行きます」って決めたものだもん。

 

「それにしても、この分だとパレードはかなり混雑するだろうな」

「そうね。けど予想してたんでしょ?」

 

 姉さんがそう言うとお兄ちゃんは苦笑して頷いた。

 だけど、そんな中でもヴェイグさんへカレーを食べさせるのを忘れないのがお兄ちゃんの優しさだ。

 ヴェイグさんもモクモクと口を動かして笑顔だし。

 

「まぁいざとなればエルは俺が抱っこするよ。あとは場所取りに今から動いてしまえばいい」

「場所取り? どこ?」

「チュロスを買った場所覚えてるか? あそこからキャラクター達の暮らす街ってエリアあっただろ。あそこ」

「「あ~」」

 

 エルと二人で声を出した。チュロスを買ってお兄ちゃんと別れた後に行った場所だ。

 街のあちこちにネズミさんが隠されてるってガイドブックに書いてあったから、エルやヴェイグさんと一緒に一生懸命探したのは楽しかった。

 

「ん? 何々?」

「貴方と別れた後にそこへ行ったの」

「ああ、そういう事か。じゃあ場所は分かるか」

「食べ終わったら移動でいい?」

「そうしよう。みんなへは俺から連絡しておく」

 

 そうやって話してるお兄ちゃんと姉さんを見てると、やっぱりどこか夫婦みたい。

 それと、気付けばエルがキッズプレートを食べ終わりそうだった。

 私も冷めない内に食べよう。っと、そうだ。

 

「エル、パレード楽しみだね」

「はい!」

 

 可愛い妹へ声をかけてから私は食べる事へ集中した。

 ヴェイグさんはカレーを食べ終えて満足そうに目を閉じてお腹を両手で擦ってたし、お兄ちゃんと姉さんもお話を終えてそれぞれ食事を進めてた。

 

 こうしてると本当に家族みたい。うん、やっぱり私はお兄ちゃんと姉さんが夫婦な方がいいかな。

 

――でも、もしそれで二人が喧嘩とかしたら嫌だな……。

 

 動かしてた手が止まった。いつかの想像がよみがえってくる。

 お兄ちゃんと姉さんがケンカしてしまったら、私はもう二人と一緒にいられない。今みたいな風に過ごす事も出来ない。

 

――いっそ姉さんだけじゃなくて私も一緒にお嫁さんならどうだろう? それなら二人と一緒に暮らせるし、喧嘩しても私が頑張って仲直りさせられるんじゃないかな?

 

 私と姉さんで……お嫁さん?

 

――それだけじゃなくて切歌さんや調さんもいればもっと上手くいくはず。だって、今のお家と一緒だもん。

 

 今と一緒……?

 

 その時、私の頭の中にエルの寂しそうな顔が浮かんだ。

 違う! エルがいない! それじゃ一緒じゃないよっ!

 

「どうしたんですか姉さん。手が止まってますよ?」

「あ、うん。えっと、ヴェイグさん、ちょっとそのままで聞いて欲しいんですけど……」

 

 私はさっきまでの自分の中での事を思い出して、ヴェイグさんへ悪意の匂いがしないか聞いてみた。

 だって私はエルが大好きだ。自慢の妹で、本当に一緒にずっと暮らしたいぐらいだもん。

 そんなエルを忘れて、今のお家と一緒なんて思うはずがない。そう伝えるとヴェイグさんだけじゃなくてお兄ちゃんと姉さんも頷いてくれた。

 

 でも悪意の匂いはしなかったみたい。それをお兄ちゃんは良い事だよって言ってたけど、多分本当は違う。

 やっぱりどこかで悪意は私達を見てるんだ。そしてお兄ちゃんを大好きな気持ちを利用して私を悪い子にしようとしてる。

 

 ご飯を食べ終わってパレードのために移動してる途中でも、私はエルの手を握って悪意なんかに負けないって心を強く持つ事にした。

 エルと一緒なら私はお姉ちゃんでいられる。お姉ちゃんは、姉さんは強いんだ。だから悪意なんかに負けない。

 

「姉さんを悪意が狙っているとすれば、それだけ姉さんの力を警戒してるんでしょう」

「警戒?」

 

