シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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以前と同じように少しずつ装者達が増えていきますが、これまでと違い今回彼女達は普段と同じで戦う事が基本となります。
つまり、もうバイトなどで収入を得る事が出来ません。ここからも只野の男の見せどころです。


君が泣かない世界に

「そろそろ戻ろうか」

 

 そう俺が切り出すとみんながこっちを向いて、そして視線を左足へと向ける。

 

「それはいいけど、その足で動ける?」

 

 翼の問いかけに俺は苦い顔をするしかなかった。

 

 響と未来が偽未来というか黒ギャル風未来を倒して大体十分ぐらい経った、かな。

 翼達の体力もそれなりに戻ってきたようだし、悪意がここへ第二波を送りこんでこないとも限らないので、出来るだけ早く撤退するべき、だとは思う。

 

 ただ、情けない話、俺は左足の負傷のせいで満足に歩けそうにないのだ。

 

「それなんだけどさ、翼のバイクに乗せてもらえないか?」

「そういう事か。うん、いいよ」

「助かる。で、エルはヴェイグと一緒に響に運んでもらってくれ」

「「「分かりました(分かった)」」」

「未来はジュエルギアにしておくから、ゲートに入ったら俺達の護衛役、お願い」

「はい」

 

 こうして俺達は急ぎゲートへと向かい、再びあのヴェイグの鼻が使い物にならなくなる中へと入る事に。

 だが、ここで俺はある事を未来に試してもらう事にした。それは、アイギスの力を周囲に展開してもらう事。

 

「エル、どうだ? ヴェイグは何て言ってる?」

「これならまだ何とかなるそうです。でも、完全に嫌な匂いがしない訳じゃないと言ってます」

「アイギスの力でも完全遮断は出来ないなんて……」

「やはり、このゲート内は完全に悪意によって支配されていると見ていいな」

「セレナちゃん達、大丈夫かな……」

 

 響の言葉に俺も不安を抱く。

 未来に聞いた話じゃ、根幹世界へ戻った後の記憶は曖昧だそうで、うろ覚えに近い上に断片的にしか思い出せないらしい。

 その中で思い出せるものの一つに、調が切歌と一緒にギャラルホルンから逃げて行くという光景があったので、少なくても調と切歌は無事だと思う。

 

 セレナは、どうか分からない。無事でいて欲しいし、そうだとは思う。

 

 一つ希望と言うか、期待しているのは経過時間のズレだ。

 俺の世界では響達と別れて一時間以上経過してたのが、彼女達としては一時間も経過してなかったみたいに、どうもまた時間のズレが生じているらしい。

 

 つまり、セレナ達が悪意を纏った未来達と戦ってから一日も経過していないようなのだ。

 これなら、俺の世界で休息を取っても三人の経過時間が大きく変化していない可能性が高い。

 

「とりあえず一旦俺の部屋へ戻って、ちゃんと体を休めた方がいい」

「それと、只野さんの手当ですね」

「スマホの充電もしないとです!」

「そうだな。今は態勢を立て直す事が先決だ」

 

 装者三人の言葉に頷いていると、突然エルが目を見開いた。

 

「兄様っ! ヴェイグさんが、微かに優しい匂いがするとっ!」

「何だってっ!? どっちだ!」

「……進行方向から近付いてきているそうです! ただっ! その後ろから嫌な匂いもするそうですっ!」

「追われてるっ?!」

「小日向は仁志さん達を護衛し裂け目へ向かえっ! 立花っ! 乗れっ!」

「「はいっ!」」

 

 ライダーギアの本領発揮。ゲート内を爆音と共に響を乗せて駆け抜けて行く翼。

 それを見送り、俺はエルへと顔を向けた。

 

「嫌な匂いの数は?」

「一つだそうです。けど、この状態でもはっきり分かる程強いそうです」

「要するにちょっと前までの私に近いって事か」

 

 やや苦い声で告げられた言葉に俺は静かに首を横に振った。

 

「あれは未来じゃなかった。未来は本部へのゲートをくぐった時から響と手を繋ぐまで眠らされていたんだよ」

「只野さん……」

 

 こんな言葉でどれだけ彼女の心を軽く出来るか分からないけど、言わないよりはマシだと思って告げる。

 

「それに未来もあの時言ったじゃないか。自分はあんな格好しませんって。じゃ、それが答えだよ」

「……ありがとうございます、只野さん」

 

 柔らかく微笑む未来に若干照れくさくなって頬を掻く。

 やっぱり可愛くて綺麗な子だよな、未来も。

 

 未来に守られながらゲートまで移動する。

 正直言えば響達を待っていたいけど、依り代のバッテリーが心もとない以上長居は出来ないので先んじて俺とエルはゲートをくぐる事に。

 

「未来、君はここで響達を待つのか?」

「はい。いざとなったら守れるように」

「そうか。その……」

「ぁ……」

「気を付けて」

「……はい」

 

 未来の額にキスをして、俺は一言かけてからエルと共にゲートへと入った。

 見慣れた景色が広がると、一気に忘れていた痛みや疲れが押し寄せる。

 

「え、エル……そこの三段ボックスの一番上にタオルが入ってるから、それを濡らしてもってきてくれ」

「は、はい」

 

 這うように移動しながら俺は布団へうつ伏せになった。

 じわりと左足のふくらはぎが熱を持ってるのを感じる。

 

「も、持ってきました」

「悪いけど、それで軽く怪我してるところを拭いてくれるか?」

「はい」

「っと……タダノ、俺に出来る事はないか?」

 

 エルがパタパタと動き始めるとヴェイグが現れた。なので俺は手にしてたスマホを差し出してコンセント付近に転がっている充電器を指さした。

 

「これ、充電しておいてくれ」

「よし、任せろ」

 

 そうやって動く二人を見て、無力な存在なんていないんだと改めて実感する。

 エルもヴェイグも、勿論俺もだ。何かしらの役には立てるんだ。

 

「兄様、終わりました。消毒液などはありませんか?」

「タダノ、これでいいか?」

「ありがとう、エル、ヴェイグ。それと消毒液なら食器棚の上に置いてある四角い缶の中だ」

「四角い缶ですね」

「ああ。ヴェイグの方はそれでいいよ。後は俺の傍にいてくれるか?」

「分かった。何かあったら言ってくれ」

「うん、ありがとな。頼りにするよ」

「ヴェ、ヴェイグさん、手伝ってください。僕だけじゃ届かないので」

「っと、すまんタダノ、呼ばれた。エル、今行く」

 

 気怠くて辛いけど、視界に見える光景に心は和む。

 エルが両手でヴェイグを持ち上げて缶を取ってもらおうとしているからだ。

 だけど、やっぱり眠気が強い……。

 

「わるい……ちょっとねむ、る……」

 

 それだけいって、おれはめをとじた。

 そのしゅんかん、うしろのほうでなにかおとがしたのをききながら……。

 

 

 

 仁志が目を閉じるのとほぼ同時に響達がゲートを通過して部屋へと現れると、エルフナインとヴェイグはその中にいた人物を見て驚きを浮かべた。

 

「「調(お姉ちゃん)っ!」」

「エル……ヴェイグ……無事で良かった」

 

 疲れた顔ではあったが、嬉しそうに笑みを浮かべて調はギアを解除するとエルフナインへ近寄り、その小さな体を優しく抱き締めた。

 

「良かった……お姉ちゃんが無事で良かったぁ……」

「エル、ありがとう。エルがちゃんと師匠と合流してくれたおかげで私は助かったんだよ」

「っく……姉さん達が逃がしてくれたからです。僕の力じゃありませんっ」

「それでもだよ」

 

 そんな二人のやり取りを聞きながら翼はゲートを閉じる。

 既に響と未来もギアを解除してカーペットへ座り込んでいた。

 特に響の疲弊度合は高い。何せ調を追い駆けていたのはマリアだったのだ。

 接近戦主体の彼女を相手に、響は疲れた体で調を守るように立ちはだかり、気力だけでそれを隠し通す程の気迫を見せたのだから。

 

――響さんっ! 翼さんもっ!

――調ちゃんっ! 早くこっちへっ!

――あら、こんなところで会えるなんてね。

――マリアっ! 月読を追い回すとは……やはり悪意に染まり切っているかっ!

