シンフォギアの消えた世界で 作:現実の夢想者
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「「お先に失礼します(!)」」
「はい、お疲れ様」
オーナーへ挨拶し響とクリスはスタッフルームという名の事務所を出る。午後十時を過ぎても店内はそれなりの客がいて、そんな中でも仁志は平然と業務をこなしていた。
「只野さん、お先に失礼します!」
「お疲れ様。忘れ物はない?」
「はい!」
「おう」
仁志の確認に響がビニール袋を、クリスがスマホを見せる。それに仁志も頷いて笑みを返した。
「じゃあ気を付けて帰ってね」
「はい」
「じゃあな」
これから深夜勤務へと入る仁志へ手を振り二人は店を出た。
外の空気は春が近いとはいえ昨日と変わらぬ冷たさであるが、何故か昨日よりもそれが強いように彼女達は感じていた。
(ううっ、何だか寒いや。どうして?)
(何か昨日よりも風が強くねーか?)
そこで二人は同時に気付く。昨日は自分達を守るようにいた存在がいないからだと。
((只野さん(あいつ)がいないからか……))
密かに風よけとしても動いていた事を察して二人は一度だけ店へ振り返る。そのガラス越しに見えるレジ応対している仁志の姿に、彼女達は小さく息を吐いた。
「……帰るぞ」
「……うん」
これから早朝六時まで彼は仕事をしなければならない。いくら待ってもそこまで仁志は解放されないのだ。
そう思ってクリスは歩き出す。響も返事はするものの、その場から動こうとはしなかった。
「おい」
「……すぐ行くから」
寂しげな眼差しを向け続ける響を見て、クリスは色々と考えて言葉では動かすのが面倒だと判断した。
なので、恥ずかしさが強くはあるが思い切って空いている方の響の手を掴んだ。
「え……?」
「いいから帰るぞ。変な噂を立てられたら困るのはあっちだ」
軽く引っ張るように響の手を掴んで歩き出すクリス。そんな彼女の行動に理解が追いつかない響だったが、ゆっくりとその行動を理解し嬉しそうに笑みを浮かべてしっかりと手を握り返した。
「うんっ!」
昨日と違い今日の二人の食事は小休憩時に食べた廃棄のパンだった。コンビニでの廃棄期限は物によって異なるのだが、期限切れで廃棄になるのではなく多少猶予があってそうする事が常である。
よってその日に食べるだけなら問題はないと言える。ただし、仁志の店はオーナーの厚意で許可されているだけであり、しかも本来であれば持ち出しは禁止となっていた。
仁志は勤務年数が長い事とオーナーの信頼も厚いために密かに特別扱いされているのである。
ただ、大食らいではないクリスはともかく、響は休憩時の量では若干の物足りなさを覚えていた。そこで彼女の食欲をよく知る仁志は中華まんの廃棄を彼女へ回して後でクリスと食べるようにと持たせていた。
勿論それもオーナーへ許可を取っている。こういうところに彼が店長扱いと言われる部分があった。
そうして二人は仁志の部屋へと戻り、預かっている鍵で中へと入ると中華まんを食べ始めた。若干冷えているものの、また仄かに温かいそれに二人は笑みを浮かべた。
「ピザまん美味し~」
「カレーまんも中々だな。あまり食う事なかったけどこれを機会に食べてもいいぞ」
「それにしても、ホットスナックって売れるものと売れないものが分かり易いね」
「まったくだぜ。あれじゃ捨てるために揚げてるようなもんだ」
「中華まんもだよ。肉まんは多くても売れてるけどピザまんとかは全然……」
「あたしも売った事あるの肉まんとあんまんだけだな。ま、おかげで今食えてる訳だけど」
二日目の勤務で既に二人はコンビニバイトならではの疑問や不満を抱き始めていた。
今まで彼女達は装者という立場でしか仕事をしてこなかった。それは少しの油断やミスも禁物の世界。
故に関わる者達は良い意味での緊張感や使命感を持って事にあたっていた。そこに怠慢や手抜かりなどなかったのである。
