シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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いつも読んでくださりありがとうございます。
感想やお気に入り登録などしてくれる方、本当に感謝です。

さて、いよいよ最後のカオスビースト戦です。
悪意は前回の戦闘で浄化されたために沈静化されているようです。

あくまでも表向きは、ですが。

それと次回から更新を週一回にしたいと思います。
楽しみにしてくれている方には申し訳ないですが、ご理解ください。


Gloriuos Break

 マリア達を連れて夜道を歩いて駅へと向かう。向かう先は俺の両親が暮らす場所の最寄駅だ。

 

 で、何故それを伝えると三人して若干緊張するんですかね? 言っておくけど実家には寄らないぞ。

 そう告げたら何故か三人して不満顔。可愛いけど、納得いかないので一言物申す。

 

「時間考えてくれよ。今から電車乗って実家に着くと十時過ぎだ。そんな時間に、息子が、美女を、三人も連れてきたら、確実に面倒な事になるだろ」

「でも、私は仁志に色々とお世話になってるし、ご両親にもご挨拶しておきたいわ」

「あたしも先輩には結構助けてもらってるから、家に行ったのに挨拶もしないなんて心が痛いし」

「わ、私は全て仁志さんに支えてもらっているんだよ? ご両親の住む家まで行って挨拶なしなんて……」

「体よく俺の両親を使って俺の心を乱そうとするんじゃありません」

 

 それで苦笑する三人を見て、俺は何となくだが危機は回避出来そうだと思った。

 駅で切符を買い、四人で電車に乗って過ごす事十数分。到着したのはそれなりの大きさの駅。ただし、急行は止まっても特急はそうそう止まらないレベル。

 

「ここが仁志の住んでた家に一番近いの?」

「厳密にはこの一つ隣。ただ、そっちは普通しか止まらないからこっちをよく使ってた」

「そういう事か」

 

 美女三人を連れて駅を出る。さて、ではここから十分強歩く事になるんだが、どうしようかね?

 マリア達に周囲を囲まれると、下手すると母さんの耳に入る可能性がある。

 いや、ないとは思うけど、この辺には昔から母さんの勤務する病院がある。俺の顔を覚えてる人や知ってる人もいない訳じゃないし、可能性だけはあるんだよなぁ。

 

「どうしたの?」

「ん? ああ、何でもない。行こう」

 

 考え過ぎても仕方ない。

 それに、俺の事を覚えてるとしても、それは俺が成人する前だ。

 なら心配ないだろ。下手の考え休みに似たり。その精神で行くとする。

 

「この街で仁志さんは育ったんですか?」

「まぁそうなる」

 

 引っ越す前はこの駅が本当に最寄駅だったし。

 

「何だか静かなとこだね」

「ベッドタウンって言えばベッドタウンだからな。昔ながらの町だし、見ての通り若者向けの店なんかもないだろ?」

「……そうね」

「それに町並みもどこか古さを感じます」

「だろうね。何せ、ここは昔東海道の宿場町の一つだったんだ」

「「「へぇ……」」」

 

 同時に声を出すドライディーヴァ。何というか仲の良い事で。

 

 そのまま俺達は旧東海道を歩いた。そうして歩く事十分と少々、俺達は旧東海道を抜けて住宅街の方へと歩く。

 で、ほんの一・二分で両親の住む場所に到着。一応俺は車の使用許可を取りに家へ行く事にして、三人には車の近くで待ってもらう事に。

 

「じゃ、すぐ戻ってくるから」

「はいよ」

「仁志のパパさんとママさんによろしく」

「言えるか」

「だよね。ふふっ」

 

 からかうように笑うマリアへそう言い返して俺は階段へと向かう。

 翼の可愛い苦笑を聞きながら階段を上り始めて一番上まで――とは言っても三階だけど――上り切り、玄関のドアの鍵を取り出して開ける。

 

「ただいま」

 

 小さく声を出して靴を脱ごうとするとリビングから父さんが顔を出した。

 

「何だ? どうした?」

「えっと、車を借りようと思って一応断りを。この時間だと返すのは明日になるから」

「何だ、そういう事か。好きにしろ。どうせ休みにしか使わないから」

「それでもだっての。とりあえずありがとさん。おやすみ」

「ああ」

 

 会話終了。ま、男同士なんてこんなもんだ。

 脱ぎ掛けていた靴を履き直し、ドアを開けて出て行こうとして――

 

「仁志、せめて女を乗せた後は軽く座席を確認して掃除ぐらいしておけ」

「っ?!」

 

 告げられた言葉に振り向いた。そこにはニヤニヤと笑う父さんがいる。

 

「髪の毛、落ちてたぞ。しかも複数とはどういう事だ? ん?」

「み、店のバイトの子達を乗せたんだよ」

「へぇ、そうかそうか。それにしても大分やんちゃな子達だな。銀に赤、青みがかった黒に」

「じゃあもう行くからな。タバコの吸い過ぎに気を付けろよ」

 

 戦略的撤退。逃げるように外へ出るべくドアを開ける。

 

「ああ、鍵はかけといてやる。気を付けろよ」

「ありがとさん!」

 

 ドアを閉めるとやや慌てて階段を降りる。

 迂闊だった。そうだよな。髪の毛が落ちる事ぐらいあるよな。

 しかも俺が実家の車に乗せたのは、響を始め見事に髪色がバラバラな女性達。そりゃあんな顔もするよ。

 

「……確実母さんはその中の誰かがあの時連れ込んだ相手って察してるよなぁ」

 

 当分ここへは違う意味で来れないな。そう思いながら俺は階段を降りて車まで向かう。

 

「もういいの?」

「ああ」

「少し顔が赤いけど、何か言われた?」

「車の中で話すよ」

「何かあったんですか?」

「まぁ、うん」

 

 運転席側のドアノブにある出っ張りを押して鍵を開ける。ミラーが動いていくのを見ながらドアを開け、シートへと乗り込むと助手席には翼が座る。

 バタンっと音がしたのを確認し、俺はシートベルトしながらさっきの父さんとの会話を話した。

 すると三人揃って若干赤くなっていた。まぁそうだよな。今まではレンタカーだったから気にもしなかったけど、これは父さんと母さんが乗る訳で、そこに色取り取りの女性らしき髪の毛があればどう思うかは想像に難くない。

 

 車をゆっくりと発進させ、目指すのは激安の殿堂。ただ、どうやらドライディーヴァはそれどころではないようだ。

 

「ひ、仁志さんのご両親に……」

「やんちゃ、かぁ。まぁ普通はあたしの髪色ってそう思うよね」

「仁志、貴方、女遊びしてると思われてない?」

「それはないと思うよ。そんな事が出来るような奴じゃないってあっちも分かってるさ。だからこそ、父さんはニヤニヤしてたんだよ。母さんから俺が誰かを部屋へ連れて来てた事を聞いて、その中に彼女がいるんだろうって思ってな」

 

 間違いなくあの顔はそういう事だ。しかも厄介な事にある意味間違ってない。

 響もこの車に乗っている。しかもある意味最初だ。

 って、待てよ? だとしたらもう父さんも母さんも察しはつけてるんじゃないか?

 だって響を乗せた後に車を使ったはずだ。そこで髪の毛を見つけたとしたら、もう確定だろ。

 

「……あの親父っ」

 

 ニヤニヤの本当の意図に気付いて俺は思わず奥歯を噛み締めた。

 くそっ、要はもう向こうは彼女を響と決めつけているんだ。その上で奏やマリア、クリスの髪の毛を見つけて俺をからかってきたって事かっ!

 

「ひ、仁志さん? どうしたの?」

「あの親父のニヤケ顔の意味が分かったんだよ。響はこの車に最初に乗ってる。その後俺が誰かを乗せる前に父さん達は車を使ってる。そこで響の髪の毛を見つけたんだ。母さんは俺が誰か女性を部屋へ連れ込んだ事を知ってるから、もう二人の中じゃ響が彼女って事になってるんだよ。なのに敢えてクリスや翼達の髪の毛を話題に出して俺をからかってきたんだっ!」

 

 本当に性格の悪い親父だ。久しぶりに関わったけど、きっとそれが嬉しいんだとは思う。

 だけど、十年ぶりに関わった息子の女性関係でニヤニヤするとか趣味が悪い。

 

「ふーん、じゃあたしがやっぱ挨拶した方がいいんじゃない? 仁志先輩にはいつもお世話になってて~って」

「それなら私の方が適任よ? エルやセレナも連れて来れば完璧かしら」

「私の方がいいと思う。その、私は見た目が一番日本人然としてるし」

「はいはい、誰か一人を紹介するぐらいなら全員連れていくっての。この全員は三人じゃなくて文字通り全員だ。エルやヴェイグなんかも含めた、な」

 

 そう言うと三人が納得するように苦笑した。

 

 ま、それでいいさ。何せ三人もどこか笑ってたから。ふざけ合ってるんだとは思ったけど、面倒な事になりかねないと思ったから打ち切ったんだし。

 

 車で走る事数十分後、俺達は目的の店に到着した。実家から一番近いとこでも良かったのだが、やはりもっと大きなとこがいいかと思い、繁華街に近い場所までやってきたのである。

 

 止めにくい駐車場へ入り、車を止めて四人で店内へと向かう。

 

「ここ、何の店?」

「激安の殿堂って書いてあったけど……」

「言うならば何でも屋。もしくはディスカウントショップってやつ」

「へぇ、だから激安の殿堂って訳か」

 

 店内へ入って三人を連れて俺は所謂アダルトコーナーへと向かう。

 十八歳未満お断りの暖簾を見て少しだけ三人の足が止まったみたいだけど、俺は気にせず中へと入る。

 

「どうした? やっぱり恥ずかしい?」

 

 俺がそう言うとやや間を置いて真っ先に足を踏み入れたのは翼。次にマリアで奏が最後。ただ、マリアと奏はほぼ同時と言えた。

 

 まぁ、そこからは割愛する。ただ、色々と刺激の強いものから可愛いものまでドライディーヴァの見せられない姿や反応を見れた事だけ記す。

 

 ……おかげで帰りが少々面倒な事になったけど。

 何せ目立つラブホがあったのだ。そこへ今から行こうよなんて奏が言い出し、翼とマリアも悪乗りしたからさあ大変。

 

――ここなら色々と後始末を考えないで済むわね。

――それに、その、い、いやらしい物を買う事が容易だし?

――先輩、あたし達とさ、その、ぱ、パコパコしよ?

――しませんっ! それと運転中っ! 集中力乱さないでくれっ!

 

 この時程奏が隣じゃなくて良かったと思った時はない。

 真っ赤な顔でパコパコって言ったんだぞ、パコパコって。隣の翼は“どういう事?”みたいな顔をしてるのを少しだけ見たけど、それがまた可愛かったし。

 

 車を運転しているのがある意味で良い方へ転がって、俺は何とかドライディーヴァの誘惑を撥ね退ける事が出来た。

 そのまま少しだけ夜のドライブと洒落込み、日付けが変わるぐらいで店の駐車場へと到着。俺はオーナーへ駐車場の使用許可を取るからと告げ、三人を先に送り出す事に成功したのである。

 

「……でも、これだけって言うのは寂しいかもしれないな」

 

 店へ入る前に急いで三人の後を追う。すぐにその背中が見えてきて、足音に気付いた三人がこっちへ振り返った。

 

「どうしたの? 何か忘れ物?」

「ああ、そういう意味では忘れ物」

「そういう意味では? 仁志さん、それはどういう事?」

「うん、それは今から分かると思う。奏、ちょっと」

「ん? 何々?」

 

 こちらへ無防備に近付いてくる奏を抱き寄せるなりキスをする。

 

 普通のキスよりも長い時間を使う、深いやり方だ。奏の腕が俺の背中へと気付いたら回っていた。

 

「……今回はこれで勘弁してくれないか?」

「……うん、いいよ」

 

 こっちを熱っぽく見つめるトロンとした奏へそう尋ねると、彼女はその表情のまま小さく頷いて離れてくれた。

 

「翼、こっちへ」

「ぁ……うん」

 

 もう何をされるか分かった翼がドキドキしながら近づいてきたので、その華奢な身体を優しく抱き寄せてキスをする。

 

 互いの間に微かな糸が出来たのを見ると恥ずかしくなるけど、それを顔に出さないように我慢した。

 

「今は、こう刻むのが精一杯なんだ。許してくれ」

「……十分、だよ。仁志さんの気持ち、刻まれたから」

 

 うっとりしながら微笑む翼には、そこはかとない色気があった。

 

「マリア、来てくれ」

「っ……ええ」

 

 潤んだ瞳でこっちへ近寄ってくれるマリアの体をやや強めに抱き寄せてキスをする。

 

 少し強引な方がマリアは喜ぶ気がすると、そう思っての事だけど、どうやら当たりらしい。

 胸を押し付けるように強く抱き返されたのだ。顔を離した後の眼差しも悩ましい。

 

