シンフォギアの消えた世界で 作:現実の夢想者
ちなみにMETANOIAの意味は改心や後悔だそうです。
「何を考えたか知らんが、私を倒す絶好の機会を手放すとはな。気でも狂ったとしか思えんぞ」
俺の耳に聞こえてくる声は響のものだ。だけど、その口調は響ではない。
色黒の肌となった響は今まで悪意がみんなを支配してきた時と同じものだ。
「立花は何を考えてあのような事を……」
「分かるかっ! ただ、信じてくれって言ったんだよ、あいつは」
「響……」
そう、響はたしかに言った。自分を信じてくれと。
あれはどういう意味なのか。
考えろ。響だったらあの時どういう事を考えるのか。
俺に最後まで信じてくれと言ったのは何を期待しての言葉か。
「さてと、力はかなり失ったが……」
「「「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」」」
動き出そうとする悪意に翼達が身構える。
もう依り代は使えない。こうなると響を助け出すには……ぁ。
「そういう……事なのか?」
悪意をギアで倒しても同じ事の繰り返し。
それを響も知っている。だからこそ、あの瞬間響はとどめを刺す事を止めたんじゃないだろうか。
悪意を本当の意味で倒すには力では無理。愛を注ぐ事だけが、心の光を注ぐ事だけが唯一の方法なんだと。
「だから俺に信じてくれと……」
悪意の狙いが自分だと響は俺との話で感じ取っていたはずだ。
故に自分がギアもなく悪意の中へ飛び込めばどうなるかは容易に想像が出来る。
そして依り代が使えない以上、俺が考えるだろう方法は一つしかない。
それに何より……
「今の悪意が自分から逃げ出す事は有り得ない、か……」
力のほとんどを響達との戦いで失った以上、悪意が起死回生を図るには現状を利用するしかない。
つまり、響の体を使って俺達と戦う事だ。大切な仲間を自らの手で傷付け、殺し、最後にはそれを響へ突きつけるつもりだろう。
「……待てよ?」
ふと気付く。今の悪意は響を乗っ取ってるはずだ。
なのに、そのギアはこれまでのような際どいデザインではない。
通常のイグナイトとそこまで大差ないんだ。インナーだってクリスや奏がされたようなものじゃない。
「さて、どこまで抗うのかな?」
「くっ、みんな、構えろ!」
奏の言葉に翼達が身構える。
それを見ても悪意は余裕の表情を浮かべていた。
「ははっ! お前達も憐れだな! この神殺しがその拳を振り抜いていれば終わっていた話なのに」
「っ!?」
その悪意の言葉で思い出した。
響は拳を握りしめ続けるをよしとしない子だ。
もしかしたら、悪意に対しても最後まで拳を握るのではなく何とか手を繋げないかと考えてもおかしくない。
例えその可能性がゼロだとしても、やってみなけりゃ分からないと。
「…………なら」
きっと今も響は手を伸ばし続けてるはずだ。
クリスに始まり、マリア、キャロル、サンジェルマン、シェム・ハと手を繋ごうとしてきた響なら。
「みんなっ! ここは俺に任せてくれっ!」
「っ!? 仁志先輩!? 何を言ってるのさ!」
「そうよ! 依り代はもう使えないんでしょ!」
「それでも、俺に任せてくれないか? 響は俺に言ったんだ。最後まで自分を信じて欲しいと。俺はそれに応えたい」
そこで深呼吸をしてゆっくりと歩き出す。
そんな俺を翼達が不安げな表情を見つめる。
でも、止めようとはしない。それが嬉しかった。
「兄様……」
「ヒトシ、気を付けろ」
「心配いらないよエル。ヴェイグ、ありがとな」
エルとヴェイグに見送られて俺は悪意へと向かっていく。
「ししょー……」
「師匠、危なくなったらすぐに助けるから」
「ああ、頼りにしてるよ調。切歌、大丈夫だから笑ってくれ」
切歌と調の頭をそっと撫でて通り過ぎる。
「お兄ちゃん、信じてるから」
「そういうところ、似てるわ、あの子と」
「響は自然で俺は意図的だけどな。でも、二人の信頼には応えてみせる」
イヴ姉妹へ笑みを返して歩き続ける。
「仁志さん、ご武運を」
「怪我、すんじゃないよ」
「分かってる。きっと二人の想いが俺を守ってくれるさ」
ツヴァイウィングに少しキザな事を言って歩を進める。
「只野さん、響をお願いします」
「絶対、無事に戻ってこいよ」
「引き受けた。必ず笑顔でみんなと帰るよ」
未来とクリスにサムズアップを見せて俺は遂に悪意と対峙する。
「あの端末の使えぬお前が、一体どうすると言うんだ?」
「よく言うよ。俺が何をするかを一番分かってるのはそっちのくせに」
そう即答してやると悪意が明らかに嫌そうな顔をした。
ここで俺を攻撃しないのは、きっと響が抗っているからだ。
いつかの翼と同じだ。まだ染め上げて間もないから響の強く嫌がる事は出来ないんだろう。
無抵抗で何の防備もない相手を攻撃する。そんな事が平気な響じゃないから。
「それで私をどうにか出来ると思っているのか?」
「逆に聞くが、出来ないとすればどうしてお前は奏の時とクリスの時、これまでのようにイーヴィルギア状態で現れなかったんだ?」
「必要が」
「ない、なんて言わせないぞ。クリスが奏の分身のようなお前を出した以上、奏の時はお前の分身はそう出来なくなってたんだ」
「何を根拠にそんな事を」
「お前が俺の中へ入り込んできた方法だよ。そもそもあのプールでマリアが狙った事はキスだ。そしてあの別れだと思った日にクリスがしてきたのもキス。なら、どうして俺が響達とキスした時にはギアが追加されたんだ? それが答えだ。俺がみんなへキスした時はお前を倒していたんだ。だからお前はあの日俺がセレナ以外にキスすると読んで、最後の未来へする時に僅かに抵抗して俺の記憶を覗いた」
そこで悪意が表情を歪めた。
どうやら予想は間違っていないらしい。ならここからだ。
「響が俺を信じてくれてお前へ体を委ねたのは何故か。それは、力ではお前を本当の意味で倒す事が出来ないと思い出したからだ。故に自分の体へお前を取り込んで閉じ込めた。お前、一度誰かの中へ入ると自由に出たり入ったり出来ないんじゃないか? もしそうじゃないなら、俺がキスする前にされてない相手から抜け出していたはずだ」
「っ」
悪意が唇を噛むのが見えた。やはりそういう事らしい。
そう、今まで気付かなかったけど、悪意が自由にみんなの体へ出たり入ったり出来るのならもっと厄介なことになっていたはずなんだ。
響とエルにヴェイグが逃げてきたのは悪意がクリス達に宿っていると依り代が教えたからだった。
もし出入りが自由自在に出来るのなら、あそこで悪意はクリス達から抜け出して依り代を誤魔化したはずだ。
「クリスからお前は自主的に出て来たが、あれは依り代と欠片の力でお前とクリスの結びつきが弱まったから何とか逃げ出せたんだ。そうしなければ奏の時と同じでキスされてしまうと思ってな」
「よくもまぁベラベラとよく喋る。いつまでも私が何もしないと思ったら大間違いだ」
「いや間違いじゃない。響は俺に言った。最後まで信じて欲しいと。今も響は戦っているんだ。その証拠にお前のギアはイーヴィルギアまでは変化していない。インナーも際どいものじゃない。お前が翼を染め上げた時の事を俺はよく覚えてる。翼は俺を攻撃する事を嫌がってお前の支配に抗った。なら、最初からお前に体を委ねても心まではそのつもりがない響を完全に支配出来るはずがないっ!」
一歩足を踏み出す。その瞬間悪意が僅かに、だけど確かに後ずさった。
「か、勝手な事を……」
「だったらっ! 今ここで俺を攻撃してみるといいっ! もう俺を利用する必要も価値もないだろう! ……むしろ今やお前を完全に倒せる唯一の存在だ。生かしておくよりも始末する方がお前は気が楽になるだろう? さぁ! やってみせろっ!」
一歩一歩足を踏み出して悪意へと迫る。
その度に悪意が後ずさっていく。その表情を悔しさに歪めて、じりじりと下がっていく。
「どうした? もう依り代も使えない俺に何を怯える必要がある? ギアを纏った状態なら鍛えてもいない俺なんて物の数じゃないだろう」
「くっ……こ、こんな虫けら一匹が……っ」
拳を握るも、それが振り上げられる事はない。そしてその手が震えている。
響が戦ってくれている証拠だ。拳を握りたくないと叫んでいるんだ。