 エルの言葉に小首を傾げる。そんなに私って強くないんだけどな。

 

「はい。姉さんのギアは悪意を隔離出来る力を持っていますし、巫女ギアで浄化も可能です。現状一人で悪意を退治出来ます」

 

 言われて思い出す。お兄ちゃんが今は私が一番悪意に対して強いんだよって言ってくれたのを。

 

「ま、悪意がセレナだけにちょっかい出してるとは思えない。マリアも気を付けてくれ」

「分かってるわ。でも今はその話はこのへんでいいでしょ?」

 

 苦笑する姉さんは周囲を軽く見回した後で微笑んだ。

 

「今は、この時間を楽しみたいじゃない?」

「「うん!」」

 

 エルと声を揃えて頷く。そうだ、今は楽しまなくっちゃ。

 

 この後パレードのための場所取りをしてると、響さん達もそこへ合流して一気に賑やかになった。

 みんなが乗ったアトラクションとかの話を聞いたり、同じ物を乗ってた時には感想を言い合ったりとしてたら、気付けば周囲には大勢の人達がいた。

 

「そろそろ始まるぞ」

 

 そのお兄ちゃんの言葉を合図にみんなで正面を見つめた。これが今日最後のイベントだ。

 目に焼き付けておこう。そう思って私はパレードを待った。近くには切歌さんと調さんがいる。

 

「楽しみデスねぇ」

「うん、楽しみ」

「はい!」

 

 この世界に来て、本当の意味でのお友達になった二人だ。

 マム、帰ったら色々お話したい事があるんだ。色々見せたい事があるんだ。だから、待ってて。

 絶対悪意を浄化してマムのところへ帰るから。

 

――か、可能なら姉さんとお兄ちゃん、エルも一緒がいいな……なんて。

 

 叶わないかもしれないけど、想像するぐらい、いいよね? 私の家族、なんだもん。

 

 

 

 パレードの終わりと共に仁志達もホテルへの帰路へ就いた。

 ただ、土産を見たいとなり、混雑する店の中へ分散して入っていく事になる。

 キャラクターのぬいぐるみを前に長考する事になるクリス。クッキーなどの食べ物を買うべきかと悩む響や切歌。ボールペンなどの実用性のある物にしようかと考える未来や調。これまでこういう物に縁が無かったため迷う翼と可愛い物ばかりで迷うマリア。

 

 そしてさり気無く仁志とエルフナインの傍に立ち、彼の選ぶ物を買おうとする奏とエルフナインの欲しい物を買おうとするセレナというように。

 

「ヴェイグは何かあるのかな?」

「……特にないそうです」

 

 店は混雑しているため、何かあっては不味いと判断されてヴェイグは現在エルフナインの中にいた。

 

「特にない、か。じゃお菓子の類にするか」

「仁志先輩は?」

「俺?」

「エルは欲しい物ない?」

「僕ですか?」

 

 隣にいる存在からそう尋ねられ、仁志とエルフナインは互いに顔を見合わせる。

 

「兄様、どうするんですか?」

「俺はなぁ……そこまで興味ないし……」

「記念品みたいなもんだろ? じゃ、何か買った方がいいって」

「そう言われると……じゃ、ストラップにでもするか」

 

 それを聞いた奏が一瞬だけ不敵に笑い、仁志が手に取った物と同じ物を手にしたのは言うまでもない。

 一方のエルはと言えば、セレナと揃いのキーホルダーを選んでいた。可愛い二匹のリスがモチーフのものである。

 

「じゃあ、これにしようか」

「はい」

 

 関係性で言えばこの二人よりも切歌と調が近いのだろうが、生憎そこまでエルフナインもセレナも詳しくはなかった。

 ただ仲良そうな二匹という点が自分達のように見えたのだから選んだのである。

 

 こうして土産物も購入し、ぞろぞろとホテルへ戻るために送迎バスへ乗り込み、仁志達は宿泊するホテルへと戻ってきた。

 ロビーで一旦解散し、部屋へ戻る者達とホテルの散策を始める者達に別れて動き出す。

 仁志やマリアなどは部屋へと戻る事にし、響や切歌などは散策と言う具合である。

 

