シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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ある意味で響達にとっては有り得ない日常の象徴がバイトでした。
そこを去る時が来るというのは、言い換えれば有り得ない日常から去る時が近付いている事に他なりません。

もう平和な日常が約束された時間は、終わりを迎えようとしています。


Bye-Bye Lullaby

 なんだ……? なんかひとのけはいがするような……?

 

「仁志……」

 

 こえが、きこえる? これ、だれのこえだ?

 

「ごめんなさい。こんな事、はしたないと分かっているの。でも……」

「マリア……?」

 

 聞こえてくるのはマリアの声だ。と、そこで目を開ける。

 

「私は貴方が、仁志が欲しいの」

 

 目の前にはマリアの姿。ただ、瞳が潤んでいて、吐息が熱を帯びてる、気がする。

 

「ま、マリア? な、何をしてんだよ?」

 

 見れば寝間着だろう物が若干はだけそうになってるし、一番上のボタンが外されていて、その、魅力的な谷間が露わになってる。

 

「分からない?」

「いや、えっと……」

 

 分かってはいる。だけど、ここには寝てるとはいえエルやセレナもいるんだ。

 

「……声を出しそうになったらキスで塞いで」

「む、無茶言うなよ。と、というかな? 経験のない童貞野郎にそんな慣れた対処出来ると思ってんのか?」

 

 そ、そもそもここは普通のホテルだ。つまり避妊具などない訳で……。

 

「じゃあ私がキスをねだるわ」

「い、いやいや、そういう問題でもなくてな?」

 

 妖艶に微笑むマリアにドキッとするも、何とか冷静に寝惚けた頭で言葉を返す。

 まさか逆夜這いなんて想像もしなかった。エルやセレナがいればそういう事はないと思ってたし、マリアもきっと初体験は二人きりを望むだろうと思ってたから。

 

 けれど、どうやら違ったらしい。マリアはこの機会を好機と捉えていたんだ。

 

「っ?!」

 

 その時、俺の股間を何かが触れた。

 

「少し硬くなったわね。興奮、してくれてるの?」

「あ、あのな? 俺は健全な男性だ。マリアみたいな美女がそんな格好で迫ってきて、しかも触られて反応しないはずないだろ」

 

 今も優しく触るマリアにドキマギしながら俺はその手を何とかしようと体を起こして――

 

「ダメよ」

 

 マリアの体で押し戻されるようにベッドへと沈む。

 

「ま、マリア……」

「ダメ?」

「だ、ダメだ。その、せめてこういう事は」

「子供達の目を盗んで求め合う夫婦みたいじゃない?」

「そ、それがダメだっての」

 

 いつかの奏もそうだけど、やっぱり人っていけない事をしてると思う方が燃えるのだろうか?

 

 生憎俺は理解は出来ても協力は出来ない性質らしい。現に、今も頭の中で考えてるのはエルやセレナが起きないかどうかだ。

 それも、興奮してとかじゃない。むしろ逆だ。あの二人に嫌われやしないか、冷たい目で見られやしないかと恐怖している。

 

「マリア、その、気持ちは嬉しいし俺も出来る事ならしたくはある。でも、さすがにこんな状況じゃ」

「バスルームならいい?」

 

 いつかの飲み会でのやり取りを思い出して俺は頭を抱えたくなった。

 あの時の君はそれを否定しただろ? なのにここで持ち出すのかと、そう思って。

 

「とりあえず一旦どいてくれないか? その、俺としては女性に押し倒される形でそういうのはしたくない」

「じゃあ押し倒してくれるの?」

 

 あー、もう。らちが明かない。というか、酔ってるのかマリアは。

 俺が寝てる間に寝酒でもって缶ビールか缶チューハイ辺りを飲んだのかもしれない。

 

 ただ、そうだとしたら息にアルコール臭が混じるはずなんだよなぁ。

 

「あー、はいはい。押し倒してあげるよ」

 

 今は酔っ払いを相手してると思おう。

 そう考えてややおざなりに返事をすると……

 

「ふふっ、分かったわ。ならどいてあげる」

 

 上機嫌で俺の上からマリアがどいた。そこで俺は確信する。これは酔ってるかふざけてるんだろうと。

 もし後者なら……軽いお説教が必要か。そんな風に考えながら俺は体を起こしてチラと周囲を見回した。

 

 サイドテーブルには酒の類はない。こうなるとマリアがふざけてる可能性が高いか。

 だけど、何故急に? 俺が疲れてるし明日勤務だという事を知ってて、早く休んでと言ってくれたのはマリアだぞ?

 

 その瞬間、俺は嫌な予感がした。思い出したのだ。

 あの日、マリアが二度も悪意にそそのかされてしまった日の言葉を。

 まさか、マリアの事をまた乗っ取ってるんじゃないか? あるいは、操ってるのかもしれない。

 こうなるとまずは確認が必要だ。かなり心苦しいけど、エルを起こしてヴェイグに起きてもらうしかないな。

 

「マリア、その、やっぱりここじゃエル達が起きるかもしれないから……」

「だから? まさかやっぱりダメなんて」

「バスルームへ、行こう。そこで初めてなんて不本意かもしれないけど、今はそれぐらいしか無理だ」

 

 さぁ、これでどうでる?

 

「……一緒に?」

「出来れば俺は後から行きたい。その、トイレを済ませておきたいし」

「もうっ……。でも、許してあげるわ。早くきてね?」

 

 嬉しそうにそう言ってマリアはバスルームへと向かう。

 その背を見送り、俺は間違いなく悪意が干渉していると踏んだ。

 クリスの一件で薄々思ってたけど、どうやら本当に俺の言った事を意識して乗っ取るのは止めたらしい。

 今の反応もかつての時よりマリアらしいものだった。多分マリア自身が悪意の誘導する方向で動いているんだろう。

 

「とりあえず今は……」

 

 まずエルを、正確にはその中で眠っているヴェイグを起こさないと。

 

「エル、エルっ、すまないけど起きてくれ。ヴェイグに確かめて欲しい事があるんだ」

 

 軽く揺すって声をかける。本気で心が痛いけど、今は緊急事態だと思って諦めてもらうしかない。

 

「ん……? にい……さま?」

「エル、ごめん。ヴェイグを起こしてもらえないか? ちょっと不味い事になって」

「まずいこと……?」

 

 寝惚け眼の愛らしいエルへ俺は簡単に説明した。マリアが悪意に操られてる可能性が高いと。

 それだけでエルは事態を理解してヴェイグへ呼びかけを始めてくれた。後は念のため翼へ連絡……いや、それはエルに頼もう。

 

「エル、翼へここへ来てくれるように連絡を入れておいてくれ。俺はそろそろマリアの足止めに行かないと」

「わ、分かりました。気を付けてください、兄様」

 

 あまり時間をかけ過ぎるとマリアに、いや悪意に気付かれる。

 そう思って俺はバスルームへと向かった。何というか、寝る前に似たような状況になったけど、あの時とは違う意味でドキドキしてる。

 

 ……出来れば寝る前の方が好ましかったんだがな。

 

 俺の考え過ぎであってくれと思いつつ、その場から移動する。

 一度深呼吸をして、まずは脱衣所兼洗面所へのドアを開けた。

 そこにマリアはいなかった。ただ、彼女がその先にいるという証拠だけがある。

 

「……どうする、べきかな」

 

 脱衣籠には彼女が着ていた寝間着が畳んでおいてある。その、何となくマリアらしいと思ってしまった。

 

 とりあえず俺も脱衣所へと入る。シャワーの音はしないので本当に裸で俺の事を待ってるだけのようだ。

 

「仁志? まだ?」

「っちょ、ちょっと心の準備をさせてくれ。思い描いてたどのシチュエーションにも該当しないんだよ」

 

 突然聞こえたマリアの声に焦りながら本音混じりの言葉を返す。

 いや、だってな。どうやったら、みんなで遊びに来た夜泊まったホテルで、エルやセレナもいる中、こっそりバスルームで初体験、なんて想像をするんだよ。

 

「ふふっ、貴方らしいわね。でも、出来るだけ早くお願い。あまり女に恥をかかせないで欲しいの」

「わ、分かってる。その、風邪を引いて欲しくないし、万一のための消音も兼ねて熱めのお湯を浴びててくれないか?」

「はいはい」

 

 やり取りの声だけはマリアそのものだ。だけど、やっぱりどこかがらしくない。

 その、これからしようとしている事への不安感も緊張感も感じられないんだ。

 マリアだって、いくら惚れた相手とはいえその身を初めて委ねるなんてなったら、きっと多少は動揺したり緊張したりするはず。

 それが、今の彼女からは欠片も感じられない。それは、いくら何でもおかしいんじゃないか?

 

 聞こえてくる水音に俺は深呼吸をもう一度する。

 あの夜、俺はマリアを乗っ取って迫ってきた悪意と対峙した。思えば、あれが俺にとっては初めての戦いだったのかもしれないな。

 

 なら、もう一度戦おう。あの時よりも強い想いで大切な女性を助けるために。

 

「なぁマリア」

「ん? 何?」

「このままだと、君は妊娠するかもしれないって分かってるんだよな?」

「……覚悟の上よ。いえ、むしろしたいぐらい。初めて愛した男の子供を産み、私は失っていた本当の家族を取り戻すのだもの」

 

 その噛み締めるような言葉で俺は悟った。いかにして悪意が彼女を操っているかを。

 よりにもよってマリアの家族愛を利用してる。この場合は、セレナと言う血を分けた妹を失った事による喪失感か。

 

「そんな事になったら大変な事になるのも?」

「……ええ。大騒ぎでしょうね。自慢じゃないけど、私に男の影なんて欠片もなかったから」

 

 苦笑するマリアだけど、これも悪意によって思考を誘導されてると思うと複雑な気分だ。

 何故ならマリア自身に俺の子を欲しいという欲求があり、そのためなら元の世界で混乱を招いてもいいと思う気持ちが多少なりともあるという事だから。

 

 ……嬉しくない訳じゃない。許されるのなら飛び上がりたいぐらいの喜びだ。

 だけど、今の俺にはそう出来ない理由がある。マリアだけを見つめて、愛して、寄り添っていけない理由がある。

 

「そっか。ありがとう。そこまで思ってもらえて素直に嬉しいよ。だけどさ……」

「何?」

「それは、出来れば悪意なんかに唆されてない君の口から聞きたかったよ、マリア」

 

 一瞬だけど音が消えたような錯覚に陥った。

 でも当然だけどシャワーからお湯は出続けているし、その音が常に俺の耳には届いている。

 

 それでも、音が消えたような気がした。

 

「仁志、何を言ってるのよ? 私が操られてるって言うの?」

「悲しいけど、そうじゃないかと思ってる。マリア、思い出してくれ。俺は明日勤務があるんだ。しかも車を運転してからな。だから君も早く休んだ方がいいって言ってくれたじゃないか」

 

 そう告げた瞬間、マリアが息を呑んだのか黙った。

 俺はそれを無視するように語りかける。こっちに来てから事ある毎に俺の体を心配し、気を配ってくれたマリアが、ついさっきまで俺の事を気にかけてくれていたマリアが、いきなりその事を忘れて動くなんておかしいと。

 

「マリア、クリスもそうだったけど、君も俺への気持ちを、家族を欲する気持ちを利用されてるんじゃないか? 今の時間が、日々が愛おしいからと、それを手に入れろと唆されてるんじゃないか? 俺には、そんな風にしか思えない」

「仁志……」

「俺がいい歳してキス以上の踏み込みをしていない事で君達に不安や不満を与えているとは思う。だけど、分かって欲しい。それをしたいけど、それは君達を悪意なんかにいいようにさせてしまう切っ掛けになるんだ。だったら俺は、例え最低と罵られても全員と言い続けるし、例え最悪と言われても性的な関係を持つつもりはない」

 

 この一件が終わるまでは。その言葉は敢えて言わなかった。

 今は言わない方がいい気がしたからだ。何故かは分からない。だけど、今のマリアには言わない方がいい気がした。

 

「兄様っ!」

 

 そこへエルが姿を見せた。顔を向ければその後ろには翼がいる。

 

「エル、ヴェイグは?」

「そ、そのっ、微かにですが嫌な匂いがすると!」

「仁志さん、月読からこれを預かってきました」

「助かる」

 

 翼が差し出してきたのは依り代と呼ばれている俺の元々のスマホ。

 すぐにゲームを起動させてステータスを開いてマリアのアイコンを確認する。

 

「……異常はない、か」

「え? あ、あの、ヴェイグさんが匂いが少しずつ強くなってるって言ってます」

「匂いが強く?」

 

 エルの言葉に翼が疑問符を浮かべた瞬間だった。

 

「翼がいるの……?」

「え? あ、ああ。夜分遅くにお邪魔している」

 

 マリアの声がして、それに翼が答えたんだ。

 その次の瞬間、俺でも分かるぐらい場の空気が重くなった。

 これは……あの響とクリスの時と同じっ!?