「何とか許しは得られそうか?」

「……いつか、いつか必ずこの先をしてくれるなら」

 

 その問いかけに俺は何も言えなかった。だけど、せめてとばかりにマリアの体を優しく離して、ドライディーヴァの事を見つめて立ち尽くした。

 

 少しの間そうしてて、俺は一言だけ告げる。

 

「おやすみ」

 

 送っていきたいけど、今そうするときっと止まれなくなると、そう思ってそれだけ告げた。

 

「「「おやすみ(なさい)」」」

 

 彼女達も、それが分かったらしい。小さく苦笑して、でもどこか嬉しそうに俺に背を向けて歩き出した。

 

 遠くなっていく背中を見送り、俺は息を吐いて店へと向かうために三人へ背を向けて歩き出す。

 

「…………惜しい事してるよなぁ」

 

 心の底からそう呟いて俺は歩く。絶対にこんなチャンスもう二度とない。

 そう分かっていても、手を出せない出しちゃいけない時がある。

 いや、むしろだからこそこんなチャンスが訪れるんだろう。本当に、いつだって世界はこんなはずじゃない事ばかりだ。

 

「とりあえず、今はオーナーへ許可を取ろう」

 

 以前も同じ事を頼み許しを得たけど、前回そうだったと言って今回もそうとは限らない。

 それに何より、何があろうと許可を得ると言う行動が大切だ。オーナーはきっと「いいよいいよ」って言ってくれるだろうけど、それを言われるという保証がない以上は筋を通すべきだし。

 

 この後、店へ行ってオーナーへ駐車場の件を頼むとあっさりと許可が出た。

 今後は一々聞かなくてもいいよと、そう言ってもらえたけど、一応店長をしてるんで筋は通しませんと示しがつきませんと言ったら苦笑された。

 

――只野君は本当に真面目だね。うん、君に店長になってもらえて本当に良かった。

 

 ……その言葉を聞いた瞬間、密かに書き始めてる辞表の事が頭に浮かんで胸が痛くなった事を追記しておく。

 

 本当に、どうなるんだろうなぁ。出来れば最後の手段に頼りたくはないけど……。

 

 そんな風に思いながら俺は自分の部屋への帰路へ就く。色んな意味で重くなった足取りで……。

 

 

 

「……そっか。雪音さんも……」

 

 あたしの前でがっくりと項垂れるオーナーを見てると心がいてぇ。何せあたしも今月一杯で辞めさせて欲しいって切り出したからな。

 

 何と十月も半ばを過ぎて、夕勤がもう一人増えたんだ。

 まぁ正直期待はしてなかったけど、意外と運が良いぜ。

 

 名前は高垣って言う女子大生で、何でも近藤妹の紹介らしい。

 あたしも一度だけ研修に付き合ったけど、今まで女子校で過ごしてきたせいか、あたしの本来の言葉遣いに最初はかなり驚いてやがったぐらい、その、擦れてない真面目な奴だ。

 

「その、すいません。あたしも続けたいんですけど……」

「そうだね。たしかに区外へ引っ越す事になるんじゃ学生さんとしてはバイト先を変えたいよ」

 

 理由はそうした。仁志が最低でも一か月は前に言わないと仕事は辞められないからって、そう言って考えた理由がそれだった。

 何せあたしの設定は色々あって家出してた学生だ。それだからこそ引っ越す事をギリギリまで知らなかった事も通用するだろうって。

 

「ホント、すいません。あたしは一人でも何とかやっていけるって言ったんですけど、親の監督責任が何とかかんとかって」

「あー、うんうん。気持ちは嬉しいよ。でも、やっぱりまだ雪音さんも学生さんだし、大学とかは自力で通うとなると色々厳しいからね。親御さんが戻っておいでって言ってくれたのなら、一度だけそれを受け入れてやり直してごらん。もしそれがダメだった時は、遠慮なくここへ来るなり電話してきなさい」

「……ありがとうございます」

 

 心の底からそう思って頭を下げる。マジでオーナーはおっさんと同じぐらいでけぇ大人だ。

 仁志がこの人だから続けてられるって言うのが分かるぜ。ホント、あたしだって出来る事なら支えたいって、そう思うぐらい優しくてあったけぇ人だから。

 

「うん。とりあえず今月中はいてくれるんだね?」

「はい。店長からせめて今月だけはって言われましたし、あたしも、その、出来るだけ恩を返したいんで」

「ありがとう。雪音さんは歳の割に義理堅い子だね。でも、意外と大事だからね、そういう気持ち。因果応報って本当にあるんだ。良い事を続けていれば必ず最後には自分を助けてくれるんだよ。僕にとっての只野君や君のように」

「て、照れるんで止めてください。その、お先に失礼します」

「はい、お疲れ様」

 

 頭を下げて事務所を出る。レジにはあの新人野郎が一人いるだけ。仁志は……ああ、売り場整理か。

 

「お疲れ様です。お先に失礼します」

「お疲れ様っす」

 

 新人がいやらしい目であたしの胸を見る。イラッとするけど受け流す。どうせ半月後にはおさらばだ。

 そのままレジを横切ってチルド飲料の場所へ。

 

「店長、お疲れ様です。お先に失礼します」

「雪音さん、お疲れ様。気を付けて帰ってね」

 

 優しく微笑む仁志に小さく頷いてあたしは店を出る。

 そしてそのまま部屋へ戻ろうとして、ふと灰皿が置いてある場所にあのスケベ野郎が立ってるのが見えた。

 

 あいつ、まだいたのか? しかもこっちを見てニヤニヤ笑ってやがる。気持ちわりぃな。

 

「あれ……何だか……意識が……」

 

 やべぇって……そう思う間もなくあたしの体から力が抜けて倒れそうになったところで、あのスケベ野郎の足が見えて……

 

「あれ?」

 

 気付いたら店の隅の方に座ってた。スマホを取り出して時間を確認すると上がってから十分近く経ってやがる。

 

「……店を出てから三分ぐらい記憶が飛んでんな」

 

 ぶるっと怖さが体を走る。でも、そんだけで何が出来るってんだ?

 周囲を見回しても特に何もない。スケベ野郎もいなくなってる。

 

「気のせい、か?」

 

 あのスケベ野郎が上がった後に店近くにいるなんてそもそもおかしいもんな。

 きっと疲れて見間違えたんだろ。早く部屋へ帰って後輩達の家行ってシャワー借りるとすっか。

 

「響も、待ってるだろうし、な」

 

 まだ慣れねえけど、それでも恥ずかしさみたいなもんは結構減った。

 何せあれから毎朝呼んでんだ。嫌でも恥ずかしさは減るっての。

 慣れないのは、きっとあれだ。使い分けてるからだな、うん。

 

 部屋の前へ到着すると一応鍵を取り出して開ける。

 あいつはもうバイトを辞めたから、基本的に鍵はあたしが持つ事になってる。

 

「おかえりクリスちゃん」

「……おう」

 

 ドアを開ければあいつが笑顔で出迎える。なんつーか、やっぱ照れくさい。

 で、そのままこっちへタオルとかを手にやってくる。

 

「はいこれ、タオル」

「ん」

「じゃ、行こう」

「ああ」

 

 靴を脱ぐ事なくあたしは部屋を出る。すぐにひ、響も出てきて鍵を閉めてとこっちを見てくるので差しっぱなしの鍵を動かした。

 

「それで、辞められそう?」

「まぁ、な。仁志の言う通りの理由を伝えたら了解してもらえた」

 

 ちょっと心が痛かったけどな。

 

「そっかぁ。オーナー、やっぱりがっくりしてた?」

「……ああ。てことはお前の時も?」

「クリスちゃん?」

 

 あたしの方を見て寂しそうな顔をするひ、響。これは、あれだ。呼び方だ。

 

「ひ、響の時もそうだったのかよ?」

「そうなんだよ。だからすっ……ごぉく胸が痛くて。思わず、いえ! ホントはまだやりたいですっ! って、言っちゃうとこだった」

「そうか。あたしも、似たような感じだった」

 

 今まで色々世話になってきたからな。週に一度はこいつと一緒に何かもらってたし。

 

「でも良かったよね。ふみさんは良い人みたいだし、奈々美さんもふみさん来たから張り切ってるんでしょ?」

「まあな。妹に接客で負けたくないんだろ。最近愛想良くなったしな」

 

 オーナーや仁志が驚いたぐらいだ。あのスケベ野郎はそうでもなかったけど。

 てか、あいつ珍しく妹や高垣へはちょっかい出してないんだよな。結構可愛いと思うぞ、あの二人。

 

 ……好みじゃねーのか? それはあり得るから何とも言えねーけど。

 

 あの家までの道をあいつと、響と喋って歩く。こうして過ごすのも一月ねーんだな。

 そう思うとやっぱ寂しさがある。だけど、いつまでもそうしていられねぇ。

 仁志はこの世界を捨ててでもパパやママを、この世界を守るためにあたしらと一緒に戦うって決めたんだ。

 寂しいって言うなら、むしろこれからの仁志かもしれないから。

 

 そうなってもいいようにあたしがいる。あたしがひとしをささえてやらねぇと……。

 

「ねぇクリスちゃん」

「っ……何だ?」

 

 また一瞬意識が飛んでた。顔を動かせばこっちを響が笑顔で見つめてる。

 

「今日は一緒に汗流そうよ」

「窮屈だろうが」

「へいき、へっちゃらだよ。その方が楽しいしさ」

 

 ホントにこいつは……。

 

「……背中、流せよ」

「うんっ!」

「ったく、声がでけぇんだよ」

「あ、あはは……ごめん」

 

 苦笑いを浮かべるバカにため息を吐いてあたしは歩く。

 ま、これがこいつだ。立花響だ。あたしと手を繋ぎたいってしつこく言い続けて、本当に繋いだ奴なんだ。

 

 こいつはだいじなともだちだ。たんなるなかまじゃねぇ。だからあたしのそばにいてほしい……。

 

「クリスちゃんってば」

「っ!?」

 

 気付いたらバカがあたしの手を握ってた。思わず顔を動かすとそこには怪訝そうな表情でこっちを見つめる響がいる。

 

「マリアさん達のお家、通り過ぎる気?」

 

 言われて気付く。たしかにそこは後輩達の暮らす家だ。

 

「わ、わりぃ。ぼ~っとしてた」

「疲れてる?」

「……かもしれねぇな。そういう意味でもお前が」

「クリスちゃん?」

「……響が一緒に入ってくれるのは有難いかもな」

「クリスちゃ~ん」

 

 がばっと抱き着いてくるバカを暑苦しいって思いながらあたしはチャイムを押した。

 するとすぐに小さ目の足音が聞こえてくる。これは、エルか。

 

「どちら様ですか?」

「エルちゃん、響でーす」

「悪いけど風呂貸してくれねーか?」

 

 あたしらの声に引き戸がゆっくりと開いた。

 

「響さん、クリスさん、こんばんは。中へどうぞ」

「おう、邪魔するな」

「お邪魔しまーす」

「それで、お風呂なら今は姉様が入ってますのでその後でもいいですか?」

「うん、構わないよ」

「ああ」

 

 玄関の中へ入って靴を脱ぎながらエルと話す。もうパジャマで後は寝るだけって感じだな。

 靴を脱いで居間へ入ると布団が人数分敷かれてて、後輩達がそこへ座って喋ってた。

 

「あっ、クリス先輩に響さんデス」

「「こんばんは」」

「こんばんは。ヴェイグさんもこんばんは」

「ああ。二人はシャワーか?」

「お風呂だそうです」

「うん、一緒に入るんだ~」

「一々言うなっての」

 

 ほらみろ。後輩達だけじゃなくてエル達まで笑ってるじゃねぇか。

 にしても、本当にこいつらも笑顔が増えたよな。向こうにいた時だって後輩達はよく笑ってたけど、ここまで多くはなかったぞ。

 

 そこからしばらくバカを中心に他愛のない事を喋った。

 バイトから解放されて喜んでるかと思いきや、どうもそうじゃないらしい。

 

「やっぱり時間の使い方に困るんだよね」

「そうなんですか?」

「うん。未来も似たような事言ってる」

 

 そう言ってバイトを辞めたあいつが苦笑する。

 どうやら今までバイトで過ごしてた時間が完全にフリーになったせいで、そこをどう使おうかと悩んでるみてぇだ。

 あたしと後輩二人は今月末までバイトがある。だからあたしらは今までとギリギリまで変わらないんだが、他はそうでもないからな。

 

「何か新しく始めるにしても、そうすると今度は時間が足りませんよね」

「そうなんだよねぇ。結局未来と二人で勉強するしかなくて」

「マリアもあと少しでお弁当屋さんを辞めるデスし、そうしたらアタシと調だけバイトする形デスよ……」

「き、切歌さん頑張ってっ」

「お姉ちゃん達はそれだけ必要とされてるんです。頑張ってくださいっ」

 

