シンフォギアの消えた世界で 作:現実の夢想者
でも、もう少しだけお付き合い頂ければ幸いです。
それと、前話の途中から分岐するアナザーを投稿しました。
こちらの展開が辛いと感じたり、嫌だなぁっと思った方はそちらを是非読んでやってください。
こちらhttps://syosetu.org/novel/228962/です。
「時間停止が……解除されていない?」
「ど、どういう事でしょうか? たしかに悪意は倒したはずです」
翼さんの疑問にエルちゃんも続く。私も同じ気持ちだ。
たしかに、たしかにこの手で悪意を倒せたはずなのに……。
「も、もしかしてまだ悪意が生きてるデスか?」
「そんな事ないと思いたいけど、この感じじゃ……」
切歌ちゃんと調ちゃんが不安そうな顔を見せた。
そうだよね。だって、今は仁志さんは一人だ。もし悪意が生きてたら、仁志さんが危ない。
「翼さんっ! せめて半分ぐらい仁志さんの世界へ戻った方が!」
「そう、だな。なら」
「待ってください」
私の言葉で翼さんが考えようとしたところへ、待ったをかける声が聞こえてきた。
顔を向ければ、そこには未来が立っている。ただ、何故か顔を俯けた状態で。
「待てとは、どういう事だ? 説明してくれ小日向」
「そのメンバーが、こっちに戻ってこれるって保障はありますか?」
「「「「「「「え(は)?」」」」」」」
未来の言葉にマリアさんと奏さん、クリスちゃんを除いた全員が疑問符を浮かべる。
ど、どういう事? 戻ってこれる保障って、そんなものは……
「ねぇよ。ある訳がねぇ」
「そうだね。そもそも裂け目は閉じ始めてた。今から行けば通る事は出来るだろうけど、それがいつまで続くかは分からない」
「そうなると、今から仁志の下へ行く人間は最悪そこへ残り続ける事となるわ」
三人の言葉にハッとなった。もしかして、未来はそれを察して今の言葉を言った?
「し、しかし、この状況は明らかにおかしい。悪意を倒したのなら、この時間停止は解除されているはずだ」
「どうだろうね? あたしは、これはあたし達の問題だと思うよ」
「私達のって、どういう意味ですか?」
「デスデス」
奏さんへ調ちゃんと切歌ちゃんが詳しい説明を求めると、奏さんはどこか怖い顔で私達全員を見回した。
「この中に、仁志先輩の世界でずっと暮らしたいって思ってる奴がいるんじゃないか? その気持ちが依り代の力を弱めて、ここの時間停止を解除させないんじゃない?」
思わず、息を呑んだ。だって、その気持ちが少しもないかって言われたら、私は首を動かす事が出来ないから。
「それ、貴方が言うの?」
「あ?」
そんな時、マリアさんが鋭い視線を奏さんへ向ける。
それに奏さんも似たような視線を返した。
「誰よりもそう思ってるのは奏、貴方でしょ? だって、貴方は自分の世界で唯一の装者。セレナと違ってヴェイグのような存在もいない。本当に心を許せる相手もおらず、孤独に戦い続けるしかないもの」
「言ってくれるじゃないか。それで言えばあたし以上に向こうへ残りたいのはお前だろマリア。こっちじゃあんたは大人気の歌手で、しかも世界を守った救世主だそうじゃないか。ただの女でいられて、しかも自分の過去を知った上で受け止めてくれる仁志の傍にいたいって思ってるだろっ!」
「なんですってっ!」
「奏っ! 落ち着いてっ!」
「止めてください姉様っ!」
初めての二人の剣幕に私やセレナちゃん、切歌ちゃんに調ちゃんは言葉を失っていた。
クリスちゃんの時なんか比じゃない。これが、これが本気の女のぶつかり合いなんだって、そう思って。
「はっ! 今ので答えが出たじゃねーか。要は、だ。年長二人が揃って仁志と一緒にいたいって思ってるからこうなってんだろうが」
「クリスちゃん……」
マリアさんと奏さんをどこか呆れるように見つめながら、クリスちゃんはそう言って大きくため息を吐いた。
それに二人の目付きが吊り上る。ううっ、凄く怖い……。見れば切歌ちゃんと調ちゃんは抱き合うようになってるし、いつの間にかエルちゃんをセレナちゃんがその腕の中で抱き締めてる。
「仁志があたしらを信じて送り出してくれたんだぞ? なのに、いつまでもうじうじと未練たらしく……」
「クリスっ! それを貴方が言うのっ!」
「そうだよっ! あんただって悪意に操られただろっ!」
「だぁから言ってんだろうが。いいか? 今あたしらがやるべきは、一刻も早く本部を元に戻して、エルの奴に依り代を研究してもらう事なんだよ。で、可能なら平行世界からキャロルやフィーネを呼んで、それに手を貸してもらうんだ」
クリスちゃんの意見は、分かる。私もそうするべきだと思うし。
でも、でも何だか今のクリスちゃん、昔に戻ったみたいだよ。
触れるものを全部傷付けて、壊しちゃいそうな、そんな感じがする。
「こんな事も分からねぇとは……仁志と再会する資格なしだぜ」
「「っ?! クリスっ! 貴方(お前)っ!」」
「っ!」
「「「「「「「っ!?」」」」」」」
マリアさんと奏さんがアームドギアを握り締めると同時にクリスちゃんも銃口を二人へ向けた。
「やんのか? いいぜ、あたしは。いっぺんガツンとやられねーと分からねえみたいだしな」
「はっ! ……それはこっちの台詞だよっ!」
「そうね。今のは黙っていられないわ……っ!」
三人の表情が、その、戦ってる時みたいになってる。
目の前の相手を絶対許せないって感じの、顔つきになってる。
あまりの事に私だけじゃなく翼さんさえ動けないみたい。切歌ちゃん達なんて泣きそうだ。
「そこまでにしてくださいっ!」
今にもぶつかり合いそうだった中へ、未来が険しい顔で割って入った。
「どうして、どうして仲良く出来ないんですか? なんで、なんで揉めるの? 只野さんが望んでた事は、願ってた事は、こんな事じゃないっ!」
「「未来……」」
私とヴェイグさんの声が重なる。
「「「「「未来さん……」」」」」
エルちゃん達も同意するみたいに安心したような声を出した。
「小日向の言う通りだ。マリア、奏、雪音も、まずは武器を下ろしてくれ。今私達がするべきは内輪揉めではなく、急ぎ上位世界のゲートを確認しに行き、そして他の世界もここと同様なのか確かめる事だ」
翼さんの意見に私は頷いて、クリスちゃんへと駆け寄ろうとした。だけど……
「翼さんも、どうして私の言葉を分かってくれないんですか?」
「は?」
未来が険しい顔のまま翼を見た。それに翼さんも小さく驚きを見せるみたいに瞬きをする。
「み、未来? どういう事? 翼さんは」
「だから、只野さんの世界へ近付いたら、戻ってくるのを嫌がる人出て来ますよって、そう私は言ってるの」
そう言うと未来はマリアさんと奏さんへ顔を向ける。
「そこに、そういう事言いそうな人が二人いますし」
「「っ!?」」
「小日向っ! お前も煽るのかっ!」
「いいえ? 今のは事実を言ったまでです。なので、マリアさんと奏さんは本部に残ってもらって、クリスは響や翼さんと一緒に動いてもらえませんか? エルちゃんは切歌ちゃんや調ちゃん、それにセレナちゃんと一緒にここで待機って形がいいと思うんです。そうすればマリアさんも大人しくしてくれるはずですし、奏さんは私がしっかり抑えますから」
未来の言葉はさっきの事を考えると納得出来る事だった。
翼さんもそう思ったんだろう。小さく息を吐いて頷いていた。
「分かった。立花、雪音、私達で確認作業を行うぞ」
「はい」
「ああ」
何だかさっきまでの一体感が嘘みたいに消えて、どこかギスギスした空気が漂ってる。
でも、未来やエルちゃん達がいればマリアさんと奏さんももうケンカしないよね?