それとは真逆の世界がコンビニと言ってもいいだろう。ある程度であれば手を抜いてもいいと思う者達が基本であり、例え何かミスをしても謝れば何とかなると思っているのだから。
つまり、二人からすれば普通のコンビニの裏側は見るに堪えない部分が多かったのだ。
「商品の補充とか、したくても中々出来ないし」
「深夜と昼間は出来るらしいけど……なぁ」
「只野さんが言ってた事はこういう意味だったんだね」
今日バイトへ向かう前に二人へ仁志はこう忠告していたのだ。
――今日は少し周囲や色んな事に意識を向けられるだろうけど、あまり厳しい目で見ないでくれ。
仁志は長くコンビニで働く故に、これまで立派な人々に支えられて働いてきた二人がどう思うかを読んでいたのだ。
バイトなど手を抜いてもと思う者や他の時間帯がやればいいと思う者がいるのが普通だと知っていたからである。
「さてと、食べ終わった事だし……」
「汗流しに行こうっ!」
二人は立ち上がってシャワーセットを手にすると再び部屋を出て鍵を閉める。
向かう先は歩いて十分ほどのネットカフェ。そこでシャワーを借りて汗を流すのだ。
仁志との共同生活三日目。バイトは順調であり、就寝時も特に問題はなかった。ただ、そこには仁志の多少行き過ぎた気遣いもあったが。
「それにしても昨日は驚いたよねぇ」
「だな。まさかあいつがあんな事言ってくるとはなぁ」
「うん。俺の手を縛ってくれ、だもん」
そう、仁志は寝る前の二人へタオルを出してそう頼んだのだ。これなら自分が変な気を起こしても碌な事が出来ないからと。
響もクリスもそこまでしなくてもと言ったのだが、仁志は信頼してくれているからこそして欲しいと頼んだ。なのでクリスが仕方なく彼の両腕を結び、三人は眠りに就いたと言う訳だった。
「跡、残らなくて良かったね」
「正確にはバイトまでに消えて良かった、だな」
「あ、あはは……朝はくっきりだったっけ」
「ああ。で、問題は明日だろ」
「え?」
「あいつが朝の六時でバイト終わって戻ってくるだろ? その時あたしらはきっと寝てる」
「だ、大丈夫だよ。只野さん、変な事しないって」
「あたしも信じてるけどな。でも、疲れてる時ってのは、人間信じられないミスをやらかすもんだ。あいつだってあたしらへ変な事を」
「そんな事ないよっ! 只野さんはそんな人じゃないっ!」
クリスの言いたい事を察して響は思わず大きな声を出した。
それにクリスは目を見開いて驚きを露わにする。
その顔を見て響も我に返り慌てて頭を下げた。
「ご、ごめん!」
「いや、いい。たしかに今のはあたしも軽率だった。でもな、あいつもあたしらと一緒にあの部屋で暮らすって事の意味を分かってるからあんな事言ったんだ。なら、こっちも信頼しているからこその警戒心を無くしちゃならねーと思う」
「信頼してるから警戒するの?」
「要はあいつがこっちへ変な気を起こす切っ掛けを与えないでやるって事だ。あたしらがあいつを信じて色々と気ぃ抜いてみろ。それって、考え方変えたら誘ってるって事だろうが」
クリスの言葉に響は普段自分が未来といる時を思い浮かべ、そこにいるのが同性の未来ではなく仁志だったらと仮定し、その顔を真っ赤にした。
「そ、そうかもしれない……」
「だろ? だからあたしらも警戒するんだ。あいつが自分の望まねー事をしなくて済むように、な」
「うん」
クリスの言いたい事を理解し響は笑顔で頷く。クリスはクリスなりに仁志の事を考えていると分かったのだ。
やがて二人はネットカフェへ到着すると店内へ入って受付でシャワー利用を告げる。料金を支払い二人はシャワーへと向かう。
一日の汗を流し外へ出た二人を夜の寒風が襲う。身を縮め、二人は目を細めた。
「ううっ、やっぱりシャワーじゃ体が温まらないね」
「だな。でも、仕方ねぇ。風呂じゃ一回で五百円だ」
「うん、二人で千円は……」
「世知辛い話だぜ。あっちじゃこんな話した事ないってのに」
「私は意外とあったり……」