 友人と妹分から励まされてる辺り、こいつも相当寂しいんだろうな。

 気持ちは分かる。あたしもあの店で一人ぼっちだ。仁志はいるけど、一緒じゃねーし。

 

「そうだよ切ちゃん。あと少し一緒に頑張ろう?」

「そうデスね。だけど、こうなると一緒に働く相手がいないのはさびしーデス。クリス先輩、お互い辛いデスねぇ」

「……まぁ、それも半月の辛抱だ。むしろ最初からそうだっただけお前の方がマシだろ。あたしやこっちは引き継ぎであの子と会う事もなくなったんだ」

「ううっ、そうデスね。分かったデス」

「あら、来てたのね」

 

 聞こえた声に顔を向けりゃ、そこには湯上りのママ役が立ってた。

 本気でエルのママって言われても納得するぞ、今のこいつ。

 

「お邪魔してます」

「悪いが風呂貸してくれ」

「どうぞ。もし温かったら沸かし直してくれていいわ」

「「おう(はーい)」」

 

 揃って風呂場へと向かう。それにしても、本当に家族みたいだよな、あいつら。

 あそこに仁志がいれば完璧だ。ま、そうでなくても元々家族みたいな間柄だった奴らが中心だけどよ。

 

「っと。結局体重とかほとんど変わらなかったね」

「だな」

 

 互いに着てるもんを脱ぎながら話す。エルの予想じゃ、あたしらは依り代で安定性を得てるためか、元々の世界の状態を維持するようになってるんじゃねーかって事らしい。

 だからどれだけ食べようが運動しようが身体的な変化はほとんど起きない可能性が極めて高い。髪の毛が伸びる事もほぼなかったしな。

 

 って、何故かバカの視線があたしの胸へ。

 

「んだよ?」

「いやぁ、相変わらずの重量感だなぁって」

「……羨ましいだろ?」

「…………今は本当にそう思う」

 

 ふふん、だろうな。仁志の奴も男だ。胸は出来れば大きい方がテンション上がるだろ。

 こいつも小さくはねぇ。ただ、あたしやマリア程はないからな。

 

「こ、こうなったら大きくしてもらうしかないかな?」

「あ?」

 

 何言ってやがる。大きくしてもらう、だぁ?

 

「あれ、クリスちゃん知らない? 男の人に揉んでもらうと大きくなるって言う話」

「…………あれは一種迷信に近いぞ?」

「い、いいんだよ。ひ、仁志さんが触ってくれたら……ぁぅ」

「自分で言って自分で穴に落ちるんじゃねーよ……ったく。先行くぞ」

「あっ、待ってよクリスちゃーん」

 

 風呂場への戸を開けて中へと入る。すぐその後をあのバカも追い駆けてきた。

 まずはシャワーで軽く汗を流す。で、それが終わればシャワーをあいつに渡して、あたしはボディーソープを手に取る。

 

「ねぇクリスちゃん」

「ん?」

 

 何かあったかと思って顔を動かせば、そこにあったのはニタニタ笑うバカの顔。

 

「背中だけじゃなくて全身洗ってあげようか?」

「…………時間が遅いし、ここはある意味よそ様の家だ。だからまずはこう言ってやる。そういう事はあの子とやれ」

「は~い……」

 

 呆れと怒りを混ぜながらそう言ってやると、バカは拗ねるように口を尖らせた。

 やれやれ、でも今ので何も言わねーって事は、本当にあっちじゃあの子とそういう事してたのか?

 んな事を考えながら両手でボディーソープを泡立てると、急に胸を優しく触る手が出てきやがった。

 

「おおっ、これがクリスちゃんのっ?!」

「こ、このバカっ。今言ったばっかだろっ」

「痛いよクリスちゃん……。うわ、髪の毛に泡がついてる……」

 

 頭を擦って付いた泡に表情を顰めるバカを見て、あたしはいっそやられた事を仕返してやろうと思った。

 どんだけ驚いたと思ってやがる。それと、人に触られるのって思ってる以上にくすぐったいんだぞ。

 

「ひゃんっ!?」

 

 そっと下から持ち上げるようにバカの胸を触る。お、思ったよりも重たいもんだな。

 それに、やっぱ自分のとどっか違う感じがするぜ。こう、いつまでも触っていたいぐらいだ。

 軽く揉んでみるとあたしのよりも弾力がある気がする。やっぱ鍛えてるからか?

 

「く、クリスちゃん!?」

「っ!?」

 

 あのバカの上ずった声で我に返って手を離す。や、ヤバかったな。あのまま揉み続けるとこだった。

 

「わ、分かったか。やられて嫌な事を人にすんじゃねぇ」

「え、えっと、嫌じゃないよ?」

「は?」

 

 何言ってやがるんだ、こいつ。

 

「そ、その、むしろ嫌じゃないから止めたと言いますか……」

「嫌じゃないから止めた?」

「だ、だって、女の子同士でそういう事は……さ。せめて仁志さんとしてからがっていたぁ!」

 

 とんでもねー事を言い出すバカにげんこつ一つ。

 

「な、なんつー事言い出すんだよお前は! あたしはノーマルだっての!」

「……でも、私のおっぱい揉み出してたじゃん」

「あ、あれは……」

「私がやろうとしたら怒ったのに、自分はいいなんてクリスちゃん酷いよ」

「うっ……」

 

 痛いところを突かれてあたしは言葉に詰まる。

 

「私も一度だけ揉ませてよ。だって、私は触っただけだけど、クリスちゃんは揉んだんだもん」

「…………い、一回だけだぞ?」

 

 今回ばかりはあいつの言い分が正しい。しかも今自分で言ったばかりだもんな。やられて嫌な事を人にすんなって。

 

「うん、ちゃんと一回で止めるから」

 

 で、何でこいつは妙に嬉しそうなんだよ。あとその手は何だよ? 何でワキワキさせてんだ?

 一回だけだろ!? どう見ても揉みしだく気満々じゃねーか!

 

「い、一回だけだよな?」

「……気持ちは」

「何だよ気持ちはって」

「…………もしかしたら体が勝手にやっちゃうかも?」

「お前なっ!」

 

 この後、案の定バカは一回で止める事なくあたしの胸をメチャクチャにしようとした。

 まぁ、何だ。説教したし、あいつも反省したから許してやるけど、二度目はねえ。

 

「とか言いつつ、クリスちゃんも可愛い声出してたじゃん」

「人の心を読むんじゃねえっ!」

 

 揃って湯船に入りながら少し温いお湯に浸かる。これも、考えてみれば珍しい経験だよな。

 

「あはは、当たってた? 私、エスパーになれるかな?」

「ああいうのはなるもんじゃないだろ」

「そうかもしれないけどさ、もしかしたらなれるかもしれないよ? 突然、私が超能力に目覚めて」

「ちゃんと肩まで浸かれよ~」

「相手してよぉ」

 

 そう言いながらこいつはちゃんと肩まで浸かるんだから育ちがいいと言うか、何と言うかだ。

 こうやって過ごせるのも、後一月ないんだな。そう思うと急に寂しく感じるな、やっぱ。

 

 そのまま二人で黙ってお湯に浸かって、特に何か言った訳でもなく同じぐらいに出て、持ってきたバスタオルで体を拭いて、水着ギアを展開して服着て、あいつらに声をかけて帰る。

 これも、後少しで終わる。心が、寒い。だけど、そう思って俯きそうなあたしの手を握るあったけぇ手があった。

 

「どうしたの?」

「……何でもねぇ」

 

 特別な事をしてるなんて顔じゃなく、いつもの事だって感じのバカに少しだけ寒さが和らぐ。

 思えば、この手があたしにあったけぇ場所をくれたんだ。

 

「早く帰って寝ようぜ、ひ、響」

「……うんっ!」

 

 あの頃のあたしが今のあたしを見たら腰を抜かすかもしれねーな。

 バカって呼んでた相手を名前で呼ぶようになってきてるわ、心から惚れた男が出来たわ、留学するわ。きっと驚きすぎて信じないだろうな。

 

 本当に、人生ってのは分からない事だらけだぜ。

 あの日、パパやママを失った時からどう考えれば今の状況を思い付ける?

 そういう意味じゃ、やっぱ明日は誰にも分からないって事か。

 

 ああ、そうだよな。明日の事は神様だって分かりゃしねえ。

 だから希望がある。頑張ろうって思える。変えられる。

 未来(あした)のあたしは、どうなってるんだろうな。今よりももっと幸せになってるんだろうか?

 

「ねっ、クリスちゃん」

「ん?」

 

 まぁ、もっとも……

 

「今夜は久々に一緒に寝ようよ」

「……おう」

 

 不幸になるなんて考えたくもねーし、考えさせない奴らが傍にいてくれるから心配はしてねーけどな!

 

 

 

「お待たせしました兄様」

 

 いつかの外出で買った勝負服(って言うんだと切歌お姉ちゃんが教えてくれた)を着て僕は兄様の部屋を訪れてる。

 開いたドアからは兄様が顔を出して笑ってた。その温かい笑顔に僕も笑顔を返す。

 

 何と、今日は僕と兄様のデートだ。お部屋デート、だったかな?

 

「いらっしゃい。さぁ、上がって」

「お邪魔します」

 

 ここにこうやって来るのは久しぶりだ。最初は忘れもしないこの世界へ初めて来た日。

 僕がまだエルフナインだった、あの日だ。

 

「はい、お客さん用のクッション」

「ありがとうございます」

 

 兄様の置いてくれたクッションへ座る。これはヴェイグさんが寝てるクッションだ。

 柔らかくて沈むみたいで、切歌お姉ちゃんが自分の分も買おうかどうか迷ってたのをよく覚えてる。

 

「それと麦茶な」

「ありがとうございます」

「さて、じゃあどうしようか?」

「そうですね……」

 

 兄様とデートと言われても、正直何をしたらいいのか分からない。あっ、そうだ。

 

「まず兄様、依り代をお返しします」

「ああ、そうだった」

 

 今朝朝ごはんを食べに来た後、兄様が僕のために置いていってくれた依り代を差し出す。

 久しぶりに持ったけど、何だか少しだけ懐かしい感じがした。

 思えば僕が最初に兄様から預けられた信頼の証みたいな物だからかな。とっても懐かしくて、そして少しだけ重かった。

 

「あの、それで帰りなんですが」

「分かってるよ。晩ご飯食べに行きがてら送るから」

「よろしくお願いします」

 

 これで伝えないといけない事は終わった。麦茶の入ったコップへ手を伸ばして少し休憩。

 

「ふ~っ」

 

 こっちに来て僕は色んな事を知らなかった事に気付いた。その一つがこれ。

 本部では友里さんがあったかい物を淹れてくれてたから飲む事がなかったけど、お茶にも色んな種類があって、それぞれの味や香りが全部違うって事は知らなかった。

 知識だけあっても経験がないと意味がない事もある。それを僕はここで体験した。兄様が僕やヴェイグさんへ色んな物や事へ触れさせてくれたから。

 

「とりあえず、何かしたい事とかある?」

「えっと……特には思いつかないです」

 

 兄様としたかった事は、この前出来た。一緒に寝る事。エルフナインだった僕が、した事のなかった事の代表格だ。

 だって、僕は一人でいる事が多い。研究室で寝る時間を惜しんで色んな事をやっていたから、睡眠というのは生きるために必要だからする行為って思っていたし。

 

 だけど、こっちでお昼寝をする事で分かった。お日様を浴びながら誰かと寝る事は、とっても幸せなんだって。

 寝てるところを優しく起こされる事も、ご飯を作ってる音を聞きながら目を覚ますのも、とってもあったかくて幸せなんだって。

 

 ヴェイグさんや姉さん、時々切歌お姉ちゃんや調お姉ちゃんとも一緒に寝た事がある。

 ヴェイグさんとは隣り合って、姉さん達には抱き締めてもらって。

 

「そっか。じゃ、やっぱり出かけるしかないかなぁ」

 

 兄様がそう言って腕を組んだ。でも、僕と兄様二人で外出するのは問題が多い。

 一番は兄様が特殊性癖の人間と思われてしまう可能性がある事。ロリコン、だったかな? ペドフィリア、だったかも?

