シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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二度ある事は三度ある。未来、三度の悪堕ちです。
実は今回のサブタイはもう一つ案がありましたが、まぁこちらの方がいいかなと思ってこうしました。


いつかの虹、花の思い出

「ここが、平行世界か……」

 

 初めて訪れる平行世界。というか、俺は自分の世界へのゲート以外を通るのが初だ。

 

「やっぱり停止してる……」

「そうですね。本部と同じ状態です」

「じゃあ、とりあえず翼を探しながら調べてみよう。それと、ヴェイグの方はどうだ?」

「……少しはマシだと言ってますが、やはりまだゲート内の影響が残ってるそうです」

「そっか。じゃあ、鼻が利くようになったら教えてくれるか?」

「……分かったとの事です」

 

 響を先頭にゆっくり歩く。エルは一先ず下ろして手を繋いでいる。

 それにしても、初めて訪れる異世界があのシャロンちゃんがいる世界とはなぁ。

 てっきりどこかで根幹世界だと思い込んでたから意外だった。

 

「まずは二課の発令所ですね」

「そうだな。八紘さんがいるとすればそこぐらいしか心当たりないだろうし」

 

 翼もこの世界では異邦人だ。ここの八紘さんの行動範囲を正しく把握はしてないだろう。

 そう思って俺達は響の案内で二課の発令所へと向かった。施設内の設備は稼働していなかったが、響が触れば動き出すのでそこまで困る事はなかった。

 

 そうやって辿り着いた発令所に八紘さんの姿はなく、俺達は早速困る事に。

 

「ど、どうしたらいいかな?」

「僕もここの事は詳しくありませんが、まずは八紘さんが行きそうな場所の心当たりはありませんか? ここ以外です」

「ここ以外、かぁ……」

 

 俺はゲームでの知識で考える。この世界の八紘さんは翼と上手くいってなかったからか、友人の娘であるシャロンちゃんの事を実の娘のように大事にしてる描写があった。

 それに、シャロンちゃんは定期的に薬を使用しないと融合症例状態が悪化するみたいな事もあった気がする。

 

「なぁ、シャロンちゃんの部屋は分かるか?」

「え? 分かりますけど……?」

「ここの八紘さん、彼女の父親みたいな感じだろ? そこにいるって可能性、ない?」

「ああっ! そうかもしれませんっ! 案内しますっ!」

 

 響がその可能性があったかみたいな声を出して歩き出す。

 俺とエルはそれに置いていかれないように動き、歩く事しばらくで一枚のドアの前へ。

 

「開くといいんだけど……」

 

 ポツリとそう響が呟いた。成程な、ロックされてると厄介か。

 

「あっ、開いた」

 

 が、意外とあっさりドアが動いた。

 中はゲームで見たのと同じ、かと思えば細かに違う。

 まぁ、あれって言っちゃえば汎用背景だもんなぁ。

 

「シャロンちゃん……それに……」

「八紘さん、だな」

 

 きっと何か話していたところなのだろう。

 シャロンちゃんは笑顔を見せ、八紘さんも微かに笑みを見せている。

 何とも心があったかくなると同時に微かな痛みも感じるな、この光景。

 

「翼さんは……いませんね」

「まぁ、あくまでここにいるかもしれないって可能性だけで来たからなぁ」

「で、でも、これではっきりしました。まだ平行世界の時間も止まったままなんだって」

 

 響の言葉に頷く。悪意が一度倒れたにも関わらず時間停止が解けたとは思えない。

 なら、やはりこれは星の声がやってくれている事だろう。

 だが、どうしてここまで一気に悪意は力を増したんだ? みんなの心にある負の感情だけでここまでなるとは思えないし思いたくない。

 

 何か、何かあったんだ。それも俺の世界で、上位世界で悪意が急激に力を得られる事が。

 それを見つけ出すか探し出すかしないと同じ事の繰り返しになる可能性がある。

 そっちの事も考えないといけないか……っ?!

 

「ど、どうしたんですか兄様!?」

「仁志さんっ!?」

 

 急に頭痛がした。思わずその場へ膝を付くぐらいの、激しい痛みが。

 

「……っはぁ……だ、大丈夫だ。ただの、頭痛だよ」

 

 少しじっとしていたら治った。だけど、脂汗が凄い。

 一体今のは何だ? もしかして、あのゲート内の状況が今になって俺へも出たのかもしれない。

 

「エル、さっきのゲート内の異変だけど」

「はい」

「あれの影響って、ギアのない俺やエルに出ないと思う?」

「そ、それは正直分かりません。っ!? ま、まさか今の兄様の頭痛はそれが原因ですか?」

「えっ!?」

「俺は、その可能性があると思ってる。ヴェイグがしばらく鼻が利かなくなる程の悪臭だ。感じる事は出来なくても体に害はありそうじゃないか?」

「で、でも僕は何ともありません」

「それなんだけどさ……」

 

 エルに影響がない。もしくは出難い理由が俺にはある。

 エルの体は特別と言ってもいい。何せキャロルが錬金術を使って作り出していた自分のスペアボディだ。

 それが全て自然のままとはちょっと思い難い。何らかの錬金術などで細工じゃないけど手が加えられていると思う方が自然だ。

 

 そう考えを述べるとエルは納得するように頷いた。

 

「かもしれません。キャロルが作った体ですし、自然のままとは思えないです」

 

 だが、そう言ってエルはどこか悲しそうな顔をして俯いた。

 その瞬間俺は気付いた。どうしてエルがそんな反応を見せたかを。

 

「ごめんっ! 俺、今エルに凄く酷い事を!」

「いえ、いいんです兄様。僕の体はキャロルの体で、その体はキャロルが作り出した物。それは自然の摂理に反していますから」

「エル……それでもだよ。ごめんな」

「兄様……」

 

 そっとエルの体を抱き締める。俺、何してんだよ。

 この子の心を傷付けるような言い方しないでも良かっただろ。いくらでも言い方はあるじゃないか。

 これじゃ、あの時と同じだ。俺が勇気を出してヒーローらしいと思ってやった時と。

 

――只野さんが余計な事言ったせいですっ!

 

 甦る過去の記憶。思い出したくない、辛い言葉と時間。

 何でだよ。どうしてここでそれを思い出すんだ?

 たしかにある程度は似てるかもしれないけど、エルは俺を裏切ったりしないのに。

 

「あ、あの、兄様? もう大丈夫ですから」

「っ……あ、ああ」

 

 エルの言葉で我に返る。ホント、どうしたんだろうな?

 あの時の事は、陽子さんへ洗いざらい話して楽になっただろうが。

 しかももう五年近く前だぞ。いい加減乗り越えろよ。てか、乗り越えたじゃないか。

 

 そっとエルから離れて息を吐く。今は昔の事を思い出してる場合じゃない。

 翼達と合流し、クリス達を悪意の支配下から助け出す。それだけを考えないといけないんだ。

 

「仁志さん、これからどうしますか?」

「そうだな……」

 

 チラリと八紘さんを見る。翼が仮にここへ来ていたとして、彼女は迷う事なく八紘さんへ会いに来るだろうか?

 クリスと、悪意と交戦したならその追撃を当然考えるはずだ。なら、万が一巻き込んでしまう可能性を考慮し、会う事は避けるかもしれない。

 

 それでも、きっと八紘さんを、もっと言えば父親を感じられる場所へ行くはずだ。

 その考えで行けば……

 

「響、風鳴邸の場所、分かる?」

「え? えっと、師匠の家じゃなくて、ですよね?」

「ああ。八紘さんの、翼が生まれ育った家だ」

 

 そこなら戦闘になってもそうそう周囲へ被害を出さない。何せGXで思い切り戦場になってたしな。

 

 ただ残念ながら響も翼の生家を訪れた事はないそうで場所は分からないとの事、

 打つ手なしかと、そう思った時だった。

 

「兄様、ヴェイグさんがやっと匂いが分かるようになったと」

「マジか。じゃあ、この世界で響達以外の匂いを感じるか?」

 

 そう尋ねるとヴェイグがエルの中から出て来た。そしてエルの腕の中へスポッと収まる。

 

「っと。ああ、感じるぞ。しかも悪意の匂いじゃない」

「じゃあ、そこへ案内してくれ」

「分かった」

 

 翼でなくてもいい。この際誰でも構わない。今は一人でも戦力が欲しい。

 響一人じゃ四人を相手にするには頼りなさ過ぎる。俺とエルにヴェイグじゃ支援としても脆弱だ。

 

 一縷の望みを賭けてヴェイグの案内のまま歩き続けた。やがて、その視界に立派な屋敷が見えてくる。

 しかも、日本家屋然としたものだ。門があって、石段があって、いかにもな感じのそれに俺は息を呑む。

 

「あれだ。あれが風鳴邸だ!」

 

 アニメでチラッとだけ見た門構えそっくりだ。というか、ここまで来たらまず間違いない。

 

「ヴェイグさん、匂いはあの建物からするんですか?」

「ああ」

「じゃ、やっぱり翼さんはここにいるんだ!」

「ですね!」

 

 響の声に明るさが増す。心なしかエルもだ。ただ、何故かヴェイグが首を捻っているのが気になった。

 