そう思って私は翼さんの後を追うようにギャラルホルンへと入った。
「ん? 雪音はどうした?」
「え?」
言われて振り返るとクリスちゃんがいない。って、そう思ったらクリスちゃんが出て来た。
「雪音、どうした?」
「ああ、あの子に注意されたんだよ。言葉には気を付けろって」
「未来らしいなぁ」
「そうだな。では行くぞ」
翼さんを先頭に私とクリスちゃんも動き出す。
さっき通った道を行くんだけど、何だろうな? さっきと今じゃ、心の沈み方が違う。
さっきは寂しさで沈んでたけど、今は悲しさで沈んでる。マリアさんと奏さんがあんなに睨み合うなんて……。
「翼さん、さっきの事なんですけど、マリアさんと奏さんってもう少し大人だったと思うんです……」
「ああ。私も正直驚いている。たしかに揉める事はあったが、あそこまでは見た事がなかったからな」
「そうなんですか?」
意外だった。翼さん、マリアさんと奏さんが揉めるところを見た事あるんだ。
「揉めるとは言っても、酒が入った席での口論だ。仁志さんもいたし、そちらへのアピールも兼ねていたと思う」
「ああ、そういう事ですか」
じゃ、さっきのとはかなり意味が違う。さっきのは、その、本気で相手が憎いみたいな感じが、した。
もし未来が割って入らなかったら、クリスちゃんを交えた三人で戦い始めてたって、そう思うぐらいに。
「さっきのは、良くない感じですよね」
「そうだな。奏もマリアもそういうところはしっかり線引きを出来ていると思っていたんだが……」
「だからこそ緩んだんじゃねーのか? 悪意を倒して、仁志と別れて、それまでの重圧やら何やらが吹き飛んだんだよ」
「雪音、お前の意見が事実ならば、何故あの時あんな挑発的な態度を」
「じゃあ聞くがな先輩。悪意や仁志絡みで平然としてられる奴があそこにいるか? それに、今までの事で色々と重荷を背負ってきたのはあの二人だけじゃねぇ。なのに、真っ先に年長同士が揉めてどうするってんだ。せめて後輩二人とかだろ」
その静かに怒りを秘めた言い方に私も翼さんも言葉がなかった。
クリスちゃんも、きっとマリアさんや奏さんみたいに叫びたかったんだ。
だけど、それは自分だけじゃないって思って必死に耐えてた。
そこへさっきの事が起きたから、色んな意味で悲しみと怒りを込めてあんな言い方をしたんだ。
「もうこの話は止めにしようぜ。今は片付けないといけねぇ事があるしな」
それを最後にクリスちゃんは黙り込んだ。翼さんも何も言わず、黙って仁志さんの世界へのゲートを目指す。
やがて裂け目が見えてきた。けど、やっぱり今までより少し小さくなってると思う。
「翼さん、これ……」
「ああ。ゆっくりだが確実に閉じていくだろう。どれぐらいで完全に閉じ切るかは分からないが……」
「結局、現状だと行き来出来なくなるのも時間の問題ってとこか。それがどれくらいかも……分からねーな。で、どうすんだ?」
「今回は確認だけだ。それよりも他の平行世界の」
「今なら、あたしらだけで戻れるぞ?」
一瞬、クリスちゃんが何を言ってるのか分からなかった。
翼さんと同時に顔を動かすと、クリスちゃんは……笑ってた。
「今戻れば、あたしらだけ仁志の傍だ。なぁ、思い出せよ。あの部屋で仁志と共同生活したのは、あたしらだけなんだ」
「く、クリスちゃん、それはダメだよ」
「どうしてだ? もし悪意が実は生きてるってなってみろよ。確実真っ先に狙うのは仁志だ。ノイズを送り込まれたら、今の仁志は身を守る術がないんだぞ。依り代はエルが持ってる。どうやって助かるんだ?」
「「っ!?」」
心臓を掴まれたような感覚がした。いつかの誕生日会の光景が、気持ちが、甦る。
あのライブの日に見た人が炭になっていく光景。何も出来ずに見てる事しか出来なかった無力感。それらが一気に押し寄せる。
そうだ……そうだよ。奏さんの意見が正解なんて誰にも分からない。むしろ悪意が実は生きてるって方が納得出来る。
「翼さん、どうしたらいいんですか? クリスちゃんの意見も、否定出来ないです」
「そ、それは……」
「あたしがどうしてこのタイミングで言ったか教えてやろうか。それはな、あそこで言ったら余計揉めたからだ。絶対行きたがる奴ばっかだろ? でも、もうあっちで大勢での生活は出来ないんだ」
そうだった。翼さん達のアパートも、マリアさん達のお家も、私達の部屋だって解約しちゃった。
それだけじゃない。家電製品は一部を売って、残りはギアを使って燃えないゴミに出したし、家具なんかもほとんど処分してる。
「ところが、だ。布団とかの一部は仁志の部屋に運んだだろ? まだ使えるし、あっても困らないからって」
「「ぁ……」」
そうだった。しかも布団はとりあえず全員分残ってる。
「仁志のとこには人数分の布団が残ってる。な? あたしらはまたあの部屋で生活出来るんだ」
クリスちゃんがそう言いながら私と翼さんの後ろへ回り込んだ。
そして、両手を私と翼さんの肩へ置いて顔を耳元へ近付けてくる。
「一度戻ったら、この三人でこうしてゲートまで来るのは難しいぜ。それに布団はあっても部屋はそこまで広くない。数が多いとまた仁志が大変になっちまうんだ」
それは……そうだけど……。
「先輩、家事上達したんだろ? なら、それで仁志を支えてやってくれよ。妻、みたいにさ」
「妻……私が、仁志さんの……」
「なぁ響、あたしと響はオーナーからいつでも戻ってきていいって言われてんだ。なら、当面の仕事は確保したようなもんだろ。仁志を助けてやろうぜ」
「仁志さんを……助ける……」
クリスちゃんの声を聞いてると、何だか頭がフワフワしてくる。
まるでそれが一番いいみたいな、そんな感じに思えてくる……。
「また三人で仁志を支えて暮らしていこうぜ……。そして、明るく、楽しく、幸せになるんだ……」
「「明るく、楽しく、幸せに……」」
ああ、仁志さんと一緒にいられる。また、また一緒に、一緒に暮らせるんだ……。
「ダメですっ! 今のクリスさんの言葉に耳を貸してはいけませんっ!」
「「っ?!」」
突然聞こえた大声に顔を動かす。そこにはエルちゃんがいた。
「え、エルちゃんっ?! どうしてここに!?」
「雪音の言葉に耳を貸すなとはどういう意味だっ!?」
「今のクリスさんにはイグナイトギアのアイコンがありますっ!」
「「っ!?」」
それが意味する事を理解するや、弾かれるように私と翼さんはクリスちゃんから距離を取る。
「ふふっ、ふふふ、あはははは……」
それを受けてクリスちゃんは、俯いて笑ってた。その声は、たしかにクリスちゃんなのに別人みたいに聞こえる。
「少々咲かせ過ぎたか。それに私の事を察知する機能がある事を忘れてたわ」
「っ、口調が雪音ではない!」
「まさか、本当にっ!? でもどうして!?」
「姉様と奏さん、そして未来さんにもイグナイトギアのアイコンがありましたっ! それを依り代が教えてくれたんですっ!」
「っ!? 未来達にもっ!? じゃあ!」
「お姉ちゃん達はっ! 僕とヴェイグさんを逃がすために姉様達と戦闘中ですっ!」
悲しそうな顔で叫ぶエルちゃんに胸が痛くなる。きっとセレナちゃん達、エルちゃん達を逃がすために必死に動いたんだ。
だって、戦うべき相手はマリアさんや奏さんに未来。きっと切歌ちゃん達にとっては今までで一番辛い相手だもん。
それでも、妹みたいなエルちゃんだけは逃がそうって、そう思って……。
「まさか……先程の衝突もこの状況も全て悪意の企みかっ!」
「あははははっ! 今更気付いてももう遅いわ。その端末を押さえられなかったのは想定外だけど、まぁいい。どうせ結末は変わらない」
そう言ってクリスちゃんは、ううん悪意はアームドギアをこっちへ向けた。
私は咄嗟にエルちゃんを守る様に動く。依り代があるって言っても、どうなるか分からないから。
「エルちゃん、大丈夫だよ。絶対、絶対守るからね」
「はい、信じてます。響さんは、嘘は言いませんから」
「……うん」
背中に感じる小さな温もり。
……あったかい。これがあれば、私はどんな時だって、どんな相手だって戦える!
「雪音を返してもらおうっ!」
「返す? ああ、勘違いしてるみたいだから教えてあげる。これはね、いつかのような強引な乗っ取りではないの」
「どういう意味だっ!」
「そうね。お前達に分かるように言うなら…………シェム・ハとやらと同じよ」
「「「なっ!?」」」
告げられた名前に私だけじゃなくて翼さんとエルちゃんも驚く。
ど、どうして悪意がシェム・ハさんの名前を? クリスちゃんの記憶から引っ張り出したっ?!
「つまり、雪音は望んでお前と一体化していると言うのかっ!」
「以外に聞こえたかしら?」
「っ!」
クリスちゃんがそうだって事は、未来達もそういう事って意味、だよね。
信じられないけど、分からない訳じゃ、ない。きっと仁志さんを利用したんだ。
「現に、今のあたしは普通のギアを纏ってるぜ。イグナイトじゃない、通常の状態の、な」
「くっ、雪音で
翼さんがアームドギアを握ってクリスちゃんへ、悪意へ斬りかかった。
「先輩っ! 止めてくれよっ!」
「手中で踊るものかっ!」
「あら、躊躇なく攻撃するのね。あの三人は多少躊躇ったのに」
「何だとっ!」
「本当ですっ! 今のように姉様達の口調で動揺を誘ってきたんですっ!」
「っ! 卑劣なぁぁぁぁっ!」
「翼さんっ!」
悪意を押しやる様に戦う翼さんを見て、私も加勢しようと思って拳を握る。
「立花っ! お前はエルを連れて上位世界へ、仁志さんの下へ行けっ!」
「っ!? でもっ!」
「行けっ! そして、態勢を整えられるまでゲートを閉じろ! 悪意が邪魔出来ないようにっ!」
「そんなっ! そうしたら翼さん達がっ!」
「私達の事は気にするなっ! 今はっ! 少しでも、悪意を倒せる可能性をぉ! 残すべきだっ!」
「翼さん……」
悪意のアームドギアの攻撃を弾いたり、斬り裂いたりしながら翼さんは私へ言葉をかけてくれた。
「絶対っ! 絶対助けにきますっ!」
流れそうになる涙をこらえて、そう強く言い切った。この約束は、絶対に果たすんだって心に誓うように。
「それでこそ立花だっ! さあっ! 早く行けっ!」
「行かせるものかぁぁぁっ!」
「押し通させるっ!」
悪意の放ったミサイル攻撃を翼さんが無数の刃で迎え撃つ。
その爆発を背に、私は短く息を吐いた。振り返るものかと、そう心へ言い聞かせて。
「エルちゃんっ! しっかり掴まっててっ!」
「はいっ!」
「いっくぞぉぉぉぉっ!」
両腕の推進力で一気に加速してゲートへと向かう。
振り返りたかったけど、一度として振り返らずに。
あの時は事故で吸い込まれた場所へ、今度は意図して飛び込んでいく。
その背中に感じる、小さな温もりを守るために。
仁志さん、再会がこんな形になって落ち込むかな。
もしそうなったら、私とエルちゃん、それとヴェイグさんもいるから、三人で励ましてあげよう。
でも、まずは私が泣かないようにしないと。せめて泣くとしたら、エルちゃんが泣いた時に一緒に、だ。
「ゲートですっ!」
「このまま飛び込むよっ!」
裂け目へと飛び込んだ次の瞬間、私の目の前には見覚えのある景色が広がった。
って、このままじゃ天井へぶつかる!
