シンフォギアの消えた世界で   作:現実の夢想者

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いよいよ装者同士の戦いも終わりが近いです。


双翼のウィングビート

「ここが奏の世界、か……」

 

 こうしてゲートをくぐり、別の世界を訪れるのもこれで四度目。

 可能ならこれで最後にしたい。いや、しないといけない。

 

 未来にイヴ姉妹の力でゲート内の濃度の高い瘴気は吸う事なく動けるようになった。

 だからと言って安心出来るとは言い切れない。

 悪夢を見る事はなくなったし、体の倦怠感は消えたと言ってもいいけど、悪意のしぶとさを俺はよく知ってる。

 

「きっと悪意が待っているのはあのライブ会場」

「この世界でカルマ・ノイズと戦った、あの場所ですね」

 

 翼と響の言葉を聞いて俺は思い出す。

 ゲームでのイベント一発目がその“片翼の装者”だった。

 初めて出現したカルマ・ノイズという敵、ギャラルホルンという完全聖遺物、そして平行世界という概念。それらがファンへと示された記念すべきものだ。

 

「仁志、体の方はどう?」

「気怠さとかないですか?」

「ああ、大丈夫だ。みんなの愛のおかげだよ」

 

 心配してくれるマリアと未来へ安心させるように笑顔を見せる。

 本当に何ともないと信じてもらえるように。

 二人も俺の表情や雰囲気でやせ我慢などではないと察してくれたのか安堵するように笑みを返してくれた。

 

「とりあえず、今は全員リビルドギアにしておく。それと、これも言っておくよ。今回、相手は前衛と後衛でバランスがいい二人が揃ってる。だから、まずはその連携を断ち切る必要があると思うんだ」

「はい。皆さんからの話を聞く限り、クリスさんを操る悪意は凄まじい力を持っていると思われます。もしそこに奏さんという強力な前衛が加われば手が付けられません」

「そこで、俺とエルで奏をパズルに隔離する」

「ちょっと待ってください。ヴェイグさん、今の悪意はパズルを外から」

「分かってます。だから僕に考えがあります。きっとそれなら前回のように簡単にパズルを無力化出来ないはずです」

 

 セレナへそうはっきり言い切るエルには強さというか覚悟のようなものが見えた。

 おそらくだけどキャロルの力を借りるんだろう。

 エルフロル、再びかもしれない。

 

「……エルがそこまで言うなら信じる。だけど、あまり危ない事はしないで欲しいな」

「姉さん……」

「みんな揃ってないと意味がないんだからね? みんなで、奏さんもクリスさんも、勿論エルやヴェイグさんも笑顔でいられないと」

「はい! 大丈夫です! 僕もヴェイグさんも絶対笑顔でお二人を出迎えます!」

 

 そう言ってエルが見せたのはサムズアップ。

 それを見たセレナも笑顔でサムズアップを返す。

 クウガのワンシーンのようで、ちょっと心が熱くなる。

 

「そうと決まれば、あとは悪意をクリス先輩と奏さんから追い出して、完全勝利するデスよっ!」

「師匠、依り代の方は大丈夫?」

「バッテリーなら心配ないよ。ちゃんとフル充電済み」

 

 奏とクリス。共に悪意に強く染められているだろうと予想されたから、今回依り代は完全にバッテリーが尽きる可能性が高い。

 だけど、ここで終わらせるのならそれでもいい。次のチャンスを待つよりも、このチャンスをものにしようと思わないと気持ちで負ける。

 

「じゃあ行きましょう。悪意は待っていると言ったけど、念のために警戒はしながらね」

「そうだな。狙撃されないとも限らないか」

「ならライダーギアを使いませんか? 今なら三人いるから」

「じゃあ、まず翼と調が先行して移動してくれ。翼の後ろに未来、調の後ろに切歌でお願い。で、二人に少し遅れてマリアとエルだ」

「そして、小日向と暁をライブ会場前で降ろしたらまた戻ってくる?」

「出来ればマリアが到着してからにして欲しい。ないとは思うけど、狙撃された時にお互いが邪魔になる可能性がある」

 

 こうして三人はライダーギアツインドライブとなり、未来と切歌を乗せてある意味ダブルライダーが先行して出発する。

 その姿がすぐに見えなくなったのを確認してマリアがエルと共にアームドギアである“ハリケーン”へと乗った。

 

「エル、しっかり掴まってなさい」

「はいっ!」

「マリア、ハリケーンの最高時速は600キロだ。二人の新サイクロン号よりも速いから追い付かないようにな」

「ええ、速度に気を付けながら移動するわ」

 

 笑みを見せてそう返すと、マリアはアクセルを解き放って風となった。

 何というか、本当に凄いよなぁ。

 

「すご~い……あっという間に見えなくなっちゃった……」

「あれでも300も出してないんだろうなぁ。本当にライダーマシンの凄さを思い知らされるよ」

 

 目を丸くするセレナに笑みを浮かべながら、俺はもう見えなくなったマリアに息を吐く。

 

「仁志さん、奏さん、どうなってると思いますか?」

 

 その質問が意味する事を理解し、俺は首を力なく左右に振るしかない。

 

「分からない。ただ、前回よりも禍々しくなってる可能性が高いとは思う。あるいは……」

「あるいは?」

「お兄ちゃん、他にどんな可能性があるの?」

「あるいは、クリスに近い状態になってるかもしれない」

「それって……」

「あの、えっと……」

「軽装のイーヴィルギア、になってる可能性もある。あれだと、大抵のアームドギアによる攻撃で肌が傷付く」

「「っ!?」」

 

 そう、今にして思えばあれはそういう事なんだ。

 露出が高いというのは速度を上げるためと思われがちだが、逆に言えば防御力が低下する事を意味する。

 大抵はそれが弱点でもあるんだが、今回のように操られた味方が相手だとそれさえも強みになってしまう。

 

「特に響以外は殺傷能力が高い。当たり所が悪ければ……」

「そういえばセレナちゃんが操られた時、切歌ちゃんも調ちゃんも戦い辛そうでした。操られたセレナちゃん、攻撃を避けなかったから」

「下手すれば悪意は自分から攻撃に当たりにいくかもしれないぞ。ギアに守られてない場所は生身と同じだ。そこにアームドギアが当たれば……」

「ど、どうしようお兄ちゃん。このままじゃ、私達、戦えない……」

「セレナちゃん……」

 

 項垂れるセレナの肩を響がそっと抱き寄せるのを見て、俺はどうしたものかと考える。

 翼やマリアはいざとなったら致命傷じゃなければと割り切るかもしれないが、それをセレナやザババコンビに求めるのは酷だろう。

 特にクリスのギアは異常な程の軽装だった。あのままだとすれば、最悪そういう手段もやってこないとも限らない。

 

「待てよ?」

 

 もし悪意の狙いが同士討ちだとすれば、自傷行為に近い事をしてきてもおかしくない。

 そしてそれを可能にするのは攻められた時だけだ。つまり、ある種のカウンター攻撃だ。

 

「響、悪意はある意味で君を狙ってる可能性があるかも」

「え?」

「今言ったように悪意はクリスや奏の体を守らない事で攻撃し辛くするかもしれない。そうなった時、誰が一番攻撃し易い?」

「……私、です」

「そうなんだよ。素手で戦う響は殺傷能力が他のみんな程高くない。いざとなれば拳じゃなくて掌底にすればいいし」

 

 攻撃力としては落ちるとは思わないが、イメージ的に拳を突き立てるよりも殺傷力は落ちる気がするんだよな。

 

「な、何で悪意は響さんを狙うの?」

「響はね、神殺しって言う特性みたいなものを持っちゃってるんだよ。ガングニールが持ってる哲学兵装の力に、響自身の特性である束ねるってものが組み合わさってさ」

「うん、そうなんだ。でも、それは悪意には」

「えっと、俺の知ってるものの中には悪の親玉が神になるとか結構あるんだ。悪意が最終的に邪神みたいな存在になる可能性は十分ある」

 

 そうなった場合、きっとあの瞬時の再生能力を発揮するはずだ。

 

「じゃあ……悪意は私を操りたい?」

「かもしれない。あるいは、神殺しさえ分析するなり学習して無効化出来るのかもしれないな」

 

 有り得ないと言えないのが悪意の恐ろしさだ。

 まさかとは思うけど某ゲームのラスボスみたいにウルトラマンもどきになって神を名乗らないだろうな?

 

「とにかく響、攻撃する時は気を付けて。接触したところから取り込もうとする罠がないとも言い切れない」

「分かりました」

 

 そうやって話した後は三人で響の追加ギアの予想をし合った。

 俺はいっそエクスドライブと告げると、響とセレナからズルいと言われてしまった。

 どうやら考える事は同じらしい。なのでエクスドライブはなしでとなって再度予想。

 

「ならメビウスギア」

「あっ、私も似た事考えてました。ウルトラマンギア」

「私はガンダムギアです」

 

 見事にコラボギアみたいなラインナップだ。

 しかも実現が厳しそうな奴だし、一つなんか自分で言っておいてなんだけどキャラまで限定してるもんなぁ。

 

 にしても、セレナのガンダムギアには驚きだ。

 

「えっと、セレナ? ガンダムギアって……」

「響さんは格闘戦で戦うから、ゴッドガンダムとか似合うかなって」

「あ~……」

 

 ソルブライトギアがその系統だし、有り得ないとは言い切れない。

 ただ、Gガンを知らない響は理解出来ないため首を左右に揺らしていた。

 

「ゴッドガンダム……? それってジーガンってやつ?」

「はい。必殺技を出す時に背中のウイングが展開して虹色の輪を作るんです。お兄ちゃんが言うには日輪って言って、お日様の回りの光の輪をイメージしてるらしいです」

「日輪かぁ。カッコイイね」

「それと、最後の方だと全身が黄金に光るんです!」

「黄金?」

「真・ハイパーモードって言われてるやつなんだ。明鏡止水の境地で使うもので、要するに心が乱れもなく済み切った状態っていう、一種の悟りみたいな感じ。仏様みたいな心をイメージしてくれると分かり易いかな」

「お~……」

 

 セレナからGガン話を聞き始める響を眺め、俺は少しだけホッとしていた。

 あの響がエルとヴェイグを連れ立って俺の部屋に戻った時からやっと、やっと重苦しい空気が減ったと感じられたからだ。

 勿論今もクリスと奏が悪意の手の中で、取り戻せる保障はどこにもないような状況ではある。

 

 それでも、こうして響とセレナが気を張り詰め続けないでもいられる事は大事だ。

 きっと翼達もそうだろう。今のみんなには、悲壮感がない。

 意図してるのかしてないかは分からないが、前向きな心構えでいられる事は重要だと思う。

 

 特に、悪意と対峙するにあたっては。

 

「おっ」

 

 そこへ聞こえてくるバイクの音。どうやら翼と調が戻ってきたらしい。

 そんな風に思った次の瞬間には俺達の前で二台の新サイクロン号が停止する。

 

「お待たせしました」

「仁志さん、どうしますか?」

「先に翼が先行しよう。調は翼が出発してから30秒後に出発してくれ。で、響が調の後ろへ。セレナは、ここでマリアを待っててくれるか?」

「うん、分かった」

 

 本当は響に残ってもらおうと思ったが、さっきの話で悪意に狙われてる可能性を見出した以上一人にするのは少々怖い。

 なのでセレナに残ってもらう事にした。セレナなら守りは得意だから、そうそう簡単にはやられないだろうと思って。

 

 翼の体にしっかりとしがみつき、俺は合図を送るように声を出した。

 

「いいぞ」

「じゃあ、しっかり掴まってて」

 

 こうして翼の後ろに乗るのも二度目だ。

 しかもあの時よりも心なしか気持ちが良い。

 余裕が生まれたのかどうか分からないが、風を切って進むのが心地いいのだ。

 まさしく風よりも速い感覚、だろうか。

 

「仁志さん!」

「どうした!」

 

 風の音が大きいから声量を大きくしないと会話は出来ない。

 

「奏へは私とマリアで当たらせてくださいっ!」

 

 その一言だけで分かった。

 きっとマリアも同じ事を思っているんだろうと。

 ドライディーヴァで解決したいと、そういう事だろうか。

 

「分かったっ! ドライディーヴァの事はドライディーヴァに任せるっ!」

 

 そう告げると速度が更に上がったのが分かった。

 それが何よりの翼からの返事だと思い、俺は笑みを浮かべる。

 何となくだけど奏の事はこれで大丈夫だと思えたのだ。

 翼だけでは届かない手も、マリアも入れば届かせる事が出来るはずだと。

 