「ヴェイグ、どうかしたのか?」

「妙なんだ。その、嫌な匂いではないんだが、優しい匂いでもない」

「「「嫌な匂いでも優しい匂いでもない?」」」

 

 どういう事だと俺達三人の声が一致する。それを聞いてヴェイグは困った顔を見せた。

 

「何と言うか、両方混じってるような変な匂いだ。匂いへ近付いてきたから分かるようになったのかもしれない」

「混じってる、か……」

 

 これは早く合流した方がいいな。何か起きてるのは間違いないだろう。

 

「響、悪いが俺達を抱えてあの屋敷の庭まで行けるか?」

「まっかせてください!」

 

 こうして俺はエル達を抱え、その俺を響が抱えて移動する事に。

 うん、男としての尊厳やら何やらは欠片もないけど、仕方ない。だって俺が全力で走るよりも早く響の跳躍が距離を稼ぐんだもの。

 

 あっさりと中庭へ到着し、俺は間違いなくここがあのファラと翼が激戦を繰り広げたのと同じ場所だと確信した。何せ要石あるしね。

 

「ヴェイグ、匂いはあっちか?」

「そうだな」

「じゃあ、そこに翼の部屋があるはずだ」

「良かった。翼さんが無事で」

「早く合流しましょう!」

 

 嬉しそうなエルの言葉に頷き、俺達は翼の部屋へと向かう事にした。

 まず玄関だが意外な事に俺が触っても開いた。多分依り代を持ってるからだろうってエルは推測したけど、まぁそうだろうな。

 

「響、先に行ってくれ。何があるか分からないから」

「分かりました」

 

 玄関の戸を閉めて鍵をかけようとして、俺は何となくに鍵をかけるのを止めた。

 というのも、最初から開いていたって事は鍵はかけられていなかったって事だ。

 なら、かけなくてもいいかと思っただけ。それと靴は脱がないでおいた。

 

 逃げる事になった時に困るし、そもそも時間が停止してるから汚れもしないだろうって思ったからだ。

 

 それにしても、時間が停止しているためかまったくの無音で少々気が滅入る。

 ヴェイグの案内を頼りに屋敷を歩き、やがて俺達はある部屋の前で足を止めた。

 

「ここだ」

「翼さーん、私です。響です」

「翼さん、ご無事ですか?」

「翼、俺だ。只野だ。いるんだろ? 開けてもいいか?」

 

 反応は……ないな。どういう事だろうか?

 一応依り代を取り出して確認してみると、翼はまだツインドライブ状態だった。

 

「……ステータスに変化なし。どうしたんだ?」

「開けてみましょうか?」

「それがいいかもしれません。その、匂いが混じっているのが気になります」

「そうだな。タダノ、どうだ?」

「俺も中の様子を見るべきだと思う」

「じゃあ、開けます。翼さーん、開けますからね~?」

 

 響が再度声をかけながら障子を開けた。

 

「ううっ……ぐぅぅぅぅっ」

 

 すると部屋の奥にギア姿の翼がいたのだが、どうも様子がおかしい。

 蹲って苦しそうに呻いているのだ。これは一体……?

 

「翼さんっ!? 大丈夫ですか翼さんっ!」

「はぁはぁ……っ……た、立花? それに……」

「翼さんっ! しっかりしてください!」

「翼、しっかりしろ」

「エル……ヴェイグ……っ!?」

「翼、どうしたんだ? 何があった?」

 

 俺を見て翼の目が見開かれた。それと同時にボロボロと涙が流れ始める。

 

「仁志、さん……っ!」

「ああ、俺だ。何があったんだ? クリスはどうした?」

「っ!? そうだ……雪音は、悪意は何とか撃退出来ました……っ。この、ギアのおかげです……。仁志さんと立花が合流出来たと、そう分かった悪意は……っ、こちらのギアの力もあってか、少し交戦した後であっさりと退いたのです……」

 

 あっさりと、退いた?

 

「じゃあ、どうして翼さんはこんなにも苦しんでるんですか?」

「や、奴は去り際に私へ迫り、その、不意を突いて私へ何かを打ち込んできた」

「まさかっ! それで悪意の種を!?」

 

 そう考えれば納得出来る。以前ギアがどうやって悪意を弾き飛ばしているかをエルが説明してくれたけど、あれは要するに風船が膨らむようなものであって、ギアを展開しているから悪意の侵入を防げる訳じゃないって結論を出してた。

 

 つまり、今の翼はギアを纏った状態で悪意の種を打ち込まれたんだ。

 しかも、おそらくだがかなり濃度の濃い物を。

 

「た、立花、私をソルブライドギアで攻撃してくれ。それで私の中に根付こうとしている悪意の種を除去して欲しい……っ!」

「で、でも……」

「エル、どうだ? それで果たして悪意の種を除去出来ると思うか?」

 

 俺は正直疑問が残る。何せ相手は神獣鏡の光さえも克服した悪意だ。

 今更響一人での太陽の輝きで除去出来るような物を植え付けるだろうか?

 

 それも、今まで一度も悪意に操られた事のない翼相手に。

 

「正直分かりません。ただ、多少効果はあるかもしれません」

「多少、か。そうだな、本人も望んでいるし、今後同じような事をしないといけないんだ。なら、一度だけやってみるべきかもしれない」

 

 クリス達四人は悪意と同化している。おそらくだけど、正確には同化と言うより同調だろう。

 悪意が囁く言葉に心を合わせてしまっているんだ。クリスで言えば寂しさを、マリアで言えばおそらく家族愛を、奏は多分嫉妬を、未来は……何だろうか? とにかく、それぞれの心の闇とも言える部分を刺激しているに違いない。

 

 それを完全に祓う事が出来なくても、少しでも弱める事が出来れば元に戻せるかもしれない。

 

「響、心苦しいだろうし、やりたくないだろうけど、それでも翼の気持ちと今後のために一度だけ頼めないか?」

「…………分かりました。未来達を悪意から助け出さないといけないですもんね」

「ああ、ごめんな。嫌な事を響へ押し付けて」

 

 拳を握って戦う事が嫌な響へ、よりにもよってそれをさせて仲間を攻撃させるなんて一番嫌な事だと思う。

 

「いいんです。仁志さんのその気持ちだけで、私の心は沈まないで済みます」

「響……」

 

 微笑んで響は俺の事を見つめてくれた。その優しさと強さに感謝して、俺は彼女のギアをソルブライドギアへとドライブチェンジさせる。

 

「……やっぱり一人じゃ光らないんだ」

 

 少しだけ悲しそうにそう呟いて響はその拳を握った。これまではゆっくりと金色の輝きを帯びていったギアも、響一人では差色が入る以外に変化はない、か。

 

 響の握った拳へ光が集束していくのを見て俺達は息を吐く。

 まるで太陽の輝きがそこに生まれるかのようだ。安心感が凄い……。

 

「温かいです……」

「ああ、今の響からは優しい匂いがするぞ」

 

 エルとヴェイグの言葉に響は小さく微笑むと翼へ凛々しい表情を向けた。

 

「翼さん、いきます」

「あ、ああ……っ頼む……っ!」

「はぁぁぁぁっ!」

 

 響の手の中に宿った太陽の輝きが翼目掛けて放たれる。

 が、その瞬間俺達の後方から何かが飛んできた。

 真っ黒いそれは響の光を飲み込み、そのまま翼を包み込んだ。

 

「ああああああっ!?」

「「「「翼(さん)っ?!」」」」

 

 まるで闇の繭に閉じ込められたような翼。どういう事だと動揺する俺へヴェイグが弾かれたように顔を向けたのはそんな時だ。

 

「っ! タダノ! 嫌な匂いがするっ!」

「っ!?」

 

 慌てて後ろを振り返る。そこには……

 

「ふふっ、や~っぱり只野さんだ。響達と一緒にゲートをくぐってきたんですね」

「未来……」

 

 禍々しいデザインの漆黒のギアを纏った未来がいた。しかも色黒になっていて宙に浮いてる。間違いなく普通じゃない。

 それに、その、露出度が高くて悪の女幹部みたいな雰囲気だ。インナーの切れ込みが凄いし、あれ、普段の未来なら絶対着ない気がする。

 

「未来っ!? 翼さんに何をしたのっ!?」

「何って、私達と一緒になるようにしただけだよ? みんな一緒が響も嬉しいでしょ?」

「っ! 違うっ! 私の望んでる事はそういう事じゃないよっ!」

「只野さんはどうです? 響はこ~んな事言ってますけど」

 

 怒りと悲しみに震える響を冷めた目で見つめて、未来はそう俺へ問いかけてきた。

 

「俺も響と同じだよ。悪意に満ちた君達なんて、俺は見たくない」

「そうですか。やっぱり響も只野さんも分かってくれないんだ。みんなで仲良くしようって、私はこんなにも想ってるのに……」

 

 がっかりするような未来の声を聞いて俺は分かった。彼女は協調性を利用されているんだ。

 悪意によって、みんな仲良くして欲しいという響や俺の願いを叶えようと思う未来の気持ちを歪められてるんじゃないだろうか。

 

「でも、それならいいです。二人にも分かってもらえばいいだけだし」

 

 楽しそうに笑う未来だが、やっぱりその顔はどこか本来の明るさや優しさが感じられない。

 

「未来っ! 今、元に戻してあげるからっ!」

「クスッ、それはいいけど、翼さんはどうするの?」

「えっ?」

 

 言われて俺は視線を翼へと向ける。すると、闇の繭にひびの様なものが見えた。

 同時にスマホから通知音。嫌な予感がして見てみると、ステータス画面が更新されたとの表示。

 慌ててステータスを開けば、翼のアイコンがイグナイトへと変わっている!?