慌ててギアを解除して天井への衝突を避ける。
ただ、ドシ~ンって感じで着地する事になっちゃって足が痺れる……。
「あっ、そうだ! ゲートを閉じないと!」
「もうやったぞ」
振り向けばヴェイグさんがノートPCにぶら下がってた。
多分だけど落ちた時に掴まって、その勢いでそのまま閉じたんだと思う。
そしてエルちゃんは……カーペットに突っ伏してる!?
「わわっ、エルちゃん大丈夫!?」
「は、はい。着地の衝撃で手を離してしまっただけですから」
「そこで俺も飛び出たんだ」
「そ、そうなんだ。でも、二人に怪我がなくて良かったぁ……」
ホッと一安心。でも、仁志さんいないみたい。
時計は……ないんだよね、この部屋。
痺れも取れたから窓へ近付いてカーテンを開けると、外は陽射しが出てる。
少なくても夕方とかではないね。あれからそんなに時間経ってないといいんだけど……。
「どこかお出かけしてるのかな?」
そう思ってカーテンを戻そうとした時だった。
ドアから鍵を開ける音が聞こえたんだ。弾かれるみたいに顔が勝手にそっちへ向く。
「あー、疲れた。今日が休みで良かったよ……」
そこにいたのは、私の大好きな、初恋の人。もう会えないかもって思いながら別れたはずの、大事な人っ!
「仁志さんっ!」
「兄様っ!」
「タダノっ!」
「へ?」
私達の声に顔を上げた仁志さんは、私の良く知る仁志さんだった。
思わずその場から駆け出して抱き着く。そこへエルちゃんとヴェイグさんも合流。
「え? え? 響? それにエルとヴェイグも? ど、どうしたんだ? 忘れ物でもあった?」
「実は、実はぁ!」
仁志さんの声を聞いてたら安心しちゃったのか、勝手に涙が浮かんできて涙声になった。
エルちゃんも泣き出したもんだから二人で泣いちゃって、仁志さんが優しく抱き締めて背中を擦ってくれた。
少しして仁志さんがゆっくりでいいから何があったか話してくれるかって、そう優しく言ってくれて、私はエルちゃんと何があったかを話していくと、仁志さんの表情がどんどん険しくなっていった。
「……そうか。つまり、悪意は潜伏して決起したって事か」
「はい……。だから依り代を持ってる僕にヴェイグさんが入って、兄様のところへ逃げてって、お姉ちゃん達が……僕を……っ」
「エルちゃん……」
率先して動いたのはセレナちゃんだったみたい。一番優しくて戦う事が嫌いなセレナちゃんが真っ先に動いたから、切歌ちゃんと調ちゃんも何とか動く事が出来たって、そうエルちゃんは教えてくれた。
「セレナは、真っ先にマリアへと向かっていった。それを受けて切歌と調も動いて未来と奏を相手に出来たんだ」
「グスッ……はい。ツインドライブさえ出来れば、僕が依り代を使えれば、姉さんと、お姉ちゃん達と一緒に戦えたのに……」
俯いて小刻みに震え始めるエルちゃん。それを見て仁志さんがその体を抱き締めた。
「自分を責めるなエル。出来ない事を出来ればと悔やんだって仕方ないんだ。それよりも、今の自分に出来る事を一生懸命やればいい。それが、成長に繋がるんだよ」
「兄様ぁ……」
「こうしてエルが来てくれたおかげで、最悪の結末は避けられたじゃないか。これが響だけじゃ、俺は何も出来なかったんだぞ。エルが依り代と一緒に来てくれたおかげで、今後の事を考える事が出来るんだ。エル、君は無力なんかじゃない。大事な、大事な力の一つで、かけがえのない存在なんだから」
「うん、そうだよエルちゃん。私と仁志さんだけじゃ分からない事だらけだし」
「俺もそう思うぞ。だからエル、元気を出せ。泣いてる顔より笑ってる顔の方が俺は好きだ」
「響さん……ヴェイグさん……」
「さぁ、涙は拭って。ね? 笑顔、見せてくれないかな?」
泣き顔のエルちゃんだけど、その涙をそっと指で拭ってあげた。
そして私が笑顔を見せる。それがエルちゃんの笑顔に繋がるといいなって、そう思って。
「……はいっ!」
「うん、イイ笑顔だよ。ね、仁志さん」
「ああ、とても可愛くて元気になる笑顔だ。ヴェイグもそう思うだろ?」
「そうだな! エルはやっぱりそうしててくれないと困る」
まだ涙声だけど、ちょっとだけ涙が見えるけど、それでもエルちゃんは笑ってくれた。
この笑顔を守りたい。もう、この顔を泣き顔なんかにしたくない。そう心から思って私は頷く。
翼さん、絶対助けに行きます。今すぐは、さすがに無理だけど、出来るだけ早く合流しますからね。
まさかの事態に俺は頭を抱えたくなった。
いや、だってつい数時間前に二度と会えないかもと別れた相手が戻ってきたんだ。
どこのバックトゥザフューチャーだよ、これ。次は未来に行く流れか?
なんて、そう馬鹿げた事を思ってないとどうにかなりそうだ。
悪意がよりにもよって生きてて、しかもクリスを始め、マリア、奏、未来と同化してるとか、悪夢以外の何物でもない。
おまけに響はこっちでバイトを辞めたばかりに近いし、エルは働けない。
ここで共同生活するにも、シャワーのないここじゃ女の子二人を住まわせるには心苦しい。
「……背に腹は代えられない、か」
幸いオーナーからは駐車場の使用を許可されてるし、両親は以前の事で響が俺の彼女だと思い込んでる。
なら、いっそ利用させてもらおう。今は少しでも普通の生活で精神面を癒すべきだ。
「みんな、少し休んだら出かけよう。いや、ある意味で引っ越しか」
「「「え?」」」
揃って疑問符を浮かべる三人へ、俺は深呼吸してから告げる。
「三人がこれから住む場所へ行くんだ」
そう言って俺は響達と一緒に最寄駅へと向かい、いつかドライディーヴァと共に来たあの駅へとやってきていた。
ここで普通に乗り換えて実家に一番近い駅へ行こうと思う。あの時はここから十分強歩いて実家へ行ったが、エルの足じゃそれは結構大変だ。
でも実家の最寄駅なら歩いて十分はかからない。それならエルの足でも、ここから歩くよりは疲れないはずだ。
「あの、仁志さん。どこへ行くんですか?」
「響は一度行った場所」
「私は一度行った?」
「兄様、ここで乗り換えですか?」
「そう」
ちなみに俺の片手にはエル用の荷物が、響の片手には彼女用の荷物がある。
燃えるゴミとして何回かに分けて捨てるはずだった物だ。
何というか、ある意味当日で良かった。これが一か月も後なら彼女達の服や下着などを買い直す羽目になっていたぞ。
そうして電車を待つ事数分、やってきた普通に乗り換えて一つ隣の駅へ。
そこから歩いてしばらくすると、響が何かに気付いたように驚いた声を出した。
「あっ!」
「ん? 何だ? 何かあったか?」
「どうしました?」
「え、えっと、何て言うか……。仁志さん、あれってまさか……」
「そういう事。とりあえず行こう」
「は、はい。エルちゃん、ヴェイグさん、後で教えるね」
「分かりました」
「分かった」
見えてきた建物で響も分かったのだ。俺がどこへ行こうとしているか。
階段を上り、一番上の三階へ。向かって右側のドアの鍵を開けると靴が一足。
「……母さんか。丁度いい」
おそらく夜勤明けか、休みだったのかもしれない。
正直母さんさえ説得ないし納得させられれば父さんは何とでもなる。
「ヴェイグ、いいって言うまでは黙っててくれよ?」
「ああ」
「兄様、ここは? 鍵を持ってるって事は、兄様の新しく借りた部屋ですか?」
「それはちょっと違うな」
「あの、仁志さん。いいんですか?」
「状況が状況だ。もうなりふり構ってられないよ」
ここがどこかを分からないエル。分かっているからこそ不安そうな響。
そして、エルの腕の中でしばらく黙るヴェイグ。
今、俺が守らないといけない存在だ。だが、悲しいかな今の俺ではどうにも出来ない。
シャワーや風呂がある部屋へは引っ越せないし、探してやるのも厳しい。第一、響一人じゃ家賃が払えない。
三人を連れて正面のドアを開けてリビングへ入ると、ソファに座ってテレビを見ている母さんがいた。
「ん? 仁志?」
「ただいま。ちょっと話があるんだけど」
「話? って、そっちの女の子達は?」
「紹介するよ。こっちはこの前、俺が部屋に連れ込んでた子だ」
「は、はじめまして。立花響って言います!」
「で、こっちは響の大事な友人。エル、自己紹介して」
「あ、はい。エルフナインです。エルって呼ばれてます」
「はぁ……」
突然の事に理解が追いつかないって感じだな。さて、ならここからか。
「母さん、悪いんだけどしばらく彼女達をこの家に下宿させてやってくれないか?」
「「「ええっ!?」」」
見事に母さんと響にエルの声が重なった。
でも、これしかない。ここなら家賃を払う事もないし、俺がある程度金を出す事で食事や洗濯などの最低限の事が揃った生活が送れる。
「頼む。信じてもらえないかもしれないけど、彼女達は色々と込み入った事情持ちなんだ。俺の部屋は、トイレはあってもシャワーとかない。そこで彼女達と同居なんて色んな意味でアウトだ」
「そりゃそうだけど……て言うかね? それ以前の問題でしょ」
「分かってるよ。その、俺が小さい頃好きだったヒーロー物、覚えてるか? 変身じゃなくて装着するやつ。重甲って言ったりするあれ」
「覚えてるけど、それが何? いきなり話を変えないの」
よし、これでいい。
「響、ギアを」
「え? で、でも」
「ここは君の世界じゃない。ギアを見ても守秘義務はないし、見せていけない決まりもない。何より、実物見ないと信じられないよ」
「そ、それはそうかもしれませんけど……」
「ちょっと、その子困ってるじゃない。何をさせるつもりか知らないけど、無理矢理はダメだって教えたでしょ。そんな事だからその歳になっても彼女が出来ないんだわ」
「それは関係ない、とは言い切れないけど黙っててくれよ」
実際は無理矢理色々して欲しいって女性もいたとは口が裂けても言えない。
マリアとか奏とかが主にそれ。パッと見た感じが強気で男に対して負けないって言いそうな女性なのに、惚れた男にはとことん甘いというか弱かったよなぁ。
「響さん、ここは兄様の考えに従いましょう」
「兄様?」
「えっと、エルはもう実の家族がいないんだ。それで俺の事をそう呼んでくれてる」
「…………あんた、捕まるような事してないでしょうね?」
「大丈夫だから。ロリコンじゃないから。てか、それだったらここへわざわざ連れてくるかっての」
実の息子をまるで犯罪者を見るかのような目で見てくる母親ってどうだよ。
だけど、まぁ、一般的に言えば、金髪の可愛い少女が、縁も所縁もなさそうな黒髪の三十男を、兄様って呼ぶ、なんて多少偏見の眼差しを向けるのも当然か。
「あ、あの、少し見ててもらっていいですか?」
「え? ああ、はい。ごめんなさいね」
何故響には笑みを見せるんだよ、おい。
むしろ息子へ見せろ、その笑顔。外行きの笑顔か、それ。もしくは業務用か。
そこへ聞こえるは響の聖詠。で、展開されるガングニールのギア。
「こ、こういう物を持ってるんです」
「母さん、分かったか? その、実はこの子達は」
「…………これ、テレビの企画か何か?」
「「え?」」
訝しむような顔で俺を見て告げられた言葉に響とエルが目を丸くする。
ただ、俺は無理もないかと思ってため息を吐いた。これがライダーなどの全身が変わるものならリアクションも違っただろうけど、ギアはどうしても良く出来たコスプレに思えない事もない。
だから母さんもテレビの企画か何かとして、早着替えみたいなものだとして処理して理解しようとしてるんだ。
「よし、分かった。母さん、これはクレしんのヘンダーランドでひろしやみさえ相手に雛形さんを呼び出すシーンと同じ意味なんだよ。こう言えば分かってくれるか?」
「「くれしん? へんだーらんど?」」
「……本当に?」
うしっ、伝わった!