 ライブ会場が見えてくると、さすがに翼も速度を落とし始めた。

 それでも結構速い方だと思う。元々バイクに乗ったりしていた翼だから運転には自信があるんだろうと思っていたのだが、降りた後に驚きの言葉が。

 

「ううん、このギアの時は不思議とどれだけ速度を出してもバイクを制御出来る気がするだけ」

「マジ?」

「うん。多分本当にライダーになってるんだと思う。手足のように扱えるんじゃないかな?」

 

 どうやら本当にバイクと人機一体になっているらしい。

 恐るべしライダーギアツインドライブ。

 

 やがて響も調と共に到着し、そこから10分と経たずにマリアもセレナと共に戻ってきた。

 

 ただ、セレナが少し怯えていたので聞いてみると、一瞬ではあるがマリアが最高速を出したらしい。

 その瞬間、セレナの中では時間が消し飛んだ感覚になったそうだ。

 

「な、何とも貴重な経験をしたね……」

「ううっ……ライダーってああいうのを平気でやれるんだね。私には無理」

「セレナ、大丈夫か?」

「姉様、急ぐ気持ちは分かりますが姉さんの事も考えてください」

「ご、ごめんなさい。ギアもあるし大丈夫かと思ったのよ」

 

 セレナを心配するヴェイグとマリアへ注意するエル、そして申し訳なさそうなマリアという光景に俺は密かに笑みを浮かべた。

 

 敵地だろうと気負い過ぎてないのは良い事だと思って。

 

「みんな、一つだけいいか?」

 

 戦場となる場所へ入る前にみんなへ響やセレナと話した事を伝えた。

 悪意の狙いが響である可能性が高い事。クリスと奏の体を守る部分を減らして、こちらの攻撃へ当たりにくるかもしれない事。

 故に響以外は基本防御を意識して欲しい事を告げた。すると切歌と調は俺の言葉に真っ先に頷いてくれた。

 

「悪意はセレナを操った時、アタシ達の攻撃防ぐ事をしませんでした」

「むしろ傷付いてもいいから私達を攻撃するって感じだった」

 

 成程、既に片鱗は見せてたのか。

 これまでの悪意のやり方や動きを思い返せば、あちらさんも色々手を変え品を変え挑んでいるのが分かる。

 

 翼と未来は積極的に攻撃したものの、本人との乖離が激しく精神的な動揺は誘えず失敗。

 切歌は本人の思考を誘導する事でらしさを保ったままだったが、故にギアを完全に思い通りとは出来ず失敗。

 マリアは純粋に力で押し切ろうとしたものの、それさえも超えるギアが出現した事で敗北し、最終的にはマリア自身の覚醒もあって失敗。

 セレナは切歌系統のやり方且つダメージを恐れない方法を採用したものの、傷付けても構わないという覚悟のマリアによって敗北。

 奏は切歌やセレナの上位というか元祖のような状態で、更に攻撃性を高めて自らの意思で悪意に従っている事で精神的揺さぶりもかける事が出来たものの、数の差には勝てず失敗。

 

 見事に最終的には失敗に終わっているものの、奏に関しては数の差をもってしてやっとだ。

 つまり、その奏をより悪意は強化してくるに決まってる。

 そこに悪意の巫女なんて名乗るようになったクリスまでセットだ。

 

「みんな、平行世界との付き合いが始まり、カルマ・ノイズとの決戦を初めて行ったここで同士討ちを狙う悪意の企みを終わりにしよう。絶対響を取り込ませはしないし、二人を無事に元に戻してみせるんだ」

 

 俺のその言葉にみんなは静かに頷いてくれた。

 そのまま俺達はライブ会場へと向かう。

 そこで待つであろう、悪意に染められた仲間達を助け出すために……。

 

 

 

「よぉ、意外と早かったじゃねーか」

「クリス……その姿は……」

 

 会場内に足を踏み入れた仁志達が見たのは、ステージ中央で自分達を待ち構えるように腕を組むクリスの姿だった。

 それも、その身を包むギアは更なる変化を遂げていた。

 漆黒だった色合いが赤黒いものへと変わり、マイクユニットは消え、両肩にもギアが出現しそれには鋭い棘が装飾されていたのだ。

 その足元の靴の踵にも同様の棘が増えていて、傍には奏だろう闇の繭が不気味な程静けさを保って転がっている。

 

 まさに特撮などでよくある悪の幹部と言うような見た目であった。

 

「何だかこそこそやってたみてぇだな。そうそう、あのスケベ野郎まで解放するとはやってくれたぜ。いいエネルギー源だったのによ」

「クリスっ! 本当に貴方はそれに何にも思っていないのっ! 勝手に体を操られ、嫌いな異性とキスをさせられたのよっ!」

「しかもお前は体まで触られていたんだ! お前は知らない」

「知ってるよ。とっくの昔に、な」

 

 翼の言葉を遮るようにクリスの声が響く。

 どこか自棄になったかのような、声が。

 

「驚いたか? あたしも驚いたぜ。まさかあたし様の体をあの時より前から勝手に悪意が使ってたとはな。どーりで時々バイト終わりに記憶が飛んでる時があったはずだ」

 

 ははっ、と、そう乾いた笑いを浮かべてクリスは顔を伏せた。

 誰も何も言えなくなる中、彼女は尚も言葉を続ける。

 

「で、あたしが知らなかったあたしの記憶を、悪意は急に見せてきやがった。多分あたしをもっと自分の支配下に置きたかったんだろうさ。で、こっちとしては驚きしかなかった。何せ、何の前触れもなくあのスケベ野郎とキスをしたり、あるいは胸を触らせてた記憶が浮かんできたんだからよ」

 

 そこで少しだけ息を吐いてクリスは弾かれるように顔を上げた。

 

「その記憶の中のあたしは、あいつに心底惚れた女みたいに振舞ってたんだっ! あたしが、あたしが仁志にしてみたかったような感じでなぁっ!」

「クリスちゃん……」

 

 悪鬼羅刹のような表情で叫ぶクリスに響が表情を悲しみで染める。

 無意識に片手を胸に当て、今にも泣きそうになりながら彼女は目の前を見つめた。

 

「信じたくなかったっ! 信じられなかったっ! あたしは、あたしは仁志にもさせた事のない事を、よりにもよってあのスケベ野郎にさせてたなんてっ!」

 

 誰も何も言えなかった。

 特に同じく恋をしている響達は。

 

 クリスの叫びは、同じ事をされた場合の自分の叫びだと思っていたのだ。

 自分が嫌っているような相手と、知らぬ間に親密なやり取りをさせられていたと見せつけられたらと。

 

「イラついたっ! 悪意が憎くて憎くて仕方なかった! 気が付いたらあたしはあたしに戻ってた。だけど、その怒りや憎しみが力に変わるのを覚えて、あたしは笑ってたんだよ。あんなにも怒り狂ってたのに、体に溢れる力に勝手に笑ってたんだよ……」

 

 乾いた笑いを浮かべながらクリスは仁志達を見つめた。

 闇の様な瞳で、涙を流しながら。

 

「もうあたしは変わっちまった。汚れちまったんだよ。悪意の奴が、あたしの体を勝手に使って、あのスケベ野郎といやらしい事をさせてたその時から」

「違うっ! それは違うよクリスっ!」

「……何が違うって言うんだよ、仁志」

 

 睨むような眼差しでクリスは仁志を見やった。

 その眼光の鋭さに一瞬怯みかけた仁志であったが、ここで怯んではクリスの心の傷を広げるだけだと思い辛うじて踏み止まった。

 

「君は汚れてなんかいない! キスや体を触らせたからってそんな風に俺が思うものかっ!」

「仁志が思わなくてもあたしが思うってんだよ。生きるためとか殺されそうだったからとか、そういうやむにやまれぬ事情があってならあたしだって今の言葉で救われるさ。だがな、悪意がやった事はそんなんじゃねぇ。あたしが、自分から、あいつへキスをして、胸を触らせてたんだ。仁志には言えないような言葉を使って、悪意はあたしをあのスケベ野郎の女にしてたんだよ」

 

 怒声と呼ぶには、それはあまりにも悲しく、絶叫と呼ぶには、それはあまりにも静かだった。

 クリスの心からの告白は仁志達の心を貫き、特に女性達にはその言葉に込められた様々な感情が深く刺さったのだ。

 

 無理矢理ならばまだ受け入れられる。何か代償をもらっているのなら、まだ理解出来た。

 だが、悪意がさせていたのはどちらでもなく、ただただ仲睦まじく過ごしている事の延長線上の行為だ。

 しかも、本当に好きな相手とはまだそこまで出来ていない事をさせられていた。

 

 それを突き付けられた時、クリスの中でどれだけの憎悪が生まれただろう。

 好意を告げて唇を重ねた相手はたった一人だと、そう思っていたところへ心はそうでも体は違うと突きつけられたのだ。

 

 更にその相手は、自分の嫌いな相手なのだから。

 

「分かるか? あたしは、もう汚れちまったんだ。悪意のせいかもしれねーが、入り込まれたのはあたしの責任だ。こんなあたしに、今の仁志の近くにいる資格はねぇ」

「クリス……」

「だから……あたしと同じところまで堕ちてくれよ、仁志」

 

 そう告げてクリスはその手にアームドギアを出現させた。

 それは、漆黒の弓。見る者を闇へと吸い込みそうな程の色合いのそれを手に携え、クリスはゆっくりと構えた。

 

「ダメだよクリスちゃんっ! 仁志さんの事、まだ大好きなんだよね? なら悪意に、闇に負けないでっ!」

「負けてなんかねーよ。あたしはむしろ悪意に勝ったんだ。悪意をねじ伏せて力と変えた、悪意の巫女さ」

「ううんっ! 響の言う通りだよクリスっ! クリスは悪意に勝ったって思ってるだけ! じゃなかったら、只野さんを闇に落とす事なんてしないっ!」

「ほざいてろ。あたしの邪魔をする奴は、誰だろうと容赦しねぇ」

 

 言葉と共に放たれたのは漆黒の光で出来た矢。

 それらを見た未来は瞬時に嫌な予感を感じ取ってその矢を凶祓いの閃光で迎撃した。

 丁度その時、漆黒の矢が増殖を始めようとしていた。それを阻止する形で閃光が矢を貫いて消滅させる。

 

「切歌と調でユニゾンっ! セレナと未来はここで念のために仁志達の護衛をっ! 翼っ、響っ、行くわよっ!」

「「「「「「了解(デス)っ!」」」」」」

 

 ステージへと向かっていくマリア達を見送り、仁志は悔しげに唇を噛む事しか出来なかった。

 クリスの心を抉るような事をしていた悪意のやり口と、その傷を癒してやれない自分の情けなさに、である。

 

「兄様……」

「ヒトシ……」

 

 一時も目を離さずクリスを見つめている仁志を見て、エルフナインとヴェイグが複雑な表情で彼を呼ぶ。

 それでも仁志は一度として二人へ目を向ける事無くステージ上のクリスを見つめ続けていた。

 

 そこでは、切歌と調による“Cutting Edge×2 Ready Go!”が響き渡り、そのユニゾンによるフォニックゲインの上昇によって二人の動きはこれまでにない程研ぎ澄まされていた。

 

「相変わらず二人セットじゃねーとダメなのか、よっ!」

 

 そこでクリスが取った手段はその場を動かずに天井へ手にした弓を掲げる事だった。

 するとその瞬間弓が銃へと変化したのだ。それもガトリングガンである。

 

「ほらよ。遊んでやる」

 

 言葉と共に放たれる漆黒の弾丸は、あろう事か軌道を変えて落下するようにステージ上の装者達を襲ったのだ。

 

「「「「「っ!?」」」」」

「おらおら、それで終わりじゃねーぞ」

 

 まるで意思を持つかのような弾丸に響達は僅かではあるが動きが乱れる。

 そこへ更にクリスによって弾丸が追加されていく。

 このままでは不味いと察した翼とマリアは、即座に視線を向け合い頷くと手にしたアームドギアを構えて自ら弾丸へと向かっていった。

 

「「はっ!」」

 

 淡い光を纏った刃が闇の弾丸を斬り裂き消滅させる。

 それを確認して二人の戦女神は表情をより凛々しくするやクリスへと向かっていく。

 弾丸を迎撃しながら迫ってくる翼とマリアにクリスはどこか楽しげな笑みを浮かべると、足元に転がっている闇の繭へ視線を向けた。

 

「さすが年長ってとこか。そうじゃねぇとらしくねーよなぁ」

「雪音っ! お前の闇を、陰我をっ!」

「私達が断ち切ってあげるわっ!」

「そりゃ有難いが、遠慮しとくぜ。先輩達にはこっちの相手をしてもらいたいしな」

 

 視線を足元へ向けたまま、翼とマリアの繰り出した攻撃をその両手に出現させたバリアで防ぐクリス。

 その強度に表情を歪める翼とは違い、マリアはそれが前回の戦いでセレナが使用していたものと同系の力だと察して苦い顔を浮かべた。

 

(この障壁、簡単には破れそうにないか……っ! だが、手をかざさねば使えないのなら勝機はあるっ!)