 

「不味いっ!? 翼まで向こうへ取り込まれたっ!」

「「「っ?!」」」

「お目覚め、かな?」

 

 未来の楽しげな声と共に闇の繭が消え、そこから禍々しい漆黒のギアを纏った翼が姿を見せた。

 こちらも、その、色黒になっていて悪の女幹部って感じのきわどいデザインだ。

 

「つ、翼さん……」

「立花か」

「う、嘘ですよね? 翼さんまで悪意と同化なんて……」

「悪意? 同化? 何を言ってるんだ立花。私は私だ。風鳴翼だ。見て分からないか?」

 

 口調こそ翼だが、その表情は常にニヤニヤと笑っていて翼らしくない。

 響もそれを分かっているんだろう。今にも泣きそうなぐらい辛そうな顔をしている。

 

「翼さんっ! 悪意に負けちゃダメです!」

「エル、私は負けてなどいない。こうして悪意を御して己が力と変えたのだ」

「違います! それはそう思っているだけです!」

「ふふっ、言っても分からんらしいな」

「今の翼からは嫌な匂いがする。俺の知っている翼は、もっと優しい匂いだ」

 

 エルが涙目になったのを見てヴェイグが毅然と言葉を放つ。

 だが、それさえも今の翼には響かないらしい。

 

「強さを得るには多少の変化はつきものだ。立花、見ろこの姿を。いつかのアルゴスギアなど足元にも及ばん禍々しさだ。それでいて、この体の奥から力が漲る感じは堪らない……」

「翼さん……」

「お前も私達と同じになろう。とても心地がいいぞ」

「もう止めてください翼さんっ!」

「止めろ、か。相変わらず甘いな、お前は」

「ダメですよ翼さん。響はこの素晴らしさが分からないんです」

 

 聞きたくないとばかりにかぶりを振る響へ翼はどこか冷たい目を向ける。そこへ未来が呆れるような口調で言葉を投げてきた。

 完全に悪堕ちしたかつての仲間同士なやり取りだ。そういうのがある作品、みんなと見た覚えはないんだが……。

 

 とはいえ、このままじゃ響が体より先に心をやられてしまう。それは何とかしないといけない。

 まずはそれとなく未来と翼の位置を見て、このままでは完全に挟撃の形になると理解した。

 なのでまずはエルの体をそっと抱き寄せると、小声で俺の考えを告げる。

 

「響へ声をかけて一旦外へ出るぞ。ヴェイグはエルの中へ。で、エルはしっかり俺に掴まってくれ」

 

 このままじゃ響は二人を相手に俺達を守る事になる。ならせめて俺達だけでもこの場を離れて、響が自分の事へ専念出来るようにするしかない。

 

 それに上手くすれば、一時的にでも響が二人のどちらかと一対一になれるかもしれない。

 

 俺は、ヴェイグが消えるのと同時にエルの体を抱えるとその場から走り出す。そして叫んだ。

 

「響っ! こっちは撤退するっ! ゲートで会おう!」

「っ!? わ、分かりましたっ!」

「逃がしませんから」

 

 俺達が逃げ出すと同時に未来がこちらを追い駆けてくる。

 だが、俺だって伊達に色んな特撮を見てる訳じゃない。そんな事想定内だ。

 やみくもに逃げても意味がないので、まず俺は部屋を出るなり廊下ではなく庭へと降りた。そのまま走って玄関先へと向かう。

 

 一度として後ろを振り返る事無く走り、玄関の戸を開けて中へ入ると同時に戸を閉めて鍵をかける。

 そして屋敷の中を静かに歩きながらある程度まで奥へと進み、一度だけ振り返った。

 

「っはぁ……っはぁ……追ってきては……っないか……?」

 

 本来なら攻撃して建物を壊したり出来るだろうが、今は時間停止状態。依り代の力がなければ何も出来ないと言える。

 つまり、悪意がどれだけ殴ろうと壊す事は出来ない。戸を閉められては開ける以外に入る方法はないが、そこへ鍵をかけられては手も出せないだろう。

 

 何故なら、今の未来は依り代の力を失ってるはずだ。じゃないと悪意に取り込まれるはずがない。

 要は時間停止状態へ手出しする術がないんだ。

 鍵を壊す事も戸を開ける事も出来ないなら、施錠された建物の中への逃亡は厄介以外の何物でもないだろう。

 

 そうなると建物の中はギアがあろうと追跡がし辛い場所となる。攻撃しても壊せないからだ。

 

 そう予想して敢えて屋敷の中へ来たんだが、どうやら当たりらしい。

 

 それにしても、あのギアはヤバい。響が纏っているのはソルブライトのツインドライブだ。

 悪意への対抗力はトップクラスのはずなのに、それと対峙して余裕を崩さなかった。

 て事は、あれはそれと同等か下手すりゃ上の力を持ってる。

 

 漆黒のギア、か。イグナイト以上にイグナイトって感じだったよな、あれ。

 

 ん? ちょっと待て?

 たしか翼の表示も未来の表示も、ステータスで見ればイグナイトだった。

 じゃあ、あれはイグナイトギアの変化型? 名付けるならイーヴィルギアか。

 

「兄様、これからどうするんですか?」

「これから……」

 

 エルの問いかけに考える。正直俺達だけなら逃げる事は可能かもしれない。

 ただ、その場合結局終わりだ。響が翼みたいにされたら打つ手なし。

 だからと言って、俺達に出来る事なんて精々がドライブチェンジとミレニアムパズルの展開だ。

 

 ……ミレニアムパズルっ!?

 

「ヴェイグっ! 今の翼と未来をミレニアムパズルへ閉じ込める事は可能かっ!?」

「す、少し待ってください」

 

 俺の問いかけにエルが胸に手を当てて少し黙る。

 

「……二人は無理だそうです。でも、翼さんだけなら何とか」

「未来は無理か。理由は?」

「えっと……未来さんの方が嫌な匂いがキツイそうです」

「それだけ悪意に飲まれてるって事か。でも、それならある意味丁度いいか」

 

 思い浮かんできた作戦を少し変えれば十分だ。何より一番大事なのは響を数的不利から脱させる事だし。

 

「いいか? 響はきっと翼と交戦中だ。未来も俺達の追跡を諦めてそっちへ合流する可能性がある」

「はい。きっと今頃はそうしてるはずです」

「ああ。だから俺達も戦闘音が聞こえる方へ向かう。で、可能ならエル達には……」

 

 考えている未来と翼の分断案に二人は最初難色を示したが、俺が今はこれぐらいしかないと力説すると、エルは頷いて、分かりましたと言ってくれた。ヴェイグも賛同してくれたらしい。

 こうして俺は、響のギアをアマルガムギアへドライブチェンジさせると、エル達を連れて再び翼の部屋がある方へと向かう。力がないなら知恵で戦うしかないと、そう思って……。

 

 

 

「どうした立花。動きが鈍いぞ」

 

 私へ笑いながら斬りかかる翼さん。その表情は初めてみるぐらい、怖くて不気味。

 まるで剣を振るう事が、私を攻撃するのが楽しくて仕方ないみたいなその顔に、やり場のない悲しさと怒りが沸いてくる。

 

 悪意に染まるとこうなるんだ。ベルちゃんが歪んだのは当然だよ。あの翼さんでさえこうなるんだもん。

 

「翼さんっ! お願いです! 心を強くもってください! いつもの凛としてカッコイイ翼さんに戻ってくださいっ!」

「凛としてカッコイイ、か。ふんっ! そんなもの、飾り立てられた私だっ!」

「っ?!」

 

 吐き捨てるような言い方と共に突き出された刃を辛うじて避ける。

 今の、完全に私を刺し殺すつもりだった。最初の頃の翼さんでもやらなかった、明確な殺意を宿した攻撃だった……。

 

「何を呆けている? ああ、私の殺意にあてられたか?」

「つ、翼さん……」

「ふん、甘いぞ立花。戦場であれば、そこにあるのは生か死か。それが嫌なら逃げ出せ。まぁ、もっとも?」

「逃がすつもりはないけど、ね」

「っ! 未来っ!?」

 

 横から聞こえた声に目を向ければ、そこには仁志さん達を追い駆けたはずの未来がいた。

 まさか、仁志さん達は捕まったの? それとも……。

 

「っ!? これは……」

 

 そんな時、ギアが変化した。アマルガムギアツインドライブ。つまり、まだ仁志さんは無事だ!

