シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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今回は久々の明るい描写多めの話です。


永愛プロミス

「帰ってこれたか……」

 

 ゲートから出るなり俺は倒れるように床へ寝転がった。

 正直もう限界だった。体力も気力も底を突いてた。

 あともう少しで奏を元に戻せるとなった後からの、怒涛の展開。

 初めて見たクリスのイーヴィルギアと衝撃の発言。

 

 何より、俺でも分かるぐらいの凄まじい力。

 みんなの心が折れかかったのも無理はないと思う。

 だからかみんな口数が少ないし、何より雰囲気が暗い。

 

「兄様、大丈夫ですか?」

「タダノ、寝るなら布団で寝た方がいいぞ」

 

 寝転がった俺を心配してエルとヴェイグが声をかけてくれる。

 その心配そうな表情に俺は何とか上半身を起こしてそっと二人の頭を撫でた。

 

「ありがとな二人共。でも、そっちこそ大丈夫なのか?」

 

 あのクリス……いや、悪意と呼ぼう。

 悪意によるミレニアムパズルへの外部干渉突破というとんでもにより、エルとヴェイグは大きなダメージを負った。

 二人が多少でも回復した背景には、あの場で俺がセレナに歌を唄ってもらった事が関係している。

 

 ゲームでは、セレナは最初に全員の回復技を持ったキャラだった。

 それを利用して以前悪意を追い出すために歌を唄ってもらった事があったが、今度はそれでみんなの事を回復出来ないかと考えたのだ。

 

――セレナ、疲れてるだろうけどお願い出来るか?

――うん、いいよ。エルやヴェイグさんのためにも、お兄ちゃん達のためにも、私、唄うね。

 

 優しく心に染み入るような歌声が流れ始めると、少しだけ響達の顔から疲労の色が抜け、エルとヴェイグも動けるようになったのだ。

 

 俺も、ほんの少しだけど体の気怠さがなくなったので、やはりセレナの歌には癒しの効果があるんだと思う。

 

「まだ少し痛いところはありますけど……」

「これぐらいなら平気だ。少なくてもタダノよりはな」

「そっか。なら良かったよ」

 

 笑顔を見せてくれる二人に俺も軽く笑みを返す。

 それにしても、悪意の恐ろしさは尋常じゃない。

 あの速度はヘルメスの力を使ったマリア以上だ。あれが軽量化されたギアだからなのか、それに関係なくなのかによって大分戦い方が変わってくる。

 

「ししょー、依り代充電しとくデス」

「え? ああ、うん、お願い」

 

 切歌へスマホを差し出して俺は視線を動かす。

 もうゲートは閉じられていて、それをしただろう未来と目が合った。

 

「どうかしましたか?」

「あ、いや、特に何もないんだけど……」

 

 小首を傾げる未来が可愛いなと思って頬を掻く。

 

「っと、そうだ。晩飯の材料足りるのか? 何を作るのか知らないけど、マリアとセレナの二人分の追加は少なくないだろ?」

 

 俺が寝てる間に買い物へ行ってた事ぐらいは知ってるが、さすがに晩飯のメニューまでは聞いてない。

 なので家事を主に受け持ってる未来へ尋ねてみたら、思いがけない答えが返ってきた。

 

「それなら大丈夫です。今夜はお鍋にしようと調ちゃんと決めてたので」

「鍋?」

「うん。この前パパさんと一緒に家具を見に行った時、そろそろお鍋の季節だって話になって、お鍋ならみんなで食べられるし、お肉や野菜も沢山食べられるから楽でいいって」

「……でも鍋なんて俺持ってないぞ」

 

 正確には持ってるけどそこまで大きくない。

 一人鍋には少し大きいかな程度だ。あれじゃ精々三人前がやっとだろう。

 

「そこは大丈夫。パパさんが引っ越し祝いって事で買ってくれた」

「は?」

「デスデス。それとパパさんからししょーが好きなお鍋とかも聞いてあるデス。すきやきよりもしゃぶしゃぶ派とか」

 

 おいおい、何を勝手にやってくれてるんだよ、あの人は。

 すっかり娘に甘々な父親そのものになってやがる。

 

「翼、本当か?」

「う、うん。私は遠慮したんだけど、おじさまがろくな手伝いも出来ないからせめてって言ってくれて……」

 

 どうやら翼の性格もある程度把握したらしい。

 くそっ、我が父ながら性質の悪い。みんな根は素直で優しい子だから善意に弱いんだよなぁ。

 

「兄様、おじいちゃんは僕らの事を思ってくれただけで」

「ああ、うん。それは分かってる。多分父さんや、母さんもそうだろうな。二人共みんなの手助けをしたいんだろうさ。ただ、今の自分達が出来るのは金銭面ぐらいしかないって分かってるんだ」

 

 それこそ最初の頃の俺に近い。

 何とかみんながこっちで動ける拠点を確保しないとって、そう考えてた頃の俺に。

 

「ねぇ、一ついいかしら?」

 

 そんな時、マリアの声が聞こえた。

 顔を動かせばマリアとセレナが揃って不思議そうなって、ああそういう事か。

 

「もしかして貴方達、仁志のご両親に会ったの?」

「それと、エルはどうしてお兄ちゃんのパパをおじいちゃんって呼んでるの?」

「響、エル、説明任せた」

 

 当然の質問が来たので返答や説明を俺は響とエルへ任せる事にした。

 その間、俺は未来と調に言って父さんが買ってくれたと言う鍋を見る事に。

 

「……結構大きいな」

「うん、五人から六人用だって」

「値段は?」

「5千円はしなかったはず」

「まぁ、それなら引っ越し祝いには丁度いいか」

「食事の事ですけど、お鍋だけじゃなくてご飯も炊きますし、それならマリアさんとセレナちゃんが増えても何とかなると思うんです」

「うん、そうだな。それならまぁ」

 

 調と未来の言葉を聞きながら俺はぼんやりとこれからの事を考えていた。

 俺の次の休みは日曜日。そこで悪意が言ったように奏の世界へ行って決戦となる訳だが、本当に今のままで勝てるのかと。

 

 何せ既に悪意はリビルドギアツインドライブさえ脅威と感じていない。

 メカニカルギアやレゾナンスギアは突発的だった事もあって悪意を圧倒してみせたけど、おそらくもうそこまでの勢いはない。

 こうなると完全にお手上げだ。あのスピードに対処するには現状のどのギアも力不足が否めないし。

 

「あの、只野さん? 何か考え事してます?」

「え? ああ、うん。ちょっと今後の事を」

「「今後?」」

 

 揃って小首を傾げる黒髪コンビ。うん、癒されるな、これでも。

 

「少し暗い気分になるだろうから、これは食事の後にしたいんだ。せめて空腹を満たしてからじゃないとな」

 

 それだけで二人は俺の言いたい事を察してくれたらしく小さく頷いてくれた。

 

「ししょー、一つ聞きたい事があるデスよ」

「へ?」

 

 後ろから横から聞こえた声に顔を動かせば切歌がキラキラした目でこっちを見てる。

 

「えっとデスね? アタシ達がししょーと一緒に暮らしてるのは、あまり良くないって思われるデスよね?」

「うん、まぁあまりいい印象は持たれないだろうね」

「なら、それをどうにか出来る方法ないデスか?」

「それをどうにか出来る方法?」

「デス。ほら、調と未来さんはししょーの妹って感じで電気屋さんを誤魔化したじゃないデスか。それみたいな感じで何とかならないデスか?」

 

 切歌の意見にふむと考える。

 疲れてはいるけど、この意見は重要だからなぁ。

 要するに、俺がみんなと一つ屋根の下が問題なのは他人であり、しかも男が俺しかいないという事だろう。

 

「一応はルームシェアって事で通じるは通じるか?」

 

 何せ二階の部屋数は三つ。俺がリビングで寝てる事にすれば、そこまで大きな問題じゃないし、みんなの関係性もマリアと翼は以前の設定を流用すればいいし、切歌と調は同じ高校の同学年設定だしと、何とかなる気がしてきた。

 

「仁志、私達の動画はまだ残ってるの?」

「ああ、うん。残ってるけど……」

「じゃあ、いっそここにいる全員で一度一緒に唄った動画でも上げない? しかもこの家で撮影して」

 

 そのマリアの提案に俺は少しの間思考が止まった。

 でも、たしかにそうすればいざとなった時の言い訳の一つにはなる。

 つまり、ここはシェアハウスのような状態になっていて、俺は学生組の親御さんと面識があって、それが切っ掛けでこの家での監督役を頼まれたとかならどうだろう?

 

 正直そんな事を言う必要がない事を望むけど、最悪を想定しておくのは必要だ。

 

「……そうだな。じゃ、明日にでも全員でAppleを唄ってもらおうか」

 

 そこまで防音がしっかりしてないここでも、あれなら何とかなるだろう。声を張り上げる歌じゃないし。

 

 こうしてまずは食事となった。

 

 未来と調にマリアが手分けして支度を始める中、響と切歌が手伝いに動き、翼は二階へ上がって布団の準備をしに行く。

 

 で、俺はと言えば、セレナとエルを抱き締めていた。

 

「お兄ちゃん、元気になれそう?」

「うん、二人のおかげで幸せな気持ちになれるからな」

「兄様、気分が楽になったり明るくなれる事があったら教えてください。あるいは自分でそれをやってみてください。今は心を暗くしたり沈ませない事が大事です」

「ああ、そうだな。エルの言う通りだ」

 

 気分はまさに父親である。

 可愛い娘二人を持ったような気分になりながら、俺はその温もりに癒されていた。

 

 こうして接してると、やっぱりあの頃のセレナは悪意に唆されてたんだなと思う。

 今のセレナからはちょっとのエロさも感じられない。

 ちょっと恥ずかしそうなのは、年頃故のそういうのが出てきたって事だろうし。

 

「タダノ、なべとはどういう食べ物だ?」

「えっと、鍋は調理器具であり料理の名称でもあるんだ。さっき未来達が使ってたのは料理名としてだな。で、鍋って言う物を使った煮込み料理だよ」

「煮込み料理か……」

「味付けによって色々変わるし材料によっても名前が変わるんだ。寄せ鍋や海鮮鍋、すき焼きに水炊き、しゃぶしゃぶ、火鍋、おでん、トマト鍋やカレー鍋なんてもんもある」

「ふむふむ」

「おでんって何?」

「兄様、教えてください」

 