「お前は無駄遣いが多いんだっての」
隣り合って歩く姿はどこから見ても仲の良い友人。
ただその髪には南国風の飾りを付けていて、その顔は多少赤みを帯びている。
「……クリスちゃん、私さ、今までそんなに裕福な暮らしをしてないって思ってたんだけど」
「ああ」
「……十分裕福だったってここに来てから実感してる」
「奇遇だな。あたしもだ。てか、あたしの場合は今の暮らしってのはやっぱり恵まれてたって痛感したぜ」
二人はそう言って視線を相手の髪飾りへ向けた。それが意味する事を思い出し、二人は苦笑する。
実は、昨夜シャワーを浴びに行く事で浮かび上がった問題点を解消するための手段として、今の二人はある意味技術の無駄遣いをしていたのだ。
「まさかギアをこんな風に使う日が来るなんて……」
「逆転の発想だったよな」
そう、今の二人はギアを展開していた。それも水着ギアである。その上から服を着て歩いているのだ。
これは、実は仁志の発案だった。あの夜の二人の密談(と本人達は思っていた)を聞いていた仁志が、シャワー帰りだけ下着のようなギア、つまり水着ギアを展開してしまえばいいと言ったのだ。
当然それを聞いた二人は名案だと感心したのだが、すぐさま彼が自分達の話を聞いていた事に気付いて真っ赤になった事は言うまでもない。
――すまない。最初の方は聞いてしまったんだ。でも途中から耳を塞いだから本気で聞いてない。その証拠に二人が揺さぶるまで俺じっとしてただろ?
それに幾分か心を軽くした二人であったが、仁志へ文句を言う事はなかった。彼は彼なりに自分達へ出来る限りの事をしようとしていると分かっているからだ。
それがより強く分かったのは今日の昼間。調査を兼ねて響とクリスは二人で出かけたのだが、その途中で仁志の姿を書店で見かけたのだ。
そこで読んでいたのが住宅情報誌。それが何でかは二人も口に出さずでも分かった。
「クリスちゃん」
「ん?」
「只野さん、引っ越すつもりなのかな?」
「……だろうな。それも、あたしらのために」
「何か、お手伝い出来ないかな?」
「今はないだろ。精々出来て肩たたきみたいな事ぐらいだ」
「そっか……」
残念そうに肩を落とす響だったが、クリスはそんな彼女を見てため息を吐いた。
(ったく、どう見ても駄目な男に入れ込む女じゃねーか)
そう思うクリスではあったが、彼女は彼女で仁志に感謝し自分に出来る範囲で手伝おうと思っているので強く響の事を言えない。
つまり二人は優しい心の持ち主であった。
これまでのギャラルホルン絡みの事件では彼女達は装者として戦う事が出来た。それがここではまったくなく、故に何も役に立てない事を申し訳なく思っていたのだ。
調査も素人にも近い二人ではどこをどう調べればいいかも分からず、また伝手などもない以上下手な事は出来ない。
かと言ってここを離れて戻ったところで今回の事件を解決出来るはずもなく、下手をすれば仁志の生活が破綻するか彼自身の記憶までも変化して手詰まりになる可能性さえある。
実は、今回はこれまでにない程の危機と言えたのだ。
仁志の部屋まで戻った二人は鍵を開けると郵便受けに鍵を入れて中へ入る。
「何だかドキドキするね」
「まぁ、なんつーか古いドラマみたいではあるよな」
昭和時代の同棲生活と弦十郎辺りなら思ったかもしれない。それぐらい仁志の生活は時代に取り残されている感が強かった。
服を脱ぎギアを解除すると寝間着へと着替えていく二人。昨夜はその間仁志は鍵をかけたドアの前で座って空を眺めて待っていた事を思い出し、二人は小さく笑った。
「何笑ってんだよ?」
「そういうクリスちゃんこそ」
お互いに相手と夜を過ごす事は今までなかった訳ではない。だがそれがこの二人だけでとなると話は別だった。
響には未来がいたし、クリスも完全に誰かと二人きりと言うのは珍しかったのだ。
未来と共同生活をした際もカーバンクルという存在がいたのだから。
「よっと、じゃあ寝ようか?」
「だな」