 

「小日向、逃がしたのか?」

「すみません。このギアの攻撃を通さないんです、今のこの世界。だから屋敷の中へ入られて鍵をかけられたら追跡が面倒で……」

「ちっ、そういう事か。さすが仁志さんだ。頭が回る」

 

 翼さんと未来を視界に入れられるように少し下がりながら考える。

 何で仁志さんがこのギアへ変えたのか。リビルドじゃなくてアマルガムの理由を。

 きっと、きっと何かあるんだ。単純に考えれば腕が四本になったから二人相手にも互角に戦えるって事、だよね。

 

 でも、それだけじゃない気がする。とにかく、今は翼さんと未来を相手に何とか立ち回るしかない!

 

「あれ? どうしたの響。急にやる気になっちゃって」

「まさか私達を相手に勝てるとでも思っているのか?」

「勝てる勝てないじゃありません! 絶対勝ちます! 勝って二人を元に戻してみせますっ!」

 

 そうだ。今の私は一人じゃない。このギアは、元々サンジェルマンさんのくれたギアだ。

 そこに仁志さんの想いも加わった、あったかいギアなんだっ!

 

「花咲く勇気ぃぃぃっ!」

 

 ヴァネッサさん達と戦った時は二人だった。でも、今の私は三人だっ!

 サンジェルマンさんと仁志さんが傍にいてくれる。

 

 それが、それがこのっ! アマルガムギアツインドライブなんだっ!

 

「ぐっ! さすがに四つの攻撃を全て捌くは困難か……っ!」

 

 今まで余裕があった翼さんが初めて表情を険しくした。

 このままならって、そう思うけど私は知ってる。ピンチがチャンスなら、チャンスはピンチ。

 だから一旦距離を取る。するとそこへ何本もの閃光が降り注いだ。

 

「さすが響。気付いてるか」

 

 少しだけ上を見上げればそこには未来。やっぱりそうだよね。

 いつもの私ならあそこで踏み込んでる。未来がそこを狙わないはずない。

 

「小日向、私はともかく立花のギアに当たったらどうするつもりだ? まだ利用価値はあるんだぞ」

「心配いりません。今の響のギアはツインドライブ。しかもラピスの輝きを秘めたアマルガムです。このギアの力でも簡単には消せませんから」

「確証はないだろう?」

「はい。でも、そんな気がしませんか?」

「……違いない」

 

 私の目の前で笑う二人。その笑顔が、全然いつもと違う。

 今の二人は、笑顔さえも邪悪な感じ。ずっと私の事を見下してるような、馬鹿にしてるような、そんな感じがする。

 

 だけど、どうしようかな。さすがに二人相手じゃ厳しい。しかもあのギア、何となくだけどツインドライブ以外で殴ったら不味い気がする。

 きっとあれは悪意そのものがギアになってる、と思う。イグナイトの表示が出てたって言うから、きっとベースはイグナイトなんだろうけど、それよりも更に出力が高いんだと思うし。

 

「それにしても、素晴らしい力だな、このギアは。歌う事無くツインドライブと同等の力を、下手をすればそれ以上の力を出せるとは」

「ですよね。だから早く響達にもこうなって欲しいんです」

 

 歌い続けながら私は考える。どうすればいいのかを。

 仁志さんはゲートで会おうって言ったけど、さすがにちょっと私はそこへ行くのが難しい。

 

 と、そこで思った。仁志さんだって私がいない状態で逃げても危険だって分かってるはずだって。

 なのにあんな事を言ったのは、何で?

 

 ……そっか! そういう事なんだ! 仁志さんはまだこの近くにいる!

 だから私のギアをアマルガムへ変えたんだ。自分は無事で、今もどこかで私を見てるぞって伝えるために。

 

 答えは分からないし、誰も教えてくれない。だけど、だけどきっとそうだ。そうだと信じたい。

 

 仁志さんが私を一人置いて逃げ出すはずはないって!

 

「何だ? 立花の目が変わった……?」

「ですね。嫌な目……。さっきまでの不安げな方がとっても魅力的だったのに」

 

 もう二人の言葉に心を惑わせない。

 今は自分を信じて、仁志さん達の事を信じて、それに何より、胸の歌を信じて戦おう。

 

「響っ!」

 

 そんな時、私の視界に仁志さんが現れた。けどエルちゃんの姿は見えない。

 でも、やっぱり仁志さんはここにいた。いてくれたっ!

 

「仁志さんっ!」

「只野さん、逃げてなかったんですね」

「まぁだろうとは思っていました。貴方が立花を置き去りに出来るとは思えませんでしたし」

「響っ! 翼は俺が引き受ける! 君は未来を何とか元に戻してやってくれっ! ラピスは浄化の力を持ってる! その輝きを引き出すんだっ!」

 

 ラピスは浄化の力を持ってる……。そうだ。だからイグナイトが使えなかった。

 

「分かりましたっ!」

 

 繋がった。今、全部分かった。何でこのギアか。どうしてこのギアか。

 相手のギアのベースがイグナイトなら、ラピスはそれへの対抗策。しかも、未来のギアには愚者の石は使われてない。

 

「ならっ! やれるっ!」

 

 拳を握り締める。目の前にいる二人を見つめて、今は拳を握る。

 開いて繋ぎたいけど、今は出来ない。だから、そう出来るまでは……

 

「私は歌でっ! ぶん殴るっ!」

「とか言ってますけど、どうします?」

「面白いじゃないか。仁志さんがどうやって私を相手にするかお手並み拝見といこう。小日向、ぬかるなよ?」

「そちらこそ、足元すくわれないでくださいね?」

「ふんっ……」

 

 鼻を鳴らして仁志さんの方へ跳んでいく翼さん。心配だけど、仁志さんがああ言ったんだ。

 なら、きっと大丈夫。

 

「さてと、じゃあ響? 遊んであげる」

「悪いけど今の未来と遊ぶつもりはないよ」

「つれないなぁ。いつもは逆なのに」

 

 楽しげに笑う未来だけど、その笑顔は私の大好きな陽だまりの笑顔じゃない。

 今は、底なし沼みたいなドロドロした感じがする。それだけ悪意が未来を包み込んでるんだ。

 

「けど、いいよ。そんな響でも私のお日様だから。ちゃんと私達と同じにしてあげるから」

 

 そう言って不気味に笑う未来だけど、急にその顔が驚きに変わって後ろを振り返った。

 私の視界からは何も見えない。でも、多分だけど翼さんに何かあったんだ。

 

「……そういう事か。あの男、やはり厄介ね」

 

 聞こえた低い呟きは未来の声だけど未来じゃないもの。

 そこで思い出した。クリスちゃんだって途中から悪意が喋ってた。クリスちゃんの声を使って、クリスちゃんじゃない口調で。

 

 その上でまたクリスちゃんと同じ喋り方をした。

 なら、目の前の未来やさっきの翼さんだって本人が本当に言った事とは限らない。

 

 あのシェム・ハさんの時のように、喋ってるのは悪意だって思おう。

 そして、今度は未来らしい口調を使われても動揺しないようにも。

 仁志さんが教えてくれたライダーの話は、ある意味であの時負けてしまった時の私の話だ。

 ここで私が負けたら、迷ったら、みんなが悪意に操られちゃう。私達の世界も、仁志さん達の世界も、闇に飲み込まれちゃう。

 

 だから、もう私は負けない。迷わない。

 

「行きますよ、サンジェルマンさん……」

 

 小さく呟く。このギアに宿った、大切な仲間の一人へ。

 

「まぁいいか。響、私はね、響に戦って欲しくないの」

 

 そこへ放たれた言葉に拳を強く握り締める。よりにもよって、その言葉を使うのか!

 

「私と未来の大事な思い出を踏み躙るなっ!」

「大事な思い出? 戦い合った事が?」

「そうだっ! あれは、未来が私を想ってくれた結果だ! 私と未来、お互いの想いをぶつけ合った結果だっ! あの時はそうじゃなくても、今は思い出になってる。それを、それをよくもっ!」

 

 あの未来が操られて好き勝手された出来事。その時に言われた言葉を、悪意はそっくりそのまま使ってきた。

 

 許せない。怒りが沸いてくる。でも、それに支配されちゃいけない。

 この怒りも浄化の光に変えないといけないんだ。未来の心を包む、悪意の闇をキレイにしないといけないからっ!

 

「ふふっ、響ったら怖いよ? もっと笑って?」

 

 飛び出しそうになるけど、一旦深呼吸。うん、相手の思惑には乗らない。

 今、自由に動ける装者は私だけ。切歌ちゃん達はきっとまだ動けない。下手をしたら翼さんのように悪意の種を打ち込まれてるかもしれないんだ。

 

 だから私が行って手を差し伸ばす。そのためにも、今は未来を元に戻してみせる!

 

「今ので確信出来たよ。未来はそんな人を煽るみたいに聞こえる言い方しない。ううん、そもそも誰かを馬鹿にしたりしないんだ。未来の記憶を探れるのなら、それぐらい分かっておくべきだね」

「チッ……」

 

 そう言い切ると目の前の未来の振りした悪意が舌打ちをした。

 もうこれで迷う事はない。やっぱり目の前のは未来の振りをした悪意だって分かったから。

 本当に未来が悪意と同化してるならこんな事ぐらい分かるし、今だって悔しそうな顔なんてしない。

 きっとそれらしい事を言ってきたはずだ。つまり、目の前の相手は時々未来で時々悪意。だけど基本が悪意になってるんだ。

 

「繋ぐこの手がアームドギアっ!」

 

 私の声に未来の振りした悪意が疑問符を浮かべた。

 あの日、仁志さんが考えてくれた私の名乗り。それを使うなら今しかない。

 

「ガングニールの装者……響っ!」

 

 待っててね、未来。すぐにいつものあったかい陽だまりに戻してみせるからっ!