「虫けらだって生きてるんだっ! 生きてるって事はなぁ、その身に無限の可能性を秘めてるんだよっ!」
そうだ、俺だってそうだった。
響と出会う前まで俺はただのしがない深夜のコンビニバイトだった。
それがみんなと出会い、人生が、日々が変わり出した。こんなもんだと思っていた俺が、腐らず、懸命にもがき足掻いて気付けば店長だ。
こんな事、ほんの一年前は考えもしなかったし思いもしなかった。
自分が変われば世界が変わる。人から見れば取るに足らない変化でも、俺にとっては奇跡と呼べる程の出来事だ。
「諦めない気持ちが不可能を可能に変える。信じる勇気が魔法に変わる。そうさ、一つの命は地球の、宇宙の未来だ。誰だって光になれる。俺は、それをヒーロー達から、そしてみんなに改めて教えてもらった。英雄はなろうとした時点で失格だが、ヒーローはなろうと思った時がスタートだ。俺はまだまだヒーロー見習いだけど、それでもこうしてみんなを助け、ここまでこれた」
俺は後ろを振り返る。そこには俺が守りたいと思った人達がいた。
全員が俺を見つめて笑みを浮かべてくれている。信頼の笑顔だと、思う。
それに俺も笑みを返して頷くと顔を前へ戻す。
「だから、最後まで俺は俺の光を走り切る。響を、返してもらうぞ」
そう告げて俺は悪意の腕を掴む。
「は、離せっ!」
抵抗する悪意だが、その力は信じられないぐらい弱い。
響の抵抗が思った以上に強いのだろう。ならと俺は響の体を強引に引き寄せる。
「くっ! ま、まさかここまでとは……っ」
俺の腕の中で弱々しく動く悪意は、どこか平行世界のグレ響を彷彿とさせた。
きっと彼女はこんな事になる前に俺を殴り飛ばしそうだけど。
「お前は忘れてるみたいだから教えてやる。立花響はどんな時でもどこかで繋ぐ手を握り締める事へ疑問を持ち続けられる強い人だ。その心の強さを見誤ったのがお前の最大の敗因だ」
心の底から思っている事を言って俺は響の唇へ自分のそれを重ねた。
心からの感謝と想いを込めてキスをした。
奏の時と同様か、それ以上の時間していたと思う。
俺がゆっくりと顔を離すとそこには本来の姿へ戻った響の真っ赤な顔があった。
「響……」
「えっと……その……私を信じてくれて、本当に……ありがとうございました」
まるでプシューと聞こえてきそうな感じで顔を俯ける響を愛おしく想いながら、俺はそっと彼女の体から腕を離した。
「で、でも、これで全部終わったんですね」
照れ隠しなのかそう告げる響。
だけど俺はそれに対して頷く事はせず後ろを振り返った。
「仁志~っ!」
真っ先にこっちへ駆け寄ってくるクリスを受け止め、俺はそのままキスをした。
「っ!?」
それにクリスは目を見開いた。
しかも俺を突き飛ばそうとしてきたので、そうはさせないと強く抱き締めた。
「ひ、仁志さん?」
「だ、大胆……」
「クリス先輩、また抜け駆けデス!」
「ホント。こういう時のクリス先輩、凄い」
「でも、今回はキスをしたのは仁志からよ」
「う、うん。お兄ちゃんからしてたね」
「……まさかっ!?」
「ど、どうしたのさ翼?」
周囲の声を聞きながら俺はクリスへの謝罪と感謝と、そしてありったけの気持ちを込めてキスをした。
いつかのクリスのように舌を絡めはしなかったけど、その分時間をかけて想いを伝えるように。
――な、何故だっ! 何故私の最後の計画を読んでいた!?
聞こえてくる声に対して俺は敢えて答えなかった。
今はそんな事よりもクリスの心を少しでも癒したかったからだ。
悪意のせいで望まぬ相手とキスをしていたと知ったクリス。
その心を可能な限り包んでやりたいと。
――ば、馬鹿な……っ。こんな事が、こんな事が……っ!
悲しそうな声に俺はふと思った。
悪意も考えてみれば被害者だったなと。
人間の負の念の集合体がお前なら、お前も人間のエゴによる被害者だ。
だから、せめて綺麗な光となってくれ。
――光、だと……? 馬鹿な事を……。
返ってきた声に俺は一瞬意識が遠くなった気がして、気付いたら真っ暗な空間にいた。
そこには俺以外何も見えない。全てが闇、漆黒だった。
だけど、俺はさっきまでの言葉を思い出して告げる。
「いや、なれるさ。お前も元々は誰かの心にいたものなら光になれる。そうだ。セレナが言っていたんだよ。悪意と手を取り合いたいと。あの時の俺は出来ないと言ったけど、今なら違う答えを出せる。お前も光になればいい。闇から生まれても光を目指せば光になれるんだ」
――……無駄。どれだけの間“わたし”の中で“ワタシ”が蓄積されたと思っているの。フィーネの魂もベアトリーチェの魂も塗り潰したのよ?
返ってきた声に俺は首を横に振る。
「だからこそじゃないか。あの二人の魂がお前の中に溶け合っているのなら、お前も光になれるさ。諦めるな。信じ抜けば、もがき足掻けば、希望を持ち続ければ、奇跡は起こせるんだ」
――…………闇でも光に、か。
心なしか漆黒が少しだけ淡くなった気がした。闇が、薄れた気がした。
「ああ、そうさ。お前も見ただろう? ウルトラマンティガも、ダークカブトも、仮面ライダーディケイドも、それだけじゃない多くの闇だった存在が光に、ヒーローになれた事を」
――……どうして貴様は私へそんな事を言う? 私を許すのか?
声が純粋に疑問を抱いたようなものへ変わった。
だからだろうか。俺はエルへ接するような声を意識した。
何となく今の悪意は小さな子供のように思えたから。
「許すわけじゃない。だけど、恨む事も憎む事もしたくないんだ。すれば、俺はお前を余計闇に変えてしまう。俺は立派な人間じゃないけど、それでも最低になりたいとは思わない。悪意を抱かないで生きるのは無理だけど、悪意を抱き続けないで生きる事は出来るはずだ。俺は、そうでありたい。憎しみや恨みを持ち続ける事ない人生を歩んで行きたい」
――悪意を抱き続けないで、か……。
「無理だと思うか?」
――……どう、だろうな。貴様達ならあるいは出来るかもしれん。
「ならいっそ見守ってみるか?」
――何?
俺の頭の中にはシェム・ハの事が浮かんでいた。
彼女も最終的には響と未来に人の可能性を感じて見守る事を決めた。
悪意も、いやベアトリーチェだったものも人の中でもう一度世界を見てみればいいと思った。
「俺の中でこの世界を、ギアやら錬金術なんかもない世界を見て、それでも人間が闇を生み出すだけの存在か。それを見てみるといい。その中でお前が力を取り戻していけるのなら、その時はまた好きに動けばいいよ」
――いいのか? 今度こそ全てを滅ぼしてしまうぞ?
「やれるものならどうぞ。ただし、俺達人間は抵抗させてもらう。何度も何度でも立ち向かって阻止してみせるさ」
今回のように。
例え悪意が何度力を取り戻し、何度強大になろうとも。
――…………私を倒さないの?
「和解というか共存出来るのならそうしたいと思う子が最低でも二人はいるからね。それに知ってるかもしれないけど、ヒーローの中には戦っていた相手と最後は手を取り合って平和を掴んだ存在もいる。なら、今回もそう出来ればいいかなと思う」
憎む事も恨む事もしたくない。そんな事はもうこりごりだ。
可能ならいつも笑っていたい。みんなに笑顔でいて欲しいのは俺だって一緒なんだ。
――ふふっ……あははっ……あははははっ! 本当に信じられないわ。ここまで本気でバカげた事を言い切れる人間がいるなんて!
「意外といると思うよ。まぁ悲しいかな多くないのは認めるけど」
急に悪意の雰囲気が変わった。最初の頃はやはりドロドロした感じだったのが、今はどこか無邪気な感じだ。
もしかして、これってベアトリーチェ、なんだろうか? だとすれば最初の方は世界蛇の巫女?
しばらく薄れてきた闇の中に楽しげな少女の笑い声みたいなものが響く。
それはまるで今まで押し込めていた何かを吐き出すかのように続いた。
――あっ、不味いかも。
どれぐらい笑い声を聞いていただろうか。
急に可愛らしい声がそんな事を言い出した。
――うん、やっぱりだわ。“わたし”と“ワタシ”が分離しそう。
「はい?」
どういう意味だ?
――えっと、簡単に言うならわたしは貴方の中で世界や人間を見てみようと思うんだけど、ワタシは復讐を果たす事しか考えられないみたい。
それはつまりどういう事?