(余所見をしていても平然としているなんてね……っ。おそらくあの時と同じ方法では突破は出来ないわ。なら、両手を封じるまで!)

 

 共に考えるのは自分達の攻撃を阻む力の攻略法。

 が、その時闇の弾丸の一つがあろう事かクリスの足元にある闇の繭へと直撃したのである。

 

「「なっ!?」」

 

 翼とマリアの無防備な背中を狙う事なく、だ。

 

「うし、これでいいだろ」

 

 対するクリスは二人の反応など気もせず、視界に広がる光景に満足そうに笑みを浮かべた。

 闇の繭は弾丸により亀裂を生じさせ、それが一気に全体へと広がっていく。

 そして、やっとそこでクリスは顔を上げて翼とマリアを見たのだ。

 

「お目覚めだぜ、三人目のディーヴァがな」

 

 その言葉を合図にしたかのように闇の繭が弾け飛び、そこには一人の女性が寝転がっていた。

 

「か、奏……」

「何て重たい空気よ……」

 

 静かに体を起こし、ゆっくりと立ち上がるのは赤い髪の褐色女性。

 身に纏う鎧のようなものは前回のクリスのように最低限であり、胸部と局部だけしか覆っていない。

 ギアインナーもクリスと同じく紐のようなものとなっていて、普段であれば決して奏も着ようとは思わないだろう仕様となっていた。

 

「奏さん……そんな……」

「ま、前よりもエッチな感じデスよ……」

「……見てるこっちが恥ずかしくなる」

 

 何とか弾丸の嵐を全て迎撃した響達も、目の前に現れた奏の変貌ぶりに愕然としていた。

 

 そして、それは離れた場所でステージ上を見つめていた仁志達も同様である。

 

「ううっ、耐えられない程酷い匂いだ……」

「ヴェイグさん、良かったら一旦僕の中へ」

「すまない……」

 

 クリスだけでなく奏まで現れた事でヴェイグはエルフナインの中へと避難する。

 それ程までに今の二人が放つ嫌な匂いは強烈だったのだ。

 

「奏さんまで……クリスみたいに……」

「そんな、そんな事って……」

 

 前回よりも悪化するだろうとは思っていた。

 それでも、それでもどこかでクリス程にはならないだろうと思っていたのだ。

 それが、今呆気なく裏切られた。奏の姿は、前回よりも過激に、扇情的になっていたのだから。

 

「奏……っ!」

 

 誰よりもそれに心乱れているのは仁志であった。

 クリスと奏のギアインナーは、かつて女性達が水着を選んでいた際に見た時の事が影響していると彼は察していたのだ。

 

 即ち、二人のいかがわしい姿の原因は自分自身にあると突きつけられていた。

 そんな仁志の視線に気付いたのか、奏は一瞬だけ彼の方へ顔を向けると微笑んで手を振ってみせた。

 

「っ!?」

 

 悪意がやっているのだとすれば、それは非常に奏らしい反応だと仁志が思う程の愛らしさで。

 

(まさか……奏もクリスと同様なのか? くそっ、ここからじゃさすがにマイクユニットがあるかどうかまで見えない!)

 

 仁志が未来やセレナに奏のマイクユニットの有無を確認し始めた頃、奏は体を解すようにあちこち動かし始めていた。

 

「あ~、やっと出られたよ。クリス、ちょっとあれ分厚過ぎ」

「そう言うなよ。あたしは仁志を狙ってたんだぜ? なら、依り代込みで取り込むだろ? だったらあれぐらい必要だっての」

「そういう事か。ん、なら納得」

 

 周囲の反応などお構いなしで平然と会話する二人。

 そこだけ聞けば、悪意に染められる前と何ら変わらぬ雰囲気である。

 ただ……

 

「じゃ、とりあえず……」

「「っ!?」」

 

 奏が翼とマリアへ向けた視線が、獰猛な野獣の如きものへ変わらなければ、だが。

 

「クリス、翼とマリア、あたしがもらうよ」

「いいぜ。あたしは残りと遊んでるさ」

 

 揃って野性的な笑みを浮かべるクリスと奏。

 それに翼とマリアは一瞬だけ視線を合わせると小さく頷きその場から離れるように動く。

 

「立花っ! そちらに雪音は任せたっ!」

「代わりに奏は私達で引き受けるわっ!」

「分かりましたっ!」

「やってやるデスよっ!」

「クリス先輩、絶対に助け出してみせるっ!」

 

 当初の作戦通り、クリスと奏を分断する動きに出る翼とマリア。

 それを目で追いかけながら奏は小さく笑った。

 

「楽しませてくれよ、翼、マリア」

 

 言い終わるや軽くステージを蹴って跳ぶ奏だが、その速度は目を疑う程だった。

 

「「っ!?」」

「っと……へぇ、思ったよりも凄いね、これ」

 

 何せ先に動いていた二人の間を駆け抜けるかのように動き、着地してみせたのだから。

 

「じゃあ、とりあえず慣らしも兼ねて……」

 

 奏の両手に漆黒の槍が二振り出現する。

 多少長さが異なるそれは、通常のアームドギアと違いその刃の部分が両側ともノコギリのような形状となっており、殺傷能力が高い物となっていた。

 

「相手、してくれよ」

「奏……どうして……」

「奏っ! 貴方、本当に悪意に染められてしまったのっ! 仁志を庇った貴方は、本当の貴方はどこへ行ってしまったのよっ!」

「どこへ、か。だとすれば塗り潰されたのかもしれないね」

「「っ」」

 

 その表現に二人は聞き覚えがあった。

 世界蛇の巫女を名乗ったベアトリーチェ。その彼女が今わの際に発した言葉と同じだったのだ。

 

「まさか……奏の魂を悪意が?」

「かもしれないよ。そうだとしたら……どうする?」

「決まっているわ。だとしても、よ。私達は全員笑顔で勝利しようと決めた。その全員の中には貴方もいるのよ奏」

 

 凛とした表情と声で言い切るマリア。

 そんな彼女を見て奏はどこか冷めた目を返して息を吐いた。

 まるで、何も自分の事を分かっていないとでも言うように。

 その冷たい視線を向けたまま、奏は手にした長い方の槍をゆっくりと右肩に乗せた。

 

「本当に腹が立つね、マリア。まるで仁志先輩みたいだよ」

「当然でしょ。今の言葉は仁志の言葉だもの」

「……そうかい。なら納得だよ」

 

 そう言って微かに奏は口元を緩める。その一瞬の動きを翼は見逃さなかった。

 

「奏っ! やっぱり奏は奏のままだよっ! 悪意なんかにいい様にされないでっ!」

「心配いらないよ翼。あたしは自分の意思で動いてるさ。そう、あの時と同じ。やっと、やっとこの時が来たんだからね……」

「っ!?」

 

 思わずマリアが息を呑んだ。

 理由は目の前から発される殺気だった。

 それも、自分だけを狙っているような濃密な殺意に満ちた殺気である。

 

「あの時はセレナがいたし、あたし自身も疲弊してたから無理だったけど、今回はそうじゃない。マリア、あたしの恨み辛み、全部受け止めてもらうよ」

「止めて奏っ! 奏の気持ちは分かるけど、奏だってマリアの立場だったら同じようになってるでしょ? 私だってきっとそうだから。それにマリアを羨む気持ちは分かるけど、奏だって仁志さんと一緒に仕事して、二人だけの時間や思い出、沢山あるでしょ? 私には、私にはどちらもない! 私は仁志さんと二人きりだった事なんて数える程しかないんだからっ!」

「翼……貴方……」

 

 奏にもマリアにも自分は嫉妬していると、そう翼は言ったようなものだった。

 だからだろうか、奏も殺気を消してしまっていた。

 自分さえも羨ましいと思われる立場なのだと翼に突きつけられた事で。

 

(あたしは、翼から妬まれる側? 仁志と二人きりだった時間なら、あたしもマリアに負けてないって事?)

 

 忘れていた当たり前の事実。

 あのコンビニでの時間はそう短いものではない。

 週に必ず三回は仁志と奏は二人きりとなり、笑みを見せ合ったりしながら過ごしていたのだから。

 

「恨み辛みって言ったけど、そんなの私達なんかは奏にもあるよっ! マリアと奏だけなんだよ! 仁志さんと定期的に二人きりの時間があって、しかもそれが短くなかったのはっ!」

「そ、それは……」

「それでもっ! それでも、私達はみんな互いを憎む事も恨む事もなく支え合ってきたはずだよ? 奏だって、本来ならマリアを憎んだり恨んだりするよりも、自分を磨いて仁志さんの意識を向けさせてやるって、そう考えられる人だよ。そういう強さを持ってるはずだよ、奏はっ!」

 

 叫び。魂の叫び。

 翼の心を震わせるような言葉が奏の心を揺らす。

 だが、それを感じ取った悪意が蠢き出した。

 

――誤魔化されては駄目。その女もあの男を相手に妻のような事をしていた頃があるのよ?

 

 それは、あの古いアパートの一室で仁志達四人で暮らしていた短い期間の事。奏が知る事はないはずの情報だ。

 それを悪意から教えられ、ぼんやりと奏の脳裏に浮かぶのは、勤務終わりで疲れて帰ってきた仁志を微笑みながら出迎える翼の姿。

 

「っ!?」

 

 それは事実であった。それは確かにあった現実であった。

 故に怒りが込み上げる。悔しさが湧き起こる。

 自分がそれ以上の事をしていた事は問題ではない。自分がした事のない事をしていた事だけが問題なのだから。

 

「よく言うね翼。あんただって、仁志先輩相手に奥さんみたいな事してた頃があるじゃないか」

「違うよ奏! それは」

「煩いっ! マリアも翼も本当に女だよ! 表向きはそんな顔を隠して、裏では仁志先輩だけに女の顔を見せてさ……っ!」

 

 奏の体から瘴気が溢れ出していく。

 それに翼もマリアも息を呑む。その闇が奏の体を包み、力となっていったからだ。

 それも鎧ではなく刃として形作り、手にしていたアームドギアを更に凶悪な形状へと変えた。

 マイクユニットも包み込まれるように見えなくなり、目の周囲へ漂った瘴気を奏が指でなぞると紫色のアイシャドーへと変わり、より一層の闇堕ちを示した。

 

「仁志の妻気取りをする奴は、全員あたしがこの手で排除してやる……っ! あの人の、仁志の隣はあたしだけいればいいんだっ!」

「奏……」

「翼、こうなったら仕方ないわ。奏を操る悪意を引き剥がすためにも、今は戦うしかない」

「分かってる。ああ、嫌と言う程分かっているっ!」

 

 揃ってアームドギアを構える翼とマリア。

 それを見て奏は表情を動かす事なく目を閉じた。

 その行動を警戒するように身構える翼とマリアへ、奏は目を閉じたまま告げる。

 

「好きにかかってきなよ。あんた達の力じゃ今のあたしは倒せないって教えてやるから」

 

 馬鹿にするでもなく見下すのでもなく、ただ淡々と事実を告げるような奏に翼もマリアも表情を険しくした。

 これが十代半ばであれば二人も怒りに身を任せ、あるいはその自信を打ち砕いてやると思って攻撃を仕掛けたかもしれない。

 だが、今の二人は幾多もの戦いを経験した上に成人している。目の前の相手が油断出来るような存在ではない事ぐらい分かっていた。

 

 言葉を発する事無く視線を互いに送り、静かに頷き合う翼とマリア。

 

(あの雪音と同等か下手をすればそれ以上……)

(間違いなく普通にやっても止められない……)

((ならっ! あれをやるしかないっ!))