 

 

 

 響と未来が激突を開始した頃、エルフナインとヴェイグは何もない空間を見つめていた。

 

「どうですか?」

「パズルを維持する事は出来る。ただ、中の様子ははっきりとは分からない」

 

 仁志が発案した翼と未来の分断策はミレニアムパズルを使っての隔離だった。

 しかも、その中に自分も一緒に入るというものだ。

 当然エルフナインとヴェイグはそれはさすがにと反対したのだが、翼一人を隔離するとそれを利用して悪意がよりその浸透を進めてしまうかもしれないと仁志は述べ、共にパズル内へ入ったという訳だった。

 

「兄様、無事でしょうか?」

「少なくても殺される事はないはずだ。もしそうするぐらいなら、タダノが言ったようにとっくに殺されてる」

「そうですね……」

 

 仁志が二人の反対を押し切れたのはその一点だった。

 ヴェイグがノイズに襲撃された際、仁志がそれを守るように動いただけでノイズの動きが鈍くなり、咄嗟に止めろと叫ぶだけで動きを止めた事実がある。

 それを理由に仁志は懇願してパズル内へと入ったのだ。自分は死ぬために動くのではなく、翼を助けに行くのだと。

 

 二人が不安そうな表情で何もない空間を見つめている中、そのミレニアムパズル内では仁志が翼と対峙していた。

 

「考えましたね、仁志さん。自分を囮に我々を分散させるとは」

 

 ニヤリというような表情で笑う翼を仁志は無言で見つめていた。

 この状況になってから仁志はずっと無言を貫いている。それが翼には理解出来なかった。

 

「いつまで翼のつもりで喋ってるんだ?」

 

 そこへ放たれた仁志の言葉は翼にとって疑問符を浮かべるものだった。

 

「何を言っているんですか仁志さん。私は」

「前にも言ったはずだ。お前はどれだけ真似ようとも上辺だけしか真似出来ないと。翼はな、俺と話す時はもっと砕けた話し方をするんだ。ずっと監視しておきながらそんな事も分からないのか?」

 

 言葉を遮り、仁志はハッキリと言い切る。その声には、静かな怒りが込められていた。

 

「きっと翼自身に喋らせてる時もあるんだろうが、こっちを煽ったりあるいは追い詰めようとする時はらしさが消えるんだよ。つまりだ。みんなの人格をそこまで闇には寄せられないんだろ?」

「さて、何の事だか」

「そこだ。やっぱりお前は所詮負の感情の塊なんだなって思うよ」

「何?」

「普通頭の回る奴なら、こういう時はだんまりを決め込むもんさ。あるいは、こちらへそれらしい情報ないし嘘を吹き込む。なのにお前にその辺りの駆け引きみたいなのがない。出来ないんだろうな、そういう事か」

 

 仁志にはある種の確信があった。悪意は響達への復讐に囚われているだろうと。

 そのために可能な限りの悲しみや苦しみ、悔しさなどを味わわせる事へ固執しているのだ。

 故に簡単に勝つ事を止め、時には非効率的な方法で響達へ執拗な攻撃を繰り返してきた。

 それから考え、仁志は今回悪意が狙っている事をぼんやりとではあるが察し始めていた。

 

「お前、みんなを内輪揉めさせて殺し合いをさせようとでもしてるんだろ」

 

 彼の好きなヒーロー物でもよくある展開ではあった。

 仲間同士を様々な方法で争わせて同士討ちさせる。本来助け合うべき者達が互いを敵として認識し、傷付け、殺し合う。

 

 それを本来の敵が高みの見物という、趣味の悪い話だ。

 

「だとしたら?」

 

 そこで翼の口調が本来のものとは異なるものとなる。

 どこか相手をからかう、見下すようなものへと。

 

「そんな事させないっ!」

「へぇ、どうするつもり? お前に出来る事でこの装者を助けられるとでも?」

「ああ。俺にはこいつがある」

「例の端末、か」

「こいつの力でお前を翼から弾き飛ばす」

「はははっ! ……こちらの攻撃を避ける事も難しそうなお前がそれを成功できるとでも? そんな行動、成功率などないに等しいだろうに」

「思いつきを数字で語れるものかよっ!」

 

 一喝。その気迫溢れる声に悪意が笑みを消す。

 

「それに、確率は目安だっ! あとは勇気で補えばいいっ!」

 

 手にした依り代を握り締め、仁志は翼の体を使う悪意へと向かって駆け出した。

 

「面白い。なら、見せてもらいましょうか」

 

 その手にした刃を構え、悪意は迫りくる仁志を斬ろうとして――大上段に上げた腕が止まる。

 

「なっ!?」

“仁志さんを殺したくないっ!”

「くっ、やはりまだこの男へ危害を加える事は無理かっ!」

「あああああっ!」

「くっ! しまっああああああっ!?」

 

 仁志がやったのは依り代を翼の体を覆う禍々しいギアへ押し付ける事だった。

 マリアが悪意によって誘導された際、ギアへ擬態していた悪意を弾き飛ばした時の事を思い出して、おそらく悪意そのものであろうイーヴィルギアへ、依り代のエネルギーを使い切っても構わないとばかりの直接攻撃に賭けたのである。

 

「翼っ! 聞こえてるか翼ぁ!」

「がああアアアッ!?」

「今助けてみせるからっ! だからそっちももがき足掻いてくれっ!」

「ム、ムダダッ! オマエノコエナドキコエルモノカアアアアッ!!」

「救助って言うのはな! 一方だけじゃダメなんだっ! 助けられる側も手を伸ばさないと、助かろうとしないと成功しないんだっ! 俺はそう救急戦隊から教わったんだよっ!」

“助かる側も……助かろうとしないと……”

 

 仁志には聞こえないが、たしかに彼の声は翼へ届いていた。

 悪意が強引に根付いて間もなかった事と依り代によってその影響が弱まった事が合わさり、惚れた男の必死の叫びが翼の心を揺らしたのだ。

 

「目を開けろっ! 信じてろっ! 真っ直ぐ君を助け出すっ!」

 

 最後の言葉と共に依り代をより一層強く押し付ける仁志。

 

「ギャアアアアアッ!」

“私も……その手を掴みたいっ!”

 

 悪意がもっとも弱った瞬間、翼の意思が顔を出す。

 主導権を奪い取り、翼は聖詠を唱える。

 

――Imyuteus amenohabakiri tron……っ!

 

 ここで仁志は一つ勘違いをしていた。翼達が纏うギアはイグナイトギアを更に変質させた物だと。

 実際には、悪意そのものが装者達の体を包み込み、ギアとして固着していたのだ。

 つまり、彼女達本来のギアではない。外側から弾き飛ばされそうになっているところへ内側からも同じ力が働き、その力は共鳴して倍加される。

 

「ととっ?!」

 

 悪意のギアが弾き飛ばされた結果、依り代を押し付けていた物が消えたためにバランスを崩す仁志。

 その体をそっと抱き止める腕があった。反射的に顔を上げた仁志が見たのは……

 

「翼……」

 

 女神のような微笑みを浮かべる翼の笑顔だった。

 

「仁志さんの手、何とか届いたよ。だから、次は私が仁志さんを助ける番だね」

「おのれっ! やはりあれだけでは染め上げる事は出来ないかっ!」

 

 頭上から聞こえた声に翼と仁志が顔を上げる。

 そこには黒い肌の翼がいた。しかもイーヴィルギアを纏った姿で。

 

「翼そっくりだ……」

「だけど、本物はここにいる。だから仁志さん」

「ああっ! ツインドライブ起動っ!」

 

 一瞬にして翼のギアが変わり、更に金色の輝きを放つものとなった。

 リビルドギアツインドライブ。その輝きにはさしものイーヴィルギアもたじろいた。

 

「くっ……この光、あの時よりも強くなっている……っ!」

「翼、頼むぞっ!」

「はいっ! 貴方からもらった輝きで、闇を断ち切ってみせますっ!」

「ほざくなぁっ!」

 

 急降下するように迫る悪意へ翼はその手にした刃を両手で掲げるように構える。

 そして静かに深呼吸を一つするや……

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 勢い良く振り下ろしたのだ。

 

 名付けて“雲耀(うんよう)ノ一閃”。稲妻を意味するその言葉の如く、力強く速い一撃にて相手を両断するものだった。

 

 その金色の斬撃が形となって悪意へ迫り、その手にしていた剣ごと左右にその身を斬り裂いた。

 

「「い、一撃!? こんな、こんな事があああああっ!」」

 

 光となって消滅する悪意へ背を向け、翼は剣を振り払うように動かして呟く。

 

「お前のような紛い物に弐の太刀はいらぬ」

 