自分達用の布団を敷き、仁志用の布団も敷いておく二人。帰ってきた時に敷くとその音などで起こしてしまうかもしれないと彼が考えたためである。
こうして本来一人用の布団へ小柄とはいえ二人の少女が入る。それは若干の狭さを感じると共に互いの体温を感じる事でもある。
「な、何だかやっぱり慣れないや」
「……あの子とはよく寝てるんだろ」
「未来とは……一緒に寝るって言ってもここまで密着しないから」
「そ、そっか。そりゃ、そうだよな」
揃って天井を見つめながら横になる。午後十時半を過ぎてアパートは静かなものだった。
その静けさの中に時々話し声やテレビの音が微かに聞こえ、それが二人には新鮮に思えた。
「……クリスちゃん」
「……何だよ?」
「もし、もしもだよ? こっちでの一週間が戻ったら一日にもなってなかったらどうする?」
その問いかけの持つ意味を悟りクリスは息を呑んで顔を響へ向けた。彼女はどこか真剣な表情で天井を見上げていた。
「……どうするって」
「私、時々思う事があるんだ。もしも装者にならなかったらどうしてたんだろうって。それが、ここでの私なんじゃないかなって思う。ギアを使う必要もないし、呼び出しも訓練もない。まぁ未来がいないのは凄く寂しいけど……」
そこで響は顔を横へ動かしてクリスを見た。
「代わりにクリスちゃんがいるから」
「っ?!」
どこか照れくさそうな笑みを響はクリスへ向ける。その笑みにクリスは顔を真っ赤にすると慌てて響へ背を向ける。
「ば、バカ言ってんじゃねぇ」
「あはは、そうかもね。でも、思うんだ。ノイズも、アルカ・ノイズも、錬金術師もいない。聖遺物もなければギアもなくて、ここは私達の世界での怖い要素がないって言ってもいい世界」
「……でも戦争は、紛争はある」
「でもそれは私達の世界でもある事だよ。それに……」
そう言ってから響は少しだけ悲しそうな顔を見せた。
「師匠達が、大人が悔しい気持ちを押し殺して私達を戦場へ向かわせる必要もない」
「……お前」
そこで振り返ったクリスが見たのは苦しそうな表情の響であった。
「ギアが必要ない世界なら、師匠はきっと私達を戦わせたりしない。ううん、むしろギアを私達から回収しちゃうかも。戦場は子供が行くような場所じゃない。後は大人に任せておけって」
「……だろうな」
「ね、クリスちゃん。どうしてここと繋がっちゃったんだろうね? もしかして私がギアなんて必要ない世界になって欲しいって思ってたからかな?」
「んな訳ねーだろ」
「でも、でもさ? じゃあどうして時間の流れ方もおかしいのかな? 私がこういう世界でずっといたいって思うからじゃない?」
瞳一杯に涙を浮かべ、クリスへ問いかける響。その表情にクリスは呆れるようにため息を吐くと、体の向きを変えて響の事を抱き締めるように動いた。
「そんな事ねーから。だから泣くな」
「ひっくっ……クリスちゃぁん」
響の顔を優しく抱き寄せるようにし、クリスは普段よりも幾分あったかい声を彼女へかける。
陽だまりと離れ、生まれて初めての淡い恋心に揺さぶられ、自分のどこかで願っていた状況へ置かれ、響は精神が弱っていた。それを感じ取り、クリスは年上らしい包容力を見せたのだ。
今は、自分が未来の役割を果たす時なのだと。それが最初にここへ来る事を拒んだ自分が出来る罪滅ぼしなのだと、そう思って。
そうしている内に泣き疲れて響は眠り、クリスも間近で感じる他者の温もりに眠りへと落ちるのだった……。
「えっと、鍵はっと……」
あ~疲れた。やっぱ夕方から続けて夜勤は堪えるな。
ただ、こうやって郵便受けから鍵を取り出すのは母さんが見てた昔のドラマとかみたいだ。
出来るだけ静かに鍵を開け、そっとドアを閉める。ただ、古いせいで立てつけが良くないせいかそれでも音はしてしまうけど。
と、そこで香る嗅ぎ慣れない匂い。それが今寝ている二人の少女の物だと思うと妙な気分になりそうだが……。
「……眠い」