 

 悪意を纏っていた未来と同じくマリアも、その白く綺麗な肌を変色させられ日焼けでもしたかのようなものへと変貌させていた。

 だがさすがに多勢に無勢と思ったのか、それとも鬼気迫る響を相手にするのは厄介と思ったのかは分からないが、マリアはあっさりと撤退したのである。

 

 その際、気になる事を言い残して。

 

「仁志さんは……寝てしまったか」

 

 無理もないと翼は思った。何せ今回はある意味仁志にとって初めての本格的戦闘だ。

 

 今までのカオスビーストや悪意との戦いとは違い、彼が主体的に動き、考え、事を成していた。

 更には初めて戦闘でのダメージを負う事にもなった。

 故に肉体的にも精神的にも、その疲労は戦いに慣れている自分達よりも強いと察していたのだ。

 

「怪我もしたし、仕方ないですよ」

「只野さん、私のために……」

「あっ、そうだ。消毒しないと」

 

 響と未来の言葉を聞いて、エルフナインが手にしていた消毒液の存在を思い出した。

 

 ただ、既に仁志は眠っているため消毒すると目を覚ますかもしれない。

 しかし、全員の結論は同じだった。何かあってからでは遅いから手当をしようと。

 

「エルちゃん、私にやらせて」

「未来さん……」

「これは、私が負わせちゃった傷みたいなものだから」

「……分かりました。お願いします」

 

 手渡された小さなボトルを手に、未来は消毒液を少しだけ仁志の傷口へと吹き付ける。

 

「っ……」

 

 幸い少し反応こそしたが仁志が起きる事はなく、未来は安堵しながら手当を続けた。

 その後ろでは響と翼が押入れから布団を二組取り出していた。

 今は少しでも体を休めておこうと考えたのである。

 

「月読、私とだが一緒に寝よう」

「え?」

「さすがに一人ずつで寝るには些か場所が足らないのだ」

「それに、あまり布団を出して埃を舞わすのもどうかと思うしね。未来は私と一緒だから」

「うん、分かった」

「エル、お前はタダノと一緒に寝るといい。俺はあのクッションで寝る」

「……そうですね。今は体を休めるべきです」

 

 こうして響達も眠る事にし、エルフナインは仁志の布団で、ヴェイグは来客用のクッションで眠る事に。

 

(また兄様と一緒に寝られるなんて……)

(このクッション、微かにだが切歌やセレナの匂いもする。二人共、無事でいてくれ……)

 

 幸せそうに目を閉じるエルフナインと、どこか心配そうに目を閉じるヴェイグ。

 その二人を見て響達四人は小さく笑みを浮かべるも、調だけがすぐに顔を伏せてしまう。

 

「どうかしたのか、月読」

「いえ、何でもないです。疲れが出て来ただけなので」

「そうか。では、私達も寝るとしよう」

「ですね。正直もうヘトヘトで……」

「響ったらって、そう言いたいけど私もかな」

「激戦、だったんですね」

「ああ。互いの詳しい話は休んでからにしよう。今は体を休めた方がいい」

 

 こうして四人も布団へと入り、あっという間に寝息を立てる事となる。

 一時の安らぎが、ようやく仁志達へ訪れたのだ。

 

 そこから数時間後、外がすっかり暗くなった辺りで仁志の普段使いのスマートフォンが振動し、その音で彼が目を覚ました。

 

「ん……あれ……? 暗い……」

 

 寝惚けた頭で布団から出ようとして、仁志は傍で寝息を立てるエルフナインの存在に気付いた。

 

「……エル? ……そっか。俺達はゲートへ入って……」

 

 ぼんやりと寝る直前の記憶を思い出していく仁志。そこへ……

 

「っ!?」

 

 左足からの痛みで強制的に意識を覚醒させられたのだ。

 仁志が目を向ければ、そこには本当の意味でダメージジーンズとなったズボンと、少し腫れたふくらはぎの傷口があった。

 

「……これ、ヤバいな」

 

 今夜の勤務に支障が出る。そう思う仁志だったが、どこかでそれどころではないかもしれないとも考えていた。

 

「と、とにかく今はスマホだ」

 

 出来るだけ左足を動かさないように布団から這い出し、仁志は振動しているスマートフォンを手にした。

 

「……母さん?」

 

 一体何だろうと思いつつ、仁志が通話を選ぶと……

 

『仁志っ、エルちゃん達はいつになったら帰してくれるの! もう7時近いし、晩ご飯の支度、始めちゃうけど!』

「わ、分かったって。その、今からそっちへ向かうから。って、ちょっと待った」

『何? 今更やっぱりご飯いらないなんて言わないでしょうね?』

「え~っと、ものは相談なんだけどさ……」

 

 仁志は思い出したのだ。人数が増えてしまった事を。

 響達だけ送り、翼や未来はこの部屋で食事をと言うのもどうだろうと思った彼は、人数の追加は可能かどうかと持ちかけたのである。

 

 当然、彼の母親は大きな声で事情を話せと返し、仁志はそれを宥めつつ室内を見回して思わず絶句。

 

「……調がいる?」

『は? 何? しらべ? 音楽でも聞いてるの?』

「っ!? じ、実は、追加人数に変更が……」

『はぁぁぁぁっ!?』

 

 母親の怒りを一身に受けながら仁志は簡単に事情を説明した。

 事情があって離れ離れになっていた響達の仲間であり友人達と合流出来たと。

 で、寝泊まりは無理でもせめて食事だけは一緒にさせてやりたいという事も。

 

 そう言われてしまえば無碍にも出来ない辺り、やはり彼女は仁志の親なのだろう。

 母親は諦めるようにため息を大きく吐くと、近所のスーパーへ買い物へ行って追加材料を買ってくると返して通話を終えたのだ。

 

 勿論、それに対して仁志が深い感謝を述べたのは言うまでもない。

 

 さて、そうなると今度は自分の事をどうするかが仁志の悩む事となる。

 何せ今夜は勤務がある。いくら平日深夜のコンビニとはいえ、まったく動かないでいい訳ではない。

 荷物がある以上動かなければならないのだ。休むという選択肢も考えないではないが、この時間からでは交代してもらうのも難しい。

 

 それでもと、一縷の望みをかけて彼は脇谷へ連絡を試みた。

 

『もしもし? 店長っすか?』

「ああ、こんな時間にすまない。ちょっと相談があるんだけど……」

 

 足に怪我をしてしまったので、申し訳ないが今日と明日の夜勤を代わってもらえないかという申し出をする仁志。

 

 その結果は……

 

『いいっすよ。んじゃ、明日代わりにお願いしまっす』

「ありがとう。本当に感謝するよ」

 

 意外にもあっさり交渉は成立し、即座に仁志は店へと連絡を入れる。

 

「あっ、只野です。オーナーに取り次いでもらえないかな?」

 

 電話口のふみへ優しくそう告げ、待つ事数分でオーナーが電話に出た。

 

『どうしたんだい?』

「あっ、実はですね……」

 

 足に怪我をして歩くのがやっとな状態になってしまったので休ませてほしい事と、既に脇谷とシフトを代わってもらった事を伝え、仁志はその場で頭を下げた。

 

「ご迷惑おかけします」

『気にしなくていいよ。まぁ、只野君は店長だから構わないけど、本来は別に休ませて欲しいって連絡だけでもいいんだよ? それを聞いてどうこうするのは僕の役目だからね」

「オーナーにご迷惑をおかけしたくないんで」

『ははっ、それはこっちもだよ。とにかく、交代要員の話をつけてくれてありがとう。で、もし良かったら明日も休むかい? 荷物の少ない日だし』

「でも、脇谷さんには……」

『荷物が終わるまでは本部から人を呼ぶよ。ドライがないから三時には上がってもらえば出費も最低限で済むさ』

「……ありがとうございます。でも、本当にいいんですか?」

『無理をさせて君が入院、なんてなった方が痛手だからね』

 

 その軽いが温かい言葉に仁志は一瞬言葉に詰まり、更に深く頭を下げた。

 

「本当にありがとうございます。なら、お願いします」

『分かった。その代わり、この二日で絶対に治しておいてくれるかな。さすがに三連休は許さないよ?』

「はいっ!」

 

 オーナーの厚意に深く感謝し、仁志は通話を終えると息を吐いた。

 

(俺、やっぱり人に恵まれてるなぁ……)

 

 人生最悪の期間を超えた後、仁志はつくづく人との縁に恵まれていると感じた。

 行きつけの弁当屋の店主である陽子に、近所だからとだけで仕事先に選んだコンビニのオーナー。

 

 そして、響達だ。

 

 仁志が今、こうしてちゃんと生きているのはまさしく良縁との出会いがあればこそだと言えた。

 

「でも……」

 

 この足の状態では車の運転が厳しいかもしれない。

 そう思って仁志はどうしたものかと考える。

 

「とにかく今はみんなを起こそう」

 

 傷が早く治る絆創膏を買ってきてもらおうと、そんな事を考えながら仁志はまずヴェイグから起こしていくのだった……。

 

 

 

「どう、ですか?」

 

 心配そうな声のエルへ仁志さんが息を吐いた。

 

「うん、何とか運転ぐらいは出来そうだ。ただ、あまり速度を出すのは怖いから、到着時間は普段より遅くなりそうだけど」

 

 今、私達は仁志さんのご実家所有の車に乗っている。

 私は助手席に座り、立花達が後部座席に少しだけ窮屈そうに座っていた。

 

「まさか只野さんの実家で響達が生活してるなんて……」

「あの部屋じゃ、エルちゃんが暮らすにはちょっとって」

「シャワーもないですからね、師匠の部屋」

「ぼ、僕は構わないんですが……」

「「「「「ダメ(だ)」」」」」

 