 

 二人の気持ちが一つになったのを示すかのように二人のマイクユニットが淡く光る。

 その次の瞬間、二人は唄い始めた。

 会場に響き渡るその歌の名は“天鳴ノ協奏曲(カデンツァ)”だ。

 さすがの奏もまさかの歌に目を見開いた。

 

「「君に届けたい胸の歌ぁぁぁぁっ!」」

 

 二人で唄う事で始まるその歌は、本来であればドライディーヴァで唄う部分だ。

 それまでは雄大な青空に浮かぶ雲のような雰囲気が、歌声と共に一変して激しくなる。

 まるで風が吹き抜けるや天に鳴り響いていくように。

 

「ちっ、ユニゾンってやつか。だが、そんなもので今のあたしはっ」

 

 左右から同時に攻撃する翼とマリア。その攻撃を慌てる事なく手にした槍で祓い飛ばすかのように動く奏。

 漆黒の槍が刀と短剣のアームドギアへと直撃し、その重たさに翼とマリアの表情が歪む。

 

「始まりは小さな出来事だったねっ!」

 

 翼が負けるものかと歌声と共にアームドギアを太刀から大太刀へと変える。

 

「君と出会い過ごして抱いたぁ……想いっ!」

 

 この程度とばかりにマリアは槍の重さを払いのける。

 

「「あの日々も笑顔も思い出にしてっ! ずっとこの時間が続けばいいって思ってたっ!」」

 

 本来であれば奏が唄う箇所から三人で唄う箇所までを二人で唄い、翼とマリアは目の前の相手へ歌声と共に想いをぶつけていた。

 

 初めて三人でギアを使って唄った歌で。

 想いを、心を一つにして生まれた歌で。

 ドライディーヴァというユニットしか歌えない歌で。

 

(奏っ! お願いだから思い出してっ!)

(あの時の私達は、同じものを見て、同じ人を想い、同じ未来を望んでいたはずよっ!)

 

 仁志を観客に三人で行ったファーストライブ。

 ドライディーヴァとしてのオリジナル楽曲を完成させるという喜びと興奮を味わいながら、三人で唄う感動や楽しさを噛み締めたあの日の思い出を、記憶を想起させるように歌へ気持ちを込める。

 

「無駄だよ。その程度の歌であたしに勝てると思うな……っ」

 

 そんな歌声を受けても奏は同時に襲い掛かる二つのアームドギアを軽々と受け止め、あっさりと弾き返したのだ。

 

 だがそれでも翼もマリアも諦める事無く唄い続ける。

 フォニックゲインを高めながら奏の心へ想いを届けるために。

 ドライディーヴァの一員である奏と、また一緒に唄うためにと……。

 

 

 

「おいおい、どうしたどうした? せっかくこっちが動かずにいてやってるのに……」

 

 そう言ってクリスさんは腰からミサイルポッドを出現させて撃ち出してくる。

 その数は50でも少ないぐらいだ。100を越えてるかもしれない。

 今は切歌さんと調さんのユニゾンの影響で私もフォニックゲインが高くなってるのに、それでもクリスさんには近付けない。

 響さんと未来さんの連携なら時々近付けてるけど、それでもクリスさんを止める事は出来ていない。

 

「せめて援護だけでもっ!」

 

 攻める事よりも守る事の方が得意な私は、さっきからずっとクリスさんの攻撃を防ぐ事へ集中してる。

 それでも撃ち漏らす事があって、それは未来さんが処理してくれていた。

 でも、このままじゃ不味い。切歌さんと調さんの合体攻撃さえ今のクリスさんはその場に立ったままで防いでしまう。

 両手を使えなくしても、あのイーヴィルギアがバリアを展開するからだ。

 お兄ちゃんが思ってたような事はしてこないけど、何となくその必要がないからしてないだけのような気もしてる。

 

「「これならっ!」」

 

 今もミサイルの中を突破して切歌さんと調さんがクリスさんへ攻撃を繰り出すけど……

 

「はっ! んなもんじゃあたし様へ傷一つ付けられねーぞ?」

 

 イーヴィルギアが展開するバリアに阻まれてしまって届かない。

 

「それならっ!」

「これも持ってけぇぇぇぇっ!」

 

 未来さんと響さんがそこへ攻撃を重ねる。

 

「足りねーなぁ」

 

 けれど効果はない。本当にあのバリアは凄い。

 きっと五人で一斉攻撃しても破れない。

 

 ……今のままじゃ、絶対に。

 

「そろそろ鬱陶しいから離れろっ!」

「「「「あああああっ!?」」」」

「っ!? ミレニアムパズル展開っ!」

 

 クリスさんが叫んだ瞬間、バリアが弾けて衝撃波となった。

 それに響さん達が吹き飛ばされたのを見て、私は咄嗟にパズルを展開して四人をその中へと移動させる。

 あの中は、ヴェイグさんが最初に会った時やっていたように環境を好きに設定出来るはずだ。

 だから草原をイメージしておいた。きっとこの床に叩きつけられるよりも痛くないって思ったから。

 

「へぇ、中々面白い事すんじゃねーか。味方をパズルの中へ閉じ込めるなんてよ」

 

 クリスさんの声が聞こえると同時に私はパズルを解除する。

 当然だけどすぐに響さん達が目の前に現れた。

 若干戸惑ってたけど、それでもすぐに身構えるのは私よりも沢山戦ってるんだなって感じられた。

 

「大丈夫ですか?」

「うん、ありがとうセレナちゃん」

「草のベッドがクッション代わりになってくれたよ」

「デス。助かったデスよ」

「ファインプレーだったよ、セレナ」

「お役に立てたなら良かったです」

 

 見た感じだと四人とも怪我とかはしてないみたい。

 でも、五人で戦っても互角にさえ出来ないなんて……。

 

「あのっ! こうなったら五人で唄うしかないんじゃないでしょうかっ!」

 

 だから思ってた事を言ってみた。

 未だに私は姉さんか響さんぐらいしかユニゾン出来ないけど、二人でのユニゾンじゃクリスさんを助けられないのは分かった。

 切歌さんと調さんのユニゾンが二人でやる場合一番強いって聞いたからだ。

 

「五人で、か。三人でも厳しいのに……」

「だけどセレナの言う通りデス。アタシと調だけじゃ届かないデスし、正直三人でやってもあのクリス先輩に届かせるのは難しい気がするデスよ」

「やるだけやってみませんか? ぶっつけ本番ですけど、だとしてもの気持ちで」

「……響、どうする?」

 

 未来さんの問いかけに響さんは少し黙って、はっきりと頷いた。

 

「やろうっ! クリスちゃんを助けたいって気持ちで唄えば、きっと胸の歌が応えてくれるからっ!」

 

 その言葉で私達の心は決まった。

 胸の歌、か。私も経験があるから分かる。

 あの初めてエクスドライブになった時、私の中から歌が生まれてきた。

 あれがきっと胸の歌。なら、今の私達はきっと出来るはずだ。

 

 だって、クリスさんを本当のクリスさんに戻したいって気持ちは一緒だから!

 

「手を繋ごうっ!」

 

 響さんの言葉でみんなで手を繋ぐ。

 響さんは未来さんと私、調さんは未来さんで、切歌さんが私とだ。

 すると不思議な事に、胸の奥があったかくなってきた。

 何かが手を通して私に流れてきているような、そんな不思議な感覚がする。

 

「なんだ? 絶唱でも使うつもりかよ?」

 

 クリスさんがどこか馬鹿にするみたいな顔をするけど、そんな事が気にならないぐらい体が軽い感じだ。

 今なら本当に何でも出来そうな気がしてくる。

 そう思った時、首元があったかくなった気がして勝手に声が出た。

 

「諦めないで~」

「悔やまないで~」

 

 私に続いて未来さんが唄う。自然と顔がそっちへ動く。

 未来さんは微笑んでた。思わず私も笑顔になる。

 

「「負けないために」」

 

 声が重なる。未来さんの笑顔が深くなって私も笑顔が深くなった。

 

「振り向かないで~」

 

 そこで聞こえてくるのは切歌さんの声。顔を動かせば切歌さんも微笑んでる。

 

「躊躇わないで~」

 

 今度は調さんの声だ。やっぱり調さんも笑顔を浮かべてる。

 

「「負けないために」」

 

 切歌さんと調さんの声が重なる。何となく分かる。次はきっと……

 

「この歌が、この声が、この命がある限り」

 

 響さんの力強い歌声が聞こえる。

 うん、これが、これがユニゾンなんだ。心を合わせて一つにするって事なんだ!

 

「「「「「守り続けるんだ! 心の光で未来を照らし続けるためにっ!」」」」」

「へぇ、五重奏……か」

 

 凄い……体中に力が湧いてくる。

 

「みんな、行こうっ!」

「「「「はい(うん)(デス)っ!」」」」

 

 響さんの合図で手を離して私達は動き出す。

 だけど、まだあったかさは消えない。

 

「暗い闇の中、突き進むのが怖くてぇぇぇっ!」

 

 響さんが唄いながらクリスさんへと迫る。

 だけどクリスさんはその手にあるアームドギアから沢山の弾丸を発射した。

 ならっ!

 

「立ち止まって竦んでいた弱い私っ!」

 

 そうはさせないと思って手にしたアームドギアから光線を放ちながら弾丸を薙ぎ払った。

 その直後私の左右を何かが駆け抜けていく。

 

「もう歩けなくて動けなくて立っているのも嫌になってっ!」

「目を塞いで耳を塞いで全てから逃げ出したかったっ!」

「後輩コンビか……。さっきよりも速いな」

 

 クリスさんのイーヴィルギアが展開するバリアへアームドギアを突き立てる切歌さんと調さん。

 それはさっきまでと違って心なしかバリアを軋ませてる。

 

「そんな時思い出したんだよ。あの言葉をっ、約束をっ!」

 

 未来さんの歌声と一緒に閃光がクリスさんの背中へ回り込むように軌道を変えながら向かう。

 それはさすがにギアのバリアだけじゃ防げないのか、クリスさんはどこか楽しげに笑って片手を動かした。

 

「割とやるじゃねぇか」

 

 クリスさんがそう呟くのが聞こえた瞬間、未来さんが私へアイコンタクトしてきた。

 ぁ……分かる。今の私にはそれがどういう意味か分かる!

 

「「諦めないよ! 悔やまないよっ!」」

 

 私もアームドギアから光線を放ってクリスさんの正面へとぶつける。

 見えないけど、きっとクリスさんが残った手を使って防いだはずだ。

 

「「「「「負けたくないんだ、自分にはっ!」」」」」

 

 凄い……凄いよっ! どんどん力が増してる!

 今までで一番歌の力を感じてるかもしれないってぐらい、私は勢いを感じてる!

 

「「振り向かないよ! 躊躇わないよっ!」」

 

 切歌さんと調さんの方もバリアを突破しそうなぐらいアームドギアが唸りを上げてる。

 

「「「「「負けたくないんだ、絶望にっ!」」」」」

「ぐっ……だがこんなもんであたしは……っ!」

 

 何だろう。あの時見たクリスさんは本当に凄いと思った。

 絶対勝てないって、どこかでそう思うぐらい怖かった。

 なのに、今のクリスさんはそんな感じがしない。

 ユニゾンしているからだけじゃない。あの時のクリスさんにあったはずの威圧感、みたいなものが減ってる気がする。

 

 でも、このままじゃ押し切れない。

 そう思っても、今の私に不安はなかった。

 だって、まだ私達にはもう一つアームドギアが残ってるから。

 誰よりも強くて優しい、装者がいるから!