――悪意って貴方達が呼んでたものはその純度を高めて、更に今まで他事に使ってた力を自分の強化に使って外へ出ようとしてる。
「なっ!?」
とんでもない事じゃないか! 今まで“戦姫絶唱シンフォギア”を消そうとしていた力を自分の体内へ戻すって事だろ!?
――悪いけどわたしは何も出来ないから。あっ、最後に一つだけ。
「……何だい?」
今慌てても仕方ないと思って出来るだけ落ち着いた声をかける。
すると可愛らしい声が小さく笑った。
――ある意味こうして私が“わたし”を取り戻せたのは貴方達のおかげだから。それだけは感謝するわね。じゃあ幸運を祈るわ、ヒーロー見習いさん。
そこで周囲が一瞬だけ真っ白に光輝き、俺の目の前にクリスの顔が現れたのだった……。
仁志がクリスとのキスを終えて離れた瞬間、彼の持っている依り代が微かに光り、それと同時に漆黒の何かが二人の体から出て行った。
「な、何が起きた?」
「仁志とクリスから悪意が出ていったように見えたけどどういう事よ?」
動揺する翼とマリアだが、声には出さないだけで響達もそれは同様であった。
仁志へクリスが駆け寄ったかと思うと、仁志が突然クリスへキスしたのだから。
その行動が悪意が以前やった行動に近いと思い出して響達は固唾を飲んで見守っていたのだが、そんな最中に悪意が二人の体から出てくるという事態に陥ったのだ。
「あれは……世界蛇のコアを吸収したベアトリーチェじゃないかっ!」
奏の声に響達全員が息を呑んだ。
悪意が最後に取った姿は、あの世界蛇との決戦で追い詰められたベアトリーチェが至ったおぞましいものだった。
「みんな気を付けろっ! あいつの匂いは嫌な匂いじゃない! 吐きそうな匂いだっ!」
ヴェイグの言葉が意味する事に誰もが気付く。
それはこの悪意は今までと大きく異なるのだろうという事だ。
そしてそんな中で仁志はクリスからゆっくりと離れて悪意へと顔を向けた。
「あれが……そういう事なのか」
深層意識の中での会話を思い出して、仁志は今見ているものこそが正真正銘純度100%の悪意だと確信した。
「仁志……」
聞こえた声に仁志は顔を動かすと、そこには潤んだ瞳で自分を見上げるクリスの姿があった。
「クリス、その、大丈夫か?」
「……ああ。えっと、伝わったから、さ。仁志の気持ちも、その想いも」
照れくさそうに、けれど嬉しそうに噛み締めるようにそう告げてクリスはそっと胸を押さえた。それを見た仁志も微笑みを浮かべて小さく頷く。
「仁志さんっ! えっと、だ、大丈夫ですか?」
「響……ああ、大丈夫だよ。悪意の中にいたベアトリーチェを助け出す事も出来たらしい」
「えっ!? ベルちゃん!?」
「詳しい話は後だ。今は……」
静かに仁志は顔を悪意へと向ける。
未だ悪意は身動きせずその場に佇んでいた。
「あいつをどうするかを考えないと」
「仁志、どうするも何も既に依り代は使えないのでしょ? 響はツインドライブにはなれないし私達も現状のまま。それなのに……」
「相手は今までで一番ヤバそうな感じっていうね。ホント、ああしてるのがかえって不気味だよ……」
嫌そうに表情を歪める奏。
見た目のせいで否応なくあの決戦の事を思い出すためだ。
響がミョルニルを制御する事で何とか逆転出来た、あの戦いを。
「それでもやるしかないデスよ」
「うん、ここまできたら目指すのは勝利だけ」
「そうです。諦めない気持ちが不可能を可能にするんですから!」
年少組三人の目はまだ輝きを失っていなかった。
仁志の趣味であるヒーロー物に一番感化されたのが、エルフナインを始めとするあの平屋の四人であったのだ。
「そう、だな。ここまで来て諦める事なんか出来ない。最後の最後まで戦い抜くのみっ!」
「だな。例え依り代が使えないからなんだってんだ。今回の事が起きる前はそれが普通だったんだ。その頃に戻ったと思えばいいだけだぜ」
共に先輩として響達へ指示を出したりしてきた翼とクリス。
その表情を揃って凛々しくし、手にしたアームドギアへ力を込める。
心を折る事が一番不味いと分かっているからだ。
故に心を強くもってみせている切歌達に負けじと凛とした姿を見せた。
「ぼ、僕も戦います! 例え錬金術は使えなくても、出来る事を精一杯やりますからっ!」
「ああっ! 俺達もセレナ達と一緒に戦うぞっ!」
「うん、みんなで戦えばきっと勝てるよ」
エルフナインとヴェイグの言葉に笑みを返して未来は頷く。
彼らは本来であれば装者達を見守る事しか出来なかった。
だが、その身に力を宿され、それを強い心で振るえる様になったのだ。
だからこそ今更戦いから逃げる事も退く事もしないで最後まで戦うのだと、そう決意を示したのだ。
「仁志さん、最後まで一緒に戦ってくれますか?」
そう問いかける響の表情は優しい笑顔だった。
仁志が返す言葉を一瞬忘れる程の、綺麗な微笑みだった。
「……ああ、勿論」
「ありがとうございます。じゃあ、行ってきますっ!」
「気を付けて」
弾かれるように響が、翼が、クリスが、マリアが、切歌が、調が、奏が、セレナが、未来が仁志の前から走り出す。
その背を見つめ、仁志は依り代を握り締めた。
(みんな、死ぬなよ……)
祈るような眼差しを送る仁志。
その視線の先では、響達の接近を感じ取ったのか悪意が体の向きを変えようとしていた。
悪意の周囲に溢れる瘴気はこれまでにない程濃く、通常ギアである響はそれに近付くだけで拒絶反応の如く痛みが走った。
ツインドライブである他の八人でさえも弱くではあるが疲労感を覚える程の瘴気だ。
自然響だけが足を止めてしまうのも無理もないと言えた。
(どうしよう……。何となく無理矢理進んだら大変な事になる気がする……)
本能が危険を察知し足を止める。更にこれまでの経験からもこれは無理をすれば不味いと警報を鳴らしていたのだ。
そんな響の視線の先では瘴気に苦しめられながらも戦おうとする翼達の姿があった。
「はぁっ!」
大上段からの剣による一撃。それを悪意は回避するどころか防ぐ事さえせず、平然とその場で立ち尽くす
「なっ!?」
悪意へその一撃が当たる瞬間、瘴気がアームドギアを包むように動き、腐食したかのように溶かしたのだ。
不味いと察して翼は即座に刃を引いて悪意から距離を取る。
それと入れ替わりに攻めようとしていた切歌と調へ注意を呼びかけながら。
「奴へアームドギアを接近させるなっ! 溶かされるっ!」
「「っ!」」
「ならこいつはどうだっ!」
「神獣鏡ならっ!」
慌てて攻撃を中止し後方へ下がる切歌と調。
それを援護するような形でクリスと未来が射撃を行う。
叩き込まれる弾丸と閃光。それさえも今の悪意は周囲の瘴気で無力化してしまうのだ。
「……マジかよ」
「そんな……」
「それならレゾナンスでっ!」
「包み込んでみせるっ!」
イヴ姉妹の放った花の形をしたバリアが悪意を包む。
その次の瞬間、バリアは音もなく消滅した。
悪意の放つ瘴気に逆に包まれる形となったのだ。
「嘘、でしょ……」
「このギアでもダメなんて……」
「くそっ、どうすりゃいいんだ! 直接攻撃もダメ、間接攻撃もダメ。おまけにこの瘴気に触れてるだけでダメージを受けてるようなもんだ」
「突破口が見つからない……」
「こうなったら絶唱デスっ! 九人での絶唱なら何とかなるはずデスっ!」
切歌の言葉に誰もが苦い顔をした。
現状考えられる限り最大の攻撃である九人での絶唱。
だが、それは裏を返せばそれが通用しなかった場合完全に打つ手なしとなる事を意味する。
「どうするのさ、翼、マリア。あたしは切歌の意見に賛成するよ」
そんな中で奏は即断した。どうせ出来る事が他にないのなら、疲労が強くなる前に絶唱を使うべきだと思ったのである。
「……分かった。私も暁の提案に乗ろう」
「そう、ね。現状出来る最後の切り札を切りましょう」
年長組三人の意見がまとまれば残りの者達の意見が割れるはずもなく、全員瘴気の範囲外へ出て響を中心に手を繋ぎ合った。
「九人での絶唱の負荷は想像以上よ。それでもいい?」
「はい。それしかないならやるしかないですから」
マリアの確認に響は笑みさえ浮かべてそう返した。
そこに、あるヒーローらしさを感じ取り、マリアは一瞬呆気に取られてすぐに苦笑した。
「九人による絶唱のフォニックゲインを一つに束ねて二つのアガートラームで再配分する。セレナ、いいわね?」
「うんっ!」
「よし、やるぞっ!」
未だにその場から歩き出す事さえしない悪意に底知れぬ不安を覚えながらも響達は絶唱を使う。
重なり合う九つの声。それがまったく同じメロディーを唄う。
その悲しくも美しい歌を聞きながら仁志達は固唾を飲んで九人の装者を見守っていた。
そしてその時は来る。解き放たれた絶唱による膨大なフォニックゲイン。
それを響が一つに束ねてマリアとセレナが九人へ再配分する。
凄まじいフォニックゲインを浴びて九人のギアが変化を起こす。
単体でなれるギアの最強形態と思われるエクスドライブだ。
更に彼女達のそれはバーニングエクスドライブと呼ばれる最上位の姿であった。
「これならっ!」
これまで強敵を相手に立ち向かい、必ず勝利を掴み取って来た形態。