 

「翼っ、ギアを!」

「え?」

「早くっ! 出来るだけ攻撃させないでくれ!」

「っ! 分かりました!」

「エルっ! ヴェイグに言ってミレニアムパズルを展開してもらってくれ!」

「わ、分かりました!」

 

 バスルームの内と外で響く聖詠。だが、俺はもう理解していた。

 だから翼に呼びかけながらエルへ、正確にはその中のヴェイグへ声をかける。

 このままだとホテルの設備を破壊するかもしれない。そうなったら、弁償出来るかどうかわからないんだ。

 

 翼がギアを纏うのとほぼ同時に周囲の空間が変わり、やや見慣れた感さえあるものとなる。

 

「翼ぁぁぁぁぁっ!」

「くっ! マリアっ! 正気に戻れっ!」

 

 漆黒のギアを纏ったマリアが翼へと槍を手にして迫る。

 ん? 槍だってっ!?

 

「あれはアガートラームじゃない! ガングニールだっ!」

「は、はい! どういう事でしょう!?」

 

 目の前で展開される戦いを見つめながら俺とエルは目を見開く。

 マリアが纏っているのは本来よりも更に黒くなったガングニールだった。

 言うなれば、ブラックガングニールVerイグナイトか。

 

「このっ、この泥棒猫がぁぁぁっ!」

「何の事だっ! 私は何も盗っていないっ!」

「嘘おっしゃい! 仁志を、あの人を私達から密かに盗ろうとしてたでしょ! 只野翼でいたいなんて、そう歌ってっ!」

「「っ?!」」

 

 間違いなくその瞬間、俺と翼が息を呑んだ。

 多分翼はどうしてその事にと思い、俺は自分の失態がマリアが現状に至る切っ掛けだったと痛感して。

 

「エルも! セレナもっ! ヴェイグもっ! 切歌や調もそうよっ! みんな仁志を父や兄として慕ってるの! そんな彼を奪おうなんて……許せないっ!」

「姉様……」

 

 マリアの言葉にエルが辛そうに胸を押さえて俯いた。

 そうだよな。あのマリアを見てるのは辛いよな。

 

 俺も辛いけど、あのマリアを止めてもらうためにも翼へ手を貸さないと。

 そう思ってステータス画面から緒川さんのアイコンをタップし、ツインドライブを起動、そのままアマルガムギアへとチェンジさせた。

 

「っ!? これなら……っ!」

 

 黄金の輝きをその身に宿し、翼は劣勢になりつつあった状況を好転させる。

 だが、それを受けてマリアがこちらへ目を向けてきた。

 

「仁志っ! どうして!? どうして翼に味方するの!? 私は、私は貴方の事をこんなにも想っているのにっ!」

「マリア……」

「どうして……どうしてよぉ!」

 

 涙ながらの悲痛な声に俺は奥歯を噛み締める。

 悪意に操られているとはいえ、あれは紛れもないマリアの本音だ。

 彼女は、俺と疑似家族を形成していた。最初は仕方なく、途中からは互いに楽しむようにして。

 エルやセレナを子供のように思い、切歌と調を妹のように扱いながら、互いに稼いで、あの平屋で様々なものを共有していた。

 

 その生活が、優しいマリアにはどれ程の安らぎだったのだろう。

 そう、彼女は優しいのだ。ただの優しいマリアこそが、彼女の本質なんだから。

 

「私は貴方になら何をされてもいいっ! 例え傷付けられても構わないっ! 一緒に、一緒にいてくれさえすれば、エル達を大事にしてくれれば、それ以上何も、何もいらないのっ!」

「マリア、君はそこまで……」

 

 翼の攻撃を防ぎながら叫ばれる言葉に俺は胸がいっぱいになった。

 これが、俺にさえも言えなかった、言わなかった、マリアの本音。その本心か。

 

「マリア、それは私とて同じだ。いや、きっとみなそうだ。だからこそ、仁志さんは全員を」

「煩いっ! その中で密かに抜け出そうとしていた癖によく言うわね!」

「っ、べ、別に私にそんなつもりは……」

「どうかしら? じゃあ、あの歌は、あの言葉はどういう意味よ? ただのつばさ。これが、何の変哲もないという意味ならいいわ。だけど、只野という姓を名乗るという意味なら……分かってるでしょうねぇ?」

 

 マリアの言葉に翼が完全に押し黙った。それが、何よりの答えだった。

 マリアの表情が一気に豹変する。憤怒と呼ぶのなら、ああいう顔を言うのだと言われるぐらいの、表情へ。

 

「ほら見なさいっ! 貴方は仁志だけに伝わると踏んでっ! 何度もっ! ただの翼と繰り返したのよっ! さぞかし滑稽に見えたでしょうね、私達が。何も気付かずにいる私達がっ!」

「ち、違う……。そんなつもりは本当に……」

「そんなつもりは? じゃあやっぱり他のつもりはあったんじゃないっ! 仁志へのアピールでしょ!」

「それは……」

「素知らぬ振りをして、ズルい女ね翼! だから焦らないんだわ! 自分だけがこっそり女として仁志へ強烈にアピールしているんだものっ!」

「っ……」

 

 これは不味い。いつの間にか舌戦となっていて、生真面目な翼が自分の痛いところを突かれてその太刀筋に迷いを生じさせている。

 心なしかアマルガムの輝きも鈍くなってきた気がする程だ。このままじゃ、悪意に操られたマリアの容赦ない言葉と攻撃に翼がやられてしまう。

 

「ヴェイグ、以前みたいにブロックでマリアの動きを封じれないか?」

「……ダメです。今回はこの空間の維持で精一杯だそうです。今の姉様から出る匂いで集中力が乱されるらしくて」

「そうか……」

 

 しかもあの時は空間展開と維持をセレナが担当していた。それがない今、ヴェイグだけじゃ空間の維持で手一杯か。

 

「……一か八かだ」

 

 チラリとスマホのバッテリー残量を見る。八割はないけど六割はある、な。これなら咄嗟の防御壁ぐらい展開してくれるだろう。

 

「エル、ここを動くなよ?」

「え? 兄様?」

 

 スマホを手に俺はその場から走り出すとマリアと翼の方へと向かった。

 マリアの苛烈な攻めが翼を襲い、それを何とか捌こうとする翼だがやはり動きや表情が精彩を欠いている。

 

 それを好機と見たんだろう。マリアがここぞとばかりに攻勢を強めていくのを見て、俺は翼を守る形で二人の間に割って入ろうと叫んだ。

 

「マリアっ! 待ってくれっ!」

 

 形はどうであれ、翼を傷付けたなんてなったらマリアが後で深く傷付く。それだけは絶対に避けたい。

 その想いだけで俺はスマホを片手に戦闘中の装者達の間へと体を滑り込ませようとしていた……。

 

 

 

 目の前に現れた仁志に私は咄嗟に手を止める。アームドギアを突き出す事なく何とか動きを止めて私は息を吐いた。

 仁志は荒い呼吸のまま両手を広げて翼を守る様に立っている。それが、やけに私の癇に障った。

 

「仁志、どいて」

「いいやどかない。はぁ……っマリア、君にこれ以上仲間を攻撃させたくないんだ」

 

 仲間? 何を言ってるのよ仁志。そこにいる女は一人だけ抜け駆けしていたのよ?

 

「私は周囲を出し抜いて幸せになろうとする女を仲間なんて思わないわ」

「っ……」

 

 仁志の後ろで翼が息を呑んだのが聞こえた。

 当然でしょ? 私の知っている風鳴翼はそんな姑息な手段を取るような人物じゃないもの。

 

「マリア、止めてくれ。翼への言葉が自分にも返ってくるって何で気付かないんだ?」

「私に?」

 

 何を言ってるのかしら? 私は別に出し抜こうなんて思ってない。ただ、私は今まであった形をより一層確かなものにしたいだけ。

 

「そうだ。さっき君はこう言った。周囲を出し抜いて幸せになろうとする。それは、さっきまでのマリアもだろ?」

 

 仁志が告げた言葉に私は悲しくなった。どうして分かってくれないの? 翼は私達の幸せを壊そうとしたのよ?

 私は、エルやセレナ、切歌に調、そしてヴェイグの幸せを守ろうとしたんだから。

 まったく同じじゃないわ。人の幸せを壊そうとするのと人の幸せを守ろうとするの、どちらが正しいか仁志にも分かるはずでしょ?

 

――きっと仁志は翼に何か吹き込まれたのよ。仁志は優しいし疑う事を極力しない。そこを翼に利用されたんだわ……。

 

 っ! その瞬間途轍もない怒りが沸いてきた。

 手にしたアームドギアを握り締め、私は仁志ではなくその背に卑怯にも隠れている防人もどきを睨み付ける。

 

「仁志、貴方は翼に騙されているの。その女は自分を正当化しているだけ」

「なっ! マリア、それは違う! 翼は俺に何か言った訳じゃないっ!」

「いいの。貴方が優しい事は分かってる。でもね、さすがに今回は見逃せないわ。翼は、エルやセレナ達の幸せを、せっかく出来た家族を、壊そうとしたんだもの」

 

 ああ、言っているだけで怒りと憎しみが湧いてくる。私からもう家族を奪わせはしない。

 セレナを、マムを失った痛み、苦しみ、悲しみ。それをもう二度と味わいたくないっ!

 

「だから仁志どいて。人の幸せを、暮らしを壊そうとするとどうなるかを翼におしえ」

 

 私の言葉はそこで止まった。何故なら仁志が私を抱き締めてきたからだ。

 

「もう、止めてくれ。頼むよマリア。君があの平屋での暮らしへ思っていた事はちゃんと分かったから。伝わったから。だからお願いだ。これ以上悪意の囁きに身を委ねないでくれ。いつもの強く優しく美しい君に戻ってくれ」

 

 仁志の言葉が私の体から力を奪っていく。怒りや憎しみが薄れていく。

 

――でも、ここで翼を野放しにしたら、また隠れて仁志へアピールするに決まっている。それは阻止しないといけない……。

 

 そう思ってアームドギアへ力を入れようとするけど、それも出来なかった。

 私の視界の先にいた翼がギアを解除して申し訳なさそうな表情で立っていたのだ。

 

「マリア、すまない。そちらの言う通りだ。私は、仁志さんが言った言葉を使って一種の駆け引きをしていた。これではそちらの言う通りエルやセレナ達の幸せを壊そうとしていると言われても否定出来ないな。本当に、すまなかった」

「翼……」

「なぁマリア? 君はそんなに俺が信じられないか? あの飲み会の時だって手を出す事も出来なかったある意味ヘタレだぞ? 今更隠れて迫られたところで猿になれると思うか?」

 

 私の耳をくすぐるような優しい声に気持ちがどんどん落ち着いていく。

 それと同時にギアがものすごく重くなっていくのが分かる。

 

「……それ、自慢にならないわよ?」

 

 だけど、不思議と心は軽くなっていく。気付けばそんな軽口が出るくらいに。

 それを聞いた仁志が一瞬息を呑むのが分かった。でもすぐに抱き締める力が強くなる。

 

「いや、自慢になるさ。少なくても、今のような状況ならね」

「そう、かもしれない」

 

 噛み締めるように呟く。手を出せないじゃなくて出さない。なのにこの人はそれを敢えて自分が情けないと言い切れる。

 本当に、どこまでも相手の事を気遣うのね。そんな貴方だからこそ、私達は惹かれてしまったって気付いているんでしょ?