 

「さぁ! もう一度前を向こうよぉっ!」

「なっ!?」

 

 バリアは切歌さんと調さんが、両手は私と未来さんで使わせた。

 ならもうクリスさんには響さんを阻めるものは何もない。

 

「「「「「笑顔を取り戻せぇぇぇぇぇぇっ!!」」」」」

 

 クリスさんの真横から響さんが拳を突き出して突っ込んでそのまま突き抜けて行く。

 私と未来さんの攻撃は相殺し合って消えて、切歌さんと調さんはアームドギアをすぐに引いて顔を動かす。

 

 私もそっちへ顔を向けると、そこには響さんがクリスさんを抱き締めるようにしていた。

 

「クリスちゃん! お願いだから元に戻って! またみんなで楽しく過ごそうよっ!」

「まだお前はんな事言ってんのか」

「何度でも言うよ! 仁志さんだってクリスちゃんの事を気にしてないって」

「あたしが気にするんだって言ったはずだ。いいから離せ。あたしは仁志を同じ風にしたいだけなんだ」

「離すもんかっ!」

「そうかよ。じゃあ……」

 

 その瞬間嫌な予感がした。だから咄嗟に響さんをパズルの中へ閉じ込めた。

 

「……いい読みしてんじゃねーか。ここにきて冴えてるぜ、セレナ」

「クリス……その手のは……」

 

 クリスさんの右手には、真っ黒なボールみたいな物があった。

 何となくだけど、あれが私や奏さんを悪い存在へ変えたものだと思った。

 

「セレナ、早く響さんを」

「っ! はいっ!」

 

 調さんに言われてパズルの出口を目の前へ出した。

 

「セレナちゃん、ありがとう」

「いえ」

 

 そこから響さんが出てきてすぐにクリスさんへ顔を向ける。

 そしてクリスさんの手にあった真っ黒なボールみたいなものを見て、その顔が険しいものになった。

 

「クリスちゃん、それはもしかしてっ!」

「ああ、お前もあたしと同じにしてやろうと思ってよ。まぁ、何なら……」

 

 そこでクリスさんは私達をゆっくり見回した。

 

――全員そうしてやってもいいけどな。

 

 なんて、そう楽しげに言いながら。

 私はそこで少しだけ、少しだけクリスさんにあの時と同じ怖さを感じた……。

 

 

 

「……不味いな。このままじゃ各個撃破されかねない」

 

 クリスは響達五人のユニゾンを見ても狼狽えなかったし今も平然としてる。

 奏の方は、ヴェイグが言うには嫌な匂いがきつくなったらしいから危険度が上がったのだと思う。

 つまり、どちらも互角か精一杯にされているんだ。

 人数差があってそれはかなり不味い。

 こうなったら、俺達非戦闘員が何とかしてそのパワーバランスを崩すしかない。

 

「ヴェイグ、エル、今までよりも危険だけど、一緒に来てくれるか?」

 

 揃って二ヶ所の戦闘を見守るようにしている小さな二人へ、俺はそう問いかけた。

 今までだって危なくなかった訳じゃないけど、今回はこれまでの比じゃないぐらいだと思う。

 だから一応確認をしておく。もし二人が無理だと言ったら待っててもらうために。

 

「当然だ」

「はい、一緒に戦います」

 

 なのに、二人は迷う事無く頷いてくれた。

 その勇気と決断に感謝するように俺は頷いて二人の肩へ手を置いた。

 

「よし、行こうっ!」

「「おう(はい)っ!」」

 

 ヴェイグが消えたのを確認して俺はエルの体を両腕で持ち上げると抱き抱える。

 クリスか奏かとなれば、当然先に行くのは奏の方だ。

 

 翼とマリアが相手をしてるが一向に優位に立てないでいる。

 おそらくだが、今の奏は切歌の時よりも強烈な悪意の加護を受けてるんだろう。

 依り代の力でどこまでやれるか分からないけど、今はやれるだけの事をやるだけだ。

 

「奏ぇぇぇぇぇっ!」

 

 奏の名を叫びながら走る。少しでも意識を逸らせたらと思ってだ。

 だけどさすがに無理か。奏はこちらを見る事もしない。

 

「いやっ……違う……っ!」

 

 あれは見ないんじゃない。見れないんだ。

 翼とマリアの歌声が聞こえてきて、俺はそう察した。

 二人が唄っているのは天鳴ノ協奏曲だ。それはあの三人が本当の意味でドライディーヴァとなった時の歌だから。

 

「兄様っ!」

 

 もう少しで三人が戦っている場所となった辺りでエルが叫んだ。

 何かあったのかと足を止めると、エルがこっちを凛々しく見つめていた。

 

「パズルを展開します! 僕を下ろしてください!」

「わ、分かった」

 

 普段のエルにはない強さを感じ取り、俺は言われるままにエルの体を地面へ下ろした。

 するとエルが目を閉じて片手を何もない空間へ突き出す。

 

「なっ!?」

 

 まるでウィザードの変身みたいにそこから竪琴のような物が出現する。

 これ、ダウルダブラか!

 

「キャロル、ありがとう……っ!」

 

 エルがそう呟いた瞬間、その体をファウストローブが包んで行く。

 体の大きさを変える事はなかったけど、いつか見た姿と同じものへエルが変わった。

 

「ミレニアムパズル、展開っ!」

 

 その言葉を合図に俺達の周囲が変わり、響達の姿が見えなくなった。

 

「兄様、今の僕らなら簡単にパズルを壊されません」

「分かった。エル、ヴェイグ、後は任せろ」

 

 周囲の景色が変わっても奏は狼狽えも驚きもせず、ただ翼とマリアを追い詰めるようにその槍を振るっている。

 翼とマリアの金色の輝きさえも意に介さない様子は、さながら修羅や悪鬼羅刹と言ったところだろうか。

 

「……あれを何とか出来るんだろうか?」

 

 手にした依り代をチラリと見やる。

 バッテリーはほぼ満タンだ。これを半分ぐらいの消耗で何とかしたい。

 

「なんて言ってられる場合じゃないな」

 

 依り代が使えなくなったとしても奏とクリスを元に戻してみせる。

 それぐらいの気構えを持たないと今の二人は止められない。

 

「ふ~っ……」

 

 もしかしたら今までにない激痛が走るかもしれない。

 下手をすればそれで死ぬかもしれない。

 それでも、それでも今俺に出来る事を!

 

「奏、待ってろ。今、助けに行くから……っ!」

 

 自分へ言い聞かせるように呟いてその場から走り出す。

 目指すは翼とマリアを追い詰めようとする奏の背中。

 と、そこで俺の気配に気付いたのか奏が振り返った。

 

「奏っ!」

「仁志じゃん。ふふっ、嬉しいけど今は邪魔しないでよ」

 

 表情も雰囲気も俺の良く知る奏じゃなかった。

 だからこそ俺も完全に踏ん切りがついた。

 速度を何とか上げて奏へと迫る。体力作りで走ってなかったら転んでたかもしれないな、これっ!

 

「……そう。仁志もあたしの邪魔するんだ。じゃ、先にそっちから何とかするか」

 

 奏のアームドギアが展開して闇が集束していくのが見える。

 それでも俺は怯まない。

 あんなものを浴びたら死ぬだろうなと思うけど、どうせここで怯めば死ぬしかないんだ。

 なら、上手くいけば死なずに済む道を突っ走るだけだってのっ!

 

「おおおおおっ!」

「逃げない、か。ホント、らしいよ仁志。それじゃっ?!」

 

 攻撃しようとした奏の表情が驚きに染まる。

 その両腕を翼とマリアが動かせないようにしていたからだ。

 

「仁志さんっ! 今ですっ!」

「早くっ! そんなに長くは無理よっ!」

「くっ! 邪魔だぁぁぁぁぁっ!」

 

 何とか振りほどこうとする奏だけど、さすがにすぐ離す程二人も弱くない。

 だが確かに長くは無理だろうと思った。

 もう少しで奏へ届く。そう思った瞬間だった。

 

「あああああっ!」

「「っ!?」」

 

 奏が吼えたかと思うとアームドギアが変形して、まるでワニの口みたいになるや意思を持ったように動き出したのだ。

 

「「「なっ!?」」」

 

 思わず足を止めた。何せ完全に生物みたいな変化だったんだ。

 翼とマリアもさすがの出来事に面食らっているような顔をしている。

 

「喰らい付けっ!」

「っ!?」

 

 奏の言葉を合図にそれが翼とマリアへ噛み付くとギアを砕かんばかりの音を立てた。

 

「「~~~~~っ!?」」

 

 リビルドギアツインドライブじゃなかったら、きっと通常のギアだったらそれで終わっていただろう。

 ただ、俺の視界に映る翼とマリアの表情は当然のように苦痛に歪んでいた。

 

「さっさと離しなっ!」

「い、嫌よっ!」

「こんな痛みで! 奏を手放すものかっ!」

「そうか。ならもっと痛くしてやるよっ!」

 

 その言葉と共に二人へ噛み付いてたアームドギアがより強く刃を立てた。

 

「「ああっ!?」」

「翼っ! マリアっ! くそっ!」

 

 そこでやっと俺は再び動き出した。二人が俺の方を見て苦しみながらも笑みを見せたからだ。

 二人は何のために今の状態に甘んじてるのかを思い出し、俺は走る。

 今は奏へ依り代を押し当てて悪意の支配を弱める事が大事なんだと、そう思って。

 

 俺が再び走り出すと、奏がこっちを見るなり両手を大きく動かしてアームドギアを引っ張った。

 待てっ! そんな事したら二人の体に大きな傷が出来るだろっ!

 

「止めろぉぉぉぉぉっ!」

「「あああああっ!?」」

 

 二人の叫びと同時に翼とマリアのギアからアームドギアの牙が離れたが、それは噛み付いたままやられたため二人のギアが一部砕け散ったのが見えた。

 

 それと、僅かだけど血も見えた……っ!

 

「はっ、あたしの邪魔をするからだよ。さて」

 

 奏の顔が俺へ向けられる。その眼差しには冷たさしかない。

 

「もう邪魔は入らない。仁志、あたしと同じになってもらうよ……」

 

 両手に闇を集束させていくのを見ても俺は走るのを止めなかった。

 そんな俺へ奏は憐れむような視線を送る。

 

「……本当に仁志は仁志なんだね。ならっ、お望み通りにしてやるよっ!」

 

 放たれた漆黒の球体が俺へ向かってくる。

 避けようと思っても咄嗟にそんな事が出来る程俺は体が出来てる訳でも若くもない。

 

「うわっ!?」

 

 で、結果足がもつれて転んで回避というギャグ漫画のような結果になった。

 ただし、当然勢いがついてるから無様に転がって、痛みに呻きながら起き上がった時には奏がこっちへ片手を突き出していた。

 

「運がいいんだか悪いんだか……。でも、これで終わりだよ仁志」

 

 そう言って奏が集束させた闇の塊を俺へ放とうとした瞬間、その足元が突然弾けた。

 

「何っ!?」

 

 あれは錬金術かっ!?

 

「兄様っ! 今ですっ!」

「分かったあああっ!」

 

 エルの声に俺はそう返しながら痛む体で立ち上がって、手にした依り代を奏の腹部へと押し当てると同時に、俺は全身に走るだろう痛みに耐えるように目をキツク閉じた。

 

「がああああっ!?」

「い、たく……ない?」

 

 が、予想していたような痛みはなかった。

 どうやら本当にみんなのキスのおかげで悪意から解放されたらしい。

 

「ならっ!」

「あああアアアッ!?」

 

 奏の体を抱き寄せるようにして更に依り代を押し付ける。

 と、奏が右手のアームドギアを手放して俺の首を掴んだ。

 

「キ、キサマァァァッ!」

 

 そのまま首を折られるんじゃないかと思った。

 だから俺は依り代を腹部から更に上へと動かしていく。

 そう、イーヴィルギアへと当てるために。

 

「サ、サセルモノカァッ!」

「っ!!」

 

 残るアームドギアさえも手放して俺の事を止めようとする悪意だったが、間一髪俺の動きの方が速かった。

 

「ギャアアアアアッ!」

 

 ギア部分に依り代が触れた瞬間悪意が絶叫した。

 おそらくだが今までよりもギア部分が少なかったため、そこがより一層依り代に弱くなっていたのだろう。

 悪意が凝固した部分と言ってもいいのかもしれない。

 

「っはぁはぁ……」

 

 息苦しさから解放され、俺はやっと空気を吸う事が出来た。

 だが、すぐに俺は目の前の女性へと呼びかけた。

 

「奏! 奏っ! 聞こえてるんだろ? 聞いてるんだろっ! なら目を覚ましてくれっ!」

「キ、キサマァ……ッ!」

「お前じゃないっ! 俺は奏と話してるんだっ! 黙ってろぉぉぉぉっ!」

「~~~~~ッ!!」

 

 奏の事を強く想いながら依り代をギア部分へと更に押し付けると、悪意が声も出せずに痙攣を始めた。

 今の悪意はきっとこのギアそのものだ。以前よりも強く染め上げたからこそ、より依り代への耐性が落ちたんだろう。

 

 そのまま俺は依り代を押し当てながら移動させ、遂にマイクユニットがあるべき場所へと持っていく。

 

「奏っ! ごめんなっ! 俺が君からの注意をちゃんと守らなかったから、マリアへ甘えるのを控えなかったから君の心をこんなにも傷付けてしまったっ!」

 

 目の前からは何も返ってこない。それでも、俺は言葉だけでなく想いを伝えたいと思って奏の事を抱き締めるように片腕へ力を込める。

 

 すると、微かに口が動いたのが見えた。

 

「……と……ぃ」

 

 何を発した。しかも、それは今までの悪意らしい声ではなく、俺が良く知る奏の声だ。

 だから畳みかけるなら今だと思った。俺の気持ちを、想いを、心を届けるのは今しかないと。

 何故なら、奏の口はたしかに“ひとし”と動いたから!