見ていて良かったクレヨンしんちゃん。ありがとう、クレヨンしんちゃん。
「ああ。ヴェイグ、喋ってくれていいぞ」
「本当か?」
「うそっ!? ぬいぐるみが喋った!?」
予想通りのリアクションだ。
「母さん、ヴェイグは言うなればトッペマの立ち位置。まぁ、魔法は使えないし元々こういう種族だけど」
「…………本当に、嘘じゃないの?」
「響、ギアを解除してやって」
「あ、はい。っと」
一瞬にして格好が元に戻るのを見て、母さんもさすがに早着替えなどではないと察したらしい。
更にエルがヴェイグを母さんへ抱かせると、その体温や感触で生物と分かったらしく、目を見開いて驚いていた。
「どうだ? これなら信じてくれるか?」
今、俺は色々はしゃいで疲れている母さんの正面にしゃがんで問いかけていた。
響達はダイニングにあるテーブルの椅子に座ってもらっている。
「これだけ見せられて疑う訳にもいかないわ。にしてもまさか、こことは違う世界が本当にあるなんて……」
「しかもそこのパラレルワールドまであるんだ」
「もう止めて。明けの頭にはこれ以上の情報は無理」
勘弁してって感じでソファの背もたれへもたれる母さんを見て、俺は小さく息を吐いて立ち上がる。
「それで、とりあえず響達に俺の部屋を使わせてやってくれないか? あと、出来れば食事や風呂なんかも」
「さ、さすがにご飯は」
そう言って響が勢いよく椅子から立ち上がると同時に可愛い音が鳴った。
出所は、言うまでもなく赤面して立ち上がったままの可愛い少女である。
「……別の世界の存在って言っても、生きてる以上お腹は減るんだね。いいよ、分かった。えっと……」
「響」
多分名前が分からないんだろうと思って教えてやると、母さんが思い出したみたいな顔で細かに頷いた。
「ああ、そうそう。響ちゃん、嫌いな物とかある?」
「特にないです!」
「あらそう。仁志は結構好き嫌いが」
「今はそんな話いいだろ」
「ちょっと、女同士の会話に口挟まないの。それじゃ、えっと?」
「え、エルです」
「エルちゃんはどう?」
「僕も特にはありません」
「あら、良い子ね。誰かさんとは大違い」
「へいへい。どうせ昔から好き嫌いが多かったですよ」
すっかり母さんの気分が親戚のおばちゃんだ。
ま、年齢から言ったらおばあちゃんが見えつつあるんだが、それを言ったら何を言われるか分からないので黙っておこう……。
「それと、べ、ベイグ?」
「ヴェイグだよ。まあ言い難いだろうけど」
「すまない」
「いいのいいの。大事な名前だしね。ちゃんと呼んで欲しいものねぇ」
母さんの言葉にヴェイグが目を見開いた。多分だけど、何も知らない母さんがヴェイグの心の琴線に触れる事を言ったからだろうな。
「あっ、じゃあ何か愛称を付けるのはどうですか?」
「エルちゃん、ナイスアイディアだよ。えっと、仁志さんのお母さんは、どういう風に呼びたいですか?」
「おばさんでいいから。そうねぇ……本人は今まで呼ばれた呼び名とかない?」
「特にはないな。だが、好きに呼んでくれていい」
「え? いいの?」
「ああ。タダノの母親だしな」
「私もその只野なんだけどね。じゃあ……仁志、何か案出しなさい」
「ここで俺に振るのかよ」
だけど、ヴェイグが母さんを気に入ったのは予想外だった。匂いが分からないのも好印象に一役買ってる気もするな。
「じゃあ……ベー君とか?」
「「「ベー君?」」」
「ああ、呼び易いわ。じゃ、それでもいい?」
「一度呼んでもらっていいか?」
「はいはい。ベー君、ご飯よ~」
何て言うか、すっごくペット感がする……。多分その原因は、母さんが何故か付けた後半部分がでかい。
見れば響も同じ事を思ったようで、微妙な顔をして笑ってる。
「これでいい?」
「ああ、それでいいぞ」
「良かった。じゃあお礼にベー君は私の事をママさんって呼んでいいから」
「ままさん?」
「おい」
何しれっと昔呼んでもらいたかった呼び名で呼ばせようとしてるんだ、この人は。
「いいじゃない。私はね、母さんとかお母さんって呼び方よりもママって方に憧れが」
「分かったままさん。これでいいか?」
「上出来よぉ。ベー君は私の実の息子より賢いわ」
「賢さ関係ないだろ」
いかん、母さんと接してると完全に気分が一人暮らし前に戻る。
「とりあえず車借りるぞ。響とエルの枕とかヴェイグの寝床とか持ってこないといけないんだ」
「ああ、そう。気を付けてね」
「あっ、私一緒に」
「あー、うん。気持ちは嬉しいし、居辛いかもしれないけど、当分暮らす場所になるからさ。少しでも慣れてくれ」
「そ、それはそうですけど……」
「いいのよ響ちゃん。ここを本当の家だと思ってくれていいから。狭いかもしれないけどね」
「そ、そんな事ないです! 寮よりも多分少しだけ広いですから!」
その言葉に母さんが興味を示して、響がリディアンの事を話し始める。
それを見て俺は大丈夫そうだなと判断し、とりあえず車でアパート前まで行く事にした。
「っと、そうだ。母さん、父さんの説得、手伝ってくれよ?」
「はいはい。まぁ私と同じ事すれば必要ない気もするけどね。そうだ。三人共、そっちじゃなくてこっちのソファに座ったら? それと冷蔵庫の物、勝手に飲んだり食べてもいいわよ。ただ、食べる時だけは前もって聞いてくれる?」
「分かった」
「「は、はい」」
若干緊張の残る響とエルとは違い、すっかりいつもの調子のヴェイグ。
そのヴェイグがソファに来るなり膝の上に乗せて笑う母さんには、やはり永遠に勝てそうにない気がしてくる。
その後、俺が二つの枕とヴェイグ用のクッションを持って帰ってくると、母さんは部屋で仮眠していて、響とエルがリビングでソファに座ってテレビを眺めていた。
「あっ、おかえりなさい仁志さん」
「おかえりなさい兄様」
「ただいま。ヴェイグは?」
姿が見えないヴェイグの事を尋ねると、二人揃って苦笑してテレビを指さした。
だが、当然テレビ付近にヴェイグはいない。って、ああ、そういう事か。
「母さんの部屋?」
揃って頷く二人に俺は若干呆れた。母さんの奴、すっかりヴェイグを気に入ったらしい。
もしかして、昔から犬や猫が飼いたいって言ってたからヴェイグをそれと思ってないか?
「おばさんが仮眠するって言ったのを聞いて、ヴェイグさんが俺もするって」
「それで、なら一緒に寝ましょうかっておばあちゃんのお部屋へ」
「そっか……」
予想通りだな。ヴェイグの睡眠好きは今に始まった事じゃないし……ん?