 

「兄様っ! 匂いは薄れていないとヴェイグさんがっ!」

「マリア、アガートラームの聖詠を。きっと悪意は依り代のないガングニールだから今もギアに擬態出来ているんだ」

「分かったわ。白銀の輝きで払いのけてみせる」

 

 私の言葉に小さく頷き、仁志は一瞬だけ口付けをしてくれた。

 

「見せてくれよ。君の本当の輝きを」

「……ええっ!」

「翼、君ももう一度ギアを。そして悪意や俺にも見せてくれないか? あの月遺跡で見せたよりも見事なユニゾンを」

「はいっ!」

 

 私と翼の聖詠が響く。だけど私のギアが変わる事はなかった。

 いえ、正確にはギア同士がぶつかり合っている。先に展開していたガングニールと後から展開しようとしているアガートラームが干渉し合って、私の周囲で衝突していたのだ。

 

「これは……ギア同士の干渉?」

「悪意がギアから弾き飛ばされまいと必死なんだ。こうなったら……」

 

 そう言って仁志は手にしていたスマートフォンを私へと突き出した。

 次の瞬間、何かの力場のようなものが私を包み、気付けば体を見た事のないギアが包んでいた。

 

「これは?」

 

 アガートラームの色合いの中に、所々黒が入っている。これは……ガングニールの色?

 

「仁志さん、これはどういう事ですか?」

「分からないけど……多分依り代の力が作用してこうなったんだ」

「ダブルドライブ、ってところかしら?」

「……きっと」

 

 アガートラームとガングニールの合わせ技、ね。本当に何でもアリね、依り代は。

 だけど、今はそんな事よりも優先するべき事がある。

 私がそう思って視線を上げると仁志と翼も視線を上へ向けた。そこには弾き飛ばされる形となった悪意がいた。

 

「まさか、そんな事まで可能とするなんてっ!」

「喋った!?」

「どうやらこの悪意はこれまでとは違うようね」

「そのようだ。もしや、これが悪意の本体か!」

「かもしれませんっ! ヴェイグさんが今までにない程嫌な匂いだと言ってますっ!」

 

 その時、私と翼のギアが黄金に輝いた。

 振り向けばこちらを優しく強い笑顔で見つめる最愛の男性がいる。

 

「聞かせてくれないか? 灰の中から甦る、不死鳥の羽ばたきを」

 

 瞬間的に私と翼が同時に頷いたのは言うまでもなかった。

 

「「Ignition…!!」」

 

 もうそこから言葉はいらなかった。ただ心のままに歌い、動くだけで良かった。

 ダブルドライブギアはツインドライブとなる事が可能なようで、更にアマルガムさえも使用可能だった。

 黒の部分が赤色に発光し、まるでアマルガムの輝きに陽光のそれを加えてくれているようで、とても温かく、そして力強く感じた。

 

 不死鳥のフランメをこうやって戦いながら歌うのは二度目だ。

 だけど、あの時と今はまったく気持ちが違う。

 あの時は、相手に負けたくないという勝利への欲求だった。

 でも今は……

 

「もう私を倒したところで無駄よ。既に次の手は動いてる。そちらに勝ち目はないわ」

 

 この闇を綺麗に浄化してやらなければという使命感しかない。

 迫るこちらを見て、悪意は笑う。その笑い声にさえも気持ちを動かす事なく、私達は声と想いを重ねるのみ。

 

「「歌えPhoenixSongッ!」」

 

 例え悪意が何度も甦るとしても、その度に私達が払い清めてみせよう。

 この歌のように、不死なる夢を羽根に願う明日を共に飛び続けるために。

 その想いを込めた私の槍と翼の剣が悪意という名の闇を貫いてみせた。

 

「ふふっ、あははっ! あははははっ!」

 

 不気味な笑い声を残して悪意は消えた。それを見届けたように空間が元に戻っていく。

 

「……お疲れ様、エル。ヴェイグもお疲れ」

 

 聞こえた声に振り返れば、仁志がエルの傍でしゃがみ、その頭を優しく撫でていた。

 

「兄様こそお疲れ様です」

「っと、まさか悪意の本体らしき奴と戦う事になるなんて思わなかったぞ」

 

 そしてヴェイグもエルの中から出て来た。その体を即座に仁志が受け止め、安堵するように息を吐いている。

 別にその高さから着地してもヴェイグは平気でしょうに……。本当に心配性なんだから。小さな子供を見る父親そのものじゃない。

 

「それにしても、気になる事を言ってたな。次の手は動いてるって」

「そうですね。あの悪意は本体ではないと言う事でしょうか?」

「いや、あいつはこれまでのと嫌な匂いが違い過ぎる」

「となると、バックアップが、コピーがいると言う事でしょうか?」

「分からないわ。とりあえず今夜はもう寝ましょう。特に仁志は明日も仕事があるし運転もしないといけないもの」

 

 そう言ってから私は顔を伏せた。

 

「その、ごめんなさい。私のせいで」

「いや、いいんだよ。悪いのは悪意だ。マリアじゃないさ」

「マリア、それを言うなら私も同罪だ。ダメだな。どうしても仁志さんの前では女が強く顔を出してしまう」

 

 顔を上げれば翼も申し訳なさそうに俯いていた。ああ、本当にそうだわ。

 今の私達は仁志の前では女になり過ぎる。いえ、弱くなってしまう。

 それは、この人がどんどん強くなっているから。男として、人として強くあろうとしてくれるからだ。

 

「はいはい。この話はもう終わり。マリアも翼もあまり引き摺らないでくれ。多分だけどさっきの悪意は本体の分身だと思う。本物は今頃カオスビーストの中か、あるいはまだどこかで俺達を見てるかもしれない。なら、これ見よがしな心の隙を作らないでくれ。俺は気にしてないし、二人はこれでお相子だ。それと、これだけは言っておくよ」

 

 そこで仁志は照れくさそうに頬を掻いてから私と翼へ微笑みを向けて……

 

「只野翼も只野マリアも嬉しかったから。俺と二人きりなら言ってくれて構わないよ」

 

 なんて、そう言って仁志は私達からエル達へ顔を向ける。

 

「ヴェイグ、何なら今夜は俺と寝るか?」

「いいのか?」

「勿論。エルはマリアと一緒に寝た方がいい。セレナを起こしちゃうかもしれない」

「あっ、そうですね。姉様、いいですか?」

「ええ」

「では、私は部屋へ戻ります。この事は明日向こうへ帰った後にでも」

 

 翼の意見に私達は頷いた。せめて旅行中はあまり難しい事を考えさせたくないって事だもの。

 帰る翼を見送り、私は一旦洗面所でパジャマを着直してからベッドルームへと戻る。セレナは……うん、よく寝てるわ。

 

「それじゃおやすみ」

「「おやすみなさい」」

 

 ヴェイグと共にベッドへと横たわる仁志。どう見てもペットと寝る父親って感じよね。

 私はエルと一緒のベッドへ。思えばエルと一緒に寝るのは新鮮だわ。

 

「あの、姉様」

「どうしたの?」

 

 横になった瞬間、エルが小声で声をかけてきた。何かあったのかと思って顔を横へ向けると、そこには若干恥ずかしそうなエルの顔。

 

「えっと、今だけ、ママって呼んでもいいですか?」

 

 告げられたのは可愛いお願い。エルらしさを感じる、愛しいものだった。

 

「いいわよ。さっ、早く寝ましょうね、エル」

「はい、ママ」

 

 天使の笑顔で呼ばれた“ママ”に胸があったかく、どこかくすぐったい。

 胸に顔を埋めるようにして抱き着くエルを優しく抱き締め、私は目を閉じる。

 

 本当に馬鹿ね、私は。仁志と子を設けるなんてしなくても、こうして擬似的な母親をさせてもらっているじゃない。

 エルは、こっちで本当に子供になっている。それは、仁志と私が父と母に見えているからだ。

 なら、それで十分じゃない。これ以上を望むなら、それは全てが終わった後よ。

 

――それに、エルを向こうでも私の養女にしてもいい。仁志やセレナが傍にいれなくても、エルさえいてくれれば、今の私は強くあれると思うから……。

 

 

 

 翌朝、全員で時間を合わせて朝食を取ろうとする仁志達の姿がホテルのレストランにあった。

 並んでいる物を好きなだけ食べていいビュッフェスタイルのそれに、響や切歌は朝から目をランランに輝かせて皿一杯に食べ物を乗せていくのを未来や調が若干呆れた眼差しで見つめる横で、セレナとエルフナインが楽しそうにどれを食べるかと迷う。

 一方では翼とマリアが栄養バランスを考えて料理を取っているのを後目に、奏と仁志が食べたい物だけ取っているのをクリスがジト目で注意する。

 

(タダノ達、誰もがみんな楽しそうだ。優しい匂いがするぞ)

 

 それをヴェイグはエルフナインの腕の中で見つめ、優しく微笑んでいた。

 

 それぞれが料理を取り終えてテーブルに集まると、全員揃うまで誰も食べようとしない辺りもこれまでの経験が出ていた。

 最早このメンバーが揃うなら、食べ始めの合図は仁志が出すと誰もが思うぐらいになっていたのである。

 

「じゃ、手を合わせて……」

「「「「「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」」」」」

 

 密かにヴェイグも声を合わせ、賑やかに朝食は始まる。

 

「クリスちゃん、それ何?」

「焼きたてオムレツだ。てか、お前も見てただろ」

「ダメだよクリス。響ったら、すぐに横のカリカリベーコンに目を奪われてたから」

「仕方ないじゃん。美味しそうだったんだもん」

「こういうのはダメデス。あちこちに美味しそうな物があって、嫌でも目移りするデスよ」

「朝からこんなに沢山の物が選べて、しかも食べられるなんて幸せ」

「調さんはいつも作る側ですもんね。調さんや姉さんはいつも私達の朝ごはん作ってますし」

「私は仕事が休みの日だけ。マリアはほとんど毎日だから凄い……」

「そうでもないわよ。みんなが美味しいと言ってくれるもの。疲れなんて感じないわ」

「あっ、それ分かります。私も奏さんや翼さんが美味しいって言ってくれるから毎朝頑張れますし」

「エル、良かったらイチゴジャム使うか? 残り物でもいいなら、だけど」

「いいんですか? ありがとうございます、兄様」

「おっ、じゃああたしのマーマレードも使うかい?」

「それ私が欲しいです。ダメですか?」

「いいよいいよ。持ってきな」

「翼さん達のバターロール、美味しそう……」

「軽くトーストしてもらったんだが、一口食べるか?」

「焼いてくれるのかよ? じゃ、次はそうしてもらうか」

「アタシ、次はご飯にするデス。やっぱり朝はご飯を食べないと食べた気がしないデスよぉ」

 

 会話だけ聞けば完全なる大家族だろう。互いの食べている物へ意見を言い合えば、別の場所では互いの食べ物を分け合ったりする。

 ヴェイグはエルフナインの膝上に座り、時折彼女や両隣のセレナや調から密かに食べ物を与えられていた。

 

 誰もが気付いているのだ。こんな事はもうないのだろうと。

 この顔ぶれで泊まりで旅行など、二度と出来ない事を。

 住む世界も違えば、それぞれの置かれた状況や立場が違う。こうして一堂に会する事は出来るかもしれないが、それで泊まりの旅行は不可能に近いのだから。

 

 それでも今だけはそれを忘れるように誰もが笑っていた。

 何故なら旅行も今日は帰り。ホテルを出た後は高速を使って帰るだけなのだ。

 それが意味するのは、次の大きな出来事はカオスビーストとの決戦のみという事。

 

 そう、もうこの日々は終わりを迎えつつある。

 非日常だった今の日常が失われ、これまでの非日常が日常として戻ってくる。それがもう目の前まで迫っていた。

 