 ヴェイグに説明していたら腕の中の二人も興味を持ったようで、目をクリクリと輝かせてこっちを見上げてくる。

 ああ、父親ってこんな気持ちなんだなって本当に強く思うよ、この二人といると。

 

 とりあえず、俺は腕の中の可愛い二人とこっちを見上げる異種族の友人へ鍋の話をする事にした。

 そうしてると、あの平屋に切歌や調が来る前の頃を思い出してくる。

 エルとセレナが本当に無邪気に色んな事を聞いてきて、ヴェイグも交えながら俺がそれに答えていた頃を。

 

「「「もちきんちゃく?」」」

「そう。えっと、油揚げは分かるよな? その中に餅って言っても分からないか。その、すっごく熱を加えると伸びて柔らかくなる食べ物なんだよ。それを入れて出汁で煮るんだ。すると出汁の味がお揚げに沁み込んで、当然餅にも出汁の味がつく。アツアツで火傷しそうなんだけど、それが美味いんだよ」

 

 もう時期も秋の中旬に差し掛かってきたし、一度本物を食べてもらってもいいかもしれない。

 何となくだけど、エル達と接してると体の気怠さが薄れてく気がするし、本気でこれは有力なのは俺の気の持ちようかもしれないな。

 

「何の話をしてるんだ?」

 

 そこへ布団の支度を終えただろう翼が姿を見せた。

 何というか、翼もお母さんになったら今よりも綺麗になりそうだよなぁ。

 

「あっ、翼さん」

「今、もちきんちゃくの事を教えてもらってました」

「餅巾着?」

「おでんの話からタダノが教えてくれたんだ。タダノが一番好きなたね、だったか?」

「そうそう。翼はおでんのタネだと何が好きだ?」

「私? そうだなぁ」

 

 立ったまま考え始める翼。すると、それを見てヴェイグがトテトテとリビングの隅に置かれている座布団やクッションから一つ手にして戻ってきた。

 

「翼、これを使え」

「ん? ああ、すまない。ありがとう」

 

 こうして翼も座って座談会再開。

 翼が来てくれた事で俺の説明に補足役が加わり、エル達への話がスムーズになった。

 そうこうしていると漂ってくる良い匂い。

 これは……醤油系だな。でも、切歌が俺の好きな鍋を教えてもらったって言ってたけど……?

 

「「いいにお~い」」

「ああ、腹が鳴る」

「よし、じゃあ三人共テーブルへゴー」

「「「はい(うん)(分かった)」」」

 

 揃って動き出す可愛いマスコット的立場の三人。

 その背中を見つめて俺と翼は笑みを浮かべた。

 

「ふふっ、可愛いね仁志さん」

「ああ、癒されるよ」

 

 今の君の微笑みにもって、そう言ったらキザみたいな気がして言えなかった。

 

 テーブルには鍋がどんと置かれて、既に椅子にはエルやセレナ、そしてヴェイグが座っている。

 ちなみにヴェイグ用の椅子はベビーチェアだ。父さんがヴェイグ用にと買ってくれたらしい。

 

 普通の椅子だとヴェイグが座ってもテーブルの上の物が見えないためだと、言われてから気付いた。

 こういうとこ気付く辺りはさすがは経験者だ。俺、まったく考えてなかったからなぁ。

 

 そうそう、さすがは家具選びを何度も経験している人間は違った。

 予想よりも安くダイニングテーブル一式を購入してくれたのだ。

 

――こういう時大手はダメだ。値段交渉に融通が利かない。

 

 父さんはそう言って個人経営の家具店を何軒か回ってくれたらしい。

 しかも現金でその場払いと言う形で交渉をしたと聞いた。

 

 いつの時代も強いのは現金なのだと理解した。

 その場で現金一括払いと言うのが持つ強みを思い知った話となりました。

 

 その代金はちゃんと後で動画収入の口座と俺自身の口座から半々で払うつもりだ。

 みんなのでもあり俺の物にもなるからと、そういう考えだけど。

 

 そういや、父さんは水着ギアを着込んで家具の運搬をした響に驚いてたっけ。

 それがよりみんながこの世界の住人じゃないと分かる出来事となったみたいで……

 

――あの細い腕で大の男が数人で運ぶテーブルをなぁ……。

 

 と、感心し切りだったのだから。

 

「仁志、これ貴方のお椀と箸ね」

 

 そんな事を思っていると目の前に差し出される木製のお椀と箸。

 顔を動かせば当然マリアが立っていた。

 

「ありがとう」

「どういたしまして。あっ、言っておくけど鍋の蓋はかなり熱いから素手で触ると火傷するわよ」

「「「っ!?」」」

 

 その言葉に、中を見ようとしていたマスコットトリオが恐る恐る手を引っ込めていく。

 それがとても可愛くて、微笑ましくて、気付けば俺は笑っていた。

 すると響達も笑い出して、エル達も笑った。

 あの一件で消えかけてた心の灯みたいなものが、また煌々と燃え始めたような気がした。

 

「あ~、笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだよ。ありがとな、エル、セレナ、ヴェイグ」

 

 体を包んでいた倦怠感まで吹き飛んだ気がする。

 ああ、うん。久しぶりに気分爽快だ。

 

「何だか嬉しくないかも……」

「奇遇だなセレナ。俺もだ」

「ぼ、僕は嬉しいです。兄様がやっと以前のような明るい顔をしてくれました」

 

 苦い顔のセレナとヴェイグとは違い、エルだけは困り顔ながら嬉しい事を言ってくれた。

 だからそっとエルの頭を撫でた。あまり撫でるとどうかと思うので二、三回で止めたけど、エルは嬉しそうに笑みを浮かべてくれた。

 

「蓋開けるよ~」

 

 そう言って鍋つかみを着けた未来が鍋の蓋を取ると、大量の湯気と共に食欲をそそる匂いが立ち込める。

 

「「「「「「「お~……」」」」」」」

 

 俺を含めた鍋を主に作ってなかった響達で感嘆の声を上げた。

 鍋の中には白菜やえのきなどの野菜と鶏肉が入っていた。

 それと白い竹輪のようなこれは……

 

「きりたんぽ?」

「あっ、はい。只野さんが好きだって調ちゃんが教えてくれたので、スーパーを探したら売ってたんです」

「それと比内地鶏のスープとかがセットになって売ってたから買ってみた。師匠、きりたんぽ鍋が好きなんでしょ?」

「パパさんが思い出話と一緒に教えてくれたデス。小学生の頃、試しにやったらししょーが大好きになっちゃって、そこからしばらく鍋はそればかりになったって」

 

 ……思い出した。切っ掛けは父さんが不意に見つけたきりたんぽ鍋セットだった。

 秋田名物のそれを聞いた事しかなかった父さん達は、現地へ行って食べるよりも手軽だからと買った。

 で、当然その日の夜は鍋となり、俺は生まれて初めて食べるきりたんぽにドハマりしたのだ。

 

 いや、人によっては嫌いかもしれないが、俺はご飯で出来た食べ物が基本大好きだったためか気に入ったんだよなぁ。

 五平餅とか煎餅とか磯辺焼きとかもそうだから、素養はあったんだろうと思う。

 

「……うん、そうだよ。思えば父さんも母さんもよくそんな事を許してくれたもんだよ。他のもんも食べたかったろうにさ。嫌な顔一つせず、その年の冬はずっと鍋と言えばきりたんぽを入れてたよ」

 

 懐かしいと思いながら、俺は鍋の中から半分に切られたきりたんぽを取り出した。

 

「何がそんなに良かったんだろうかなぁ。今にして思うと不思議だよ」

 

 ただ、味が好きだったとかじゃないのは事実だ。

 食感? それともご飯だからって事だったんだろうか?

 何となく記憶がサルベージされそうだ。もう少し、もう少しで思い出せそうだけど……。

 

「兄様、それ、美味しいんですか?」

「え? うーん、人による、かな。誰もが美味しいと認める物じゃないと思う。そもそも本来は保存食というか、残ったお米の使い道だったんだよ」

「そうなんだ。じゃあ、これって残ったご飯で作ったの?」

「こういう製品は違うよ」

「どうやって作るんだ?」

「えっと、昔は木の棒へお米を潰した物をペタペタと付けていって……」

 

 と、昔教えてもらった事を話していると、ふとそこで思い出した。

 父さんに俺も似たような事を聞いた時、そこで……

 

――つまりな、昔は残り物で作ってた物を今はこれを作ろうとして作ってるんだ。贅沢だよな。

 

 そう言って食べた時の父さんの笑顔を見て、俺はきりたんぽを食べると父さんが笑顔になるって思い込んだんだ。

 普段あまり笑わない父さんが笑ってくれる。ああ、そうだ。だから俺はきりたんぽ鍋が好きになったんだ。

 

 あの父さんの笑顔を見たくて、そしてその笑顔で俺も嬉しくなれたから。

 

「……そっか。子供ってそういうもんか」

「え?」

 

 ポツリと呟いたらエルが不思議そうな顔をした。

 いや、それだけじゃない。みんなが俺を見つめていた。

 

「思い出したんだ。俺がどうしてこれが好きだったか。今のエル達みたいにきりたんぽについて聞いた俺へ父さんが答えてくれて、その最後に昔は残り物で作ってた物を、今は最初からきりたんぽにしようとして作ってる事を贅沢だなって、そう言ってこれを食べて笑ったんだ。あまり普段から笑わない父さんが笑顔になったのが嬉しくて、だから俺はきりたんぽが好きになったんだって思い出した」

 

 少しだけきりたんぽを齧ると、飛びぬけて美味いって感じはなく、やっぱり思い出込みで好きだったんだなと実感した。

 

「そういえばおじさん、そんなに笑わないですね」

「そうだな。ただ、でんしゃの話をする時はよく笑うぞ」

「僕はおじいちゃんの笑ってる顔、よく見たんですが……」

「エルちゃんはおじさんからは孫扱いだったからじゃないかな?」

「そうだろうな。おじさまは特にエルを可愛がっているように見えた」

「デスね。パパさんはエルが大好きでした」

「うん、家具を見に行った時もエルをずっと傍に置いてた」

「そうなのね。仁志のパパさん達に会ってみたいわ」

「うん、私も会ってみたい。お兄ちゃん、ダメ?」

「いいけど……あっ、ならこういう事は出来ないか?」

 

 ミレニアムパズルの中に花畑じゃなくて草原を作ってもらう。

 で、俺の部屋でパズルを展開、そこでみんなで寝ればただの床で寝るよりマシだし、ここの全員で泊まれるんじゃないかって。

 