 やがて響達も散策を終えて宿泊する部屋へと戻ったのだが、何故か彼女達は同じ部屋へと向かった。

 呼び出し用のボタンを押してしばらく待つ響達。するとドアが開いて出て来たのは翼だった。

 

「おかえり、というべきか?」

「「「「「「ただいま(デス)」」」」」」

 

 響を始め、切歌、調、未来、奏、セレナが声を揃えて笑みを見せる。

 ちなみに翼がいる部屋は彼女が泊まる部屋ではない。そこは仁志達が泊まる部屋であった。

 

 響達が中へ進むと、既に一番奥のベッドの上で仁志がぐったりとしていた。その横ではエルフナインも横になって目を閉じている。

 まるで親子のようなその光景に誰もが微笑みを浮かべた。マリアやクリスもそんな光景に笑みを浮かべていたのだ。

 

「あら、おかえりなさい」

「おう、何か発見はあったか?」

「うん。えっとね……」

 

 クリスへ報告を始める響を横目に、未来は仁志を見つめて苦笑した。

 

「ずっとああなんですか?」

「ええ。シャワーも浴びずにああしているわ。エルも寝てはいないけど……」

「気を抜くと寝そうだよ。なぁエル?」

「はい……」

 

 今にも寝そうな声でそう告げて仁志は体をゆっくり起こした。

 エルフナインはそれで目を開けて擦りながら体を起こす。

 

「エルちゃん可愛い……」

「エル、いつも朝起きる時はこんな感じです」

 

 エルフナインの寝起きを初めて見た未来はその愛らしさに微笑み、セレナは見慣れた光景に笑みを見せる。

 

「仁志、もう寝たら? そうでなくてもシャワーを浴びた方がいいわよ」

「だね。先輩、いつ寝てもいいように最低限シャワーだけは済ませておきなって」

「……そうする」

 

 マリアと奏の言葉に疲れた声で返事をし、仁志はフラフラと荷物へと近寄って着替えなどを取り出すやバスルームへと歩き出す。

 

「大丈夫かよ?」

「仁志さん、お願いだから寝ないでくださいね?」

「分かってるって。さすがにシャワーで寝落ちはしないよ」

 

 力なく笑って仁志はバスルームへと消える。

 その後ろ姿をどこか不安そうに全員が見送った。

 

「……いざとなったらまずヴェイグに確認を頼みましょう」

「まぁ、それがいいか」

「あっ、そういえばヴェイグさんはどうしたの?」

「ヴェイグさんなら僕の中で眠っています……」

 

 眠そうなエルフナインの言葉にマリアはしまったとばかりに額に手を当てた。

 

「……エルとセレナを先にシャワーへ行かせるべきだったかも」

「いや、仁志さんでいいと思うぞ。何せ仁志さんと奏は明日勤務がある」

「そうそう。仁志先輩は運転もあるから余計今日は早く休ませないと」

「そっかぁ。仁志さんと奏さん、明日仕事なんですよね」

「大変だな、仁志達は」

 

 連休となっている響とクリスはそう言いつつ、視線を今にも寝そうなエルフナインへと向けていた。

 セレナがその体を優しく抱き締めるようにしているが、それが余計眠気を誘うらしくエルフナインが何度も目を擦っていたのだ。

 

(エルちゃん、可愛いなぁ……)

(完全におねむじゃねーか。仕方ねぇ。あたしらの部屋でシャワーを浴びさせてやるか)

 

 ただ可愛いと思う響と違い、クリスはその母性を発揮してため息を吐くと座っていた椅子から立ちあがった。

 

「エル、セレナもあたしらの部屋でシャワー浴びろ。あたしが一緒に入ってやるから」

「クリス、いいの?」

「ああ。見るからにエルは限界だろ」

「すみません……」

「気にすんな。セレナはエルと自分の分の着替えを持ってきてくれ。あたしはエルを連れて先に行ってる」

「はい、わかりました」

 

 眠そうなエルフナインの手を引き、クリスは部屋を後にする。それを見て響と未来は小さく笑みを見せ合う。

 