ムラムラするのではなくウトウトする。これが三十路間近の文化系男の悲しさ。
それでも買ってきたお茶の紙パックを冷蔵庫へしまい、廃棄のシュークリームを二つ入れて、いつもなら食べる廃棄のおにぎりも今日は眠気優先なので袋ごと入れておく。
そしてジーパンのファスナーやボタンを外し、上着を脱いでシャツ一枚へ着替え、夜の内に敷いておいてくれた布団へジャージの下を持って入る。で、掛布団の中でジーパンを脱ぎ、ジャージの下へ履き替えて目を閉じた。
でも、最後に一度だけ目を開けて眠る二人の顔を見た。
「……可愛いなぁ。おやすみ、二人共」
気分は完全親戚のおじさんである。そして目を閉じると実にあっさりと俺の意識は遠のいていき……
「ん……?」
目を覚ましたのは何かを炒めるような音が聞こえてきたから。
流しがある方へ目を向ければ、そこでは銀髪の天使がフライパンを振っていた。
「あっ、起きました?」
そして背後からは明るい声。振り返ればそこには元気な笑顔の太陽がいた。
「……おはよう」
「はい、おはようございます。って言っても、もうお昼過ぎですけど」
言われて枕元のスマホを……ない。
「はい、これですよね」
すると視界の中へ差し出されるスマホ。どうやら響が持ってたらしい。
と、それもそうか。昨日は二人が先にあがるからスマホを持たせたんだもんな。
「ありがと……一時か」
七時間近く寝た計算だ。それでも気怠さは消えない。もう慣れた事ではあるけど、やはり辛い事に変わりはない。
「今クリスちゃんがご飯作ってくれてますから」
「ご飯……?」
そんな材料はなかったはずだ。そう思ったのが顔に出たのだろう響が笑顔で教えてくれた。
「実は、二人で一旦戻ったんです。で、師匠へ食べ物での支援をお願いしたら許可が出ました」
「……そうなんだ」
「おう。しかも、だ。こっちで三日は経ったってのに向こうは一日はおろか半日も経過してなかった」
「えっ!?」
一瞬で目が覚めて起き上がる。本気で時間の流れがおかしい。こうなると本当に行き来する人間の意識が重要な気がする。
「師匠もそれを聞いて驚いていました。エルフナインちゃんへスマホの事を話しておいたので、今度持って行こうと思います」
「……いっそ今から行って、向こうで何らかの成果が出るまで二人は戻った方がいいかもしれないな」
もし、もしも俺の想像が当たっているのなら向こうで一週間経過しても俺の体感は一日にも満たないかもしれない。
あの時、二人は本部へ戻り報告をしてから宿泊の用意までして戻ってきた。それが俺には五分程度。でも実際にはもっとかかってるはずだ。
「えっと、いいんですか?」
「むしろ行くなら今日がいい。今日と明日、二人はバイト休みだろ? なら最悪何とかなる」
逆に言えば、早めにスマホの事を分析してもらわないと不味い。このままじゃ二人は別々に行動が出来ない。
「……分かった。なら飯食ったら二人で一旦戻る」
「ああ、そうして欲しい。で、結果が出るまでは戻ってこないでいい。もしかすればそれでも……」
「一日も経ってない、ですか?」
「こうなると有り得るな。っと、出来たぞ。皿出してくれ」
「あ、うんっ!」
響が大皿を取り出してそこへ雪音さんがフライパンの中身を流していく。
あれは……野菜炒め? いや、この匂いは違う。もしかして回鍋肉か?
「ほらほら、起きたんならさっさと布団畳んで場所作れっての。あとテーブルも出しやがれ」
「あ、ああ、分かった」
きっと響が持ってきたんだろうエプロンを着けた雪音さんは幼な妻みたいな感じがした。
俺が布団を畳んでテーブルを出すとその中央へ響が大皿を置いた。
「はい、どうぞ!」
「おおっ……」
やっぱり回鍋肉だ。豚肉にキャベツ、ピーマンに長ネギ。この部屋で料理なんてもの自体久しぶりだ。自然と心が躍る。
「何がどうぞだ。まだ肝心なもんが残ってるだろ」
「あっ、そうだった」
「え?」
まだ何か出てくるのだろうか? そう思っていると響がいそいそと流しの方へって……あれ?