 その考えを聞いてヴェイグが可能だと返してくれて、ならばとすぐさまエルが母さんへメールする。

 

「そっか。パズルなら部屋の広さ関係ないね」

「あっ、これなら仁志さんの実家でみんな暮らせませんか?」

「響、それはここ以上に周囲の目が面倒だよ。あの間取りでどうやって十人以上生活出来ると思う?」

「あっ……」

 

 そう指摘すると響が気恥ずかしそうに項垂れた。

 でも気持ちは分かるし嬉しいので笑みを向けた。

 

「だけどもし可能ならエルのためにもそうしたいな。頑張って稼いでいつか二世帯住宅とかさ」

「そんなにエルはお兄ちゃんのパパやママが好きなの?」

「はい! おばあちゃんは兄様の小さい頃の話をしてくれますし、病院での話も興味深いんです。おじいちゃんは小さかった頃のお話がとても興味深くて楽しくて」

「父さんの子供の頃、かぁ。たしかに色々と思う事は多い話だよなぁ」

 

 俺も何度か聞いた。高度経済成長の時代とはいえ、まだまだ戦後の空気が残ってた頃だ。

 戦争を経験した人達があちこちにいて、父さんのお祖父さん、つまり俺の父方の曽祖父は陸軍の人間だったらしいし、薪で風呂を沸かした事もあるって聞いた。

 ご近所づきあいってものが日常だった頃で、見も知らない人間に怒られる事が当然のようにあった時代だ。

 

「すっかりエルは仁志の子供扱いなのね」

「おばあちゃんが本当の孫は見れないかもしれないって、そう言ってました」

 

 地味に否定出来ないのが困りものだ。

 

 ……って、一年前なら言えたんだけど、な。

 

「そ、そう。孫……ね」

 

 そう言いながらこちらをチラリと見るマリアや響達がいる今、俺はその気になれば孫を見せてやれるんだから。

 ただ、それはやっぱりこの面倒事を何とかしてからだ。その上でその結果次第では……やっぱり孫を諦めてもらうしかない、かな。

 

「さて、話は後でするとしようか。今は食べる事に集中した方がいい。いくら鍋でも放置すれば冷めちゃうしさ」

「そうですね! じゃ、私もきりたんぽ食べてみようっと」

「アタシもいただくデスよ!」

「あっ、僕も欲しいです」

「一人一つはあるから慌てないでいいよ」

「ヴェイグさんのは私が取ってあげますね」

「すまん。助かる」

「おじさまが笑顔になる食べ物か。楽しみだ」

「ですね。パパさん、師匠と違って普段から笑ってくれなかった」

「ママさんはどんな人なの?」

「良くも悪くも思った事をすぐ口にするぞ。というか、マリアも近い内に会わせるから。にしても、きっとセレナもエルと同じように孫扱いだろうなぁ、二人共」

 

 賑やかで明るい食事風景。

 本当はみんなどこかで不安や罪悪感を抱えてるかもしれない。

 だけど、今はそれを忘れるように明るく振舞ってるんだろう。

 自分達のために、そしてきっと俺のためにも。

 

「どう? きりたんぽの味は?」

「私は嫌いじゃないです」

「アタシもデス。不思議な感じデスけど……」

「おつゆの中にご飯を入れて食べてる感じですね」

「「それだ(デス)!」」

 

 エルの表現に必愛コンビが我が意を得たりとばかりに声を揃えた。

 本当に姉妹じゃないか、この二人。

 

「はふはふっ……俺も嫌いじゃないぞ。それに、この味は好きだ」

「比内地鶏は一種のブランド鶏なんだよ。ただ、流通用の交配種でね。本当の比内鶏は天然記念物に指定されててあまり食用にはされてなかったんじゃないかな?」

「そうなのね。じゃあ、このお肉は普通の鶏?」

「えっとそれも入ってる。きりたんぽ鍋セットに入ってたから物もあるから、そっちは比内地鶏だけど」

「マリア、食べてみるといい。味が明らかに良く食べる物とは違う物がある」

 

 翼がそう言って笑みを見せた。あの翼が笑みを零すとは、さすがは比内地鶏と言うべきか?

 で、マリアがならばと鍋の中を見つめて明らかに小さ目の肉を掴んだ。

 おそらく鍋セットの具材だから小さ目だろうと予想したんだな。

 

「……本当ね。味がしっかりするわ。臭みもない」

「何よりこの鍋つゆとの相性がいい。同じ物同士だからだろうな」

「本当にこの鍋つゆ、美味しいですね。シメは雑炊かな?」

「卵はあるか? あるなら溶き卵を入れよう」

「あっ、それ賛成です!」

「あ~っ、白菜美味しいデス。つゆの味が染みてますよぉ」

「えのきも美味しいですよ」

「ヴェイグ、お椀貸してくれ。追加入れてやるよ」

「おおっ、頼む。出来れば野菜を多めにしてくれ」

 

 あったかい鍋を囲んでみんなで食べる。

 たったそれだけなのに、気付けばみんなが笑顔になってる。

 奏やクリスの事は心配だけど、今は気持ちを暗くしたくない。

 その気持ちとみんなで鍋をつつくあったかさが混ざり合って、こんなにもあったかい時間になってるんだと思う。

 

 ちなみにシメの雑炊はとっても美味しく、あっと言う間になくなった事を記す。

 

 

 

「あの悪意に対抗できるギア、ですか」

 

 翼さんの言葉に只野さんが静かに頷いた。

 

 食事を終えて後片付けまでした後、私達はリビングで今後の事を話し合っていた。

 あのクリスは凄かった。速さもそうだけど、何より外部からの干渉でミレニアムパズルを無力化したのが大きい。

 

 ヴェイグが言うにはそれだけでも世界蛇を越えてるって事らしい。

 

「ああ。正直今のみんなの使えるどのギアでも厳しいだろうと思うんだ。もうリビルドギアさえ、悪意には有効とは言えなくなってきてる」

「それは感じてました。これってやっぱり……」

「あの決戦で悪意が学習したという事だろうな。あるいは、耐性を身に着けたか」

「両方かもしれないわ。でも、そうね。正直あの悪意相手に有利に戦えるギアはないかもしれない」

「れ、レゾナンスギアは?」

「セレナ、相手はミレニアムパズルを外部から干渉して破壊出来る相手だ。レゾナンスのバリアも、果たしてどこまで耐えられるか……」

 

 その言葉にセレナちゃんが黙った。言ってる只野さんも苦い顔をしてる。

 実際私も、アイギスにジュエルの力を使った状態でさえあの悪意の全力を防ぎ切れる自信は無い。

 

「ししょー、ならここは特訓デス」

「「「「「「「「「特訓?」」」」」」」」」

「デス。アタシ達はまだツインドライブを完全に使いこなしてないデス。メカニカルギアだけじゃなくて、他の色んなギアもデス」

「そうだな。思えば私達はそのギアの基本性能だけで押し切ったところもある」

「成程ね。まだ私達自身も知らない能力や技が眠ってる可能性がある……」

「だから特訓?」

「はいデス!」

 

 切歌ちゃんがキリッとした顔で頷くのを見て只野さんも頷いた。

 

「そうだな。俺達はまだ全てのギアの能力を把握出来た訳じゃないもんな。うん、なら今度の休みは特訓にあてよう」

「い、いいんですか? 早く悪意を止めないと余計強くなるかもしれないのに」

 

 響に私も同意見。でも、どうやら翼さんやマリアさんは違うみたい。

 

「いや、ここは慌てて決戦を挑むよりも、少しでも勝算を立てられるようになってから戦うべきだ」

「そうね。今のままじゃ私達はあの悪意に勝てない可能性が高い。忘れてるかもしれないけど、相手は一人じゃないのよ?」

 

 そこで私達は息を呑んだ。そうだ、奏さんがいる。あの悪意に再度染められてしまった奏さんが。

 

「正直再度染め直しなんてどうなるか想像も出来ない。だけど、きっとより禍々しいものとなる事は間違いないと見ていいはずだ」

「うん、きっとそうだと思う。今度は私の声も届かないかもしれない」

「翼、だとしても、よ」

「そうです。届かないなら届くまでやるだけです!」

 

 響らしい言葉に翼さんが笑みを浮かべて頷いた。

 只野さんも静かに頷いてた。ただ、奏さんとクリスを相手にするなら今のままじゃ不味いのは分かる。

 何とか、何とか二人を相手にしても元に戻せるようにならないと。

 

「そうだ。忘れてたけど、俺の考えが悪意へ伝わるようになったらしい」

 

 一瞬どういう事か分からなかった。

 きっとみんなそうだったと思う。一人マリアさんだけが驚く事もなく只野さんを見つめていた。

 

「原因は私を乗っ取っていた悪意が放った瘴気を二度吸ったせいだと思うわ」

「ああ、きっとそうだろうな。だから悪意は奏とセレナを分散させてたんだ」

「そういう事か……」

「じゃ、じゃあ今も?」

「分からない。ゲートの先だけ、ならまだいいんだが……っ!?」

 

 そこで只野さんが何かに気付いたような顔で息を呑んだ。

 

「ど、どうしたんですか兄様」

「……特訓の際、俺は目隠しと耳栓をするよ。ドライブチェンジして欲しい時は俺の指を使ってエルがやってくれ。もし俺の見た事聞いた事までも筒抜けになったら意味がない」

 

 険しい顔で告げられた言葉に込められたのは、ある意味での決意だった。

 只野さんは出来るだけ悪意に私達の情報を与えないようにしようとしてる。

 

「ししょー……」

「で、でも、私達の能力とかを仁志さんが知って色々考えてくれる事で」

「それを思い付いた瞬間、悪意もそれを知るなら意味がない。なら、俺が知らないままでみんなだけ知ってる方がいい。それに、一つだけ悪意に俺の思考とかを読まれないかもしれない状況に心当たりがある」

「思考を読まれない状況?」

「ああ。とあるアニメに似たような能力を持つ敵が出てきた話があって、そこで主人公は思考を読まれるのならといっそ大きな声で自分の本音をぶちまけたんだ。愛の告白ってやつを、ね」

「それは効果があったのか?」

「その作中ではね。相手が健全な男女交際が死ぬほど嫌いで聞きたくなくなったんだよ。それと同じように、もしかしたら悪意も自分の弱点となり得るだろう感情を俺が強く発露したら、それを嫌がって思考を読む事を一時的に止める可能性があると思うんだ」

 

 たしかにあり得るかもしれないって思う。

 でも、何でそう考えたんだろう?