 

「待ってください。それだと兄様が」

「けど、エルを退屈させるのもなぁ」

「あのっ、僕は兄様と二人でいる事で退屈しません」

「そう?」

「はい。あっ、そうです。何かお話してください。僕、兄様のお話が好きです」

 

 兄様はヒーローの話をよくしてくれるけど、たまに違う話もしてくれる時がある。

 僕やヴェイグさんや姉さん相手にこの国の童話を聞かせてくれるんだ。

 桃太郎や浦島太郎、かちかち山などの、一種の説話も兼ねてるそういう物語を。

 

「話、ね。じゃあ……むかし、とあるところに一人の少年がおりました。少年の家は貧乏で、しかも姉や弟などがいて、少年は子供なのにある程度の歳になると働く事になりました」

 

 その兄様の話は、これまでの童話と違っていた。鬼などの空想上の存在や打ち出の小槌のような不思議な道具も登場しなかった。

 ただ、その少年が家族や自分のために頑張る事はかなり具体的な内容で、僕は容易に想像が出来たけど。

 

 少年もやがて大人になり、家を出て一人で生活を始めた。最初は会社の寮で生活して、その内職場を変えて……と、そんな風に働いてる内にお見合いの話が舞い込んだ。

 乗り気ではなかった彼だけど、紹介された手前すぐ断るのもと思ってそれを受け、相手の女性と数回のデートを重ねて気付けば結婚する事になっていた。

 

「えっと、好きだからとかじゃないんですか?」

「まぁ彼も相手も結婚するつもりはそこまでなかったんだ。だけど、まぁ、お互いこの相手とならって、どこかで思ったんだよ。若い内は一人でもいいって思っても、歳を重ねるとやっぱり寂しくなるもんだって言うし」

「そういうものなのですね」

 

 歳を重ねると一人は寂しい。もしかしてキャロルもそうだったのかな?

 一人でパパの命題を解こうとしてる内に寂しくなって、それでガリィ達を作ったのかもしれない。

 

「っと、話が途中だったな。そうして青年は妻を得て、その翌年には父親となりました。生まれた子は男の子だったので、彼が好きな言葉である“少年よ、大志を抱け”と言う言葉から大志と名前を付ける事にしたのです」

「大志、ですか?」

「それを話すと妻はこう言いました。それじゃ私の意見が入ってないから、大ではなく仁って文字に変えて仁志って言うのはどうかと」

「あっ!?」

 

 それは兄様の名前だ! そう気付いた僕に兄様は小さく笑った。

 

「彼はそういう事ならと頷いて、子供の名前は仁志となりました。ただ、悲しいかな。成長した息子は名前にそぐわない人生を送ってしまいました」

「そんな事ありません。兄様は、とっても優しくて立派です」

「ははっ、それは嬉しいな。でも、出来れば最後まで聞いてくれないか? そんな息子でしたが、それでも名前のような気持ちを持ち続けられる出会いや出来事を経験し、今は少しだけ、名前通りの人間になれそうです。コンビニではありますが、店長という役職となった事を息子から聞いた彼は、少し黙った後でこう噛み締めるように言ったのです。俺はずっと役職なんてもんと無縁で働き続けた。それを俺が結婚する前の歳で超えたなら大したもんだ、と。それを聞いた彼の息子は、初めて父親に男として認められた気がしたんだそうな」

 

 その瞬間、僕の頭の中にいつか見た写真の中の兄様のパパの顔が浮かんだ。きっと嬉しそうに言ったんだろうな。

 そして兄様もきっと嬉しかったんだ。パパに男性として立派になったって、そう思ってもらえたから。

 

「と、まぁこれがめでたしめでたしになるかどうかはまだ分からない。出来るだけそうしたいとは思ってるけど」

「きっと、きっと出来ます。兄様ならきっと」

 

 姉様達もいますからとは、言えなかった。言えば兄様が困った顔で笑うのが分かってたから。

 兄様は本当に優しく強い人だ。本当は姉様達ともっと親密になりたいのに、それをすれば悪意が姉様達の心へ入り込むと思って必死に自分を律してる。

 僕はそんな兄様のある意味で安らげる相手と言えるかもしれない。ヴェイグさんと僕は、兄様が何も考えず、頑張る事もなく過ごせる相手だと思うから。

 

 兄様のパパの話を聞いた後、僕は兄様の膝の上に乗せてもらってギアの改良に役立ちそうな話をお願いした。

 

「ギアって言うなれば一種のパワードスーツみたいなもんだよな?」

「はい」

「だけど、どちらかと言うと戦隊よりはメタルヒーローに近い、と」

「宇宙刑事のシステムはともかく、個別に装備などの差があるのはそうですね」

「となると、だ。参考になるのはメタルヒーローか」

「かもしれません」

 

 切歌お姉ちゃんは蒸着に凄い憧れてた。僕もあのシステムは興味がある。ギアを装者自身が携帯するのではなく、どこか別の場所に保管・運用する事で万が一の際にも装者がギアを展開出来る可能性を上げられるからだ。

 

「じゃ、ギアの部分展開とか?」

「部分展開……」

「そう。例えば通信機能だけを展開させる。しかも、普段のようなヘッドセット状にする事なく」

「難しいです。ギアは基本的に完全展開しないと各種機能が使えません」

「そっかぁ。じゃあ、起動時にエネルギーを纏って敵へ攻撃、あるいはその場からの移動手段にするってのは?」

「……おそらく不可能です。フォニックゲインをそういう風に使えるのかさえも判断出来ませんから」

 

 兄様の意見は実現不可能な事が多いけど、大いに刺激にはなる。

 特にギアを展開した後やギアを起動させる事自体でバリアのような物を展開させるのは、装者の安全面から見てもとても有効だ。

 ヒーロー達が緊急回避として変身をするのはそういう意味も兼ねているんだろうな。要するに変身時のエネルギーを使って相手の攻撃を弾いたり、あるいは防いだりしているんだ。

 オーズの変身はまさしくそういう感じだった。あれと似たような事がギアでも出来れば、アルカ・ノイズの中をギアを展開しながら突破出来るのに。

 

「こうなるとシンフォギアって未知のエネルギーを使った未知の武装って面が強いんだなぁ。たしかエクスドライブでさえ全てのロックが解除された訳じゃないって設定だっけ」

「あ、はい。シンフォギアのロックは全てで」

「あー、いいよ。数はどうでもいいんだ。こうなると、エクスドライブを超える形態があるかもって事かぁ」

「そう、ですね。理論上はそういう事になります」

「意外とさ、今回のツインドライブやダブルドライブも本当はその隠されてるロック部分に該当するって可能性、ないか?」

 

 言われてみると有り得ないとは言えない。依り代がやっているのは、本来シンフォギア自体が使用出来るのに現状出来ないため、無理矢理別の力で使用しているという事かも。

 

「可能性は十分あります」

「そっか。じゃあ、シンフォギアって拡張性が高いんだな。外部的な力への順応性が高いし、もしかすると最終的には真ゲッターみたいな事も可能だったりするんだろうか?」

「しんげったー?」

 

 初めて聞く名前だ。一体どんな存在なんだろう?

 

「えっと、こいつは色々と面倒なロボットなんだよ。設定がアニメや漫画、下手したら作品ごとに違ったりするから」

「えっと、つまりどういう事でしょう?」

 

 兄様の説明によると、真ゲッターはゲッターロボという宇宙開発用のロボットに、ゲッター線という物を浴びせた結果生まれる凄まじい力を持った存在、らしい。

 そして、兄様が言いたかったのは、その真ゲッターが漫画で迎えた最後にあった。

 全てのものと融合して宇宙と溶け合ってしまった、と言う事みたい。シンフォギアの拡張性が最悪の場合そこまでいくんじゃないかって、そう思ったそうだ。

 

 そこから兄様は色んなロボットの話をしてくれた。巨大ロボットから等身大のロボットまで、いつかの切歌さんロボと調さんロボのように、人間の友人になってくれるロボットを作って欲しいって。

 

「エルなら出来ると思うんだ。戦うためじゃない。誰かを助け、守り、支える存在としてのロボットを。アトムやロックマンみたいな、人と変わらぬ心を持った存在を」

「はいっ!」

 

 その後、少しだけ兄様と一緒に仮眠を取った。初めて兄様の布団で寝たけど、どこか兄様の匂いがした。

 だけど、どうやら兄様はそれがちょっと複雑な気分になるみたいだ。

 

「あー……加齢臭がしてくるんじゃないかと戦々恐々としてるんだよ……」

「加齢臭……ですか……?」

「そう。俺も……ふぁ~……三十を過ぎたし、そろそろだと思うんだ。気を付けてはいるけどな」

 

 起き抜けで兄様とそんな会話をする。お互いまだ眠そうで、それを指摘すると兄様がふにゃっとした顔で笑った。

 

 二人してこのままだと二度寝しそうだからって顔を洗って、何をするでもなくボ~っとした。

 その時間が、僕にとっては新鮮だった。エルフナインだった頃には決してなかった時間だからだ。

 

「エル」

「何ですか?」

 

 そんな時、兄様が何でもないような声で僕の名を呼んだ。

 

「俺はな、エルフナインとして大人顔負けの賢さや閃きを見せる君も好きだけど、エルとして家の手伝いをしたり、セレナ達と遊んだりして笑顔を見せる君も好きなんだ。出来れば、その両方を合わせてやって欲しい」

「兄様……」

 

 それは、戻ってもエルを捨てないでいいんだって言葉だった。姉さん達も言ってくれた言葉、だった。

 僕はエルフナインのままでエルでもいていいんだよって、そう兄様も言ってくれた。

 

「クウガで言ってただろ? 人には色んな顔がある。今のエルもそうだ。エルフナインの顔とエルの顔。それはどちらかだけじゃない。どっちも合わせて君なんだ」

「……はい」

「向こうじゃ色々とこっちと同じようには出来ないかもしれない。それでも、仕事だけのエルには戻って欲しくないんだ。心にゆとりを持てるようにしてごらん。それが出来ないと、昔の俺みたいにただ生きてるだけになっちまうからな」

「ただ、生きてるだけ……」

 

 兄様の言葉がやけに胸に響く。ただ生きてるだけなんて、とても悲しいと思った。

 そして兄様はそうなっていた頃があると僕は以前聞いていた。死のうと思った時があるって、兄様と姉様と初めて買い物へ出かけた時に教えてくれたから。

 

「まぁエルにはそんな心配はないと思うけどさ」

 

 そう言って苦笑すると兄様は僕の体を持ち上げた。

 

「兄様?」

「意外と重いんだよな、エルも」

「そ、そうですか?」

 

 体重はそんなに重くないと、思う。適正体重だと思ったけど……。

 

「ああ、命の重さだ。この重さが、俺が今みたいになる重石になってくれた。感謝してるよ。ありがとう、エル」

 

 真っ直ぐな眼差しで僕を見つめて兄様は優しく微笑んだ。

 

「……いえ、僕の方こそありがとうございます。兄様が僕を子供にしてくれました。子供を、教えてくれました。兄様は、僕のもう一人のパパです」

「そっか。そりゃ光栄だ。じゃ、エルの家へ行くか?」

「はいっ!」

 

 こうして僕は兄様と一緒にお家へ帰った。

 玄関へ入るとヴェイグさんが姉さんと一緒に出迎えてくれて、切歌お姉ちゃんと調お姉ちゃんは台所から顔を出しておかえりを言ってくれた。

 

 あったかい僕の家。初めて出来た、僕の家。ここにいるのは、僕の大事な家族。

 

 優しくていつも一緒に遊んだりしてくれるセレナ姉さん。

 優しくていつも色んな話に付き合ってくれるヴェイグさん。

 優しくていつも明るい切歌お姉ちゃん。

 優しくていつもしっかりしてる調お姉ちゃん。

 優しくていつもみんなを見守ってくれるマリア姉様。

 

 そして、優しくていつも頼れる仁志兄様。

 みんな、みんな僕の大好きな家族だ。

 

 ご飯も出来て、後は姉様が帰ってくるだけとなって、みんなで居間で時計を見つめてその時を待つ。

 

「ただいま~」

 

 声が聞こえた瞬間、みんなで居間から玄関へ顔を出すと姉様がこっちを見て苦笑してる。

 

「「「「「「「おかえり(なさい)(デス)」」」」」」」

「ふふっ、ただいま」

 

 みんなで笑顔を見せ合う。この瞬間が、とても、とっても幸せだ。

 

「よし、切ちゃん、お皿出して」

「ガッテンデス」

「お茶は私が出しておきます」

「ヴェイグ、掴まれ。テーブルまで移動するぞぉ」

「すまん。助かる」

「姉様は手を洗ってきてください」

「ええ、分かったわ」

 

 晩ご飯の支度にみんなが動き出す。姉様は洗面所へ、兄様はヴェイグさんを抱えてテーブルへ、三人のお姉ちゃんはそれぞれで料理を並べたりお茶を出したりしてる。

 

 なので僕はみんなの分のお茶碗やお椀を出す事にした。

 この暮らしを戻ってもしていきたいって、そう思うのはやっぱり贅沢なのかな?