「な、なぁ、そんな物なかったと思うんだけど……」
響が笑顔で蓋を開けてご飯をよそっているそれは、どこからどう見ても炊飯器だった。
「あたしのだ。どうせこっちにいる間は使わないんだ。なら有効活用しようってな」
そう言いながら三つのコップに緑茶を注いでいく雪音さん。本気で奥さんみたいだ。
「師匠も人に見せる訳じゃないのなら大丈夫だろうって」
「ああ、成程」
近未来の技術だろうと、一般人の俺には分からないし仮にバレたとしても炊飯器だもんな。大きな問題にはなりにくいか。
でも、何というか一気に所帯じみた。俺、一人暮らしで自炊してた時も炊飯器じゃなくて鍋で米炊いてたもんなぁ。家電買うのケチって、だけど。
「只野さん、御茶碗一つしかないんですね」
「あ、うん。ごめん」
テーブルへ置かれていくお椀や小どんぶり。そこには綺麗に炊けた白米が盛られている。小どんぶりは盛りが多めだから響のだろう。
「こうなると戻ったら向こうである程度買ってくるか」
「あっ、ならついでに只野さんの布団も買ってこようよ」
「いや、さすがにそれは……」
いろんな国の税金で動かしてる組織の金を、俺個人の事で不必要なまでに使わせるのは気が引ける。
「大丈夫だっての。そういうのはあたしらの金で買うんだ」
「はい。この食材も本部の食堂で仕入れてる物を同じ値段で買い取ってきました」
「な、何て言うか……色々気を遣わせてすまない」
本当に出来た人達だな、S.O.N.Gの人達は。それとこの子達も、だろう。金銭面で言えば目の前の二人は俺よりも稼いでるんだよなぁ、ある意味で。
「いえいえ。師匠が言ってました。一般人の只野さんがこちらでは頼りだ。世界の運命を握るかもしれない立場に置いてしまった事を申し訳なく思うって」
「いやいやっ! 俺は自分の住む世界を守りたいって思ってやってるだけだから! ある意味当然の事してるだけだし、むしろこんな環境しか提供出来なくてすみませんだよっ!」
頭の中にあのアニメのままの男性が申し訳なさそうに頭を下げているのを想像し、俺は慌てて両手を動かした。
俺はあんな立派な人に頭を下げられるような人間じゃない。力もなければ金もなく、伝手もないし知恵もない。
そんなナイナイだらけの人間なのだ。そんな俺へ色々便宜を図ろうとしてくれているだけで有難いんだ。
「んな事ないっての。あたしらの事をお前が知っててくれたから今みたいになれてんだ」
「そうですよ。もし只野さんじゃなかったら、私達今頃こっちで動けたかどうか……」
言われて思い出す。たしかにシンフォギアを知らない人だったら、響の事を見てその話を聞いてすぐに不味い事になったと思わないだろう。
下手をしたら警察を呼んで面倒な事になっていたかもしれない。もっと言えば、ゲートを閉じてしまう可能性だってある。
「分かったか? じゃ、冷める前に食べちまおうぜ」
「うんうん。まずは腹ごしらえですよ、只野さん!」
笑顔でこちらを見てくる二人に俺は感謝するように頷いた。どうやら俺は本当に彼女達の仲間として認められているらしい。
「そう、だな。じゃ、手を合わせて……」
「「「いただきます」」」
こうして三人で食事するのもこれでやっと二回目。一度目はあの初日の後の弁当。
そして今、か。何て言うか、女の子と一緒に食事するのなんて記憶にあるのが小学校ぐらいで止まってるからやっぱり慣れない。
「ん~っ! クリスちゃん、やっぱりお料理上手だね!」
「市販の素使ってやってるから誰でも出来るっての」
「いやいや、これにはクリスちゃんの愛情が」
「こっぱずかしい事言ってんじゃねぇ!」
笑顔の響と若干照れくさそうな雪音さんを見てると、早く彼女達が本当にいるべき場所へ帰れるようにしたいと思う。
本当ならこれを見ているのは俺じゃなくて、もっと親しい友人であり仲間達なのだから。
「二人共、仲が良いのは分かったけど今は食事を優先してくれ」
「はーい」
「な、仲が良いとか一々言うなっての」
「え~? 私は嬉しいけどなぁ」
「だから、そういう事を」
「雪音さん、そうやって反応するから響も反応するんだよ?」