その上に当たるバーニングエクスドライブの力強さに響達は表情も凛々しく悪意へと向かっていく。
瘴気を物ともせずに突破し、響がその拳を悪意へと突き当てようと迫る。
「うおおおおっ!」
それを見ても悪意は何もしようとはしない。
ただ無防備なままその身を晒すだけである。
遂に響の拳が悪意へと直撃した。
だが……
「あああああっ!?」
何故か攻撃を当てた響の方が苦しみ出したのだ。
悪意は何もしていない。ただその場で響の拳を体に受け止めているだけだった。
「立花っ!?」
「響さんに何したデスかっ!」
響を助けようと切歌が手にした大鎌を振るい、悪意へと突き当てる。
それさえ悪意は何の反応も見せず佇むのみ。
すると……
「あああああっ!?」
切歌にも響と同じ現状が起きたのである。
まるで恐怖に怯えるかのような表情で苦しみ出し、まったくその場から動けなくなったのだ。
「切ちゃんっ!?」
「響っ!」
「一体どうなってんだ!? 今回はアームドギアが溶かされてないってのにっ!」
慌てて切歌へと駆け寄る調と未来。
それを見て奏は理解出来ないとばかりに叫ぶ。
だが、マリアはそこに疑問を抱いた。
(アームドギアが溶けたのも遠距離攻撃が瘴気によって無力化されたのも、揃って今のようになる前、つまりツインドライブ状態だった。エクスドライブとなった今はアームドギアが溶かされる事はないのに、何故か響も切歌も攻撃しただけで苦しんでいる……?)
何か嫌な予感がする。そう思ったマリアはクリスへと顔を向けた。
「クリス、あいつへ攻撃して」
「は? 言われねーでもそのつもりだけど一体どうした?」
「もしそれが瘴気で無力化されない場合、状況は悪化したとなるのよ」
「……そう言う事か。分かった。もしもの時は頼む」
「ええ。ありがとう」
マリアが漠然と抱いた不安をクリスはそれだけのやり取りで理解した。
響を未来が、切歌を調がそれぞれ悪意から引き離したのを確認し、クリスは大声で叫んだ。
「全員一旦下がれっ! 10秒後に最大火力を叩き込むっ!」
その宣言からきっちり10秒でクリスのギアからありったけの弾丸や光線、ミサイルなどが放たれた。
瘴気の中を貫く様にそれらは一斉に悪意へと殺到する中、マリアとクリスは目を凝らしてその着弾を見守った。
「「っ!?」」
そして同時に確認したのだ。
クリスの攻撃は全て悪意へと着弾した事を。
瘴気による防御は行われなかった。全てを悪意はその身で受け止めたのだった。
「これは……不味い事になったわ」
「マリア、一体何が不味いのだ? たしかに立花と暁の事は不可解ではあるが、攻撃は可能に」
「それが不味いのよ。翼、ツインドライブの時、アームドギアが溶けたと言ったわね。それはどうして?」
「瘴気がアームドギアへまとわりつくかのように動いたためだ」
「なら、その後のクリスと未来の攻撃はどうなったかを覚えてる?」
「……瘴気によって無力化されたな」
「気付かない?」
その一言だけで翼は息を呑んだ。
「エクスドライブとなってからは瘴気で防ぐ事をしていない!?」
「そういう事。おそらくだけど、あの悪意はツインドライブでないとダメージを受けないんじゃないかしら」
悔しげにそう告げてマリアは唇を噛んだ。
何故悪意が絶唱を邪魔しなかったかを察したためだ。
(悪意は私達がツインドライブでなくなる事を望んでいたんだわ。しかもこちらの最後の頼みであるエクスドライブを無力化する事でこの上ない絶望感を与えられると思った)
これまで逆転勝利の代名詞であったエクスドライブ。
それを正面から打ち破る事は自分達の心を折るには十分過ぎる威力を持っている。
マリアはそう考え、怒りと悔しさを握り締めるようにアームドギアへ力を込めた。
「皆さんっ! 大変ですっ! 響さんと切歌さんがっ!」
そこへ聞こえるセレナの悲痛な声に誰もが意識をそちらへ向けた。
するとそこにはギアが解除された響と切歌が倒れていたのだ。
「これは……」
「響っ! 響しっかりしてっ!」
「切ちゃんっ! 目を覚まして切ちゃんっ!」
「一体何があったの!?」
「分からないの! 響さんと切歌さんが苦しまなくなったと思ったら急にギアが……」
「エクスドライブを解除させたというのか……」
「嘘だろ……。こいつでさえ太刀打ち出来ないって言うのかよ……」
漂い始める絶望感。攻撃が通用しないだけでなくエクスドライブを解除させられてしまう。
その事が持つ意味は重い。何せまだ悪意は何もしていないに等しいのだ。
ただその場で立ち尽くすのみであり、攻撃らしきものは何一つとして行っていない。
もし、ここから悪意による攻撃が始まったら。そう思えば恐怖しかないと言えた。
「っ!? 悪意が動くぞっ!」
「「「「「「っ!?」」」」」」
クリスの切羽詰まった声で気を失っている二人を除いた六人が振り向く。
悪意はゆっくりとその場から装者達の方へ歩き出そうとしていた。
一歩一歩着実に迫るそれは、さながら死刑執行のようでもあった。
濃厚な死の匂いや憎悪や怨念のようなものを纏わりつかせながら動く悪意は、死神か冥王と呼んでも構わない程の威圧感と存在感を放っていた。
そのあまりの迫力にセレナや調、未来は足が竦み、マリア達年長組さえもその場から逃げ出したい気持ちが湧き起こる程である。
それは、生物としての本能による危険察知であった。
あれには勝てない。相手しては駄目だ。そういう生命としての根源からの警告だった。
だからだろう。普段であれば何か指示を出すはずの翼もマリアも、奏やクリスさえも判断が遅れた。
退却するべきか応戦するべきか。逃げるのならどこへ逃げるか。戦うのならどうやって。
様々な事が頭を駆け巡るも冷静な判断が出来ない状況では答えは出せない。
そうなれば当然こんな緊迫した時にそれがどういう事に繋がるかは考えるまでもなかった。
「「応戦するぞ(逃げましょう)っ!」」
翼とマリアの声が重なるも、それは正反対の意見だった。
装者達の中で指揮系統を一本化していない事がここにきて裏目に出た瞬間だった。
「逃げると言うがどこへ逃げる!? 立花と暁は気を失っている上依り代が力を失った今、仁志さん達がゲートを安全に渡れる保証はないっ!」
「じゃあどうやってあいつと戦うの!? 直接攻撃すれば二人の二の舞よ! 間接攻撃だって効果はなかった!」
「しかしっ!」
「落ち着けっ!」
「「っ!?」」
奏の怒声が翼とマリアの口を閉じさせた。
更に彼女は怒気を漂わせたまま言葉を続ける。
「ここで討論してる時間はないよ。抗戦か退却か。まずはそれだけを決めないと全滅だ」
「ならあたしは抗戦を選ぶぜ。逃げたって状況は変わらねーし良くなるとも思えねぇ」
「そう……。セレナ達はどうだい?」
クリスの意見に小さく頷き、奏は何も言えないままの三人へ話を振った。
「わ、私は逃げたい……です」
「ん……分かった。未来と調は?」
「私は……戦います。ううん、守ります」
「私もです。それに、切ちゃんをこんな目に遭わせたお返しはしたい」
「翼、マリア、二人の意見は変わらないかい?」
その問いかけに二人は静かに頷いた。
「よし、なら撤退する奴は素早く撤退。戦う奴は徹底抗戦といこうか。有効な攻撃法なんて分からないけど、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるって言うし」
何を気楽な事を、とそう思ったマリアだったが、奏が掻いている汗の量を見てその言葉を言うのを止めた。
尋常ではない量の汗だったのだ。そこから奏も恐怖と戦っているのだと察したのである。
それでも周囲にそれを感じ取らせないように可能な限り平静さを装った奏に、マリアも年長としてあるべき姿を見て自分の心を落ち着ける。
「ね、姉さん……」
「セレナ、やっぱり私も戦う事にするわ。貴方はエル達と一緒にここを離れなさい。依り代を充電出来れば状況を変える事が出来るかもしれない」
一緒に逃げようと言おうとしていたセレナへ、マリアは優しくそう告げてアームドギアを構えた。
それはセレナを突き放すのではなく、彼女の選択もまた意味がある事だと言う後押しであった。
しかし、セレナはその言葉を聞いて何かを思い出したかのような顔をした。
(そうだ……。エルが、ヴェイグさんが、お兄ちゃんがいるんだ。私の背中には、守りたい人達がいる……)
まだ足は震えているし怖いと思う気持ちは消えていない。
けれど、セレナの目はただ怯える事を脱していた。
あの上位世界での日々が彼女に培った強さが戻ってきたのである。
「私も、私も戦うっ!」
「セレナ……」
「エルを、ヴェイグさんを、お兄ちゃんを守るためにっ!」
「……ええっ!」
「ぃよしっ! 全員の気持ちが揃ったところでやるよっ!」
「奏さんっ! 私、唄いますっ! もしかしたらそれで悪意が少し弱るかもしれないですからっ!」
「分かった! 頼むよセレナっ!」
セレナの歌が流れ始める中、奏達は間接攻撃のみで悪意との戦闘を開始する。
それを見つめ、仁志は無力さを噛み締め続けていた。
(くそっ! 依り代が使えないと何も出来ないのは分かってたけど、ここまで自分が情けないと思ったのは初めてだっ!)