 賑やかで楽しい朝食を終え、それぞれが泊まった部屋へと一旦戻るために動き出すのだが、その前に仁志が……

 

「チェックアウトは九時を予定してる。それまでに帰り支度を終えてロビーに集合でいいかな?」

 

 と、まさしく引率者らしい事を述べて、それに全員が頷いたところで本当に朝食は終了となった。

 

 エレベーターに全員で乗り込み、泊まっている階まで向かう仁志達。

 密室となるため、仁志にとっては色々と理性に悪い環境だ。何せ彼以外は全員女性。そのため、彼は邪な事を考えないよう会話を始めた。

 

「でも、全員成人とかじゃなくて良かったよ。そうだったらこれ、多分乗れないから」

「エルとセレナで大人一人分ってところかしら?」

「そうじゃないか? ここで言う大人一人って大体60キロって聞いた事あるぞ」

「じゃあアタシ達も全然デス」

「さすがに60キロもない」

「だよねぇ。私達だと、リディアン組で大人二人とエルちゃんぐらい?」

「エルって体重いくつなの?」

「僕、ですか? えっと、最後に計った時は……」

「ストップ。エル、女性が男性のいる場所で軽々しく体重を口にしないの。それと、もう着くわよ」

 

 マリアの言葉を合図にしたかのようにエレベーターの扉が開き、エルフナインを先頭に続々と降りて行く。

 仁志は開閉ボタンを押すのではなく、扉が出てくる場所へ直接手を置いて彼女達が降りるのを待った。

 

「ありがと先輩」

「見事なドアマンね」

「お褒めに預かり恐悦至極。お客様も残りの時間ごゆるりと」

「「その言い方、翼みたい(だ)よ?」」

「ちょっと! 二人してその言い方はないでしょ!?」

 

 妙に時代がかった言い方に思わず二人が告げた言葉。それを聞いて先に降りていた翼が思わず振り返り目を吊り上げたのだ。

 

「翼、気持ちは分かるけど、ここ廊下だから声落としてくれ」

「っ……だ、大体仁志さんがいけないんだからね? 普通に言えばいいのに、わざとそういう言い方を」

「ごめんごめん。俺なりに防人っぽい言葉遣いをしてみたくてさ」

「っ! 仁志さんっ!」

「はいはい、イチャつかないの。ほら、いくよ翼。ザババの二人も早くきな」

「奏までっ! もうっ!」

 

 笑みを浮かべながら横を通り過ぎていく奏に目くじらを立てつつ、翼もその後を追うように歩き出す。

 それを見て仁志達は小さく苦笑する。翼がそういう風に地を見せるのが常になりつつあるからだ。

 防人とは翼の仮面のようなもの。それがはがれやすくなっている事が意味する事は、ある意味では嬉しい事でもあったのだ。

 

「ししょー、帰り支度した後でお部屋へ行ってもいいデスか?」

「トランプでエル達と遊びたい」

「いいよ」

「あっ、私達もいいですか? 部屋だと響がまた寝ちゃいそうなので」

「はい?」

「実は今朝、一回起こした後あたしらが目を離した隙に高いびきかきやがって」

「あはは……未来だけじゃなくクリスちゃんもいると思ったらつい」

「ふふっ、響さんらしいです」

「そういえば、僕らの家に泊まった時もよく切歌お姉ちゃんと二人で二度寝をしてます」

「そうだったわね」

 

 そうやって話しながら廊下を歩く仁志達。結局仁志達の部屋に後で全員が集まる事となり、それぞれに別れて部屋へと入る。

 各自荷物を整理整頓し持ってきたバッグなどに詰めていくのだが、ここでもやはりというかそういう事が苦手な者達がいるもので……

 

「あ、あれ? 閉まらない……」

「翼さん、無理矢理詰めてませんか?」

「い、いや、そんなはずは……」

「あー、悪いけど調、見てやって。行きは未来が手伝ってたんだよ」

「あ、アタシも出来ればお願いしたいデス……」

「そっちは奏さんお願い出来ますか? 私、たまには切ちゃんの世話したくないんで」

「デスっ?!」

「あははっ、いいよ。どら、いっぺん見せてみな」

 

 それぞれに閉まらないバッグを見つめて苦い顔をする、片付けが苦手な次女と三女。

 それを長女と四女が世話を焼くような、そんな様子のコンビ組。

 

「こっちは終わったぞ」

「こっちも終わり。響は?」

「こっちも終わったよ~って、わわっ!?」

「……見事に弾けたな」

「うん、大爆発」

「あ、あはは……未来~、クリスちゃ~ん、助けてもらっていい?」

 

 手を離した瞬間、バッグの中身が弾き出されるのを見て呆れる二人。

 そんな彼女達へ響は申し訳なさそうに手を合わせるという、そんな仲良しトリオ。

 

「これで……いいわね。エル、セレナ、荷物は綺麗にまとめられた?」

「うん」

「はい」

「……うん、大丈夫ね」

「タダノ、そっちはどうだ?」

「こっちも……もう……終わり、かな」

 

 唯一荷造りが滞りなく終わった疑似家族組。すると、エルフナインとセレナが嬉しそうに仁志の傍へと駆け寄る。

 

「兄様!」

「お兄ちゃんっ!」

「っと、どうしたどうした?」

「嬉しいのよ。ほら、朝起きてからずっと仁志といるなんて今までないでしょ?」

 

 自分へ抱き着いてくる二人を微笑みながら抱き留めた仁志が疑問を浮かべると、マリアが同じように笑みを見せて理由を告げる。

 朝食を共にする事は時折あるし、仁志と過ごす事や寝ているところも見る事はある。だが、朝起きた時からずっと一緒にという事は今までなかったのだ。

 

「そういう事?」

「「はい(うん)っ!」」

「ね?」

「ああ。そっかそっか。俺も嬉しいよ」

 

 笑みを見せ合う仁志達を眺め、ヴェイグは優しい笑顔で頷く。

 

(凄い優しい匂いがするな。今のエル達は、それだけ嬉しいんだろう……)

「よーし、チェックアウトまで軽く寝るかぁ」

「ダメです兄様。もうパジャマじゃありません」

「そうだよお兄ちゃん。起きて」

「なら二人も巻き込んでやる。うりゃ!」

「「あははっ!」」

「ちょっと、止めなさい。服に皺が出来るでしょ?」

 

 仁志と一緒にベッドへ倒れ込みながら笑うエルフナインとセレナ。それをやや苦笑しながら見つめているマリア。

 

 その光景を眺めてヴェイグは笑う。これまでにない程の優しい匂いに包まれながら……。

 

 

 

「全然人の数が違うね……」

 

 奏さんの言葉に私達は頷くしかない。

 今、私達は行きに寄った最初のサービスエリアに来てる。時刻は……お昼になる少し前ってとこかな?

 行きの時の時間でもそれなりに賑わってたけど、もう今はそれよりももっと多くの人がいるのが分かる。

 

「さて、じゃあ昼ごはんを買って帰ろう。晩飯は……どうする?」

「高速を降りたらどこかのスーパーにでも寄ってくれませんか? そこで買った方がいいかなって」

 

 未来の意見にマリアさん達が頷いて話は決まったみたい、だね。

 それにしても、もう旅行も終わりが見えてる。楽しかったし、すっごく充実した時間だったけど……。

 

 寂しい、なぁ。これが終われば後はカオスビーストと戦って、悪意と決戦だ。

 そして、それが終わったら私達は……

 

「響、どうしたの?」

「へ? あっ、ごめん。お昼ご飯何にしようかなってここのお店を思い出してた」

 

 気付いたら未来が顔を覗きこんでたから、咄嗟に言い訳をしちゃった。

 何となくだけど、素直に言ったら未来まで悩んじゃうって思ったから。

 

「もうっ、響ったら」

「あはは、ごめんごめん」

「おら、さっさと行こうぜ。早めに決めねーと余計混むぞ」

 

 クリスちゃんの言葉に頷いて私と未来は揃って建物の中へと入る。

 もう中の構造自体は行きで来たから分かるから、お昼を買うってなるとやっぱり……

 

「うわっ、大盛況……」

「だね」

「だろうなとは思ったけど、ここまでかよ」

 

 入って早々のフードコートは凄い人の数。まだお昼前だけど、ここで食べて行こうって人がこんなにいるんだ……。

 

 それを横目にしながら私達は先へと進む。あのデパ地下でも見た点心のお店を眺めつつ(昨日の中華街でも食べたけどね)目指す先は色んなご飯をカップに入れて売ってるお店だ。

 九条ネギが売りのお店らしくて、行きに来た時は買えなかったけど気にはなってたんだよねぇ。

 

「ほっ、ここはそこまででもないね」

「でも多い事に変わりはねぇぞ」

「それで、ここにするの?」

「ダメかな?」

「あたしは構わねーぞ」

「じゃ、ここで決めよっか」

 

 三人でメニューを眺めて、どうするどうする?って話し合う。この時間が、私結構好き、なんだよね。

 あれもいいよね。あれも気になる。いっそ分け合う? そんな事を言い合いながら三人で笑う。

 本当に、幸せ。でも、この幸せはもう終わりが近いんだって、そう思うと、かなり辛い。

 クリスちゃんは留学するから、三人でこうしていられるのも本当にあと少しだ。

 ううん、それだけじゃない。奏さんやセレナちゃんともお別れしないといけないんだ……。

 

 それと、もしかしたら……。

 

「じゃ、注文してくる」

「お願い」

 

 ふと気付けばいつの間にかクリスちゃんがレジへと並ぼうと歩き出してて、それを未来が送り出してた。

 

「さて、響?」

 

 そう言いながら未来がこっちへ顔を向けた。

 

「何を悩んでるのかな? 言わないと後で怖いから」

「え、えっと……」

 

 どうやら未来にはとっくにお見通しみたい。これは隠しきれないなって思ったので大人しく白状する事に。

 

「……そう。そういう事を考えてたんだ」

「うん……」

 

 クリスちゃんを待つ間に私は考えちゃってた事を未来へ教えた。

 今のような時間がもうすぐ終わっちゃう。もうこんな時間は過ごせないんだって、そう考えて気持ちが落ち込んでる事を。

 

 それに何より、仁志さんと一緒にいられなくなるかもしれないって事を。

 

「未来の言った通りになっちゃった。私、もう、向こうに戻っても大丈夫って言えない」

「響……」

 

 へいき、へっちゃら。その魔法の言葉さえも通じない程、ここはあったかくて、楽しくって、幸せだ。

 訓練は平気。任務も、まだ何とかなる。だけど、だけど、みんなで一緒に過ごせない事が、仁志さんと同じ場所で生きていけない事が、何より辛い。

 

「おう、買ってきたぞ。出来上がるまで少しって……何だ何だ? 二人してお通夜みてぇな顔しやがって」

 

 そこへクリスちゃんが戻ってきて、手にしたレシートをヒラヒラさせながら私と未来を見るなり呆れたような顔をした。

 

「えっと……」

「クリスは平気? その、向こうへ戻っても」

 

 私がどう言おうと迷った瞬間、未来がズバッと聞いた。

 何だかこっちに来て未来は前よりも強くなってると感じるなぁ。

 

「向こうへ戻っても、な。正直分からねーよ。あたしは留学するし」

 

 そう。クリスちゃんは留学する。私達の傍から、しばらくいなくなる。

 

「まぁ、その間はしばらく装者稼業とおさらばだ。気楽にやるとするさ」

「クリスちゃん……」

 

 何でもないように言ってるクリスちゃんだけど、絶対そんな事ない。だって、仁志さんの事、あんなに強く想ってるんだから。

 

「……って、言えたらいいんだけどな」

 

 寂しそうにそう言ってクリスちゃんはため息を吐いた。

 

「結局、あたしらはまだガキなのかもしれねーな。仁志も、あたしらと関わってく内に大人になったみたいに、あたしらもここで過ごした後の、戻ってからの時間で大人になってくんだろうさ」

 

 その意見は、何だかとっても大人な感じがした。

 そう言ってるクリスちゃんの横顔が、とても寂しそうで、悲しそうで、だけどそれを受け止めようとしてる風に見えたから。

 

 大人、か……。私から見れば仁志さんは最初から大人だった。

 一人で暮らしてて、何とか生きてるだけでも凄いと思えた。

 今のお父さんに近かったからかもしれないけど、それでも十分大人だと思った。

 

 だけど、そうだね。今なら、今なら少しだけクリスちゃんの言いたい事が分かる気がする。

 仁志さんは私やクリスちゃんといた時は……ううん、エルちゃん達が来るまではまだ大人の入口にいたぐらいだったと思う。

 

「戻ってからの時間、か。そう、だね。戻るんだ……。戻るしか、ないんだよね……」

「未来?」

 

 暗い声で呟く未来に顔を向ける。未来の顔は俯いてて見えない。

 

「……あるいは、悪意の奴から何か聞き出せるかもしれねぇ」

 

 その言葉に未来の顔が弾かれたみたいに上がった。私も思わずクリスちゃんへ目を向ける。

 クリスちゃんは私達を見つめて真剣な表情をしていた。

 

「ゲートを作った方法でも維持する方法でもいい。それを何とかして吐かせるんだ。方法さえ分かれば、何とか出来るかもしれねぇ」

 

 それは、いつか私が思った事と同じものだった。

 

「そうだよね……うん、きっとそうだよ!」

 

 エルちゃんがいる。平行世界の了子さんやフィーネさん、キャロルちゃんにサンジェルマンさんだっている!