 

「ちゃんと君にも甘えれば良かった! もっと君を大人として思い、頼れば良かったっ! 仕事で甘えてるから日常ではって、どこかで思ってたのかもしれないっ! 本当にごめんっ!」

「……としぃ」

「でも分かって欲しい。俺は君に甘えていたんだ。君との勤務は仕事なのに楽しみであり安らぎでもあった。奏がいてくれたから、俺は店長になれたんだ」

「あぁ……ああっ!」

 

 奏の声がどんどん俺の知っているものへ戻っていく。

 だけど悪意はまだ奏から出て行かない。

 

「奏、本当にありがとう。そして、ごめん」

「ひとし……っ!」

「聖詠を、唄ってくれないか? 今の奏は扇情的で魅力的ではあるけど、俺はやっぱり本来の奏の方が好きだ」

 

 そう告げると奏が嬉しそうに微笑んで頷いてくれた。

 それと同時にマイクユニットが依り代の下に出現する。

 

――Granzizel bilfen gungnir zizzl……っ!

 

 聞こえてくる聖詠。なのに、これまではそれで分離出来たはずの悪意が分離してこない。

 

「どうして……」

「あ、あたしがあいつと深く結びついてるみたい……っ! 体中にあいつの根があるみたいな感じがするんだ……っ!」

「奏……」

「仁志、あたし、バカだった……。口にすればいいのに、言ったら貴方に嫌われるって思って黙ってた。マリアと夫婦みたいな、家族みたいな貴方を見て、素直に羨ましいって言えば良かったのに……っ!」

「いいんだよ奏。それが、それが普通さ。俺だって言えなかった。君や翼が指摘するまで、俺だってどこかでマリアとの関係が少し違うと分かっていたのに、それを直そうと出来なかったんだから。君だけが悪い訳じゃない」

 

 誰もが常に心強くあれる訳じゃないと思った。

 それは俺は勿論、奏だってそうだろうと。

 そう思うから俺はこれ以上奏に自分を責めないで欲しかった。

 悪意と同調するのはおかしな事じゃない。本当の意味で清廉潔白な人間なんていないんだ。

 ああ、そうだよ。そうあろうとして、そう出来る人がいるだけなんだ。

 

「……ありがとう、仁志……っ!」

 

 微笑む奏の瞳から涙が流れるのを見て、俺は謝罪と感謝の想いを込めてキスをした。

 その瞬間、何かの絶叫が聞こえた気がした。きっと悪意の声だと思う。

 だがそれを気にする事もなく、俺はただただ奏へ長く長くキスをした。

 

 どれぐらいそうしていただろう。俺はそっと体を押し返す力を感じて顔を離した。

 

「奏……」

「ったく、あんなに長いキスしないでよ。その、本気で仁志の傍から離れたくなくなるじゃん」

 

 そう言って照れくさそうに目元を拭い微笑む姿は奏そのものだった。

 ギアも本来のガングニールへと戻っている。

 と、そこで気付いた。普段あるはずの展開がない事に。

 

「か、奏、悪意は?」

「ん? ああ、多分だけど消えちゃった。仁志とキスしてたら、あたしの中で苦しみ悶える声が聞こえてきたから」

「そ、そっか……」

 

 そこで依り代のバッテリーを確認する。うっ、もう残り30%を切ってる……。

 つまり依り代は効果時間の長さで消費量が変化するんじゃなく、使用相手によって消費量が変わるらしい。

 

 クリスへは、この感じだと下手すりゃ1分も使えないかもしれないな。

 

「奏っ!」

 

 そこへ聞こえた声に俺と奏が顔を動かす。

 

「翼……それに……」

「元に戻って良かったわ、奏」

 

 翼とマリアがそれぞれ安堵の笑みを浮かべて立っていた。

 複雑な表情を浮かべる奏へマリアが小さく息を吐くと、静かに歩み寄ってくる。

 

「奏」

「っ……何?」

「色々と言いたい事はあるけど、今はこれだけ言わせてもらうわ」

 

 そこでマリアは大きく息を吸うと、一瞬奏が身構えたのが分かった。

 

「おかえりなさい。無事で良かった」

「…………それだけ?」

 

 正直言えば俺も奏と同じ気持ちだった。

 てっきり何か色々言ったりするのかと思ったし。

 ただ、マリアはそんな奏へあっさりと口を開いた。

 

「以外に何かある?」

「で、でもあたしは」

「私が逆の立場なら、あの気持ちは当然だもの。むしろあそこまで言ってくれて良かったわ。私、貴方と憎しみ合うなんてごめんだから」

「マリア……」

 

 奏が名を呼ぶとマリアは小さく微笑んで頷いた。

 

「傷付けられるのは嫌だけど、そうね……。一度だけビンタしてくれていいわ。それで今までの事を水に流してくれる?」

「い、いや、さすがにそこまでは……」

「悪意に突き動かされてやった事は罪悪感があるでしょ? 私としてもどこかで分かっていたのに貴方の心に傷を作っていた。なら、お願い」

「……分かったよ。マリアの気持ちは、受け取った。じゃあ……」

 

 パシンと乾いた音がして、直後同じ音がまた聞こえた。

 

「「えっ!?」」

 

 俺と翼の声が重なる。

 何せ奏がマリアの頬を叩いたかと思ったら、すぐさまマリアが奏の頬を叩き返したからだ。

 奏は何が起きたのか理解出来てない表情でゆっくり頬を押さえながらマリアへ顔を向けた。

 

「ま、マリア?」

「これでお相子、よ。あんなに長いキスを見せつけられた側の気持ちになりなさい」

「……いい性格してるよ」

「お互い様。これでもう何の遠慮もなく言い合えるでしょ?」

「…………だね」

 

 相手へ笑みを見せ合う年長二人。何というか、女の友情ってこういうのなのか?

 そう思っていると翼が俺の横へそそくさとやってきた。

 

「あの、私も二人を叩いてもいいかな?」

「いいんじゃないか? 翼からすれば奏もマリアも羨ましいんだろ?」

「……でも止めておく。それに、二人を叩くよりも仁志さんに、その、キスして……欲しいし……」

 

 最後には恥ずかしくなって声が小さくなる上俯く翼。

 そんな彼女は、今が戦闘中じゃなかったら本気で抱き締めてキスしてたぐらい可愛かった。

 

 それにしても、やっぱり悪意の弱点は愛なんだな。

 なら、最悪依り代が使えなくなってもクリスを戻せるかもしれない。

 それに、未来が見た夢のお告げでも力じゃ倒せないと言われたらしいし、悪意を完全に倒すにはそれしかないか。

 

 ……命の賭け時、って奴かもな。

 

「よし、これで残るはクリスだけだ。奏、まだ戦えそうか?」

「ああ、さっきのキスとビンタが効いてるからね」

「仁志、奏もツインドライブに」

「分かった」

 

 言いながら俺は顔を後ろへと向ける。

 土壇場で素晴らしい援護をしてくれたエルへと。

 

「エル、体は大丈夫か?」

「はい、ただもう錬金術の行使は難しいです」

「いや、もう必要ないよ。だろ?」

 

 俺がそう問いかけながら顔を前へ戻すと、ドライディーヴァは力強く頷いてくれた。

 

「っ!? 皆さんこっちへっ!」

 

 突然エルが切羽詰まったような声を出したので、俺達は考える前にその場から走った。

 直後周囲の景色が元に戻って、俺達がいた場所に漆黒のレーザーのようなものが直撃した。

 

「ちっ、気付かれたか」

「クリスっ!?」

 

 そりゃこの状況じゃそんな事をやれるのは一人しかいないけど、響達五人を相手にしていたのに……。

 

「っ!? 響っ!?」

 

 ステージ上には傷付き倒れる響達五人の姿があった。

 ギアが消えてないところを見ると生きてはいるようだ。

 

「たった一人で立花達を……」

「切歌っ! 調っ!」

「セレナや未来まで……これをクリスが……」

 

 あのパズルを展開してから今までの時間で、クリスが響達にかなりのダメージを負わせたのは間違いなかった。

 それだって言うのにクリスはまったくダメージを負ったようには見えないのが恐ろしい。

 響達が無抵抗でやられたはずはないからだ。

 

「中々頑張ったんだぜ? 五人でのユニゾンを成功させてな。ただ、それぐらいでどうにかなる程、悪意の巫女は甘くねぇって事だ」

 

 空中に浮いたままクリスは笑みを浮かべながら奏へ顔を動かす。

 

「にしても、まさかあそこから元に戻せるとはな。依り代ってのは無茶苦茶だぜ」

「こっちからすれば悪意こそがそれだよ。でも、それももう終わりが近い」

「へぇ、あとはあたしだけだからか?」

「そうだ。クリス、後は君を元に戻せば全てが終わる。終わるんだ」

 

 依り代へ目をやり俺はステータスをタップする。

 奏をリビルドギアツインドライブへと変え、俺はクリスを見つめた。

 

「俺は、みんなを、そしてクリス、君の事を信じてる。悪意になんて負けないと、必ず最後には光と共に笑顔で笑い合えるって」

「そうかよ。まぁ、たしかにそうしてやってもいいぜ。ただし、光じゃなくて闇、だけどな」

「エル、響達を一旦パズル内へ保護してくれ。マリア、奏、翼、三人だけどクリスの相手、お願い出来るか?」

 

 武装をフルオープンさせるクリスを見つめ、俺は彼女から視線を外さずにエルやドライディーヴァへ声をかける。

 目の前にいるのはクリスだけどクリスじゃない。悪意に変わりないんだと思って決して目を逸らしたくなかった。

 

「分かりました!」

 

 エルの力強い返事に少しだけ遠い目になる。ああ、本当に頼もしいな、今のエルも。

 

「三人だけど? 違うわよ仁志。三人だから、よ」

「そういう事。なんたってあたし達はさ」

「ドライディーヴァ、なんだからね」

 

 頼もしく凛々しい返事に俺は思わず笑みが浮かんだ。

 そうだ。人数は問題じゃないかもしれない。

 要はフォニックゲインをどこまで高められるかなんだ。

 

 なら……っ!

 

「よし、頼んだぞドライディーヴァっ! 最高のステージを見せてくれっ!」

 

 あのメモリアカードをここで実現させるだけだ!

 俺の言葉にとびきりの笑顔を返してくれた三人の歌姫を信じて送り出す事。

 それだけが今の俺に出来る事なんだから。

 

 だが、何故かこっちを見ているクリスは面白くなさそうにため息を吐いた。

 

「はぁ……ドライディーヴァか。悪いがあたしは少し疲れてんだよ。だから先輩達はこいつと遊んでろ」

 

 そう言うとクリスの前方に黒い霧みたいなものが出現する。

 それはあっという間に形を成して、あろう事か悪意に染められていた奏そっくりとなったのだ。

 

「どんなもんだ? 今のあたしはこういう事も出来るんだぜ?」

 

 自慢げにクリスが偽奏の後ろから顔を出した。

 普通なら敵が増えた事は嫌がるところだが、正直言わせてもらえば今回はむしろ嬉しい事かもしれない。

 何故なら、偽奏が現れた瞬間、間違いなく奏の目付きが鋭さを増したからだ。

 

「マリア、翼、あいつはあたしに任せてもらうよ」

「ええ、いいわ」

「でも奏、あまり時間はかけないで」

「分かってるって。30秒で片付けるさっ!」

 

 言うや否や奏はその場から跳び出して偽物へと向かっていく。

 偽物は偽物でその奏の動きに不気味な笑みを浮かべるとその場から一瞬にして消えた。

 

「消えたっ?!」

 

 だけど驚いているのは俺だけらしい。

 翼もマリアも驚きもせず、ただ正面を、奏の背中を見つめていた。

 

「……所詮、心のない作り物だな」

「ええ、そうね。想像力がないみたい」

 

 ポツリと呟かれたそのやり取りに俺はどういう事だと思いながら奏を見つめ続けた。

 彼女は着地した先でまったく身動きもせず、ただその手にアームドギアを握り締めているだけだ。

 

「……え?」

 

 すると突然奏が手にしたアームドギアを何もない場所へ突き出した。

 が、その穂先が一瞬見えなくなったかと思うと、何もない空間からぼんやりと何かが浮かび上がってきたのだ。

 