「クリスちゃんらしいね」

「ホント。でも、私達も部屋へ戻ろうか。みんな疲れてるだろうし」

「……そうだね。ちょっと残念だけど今日はあちこち見て回ったし、私も若干疲れたって感じるしなぁ」

「ふふっ、じゃあ私と響も部屋へ戻ります。おやすみなさい」

「おやすみなさーい」

「おやすみデス」

「おやすみなさい」

「おやすみ。寝坊するんじゃないよ?」

「また明日、ロビーで会おう」

「おやすみなさい」

「あっ、待ってください! 私も一緒に行きますっ!」

 

 響と未来が部屋を出ようとするのを見て、セレナが二人分の着替えを持って慌てて追いかけた。

 そうして揃って部屋を出て行く三人を見送り、奏は翼達へ顔を向けた。

 

「じゃ、あたし達も行こうか」

「そうだね」

「はいデス」

「マリア、おやすみなさい」

「おやすみなさい。奏、翼、悪いけど二人をお願い」

「大丈夫だよ。この二人も割とお疲れみたいだし、さ」

「あはは……そうデスね」

「正直もう眠い……」

 

 疲れた顔で笑う切歌と調を見てマリアが苦笑する。

 奏と翼もまるで妹達を見るかのような顔で二人を見つめた。

 この後、就寝の挨拶を交わして四人もマリア達の部屋を後にする。残されたのはマリアと仁志のみ。

 

「……これが終われば、後は私達がそれぞれの仕事を辞めるだけ。私はもう陽子さんへ相談済み。来月の中旬には辞める事が出来る」

 

 マリアの脳裏に甦るのは辞職の事を話した時の陽子の言葉だった。

 

――辛くなったらいつでも戻っておいで。仁志君にも言ったけど、ここはあんた達の第二の家みたいなもんだからさ。

 

 その陽子の言葉を聞いた時、マリアは本当の母親と接しているかのような錯覚に陥ったのだから。

 

「……マムとは違うけど、あの人も私にとってはマムかもしれないわね」

 

 少しだけ滲んだ視界でそう呟き、マリアは天井を見つめた。そうしなければ、きっと泣いてしまうと思ったのだ。

 

「あれ? マリアだけ?」

「っ?!」

 

 そこへシャワーから上がった仁志が姿を見せた。バスタオルで頭を拭きつつ不思議そうにマリアの座る椅子へと近付いたのだ。

 慌ててマリアは顔を背けるようにし、窓の外へと視線を向けた。夜の闇の中、建物などの明かりが見え、中々悪くない光景がそこには広がっている。

 

「え、ええ。奏達はそれぞれの部屋へ戻って、エルとセレナはクリスが自分達の部屋のシャワーへ連れて行ったわ」

「あー、そっか。しまったな。先に二人をシャワーへ入れるべきだった」

「いいのよ。貴方は明日も運転があるでしょ? それに、仕事もあるんだから」

「でもなぁ……」

「いいの。それに、貴方がクリス達の部屋でシャワーなんて浴びれないでしょ?」

「ごもっとも」

 

 完全に夫婦の会話である。これで仁志の手にビールでもあれば完璧だったろう。

 夜景を眺めて話す様だけはそうではないのだが、二人の雰囲気だけはまさしくそれであったのだから。

 そこからしばらく二人に会話はなかった。ただ黙って夜景を眺め続けたのである。

 

「ねぇ」

 

 それを破ったのはマリアだった。仁志の顔が横へ向く。そこには窓の外を物鬱気に見つめる美人がいた。

 

「もう、こんな時間はないのかしら?」

 

 問いかけられたのは仁志さえも答えに窮する内容。ないとは言いたくないがあるとは言えないものだった。

 

「向こうでも、ホテルに泊まった事は勿論ある。美味しい物を食べた事だってない訳じゃない。でも、でもね? 初めてだったの」

「何が?」

「こんなにも周囲を気にせず遊べる事が。大勢の人達がいるのに、まったく見向きもされない事が。普通当たり前の事が、私にはとても幸せだった。サインを求められる事も、写真を求められる事もない。何も気にせず、私はただの私でいられる。ただのマリアでいられるの。こんなに幸せな事はないわ」

 