「ぐぬっ……わ、分かってるけどな」
「只野さーん、そういうの言わないでくださいよ~」
本当に姪っ子とかを預かってる気分だ。可愛いし癒されるけど、この子達を幸せにするのは俺には無理だ。
そもそも住む世界が違うし、何より俺に将来性が無さ過ぎる。この子達に釣り合う男は、そもそもきっとこっちの世界にはいない気がする。
その後も二人は時折じゃれ合いながら食事を進めた。俺は初めて食べる身内以外の女性の手料理が雪音クリスの物という事に気付き、一口一口よく味わって食べた。
そのせいか、途中から二人に食欲がないのかと聞かれたが、素直に雪音さんの手料理だから味わってると返すと何故か響が若干拗ねていた。
で、雪音さんはやはり俺みたいなおっさんでも男からそう言われるのは恥ずかしいらしく「そ、そうかよ……」と返して顔を赤くしていた。
「雪音さん、もし良かったら和食を練習してみるといいかも。日本人男性は基本和食好きだし」
「な、何で急にんな話が出てくるんだよ?」
「いや、何となく。それにほら、司令さんとかお世話になってるだろ? たまには差し入れとかあげてみたら? 男の一人暮らしだし、酒も飲むみたいだから酒の肴になるような……ブリ大根とかいいんじゃないかな?」
「ぶ、ブリ大根な……」
恋心か単なる好意かはさておき、雪音さんの恩返しの後押しぐらいしておこう。
と、そこで思う。あの人がもし雪音さんの中で男の基準になってるとしたら、きっと世界中探してもそれを超える相手は見つからないだろうと。
そうして食べ終わった後、後片付けを俺が引き受け、二人はスマホを持ってゲートへと消えた。
いらないビニール袋へ皿に残った油やタレを捨てて、更にティッシュで皿を拭き取り捨てる。
で、茶碗やお椀に小どんぶりをスポンジで綺麗に洗ってから皿を洗い、一気に水で泡を落としていく。
「……こういうのも久しぶりだな」
一人暮らしを始めたての頃、俺はまだ自炊をちゃんとしていた。ただ、金がないのは変わらなかったのでよくやったのは具なしカレー。
後は鍋か。もやしとキャベツはよく食べた。コンソメの素を使った鍋、と言うより簡易スープで山ほどのもやしやキャベツに時々安いベーコンとかを入れて食って飢えを凌いだ頃もあった。
その頃はパチンコ屋でバイトしてたから賄いがあって、お代わりも出来たもんだから一食そこで浮かしてたっけ。
思えばあの頃はまだ裕福だったなぁ。今の生活でも蓄えがそこそこあるのはあの頃のおかげだ。
「っと、これでよし」
洗い物を終え、どうしようかとテーブルを片付けながら考える。
引っ越しは出来ない訳じゃない。今の家賃より高くなるのは当然だから仕方ないが、それだって許容できない訳じゃない。
問題があるとすれば、この近くに俺の求める条件があるかって事だ。最悪の場合はこの隣も俺が借りて、そこで彼女達には生活してもらうしかない。
下手したらその方が家賃は安く済む可能性だってあるし。
「さすがに今回は前回みたいにはならないか」
前回はこれぐらいで帰ってきた。今回はそうはいかないだろうと思う。
ただ、本気で考えないと不味いかもしれない。
俺が響と出会ってもう半月が経過したけど、未だに世界では何も起きていないらしい。それが影でこそこそという感じだったら困るけど、きっと装者が必要という事はノイズとかそういうこの世界の人達じゃどうしようもない事のはず。
仮にノイズが出たとしよう。軍人やその場の人達が炭にされて終わり。だが、これが一度じゃなく何度も、それも出現場所もランダムならとっくに大騒ぎになってる。
今やみんなが簡単に動画を投稿できる時代だ。ノイズが出現したならそういう動画が上がってもいい。
つまりこれはまだ起きてない。起きるとしても、すぐに拡散する可能性が高い。
次に有り得るのが、実はこの世界にも錬金術師がいるって方向。
一応言葉としては存在するし、魔女狩りみたいな事も行われた事実が残ってる。
これだとすれば、発覚するのは難しいだろうしその頃には手遅れになる場合がある。
で、最後。これが俺は一番可能性が高いと思っている。