 

「そう思う根拠は?」

 

 私と同じ疑問を抱いたのかマリアさんがそう問いかけた。

 みんなも何も言わないから同じ事を思ってるんだと分かった。

 

「俺の思考を読むって事は、多分だけどその瞬間俺とリンクって言うか同調してるんだと思うんだよ。そこで俺が心の光を強くしていたらその光も悪意の本体というか、悪意全体へ伝わるんじゃないかなって。実際俺がみんなとの触れ合いや言葉に温もりで体が楽になってるから」

「そっか。お兄ちゃんの心をみんなであったかくしてるのを悪意が嫌がってるなら、その間はお兄ちゃんの心とかをのぞけないかも?」

「そういう事」

「理屈は分かりますし納得も出来ます。ただ、それは言う程簡単じゃないと思います」

 

 エルちゃんの言葉に只野さんはゆっくりと頷いた。

 

「そうなんだよ。でも、それについても俺はみんなからヒントをもらってる」

「「「「「「「「「ヒント?」」」」」」」」」

 

 みんな揃って声を出すと只野さんが楽しそうに笑った。

 その笑顔は私達がよく見てきた只野さんの笑顔だ。

 

「歌、だよ。前向きな歌を唄う事で多少でも気分が良くなったし、そもそも歌ってる時は歌詞を思い出したりするから余計な事を考えずに済む」

 

 告げられた答えに私は思わず笑っちゃった。只野さんらしいって、そう思って。

 実際、今回も気持ちが沈みそうだからって歌を唄ったぐらいだし、納得しかない。

 けど、うん。私も似たような事をやって響達を応援した事があるから否定しない。

 

「歌には力がありますもんね」

「そう。だから、俺も今後はみんなみたいに歌を唄う事にする。っと、そうだ。翼、コメントの方に聞き覚えがあるってのが増えてきてるんだよな?」

「うん、確認したけどあの日を切っ掛けに増えてきてると思う」

「なら、悪意は俺を使ってそれも根本からひっくり返そうとするかもしれないな。エル、それとヴェイグに頼みがあるんだが、今からログイン用のパスワードを変更しようと思う。で、俺は新しいやつを見ないでいるから、二人で相談して決めてくれ。出来れば響達も見たり聞いたりしないでくれるか? もうないと思うけど、悪意にまた忍び込まれるかもしれない」

「了解です!」

「なら、私達は二階へ移動しましょうか」

「ああ、なら後で俺も行くよ」

 

 そう言いながら只野さんはスマホを操作してエルちゃんへ差し出して簡単な説明を開始。

 私は階段へ向かうマリアさん達に続いてリビングを離れる事に。

 だけど、本当に只野さんは一気に持ち直した感じがする。

 きっと切っ掛けはお鍋の思い出、かな。

 あの時の只野さんは、とっても優しい笑顔をしてた。どこかおじさんを思い出すような、そんな顔を。

 

「お兄ちゃんのパパとママ、早く会いたいなぁ」

 

 そんな中、階段を上りながらセレナちゃんが漏らした一言に私達は苦笑した。

 だって、それはここへ戻ってきたみんなが必ず一度は思う事だから。

 

「たしかママさんは看護師なのよね?」

「ああ、そうだ。もうすぐ還暦と仰っていたが、まだまだ元気で明るい方だ」

「でもお料理は苦手で、結婚するまでほとんどやってこなかったんです」

「そうなの?」

「デスデス。料理に必要なのは愛情じゃなくて継続だって言ってたデス。愛情があろうとなかろうと作っていればその内に慣れてそれなりに上手くなる、だそうデス」

 

 おばさんらしいって、そう思うぐらいには私も只野さんのお父さんとお母さんと接した。

 たった二回の触れ合いだけど、それでもおじさんもおばさんも優しくてあったかかった。

 

 ……只野さんの性格や考え方ってこの二人だからなったんだなぁって、そう思った。

 

 二階に上がるとセレナちゃんとマリアさんが軽く息を吐いた。

 多分だけど思ってたよりも広いからだと思う。

 ここの寝室、あの平屋の居間ぐらいあるもんね。

 

「ここで寝るの?」

「いや、さすがに全員は無理だ。だから私とマリアは別室にしようと思っている」

「別室、ね。どっち?」

「奥側だ。ただ、戸は閉めないでおくが」

「マリアがいるならエルとセレナとヴェイグを一緒にした方がいい気がします」

「デスね。セレナ、どうデス?」

「うん、どうせならその方がいいかな? あの旅行の時みたいだし」

 

 こうして寝る場所と組み合わせは決定となった。

 奥の四畳半にマリアさん、セレナちゃん、エルちゃんにヴェイグ。

 階段からすぐの寝室に残りのみんなと只野さん。

 

 で、そこで階段を上がってくる音が聞こえた。

 

「お兄ちゃんだ」

「でしょうね」

 

 セレナちゃんが嬉しそうに笑うとマリアさんも笑顔を返す。

 何というか、本当に今の二人を見てると只野さんの奥さんと娘みたいに見えるなぁ。

 

「っと、お待たせ……で、いいのか?」

「仁志さん、寝る場所が決まりました!」

「寝る場所?」

「マリアとセレナにエルとヴェイグは奥の部屋で寝る」

「ああ、そういう事か。じゃあ、手前側の四畳半は未使用のまま終わるのかね?」

 

 そう言って只野さんは手前側の部屋の戸を開けた。

 そこには窓があるだけの空間が広がってた。

 

「……ここも使う事があるかもしれないけどな」

「それって、奏さんやクリス先輩を助けても終わらないって事デスか?」

「可能性はある、と考えた方がいいかもしれないぞ暁。実際、今の事態がそれだ」

「そうですね。でも、そうなると……」

 

 調ちゃんが何かに気付いたように只野さんを見つめた。

 他のみんなもそうだ。只野さんはそれに気付いてるんだろう。こっちへ振り向かないで軽く天井を見上げた。

 

「このままだと、俺が悪意のバックアップって事になるだろうな」

 

 その言葉は、悪意に只野さんの考えが読まれてるって事よりも私や響達の気持ちを乱した。

 

「まさか、それも狙いの内?」

「ないとは言えないよ。まるでゴーバスの展開だな」

「「「「「「「ごーばす?」」」」」」」

 

 聞き覚えのない言葉だ。でも、きっとヒーローなんだろうな。

 

「特命戦隊ゴーバスターズ。詳しい説明は避けるけど、そのラスボスと言うか相手は自分のバックアップをよりにもよってレッドの中に仕込んでたんだ。しかもレッドが自殺しようとしても出来ないような仕組みまで組み込んで」

「本当に今の状況に似てますね」

「うん、でもゴーバスはゴーカイの後の作品でみんなと見た事もない……っ?!」

 

 そこで只野さんが息を呑んだ。

 みんなでどうしたんだろうと思って見つめてると、只野さんがゆっくりと向き直って私の事を見た、気がした。

 

「……聞いて欲しい事が出来た。もう少ししたらリビングへ戻ろう。エル達にも聞いて欲しい」

 

 そう告げる只野さんは真剣な表情をしてた。

 嫌な予感もするけど、それでもきっと何とかなる気がする。

 だって、これまでもみんなで何とかしてきたんだから。

 

 私達の目の前にいる人と、一緒に。

 

 

 

 仁志が話したのは、あの海へ行った日の夜の事。

 未来へキスした際に誰かに頭を覗かれたような気がした事を思い出し、そこから悪意が現状の計画を考えたのではないかと推測したのだ。

 

「あの時、悪意は未来の中に既にいたんだと思う。そして、そこで俺の記憶を覗いたんじゃないだろうか? そして、相手の中心人物を使ったバックアップ方法を知った」

「でも、その前から悪意は仁志を狙ってたじゃない」

「その時は漠然と俺を利用しようとしか考えてなかったと思う。でも、俺の記憶から得た知識でそこに変化が生まれたんだ。要は、俺を操り人形にするのではなく、俺のままでみんなの邪魔になるように。仮の話だけど、俺が自殺しようとしても悪意は止められないし、みんなが俺を物理的に消滅させようとしても同じだ。悪意自体が手を出す事は出来ない」

「だがらこそ、悪意は私達全員が揃い何らかの方法で倒しても、仁志さんがいる限り復活出来ると見せつける気か……」

「そして、きっとそこでこう迫るんです。自分を完全に倒したければ兄様を殺せと」

 

 エルフナインの言葉で誰もが表情を歪めた。それは怒りと悔しさだ。

 実際このままではそうなる可能性が高いと感じているのだ。

 何せ仁志の体内に悪意が潜んでいるのは確定と言っていいのだから。

 

「どうしたら、どうしたらいいのかな? エル、お兄ちゃんから悪意を追い出すにはどうしたらいい?」

「それは……分かりません。でも、今のを聞いていて一つ思った事があります」

「思った事?」

「はい。兄様、未来さんとキスした時に悪意に頭を覗かれた気がしたと言いましたが、それはリビルドギアが追加された時ですか?」

「え? ああ、うんそうだよ。最初にした時は追加されなかったけど、その時はそんな感覚なかったしな」

 

 その発言にエルフナインとヴェイグ以外の全員がある事に気付いた。

 そしてそれを確かめるべく、装者の七人は顔を見合わせる。

 

「ねぇ響、響がリビルドギアを手に入れた時って」

「待って未来。翼さん、これって前の話に繋がりますね」

「ああ。マリア、もしかすると私達全員が……」

「可能性は高いわ。いえ、この場合はきっと同じはずよ」

「切ちゃん、セレナ、何度目のキスでリビルド増えた?」

「ええっ?! え、えっと……に、二回目デス」

「わ、私も二回目で増えました」

 

 真っ赤な顔の切歌と赤い頬のセレナ。調は平然としているように見えるが、内心ではその時の事を思い出してほんのり頬を朱に染めていたし、未来と響もやや落ち着きを無くしていた。

 翼とマリアは落ち着き払っていたが若干の気恥ずかしさのようなものはあったようで、互いに頬を掻いていた。

 

「えっと、つまりどういう事?」

「仁志さん、全員二度目のキスでリビルドが追加されてるって事は、そこでやっと私達と仁志さんの心が繋がったって事だと思う。だからこそ、小日向の中にいた悪意とも一瞬繋がったんじゃないかな?」

「そして、そこで仁志の想いが流れた事で悪意は未来の中から消えた。そう考えれば理屈は通るわ」

「そっか……だからあの時悪意はクリスからキスをさせたんだ。俺の想いを流し込まれる前に自分の分身を流してやろうって」

 