バーニングエクスドライブの強さを知っている仁志としては、それを攻撃せず無力化させた悪意には恐怖しか感じない。
だがそれでも心ぐらいは響達と一緒に戦うと決めた事を思い出して、一度として逃げ出す事も目を逸らす事もなくその場に留まっていた。
「兄様、このままでは皆さんが……」
「分かってる。だけど、あれ以上の強さを持ったギアは存在しないんだ」
「じゃあ、あの悪意を止められるギアは……」
「……現状ない、と思う。だけどだからって絶対無敵な存在なんていないんだ。どこかに、どこかに弱点や欠点があるはずだ。それを見つけ出すしかない」
今まで見てきた幾多もの作品で描かれてきた展開。それだけが仁志の心を支えていた。
諦めない限り必ず最後に希望は輝く。奇跡は起きるものではなく起こすもの。
そんな言葉を胸に、仁志は折れそうになる心を必死に奮い立たせる。
「エル! もしもの時はパズルの中に隔離するぞっ!」
「わ、分かりました!」
そんな事が可能なのかとエルフナインはヴェイグへ問いかけなかった。
ヴェイグもそんな事が可能だとは言わなかった。
二人共理解していたのだ。可能かどうかではなく、いざとなればそれをやるしかない事を。
悲壮な雰囲気を漂わせる仁志達の視線の先では、奏達の辛く苦しい戦いが展開されていた。
「翼っ!」
「うんっ!」
「マリアっ!」
「ええっ!」
「「「これならどうだっ!!」」」
ドライディーヴァによる同時攻撃。その三色の光が炎を纏って悪意へと殺到する。
だが、悪意はそれさえも何事もないように歩き続けて無力化してみせた。
「いくぞっ! 息を合わせろっ!」
「うんっ!」
「はいっ!」
「「「いけぇぇぇぇっ!!」」」
クリスの攻撃に合わせて未来と調も悪意へ攻撃する。
押し寄せる回転刃や閃光、ミサイルに光線などを物ともせず、悪意は悠然と歩き続ける。
セレナの歌により多少威圧感による疲労などが軽減してはいたが、それもスズメの涙程の効果しかない。
悪意との距離が縮まる度に奏達の汗は流れる量を増し、その身を苛む疲労は強くなる一方だったのだ。
そんな中でも装者達は諦めず戦い続ける。
ジリジリと追い詰められるように悪意が接近する中、懸命に有効打を与えられないかを探り続けた。
「っ!? 止まった?」
もうこれ以上は下がれないという位置まで来た辺りで悪意の歩みが止まった。
「な、何をするつもりデスか……」
「分からない。でも、嫌な感じはするよ……」
気を失っていた響と切歌もセレナの歌のおかげで何とか立ち上がる事は出来ていたが、ギアを展開しても通常ギアでは悪意と戦う事は危険と判断されたため、仁志達を護衛する事しか出来ない状態となっていた。
「っ!? 匂いが強くなっていくぞっ!」
「ヴェイグさんっ! パズルをっ!」
「よしっ!」
エルフナインの言葉でヴェイグが彼女の中へと消える。
それを合図にエルフナインは両手を前へ突き出すようにし叫ぶ。
「ミレニアムパズル展開っ!」
――ミレニアムパズル展開っ!
一瞬にして悪意の姿が仁志達の前から消える。
その瞬間、空気が少しだけ軽くなったように思ってエルフナイン以外が息を吐いた。
「エル、大丈夫なのか?」
「い、今のところは大丈夫です……っ」
――な、何て負荷だ……っ! 世界蛇どころの騒ぎじゃないぞぉ……っ!
じっとりと脂汗を滲ませて答えるエルフナインに仁志は思わず息を呑んだ。
ファウストローブを展開している今のエルフナインは、悪意と強く結びついた奏相手でさえ汗一つ掻かずにミレニアムパズルを維持してみせた。
そんな彼女が展開して隔離しただけで脂汗を滲ませる。それが意味する事を察したのである。
「エル、」
せめて心だけでも寄り添おうと、そう思って仁志が声をかけようとした瞬間だった。
エルフナインの体からファウストローブが弾き飛ばされて、ヴェイグさえもその体から弾き出されたのは。
誰もが、声を失っていた。
エルフナインとヴェイグを辛うじて仁志が抱き止めるようにして受け止める光景を、誰もがスローモーションのように感じていた。
そんな彼らへ津波かと見間違える程の瘴気が押し寄せたのは仁志が二人を受け止めて倒れた直後だった。
誰も声さえ出せず意識を手放すと同時にギアを失っていき、その場で倒れていく。
圧倒的な死の気配を漂わせ、悪意だけがその場で立ち尽くしていた。
「……終わったか」
初めて悪意が発した声は、これまでとは違うものだった。
これまでは女性的な声色だったのが、まるで合成音声のように男女区別の出来ない声となっていたのだ。
それは悪意の中に溶けていたベアトリーチェの魂が抜けた故の変化。
そして、それ故に今の悪意はそれまでとは行動指針が異なっている。
“装者達に復讐を”から“この世全てに復讐を”となっていたのだ。
そのため、悪意は“戦姫絶唱シンフォギア”を消そうと使っていた力を自身へと戻していた。
アカシックレコードへ干渉していただけの力をその身に宿した事で、今の悪意はバーニングエクスドライブさえも寄せ付けない強さを有していた。
「最初からこうしていれば良かったのだ。無駄に苦しめようと手心を加えるから長引く。恨み憎しみの募る相手の感情などどうでもいい。相手の苦しみも痛みも無駄だ。ただその命脈を絶ってしまえばそれでいい」
それはまるで自身へ言い聞かせているようにも思える独白だった。
事実、これまで悪意を動かしてきたのは仁志が分離させた“わたし”と名乗る部分だったのだ。
悪意を長きに渡りその身に宿していたからこそ、その魂は塗り潰されても大きな影響を与え続けた。
その魂の光を仁志が解き放った事により、悪意は完全に混じり気なしの闇へと変わった。
もう仁志達が苦しむ事にも悩む事にも興味はなく、ただその命を奪う事のみしか興味などない存在へと。
「だが、我も学習というものをした。人間とは体があると命脈を絶ったとしても迷って甦る事があるらしい。故にその体も跡形なく消し去るとしよう」
仁志の記憶から知った幾多もの闇の敗北。
その中には勝利目前までいっていながら慢心や油断などで逆転を許す事が多々あったのだ。
悪意の両手へ集束していく漆黒の波動。
その場に漂う瘴気を全てそこへ凝縮しているのだ。
未だに誰一人として立ち上がる事も意識を取り戻す事もない仁志達へ、悪意は容赦なくその力を放つだろう。
「これでも十分だろうが、念には念をという言葉もあるらしい。何が起ころうとも防げぬ程までにこの力を高めてくれよう」
その言葉と同時にゆっくりと浮かび上がる悪意。
そのまま悪意は倒れている仁志達を見下ろせる高さまで上昇すると、しばしその場で滞空したかと思うや、両手に集まった凝縮された闇を呆気なく下へと落とした。
まるで線香花火の最後のように、これ以上は凝縮出来ないとなった瘴気が闇となって落下したのだ。
「これが復讐の始まりだ……」
悪意の勝利宣言と共に闇は仁志達へと迫る。
それは、悪意による全平行世界の破滅の狼煙になるだろうと、誰もが思うような光景だった……。
何だ……? 俺は……どうなった?