「ギギギギギ」

「あたしを真似た癖にせこい手使うんじゃないよ。まぁ、姿は消せても気配は消せない時点で意味ないけど」

 

 け、気配? どういう意味だろうと思っていると奏のアームドギアが偽物を貫いたまま展開する。

 

「ガハッ!」

「覚えておきな。本当に凄い奴はね、相手へ殺気を出す事無くそういう事が出来るんだよ。ま、お前にはどれだけ訓練しようが出来ない芸当だろうがねっ!」

 

 穂先にエネルギーを集束させたまま、奏が偽物からアームドギアを引き抜きながらそれを放射した。

 当然偽物はそれを浴びて消滅する。本当に、1分とかからなかった。

 

「で、クリス、どうする? 今のあたしを止めたかったら、さっきの奴ダース単位で出さないと休めないよ。大体さ、あんたもこんなんでゆっくり休めると思ってなかったろ?」

「ああ。でも、もう少しは時間稼ぎ出来るかと思ったぜ。あんた、明らかに力が上がってるじゃねーか」

「だとしたら、王子様の目覚めのキスが効いたんだよ。正直ね、今のあたしは誰が相手でも負けない気分さ」

 

 そう言うなり奏はクリスへ挑戦的な笑みを浮かべた。

 

「あんたもしてもらうかい? 目覚めのキス」

「結構だ。生憎とこう見えてとっくに悪夢から覚めてるんだよ」

「悪夢、ね。違うよクリス。あたしも似た状態だったから分かる。今こそがその悪夢だよ。あんたも、さっきまでのあたしも、それが悪夢だと思わずにいたのさ。妬みや憎しみなんてもんをここまで持っていたなんて認めたくなくて」

「違う。あたしは、あたしはそんなんじゃ」

「違わないじゃないか。あの闇の中であたしは聞いたよ。あんた自身が言ったはずさ。今の自分は今の仁志と一緒にいられないって。それはどうしてだい? 自分が汚れたからだって言ったけど、その意味は本当は違うんだろ? あの茂部って奴とキスしてたとかじゃない。自分が悪意に入り込まれて仲間を、仁志を傷付けるような事をしたと知ったから闇に堕ちた」

 

 奏の言葉に初めてクリスから余裕が消えた。

 表情が抜け落ちて、まるで能面のようで正直怖い。

 

「だからあんたは悪意よりも自分を憎んだんじゃないか? あんたは優しくて真面目で、誰よりも早く仁志への恋心を自覚してたから」

「……だったら、だったらなんだってんだよ?」

 

 聞こえてきた声は、どこか震えていた。

 泣いてるのかとも思ったけど、涙声じゃないと気付いて俺はクリスを見つめた。

 彼女は、怒りで体を震わせていた。

 

「どれだけ言い訳したって、あたしの頭ん中にはあのスケベ野郎とイチャついてる記憶がある。響や先輩を狙って引き鉄を引いた記憶がある。あたし自身がどうこうじゃねぇ。やってない事なのに覚えてるんだよ……っ」

 

 アームドギアを握り締めてワナワナと震わせるクリスに俺は言葉がなかった。

 泣いていないだけできっと心は泣いてると思ったからだ。

 

「あいつとの会話を! 触られた事をっ! 仁志としたよりも多くあいつとあたしはキスしてる事もだっ!」

「クリスっ! もういいっ! もういいよっ! 分かったからっ! 君の痛みや苦しみは伝わったからっ!」

 

 もう見ていられなかった。今のクリスは泣きじゃくる子供みたいだったから。

 抱き締めてやりたい。慰めてやりたい。だけど、俺じゃ彼女まで届かない。

 今日ほど己の無力を感じる事はないだろうと思う程に、見上げる彼女との距離はどうやっても埋まらない事に我が身の非力さを痛感した。

 

「俺達が気にしないと言っても、君自身が自分を許せないのは分かるよ! だけど、だからって一人で抱え込まないで欲しいんだっ! 響だってきっとそう言ってくれる!」

 

 間違いなくクリスの心の叫びを聞けば響はそう断言する。

 それに、あのクリスが名前で呼んだんだ。響がそれを聞いてどう思うかなんて考えるまでもない。

 

「それでもっ、それでもあたしはっ! あたしはぁ!」

「俺と話してみたい事があるならいくらでも付き合うっ! あちこち触られたのなら俺がそれを全部上書きしてみせるっ! キスだってすぐに回数を超えてやるっ! だからっ! だからぁっ!」

 

 声が枯れてもいいと思って大きく息を吸いこんで叫ぶ。

 

「もうそんな悲しい顔をしないでくれぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 腹の底から叫んだ。

 すると、急に依り代が光ってその場に歌が流れ始めた。

 

「これは……」

 

 それも“あしたのあたし”だ。

 クリスの歌が何故勝手に……?

 

「な、何だこの歌……っ。あ、あたしはそんな歌知らねーぞっ!」

 

 そして何故かクリスが狼狽える。

 でも、そうか。カップリング曲は基本原作中じゃ唄う事はないもんな。

 つまり、クリスの心情をより歌ったこれは彼女にとっては切歌の“手紙”と同じような位置付けなのかもしれない。

 

「クリス、俺は前に言ったよ。君の事をクリスちゃんって勝手に呼んでた頃があるって。君が本当は寂しがり屋で素直になれない事を、俺はこういう歌から知ったんだ」

「違うっ! あたしは」

「強がっていないと生きていけなかったんだよな? 大人達の中で親を亡くした子供が生きていくには、隙を見せたら、弱さを見せたらダメだったから」

 

 目を逸らす事なくクリスを見つめる。

 今の彼女からは最初の頃のような余裕やふてぶてしさが失せていた。

 もしかして今のクリスはマイクユニットが見えないだけで歌自体は聞こえてるんじゃないだろうか?

 奏もマイクユニットが隠されていたように、クリスも放課後モノクロームを聞かされた事で悪意が危険と判断して収納したのかもしれない。

 

「クリス、同じ女だから今の貴方の気持ちは分かるつもりよ! だからこそ言うの! 悪意に身を任せていては駄目! ちゃんと貴方自身を取り戻さないと、今度は貴方が本当に守りたいものを勝手に失う事になるわ!」

「そうだよクリス! あたしもあんたも、仁志先輩の世界へのゲートを隠されてたから最後の一線を無くさず済んだんだよ! じゃなかったら、きっと今頃あたし達、女として一番嫌な事をさせられてたはずさ!」

「雪音っ! あの時も私はお前に手を差し伸べた! 今度も差し伸べようっ! 一人で抱え込まないでくれ! そんなに私は頼りない存在か!」

 

 三人の言葉にクリスが僅かに、だけど確かに反応した。

 言葉ではなく表情で、目で、三人の言葉に返事をしたんだ。

 

 その目は、顔は、辛そうに歪んでいた。

 

「翼っ! 奏っ! マリアっ! クリスを俺の前まで、俺の手が届く場所まで連れてきてくれっ! 今のクリスはこっちへ手を伸ばせない。なら、こっちが行って手を掴んで引っ張るしかないんだ。だけど俺だけじゃそれは無理なんだ……」

 

 間違いなく今の依り代じゃクリスを元に戻す事は難しい。

 それでも、やらない訳にはいかない。

 チラリと依り代を見れば、残りのバッテリー残量は20%を切ろうとしてる。

 どうやら今のクリス相手に歌を流すのもかなりの消費らしい。

 このままじゃ依り代をクリスに押し付ける前にバッテリーセーブが作動すると、そう思って俺は顔を上げて三人の歌姫を、ドライディーヴァを見た。

 

「だから頼むっ! 俺の代わりにクリスの手を掴んでくれないか!」

 

 俺の言葉にドライディーヴァは何も言わずに頷いてくれるとその場から跳んだ。

 あしたのあたしが微かに聞こえる中、三人は動きが鈍いクリスへと向かっていく。

 

 俺は、その背中を祈る様に見つめる事しか出来なかった……。

 

 

 

「クリスっ! 手を伸ばして! 一緒に帰りましょうっ!」

「嫌だっ! あたしはもうあの頃には戻れないんだよっ!」

 

 マリアの言葉へそう返してクリスが闇の弾丸を放つ。

 けど、それがどこか勢いを失っているようにあたしは感じた。

 

「雪音っ! お前の想いは、この歌のままのはずだ! 強がる事と強さは同じじゃない事はお前も知っているだろうっ!」

「うるせえっ! あたしは強がってなんかないっ! 強いんだってのっ!」

 

 翼へも言葉と共に闇の衝撃波みたいなものを放つクリスだけど、その顔はとてもじゃないけど強気には見えない。

 むしろ、今にも泣きそうだ。若干いじめてるみたいで心が痛むけど、今はそんな事言ってられないね!

 

「なら甘えてみなよ! 強い奴はね、自分の弱さを認めて、誰かにそれを見せられるのさ! クリス、あんたが強いって言うなら、あたし達に甘えてみなっ!」

「っ! ちょせぇ事言ってんじゃねえっ!」

 

 向かってくる闇の銃弾をアームドギアで弾く。

 ぼんやりと記憶に残ってるクリスの狙撃の速度や精度とは雲泥の差の攻撃だ。

 確実にクリスの心が、意思が乱れてる。

 あの歌がその要因だと思う。まぁクリス自身からは薄っすらとしか聞こえないけど。

 

 ただ、このままじゃ不味いとは思う。

 クリスの攻撃に鋭さや勢いがないとはいえ、三人がかりでも優勢とはいかないって事は歌が消えたらどうなるかは言うまでもない。

 

 あたし達が今度は響達みたいにされるだろうね。

 

「なら……っ!」

 

 ここはあたし達も歌うしかない。

 

「翼っ! ここはツヴァイウィングでいくよっ! マリアもいいねっ!」

「「うん(ええ)っ!」」

 

 少しでもいい。クリスをあたしと翼の二人で抑えて後はマリアに託すとする。

 そう思った瞬間胸の奥が熱くなった。

 思わず翼へ顔を向けると向こうもこっちを見ていた。

 

「奏、いける?」

「誰に聞いてるのさ」

「じゃあ……」

「ああ……」

 

 もう心は一つだ。そう強く感じてあたしと翼は同時に頷く。

 

「「テイクオフっ!」」

 

 双翼が羽ばたき、色の抜けた空を駆けぬける。

 どれぐらい振りだろうね、この感覚は。

 考えてみればこの事件に関わってから翼と二人だけで肩を並べて戦うのは初めてかも。

 

 なら余計気合入れますか! 久々のツヴァイウィングのライブだ! 派手にいくよっ!

 

「舐めんじゃねぇっ! 今更ツヴァイウィングなんかで怯むあたし様じゃねーんだよっ!」

 

 クリスが弾幕を展開する。その数はたしかに凄いと思う。

 だけど、今のあたし達は双翼なんだ。空は、あたし達の領域なんだよクリス。

 

「くそっ! 何でだっ! どうしてっ、どうして当たらねーんだっ!」

 

 誘導弾も拡散弾も、ありとあらゆる方法でクリスがあたし達を撃ち落とそうとしてくるけど、その悉くをあたし達は避け続けた。

 防ぐ必要も弾く必要もない。ただ飛び続ければいい。普段の、本来のクリスだったらこうはいかないだろうね。

 今のあいつは、クリスは冷静さを失ってる。だから攻撃にも本来あるはずの正確さが無くて、代わりに焦りが宿ってるんだろう。

 

 それに、あたし達の歌もきっとその理由の一つだ。

 翼と二人で口ずさむこの歌は“双翼のウィングビート”って言うらしい。

 曲名まではあたしも翼も知らなかったけど、教えてもらって納得した覚えがある。

 

 あたし達の羽撃きでクリスの心を震わせてやろうじゃないかっ!

 

「クリスっ! 自分の物語を思い出せっ!」

「あたしの、物語?」

「そうだ! 雪音っ、お前も見ていたはずだ! お前の、お前だけの夢を! それを見失うなっ!」

「あたしの、夢……」

 

 攻撃が止んだっ! ここしかないっ!