 最後には仁志へ顔を向けて心からの笑顔をマリアは見せた。

 その笑みに仁志は一瞬息を呑むもすぐ安堵するように笑みを返す。

 

(いつかの翼と一緒だ。ただのマリアが、俺には只野マリアに聞こえてしまう、あれだ)

(さっきの仁志の反応は何かしら? ただのマリア、に反応してたみたいだったけど……? ん? ただの……マリア……)

 

 以前と同じ失態をせずに済んだと笑みを浮かべる仁志と、そんな彼に小首を傾げるマリア。

 だが、そこでマリアは気付いてしまう。何に仁志が反応したのかを。

 

「あっ!?」

「へ? どうかした?」

「な、何でもないの。ええ、何でもないわ」

 

 赤面するマリアとそれに疑問符を浮かべる仁志。

 そう、マリアは理解したのだ。自分の言った言葉が聞き様によっては“ただのマリア”ではなく“只野マリア”となる事を。

 

(そ、そういう事なのよね? 仁志は私が自分の姓を名乗ったように聞こえたから一瞬驚いたんだわ……)

 

 そこで止まらないのが今のマリアである。何せ彼女は母ではなく妻の方を優先する事にしたのだ。

 

「えっと、仁志? ちょっと聞きたいのだけど、いい?」

「いいよ。何?」

「その、私が只野マリアって言うの、嫌?」

「え? い、いや、別に嫌じゃないけど……」

「なら、嬉しい?」

「えっ?」

「私、只野マリアよ……って、そう名乗るとしたら?」

「ま、マリア……君は……」

 

 明らかに理解していると感じて仁志が若干息を呑む。翼は可愛らしく思えた事も、女の色香を漂わせるマリアだと別の雰囲気になるのだと思って。

 

「只野マリア、か。どうせなら、マリア・カデンツァヴナ・タダノ・イヴ?」

「そ、それは若干どうかと思うぞ……?」

「そう? これはこれでいいと思うけど」

 

 クスクスと笑うマリアに仁志は自分がからかわれていると気付くも嫌な気分にはならなかった。

 何故ならそうやって笑うマリアが可愛らしい少女に見えたからである。

 

「……まぁいいよ。言うだけはタダだしな」

「只野だけに?」

「止めてくれよ。そういうつもりじゃないっての」

「ふふっ、分かってるわ。ほんの冗談よ? うふふ」

 

 和やかでいい雰囲気の二人。そこで仁志は荷物からデジタルカメラを取り出してきた。

 

「ちょうどいいや。ここでも撮ろう」

「ここで?」

「そっ。あー、心配はいらないぞ。明日みんなも撮るから」

「はいはい」

 

 夜景を背景に微笑むマリアを仁志は写真に収める。

 ちょうどそこへ呼び出し音が鳴った。

 セレナ達だろうと思い仁志がドアを開けると、そこには寝間着姿のセレナとエルフナインの姿があった。

 

「ただいま」

「……ただいま戻りましたぁ」

「おかえり。さっ、入った入った」

「うん。ほら、エル」

「は~い……」

 

 寝惚けた声にエルフナインに仁志は小さく笑みを浮かべてドアを静かに閉める。

 仁志が部屋へ戻ると既にセレナとエルフナインは同じベッドへ入って目を閉じていた。

 

「歯磨きは?」

「向こうでしてきたんだそうよ。きっとクリスが世話を焼いたのね」

「違いない」

 

 眠そうに目を擦るエルフナインの後ろに立って歯ブラシで優しく葉を磨いてやるクリスの姿を想像し、仁志とマリアは小さく微笑み合う。

 

「じゃ、俺も寝るか」

「そうしなさい。私はシャワーを浴びてくるわ」

「ああ、そっか。じゃあ俺が寝た方が安心だ」

 

 軽い口調でそう言いながら仁志はベッドへと向かう。その背中へマリアは……

 

――別に覗いてもいいわ、よ?

――へ……?