 ヴェイグを除く私達の言葉がエルへと放たれる。

 まぁ、ヴェイグは車内が狭いからとエルの中へ入っているので、同じ事を言っていたとしても声が聞こえないから何とも言えないか。

 

「ただ、その事で相談がある。このままじゃ響達が来た当初と同じ流れになっちまう」

「うわぁ、本当だ。毎日シャワーだけを借りに駅前のネカフェ通いだぁ」

「そう、だな。シャワー代だけで毎日一人300円かかる計算だ」

「えっと……」

「聞いてたよりも大変な頃があったんですね、響さん達」

 

 私の言葉を聞いて小日向と月読が苦い顔をした。

 思い出すとあの頃は色々と資金繰りに困っていたな。何しろまだ立花と雪音のバイト代が出ない頃で、動画配信なども始めていなかったし。

 

「今夜は緊急事態だから俺の部屋で寝てもらうけど、今後を考えるといっそどこかの部屋を借り直す事も視野にいれるべきかもしれない」

「あ、あの、その場合、僕はそちらへ行きたいです」

 

 エルの気持ちは分かる。

 何せ軽く聞いただけでも、エルは仁志さんの実家で仁志さんのご両親から可愛がられてるのが容易に想像出来た。

 きっと、若干居心地が悪いんだろう。そういう意味ではエルは気を遣ってしまう子だからな。

 

「悪いけど、エルには現状実家に居て欲しいんだ。母さん達があれだけ喜んでくれてるからさ。せめてもの親孝行みたいな感じなんだよ」

「そ、そうですか」

「でも、エルがどうしてもって言うなら構わない。その場合は、現状だと響と調に俺の実家暮らしをしてもらうかも」

 

 言いながら仁志さんが車のエンジンをかける。重低音が聞こえ、ライトが点灯した。

 にしても、立花と月読か。何故小日向ではないのだとそう思ったが、おそらく寝床の関係だろうな。

 

「シートベルトはした? 出発するぞ」

 

 ゆっくりと動き出す車に揺られながら、私は一度だけ行った場所へ向かう事になった。

 

 初めて訪れた時は、奏とマリアが一緒だった。

 仁志さんを含めて四人で笑い合い、楽しく過ごしていた。まだ、あれから一月も経過していない。

 それなのに状況は激変している。マリアと奏は悪意に囚われ、染め上げられてしまっているのだ。

 

 私も、そうなったから分かる。あれは、乗っ取りなどではない。言うなれば刷り込みだ。

 

 同じにする事が立花のためになる。仁志さんのためでもある。

 そう思いこまされたところへ凄まじい力を感じて高揚させられるのだ。

 まるで、何でも出来るような気分へと。

 

「仁志さん、足の具合はどう?」

「まぁ痛みはあるけど、大分マシにはなったかな。翼が買って来てくれたやつのおかげだ」

「なら良かった。だけど、無理はしないで」

「ああ。とりあえず出来るだけ大人しくしてるさ」

 

 噛み締めるようにそう答える仁志さんに少しだけ疑問が浮かぶ。

 一体どうしたのだろう? 何か、あったんだろうか?

 そういえば今日と明日を急遽休みにしてもらえたと言ってたっけ。じゃあ、きっとそれ関係だね。

 

「ねぇ響、只野さんのご両親ってどんな感じ?」

「えっと、仲が良いんだけど仲が悪い?」

「どういう事ですか?」

「え、エルちゃん、どう言ったらいいかな?」

「おばあちゃんとおじいちゃんは、喧嘩する程仲が良いという言葉の意味を教えてくれる二人です」

「それだっ!」

 

 聞こえてくる言葉に私は隣へ顔を向けた。

 仁志さんがそれを聞いて苦笑していたからだ。

 

 その横顔は、どこか優しい。一瞬だが、何故かお父様と重なった。

 

「ちょ、ちょっと待って。エルちゃん、只野さんのご両親をなんて呼んでるの?」

「え? おばあちゃんとおじいちゃんですか?」

「エルが、師匠の子供になってる……」

「あー、それには色々訳があるんだ。簡単に言うと、俺の母がエルを孫みたいに扱う事にした。で、昔から娘が欲しかった父もそれに追従した。だから呼び方をそうさせた」

「「あ~……」」

 

 どうやら小日向と月読は納得出来たらしい。私は、正直納得は出来ないが理解はした。

 仁志さんのご両親は、立花の事を恋人と思っていたはずだ。それが事情を知り、そうとは言えない事に気付いたのだろう。

 だからせめてと、エルを孫として扱う事にしたのではないだろうか?

 仁志さんが妻を持ち、子を成す事を願いつつ、それが出来なかった場合の慰めとして。

 

「エルはそれでいいの?」

「はい。その、兄様には言ったんですが、僕にとって兄様はもう一人のパパみたいな存在なので」

「そっか。じゃ、只野さんのご両親はエルちゃんにはおばあちゃんとおじいちゃんだ」

「はい。二人共、とっても優しくしてくれます」

「ホントだよ。実の息子よりも可愛がってるんだ。響もそう思うだろ?」

「え、えっと、さすがに成人した仁志さんとエルちゃんは差が出来て当然かな~って」

「素直過ぎるぞ立花」

「まったくだ。でも、他ならぬ俺もそう思うんだから仕方ないよなぁ」

 

 そこで全員が笑った。だが、私は気付いた。すぐに月読の笑い声が止まった事に。

 それとなくバックミラーで月読の様子を窺う。その表情はどこか暗い。

 

 ……暁、だろうな。離れ離れになったか、あるいは共にいたが引き離されたのか。

 どちらにせよ、気にかけ、声をかけておくか。私ではなく仁志さんの方が適任かとは思うが、私も出来るだけの事はしてやりたい。

 

 そのまま車内は駐車場へ着くまでの間、仁志さんのご両親の話題に終始した。

 それにしても、聞けば聞く程理解のあるご両親だと思う。お父様や叔父様もそういう意味では理解があったと思うが、それは立場などがあればこそだ。

 ごく普通の一般家庭の方がこの事態を受け入れ、理解を示すなどやはり俄かには信じがたいものがある。

 

 しかし、それもこの一言で不思議と腑に落ちてしまうのだ。

 

「仁志さんの親、だからね」

 

 ここへ来た立花と出会った際、仁志さんがまずしたのが、この世界は立花にとって異常である事の説明だった。

 そこから考えるに、その反応や対処はご両親からの教えか遺伝なのだろう。

 

「よし着いた。響、これ家の鍵。これを持って未来達を連れて先に行ってくれ。母さんはとりあえず食事の人数が増える事を知ってるから」

「分かりました」

「翼、悪いけど肩を貸してくれるか? 歩けるとは思うけど、念のためにさ」

「うん」

 

 先に車を降りて歩き出す立花達を見送り、私は仁志さんと連れ立って歩く。

 な、何だかいつかの散歩の時よりも近いせいか夫婦のような気分になる。

 

「翼、少しいいか?」

「何?」

 

 階段を上ろうとした辺りで仁志さんが心持ち小さな声で会話を求めてきた。

 

「調の事、気付いてる?」

「……うん」

 

 思わず、さすが仁志さんと唸ってしまいそうになった。

 やはりこの人は私達の事を見てるんだ。

 

「詳しい事情はまだだけど、十中八九理由は切歌だ」

「私もそう思う。初戦の後、追跡を撒くために別れたんじゃないかな?」

「やっぱそういう事だよなぁ」

 

 噛み締めるような声で仁志さんが呟く。私も似た想いだ。

 こちらの生活でかなり変化したとはいえ、月読と暁の仲の良さは立花と小日向を凌駕するものがある。

 マリアに追われていた事から考えても、おそらく逃げた先で見つかったのだろう。

 ただ、気になるのは去り際に放たれた一言だ。

 

――助けない方がいいかもしれないわよ?

 

 あれは、おそらく月読へ言っていたのではないだろうか。あの時は私達かと思っていたが、状況的に月読だと思った方がいい気がする。

 

 だとすれば、助けない方がいいとは誰をだ? 決まってる。暁だ。

 そう考えると、暁を助けるために月読は一人ゲートを移動していた事になる。それは何故だ?