 

――ふん、ならまずは口に出せ。それからだろうが。

 

 一瞬聞こえた声に動きを止める。今の、キャロルの声だったような……。

 キャロル? ねぇキャロルなんだよね? 僕の声が聞こえてるなら返事をして。

 

 ……聞こえない。何も、聞こえない。

 

「でも……」

 

 キャロルは言ってくれた。まずは思ってる事を口に出せって。

 なら、せめて姉様達だけには言ってみよう。そう思いながら僕は人数分のお茶碗とお椀を並べていく。

 

 やがてみんなが席に着いて兄様を見つめる。

 

「じゃあ、手を合わせて……」

「「「「「「「いただきます」」」」」」」

 

 僕は、やっぱりこの暮らしが大好きだ。近い内に兄様とはお別れになるけど、絶対僕は諦めない。

 この光景を、失いたくないから。だから、絶対諦めない。

 

 キャロル、君とまた話す事も、だからね。

 

 

 

 平和な時間。穏やかな日々。九人の装者と二人の純真な存在が忘れていた、あるいは知らなかった生活。

 上位世界というそんな場所での滞在は、一年にも満たない時間で終わりを迎えようとしている。

 響達はそれぞれの住む場所の整理を始め、翼が根幹世界で購入した家電は何が問題になるか分からないと言う理由でギアを使っての解体がミレニアムパズル内で行われた。

 

 響達やマリア達も仁志の部屋へ運び込める物は運び込む事にし、決戦当日に最後の運搬をするだけになるようにアルバイトから解放された者達が率先して行動する。

 

 その作業をしながら誰もが噛み締めるのだ。この時間が終わるのだと言う事を。

 祭りの終わりは寂しいと言うが、それに似た感情を彼女達も抱いて時間は流れる。

 

 そして遂にその日はくる。

 

 十月末、ギリギリまで働いていたクリス、切歌、調の離職を受け、全員が平屋の居間へと集まっての最後の時間が……。

 

「えっと、いよいよ明日、カオスビーストとの最後の戦いに挑む。こうしてみんなで助け合って、支え合ってから半年にもならないけど、本当に、その、楽しくて幸せな時間だった。本当にありがとう」

 

 深々と頭を下げる仁志に誰もが笑みを浮かべる。だが、口は開けない。こみ上げてくるものがあったからだ。

 どこかで望んでいた世界。それがこの上位世界だった。しかも、一部の者にとっては決して戻れない状態にもなれたのだから。

 

 ゆっくりと仁志が頭を上げると、その表情は凛々しくなっていた。

 

「俺も、オーナーへ今日、辞職願を出してきた」

 

 その言葉に全員が息を呑む。本気で仁志が戻れない時の事を考えているのだと、そう感じ取って。

 

「ただ、オーナーへはある程度のお金を包んでこう頼んでもある。俺が一か月しても戻らなかったら辞職したって事にしてください。それまでは、この金を使って本部から人を呼んで凌いでくれませんかって」

「それが最後の手段かよ?」

 

 以前のデートで仁志が言っていた言葉を思い出し、クリスはどこか驚きながらそう問いかけた。

 

「ああ、そうだ。オーナーは驚いてたけど、最後には受け入れてくれたよ。きっと初めてのケースじゃないかって。辞職願と一緒にそれを留保して欲しいって言って、しかもその間の人件費をある程度出すなんてのは。そう言って笑ってくれた」

 

 仁志の脳裏にはその後のオーナーの言葉が甦っていた。

 

――何か理由があるんだろうね。だから、出来ればそれを聞かせて欲しい。これを君に返す時にでもね。それぐらいはいいだろう? ねぇ、店長?

 

 それは仁志が一か月以内に帰ってくるという信頼の表れ。泣かないと決めた仁志が思わず目を潤ませて頷く事しか出来なかった、オーナーの優しさだった。

 

「みんなの部屋も解約手続きはした。俺の部屋の事も、情けないけど両親へ万が一に備えて頼んである。俺も、後顧の憂いは断った。後は悪意に勝つだけだ」

 

 その言葉に全員が力強く頷く。

 

「みんな、心を強く持って欲しい。優しさよりも激しさが大事な時がある。それが、きっと明日なんだ。希望の光で闇を照らして、あしたを、未来を切り開こう。みんなの力で!」

「「「「「「「「「「「了解(はい)(ああ)っ!」」」」」」」」」」」

 

 誰もが仁志を司令官のように感じていた。実際、今の彼はそういうものを意識している。

 自分含め全員を鼓舞しようと思い、自身の知識からそれらしい言葉や言い回しを引っ張り出していたのだ。

 

「……ゲートは、明日ここから俺の部屋へと移す。ある意味で最初に戻る訳だ」

「そう、ですね」

「そうだったな。最初は、仁志の部屋にあったんだよな」

「それが、私達のアパートへ移動し……」

「今は私達の家、ね。そう思うと、ゲートの移動が仁志の状況の変化でもあるわ」

 

 全員の視線が閉じられたノートPCへと向けられる。全ての始まりの一つであるそれに、色々な想いを込めるように。

 

「思えば、あっという間でした」

「そうだね。エルに初めて姉さんって呼ばれた時を思い出すよ」

「……俺も、こっちに来て動けなかった時を思い出す」

 

 そっとエルフナインを抱き寄せ、セレナはその小さな体を抱き締める。ヴェイグはそんな二人を見てからノートPCへと視線を戻した。

 ある意味では、この上位世界で一番変化したと言える三人は、この時間の終わりを誰よりも悲しんでいた。

 

「楽しかったよ。バイトなんて出来ないと思ってたし」

「はい。コンビニの裏側、色々知っちゃいました」

「アタシも本屋さんの裏側を知ってしまったデス。でも、アタシはそれよりもウィザードやディケイドを見れなかった事が残念デス」

 

 がっくりと肩を落とす切歌の頭へそっと誰かが手を乗せた。

 それに彼女が視線を上げると優しい笑みを浮かべる仁志がいた。

 

「また、こっちに来れるさ。そっちの世界で夏休みになったら来るといい。もしくは連休や予定のない時でもいいよ。定期連絡って形で遊びにおいで」

「ししょー……」

「大丈夫さ。俺達は負けないし、世界は終わらない。この出会いは遠い日の奇跡に出来るよ。大事なのは、信じ抜く事だ」

「……はいデス」

「よし、ならば……」

 

 その仁志の言い方で切歌は何かを悟り、頷く。

 

「「流派、東方不敗は……」」

「王者の風よ」

「全新」

「系裂」

「「天破侠乱」」

 

 周囲はそのやり取りに苦笑していた。知っていようが知らなかろうが、二人らしいと感じていたのである。

 

「「見よ。東方は、紅く燃えているぅぅぅぅぅっ」」

 

 手を繋ぎ合って声を合わせる仁志と切歌。すると、切歌が瞳一杯に涙を浮かべた。

 

「ししょ~っ!」

「っと、どうしたんだよ?」

「グスッ! やっぱり、やっぱりさびしーデスっ! これでししょーと離れ離れなんて嫌デスよぉっ!」

「切歌……」

 

 毎日二話ずつ見ていた“機動武闘伝Gガンダム”。その中の名場面であるマスターアジアとドモンの最後の掛け合い。それを知ってしまった切歌は、今のがそれにしか思えなかったのである。

 涙を流して胸に顔を埋める切歌を仁志は優しく抱き締める。自分との別れを感覚的に察しているのだろうと、そう思って。

 

「兄様ぁ……」

「エルも、か……。いいよ、おいで?」

「兄様ぁ!」

 

 切歌の涙にもらい泣きし、エルフナインも仁志へと泣き顔を見せながら抱き着いていく。

 そうなればもう後の流れは決まっていた。

 

「お兄ちゃん……っ! 私も、いい?」

「ああ」

「師匠……」

「調もおいで。今だけは、今だけは泣いてもいいから」

「……うん」

 

 年少組が仁志に抱き着いて涙する。父であり兄でもあった存在との別れ。それは、四人にとっては物心ついてから初めての、親しい存在との生きたままの別離。

 また会えるかもしれない。そう思うも、出会い方などを考えればその可能性は低いと言わざるを得ない。

 故に、最後の別れと思ってしまうのも無理はないと言えた。仁志もそれをどこかで危惧しているからこそ、四人を優しく抱き留めていたのだから。

 

 室内に聞こえる大小四つの涙声。どれも仁志の事を呼んでいた。

 

「ちくしょぉ……泣かないって、そう決めてたのになぁ」

「仕方ないわ……。だって、あのエルが泣いてるんですもの……」

「胸にくるね、あの光景はさ……」

「本当に。今の四人の気持ちは、よく、分かる……」

 

 年長組四人も涙を流し、胸を押さえていた。

 まだ悪意との決戦に勝った訳でもない。まだ泣くには早いと、そう言うべきだとどこかで思っている。

 それでも、その瞬間には仁志と引き離されているかもしれない。その不安が彼女達に四人への注意を躊躇わせていた。

 

「ヴェイグさん、泣いてるよ?」

「グスッ……そう言う響もだ」

「ふふっ、いいんじゃない、かな? 今だけは、今ぐらいはみんな泣いても……」

 

 誰もが涙する中、仁志だけは泣かないで必死に笑みを浮かべていた。

 

(泣くなっ! ここで俺まで泣いたらダメだっ! 俺が泣くのは、全てが終わった後だっ!)

 

 男の意地とでもいうような気構えで仁志は心の中で己を叱咤激励していた。

 泣くならそれは喜びの涙にしたいと、そういう想いで彼は四つの悲しみを受け止め包む。

 これが彼ら全員で平和な中で過ごした最後の夜となる。

 

 翌朝、仁志の部屋に初めて響達全員が勢揃いした。

 さすがに手狭ではあったが、部屋の奥に置かれたノートPCを見つめて彼女達は既に戦う者としての顔つきをしていた。

 

「ヴェイグはエルの中に頼む」

「分かった」

「ヴェイグさん、よろしくお願いします」

「ああ」

 

 エルフナインの中へヴェイグが入るのと同時に九人の装者達が聖詠を唱えギアを纏う。

 その姿を見て仁志が依り代のゲームを使いドライブチェンジを実行、瞬く間に九人の姿が変わっていく。

 

「相手が何を企んでいるかは分からない。だけど、きっとみんなならそれを打ち破ってくれると信じてる。俺も、自分の出来る事でみんなを支えてみせるから」

「はいっ! お願いしますっ!」

「響達六人はアマルガム、未来はジュエル、奏はゴジラ、セレナはアラビアンのギアでいく。もし途中でギアを変えて欲しいとなったらそのギアへ自分で変えるか、俺へ教えてくれ。俺は定期的にスマホ画面のみんなのアイコンを見ておくから、それが変化したらそれでツインドライブを発動させる」

 

 その言葉に装者達が頷く。気分は作戦前のブリーフィングだった。

 

「未来は基本エルと俺の護衛を頼む」

「はい!」

「セレナと奏は前衛六人の支援及び援護」

「うんっ!」

「ああっ!」

「響達六人はアマルガムによる破邪の輝きでカオスビーストを攻撃」

「任せて!」

「おう、やってやらぁ!」

「アタシ達の輝きで悪意なんて吹き飛ばしてやるデスよっ!」

「うん、サンジェルマンさん達のくれた輝きに仁志さんの想いも加えたギアならっ!」

「例えどんな闇でも祓い清めてみせましょうっ!」

「これで全てに決着を着けるっ!」

「必ず勝ちましょうっ!」

 

 エルフナインの言葉に全員が頷き、仁志がノートPCを開く。

 

「行こうっ!」

 

 仁志の言葉を合図にまず装者達がゲートへと飛び込んでいく。そして最後に仁志がエルフナインを抱えて飛び込んだ。

 

 響を先頭にゲートの中を進む仁志達。目指すは根幹世界のゲート、ギャラルホルンだった。

 

「……ヴェイグさんが警告してます! 匂いがこれまでにない程酷いそうですっ!」

 

 その言葉と同時にクリスがポツリと呟いた。

 

「いやがった……」

 

 ギャラルホルンを塞ぐように存在するは最後のカオスビースト・トゥリトス。

 見た目は仁志がゲームで知る物と何ら変わりはない。それでも警戒を厳にするべく彼は告げた。

 

「見た目は変わりないけど気を付けてっ! 何か新しい特殊能力を付与されてる可能性もあるっ!」

 

 仁志の言葉を合図に弾かれるように六つの金色が動き出す。それに続く形で奏とセレナも動いた。

 

「只野さんとエルちゃんは私の後ろに」

「ああ」

「はい」

「絶対守りますから。ミーナさんがくれたアイギスと、カーバンクルのくれたこのジュエルギアの力でっ!」

 

 守りに関して右に出る者がない今の未来。その守護の下、仁志とエルは二度目となるカオスビースト戦を見守る。

 

 素早い動きで装者達をかく乱しようとするトゥリトス。だが、それに翻弄されるような響達ではなかった。

 

「その程度の速度でっ!」

「私達を振り切れると思うとはっ!」

「思わないこったっ!」

 

 マリアの鞭のような攻撃がトゥリトスを捉えて動きを鈍くさせる。その瞬間を分かっていたかのように翼の剣閃とクリスの銃撃が羽を斬り裂き、風穴を開ける。

 

「受けてみなっ! インフィニット熱線をっ!」

 