 きっと、きっと何とか出来るはずだ! 絶対、絶対何とかなるよっ!

 

「それよりも、只野さんにこっちへ来てもらう方が現実的だよ」

 

 けど、未来は前にクリスちゃんから聞いた事を持ち出してきた。

 

「それは……」

「未来、それはもう」

「ううん、むしろ今の只野さんなら来てくれるよ。だって、あの人は言ってくれた。例えこっちを離れる事になっても構わないって」

 

 たしかに仁志さんはそう言ってくれた。でも、それはそうなっても構わないってだけで、進んでこっちの、私達の世界で暮らす事を受け入れた訳じゃない。

 それでも、私もクリスちゃんも何も言えなかった。仁志さんと一緒の場所で生きていける。そう考えただけで私の心は嬉しくなっちゃったからだ。

 

「っと、呼んでるな。取りに行ってくる」

 

 店員さんが呼ぶ声を聴いてクリスちゃんがレシート片手に動き出した。それで私も動けるようになったみたいに息を吐く。

 未来、そんな風に考えてるんだ。仁志さんへ私達の世界へ来てくださいって、そう言うつもりなんだ。

 

「未来、さっきの話だけど本気?」

「じゃ響は諦められる? 只野さんともう会えないってなってもいいんだ?」

 

 ちょっとだけ強めの口調で放たれた言葉が、私の心をギュッて掴んだ。

 未来は仁志さんが望んでいる事を少しでも実現しようとしてる。ハーレム、って言うよりはみんなで仲良く、かな。

 

 そう、みんなで仲良く。私が、望んでいた事。なのに、なのに今の私はそれを望めない。

 いっそ仁志さんが私を、私だけを見てくれたらって、そう思うから。

 みんなの中で私だけ、仁志さんの特別になりたい。一緒にウルトラマンを見たい。もっと色んな仁志さんの好きな物を見て、あの人の事を知りたい。

 

 そして私の好きな物を知って欲しい。きっと仁志さんも、私の好きな物を知ろうとしてくれるはずだから。

 

「ほら、注文のもんだ」

「じゃ、後はみんなと合流だね」

「どこにいるのかな?」

「どうせ後輩達はあの肉の店だろ」

 

 今は、先の事を考えないでいよう。今は今だけ見て考えていたい。

 それに、もう私はバイトを来月には辞める方向だ。クリスちゃんだけにするのは気が引けるけど、仁志さんが言うにはクリスちゃんまで同時に辞めさせるのは無理らしいから仕方ないよね。

 

 バイト、辞めるんだよね。辛い事や大変な事もあったけど、楽しかった。

 何だか普通の学生みたいな感じだったもんね。もし、私がシンフォギアやらなかったら似たような事、してたかな?

 

 ……実は少しだけバイトを辞めるの嫌だ。あれが、私にとって一番向こうとの違いだったから。

 ううん、今までの平行世界とも違う、ここだけの特別って感じだったから。

 

「あっ、ホントにいた」

 

 未来の言葉通り、切歌ちゃんが調ちゃんと一緒にお肉を使ったお弁当を眺めて悩んでた。

 

「エルちゃんとセレナちゃんもいるね」

「あっちはもう選び終わってるみたいだな」

「あっ、クリス先輩デス!」

「響さんと未来さんもご飯選び終わったんですか?」

 

 近付いた私達に気付いて切歌ちゃんが元気よく手を挙げると、調ちゃんもこっちに気付いて顔を向けた。

 それにしても、こっちのお弁当も美味しそう。ううっ、お肉ってやっぱり反則な見た目になるよね。

 

「うん、あっちのお店で買ったの」

「本当は十分以内に食ってくれって言われたけどな」

「へ? 何でデスか?」

「九条ネギをたっぷり入れるからじゃないかな? ほら、蓋もしてるし、ご飯とかの熱気でネギがしゃきしゃきしなくなっちゃうし」

「「あ~……」」

 

 未来の言葉に納得する切歌ちゃんと調ちゃん。そういえば仁志さんは時々二人をザババコンビって言ってるっけ。

 奏さんもそれを受けてか時々二人をザババの二人って言ってる時がある。多分切歌ちゃんと調ちゃんって呼ぶより短いからだろうなぁ。

 

「ねっ、エルちゃん達はもうご飯買ったの?」

「はい。二人はヴェイグの分も入れてそれぞれ違うの買いました」

「アタシ達はどうしようかと迷ってる感じデスね」

 

 困ったように笑う切歌ちゃん。見た感じどれも美味しそうだもんね。

 それと、値段も中々だ。けど、こういう時って割とお財布が緩むから気にならずに買っちゃうんだよねぇ。

 

 そうやって選んでいるとそこにマリアさん達が現れた。その手には……え?

 

「あの点心のお店で買ったんですか?」

「いや、中華おこわの弁当が美味しそうでさ」

「昨日食べた物とは比べていけないだろうが、気になってしまってな」

「それに煮豚も入ってるの。値段もあって、庶民的な感じがしたし、ついね」

 

 マリアさんのその言葉につい笑っちゃった。

 庶民的って、マリアさんが使うとどこか面白いけど、ここでのマリアさんは本当に庶民だったや。

 だって、芸能人でさえない。普段はお弁当屋さんでバイトして、あの平屋で暮らすエルちゃん達のお姉さんだから。

 

「あれ? 仁志は一緒じゃねーのか?」

「仁志なら一人でフラフラとどこか行ったわよ」

「昼食はコンビニで買うと言っていたな」

 

 ああ、そっか。ここに入ってるコンビニは最大手のお店だ。仁志さん、時々チェックしてるって言ってたっけ。

 

 店長になった後からだけど、仁志さんは他のコンビニの新商品を気にするようになってた。

 でも、それが旅行最後に買う物って寂しい気がするんだけどな……。

 

 そんな事を思いつつ、私は迷う切歌ちゃんと一緒になってお弁当を見つめる事に。

 ちなみに後で分かった事だけど、仁志さんは一人でこっそりプリンソフトなんてものを食べてたみたい。

 どうしてそれが分かったかと言うと、エルちゃんとセレナちゃんが仁志さんを探しに行って、外のベンチに座ってそれを食べてる仁志さんを見つけたから。

 

――口止めに一口あげたんだけどなぁ……。

 

 私達から文句を言われた時、仁志さんがそうぼやいて項垂れたのが面白かった。

 だってエルちゃんもセレナちゃんも仁志さんが何かを食べてるなんて言わなかった。ただ、ヴェイグさんが仁志さんが変わった物を食べてたって教えてくれたんだもん。

 

 マリアさんからそれを言われて「だから詰めが甘いのよ」って言われた時の仁志さんは恨めしい目でヴェイグさんを見つめてた。

 

――ヴェイグ~……。

――……俺は口止めをもらってないからな。

 

 その言葉にみんなで笑った。プリンソフト、食べたかったんだね、ヴェイグさん。

 仁志さんはヴェイグさんの言葉を聞いてがっくりと項垂れて、余計笑い声が大きくなった。

 

 そんな楽しいサービスエリアでの一時だった。

 こういう時間が、もっと続けばいいのにって、そう心から思った……。

 

 

 

 レンタカーを返してマリア達の住む平屋へ仁志が戻った後、昨夜の悪意によるガングニールのイグナイト事件は全員の知るところとなった。

 それと同時にアガートラームとガングニールのダブルドライブギアも聞き、切歌達一部が見たいと声を上げるのも道理と言えたため、再現出来るかどうかの検証を兼ねて挑戦してみる事に。

 

 その結果、ダブルドライブギアはゲームから起動ではなく、依り代を直接ガングニールへ近付ける事で可能になるという事が分かった。

 現状でどのツインドライブよりも強いと思われるダブルドライブギアツインドライブ。何故なら、そこにはアマルガムの輝きさえも加える事が出来るからだ。

 

「おそらくですが、これは元々星の声さえも想定していなかった事なんだと思います」

 

 ダブルドライブが可能となった事を受け、仁志達は思い出していたのだ。

 ガングニールをマリアが手に入れて帰った時、ダブルドライブが可能かどうかを確かめた事を。

 結果は失敗。なのにも関わらず、今は出来ている。その理由は何だと考えて、エルフナインはそう結論付けたのである。

 

「想定していなかった?」

「はい。このダブルドライブが誕生した経緯は、まず悪意が依り代のないガングニールを利用した事が発端です。それを纏ったまま、姉様がアガートラームの聖詠を唱えた結果、悪意が依り代がないギアから離れる事を拒否出来たのだと思います」

「その結果、マリアの持つ二つのギアが干渉し合い、ぶつかり合った訳か」

「そこへ俺が依り代を近付けて悪意を弾き飛ばそうとした結果……」

「内側と外側からの力で悪意は弾き飛ばされ、二つのギアが私に装着された?」

「かと思います。なのでダブルドライブは依り代の強い干渉が必要なんだと」

 

 そのまとめに誰もが納得するように頷いた。

 それと共に、ダブルドライブギアがどうしてツインドライブまで使用出来るかもエルフナインは説明し出した。

 

 ダブルドライブは基本をアガートラームとしている。つまり、ツインドライブの影響を受ける状態であるため、ガングニールギアを合わせた状態でもそれが使用可能。

 ただし、アマルガムなどの他の特殊ギアの恩恵を受けるのはあくまでツインドライブ出来ているアガートラーム部分のみ。

 故にガングニールギア部分は若干性能が負けているだろうと、エルフナインは予想したのだ。

 

「それにしても、悪意が喋ったデスか」

「きっと本体かそのコピーなのは間違いねぇな」

「それぐらい悪意も追い詰められてるって事ですね!」

「でも、次の手は動いてるって、そう言ったんですよね?」

 

 未来の問いかけに仁志達その場にいた全員が頷いた。

 

「次の手、か……。エル、何か分かる?」

「確実に言えるのはまだ悪意は完全に倒し切れていない事です。次の手、と言うのはおそらくカオスビーストに関係すると思うのですが……」

 

 そこでエルフナインは言葉に詰まる。何も手がかりもなければ証拠もなく、何より本当に悪意の次なる手がカオスビースト関連かも定かではないのだ。

 それともう一つ、エルフナインが言葉に詰まった理由がある。それは、今回悪意がコピーとはいえ本体と同等の存在を使用した事。

 これまでは物言わぬ分身を用いていた。それが何故あの時はそうしなかったのか。これがエルフナインに不安を与えていた。

 

(もしや悪意は最早分身を使う必要がない? あるいは、今の姉様にギアを纏わせるには本体と同等でなければいけなかった?)