「エル、今母さんの事なんて呼んだ?」
「え? おばあちゃんですが?」
「おばあ……ちゃん?」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。と、言う事は……。
「僕は孫みたいだからと、そう言われました。響さんは兄様の年齢で考えるとさすがに子供とは言えないからって」
「あ、あはは……私はおばさんをちょ~っとだけ止めたんですけど、このままじゃ孫の顔は見れないだろうからせめてって」
「……理解した」
要は彼女が出来たと喜んでいたら、その相手が有り得ないような世界の存在と分かって嫁は無理そうと思われたってとこか。
まぁある意味間違ってないと思うので何も言えない。でもこれが響で良かったかもしれない。
マリアや奏だったら、ここぞとばかりに母さんをお義母さんとか呼んでそうだ。
歳も一回りは離れてないし、割と本気で俺の嫁にって言い出しかねん。こう言ったらなんだけど、ある意味助かった。
とりあえず俺の部屋へ入り、ベッドへ二人の枕を、その近くにヴェイグ用のクッションを置いてリビングへ戻る。
さて今夜はどうしたもんか。俺はあの部屋に帰るべきだとは思うが、実家に三人を置き去りにするようで心苦しさもある。
「響、これからどうする?」
「え?」
「その、いつまでこっちにいれるのか分からないけど、ずっと何もしないでここにいるっての、気まずいだろ? この辺りでバイト先、探すか? コンビニならこの辺りにもあるし」
その方が精神的に少しは楽になるかもしれないと思った。
仕事をしてれば、その間は何かと現実を忘れられる事もある。
「あー……そうした方がいいです、よね?」
「多分な。その、週1でも2でもいいから外に出てないと気が滅入るかもしれないぞ」
「そう、ですよね。でも、エルちゃんが」
「僕なら大丈夫です。ヴェイグさんと二人でお留守番はよくしてました」
何となく、俺にはその言葉が健気に思えた。響の事を気遣っているような、そんな気がして。
「……そっか。じゃ、探すだけ探してみます。でも、出来れば前の」
「気持ちは分かるけど、ここから通うのか? 通いやすい駅までは歩いて十分強かかって、店の最寄は電車で十数分、更に駅から店まで五分はかかる。面倒な上に金もかかるんだ」
「うっ、そ、それは……」
俺が突きつけた言葉に響が嫌な顔をする。
歩きだけで通えたこれまでと違って、今回は交通費がかかるんだ。まぁオーナーなら出してくれそうだけど、きっと響が気にするだろう。
「それに、だ。またいつ辞める事になるか分からないだろ? あの店に戻るならそれは避けるべきだ」
正直人はいるけど響に辞めて欲しくはないってのがオーナーの本音だったしな。
「そうですよね……」
「ああ。それにしても、何があっても翼達は生きているとは確信出来るけど……」
「悪意の支配下になっている可能性があります。そうなれば、今は響さんしか戦えません」
俺が言い淀んだ事をエルがしっかりと言ってくれた。本当にこの子は強いな。
まず間違いなく悪意はみんなを普通には殺さないだろう。そんな事をするつもりなら今まで何度もチャンスはあった。
だから、きっと最悪でも生きてはいると断言出来る。これが良い事なのか悪い事なのかは何とも言い難いけど。
「そうだな。もし翼達が無事逃げおおせたとしても、だ。相手は四人。響だけじゃ相手するには厳しい」
「はい。接近戦のマリアさんと奏さんに遠距離のクリスちゃんと未来。私一人じゃさすがに止められません」
「ツインドライブを使っても厳しいだろうな。何とか翼達と合流出来れば……」
一人でもいい。装者が二人になれば安全面が違うんだ。四対一じゃ絶望的でも、四対二ならまだ何とかなるかもしれないし。
「エル、依り代を貸してくれ。それでもしかすれば現状がある程度把握できるかもしれない」
「は、はい」
スマホを受け取りゲームを起動。ステータスをタップしアイコンを確認する。
「……響以外はギアを展開中だ」
まず八人の無事を確認。次に翼達悪意に同化されていないだろう四人のアイコンをタップしていく。
イグナイトギアの表示はない。それを確かめてから四人のツインドライブを起動させる。
「どうだ?」
四人のアイコンが変化したのを見てホッと胸を撫で下ろす。それにしても、これに頭が回らないって、俺だけじゃなくエルも相当テンパってたんだと分かった。
「とりあえず翼達のギアはツインドライブが起動した」
「「ホッ……」」
揃って胸を撫で下ろす二人を見てると癒される。こうして見ると響とも姉妹みたいに見えなくもないな。
とりあえずリビルドギアにしておこう。これでそう簡単にはやられないはずだ。
それに、ギアを纏ったままになっててくれれば、俺達もこうして無事が分かり易い。
「これで一先ず希望は持てるな」
「はい。翼さん達がまだ無事なら何とか出来ます」
「それにツインドライブが使えるなら姉さん達は高確率で安全を確保出来ます」
「どうして?」
「簡単です。ミレニアムパズルを展開すれば悪意と同化してしまった姉様達は入れません」
「成程。ヴェイグがやってたやり方か」
優しい心の持ち主しか入れないようにすれば、悪意は何も出来ないはずだ。
なら、やはり先に合流を図るのは翼がいいだろう。
ただし、今日はさすがに止めておくべきだ。色々あって響も精神が疲弊してるはずだし、そんな状態でクリス達と戦うなんてなったらどうなるか分からない。
「響、とりあえず今日はもう休んだ方がいい」
「…………分かりました。折角翼さんが私を信じて送り出してくれたなら、万全の状態にして助けに行かないと意味ないですもんね」
そう言った響の表情は、どこか凛々しい。覚悟を決めたんだろうな。クリス達と対峙する事になっても、気弱な事にはならないって。
「兄様は今後どうするんですか?」
「とりあえずはあっちの部屋で生活。で、定期的にここへ来るよ。だから依り代は、今はエルが持っててくれ。それと、二人用のスマホを持ってくるよ。解約するの忘れてたからまだ使えるんだ」
「「あっ……」」
そう、これもうっかりしてた。でも、まぁ、これは怪我の功名って事でいいよな?
こうしてまた俺は車を使ってアパートまで移動し、エルが使っていたスマホとクリスが使っていたスマホを持って実家へと戻る。
すると、響はクリスが使っていたスマホを見つめて微かに悲しそうな顔をした。
「どうかしたのか?」
「あ、えっと……これを見てください」
そう言って響は俺達へスマホを見せてくれた。
待ち受け画面が、あの夢の国で撮影したものに設定されていたのだ。
響達三人が笑顔でカチューシャを付けたままピースサインをしている、そんな画像に。
きっとこれがクリスにとってはいつでも見ておきたいものだったんだ。この世界で出来た、親友達との思い出が。
「私、絶対クリスちゃん達を元に戻してみせます」
「響……」
「これは、クリスちゃんからの私への声だって思って。絶対、絶対また三人でこんな風に笑えるように」
「ああ、きっと出来るさ」
「はい。僕もそう思います」
俺達の言葉に笑顔で頷いて響はスマホをそっと抱きしめる。
それはまるで、失われてしまった絆を優しく抱き留めるようにも俺には見えた。
「……まぁ事情は分かった。正直まだ実感が湧かないが、これだけ信じられないものを見せられれば信じるしかない」
ギアの展開と解除、それとヴェイグさん。おばあちゃんが納得したやり方に兄様達の言葉もあって、兄様のパパはそう言って苦い顔で隣のおばあちゃんを見た。
正確には、おばあちゃんを見た後で、その膝の上で撫でられながら自分を見つめるヴェイグさんを何とも言えない感じで。
「何?」
「何だ?」
「……なぁ、お母さん。どうしてその、ベーって奴を子供みたいに扱ってるんだ?」
「いいじゃない。ベー君はこれでもいいって言ってくれたのっ」
「仁志が言った事を聞いてなかったのか? そいつは、見た目は小さくてもちゃんとした大人であってだな」
「うるさいわね……。本人が気にしてないんだからいいでしょっ」
「居候になるから気を遣っているって事は考えないのかっ」
ど、どうしよう? おばあちゃん達がヴェイグさんの事でケンカを始めそうだ。
「ストップっ! 父さんも母さんも相変わらずだな。ヴェイグが気にしてないならいいじゃないか。あと、ヴェイグは居候になろうが何だろうが気にせず本音を言うから心配すんな。な、ヴェイグ」
「ん? ああ。と言うか、どうして気を遣う必要があるんだ?」
「な?」
不思議そうなヴェイグさんの言葉に兄様が苦笑しながらおばあちゃん達に顔を向ける。
「……少しぐらいは遣ってもいいと思うんだが」
「何よ。さっきは逆の事を言ってた癖に」
「逆じゃない。ちゃんとこっちの言ってた事を理解しながら聞きなさい」
「はいはい。いつも貴方は正しいですもんね~」
「そうやってまた思ってもいない事を……」
ま、まただ。おばあちゃん達は仲が悪いのかな?