 きっとギアが変化した事で仁志さんへ依り代が、エルが合流したと分かったからだ。

 上位世界へ行き、仁志さんの力を借りて暁を助けようとした。そう考えるのが妥当だろうな。

 

「仁志さん、まずは私に任せてくれない?」

「むしろ俺からお願いしようと思ってたぐらいだ。でも、あまり無理はしないでいいよ。未来にもお願いしようと思ってるんだ」

「……うん、分かった。小日向なら私よりも月読の立場や心境へ寄せられるしね」

「そういう事。まぁ、まずはその前に、俺の両親への詳しい説明っていう面倒事を片付けないといけないけど」

 

 そう言って苦い顔をした仁志さんに私は小さく苦笑する。

 ああ、本当にこの人で良かった。こんな事になっても、この人は強くあろうとしてくれ、そして明るくいようとしてくれる。

 

 立花が言ったように、仁志さんは私達のヒーローなんだ。

 

 でも、情けない声を出しながら階段を上るのは止めて欲しい。

 そんなところも、貴方らしいとは思うけどね。

 

 

 

「何と言うか、こうなると嫌でも信じるしかなくなってくるな」

 

 師匠のお父さんの言葉には若干の苦笑が混じってる。

 師匠のお母さんが作ってくれた晩ご飯(色んなふりかけを使った沢山のおにぎり・豚汁・玉子焼き)を食べながらの時間は、何というか一種炊き出しみたいに思えた。

 

「ホントよ。まさか一気に三人も女の子が増えるなんてね」

「と、突然押しかける形になってすみません」

「「すみません」」

 

 翼さんの言葉に合わせて未来さんと一緒に頭を下げる。私もご飯を作るから分かる。突然人数が増えるのがどれだけ大変か。

 しかも、いきなり三人も。でも、きっと私だったらこんなに思い切った事は出来ない。

 まさかお家で炊き出し風の献立にするなんて、新しい発見。やっぱりちゃんとお仕事と家事を両立させて子育てをした人は凄い。

 

「ああ、いいのよ。貴方達はなんっ……にも悪くないんだから。悪いのは、こっちへの連絡を忘れてたこの子だから」

「だから何度も謝ったじゃないか。しかも、珍しく真剣に」

 

 申し訳なさそうだけど、どこか不服そうな顔で豚汁を啜る師匠。

 こんな師匠も珍しい。私がよく知ってる師匠は、もう少し感情を抑えてるから。

 

「珍しくがおかしいって気付きなさい。それで、未来ちゃん達はどこに泊めるの? あんたの部屋はもう限界だし、リビングで寝てもらうには布団がないわよ?」

「えっと、今夜は何とか出来る。で、父さんに頼みがあるんだけど」

「この子達の事だろ。とりあえず言ってみろ」

 

 その言葉に師匠が思わず言葉を飲んだ。私達も驚きの表情で師匠のお父さんを見た。

 師匠の……うん、長いから略そう。パパさんは平然とした顔で師匠を見つめてる。

 

「そ、その、住んでる街に、以前借りるかどうか迷ってた3LDKの一軒家があって」

「平屋か?」

「んな訳あるか。二階建てだよ。風呂とトイレが別々でシャワーもある」

「リビングや部屋の広さは?」

「リビングはここよりほんの少し広い。部屋の方は、合計してもこっちの勝ち」

「それで家賃は」

「6万5千」

「は? ちょっと仁志。あんたの稼ぎじゃ」

「お母さんは黙ってなさい。それで、お前は私にどうして欲しいんだ?」

「頼む。半分とは言わない。3分の1程度の2万円、出してくれ」

 

 真剣な表情で頭を下げる師匠を見つめるパパさん。

 ママさんはどこか不満そうにおにぎりを食べてる。

 

 ……この状況でそう出来るのも強さな気がする。母は強しって、こういう事?

 

「2万、か。どうせ頼むならもう少し欲張れ。3万出してやる」

「い、いいのか?」

「お前が男として覚悟を見せたからな。まぁ店長の就任祝いも渡してなかったし、それだと思って出してやる。それに、それぐらいこの子達がやらないといけない事っていうのは大変な事なんだろう。世界平和が云々なんて一生縁のないもんだと思ってたが、まさかこんな風にやってくるとはなぁ」

「仁志がそういうの好きだから引き寄せたのかもしれないわ。類は友をって……これは違うか」

「今回は嘘から出た(まこと)が近いでしょう。まったく、無理して難しい事を言おうとするから……」

「別にいいでしょっ。それに途中で違うって気付いたんだからいいじゃないっ」

「だからっ、そういう問題じゃなくて」

「はいはい、そこまでにしてくれ。翼達はそれ、初めてなんだからさ」

 

 ……はっ! 思わず呆然としてた……。

 これがエルの言ってた事か。ケンカする程仲が良いって言葉の意味を教えてくれるって。

 

 何せもうパパさんもママさんも、さっき口喧嘩しそうになったのが嘘みたいに平然とご飯を食べてる。

 この感じは敢えてそうしてるんじゃない。本当にさっきの事が気になってないって空気だ。

 

「とにかく、ありがとう父さん。その、一か月分だけで終わる可能性もあるんだ。みんながいつまでこっちにいるかも分からないからさ」

「そうか。そうだな……」

「あと、最終的にここから五人増える可能性がある」

「五人? 成程な。だから3LDKなんて選ぶ訳か。全員の寝る場所だけは確保したいと」

「まぁ、そんな感じ」

 

 何だか、男同士のやり取りって言うよりはやっぱりどこか親子の会話って感じがする。

 どこがって言われると分からないけど、お互いに分かり合ってるような、通じ合ってるような、そんな感じがした。

 

「っと、そうだ。母さん、少し見て欲しいんだけどさ」

「何を?」

「その、実はちょっと怪我したんだ。左足のふくらはぎ」

「は?」

 

 そう言って師匠がテーブルから離れてソファ近くに行く。ママさんも仕方ないって感じでそっちへ行って、貼ってある絆創膏を勢いよく剥がした。

 

「~~~っ!? も、もう少し優しく剥がせよ!」

「煩いねぇ。男でしょうが」

「それでも看護師かよっ!」

「家族相手なんだからいいでしょ。それに仕事としてなら給料もらうわよ?」

「なんて親だ……」

「家の中まで仕事モードでいたくないのよ。で、どれどれ……」

「ったく……」

 

 どことなくママさんが一瞬マリアや奏さんに重なって見えた。

 接し方、どこか似てるからかも。もしかして師匠があの二人に弱いの、ママさんと近い時があるから?

 

「あんた、どこで何してこうなったの? 単なる切り傷じゃないんだけど……」

「……みんなが戦ってる敵の攻撃」

 

 傷口を見たママさんの問いかけに師匠が迷って返した答え。

 それを聞いたママさんは弾かれたみたいに顔を上げた。

 

「どういう事!?」

「俺もみんなと一緒に戦ってる。そうしないと勝てない相手なんだ」

「戦ってるって……ろくにスポーツもやってこなかった三十男が?」

「ああ」

「呆れた……。仁志? あんたは自衛官でもなけりゃ警察官でもないんだからね? 今まで体を」

「分かってる。それでも、こんな俺でも力になれるし、俺しか出来ない事もあるんだ」

「だからってね……」

 

 不安そうなママさんを見て私は何も言えない。実際ギアがない師匠は、戦闘になったら危ない状況しかないから。

 前は未来さんやセレナが気を配ってたけど、今回はその二人が傍にいなかった。しかも、きっと師匠の事だから無茶をしたんだと、思う。

 

 どこか師匠って響さんに似てるところあるし。

 

「連絡さえも出来ない外国へ行くかもしれないって言ったのは、そういう事か……」

 

 そんな時、パパさんが噛み締めるように告げた言葉が部屋の中に響いた気がした。

 見れば師匠もママさんもパパさんへ顔を向けてる。

 

「仁志、お前の人生だ。好きにしろ、とは思う。ただな、一つだけ言わせてもらうなら私達より先に死ぬな。事故や病気なら諦めもつくが、自殺なんてもってのほかだ」

「分かってるさ。俺だって死にたくないっての。せっかく学生時代に出来なかった事が出来るようになってきたって言うのに」

「お前な……」

「父さん、母さんも聞いてくれ。たしかに俺なんか力もそこまでないし、秀でてるものなんかないに等しい。それでも、今俺がみんなを手伝わないといけないんだ。傷付く事を恐れたら、地球は、この世界は、悪の手に落ちる。そんな馬鹿みたいな話が、本当になろうとしてるんだよ」

 

 師匠の言葉は、今だと事実だ。ツインドライブを使い分けたりしないと、今の悪意が操ってるマリア達にはきっと勝てない。

 軽く聞いただけだけど、翼さんまで悪意に操られたみたいだし、それなのに未来さんまで元に戻せたのは、きっと師匠が一緒に戦ってくれたからだ。

 

「……ヒーロー物が好き過ぎて、今の自分に酔ってないだろうな?」

「むしろそれぐらいにならないと怖くて戦えないんだよ。ランナーズハイじゃないけど、脳内麻薬出して、自分はヒーローだって思いこむぐらいじゃないと、余計死ぬ可能性が高いんだ。恐怖で怯えたら、それが死へ繋がりかねない」

「おじさん、おばさん、その、私達だけじゃ今回は勝てないんです。仁志さんがいてくれないと、私達さえ相手に操られちゃうかもしれないから」

「実際、私や小日向はそうなりました。ですが、仁志さんが立花達と協力し救い出してくれたのです」

「仁志が……ねぇ」

「まだどこか信じられん話だが、本当にそうなんだろう。この子達が私達の常識では計れない世界から来たのは間違いないし」

「そうだけど……この部活もやらなかったような子が……」

「「それは関係ないだろ」」

 