 

 真剣な顔で考え込むエルフナインだったが、仁志はこれまで見てきた作品などから悪意の打った次の手を予想しようとしていた。

 

「考えられるのは……一つはエルが言ったようにカオスビースト。二つ目は実はあの時倒したと思った悪意は死んだように見せかけてまだ生きてる。三つ目は」

「ま、まだあるのか?」

 

 淀みなく喋る仁志に思わずクリスが目を見開いた。ただ、翼はそんな彼女へ苦笑しながら喋り出した。

 

「気持ちは分かるぞ雪音。だが、仁志さんの知識はある意味で数多の闇とヒーローの戦いの記録だ。我々が思い描く事さえない事も知っているからな」

「まぁ、そうだろうけど……」

「いい? 三つ目は、エル達に分かるように言うと機界新種パターン」

「「「「「「っ?!」」」」」」

 

 その表現でマリア達平屋で暮らしていた者達が揃って息を呑んだ。一方その意味が分からない響達は疑問符を浮かべるしかない。

 

「えっと、多分エルちゃん達だけって事は、ガガガなんだよね?」

「は、はいデス。で、でも機界新種って……」

「仁志さんは、私達の中に悪意が種を植え付けてるって言うの?」

「「「「「「なっ!?」」」」」」

 

 今度は響達が息を呑んだ。仁志が苦い顔で頷いたためだ。

 

「しかもこれの厄介なところは、おそらく悪意が完全に手駒を失った瞬間に起動するタイプだと思うんだ。それまでは何をしても排除も除去も出来ない」

「しぇ、神獣鏡なら!」

「えっと、あまり女性相手に言いたくない例えなんだけどね。ゴキブリの卵っておそろしい程の耐性を持ってるって知ってる? それこそゴキブリが本来耐えられない寒ささえも凌げる程に」

 

 沈黙が室内を包んだ。それだけで仁志の言いたい事は伝わったからである。

 要するに悪意が種を埋め込んだ場合、神獣鏡の光さえもやり過ごすもしくは効かない物となっているはずだと仁志は言ったのだ。

 何せ彼にはそう言える根拠があった。それは、悪意が最後に言い残した言葉そのもの。

 

「次の手は動いてる。こんな事を言えば、俺達が念のためにって全員に神獣鏡の光を浴びせる可能性が出てくるだろ? なのに敢えて言った。それはもうそんな事をしたところで意味がないって事なんだよ」

「で、でも、もしかすればそう考えるって思って言った可能性も」

「いや、それはない。ならばそもそも言わなければいいだけだ」

「翼の言う通りだよ。でも、悪意が種を植え付けてるとして、一体誰に?」

「可能性があるとすれば、過去に悪意に操られた経験持ちだけど……」

「ツインドライブが可能な時点でそれも確かめようがない。それに、悪意が言う次の手をいつ仕込んだのかも定かじゃないし、本当にこの方向かも確証がないんだ」

「カオスビーストの方向という事も考えられるって事デスか?」

「ああ。もしくは、今言った全てに更なる事も加えてのとんでもない可能性だってある」

 

 その言葉に誰もが真剣な表情で頷いた。

 悪意は最悪を想定して動かなければいけない相手であり、今までとは攻め方も狙いも違い過ぎる事を全員が嫌になる程知っていたのだ。

 

 その話は一旦そこで中断し、それぞれ買ってきた食事を食べる事にした。

 空腹のままでは気分が滅入ると判断したためである。

 

「「「「「「「「「「「「おおっ(へぇ)(お~)……」」」」」」」」」」」」

 

 全員が買った物をテーブルに並べると、その光景に感嘆の声が漏れる。

 ただ、一か所だけあまりにも他の物と見劣りする部分があったが。

 そこに全員の視線が集まり、テーブル中央に陣取ったヴェイグが代表するように呟く。

 

「タダノの物だけ浮いているな」

「分かってるから改めて言わないでくれよ。コンビニのおにぎりがこの中じゃ場違いなのは認めるさ。ただ、これ、これはいいだろ?」

 

 そう言って仁志が指さしたのは、おにぎりの傍に置かれたプラスチックの容器に入った手羽先の唐揚げだった。

 

「……美味いのか?」

「試しに食べてみてくれよ。っと、これもこの地方の味の一つだ」

「いいのか? じゃあ……」

 

 仁志が容器を開けて中身を取り出し易いように差し出すと、ヴェイグは嬉しそうに手羽先の唐揚げを手に取った。

 

「おっと、ヴェイグちょっと待ってくれ。綺麗な食べ方を教えるから」

「綺麗な食べ方?」

「ああ。そもそもどう食べていいか分かりにくいだろ、これ」

「たしかに……」

 

 まじまじと手羽先の唐揚げを見つめるヴェイグ。正直どこからどう食べればいいのか見当もつかないようで、その目はやや怪訝なものへと変わっていた。

 

「よければみんなも一つ食べてみてくれ。そのために多めに買ったんだ」

「じゃ、私もらいまーす」

「アタシもイタダキデス」

「ならあたしももらおうかな」

「僕ももらいます」

「師匠、私も欲しい」

「どうぞ。ただ少しコショウが効いてて辛めだから、そこだけ注意してくれ」

 

 次々と手を伸ばす響達に仁志はどこか嬉しそうに笑みを浮かべる。

 やはり郷土の味を食べてもらえるというのはどこか嬉しいものなのかもしれない。

 

「仁志さん、私もいい?」

「ああ」

「わ、私も食べてみる」

「無理はするなよ?」

「じゃあたしも食べるか」

「ふふっ、私もいただくとするわ」

「じゃあ、私ももらいますね、只野さん」

「どうぞどうぞ」

 

 結局全員の手に手羽先の唐揚げは行き渡り、仁志がその手に持って食べ方を教え始めた。

 それを見ながら全員が初めての手羽先の唐揚げを食べて行く。

 口の中に広がるスパイシーな香ばしさと味に肉の脂とパリパリになった皮の美味さが押し寄せ、あっという間に誰もが食べ終わっていた。

 

「どう? 本当は酒のツマミなんだけど、普通に美味しいだろ?」

「ああ、俺は好きだぞ」

「僕もです! これなら食べられます!」

「うん! でも、やっぱり少し辛いかも……」

「じゃあ今度はセレナとエル用に風来坊の手羽先唐揚げ甘口を買ってくるよ」

「「「「「「「「「「「ふうらいぼう?」」」」」」」」」」」

 

 仁志の地元トークがそこから始まり、それを聞きながらそれぞれは買ってきた弁当などを食べ始める。

 そこから派生し、味噌カツやういろなどの名物を食べたいと切歌が言い出して、ならばと仁志が実家から車を借りて買いに行ってくる事となり、今度の集まりにはこの地方の名物試食会を兼ねたクウガの最終回までの鑑賞会に決まった。

 

 口々に楽しみだと告げながら笑みを見せ合う響達。

 残り少ない平和な世界での日々。それを惜しむかのように彼女達は食事をゆっくりと噛み締めながら進める。

 

 そうなれば話題はクウガ一色となる。何しろ前回の終わりが終わりだ。

 誰もがあそこからどうなるのかと予想を話し始め、知っている仁志はそれを聞きながらニヤニヤと笑みを浮かべるのみ。

 

「あっ、ししょーがニヤニヤしてるデス!」

「仁志さーん、どこか違ってるんですかぁ?」

「いや、そういう事じゃないよ」

「ううん、師匠、今悪い顔してる」

「兄様、少しでいいのでヒントをください」

「うん、ヒントちょうだい?」

「そうだなぁ……」

「前、戦士を意味する文字が四本角でどうのとか言ってたよな? あれはどういう事だ?」

「クリス、よく覚えてたね」

「そういえば……警告として黒いクウガがどうのとも言ってたような……」

 

 間違いなくその翼の言葉に全員が仁志へ視線を向けた。どういう意味だと、そう問いかけるように。

 

「……俺がネタバレしといてなんだけど、聞くと楽しみ減るよ?」

「「「「「「「「「「「ヒント」」」」」」」」」」」

「えぇ……。じゃあ……四本角の文字は黒いクウガと関係してる」

「「「「「「「「「「「もう少し」」」」」」」」」」

「もう少しぃ? え~……ライジングフォームの力は黒いクウガの力と関連してる」

 

 誰の顔にも笑顔があった。尋ねる側も答える側も楽しげな笑みを浮かべている。

 こんな何でもないようなやり取りさえも、今の彼らには愛おしい時間だった。

 だからこそ、誰もがどこかで思うのだ。こんな事はつい一か月前なら珍しい事ではなかったのに、と。

 失われつつあると分かった時、どれだけ今までが幸せで輝いていた時間だったのかを人はやっと痛感出来る。

 

 感謝はしていた。幸せを噛み締めてもいた。それでも、それでも限りが迫った時、人は後悔してしまうのだ。

 

 もっとああすれば良かった。もっとこうすれば良かった。その想いが渦を巻き、誰もの心をかき乱す。

 だけど、その悲しみを吹き飛ばすかのように仁志が笑い出した。何もおかしくないのに大笑いを始めたのだ。

 

「え、えっと、仁志さん?」

「どうしたんだよ?」

「こういう時は笑うんだ。笑う門には福来るって言うだろ? どこか湿っぽい感じがしたから笑ってその空気を吹き飛ばすんだ。がははははっ!」

 

 仁志の頭の中に浮かんでいるのは某有名アニメ映画のワンシーンであった。

 娘二人と風呂に入っていた父親が笑い出した場面。それを彼なりにアレンジしていたのである。

 

「じゃ、アタシもやるデス。あははははっ!」

「僕もやりますっ! あははははっ!」

「私もやりますっ! あははははっ!」

「切ちゃん……」

「エルや響さんまで……」

「仕方ないね。あたしもやってやるか。翼、マリア、踊る阿呆に見る阿呆だよ」

「ふふっ、うん!」

「はぁ……そうね」

「じゃあ、私達もやりましょう。調さん、未来さん、クリスさん」

「うん」

「何だか大変な事になってきちゃったなぁ」

「今更だ。ったく、違う意味で笑えてくるぜ」

「俺もやるぞ。がははははっ!」

「おっ、ヴェイグいいぞ! わははははっ!」

 

 こうしてしばしの間居間に大勢の笑い声が響く事になる。

 最初こそ無理矢理笑っていたのが、段々自分達のやっている事のバカバカしさに笑えてきて、最後には大笑いではなく楽しげな笑い声に変わっていた。

 そんな中、仁志がデジタルカメラを取り出して全員の写真を撮り始める。沢山の笑顔が思い出として記録され、それぞれの中に記憶として残っていくようにと。

 

 この後も他愛ない時間を仁志はカメラに収めていく。

 時には撮影を誰かが変わり、仁志も交えて撮っていく内に時間は過ぎていき、二時になりそうな辺りで仁志と奏は仮眠を取るべく動き出した。

 

 と、ここで普段とは異なる展開が起きる。

 

「ありがとうございます、兄様」

「まぁいいけどさ。一緒に昼寝するぐらい」

 

 エルフナインが仁志と一緒に昼寝をしたいと言い出したのである。

 仁志もエルフナインならとなり、こうして仲良し親子のように二人が布団へ横になるのを見て響達は微笑む。

 奏もそんな様子に笑みを浮かべて目を閉じた。その光景はある意味で三人親子のようにも見えなくもない。

 

「……エルちゃんも、分かってるんだね」

「だろうな」

「ああ、もうこうして仁志さんと過ごせる時間は少ないとな」

 

 嬉しそうに笑みを浮かべて目を閉じているエルフナイン。それを見つめて優しく微笑む響達。

 けれどその微笑みには、微かな寂しさが宿っている。

 

「エル、ししょーの事、大好きデスからね」

「そうだね。思えばエルの事をただの子供として可愛がったの、師匠が初めてかも」

「そう、ね。仁志はエルの事を最初から子供として大切に扱っていたもの」

「お兄ちゃん、エルの事を普通の女の子だってずっと大事にしてた」

 

 弦十郎達はエルフナインを錬金術などを知る研究者として扱った。それは言うなれば大人に等しいものだった。

 対して仁志はエルフナインを最初から一人の少女として扱い、どこまでもそれを貫いていた。

 どちらが正しいとかではなく、それぞれの世界と状況で適切な対応をしていただけなのだ。

 