 そこへ奏のギアが放つ灼熱の放射熱線が炸裂。羽を完膚なきまでに溶かして燃やす。

 

「「これでっ!」」

 

 大きくよろめくトゥリトスへ迫るはザババの刃。それを見て、やられてばかりではいないとばかりに反撃の光線を放つトゥリトスだったが、それが二人へ当たる前に聞こえる声があった。

 

「守りを固めますっ!」

 

 セレナのギアによる魔神の加護が切歌と調を包み、光線を弾かせる。

 その光景に動揺するトゥリトスへ魂まで刈り取るザババの刃を持つ二人が迫った。

 

「「ダメ押し(デス)っ!」」

 

 合体攻撃の結果黄金の刃と化してトゥリトスを貫通する二人。腹部へ巨大な穴を開けられ、苦しむトゥリトスへ、最後のトドメとばかりに響がその拳を握りしめて突撃していく。

 

「いっくぞぉぉぉぉぉっ!」

 

 大きくダメージを負った状態からトゥリトスがその両手を動かして響へと狙いを合わせる。

 

「っ!? 不味いっ!」

「響さんっ!」

 

 相討ち覚悟の攻撃を放つつもりだと察して仁志とエルフナインが叫ぶ。

 それでも響は恐怖も不安も表情に浮かべる事もなく突撃を敢行する。

 そんな彼女へ放たれる巨大な閃光。それが響の体を包み込もうとして――跳ね返された。

 

「させないっ!」

「ありがとっ未来っ!」

 

 阿吽の呼吸とでも言えばいいのか。あるいは以心伝心が相応しいのか。

 響の動きを読んでいたかのように未来が既に彼女の前に控えていた。

 それによりトゥリトスの最後の反撃は自身へのこの上ないダメージとして返ってしまい、最早響への反撃はおろか逃げ出す事さえも叶わない。

 

「終わりだぁぁぁぁっ!」

 

 神殺しの力を有したその拳が最後のカオスビーストを捉え、貫き、滅ぼしていく。

 跡形もなく消滅していくトゥリトスを見つめながら誰も喜びを見せる事はなかった。

 ただ、何かを警戒するように周囲を見回していた。

 

“後ろから凄く嫌な匂いがくるっ!”

「皆さんっ! 後ろから悪意が来ますっ!」

「後ろだぁ!?」

「ゲートを通過してきたと、そういう事かっ!」

「やはり上位世界に留まっていたのねっ!」

 

 全員が後方へと意識を向けて移動する中、仁志はエルフナインを抱えて後退する。

 やがて黒い雲のようなものが彼らの前に出現した。

 

「ふふっ、こうして会うのは初めてね。でも久しぶりと、そう言うべきかしら?」

「こ、これが悪意の本体、デスか……」

「大きい……」

「姉さんや奏さん達の時に見たのとは比べ物にならないですっ!」

「こんなに成長してやがったのかよ……」

 

 巨大な黒雲と呼んでも差し支えない悪意に誰もが表情を険しくしていた。

 

「だが、一体どうやって? 全ての世界は時間停止状態だったのに」

「まさか、上位世界だけでここまでの負の感情を吸収したと言うのっ!?」

「ふふっ、さあどうでしょう? ただ一つ教えてあげるのなら、貴方達の負の感情がとても美味だったって事ね」

「私達の……」

「負の感情、だぁ?」

「ええ。とぉっても濃厚だったわよ? その男を想い、他の女へドロドロとした想いを抱く貴方達の心は」

 

 その言葉に響達が思わず息を呑んだ。心当たりしかなかったからだ。

 仁志を想い、求める気持ち。それと共に浮かんでくる他の女性達への嫉妬、恨み、憎しみ。

 多かれ少なかれ抱いてきた事を否定出来る者は、女性は、装者達の中にいなかったのだ。

 

「あははっ! 凄かったわよ、貴方達の感情は。あいつさえいなければいいのに。どうして自分を見てくれないの。自己中心的な想いの塊で、他者を激しく排斥するような心の動きだったもの。なのに表では絆とか仲良くとか言ってて滑稽だったし」

「黙れっ! それが人間なんだっ! 愛憎入り混じる心こそが、矛盾する生き方こそが、人間らしさだっ! それをまるで闇だけが人間の本質みたいに言いやがってっ!」

「仁志さん……」

「兄様……」

 

 悪意の指摘に仁志が吼えた。悪意の指摘は仁志さえもどこかで分かっていた事だった。

 恋をすると人間はどこか自分勝手になる。それを彼は知らない訳ではなかった。

 何故なら彼も恋をした事はあったのだから。想いを告げて振られた事もあれば、告げるまでもなく破れた事さえある。

 彼も知っていたのだ。恋をする人間の醜さと酷さを。だからこそ吼える。人間はそれだけではないのだと。

 

「誰だって自分を見て欲しいって思うんだよっ! 自分を一番にして欲しいって思うんだっ! それはちっともおかしな事じゃない! それが普通だっ! 当然なんだよっ! そんな当たり前の心の動きを、在り方を、恋もした事のないお前にあれこれ言われたくないねっ!」

「貴様……装者でもない癖に……っ!」

「ああ、そうだ! 俺は装者じゃないっ! 何の特別な力もない、ただの人だっ! それでもお前と戦おうとするだけの気持ちは、心の力はあるんだっ!」

 

 そう言い切り、仁志は依り代を操作した。

 

「いくぞみんなっ! 悪意を浄化してやるんだっ!」

「「「「「「「「「了解っ!」」」」」」」」」

 

 もう彼女達に動揺はなかった。惚れた男の魂の言葉がその胸の歌を刺激したのである。

 

「ソルブライドギア、起動っ!」

「行きますっ!」

「遅れるなよっ!」

「貴方こそっ!」

 

 太陽の名を冠したギアへ身を包み、三つの光が槍となって悪意へと向かっていく。

 

「巫女ギア、起動っ!」

「これをこのギアでやる最後の神楽にしてみせるっ!」

「悪意をキレイにしてあげるデスよっ!」

「はいっ!」

 

 瘴気を祓い清める姿となり、三人の年少装者が悪意を囲む様に動き出す。

 

「翼とクリスはそのままで支援や援護を頼むっ!」

「はいっ!」

「任せろっ!」

 

 三人の錬金術師の想いを宿したギアのまま、他の装者達を導き支えてきた二人が動いた。

 

「未来は一旦下がってくれ!」

「分かりましたっ!」

 

 本来の得意分野である護衛へと戻りながら、これまで見守るしかなかった少女は凛とした表情を浮かべる。

 

「小賢しい……。そんな物が今の私に通用するとは思わない事ねっ!」

 

 巨大な黒雲がその声と共に瘴気を撒き散らしながら姿を変えていく。

 それだけではない。ゲートのあちこちから五つの黒い影のような物がそこへ吸い込まれるように出現したのだ。

 

“す、凄く嫌な匂いだっ! マリアを操った奴よりも酷いぞっ!”

「ミレニアムパズルで動きを封じる事は出来ませんか?」

“無理だ! 信じられないが、これはあの時の世界蛇を超えてるっ!”

「世界蛇をっ?!」

「っ!? エルっ! あれをっ!」

 

 仁志の声にエルフナインが顔を上げる。そこには漆黒の世界蛇が出現していた。

 大きさこそ違うが、その威圧感はかつてのそれを越えているとエルフナインでさえ確信出来るものが。

 

 響達もそれを感じ取って思わず動きを止める程に、漆黒の世界蛇である邪悪龍は周囲へ瘴気を纏わせながら強大な存在感を放っていた。

 

「どうしたの? そんなに私の姿が美しくて見惚れてしまった?」

「っ! 奏さんっ! マリアさんっ!」

「分かってるよっ! 何が美しいだっ!」

「そうよっ! こんなにおぞましい姿でっ!」

 

 光槍が動く。邪悪龍へその陽光の輝きを浴びせるように攻撃を放ったのだ。

 最初に見せた際、カオスビーストが怯える程の力を見せた黄金のガングニールトリオ。その攻撃を浴びて邪悪龍は……

 

「効いてないっ?!」

 

 まったくダメージを負う事なく平然としていたのである。

 

「あははっ! とっても気持ちいい温度の刺激だったわ。でも、出来ればもう少し強くても良かったのよ?」

「こいつ……っ!」

「ソルブライドギアの力を……克服したとでも言うの?」

 

 動揺する響、苦い顔をする奏、驚愕するマリア。前回の戦いとは真逆の結果に邪悪龍はほくそ笑む。

 

「なら私達がっ!」

「その闇を弱くしてやるデスっ!」

「やってみせますっ!」

 

 三人の巫女ギアによる神楽。それを邪魔する事なく邪悪龍は悠然と佇む。

 まるで、その程度では自分を倒す事など出来ないと言うように。

 

 だが三人の神楽の結果、邪悪龍の周囲にある瘴気が薄れていく。

 

「あら、これぐらいは出来るのね」

「今ならばっ!」

「こいつの輝きが通るっ!」

 

 それを好機と見て翼とクリスがアマルガムの輝きを重ねて放った。

 飛ばされた剣閃と銃撃が合わさり瘴気を貫いて邪悪龍へ命中するも……

 

「その程度じゃ逆鱗(さかさうろこ)には触れられないわ」

「くっ! 二つでは力不足と言う事かっ!」

「これだって十分強力になってるってのにっ!」

 

 余裕を感じさせる声に翼とクリスが悔しげにアームドギアを握り締める。

 すると、そんな状況で聞こえる声があった。

 

「響っ! 前にやった攻撃を試そうっ!」

「分かったっ! 奏さんっ! マリアさんっ!」

「よしっ!」

「それしかないわねっ!」

「あら、中々楽しそうな事をしてくれそうね」

 

 未来の持つ鏡の盾へソルブライドギアの輝きを集束させて放つ攻撃。それが現状もっとも悪意へ有効な攻撃ではないかと未来は考えたのである。

 その動きに邪悪龍は焦るのではなく、むしろどこか嬉しそうな声を出しながら薄れた瘴気を正面へと集束させる。

 

 それを見ていたエルフナインは、どこかでその展開を見たような気がしていた。

 

――ヴェイグさん、どこかで今のような状況を見た気がするんですが、心当たりはありませんか?

――今のような?

――はい。これまでは有効だった攻撃が悉く無力化ないし弱体化されて相手に通用しない。そして以前決め手となった協力攻撃を使うという流れです。

――…………言われてみると、たしかにどこかで見た気がする。

――僕らが見てきた中で……

――今と似てるもの……

 

 そこで二人は同時に目を見開いて互いを指さす。

 

――ガガガだっ!

 

 それは、Zマスターという相手と対峙した際の話。あらゆる攻撃が通用しない相手に対し、合体原種と呼ばれる存在を倒した攻撃を試そうとする展開だった。

 劇中では、その攻撃を逆に押し返されて味方に大きな被害が出てしまう。その光景を思い出して、エルフナインは自分を抱き抱える仁志へ顔を向けた。

 

「兄様っ! 響さん達を止めてくださいっ!」

「え?」

「Zマスターなんですっ! 集束レンズの時と流れが同じなんですっ!」

「Zマスター……集束レンズ……っ!? そういう事かっ!」

 

 エルフナインの言いたい事を察し、仁志は素早く響のアイコンをタップしてアマルガムへと変更する。

 

「あれっ?!」

 

 中心的存在である響のギアが変わった事で奏とマリアの動きが止まり、未来がすぐさま後ろを振り返った。

 

「只野さんっ! どうしてっ!?」

「あいつの狙いがっ! 今の合体攻撃の誘発の可能性があるからだっ!」

「悪意は、皆さんの攻撃を利用してこちらへ反撃をするつもりかもしれませんっ!」

「なんですってっ!?」

 

 二人の言葉に誰もが邪悪龍へと顔を向ける。すると、邪悪龍の瘴気の中から沢山の小さな鏡のような物が浮かび上がってきた。

 

「ざぁんねん。やっぱり流用はダメね。折角忌々しいギアをその光の力で残さず消し去ろうと思ったのに……」

「お前っ! やっぱり俺の世界でみんなと一緒に特撮やアニメをっ!」

「そうよ。中々有意義な情報や知識を得たわ。でも、どうするの? そちらの使うツインドライブとやらはもう私には通じない。同じ攻撃にやられる程愚かじゃないの。何せ凄まじい力を見せられたもの。そのためにある時から情報収集に徹してきたのよ?」

「凄まじい力? ……まさかっ! 立花と雪音を操った時か!」

「なら、これまでのカルマ・ノイズの出現は情報収集って事っ!?」

 

 アマルガムのツインドライブを初めて使用した出来事。

 その圧倒的な力を見て、悪意はそれを危険視したのだ。それだけではない。仁志と装者達の繋がりが手にした力と、その可能性もだ。

 故にカオスビーストやカルマ・ノイズを使い、その力を研究・分析し、倒された存在の瘴気を吸収する事で現在のような状態になったのである。

 