 師匠とパパさんの声が重なって思わず少し笑っちゃった。

 見ればみんなそうだった。仁志さん達親子だけがムッとした顔をしてる。

 

「とにかく、私はお前が私達より先に死なないのなら好きにしろと思ってる。ああ、人様に迷惑もかけんようにな」

「当たり前だっての」

「ならいい。お母さん、それでいいじゃないか」

「でも、もしかしたら死ぬかもしれないって言われて、それでも好きにしろなんて私は言えないわよ」

「仁志が戦わないならどちみちこいつも死ぬしかない。なら、まだ生き残れる道を選んだ。そういう事だろう」

「っ……。お父さんはそれで納得してるかもしれないけど……」

「私だって心から納得出来てる訳じゃない」

「そんな風には見えないわよっ。貴方は我が子が死ぬかもしれないって聞いて、よくそんな風に冷静でいられるわねっ!」

「だからこそ仁志は長生き出来るように自分の精一杯をやろうとしてるんでしょうがっ!」

「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」

 

 パパさんが怒鳴ると同時にテーブルを叩いてみんなが息を呑んだ。翼さんさえも驚いた顔をしてる。

 

「私だって本音を言えばそんな危ない事は止めろと言いたい! お前以外に出来る奴がいないのか! その子達だけじゃ無理なのかとっ!」

 

 そこでパパさんは一旦言葉を切って息を吐いた。まるで自分の気持ちを冷やすみたいに。

 

「……だけど、そんな事を考えない私達の子供じゃないでしょう。きっと、仁志も関わるしかないんだよ」

 

 その言い方でママさんが師匠へ顔を向けた。師匠は、何とも言えない顔をしてる。

 

「それに、女の子達だけを戦わせて平気な育て方はしてないと思ってる。仁志なりに、大人に、男になった結果だ」

 

 少しだけ落ち着いたパパさんだけど、その言葉にはきっと深い愛が込められてる。

 師匠を、自分の子供を思う、愛情が。

 

「……仁志、そうなの?」

「ああ、俺が手を出さなけりゃ最悪の結末は確定レベルって言っていい。だから、少しでもこの世界を、父さんや母さん達を守れて俺も生き残れる方法を選んだ。ジーっとしててもドーにもならないから、もがき足掻いておきたいんだよ。こんな俺でもやれる事があって、出来る事があるのなら」

 

 はっきりとした言葉に私は胸を押さえた。

 切ちゃんは師匠のこういうところを信じてたんだ。私よりも切ちゃんは師匠の事を知ってたから。

 

「お母さん、もう仁志は成人してるんだ。私達がその生き方へあれこれ口出す時期はとっくに終わってる。人様に迷惑をかけないのなら、な。そうじゃない以上、ここは大人しく見守ってやろう」

「お父さん……」

「その、確約は出来ないけど、俺は自分の言った事を破るつもりはないよ。二人の面倒を見るし、先に死ぬつもりもない」

 

 そのしっかりした声は、私達への言葉でもあるって分かった。

 師匠は、仁志さんは私達と約束した。あの時、サムズアップと笑顔で。

 それを果たすつもりだって、仁志さんはそう言ってる。私達へ伝えてる。

 

 仁志さんの決意が伝わったのか、ママさんは諦めたようにため息を吐いて俯いた。

 それを見てパパさんが立ち上がると、ママさんへ近付いてその肩へそっと手を置く。

 顔を上げたママさんへパパさんは静かに頷く。それだけで何か伝わったようにママさんも小さく頷き返した。

 

 思わぬ事になった晩ご飯だったけど、改めて仁志さんの、師匠の気持ちと親って存在のあったかさを知れた。

 

 ご飯が終わって、私達は響さん達が使ってる部屋へ入った。

 翼さん達が使ってたアパートの寝室ぐらいしかないからちょっと狭い。

 ベッドへ響さんと未来さんにエルが座って、私はヴェイグのクッションを使わせてもらう事に。

 翼さんは師匠と一緒にドア近くで立っていて、みんなの視線が私へ集まってた。

 

「じゃあ、調、話を聞かせてくれるか? エルが脱出した後、何があったかを」

「うん、分かった」

 

 エルとヴェイグを逃がした後、私達三人はギャラルホルンを守るように戦ってた。

 

 だけど、途中からマリア達三人の姿が闇に包まれたみたいになって、どういう事だろうと思っていると、少し間を置いてその中から真っ黒のギアを着た三人が出て来た。

 しかも肌の色とかまで変化してて、その、ギアインナーもエッチな感じになってた。

 なのに強さは桁違いに上がってて、私達は一気に追い詰められる事になった。

 

「そこでギアが変わって、私達はエル達が師匠と合流出来たって分かって一気に巻き返せた」

「リビルドギアツインドライブだからな。私もそれで雪音を騙る悪意を撤退させた」

「はい、私達もマリア達がそれで少し怯みました。でも、すぐに立ち直ってきたんです。私達は歌ってるのに向こうは歌無しで互角だったから、このままじゃ不味いと思って……」

 

 まず、私はセレナを逃がすべきだと思った。こうは言いたくないけど、セレナはエルの次に幼いから。

 

――セレナっ! 先にゲートへ! 私達もすぐに後を追うから!

――また後で会おうデスっ!

――っ! 分かりましたっ! 絶対後で会いましょうっ!

 

 きっと、あの時のセレナは分かったんだと思う。私と切ちゃんが自分を逃がそうとしてるって。

 それでもワガママを言わずに動いてくれたのは、セレナなりの成長なんだと思う。

 以前のセレナだったら、そこで素直に動かず時間をくったはずだ。

 

「セレナに逃げてもらったんですけど、すぐにギャラルホルンへの動線を未来さんが塞ぎました。私と切ちゃんはユニゾンで強引に突破しようとしたんですけど、マリアと奏さんがそれを阻止するように私達をそれぞれで激しく攻め立ててきて……」

 

 私と切ちゃんはこのままだと不味いって理解して、何とか隙を作り出さないとって動いた。

 ギアの攻撃でも本部が傷付かないのは分かったから、ならって飛び道具系の攻撃で一時的に距離を稼ごうとしたら、それを弾き合ったマリアと奏さんへそれぞれの弾いた攻撃がヒット。

 

「それで、二人が揉め始めたんで私と切ちゃんはユニゾンで一気に未来さんを突破して、ギャラルホルンへと入ったんです」

「じゃあ、調ちゃんと切歌ちゃんはやっぱり一緒だったんだ?」

「はい。でもセレナがどこへ逃げたかは分からなかったし、クリス先輩が戻ってくるかもしれないと思って、私達は一先ず上位世界とは逆方向の平行世界のゲートを目指しました。ただ……」

「「「「「「ただ?」」」」」」

 

 今でも思い出せる。未来さんを突破して、ギャラルホルンの前で速度を落とした時の事は。

 

――切ちゃん、早く!

――分かってるデスよっ!

――簡単に逃がすと思わないで。

――っ?! 調っ!

――えっ?

 

 ギャラルホルンへ入ろうとした直前、私へ未来さんが何かを放ってきて、それを切ちゃんが咄嗟にアームドギアで弾こうとしてくれた。

 でも、それはアームドギアに当たった瞬間消えて、切ちゃんが苦しそうな顔をしながら私に続いてギャラルホルンへと入った。

 

「最後に切ちゃんが私を庇って何かをアームドギアで受け止めたんです。それが切ちゃんの体をゆっくりと蝕んでいって」

「翼さん……これって……」

「ああ。私が悪意にされたのと同じだろう。暁も悪意の種をその時に植え付けられたのか」

「それで、二人で逃げて、司令やドクターのいる世界のゲートへ入りました」

「何でそこに?」

「私達がドクターのいる世界なんて選ばないだろうって思うんじゃないかなって」

 

 でも、マリアは私がゲートを出てから少しすると追い駆けてきた。

 つまり、既にあの世界に来てたって事だ。

 ただ、私と鉢合わせにならなかったって事が気になる。

 どうしてゲートを目指した私とすれ違わなかったんだろう?

 

 そう思って師匠達へ聞いてみた。すると、エルが……

 

「もしかしたら、切歌お姉ちゃんに植え付けられた悪意の種が発信機みたいな役割を果たしたのかもしれません。それで悪意はゲートから切歌お姉ちゃんの居場所へ最短距離で向かったのでは?」

「そっか! 翼さんのところへ悪意がすぐ来たみたいにだね?」

「おそらくですが……」

「なら、セレナはまだ悪意に発見されていない可能性が高いな」

「逆に言えば、きっと切歌ちゃんは……」

「私のようにされているだろう。きっと今はその別れた世界で月読を、私達を待ち構えているはずだ」

 

 私を待ってる、か。それはきっと間違いない。悪意に支配されてもされなくても切ちゃんはあそこで私を待つって言ったんだ。

 

 そして、私はそこへ助けを連れてくるって約束したんだっ!