たしかエルの体を何とか受け止めて、そのまま津波みたいに闇が迫ってきた事だけは覚えてるけど……。
ゆっくり目を開ければ、そこは光の中とでもいうべき真っ白な空間だった。
「……は?」
で、何故か俺の目の前にはぼんやりとではあるが何かのラインが見えた。
半透明で水色、が一番近いんだろうか? そんなような色合いの存在がいる事は分かる。
というか、俺、どこかでこれと似たような光景を見た事ある気がするんだけどなぁ……。
「あの、もしかして依り代の力は貴方の力?」
こちらの問いかけに反応せず、半透明な存在はおそらく俺を見つめていた。
どうしたもんだろうと思っていると、不意に頭の中に声が聞こえた。
――一つにせよ。
一体何をと、そう思う間もなく半透明の存在は消えて周囲の空間も弾けるように消えていく。
その光に包まれながら俺は聞こえた言葉を反芻した。
一つにせよとは一体何の事を言ってるのか。
もし依り代の事だとしても別にバラバラにはなってないぞ。
……っ!? そういう事か?!
ある仮説が思い浮かんだ時には目の前に倒れている響の姿が見えた。
そして俺の腕の中にはエルとヴェイグがいる。まずは無事だった事を喜び、すぐに俺は周囲を確認する。
「いない……?」
悪意の姿がない事に疑問を覚えたが、今はそんな事よりも大事な事がある。
「一か八かだ……」
手の中に握り締めた依り代を見つめ、俺はエルとヴェイグの体をそっと地面へ下ろすと近くにいた響のギアペンダントへ依り代をくっつけてみた。
「どうだ?」
すると、響のギアペンダントから何か光のような物が依り代へとくっついたのだ。
「……やっぱそういう事なんだな」
一つにせよとは依り代の欠片の事らしい。
俺の世界での活動に当たり依り代なしじゃ身動きが取れないみんなのためにと、エルが依り代の四隅を砕いてその破片を響達のギアペンダントへ組み込んでいた。
要するに今まで依り代は不完全な状態だったんだ。
それを元々の姿へ戻すために欠片を全部回収しろとあの存在は伝えたかったんだろう。
こうして俺は何とか全員のギアペンダントへ依り代をくっつけて欠片を回収し終えた。
でも、何か起こる気配はない。
「バッテリーが残ってないからだろうか……」
ここにきてあまりにもな原因に俺は天を仰いだ。
「っ!?」
そこで見たのだ。こっちを見下ろすように浮かんでいる悪意の姿と、その両手にある巨大な闇の球のようなものを。
「不味いっ!」
とはいえ俺の力じゃ咄嗟に運び出せるのはエルとヴェイグが精々だ。
しかも、おそらく逃げ切る事は出来ない。
だけど見た感じみんなを起こして逃げられるだけの時間もない!
「っ!?」
そう思ってる間に悪意の両手から闇の光球が放たれた。
それはまるで黒い太陽のように俺達へ向かって落ちてくる。
「今の俺に出来る、最大限の事を……っ!」
その場に何とか立ち上がり、俺は落下してくる闇の光球を見上げる。
「少しでもみんなが助かる可能性を上げられるなら、やってみる価値はあるっ!」
両腕を広げて俺は出来る可能性のないだろう事をしようとしていた。
そう、落ちてくる闇の光球を受け止める。それが俺に今出来る最大の事だ。
受け止められるとは思っていないし、下手をすれば触った瞬間死ぬかもしれない。
それでも、もしかしたらがある。万に、いや億や兆に一つの奇跡が起こせるかもしれないんだ。
そう思っていても足が震える。歯が鳴る。体は竦んで心が弱る。
「っ! 闇が怖くてどうするっ! アイツが怖くてどうするっ!」
歌を唄った。今の俺にピッタリな歌を。
ゆっくりと近付いてくる闇へ負けるかとばかりに大きな声で。
音程も何もあったもんじゃないかもしれない。それでも、それでも今は歌の力を借りないと戦えないと思った。
傷付く事を恐れたら世界は闇の魔の手に沈む。
俺は本物のヒーローじゃないけれど、そんな力はないけれど、それでも魂ぐらい、魂ぐらいは本物らしくありたいっ!
「男ならぁっ! 誰かのために強くなれっ! 歯を食いしばって精一杯守り抜けっ!」
叫ぶ。弱気になりそうな自分へ喝を入れるために。
きっとみんなは俺のやろうとしてる事を知ったら止めてくれと言うだろう。
けど、命には賭け時ってものがある。なら、俺は今がその時だ。
好きな人達を少しでも守れるのなら、例え自己満足に過ぎないとしても俺はこの身を捧げよう。
この命を差し出してみんなの夢を守る事は出来ないかもしれないけど、やってみなくちゃ分からないっ!
「ただそれだけっ! 出来ればっ! 英雄さぁぁぁぁぁぁっ!」
目を見開いて俺は闇の光球を受け止める。
「があああああっ!?」
悪意に巣食われていた頃に依り代使用で受けた痛みなど比べ物にならない激痛が走った。
声を出せるだけマシなのかもしれないがそれだけだ。
頭の中には呪詛のように同じ言葉が聞こえてくる。
――死ね。
体を襲う激痛と頭を襲う呪詛や怨念。正直耐え切れないと思った。
体のあちこちから血が噴き出てきたし、全身が悲鳴を上げている。
きっと、昔の俺ならとうに折れてた。諦めてた。
それでも俺はあの言葉を支えに辛うじてその場に踏ん張った。
「生きるのを諦めるなっ!!」
悪意に飲まれて、屈してなるものかっ! 力で戦えないなら心で戦ってみせるんだよっ!
俺の魂なんかすぐ塗り潰されるかもしれないけど少しでも抗ってやるんだっ!