「ご明察。アマルガムとやらの力は私には脅威だった。それにソルブライドギア、だったかしら。それなんかもね。それをより厄介にするツインドライブという強化法のおかげで、このままでは勝ち目は薄いと思った。だから待ったの。そちらが手の内を見せてくれるのを。おかげでもう負けないわ。浄化の光だろうが太陽の輝きだろうが、今の私は飲み込んでみせる」

「くっ、ならそれを確かめてやる! みんな、それぞれのギアの力を総当たりでぶつけてくれ!」

 

 そこから仁志達は特殊ギアのツインドライブをこれでもかと試した。

 だが、ライダーギア三人によるトリプルアタックも跳ね返され、アラビアンギア三人の魔神の力さえ通じず、海賊ギア三人による一斉攻撃も、晴着ギア五人の同時攻撃も、和装ギアもメイドギアもサンタギアすらも一切ダメージを与える事は出来なかった。

 

 それもそのはず、かつての世界蛇相手にさえ普通の総力戦以上の世界を越えた総力戦の末、何とか勝利を掴めたのである。

 それよりも強力になった上、ツインドライブが通用しないとなった邪悪龍相手に有効な手段など、仁志達に存在しなかったのだ。

 

 ただ一つ、リビルドギアを除けば。

 

 だがしかし、仁志はどこかでその使用を躊躇っていた。理由はない。もしあるとすれば……

 

(何というか、これってこっちの最後の切り札を切らせようとしてる流れだよな……)

 

 彼のこれまでの特撮やアニメ視聴からの経験による一種の予感だった。

 

 アマルガムを超えるギアと言えば、残されるのはリビルドかエクスドライブである。その内、仁志達が任意で使用可能なのはリビルドだ。

 しかも、それはカルマ・ノイズ相手にもカオスビースト相手にも使っていない、文字通り最後の切り札である。

 

 けれど、その事を悪意は知っているはずだと、そう仁志は思っていた。

 これまで自分達を監視してきて、リビルドギアに気付かないはずがないと。

 つまり、知っている上でそれ以外のギアでは自分は倒せないと言っているのである。

 

 これに仁志は嫌な予感をひしひしと感じていたのだ。何かある、と。

 

 リビルドギアを使う事は、悪意にとって望み通りの展開になるのではないかと、そう考えていたのだ。

 

(だけど……)

 

 チラリと仁志は前を見つめた。そこでは本格的な攻撃を始めた邪悪龍に苦戦する響達の姿がある。

 リビルドギアを使わないままでは、響達はいずれ力尽きるだろうと思う程だ。

 巫女ギアの神楽も今は邪魔されるようになり、瘴気の壁が邪悪龍を包んであらゆる攻撃を阻むバリアとなっていた。

 

 最早完全に打つ手なしである。

 

「…………分かっていてもやるしかない、か」

 

 残された切り札は一つだけ。相手の思惑に乗る事になるとしても、それを響達が上回ってくれる事を信じようと、そう思って仁志は遂に決意した。

 

「みんなっ! ドライブチェンジだっ! 奴の狙いは明らかだけど、それを打ち破ってくれっ!」

 

 響、翼、クリス、マリア、切歌、調、奏、セレナ、未来。それぞれのギアが通常の姿へと戻り、淡い輝きを放つ。

 更にそれが一瞬にして眩いばかりの光を放った。リビルドギアツインドライブ。現状響達がなれるもっとも強い姿である。

 

「こ、これ程なんて……ああっ!? 体が、燃える様に熱いっ!?」

 

 九つのギアが放つ光だけで邪悪龍の瘴気が消し飛ばされていく。

 それだけではない。邪悪龍の体を覆う鱗さえも溶け始めたのだ。

 

「これが……リビルドギアツインドライブ……」

「温かな光だ……」

「ああ、とってもあったけぇ……」

「まるで誰かに抱き締めてもらっているかのようだわ……」

「だとしたら、きっとししょーデスよ……」

「うん、そうだね。だってこれは、師匠の想いがくれたギアだから……」

「想いがくれたギア、か。なら、見せてやろうじゃないか、あいつに……」

「はい。想いは、大好きって気持ちは、闇に負けないって……」

「これで終わりにしましょう。みんなで……」

 

 静かに頷き、九人の戦姫は邪悪龍へと向かっていく。

 

「くっ! この程度でぇ!」

 

 口から瘴気を炎のように吐き出す邪悪龍だが、その炎は未来のアームドギアが受け止め消し去った。

 

「邪悪な存在は、神獣鏡が祓いますっ!」

「ちっ! なら……」

 

 鱗から閃光を放ち、拡散攻撃を始める邪悪龍。その漆黒の閃光を薙ぎ払うように放たれる二筋の閃光がある。

 

「白銀の輝きの使い道はっ!」

「攻撃だけじゃないわっ!」

「おのれぇ……」

 

 二つのアガートラームによる攻撃が一時的に邪悪龍の攻撃を阻むや、その間隙を突く形で複数のギアが絡み合うように動く。その数、四つ。

 

「合わせるよっ! 翼っ!」

「分かってるっ! 暁っ! 月読っ! そちらも遅れるなっ!」

「はいデスっ! ツヴァイウィングとザババの力でっ!」

「勝利を掴み取ってみせるっ!」

「馬鹿めっ! 噛み砕いてくれるっ!」

 

 一直線に正面から突撃する二組へ邪悪龍がそのアギトを広げて迎え撃とうとして――そこへ大量のミサイルやビームが炸裂しそれを阻む。

 

 同時に四色の突撃攻撃が邪悪龍を直撃、更なる追い打ちとなる。

 

「~~~~~~っ!?」

 

 声さえ出せず呻く邪悪龍へ、それを御膳立てしたクリスがニヤリと笑って言い放った。

 

「馬鹿はてめぇだ。イチイバルは弓なんだぜ? 大口開けて、狙ってくださいってか」

「っ! この小娘がぁぁぁぁっ!」

 

 怒りに任せての火炎と閃光による一斉攻撃が前面へ殺到する。

 それらはさすがに防ぎ切る事が出来ず、未来達は回避や防御に追われた。

 

「あははははっ! 所詮この程度よ! 私が本気を出せばシンフォギアなど敵ではないっ!」

 

 攻勢を強めて行く邪悪龍。だが、そこでその目は気付く。自分の攻撃に対処しているギアの数が一つ足りない事を。

 

「……足りない。ガングニールが足りないっ!」

 

 その時、邪悪龍は後方から感じる気配で首を動かした。

 

「はあああああっ!」

「いつの間に後方へっ!?」

 

 全ては未来が動いた時から始まっていた。どんな時も最後の決め手は響が担ってきた。だからこそ、誰もが彼女を邪悪龍の意識から逸らすために動いたのだ。

 邪悪龍の意識を正面に釘付けとするべく、全員がその正面へ陣取り攻撃し続けたのはそういう意味であった。

 

「行けっ! 響っ!」

「お願いしますっ!」

 

 ヴェイグとエルフナインの声援が飛ぶ。それに頷くように拳をきつく握り、響はまるで光の槍のような速度で邪悪龍へと向かっていく。

 

「ベルちゃんを歪めた悪意っ! ここで絶対に倒してみせるっ!」

 

 響の拳が邪悪龍を捉える。が、それが邪悪龍を貫く事はなかった。

 

「ぐっ……」

「残念だったわね。一瞬ヒヤリとしたわ。だけど……」

 

 瘴気を響の突き立てられた拳へ盾のように展開させ、邪悪龍は己を守ったのだ。

 その瘴気が響の輝きを飲み込むように包んでいく。

 

「このまま飲み込んであげる。終わる事のない夢の世界へ連れて行ってあああっ!?」

 

 余裕を感じさせていた邪悪龍の声が絶叫へと変わる。原因はその体へ叩き込まれた八つの攻撃にあった。

 

「今だ響っ!」

「はいっ! うおおおおおっ!」

 

 仁志の声で響のギアが一際強く輝きを放つ。その黄金の輝きが拳を阻んでいた瘴気を消し飛ばした。

 

「そ、そんな……そんな馬鹿なぁぁぁぁっ!」

 

 ダメージによって防御が緩んだ事もあり、それによって一気に響の拳が突き進んだ。

 邪悪龍の体を貫くようにし、光の槍は漆黒の闇を撃ち砕いていく。

 

「これがっ! 撃槍っ! ガングニールだぁぁぁぁぁっ!!」

 

 やがて邪悪龍の体を貫通して響が姿を現した。

 その背後で邪悪龍が光の中へと消えていく。

 

――その力も覚えたわ……。

 

 最後に消えゆく中、不気味な言葉を漏らしながら。

 

 そうやって邪悪龍が光の粒子となって消えて行くのを仁志達は眺め、全てが消えた後もしばらく周囲やお互いを警戒した。

 仁志の危惧していた事が起きないかどうかを確かめるために。だが、心配していたような事は起きず、ならばと一旦来た道を戻る事となった。

 

 悪意が上位世界からやってきた事を踏まえての最終確認である。

 

 その結果、何故か上位世界のゲートである裂け目は消えてはいなかった事を確認出来た。

 

 ただ……

 

「何だか最後に見た時よりどことなく小さくなってねーか?」

「言われて見れば………」

「だとすれば、おそらくですが、星の声がゆっくりと裂け目を直しているんだと思います。一気にやるとゲート全体に何か影響が出るのかもしれません」

「有り得るわ。それぐらい仁志の世界は特殊な世界だもの。それで、どうする? 帰る? それとも、戻る?」

 

 その問いかけに誰もが言葉に詰まる。どちらがどちらだと、そう思ったからだ。

 ゲートへ帰る、なのか。ゲートへ戻る、なのか。それによってマリアの問いかけは大きく意味を持つのだから。

 

 ただ一人、そんな事を意識せず口を開いたが。

 

「俺は帰るべきだと思うぞ。こういう形になったのなら、迷うまでもない」

「仁志さん……」

 

 仁志の言葉はある意味でその場の全員が読めていたものであった。

 

「正直ちょっとだけホッとしてるんだ。最悪を回避出来たから、ね」

 

 その言葉に誰もが同意するように笑みを見せる。

 この時、ヴェイグ以外は知らなかった。仁志が告げた最悪がどういう意味かを。

 

「っと、そうだ。一旦みんなも来てくれ。エルに依り代を渡さないといけないし、その、一旦お別れしないといけないだろ? 最後に写真、撮らせてくれよ」

 

 告げられた言葉へ秘められた想いに響達は気付きながらも、それを分からない風にして笑顔で頷いた。

 

 そして仁志とエルフナインを先頭に裂け目へと入っていく。

 

 どこかで、もう次にそこを通ればもう通る事はないのだろうと思いつつ、誰もが言葉を発する事なく黙ったままで……。

 

 

 

「はい、これ」

 

 俺が差し出したスマホをエルは見つめて動こうとしない。それでも俺はじっと待った。

 

「……兄様、やはりこれは受け取れません」

「どうして?」

「これがないと、兄様が僕らの世界へ来れないからです」

「じゃあ、むしろ余計俺はエルに持ってて欲しいよ」

「え?」

 

 きょとんとするエルの頭を優しく撫でながら俺は目線を合わせた。

 もう、こうして撫でる事もないかもしれない。そうどこかで思いながら。

 

「俺じゃこいつを調べる事さえ出来ない。でもエルなら調べる事も、もしかしたら仕組みを解明する事も出来るかもしれない。なら、どちらが持ってた方が有益かは、賢く強いエルなら分かるだろ?」

「で、でも……」

「それに、エルだけで無理ならキャロルやフィーネ、櫻井了子さんにプレラーティとも協力してくれ。そのためにも、これはエルに持ってて欲しいんだ。ダメか?」

「兄様……」

 

 綺麗な瞳に涙を浮かべるエルに笑顔で頷いて、その小さな手へスマホを、依り代を握らせる。

 

「男に二言はない。エルへこれを貸すって約束しただろ? なら、分かってるよな? 貸したって事は?」

「ぐすっ……返しにきますっ! 絶対、絶対僕がここへ返しに来ますっ!」

「ああ、待ってる。俺も、自分なりに頑張ってみるよ。ゲートは作れないでも、みんながいつ来てもいいように、もう少し広い場所へ引っ越せるようにさ」

「はいっ!」

 

 涙を流しながら笑顔を見せてくれるエルの髪をもう一度だけ撫でる。その感触を忘れないようにと。

 

「さてと、じゃあ撮影するか。さすがにここだと狭いから……」

「いいじゃないか。ここで撮ろうよ。で、次に撮る時はこことは違う場所になってて、みんなで懐かしく思えるようにさ」

 

 さり気無くプレッシャーをかけてくるな、奏は。

 でも、うん、それぐらいの重圧がないと俺はダメかもしれない。

 

「分かった。じゃ……」

「あっ、師匠。どうせならツインドライブギアを展開させて欲しい」

「ギアを? 何で?」

 