 その呟きと共に周囲の空間が元へと戻り、二人の近くにエルフナインとヴェイグが現れた。

 

「「翼(さん)っ!」」

「二人共、心配をかけた。この通り、私は無事だ」

「エル、響達はどうだ?」

「やや響さんが押され気味です」

「なら、私も加勢に」

 

 そう言って動き出そうとする翼だったが、その場へ膝を付く様に倒れた。

 

「「「翼(さん)っ!?」」」

「だ、大丈夫だ。ただ足元がふらついただけだ。おそらく思った以上に疲弊しているんだろう……」

 

 力なく笑みを見せる翼に三人が安堵するように息を吐く。

 だが、翼が戦えない以上どうする事も出来ない。

 何せ仁志が先程と同じ事をやろうと思ったのだが、既に依り代のバッテリー残量が半分を切っていたのだ。

 

 翼へ押し付ける前は満タンに近かったので、やるとしてもその後依り代がバッテリー切れを起こしてしまう可能性がある。

 そうなった場合、仁志やエルフナインがゲートを通過出来なくなってしまう可能性が非常に高いため、思い切った行動が取れない。

 

 しかし……

 

「……それでもやるしかないか」

 

 仁志は決断を下した。このまま響が負ければ最悪の事態は避けられないと気付いたからだ。

 翼は疲弊していて戦闘不能。ヴェイグも先程のミレニアムパズルで疲労し、エルフナインは戦闘面では何も出来ないに等しい。

 

 つまり、依り代のバッテリーを気にしていても、響が敗北すれば意味がないと理解したのである。

 

「エルはここで翼と一緒に居てくれ。翼、ライダーギアにしておく。もし万が一の場合はエル達と一緒に俺の世界へ行くんだ。ツインドライブ状態なら、抱えていればエルもゲートを通れるかもしれない」

「仁志さん……」

「兄様、それは……」

「このままじゃ全滅するかもしれないなら、やれる事をやっておきたいんだ。それに、今はこの場の安全を確保したい。未来も戻せれば一気に三人だ。なら、相手も早々手を出してこないだろ?」

「……可能性は高いとは思います」

「ヴェイグ、もし響達が戦えない状態で悪意が来たら、限界までパズルへ匿ってくれ」

「タダノ……」

「最後まで諦めない心。それが不可能を可能に変えるんだ。今までみんながそうだったように、俺も、そうでありたい」

 

 静かに依り代を握り締めて、仁志はそう告げると笑みを見せて立ち上がる。

 翼のギアをライダーギアへ変えると、彼は意を決してその場から走り出す。

 響を援護し、未来を元に戻すために……。

 

 

 

 漆黒の閃光が煌めく中、黄金の輝きが瞬く。その輝きはそのまま暗黒の存在へと向かっていき、その巨大な拳を突き出す。

 

 それを暗黒の存在は辛うじて受け止め、笑みを見せる。邪悪な笑みを湛える存在へ黄金の輝きはその眩しさを更に増させるように歌を唄いあげた。

 その響きが拳へ力を与え、邪悪な笑みを失せさせる。このままなら押し切れると、そう思ったところで何かに気付いて距離を取った。

 

「残念。よく気付くね響」

「未来の声で喋るなっ!」

 

 ラピスフィロソフィカスの輝きを秘めたアマルガムギア。

 その光を高めるために唄っている響だが、どうしても一人の輝きでは未来を包む闇を祓えないでいた。

 しかも未来は浮遊しており、地上戦主体の響はどうしても苦戦を強いられていたのだ。

 

「ふふっ、おかしな響。私は未来だよ? 小日向未来」

「違うっ! 本物の未来はそんな風に笑わないっ!」

「どうして分かってくれないの? 響はみんなで仲良くしたくない?」

「悪意に染まって歪められたのを仲良くなんて言わない! 私達は、私達のままで仲良くしないといけないんだっ! 未来っ! 聞こえてるよねっ! 無理矢理悪意でみんなの気持ちを一つにするなんて間違ってるんだよっ!」

 

 魂の叫びは悲しいかな未来の心へは届かない。けれど、それが一人の人間の心へ響き、その行動を後押しした。

 

「俺も同じ気持ちだぞ響っ!」

「っ!? 仁志さんっ!?」

「何をするつもりですか只野さん」

「知れた事っ! 未来を元に戻すんだよっ!」

 

 そう言い返すと同時に仁志は響へ目を向ける。

 

「悪意を地面へ引き摺り下ろしてくれっ!」

「分かりましたっ!」

 

 何故、どうして。それを聞く事もせず、仁志の頼みに響は即応した。

 だが、それよりも先に悪意は仁志へ向かって攻撃を放とうとする。

 

「あちらは無理だったがこちらならっ!」

「っ!?」

「仁志さんっ!」

 

 翼は抵抗されたが未来の抵抗は起きず、悪意による攻撃が仁志へと放たれた。

 その漆黒の閃光が仁志へと一直線に進むが、そのままなら依り代によって展開される防御壁で無力化されるはずだった。

 

「させるかぁぁぁぁっ!」

「「っ?!」」

 

 しかし仁志はその目的が分かっていた。悪意は翼へやった事を知り、依り代のバッテリーを消耗させようとしているのだろうと。

 だからこそ自分へ防がれるような攻撃をしてきた。強力な一撃ではなく軽い攻撃なのもそれを裏付けている。

 

 故に仁志は当たってなるかとヘッドスライディングの要領で閃光を回避する。

 ただ、完全に回避は出来ず、左足を僅かに掠ってしまった。ジーンズが裂け、更にふくらはぎから僅かではあるが出血が起きる。

 

「ぐあっ!」

 

 それを確認した瞬間、未来が大きく絶叫した。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ひ、響っ! 今だぁっ!」

「っ! うおおおおっ!」

 

 動きを止めた悪意を捕まえ、響はその体を無理やり地上へと引き摺り下ろす。

 そのまま羽交い絞めにして強引に仁志の前へと連行していく響。

 

「仁志さんっ! これでいいですか!」

「ああっ! 十分、だっ!」

「があああああっ!?」

 

 寝そべったままでイーヴィルギアへ依り代を押し付ける仁志。

 それによる悪意の呻きに表情を歪めながら響はそれを見つめる。

 

「響っ! 君から未来へ呼びかけてくれっ! 今なら悪意の影響力が低下してるはずだっ!」

「そっかっ! 未来、未来、聞こえてる? お願い、こんな事もう止めよ? 私や未来が望んでるみんな仲良くは、こういう方法で目指す事じゃないはずだよ」

「だ、黙れぇぇぇぇっ!」

「黙らないっ! 私は今、未来と話をしたいんだっ!」

 

 一喝と呼べるような心胆を震わせる声に悪意が思わず黙り、仁志などは完全に目を見開いて息を呑んでいた。

 

 そして、その声が遂に未来の心へ届く。

 

“私も、私も響と話がしたい……”

 

 それは、いつかの焼き直し。話を出来ないまま別れてしまった結果、互いに傷付けあってしまった二人。

 それ故に話をしたいという言葉にもっとも弱いのが響と未来と言えた。

 

「未来、聞いて。ケンカをしないで仲良く出来るのは理想だけど、世の中にはケンカみたいなやり取りをずっと続けてる仲良し夫婦もいるんだ。仲良くするためにはケンカもあった方がいいし、むしろお互いの事を知って欲しいって気持ちがぶつかり合ってケンカになるんだよ。私と未来だってケンカして、それでもっと仲良くなれた。大切なのはケンカしない事じゃない。それでも相手と居たいと思うかどうかじゃないかな?」

 

 仁志の両親の事を思い出し、響は優しく問いかけた。

 羽交い絞めだったはずの拘束は、いつしか愛おしく抱き締めるものへと変わっている。

 

「私は、ケンカしても未来と一緒に居たいって思うよ。あの時、二人で話して決めたよね。学院を卒業したら二十歳までは別々に暮らそうって。あの時だって、私と未来はお互いの気持ちを知って欲しくてぶつかった」

「ひ、響……」

「っ!? 未来っ!」

「そう、だよね……。ケンカしても、本当に大事な相手となら、本物の絆なら、壊れる事なく関係は続いてくんだ……」

「そう、そうだよっ! 私と未来だってそうだった! だからっ! みんなとだって同じような絆は出来るはずだよっ!」

 

 だが、そこで依り代のバッテリー残量が10%を切り悪意への干渉力が低下してしまった。

 

「そうだね……。だけど……」

「え?」

「そんな面倒な絆よりも私が簡単に結び付けてやろうと言っているっ!」

「っ?! うわあああっ!」

「響っ!?」

 

 弾かれるように悪意によって吹き飛ばされる響。

 仁志はそれを見て依り代へと視線を向けた。

 

「もうバッテリーの残りが少ない……。だからか」

「おかげで助かったわ。やはりその端末は壊しておくべきだったわね。まぁ、これで終わり。端末を破壊し、お前は私が有用に使ってあげる」

 

 既に口調を未来へ寄せようともせず、悪意は寝そべったままの仁志を見下ろしてほくそ笑む。

 

「これで終わりだっ!」

 