「知ってるかっ! 光は闇を消し去る事が出来るが闇は光を隠す事しか出来ないんだっ! 何故ならっ! 光は闇の中から生まれるからだっ! これまでも! そしてこれからもそれは変わらないっ! 変わってたまるかああああっ!」
そう叫んだ瞬間、手にした依り代が輝いた。
直後、眩い光が闇を飲み込み、そのまま俺達までも飲み込んでいく。
それはほんの一瞬の出来事だった。
気付いた時にはもう闇の光球は消えていて、俺はボロボロではあったけど五体満足なままでその場に立ち尽くしていたのだ。
と、そこへ久々の音が聞こえた。
もう聞こえないはずの通知音だ。
依り代の画面を見てみれば、そこには何故かゲーム画面が表示されていて、お知らせをタップすればたった一文だけ表示される。
――ステータスが更新されました。
よく分からないが、どうやら奇跡を起こす事に成功したらしい。
慌ててステータスをタップすると特に変化はない。
だが、そんなはずはないと思って俺は触れるところを全てタップする事にした。
個人のアイコンは反応なし。ツインドライブは今更なのでスルー。そうなると残りはゲージ部分。
「ただ、これはゲージの拡大なんだよな」
それでも一応タップすると、予想通りゲージが拡大される。
「……ん?」
しかし、俺は気付いた。ゲージの色が拡大前と違って虹色に変わっている事に。
どういう事だと再度タップすると、拡大が通常状態へ戻ってしまった。
だけど、ゲージの色は虹色のまま。
「もしかして……」
残る八人のゲージも拡大してはタップするを繰り返していく。
程なくして九人全員のゲージを虹色へと変化させられた。
「えっ!?」
するとツインドライブのアイコンが変化し、何故か周囲が虹色で縁取りされたのだ。
「よく分からないけど、ツインドライブプラスって事でいいのか?」
ツインドライブギア自体が強化されたのかもしれない。
依り代の欠片が無くなったはずなのに効果があるのかと思うけど、今は考えられる余裕がないのも事実だ。
何せ悪意の奴がまた上空で両手に闇を集めてるんだ。今度あれを使われたらさすがにどうしようもない。
「みんな頼むっ! 起きてくれっ!」
そう祈るように叫んで、俺は九つのツインドライブアイコンをタップしていく。
それが終わると俺の周囲には九つの光の柱が出来ていた。
それぞれのイメージカラーの光の柱。見てるだけで安心感が湧いてくるような、強くも優しい光の数々だ。
そこへ再び放たれる闇の光球。その大きさはさっきよりもでかい。
なのに、どうしてだろうか。まったく不安も恐怖もないのは。
何となくだけど、もう大丈夫と心から思える何かが今の俺にはある。
「……行ってらっしゃい」
「「「「「「「「「行ってきます(デス)」」」」」」」」」
光の柱の中からこっちを見ているだろう彼女達へそう声をかけて送り出すと、九つの優しい声が返ってきた。
その光の柱は光の球となってそのまま闇の光球へと向かっていく。
そしてそのまま闇を貫いてみせた。
きっと悪意も驚いた事だろう。あの状況からどうやってと、そう思って。
「兄様……あれは?」
「セレナ達、なのか?」
「エル、ヴェイグも……」
意識を取り戻した二人へ声をかけ、俺はまずはヴェイグを持ち上げるとエルへと渡して、そこからエルの体をそっと抱き抱える。
「一体何が起きたんだ?」
「奇跡、だよ。そして、それは今もまだ続いてる」
「奇跡、ですか?」
「ああ。求めよ、さらば与えられんってとこさ」
優しくエルの頭を撫でて俺は空を見上げた。
そこに輝く九つの光を頼もしく、そして嬉しく思いながら。
「エル、ヴェイグ、最後まで見届けようか。俺達の希望の光を」
悪意は状況が理解出来ていなかった。
自身が唯一弱点としている“愛”と呼ばれる力を注がれる事がないように具現化し、それに類する力は瘴気によって完全遮断した。
更にその類する力を与えていた端末はその力を失い沈黙した事を確認している。
最早自身に敵はいない。そう確信していたのだ。
先程までは。
「どういう事だ? 何故まだ生きている?」
悪意は目の前に並ぶ九つの光の球へ疑問を投げかける。
そう、悪意には分かっていたのだ。それが正面から打ち破ったはずのシンフォギア装者達である事を。
「歌が、聞こえたんだ」
「歌?」
「そうだ。歌だ。心からの想いを叫ぶような、魂を揺さぶる歌だ」
「ピッチも何もあったもんじゃねーけど、それでもあたしらの心に響く歌だった」
「……理解出来ぬ」
「そうだと思いました。だからこそ、悪意なんデスね」
「悲しいね。歌がどういうものか分からないなんて……」
「別に構わぬ。我に歌など不要」
「なら、その不要と思うものに貴方は負けるのよ」
「そうさ。実際あんたは愛も分からないんだろ?」
「あい……我を滅ぼすもの」
「違う。愛は滅ぼす力なんかじゃありません」
「愛はね、強さなんだよ。優しさなんだ。心の光なんだから」
「そんなものがあるから人は苦しみ、傷付く。我を生み出す原因だ」
その言葉に九つの光の球が弾けた。
――違うっ! 心の光があるから人は生きていける(んデス)っ!
悪意の前に姿を見せたのは純白のギアインナー姿の響達。
その周囲には黄金の光がバリアのように展開されている。
ラピス・フィロソフィカスの輝きと同質の、だがそれ以上に強い聖なる光だ。
「目障りな……消えろ」
悪意の手から放たれる漆黒の波動。
そのおびただしい濃度の瘴気を響達の周囲のバリアは平然と受け止め、彼女達は凛々しさを失わぬまま正面を見つめていた。
「……何?」
「今の私達はもう闇に負けません」
「この身を包む光こそお前が自分を滅ぼすと言った愛で出来ている」
「そういうこった。これは、ただのツインドライブじゃねぇ」
「私達を想い、支えてくれた人の強い心。それが私達にこの光をくれた」
「たった一人でアタシ達のために頑張ってくれた、とっても大切な人の光デス」
「私達はずっと愛ではなく恋をしてきた。だから貴方に付け入られた」
「だけど、そんなあたし達をあの人は本気で心配して助け出してくれた」
「ギアもないのに、自分に出来る事をってそう思って」
「そんな人だから、私達も同じ想いを返したい」
ゆっくりと純白のギアインナーへ鎧のようにギアが装着されていく。
純白で出来たそれらは、形状だけならエクスドライブだった。
だが、一か所だけ大きく異なる点がある。
それは、首元のマイクユニット。その中央のギアペンダントでもある部分に小さな窪みのようなものがあったのだ。
依り代の欠片が埋め込まれていた箇所である。そこだけが寂しそうに穴として存在していた。
「くだらぬ……。無限の闇に沈み、
そこへ聞こえてくる音楽があった。
静かに、まるで胎動のようなその旋律に悪意が訝しむように目の前を見つめる。
その音楽は目の前の九人から聞こえていたからだ。
「何だ、それは」
「音楽だよ。これは、歌の前奏かな?」
「前奏?」
「うん。多分だけど……」
そこで響達全員は視線を下へ、正確には斜め後方へ向ける。
そこには依り代を片手に自分達を見上げる仁志と、彼の腕の中から顔を上げるエルフナインとヴェイグがいた。
「あの人が、流してくれてるんだと思う」
「何のためだ?」
「きっと、貴方を止めるため」
「我を止める……?」
その瞬間、音楽が一変した。
激しいサウンドが流れ、歌の始まりを告げるようなものへとなったのだ。
――Listen to my song……。
聞こえた歌声に響達は小さく笑みを浮かべて頷き合った。
伝わってきたのだ。仁志の想いが、考えが。
その彼らしいものに九人の装者は最初で最後だろう行動を始めた。
「繋ぐこの手がアームドギアっ! ガングニールの装者、響っ!」
「蒼の一閃、全てを斬り裂くっ! 天羽々斬の装者、翼っ!」
「真紅の弾丸、闇を撃つっ! イチイバルの装者、クリスっ!」
「魂を刈り取る深緑の鎌っ! イガリマの装者、切歌っ!」
「絶望を薙ぎ払う回転刃っ! シュルシャガナの装者、調っ!」
「全てを守る慈愛の白銀っ! アガートラームの装者、マリアっ!」
「貫き穿つ緋色の衝撃っ! ガングニールの装者、奏っ!」
「優しく包む癒しの白銀っ! アガートラームの装者、セレナっ!」
「支え護る神秘の鏡っ! 神獣鏡の装者、未来っ!」
それぞれが名乗りを上げると、その開いていた穴にそれぞれのアウフヴァッヘン波形が浮かび上がり、穴が塞がれると同時にヘッドセットが展開され、完全にギアが展開し終える。
「「「「「「「「「希望を紡ぐ光のシンフォニーっ!」」」」」」」」」
「っ!?」
放たれた言葉の迫力に悪意が僅かではあるが怯む。
邪悪を見逃さないという迫力のようなものをその声から感じたのだ。
怯んだ悪意へ戦姫達は凛々しさを輝きに変えて告げる。
「「「「「「「「「戦姫絶唱っ! シンフォギアっ!!」」」」」」」」」
九つの声が重なり合い、その身を包むギアの色を一瞬にしてそれぞれのイメージカラーへと染め上げる。
縁取りに金色を施されたそれこそ“エクスドライブギアツインドライブ”。
またの名を“
その名乗りを聞いて悪意は怯み、仁志達は目を輝かせた。
「本当にヒーローだな……」