「だからストップっ! なぁ、もしかして俺がいなくなってもこうやって二人してケンカしてんのか?」
「……まぁ、もういつもの事だし」
「私はそんな事したくないんだがな」
「あー、はいはい。頼むから熟年離婚とか止めてくれよ? こう見えても、俺だって二人の老後の面倒を見たいって程度には親への恩義を感じてるんだから」
「「それは当然だ(から)」」
兄様へおばあちゃん達が口を揃えてそう言った。
あまりの息の合い方に僕だけでなく響さんも驚いてる。
ただ、兄様はそうでもない。どこか呆れるようにため息を吐いていた。
「ったく、こういう時は本当に息が合うんだな」
「当たり前でしょ。何年夫婦やってると思ってんの」
「それは関係ないでしょうが。と、まぁそれはいいとして」
そこで兄様のパパが僕と響さんを見た。
「まさかこんな年若い子を連れ込むとはなぁ」
「あのな、前に連れて来たのは響だけ。エルは初めてここに来たからな?」
「お父さんもエルちゃんにおじいちゃんって呼んでもらったら?」
「無視すんな」
「それなんだが、どうしておじいちゃんだ? お父さんでもいいだろ」
「おいこら」
「歳考えなさいよ。あんな小さな子が娘だとしたら、一体私は何歳で産んでる計算よ? 超高齢出産なんてもんじゃないから」
「だから、どうしてそこで現実的にだな」
「はいストップ」
お二人がまたヒートアップしてきそうなところで兄様が割って入った。
「俺は慣れてるけど、エルや響はそういう夫婦の関係には不慣れなんだぞ。険悪な関係なのかなって勘違いするだろ」
「タダノ、大丈夫だ。もう何となく分かってきた」
「は、はい。えっと、おばさん達ってこういう風に暮らしてるんだなぁって」
僕も頷く。ケンカする程仲が良いって聞いた事があるけど、こういう事を言うんだ。
「ほら、響ちゃん達も分かってくれたでしょ。下手に取り繕うと余計こじれるんだから、これでいいの」
「そうだな。しばらくここで暮らすんだ。早く慣れた方がいいだろう」
「何を偉そうに……」
「エルちゃーん、この人の事はおじいちゃんでいいから」
「あ、はい。分かりました」
「ほら、お父さんもエルちゃんって呼んであげたら?」
「何でそんな事をあなたに言われないと」
「あ、あのっ、止めてくださいおじいちゃん」
理解は出来たけど、出来ればあまり口論のような事はして欲しくない。
そう思って僕は兄様と姉様を止めた時のように呼びかけてみた。
すると、おじいちゃんは僕を見て少しの間止まったみたいになった。
「ほら、いいもんでしょ? まぁ、欲しかったのは娘だろうけど、この際一足飛びに孫が出来たと思いなさいよ」
「あなたは黙ってなさい。その、エル、と言ったか」
「は、はい」
「……何か欲しい物があったら遠慮なく言っていいぞ。出来る限り買ってやるから」
「え? あ、ありがとうございます」
どこか兄様みたいな顔で嬉しそうに笑うおじいちゃんに頭を下げる。
何だろう? やっぱり兄様のパパなんだなって、そう思った。
「本当に礼儀正しい子ねぇ。きっとご両親が立派に躾けたんだわ」
「そうだろうな。っと、仁志、この子達のご両親はどうしてるんだ? 心配してるだろうに」
「えっと、簡単に言うとな? 今、二人の世界は……」
状況を説明し始める兄様の言葉を聞いて、おばあちゃんとおじいちゃんは驚いたりしながら、最後には辛そうな顔で僕らを見つめた。
「そう……。まぁ、こんな有り得ない事が続けばそういう事なのかもとは思うわ」
「まるで仁志が好きなライダーとか戦隊の話だな」
「否定はしないよ。てか、自分で言っておいて何だけど、よく信じるな?」
「あんたがこんな可愛い子を二人も連れてきて、しかもあんな事を見せられたんだもの。信じるわよ」
「それに、お前が前からこの立花さんって子といたのは分かってるしな。なら、そういう事なんだろう」
優しい笑顔で兄様を見つめるお二人は、とっても温かい感じがした。
僕はパパの記憶しかないけど、きっとママもいたらこんな感じだったんだろうなって、そう思えるぐらいに。
「……ありがとう、父さん、母さん。いつまでか分からないけど、彼女達の事、よろしくお願いします」
「お世話になります!」
「なりますっ!」
「世話になる」
兄様が頭を下げたのを見て響さんも頭を下げたから僕も同じようにする。
でも多分ヴェイグさんは頭を下げてない気がするなぁ。
「はいはい。響ちゃん達は頭下げなくていいから。だって、出来れば私達じゃなくて仁志と一緒がいいんだろうし」
「そうなのか?」
「でしょうよ。そうそう、聞いてよお父さん。仁志の部屋、お風呂どころかシャワーもないんだって」
「は? 私でもそんな部屋に住んだ事はないぞ」
「だからここへ連れてきたのよ。前は別の部屋を借りてあげて、そこで暮らしてもらってたんだって」
「ならどうして今回もそうしないんだ?」
「その、その時は響だけじゃなかったからな。複数でバイトしてもらってその収入で家賃を」
兄様の説明に納得するように頷いてお二人は響さんを見た。
「苦労したのね」
「まだ若いのに」
「あ、あはは……訓練とかに比べればへいき、へっちゃらでしたから」
「「訓練……」」
「はい、ギアを使った訓練です。えっと、本当は定期的にあって……」
今度は響さんが話し出す。それにお二人は感心したり疑問を浮かべたりと忙しい。
僕も途中から加わって説明や解説をしてるとお腹が鳴った。
は、恥ずかしい……。
「ああ、もうそういう時間だったわ。仁志、ご飯しかけてある?」
「それぐらいはな。俺も今日はこっちで飯を食べる気だったから五合炊いた」
「ちゃっかりしてるわね、この子は。えっと、響ちゃん、エルちゃん、手伝ってくれる?」
「はい! あまり料理は得意じゃないですけど頑張りますっ!」
「頑張ります!」
「おい、この子達を働かすのか?」
「こうでもしないとむしろ気まずいわよ。少しでも家の事する方が世話になるのも気が楽だし」
「俺もそう思う。二人もその方がいいだろ?」
「「はいっ!」」
こっちではそういう風に過ごしてたし、出来ればお家の手伝いをしたい。
だって今の僕は本当に出来る事が少ない。だからせめて出来る事を一生懸命やりたいんだ。
こうして響さんと二人でおばあちゃんの手伝いをした。
僕はテーブル拭きとか食器を出すお手伝い。響さんは料理の助手をしてた。
兄様とヴェイグさんはおじいちゃん相手に色々と話をしてた。多分だけど僕らの事を。
今は椅子が足りないって事で、ヴェイグさんは響さんの膝上に座り、僕は兄様の使うはずだった椅子に座る事になった。
ちなみにヴェイグさんが以前はテーブルの上で食べていたって聞いたおばあちゃんとおじいちゃんは、そんな不作法はダメって許してくれなかった。
それと、兄様が軽く叱られてた。ただ、兄様は異種族だからこっちの文化を押し付けるのはって反論してたけど、だからって教えないのは違うって論破されていた。
えっと、ごうにいってはごうにしたがえ、って教えがあるんだってそこで知った。
要するに、その場所に行ったらその場所の決まりに従いなさいって事らしい。
「美味しいっ!」
「そう? あまり料理は得意じゃないけど、口に合ったようで良かったわ」
「いえいえ、十分上手だと思います。私なんて、得意じゃないって言うより下手ですから」
「大丈夫。私も結婚するまで料理なんてほとんどやってこなかったから。何事も慣れよ」
「なるほど……」
すっかり響さんはこの家に順応してる気がする。
「響、俺にも味噌汁をくれ」
「あっ、ごめんね。はい、どうぞ」
「すまん」
ヴェイグさん用のお味噌汁もちゃんとお椀に入っている。
兄様が何か言った訳じゃない。おばあちゃんがヴェイグさんも一人分って考えてくれたんだと、思う。
「おおっ、マリアや調の味とは違うな」
「マリア? しらべ?」
「ベーが一緒に住んでた時の相手だそうだ」
「へ~、可愛い?」
「私は知りません。というか、どうして知ってると思う?」
「ベー君、どう?」
「これだからあなたと話すのは嫌なんだ……」
自分を無視するおばあちゃんにおじいちゃんは呆れたような顔でお味噌汁を啜った。
その顔がやっぱりどこか兄様に似てる。
「可愛いかどうかは分からないが、仁志は美人だと言っていたぞ?」
「ヴェイグ……」
兄様が困った顔をした。椅子が足りないから兄様は一人だけ立って食べてる。
「おっ、そうなのか? 年齢はどれぐらいだ?」
「何で父さんが興味持つんだよ?」
「歳は知らない。エル、どれぐらいだ?」
「えっと、姉様は今年で23になります。調お姉ちゃんは16です」
「あら、マリアって子は仁志にまだ近いわ」
「そうだな。エル、髪の色を教えてくれるか?」
「姉様は桃色の髪です。調お姉ちゃんは黒髪で」
「「あ~……」」
何故かお二人は姉様の髪色を聞いて何かを理解したかのように兄様を見つめました。
で、兄様は嫌そうな顔でご飯を食べてる。何かあったのかな?
「そういえば響ちゃんの歳を聞いてなかったけど」
「あっ、17です。今年、でいいのかな? えっと18になります」
「……ギリギリ?」
「本人達次第じゃないか?」
「あのな、響が困ってるから止めろよ」
たしかに隣の響さんは赤い顔で俯き気味にご飯を食べてる。
兄様のお嫁さんになりたいって、そう思ってるんだろうか?