 

「師匠、切ちゃんを助けに行ってくれますか?」

「聞く必要のない事だよ調。むしろそこへ一緒に来てくれるか?」

「うん!」

 

 切ちゃんを助けたいって気持ちは変わらないから!

 

「じゃあ、明日行こう。で、昼前に行こうか。今回の事で分かったけど、人数と相手もあってカオスビースト戦よりも疲労具合が高いから」

 

 その師匠の言葉に私達は頷いた。

 この後は二人ずつで汗を流す事になり、響さんは未来さんと、私は翼さんとお風呂へ行く事に。

 エルはママさんと一緒に入る事になった。ヴェイグは何とパパさん。

 

「俺はいいんだが……」

「「「「「「ダメ(だ)」」」」」」

 

 相変わらずお風呂が苦手なヴェイグへみんなで注意する。

 でも、師匠は一人で大丈夫なのかな? 左足を怪我してるし、歩くのも結構大変みたいだった。

 ママさんが言うには、縫う程じゃないけど少し間違ったら入院確実だったぐらいの深さみたい。

 

 ただそこで「保険は入ってる? 実費はバカ高いから気を付けなさい」って言いながら絆創膏を叩いて締め括ったのは、何というか凄いと思った。

 

「師匠、一人で大丈夫?」

「ああ、心配いらないよ。今日は濡れタオルで体を拭く事にするから」

「成程」

 

 それなら大丈夫だ。でも、きっとマリアがいたら自分が水着を着て一緒にとか言ってそう。

 

 ……あのマリア、怖かった。悪意がマリアを真似てるとしても、声や口調が同じだとやっぱりどこか悲しい気持ちになるし。

 

 と、そこへノックの音が聞こえる。で、ドアが開いてママさんが顔を出した。

 

「何だよ?」

「あんたに用はないから。エルちゃ~ん、おばあちゃんと一緒にお風呂入るわよ~」

「あ、はい。今行きます」

 

 とっても嬉しそうなママさんを見てると私も少しだけ心が軽くなる。

 少し恥ずかしそうな、でも嬉しそうでもあるエルを見てると余計に。

 

「エルが出たら響達で、次が翼達かな」

「仁志さんはいつですか?」

「俺は濡れタオルでいいからなぁ。正直渡してさえくれればここでも上半身は拭けるし」

「ふふっ、何なら私や響と入ります?」

「遠慮しとくよ。まぁ、この足じゃ変な事は出来ないから安全っちゃ安全だけど」

 

 師匠はそう言って左足のふくらはぎを指さした。そこにはママさんが新しく張った絆創膏がある。

 

「まぁ、今夜は風呂に入ったら響は早く寝てくれ。で、翼達は悪いけどリビングで待ってて欲しい」

「構いませんよ」

「はい、私もです」

「仁志さんこそ運転大丈夫?」

「ああそれなんだけど、父さんと話をつけてアパート前まで送ってもらう事にするよ。きっとみんなのためって言えば受けてくれるし」

 

 たしかにパパさんは私達に優しい。エルがおじいちゃんって呼ぶ度にどこか嬉しそうだし、響さんがおじさんと呼んでもだ。

 私がパパさんって呼んでもいいですかって言ったら、一瞬だけ笑みを見せてすぐに何でもないような顔をして頷いてくれたし。

 

 この後、お風呂上がりに私からパパさんへ師匠の住むアパートまで車で送って欲しいってお願いしたら、二つ返事でいいよって言われた。

 

 それを教えると師匠がしみじみと……

 

――可愛いは正義。娘が欲しい親父には特に効くらしい……。

 

 って、そんな事を呟いた。それに私は師匠らしいなって、そう思った。

 

 

 

「何だか新鮮です」

 

 調の声が浴室内に軽く反響する。翼は体の泡を流しながらそれに小さく苦笑して頷いた。

 

「そうだな。私も月読と二人で入浴する事があるとは思わなかった」

 

 仁志の実家のバスルームは、大人二人で入るには些か狭い。それでも、一人が先行して入り、体や頭を洗い終わった後に湯船へ浸かり、そこでもう一人が入る事で二人での使用でも狭さを感じないように配慮していた。

 

 現在は、調がその長い髪をタオルでまとめ上げて濡れないようにして、ゆったりと湯船へと浸かっている。

 

「けど、あのお家ってお風呂場広かったんですね」

「そうだな。ここもあのアパートのシャワールームよりは広くはあるが……」

「あのお家、二人は割と余裕で洗えました」

「だったか」

「はい。私と切ちゃんとマリアでも何とかなりました」

「そうなのか?」

「ただ、その場合は今みたいに誰かはお風呂の中じゃないとダメですけど」

「ああ、そういう事か」

 

 和やかな雰囲気の二人ではあるが、翼は気付いている。調の顔に普段よりも笑顔が少ない事を。

 

(暁が自分を庇って悪意に取り込まれた事が心苦しいのだろうな。それで、今はあまり笑わないようにしている、か……)

 

 かつてあのライブ会場で片翼を失った後の自分と似た気持ちなのかもしれない。

 そう思って翼は髪を洗いながら小さく笑みを浮かべた。

 

「あまり自分を責めないでやれ」

「え……?」

 

 突然の言葉に調は翼へ顔を向ける。翼は調へ顔を向ける事無く髪を丁寧に洗っていた。

 

「暁は、きっと今の月読を見ればそう言っただろう。暁は、月読に笑っていて欲しいと言う人間だ」

「それは、そうですけど……」

「自分を許せない気持ちは分からないでもない。もっと自分に力があれば、もっと注意を払っていれば。そんな後悔の念が次々と浮かんでくる。そんな経験は私にもあった」

「翼さん……」

「だからこそ、思うのだ。そうやって反省し成長を誓う事は大事だが、過ぎた事を引きずり過ぎてはいけないのだとも」

「過ぎた事を、引き摺り過ぎる……」

 

 その瞬間、調の脳裏に甦るのは切歌が言ってくれたあの言葉。

 切歌の願いを聞き入れ、彼女を苦しめる原因となった事を吹っ切るように立ち上がった際に言われた一言。

 

――今の調、最高にカッコイイデスよ……。

(そうだ。今の私を切ちゃんが見たらそう言ってくれない。こんな沈んだ暗い気持ちの私じゃ、カッコイイなんて思ってくれない)

 

 切歌でさえ気にするなと言ってくれた。それをいつまで気にし過ぎるのか。

 そう自問し調は一度だけ風呂の湯の中から手を出すと頬を軽く叩く。

 

「……翼さん、ありがとうございます。私、また自分のした事を引き摺ってました」

「そうか。だが、それでこその月読かもしれん」

「そう言われると何とも言えないです……」

「ふふっ、これは難しい事だからな。引き摺り過ぎるのは良くないが、まったく気にもしないと言うのも、な」

「はい」

「だから、月読は今のままでいればいい」

「え?」

 

 それではダメなのではないかと、そう言おうと思った調へ翼はやっと顔を向けて微笑む。

 

「今のようになっていたら、また私達が教えよう。そうやって支え合っていけるはずだ、今の私達は」

「……はい。翼さんがそうなった時は私が教えます」

「むっ、言うようになったな月読」

「口喧嘩しても仲良く出来るってパパさんとママさんが教えてくれましたから」

「あははっ、そうだな。ああなれるかは分からないが、一種の理想ではある」

「私ももっと切ちゃんと意見を言い合って知っていきたいです。ケンカしてもいいって、そう思って」

「ああ、するといい。きっと月読達ならそれを良い方へ転がしていける」

「はいっ!」

 

 その後、髪を洗い終わった翼と入れ替わりで調はバスルームを後にする。

 水着ギアを展開して服を着直した調の顔を見た仁志達は、その顔が明るさを取り戻しているのを見て安堵するように微笑んだ。

 

 それに気付いて、調もまた、優しく微笑み返すのであった。

 

 

 

 まさか、この部屋で寝る時が来るなんてなぁ。

 そんな風に思いながら私は使い慣れた布団を見つめる。

 場所は只野さんの部屋。おじさんに車でアパートの前まで連れてきてもらって、ここへ戻ってきたのが今から大体10分前。

 

 そこから処分されるはずだった衣服からパジャマを取り出して、只野さんに背を向けてもらって着替えた。

 振り向いたら私達三人からお嫁さん選んでもらいますからねって、そう三人で念押しして着替えたけど、だからか見事に只野さんはピクリともしなかった。

 

「じゃあ、悪いけど先に寝るよ。おやすみ」

「「「おやすみなさい」」」

 

 私達が布団を敷き終わると、只野さんはそう言って目を閉じた。

 で、一分とかからず寝息を立て始めた。

 

 何でだろう? 人生で初めて男の人と一緒の部屋で寝るのにドキドキがない。

 

「懐かしいな。ここで私が立花達と暮らしていた頃は、これが朝の日常に近かった」

「そうなんですね」

「ああ。あの頃の仁志さんは今よりも体力がなくて、夜勤を終えて帰ると食事もしないで寝る事が常だった」

「「へぇ……」」

 

 調ちゃんと声が重なる。っと、いけないいけない。私達も早く寝なくっちゃ。

 明日は響とエルちゃんにヴェイグがこっちへ来て、そこから切歌ちゃんを迎えに、助けに行くんだ。

 

「えっと、とりあえず私達も寝ませんか? 明日は切歌ちゃんを迎えに行かないといけないし」

「そうだな。では、寝るとしよう」

「はい。おやすみなさい、翼さん、未来さん」

「おやすみ、月読。小日向もいい夢を」

「はい、おやすみなさい翼さん。調ちゃんもね」

 

 三人揃って布団へ入る。何だかこの組み合わせは初めてだからか不思議と笑みが浮かぶ。

 いっそ、これが悪意とかなしの状況だったら良かったのに。

 そう思いながら私は目を閉じる。すると、疲れがまだ残ってたのかすぐに意識が遠のいていく。

 

 気が付けば、私は真っ白な場所にいた。

 格好は何故か神獣鏡のファウストローブ。一体どうして?