 点が線になった瞬間だった。まだ全てが繋がってはいないが、一つの解決策のようなものが見えてはきたと言える。

 想いを繋げた瞬間、愛情を流せば悪意を倒せる。それが今、仁志達の中で考えられた悪意の撃破法だった。

 

 ただ、これを試しにやってみるには危険が高いと言えた。

 それは次の仁志の言葉にある。

 

「仮にこれが悪意に有効だとしてもだ。みんなにキスしてもらったからって、悪意が本当に消えたかどうか確かめようがない上、下手すれば俺からみんなへ入り込む可能性があるんだよな」

「そうデス。ししょーは依り代に通知みたいなものがないデス」

 

 仁志は当然ながらギアを所持していない。それは響達と違い、彼は悪意を駆逐出来たか否かが判別出来ない事を意味する。

 であるのなら、それを確認する方法は仁志にゲートを通ってもらう事だが、それがどれ程危険かは言うまでもない。

 

 それに奏とクリスが悪意の支配下にある今、もし響達の誰かに悪意が入り込んだらそれはそれで厄介な事になる。

 

 つまり現状ではその思いつきを試すには状況が悪すぎるとしか言えなかった。

 

「なら、これは最後の手段ですね」

「そして、おそらく唯一の切り札かもしれないぞ」

 

 ヴェイグはそう言ってエルフナインから顔を仁志へ動かした。

 

「タダノ、賭けに出る事も必要だと思う。そして、それをいつにするかはお前が決めろ。そうすればみんなも納得してくれる」

「俺が……」

「ああ。あのまんがのライダーの言葉じゃないが、命には賭け時があるんだろう? それはタダノ自身が決めるべきだ」

「命の賭け時、か……。そうだな。今は俺の命がこの世界の運命も同じだ。なら、賭け時を見誤らないようにするよ」

 

 そう告げる仁志の表情に響達は胸をときめかせた。

 それは久しぶりとなる彼本来の“大人の男”としての顔だったのだから。

 

 その後は風呂の支度をして、一番疲れているだろうエルフナインとセレナを優先的にしようとなり、マリアと三人で入る事となった。

 そうなると次は切歌と調に決まり、続いて響と未来。翼はヴェイグと入る事となり、仁志が最後という流れだった。

 

 と言うのも、仁志が自分を最初にする事を嫌がったためである。

 

「汗を掻いた三十男が入った後のお湯なんて女性は嫌だろ」

 

 その一言を、さすがの響達も否定はし切れなかったのであった。

 よって仁志が順番は最後となったのである。

 

 ただそれも仁志が一人で入るからであり、響達の本心としては……

 

(わ、私と一緒に入ってくれるなら気にしないんだけどなぁ……。む、むしろ背中とか洗ってあげたいかも……)

(別に仁志さんの後が嫌な訳じゃないけど、どうせなら一緒に入って背中を流してあげたいかな。……そ、そうすれば少しはし、新婚気分を味わえそうだし)

(配慮としては十分理解出来るしむしろ良識があると思えるけど、これって本当に大家族のそれよね。……いっそ私達と一緒にって、ダメ、なのよね……)

(ししょーと一緒にお風呂は色々ダメデスが、み、水着着ればどうデスかね? あっ、でもでもその場合アタシは隠せてますけどししょーは……ぁぅ)

(切ちゃんと私と師匠でお風呂……。三人して水着着て入るのかな? でも、それじゃ体洗うのは難しい。師匠が見てない時に少しずらす? ……そこを見られそうで恥ずかしい)

(只野さん疲れてるだろうから早く休ませてあげたいけど、たしかに男の人の後って抵抗あるかも。でも、これって一緒に入ってたら気にならないんだろうなぁ。……そうなると今度は別の事が気になりそうだけど)

(お兄ちゃんと一緒にお風呂はダメって前に言われたから分かるけど、私やエルよりもお兄ちゃんの方が疲れてるはずなのに……いいのかな? 私は…………ちょっと恥ずかしいかも)

 

 悪意の影響が完全に消えた今、全員が多かれ少なかれ乙女な感情を正常に抱いていた。

 それぞれ濃淡の異なる赤い花を眺めて、仁志が柔らかく微笑んでいると知らずに。

 

 そうして女性達が入浴を始めると、仁志は入浴していない者達に囲まれる事となった。

 

「これで仁志さんが楽になるって分かりましたし、今後のためにもしっかりやって行きますね」

「私達の温もりで師匠を癒してあげないと」

「デスデス」

「ははっ、うん、お願いするよ」

 

 響達三人の笑顔に笑みを返しつつ、仁志は嬉しそうに腕の力を少しだけ強くする。

 彼の正面には切歌、調、響の三人がいた。その背中に回されている腕が力強さを僅かに増した事で三人の乙女の笑みが深くなった。

 

「只野さん、調子良さそうですね」

「そうだな。だが油断は出来ない」

「本当だよ。少しでも気を抜きすぎたら一気にダメダメモードになりそうだ」

 

 背中から密着している翼と未来に若干ドキドキしながらも仁志は思っている事を述べた。

 マリア達が風呂から上がれば、今度は背中側にマリアが来る事になる。

 だが、そうなっても仁志は見られて不味い状態にならないだろうと確信していた。

 

(何だか今は欲望よりも愛しさの方が強いんだよなぁ……)

 

 愛されているという実感。一人ではないと思える温もり。

 それらが仁志を包み、癒していたのだ。

 そしてそんな彼らを眺め、ヴェイグは一人嬉しそうに微笑んでいた。

 

(やっとみんなから優しい匂いが出てくるようになった。やっぱりタダノが笑顔じゃないとダメだな)

 

 ムードメーカーである響や切歌。そんな二人の雰囲気へ影響する仁志の存在。

 今やこの中で一番のムードメーカーは紛れもなく仁志であるとヴェイグも感じていたのだ。

 

「あ~、幸せだなぁ。世の男が羨むような状況だよ」

 

 噛み締めるようなその声に響達五人が微笑む。

 分かるのだ。今の仁志は自分達がよく知る状態だと。

 

「ふふっ、そうだね。仁志さん、刺されるかもしれない」

「ないとは言い切れないですよね。私達の世界だと翼さんとマリアさんってだけで大問題です」

「学院でも凄い事になるよ。切歌ちゃんと調ちゃんは人気者だし」

「デス?」

「そうなんですか?」

「あー、何となく分かるかもしれないなぁ。切歌も調も転入生だろ? で、常に二人で行動するし、その仲の良さは単なる友人って枠を越えてるからな。禁断の関係って思われてもおかしくない」

「「禁断(きんだん)の関係……?」」

「それならむしろ私は立花と小日向だと思うよ」

「「つ、翼さんっ!?」」

「ははっ、そうだな。切歌と調よりは響と未来の方がらしいか。あの三人組も似た事を言いそうだ」

「「仁志(只野)さんっ!」」

 

 そのやり取りを眺めながらヴェイグは笑みを深くして頷いていた。

 今、仁志達はとても強い優しい匂いで包まれていたのだ。

 やがてそこへ風呂上りのマリア達三人が現れ、入れ替わりに切歌と調がいなくなる。

 

「兄様、どうですか?」

「お兄ちゃん、どう?」

「うん、あったかい。カイロみたいだよ」

 

 エルフナインとセレナが来た事で響は正面から仁志の横へと移動していた。

 娘二人を抱き締める父親のような仁志を、マリア達四人の女性は自分達が妻になったような感覚で見つめていた。

 

 そんな視線に気付く事もなく、仁志はエルフナインとセレナを優しく抱き締めて幸せに浸っていた。

 抱き締められている二人も仁志の腕の中で嬉しそうに笑っていた。

 

「すっかり父親モードね」

「実際おじさまがエル達と接している時もこういう感じだったぞ」

「ですね。マリアさんもおじさんと会えば分かりますけど、仁志さんが歳を重ねるとこうなるんだろうなって思いますから」

「趣味の話をしてる時なんて、本当に只野さんと同じ表情してますよ」

「あのぉ~、せっかく俺がエルとセレナに癒してもらってるんだからさ、複雑になる未来予想を話題にしないでくれよ。俺も本気で父さんみたいになるんだろうかって微妙な気持ちになったんだ」

 

 苦い顔でそう言いながらエルフナインとセレナの頭を優しく撫でる仁志。

 どこからどう見ても父親なそれに響達は苦笑する。

 

「だがタダノ、俺もお前はぱぱさんに似てると思うぞ」

「うん、それは分かってるんだ。分かってるけど複雑なんだよ」

 

 仁志からすれば父は十分尊敬出来る存在である。だがしかし、だからといってそうなりたいかは別だ。

 何せ仁志からすれば父とは似たくないと思う部分がある。

 そこまでも似たら彼自身としては目も当てられないと考えていたのだから。

 

「ヒーローの話をしてる兄様と電車の話をしてる時のおじいちゃんはそっくりです」

「そうなのお兄ちゃん」

 

 そこへ放たれる無邪気な感想と確認が仁志の心を揺らす。

 

「……うん。趣味の話をしてる時の俺と父さんは良く似てると思うよ」

「あっ、そういえば仁志さんとおばさんは普段の考え方が似てます」

「その場その場のテンションや思いつきで喋るとこもな。否定しないよ」

「ふふっ、俄然仁志のパパさんとママさんに会うのが楽しみになってきたわ」

「俺は若干恐怖してきたよ」

 

 マリアの声に苦い顔をしながら仁志は腕の中の温もりを抱き締める。

 

「でも、きっとおじいちゃんやおばあちゃんは姉様や姉さんと会うのを喜んでくれると思います」

「それはそうだろうなぁ」

「お兄ちゃん、私もエルみたいにグランパやグランマって呼んだ方がいいかな?」

「そこは……本人達に聞いてごらん。きっと父さんも母さんもセレナにそう聞かれたら呼んで欲しい呼び方を教えてくれるさ」

「うん、分かった」

「じゃあ二人共、歯を磨いてきなさい」

「「はーい」」

 

 マリアの言葉に従い、二人は仁志の腕の中から離れて洗面台のある脱衣所まで向かう。

 それを見送り仁志は微笑んだ。

 

(やっとエルとセレナが間延びした返事をしてくれるようになったな。少しは不安が薄れたってとこか)

 

 あの平屋生活だった頃はよく聞こえていた間延びした二人の返事。

 それがまた聞こえた事に満足感と達成感にも似たものを覚え、仁志は小さく頷いた。

 