 その手にしたアームドギアで依り代を破壊しようとする悪意。そこへバイクのエンジン音が鳴り響く。

 甲高いそれに仁志と悪意の意識が向き、彼らは同時に息を呑んだ。

 

「そうはさせんっ!」

「翼っ!?」

「しまったっ!?」

 

 それは、新サイクロン号となったアームドギアを駆る翼が出した音だった。

 従来のバイクなどをはるかに凌駕する加速力を発揮し、翼は真紅の疾風となって悪意へと迫る。

 ブォォォォンッと轟音を鳴らしてバイクが宙を駆け、そのまま悪意を跳ね飛ばして仁志の前方へと着地した。

 

「ほ、本当にライダーじゃないか……」

 

 まるで本物の仮面ライダーのようなアクションに仁志が感動していると、翼はそんな彼へ視線を向けて小さく笑みを見せた。

 

「仁志さん、無事で良かった」

「あ、ああ。おかげで助かった。ありがとう……っ!」

 

 何とか起き上がる仁志だが、左足の痛みに表情を歪ませる。

 幸い出血はもう止まっているものの、歩く事は厳しい痛みがその体を襲う。

 それでも何とかその痛みをねじ伏せるようにして仁志は立ち上がった。

 

「え、エル達は?」

「先程の場所で待っています。逃げるのは最後の手段だと」

「……そうか」

 

 それがどういう気持ちからの言葉かを察し、仁志はどこか嬉しそうに呟いた。

 

「おのれっ! 小癪な真似をっ!」

「くっ、やはりあれだけでは痛手にはならないかっ! なら……」

「翼っ! どうするつもりだ!」

「バイクアクションで戦います! クウガのように、私もこれを手足のように扱ってみせましょうっ!」

 

 アクセルを吹かし、翼は再びバイクとなったアームドギアで悪意へと挑む。

 それを見て仁志は気付く。翼が意識しているのが共に見たクウガのものだと。

 ジャックナイフやアクセルターンなど基本的な動きを入れつつ、悪意へバイクで向かっていく様はギアの形状もあり仁志には仮面ライダーにしか見えないものだ。

 

「このっ……調子に乗るなっ!」

「しまったっ!?」

 

 前輪を持ち上げて攻撃しようとした翼へ悪意が反撃を叩き込み、アームドギアごと彼女の体は地面へと転がった。

 

「翼っ!?」

「だ、大丈夫です……」

 

 駆け寄ろうにも足の痛みでその場から動けず、仁志は声をかける事しか出来ない。

 それでも、そんな彼へ翼は安心させるように笑みを返した。

 

「ふんっ、手こずらせてくれたな。まぁいい。また私の色に染め上げてやる」

 

 不敵に笑い、悪意はその手に闇を凝縮させていく。翼はそれを見つめ悔しそうな顔をしていた。

 仁志はどうする事も出来ない自分の無力さに唇を噛み締めて叫んだ。

 

「止めてくれ未来ぅぅぅぅぅっ!」

 

 すると、その声に悪意の動きが止まった。いや、正確には動きを止めたのだ。他ならぬ未来自身が、である。

 

「ぐっ……ば、馬鹿な……っ!」

“させない! もうこれ以上私の大切な人達を傷付けさせないっ!”

 

 仁志が傷を負った事を始め、響を弾き飛ばし、翼へダメージを与えた悪意は、まさしく未来にはかつてのシェム・ハそのものだ。

 だからこそ、余計その心を刺激した。あの時は何も出来ないままだった。それを繰り返したくないという強い想いが、その前に聞いていた響の言葉もあって悪意へ抗う力となったのだから。

 

 更にそこへ聞こえる歌があった。その歌声に仁志と翼が笑みを浮かべ、悪意が表情を歪める。

 

「貴様ぁ……生きていたか……っ!」

 

 ぎこちない動きで振り返った悪意が見たのは、凛々しい表情で歌う響だった。

 彼女が口ずさむは“Rainbow Flower”。かつてドクターウェルによって操られた未来を助ける際に唄った歌だ。

 

「……未来があの時と違って手を伸ばしてくれてる。なら、私がそれを掴みに行かない訳にはいかない」

“響……っ”

「ぐっ、馬鹿な……。あの依り代とやらの力もなしに、私から主導権を奪おうなんて……っ!」

「未来、今度は一緒に戦おう。あの時はそんな事言えなかったけど、今なら言える。私達はもう自分達の足でちゃんと立てるんだ。支え合わないといけない二人じゃない」

“一緒に……戦う……。そうだ……今の私はもう待ってるだけの私じゃない。響と一緒に並んで歩く事も、離れて歩く事も出来るんだっ!”

「だ、黙れっ! 黙れ黙れっ! こんな事、こんな事認めないわっ! 認めるものかぁ!」

 

 狼狽える悪意。内側から未来がその強い心の輝きを取り戻し始めている事に気付き、翼の時同様の現象を引き起こされると思ったのだ。

 だが、仁志は違った。ここからは自分が翼を助け出したのと異なる展開になるだろうと確信していたのだ。

 

 何故なら……

 

(俺は依り代ありきで助け出した。でも、響と未来はその干渉なしで同じ事を起こしつつある。内と外から、悪意を弾き飛ばそうと……)

 

 心の光。そう自分達が呼んでいる輝きが悪意を内側と外側から照らし出していると、仁志は感じていたのである。

 

「ラピスの輝きだけで足りないのならっ! 私の心の光をそこに加えて輝かせてみせるっ!」

「そうだっ! 行け立花っ!」

「ハートの全部でっ!」

「はいっ! はぁぁぁぁぁっ!」

 

 ラピスフィロソフィカスの輝きへ響の心の光が合わさっていく。その柔らかな、だけどどこか激しい波動が悪意を包み、未来の心へと届いて響く。

 

「な、何だっ!? この、忌々しい光は……っ! 私が、弾き飛ばされそうだ……っ!」

「そんなの脱いじゃえっ! 未来ぅぅぅぅぅっ!」

“あったかい……。響らしい、光……。やっぱり響はお日様だよ。だから……っ!”

 

 受け取った温もりに未来は意を決して叫ぶ。

 

「私も、陽だまりでありたいっ!」

 

 お日様と陽だまり。自分達の関係を彼女達はそう表現してきた。ならば、響が光を与えれば、それを受け取った未来がどうなるかは言うまでもなかったのだ。

 

「未来っ! 聖詠をっ! それで悪意を追い出せるはずだっ!」

 

 凛とした表情で宣言した未来へ仁志がすかさず助言を送る。

 

――Rei shen shou jing rei zizzl……っ!

 

 頷いて唱えられた力ある言葉が眠っていた依り代の力を目覚めさせる。

 その波動がイーヴィルギアと化していた悪意を弾き飛ばした。

 

「未来っ!」

「響……」

 

 本来の姿へ戻った未来へ響が駆け寄る。一度だけ抱き合い、響は未来へ微笑みかけた。

 

「おかえり、未来……」

「ただいま、響……」

 

 これまでは逆だったやり取り。だが、今はそれが相応しいと二人は思った。

 

「二人共、まだ終わってないぞっ!」

「悪意はまだ健在だっ!」

「「っ!」」

 

 聞こえた言葉に二人が視線を上へ向ける。そこにはイーヴィルギアを纏う色黒の未来がいた。

 

「おのれぇ……忌々しい光めっ!」

 

 眼下に見える四人へ憎しみを隠す事なく表情を歪める悪意。

 それを見て仁志は思わず呟いた。

 

「やっぱり未来らしくないエロさだよなぁ……」

「当然です!」

「私、あんな格好しませんっ!」

「仁志さん、貴方と言う人は……」

 

 この状況でもどこか普段のような事が言える胆力に翼は苦笑する。

 そして未来のギアが姿を変え、ミラーリングギアツインドライブへと変わった。

 

「後は頼んだ!」

「「はいっ!」」

 

 まるで同じギアを纏っているかのような二人は、同時に飛び上がると悪意へと向かっていく。

 

「消えろぉぉぉぉぉっ!」

 

 悪意が凝縮した闇を二人目掛けて放つも、それを見ても響も未来も欠片として表情を変えない。

 

「苦しみや痛みがっ!」

「二人を邪魔してもっ!」

「「歌い合って乗り越えてみせるっ!」」

 

 巨大な手と手が繋ぎ合って凝縮された闇を撃ち砕く。

 アマルガムギアを模した状態のミラーリングギアツインドライブだからこそ可能な事だ。

 そう、神獣鏡が持つ凶払いの力と浄化の力であるラピスフィロソフィカスの輝きの相性はベストマッチと言えたのだ。

 

 それはさながら響と未来のように。

 

「「繋ぐこの手がっ! アームドギアだぁぁぁぁっ!」」

「これで終わったと思うなぁぁぁぁぁっ!」

 

 邪悪を祓い清める二つの輝きが悪意を捉えて光へと変えて消滅させる。

 揃って着地し、響と未来は互いへ目を向けて微笑み合う。

 

「やったね」

「うん」

 

 軽く両手を合わせて勝利を喜ぶ二人の耳に聞こえてくる声があった。

 

「だ、大丈夫ですか皆さんっ!」

「嫌な匂いがしなくなったぞっ!」

 