 ただ、普通の子供として扱われた経験がなかったため、エルフナインが仁志に対してそれまでの大人達とは異なる反応を見せていっただけである。

 その結果がエルという愛称で呼ばれる少女であり、みんなの妹分として天真爛漫に生きる存在だった。

 

「タダノが時々呟いてたぞ。エルはエルフナインとエルを別人のように思ってるかもしれないと」

「……かもしれないわ。あの子は、こちらでの自分は本来の自分ではないと思っているみたいだし」

「そういえば……」

「私達の事をお姉ちゃんって呼ぶ時も、エルって呼んで欲しいって」

「デスね。その方がここでの自分だって思えるって言ってたデス」

 

 思い出したのは切歌と調が姉として扱われた際のやり取り。

 エルフナインが二人へ頼んだのは、エルフナインではなくエルと呼んでくれる事だった。

 

「じゃ、エルは元の世界へ戻ったらもうエルじゃないの?」

「いえ、そんな事はないわ。エルは別人格じゃない。エルはエルフナイン本人なんだもの」

「そうデス。エルって言うのは愛称デス」

「うん、エルに一度ちゃんと言ってあげないとね」

 

 笑みを見せ合う切歌と調。姉貴分としてだけでなく、共に戦う仲間としてもあの笑顔を守りたいと思って。

 

 その二人の言葉を聞いて響達も小さく頷いた。

 エルフナインが思っているだろう考えは少し違っていると伝えてやろうと、そう思って。

 幸せそうな顔で仁志と寝ているエルフナインを見つめながら彼女達は笑みを浮かべるのだった……。

 

 

 

 あの旅行が終わって数日後、依り代から通知音が鳴ってあたしらはゲートの中へ入った。

 すると、まさかのカルマ・ノイズがゲートへと侵入しようとしてるところにでくわした。

 すぐさまツインドライブで片付けていったけど、それはその時だけじゃなかった。

 

 二日か三日ぐらいで依り代が鳴って、仁志から連絡を受けてあたしらの中で動ける奴がゲートへと入る。

 一人でもツインドライブならカルマ・ノイズさえも倒せるって分かって、あたしらは今まで使ってなかった特殊ギアの試しも兼ねてカルマ・ノイズの駆除をやっている。

 

 そんな中、十月も中旬に差し掛かった今日、一つの変化があたしの日常に起きた。

 

「それじゃ、短い間でしたけどお世話になりました」

「立花さん、もし良かったら遊びに来てくれていいから。それに、また働きたくなったらいつでもおいで」

「はい!」

 

 あたしの横であのバカがオーナーへ笑顔を向ける。今日はこいつのバイト最終日だ。

 先んじて辞める相談をした後輩を利用して、設定としては親戚にあたるこいつも学業不振のために勉強に集中するって理由で辞める事にしたからだ。

 

「じゃあ、勉強頑張るんだよ? それと、今までありがとう。お疲れ様」

「お疲れ様です」

「雪音さんもお疲れ様。また明日もよろしくね」

「お疲れ様です」

 

 それぞれ挨拶して事務所を出る。チラッとレジを見れば仁志が新人と一緒に勤務中。

 

「店長っ! 今までお世話になりました!」

「ああ、立花さん。こちらこそ色々と助かったよ。勉強、頑張って」

「はい! 脇谷さんもお仕事頑張ってください!」

「ありがとね響ちゃん。でも結構さびしーよ。折角仲良くなれそうだったのに」

「すみません。私もここでの仕事、好きだったんですけど……」

「っと、ごめん。そろそろ……」

 

 仁志の言葉であたしらは悟る。店内は割と客がいるし、あまり長話も印象良くねぇか。

 

「ほら、帰るぞ」

「う、うん。それじゃお疲れ様です」

「「お疲れさま(っす)」」

 

 店の外へ出ると風が若干心地いい。秋めいてきやがったな。

 ふと横を見ればあいつは店を見上げて寂しそうな顔をしてやがる。

 

「……もう、ここで働く事はないんだな」

「噛み締めるようにんな事言うな。まだどうなるか分からねーんだぞ」

 

 悪意を倒した結果、そのやってた事の反動で何が起きるか分からない。それが最近エルの奴が出した推測だ。

 結果としてあたしらがこの世界に留まる事になるかもしれねぇ。その可能性はゼロじゃないってのがエルやヴェイグの意見だった。

 

「それはそうかもしれないけど……」

「いいから行くぞ」

 

 あのバカの手を引いて歩き出す。寂しいのはお前だけじゃねぇ。あたしだって、その、こいつがいなくなるのは寂しいんだ。

 今まで二人であの店で働いて、色んな愚痴を言い合ったり、気付いた事や思った事を言い合ったり、とにかく二人で支え合ってきたんだ。

 

 これから少しの間、あたしは一人だ。こいつが抜けてもあたしは夕方の時間バイトしないとならねーんだから。

 

「クリスちゃん、もしかして寂しく思ってくれてる?」

「っ……わりぃか」

 

 足を止めて振り返ってそう言ってやる。すると、このバカは嬉しそうに笑いやがった。

 

「ううん、そんな事ない。嬉しいよ。でも、これだけは言わせて。私も寂しいんだよって」

「……おう」

「まぁ、でもこれからは毎回クリスちゃんを出迎えてあげるから。おかえりなさいクリスちゃん。ご飯にする? お風呂にする? それとも」

「はっ! あたしらの部屋に風呂はねーだろ!」

「ああっ、クリスちゃん! それは言わない約束だよぉ!」

 

 手を離して置き去りにするように歩き出すと、あのバカが情けない声で歩き出す。

 程なくしてあたしの隣にあいつが並んで、またいつものように喋り出した。

 そう、これが今のあたしにはいつもの事。いつの間にか、こいつが隣にいるのが当たり前になってる。

 

「でさ……」

 

 笑いながら何でもない事を話すこいつは、本当に見た感じは能天気に見える。

 だけど、その裏じゃ色んな事を考えて、時にバカだから抱え込んで潰れそうになる時がある。

 一緒に暮らし始めてそれをあたしはまざまざと知った。こいつは強くなんかねぇ。ただ、強くあろうとしてるだけだって。

 

「なぁ」

「ん? 何?」

「覚えてるか? 初めて二人だけで仁志の部屋へ帰った日の事」

「……うん、覚えてるよ。忘れる訳、ないじゃん」

 

 足をお互い止めて顔を見合う。あいつの顔は、どこか照れくさそうだ。

 

「私が泣いちゃって、クリスちゃんに抱き締めてもらって……」

「おう、あの時は驚いたぜ。でも、ま、あれがあったから今があるんだろうな」

「うん、そうだね。私も、そう思うな」

 

 しんみりした雰囲気があたしらに流れる。だけど仕方ねぇ。あそこでのバイトがあたしらの今の始まりなんだ。

 そこから、今日、こいつがいなくなった。それは、この生活の終わりが近いって言う、紛れもない証拠なんだから。

 

「……帰るか。あたしらの部屋に」

「……うん」

 

 そう言うとあいつがあたしの手を握ってきた。そのあったかさに何も言わず、あたしは歩き出す。

 そこからは会話はなかった。だけど、それでも伝わるもんがある。

 きっとあたしもこいつも思ってる事は一緒だ。この時間が終わるのが嫌だって。それでも、終わらせなきゃいけないって分かってる。

 

 だけどな、分かってる事と納得してる事は=にならねぇんだよ。特に、今回は。

 

 きっと誰だってそうだ。可能ならこんな感じで生きて行きたいって、そう思ってるに決まってる。

 あたしらはこれまで普通じゃない状況に置かれ過ぎてて麻痺してたけど、これが本当は普通なんだ。

 訓練やら任務やらが日常に組み込まれてる方がどうかしてんだよ。

 それもこれもシンフォギア装者だからだ。あたしらがギアを使えるから。この一点だけであたしらに普通はこねぇ。近付きもしねぇ。

 

 だけど、それだけしか知らなかったら、もしくはそれが当たり前になってれば別だ。

 実際、これまであたしらはそこまで疑問にも不満にも思わなかった。

 ここに来るまでは。いや、ここでこんなにも生活するまでは、か。

 

「クリスちゃん、来月には私達、元の世界に戻ってるんだよね?」

「……ああ」

「そうしたら、クリスちゃんと一時的にお別れが来るんだよね?」

「…………ああ」

 

 まだ会話が途切れる。沈黙があたしらを包む。

 と、不意にあいつが……

 

――寂しいなぁ……。

 

 なんて、噛み締めるように言いやがった。

 あたしが、あたしが思ってる事と同じ事を言いやがったんだ。

 

「……留学、止めるって言ったら、どうする?」

 

 だから気付いたらそう口が動いてた。こっちを見るあいつの顔は驚き一色って感じだ。

 

「く、クリスちゃん……本気?」

「それぐらい、今のあたしは一人になるのが怖いんだ。いや、寂しい。戻れるのなら一年前に戻って自分に言ってやる。留学なんて止めろ。信じられねぇぐらいあの子達と親しくなって、一人で外国行くのが辛くなるぞってな」

 

 これを弱くなったと言うならそうかもしれねぇ。あたしは間違いなくあの頃よりも弱くなってる。

 でも、ある意味では強くなったとも言えるのかもしれねぇな。

 

「せ、せっかくここまで仲良くなったんだ。こんなあったけぇ時間を共有した後で、一人で何年も外国で過ごせってのは無理ってもんだろ」

「クリスちゃん……」

「でも、一度決めた事だ。さすがに今更止める訳にはいかねぇ」

 

 それに、パパやママの夢を叶えるためにもあたしは頑張らないといけないんだ。

 あっちで叶えず、こっちで仁志と叶えるとしても、な。

 

「まぁ、その、長期休暇になったら帰ってくるからよ。その時は」

「迎えに行くからっ! 絶対に迎えに行って、そして沢山遊ぼうっ!」

「……おう」

 

 結局部屋の中に入るまでこいつは手を繋いだままだった。

 何とかなくだけど放したらダメな感じがしたんだろうな。あたしもそんな感じだった。

 手を繋いだままで何するでもなく床に座る。隣り合って、会話もせずに。

 

 汗を流しにあいつらの家に行く事もしない。まぁ最近はそこまで暑くねぇし、汗もそんなに掻いてないからいいか。

 

「クリスちゃん」

「ん?」

「可能なら、一緒に辞めたかったね」

「ん……」

「早く夕方の時間帯、応募くるといいね」

「ん」

「……これから暇な時間、増えるなぁ。どうしたらいいかな?」

「ん~……」

「勉強、は一人じゃちょっと……。いっそ切歌ちゃん達と遊んでようかな。どう?」

「ん~?」

「……クリスちゃん、遊んでるでしょ?」

「やっと気付きやがったか」

 

 そこであのバカが膨れ顔をする。こんなのもこういう暮らしをしてきたからだ。

 少しだけ軽く言い合いをして、まぁふざけ合って、気付けば十一時になりそうだったから着替えて、布団を敷いた。

 

――おやすみクリスちゃん。

――……おう、おやすみ、ひ、響……。

 

 で、その最中にあいつから、その、名前で呼んで欲しいって言われて、あの子も、未来も二人きりの時だけは名前で呼ぶようにしてたから、同じ条件ならって事で響って呼ぶ事にした。

 

 これも、強さ、なのかもしれねーな。少なくても、弱さだけじゃねーとは思う。

 

――そうだ。あたしはやっと本当の強さを手に入れたんだ。自分の弱さを認める強さを。だから、仁志にもっと素直に甘えよう。もっと素直になっていいんだ……。

 

 もっと……素直に……。

 

――カオスビーストを全部倒して悪意の事を片付けたら、そん時にはあたしからキスしてやるんだ。きっと仁志の奴、驚いて、でも喜んでくれる……。

 

 あたしから……キス……。仁志が……喜ぶ……。

 

――そうさ。あたしの想いの全てを仁志へ伝えるような、本気のキスをしてやるのさ……。

 

 本気の、キス……。それは……いいな……。

 

――きっとそうすれば、あの人はあたしのものになるはずだ……。

 

 

 

 気付けば十月も上旬が終わろうとしてる。既に響と未来が店を辞めた。調も、南條さんの紹介で来た井口さんが年長者ならではの感じで上手く仕事をこなしてくれるので、今月末には辞める事になっている。

 切歌も同じく今月末にはバイト先を辞める事に出来たそうで、本人曰く「時給を上げるから何とか残ってくれないかって、そう言われたデス」との事。

 

 ……まぁ可愛くて愛想良くて真面目な女の子ってどこでも即戦力だもんなぁ。

 

「奏も後数日だし……」

 

 残るはクリスだけ。ただ、クリスの場合は少々事情が特殊だ。

 夕勤のバイトリーダーとしてもそうだが、何よりその業務レベルが割とバイトにしては高い。

 他のバイトのフォローや発注に始まり、在庫管理や他の時間帯への申し送りなんかもこなしてる。

 

 正直俺よりも優秀なんだよなぁ。

 

 オーナーもクリスにだけは辞められたくないと言っているぐらい、店にとっては要になっている存在である。

 まぁ、響が辞めた事で大分オーナーも参ってるらしく、俺にちょくちょくクリスは辞めないだろうかと聞いてくるぐらいだ。

 

 ……まさか響が辞めただけで売り上げに多少とは言え変化があるとは思わなかった。いや、コーヒーの売り上げ落ちたもんな、明らかに。

 ただ、そこはふみさんの頑張りに期待したい。初めてのバイトだけあって初々しさが凄いのだ。

 お姉さんよりも愛想も良く、理由をそれとなく聞いたら……

 

――初めて見た時の立花さんの接客が凄くいいなぁって思って、私なりにお手本にしてるんです!