 

 あたしがクリスへと突っ込むのと翼が突っ込むのは同時だった。

 さすが翼だよ、分かってるね。

 勝機はここだ。だから零すつもりはない。

 

「クリスっ!」

「雪音っ!」

「「夢をっ! 生きることをっ! あきらめるなっ!」」

「っ?! 武装が!?」

 

 あたし達が狙ったのは最初からクリスじゃなくてその武装。

 アームドギアはあたしが弾き飛ばし、周囲にある砲台みたいな物は翼が斬り捨てた。

 そしてそのままあたし達はクリスの両横を駆け抜けて上昇する。

 

 するとクリスは思った通りこちらへ意識を向けて顔を上げた。

 

「まだだっ! まだあたしにはこいつが残ってるっ!」

 

 腰部から展開されたミサイルポッドから無数のミサイルが飛んでくる。

 それは急降下していくあたし達を迎撃するように向かってきていて、このままじゃ回避は難しい。

 

 けどね、そんな事はこっちだって分かってるのさクリス。

 下方から上空への半包囲攻撃。しかも急降下中じゃさすがのあたし達も回避出来るなんて思ってないよ。

 

 ただ、それはあたし達が二人だけの場合だ。

 

「なっ!?」

 

 ミサイルの雨はあたしや翼が何もしないでも爆発四散した。

 なんてことはない。ピンクの閃光が先頭のミサイルを撃ち抜いただけさ。

 そしてその閃光が次に狙ったのは展開されたミサイルポッドだ。

 

「くそっ! もう一人いたのを忘れるとはなっ!」

 

 今度こそ武装を全てダメにされたクリスが忌々しげに睨み付けた先にいたのはマリア。

 そのマリアはクリスの睨みを無視するようにあたし達の方を見上げてる。

 

「行きなさいっ!」

「「言われなくてもっ!」」

 

 視線の先にいる無防備となったクリスへあたしと翼はアームドギアを収納して突っ込む。

 

「何だとっ!?」

 

 理解出来ないって顔をするクリスの両腕をあたしと翼で掴んだまま、あたし達は仁志の前まで向かう。

 その勢いや速度を殺せないから仁志の手前で止まるのは至難の業だったけど、何とかマリアが仁志を抱き抱えて場所を移動させてくれたおかげで最悪の結果は避けられた。

 

「手を離せっ! 離しやがれっ!」

「それは出来ない相談だね」

「仁志さん、お願いします」

「……ああ」

 

 ん? 今、一瞬不安げな顔を仁志がしたような気がしたけど、どういう事だ?

 

 そんな事を思ってると、仁志がクリスの首元へ依り代を押し付けた。

 

「あああああっ!?」

 

 クリスが苦しむような声を出すのを見て、あたしは思わず息を呑んだ。

 こういう事を今まで仁志はやってきたんだって、そう思い出して。

 そう、あたしはあの日、根幹世界へと戻った時から今までの事をはっきり覚えてる。

 

 ……と、思う。ところどころあやふやな部分もない訳じゃない。

 いや、鮮明じゃないところ、か。

 切歌へ攻撃した事は覚えてるけど、どこを狙ったかとは覚えがない。

 セレナの世界へ行ってパズルの入口を見つけて攻撃したのは覚えてるけど、始めと終わりしか記憶にないみたいな、そんな感じであたしの記憶は歯抜けてる。

 

「クリスっ!」

「ぐううううっ! む、ムダだっ! 今のあたしは、依り代だろうともう……っ!」

「ムダなものか! クリス! 俺は君を諦めるつもりもなけりゃ手放すつもりもない! 悪意なんかに渡してたまるかっ!」

「痛いだけなんだよっ! 辛いんだってのっ! もうあたしなんかは光の差す道を歩けないんだっ!」

 

 そうクリスが叫んだ瞬間、仁志は優しい顔をした。

 

「そんな事はないよ。前にも話したかもしれないけど、ウルトラマンの中に闇へ堕ちてしまった存在がいる。だけど、そうなってもちゃんと闇から解放されて元の光の当たる場所へ戻れたんだ。クリスも、そうなれるよ」

「それは作り物だからだっ! あたしは」

「作り物だろうとそうじゃなかろうと関係ないよ。大事なのは、諦めない気持ちだ。闇から生まれても光を目指す事でそこへ近付ける。時には光にもなれる。クリス、君もそうだったじゃないか。ご両親を失って、フィーネと出会って闇に堕ちた。そこから響達と出会い、関わり、手を繋ぎ合って光の中へと戻っていった」

「ぁ……」

 

 そうだったんだって、そこで初めて知った。

 クリスも両親を失ってるんだ。そして、響や翼に出会って今みたいになったんだ。

 

「戻れるよクリス。もう一度、君からも手を伸ばせば、光はいつも傍にある。だから」

「ムダだって言ってるだろ。あたしは、もう闇に堕ちるしかねーんだ」

 

 クリスが仁志の言葉を遮るようにそう言った瞬間、仁志が何かに気付いて視線を依り代へ向けた。

 

「くそっ! もうバッテリーセーブに!」

「へっ……やっぱり無理なんだよ。あたしを元に戻す事なんかな……」

 

 どうやらあたしを戻すために予想以上に依り代が疲弊したらしい。

 と、仁志はそこで依り代を更にクリスへと押し付けた。

 

「諦めるなっ!」

「っ?!」

 

 ビリビリと空気を震わせる声がその場に響いた。

 あまりの事にクリスさえも目を見開いて仁志を見つめてる。

 

「俺は諦めないぞっ! だからクリス、君も諦めないでくれ! 絶対っ、絶対助け出してみせるからっ! だからっ!」

 

 クリスから目を逸らさず、仁志はそう言って手にした依り代を強く握り締めた。

 

「これで使えなくなってもいいっ! 今俺に必要なのは依り代よりもクリスなんだっ!」

 

 その仁志の言葉と同時に依り代が光を放った。

 その光がクリスの首元を包み込むと、そこにヒビが生じたのが見えた。

 

「がああああっ!? や、ヤメロォォォォッ!」

「声が変わった!?」

「悪意の声よっ! 仁志、頑張って!」

「雪音っ! 聞こえるかっ! 聞こえるのなら聖詠をっ! 自分を取り戻せっ!」

 

 突然の事に動揺するあたしと違い、マリアと翼はもう慣れてるのか狼狽えもしなかった。

 

「兄様っ! 響さん達が意識を取り戻しました!」

 

 そこへエルが現れた。その後ろには響達がいる。

 

「クリスちゃんっ!」

「クリスっ!」

「「クリス先輩っ!」」

「クリスさんっ!」

「お、お前ら……っ!」

 

 響達の声にクリスが辛そうに声を絞り出す。

 ああ、そうか。あたしだって依り代だけじゃ無理だったんだ。クリスもきっとどうしようもないんだろう。

 

「だからこそ、だよな」

 

 あたしだから言える事がある。

 あたしだから分かる事がある。

 クリス、あんたの迷い、苦しみ、あたしも断ち切れるように手伝うよ。

 

「クリスっ! 聖詠を唱えるんだよっ! まずはそこからだ!」

「聖……詠……っ」

「まず自分が悪意を追い出そうとする事。それが大事なんだ」

「自分で……っ! 追い出すっ!」

 

 クリスの声に力が宿った。

 クリスの瞳に光が宿った。

 きっとみんな同じ事を感じ取ったはずだ。

 それと、ヒビが少し割れて何かが見え始めた。

 

「そうですっ! クリスさんっ! 頑張ってくださいっ!」

「お前なら出来るっ! 頑張れクリスっ!」

「クリスさんは優しくて強い人です! 私、知ってますっ!」

 

 エル、ヴェイグ、セレナが声をかける。その顔は祈るような表情だ。

 また少しだけヒビが割れて首元のギアを減らした。

 

「クリス先輩なら悪意なんかにいいようにさせ続けませんっ!」

「デスよっ! クリス先輩、ガツンと悪意を追い出すデスっ!」

「悪意に苛立ちを覚えたのでしょ? ならちゃんと自分の手でお返ししなさいっ!」

 

 調、切歌、マリアが声をかける。こっちは励ますような表情をしてる。

 またギアが割れて、マイクユニットが見えてきた。

 

「雪音、私達は信じている。お前なら悪意に支配されたとしてもそれから脱する事が出来ると」

「クリス、ちゃんと周りを見て? 私達、みんなクリスを待ってるんだよ?」

「クリスちゃん、また一緒に遊ぼうよ。みんなで一緒にお出かけしたり、映画見たり、ご飯食べて笑おう?」

 

 翼、未来、響が優しく声をかける。こっちは笑みを浮かべてるね。

 またギアが割れて、完全にマイクユニットが見えた。

 

「聞かせてくれよクリス。君の本当の声を」

「い、いのか? あたしは……だって、酷い事をしたのに……」

「それは悪意がやらせた事だよ。そんな事言い出したら響以外の装者全員に同じ事が言えるんだし、俺は、俺達は気にしてないさ。そうだろ?」

 

 仁志がそう問いかけたからあたしは頷いた。当然だけど翼達もだ。

 それを見たクリスが泣きそうな顔をしたのと同時にマイクユニットが微かに光った気がした。

 

「さぁクリス、手を伸ばして」

 

 仁志の言葉であたし達全員で手を差し伸ばした。

 するとクリスが目を見開いて、ゆっくりと笑顔を浮かべて涙を流しながら手を伸ばした。

 その手を響と未来が掴むと、クリスが泣き笑いのまま口を開く。

 

――Killter Ichaival tron……。

 

 聞こえた聖詠と共にクリスの口から何かが飛び出していくのが見えた。

 顔を動かせば、そこには真っ黒な塊のような物が浮かんでいた。

 

「あっさりと出てきた? まさか……でも……」

 

 そんな時聞こえた仁志の呟きが妙に気になったけど、今は目の前の悪意へ意識を集中するべきだって思って、あたしは空を見上げた。

 

 そこに浮かぶ黒い物を睨むように……。

 

 

 

「正直予想外だったわ。その端末を使えなくなってもいいとまで思い切るなんて」

「だからだ! お前の想定を超えるには、俺も今まで避けてた事をやるしかないって思い切れたのさっ!」

 

 暗に仁志は悪意のおかげでクリスを助けられたと言っていた。

 自分を通じて読んだだろう考えや気持ち。それ故に依り代を失ってもいいという決断が下せたのだと。

 そこで仁志は手にしていた依り代へ目をやり、微かに驚くと笑みを浮かべた。

 

「それに、どうやらまだツキは俺達に残ってるらしい!」

 

 そう言うなり仁志は依り代を持ち上げると画面をタップする。

 瞬時にクリスのギアがリビルドギアツインドライブへと変わったのを見て周囲は悟った。

 依り代のバッテリーが辛うじて残っているのだと。

 

「みんな、きっと俺に出来る事はもう何もないと思う。だから、想いで、心で一緒に戦うよ」

「仁志さん……。はいっ! 一緒に戦ってくださいっ!」

「仁志さんの想いがあれば、私達は負けないから!」

「あたし様を好き勝手した事、後悔させてやらぁ!」

「そうね、私もまだ仕返し足りないわ!」

「アタシだってそうデス!」

「それだけじゃない! 師匠を苦しめて弱らせた事だって!」

「みんなの心を傷付けて苦しめた悪意っ! 絶対に祓い清めてみせるっ!」

「これを、今度こそ最後にするよっ!」

「悪意をキレイな状態にして終わらせますっ!」

 

 セレナが言い終わった瞬間、全員のギアが金色に輝く。

 その光に悪意が怯んだ。

 

「こ、この光は……っ! あの時と同じか……それ以上だわ……っ!」

 

 リビルドギアツインドライブの力を学習したとはいえ、悪意も完全に無効化出来る訳ではなかった。

 何せリビルドとはギアにラピス・フィロソフィカスの力を宿したものだ。

 しかも、それは呪いの魔剣を焼却しながら発現した力である。

 呪いに近しい悪意にとって、それは相性が悪いにも程があった。

 

 故に、その力を最大限まで引き出した九人によるリビルドギアツインドライブは、未だ悪意にとっては苦手とするものだった。

 

「パズルを展開しますっ! そうすれば悪意が逃げる事は出来ません! 皆さん、後はお願いしますっ!」

――俺達に出来るのはこれだけだ! みんな、頼むっ!

 

 エルフナインの言葉とヴェイグの願い。

 それを受け、響達は力強く頷いた。

 

「いいわ……。ならば、今度こそその輝きさえも飲み込んでみせる……っ!」

 

 蠢き姿を変え始める闇を相手に金色の装者達が立ち向かう。

 光と闇の決戦、その第二幕が終わりを迎えようとしていた……。




依り代ではなくクリスを求めた只野に光は応えました。
あるいは、諦めるなというその言葉と共に闇に堕ちた女性を男性が助け出そうとする状況に、何か依り代が感じるものがあったのかもしれません。
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