 ヴェイグを抱えてエルフナインが姿を見せたのである。

 その姿に響と未来は笑顔を見せ、仁志と翼も安堵するように息を吐いた。

 

 こうして翼と未来との合流を果たし、仁志達は少し休んでから一旦上位世界へと帰還する事に決めた。

 

 一方その頃、とある平行世界では……。

 

「切ちゃん、大丈夫? 少し休んだ方が……」

「大丈夫、デスよ……。そ、それよりセレナは無事デスかね……っ」

「うん、きっと無事だよ。エルだってヴェイグがいれば大丈夫だから」

「そ、それはそうデスね……っ! ししょーなら、きっと何とかしてくれるはずデスから……」

「切ちゃん、やっぱりここで少し休もう? 追手は来てないみたいだし」

「そ、そうデスか……。じゃ、じゃあちょっとだけ休むデスよ……」

 

 ビルとビルの隙間に身を隠すように座る切歌と調。

 荒く呼吸を繰り返す切歌を背に、調は周囲を警戒するように意識を動かす。

 

「ぐっ!?」

「っ!? 切ちゃんっ!?」

 

 そんな時、切歌が胸を押さえて倒れた。慌てて調が駆け寄ると、切歌の両腕がゆっくりと日焼けをしたかのような変色を始めていた。

 

「切ちゃんっ! 切ちゃんしっかりしてっ!」

「し、調……っ! やっぱりアタシの事はいいデスから、早くししょーのとこへ行くデスよ……っ」

「ダメだよっ! 今の切ちゃんを置いて行ったら、私が師匠に怒られちゃうっ!」

 

 顔色が優れない切歌の手を握り締めて悲痛な表情を見せる調。

 実はゆっくりとではあるが切歌の肌は黒く染まり始めていたのだ。

 既に両足が色黒くなっていて、残すは上腕部と首から上を残すのみとなっている。

 

「そ、そんな事ないデスよ。ししょーは……っはぁはぁ……や、優しいデスから。じじょーを聞けば……許してくれるデス……」

「でも、でもっ!」

 

 自分が必死に呼びかけているから切歌は闇に飲まれる速度が抑えられている。そう調はどこかで感じ取っていた。

 一人になれば、その孤独感から一気に闇がその進行を早めて切歌を悪意へ染め上げるだろうと。

 

「っ! 調はっ! アタシに調をこうさせろって言うデスかっ!」

「っ?!」

 

 放たれた言葉が持つ意味を理解し、調は息を呑んだ。

 このまま切歌の傍にいれば、いつかは彼女が悪意に染まり、その手で自分も同じにしようと動き出す。

 それをさせるのかと、切歌は怒鳴るような声で調へ叫んだのである。

 

「アタシは……っ! ……アタシは、調をこうしたくないデス」

「切ちゃん……」

「だからお願いデス……っ。し、ししょーのとこへ行って欲しいデス。それで……アタシを迎えに来て欲しいんデスよ……」

「切ちゃん……っ」

 

 辛そうにだが、最後には笑みを浮かべて自分を送り出そうとする切歌に、調は流れる涙を止められなかった。

 

 それでも、彼女は大好きな親友の想いと願いを受け取り、意を決した顔で立ち上がる。

 そんな調を見て、切歌は嬉しそうに力なく笑みを見せた。

 

「それでこそデス。今の調、最高にカッコイイデスよ……」

「切ちゃん、絶対、絶対助けを連れてくるから」

「お、お願いするデス。ここで、大人しく待ってるデスから」

 

 力強く頷き、調はその場から脚部のローラーを使って走り出す。

 その音が遠ざかっていくのを聞きながら、切歌はぼんやりと空を見上げた。

 時間停止している空は、色を失い、見ていても気分を変える力はない。

 それでも、切歌は見上げ続けた。下を向いていたら、気分まで下向きそうだと思ったのだ。

 

(ししょーが言ってくれてたデスのに、アタシ達の中に悪意が種を植えてるかもしれないって。それなのに、アタシはダメダメデスね。マリア達が攻撃してきただけで心が乱れちゃったデスよ……)

 

 切歌の脳裏に浮かぶ、響達がゲート内へ出て行った後の記憶。

 若干怯えるエルフナインをセレナや調と共に慰めていると、突然依り代から通知音が聞こえ、慌てて四人で確認しようとした瞬間……

 

――切歌お姉ちゃんっ! 横に避けてっ!

 

 エルフナインの声に咄嗟に反応した切歌が見たのは、自分へアームドギアを突き出す奏の姿だった。

 

――何をするデスかっ!?

――未来さん、何のつもりですかっ!

――姉さんっ! 答えてっ!

 

 その後の事を、今でも切歌は鮮明に思い出せる。

 自分達の見ている前で、三人が怖い笑みを浮かべたのを。

 それと同時にエルフナインが叫んだのだ。

 

――姉様達にイグナイトギアの表示がありますっ! クリスさんにもですっ!

 

 信じられない報告に戸惑う切歌と調だったが、即座にセレナが動いて見せた。

 彼女はマリアへと斬りかかると凛々しく叫んだのだ。

 

――エルっ! ヴェイグさんと一緒にそれを持ってお兄ちゃんの世界へ逃げてっ! 

 

 姉としてエルフナインへ接してきたセレナが見せた、最大の成長と変化がそこにあった。

 戦う事を誰よりも嫌うからこそ、大事な者のために戦う事を選んだのだ。

 中途半端な気持ちでは、流れる涙がある。それをセレナは仁志の世界で知ったためだった。

 

「……セレナ、無事でいてくれるといいデスが」

「人の心配より自分の心配するべきじゃない?」

「っ!?」

 

 聞こえた声に切歌が顔を動かすと、そこには今は一番会いたくない相手となった二人がいた。

 

「あ? 一人しかいないぜ。食べ物とか取りに行ってるのか?」

「かもしれないわね」

「ど、どうしてここが……」

 

 平行世界へのゲートは複数ある。

 しかも、今切歌がいる場所はゲートからそれなりに離れた場所であった。

 あてずっぽうでこんなに簡単には見つけられないはずだ。それを思って驚く切歌へ二人は不敵に笑った。

 

「さて、どうしてだろうな? 教えてやってもいいが、交換条件といこうぜ」

「そうね。教えて切歌。調はどこへ行ったの?」

「マリアとクリス先輩を真似るの止めろデスっ! もう騙されないデスよっ!」

 

 禍々しいギアを纏う色黒のマリアとクリスへ、切歌はそう叫ぶとアームドギアを支えに何とか立ち上がった。

 その見るからに戦えない様子に二人はニヤニヤと笑うのみ。それに切歌は怒りを覚えた。

 

(本物の二人は、そんな顔絶対しないデスっ!)

 

 弱っている相手を見て、馬鹿にするような笑みを浮かべる。そんな事をマリアとクリスは決してしないと切歌は知っていた。

 

「仕方ないわね。切歌が教えてくれないんじゃ、自分達で探すしかないか……」

「まっ、どうせ行き先は分かってるさ。仁志のとこ、だろ?」

「言うもんかっ! デスっ!」

「そうかよ。まぁ別にいいけどな」

「そうね。むしろ、そっちの方が面白くなりそうだし」

 

 そこでマリアとクリスは楽しげに嗤い出す。その声に苛立ちを覚えて切歌は叫んだ

 

「どういう意味デスか!」

「あら? まだ分からない?」

「それとも、分かってて分からない振りしてんのか?」

 

 言いながら二人はその手を切歌へ向ける。その掌へ闇が集まり収束していく。

 それを見て、切歌は感覚的に察した。あれを受けたら一瞬で自分はもっとも恐れている状態へ変えられてしまうと。

 

「調はいずれここへ戻ってくる」

「そこをお前が出迎えてやるんだよ」

「「私(あたし)達と同じになって」」

「ぜ、絶対お断りデスっ!」

「「なっ!?」」

 

 なけなしの力を振り絞り、切歌は両足でしっかりと立つと同時にアームドギアで地面を攻撃。

 巻き上がる煙に紛れてその場から逃走を図ったのだ。

 

(ししょーっ! アタシ、諦めないデスよっ!)

 

 背後から感じる不穏な気配の正体に勘付きながら、切歌は掠れる声で呟く。

 

――調、信じてるデス……っ!

 

 その言葉を最後に切歌は闇の繭に飲まれてしまう。

 

 同じ頃、調はその世界のゲート前へようやく到着しその内部へ入ろうとしていた。

 

「っ!? 切ちゃんっ!?」

 

 虫の知らせとでも言うべき何かで大事な相手の窮地を感じ取り、調は来た道を振り返った。

 それでも、最後の会話を思い出して、調は顔を前へ戻す。

 

「必ず、助けを連れてくるんだっ!」

 

 常に二人一緒のようだった切歌と調は、上位世界での日々で一人でもしっかり立てるように成長していた。

 それは、絆を弱くするのではなく、より一層強いものへと変える事。

 今、切歌と調は互いを信じて離れる事が出来る強さを持っていた。

 

 そしてそれが、互いの運命を切り開く力となる……。




翼と未来、救出成功。ただし、これがある意味で只野を苦しめる事に。

実家の部屋は、四畳半あるかないかですからね(汗
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