「……久しぶりに聞いたな、エルちゃんのあんな声」

 

 そう呟いて響は笑みを浮かべた。

 

「うん、そうだね。エルちゃん、気の抜けた声だった」

「あの家の頃はよく出してたぞ」

「そうなのか。そうか、あの平屋の頃か……」

 

 未来と翼も笑みを浮かべている。

 

「仁志、これでいいのよね?」

「ああ、いいよ。少しでもあの二人が子供らしくいれるような時間を作ってやらないとな。こんな状況だからこそ、せめてあの二人には笑っていて欲しいし」

 

 マリアの問いかけにそう返して仁志は振り向いた。

 そこにいる四人の女性達に笑みを見せながら。

 

「俺も最後まで戦うよ。みんなの笑顔のために、さ」

 

 心だけは強くあろう。そう思い直した仁志の笑顔には、以前までの力強さが戻りつつあった。

 それに響達は嬉しそうに笑顔を返すのだった……。

 

 

 

「はじめまして、マリア・カデンツァヴナ・イヴです」

「は、はじめまして。私っ、セレナ・カデンツァヴナ・イヴです」

 

 土曜日の午後、あの三階建てのアパートの一室にイヴ姉妹の姿があった。

 

 丁度その日に両親が揃って休みと知った仁志は、電車賃を浮かせるためミレニアムパズルを利用しての移動を提案。

 その結果、響とエルフナイン以外は電車に揺られる事もないまま、気付いた時には部屋の中という稀有な経験をする事となったのだ。

 

「マリアちゃんにセレナちゃんね。名前はエルちゃんやベー君から聞いてるわ」

「姉妹とは聞いていたが、歳が結構離れているんだな」

「そうね。でも本当に美人姉妹ねぇ。マリアちゃんもセレナちゃんも美人さんだわ」

「ベーが出てきたドアから出てこなかったら仁志と知り合いなんて信じられんな」

「はいはい。どうせ俺は保育園時代しかモテてなかったですよ~」

 

 夫妻の言葉に苦い顔を見せる仁志に響達が小さく笑う。

 それに仁志がバツが悪そうに頭を掻いた。

 

「あ、あのっ、お二人の事は何て呼んだらいいですか?」

 

 そんな中、セレナが只野夫妻へそう切り出す。

 その姿が二人にはとても幼く見えたのだろう。どこか優しい声で返事をしたのだ。

 

「好きに呼んでくれて構わない。おじさんでもパパさんでも、おじいちゃんでも」

「そうそう。セレナちゃんの呼び易いように呼んでくれていいから」

「じゃあ、えっと……」

「ならおじさんとおばさんだな。実は、セレナは俺の姪っ子って設定で前の部屋の大家さんには話してたんだ」

「姪っ子、か……。成程」

「言われるとしっくりくるわ。見かけや雰囲気も親戚の子って感じだもの」

 

 仁志の話にセレナへ感じていた感覚を理解し、小さく頷くと只野夫妻は目の前の少女へ顔を戻した。

 

「だそうだが、どうかな?」

「もし良かったらそう呼んでくれる?」

「えっと、おじさん、おばさん」

 

 言い慣れない呼び方に違和感を覚えながらセレナがそう呼びかけると、只野夫妻はそれぞれに笑みを浮かべた。

 

「「何(だ)?」」

「っ……ううん、呼んでみただけ」

 

 優しい笑みにあったかくなる胸をそっと押さえ、セレナは嬉しそうにそう返した。

 

 ちなみに仁志はセレナからはお兄ちゃんと呼ばれている事を知られ、両親に“本当にそういう趣味はないだろうな”と確認される事となり、若干揉めた事を記す。

 

 さて、そんな事もあった後、早速とばかりに只野夫人はみんなで買い物へ行こうと提案した。

 ミレニアムパズルを利用すればこの大人数でもあの車で移動可能と分かったからである。

 

「どう、ベー君。ダメ?」

「いや、構わないぞままさん。ただ、すーぱーへ着いた後、みんなを出すのが難しい」

「お母さん、ベーの言う通りだ。今じゃ駐車場にだって監視カメラがあるんだから」

「でもせっかくだからみんなでお出かけしたいじゃない」

「出かけるだけなら出来るが、それでこの子達が楽しめないのなら意味がないでしょう」

「それをどうにか考えるのっ。あなたは私よりも賢いんでしょ? じゃあ考えてみせて」

「思ってもない事を言うのは止めなさい。まったく、都合の良い時だけそういう事を」

「それはそっちでしょ! 普段は偉そうに講釈たれるのにこういう」

「はいストップ。っと、セレナ、マリア、こういう二人なんだ、俺の両親」

 

 ヒートアップしそうな気配を感じて仁志が止めに入る。

 もう見慣れた感さえある響とエルフナイン、ヴェイグは笑みを浮かべ、知っている翼達が苦笑し、初めて見たイヴ姉妹だけが目を丸くしていた。

 

「き、聞いてはいたけど……」

「本当にケンカみたい……」

 

 マリアとセレナの視線の先ではもう何事もなかったかのように平然としている只野夫妻がいた。

 

「でも、俺は母さんの気持ちも父さんの気持ちも分かるよ。なので、こういうのならどうだ? あの車に乗れるのは運転手を除けば……精々大人四人だろう。だから母さんと俺、マリア、そしてセレナとエルは最初から車。残りはパズル内で待機してもらって……っと、母さん行き先は?」

「そうねぇ……今日はそこまで大きなとこじゃない方がいい?」

「私に聞かないでください。それと、この子達はむしろ大きい所の方がいいでしょう。見たい物だってあるでしょうし」

「それもそうか。じゃあ……岡崎のイオン?」

「「遠すぎる」」

 

 運転できる男二人が声と表情を揃えて突っ込んだ瞬間、只野夫人以外が思わず笑った。

 只野夫人だけはそのツッコミに憮然としていた。

 

「何よ二人して。じゃあどこならいいの?」

「運転するのは父さんだから父さん決めてくれよ」

「私は別にどこでもいい。ただ、あまりにも遠いところはどうかと思っただけだ」

「なら……東浦のイオン?」

「「だから遠い。あとイオンしかないのか」」

 

 またも見事なハモりを見せる只野親子に響達が楽しげに笑う。

 何せ今度は只野夫人も笑っていたのだから。

 そう言われると分かって言っていたのだとそこから分かり、今度は只野親子が憮然としていた。

 

「ったく、父さん、これはこっちで決める方がいいぞ」

「だな。エル、セレナ、何か見たい物はあるか? あるなら言ってみなさい」

「「え?」」

 

 まさか話を振られると思っていなかった二人が少し驚きを見せるも、そんな少女達へ仁志が軽く笑みを浮かべて二人の目線の高さへ合わせるようにしゃがんだ。

 

「父さんは二人の希望を優先したいんだよ。だから好きに希望を言ってごらん。服でも靴でも本でもオモチャでも何でもいい。二人が見たい物を言えばいいんだ」

「「そうなんですか?」」

 

 つぶらな瞳を向ける二人に仁志は苦笑しながら頷くと振り返って自分の父を見た。

 彼も孫や姪のように思っている少女二人のその眼差しが照れくさいのか少し横を向いて頬を掻いた。

 それが仁志の照れ隠しと同じだと気付き、響達は親子の絆のようなものをそこに感じ取って笑みを浮かべる。

 

「それで、何かないか?」

「姉さん、何かありますか?」

「そうだね……」

 

 そこでセレナは只野夫人へと顔を向けた。

 

「あら、どうしたの?」

「えっと、おばさんは何かありますか?」

「まぁなんていい子なの。エルちゃんもいい子だったけどセレナちゃんもいい子ね~。でも私の事は気にしなくていいから。セレナちゃんとエルちゃんの好きな物を言ってみて?」

 

 そっとセレナの頭を撫でる手付きは、もう何度もそういう事をしてきたと分かるものだった。

 そしてそれはセレナに母を思わせるに十分な温もりであった。

 

(ママって、こんな感じなのかな……?)

 

 マムと呼ぶナスターシャはセレナの事を撫でる事などないに等しく、それ故セレナにとっては初めてにも等しい家族以外の成人女性からのスキンシップだった。

 

「あ、あの、おばさん」

「なぁに?」

「も、もう少し撫でてもらってもいい?」

 

 気付けばセレナはそう言い出していた。それは久しぶりとなる甘えん坊の顔だ。

 それを見たマリアはすぐにセレナの心情を察して複雑な顔をしていた。

 

(セレナ、貴方は仁志のママさんに母親を見たのね……)

 

 まだ幼いセレナが甘えられる相手を求めるのは当然であり、その相手にある程度歳を重ねた者を選ぶのはマリアにも理解出来てしまったのだ。

 

 どこか複雑そうに平行世界の妹を見つめるマリア。

 その瞳の中には、只野夫人に頭を撫でられて微笑むセレナの姿が映っていた。

 

「う~……ママさん、アタシも撫でて欲しいデス」

「え?」

「私も、お願いしたいです。ダメですか?」

「あらあら……」

 

 幸せそうなセレナを見ていた切歌が声を上げると、ならばとばかりに調も声を上げる。

 彼女達も母の愛を知らず育った二人だ。セレナ同様母親を思わせてくれる相手はいたが、スキンシップを経験してこなかったに等しいため羨ましくなったのだった。

 

 こうして三人の少女を優しく撫でながら只野夫人は微笑む。

 その隣ではエルフナインが仁志の父に同じ事をされていた。

 

「えへへ、おじいちゃんの手は兄様と違ってごつごつしてます」

「痛くないか?」

「平気です。僕、この手も大好きです」

 

 高校を卒業してからずっと製造業で働き続けているその手は、とてもではないが綺麗な手ではない。

 作業機械を触り続けてきた事もあり、色はどこか黒ずみ、爪も一部は割れたりしているのだ。

 それでも、そんな手がエルフナインは好きだった。職人の手と、そう感じる事が出来るからかもしれない。

 

 そして仁志もそんな父の手が好きだった。

 

(俺もそうだったっけ。たまに父さんに撫でられた時は、硬くなった掌とか指の皮の感触があって、少し痛い時もあったりするんだけど、それが父さんに撫でられてるって強く感じられて嬉しかったっけな……)

 

 そんな父が父親になった年齢に自分は近づきつつあると、そう思い出して仁志は小さく息を吐いた。

 自分も父のような父親になれるだろうかと。

 妻を得て、子を持ち、家庭をしっかりと守っていけるだろうかと自問して。

 