 

――人の子よ。

 

 聞こえた声に顔を上げれば、そこにいたのはシェム・ハ。

 

「な、何で貴方が?」

――あれだけおぞましいものを叩き付けられれば嫌でも目を覚ます。いつぞやの我を超えておる。

「シェム・ハを……」

 

 正直怖くなる。あの時だって響達がエクスドライブで何とか頑張ってくれての結果だったのに。

 

――何故なら、汝らが相手するモノは力では決して倒す事叶わず。

「え?」

 

 どういう意味? 悪意は、ギアじゃ倒せないって事?

 

――そうだ。アレは、元々人の負の感情。感情は感情でしか倒せぬ。

「感情は感情でしか倒せない……」

――人の子よ。思い至れ。汝らは既にアレを何度か倒しているのだ。

「っ?! どういう事!?」

――人を苦しめるのが人ならば、人を助けるのもまた人だ。全ては汝らの心にかかっている……。

 

 薄れて行くシェム・ハの姿と声。待って! まだ聞きたい事があるのっ!

 

――無理だ……。それに、これもどこまで覚えていられるやら……。

「覚えていられる?」

――鍵は……のお…………。……いを……そ……。

 

 途切れ途切れでしか聞こえない声。もうシェム・ハの姿は見えなくなってた。

 お願い……行かないで……。

 

「っ!?」

 

 目が覚めたら何故か私は手を伸ばしてた。どうしてかは分からない。

 でも、何かとっても大事な事を聞いた気がする。

 

「……けど、思い出せない」

 

 寝たままで夢の内容を思い出そうとするけど、ほとんどもやがかかったみたいに浮かばない。

 ただ、ぼんやりと思い出せたのはたったこれだけ。

 

「力じゃ、悪意は倒せない……」

 

 噛み締めるように呟いて考える。

 今までカオスビーストは普通にギアで戦って倒してる。悪意も、ギアで倒した。

 世界蛇だってそうだった。なのに、どうして力じゃ倒せないんだろう?

 

 少しだけそのまま考えても分からないから静かに起き上がる事にした。

 するとまだ翼さんさえも寝てる。

 だから時間を見ようと思って時計を探して、やっとそこで思い出した。

 

「そっか。只野さん、時計持ってないって言ってたっけ」

 

 仕方ないから、そっと布団から出て充電が終わってるスマホを手にして時間を確認。

 

「……午前五時、か」

 

 さすがに早過ぎるなぁ。こっちで生活してた時だって六時ぐらいに起きてた。

 でも二度寝したら絶対寝坊というか、七時過ぎまで寝るだろうな。

 いっそ今からジョギングでもしようか?

 

「っと、ダメダメ。今日は切歌ちゃんを迎えに行くんだもん」

 

 なら今日は散歩にしておこう。そうと決まれば着替えなきゃ。

 そう思って私は立ち上がって、ふと只野さんの布団を見た。

 

「ふふっ、只野さん、掛布団ずれちゃってる」

 

 こっちへ背中を向けるように体半分が掛布団から出てるのを見て思わず笑っちゃった。

 直してあげようと思って近付くと、当然視界に只野さんの全身が入って……っ!?

 

「あ、え、その……ぁぅ」

 

 お、男の人が朝にそうなるって言うのは知ってるけど、こうやって見ると、えっと、何とも言えない気持ちになる。

 あのプールでも見たかもしれないけど、あれは一瞬に近い。今みたいにじっくりと見た訳じゃないし。

 

「お、大きい、のかな?」

 

 男の人のなんて当然見た事がある訳ない。正確には勃起したのを見た事はない。

 や、やだ。どうしようかな、これ。見なかった事にしておくのがいいとは思うけど……。

 

「そういえば、男の人って疲れてるとこうなり易いって言うよね……」

 

 しかも、昨日は下手をすれば死んでたかもしれない。だから余計こうなったのかな?

 

 ……これ、生存本能だよね? 自分の遺伝子を残さないとって言う、そういう反応のはず。

 わ、私はいいですよって、そう言ったら只野さん、困るよね。

 でも、それぐらい今の私はこの人が好き。

 

「響と二人で、私へ手を精一杯伸ばしてくれたもん」

 

 依り代を押し付けられた後は私もしっかり覚えてる。

 只野さんは響と一緒になって私を助けようとしてくれた。

 翼さんを攻撃しようとした悪意を私が止められたのも、只野さんが私の名前を叫んでくれたからだ。

 

「……前より、もっと、好きになっちゃったよね」

 

 今までは只野さんの人柄や考え方なんかに惹かれてた。そこへ、男らしさって言うか、分かり易い強さを見せられて余計胸がキュンってしちゃったんだ。

 

 いざとなったらこの人は危険の中にも飛び込んでいける。大事なものを守るために動ける人だって。

 

「只野さん、貴方はやっぱり私達のヒーローですよ」

 

 初恋の男性へそっとそう呟いて、大好きって想いを込めて頬へキスする。

 そうしてから私は掛布団を直そうと持ち上げて……

 

「あれ?」

 

 もうおちんちんが小さくなってる事に気付いた。

 それがまるで、さっきのキスで疲れがとれたよって只野さんの体が言ってくれたみたいで、恥ずかしかったけど嬉しく思えた。

 

 ……私もちょっと危ない発想してるかも。

 

「んっ」

「っ!?」

 

 聞こえた寝息に思わず背筋を伸ばす。顔を動かせば翼さんが寝返りを打ってた。

 と、とにかく今は着替えよう。そう思って私は水着ギアを展開してから服を着るのだった……。

 

 

 

「あ~……よく寝たぁ」

 

 大きく伸びをすると全身から音が聞こえた、気がした。それぐらい体が疲れていたのだと思う。

 実際、まだ寝ようと思えば寝れるぐらいだ。こんなの最近なった事がないぞ。

 

 現在時刻は午前八時過ぎ。そろそろ起きてくださいと未来に優しく起こされて現状に至る。

 それにしても心配していた事は避けられたようでよかったよかった。

 朝から三人の乙女に見せられない状態になってたらどうしようかと思っていたんだよ。

 昨日の朝なんて、その、酷いものだったし。

 

「それは良かったです。疲れ、取れました?」

「あー、うん。かなり」

「師匠、まだ疲れが残ってるの?」

 

 そう言ってこっちを見つめてくるのは布団を片付けている調。

 翼は朝食を買いに出かけている。そう、今朝はファストフードとなりました。

 ま、赤と黄色が目印のハンバーガーショップだ。さすがの調や未来でも材料がないのでは料理のしようがないんでね。

 

「みたいだ。でも、大丈夫。勤務明け程じゃない」

「あの、それは当然じゃないと困るんですけど……」

 

 苦笑する未来は相変わらず可愛い。

 

「ですね。あっ、師匠、足はどう?」

「ああ、そっちはもう大丈夫みたいだ。痛みもないし、ほら、この通り」

 

 左足を伸ばしたり曲げたりを繰り返す。

 心なしか母さんに手当されてから一気に良くなった感じがしたんだよなぁ。

 

 やっぱ本職は何か違うのかね?

 

「良かった。もしそうじゃなかったら、師匠はここで待機してもらうつもりだった」

「え?」

「そうだね。昨日はおじさんとおばさんがいたから何も言わなかったけど、実際私達も出来るだけ只野さんには安全な所に居て欲しいし」

「ちょっちょっ……」

 

 まさかの未来まで調側? 初期の頃の君は今の俺の側だろ?