うん、きっとそうだ。姉様達もそうだったし、きっと響さんもそういう気持ちがあるんだ。
「いいじゃないこれくらい。出来れば孫を見せて欲しいって親は思うもんなんだからね」
「それは……分かってはいるけど……」
「立花さん、こいつは真面目で酒もたばこもギャンブルもやらない。親が言うのも何だが、旦那にする最低限は揃ってる。考えてやってみてくれないか?」
「父さんっ!」
「あ、あの、えっと……わ、私もそんなにお嫁さん向きな人間じゃないんで……」
「そんな事ないから。明るくて元気ってだけで十分よ」
「母さんまで……。響、聞き流してくれていいぞ。というかな、別の世界の人間だって言っただろ」
その言葉に心が少しだけ痛い。兄様の口から告げられるその言葉に、そこまで強い意味はないと分かってる。
それでも、僕らとはずっと一緒にいられないんだってはっきり言われたみたいで、辛い……。
「何言ってるのよ。だからこそでしょう? あんた、この世界で今まで彼女どころか女友達さえ出来なかったじゃない」
「そうだなぁ。そう考えると、世界が違うぐらいじゃないと仁志は嫁は持てないか」
「ぐっ……反論し辛い……」
そんな兄様達のやり取りを僕と響さんは聞いて唖然としてた。
だって、兄様はこの世界とは違う世界からお嫁さんをもらうぐらいじゃないと結婚出来ないって言っているからだ。
「ままさん、タダノはそんなに友達がいなかったのか?」
「男友達はいたけど……」
「女友達はさっぱりだったな」
「当然だろ。義務教育が終わっても特撮やらアニメやらに夢中で、周囲がファッションだのなんだのに金を使う中、俺はそんなもんへ目も向けず、ライダーやガガガのグッズを買おうかどうかで悩んでたんだ。そんな男、どこに彼氏にしようとする女がいるよ?」
「こ、ここにいます……」
そっと響さんがそう言って手を挙げる。でも顔は恥ずかしそうに俯いてた。
「ホント? ほんっ……と~に、この子でいいの?」
「考え直すなら今の内だぞ、立花さん」
「あんな事言った俺が言うのも何だけど、酷くないか二人して。あと父さんは掌の返しが早すぎだ」
「「仁志は黙ってなさい」」
真剣な顔で響さんを見つめるおばあちゃんとおじいちゃん。兄様は憮然とした表情を浮かべてる。
僕は姉様達の事を言うべきかどうか迷った。兄様はみんなから好かれてるんですって。
姉様は本当に兄様のお嫁さんになりたがってたし、お姉ちゃん達もそんな感じだった。
姉さんは……一時期そんな感じだったけど、最後は姉様が無理ならってそれぐらいだったかな?
「え、えっと……私の方こそいいのかなぁって。世界が違うし、その、私、こっちで暮らす事は本来出来ないんです」
「いいのいいの。婿に出してもいいわ」
「そうだな。たまに顔を出してくれればいいぞ、立花さん」
「そうだ。あとは孫の顔さえ見せてくれたら十分」
「おい。さらっと要求増やしてるんじゃねえ」
「あは、あはは……」
何だろう。前までとは違った意味で賑やかだ。それに、何というか、あったかい。
姉様達と一緒にいる時とは違う兄様が見られるからかも。新鮮だ。
その後はご飯を食べる事に集中した。響さんが沢山食べるのでおばあちゃんとおじいちゃんは驚いてたけど、兄様が気まずい顔で食費とかを少しは出すって言ったら苦笑してた。
「じゃ、俺は部屋へ帰るよ」
シャワーを浴びた兄様はそう言った。時間は……もう九時。以前の生活だったらお風呂の時間だ。
「そうか。気を付けてな」
「仁志、いっそあんたも帰ってきたら? お父さんの部屋なら男二人ぐらい寝られるし」
「それも考えたけど、やっぱ仕事があるからさ。基本はあっちで暮らす。ただ、車を貸してくれ。朝飯と晩飯は食べにくる」
「あんたねぇ……」
「いや、それでいいだろう。どうせコンビニの夜勤だ。余程じゃない限り朝には車をこっちへ戻すだろ?」
「ああ。で、父さんの布団で仮眠を取らせてもらうよ」
「らしいぞ」
「はぁ……ま、それでいいならいいけど。あっ、そうそう。明日、響ちゃんとエルちゃんを連れて買い物行きたいからよろしく」
「へいへい。ヴェイグも一緒にな」
「ベー君もって、大丈夫? ほら、さすがに」
「人前で喋らなければバレない。今までもそういう風にやり過ごしてきてる」
「あらそう。じゃ、ベー君も一緒に行くから」
兄様達のやり取りはやっぱり家族って感じがすごいする。
僕の記憶に薄っすらとあるパパとキャロルのやり取りには似ても似つかないけど、だけどどこか同じような気がするから不思議だ。
「了解。じゃあ、また明日来るよ。響、エル、ヴェイグ、また明日。おやすみ」
「「「おやすみ(なさい)」」」
最後にそう言って兄様は出て行った。見送った後、僕は少しだけ寂しい気持ちになる。
以前の生活でもそうだったけど、今回はより強いかもしれない。
「あいつもすっかり大人になったなぁ」
聞こえた声に僕は振り返ると、おじいちゃんが感心するような顔をしてた。
「ホントに。エルちゃん達の前じゃ、大人になれるのねぇ」
おばあちゃんもどこか嬉しそうだ。
「タダノは大人じゃないのか?」
「私達からすると、まだまだ子供なの。いえ、いくつになってもきっと親から見れば子供は子供よ」
「そういう事だ。ベー、子供って言葉には二つの意味がある。一つは未熟だから子供という意味。もう一つが、親子関係という意味での子供という意味だ」
隣に座ってるヴェイグさんを見つめておじいちゃんは笑う。その顔が、どこか兄様と重なって見えた。
「……タダノは後者か」
「そういう事になるかしら。ただ、子供っぽい趣味も持ってるから、前者もきっとなくならないわ、あれは」
「まぁ、それが仁志だろう。そのおかげで人として道を踏み外す事はなかったと思うしかないな」
「ホントに」
揃って苦笑するおばあちゃんとおじいちゃん。何だかとっても親って感じがする。
「そうそう。二人もシャワー浴びちゃいなさい。お風呂がいいなら張ってくれればいいから」
「遠慮しなくていいぞ。孫と娘が出来たようなもんだからな」
「「ありがとうございます」」
「ぱぱさん、俺もいるぞ」
「ああ、そうだった。ベーも遠慮なく何でも言ってくれ」
「分かった。ありがとう、ぱぱさん、ままさん」
この後、僕は響さんと一緒にヴェイグさんを連れてシャワーを浴びた。
少しだけ前のお家よりも狭かったけど、響さんとなら余裕があった。
シャワーから出てパジャマ(これも捨てるはずだった物)に着替えると、おばあちゃんがグラスにお茶を注いでくれていた。
「ほうじ茶だけど、飲める?」
「「はい」」
「ままさん、俺にも欲しい」
「あっ、ごめんね。ベー君の分も用意するわ」
苦笑しながらおばあちゃんがグラスを一つ追加してお茶を注ぎ始める。
僕と響さんは、ヴェイグさんの分が注がれるのを待ってから飲み始める事にした。
「「「……ふ~っ」」」
初めて飲んだけど美味しい。ふと見れば僕らを見ておばあちゃんがにこにこしてる。
「仲が良いのね、エルちゃん達は」
「はい。僕にとって響さん達は仲間であり家族みたいなものです」
「そうなの?」
「はいっ!」
毎週一度はみんなで集まって何かをしてた。映画を見たり、カラオケに行ったり、旅行だって行ったし、絶対ご飯を一緒に食べてた。
お家でのあの時間は、僕にとってかけがえのないものだ。家族って言葉の意味を体験させてくれた、貴重な時間だった。
それを話すと、おばあちゃんだけじゃなくておじいちゃんも小さく驚いた声を出していた。
「そうか……。あいつも、家族のなり方だけはちゃんと分かってるんだなぁ」
「だと思う。きっとエルちゃん達はこっちじゃ頼れる人もいないから、仁志なりにエルちゃん達をまとめようとしたんでしょ」
「あ、あの、家族のなり方って?」
僕が聞きたかった事を響さんが尋ねてくれた。
兄様が小さい頃、嫌いな物が入ってる料理とかを嫌がってどうしてそんな物を食べないといけないのって、そう聞いた事があるらしい。
それにおじいちゃんはこう答えた。家族なんだから同じ物を一緒に食べるんだよって。
みんながバラバラの物を食べていたら、お互いの好きな物や嫌いな物が分からないままだし、好きな味や嫌いな味を知る事が出来ないからだって。
「嫌いな食べ物でも、中には料理法が変わったり、味付けで食べられたり食べられなかったりがあるだろう?」
「はい」
「だけど、個人個人で別々の物を食べていたら、それを知る事も、あるいは嫌いな物を好きになる機会もない」
「それに、自分のと違う物を誰かが美味しそうに食べてるのを見てると、羨ましくなったりしない?」
「「「あ~……」」」
思わず僕らの声が重なった。それにおじいちゃんとおばあちゃんが小さく笑う。
「古いやり方かもしれないが、同じ釜の飯を食うとも言うし、意外と連帯感を培う常套手段なんだ」
「まぁ仁志は、自分がそうやって育ったからそうしただけかもしれないけどね」
何だか、胸があったかくなった。おじいちゃんとおばあちゃんとの時間が、兄様の今に繋がってるってそう思えたから。
「そっかぁ。仁志さんは、おばさんやおじさんの教えを守ってたって事ですね」
「教えって、そんな大層なもんじゃないぞ、立花さん」
「そうそう。でも、嬉しいもんだわ。ちゃんと小さい頃の事、覚えてるもんなのね」
噛み締めるようにおばあちゃんがそう言って笑う。おじいちゃんはもうこっちを見てなかった。
でも、テレビを見つめるその横顔がどこか嬉しそうだ。
この後、僕らは三人揃って歯磨きをして、おじいちゃんとおばあちゃんに挨拶をして兄様が以前使っていた部屋へ入った。
「じゃ、寝ようか」
「はい。ヴェイグさん、おやすみなさい」
「ああ」