「ぱぱさん、ままさん、買い物はどうするんだ?」

「「あっ」」

 

 そこへ放たれるヴェイグの純粋な疑問。

 それが久しぶりに小さな子を持つ親モードへ戻った夫妻を現実に戻した。

 

「ったく、仕方ないな。もう俺が決めるぞ。母さんの夜勤の買い物で御用達のとこでいいだろ。あそこならみんなもある程度店の配置とか知ってるしな」

「そうなの?」

「「「はい(デス)」」」

「そうなのか?」

「はい!」

「と言う訳で、父さん、屋上駐車場に止めてくれ。そこなら監視カメラはないから周囲の目だけ気を付ければいいしな」

「それはいいが帰りはどうする?」

「屋上なら周囲さえ気を付ければ何とかなると思うんだ。だろ、みんな」

 

 その問いかけに響達が頷いた事で打ち合わせは終わった。

 一部の者を残して響達がミレニアムパズルへと入っていき、ヴェイグはエルフナインの中へと消える。

 残された仁志達は、まるで三世代家族のような状態で車へと乗り込んだ。

 

「じゃ、運転よろしく」

「分かってる」

「マリアちゃん、狭くない?」

「大丈夫です。セレナとエルはどう?」

「うん、平気」

「僕もです」

 

 笑顔の二人にマリアは微笑みを返して頷いた。

 と、そこで助手席から仁志が後部座席へ顔を出した。

 

「シートベルトを忘れるなよ?」

「そっちも大丈夫よ。ちゃんと確認済み」

 

 まるで夫婦のようなそのやり取りに只野夫人がニヤニヤと笑みを浮かべた。

 

「まるであんた達夫婦みたいね」

「「っ?!」」

「貴方はまたそうやって余計な事を……」

 

 揃って赤面する二人を横目で見ながら仁志の父はアクセルをゆっくり踏み始めた。

 動き出す車と反対に仁志とマリアはその場からまったく動かなくなっていた。

 そんな二人に、只野夫妻はどこか微笑ましいものを見るような気持ちでいたのだった……。

 

 

 

「こんなに綺麗な子や可愛い子がいるのに、まだ二人もそういう子がいるなんてねぇ……」

 

 以前全員で撮ったテーマパークでの画像を見ながら、只野夫人は噛み締めるようにそう呟いて顔を上げると、そこにいた響へスマートフォンを差し出しため息を吐いた。

 戦姫絶唱シンフォギアを見た事がないでも、彼女も幼い頃の仁志に付き合っていくつかの特撮やアニメを見た事がある故、悪と戦うという事が持つ恐ろしさや危険性をぼんやりとではあるが理解出来てしまうのだ。

 

「響ちゃん達、大変だろうけど体に気を付けて頑張ってね。もしガーゼとか点滴とかが必要になったら教えて。私で手に入る物なら何とかするから」

「あ、ありがとうございます」

「もしそうなったら、その時はおばさんを遠慮なく頼らせてもらいます」

 

 その未来の返事に只野夫人は嬉しそうに頷いた。

 ただその未来の手には小さ目の紙袋がある。しかも同じ色の袋を響も手にしていたのだ。

 

 実は、買い物を終えて帰宅した只野夫妻はそれぞれで響達へ何かをプレゼントしていた。

 夫妻も悟っているのだ。響達がいついなくなってもおかしくなく、別れの挨拶さえも出来るかどうか怪しい事を。

 だからこその贈り物だった。餞別の品と言う訳ではないが、息子の事を守ってくれている事への礼も含めての感謝の品であったのだ。

 

 エルフナインとセレナはその手にそれぞれ揃いの髪飾りを持っている。星を模ったそれは、そこまで高価な物ではない。

 夫妻からのプレゼントであるそれを二人は笑顔で見つめていた。エルフナインが黄色の、セレナが緑色の星の髪飾りである。

 

「姉さん、早速着けてみましょう。こっちに洗面台がありますから」

「うん、じゃあ着けてみようか」

 

 連れ立って洗面所兼脱衣所へ向かう二人。

 その後ろでは、切歌と調が世界的に有名な猫のキャラクターが付いたキーホルダーを見つめて微笑んでいた。

 

「可愛いデス」

「うん、可愛い」

「寮の鍵とか付けないとデスね」

「そうだね。大事に使おう」

 

 自分達の世界にはないキャラクターをあしらった品物。

 それが持つ意味と贈ってくれた相手の事を思うと常に身に着けられる物は嬉しいのだろう。

 二人はずっとニコニコと掌のキーホルダーを眺め続ける。

 

 だが、何故か翼とマリアはその手に紙袋を二つ持っていた。

 

「思いがけない事になったな」

「そうね。でも、もしかするとこれがあの二人を元に戻す力になってくれるかもしれないわ」

 

 一つは翼とマリアへのプレゼントであるが、もう一つは何とクリスと奏用のプレゼントだったのだ。

 

「これを見ていると、おじさまとおばさまはやはり仁志さんの両親だと強く感じる」

「本当よ。まさかいない二人の分までなんて……」

「その二人も仁志を支えてくれたらしいじゃないか。なら、そのお礼みたいなものだ。今は色々とあって難しいだろうが、いつか渡してくれると嬉しいよ」

「おじさま……」

 

 聞こえた言葉に翼が振り返ると、そこには仁志に似た笑みを浮かべる彼の父が立っていた。

 

「私はあまりヒーロー物を見た事がある訳じゃないが、それでもこれだけは知っている。最後に勝つのは諦めない者だ。なら、君達はきっと最後には勝つはずだよ」

「……はい。パパさんの気持ちもきっとその助けになります」

「そうか。それは嬉しいな。こんな私でも君達の助けになれるのなら、いくらでも願うし祈ろうじゃないか」

 

 そう言って微かに笑みを見せる姿が翼とマリアには仁志と重なる。

 そしてそれだけではなく、二人には一瞬ではあるがとある人物を思い出させたのだ。

 

(お父様……のようだったな……)

(一瞬翼のパパさんみたいに見えたわ。年齢と不器用そうな雰囲気のせい、かしら?)

 

 そんな風に響達が過ごしている中、仁志はやっと買ってきた食料を冷蔵庫へ片付け終えて息を吐いていた。

 

「ふ~っ、全部しまい終わったぞ~」

「はいご苦労様。あとは手を洗ってきなさい」

「言われなくてもそうするっての。ったく、いつまで子ども扱いだ……」

「いつまでもよ~。子供はね、親からすればずっと子供なんだから」

「へいへい。そうでしたそうでした」

 

 洗面所へ向かって動き出す背中へ放たれる言葉とその反応に響達が小さく笑みを浮かべる。

 すると、その笑みが深くなるような事がそのすぐ後に起きた。

 

「あっ、兄様。これを見てください」

「お兄ちゃん、この髪飾りどうかな? 似合ってる?」

 

 それぞれ贈られた髪飾りを着けてエルフナインとセレナが洗面所から姿を見せたのだ。

 その二人からの眼差しに仁志は優しい笑みを浮かべると深く頷いた。

 

「勿論さ。二人共妖精か天使かってぐらい可愛いよ」

「「ぁ……ふふっ」」

 

 そっと撫でる程度の触れ合い。それに嬉しくなって微笑む二人は、仁志の娘と言っても不思議ではないぐらいに彼へ懐いているのが分かる程だった。

 只野夫妻もその様子を見て一瞬軽い驚きを見せたものの、すぐに感慨深そうな表情へ変わって静かに頷いていたのだ。

 

「ほら、みんなにも見せておいで」

「「はい(うん)!」」

 

 そう言って二人を送り出す様はまさに父親のそれであった。

 そこに仁志の人間的な成長を感じ取り、夫妻はそれぞれ小さく笑みを見せた。

 

 髪飾りを着けたエルフナインとセレナを響達はそれぞれに愛でて、二人の天使はその愛らしさをより強くする。

 ヴェイグはそれによって強くなる優しい匂いに満足そうに何度も頷き、仁志も嬉しそうにその光景を眺めた。

 

「タダノ」

「ん?」

「やっぱりままさんやぱぱさんがいるとエルは嬉しそうだ」

「そうだな」

「ああ。それとままさんやぱぱさんもだ」

「……そう、だな」

「タダノ、俺はここに来て良かったと本当に思う」

「え?」

 

 聞こえた言葉に仁志はヴェイグへと顔を向ける。ヴェイグは目の前の光景を見つめて微笑んでいた。

 

「人間は悪い奴だけじゃない。そう俺はこの世界で思い出せた。タダノやままさんにぱぱさんのおかげだ」

「ヴェイグ……」

「だから俺もこの世界を守りたい。俺に出来る事なんてそんなにない。それでも、それでも俺は戦う。俺の大事な友達の住む世界を守るために」

 

 そこでヴェイグは仁志へと顔を向けた。見た目も生まれた世界も異なる二人の眼差しが交わる。

 真っ直ぐに相手を見つめるそれに、二人は同時に笑みを浮かべた。

 

「タダノ、これからはヒトシって呼んでもいいか? それがお前の名前なんだろ?」

「ああ」

「ならこれからはそう呼ぶ。ままさんやぱぱさんもタダノらしいからな。そういう訳でヒトシ、これからもよろしく頼む」

「こちらこそ心強いよ。これからもよろしく頼むな、ヴェイグ」

 

 そう告げて仁志はその場でしゃがむとヴェイグへ手を差し出した。

 それにヴェイグはすぐ手を差し出して繋ぐ。

 

「「これからも一緒に戦おう」」

 

 告げ合うのは誓い。交わすのは約束。

 互いに名前で呼び合う事でより二人の絆は強いものへと変わった。

 ヴェイグは仁志を通じて人間を見つめ直し、その心から完全に影を取り払った事で信じる強さを取り戻したのだ。

 

 繋ぎ合う手から感じる温もりに異なる種族の若者は笑みを向け合う。

 単なる友人から親友へとその絆が成長した瞬間であった……。

 

 

 

「仁志の好物?」

 

 時刻は午後四時を過ぎた辺り。私はこの辺りを散策すると言ってエル達が出かけたのを利用し、ママさんから仁志の味の好みを探ろうとしていた。

 仁志はヴェイグと一緒になって自分の部屋で寝ている。今夜も勤務だから少しでもと、そう言っていた。

 傍には響と未来がついている。あの二人は散策へ行かずに残ったのだ。

 

 私は夕食の支度を手伝うために残っている。パパさんはエル達と一緒になって出掛けていった。

 その時の表情は嬉しそうだったので、今頃エル達と手を繋いでいるかもしれないわね。

 

「はい。その、私達と違って仁志は体を鍛えてる訳でもないですし、ギアという防備がある訳でもありません。なので、せめて食べ物で精神面のストレスなどを緩和させたいと」

 

 私がそう言うとママさんは小さく笑みを浮かべて手招きしてきた。

 えっと、これは耳を貸せばいいのかしら?