「はいっ! スーパー戦隊みたいですっ!」
「見てるこっちまで気分が高揚するぞっ!」
「ああ、そうだな」
悪意による瘴気と共に絶望感さえも吹き飛ばした九人の装者を見つめ、仁志は小さく呟く。
「あとは頼んだぞ、シンフォギア」
決戦の幕開けを告げたのは防人を自任する彼女の一撃だった。
「先陣を切らせてもらうっ! 行けっ!」
放たれた一閃は“蒼迅ノ一閃”。
天羽々斬と天叢雲剣が融合したアームドギアによるそれが悪意へと向かう。
「無駄だ……」
瘴気を展開し翼の一撃を防ぐ悪意だったが、これまであらゆる攻撃を無力化してきた防壁をあっさりとその一撃は斬り裂いてみせた。
「何? 馬鹿な……っ」
「無駄なものなどこの世にはない。あるとすれば、それはお前がその価値や意味を見いだせないだけの事」
更に悪意へと届いた一撃は見事にダメージを与える事に成功した。
心の光を宿したギアが放つ攻撃は全て悪意に対して特効となるためだ。
「翼に続くよっ!」
「おうよっ!」
クリスのギアと奏のギアが合体して巨大な飛行要塞となる。
しかもその先端には槍がドリルのように装着されていた。
実弾、光学、あらゆる射撃攻撃を前方へ集中させながら突撃していく二人。
瘴気による防壁などありはしないとばかりに突破し、そのまま先端の回転衝角と化した槍で悪意を貫いて駆け抜ける。
その名は“Meteor∞Light”だ。
「こ、こんなはずは……」
「チャンスデスっ!」
「行こう切ちゃんっ!」
体勢を崩した悪意へ切歌と調が互いのアームドギアを重ね合わせると投擲した。
二つの刃は空中で交じり合い、高速回転する大鎌状の刃となって悪意を守る瘴気をズタズタに切り裂いていく。
最後には上空へと舞い上がり分離すると、そこで待ち構えていた切歌と調の足元へイガリマの鎌が、背中にシュルシャガナの回転刃が装着される。
背中で回転を始める鋸は風を動かして推進力を生み出し、足元の鎌は鋭い棘のようになって攻撃力を増加させた。
「「ダブルキックッ!!」
「がはっ……」
炸裂するのは“双
腹部に孔を穿つような一撃が悪意を襲い、大きくその体を震わせたのだ。
「致し方ない。ここは一度守りに入るか……」
ここで悪意もやられてばかりはいないと周囲へ濃厚な瘴気を噴出させた。
それはシンフォギアからの守りであると同時に自身の回復も兼ねている行為だった。
「そうはさせませんっ!」
「どんなに濃い瘴気だろうともっ!」
「私達が祓って見せるっ!」
セレナとマリアが互いに大きさの異なる三角形のバリアを未来の前へ出現させる。
それを見て未来が集束した凶祓いの光線を発射した。
光線は二枚のバリアをレンズ代わりにして更にその集束率を上げ、レーザーとなったそれは瘴気へと照射されて悪意へも届く。
「ぐっ! あ、有り得ぬ……っ! 有り得ぬぞ……」
その“聖光~Holy Bless~”により悪意の回復は阻止され、また同時に瘴気も綺麗に浄化されたのだ。
瘴気の守りを完全に失い、体にもダメージを受けても悪意はまだ健在だった。
だがそれはあくまでも見かけだけの話だ。
実際にはこれまでの攻撃によるダメージはしっかり蓄積されており、回復をしようと放出した瘴気を失った事で一気に消耗していたのである。
「こ、このままでは……滅ぶ。なのに、何故我はそれを恐れていない……?」
エクスドライブギアツインドライブの攻撃は全て心の光を宿している。
それはいわば愛の力。悪意を唯一倒せる力に満ちていた。
闇であるはずの純粋な悪意。それを照らし続けるシンフォギア達の光は、ゆっくりと暗闇しかないはずの漆黒の悪意を綺麗にし始めていたのだ。
「私も行きますっ!」
そして最後の一人である響が拳を握り締め悪意へと迫った。
加速しながら拳へ輝きが宿っていく。それは太陽は太陽でも日の出の光。
夜明けを告げるその輝きを宿した拳が悪意の腹部を捉え、そのまま突き進む。
「チェストォォォォォッ!」
発声と共に拳を突き出して悪意をライブ会場の壁へと叩き付ける響。
名付けるのなら“我流・昇光正拳”だろう。
「あぁ……我の中に、光が満ちる……満ちていく……」
「これは……」
体のあちこちに亀裂が走り、そこから瘴気だけではなく光さえ漏れ出す悪意に響は言葉を失う。
一体何が起きているのか理解出来ない響の周囲へ翼達が合流する。
「立花、どうした?」
「あの、これを見てください」
響が体をどかすと翼達の目に入ってきたのは体中から瘴気と共に光が漏れ出している悪意だった。
「これは……どういう事だ?」
「分からないわ。でも、もしかしたら私達の光で悪意の中の瘴気が浄化され始めてる?」
「それって悪意をキレイにしてあげられるって事?」
「多分そうなるね。でも、まだ完全って訳じゃないらしい」
奏の言葉通り悪意の体から生じている亀裂は光と瘴気を同時に噴き出している。
あれが光だけになれば悪意を綺麗に浄化してやれるかもしれないと、そう誰もが思った。
「なら、もっと攻撃すればいいんじゃないデスか?」
「切歌ちゃん、こんな状態の悪意でも遠慮なく攻撃出来る?」
「私は出来ないから切ちゃんだけでやってね」
「デデッ!? あ、アタシだって気が引けるデスよ!」
「となると、だ。残された手立ては一つしかねーだろ」
そのクリスの言い方でその場の全員が瞬時に理解し、誰ともなく笑みを浮かべた。
すると聞こえていた音楽が止まり、別の音楽が流れ始める。
その音楽を聞いた瞬間、翼と奏が小さく驚き、微笑みを見せた。
響や未来、クリスはそれが何の曲か察して笑みを浮かべる。
切歌と調などは嬉しそうに顔を見合わせていた。
マリアは小首を傾げるセレナへそれが何の曲かを教える。
全員のギアが金色へとゆっくり染まっていき、黄金のギアへと変える。
そしてその状態で唄われる歌は“虹色のフリューゲル”や“未来へのフリューゲル”に続く“
「初めて聞く歌です……」
「依り代にも入ってないな……」
「そりゃそうだよ。何せこれは、神様も知らないヒカリから生まれる胸の歌なんだから……」
空から聞こえてくる九つの歌声に耳を傾けながら仁志は笑みを浮かべる。
(倒すのではなく浄化する、綺麗にするという決着を望んだみんなが起こした奇跡、なんだろうな)
天高く響く九つの旋律。その調べと音色に包まれ、悪意は不思議な感覚を味わっていた。
「これは……何だ? 我が……滅ぶというのに……恐怖はなく……むしろ温かさを感じる……」
「これが歌だよ」
「これが、歌……」
「そう。ほら、貴方も一緒に唄お?」
「うたう……?」
未来の言葉の意図が理解出来ない悪意だが、そんな彼へクリスがサビの出だしを軽く唄って聞かせると、最後に小さく笑みを見せた。
「ほら、今みたいに口に出すんだよ」
「やってみて? きっと出来るはずだから」
そう言ってセレナは悪意の手を取った。
それが切っ掛けになったのだろう。悪意はたどたどしくも唄い始めたのだ。
既に音楽は止まり、そこには悪意の合成音声のような歌声だけが響く。
「よし、そのまま唄い続けな。あたし達もそれに合わせるから」
「ええ。ゆっくりでいいから」
奏とマリアに小さく頷き、悪意は初めて歌を唄う子供のようにサビだけを唄い続ける。
「お~、だんだん上手になってる気がするデスよ」
「ホント。その調子で頑張って」
切歌と調へも小さく頷き、悪意は歌を唄い続ける。
その声は次第に女性の声へと変わっていく。
そしてその声がはっきりとしたものへ変わり切った時、誰もが軽い驚きを浮かべる事となる。
「これは……フィーネの声か」
翼の言った通り、今の悪意が発している歌声はフィーネのものであった。
その歌声に響達は笑みを浮かべて歌声を重ねる。
十の声が重なり、旋律となって空へ響いて消える。
「……不思議だ。我は闇のはずなのに光で満ちている」
「光と闇は表裏一体なんだって。だから貴方も光になってもおかしくないよ」
もう悪意の亀裂からは光しか漏れ出ていなかった。
それに伴いその体もゆっくりとではあるが消滅していっている。
既に下半身は消え、上半身も後は肩から上しか残っていなかったのだ。
「そうか……我も光になれるのか……」
噛み締めるような言い方で悪意は呟くと空を見上げた。
色が抜け落ちている空だが、響達九人がいるおかげでそこだけは色鮮やかな空となっている。
それを見つめ、悪意は、世界蛇の巫女の残滓は安堵するようにこう告げた。
――見事な空だ。これが綺麗という事か。ああ、成程たしかに無駄なものなどない。我はやっと価値や意味を見出せたようだ……。
満足そうにそう告げ、悪意と呼ばれた存在は歌を口ずさみながら静かに消滅していく。
キラキラと輝く、光の粒子となりながら……。
悪意のクリスを使った最後の足掻きが只野に阻止されたのは、彼が本編中に思っていたようにただクリスの心を何とかして癒そうと思っていたためです。
要は今回の不意打ちは最初から失敗が約束されていました。
そしてアナザーを読んで頂いた方は気付いたかもしれませんが、全員での名乗り口上があちらと違うのは状況などが異なるためです。
向こうは響達が「希望を繋ぐ」存在で、こちらでは「希望を紡ぐ」存在だからです。