 調の思わぬ意見に首を傾げる。見ればみんなも同意見らしい。いや、切歌だけは何かに気付いたように笑みを浮かべてる。

 

「デスデス! その方がいいデス! で、アマルガムデスよね?」

「さすが切ちゃん。私の考えをよく分かってる」

「とーぜんデス! さっ、ししょー、早く早くデス」

「え? ああ、うん」

 

 折角感動のやり取りをエルとしたばかりなのに……。

 

 苦笑するエルからスマホを受け取り、俺は調をアマルガムギアツインドライブへと変える。

 で、調がアームドギアをって……ああ、そういう事か。

 

「出来た」

「デスね」

 

 ロボット形態となったアームドギアが俺の方へ歩いて来て手を差し出した。

 

「この子に撮影してもらおうって?」

「うん。そうしないと師匠が入れない」

「デス」

「そういう事だったのね」

 

 俺がデジカメを渡すとギアロボはちゃんとそれを手に構えてみせた。

 

「おおっ、どうなってるんだ、これ。凄いなぁ……」

「只野さん、感心してないで早くこっちにきてください」

「あ、はい」

 

 未来からややつり目がちに注意され、俺は慌てて中心へと。

 俺の前にエルやセレナが立って、両隣には響とクリス。

 セレナの横には調が立って、エルの横に切歌がいる。

 後列の左端にマリアで、右端は奏。翼は奏の横で、未来がマリアの横。

 ちなみにヴェイグはエルが抱っこしている。

 

「じゃ、撮るね。お願い」

 

 調がそう告げるとギアロボは頷いてシャッターを押した。

 器用なもんだ。そう思いながら俺は笑みを浮かべる。泣くのは、もう少し後だ。そう自分に言い聞かせて。

 

 二枚程撮影してもらい、最後に俺が普段の姿であるみんなを一枚だけ撮らせてもらった。

 

 そして写真撮影が終わると、何とも言えない空気が流れる。

 

 多分だけど、一番近いのは楽しく遊んだ後の別れ際。

 互いにバイバイとかまたなって言い合いながらもそこからあまり離れていかないような、そんな感じ。

 

「みんな、名残惜しいのは分かる。でも、裂け目がいつ閉じるか分からないから早めに」

「分かってます。でも、でもぉ……」

 

 響が泣きそうな顔を見せる。ああ、本当に君は乙女なんだな。

 その本質は、どこにでもいそうな女の子だとこうして関わり合ってよく分かったよ。

 

「大丈夫っ!」

 

 だからこそ、俺は最後まで君達のヒーローであり続けよう。

 サムズアップをし、俺は心からの笑顔を見せる。

 

「一度出来た事なら絶対に出来ないはずはないさ。俺がこの絆を途切れさせたくないと思うように、みんなもそう思ってくれれば、いつか、いつか必ずまた会えるよっ!」

 

 青空のような心の、笑顔が大好きなヒーローにあやかって、俺はそう言い切った。

 

「仁志さん……」

「どこまでも貴方はそうしてくれるんだね……」

「くそっ……最後の最後までヒーローしやがって……」

「本当に、らしいわ……」

「ししょーは、それに相応しいと思うデス……」

「だから、私達も相応しい人で居続ける……」

「そうだね。ああ、そうしようか……」

「お兄ちゃん、絶対、絶対また会おうね……」

「今度会う時は、私達ももっとイイ女になってますから……」

「兄様、約束は果たします……」

「タダノ、またな……」

「ああっ! みんなも元気でっ! 俺も、俺も頑張るからっ!」

 

 その言葉にみんなも笑ってサムズアップを返してくれた。

 それに俺はもっと笑顔を深くする。と、そこで……

 

「仁志っ!」

「っ?!」

 

 クリスが飛び付いてきて、そのままキスをしてきた。

 しかも舌を入れるような、ディープキスを。

 

 あまりの事に驚いて一瞬意識が飛んだぐらいの衝撃だ。

 

「く、クリスっ!?」

「へへっ、ど、どうだ?」

「クリスちゃんズルいっ!」

「へっ!?」

 

 クリスを下ろしたと思ったら、今度は響。こちらは……普通のキス。

 

「響……」

「えへへっ、しちゃいました」

「な、なら私もするっ!」

「は?」

 

 響が離れたら翼が足を踏み出してキスしてきた。こっちはおずおずと舌を入れてくる可愛いキス。

 

「翼、君まで」

「だ、ダメ?」

「ダメじゃないわ。私もするから」

「はいっ!?」

 

 翼を優しく離したところへマリアがカットイン。予想通り舌を入れてくるディープキス。

 

 クリスよりも激しいそれに一瞬意識が乱れる。

 

「マリアっ!」

「いいじゃない、これぐらい」

「これぐらいってなぁ」

「アタシも行くデスっ!」

 

 しれっとしてるマリアへ詰め寄ろうとすると元気よく割って入るは切歌。愛らしいキスは、響と同じ普通のキス。

 

「ししょー、どうデス?」

「あー、ある意味毒気を抜かれたよ」

「それは良かった。次は私だよ、師匠」

「だよなぁ」

 

 切歌の後ろから出てくる調にため息さえ出ない。もう抵抗する気さえ失せた。

 調のも可愛いキス――と思いきや途中で舌を入れようとする変則的なキス。

 

「……調?」

「ちょっとだけ冒険してみた」

「冒険、か。じゃあたしも」

「だと思ったよ」

 

 チロッと舌を出してウインクする調と入れ替わりに出てくる奏。そのまま抱き着くように情熱的なキスをしてきた。

 

 呼吸できないかと思うぐらいのそれに意識が一瞬飛びかける。ちょっと怖くなってきたんだけど。

 

「御馳走様」

「おい。表現」

「今のって何か問題なの?」

「うん、そうだよ。で、セレナ? そう言いながらどうして背伸びをしてるかな?」

「だ、ダメ?」

 

 いじらしく爪先立ちをして俺へキスをしようとするセレナにこっちの心が折れた。

 そっと抱き寄せるようにキスをして、少しだけゆっくりと離れる。

 

「……お兄ちゃん、私、嬉しい」

「そうか。それは良かった」

「じゃあ、最後までやってくれますよね?」

「ここまで来て未来だけしないなんて俺が嫌だっての」

 

 ややむくれている未来を抱き締めるようにするや、向こうからキスされた。

 しかもディープ!? 予想だにしない行動に一瞬意識が乱される。

 

「……未来?」

「只野さんが悪いんですからね。私だって女、なんですよ?」

「まぁ、それは……」

「あ、あのっ」

 

 と、そこで聞こえる可愛い声。目を向ければエルがやや赤い顔でこっちを見上げてる。

 

「ぼ、僕もした方がいいんでしょうか?」

「……頬にお願いしようかな。俺もそうする」

「あっ、はいっ!」

 

 エルの前にしゃがんでまずはこっちが頬へキス。その後にこっちの頬へ軽く触れる温もりがあった。

 

「ど、どうですか?」

「うん、すっごく幸せだよ。ありがとな、エル」

「僕もです。兄様、お元気で」

 

 可愛い笑顔でそう言ってくるエルに、涙が流れそうになるのをグッと堪えていると感じる視線。

 目を向ければヴェイグがエルの腕の中からこっちを見ていた。

 

「タダノ、さすがに俺はしないぞ」

「俺も出来れば遠慮したいよ。ただ、これぐらいは、な?」

 

 そっとヴェイグへ右手を差し出す。それを見て、ヴェイグも意図を分かってくれたらしく、静かに顔を上げると頷いてくれた。

 

「そうだな。これぐらいはしよう」

 

 ヴェイグと握手をする。俺にとっての隠れた相談相手であり、全てを打ち明けられた大事な友人へ、沢山の想いを込めて。

 

 そしてその後すぐにみんなはギアを纏ってゲートへと消えた。エルは依り代を持ってマリアに抱えられるように。

 

「……行った、か」

 

 静かになった室内を見回し、ゲートが心なしか穏やかになったような気がしたところで、俺は膝から崩れ落ちた。

 

「は、ははっ……思ってたよりも、くる、もんだ、な……っ!」

 

 耐えていたものが一気に溢れた。なけなしの大人成分はどうやら尽き果てたらしい。

 声もなく泣いた。いや、声が出せない程に泣いた。

 分かっていたはずなのに、覚悟していたはずなのに、それでも、それでも足が震えるし、視界は滲むし、頭は痛いし、最悪だ。

 

「ぐっ……うぅぅぅぅぅっ!」

 

 何とか出せてもうめき声にしかならない。今まで俺を支えていた糸のようなものが、何か大事なものが切れたような、そんな気さえしてくる。

 

 どれぐらいそうしていたか分からない。十分なのか、一時間なのか、もう時間の感覚さえ曖昧だ。

 全身から力は抜け、何もする気にもなれない。だけど、それじゃダメだ。ダメなんだ。

 

「生きるのを……諦めるなっ!」

 

 この言葉に助けられるのは二度目だな。でも、その言葉を言っていた存在に会えたんだ。喋って、触れ合って、抱き合った。

 

「愛と勇気は言葉……っ! 信じられれば力ぁっ!」

 

 無理矢理起き上がる。そうだ、寝てなんかいられない。

 俺はまたみんなと会うって決めたんだ。次に会う時はこの部屋じゃなく、もう少し広い場所で会うって約束したじゃないか。

 

「……うし、オーナーに会いに行こう。理由は……突発的に外国に行こうと計画したんですけど、パスポートが間に合わずに断念しましたって言おう。ある意味で間違ってないし」

 

 そうと決まれば善は急げだ。今日は休みだから、ゆっくりオーナーと話すなら今日しかない。

 

 財布や鍵を持って俺は部屋を出ようとして、ふと慣れた重さには何か足りない事に気付く。

 

「……返しに来てくれるのを、楽しみに待つか」

 

 娘のように思っていた少女の顔と言葉を思い出して、俺は今度こそ部屋を出る。

 鍵を閉めて向かうは店だ。その後は一旦帰ってきて飯を食べて、デジカメのデータを現像してもらうために写真屋へ行って……やらないといけない事もやりたい事もいっぱいあるな。

 

「うん、例えもう会えないとしても、だとしてもの精神で頑張ろう」

 

 次に会った時、少しでも今よりカッコイイと言ってもらえるように。

 

 それにしても、妙に体が怠いな。原因は、緊張の糸が切れた事と泣き疲れかな?

 そんな情けない事は認めたくないんだが……あんなに泣いたのは久しぶりだし、有り得なくもないか。

 

 

 

 ゲートの中を行く響達。その表情は誰もが暗い。

 

「……仁志さん」

 

 原因は言うまでもなくつい先程まで共にいた一人の男性。

 いつの間にか皆の中心となり、彼女達を支え続けた、ただの人。

 

「立花、気持ちは分かるが今は本部へ戻り司令達の無事を確認する事が必要だ」

「はい……」

「私達もそれぞれの世界へ帰る前に顔を出した方がいいですよね?」

「まぁそうだろうね。まだ一人で動くには早いと思うよ」

 

 セレナと奏の世界へのゲートも無事出現している事は確認したが、まだ単独行動をするのは危険と判断していたのだ。

 

「でも、良かったデスよ。ししょーとすぐにお別れって事にならなくて」

「うん、そうだね。やっぱりゲートは星の声が作ってくれたんだ」

「こうなるとその可能性が高いでしょうね」

 

 現状唯一と言っていい好材料がそれであった。

 悪意を倒しても裂け目がすぐに閉じなかった事。それが意味するのはそういう事だったのだから。

 

「にしても、呆気なかった気もするな」

「そうだね。でも、それだけリビルドギアツインドライブが強かったんだと思うよ。だって、強さだけならエクスドライブだし」

 

 悪意との決戦は想像よりもあっさり決着がついたと、そう誰もが感じてはいた。

 ただ、それは未来の言う通りリビルドギアツインドライブの力あっての事だと思っていたのだ。

 

「あっ、見えてきました」

「ああ」

 

 根幹世界へのゲートが、ギャラルホルンが見えてきた事で誰もの顔に笑みが浮かぶ。

 これで今回の事件は一応の終わりを迎えたと、誰もが思っていた。

 

――さぁ、今こそ咲く時。その内に秘めた想いを、ぶつけてしまえ……。

 

 密かに植え付けられた呪いが動き出す。

 クリス、奏、マリア、未来。半数近くの装者へ仕込まれた、悪意の蕾が一斉に花開いていく。

 それに気付く間もなく、久しぶりの本部へと降り立った響達。だが……

 

「ど、どういう事?」

 

 そこで見たのは、何故か未だ時間の停止した世界だった……。




只野の予想通り、悪意は厄介この上ない手段を取りました。
自身のバックアップをあちこちに残す事が一つです。

時間停止が解除されていない根幹世界で、一体響達はどうなるのでしょうか?
そして只野の運命は?

次回“ルミナスゲイト”にご期待ください。
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