 

「何ですか?」

「マリアちゃん、もしかしてあの子の事、本当に好き?」

「っ!?」

 

 顔から火が出るかと思うぐらいの恥ずかしさだった。

 何せ本当にと付けられたと言う事は、私が仁志の事を好きってママさんからは見えてたって事だもの。

 

「ふふっ、その様子じゃそうなのね。あの子、いつの間にこんな美人さんに惚れられたんだか……」

「あ、あの、私も最初はそんな相手と思ってなかったんです。でも、その、色々と世話を焼いたり焼かれたりしてる内に……」

「ああ、そうなの? じゃ、ある意味私に似てるわね」

「え?」

 

 そこでママさんは自分とパパさんの馴れ初めを話してくれた。お見合い結婚だった事や、それ故に結婚してからパパさんの良い所も悪い所も知った事を。

 

「恋愛対象ならあの人はないってあの頃の私は思ってた。冴えない人でね。真面目だけが取り柄って感じだったもの」

 

 まさしく仁志だと、そう思った。

 だからかもしれないけど、ママさんは続けてこう言ってきた。

 

「物は試しって言うけど、きっと人間もそうなのよ。ないと思ってた相手でも、付き合ってみると意外と悪くないって思う事もあるの」

「そう、かもしれません」

 

 私も仁志とはそうだった。嫌いとまではいかないでも、そういう対象として見ていた事はなかった。

 けれど、あの平屋で関わっていく内に彼の色んな面を知る事になった。

 エルやセレナ、ヴェイグを相手にしている姿を見て、ただ優しいだけじゃないとも思った。

 

「それに、結婚してから惚れる事だってあるのよ?」

「え?」

「お見合い結婚で良かったと思ったのはそこかしらね。要はね、結婚生活を送りながら知らず恋愛してたのよ」

「結婚しながら恋愛……」

「そうそう。あの人、乗り物とかが好きなんだけど、それを私が知ったのは結婚して仁志を産んでしばらくしてからなの」

 

 ママさんが言うには、仁志が三歳になった頃、家族であのテーマパークへ行く事にして新幹線に乗ったらしい。

 その時、パパさんが嬉々として計画を立てて、新幹線を前にした時にとびきりの笑顔を見せたそうだ。

 

「そこで無邪気に笑うあの人を見て、ああ、この人ってこんな風に笑うんだって思ったのよ。子供みたいな、そうねぇ、少年みたいって言えばいいのかしら? その笑顔でやられちゃったのよ」

 

 同じだ。私が仁志を好きになっていったのもそういうふとした時の笑顔だった。

 

「あと、あの人かなり子煩悩でね。仁志が物心ついた辺りからは毎年お盆と正月は旅行に連れて行ったの。まぁもっとも、自分が乗りたい電車やら船やらを組み込んでたから自分のためでもあったんでしょうけど」

 

 そう言って苦笑するママさんは幸せそうに見える。

 その後もママさんの話を聞いて私は思った。

 この人は本当に夫や息子を大事に思ってるんだと。そして夫への信頼と愛情があるから、相手へ甘えるようにあんな風な接し方が出来るんだとも。

 

 だから分かった。ああ、これは惚気られてるんだと。

 だけど、同時に一つの助言でもある。結婚したらゴールじゃない。そこからまた新しいスタートなんだって。

 ママさんがパパさんに夫婦となってから惚れたように、私も仮に仁志と結婚したらそこから彼とまた恋愛を出来ないと続かないかもしれないって。

 

「「「「「「ただいま(デース)」」」」」」

 

 そうしてママさんの話を聞いているとエル達が帰ってきたので思い出話はそこで終了。

 ただ、ママさんは最後に私へこう言った。

 

――結婚ってものをあまり重く考え過ぎないようにね。誰だって初めての事は失敗するのが普通なんだから。

 

 きっとママさんも失敗しそうになった事があるんだろう。

 何となくだけどそう思った。

 

「分かりました。でも、出来ればまたお話を聞きたいです」

「いいわよ。いつでもいらっしゃい。仁志の事に関係なくね」

「……ありがとうございます、ママさん」

 

 ニッコリと微笑んでくれたママさんに、私も遠い記憶の中のママを重ねた。

 本当に、あったかい場所ね、この家も。

 だからこそ余計に思う。この家を悪意との戦いに巻き込みたくないと。

 仁志がどうしてここへ戻らないかはきっとそこにも関係してるはず。

 

 ……守り抜きたいと、そう強く思う。この家の人々を、この世界を。

 ギアも聖遺物も存在しない世界だからこそ、ここを悪意の好きにしてたまるものか。

 

「さて、じゃあ晩ご飯の支度を始めましょうか」

「はい」

「あっ、それなら私も手伝いをさせてください」

「じゃあいっそ翼ちゃんとマリアちゃんに作ってもらいましょうか」

「貴方はそうやって楽をして……」

 

 その言葉へパパさんがそう呆れ気味に言うと、ママさんがフフンと言うように笑った。

 

「いいのよ。だって、マリアちゃんは仁志の好物を知りたいみたいだし、なら実際に作ってもらって覚えてもらう方がいいでしょ?」

「……そうなのか、イブさん」

 

 パパさんの軽く戸惑う顔に何と返せばいいのか分からない。

 見れば翼が私を見て苦笑していた。

 

「ははっ、成程仁志さんの好物をか。なら私も知りたいです、おばさま」

「あら、そうなの? これは大変な事になってきたわ。お父さん、あの子、知らない間にモテるようになったみたい」

「……私は信じられません」

「でも事実よ? 嬉しい悲鳴ね。響ちゃんにもらってもらおうと思ってたけど、マリアちゃんや翼ちゃんも絶対いい奥さんになるだろうし、困るわ~」

「イブさん、風鳴さん、立花さんにも言ったが仁志よりも将来性がある男は沢山いるぞ。その、君達は事情が事情だからあまり男と深く関わった事がないか少ないんだろう? 悪い事は言わないからもっと多くの男を見なさい。手近なところで妥協するのは止めた方がいい」

 

 パパさんは本気で私と翼の事を心配しているようだった。

 普通逆じゃないかしらと思うけど、仁志のパパと思った瞬間納得出来てしまう。

 成程、仁志の他者優先な考えはパパさんに影響されたんだわ。

 

「ご心配なく。ある意味で私や翼にとって仁志以上の相手はいませんので」

「ああ。おじさま、お気持ち嬉しく思いますが、私もマリアも自分の判断を反省する事はあっても後悔はしませんから」

 

 そう翼が言い切るとパパさんは驚いた顔をして二回瞬きをした。

 ママさんは……嬉しそうに微笑んでる。

 

「お父さん、女は腹を括ると強いの。それと、色恋は他人が首を突っ込み過ぎると蹴られちゃうから」

「……だとしても、どうして仁志なんかが……」

「私達だってもう十年以上あの子の事を見てないんだから、その十年で何かあったのかもしれないじゃない。まぁ、たしかに再会しても変わった感じがなかったけど」

 

 ちゃんと最後にオチをつける辺りママさんも厳しいわ。

 でも、響にも、か。やっぱりあの子は仁志への想いを悟られたのね。

 

 結局夕食の支度は私と翼が中心となってやりながら、時々ママさんが教えてくれる形となった。

 けど、しっかり調やセレナも聞いていて覚えようとしているのには笑ってしまった。

 切歌はエルと二人でお風呂掃除をしていたらしい。

 

 それと、仁志はやはりうなされたようだ。

 未来が言うには、響と二人で頬へキスをしたらすぐに収まったとの事だけど、やはり実家でもダメなのね。

 

 こうなるとやはり私達が仁志と触れ合う事が重要なんだろう。

 ギアを持った私達が仁志へ触れているという事が。

 

 ギア、か……。

 もしかするとそこに埋め込まれた依り代が関係してるかもしれない。

 悪意をこれまで祓い続けてきた力を持つ依り代の欠片。それが埋め込まれているからこそ、私達は悪意に抗えているのだから……。

 

 

 

「じゃ、行ってくる」

「「「「「「「「「行ってらっしゃい(デス)」」」」」」」」」

 

 響達に見送られ、仁志は玄関を出て駐車場へと向かう。

 体調も最近の中では一番と言っていい程良く、彼は翌日の事を考えていたぐらいだった。

 

(明日は勤務終わりでこっちへ戻ってきて、仮眠を取ってから父さんに頼んで家の前まで送ってもらうとして、それからみんなの特訓に付き合う感じだな)

 

 本音を言えば仁志も奏やクリスを助けに行きたいところではある。

 だが、現状ではそれが厳しいと分かっているため断腸の想いで先送りする事にしていた。

 

 実家の車を借り、勤務先へと向かう仁志。

 寒さも厳しさを増しており、冬の足音が聞こえ始めている中、仁志は車を駐車場に止めて店へと入っていく。

 

「いらっしゃいませ! あっ、店長」

「おはよう近藤さん。オーナーは中?」

「おはようございます。はい、中にいます」

 

 レジで笑顔を浮かべるふみへ挨拶をしながら仁志は事務所へと入った。

 そこではオーナーがPCを見つめて腕組みをしていた。

 

「おはようございます」

「ん? おっ、只野君。おはよう」

「おはようございます。で、何かありました?」

「え? ああ、特にそういう訳じゃないよ。おでんの売り上げが上がり出してるなぁって」

「最近寒くなってきましたからね。じゃ、そろそろ夜中も仕込んでいきますか?」

「そう、だね。売れ筋を朝買えるように仕込んでいこう」

「分かりました」

 

 話は終わったと自分のロッカーから上着を取り出して羽織る仁志。

 その背中へふと思い出したかのようにオーナーが声をかけた。

 

「そうそう。只野君は知ってたかい? 僕は全然知らなかったんだけどね」

「何をです?」

 

 次の言葉に仁志は絶句する事となる。

 

――茂部君、雪音さんと付き合ってるらしいよ。




どんどん世の中が悪い方へと転がっている気がしてなりません。
皆様、本当にお体にはお気をつけください。
読んでいただけるだけで幸せです。

……感想などいただけたらもっと幸せには違いないですが(汗
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