 

「って、思いますけど、只野さんの気持ちも分かりますから。きっとそうじゃなくてもついてきたい、ですもんね」

「未来……」

「調ちゃん、覚えておいて。ううん、調ちゃんも知ってるか。戦う力がなくても、一緒に戦いたいって思う時はあるって」

「……はい。私達もリンカーがなかった時、悔しい想いをしました」

「それと似た想いを只野さんもしてくれてるんだよ。だから、下手に置いてくと余計危ないかも」

「おいこら」

 

 味方だと思ったら最後にちゃっかり落とすんだからこの子は。

 俺がそう思って突っ込むと未来は小さく笑って舌をペロっと出した。可愛い。

 

「だって只野さん、響から聞きましたけど私が放った攻撃」

「未来じゃなく悪意」

 

 これだけは譲れないとばかりに口を挟む。

 

「クスっ、はい。悪意が放った攻撃で依り代を使わないために無茶な避け方したって」

「え?」

「あー、うん。ヘッドスライディングって分かる? それみたいな感じでズザーっと」

 

 もしあれをやらなかったら未来をこう出来たかちょっと不安だ。

 

「ね?」

「……はい。師匠って、やっぱり無茶苦茶ですね」

「おーい、言うに事欠いてそれか? 師匠って呼んでるのにそういう事言っちゃうの?」

 

 敬意ゼロ。まぁ、切歌と違って調の師匠は深い意味とかはないだろうけど。

 

 ……てか、切歌もなかったわ、そういえば。

 

「うん。でも、だからこそ師匠らしいって思う」

「はい?」

「時々無茶苦茶な事をするけど、でも最後には不思議とみんな笑顔にしちゃう。それが師匠だと思う」

 

 噛み締めるような声でそう言われると何も言えない。

 それと、やっぱり調の顔から暗さが消えてる。それが今は何よりも嬉しい。

 

「そうそう。例えば誕生日会とか」

「あれは心臓が止まるかと思った」

「あれは」

「あとは、海に行った時もだよね」

「はい。師匠、後で聞いたら泳ぎが得意じゃないのに切ちゃんを助けに来たんです」

「あの」

「そうそう、中華街でご飯食べた時もあったね」

「お金はあるって言って高い物結構頼んで、お会計見てお財布の中身何度か確認してた」

「ごめんなさい。今後気を付けますのでそれぐらいで勘弁してくれない?」

 

 このままだと恥ずかしさで悶える気がしたので止めに入る。

 すると二人して小さく苦笑した。その表情さえも可愛いんだからズルいよなぁ。

 

「っと、電話だ」

 

 普段使いのスマホが震えたので手に取ればそこにはエルの文字。

 

「もしもし?」

『あっ、兄様おはようございます』

 

 相手は予想通りエル。何かあっただろうか?

 

「おはようエル。で、どうした?」

『はい。あの、こちらはもう後片付けを終えてそっちへ向かおうと思うんですが構いませんか?』

 

 あー、そっか。向こうは普通の勤め人二人だもんな。朝飯は八時までには食べ終わるか。

 で、おそらく響とエルの二人で洗い物とかを引き受けたんだろう。

 

「構わないよ。急がなくていいから気を付けておいで」

『はい!』

「只野さん、響達もうこっちへ来るんですか?」

 

 通話を終えるや未来がそう尋ねてきたので頷いた。

 

「エル達が来るんだ。じゃあ、早く食事を済ませないと」

「そんな事はないよ。あそこからの最寄駅は各駅停車しか止まらないんだ。それだとここまで20分以上かかる。で、駅からここまで10分だ」

「30分はかかるならゆっくり食べても大丈夫だね」

「そうですね。ただ、残り香で響さんがいいなって言いそう」

「「あ~……」」

 

 容易に想像が出来る。室内に残るポテトの匂い。ゴミ箱にある見慣れた紙袋。

 それらを見て響が「ポテトぐらい残しておいてくれてもいいじゃん」とか言いそうだ。

 

「ただいま帰りました。意外と混雑していて時間を取られてしまった」

 

 とそこへ翼が帰宅。さっそくとばかりに四人で朝食を取る事に。

 

「じゃ、手を合わせて……」

「「「「いただきます」」」」

 

 久々のジャンクフードだけど、だからか意外と美味しく感じる。

 ただ、これはたまにだからこそいいのだ。これが毎日なんて絶望するレベルだし。

 

 そうやって食べていると未来がこんな事を言ってきた。

 

「悪意は力じゃ倒せない?」

「はい……。何となくだけど、そんな事を言われた気がして」

 

 何でも夢でそんな事を誰かに言われた気がするとの事。

 夢で、ねぇ。これがエルならキャロルかもと思うところだが、未来だと……なぁ。

 でも、夢っていうのは脳の情報整理みたいなもんだって聞いた事がある。

 なら、もしかしてこれは未来が無意識で感じ取った閃きかもしれない。

 

「でも、実際は私達、力で悪意を倒してますよ?」

「そうなんだよね。だから私も分からなくて……」

 

 はむっとマフィンを齧る未来。どうやら自分でも納得出来ないって感じだな。

 

「だが、一考の価値はあると思う。私達は悪意の本体と思われる存在と戦い、これに勝利した。なのに、今の現状だ。つまり、純粋な力だけでは悪意を完全消滅させられないと言う証拠だろう」

「そうなると、どうすればいいんでしょうか?」

「師匠、悪意がゾンダーみたいなものなら浄解出来ない?」

「浄解、かぁ……」

 

 良い発想だとは思う。

 ただ、あのリビルドギアツインドライブは、そういう意味で言えば十分そういう力を見せていた気がするんだよなぁ。

 

「力じゃ倒せない、か。そうなると必要なのは……愛?」

「「「何故そこで愛?」」」

 

 シンフォギアと言えば決め手になるのは“愛”だ。

 そういえばGガンでもガガガでも最後は男女愛が勝利の鍵だったっけ。

 

「……まさか、そういう事なのか?」

 

 悪意は人の負の念の塊だ。

 それを倒す。つまり対消滅させるには相対するエネルギーや存在、正の念が必要だとすれば理解は出来る。

 

 何で俺に依り代が与えられたのか。どうしてツインドライブが俺にしか起動出来ないのか。

 それは、男女で手を取り合う事で悪意へ対抗するためじゃないだろうか?

 太古の昔、日本神話でイザナギとイザナミという男女の神が手を取り合って国を創造したように。

 

 男女は陰陽でもある。で、男は陽の立ち位置だったはずだ。

 なら、余計それが信憑性を増してくる。

 悪意は元々フィーネでもある世界蛇の巫女、ベアトリーチェの中にいた。要は陰の立ち位置だ。

 そこへ装者達陰の気をぶつけても対消滅は起きないんじゃないか? 陽の気を、男性の力を加える事で打ち倒せるんじゃないだろうか?

 

 だからこそのツインドライブであり、依り代かもしれない。

 

「その、聞いて欲しい事がある。響達が来たら少しだけ話をさせて欲しい」

 

 俺の表情と声で何かを察したのか三人は真剣な顔で頷いてくれた。

 ただ光の力をぶつけるだけじゃダメなのかもしれない。

 俺も、もっとみんなと手を取り合って戦わないといけないんじゃないか。

 そんな事を思いながら俺はポテトを齧る。気のせいか、記憶にある味よりも塩味がキツイ気がした……。

 

 

 

 仁志達の部屋へ響達が合流を果たした頃、根幹世界にあるS.O.N.G本部内発令所では……

 

「あれ? マリアはどこ?」

「ああ、あの世界に残ってる。先輩は失敗しちまったから、あいつは入念に染めてやるんだとさ。それに、妙に抵抗してるらしいしな」

「成程ねぇ。んじゃ、あたしもそろそろ動くか。大体の場所は分かってるし」

「それはいいけど、大丈夫かよ? 今のあいつ、歳の割に強いぜ?」

「分かってるさ。だからこそ……」

 

 そう言って奏は怖い笑みを浮かべた。

 

――染める愉しみがあるってもんだろ?

――はっ、違いねぇ。

 

 同じ笑みを見せ合う二人。

 一方、マリアはと言えば、闇の繭を愛おしげに撫でながら恍惚の笑みを浮かべていた。

 

「ふふっ、感じるわ切歌。貴方の寂しさ、悲しさ、苦しさを。ああっ、とってもいい。とってもいいわぁ。その感情を殺す事なく出していきなさい……」

 

 目を閉じて熱っぽい吐息を漏らすマリア。そのまま彼女は闇の繭へ向かって囁くのだ。

 

――貴方を置いていった調への不満をぶつけていいの。今頃仁志達と幸せになってる調を憎んでいいのよ。いつも一緒だった貴方をこんな暗く冷たい場所へ置き去りにして、明るく温かい場所で笑っているあの子を恨んでいいの……。

 

 その言葉に繭の中で胎動が起きる。その鼓動を聞いてマリアは、いや悪意はほくそ笑んだ。

 

――やっと堕ちた……。

 

 ドクンドクンと脈打ち始める闇の繭。その中で眠る暁の名を冠していた少女は……

 

――ズルいデス……。調だけ、調だけししょー達と幸せになんて……絶対許せないデス……っ!

 

 その名前に似つかわしくない表情を浮かべ、まるで呪詛のように調の名を呟き続けるのだった……。




まぁ、何で悪意が愛に弱いかを理屈付ければこういう事かもしれないねって感じです。

要は哲学兵装と同じですかね。
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