 

 聞こえた言葉に振り返った仁志が見たのは、少しだけ恥ずかしそうに髪を指で弄りながら目を泳がせるマリアの姿だった。

 

「貴方、ならね」

「えっと……その、光栄だけど、遠慮しておく」

「…………そう。うん、貴方らしいわ。じゃあ、おやすみ」

「おやすみ……」

 

 着替えを手にし、マリアは颯爽とその場から去る。それを呆然と見送り、仁志は寝ようとしてはたと気付く。

 

「歯磨きしてないじゃないか……」

 

 さすがにそれはどうかと思い、彼は少しだけその場で待ってから静かに洗面所へと、ある意味バスルーム付近へと向かう。

 

(平常心平常心……)

 

 聞こえてくる水音へ意識を向ける事なく備え付けのアメニティから歯ブラシを取り出して、仁志はコップへ水を酌むと同時に歯ブラシを軽く洗う。

 最後に歯磨き粉を少しだけ乗せて歯磨きを始めた仁志だったが、どうしても背後から聞こえる水音が気になるのは仕方ないと言えた。

 

 それでも決して振り向くものかとばかりに歯磨きを続け、うがいをして後はそこを去るだけとなった時だった。

 

「誰かそこにいるの?」

「っ!?」

 

 思わず振り向いた仁志が見たのはすりガラス越しのマリアの裸体だった。

 当然ではあるが肌色である事以外はよく分からない。それでも仁志には中々刺激の強いものだ。

 

「っお、俺だよ」

「仁志? どうしたのよ?」

「えっと、歯磨きを忘れてたって気付いて……」

「ああ、そういう事。まったく、貴方らしいわね」

 

 ドキドキしている仁志と違い、マリアは平然としていた。

 そこにはマリアから仁志への信頼がある。彼なら決して覗く事はしないというのもあるが、もう一つはそうする場合しっかりと責任を取る覚悟があると思っているためだ。

 

(バスルームのドア越しの会話って、本当に夫婦みたいね。何て言うか、悪くない。ええ、悪くないわ)

 

 むしろ覗いてくれた方が嬉しいかもしれない。そう言ってもいい程にマリアは仁志へ惚れ込んでいた。

 

「驚かせてすまない。その、もう戻るから」

「あっ……」

 

 幸せな時間は唐突に終わりを迎える。口をタオルで拭って仁志は逃げるように洗面所から立ち去ったのだ。

 

 残された形になったマリアは途端に心を襲う寒風に身を震わせた。

 

「……早く私も歯を磨いて寝ましょう」

 

 かつてクリスが悪意に魅入られ闇へ堕ちた時に近い状況ではあるが、マリアはあの時のクリス程の幸福感に浸っていなかった。

 何より、彼女はクリス程の寂しがり屋ではない。多少とは言え母親をしている事がその心や在り方を強くしたのだから。

 

 仁志に遅れる事十数分後、マリアもベッドルームへと姿を見せる。

 一番手前のベッドにセレナとエルフナインが眠り、一番奥のベッドで仁志が眠っているのを見て、彼女は小さく微笑んだ。

 

「本当に……こうなれたら……」

 

 噛み締めるような呟きを発してからマリアは空いているベッドへと身を沈ませる。

 その呟きを聞いて不気味に笑う存在に気付く事が出来ずに……。

 

――見つけた。あの女の心の隙間。女だけじゃダメなのね。母であり妻の顔を持つ、と……。じゃあ、お望み通りにすればいいのよ? 私が力を貸してあげる……。

 

 眠るマリアへ黒い影のような物が入り込む。しばらくうなされる様にマリアが表情を歪め、その額に汗さえも浮かばせる。

 

 それから数分後、マリアがゆっくりと目を開けた。

 

――翼が、あの時ただの翼と連呼していたのはそういう意味だったんだわ。許せない……。仁志の妻に相応しいのは私よ? そう、だって私がずっと仁志を陰日向に支えてきたんですもの。こうなったら仁志の子を宿すしかないわ。そうすれば、私は名実ともに仁志の妻になれる。彼と家庭を、家族を築ける……。

 

 妖艶な笑みを浮かべてマリアが眠る仁志へと近付いていく。

 悪意に操られるまま、マリアの白くて綺麗な指が仁志へと迫る。

 静かな寝息だけが聞こえるベッドルームで、悪意の魔の手が今、仁志に襲いかかろうとしていた……。




次回へ続く。
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