 

 との事。響にそれを教えてあげたらすっごく照れてたのを今でも思い出せる。

 自分がいなくなってもその影響はちゃんと残ってるんだって、そう思ったからかもしれない。

 

 意外な事に茂部の紹介した二人はどちらも大きな問題もなく仕事をしてくれていて、オーナーと二人でホッと胸を撫で下ろしたものだ。

 

「それにしても、一体何の用なんだ? ドライディーヴァで相談したい事があるって……」

 

 今俺は奏達が暮らす部屋へ向かっている。時刻は午後九時を過ぎた辺りだ。

 切歌がバイトのためみんなでの集まりはないのだが、響達仲良しトリオが今夜はマリア達の家へ泊まりだそうで、故にどうせならと成人組は邪魔しないように場所を変えて相談となったらしい。

 

 ま、俺もそれには賛成なので構わない。残り僅かなこっちでの日々。クリスは留学が、響達でさえそれぞれの寮生活だし、エルも本部内の研究室が自室だし、セレナは世界が異なるためにみんなと過ごす事自体難しい。

 

 だから、少しでも思い出になるような時間をと、そう思わないでもないんだ。

 

 見えてきたアパートの階段を上がり、一番手前の部屋のドアをノックする。

 

「どちら様?」

「プロデューサーだよ」

 

 ちょっとふざけてそう告げるとドアがゆっくりと開いた。

 

「いらっしゃい、プロデューサーさん?」

「こんばんは。失礼するよ」

 

 こちらに向かってニヤリと笑う奏に苦笑を返しながら中へと入る。

 もうマリアも来ていたようで、翼と二人でこちらを見るなり微笑みを向けてくれた。

 

「こんばんは、仁志」

「仁志さん、いらっしゃい」

「やぁ、お邪魔するよ。で、もう話し合いみたいなのは始まってるのか?」

「まぁそんなとこ。今、丁度三人での大事な話は終わったとこさ」

 

 靴を脱いで部屋へ上がってふと寝室へ目をやれば、そこには奏と翼と未来用の布団が敷いてある。

 

「あれ? マリア、ここに泊まるのか?」

「たまにはいいかと思ってね。向こうにはクリスと未来がいるし」

「まぁ、たしかに不安はないけど……」

 

 時には年長者さえ抑える事の出来る二人だ。きっと夜更かしをし過ぎようものなら静と動、二つの怒りを見せてくれる事だろう。

 

「ほら先輩。まずは座って座って」

「はいはい」

 

 で、俺は奏に促されるまま椅子へと座る。俺の隣をマリア、向かいにツヴァイウィングという形だ。

 

「それで、一体相談って何?」

 

 旅行前のカラオケで歌ってもらった“貴方ト云ウ 音流レ 満チルナラ”は既に百万再生を超えている程の人気曲だ。

 “天鳴ノ協奏曲”も気付けば3百万再生を超えているし、ドライディーヴァに関してはもう十分だと言える。

 

 コメントにも「何だか涙が止まらない」とか「どこかでこれを望んでいた気がする」とかのかつての適合者と呼ばれてただろう人達らしきものが沢山見られた。

 もしかして、ダメ押しにもう一曲歌うべきか否かって事か? それならたしかに相談が必要だ。

 何せもう俺達に残された時間は少ない。今月末には悪意と決着を着けるんだからな。

 

「それは……」

「仁志先輩、単刀直入に言うよ。あたし達を抱いて」

「……はい?」

 

 翼が赤い顔で俯いたと思ったら、奏がそんな事を言ってきた。

 えっと、この抱くってあれか? ハグじゃない方か?

 

「仁志、私達三人の本来の立場、覚えてる?」

「あ、ああ……」

「私達は元の世界へ戻った場合、自由恋愛など出来ないに等しい。いえ、出来たとしても以前貴方が言ったように、普通の相手では色々と不安が残る」

「でも、先輩ならそれがない。あたし達の過去から今までの事をある程度知ってて、何よりあたし達が心から惚れ込んだ相手だ」

「い、いやいや、ちょっと待てよ。その、三人の過去云々についてはそうかもしれないけど、俺は自分の身を守れる程の強さは」

「分かってるよ。あのね仁志さん、私達は貴方に伴侶になって欲しいなんてお願いは出来ない」

 

 翼の言葉に疑問が大きくなる。一体どういう事だ? だって、今のはそういう事じゃないのか?

 

「仁志、だから私達は決めたの。傍にいてもらえないのなら、せめて思い出をって」

「思い出?」

「そう、思い出。私達それぞれの身と心に刻みつけてもらう、思い出」

「身と心って……」

「仁志先輩、お願いだよ。それとも、あたし達三人じゃ不満?」

「そ、そんな事はないけど……」

 

 こ、この流れは不味い。そう思うけれど、ここで俺が逃げ出せば三人の心はきっと大きく傷付く。

 その傷口から悪意が入り込まないとも限らない。で、でもここで彼女達と、その、肉体関係を持つっていうのも不味い気がするし……。

 

 そんな風に俺が色々と考えている間にもドライディーヴァは行動に移る。

 まずはマリアが俺へ抱き着いてきて、奏と翼が席を立つ。そのまま奏がマリアの逆から抱き着いて、翼が背中から抱き着いてきた。

 

「あ、あのさ? せめて、その、そういう物を用意させて欲しいんだけど……」

 

 最後の抵抗とばかりに放った言葉だ。

 頼む、これで何とか状況を変えさせてくれ……っ!

 

「「「必要ないから」」」

「えっ!?」

 

 な、何だってっ?! ま、まさかまた悪意に三人して操られているのかっ!?

 

「もう用意してあるのよ」

「そういう事」

「は、恥ずかしかったんだからね?」

 

 そう言って翼が見せてきたのは、その、まごう事なきアレの箱である。

 俺も実物をこんなに近くで見るのは初めてだ。

 

 いや、たまにドライの荷物で見る事はあったけど、その時とは色々と考える事が違うもんだし、思わず手に取りまじまじと見つめた。

 

 ……極薄、か。これ、絶対翼が独断で買ったとは思えない。

 だって翼の思考なら、薄いと丈夫じゃない。なら厚い方がいいだろう、っと、こう考えるはずだ。

 

「翼、誰に入れ知恵された?」

「え? え、えっと、奏、から……」

「う、薄い方が気持ちいいんでしょ?」

 

 揃って真っ赤になるツヴァイウィング。何て言うか、ここだけ見れば可愛いんだけど……。

 

「マリアは知ってた?」

「ど、どっちの事? 薄いのが気持ちいいって事? それとも」

「両方って言いたいとこだけど、翼がこういうのを買ってきてるって」

「し、知ってたわよ。私が翼に頼んで買ってきてもらったんだもの」

 

 そして結局赤い顔になるマリアである。

 だけど、少しだけ安心した。どうやら悪意に操られている訳ではないらしい。

 

 ……あれ? その方が問題じゃないか、これ。

 

 でもおかげで落ち着いてきた。

 どうやらテンパってたから気付かなかったけど、思い出して見れば彼女達もそういう事は未経験な訳で、しかも俺と違ってそういうものへの耐性が低い訳で……うん。

 

 これでいいようにされては年上の立場がない。

 何せ相手は揃って可愛い処女だ。童貞と処女じゃ価値が違うらしいが、強さは童貞の方が上ってとこを見せてやる。

 

「そっかそっか。で、当然着け方も勉強したんだろうな?」

 

 俺がそう聞くと三つの真っ赤な花が咲いた。ただ、それは勉強したからではないようだ。

 

「ん? どうしたんだよ? こういうのは女性がちゃんと知らないといけないんだぞ。男に任せると、わざと緩く着けて避妊の意味を無くさせる事が出来るんだ」

「「「そ、そうなんだ……」」」

 

 うん、何だこの可愛い成人女性達。よし、ならこのまま三人への講習会な空気にしてやろう。

 

「そうだよ。ほら、一旦離れて。ちゃんと教えてあげるから。まず三人共、布団の上へ座りなさい」

 

 言われるままに寝室へ移動する三人。いかん、笑うな。気付かれたら空気が不味い方向へ変わるぞ。

 そう言い聞かせて俺は三人へ背を向けて椅子を引き出すと、背もたれを前にするように跨って座る。

 

「じゃ、いいか? まず、避妊具を選ぶ際、大事な事があります。それは何ですか? はい、マリア」

「えっ!? え、ええっと……大きさ?」

「うん、よろしい。要は男性器の大きさに合わせる事だな。他にもあるぞ。はい、翼」

「ええっ!? え、えっと…………め、メーカー?」

「まぁ大事と言えば大事かも。他にはあるかい?」

「じゃ、じゃあ……あっ、色や匂い?」

「うーん……それは個人差みたいなものだなぁ。でも、二つも意見を出したのは偉いぞ。じゃ、最後は奏」

「あたし!? てか、ま、まだあるのっ!?」

 

 真っ赤な顔で自分の顔を指さす奏へ深く頷く。いや、正直俺ももう思いつかないけど、ここはハッタリを利かせる場面だと思った。

 すると顔を赤くしたままで考え始める。どうやら元々真面目な性格が功を奏してるらしい。

 気付けばエロい空気はどこへやら。今やドライディーヴァ相手に避妊具の勉強会となっていた。

 

 で、どこか適当なとこで切り上げて、もっと有耶無耶にしないといけないな。

 そんな事を考えながら、俺はエロ漫画やら動画やらで知った知識をさも熟知してますみたいな顔で話しているところである意味名案を思い付いた。

 

「じゃ、ちょっと大人の散歩と行こう」

「「「え?」」」

「そういうの置いてる店、行かないか?」

 

 この提案に、意外とムッツリだったらしい歌姫達は無言で小さく頷いたのでした。

 

 とりあえず、当面の危機は回避出来たな。

 後はどうやってこの空気を持続させて有耶無耶にするか、だ……。

 そんな事を考えながら俺は三人を連れて部屋を出る。向かう先は駅。実家の車を借りようと思って。

 

 この時の俺は知らなかったのだ。まさか両親に俺の現状がある意味でバレているなどとは……。




あれ? 悪意が出てこないぞ? そう思った方、鋭いです。現在悪意は活動停止中です。
理由は言うまでもなくマリアと翼によって浄化されたためです。あれもある意味本体ですから。

それもあってドライディーヴァの動きは何とか十八禁を免れました。
ただ、その方が面倒かもしれませんが……(汗
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