部屋の隅に置かれたクッションへ体を乗せると、ヴェイグさんは嬉しそうに目を閉じる。
僕も響さんと一緒にベッドへと横になった。い、今までお布団だったから違和感が凄い。
「な、何だか妙な感じだなぁ」
「響さんもですか?」
「てことはエルちゃんもか」
「はい」
「……お布団にしてもらおうか?」
「兄様に持って来てもらう事になりますね」
揃って小さく苦笑して、僕らも目を閉じる。
正直不安は尽きないけど、それでも、シャワー前に見た姉さん達のアイコンはツインドライブのままだった。
きっと、きっと無事でいてくれるはず。そう信じて僕は体を休める事にした。
――両親、か。もしママが生きていてくれたら、俺も……。
夢うつつに、キャロルの声を聞いたような気がしながら……。
翌日、仁志は自分の母の希望を叶えるために、響達を連れてあの大型ショッピングモールへとやってきていた。
平日ではあるが、それなりの人混みの中を仁志の母と共に響とエルフナインは歩く。ヴェイグはいつものようにエルフナインが抱き抱えていた。
ぬいぐるみ扱いではあるが、ヴェイグにとってはそれが上位世界では常だったので気にもしない。ただ、喋らないようにしているのに仁志の母が話しかけてくるので、時々困った顔をしてはいたが。
「エルちゃん、これなんかどう?」
「え? ぼ、僕にですか?」
「そうよ。女の子なんだから少しは着飾らないと」
「だ、だけど僕は……」
いつまでいるか分からない。そう言おうとしたエルフナインへ仁志の母は笑顔で静かに首を横へ振った。
「気にしないでいいの。孫が出来たら甘やかすのがおばあちゃんやおじいちゃんなんだから」
「だからって程々にしてくれよ? エルは金額に敏感で」
「それはあんたが甲斐性なしだからでしょう。もっと稼いでいれば、エルちゃんだって服の一枚や二枚で遠慮したりしないんだわっ」
「ぐっ!」
ざっくりと仁志の胸を突き刺す一言だった。
実際、彼もどこかで情けないと感じてはいるのだ。今も稼ぎは所謂同年代の中では下の方。
それでさえ、老いを少し感じ始めた体で頑張っての結果である。
社会に出てからずっと看護師として働き、いっぱしの収入を得てきた母の言葉には悲しいかな仁志が反論出来る部分は皆無であった。
「あ、あの、あまり兄様を悪く言わないでください。兄様なりに僕らへ色々とお金をかけてくれました」
「分かってるわ。でもね、だからって子供にお金の心配をさせちゃダメなのよ。それは、出来るだけ隠すか、いっそはっきりと向かい合って教えるべきかしら? まぁ、きっとこの子はその辺りはちゃんと言ったんでしょうけど、今は店長って役職になったんだから少しは見栄を張りなさいって発破をかけただけ」
「仁志さんも大変ですね……」
「いいんだよ。これが高校を出てから好き勝手やった報いだ」
「そういう事。だからせめて何か資格でも取ったらって口酸っぱくして言ったのに」
最後のトドメに仁志は声もなく項垂れた。何せ目の前でそれを言っている母親は、その資格を得た事で定職に就いたのだから。
「今からでも何か取れるかなぁ……」
「んなもん本人のやる気次第。薬剤師だって弁護士だって、結局はその人の気持ちがないとなれないんだからね」
「仰る通りです……」
完膚なきまでに叩きのめされ、仁志はトボトボと母親の後を歩く。
そんな姿を見て響とエルフナインは小さく苦笑するのだった。
買い物で仁志の母はエルフナインと響、それとヴェイグ用に服やタオルなどを購入した。
それらの値段は高いとは言えないが、けして安くもない。それを仁志の母は嬉しそうに購入し、帰宅後響達へプレゼントしたのだ。
「色々事情はあるけど、新しい門出には違いないから。これをそのお祝いにあげるから、嫌な風に捉えるよりも良い風に捉えてね」
その言葉と共に、優しい笑顔で。
これに響もエルフナインも共感を覚えて頷き、その服を普段着とする事にしたのだ。
それは仁志の母の気持ちを常に肌身離さずいようとする気持ち故に。
ヴェイグは寝る時用のタオルを嬉しそうに受け取り、早速とばかりに昼寝して仁志の母を苦笑させる。
そして仁志も同じく仮眠を取り、日が暮れる前に彼は響達を伴ってあのアパートへ向かう事に。
「翼さん達を探す、ですか?」
「ああ。まずヴェイグに匂いを探ってもらうんだ。嫌な匂いが一つだけでいる場所があれば、そこへ行ってクリス達の誰かと出会える。上手くすれば翼達の事も聞き出せるはずだ」
「もし複数固まっていた場合はどうしますか?」
「なら避ければいい。まだ翼達はツインドライブ状態なんだろ?」
「ああ。朝確認したし、今もそのままだ」
「ツインドライブが解除されてないなら、少なくても悪意が入り込んで好き勝手はしてないはずだ。とにかく、今は多少危険でも情報を得るしかない」
車を勤務先であるコンビニの駐車場へと止め、仁志達はゲートであるノートPCがある部屋へと向かう。
部屋の中は静かであり、仁志が朝軽く寝ていた痕跡だけが残っていた。
ゲートであるノートPCを仁志が実家へ運ばなかった理由は、もし何か起きた時を考えての事だった。
両親を巻き込みたくない。もし最悪の場合でも、少しでも長生きして欲しいという、そんな仁志なりの気持ちからだ。
「とりあえず、エルはヴェイグとコンビを組んでくれ」
「はい」
「ああ」
「で、俺はエルを脇に抱えて移動する。響は前方へ注意を配ってくれ」
「分かりました」
ギアを展開した響の姿が一瞬にしてアマルガムギアツインドライブへと変わる。
それを確認してから仁志はゲートを解放した。
“な、何だ? 嫌な匂いがしてくるぞ”
「兄様、ヴェイグさんがこの時点で嫌な匂いがすると言ってます」
「マジか……」
想像以上に厄介な状況になっているかもしれない。そう仁志は思った。
「響、先に入ってくれ。待ち伏せされてるかもしれないから気を付けろ」
「はいっ!」
ゲートへ先に飛びこむ響を見送り、仁志はエルフナインを脇に抱えたまま少しだけ待った。
「よし、行くぞ」
「はい」
そうしてゲート内へ移動した仁志が見たのは、明らかにこれまでと雰囲気の変わったゲート内部だった。
「これは……どういう事だ?」
黒一色になったかのようなそれは、さながら闇の中と言っても過言ではなく、見ているだけで気が滅入りそうな感覚に陥りそうだった。
そんな中、響はゲートから出て来た仁志達を見て周囲を警戒しながらゆっくりと近付く。
「仁志さん」
「響、これは君達が逃げてくる時から?」
「いえ、あの時はまだ普通でした」
「なら、たった一日でこうなったっていうのか……?」
それだけ悪意が力を持ったと言う事かと、そう考えて仁志は息を呑む。
そこへエルフナインが悲鳴にも近い声を上げた。
「に、兄様っ! ヴェイグさんがこの中じゃ嫌な匂いが強すぎて何も分からないとっ!」
「そういう事かっ!」
今まで悪意の探知やカオスビーストの発見に大きく寄与してきたヴェイグ。
その能力を封じるために悪意がゲート内部をこうしたのだと確信出来た瞬間だった。
「仁志さん、どうしますか? このままじゃ……」
「かと言って何もしないのは不味い。四対一でも厳しいのに、八対一にされたら逆転は不可能だ」
翼達四人が悪意の手に堕ちれば響一人ではどうあがいても勝ち目がない。
それは仁志だけではなくそこにいる全員の共通見解だった。
「では、どうしましょう?」
「……翼がどこへ行きそうかは分かるか?」
「え、えっと……最後に見た時はクリスちゃんを向こうへ追いやるようにしてました」
響の指さす方を見て、仁志は頷いて尋ねる。その先にゲートはあるか。あるならどこの世界のゲートだと。
それに響は少し黙り込んだ後、シャロン達のいる世界だと答えた。その言葉に仁志は僅かな望みを賭けてそこへ行く事を決断した。
「もしかしたら、そこにいる八紘さんを頼ったのかもしれない」
「え? 時間停止してるかもしれないのに、ですか?」
「だからこそ確認も兼ねて逃げ込んだ可能性がある。今はそれに賭けてみるしかないんだ」
「響さん、僕も今は兄様の意見に賛成です。多少危険を冒してでも、今は情報を得るべきです」
「……うんっ!」
こうして仁志達はシャロン達が住まう平行世界へと向かう。そこにいるかもしれない翼を探して……。
一方、根幹世界のS.O.N.G本部内発令所では……。
「どうやら只野さんも来たみたいです」
「あら、思っていた以上に早かったわね。じゃあ出迎えてあげないと」
「待ちな。それはあたしが行くから」
「何言ってやがる。まんまと後輩どもに逃げられたんだ。しばらくそっちの出番はなしだ」
「それ、翼に逃げられた貴方が言うの?」
「あ? 状況的に有利だったお前らと違ってこっちは」
「そこまで。揉めるようなら私が行きます。只野さんだけじゃなくて響もいるんだもの。一番会いたいのは私なんですからね?」
その言葉に誰も何も言わなかった。今一番してはいけないのは何かを理解していたからだ。
そんな三人を見て最後に口を開いた者は頷くと、その場からゆっくりと発令所を出ようと動き出す。
「結局お前が行くのかよ?」
「そうだよ。だって、私が調ちゃん達を逃がしちゃったの、マリアさんと奏さんが揉めたせいだし」
「ちっ!」
「仕方ないわね。行ってくるといいわ。その代わり」
「分かってます。その代わり……」
そこで彼女、未来は心から幸せそうな笑みを浮かべて振り返った。
――ちゃ~んと殺さないようにして、連れてきますから。
黒く変色した肌で、漆黒の禍々しいギアにその身を包みながら……。
第二部突入というか、最終章突入です。
悪意を倒したと思ったところから本番。
分かる方には分かると思いますが“ここからが本当の○○だ……”って感じです。