それは“戦姫絶唱シンフォギア”が消えた事こそが最大の問題という事。
正直俺はこれこそが彼女達がここに呼ばれた理由なんじゃないかと思う。
その根拠は、響が言ったあの言葉。
――いつ只野さんも変化の影響を受けるか分からないって。
もしかすると、本当は今、響達の存在そのものは消滅してたんじゃないだろうかと思うんだ。
それを阻止するためにギャラルホルンはアラートを発し、裂け目まで作ってここへ彼女達を呼んだ。
そう考えると色々納得出来るんだ。何故俺のノートPCがゲートみたいになったのか。何故スマホがある付近しか彼女達は動けないのか。
俺はそもそもあの瞬間シンフォギアのゲームをやっていた。それも、スマホとノートPCの両方で。
で、その二つをあの瞬間俺は不意の出来事で接触させた。それがこの現状に繋がっている。そう思っていた。
だけど違うんだ。本来はギャラルホルンのアラートが先にあった。
で、それを受けて響達は動いた。その同時期か少し遅れて俺のポカがあった。
結果、裂け目は俺のノートPCへ繋がり、スマホが消滅するはずだった彼女達の依り代となったんじゃないだろうか。
「よく言うもんな。人の死は二つある。肉体の死と記憶の死。今回は肉体があろうと記憶から殺してしまえばそちらも殺せるって、そういう事じゃないだろうか?」
そう呟いて俺は思うのだ。もしそうだとすれば、これは俺の世界への響達の世界かそれに類する平行世界の侵略じゃないかと。
装者の存在を鬱陶しく思っている存在が、彼女達を根本から消そうとしている。そう考えれば納得出来なくもない。
「でも、そんな事出来そうな相手、いるか?」
XVでシェム・ハさえも退けた彼女達だ。バラルの呪詛もなくなり、様々な困難も乗り越え、平行世界の問題だって解決し、遂には世界蛇にまで打ち勝ってみせた。
もうそれらを超える敵や存在なんていないはずだ。じゃあ、これもやっぱりハズレだろうか?
「…………いや、待てよ?」
記憶の中から甦る嫌な記憶。それはギャラルホルン編の最後を飾る戦いの後の、ベアトリーチェの最期の言葉だ。
「もしかして、彼女の中にすくっていた悪意や怨念が今回の事をしでかしたのか?」
自分は消滅してもいつかまた復活するという、言うなれば悪のお約束な台詞だったが、考えようによってはあれは世界を越えた負の念の塊の台詞だ。
となれば、装者達にやられた恨みを晴らすべく様々な世界へ忍び込み、探り、仕返しをする方法を見つけないとも限らない。
「………………何でだろうな。これを否定出来る材料が無さ過ぎる」
俺が何故変化の影響を免れたか。それはエルフナインちゃんが言った通り、響と出会ったからだ。俺の記憶に強く、深く、刻まれたからだ。
“戦姫絶唱シンフォギア”ではなく“立花響”という存在が実在すると。そこから付随して俺はシンフォギアの事を忘れずに済んだんだ。
拡大解釈かもしれないが、立花響の物語=シンフォギアなのだから。
「っと、戻りました!」
「えっ?」
そこへ突然響が戻ってきた。手には買い物袋を持っている。何て言うか、ギアに買い物袋って違和感が凄い。しかも両手。
「よっと、戻ったぞ」
「雪音さんまで?」
響に続いて雪音さんまで戻ってきた。こちらもギア姿に百均の大き目の袋と言う出で立ちで違和感全開。
「ま、まぁ二人共戻って来てくれて」
よかった。そう言おうとした時だった。
「こ、ここが上位世界か……」
目の前に青いギアを纏った女性が大き目の荷物を両手に現れたのは。
「か、風鳴翼……さん?」
俺の声に彼女はギアを解除するとゆっくりと顔を動かした。
「ええ、私が風鳴翼です。しばらくの間お世話になります」
すらりとしたモデルのような美女がどこかぎこちない表情を向ける。
どうやら、引っ越しを早急に考えないといけないらしい。
そんな事を思いながら、俺は防人モードの美人を見つめるのだった……。
やっと響とクリスに馴染んできたと思ったら、三人目の装者は防人です。
旧二課勢が揃い踏みですが、果たして只野の部屋は翼の(散らかすという)侵略から逃れられるのか?